特許第6245965号(P6245965)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6245965火花点火式エンジン及びその運転制御方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6245965
(24)【登録日】2017年11月24日
(45)【発行日】2017年12月13日
(54)【発明の名称】火花点火式エンジン及びその運転制御方法
(51)【国際特許分類】
   F02D 19/02 20060101AFI20171204BHJP
   F02D 13/02 20060101ALI20171204BHJP
   F02D 21/08 20060101ALI20171204BHJP
【FI】
   F02D19/02 D
   F02D13/02 K
   F02D21/08 301C
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-250221(P2013-250221)
(22)【出願日】2013年12月3日
(65)【公開番号】特開2015-108298(P2015-108298A)
(43)【公開日】2015年6月11日
【審査請求日】2016年6月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000284
【氏名又は名称】大阪瓦斯株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001818
【氏名又は名称】特許業務法人R&C
(72)【発明者】
【氏名】田中 大樹
(72)【発明者】
【氏名】染澤 俊介
(72)【発明者】
【氏名】佐古 孝弘
【審査官】 山村 秀政
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−299664(JP,A)
【文献】 特開2010−025073(JP,A)
【文献】 特開平10−121070(JP,A)
【文献】 特開2011−026144(JP,A)
【文献】 特開2009−138567(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 19/02
F02D 13/02
F02D 21/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃焼室に吸気される新気に炭化水素系の主燃料を混合して混合気を形成し、当該混合気を燃焼室で圧縮して点火プラグにより火花点火し燃焼させる火花点火式エンジンであって、
燃焼室への排ガスの再循環率であるEGR率を調整可能なEGR率調整手段と、
温度と着火遅れ時間との相関関係において酸素濃度の変動の影響がメタン及びブタンよりも少ないエタン及びプロパンの一方又は両方からなる特定炭化水素の混合気中の含有率である特定炭化水素含有率を調整可能な特定炭化水素含有率調整手段と、
運転条件に基づいて前記EGR率調整手段を作動させてEGR率を制御するEGR率制御を実行する運転制御手段と、を備え、
前記特定炭化水素含有率調整手段が、燃焼室に対して添加量調整を伴って特定炭化水素を添加可能な特定炭化水素添加手段であり、
前記運転制御手段が、前記EGR率制御に加えて、前記EGR率の増加に伴って前記特定炭化水素含有率を増加させる形態で、前記EGR率調整手段の状態に応じて前記特定炭化水素含有率調整手段を作動させて前記特定炭化水素含有率を変動させる特定炭化水素含有率制御を実行する火花点火式エンジン。
【請求項2】
サイクル変動の悪化を検出するサイクル変動検出手段を備え、
前記運転制御手段が、前記特定炭化水素含有率制御において、前記サイクル変動検出手段で検出されるサイクル変動の悪化が抑制されるように前記特定炭化水素含有率調整手段を作動させて前記特定炭化水素含有率を変動させる形態で、前記特定炭化水素含有率を変動させる請求項1に記載の火花点火式エンジン。
【請求項3】
前記運転制御手段が、前記EGR率制御において、エンジン負荷に基づいて前記EGR率を変動させる請求項1又は2に記載の火花点火式エンジン。
【請求項4】
燃焼室に吸気される新気に炭化水素系の主燃料を混合して混合気を形成し、当該混合気を燃焼室で圧縮して点火プラグにより火花点火し燃焼させる火花点火式エンジンの運転制御方法であって、
前記火花点火式エンジンに、
燃焼室への排ガスの再循環率であるEGR率を調整可能なEGR率調整手段と、
温度と着火遅れ時間との相関関係において酸素濃度の変動の影響がメタン及びブタンよりも少ないエタン及びプロパンの一方又は両方からなる特定炭化水素の混合気中の含有率である特定炭化水素含有率を調整可能な特定炭化水素含有率調整手段と、を設け、
前記特定炭化水素含有率調整手段が、燃焼室に対して添加量調整を伴って特定炭化水素を添加可能な特定炭化水素添加手段であり、
運転条件に基づいて前記EGR率調整手段を作動させてEGR率を制御するEGR率制御を実行すると共に、当該EGR率制御に加えて、前記EGR率の増加に伴って前記特定炭化水素含有率を増加させる形態で、前記EGR率調整手段の状態に応じて前記特定炭化水素含有率調整手段を作動させて前記特定炭化水素含有率を変動させる特定炭化水素含有率制御を実行する前記火花点火式エンジンの運転制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃焼室に吸気される新気に炭化水素系の主燃料を混合して混合気を形成し、当該混合気を燃焼室で圧縮して点火プラグにより火花点火し燃焼させる火花点火式エンジン及びその運転制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
火花点火式エンジンの燃焼室では、ピストンの上昇により圧縮された混合気中で燃焼室の略中央に配置された点火プラグにより火花放電が行われることで火炎核が形成され、その火炎核を源とした火炎帯が混合気中を伝播し燃焼が進行する。このような火花点火による火炎伝播型の燃焼形態においては、火炎帯が比較的低温のシリンダ壁面に近づく火炎伝播後期において、当該シリンダ壁面の冷却作用により火炎帯が消炎することがある。更に、膨張行程では、体積増加に伴い燃焼室内の内部エネルギーが低下するために火炎帯の伝播が抑制される傾向にある。そのために、上記火炎伝播後期における火炎帯の消炎が助長される場合がある。そして、このような火炎伝播後期における火炎帯の消炎は、燃焼状態を不安定にしてエンジンのサイクル変動の悪化につながる。一方で、火炎伝播後期において、火炎帯の伝播方向前方の末端にある未燃混合気が急速に圧縮されて、火炎帯が到達する前に自己着火することによりノッキングが発生することがある。このようなノッキングが発生した際に生じる圧力波は構成部品の損傷の要因となる。
【0003】
一方で、火花点火式エンジンにおいて、NOx低減及び熱効率向上の目的で、燃焼室に排ガスを再循環させるEGRを採用する場合がある(例えば、特許文献1及び2を参照。)。EGRを行えば、混合気の比熱が上昇するので、燃焼温度の上昇が抑制され、NOxの排出量が低減する。また、燃焼温度が低下すれば、シリンダ壁からの伝熱による熱損失が低減されるので、熱効率が向上する。また、このようなEGRにおいて、エンジン負荷などの運転条件に基づいて燃焼室への排ガスの再循環率であるEGR率を制御する場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−299664号公報
【特許文献2】特開平10−318005号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
EGRを採用した火花点火式エンジンにおいて、EGR率を制御するにあたり、EGR率が増大しすぎると、大量の排ガスが新気に混入することで混合気中の酸素濃度が低下し、燃焼速度が低下する。燃焼速度の低下は、火炎伝播を不安定にし、エンジンのサイクル変動の悪化や失火につながる。特に、混合気に再循環される排ガスの分散状態によっては、燃焼室における混合気中の酸素濃度が空間的に不均一になり、結果、混合気の燃焼速度が空間的に不均一になって、燃焼室における燃焼状態が悪化する。そこで、従来技術では、EGRを行うにあたり、スワール、タンブル、スキッシュといった燃焼室の新気の流動に着目し、新気の流動を強化することで、燃焼速度の低下を抑制することが提案されているが、流動強化により点火プラグの冷却や火花放電の不安定化等の問題があり、その効果は限定的である。
本発明は、かかる点に着目してなされたものであり、その目的は、EGRを採用した火花点火式エンジンにおいて、EGR率調整手段を用いたEGR率制御を行うにあたり、合理的な構成で、EGR率の増加に伴う燃焼状態の悪化を抑制することができる技術を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この目的を達成するための本発明に係る火花点火式エンジンは、
燃焼室に吸気される新気に炭化水素系の主燃料を混合して混合気を形成し、当該混合気を燃焼室で圧縮して点火プラグにより火花点火し燃焼させる火花点火式エンジンであって、
その特徴構成は、
燃焼室への排ガスの再循環率であるEGR率を調整可能なEGR率調整手段と、
温度と着火遅れ時間との相関関係において酸素濃度の変動の影響がメタン及びブタンよりも少ないエタン及びプロパンの一方又は両方からなる特定炭化水素の混合気中の含有率である特定炭化水素含有率を調整可能な特定炭化水素含有率調整手段と、
運転条件に基づいて前記EGR率調整手段を作動させてEGR率を制御するEGR率制御を実行する運転制御手段と、を備え、
前記特定炭化水素含有率調整手段が、燃焼室に対して添加量調整を伴って特定炭化水素を添加可能な特定炭化水素添加手段であり、
前記運転制御手段が、前記EGR率制御に加えて、前記EGR率の増加に伴って前記特定炭化水素含有率を増加させる形態で、前記EGR率調整手段の状態に応じて前記特定炭化水素含有率調整手段を作動させて前記特定炭化水素含有率を変動させる特定炭化水素含有率制御を実行する点にある。
【0007】
炭化水素系燃料の温度と着火遅れ時間は、通常、温度が低くなるほど着火遅れ時間が長くなるという相関関係を有するが、本発明者らは、炭化水素系燃料のうち、温度と着火遅れ時間との相関関係において酸素濃度の変動の影響がメタン及びブタンよりも少ないエタン及びプロパンの一方又は両方からなる特定炭化水素、より好ましくはエタンが、メタンやブタンなどの他の炭化水素と比較して、その温度と着火遅れ時間との相関関係において酸素濃度の変動の影響をほとんど受けないという特性を発見し、その特性を利用して本発明を完成するに至った。
即ち、本特徴構成によれば、EGR率制御を実行して、エンジン負荷などの運転条件に基づいてEGR率を制御するにあたり、EGR率の増加により燃焼状態が悪化する傾向にあったとしても、EGR率の増加に伴う混合気中の酸素濃度の不均一化の影響をほとんど受けない特定炭化水素の混合気中の含有率である特定炭化水素含有率、より好ましくはエタンの混合気中の含有率であるエタン含有率を、EGR率の増加に応じて増加させることで、EGR率の増加に伴う燃焼状態の悪化を抑制することができる。
具体的には、EGR率の増加に伴って特定炭化水素含有率を増加させる形態で、EGR率調整手段の状態に応じて特定炭化水素含有率調整手段を作動させて特定炭化水素含有率を変動させる。すると、EGR率を増加させた場合には、混合気中の特定炭化水素含有率が増加することから、混合気の燃焼速度の不均一化が抑制され、結果、燃焼状態の悪化を抑制することができる。
一方、EGR率が減少又はEGRの実行が停止された場合には、特定炭化水素含有率が減少することから、混合気中の特定炭化水素含有率を増加するためのコストを節約することができる。
更に、本特徴構成によれば、上記特定炭化水素添加手段により、燃焼室に対して特定炭化水素を添加すると共にその添加量を調整する形態で、燃焼室における混合気中の特定炭化水素含有率を調整することができる。
従って、本発明により、EGRを採用した火花点火式エンジンにおいて、EGR率調整手段を用いたEGR率制御を行うにあたり、合理的な構成で、EGR率の増加に伴う燃焼状態の悪化を抑制することができる技術を提供することができる。
【0008】
本発明に係る火花点火式エンジンの更なる特徴構成は、
サイクル変動の悪化を検出するサイクル変動検出手段を備え、
前記運転制御手段が、前記特定炭化水素含有率制御において、前記サイクル変動検出手段で検出されるサイクル変動の悪化が抑制されるように前記特定炭化水素含有率調整手段を作動させて前記特定炭化水素含有率を変動させる形態で、前記特定炭化水素含有率を変動させる点にある。
【0009】
本特徴構成によれば、特定炭化水素含有率制御において、EGR率を直接把握して特定炭化水素含有率を変動させるのではなく、サイクル変動検出手段で検出されるサイクル変動の悪化を抑制する形態で特定炭化水素含有率を変動させることでも、EGR率の増加に伴う燃焼状態の悪化を抑制することができる。
即ち、サイクル変動検出手段でサイクル変動の悪化を検出すれば、EGR率が増加したと判断して、特定炭化水素含有率制御により混合気中の特定炭化水素含有率を増加させることで、燃焼状態の悪化を抑制することができる。
【0010】
本発明に係る火花点火式エンジンの更なる特徴構成は、
前記運転制御手段が、前記EGR率制御において、エンジン負荷に基づいて前記EGR率を変動させる点にある。
【0011】
本特徴構成によれば、EGR率制御では、エンジン負荷に基づいてEGR率を変動させて、NOx低減及び熱効率向上を図ることができる。
具体的には、要求トルクの増加等に伴って運転条件としてエンジン負荷を増加させる場合には、EGR率を増加させることでエンジン負荷の増加による燃焼温度の過剰な上昇を抑制して、NOxの生成を抑制することができる。逆に、要求トルクの減少等に伴ってエンジン負荷を減少させる場合には、EGR率を減少させることでエンジン負荷の減少による燃焼温度の過剰な低下を抑制して、熱効率の低下を抑制することができる。
また、エンジン負荷を減少させる場合に、EGR率を増加させることで、吸入混合気量を増加させ、それに伴ってスロットルバルブの開度を拡大させて、ポンプ損失の低減を図ることもできる。
【0014】
この目的を達成するための本発明に係る火花点火式エンジンの運転制御方法は、
燃焼室に吸気される新気に炭化水素系の主燃料を混合して混合気を形成し、当該混合気を燃焼室で圧縮して点火プラグにより火花点火し燃焼させる火花点火式エンジンの運転制御方法であって、
その特徴構成は、
前記火花点火式エンジンに、
燃焼室への排ガスの再循環率であるEGR率を調整可能なEGR率調整手段と、
温度と着火遅れ時間との相関関係において酸素濃度の変動の影響がメタン及びブタンよりも少ないエタン及びプロパンの一方又は両方からなる特定炭化水素の混合気中の含有率である特定炭化水素含有率を調整可能な特定炭化水素含有率調整手段と、を設け、
前記特定炭化水素含有率調整手段が、燃焼室に対して添加量調整を伴って特定炭化水素を添加可能な特定炭化水素添加手段であり、
運転条件に基づいて前記EGR率調整手段を作動させてEGR率を制御するEGR率制御を実行すると共に、当該EGR率制御に加えて、前記EGR率の増加に伴って前記特定炭化水素含有率を増加させる形態で、前記EGR率調整手段の状態に応じて前記特定炭化水素含有率調整手段を作動させて前記特定炭化水素含有率を変動させる特定炭化水素含有率制御を実行する点にある。
【0015】
即ち、上記火花点火式エンジンの運転制御方法によれば、上述した本発明に係る火花点火式エンジンと同様に、EGR率調整手段、及び、特定炭化水素含有率調整手段を設けた上で、EGR率制御に加えて、特定炭化水素含有率調整制御を実行するので、当該本発明に係る火花点火式エンジンで説明したものと同様の作用効果を奏することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】第1実施形態の火花点火式エンジンの概略構成図
図2】EGR率制御におけるEGR率の調整状態を示すグラフ図
図3】EGR率に対する特定炭化水素含有率の関係を示すグラフ図
図4】特定炭化水素含有率制御におけるサイクル変動の悪化に対する特定炭化水素含有率の調整状態を示すグラフ図
図5】炭化水素系燃料の着火遅れ時間を示すグラフ図
図6】第2実施形態の火花点火式エンジンの概略構成図
【発明を実施するための形態】
【0017】
〔第一の実施形態〕
本発明に係る火花点火式エンジン及びその運転制御方法の第1実施形態について、図1図4に基づいて説明する。
図1に示すエンジン1は、燃焼室10に吸気される新気に炭化水素系の主燃料を混合して混合気Mを形成し、当該混合気Mを燃焼室10で圧縮して点火プラグ11により火花点火し燃焼させる火花点火燃焼を行う火花点火式エンジンとして構成されている。
燃焼室10は、シリンダ2の内面と、シリンダ2の上部に連結されたシリンダヘッド3の下面と、シリンダ2内において連結棒を介しクランク軸6に連結されて往復移動自在に収容されたピストン4の頂面とで形成されている。
そして、燃焼室10には、吸気路21及び排気路31が開口され、燃焼室10の吸気路21側には吸気弁20が、燃焼室10の排気路31側には排気弁30が設けられている。
【0018】
吸気路21には、吸気路21を流通する新気(空気)に、外部から供給されたメタンを主成分とする天然ガス系都市ガス13Aである主燃料を、主燃料供給弁24による供給量調整を伴って混合して、混合気Mを形成するミキサ23が設けられている。また、吸気路21におけるミキサ23の下流側には、開度調整により燃焼室10への混合気Mの吸気量を調整可能なスロットルバルブ22が設けられている。そして、このスロットルバルブ22を通過した混合気Mが燃焼室10に吸気される。
また、一般的な火花点火式エンジンと同様に、各種センサとして、クランク軸6の角度であるクランク角を計測するクランク角センサ7や、燃焼室10の圧力である筒内圧を計測する筒内圧力センサ8や、シリンダ2の振動状態を検出する加速度センサ9等が設けられている。
【0019】
エンジン1は、吸気行程、圧縮行程、膨張行程、排気行程の順に各行程を行う一連の動作を繰り返し行う。
詳しくは、吸気弁20を開動作させた状態でピストン4が上死点から下降することにより、吸気路21から燃焼室10に混合気Mを吸気する吸気行程が行われ、次に、吸気弁20を閉動作させた状態でピストン4が上昇することにより、燃焼室10の混合気Mを圧縮する圧縮行程が行われる。
この圧縮行程の後期では、予め設定された所望の点火時期(例えば、ピストン4が上死点に達する直前)に、点火プラグ11が火花放電を行い燃焼室10の混合気Mが点火され、火炎核が形成される。
圧縮行程に続く膨張行程では、火炎核を源とした火炎帯が伝播することで燃焼室10の混合気Mが燃焼され、燃焼室10の容積増加によりピストン4が降下し、それに続く排気行程では、排気弁30を開動作させた状態でピストン4が上昇することにより、燃焼室10の排ガスが排気路31に排出される。
【0020】
エンジン1は、燃焼室10に排ガスを再循環させるEGRとして、排気弁30を上死点よりも進角側又は遅角側で閉弁して燃焼室10に排ガスを残留させる又は吸い戻す内部EGRを行う。そして、その内部EGRにおけるEGR率を調整するEGR率調整手段として、当該排気弁30の閉弁タイミングを調整してEGR率を調整する内部EGR率調整手段40が設けられている。また、内部EGR率調整手段40は、吸気弁20及び排気弁30の開閉時期を調整可能なバルブタイミング可変機構41で構成されており、このバルブタイミング可変機構41は、クランク角センサ7によるクランク軸6のクランク角検出を伴って制御されて、吸気弁20及び排気弁30の開閉タイミングをクランク角に対する所定の時期に設定することができる。
即ち、排気弁30の閉タイミングを下死点よりも進角した時点に設定する形態で内部EGRを行えば、燃焼室10に排ガスを残留させることができ、一方、排気弁30の閉時期を下死点よりも遅角した時点に設定する形態で内部EGRを行えば、排気路31から燃焼室10に排ガスを吸い戻すことができる。
このように内部EGRにより燃焼室10に排ガスを残留又は吸い戻すと、燃焼室10では、新気(空気)と比べて比熱が大きい二酸化炭素や水分が多く含まれている排ガスが、燃焼室10に再循環されることになる。
このように内部EGRにより比熱が大きい排ガスを燃焼室10に再循環させると、燃焼室10では、その排ガスが混合気Mに混入され、膨張行程における火花点火後の燃焼温度の上昇が抑制され、NOxの排出量が低減することになる。また、燃焼温度が低下すれば、シリンダ2壁からの伝熱による熱損失が低減されるので、熱効率が向上することになる。
【0021】
エンジン1の各種制御は、ECU(エンジン・コントロール・ユニット)50によって行われ、かかるECU50は、所定のコンピュータープログラムを実行することにより、サイクル変動の悪化を検出するサイクル変動検出手段51、エンジン1の運転制御を実行する運転制御手段52等として機能する。
【0022】
運転制御手段52は、後述するEGR率制御及び特定炭化水素含有率制御を実行すると共に、クランク角センサ7で検出されるクランク角を参照しながら所望のタイミングで点火プラグ11に火花放電をさせる点火制御や、酸素センサ(図示省略)で検出された排ガスの酸素濃度に基づいて主燃料供給弁24の開度を制御することによって、ミキサ23で生成される混合気Mの当量比(空燃比)を火花点火燃焼に適した理論当量比近傍の所望の目標当量比に維持する空燃比制御や、クランク角センサ7の検出結果から求められるクランク軸6の回転速度が所望の回転速度に維持されるようにスロットルバルブ22の開度を制御する回転速度維持制御などの各種制御を実行するように構成されている。
【0023】
更に、運転制御手段52は、エンジン負荷などの運転条件に基づいて内部EGR率調整手段40として機能するバルブタイミング可変機構41を作動させてEGR率を変動させる形態で、EGR率を制御するEGR制御を実行する。
具体的には、図2に示すように、運転制御手段52によるEGR制御では、エンジン負荷の増加を伴う要求トルクの増加に対して、EGR率を増加させる形態で、EGR率を制御する。
即ち、要求トルクの増加等に伴って運転条件としてエンジン負荷を増加させる場合には、EGR制御によりEGR率を増加させる。すると、エンジン負荷の増加による燃焼温度の過剰な上昇が抑制されて、NOxの生成が抑制される。逆に、要求トルクの減少等に伴ってエンジン負荷を減少させる場合には、EGR制御によりEGR率を減少させる。すると、エンジン負荷の減少による燃焼温度の過剰な低下が抑制されて、熱効率の低下が抑制される。
【0024】
以上がエンジン1の基本構成であるが、更に、このエンジン1は、内部EGR率調整手段40を用いたEGR制御を行うにあたり、EGR率の変動に伴う燃焼状態の悪化を抑制するために、燃焼室10における混合気Mの特定炭化水素含有率を調整可能な特定炭化水素含有率調整手段60を備えると共に、運転制御手段52が、EGR率制御に加えて、燃焼室10における混合気Mの燃焼状態に基づいて特定炭化水素含有率調整手段60を作動させて特定炭化水素含有率を制御する特定炭化水素含有率制御を実行するように構成されている。
以下、その詳細構成について説明を加える。
【0025】
図1に示すように、特定炭化水素含有率調整手段60は、燃焼室10に対して添加量調整を伴って特定炭化水素を添加可能な特定炭化水素添加部(特定炭化水素添加手段の一例)61で構成されている。
具体的に、天然ガスの蒸留過程などで得られたエタンやプロパンの少なくとも一方の特定炭化水素が可搬式の高圧ガス容器63に加圧状態で蓄えられており、この特定炭化水素添加部61は、その高圧ガス容器63に貯留されている特定炭化水素を、ミキサ23に供給される主燃料に対して、特定炭化水素添加量調整弁62による添加量調整を伴って混合するように構成されている。
そして、運転制御手段52は、特定炭化水素含有率制御において特定炭化水素含有率を変動させるにあたり、混合気Mの特定炭化水素含有率を増加させる場合には特定炭化水素添加量調整弁62の開度を拡大させ、混合気Mの特定炭化水素含有率を減少させる場合には特定炭化水素添加量調整弁62の開度を縮小させる。
【0026】
このような特定炭化水素としてのエタンやプロパンは、メタンやブタンなどの他の炭化水素と比較して、その温度と着火遅れ時間との相関関係において酸素濃度の変動の影響が少ないという特性を有しており、その特定について以下に説明を加える。
図5は、メタン(CH4)、エタン(C26)、プロパン(C38)、イソブタン(iso−C410)、及びノルマルブタン(n−C410)の夫々の炭化水素系燃料について、密閉定容系の詳細化学反応計算により、着火遅れ時間の酸素濃度依存性について解析した結果を示している。
特定炭化水素としてのエタンやプロパン以外の炭化水素系燃料(図5(a)、(d)、及び(e)参照)については、酸素濃度が10.5%、21%、及び42%の順に増加するほど、温度上昇に対する着火遅れ時間の短縮度合いが増加している。一方、エタンやプロパン(図5(b)、(c)参照)については、酸素濃度が10.5%、21%、及び42%と変化した場合でも、温度上昇に対する着火遅れ時間の短縮度合いが略一定である。即ち、この解析結果から、炭化水素系燃料のうち、エタンやプロパンが、他の炭化水素と比較して、着火遅れ時間に対する酸素濃度の変動の影響が少ないことがわかる。即ち、エタンやプロパンは、混合気中の酸素濃度が不均一になった場合でも、その影響をあまり受けることなく着火すると言える。
更に、エタン(図5(b))については、プロパン(図5(c))と比較しても、着火遅れ時間が酸素濃度の変動の影響をほとんど受けないことがわかる。よって、エタンは、混合気中の酸素濃度が不均一になった場合でも、その影響をほとんど受けることなく着火すると言える。
【0027】
そして、運転制御手段52は、EGR率制御を実行して、要求トルクに連動するエンジン負荷などの運転条件に基づいてEGR率を制御するにあたり、EGR率の増加により混合気Mの酸素濃度が不均一になってサイクル変動が悪化する傾向にあったとしても、そのEGR率の増加に伴ってエタンやプロパンの混合気中の含有率である特定炭化水素含有率を増加させる形態で、内部EGR率調整手段40の状態に応じて特定炭化水素含有率調整手段60を作動させて特定炭化水素含有率を変動させることで、EGR率の増加に伴う燃焼状態の悪化を抑制する。
具体的に、特定炭化水素含有率制御では、図3のグラフ図に示すように、要求トルクの増加等に伴う内部EGRにおけるEGR率の増加に対しては、略比例的に特定炭化水素含有率を増加させることで、EGR率の増加に伴う燃焼状態の悪化を抑制し、逆に、要求トルクの増加等に伴う内部EGRにおけるEGR率の減少に対しては、略比例的に特定炭化水素含有率を減少させることで、特定炭化水素の消費を節約することができる。
【0028】
更に、運転制御手段52は、特定炭化水素含有率制御を実行するにあたり、燃焼時期の調整のために変更されるEGR率に基づいて特定炭化水素含有率を決定するように構成しても構わないが、本実施形態では、燃焼時期の調整に伴って変化するサイクル変動の状態に基づいて特定炭化水素含有率を決定するように構成される。以下、その詳細について説明を加える。
ECU50は、サイクル変動の悪化を検出するサイクル変動検出手段51として機能する。
上記サイクル変動検出手段51は、クランク角センサ7で検出されるクランク角を参照しながら筒内圧力センサ8で検出された筒内圧力を分析して、図示平均有効圧力を算出し、その図示平均有効圧力の標準偏差を同圧力の平均値で除算した値を、所定のサイクル数における変動係数COVとして求め、その変動係数COVが許容範囲を超えて増大した状態を、サイクル変動の悪化として検出する。
そして、運転制御手段52は、特定炭化水素含有率制御において、サイクル変動検出手段51で検出されるサイクル変動の悪化が抑制されるように特定炭化水素含有率調整手段60により特定炭化水素含有率を変動させる形態で、混合気Mの特定炭化水素含有率を変動させる。
具体的に、要求トルクの増加等に伴って内部EGRにおけるEGR率を増加側へ調整することで、燃焼室10における酸素濃度が時間的に不均一になり、サイクル変動検出手段51でサイクル変動の悪化が検出される。この場合、特定炭化水素含有率制御により混合気Mの特定炭化水素含有率を増加させることで、混合気Mの燃焼速度に対する酸素濃度の不均一化の影響が小さくなり、結果、サイクル変動の悪化が抑制されることになる。
【0029】
〔第2実施形態〕
本発明に係る火花点火式エンジン及びその運転制御方法の第2実施形態について、図6に基づいて説明する。尚、上記第1実施形態と同様の構成については、説明を割愛する場合がある。
図6に示すエンジン100は、EGRの形態並びにEGR率を調整するEGR率調整手段以外の構成において、第1実施形態と略同様の基本構成を有する火花点火式エンジンとして構成されている。
即ち、エンジン100は、燃焼室10に排ガスを再循環させるEGRとして、排気路31と吸気路21とを接続するEGR路43を介して燃焼室10に排ガスを再循環させる外部EGRを行う。そして、その外部EGRにおけるEGR率を調整するEGR率調整手段といて、当該EGR路43に設けられたEGR弁44の開度を調整してEGR率を調整する外部EGR率調整手段42が設けられている。
即ち、EGR弁44を開弁する形態で外部EGRを行えば、新気(空気)と比べて比熱が大きい二酸化炭素や水分が多く含まれている排ガスが、排気路31からEGR路43に取り出され、吸気路21を通流してある程度冷却された後に、燃焼室10に再循環されることになる。
このように外部EGRにより比熱が大きく比較的低温の排ガスを燃焼室10に再循環させると、上記第1実施形態と同様に、NOxの排出量の低減と熱効率の向上が実現される。
よって、上記運転制御手段52が実行するEGR制御では、上記第1実施形態と同様に、図2に示すように、エンジン負荷の増加を伴う要求トルクの増加に対して、EGR率を増加させる形態で、EGR率を制御する。
更に、上記運転制御手段52が実行する特定炭化水素含有率制御においても、上記第1実施形態と同様に、図3及び図4に示すように、外部EGRにおけるEGR率を増加したとき、又は、サイクル変動検出手段51でサイクル変動の悪化を検出したときには、混合気Mの特定炭化水素含有率を増加させることで、サイクル変動の悪化を抑制することができ、逆に、外部EGRにおけるEGR率を減少したとき、又は、サイクル変動検出手段51でサイクル変動の悪化を検出しなくなったときには、混合気Mの特定炭化水素含有率を減少させることで、特定炭化水素の消費を節約することができる。
【0030】
〔その他の実施形態〕
最後に、本発明のその他の実施形態について説明する。尚、以下に説明する各実施形態の構成は、それぞれ単独で適用されるものに限られず、矛盾が生じない限り、他の実施形態の構成と組み合わせて適用することも可能である
【0031】
)上記実施形態では、特定炭化水素添加部61は、高圧ガス容器63に蓄えられた特定炭化水素を添加するように構成したが、主燃料即ち天然ガスの一部を取り出し、その天然ガスから、公知の酸化カップリング法(例えば特開平05−070372号公報参照)や、膜分離法及び加圧凝縮法などの精製法(例えば特開2009−167411号公報参照)などにより特定炭化水素を分離して、特定炭化水素添加部61に供給するように構成しても構わない。
また、主燃料以外の原料を外部から供給し、その原料を合成して特定炭化水素を得るように構成しても構わない。尚、この場合、原料としてのエチレンの水素化反応により特定炭化水素としてのエタンを得ることができ、更に、そのエチレンをエタノールの脱水処理により得ることもできる
【0032】
)上記実施形態では、図3に示すように、特定炭化水素含有率制御において、EGR率の増減に対して略比例的に特定炭化水素含有率を増減させたが、別に、EGR率の増減に対して例えば特定炭化水素含有率を段階的に増減させるなど、特定炭化水素含有率の増減方法については適宜変更可能である。
例えば、EGR率が0を含む所定値を超えた場合には、燃焼室10に対する特定炭化水素の添加を実行して、所定の特定炭化水素含有率の混合気Mを燃焼室10に吸気し、EGR率が所定値以下になった場合には、燃焼室10に対する特定炭化水素の添加を停止して、特定炭化水素が添加されていない混合気M、即ち特定炭化水素含有率が0の混合気Mを燃焼室10に吸気するように構成しても構わない。
【0033】
)上記実施形態では、EGR率制御において、エンジン負荷が増加した場合にEGR率を増加することで、NOxの生成を抑制するように構成したが、逆に、エンジン負荷が減少した場合にEGR率を増加することで、吸入混合気量を増加させ、それに伴ってスロットルバルブの開度を拡大させて、ポンプ損失の低減を図るように構成することもできる。
また、このようにエンジン負荷の減少に伴ってEGR率を増加させる場合においても、そのようなEGR率の増加に伴って混合気中の特定炭化水素含有率を増加させることで、EGR率増加に伴うサイクル変動の悪化を抑制することができる。
【0034】
)上記実施形態では、本発明に係る火花点火式エンジンを、単気筒型に構成したが、当然多気筒型に構成しても構わない。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、燃焼室に吸気される新気に炭化水素系の主燃料を混合して混合気を形成し、当該混合気を燃焼室で圧縮して点火プラグにより火花点火し燃焼させる火花点火式エンジン及びその運転制御方法として好適に利用可能である。
【符号の説明】
【0036】
1,100:エンジン
10 :燃焼室
11 :点火プラグ
40 :内部EGR率調整手段(EGR率調整手段)
42 :外部EGR率調整手段(EGR率調整手段)
51 :サイクル変動検出手段
52 :運転制御手段
60 :特定炭化水素含有率調整手段
100 :エンジン
M :混合気
図1
図2
図3
図4
図5
図6