【文献】
T. Taguri et al.,Antimicrobial activity of 10 different plant polyphenols against bacteria causing food-borne disease,Biol. Pharm. Bull.,日本,2004年,27(12),1965-1969
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
O−26、O−55、O−91、O−103、O−104、O−111、O−121、O−145、O−157、O−165等の腸管出血性大腸菌(enterohemorrhagic Escherichia coli;EHEC)は、食中毒、出血性大腸炎、溶血性尿毒症症候群等の疾患の原因菌である。腸管出血性大腸菌は、強い病原性を有し、しばしば集団感染を引き起こし、また感染者の死亡例も少なくない。
【0003】
ベロ毒素(Vero toxin;VT)は、腸管出血性大腸菌に産生され、上記疾患を引き起こす原因と考えられている毒素である。ベロ毒素は、志賀毒素と同一のShiga toxin familyに分類される毒素であり、志賀毒素とアミノ酸配列が同一のVT1(Stx1)と、アミノ酸配列が55%同一のVT2(Stx2)とが知られている。VT1とVT2は、生物学的性質は類似するものの、その物理化学的及び免疫学的性質は異なることが知られている。
【0004】
腸管出血性大腸菌による感染症を防止する手段としては、菌の生育抑制、菌によるベロ毒素の産生又は分泌抑制、及び産生されたベロ毒素の無毒化、が挙げられる。
ワクチンや抗菌剤は、菌の感染及び生育を防止するために最も一般的使用されている手段である。臨床的には、ホスホマイシン等の抗生物質が経験的に使用されている。しかし、これらは腸管出血性大腸菌全般に対しては常に有効とはいえない。なぜなら、ワクチンは、O−157には効いても他のタイプの腸管出血性大腸菌には効かないなど、効果が菌のタイプにより制限されるという問題があり、また抗菌剤を使用する場合、菌が死滅する際に菌体内に蓄えられたベロ毒素が腸管内に一度に放出されることにより、症状が重篤化するおそれがあるからである。
【0005】
腸管出血性大腸菌によるベロ毒素の産生又は分泌を抑制する物質が知られている。例えば、ザクロ果皮抽出物により腸管出血性大腸菌によるベロ毒素の産生が抑制されたこと(非特許文献1)、エピカテキンガレート(EGCg)により菌体外へのベロ毒素の分泌が抑制されたこと(非特許文献2)、また、ホップ苞葉タンニンから得られた特定の構造を有するポリカテキンに、Stx1の細胞質ゾルへの移行を阻害して、その病原性を抑える作用があること(特許文献1)が報告されている。また、ベロ毒素を不活性化する物質も知られており、例えばリンゴジュース及びカテキン製剤に、Stx2に対する抗毒素作用を有することが報告され(非特許文献3、非特許文献4)、さらに、EGCgがStx1を不活化する作用があること(特許文献2)が報告されている。
【0006】
一方、カテキン類から生成するポリフェノールであるテアフラビン類には、シュクラーゼ活性阻害剤作用(特許文献3)、ヒアルロニダーゼ活性阻害作用(特許文献4)、リパーゼ阻害作用(特許文献5、6)等の薬理作用があることが報告されている。
【0007】
しかしながら、テアフラビンジガレートにベロ毒素を不活性化する作用があることは全く知られていない。
【発明を実施するための形態】
【0015】
ベロ毒素(Vero toxin:VT)には、V1とVT2が存在する。VT1及びVT2は、それぞれ、Stx1及びStx2、又はSLT(Shiga−like toxin)−1及びSLT−2とも称され、これらはいずれも、志賀毒素(Shiga toxin;Stx)と同じくShiga toxin(Stx)familyに分類される毒素であり、他のStx familyに属する毒素と同様にAサブユニットとBサブユニットからなる構造を有している。VT1のアミノ酸配列は、例えばGenBank M 16625として登録されており、Stxのアミノ酸配列と同一又はほぼ同一である。一方、VT2には多くの変異型が知られており、そのStxアミノ酸配列に対する同一性は55%程度である。VT1とVT2は、いずれも細胞のGb3レセプターと結合することから始まる一連の経路で細胞に致死的影響を与えるが、一方、VT1とVT2との間のアミノ酸配列の同一性はAサブユニットで58.2%、Bサブユニットで60.7%に過ぎない。従って、VT1とVT2は、その生物学的性質(生体に対する毒性)は共通するものの、物理学的及び免疫学的性質においては異なる。例えば、VT1は、Stxと抗原性が共通しており抗志賀毒素抗体で中和されるが、VT2はVT1又はStxとの間に共通する抗原性を有さない(細菌毒素ハンドブック 編集員;櫻井純、本田武司、小熊恵二 発行元;株式会社サイエンスフォーラム 発行年;2002年)。
本発明において、「ベロ毒素」とは、斯かるVT1及びVT2のいずれをも包含するものである。
【0016】
本発明において、「ベロ毒素不活性化」とは、ベロ毒素(VT1及びVT2)が有する細胞毒性活性を低減又は消失させることである。ベロ毒素不活性化によって、細胞がベロ毒素から受ける毒性又は悪影響を低減又は消失させることができる。
ここで、ベロ毒素がその毒性を及ぼし得る「細胞」としては、アフリカミドリザル由来ベロ細胞、ならびに生体においてベロ毒素により直接又は間接的に影響を受け得る腸管細胞、例えばヒト、非ヒト霊長類、マウス、ラット等のげっ歯類、又はウサギに由来する腸管上皮細胞、大腸粘膜上皮細胞、腎細胞、中枢神経細胞等が挙げられる。
【0017】
本発明において、「テアフラビンジガレート」(TFDG)とは、茶(Camellia sinensis)の葉の発酵過程でカテキン類から生成する赤色色素成分の一種である、下記の「テアフラビン 3,3'−ジ−o−ガレート(Theafravin 3,3'-di-O-gallate)」を意味する。
【0019】
本発明のテアフラビンジガレートは、それを含む植物、例えば茶葉から公知の方法により抽出・分画すること、或いは酵素反応を用いた合成(例えば、特開2010−35548号公報)等により得ることが可能である。また、市販品(長良サイエンス株式会社等)を使用することも可能である。
【0020】
後記実施例に示すように、ベロ細胞をベロ毒素VT1又はVT2の存在下で培養した場合、VT1又はVT2の毒性の影響を受けて細胞はほとんど生存できないが、テアフラビンジガレートを共存させてVT1又はVT2を添加した場合、生存率が向上する。すなわち、テアフラビンジガレートは、細胞に対するベロ毒性活性を低減する作用を有する。特にVT1に対する不活性化作用は強力であり、EGCgの約5倍である。
従って、対象にテアフラビンジガレートを投与若しくは摂取するか接触させることにより、腸管出血性大腸菌により産生・分泌されたベロ毒素を不活性化すること、或いは腸管出血性大腸菌による中毒症状の予防又は改善することができる。
【0021】
すなわち、テアフラビンジガレートは、ベロ毒素不活性化剤、腸管出血性大腸菌による中毒症状の予防又は改善剤(以下、「ベロ毒素不活性化剤等」と云う)となり得、ベロ毒素不活性化のため、或いは腸管出血性大腸菌による中毒症状の予防又は改善のために使用することができる。ここで、使用は、ヒト若しくは非ヒト動物(非ヒト霊長類、マウス、ラット等のげっ歯類や、ウサギ等の動物)、又はそれらに由来する検体(腸管上皮細胞、大腸粘膜上皮細胞、腎細胞、中枢神経細胞等の細胞、それらの細胞を含む組織、器官等)における使用であり得、ヒトに対する使用は、治療的使用であっても非治療的使用であってもよい。ここで、「非治療的」とは、医療行為を含まない概念、すなわち人間を手術、治療又は診断する方法を含まない概念、より具体的には医師又は医師の指示を受けた者が人間に対して手術、治療又は診断を実施する方法を含まない概念である。
また、テアフラビンジガレートは、ベロ毒素不活性化剤等を製造するために使用することができる。
本発明のベロ毒素不活性化剤等は、既に分泌されてしまったベロ毒素を不活性化できるため、抗生物質による菌体破壊によって起こるベロ毒素の大量放出に起因する症状の重篤化にも適用でき、従来の治療剤と比較して有利である。
【0022】
本発明において、「腸管出血性大腸菌による中毒症状」としては、例えば食中毒、下痢、出血性腸炎、溶血性尿毒症症候群、腎障害、中枢神経障害、急性脳症等の症状が挙げられるが、これらに限定されない。
尚、本発明において、「予防」とは、個体における疾患若しくは症状の発症の防止又は遅延、あるいは個体の疾患若しくは症状の発症の危険性を低下させることをいう。また、「改善」とは、疾患又は症状の好転、疾患又は症状の悪化の防止又は遅延、あるいは疾患又は症状の進行の逆転、防止又は遅延をいう。
【0023】
本発明のベロ毒素不活性化剤等は、ヒトを含む動物に摂取又は投与した場合にベロ毒素不活性化、腸管出血性大腸菌による中毒症状の予防又は改善効果を発揮する、ヒト若しくは動物用の医薬品、医薬部外品であり得、或いは当該医薬品、医薬部外品、食品又は飼料に配合して使用される素材又は原料であり得る。
また、テアフラビンジガレートを素材又は原料として配合した食品には、ベロ毒素不活性化、腸管出血性大腸菌による中毒症状の改善をコンセプトとし、必要に応じてその旨を表示した食品、機能性食品、病者用食品、特定保健用食品が包含される。これらの食品は機能の表示を許可された食品であって、一般の食品と区別されるものである。
【0024】
上記医薬品(医薬部外品も含む)の剤形は、例えば注射剤、坐剤、吸入薬、経皮吸収剤、各種外用剤、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等の何れでもよい。投与形態は、経口投与(内用)、非経口投与(外用、注射、経鼻、経腸)の何れであってもよいが、経口投与が好ましい。
また、このような種々の剤型の製剤は、本発明のテアフラビンジガレートを単独で、又は他の薬学的に許容される賦形剤、結合剤、増量剤、崩壊剤、界面活性剤、滑沢剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、嬌味剤、香料、被膜剤、担体、希釈剤、他の薬効成分(例えば、抗生物質や抗菌剤等)等を適宜組み合わせて調製することができる。例えば、経口用液体製剤は、嬌味剤、緩衝剤、安定化剤等を加えて常法により調製することができる。
【0025】
上記食品の形態としては、果汁飲料、炭酸飲料、茶系飲料、コーヒー飲料、乳飲料、アルコール飲料、清涼飲料、パン類、麺類、パスタ、ゼリー状食品、各種スナック類、ケーキ類、菓子類、アイスクリーム類、スープ類、乳製品、冷凍食品、インスタント食品、その他加工食品、調味料、サプリメント等の飲食品や栄養食品等の各種食品の他、上述した経口投与製剤と同様の形態(錠剤、カプセル剤、シロップ等)の栄養補給用組成物が挙げられる。また、病者用食品、例えば適当量の栄養補給が困難な高齢者やベッドレスト状態の病者に対する食品は、経腸栄養剤等の栄養組成物の形態とすることが可能である。
【0026】
飼料としては、ウサギ、ラット、マウス等に用いる小動物用飼料、犬、猫等に用いるペットフード等の飼料等が挙げられ、上記食品と同様の形態に調製できる。
【0027】
種々の形態の食品又は飼料は、テアフラビンジガレートを単独で、又は他の食品若しくは飼料材料や、溶剤、軟化剤、油、乳化剤、防腐剤、香科、安定剤、着色剤、酸化防止剤、保湿剤、増粘剤、テアフラビンジガレート以外の有効成分等を適宜組み合わせて調製することができる。
【0028】
上記医薬品、食品又は飼料中のテアフラビンジガレートの含有量は、ベロ毒素不活性化の点から、一般的に好ましくは0.0001質量%以上、より好ましくは0.001質量%以上であり、そして好ましくは5質量%以下、より好ましくは1質量%以下、さらに好ましくは0.1質量%以下、特に好ましくは0.01質量%以下である。また、0.0001〜5質量%、より好ましくは0.001〜1質量%、より好ましくは0.001〜0.1質量%、より好ましくは0.001〜0.01質量%である。
【0029】
本発明のベロ毒素不活性化剤等をヒトに投与又は摂取する場合の対象は、それを必要としている又は希望しているヒトであれば特に限定されないが、例えば、腸管出血性大腸菌の感染により、食中毒、下痢、出血性腸炎、溶血性尿毒症症候群、腎障害、中枢神経障害、急性脳症等の症状を起こした患者やその疑いのあるヒトなどが挙げられる。
本発明のベロ毒素不活性化剤等をヒトに投与又は摂取する場合の投与又は摂取量は、剤形や用途によって異なるが、成人に対して1日あたり、テアフラビンジガレートとして、0.1μg以上/50kg体重、好ましくは1μg以上/50kg体重、より好ましくは10μg以上/50kg体重であり、より好ましくは100μg以上/50kg体重、より好ましくは1mg以上/50kg体重、より好ましくは10mg以上/50kg体重、より好ましくは100mg以上/50kg体重、さらに好ましくは1,000mg以上/50kg体重であり、且つ好ましくは30,000mg以下/50kg体重、より好ましくは20,000mg以下/50kg体重、より好ましくは10,000mg以下/50kg体重、より好ましくは5,000mg/50kg、さらに好ましくは1,000mg/50kgである。また、0.1μg〜30,000mg/50kg体重、好ましくは1μg〜20,00mg/50kg体重、好ましくは10μg〜10,000mg/50kg体重、より好ましくは100μg〜5,000mg/50kg体重、より好ましくは1mg〜5,000mg/50kg体重、より好ましくは10mg〜5,000mg/50kg体重、より好ましくは100mg〜5,000mg/50kg体重、さらに好ましくは1,000mg〜5,000mg/50kg体重が挙げられる。
【0030】
上述した実施形態に関し、本発明においては更に以下の態様が開示される。
<1>テアフラビンジガレートを有効成分とするベロ毒素不活性化剤。
<2>テアフラビンジガレートを有効成分とする腸管出血性大腸菌による中毒症状の予防又は改善剤。
<3>ベロ毒素不活性化剤を製造するための、テアフラビンジガレートの使用。
<4>腸管出血性大腸菌による中毒症状の予防又は改善剤を製造するための、テアフラビンジガレートの使用。
<5>ベロ毒素の不活性化に使用するためのテアフラビンジガレート。
<6>腸管出血性大腸菌による中毒症状の予防又は改善に使用するためのテアフラビンジガレート。
<7>テアフラビンジガレートを、それらを必要とする対象に有効量で投与又は摂取するベロ毒素不活性化方法。
<8>テアフラビンジガレートを、それらを必要とする対象に有効量で投与又は摂取する腸管出血性大腸菌による中毒症状の予防又は改善方法。
<9>前記<5>〜<6>及び<7>〜<8>において、使用及び方法は非治療的である。
<10>上記<2>、<4>、<6>及び<8>における中毒症状は、好ましくは食中毒である。
【実施例】
【0031】
以下、実施例を示し、本発明をより具体的に説明する。
実施例1 ベロ毒素不活化作用
(1)試験物質
TFDG:テアフラビン 3,3'−ジ−o−ガレート(長良サイエンス株式会社)
EGCG:エピガロカテキンガレート(三井農林株式会社)
【0032】
(2)毒素溶液の調製と力価の測定
ベロ毒素を産生する腸管出血性大腸菌(EHEC)としては、VT1産生株としてEscherichia coli O−157:H−7 No.33株(VT1+)を、VT2産生株としてE.coli O−157 No.148株(VT2+)をそれぞれ使用した。
上記No.33株及びNo.148株をLB培地(Becton&Dickinson)5ml中、37℃で一晩振とう培養した。培養液を1000倍希釈して10μlを新しいLB培地5ml(40本)に接種してさらに37℃で一晩振とう培養した。各菌株の培養液5mlを15ml遠沈管に入れ、polymixin Bを5000U/1mlとなるように培養液に加え、37℃で1時間インキュベートし、培養液を集めた。集めた培養液を25mlずつ50ml遠沈管に入れて、遠心分離(3000×g、15分間)して、上清をいったんビーカーに集めた後、ろ過(0.2μm)滅菌して毒素溶液とした。
毒素溶液中のベロ毒素の力価は、VTEC−RPLA「生研」(デンカ生研)を用い、附属のプロトコールに従ってVT1及びVT2の産生性を調べて算出した。測定の結果、No.33株から得られた毒素溶液(VT1)は力価256で、No.148株から得られた毒素溶液(VT2)は力価32768であった。以下のベロ毒素不活化試験では、VT1およびVT2をPBSで段階的に2倍希釈し、最終希釈倍率1〜128倍に調製した毒素溶液を用いた。
【0033】
(3)ベロ毒素不活化試験
Vero細胞を2.0×10
4 cells/wellの濃度になるように懸濁した5%FBS添加MEM−E培地100 μLを96穴細胞培養プレート[Corning]の各ウェルに播種し、37℃のCO
2インキュベーター (5%CO
2)中で24時間培養した。毒素試料とTFDG又はEGCGを混合し、37℃のCO
2インキュベーター(5%CO
2)中で1時間インキュベートしたものを培養後のVero細胞に100μL、2ウェルずつ添加し、37℃のCO
2インキュベーター(5%CO
2)中で24時間培養した。培養後、培地を取り除き、新しい5%FBS添加MEM−E培地を100μLずつ加え、MTT solutionを10μLずつ添加して、さらに37℃のCO
2インキュベーター(5%CO
2)中で4時間インキュベートした。その後、培地を取り除き、DMSOを100μLずつ添加して色素を溶解した後、595nmの吸光度を測定した。吸光度の測定にはMicroplate Reader Model 680を用いた。毒性試験のネガティブコントロールとしてVT非含有試料のみを添加したウェルを用意し、ポジティブコントロールとしてVT含有試料のみを添加したウェルを用意した。
【0034】
(4)結果
結果を
図1〜
図2に示す。TFDGと混合されたVT1毒素溶液、及びTFDGと混合されたVT2毒素溶液を添加された細胞は、TFDG未処理のVT1又はVT2毒素溶液を添加された細胞と比較して生存率が向上した(
図1及び2)。また、TFDGのVT1に対する阻害活性は、EGCGの約5倍強かった。