特許第6246225号(P6246225)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6246225液状スズ(II)アルコキシドの製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6246225
(24)【登録日】2017年11月24日
(45)【発行日】2017年12月13日
(54)【発明の名称】液状スズ(II)アルコキシドの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07F 7/22 20060101AFI20171204BHJP
【FI】
   C07F7/22 H
【請求項の数】5
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2015-543012(P2015-543012)
(86)(22)【出願日】2013年10月30日
(65)【公表番号】特表2016-505531(P2016-505531A)
(43)【公表日】2016年2月25日
(86)【国際出願番号】TH2013000061
(87)【国際公開番号】WO2014077785
(87)【国際公開日】20140522
【審査請求日】2016年10月31日
(31)【優先権主張番号】1201006169
(32)【優先日】2012年11月14日
(33)【優先権主張国】TH
(73)【特許権者】
【識別番号】515128231
【氏名又は名称】チエン・マイ・ユニバーシティ
【氏名又は名称原語表記】CHIANG MAI UNIVERSITY
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】プッティナン・ミーポウパン
(72)【発明者】
【氏名】ウィニタ・プンヨドム
(72)【発明者】
【氏名】ロバート・モロイ
【審査官】 桜田 政美
(56)【参考文献】
【文献】 特開平03−291247(JP,A)
【文献】 米国特許第03946056(US,A)
【文献】 KLEAWKLA A,ADVANCED MATERIALS RESEARCH,スイス,TRANS TECH PUBLICATIONS LTD.,2008年 1月 1日,V55-57,P757-760
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F 7/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
通常の有機溶媒中で高い溶解性を示す、液状スズ(II)アルコキシドの製造方法であって、
前記スズ(II)アルコキシドが一般式Sn(OR)2(ここで、RはCH3、C25、n−C37、n−C49、n−C511、n−C613、n−C715又はn−C817である)で表され、
該方法が、次の手順:
a.無水塩化スズ(II)を25〜38℃の温度範囲において非極性非プロトン性溶媒中に溶解させこの溶液を窒素又はアルゴン雰囲気下で30〜60分間撹拌し
b.15〜20℃の温度範囲において反応容器中に無水塩化スズ(II)の2乃至3モル当量のアミン塩基又はアミンリガンドを加え、得られた溶液を窒素又はアルゴン雰囲気下で撹拌し、
c.窒素又はアルゴン下で無水塩化スズ(II)の2乃至3モル当量の乾燥アルコール(ここで、R=CH3、C25、n−C37、n−C49、n−C511、n−C613、n−C715又はn−C817である)を加え、温度を25〜38℃の範囲に調節し、
d.この反応混合物を窒素又はアルゴン雰囲気下で撹拌し、
e.この反応混合物を窒素又はアルゴン下で濾過し、
f.固体状残渣を乾燥n−ヘプタン(100〜150mL)で洗浄し、
g.一緒にした有機相を蒸発乾固させ、蒸発器から取出す前に窒素又はアルゴンを生成物中にパージする:
を含む、前記製造方法。
【請求項2】
前記アミン塩基又は前記アミンリガンドがジメチルアミン、ジエチルアミン、ジイソプロピルアミン、トリメチルアミン及びトリエチルアミンから選択される、請求項1に記載の液状スズ(II)アルコキシドの製造方法。
【請求項3】
前記アミン塩基又は前記アミンリガンドが乾燥ジエチルアミンである、請求項1に記載の液状スズ(II)アルコキシドの製造方法。
【請求項4】
前記非極性非プロトン性溶媒がn−ヘプタン、n−ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン及びテトラヒドロフランから選択される、請求項1に記載の液状スズ(II)アルコキシドの製造方法。
【請求項5】
前記非極性非プロトン性溶媒が乾燥n−ヘプタンである、請求項1に記載の液状スズ(II)アルコキシドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規の液状スズ(II)アルコキシドの調製及び分光特徴に着眼した有機化学に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ひどい環境問題を引き起こす非分解性石油化学製品に関する懸念のせいで、生分解性容器の製造におけるポリ(l−ラクチド)、ポリ(d−ラクチド)、ポリ(dl−ラクチド)、ポリ(ε−カプロラクトン)、ポリグリコリド他の高分子量コポリマーの使用が劇的に増加してきている。
【0003】
一般的に高分子量ポリエステルの合成は、オクタン酸スズ(II)(Sn(Oct)2)及びアルコールを出発系として用いる環状エステルモノマーの開環重合(ROP)を必要とする。このよく知られたプロセスには、(1)Kricheldorf及び共同研究者によるもの(Hans R. Kricheldorf, I. Kreiser-Saunders, and Caroline Boettcher, Polymer 1995, 36, 1253-1259、及びHans R. Kricheldorf, Ingrid Kreiser-Saunders, and Andrea Stricker, Macromolecules 2000, 33, 702-709)と、(2)Penczek及び共同研究者によるもの(Adam Kowalski, Andrzej Duda, and Stanislaw Penczek, Macromol. Rapid Commun. 1998, 19, 567-572; Adam Kowalski, Andrzej Duda, and Stanislaw Penczek, Macromolecules 2000, 33, 689-695、及びAdam Kowalski, Andrzej Duda, and Stanislaw Penczek, Macromolecules 2000, 33, 7359-7370)との2つのメカニズムが提唱されている。Kricheldorfは、次の化学式に示したように、Sn(Oct)2及びアルコールを初期環状エステルに配位結合させ、次いで開環重合させることを提唱している。前者は触媒としての働きをし、後者は開始剤としての働きをする。
【化1】
【0004】
これに対して、Penczekは、Sn(Oct)2とアルコールとを反応させてSn(Oct)(OR)及びSn(OR)2を生成させることを提案しており、これが、次の化学式に示したように、この反応の真の開始剤である。
【化2】
【0005】
後者のメカニズムは、最も合理的なメカニズム経路として広く受け入れられてきた。開環重合によって高分子量ポリエステルを製造するためには、スズ(II)アルコキシド開始剤の正確な濃度を知ることが極めて重要であり、この開始剤は環状エステルモノマー中で高可溶性であるべきである。これらの理由で、本願出願人の研究グループは、通常の有機溶媒中及び環状エステルモノマー中で可溶性の液状スズ(II)アルコキシド誘導体に注目してきた。
【0006】
スズ(II)アルコキシドは、1963年にAmberger及びKulaによって、次の式に示したように無水塩化スズ(II)を用いてメタノール中でナトリウムメトキシド(NaOCH3)と反応させることによって、初めて調製された(Eberhard Amberger, Maria-Regina Kula, Chem. Ber. 1963, 96, 2562-2565)。
【化3】
【0007】
この調製から、白色の吸湿性固体状スズ(II)メトキシド(Sn(OCH3)2)が得られた。後に1967年にMorrison及びHaendlerは、無水酢酸((CH3CO)2O)と共に乾燥させた塩化スズ(II)2水和物(SnCl2・2H2O、6.0g、0.032モル)を用いてもっと便利な合成方法を開発した(James S. Morrison and Helmut M. Haendler, J. Inorg. Nucl. Chem. 1967, 29, 393-400)。乾燥塩化スズ(II)を無水メタノール(無水CH3OH、200mL)中に窒素雰囲気下で溶解させた。トリエチルアミン(Et3N)の溶液を沈殿形成が完了するまでゆっくり加えた。得られた溶液を濾過し、トリエチルアミン塩酸塩を除去するためにメタノールで数回洗浄し、次いでジエチルエーテルで洗浄した。次いで生成物を減圧下で乾燥させた。この調製についての全体的な化学式は、以下のように表すことができる:
【化4】
【0008】
スズ(II)エトキシド(Sn(OCH2CH3)2)は、同様のやり方で合成することができる。塩化スズ(II)2水和物(3.0g、0.015モル)を無水エタノール(CH3CH2OH、75mL)中に溶解させた。得られた白色固体は、生成物を乾燥させて真空下に保った場合にさえ、すぐに黄変した。溶解性試験は、スズ(II)メトキシド及びスズ(II)エトキシドが共に数種の有機溶媒中に僅かに溶解しただけであることを示した。
【0009】
1975年にGsell及びZeldinは、スズ(II)メトキシドのエステル交換によってスズ(II)n−ブトキシド(Sn(O−n−C49)2)を調製した(Ray Gsell and Martel Zeldin, J. Inorg. Nucl. Chem. 1975, 37, 1133-1137)。スズ(II)メトキシドをトルエン(C65CH3)中で過剰量のn−ブタノール(n−C49OH)と共に、溶液が無色透明になるまで、還流した。トルエン及びn−ブタノールを溶液の容量が約100mLになるまで除去した。この溶液を室温まで冷まして、結晶質のスズ(II)n−ブトキシドが得られた。以下に反応式を示す。
【化5】
【0010】
スズ(II)n−ブトキシド生成物は融点171〜172℃の白色固体であり、極めて湿り気があり、酸素に敏感だった。CH3からC25への変化におけるようにアルキル鎖が長くなるにつれて、有機溶媒中における生成物の溶解性が僅かに増した。スズ(II)メトキシド、スズ(II)エトキシド及びスズ(II)n−ブトキシドに関する物理的特性及び化学的特性を表1にまとめ、それらの1H−NMR分光データを表2に示す。
【0011】
【表1】
【0012】
【表2】
【0013】
米国特許第6414174B1号明細書(2002年7月2日)によれば、Boyle及び共同研究者は、塩基性触媒の存在下におけるスズ(II)t−ブチルメトキシドの加水分解からのスズ錯体の調製を報告している。(Sn(N(CH3)2)2)2をヘキサン中に溶解させ、2モル当量のt−ブチルメタノール((CH3)3CCH2OH)を加えた。この反応混合物を24時間撹拌し、次いでさらに1時間加温した。真空下ですべての溶媒を除去し、生成物をヘキサンで洗浄し、温テトラヒドロフラン(THF)から再結晶した。スズ(II)t−ブチルメトキシドがそのポリマー形態((Sn(OCH2C(CH3)3)2)nで白色固体として得られた。これはテトラヒドロフラン中にほとんど溶解しなかった。後に、Boyle及び共同研究者は、出発材料に対して0.50〜0.75モル当量及び0.30〜0.50モル当量の量で水を用いて(Sn(OCH2C(CH3)3)2)nの加水分解を実施した。結果は、スズ(II)t−ブチルメトキシドがそれぞれSn6(O)4(OCH2C(CH3)3)4及びSn5(O)2(OCH2C(CH3)3)6の形で得られたことを示した。
【0014】
Morrison及びHaendler、並びにGsell及び共同研究者によって報告されたようなスズ(II)アルコキシド(Sn(OR)2)(ここで、RはCH3、C25及びn−C49である)等のこれらのスズ(II)化合物の主な欠点は、25〜35℃の温度範囲において通常の有機溶媒中での溶解性が悪いことである。溶解性は、極性が高い溶媒中で高温において増大する。さらに、Morrison及びHaendlerの手順によってCH3OH、C25OH、n−C37OH、n−C49OH、n−C613OH及びn−C817OH等の数種のアルコールを用いて合成されたスズ(II)アルコキシドはすべて白色固体である。一般的な有機溶媒中でのこれらのスズ(II)アルコキシドについての溶解性試験の結果を、表3にまとめる。すべてのスズ(II)アルコキシドは、10種すべての非極性非プロトン性溶媒中に不溶であるが、極性溶媒中には加熱した時に僅かに可溶性である。
【0015】
【表3】
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】米国特許第6414174B1号明細書
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】Hans R. Kricheldorf, I. Kreiser-Saunders, and Caroline Boettcher, Polymer 1995, 36, 1253-1259
【非特許文献2】Hans R. Kricheldorf, Ingrid Kreiser-Saunders, and Andrea Stricker, Macromolecules 2000, 33, 702-709
【非特許文献3】Adam Kowalski, Andrzej Duda, and Stanislaw Penczek, Macromol. Rapid Commun. 1998, 19, 567-572
【非特許文献4】Adam Kowalski, Andrzej Duda, and Stanislaw Penczek, Macromolecules 2000, 33, 689-695
【非特許文献5】Adam Kowalski, Andrzej Duda, and Stanislaw Penczek, Macromolecules 2000, 33, 7359-7370
【非特許文献6】Eberhard Amberger, Maria-Regina Kula, Chem. Ber. 1963, 96, 2562-2565
【非特許文献7】James S. Morrison and Helmut M. Haendler, J. Inorg. Nucl. Chem. 1967, 29, 393-400
【非特許文献8】Ray Gsell and Martel Zeldin, J. Inorg. Nucl. Chem. 1975, 37, 1133-1137
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明者らは、Gsell及びZeldinによって報告された手順を用いてn−C49、n−C613及びn−C817のR基を持つスズ(II)アルコキシドを合成することを試みたが、次式に示すようなスズ(II)アルコキシド分子の自己凝集傾向のせいで液状スズ(II)アルコキシドは得ることができなかった。
【化6】
【0019】
スズ(II)アルコキシド分子の自己凝集はそれらを不溶性にし、しかもそれらと所望のアルコールとのエステル交換を妨害する。さらに、Morrison及びHaendlerによって報告された手順によって合成された固体状スズ(II)アルコキシドは、トリエチルアミン塩酸塩を有意の量で含有する。これは、洗浄工程において塩副生成物を除去するために多量のアルコールを要求し、不必要で望まれないアルコール廃棄物を産み出す。洗浄工程の後に中庸程度の収率(〜50%)が得られただけだった。ほとんどの有機溶媒及び環状エステルモノマー中におけるそれらの溶解性が低いせいで、l−ラクチド、d−ラクチド、dl−ラクチド、ε−カプロラクトン及びその他の環状エステル等のモノマーの重合は比較的低速であり、効果的ではない。さらに、最終ポリマー生成物の分子量を効果的に制御するのが難しく、しかもこの最終ポリマー生成物には残留固体状スズ(II)アルコキシド開始剤が混入していた。
【課題を解決するための手段】
【0020】
発明の概要
本発明において調製される液状スズ(II)アルコキシドの主な特長は、
1)塩化スズ(II)脱水物の代わりに無水塩化スズ(II)を用い、
2)無水塩化スズ(II)の2.0〜2.1モル当量でジエチルアミンを塩基又はリガンドとして用い、そして
3)非極性非プロトン性溶媒であるn−ヘプタンを用いる
ことによって、一般的な有機溶媒中に可溶であるということである。N−ヘプタンは、反応から製造されるスズ(II)アルコキシドの分子を溶媒和させることができ、スズ(II)アルコキシドの自己凝集及び橋架けアルコールとスズ(II)アルコキシド分子との凝集の両方を防止することができる。凝集は、通常の有機溶媒及び環状エステルモノマー中におけるスズ(II)アルコキシドの比較的劣った溶解性の主要な原因である。
【発明の効果】
【0021】
液状スズ(II)アルコキシドのこの合成方法の第一の目的は、l−ラクチド、d−ラクチド、dl−ラクチド、ポリラクチド、ポリ−(ε−カプロラクトン)、ポリグリコリド及びその他のコポリエステルの合成用の好適な触媒/開始剤を調製することである。液状スズ(II)アルコキシドは、溶融プロセスの際にラクチド、ε−カプロラクトン、グリコリド及びその他の環状エステル等の多くのモノマーと均質に溶解し又は混合することができる。これらのスズ(II)アルコキシドを重合における開始剤として用いた場合には、生成するポリマーの分子量を制御することが可能になり、そして高分子量を得ることも可能になる。これらの利点は、生物医学的用途及び環境用途の両方において用いるための生分解性ポリエステルの製造に適用することができる。
【0022】
本発明のさらなる理解のためには、以下の説明を添付した図面と組み合わせて参照されたい。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1図1は、液状スズ(II)アルコキシド:(A)スズ(II)n−ブトキシド、(B)スズ(II)n−ヘキソキシド及び(C)スズ(II)n−オクトキシド:の物理的外観を示す。
図2図2は、液状スズ(II)アルコキシド:(A)スズ(II)n−ブトキシド、(B)スズ(II)n−ヘキソキシド及び(C)スズ(II)n−オクトキシド:のIRスペクトル(ニート)を示す。
図3図3は、液状スズ(II)アルコキシド:(A)スズ(II)n−ブトキシド、(B)スズ(II)n−ヘキソキシド及び(C)スズ(II)n−オクトキシド:の1H−NMRスペクトル(400MHz、CDCl3、25℃)の比較を示す。
図4図4は、液状スズ(II)アルコキシド:(A)スズ(II)n−ブトキシド、(B)スズ(II)n−ヘキソキシド及び(C)スズ(II)n−オクトキシド:の13C−NMRスペクトル(100MHz、CDCl3、25℃)の比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
好ましい実施形態の詳しい説明
本発明は、ラクチド及びポリエステルの調製用の有機溶媒中に可溶な液状スズ(II)アルコキシドの合成方法の開発を報告するものであり、この方法は、以下を含む:塩化スズ(II)脱水物の代わりに無水塩化スズ(II)を用いる。2)塩素原子の置換に対する求核性を高めるための塩基又はリガンドとしてトリエチルアミンからジエチルアミン又は他のアミン、例えばジメチルアミン、ジイソプロピルアミン及びトリメチルアミンに変更して、以下の式に示したようなSnCl2・HNEt2の生成を高収率でもたらす。
【化7】
【0025】
これはまた、アルコールをSnCl2・NEt3のスズ原子より良好にSnCl2・HNEt2のスズ原子と反応させることを可能にする。最後に、3)アルコールのような過剰量の極性プロトン性溶媒の代わりに次の非極性非プロトン性溶媒:n−ヘプタン、n−ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン及びテトラヒドロフラン:の内の1種を用いる。非極性非プロトン性溶媒分子は、スズ(II)アルコキシドの分子を取り囲んでそれらの自己凝集を防止することができる。過剰量のアルコールを用いた場合には、橋架けアルコール分子を有するスズ(II)アルコキシドの生成をもたらすことがあり、これは大抵の通常の有機溶媒中におけるスズ(II)アルコキシドの劣悪な溶解性をもたらす。さらに、非極性非プロトン性溶媒の使用は可溶性スズ(II)アルコキシドからのEt2NH・HClの沈殿を引き起こし、使用前にスズ(II)アルコキシドを精製することが必要ではなくなる。
【0026】
液状スズ(II)アルコキシドの合成方法の目的は、l−ラクチド、d−ラクチド及びdl−ラクチド等のラクチドの合成における触媒として、並びにポリラクチド、ポリ−(ε−カプロラクトン)、ポリグリコリド及びコポリエステル等の環状エステルからのポリエステルの合成おける開始剤としての働きをすることができる物質を得ることである。この方法は、液状スズ(II)アルコキシドを製造するための初めての満足できる方法であり、このような方法はこれまで文献中に報告されていない。この方法から合成された3種すべてのスズ(II)アルコキシド:スズ(II)n−ブトキシド(Sn(O−n−C49)2)、スズ(II)n−ヘキソキシド(Sn(O−n−C613)2)及びスズ(II)n−オクトキシド(Sn(O−n−C817)2)は、粘性がある黄褐色の液体である。それらは、25〜38℃の温度範囲において通常の有機溶媒中に依然として可溶性のモノマー、ダイマー、トリマー及び/又はオリゴマーの混合物であることができる。これらは、窒素又はアルゴン雰囲気下で貯蔵した時に、それらの反応性に対して有意の影響を受けることがない。さらに、この方法からの生成物はさらなる精製を必要とせず、溶液相中の触媒又は開始剤として用いることができる。
【0027】
本発明の液状スズ(II)アルコキシドの合成方法は、以下のいくつかの重要な工程から成る:
1)塩化スズ(II)2水和物の代わりに無水塩化スズ(II)を使用する工程、
2)無水塩化スズ(II)の2.0〜2.1モル当量でジメチルアミン、ジイソプロピルアミン、トリメチルアミン又はトリエチルアミンを使用する工程(これにより、トリエチルアミンを使用した場合と比較して塩化物の置換におけるリガンドの能力又は求核性が高められ、高収率でのSnCl2・HNEt2の生成をもたらされ、SnCl2・NEt3のスズ原子とのものより良好なアルコール分子とSnCl2・HNEt2のスズ原子との間の反応がもたらされる)、
並びに、特に重要なことに、
3)アルコール等の極性プロトン性溶媒の代わりにn−ヘプタン、n−ヘキサン、シクロヘキサン、ベンゼン、トルエン、キシレン及びテトラヒドロフランのような示唆された非極性非プロトン性溶媒を使用する工程(これにより、スズ(II)アルコキシドの自己凝集物の形成が防止され、さらに、非極性非プロトン性溶媒は、溶液中のスズ(II)アルコキシドからのEt2NH・HClの沈殿を可能にし、従ってEt2NH・HClの容易な分離を可能にする。かくして、スズ(II)アルコキシドのさらなる精製は必要ない)、
4)この方法において用いられるアルコールの量は、無水塩化スズ(II)の約2.0〜2.1モル当量であり、過剰量のアルコールの存在下でのスズ(II)アルコキシドの凝集を減少させる。
【実施例】
【0028】
例1:液状スズ(II)アルコキシド(Sn(OR)2)の調製方法に用いられる化学物質:
1.無水塩化スズ(II)、純度>98%、Aldrich社より購入。分子量=189.62g/モル、沸点=652℃、融点=246℃
2.ジエチルアミン((C25)NH)。分子量=73.14g/モル、沸点=55℃、融点=−50℃、密度=0.707g/mL(25℃)。使用前にナトリウム(Na)又は水素化カルシウム(CaH2)と共に1時間還流し、蒸留することによって精製しなければならない。乾燥させたジエチルアミンは、窒素若しくはアルゴン下に保つか、又はモレキュラーシーブと共に容器中に保存する。
3.N−ブタノール(n−C49OH)。分子量=74.12g/モル、沸点=116〜118℃、融点=−90℃、密度=0.81g/mL(25℃)。使用前にナトリウム(Na)と共に1時間還流し、蒸留することによって精製しなければならない。乾燥させたn−ブタノールは、窒素若しくはアルゴン下に保つか、又はモレキュラーシーブと共に容器中に保存する。
4.N−ヘキサノール(n−C613OH)。分子量=102.17g/モル、沸点=156〜157℃、融点=−52℃、密度=0.814g/mL(25℃)。使用前にナトリウム(Na)と共に1時間還流し、蒸留することによって精製しなければならない。乾燥させたn−ヘキサノールは、窒素若しくはアルゴン下に保つか、又はモレキュラーシーブと共に容器中に保存する。
5.N−オクタノール(n−C817OH)。分子量=130.23g/モル、沸点=196℃、融点=−15℃、密度=0.827g/mL(25℃)。使用前にナトリウム(Na)と共に1時間還流し、蒸留することによって精製しなければならない。乾燥させたn−オクタノールは、窒素若しくはアルゴン下に保つか、又はモレキュラーシーブと共に容器中に保存する。
6.N−ヘプタン(n−C716)。分子量=100.20g/モル、沸点=98℃、融点=−91℃、密度=0.684g/mL(25℃)。使用前にナトリウム(Na)と共に1時間還流し、蒸留することによって精製しなければならない。乾燥させたn−ヘプタンは、窒素若しくはアルゴン下に保つか、又はモレキュラーシーブと共に容器中に保存する。
【0029】
本発明を十分に理解するために、以下のさらなる詳細を与える。
【0030】
例2:液状スズ(II)n−ブトキシド(Sn(O−n−C49)2)の調製:
1.三つ口丸底フラスコに電磁式撹拌棒、オーブン乾燥ガス入口及び滴下漏斗を取り付ける。これを電磁式撹拌機の上に置く。ガス入口に体積測定制御式窒素又はアルゴン源をプラスチックチューブによって連結する。
2.無水塩化スズ(II)4.84g(25.01ミリモル)を前記反応フラスコに加える。
3.乾燥n−ヘプタン(約100mL)を25〜38℃の温度範囲において反応容器中に加える。この混合物を30〜60分間よく撹拌する。
4.次いで乾燥ジエチルアミン(5.43mL、52.53ミリモル)を15〜20℃の温度範囲において反応容器中に加える。この反応混合物を3〜6時間撹拌する。
5.乾燥n−ヘプタン(約50mL)中の乾燥n−ブタノール4.81mL(52.53ミリモル)の溶液を25〜38℃の温度範囲において反応混合物に加える。得られた溶液をさらに12時間撹拌する。
6.この反応混合物を窒素又はアルゴン下で濾過し、固体状残渣を乾燥n−ヘプタン(100〜200mL)で充分洗浄する。
7.濾液を回転式蒸発器中で濃縮し、蒸発乾固させる。
8.スズ(II)n−ブトキシドの残渣を高真空ポンプを用いてさらに3〜6時間乾燥させる。
9.スズ(II)n−ブトキシド4.89gが粘性がある黄褐色の液体として得られた。収率73.79%。
【0031】
例3:液状スズ(II)n−ヘキソキシド(Sn(O−n−C613)2)の調製:
1.三つ口丸底フラスコに電磁式撹拌棒、オーブン乾燥ガス入口及び滴下漏斗を取り付ける。これを電磁式撹拌機の上に置く。ガス入口に体積測定制御式窒素又はアルゴン源をプラスチックチューブによって連結する。
2.無水塩化スズ(II)4.84g(25.01ミリモル)を前記反応フラスコに加える。
3.乾燥n−ヘプタン(約100mL)を25〜38℃の温度範囲において反応容器中に加える。この混合物を30〜60分間よく撹拌する。
4.次いで乾燥ジエチルアミン(5.43mL、52.53ミリモル)を15〜20℃の温度範囲において反応容器中に加える。この反応混合物を3〜6時間撹拌する。
5.乾燥n−ヘプタン(約 50mL)中の乾燥n−ヘキサノール6.59mL(52.53ミリモル)の溶液を25〜38℃の温度範囲において反応混合物に加える。得られた溶液をさらに12時間撹拌する。
6.この反応混合物を窒素又はアルゴン下で濾過し、固体状残渣を乾燥n−ヘプタン(100〜200mL)で充分洗浄する。
7.濾液を回転式蒸発器中で濃縮し、蒸発乾固させる。
8.スズ(II)n−ヘキソキシドの残渣を高真空ポンプを用いてさらに3〜6時間乾燥させる。
9.スズ(II)n−ヘキソキシド6.97gが粘性がある黄褐色の液体として得られた。収率86.73%。
【0032】
例4:液状スズ(II)n−オクトキシド(Sn(O−n−C817)2)の調製:
1.三つ口丸底フラスコに電磁式撹拌棒、オーブン乾燥ガス入口及び滴下漏斗を取り付ける。これを電磁式撹拌機の上に置く。ガス入口に体積測定制御式窒素又はアルゴン源をプラスチックチューブによって連結する。
2.無水塩化スズ(II)4.84g(25.01ミリモル)を前記反応フラスコに加える。
3.乾燥n−ヘプタン(約100mL)を25〜38℃の温度範囲において反応容器中に加える。この混合物を30〜60分間よく撹拌する。
4.次いで乾燥ジエチルアミン(5.43mL、52.53ミリモル)を15〜20℃の温度範囲において反応容器中に加える。この反応混合物を3〜6時間撹拌する。
5.乾燥n−ヘプタン(約50mL)中の乾燥n−オクタノール8.27mL(52.53ミリモル)の溶液を25〜38℃の温度範囲において反応混合物に加える。得られた溶液をさらに12時間撹拌する。
6.この反応混合物を窒素又はアルゴン下で濾過し、固体状残渣を乾燥n−ヘプタン(100〜200mL)で充分洗浄する。
7.濾液を回転式蒸発器中で濃縮し、蒸発乾固させる。
8.スズ(II)n−オクトキシドの残渣を高真空ポンプを用いてさらに3〜6時間乾燥させる。
9.スズ(II)n−オクトキシド7.00gが粘性がある黄褐色の液体として得られた。収率74.18%。
【0033】
液状スズ(II)アルコキシドの合成からの生成物、それらの分子式、物理的外観、収率及び溶解性を図1及び表4〜5にまとめる。
【0034】
【表4】
【0035】
【表5】
【0036】
本発明において報告されたように合成された液状スズ(II)アルコキシドのIR特徴データを、固体状スズ(II)アルコキシドのものと比較して、図2及び表6に示す。
【0037】
【表6】
【0038】
GC−MS及びLC−MS技術によって分析した液状スズ(II)アルコキシドの分子量を表7に示す。
【0039】
【表7】
【0040】
1H−NMR特徴データを図3及び表8に示し、13C−NMR特徴データを図4及び表9に示す。
【表8】
【表9】
【0041】
結論として、液状のスズ(II)n−ブトキシド、スズ(II)n−ヘキソキシド及びスズ(II)n−オクトキシドを製造するための合成方法は、次の重要な工程によって満足できる程度に達成することができる:
1)SnCl2・HNEt2の高収率での生成における塩基又はリガンドとしての働きをするのに充分な、無水塩化スズ(II)の2乃至3モル当量のジエチルアミン、及び
2)メタノール及びエタノール等のアルコールの代わりのn−ヘプタン等の非極性非プロトン性溶媒の使用。
n−ヘプタンの分子は、スズ(II)アルコキシドを溶媒和させることができ、それによって反応の間のその自己凝集を防止する。非極性非プロトン性溶媒系を用いる別の重要な利点は、可溶性のスズ(II)アルコキシドからのEt2NH・HCl副生成物の沈殿及び分離を促進するということである。従って、触媒又は開始剤として使用する前のスズ(II)アルコキシドのさらなる精製は必要ない。最後に、
3)無水塩化スズ(II)の約2〜3モル当量の適量のアルコールの使用は、スズ(II)アルコキシドと橋架けアルコールとの間の凝集を減少させる。この方法から製造されたスズ(II)アルコキシドは、粘性がある黄褐色の液体であり、室温において通常の有機溶媒中に可溶であり、反応性が有意に変化することなく窒素又はアルゴン下で長時間貯蔵することができる。さらに、本方法からの生成物は、余分な精製なしで触媒又は開始剤として用いることができ、ニート(生)で又は溶液の形で用いることができる。
図1(A)】
図1(B)】
図1(C)】
図2
図3(A)】
図3(B)】
図3(C)】
図4(A)】
図4(B)】
図4(C)】