(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6245576
(24)【登録日】2017年11月24日
(45)【発行日】2017年12月13日
(54)【発明の名称】被覆部を備えたドリル
(51)【国際特許分類】
B23B 51/00 20060101AFI20171204BHJP
B23G 5/06 20060101ALI20171204BHJP
C23C 16/30 20060101ALI20171204BHJP
【FI】
B23B51/00 J
B23G5/06 C
C23C16/30
【請求項の数】19
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2014-536137(P2014-536137)
(86)(22)【出願日】2012年10月18日
(65)【公表番号】特表2014-530772(P2014-530772A)
(43)【公表日】2014年11月20日
(86)【国際出願番号】EP2012004352
(87)【国際公開番号】WO2013056831
(87)【国際公開日】20130425
【審査請求日】2015年10月6日
(31)【優先権主張番号】102011116576.6
(32)【優先日】2011年10月21日
(33)【優先権主張国】DE
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】598051691
【氏名又は名称】エリコン・サーフェス・ソリューションズ・アクチェンゲゼルシャフト,プフェフィコーン
【氏名又は名称原語表記】OERLIKON SURFACE SOLUTIONS AG, PFAEFFIKON
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】クラスニッツァー,ジークフリート
【審査官】
稲葉 大紀
(56)【参考文献】
【文献】
特表2010−528179(JP,A)
【文献】
特開2011−189419(JP,A)
【文献】
特開2005−324306(JP,A)
【文献】
特開2004−160561(JP,A)
【文献】
特開2007−160506(JP,A)
【文献】
特開2007−254777(JP,A)
【文献】
特開2009−154287(JP,A)
【文献】
特表2014−514452(JP,A)
【文献】
特表2014−517870(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2011/0220415(US,A1)
【文献】
MUENZ W-D,JOURNAL OF PHYSICS: CONFERENCE SERIES,英国,INSTITUTE OF PHYSICS PUBLISHING,2008年 3月 1日,V 100 N PART.8,P1-6
【文献】
HOVSEPIAN P EH,VACUUM,英国,PERGAMON PRESS,2008年 6月19日,V82 N11,P1312-1317
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
B23P 15/28
C23C 14/00−14/58
C23C 16/00−16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被覆部を備えたドリルであって、前記被覆部は、少なくとも前記ドリルのドリルヘッドに形成されていて、少なくとも1つの機能層を有し、前記機能層がドリルのドリル本体上に直接塗布されているドリルにおいて、前記機能層は、少なくとも窒化物および/または炭化物および/または酸化物からなる少なくとも1つの層を含み、前記機能層上に、非晶質の炭素またはDLC層が設けられ、
前記非晶質の炭素または前記DLC層は、金属含有DLC層の形態で前記機能層上に設けられ、
前記DLC層中の金属含有量は、表面に向かって傾斜的に減少することを特徴とするドリル。
【請求項2】
前記機能層は、クロム、チタン、アルミニウムおよびタングステンから形成される群からの少なくとも1つの金属を含むことを特徴とする請求項1に記載のドリル。
【請求項3】
前記機能層は、(Al,Cr)N層であることを特徴とする請求項2に記載のドリル。
【請求項4】
前記被覆部の全厚は、0.1μm〜10μmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のドリル。
【請求項5】
前記ドリルはマイクロドリルであり、前記被覆部の全厚が0.01μm〜5μmであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のドリル。
【請求項6】
基板を被覆する被覆方法であって、少なくとも1つの第1層と少なくとも1つの第2層とを、基板表面の少なくとも一部の上に析出する方法において、
・第1層は、HIPIMS方法を用いて、前記基板表面上に直接塗布されるHIPIMS層であり、
・前記第2層は、従来のスパッタリングおよび/またはPACVD方法および/またはMSとPACVDとを組み合わせた方法を用いて、前記第1層上に塗布し、
前記第1層は、少なくとも窒化物および/または炭化物および/または酸化物からなる少なくとも1つの層を含み、前記HIPIMS層上に、非晶質の炭素またはDLC層が設けられ、
金属を含有する前記DLC層を析出するために用いられる金属は、前記HIPIMS層中の金属と一致する
ことを特徴とする被覆方法。
【請求項7】
前記HIPIMS層を、少なくとも1つの窒化物および/もしくは炭化物および/もしくは酸化物で析出し、ならびに/または、前記第2層を炭素で析出することを特徴とする請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記HIPIMS層は、クロム、チタン、アルミニウムおよびタングステンから形成される群からの、少なくとも1つの金属で析出されることを特徴とする請求項6〜7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記DLC層中の金属含有量が表面に向かって傾斜的に減少し、金属を含有しないDLCなじみ層が最上層として金属を含有する前記DLC層上に塗布されるように、金属を含有する前記DLC層を析出することを特徴とする請求項7〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
・前記HIPIMS層を機能層として析出し、かつ、(Al,Cr)Nからなる、または、(Al,Cr)Nを有し、
・前記第2層を滑り層として析出し、
・前記HIPIMS層と前記第2層との間に、CrNおよび/またはCrCNからなる少なくとも1つの中間層を析出し、
・金属を含有しないDLCなじみ層を、最上層として、金属を含有する前記DLC層上に塗布する
ことを特徴とする請求項7〜8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
被覆部を備えたドリルであって、前記被覆部は、少なくとも前記ドリルのドリルヘッドに形成されていて、少なくとも1つの機能層を有し、前記機能層がドリルのドリル本体上に直接塗布されているドリルにおいて、前記機能層は、少なくとも窒化物および/または炭化物および/または酸化物からなる少なくとも1つの層を含み、前記機能層上に、非晶質の炭素またはDLC層が設けられ、
前記機能層上に、1つの金属含有DLC層が設けられ、
前記金属含有DLC層中の少なくとも1つの金属元素が、前記機能層中の金属元素と一致し、
前記機能層と前記金属含有DLC層との間に、少なくとも1つの窒素炭素含有層が析出されていて、前記窒素炭素含有層の窒素含有量は、表面に向かって傾斜的に減少することを特徴とするドリル。
【請求項12】
前記機能層は、クロム、チタン、アルミニウムおよびタングステンから形成される群からの2つの金属を含むことを特徴とする請求項2に記載のドリル。
【請求項13】
第2層をDLCまたは金属含有DLCとして析出することを特徴とする請求項7に記載の方法。
【請求項14】
前記HIPIMS層は、クロム、チタン、アルミニウムおよびタングステンから形成される群からの2つの金属で析出されることを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項15】
前記HIPIMS層は、(Al,Cr)N層または(Al,Cr)N含有層として析出されることを特徴とする請求項8に記載の方法。
【請求項16】
前記HIPIMS層をクロムに対するアルミニウム濃度が約70Al:30Cr原子百分率で析出することを特徴とする請求項10に記載の方法。
【請求項17】
前記第2層をMS方法を用いてまたはMSとPACVDとを組み合わせた方法を用いて析出することを特徴とする請求項10に記載の方法。
【請求項18】
前記第2層をクロム含有DLCから析出することを特徴とする請求項10に記載の方法。
【請求項19】
前記HIPIMS層と前記第2層との間に、少なくとも2つの中間層を析出することを特徴とする請求項10に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特許請求項1の前提部に記載のドリルに関し、とりわけねじタップまたはマイクロドリルに関し、かつ、特許請求項11の前提部に記載の、部品および工具を被覆するための、とりわけドリルを被覆するための被覆方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ねじタップは、大概切断面とこれに続くガイド領域とを有する。直線状に切り込みが入れられたねじタップと螺旋状に切り込みが入れられたねじタップとは区別され、後者はなかんずく旋回角度により区別される。
【0003】
この種のねじタップは、しばしばPVDを用いて窒化チタン被覆(TiN)または炭窒化チタン被覆(TiCN)がなされる。とりわけ古典的なマグネトロン吹き付けにより被覆されたこの種のねじタップでは、しばしば、被覆後に切削面を平滑に研磨する必要がある。この原因の1つは、被覆を行うと滑り特性および摩擦特性が不利に変化し、これによりねじ切りの際に支障を引き起こす切削形状が生じうる点にある。
【0004】
これに反して、熱真空蒸着を用いてTiNまたはTiCNで被覆されたねじタップは、後研磨するには及ばない。しかし、熱蒸着は、非常に高いコストがかかるので、被覆を経済的に行うのに必要となる個数が存在する場合のみ被覆可能となる。
【0005】
ねじタップの被覆にアーク蒸着を用いる場合も、所望の結果が得られないが、この理由は、おそらくは、この種の被覆に付随して現れる、層中に堆積するいわゆる飛沫のために、表面の粗度が受容不可能な程度になるからであろう。したがって、この場合も、被覆後に時間がかかりコスト高になる研磨が必須となるであろう。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
したがって、本発明の課題は、被覆後にコスト高である後研磨を実質的に行わずに採用することができる被覆されたドリル、とりわけねじタップを作ることである。
【0007】
この場合、後研磨とは、例えば被覆により生じたバリを取り除くために被覆に続いて行う比較的単純で好都合であるブラシかけ工程とは明確に区別されるべきである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、この課題は、請求項1に記載の方法により解決される。これによれば、ねじタップ上に、HIPIMS方法を用いて硬質材料層が塗布される。この場合、HIPIMSとは、High Power Impuls Magnetron Sputtering(高出力インパルス・マグネトロン・スパッタリング)の略であり、放電電流密度が高い場合に、吹き付けられる材料のイオン化度を上昇させる吹き付け方法である。特に好ましくは、本発明によれば、この種の層は、少なくとも部分的にはDE102011018363号中で開示された方法で塗布された層である。この方法では、吹き付けられる材料のイオン化度が非常に高くなる。これに対応するイオンは、基板にかけられた負のバイアスにより、基板の方向に加速し、密度が非常に大きくなる。DE102011018363号に記載された方法は、電圧源がマスタースレーブ構成で作動されるので、被覆プロセスが非常に安定し、したがって、これにより生じる層が、これに伴って小型で、非常に良好な接着性を有し、均一でわずかな表面粗度を有する層として構成される。
【0009】
特に良好な結果は、窒化物および/または炭化物および/または酸化物からなるHIPIMS層として、クロム、チタン、アルミニウムおよびタングステンから形成される群からの少なくとも1つの金属、好ましくは2つの金属を含む際に得られる。この際、ドリル本体とHIPIMS層との間に配置された接着層でさえも省くことができた。これは、おそらくは、高速でドリル本体に衝突するイオンの結果である。窒化物、炭化物または酸化物の析出は、この際、交互にまたは同時に行われうる。とりわけAlCrNのHIPIMS層で被覆されたドリルの耐用年数が感動的に上昇する。
【0010】
本発明のさらなる実施形態によれば、HIPIMS層上に、さらにとりわけ金属含有層として実施可能な非晶質の炭素またはDLC層が設けられうる。この非晶質の炭素またはDLC層(以下では、炭素含有層と称する)は、その滑り特性が良好であるがゆえに、切断縁に相当しない面においては摩擦が小さいという利点を有し、これにより摩耗がわずかになり、したがって、ねじタップの耐用年数はさらに長くなる。HIPIMS層の表面粗度がわずかであるがゆえに、この上にある炭素含有層の表面においても、とりわけ炭素含有層の層厚が5μmを上回らない点に留意すると、粗度がわずかである。層系の全厚は、好ましくは0.1μm〜10μmである。
【0011】
ドリル本体を有するドリル好ましくはねじタップを被覆する方法を開示した。この方法では、HIPIMS方法を用いて、HIPIMS層を好ましくはドリル本体上に直接塗布している。
【0012】
好ましくは、全厚が0.1μm〜10μmの被覆部が塗布される。
好ましくは、HIPIMS層として、クロム、チタン、アルミニウムおよびタングステンから形成される群の少なくとも1つの金属、好ましくは2つの金属を有する少なくとも1つの窒化物および/または炭化物および/または酸化物からなる少なくとも1つの層を析出する。
【0013】
好ましくは、この方法は、1つのDLC層好ましくは金属含有DLC層を、HIPIMS層上に塗布する少なくとも1つの被覆工程を含む。
【0014】
金属含有DLC層を被覆するために用いられる金属元素は、好ましくはHIPIMS層中の金属元素と一致する。DLC層中の金属含有量は、表面に向かって傾斜的に減少しうる。
【0015】
上述した古典的なマグネトロン吹き付けは、しばしば本件明細書の枠内では、従来のスパッタリングプロセスまたは従来のスパッタリングと称されるが、これらの概念は全て同じ意味である。英語の名称から、MS(マグネトロンスパッタリング)という省略形も出て来るが、これも、古典的なマグネトロン吹き付けと同じ意味であり、本明細書で使われている。
【0016】
これと同様に、上述の「層中に堆積したいわゆる飛沫」は、アーク蒸着プロセスを用いて生成されるが、これは、しばしば本発明の明細書の枠内では、ドロップレットまたはマイクロ粒子と称され、アーク層にとって非常に特徴的である。
【0017】
熱真空蒸着は、本明細書の枠内ではプラズマ支援真空蒸着プロセスを意図しているが、この場合、層材料の蒸着はプラズマ源を用いて真空圧下での熱供給のために行われる。このために、プラズマ源として例えば低電圧アークが用いられうる。蒸着されるべき層材料をるつぼ中に置くことができ、このるつぼは、例えばアノードとしてスイッチが入れられうる。この被覆部は、その粗度が低く全般に層品質が良好であるので、ねじタップの被覆部を良好に確立することができた。しかしながら、プロセスパラメータは、必ずしも常にこのように容易に制御可能ではない。
【0018】
ねじタップの性能改善のための被覆材料の選択は、常に自明であるとはいえない。さらに、被覆プロセスの様式も重要であるが、この理由は、被覆プロセスが析出される層の構造、およびしたがってその特性に直接影響を与えるからである。
【0019】
TiCN被覆部を備えたねじタップは、例えば、表面硬度が非常に高く、一般的に、他の材料からなる被覆部を備えたねじタップと比較すると、耐久性が高いとわかっている。これにより、特に縁におけるバリ形成を防ぐことができる。
【0020】
逆に、TiN被覆部では、比肩しうる表面硬度を達成することはできないが、TiN被覆部は一般的にドリルを保護するための良い選択であり、これにより、被覆されないドリルと比較して耐用年数がより長くなり速度がより速くなりうる。
【0021】
非金属製基材に穴をあけるためには、Tiベースの被覆部を備えたドリルは適していないとわかっているが、PVD析出されたCrN被覆部が良好である場合もありえる。
【0022】
被覆されたねじ切り工具は耐用年数が長く、切断データを明らかに向上させることができる。硬質材料で被覆することにより、ねじタップの摩耗耐性は著しく上昇する。冷間圧接および構成刃先は防がれる。摩擦が非常に低減し、被覆された工具の滑り挙動が改善されることにより切断力が小さくなり、切断表面における摩耗が低減し、切断されるねじ山の表面品質が大きく改善される。
【0023】
ねじ切り工具の特別な場合であるねじタップの例では、多くの実験において、プラズマ支援真空蒸着を用いて生成された層(以降、蒸着層と称する)は、一般的には、古典的なマグネトロン吹き付けまたはアーク蒸着を用いて生成された被覆部に比して、耐用年数がより長いと判明した。本発明の枠内では、アーク層を備えたねじタップは、様々な組成および層構造で被覆されているが、その切削加工性能をテストした。その結果によれば、この応用では、テストを行ったほぼ全てのアーク層は、良好に確立されたTiNおよびTiCNベースの蒸着層と比較すると常に劣っている。アーク層の表面粗度を低減させるために相応の後処理を行った後でさえ同様であった。しかし、窒化クロムアルミニウムベースのアーク層を備えたねじタップは、(後処理後には)TiNおよびTiCN蒸着被覆部を備えたねじタップとほぼ同等の良好な性能を示した。
【0024】
しかしながら、とりわけ、AlCrNベースのアーク層のような密度および硬度に関する等価の特性を達成するため、しかし、より良い表面品質を持ちコスト高となる後処理を防ぐために、したがって、プラズマ支援真空蒸着技術の利点をなんらかの方法で達成しようと努めるために、本発明によればねじタップ被覆のためにHIPIMS技術が使用された。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、ドリルが(ねじタップの例では)、少なくとも1つのHIPIMS層で被覆され、それも、好ましくはドリル本体上に直接塗布される場合に、プラズマ支援真空蒸着により生成される層と比して、比肩可能なまたはより高い切削性能でさえも達成されうる。
【0026】
とりわけ、HIPIMS層が窒化物および/または炭化物を有し、好ましくは、HIPIMS層が少なくとも1つの窒化物層および/または炭化物層を含有する場合に、上述の点が達成されうる。
【0027】
とりわけ、クロムに対するアルミニウム濃度が約70:30の原子百分率である(Al,Cr)Nを有するHIPIMS層は、(少なくとも所定の原材料からなるねじタップにおいては)従来良好に確立されている(Ti,C)N蒸着層に対して、比肩可能な結果またはより良好な結果をも達成するのに非常に良好に適していると判明している。さらに、HIPIMS層の粗度がわずかであることにより、アーク層に比較して、上述したように、これ以外の場合では必須である高価な後処理を省く、あるいは、ずっと好都合でコスト高ではない後処理を用いることができる。
【0028】
本発明による上述の層の変形例、すなわち、1つのDLC層または好ましくは1つの金属含有DLC層を含有し、これがHIPIMS層上に直接塗布された変形例は、上述のマスタースレーブ構成で生成される場合に有利である。
【0029】
このマスタースレーブ構成は、
図1および
図2に基づいてより良く説明することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】電気的に絶縁された複数のターゲットq1、q2、q3、q4、q5、q6を備えた構成を示す図であり、これらのターゲットはそれぞれ1つの移動磁石システムを有し、給電ユニットはマスタースレーブ構成で接続された複数の発電機g1、g2、g3、g4、g5、g6からなる。
【
図2】電気的に絶縁された複数のターゲットq1、q2、q3、q4、q5、q6を備えた構成を示す図であり、これらのターゲットはそれぞれ1つの移動磁石システムを有し、給電ユニットはマスタースレーブ構成で接続されていない複数の発電機g1、g2、g3、g4、g5、g6からなる。
【発明を実施するための形態】
【0031】
この種の層を生成するためのマスタースレーブ構成の利点をより良く理解するために、以下では、例えば、5層からなる被覆部を備えたねじタップを被覆するプロセスを以下のように説明する。すなわち、5層は、
1)(Al,Cr)N、2)CrN、3)CrCN、4)Cr−DLCおよび5)DLCであって、
1)HIPIMS方法を用いて、(Al,Cr)Nからなる機能層と、
2)および3)HIPIMS方法を用いて、または、従来のスパッタリング(以降、英語の名称
Magnetron
Sputtering(マグネトロンスパッタリング)からのMSとも称する)、または、部分的にHIPIMS方法を用いておよび部分的にMSを用いて、CrNからなる中間層とCrCNからなる中間層と、
4)MSとPACVD方法(PACVD:英語の名称
Plasma
Assisted
Chemical
Vapour
Deposition(プラズマ支援化学蒸着方法)処理から)との組み合わせを用いて、または、HIPIMS方法とPACVD方法との組み合わせを用いて、または、部分的にHIPIMS/PACVD方法を用いておよび部分的にMS/PACVD方法を用いて、CrドープDLCからなる滑り層と、
5)PACVD方法を用いてDLCからなるなじみ層とを
析出する。
【0032】
被覆チャンバ(真空チャンバ)中に、4つのAlターゲットと、2つのCrターゲットとを電気的に互いに絶縁するように配置し、被覆プロセスの間、マスタースレーブ装置として構成されている給電ユニットにより給電する。所定の組成を有するAl/Crターゲットを用いて、所望の層組成を達成することもできる。この種の層は、例えば溶融冶金的にまたは粉末冶金的に生成されうる。
【0033】
マスタースレーブ構成とは、2つ以上の発電機の出力を並列接続することであると理解される。発電機のうちの1つ(マスター)において、設定されるべき電力が選択され、これ以外の発電機は、その設定がマスターの設定に従うように電子的に接続されている。好ましくは、電気的に絶縁している個々のターゲットと少なくとも同じ数の発電機がマスタースレーブ構成で互いに接続されている(
図1および2参照)。
【0034】
まず、ねじタップをクリーニングし、および/または、必要に応じて被覆されるべき表面を前処理する。続いて、ねじタップを相応の基板保持部中に置き、被覆のために真空チャンバ中に配置する。真空チャンバ中が真空にされた後、ねじタップに、加熱プロセスおよびエッチングプロセスを行う。HIPIMSの(Al,Cr)N層を析出するために、その後、被覆チャンバを、アルゴンと窒素との混合気体で満たす。アルゴンの窒素に対する所望の濃度割合、および、所望の全圧が設定されるように、相応の気体流を選択する。HIPIMS方法にとって特徴的であるような、より高いイオン化度を達成するために、接続により結果として生じる高い電力を、個々のターゲットに伝達するが、(ターゲットの溶融または燃焼を回避するために)各ターゲットの冷却が許容される間だけこれを行う。ターゲットは、順次スイッチがオンオフされる。マスタースレーブ構成での給電装置は、したがって全ての部分ターゲットにおいて同時に最大限の電力をもたらすわけではない(
図1参照)。このようにして、HIPIMS析出用にコスト効率の良い発電機を採用することができる。所望の(Al,Cr)N層の層厚を達成するとすぐに、CrN中間層を析出する。このために、マスタースレーブ構成は解散され、したがって、各ターゲット用に、それ自身の発電機が利用可能となる(
図2参照)。このようにして、高いイオン化スパッタリング(HIPIMS)から従来のスパッタリングに単純かつ迅速に切り換えられる、または、所望の場合この逆が行われる(これは、例えば、
図1、
図2で示されるような、スイッチS1、S2、S3、S4、S5、S6を用いて行われる)。その後、従来のスパッタリングを用いてCrN中間層を析出するために、2つのCrターゲットだけがスイッチオンされる。この場合、相応の各発電機により、中断なく各Crターゲットにおいて、電力をCrN中間層が所望の厚さになるまで給電する。プロセス中の窒素濃度および全圧力は、CrN層の析出前および/または析出中に随意適合可能であり、これにより、所望の層特性を達成することができる。CrCNの析出のためには、炭素含有反応ガスを被覆チャンバ中に供給することができ、一方で、これ以外のプロセスガスおよび反応ガスの流動が適合される。この場合も、プロセスガスおよび反応ガスの濃度、ならびに、Crターゲットにおける電力は、CrCN層の析出前および/または析出中に随意適合可能であり、これにより所望の層特性を達成することができる。好ましくは、窒素の濃度およびCrターゲットにおけるスパッタ電力は、CrのDLC層析出用の適切なプロセス条件が達成されるまで低減される。また、妥当なバイアス電圧が、PACVD方法を実施するために基板に設定される。CrのDLC層が所望の厚さを達成した後に、DLCが析出される。DLCなじみ層の析出のためには、それ以前に、Crがもはや層中に入らなくなるまで、Crターゲットのスイッチが突然または次第に切られる。そして必要な場合、所望の層特性が達成されるように、チャンバ中のプロセスガスおよび反応ガスの濃度ならびに圧力、ならびに、基板のバイアス電圧が適合される。
【0035】
好ましくは、各層の析出時には、妥当なバイアス電圧が基板にかけられるが、この電圧も、各層の析出時に随意適合されうる。
【0036】
本発明による被覆部および被覆方法は、とりわけマイクロドリルの切断性能を向上させるために有利であるが、これは、高い硬度を有するが、同時に良好な滑り特性を有し、とりわけ非常にわずかな粗度を有する層は、主に、マイクロドリルの被覆において、切断縁における折り取りを回避するために望まれている。さらに、マイクロドリルの場合は、層粗度を低減させるために後処理を実行するのは、サイズが非常にわずかであるゆえに特にコスト高となり、高価で面倒である。したがって本発明により、アーク層がもたらしうる
性能に匹敵する切断性能で、かつMS層のわずかな粗度を持つ被覆部を、適用できれば非常に有利である。さらに、本発明によるHIPIMS層は、アーク層と比して、マイクロドリルの被覆にはるかに適しているが、これは、このH
IPIMS層の析出速度を非常に遅く設定することができ、随意の非常に薄い層厚を高い精度(例えば、ナノ領域での層厚)で達成することができるからで、これは、マイクロドリルのサイズが非常に小さいことにより非常に有利である。
【0037】
マスタースレーブ構成のHIPIMS技術を用いる場合のさらなる特別な利点は、被覆プロセス時のパルス長およびパルス出力を、随意および単純に設定可能であるという点であり、これにより、特に高い品質でかつ応用に応じて随意適合される層特性を有する、ないし、適合された層構造および/または層形態を有するHIPIMS層の析出が可能になる。