(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施形態について説明する。
【0015】
本実施形態に係る軟磁性合金は、Feを主成分とする軟磁性合金である。「Feを主成分とする」とは、具体的には、軟磁性合金全体に占めるFeの含有量が65原子%以上である軟磁性合金を指す。
【0016】
本実施形態に係る軟磁性合金の組成は、Feを主成分とする点以外には特に制限はない。Fe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金やFe−M−B−C系の軟磁性合金が例示されるが、その他の軟磁性合金でもよい。
【0017】
なお、以下の記載では、軟磁性合金の各元素の含有率について、特に母数の記載が無い場合は、軟磁性合金全体を100原子%とする。
【0018】
Fe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金を用いる場合には、Fe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金の組成をFe
aCu
bM
cSi
dB
eC
fと表す場合に、以下の式を満たすことが好ましい。以下の式を満たすことにより、保磁力が低減され、靭性に優れる軟磁性合金を得ることが容易になる傾向にある。また、下記組成からなる軟磁性合金は原材料が比較的安価となる。本願におけるFe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金には、f=0、すなわち、Cを含有しない軟磁性合金も含まれるものとする。
【0019】
a+b+c+d+e+f=100
0.1≦b≦3.0
1.0≦c≦10.0
0.0≦d≦17.5
6.0≦e≦13.0
0.0≦f≦7.0
【0020】
Cuの含有量(b)は、0.1〜3.0原子%であることが好ましく、0.5〜1.5原子%であることがより好ましい。また、Cuの含有量が少ないほど、後述する単ロール法により軟磁性合金からなる薄帯を作製し易くなる傾向にある。
【0021】
Mは遷移金属元素またはPである。好ましくは遷移金属元素であり、さらに好ましくはNb,Ti,Zr,Hf,V,Ta,Moからなる群から選択される1種以上である。また、MとしてNbを含有することがさらに好ましい。
【0022】
Mの含有量(c)は、1.0〜10.0原子%であることが好ましく、3.0〜5.0原子%であることがより好ましい。Mを上記の範囲内で添加することで保磁力を低下させ、靭性を向上させることができる。
【0023】
Siの含有量(d)は、好ましくは0.0〜17.5原子%であり、より好ましくは11.5〜17.5原子%であり、さらに好ましくは13.5〜15.5原子%である。Siを上記の範囲内で添加することで保磁力を低下させ、靭性を向上させることができる。
【0024】
Bの含有量(e)は、6.0〜13.0原子%であることが好ましく、9.0〜11.0原子%であることがより好ましい。Bを上記の範囲内で添加することで保磁力を低下させ、靭性を向上させることができる。
【0025】
Cの含有量(f)は、好ましくは0.0〜7.0原子%であり、より好ましくは0.1〜7.0原子%であり、さらに好ましくは0.1〜5.0原子%である。Cを上記の範囲内で添加することで保磁力を低下させ、靭性を向上させることができる。
【0026】
なお、Feは、いわば本実施形態にかかるFe−Si−M−B−Cu−C系の軟磁性合金の残部である。
【0027】
また、Fe−M−B−C系の軟磁性合金を用いる場合には、Fe−M−B−C系の軟磁性合金の組成をFe
αM
βB
γC
Ωと表す場合に、以下の式を満たすことが好ましい。以下の式を満たすことにより、保磁力が低減され、靭性に優れる軟磁性合金を得ることが容易になる傾向にある。また、下記組成からなる軟磁性合金は原材料が比較的安価となる。本願におけるFe−M−B−C系の軟磁性合金には、Ω=0、すなわち、Cを含有しない軟磁性合金も含まれるものとする。
【0028】
α+β+γ+Ω=100
1.0≦β≦14.1
2.0≦γ≦20.0
0.0≦Ω≦7.0
【0029】
Mは遷移金属元素である。好ましくは、Nb,Cu,Zr,Hfからなる群から選択される1種以上である。また、MとしてNb,Zr,Hfからなる群から選択される1種以上を含有することがさらに好ましい。
【0030】
Mの含有量(β)は、1.0〜14.1原子%であることが好ましく、7.0〜10.1原子%であることがさらに好ましい。
【0031】
Bの含有量(γ)は、2.0〜20.0原子%であることが好ましい。また、Bの含有量(γ)は、MとしてNbを含む場合には4.5〜18.0原子%であることが好ましく、MとしてZrおよび/またはHfを含む場合には2.0〜8.0原子%であることが好ましい。Bの含有量が小さいほど非晶質性が低下する傾向にある。そして、Bの含有量が所定の範囲内であることにより、保磁力Hcを低下させ、靭性を高めることができる。
【0032】
Cの含有量(Ω)は、好ましくは0.0〜7.0原子%であり、より好ましくは0.1〜7.0原子%であり、さらに好ましくは0.1〜5.0原子%である。Cを添加することにより非晶質性が向上する傾向にある。そして、Cの含有量が所定の範囲内であることにより、保磁力Hcを低下させ、靭性を高めることができる。
【0033】
ここで、本実施形態に係る軟磁性合金におけるFe含有量についての累計頻度および近似直線の傾きについて説明する。
【0034】
本実施形態に係る軟磁性合金では、連続した測定範囲における1nm×1nm×1nmの80000個以上のグリッドのFe含有量(原子%)をy軸とし、各グリッドのFe含有量が高い順で求めた累計頻度(%)をx軸とした場合に、累計頻度20〜80%における近似直線の傾き−0.1〜−0.4を有する。
【0035】
以下、本実施形態に係る軟磁性合金におけるFe含有量についての累計頻度および近似直線の傾きの求め方について説明する。
【0036】
まず、
図1に示すように、軟磁性合金11において、各辺の長さが少なくとも40nm×40nm×50nmの直方体または立方体を測定範囲12とし、当該直方体または立方体の測定範囲12を1辺の長さが1nmの立方体形状のグリッド13に分割する。すなわち、一つの測定範囲にグリッドが40×40×50=80000個以上存在する。なお、本実施形態にかかる測定範囲について、測定範囲の形状には特に制限はなく、最終的に存在する80000個以上のグリッドが連続して存在していればよい。
【0037】
次に、各グリッド13に含まれるFe含有量(原子%)を3次元アトムプローブ(以下、3DAPと表記する場合がある)を用いて測定する。そして、80000個以上のグリッドにおけるFe含有量について累計頻度(%)を算出する。
【0038】
ここで、Fe含有量についての累計頻度(%)は次のようにして求める。まず、上記グリッドをFe含有量ごとに区分し、Fe含有量が高い順に並べる。次に、各含有量におけるグリッド数の全体に占める割合(頻度)を算出する。そして、最初の含有量(最も高い含有量)から各含有量までの頻度の和(累積和)を百分率(%)で表示した値が累計頻度(%)である。上記グリッドについて、Fe含有量をy軸とし、各グリッドのFe含有量が高い順で求めた累計頻度(%)をx軸としてプロットすると、たとえば、
図2のようなグラフが得られる。
図2のグラフからは、Fe含有量が90原子%の累計頻度はおよそ20%であるので、Fe含有量が90原子%以上であるグリッドは、全体のおよそ20%であることがわかる。同様に、Fe含有量が80原子%の累計頻度はおよそ80%であるので、Fe含有量が80原子%以上であるグリッドは、全体のおよそ80%であることがわかる。このグラフにおいて、累計頻度が20〜80%の範囲における、プロットの近似直線の傾きを算出する。この傾きの絶対値が小さいほど、Fe含有量についてグリッド間でのバラツキが小さいことを意味する。そして、Fe含有量についてグリッド間でのバラツキを小さくすることで、保磁力が低減され、靭性に優れる軟磁性合金を得ることができる。
【0039】
なお、近似直線はFe含有量をy軸とし、各グリッドのFe含有量が高い順で求めた累計頻度(%)をx軸としFe含有量の累計頻度が20〜80%の範囲について最小二乗法を用いた線形近似で行う。
【0040】
本実施形態に係る軟磁性合金において、連続した測定範囲における1nm×1nm×1nmの80000個以上のグリッドのFe含有量(原子%)をy軸とし、各グリッドのFe含有量が高い順で求めた累計頻度(%)をx軸とした場合に、累計頻度20〜80%における近似直線の傾きは、−0.1〜−0.4であり、好ましくは−0.1〜−0.38であり、より好ましくは−0.1〜−0.35であり、さらに好ましくは−0.1〜−0.2である。上記近似直線の傾きを上記範囲とすることで、保磁力が低減され、靭性に優れる軟磁性合金を得ることができる。
【0041】
なお、累計頻度が20〜80%の範囲におけるプロットの近似直線としたのは、累積頻度が20%未満および80%超の範囲のプロットが、累計頻度が20〜80%の範囲におけるプロットの近似直線から大きく離れる傾向が強いため、その範囲を除く意図である。
【0042】
また、本実施形態に係る軟磁性合金において、上述のように80000個以上のグリッドにおけるFe含有量について累計頻度(%)を算出した場合に、累計頻度95%以上のグリッド、すなわち、
図2のグラフにおいて累計頻度(%)が95〜100%の範囲にあるグリッドにおけるB含有量のバラツキσBは、好ましくは2.8以上、より好ましくは2.9以上、さらに好ましくは3.0以上である。上記B含有量のバラツキσBを上記範囲とすることで、保磁力が低減され、靭性に優れる軟磁性合金を得ることができる。なお、B含有量のバラツキσBは、3DAPを用いて測定したB含有量により算出する。
【0043】
同様に、本実施形態に係る軟磁性合金において、上述のように80000個以上のグリッドにおけるFe含有量について累計頻度(%)を算出した場合に、累計頻度95%以上のグリッドにおけるM含有量のバラツキσMは、好ましくは2.8以上、より好ましくは2.9以上、さらに好ましくは3.0以上である。上記M含有量のバラツキσMを上記範囲とすることで、保磁力が低減され、靭性に優れる軟磁性合金を得ることができる。なお、M含有量のバラツキσMは、3DAPを用いて測定したM含有量により算出する。ここで、Mは、好ましくは遷移金属元素であり、より好ましくは、Nb,Cu,Zr,Hfからなる群から選択される1種以上の遷移金属元素であり、さらに好ましくは、Nb,Zr,Hfからなる群から選択される1種以上の遷移金属元素である。
【0044】
なお、上記80000個以上のグリッドにおけるFe含有量について累計頻度(%)を算出した場合の累計頻度95%以上のグリッドとは、
図2において、累計頻度(%)が95〜100%の範囲にあるグリッドのことであり、Fe含有量の低いほうから5%の範囲にあるグリッドを意味する。たとえば、80000個のグリッドからFe含有量の低いほうから5%の範囲にあるグリッドを抽出すると、4000個のグリッドが抽出される。
【0045】
以上に示す測定は、それぞれ異なる測定範囲で数回行うことで、算出される結果の精度を十分に高いものとすることができる。好ましくは、それぞれ異なる測定範囲で3回以上、測定を行う。
【0046】
本実施形態に係る軟磁性合金において、Fe含有量(原子%)をy軸とし、各グリッドのFe含有量が高い順で求めた累計頻度(%)をx軸とした場合に、累計頻度20〜80%における近似直線の傾き−0.1〜−0.4を有し、下記式(1)に示す非晶質化率Xは85%以上であり、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは96%以上、特に好ましくは98%以上である。非晶質化率Xを上記範囲とすることにより、保磁力が低減され、靭性に優れる軟磁性合金を得ることができる。
X=100−(Ic/(Ic+Ia)×100)…(1)
Ic:結晶性散乱積分強度
Ia:非晶性散乱積分強度
【0047】
非晶質化率Xは、XRDによりX線結晶構造解析を実施し、相の同定を行い、結晶化したFe又は化合物のピーク(Ic:結晶性散乱積分強度、Ia:非晶性散乱積分強度)を読み取り、そのピーク強度から結晶化率を割り出し、上記式(1)により算出する。具体的には以下のとおりである。
【0048】
本実施形態に係る軟磁性合金についてXRDによりX線結晶構造解析を行い、
図3に示すようなチャートを得る。これを、下記式(2)のローレンツ関数を用いて、プロファイルフィッティングを行い、
図4に示すような、結晶性散乱積分強度を示す結晶成分パターンα
c、非晶性散乱積分強度を示す非晶成分パターンα
a、およびそれらを合わせたパターンα
c+aを得る。得られたパターンの結晶性散乱積分強度および非晶性散乱積分強度から、上記式(1)により非晶質化率Xを求める。なお、測定範囲は、非晶質由来のハローが確認できる回析角2θ=30°〜60°の範囲とする。この範囲で、XRDによる実測の積分強度とローレンツ関数を用いて算出した積分強度との誤差が1%以内になるようにする。
【数1】
【0049】
本実施形態において、軟磁性合金を後述する単ロール法による薄帯の形状で得る場合には、ロール面に接していた面における非晶質化率X
Aとロール面に接していない面における非晶質化率X
Bとの平均値を非晶質化率Xとする。
【0050】
本実施形態に係る軟磁性合金では、上記近似直線の傾きを−0.1〜−0.4とし、上記式(1)に示す非晶質化率Xを85%以上とすること、すなわち、Fe含有量についてグリッド間でのバラツキが小さく、また軟磁性合金が高度に非晶質化していることにより、保磁力が低くなり、また靭性に優れる。
【0051】
靭性とは、破壊に対する感受性や抵抗を意味する。本実施形態では、靭性は180度密着試験により評価する。具体的には、180度密着試験は、180°曲げ試験であり、曲げ角度が180°であり内側半径が零となるように試料を曲げるものである。本実施形態では、長さ3cmの薄帯試料をその中心において折り曲げる180°曲げ試験において、試料を密着曲げできるか否かにより評価される。
【0052】
さらに、本実施形態に係る軟磁性合金では、上記近似直線の傾きを−0.1〜−0.2とし、上記式(1)に示す非晶質化率Xを95%以上とすることが好ましい。このような軟磁性合金は、後述する熱処理を行わない場合に得られやすい。上記近似直線の傾きおよび上記式(1)に示す非晶質化率Xを上記範囲とすることにより、保磁力Hcが低下し、靭性が向上する。
【0053】
また、本実施形態に係る軟磁性合金は、Cを有することが好ましい。Cの含有量は、好ましくは0.0〜7.0原子%であり、より好ましくは0.1〜7.0原子%であり、さらに好ましくは0.1〜5.0原子%である。Cの含有量を上記範囲とすることで、保磁力Hcが低下し、靭性が向上する。
【0054】
そして、本実施形態に係る軟磁性合金は、Bを有することが好ましい。Fe含有量についての累計頻度95%以上のグリッドにおけるB含有量のバラツキσBは、好ましくは2.8以上、より好ましくは2.9以上、さらに好ましくは3.0以上である。B含有量のバラツキσBを上記範囲とすることで、保磁力Hcが低下し、靭性が向上する。
【0055】
さらに、本実施形態に係る軟磁性合金は、Mを有することが好ましい。Fe含有量についての累計頻度95%以上のグリッドにおけるM含有量のバラツキσMは、好ましくは2.8以上、より好ましくは2.9以上、さらに好ましくは3.0以上である。M含有量のバラツキσMを上記範囲とすることで、保磁力Hcが低下し、靭性が向上する。ここで、Mは、好ましくは遷移金属元素であり、より好ましくは、Nb,Cu,Zr,Hfからなる群から選択される1種以上の遷移金属元素であり、さらに好ましくは、Nb,Zr,Hfからなる群から選択される1種以上の遷移金属元素である。
【0056】
以下、本実施形態に係る軟磁性合金の製造方法について説明する。
【0057】
本実施形態に係る軟磁性合金の製造方法について、特に限定されないが、たとえば単ロール法により軟磁性合金の薄帯を製造する方法が挙げられる。
【0058】
単ロール法では、まず、最終的に得られる軟磁性合金に含まれる各金属元素の純金属を準備し、最終的に得られる軟磁性合金と同組成となるように秤量する。そして、各金属元素の純金属を溶解し、混合して母合金を作製する。なお、前記純金属の溶解方法には特に制限はないが、例えばチャンバー内で真空引きした後に高周波加熱にて溶解させる方法がある。なお、母合金と最終的に得られる軟磁性合金とは通常、同組成となる。
【0059】
次に、作製した母合金を加熱して溶融させ、溶融金属(浴湯)を得る。溶融金属の温度には特に制限はないが、例えば1200〜1500℃とすることができる。
【0060】
単ロール法に用いられる装置の模式図を
図5に示す。本実施形態に係る単ロール法において、チャンバー25内部において、ノズル21から溶融金属22を矢印の方向に回転しているロール23へ噴射し供給することでロール23の回転方向へ薄帯24が製造される。なお、本実施形態ではロール23の材質には特に制限はない。例えばCuからなるロールが用いられる。
【0061】
従来、単ロール法においては、冷却速度を向上させ、溶融金属22を急冷させることが好ましいと考えられており、熔融金属22とロール23との接触時間を長くすることで冷却速度を向上させることが好ましいと考えられていた。そこで本発明者らは、
図8に示すとおり通常のロールの回転方向とは反対に回転させることにより、ロール23と薄帯24とが接している時間が長くなり、薄帯24をより急激に冷却することができるようにした。
【0062】
さらに、ロール23を
図5に示す方向に回転させるメリットとしては、
図5に示す剥離ガス噴射装置26から噴射される剥離ガスのガス圧を制御することでロール23による冷却の強さを制御できることである。例えば、剥離ガスのガス圧を強くすることでロール23と薄帯24とが接している時間を短くし、冷却を弱くすることができる。逆に、剥離ガスのガス圧を弱くすることでロール23と薄帯24とが接している時間を長くし、冷却を強くすることができる。
【0063】
単ロール法においては、主にロール23の回転速度を調整することで得られる薄帯の厚さを調整することができるが、例えばノズル21とロール23との間隔や溶融金属の温度などを調整することでも得られる薄帯の厚さを調整することができる。薄帯の厚さには特に制限はないが、例えば15〜30μmとすることができる。
【0064】
ロール23の温度やチャンバー25内部の蒸気圧には特に制限はない。ロール23の温度を50〜70℃とし、露点調整を行ったArガスを用いてチャンバー25内部の蒸気圧を11hPa以下としてもよい。
【0065】
従来、単ロール法においては、冷却速度を向上させ、溶融金属22を急冷させることが好ましいと考えられており、熔融金属22とロール23との温度差を広げることで冷却速度を向上させることが好ましいと考えられていた。そのため、ロール23の温度は通常、5〜30℃程度とすることが好ましいと考えられていた。しかし、本発明者らは、ロール23の温度を50〜70℃と従来の単ロール法より高温にし、さらにチャンバー25内部の蒸気圧を11hPa以下とすることで、溶融金属22が均等に冷却され、得られる軟磁性合金の熱処理前の薄帯を均一な非晶質にしやすくなることを見出した。なお、チャンバー内部の蒸気圧の下限は特に存在しない。露点調整したArガスを充填して蒸気圧を1hPa以下にしてもよく、真空に近い状態として蒸気圧を1hPa以下にしてもよい。
【0066】
このようにして得られた軟磁性合金は、熱処理をしてもよい。熱処理条件には特に制限はない。軟磁性合金の組成により好ましい熱処理条件は異なる。通常、好ましい熱処理温度は概ね550〜600℃、好ましい熱処理時間は概ね10分〜180分となる。しかし、組成によっては上記の範囲を外れたところに好ましい熱処理温度および熱処理時間が存在する場合もある。
【0067】
また、本実施形態に係る軟磁性合金を得る方法として、上記した単ロール法には限定されず、たとえば水アトマイズ法またはガスアトマイズ法により本実施形態に係る軟磁性合金の粉体を得てもよい。
【0068】
たとえば、ガスアトマイズ法では、上記した単ロール法と同様にして1200〜1500℃の溶融合金を得る。その後、前記溶融合金をチャンバー内で噴射させ、粉体を作製する。このとき、ガス噴射温度を50〜100℃、チャンバー内の蒸気圧を4hPa以下とすることが好ましい。ガスアトマイズ法で粉体を作製した後に、550〜600℃で10〜180分、熱処理をしてもよい。
【0069】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されない。
【0070】
本実施形態に係る軟磁性合金の形状には特に制限はない。上記した通り、薄帯形状や粉末形状が例示されるが、それ以外にもブロック形状等も考えられる。
【0071】
本実施形態に係る軟磁性合金の用途には特に制限はない。例えば、磁心が挙げられる。インダクタ用、特にパワーインダクタ用の磁心として好適に用いることができる。本実施形態に係る軟磁性合金は、磁心の他にも薄膜インダクタ、磁気ヘッド、変圧トランスにも好適に用いることができる。
【0072】
特に、本実施形態に係る軟磁性合金は、靭性にも優れるため、高圧圧粉磁心にも好適に用いることができる。
【0073】
以下、本実施形態に係る軟磁性合金から磁心およびインダクタを得る方法について説明するが、本実施形態に係る軟磁性合金から磁心およびインダクタを得る方法は下記の方法に限定されない。
【0074】
薄帯形状の軟磁性合金から磁心を得る方法としては、例えば、薄帯形状の軟磁性合金を巻き回す方法や積層する方法が挙げられる。薄帯形状の軟磁性合金を積層する際に絶縁体を介して積層する場合には、さらに特性を向上させた磁芯を得ることができる。
【0075】
粉末形状の軟磁性合金から磁心を得る方法としては、例えば、適宜バインダと混合した後、金型を用いて成形する方法が挙げられる。また、バインダと混合する前に、粉末表面に酸化処理や絶縁被膜等を施すことにより、比抵抗が向上し、より高周波帯域に適合した磁心となる。
【0076】
成形方法に特に制限はなく、金型を用いる成形やモールド成形などが例示される。バインダの種類に特に制限はなく、シリコーン樹脂が例示される。軟磁性合金粉末とバインダとの混合比率にも特に制限はない。例えば軟磁性合金粉末100質量%に対し、1〜10質量%のバインダを混合させる。
【0077】
例えば、軟磁性合金粉末100質量%に対し、1〜5質量%のバインダを混合させ、金型を用いて圧縮成形することで、占積率(粉末充填率)が70%以上、1.6×10
4A/mの磁界を印加したときの磁束密度が0.4T以上、かつ比抵抗が1Ω・cm以上である磁心を得ることができる。上記の特性は、一般的なフェライト磁心よりも優れた特性である。
【0078】
また、例えば、軟磁性合金粉末100質量%に対し、1〜3質量%のバインダを混合させ、バインダの軟化点以上の温度条件下の金型で圧縮成形することで、占積率が80%以上、1.6×10
4A/mの磁界を印加したときの磁束密度が0.9T以上、かつ比抵抗が0.1Ω・cm以上である圧粉磁心を得ることができる。上記の特性は、一般的な圧粉磁心よりも優れた特性である。
【0079】
上記の磁心を成す成形体に対し、歪取り熱処理として成形後に熱処理することで、さらにコアロスが低下し、有用性が高まる。
【0080】
また、上記磁心に巻線を施すことでインダクタンス部品が得られる。巻線の施し方およびインダクタンス部品の製造方法には特に制限はない。例えば、上記の方法で製造した磁心に巻線を少なくとも1ターン以上巻き回す方法が挙げられる。
【0081】
軟磁性合金粒子を用いる場合には、巻線コイルが磁性体に内蔵されている状態で加圧成形し一体化することでインダクタンス部品を製造する方法がある。この場合には高周波かつ大電流に対応したインダクタンス部品を得やすい。
【0082】
また、軟磁性合金粒子を用いる場合には、軟磁性合金粒子にバインダおよび溶剤を添加してペースト化した軟磁性合金ペースト、および、コイル用の導体金属にバインダおよび溶剤を添加してペースト化した導体ペーストを交互に印刷積層した後に加熱焼成することで、インダクタンス部品を得ることができる。あるいは、軟磁性合金ペーストを用いて軟磁性合金シートを作製し、軟磁性合金シートの表面に導体ペーストを印刷し、これらを積層し焼成することで、コイルが磁性体に内蔵されたインダクタンス部品を得ることができる。
【0083】
軟磁性合金粒子を用いてインダクタンス部品を製造する場合には、最大粒径が篩径で45μm以下、中心粒径(D50)が30μm以下の軟磁性合金粉末を用いることが、優れたQ特性を得る上で好ましい。最大粒径を篩径で45μm以下とするために、目開き45μmの篩を用い、篩を通過する軟磁性合金粉末のみを用いてもよい。
【0084】
最大粒径が大きな軟磁性合金粉末を用いるほど高周波領域でのQ値が低下する傾向があり、特に最大粒径が篩径で45μmを超える軟磁性合金粉末を用いる場合には、高周波領域でのQ値が大きく低下する場合がある。ただし、高周波領域でのQ値を重視しない場合には、粒径分布の広い軟磁性合金粉末を使用可能である。粒径分布の広い軟磁性合金粉末は比較的安価で製造できるため、粒径分布の広い軟磁性合金粉末を用いる場合には、コストを低減することが可能である。
【実施例】
【0085】
以下、実施例に基づき本発明を具体的に説明する。
【0086】
(実験1)
表1に示す各試料の組成の母合金が得られるように純金属材料をそれぞれ秤量した。そして、チャンバー内で真空引きした後、高周波加熱にて溶解し母合金を作製した。
【0087】
その後、作製した母合金50gを加熱して溶融させ、1300℃の溶融状態の金属とした後に、規定ロール温度および規定蒸気圧下で
図5に示す単ロール法により前記金属をロールに噴射させ、薄帯を作成した。ロールの材質はCuとした。単ロール法はAr雰囲気下、ロールの回転速度25m/s、チャンバー内と噴射ノズル内との差圧105kPa、ノズル径5mmスリット、流化量50g、ロール径φ300mmとすることで得られる薄帯の厚さを20〜30μm、幅を4mm〜5mm、長さを数十mとした。
【0088】
実験1では、ロールの温度を50℃、蒸気圧を4hPaとした上で、剥離噴射圧力(急冷能力)を変化させて表1に示す各試料を作製した。なお、露点調整を行ったArガスを用いることで蒸気圧を調整した。
【0089】
得られた薄帯形状の試料について、以下の測定を行った。結果を表1に示す。
【0090】
(1)近似直線の傾き
得られた薄帯おいて、1辺の長さが40nm×40nm×50nmの直方体を測定範囲とし、連続した測定範囲における1nm×1nm×1nmの80000個のグリッドのFe含有量を3DAPにより測定し、Fe含有量(原子%)をy軸とし、各グリッドのFe含有量が高い順で求めた累計頻度(%)をx軸としたときの、累計頻度20〜80%における近似直線の傾きを算出した。
【0091】
(2)保磁力Hc
Hcメーターを用いて、保磁力Hcを測定した。なお、保磁力Hcは45A/m以下である場合を良好とした。
【0092】
(3)非晶質化率X
得られた薄帯に対し、XRDによりX線結晶構造解析を実施し、相の同定を行った。具体的には、結晶化したFe又は化合物のピーク(Ic:結晶性散乱積分強度、Ia:非晶性散乱積分強度)を読み取り、そのピーク強度から結晶化率を割り出し、下記式(1)により非晶質化率Xを算出した。本実施例では、薄帯の、ロール面に接していた面と、接していない面との両方を測定し、その平均値を非晶質化率Xとした。
X=100−(Ic/(Ic+Ia)×100)…(1)
Ic:結晶性散乱積分強度
Ia:非晶性散乱積分強度
【0093】
(4)180度密着試験
180度密着試験では、180°曲げ試験により評価した。180°曲げ試験とは、靭性を評価するための試験であり、曲げ角度が180°であり内側半径が零となるように試料を曲げるものである。本実施例では、長さ3cmの薄帯試料を10個用意し、その中心において折り曲げる180°曲げ試験において、すべての試料が密着曲げされる場合は○、7〜9個密着曲げされる場合は△、4個以上破断される場合は×と評価した。
【0094】
【表1】
【0095】
表1の結果より、近似直線の傾きが−0.1〜−0.4であり、非晶質化率Xが85%以上の実施例は、全て保磁力Hcが良好な値となった。これに対し、近似直線の傾きが−0.4超であり、非晶質化率Xが85%未満の比較例は、いずれも保磁力Hcが良好な値とはならなかった。また、近似直線の傾きが−0.1〜−0.2であり、非晶質化率Xが95%以上である実施例1〜3は、Hcがさらに良好であった。
【0096】
(実験2)
軟磁性合金の組成を変化させた点以外は実験1と同様の条件で試験を行った。結果を表2に示す。
【0097】
【表2】
【0098】
表2の結果より、近似直線の傾きが−0.1〜−0.4であり、非晶質化率Xが85%以上であって、Cの含有量が0.1〜7.0原子%の実施例は、全て保磁力Hcが良好な値となった。
【0099】
(実験3)
軟磁性合金の組成を変化させ、さらに下記の評価を行った以外は実験1と同様の条件で剥離噴射圧力を0.3MPとし試験を行った。結果を表3に示す。
【0100】
(5)B(σ)
得られた薄帯において、1辺の長さが40nm×40nm×50nmの直方体を測定範囲とし、連続した測定範囲における1nm×1nm×1nmの80000個のグリッドのFe含有量について累計頻度(%)を算出し、その累計頻度(%)が95%以上のグリッドにおけるB含有量を測定して、バラツキσBを算出した。Fe含有量およびB含有量は3DAPにより測定した。
【0101】
(6)M(σ)
得られた薄帯において、1辺の長さが40nm×40nm×50nmの直方体を測定範囲とし、連続した測定範囲における1nm×1nm×1nmの80000個のグリッドのFe含有量について累計頻度(%)を算出し、その累計頻度(%)が95%以上のグリッドにおけるM含有量(Nb、ZrおよびHfの合計含有量)を測定して、バラツキσMを算出した。Fe含有量およびM含有量は3DAPにより測定した。
【0102】
【表3】
【0103】
表3の結果より、近似直線の傾きが−0.1〜−0.4であり、非晶質化率Xが85%以上であって、B含有量のバラツキσBが2.8以上の実施例は、全て保磁力Hcが良好な値となった。さらにM含有量のバラツキσMが2.8以上の実施例でも、全て保磁力Hcが良好な値となった。
【0104】
(実験4)
Fe:84原子%、B:9.0原子%、Nb:7.0原子%の組成の母合金が得られるように純金属材料をそれぞれ秤量した。そして、チャンバー内で真空引きした後、高周波加熱にて溶解し母合金を作製した。
【0105】
その後、作製した母合金を加熱して溶融させ、1300℃の溶融状態の金属としたのちガスアトマイズ法により下表4に示す組成条件下で前記金属を噴射させ、粉体を作成した。実験4では、ガス噴射温度を100℃とし、チャンバー内の蒸気圧を4hPaとして試料を作製した。蒸気圧調整は露点調整をおこなったArガスを用いることで行った。
【0106】
実験4でも実験1〜4で示された評価をおこなった(180度密着試験除く)。
【0107】
【表4】
【0108】
表4で示す軟磁性合金粉末の実施例より、薄帯の時と同様、近似直線の傾きが−0.1〜−0.4であり、非晶質化率Xが85%以上であって、B含有量のバラツキσBが2.8以上の実施例は、全て保磁力Hcが良好な値となった。
【解決手段】Feを主成分とする軟磁性合金であって、前記軟磁性合金の連続した測定範囲における1nm×1nm×1nmの80000個以上のグリッドのFe含有量(原子%)をy軸とし、各グリッドのFe含有量が高い順で求めた累計頻度(%)をx軸とした場合に、累計頻度20〜80%における近似直線の傾き−0.1〜−0.4を有し、式(1)に示す非晶質化率Xが85%以上の非晶質である。X=100−(Ic/(Ic+Ia)×100)…(1)、Ic:結晶性散乱積分強度、Ia:非晶性散乱積分強度。