【実施例1】
【0010】
図1は、第1実施例のコヒーレンス測定装置を示している。参照番号2は、半導体光陰極を示し、その上面に円偏光レーザー光を照射すると、その下面からスピン偏極電子線を放出する。ここでいうスピン偏極電子線は、アップスピンの電子数とダウンスピンの電子数を比較したときに、一方が他方を大きく優越しており、電子のスピン方向が偏在している電子線のことをいう。スピン偏極電子線を放出する装置の詳細は、国際公開WO2011/122171号公報と特開2007−258119号公報に開示されており、重複説明を省略する。
【0011】
半導体光陰極2の下面から放出されたスピン偏極電子線は、アノード電極4によって加速され、参照番号Aに示す進路を下方に向かって進行する。半導体光陰極2に照射する円偏光レーザーの偏向方向を切換えることによって、大半の電子が進行方向を向くスピンを持っているスピン偏極電子線を利用するか、あるいは反進行方向を向くスピンを持っているスピン偏極電子線を利用するかを切換えることができる。
【0012】
参照番号6はセパレータを示し、進路Aに沿って下方に移動するスピン偏極電子線の進路を2進路に分割し、分割後の2進路が平行となるように進路を曲げる。セパレータ6を通過することで、第1進路B1に沿って進行するスピン偏極電子線と、第2進路B2に沿って進行するスピン偏極電子線に分割される。
【0013】
第1進路B1上には、スピン方向回転機8と、第1遅延装置10が配置されている。
図1の(A)は、スピン方向回転機8に入射する前のスピン偏極電子線のスピン方向を例示しており、ダウンスピンのスピン偏極電子線のスピン方向を示している。(B)は、スピン方向回転機8によってスピン方向がθだけ回転したスピン方向を例示している。第1遅延装置10は、第1進路B1上を移動するスピン偏極電子線を遅らせる。例えば、時刻T1に第1遅延装置10に入射した電子を、時刻T1+Δt1において第1遅延装置10から放出する。Δt1が遅延時間となる。
【0014】
第2進路B2上には、第2遅延装置12と、試料台14が配置されている。第2遅延装置12は、第2進路B2上を移動するスピン偏極電子線を遅らせる。例えば、時刻T2に第2遅延装置12に入射した電子を、時刻T2+Δt2において第2遅延装置12から放出する。Δt2が遅延時間となる。
試料台14には試料が置かれる。試料台14は、スピン偏極電子線に透明である。試料は薄く、スピン偏極電子線が透過する。ただし、電子と試料の相互作用によって、スピン偏極電子線のスピン方向が回転したり、あるいはスピン偏極電子線の一部のスピン方向が反転したりする。試料によっては、試料を通過することで、電子の移動速度が変化することもある。あるいは、アップスピンの通過速度とダウンスピンの通過速度が異なることもある。
【0015】
参照番号16は、バイプリズムであり、第1進路B1上を移動してきたスピン偏極電子線と第2進路B2上を移動してきたスピン偏極電子線を重ね合わせる。
参照番号18は、超高感度CCDカメラであり、多数のイメージセルを備えており、セル毎に各セルに到着した電子線の強度に比例する電圧を出力する。セル毎の出力電圧の分布は撮像面に到達した電子線の強度分布を示す。CCDカメラ18は、撮像面に到達した電子線の強度分布を記憶する。
【0016】
図1の測定装置の利用方法を説明する。
最初に、スピン方向回転機8による回転角θ=ゼロであり、第1遅延装置10による遅延時間Δt1=ゼロであり、第2遅延装置12による遅延時間Δt2=ゼロであり、試料台14に試料が置かれていないとする。すると、CCDカメラ18は明瞭な干渉縞を撮影する。
【0017】
次に試料台14に試料をおく。すると電子と試料の相互作用によって、スピン偏極電子線のスピン方向が回転し、第1進路B1からの電子線と第2進路B2からの電子線の間に時間差が生じる。スピン偏極電子線の場合、バイプリズム16で重ね合わせる2本のスピン偏極電子電のスピン方向が一致しているときには明瞭な干渉縞が現れ、スピン方向がずれると干渉縞の明瞭度が低下する。また、CCDカメラ18で同時に撮影される2電子が半導体光陰極2から放出された際の時間差が短いほど明瞭な干渉縞が現れ、その時間差がコヒーレンス時間以上であると干渉縞が消失する。そのために、試料台14に試料をおくと、CCDカメラ18で撮影される干渉縞の明瞭度が低下する。
【0018】
そこで試料台14に試料をおいたら、スピン方向回転機8による回転角θを変化させながら干渉縞の明瞭度を測定する。この場合、「スピン方向回転機8による回転角θ=試料によるスピン方向の回転角」の関係となったときに干渉縞の明瞭度が最大となり、スピン方向回転機8による回転角θがそれからずれるに従って干渉縞の明瞭度は低下する。
図2における(a)(b)(c)は、スピン方向回転機8による回転角θと、干渉縞の明瞭度の関係を示し、この場合、スピン方向回転機8による回転角がθ2で干渉縞が最も明瞭となり、それからずれた回転角θ1とθ3では、干渉縞の明瞭度が低下する様子を示している。
この結果、試料とスピン偏極電子線の相互作用によって、スピン方向がθ2だけ回転したことが判明する。
【0019】
次に、第2遅延装置12による遅延時間Δt2=ゼロとし、第1遅延装置10による遅延時間Δt1を変化させながら、干渉縞の明瞭度を測定する。この場合、「第1遅延装置10による遅延時間Δt1=試料による遅延時間」の関係となったときに干渉縞の明瞭度が最大となり、第1遅延装置10による遅延時間Δt1がそれからずれるに従って干渉縞の明瞭度は低下する。
図2における(1)〜(5)は、第1遅延装置10による遅延時間Δt1と、干渉縞の明瞭度の関係を示し、この場合、遅延時間Δt1=t3のときに干渉縞が最も明瞭となる場合を例示している。(2)と(4)は、干渉縞の明瞭度が予め設定した閾値となる場合を示し、(1)と(5)は、干渉縞の明瞭度が予め設定した閾値を下回る場合を示している。この結果、試料によってもたらされる遅延時間はt3であり、コヒーレンス時間は(t3−t2)あるいは(t4−t3)であることがわかる。試料によって、コヒーレンス時間は変化する。電子と強く相互作用する試料ほど、コヒーレンス時間が短くなる。
以上のようにして、
図1のコヒーレンス測定装置によって、試料がスピン方向を回転させる回転角θ2と、試料が電子線の進行速度を遅らせる遅延時間t3と、試料通過後のコヒーレンス時間を測定することができる。コヒーレンス時間と電子の移動速度から、コヒーレンス長を測定することもできる。
【0020】
上記のコヒーレンス測定装置は、半導体光陰極2が放出するスピン偏極電子線のコヒーレンス時間を測定することもできる。この場合は、試料をおかず、スピン方向回転機8による回転角θ=ゼロとし、第2遅延装置12による遅延時間Δt2=ゼロとし、第1遅延装置10による遅延時間Δt1をゼロから増大させながら干渉縞の明瞭度を測定する。遅延時間Δt1=ゼロのときに最大の明瞭度となり、第1遅延時間Δt1が長くなるにつれて干渉縞の明瞭度が低下する。干渉縞の明瞭度が予め設定した閾レベルを下回る時の第1遅延時間Δt1からコヒーレンス時間を測定することができる。
次に、試料をおかず、スピン方向回転機8による回転角θ=ゼロし、第1遅延装置10による第1遅延時間Δt1=ゼロとし、第2遅延装置12による第2遅延時間Δt2をゼロから増大させながら干渉縞の明瞭度を測定する。第2遅延時間Δt2=ゼロのときに最大の明瞭度となり、第2遅延時間Δt2が長くするにつれて明瞭度が低下する。干渉縞の明瞭度が予め設定した閾レベルを下回る時の第2遅延時間Δt2からコヒーレンス時間を測定することができる。
上記では、Δt1とΔt2の双方を計測する。理論的には、Δt1またはΔt2の一方からコヒーレンスを知ることができる。第1遅延装置10と第2遅延装置12のいずれかがあれば、コヒーレンスを測定することができる。
【0021】
試料によっては、試料を通過するスピン偏極電子線が加速されることがある。この場合は、第1遅延装置10による第1遅延時間Δt1=ゼロとし、スピン方向回転機8による回転角θと第2遅延装置12による第2遅延時間Δt2を変えながら、干渉縞の明瞭度を測定する。試料による加速効果が第2遅延装置12による遅延効果によって相殺されたときに干渉縞の明瞭度が最大となる。第2遅延装置12があれば、試料がスピン偏極電子線を加速させる場合にも対応可能となる。
大半の試料は、試料を通過する電子線の移動速度を遅らせる。その遅れの程度を測定できればよい場合、第2遅延装置は不可欠でない。
【0022】
試料によっては、試料を通過するスピン偏極電子のうちの一部のスピン方向が反転することがある。明瞭度が最大になったときの干渉縞の明瞭度から、スピン方向が反転したスピン偏極電子の割合を測定することもできる。電子と強く相互作用する試料ほど、スピン方向を反転させる割合が強く、例えばメモリ材料として使用するのに適さないことが判明する。試料の特性を知ることが可能となる。
また、遅延時間と回転角を調整しながら干渉縞の明瞭度を測定することで、たとえばアップスピン電子が試料を通過する速度と、ダウンスピン電子が試料を通過する速度を測定することも可能である。
【0023】
(第2実施例)
図3は、コヒーレンス測定装置を透過型電子顕微鏡に組み込んだ装置の構成を示しており、
図1で説明した要素については、同じ参照番号を用いることで重複説明を省略する。
参照番号30は、スピン偏極電子線の発生装置以外の電子顕微鏡の構成を示している。参照番号20は、スピン偏極電子線発生装置―透過型電子顕微鏡の結合装置を示し、22は集束レンズを示し、24は試料レンズを示し、26は中間レンズを示し、28は投影レンズを示している。これらの詳細は国際公開WO2011/122171号公報に開示されており、重複説明を省略する。
コヒーレンス測定装置を透過型電子顕微鏡に組み込むと、試料内の微小範囲毎に、試料とスピン偏極電子線の相互作用を測定することが可能となる。
なお、セパレータ6は、集束レンズ22の上流側にあってもよいし、下流側にあってもよい。またバイプリズム16は、試料レンズ24と中間レンズ26の間にあってもよいし、中間レンズ26と投影レンズ28の間にあってもよいし、投影レンズ28とCCDカメラ18の間にあってもよい。スピン方向回転機8と第1遅延装置10と第2遅延装置12は、セパレータ6とバイプリズム16の間にあればよく、集束レンズ22、試料レンズ24、中間レンズ26、投影レンズ28との位置関係には制約されない。試料台の上流にセパレータがあり、試料レンズの下流にバイプリズムがあり、第1進路を移動するスピン偏極電子線と第2進路を移動するスピン偏極電子線の双方が試料レンズを通過する関係にあればよい。
本実施例では、TEMにコヒーレンス測定装置を組み込んでいるが、SEM,LEEM,RHEEDなど、すべての電子線使用装置にコヒーレンス測定装置を組み込むことができる。
【0024】
図1のコヒーレンス測定装置で得られる事象を、数式で説明する。
アップスピンのスピン偏極電子は数1で示され、ダウンスピンのスピン偏極電子は数2で示される。
【数1】
【数2】
スピン方向回転機は、数3に示す操作を加える。θは電子の進路に沿った面内でのスピン方向を示す角度であり、φは電子の進路に直交する面内でのスピン方向を示す角度である。
【数3】
第1遅延装置は、数4に示す操作を加え、第2遅延装置は、数5の操作を加える。
【数4】
【数5】
半導体光陰極2がアップスピンを放出している場合、第1経路からバイプリズムに入射する電子線の波動方程式は数6となり、第2経路からバイプリズムに入射する電子線の波動方程式は数7となる。数7におけるTは、試料が電子線に与える相互作用を示す。
【数6】
【数7】
バイプリズムで重ね合された電子線の強度は数8に示すものとなる。
【数8】
試料を挿入しない場合は、T=1となる。
この場合、干渉縞を示す式は数9となり、遅延装置の遅延時間と干渉縞の明瞭度の関係から、スピン偏極電子線自体のコヒーレンスを測定することができる。
試料中でスピンフロップが生じる場合は、数10が成立し、干渉縞を示す式は数11となる。スピン方向回転機の回転角を変化させながら干渉縞の明瞭度を測定することで、スピンフリップの効果を測定することができる。
【数9】
【数10】
【数11】
試料によって、アップスピン電子との相互作用と、ダウンスピン電子との相互作用が相違することがある。そのときの試料による作用は数12となる。
その場合、アップスピン電子によるときの干渉縞は数13となり、ダウンスピン電子によるときの干渉縞は数14となる。数13と数14から、数15が得られる。数15と測定結果から、試料の内部ポテンシャルの差を求めることができる。
【数12】
【数13】
【数14】
【数15】
【0025】
以上、本発明の具体例を詳細に説明したが、これらは例示にすぎず、請求の範囲を限定するものではない。請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組合せによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時の請求項記載の組合せに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は、複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。