(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明者は、難燃グレードのビニルエステル樹脂にピッチ系炭素繊維を組み合わせることで、不燃性の炭素繊維強化プラスチック(CFRP)材料を得ることができることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち本発明の一実施形態に係る車両用内装材は、繊維質基材と、樹脂層とを具備する。
上記繊維質基材は、熱伝導率が140W/mK以上のピッチ系炭素繊維で構成される。
上記樹脂層は、上記繊維質基材に含浸され、難燃性ビニルエステル樹脂の硬化物で構成される。
【0011】
ビニルエステル樹脂は、フェノール樹脂と比較して、高強度、高靭性、高耐食性を有すると共に、炭素繊維との相性がよいため密着性に優れる。上記樹脂層を構成する難燃性ビニルエステル樹脂としては、例えば、ビニルエステル樹脂に適宜の難燃剤が添加された難燃グレードのビニルエステル樹脂(例えば、日本ユピカ社製「ネオポール8197」(商品名)等)が適用可能である。
【0012】
炭素繊維は、原料の種類に応じて、ポリアクリロニトリル(PAN:Polyacrylonitrile)系炭素繊維と、ピッチ系炭素繊維とに分けられる。いずれの炭素繊維も強度は優れるが、ピッチ系炭素繊維は、PAN系炭素繊維と比較して熱伝導率が高い。このためピッチ系炭素繊維で上記繊維質基材を構成することにより、樹脂層に印加された熱を効率よく拡散でき、CFRP全体として不燃グレードの特性を得ることができる。
【0013】
ピッチ系炭素繊維は、さらに、等方性ピッチ系炭素繊維と異方性ピッチ系炭素繊維とが知られているが、強度、弾性率及び熱伝導率といった力学的特性に優れた異方性ピッチ系炭素繊維が好ましい。特に熱伝導率が140W/mK以上のピッチ系炭素繊維で上記繊維質基材が構成されることで、「不燃」規格を満足するCFRPを得ることができる。
【0014】
上記車両用内装材によれば、フェノール樹脂以外の樹脂材料により不燃性を実現することができる。これによりマトリクス樹脂に用いられる樹脂材料の選択の幅が広がり、用途や使用環境に応じた材料の選定が可能となる。
【0015】
上記車両用内装材は、鉄道車両用材料燃焼試験における燃焼性規格(鉄運第81号 鉄道監督局長から陸運局長あて通達「鉄道車両用材料の燃焼性規格」)の区分「不燃性」の判定基準を満たすように構成される。これにより、鉄道車両の荷棚より上の天井部位、航空機の内装材等のように「不燃」規格あるいはそれ相当の規格に適合する耐火性を備えた構造体を製造できる。
【0016】
上記難燃性ビニルエステル樹脂は、常温硬化型樹脂であってもよい。これにより硬化のための高温処理が不要となり、生産性の向上を図ることができる。
【0017】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。
【0018】
図1は、本発明の一実施形態に係る車両用内装材を示す概略断面図である。図においてX軸、Y軸及びZ軸は、相互に直交する3軸方向を示しており、Z軸方向は不燃性CFRPの厚み方向に相当する。
【0019】
本実施形態の車両用内装材10は、繊維質基材11と、樹脂層12とを有する不燃性炭素繊維強化プラスチック(以下、不燃性CFRPともいう。)で構成される。車両用内装材10は、例えば、鉄道車両用シートの肘掛部分、テーブル、足回りのカバー部品等の構成材料として使用される。
【0020】
繊維質基材11は、太さが例えば7〜11μmの炭素繊維からなる縦糸11a及び横糸11bを織り込んだ織布が用いられ、典型的には、XY平面内において連続するカーボンクロスで構成される。炭素繊維の織り方は特に限定されず、典型的には平織であるが、綾織や繻子織等であってもよい。繊維質基材11は、織布に限られず、不織布であってもよい。繊維質基材11は、市販のピッチ系炭素繊維基材であってもよく、例えば、三菱樹脂社製「K63712」等の炭素繊維基材が採用可能である。
【0021】
本実施形態の繊維質基材11は、熱伝導率が140W/mK以上のピッチ系炭素繊維で構成されている。炭素繊維は、ピッチ系炭素繊維とPAN系炭素繊維とに分類される。特にピッチ系炭素繊維は、石油精製あるいは石炭乾留の副産物であるピッチから製造され、ポリアクリロニトリル繊維から製造されるPAN系炭素繊維と比較して、熱伝導性に優れるという特性を有する。
【0022】
ピッチ系炭素繊維は、さらに、等方性ピッチ系炭素繊維と異方性ピッチ系炭素繊維とが知られているが、強度的に優れた異方性ピッチ系炭素繊維が好ましい。
【0023】
樹脂層12は、車両材用内装材10を構成する不燃性CFRPのマトリクス樹脂に相当し、繊維質基材11に含浸された難燃性ビニルエステル樹脂の硬化物で構成される。樹脂層12は、例えば適宜の難燃剤が添加されたビニルエステル樹脂を繊維質基材11に含浸硬化させることで構成される。
【0024】
難燃剤には適宜のものを用いることができ、例えば、水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウム等の金属水酸化物が挙げられる。難燃剤のほか、難燃助剤が添加されてもよい。また上記難燃性ビニルエステル樹脂は、市販されている難燃グレードのビニルエステル樹脂を用いてもよく、例えば、日本ユピカ社製「ネオポール 8197」等が採用可能である。
【0025】
ビニルエステル樹脂は、熱硬化性樹脂であり、本実施形態では常温硬化型の難燃性ビニルエステル樹脂が用いられる。硬化温度は、例えば硬化剤の種類等に応じて選定することができる。これにより硬化のための高温処理が不要となり、作業性及び生産性の向上を図ることができる。
【0026】
本実施形態の車両用内装材10は、繊維質基材11と樹脂層12とをZ軸方向に交互に複数積層して構成される。繊維質基材11の層数は特に限定されず、1層でもよいし、2層以上であっても良いが、強度を考慮すると2層以上が好ましく、本実施形態では3層の繊維質基材11を有する。樹脂層12は、最上層の繊維質基材11の表面、最下層の繊維質基材11の裏面および繊維質基材11間にそれぞれ設けられている。
【0027】
典型的には、上層側の繊維質基材11と下層側の繊維質基材11とは樹脂層12の介在によって相互に離間しているが、一部で相互に接触していてもよい。また典型的には、車両用内装材10の表面あるいは裏面が樹脂層12で覆われるが、繊維質基材11の一部が露出していても構わない。
【0028】
繊維質基材11の層数や樹脂層12の厚みは特に限定されず、車両用内装材10に要求される強度、厚み、繊維体積含有率(Vf)等に応じて適宜設定される。繊維体積含有率(Vf)は、典型的には、50%以上60%以下である。また車両用内装材10は、平板状等の平面形状で形成される例に限られず、一部に湾曲面あるいは屈曲面を含む立体形状に形成されてもよい。
【0029】
車両用内装材10の成形方法は特に限定されず、ハンドレイアップ法、インフュージョン法、RTM(Resin Transfer Molding)法、VaRTM(Vacuum assist Resin Transfer Molding)法等の適宜の成形方法が採用可能である。
【0030】
以上のように構成される本実施形態の車両用内装材10によれば、強化繊維として熱伝導特性に優れたピッチ系炭素繊維が用いられているため、樹脂層12に印加された熱が繊維質基材11を介して周囲(XY平面方向)へ伝導する。これにより樹脂層12の局所的な温度上昇が抑制され、樹脂層12の着火あるいは着炎を阻止することができる。
【0031】
また本実施形態によれば、樹脂層12に不燃性樹脂を用いることなくCFRP全体の難燃性を高めることが可能となり、後述するように、鉄道車両用材料燃焼試験における燃焼性規格の区分「不燃性」の判定基準を満たすことができる。このため、フェノール樹脂に代表される不燃性樹脂材料を用いることなく、不燃性適格を満たすCFRPを実現することができる。またマトリクス樹脂に用いられる樹脂材料の選択の幅が広がり、用途や使用環境に応じた材料の選定が可能となる。
【0032】
特に、ビニルエステル樹脂は、フェノール樹脂よりも炭素繊維との相性がよく、したがって炭素繊維との密着性に優れる。したがって本実施形態の車両用内装材10によれば、フェノール樹脂をマトリクス樹脂に用いたCFRPよりも機械的強度を高めることができる。
【0033】
さらに本実施形態によれば、CFRPの不燃化を実現する上で樹脂層12に不燃性であることを必要としない。したがって、例えば水酸化アルミニウムや水酸化マグネシウム等の難燃剤や難燃助剤を添加することで樹脂を不燃レベルにまで難燃化させる必要がなくなるため、不燃性CFRPの製造コストを低減化することができるとともに、成形性を損なうことなく所望の形状に製造することができる。
【0034】
すなわち、例えばフェノール樹脂よりも強度の高いビニルエステル樹脂を用いて不燃性CFRPを製造する場合は、樹脂を目的とする不燃性が得られるようにカスタマイズするか、樹脂に難燃剤を過剰に添加する必要がある。ところが可燃性の樹脂を不燃化することは、長大な開発費用、開発期間が必要になり、難燃剤の過剰の添加は、樹脂の成形性を著しく低下させることになるため、いずれの場合も現実的でない。これに対して本実施形態によればビニルエステル樹脂を不燃化することなくCFRPの不燃化を実現することができるため、製造の低コスト化を図ることができると共に、良好な成形性を確保することができる。
【0035】
さらに本実施形態によれば、製造方法はハンドレイアップ成形のように繊維質基材に直接樹脂を含浸させる方法であるため、プリプレグのような中間基材を予め製造する必要がない。すなわち、中間基材を製作するコストが発生しないので、製造コストを低減化することもできる。
【実施例】
【0036】
続いて、本発明に係る車両用内装材の実施例について説明する。
【0037】
(実施例)
ピッチ系炭素繊維基材として三菱樹脂社製「FT37Y960」に、難燃性ビニルエステル樹脂(日本ユピカ社製「ネオポール8197」)を含浸し、常温で2時間硬化させることにより、厚み2mmの板状CFRPを作製した。成形方法はハンドレイアップ法とし、炭素繊維基材は3層とした。得られたCFRPの炭素繊維体積含有率(Vf)は60%であった。そのCFRPを182mm×257mmの長方形に切断し、これを供試材とした。得られた供試材について、温度26℃、相対湿度62%の環境下で、以下のような鉄道車両用材料の燃焼性規格(鉄運第81号 鉄道監督局長から陸運局長あて通達「鉄道車両用材料の燃焼性規格」)試験に準じた燃焼性試験を行った。
【0038】
図2に示すように、供試材Sを保持具101に載せ、水平面に対して45°に傾斜させ保持する。供試材Sの下面中心の垂直下方25.4mm(1インチ)の位置に、燃料容器102を配置する。燃料容器102は、コルクのような熱伝導率の低い材料の台103の上に配置される。そして、燃料としての純エチルアルコール0.5ccを燃料容器102に入れ、アルコールに着火し、燃料が燃え尽きるまで放置した。アルコールの燃焼中は、供試材Sへの着火の有無、発煙状態、炎の状況を観察し、アルコールの燃焼後は、残炎の有無、残塵、炭化、変形状態を調べ、燃焼性規格及び耐溶融滴下平滑性を判定した。
【0039】
(比較例1)
PAN系炭素繊維基材として三菱レイヨン社製「TR6110HM」に、難燃性ビニルエステル樹脂(日本ユピカ社製「ネオポール8197」)を含浸し、常温で2時間硬化させることにより、厚み2mmの板状CFRPを作製した。成形方法はハンドレイアップ法とし、炭素繊維基材は6層とした。得られたCFRPの炭素繊維体積含有率(Vf)は42%であった。そのCFRPを182mm×257mmの長方形に切断し、これを供試材とした。得られた供試材について、温度26℃、相対湿度62%の環境下で、実施例と同様の鉄道車両用材料の燃焼性規格試験に準じた燃焼性試験を行い、判定した。
【0040】
(比較例2)
PAN系炭素繊維基材として三菱レイヨン社製「TR6110HM」に、フェノール樹脂(住友ベークライト社製「PR-50273」)を含浸し、常温で3時間硬化させることにより、厚み2mmの板状CFRPを作製した。成形方法はハンドレイアップ法とし、炭素繊維基材は6層とした。得られたCFRPの炭素繊維体積含有率(Vf)は44%であった。そのCFRPを182mm×257mmの長方形に切断し、これを供試材とした。得られた供試材について、温度26℃、相対湿度62%の環境下で、以下のような鉄道車両用材料の燃焼性規格試験に準じた燃焼性試験を行い、判定した。
【0041】
(比較例3)
PAN系炭素繊維基材として三菱レイヨン社製「TR6110HM」に、ポリエーテルイミド樹脂(帝人社製)を含浸させたプリプレグを作製し、280℃で数十分硬化させることにより、厚み2mmの板状CFRPを作製した。成形方法はコンプレッション成形法とし、炭素繊維基材は11層とした。得られたCFRPの炭素繊維体積含有率(Vf)は60%であった。そのCFRPを182mm×257mmの長方形に切断し、これを供試材とした。得られた供試材について、温度26℃、相対湿度62%の環境下で、実施例と同様の鉄道車両用材料の燃焼性規格試験に準じた燃焼性試験を行い、判定した。
【0042】
上記燃焼性規格試験の判定基準を表1に示す。また上記実施例及び比較例1〜3の結果を表2に示す。
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【0045】
表2に示すように、本実施例に係る供試材について、鉄道車両用材料燃焼試験における燃焼性規格の区分「不燃性」の判定基準を満たすことが確認された。本実施例によれば炭素繊維にピッチ系炭素繊維が用いられているため、PAN系炭素繊維を用いた比較例1と比較して、難燃性が高いことが確認された。
【0046】
さらに本実施例によれば、耐溶融滴下性試験において「平滑」すなわち表面変形なしの判定が得られた。このことからも、本実施例に係る不燃性CFRPは車両用内装材や天井付近に使用される機器筐体に用いて好適な材料であることが確認された。
【0047】
また比較例2,3についても実施例と同様に「不燃性」の判定が得られた。このことから、本実施例によれば、不燃性CFRPを構成する上で、フェノール樹脂やポリエーテルイミド樹脂に代わるマトリクス樹脂を提供できることが確認された。これにより用途や使用環境に応じた樹脂材料の選定が可能となり、不燃性CFRPの設計自由度が高められる。しかも比較例2,3における耐溶融滴下性試験の結果については溶融滴下はないものの、表面変形が認められた。このことから、本実施例は比較例2,3よりも耐溶融滴下性に優れることが確認された。
【0048】
さらに比較例3に係るポリエーテルイミドは熱可塑性樹脂であるため、樹脂の流動化に高温処理が必要となる。このため本実施例によれば、比較例3と比較して良好な成形作業性を得ることができる。
【0049】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【0050】
例えば以上の実施形態では、マトリクス樹脂層の構成材料として常温硬化型のビニルエステル樹脂を用いたが、これに限られず、成形方法や成形条件等に応じて加熱硬化型のビニルエステル樹脂が用いられてもよい。
【0051】
また本実施形態のCFRPは、良好な熱伝導性を有するため、不燃性だけでなく、例えば放熱用伝熱部材として用いることもできる。これにより不燃特性に強度と良好な熱伝導特性とを兼ね備えた車両用内装材を構成することができる。