特許第6246621号(P6246621)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社神戸製鋼所の特許一覧

特許6246621引張強度が1180MPa以上の強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6246621
(24)【登録日】2017年11月24日
(45)【発行日】2017年12月13日
(54)【発明の名称】引張強度が1180MPa以上の強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20171204BHJP
   C22C 38/04 20060101ALI20171204BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20171204BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20171204BHJP
【FI】
   C22C38/00 301T
   C22C38/04
   C22C38/58
   C21D9/46 J
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-43020(P2014-43020)
(22)【出願日】2014年3月5日
(65)【公開番号】特開2014-237887(P2014-237887A)
(43)【公開日】2014年12月18日
【審査請求日】2016年9月1日
(31)【優先権主張番号】特願2013-98500(P2013-98500)
(32)【優先日】2013年5月8日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(74)【代理人】
【識別番号】100146112
【弁理士】
【氏名又は名称】亀岡 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100167335
【弁理士】
【氏名又は名称】武仲 宏典
(74)【代理人】
【識別番号】100164998
【弁理士】
【氏名又は名称】坂谷 亨
(72)【発明者】
【氏名】柴田 航佑
(72)【発明者】
【氏名】村上 俊夫
(72)【発明者】
【氏名】梶原 桂
(72)【発明者】
【氏名】池田 宗朗
(72)【発明者】
【氏名】中屋 道治
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/047820(WO,A1)
【文献】 特開2010−116593(JP,A)
【文献】 特開2011−225975(JP,A)
【文献】 特開2008−156734(JP,A)
【文献】 特開2003−268518(JP,A)
【文献】 特開2009−179852(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46− 9/48
C23C 2/00− 2/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.05〜0.30%、Si:0.05〜3.0%、Mn:0.1〜5.0%を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有し、
めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に5μm以上の鋼板表層部において0.2質量%以上4.5質量%以下のZnが固溶していると共に、
めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmでの鋼板表層部のビッカース硬さが、鋼板中央部のビッカース硬さの80%以下であり、
且つ、前記鋼板を構成する金属組織のうちマルテンサイトおよびベイナイトを除く組織が面積率で5%以下であることを特徴とする引張強度が1180MPa以上で、且つ、Vブロック法による曲げ試験における限界曲げ半径Rの板厚tに対する比R/tが1.5以下の強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
更に、質量%で、Mo:0.05〜1.0%、Cr:0.05〜1.0%、Cu:0.05〜1.0%、Ni:0.05〜1.0%、B:0.0002〜0.0050%の1種または2種以上を含有する請求項1記載の強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
更に、質量%で、Nb:0.01〜0.3%、Ti:0.01〜0.3%、V:0.01〜0.3%の1種または2種以上を含有する請求項1または2に記載の強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項4】
更に、質量%で、Ca:0.0005〜0.01%、Mg:0.0005〜0.01%、REM:0.0005〜0.01%の1種または2種以上を含有する請求項1乃至3のいずれかに記載の強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項5】
めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmまでの鋼板表層部に存在するマルテンサイトの平均結晶粒径が、3μm以下である請求項1または2記載の強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車部品等に用いられる高強度でありながら加工性に優れるという特性を備えた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板に関し、より詳しくは、加工性の中でも特に曲げ性に優れた、引張強度が1180MPa以上の強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車部品などに用いられる溶融亜鉛めっき鋼板や合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、主に車両軽量化による燃費軽減などを目的として開発されているが、併せて、高い強度、形状の複雑な骨格部品に加工するための優れたプレス成形性も要求されている。
【0003】
このため、引張強度(TS)が1180MPa以上であって、且つ、曲げ性(限界曲げ半径/板厚:R/t)が1.5以下、更には、曲げ性が1.0以下であるという強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板の提供が切望されている。
【0004】
このような状況を受け、種々の成分設計や組織制御の考え方に基づき、曲げ性を改善した溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板が多数提案されているものの、引張強度に加えて曲げ性が上記要望レベルを共に満足する特性を備えた鋼板は、確実には実現できていないのが現状である。
【0005】
例えば、特許文献1として、鋼板の表面から10μmの深さまでの鋼板表層部を体積分率で70%超のフェライト相を含有する組織として軟質化した高強度溶融亜鉛めっき鋼板が提案されており、引張強度980MPa以上の鋼板において、Vブロック法による曲げ試験で、曲げ性(限界曲げ半径/板厚:R/t)0.3以下を確保することができている。しかし、内部組織に軟質なフェライトを多く含むために、引張強度は1100MPaにすら達することができず、優れた曲げ性を確保することはできているものの、引張強度1180MPa以上を達成することができていない。また、特許文献1記載の発明には、Znを鋼板表層部に固溶させて成形性を高めるという技術思想は存在していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012−12703号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記従来の問題を解消せんとしてなされたもので、引張強度が1180MPa以上であり、且つ、Vブロック法による曲げ試験における曲げ性(限界曲げ半径/板厚:R/t)が1.5以下という強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の引張強度が1180MPa以上の強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、質量%で、C:0.05〜0.30%、Si:0.05〜3.0%、Mn:0.1〜5.0%を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有し、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に5μm以上の鋼板表層部において0.2質量%以上のZnが固溶していると共に、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmでの鋼板表層部のビッカース硬さが、鋼板中央部のビッカース硬さの80%以下であり、且つ、前記鋼板を構成する金属組織のうちマルテンサイトおよびベイナイトを除く組織が面積率で5%以下であることを特徴とする。
【0009】
また、本発明の溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、更に、質量%で、Mo:0.05〜1.0%、Cr:0.05〜1.0%、Cu:0.05〜1.0%、Ni:0.05〜1.0%、B:0.0002〜0.0050%の1種または2種以上を含有することが好ましい。
【0010】
また、本発明の溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、更に、質量%で、Nb:0.01〜0.3%、Ti:0.01〜0.3%、V:0.01〜0.3%の1種または2種以上を含有することが好ましい。
【0011】
また、本発明の溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、更に、質量%で、Ca:0.0005〜0.01%、Mg:0.0005〜0.01%、REM:0.0005〜0.01%の1種または2種以上を含有することが好ましい。
【0012】
また、本発明の溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmまでの鋼板表層部に存在するマルテンサイトの平均結晶粒径が、3μm以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によると、鋼板表層部にZnを固溶させると共に、鋼板表層部を軟質化させ、更に鋼板を構成する金属組織をマルテンサイトおよびベイナイトを主とした組織とすることで、引張強度が1180MPa以上であり、且つ、Vブロック法による曲げ試験における曲げ性(限界曲げ半径/板厚:R/t)が1.5以下という強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、引張強度(TS)が1180MPa以上であるにかかわらず、Vブロック法による曲げ試験における曲げ性(限界曲げ半径/板厚:R/t)が1.5以下という機械的特性を備えた、強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得るために鋭意検討を行った。
【0015】
その結果、(1)鋼板表層部に溶融亜鉛めっき層の成分であるZnを固溶させることで、変形が集中する鋼板表層部の成形性を高め、曲げ性を向上できる。(2)母地が未変態オーステナイトである場合、母地がそれ以外の相である場合と比較して、溶融亜鉛めっき層から母地へのZnの固溶速度が顕著に大きい。(3)鋼板表層部のビッカース硬さを、鋼板中央部のビッカース硬さの80%以下とすることで、曲げ性を改善することができる。という知見を得ることができた。
【0016】
本発明者らは、以上説明したような知見を基に本発明を完成した。本発明の要件は、質量%で、C:0.05〜0.30%、Si:0.05〜3.0%、Mn:0.1〜5.0%を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなる成分組成を有し、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に5μm以上の厚みを有する鋼板表層部において0.2質量%以上のZnが固溶していると共に、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmの位置における鋼板表層部のビッカース硬さが、鋼板中央部のビッカース硬さの80%以下であり、且つ、前記鋼板を構成する金属組織のうちマルテンサイトおよびベイナイトを除く組織が面積率で5%以下であるが、これら各構成要件を規定した理由は下記に示す通りである。
【0017】
(めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に5μm以上の鋼板表層部において0.2質量%以上のZnが固溶している)
鋼板の表層部は曲げ変形時に変形が集中し破壊が生じやすい部位であり、この部位の成形性を高めることで曲げ性を大幅に向上させることができる。本発明者らは、Znを鋼鈑に固溶させることで加工硬化能を高め、鋼鈑の成形性を高めることができることを見出した。この加工硬化能の上昇は、0.2質量%以上のZnが固溶することで発現する。この0.2質量%以上のZnが固溶して加工硬化能が上昇した領域が、5μm未満の厚さでは鋼板の曲げ性を向上させるのに十分ではない。尚、前記鋼板表層部に質量4.5%以上のZnが固溶した場合、Feとの化合物が生成し曲げ性が劣化するため、Znの固溶量は、好ましくは4.5質量%以下とする。また、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に5μm以上の鋼板表層部としており、この要件では鋼板表層部の具体的厚みは規定しないが、実際めっき層から0.2質量%以上のZnが固溶するのは、母地深さ方向に200μm程度が上限である。
【0018】
(めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmでの鋼板表層部のビッカース硬さが、母地中央部のビッカース硬さの80%以下)
未変態オーステナイトにZnが固溶するとベイナイト変態が促進されるため、溶融亜鉛めっき層からのZnが固溶した鋼板表層部のみに、鋼板中央部と比べると軟質な相を生成させることができる。この鋼板表層部に形成された軟質相は成形性に富むため、鋼材の曲げ性を向上させることができる。具体的には、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmでの鋼板表層部のビッカース硬さを、鋼板中央部のビッカース硬さの80%以下とすることで、前記したような効果を達成することができる。
【0019】
(鋼板を構成する金属組織のうちマルテンサイトおよびベイナイトを除く組織が面積率で5%以下)
鋼板が、引張強度(TS)が1180MPa以上という特性を備えるためには、その鋼板を構成する金属組織にマルテンサイトを含む必要がある。一方で、残部がベイナイト以外の軟質な相である場合、マルテンサイトとの硬度差が大きく曲げ試験時に相界面で破壊が生じるため、十分な曲げ性を得ることができない。また、引張強度が不足する場合がある。そのため、マルテンサイトおよびベイナイトを除く組織が、面積率で5%以下であることを要件とする。
【0020】
本発明の鋼板は、更に以下の要件を満足することが好ましい。
【0021】
(めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmまでの鋼板表層部に存在するマルテンサイトの平均結晶粒径が3μm以下)
鋼板表層部に、粗大なマルテンサイトが存在すると曲げ変形時に粗大なマルテンサイトの周辺で微小な亀裂が発生し、その結果、曲げ性を劣化させることがある。そのため、マルテンサイトの平均結晶粒径は小さくすることが好ましい。このマルテンサイトの平均結晶粒径は3μm以下とすることで曲げ性を高めることができる。
【0022】
(化学成分組成)
次に、本発明の鋼板における化学成分組成について説明する。本発明の鋼板は、先に説明した金属組織等に関する要件が適切であっても、化学成分(元素)の含有量が適正範囲内になければ、前記した作用効果を奏することができない。従って、本発明の鋼板では、夫々の化学成分の含有量が、以下に説明する範囲内にあることも併せて要件とする。尚、下記の化学成分の含有量(%)は全て質量%を示す。
【0023】
C:0.05〜0.30%
Cは、鋼板の強度に大きく影響する重要な元素である。その含有量が0.05%未満では、引張強度:1180MPa以上を確保することができなくなる。また、Cの含有量が多いほど焼入れ性が向上し、めっき浴浸漬時の未変態オーステナイト分率が増加するため、鋼板表層部に多くのZnを固溶させることができる。その結果、鋼板の成形性が向上し、曲げ性を高めることができる。好ましいCの含有量は0.1%以上である。一方、Cの含有量が0.30%を超えると、溶接性が確保できなくなることから、Cの含有量は0.30%を上限とする。
【0024】
Si:0.05〜3.0%
Siは、鋼板製造過程で生成する炭化物粒子の粗大化を抑制する作用を有し、曲げ性の向上に寄与すると共に、固溶強化元素として鋼板の降伏強度の上昇にも寄与する有用な元素である。また、3.0%を超えると鋼板の溶接性が著しく低下するため、Siの含有量は0.05〜3.0%とする。好ましくは2.5%以下である。
【0025】
Mn:0.1〜5.0%
Mnは、Siと同様に、焼戻し時におけるセメンタイトの粗大化を抑制する作用を有し、曲げ性の向上に寄与すると共に、固溶強化元素として鋼板の降伏強度の上昇にも寄与する有用な元素である。また、焼入れ性を高めることで、Cと同様に表面に軟質な層を形成させることができ、曲げ性を高めることができる。Mnの含有量が0.1%未満ではそれらの作用が十分に発揮されない。一方、Mnの含有量が5.0%を超えると鋳造性の劣化を引き起こす。従って、Mn含有量は0.1〜5.0%とする。好ましくは0.5〜3.5%、より好ましくは1.2〜2.2%である。
【0026】
以上が本発明で規定する必須の含有元素であって、残部は鉄および不可避的不純物である。不可避不純物としてはP、S、N、Al等を例示することができる。また、本発明の作用を損なわない範囲で、以下の許容成分を添加することができる。
【0027】
Mo:0.05〜1.0%、Cr:0.05〜1.0%、Cu:0.05〜1.0%、Ni:0.05〜1.0%、B:0.0002〜0.0050%の1種または2種以上
これらの元素は、焼入れ性を高め、めっき浴浸漬時の未変態オーステナイト分率を高めることで、鋼板表層部に多くのZnを固溶させ、鋼材の成形性を高めることができる。各元素とも、上記した各下限値未満の含有量ではそれらの作用を有効に発揮することができず、一方、各上限値を超えると、それらの作用が飽和してしまう。
【0028】
Nb:0.01〜0.3%、Ti:0.01〜0.3%、V:0.01〜0.3%の1種または2種以上
これらの元素は、成形性を劣化させずに強度を改善するのに有用な元素である。各元素とも、0.01%未満の添加では上記のような作用を有効に発揮しえず、一方、添加量が多すぎると粗大な炭化物生成により成形性が劣化する。
【0029】
Ca:0.0005〜0.01%、Mg:0.0005〜0.01%、REM:0.0005〜0.01%の1種または2種以上
これらの元素は、介在物を微細化し、破壊の起点を減少させることによって成形性を向上させるのに有用な元素である。各元素とも、0.0005%未満の添加では上記のような作用を有効に発揮しえず、一方、各元素とも0.01%を超える添加では逆に介在物が粗大化し、成形性が低下する。
【0030】
(製造条件)
上記した要件を満足する本発明の鋼板を製造するためには、以下の製造要件を満足するようにして、鋼板を製造することが好ましい。
【0031】
本発明の鋼板を製造する際の特徴は、スラブの熱間圧延、冷間圧延後の熱処理にある。そのため、熱間圧延、冷間圧延までの製造方法に関しては、従来公知の製造方法を採用することができる。以下、製造上の特徴について説明する。
【0032】
・鋼板をAc3点+50℃以上930℃以下に加熱後に30s以上1200s以下保持
めっき浴浸漬時における鋼板の未変態オーステナイト分率を高めることは、本発明の表層部にZnを固溶させた鋼板を製造するために重要な要件である。未変態オーステナイト分率を高めるためには、焼鈍時にオーステナイトを生成させる必要がある。また、めっき浴浸漬時の組織を未変態オーステナイトとするためには、オーステナイト粒径を粗大化させ、冷却時の変態を抑制することが有効である。更に、鋼板の強度を高めるためには最終組織をマルテンサイトおよびベイナイトとする必要があり、焼鈍によりオーステナイト単相とする必要がある。そのため焼鈍加熱温度はAc3点+50℃以上とする。
【0033】
尚、Ac3点は、鋼板の化学成分から、レスリー著、「鉄鋼材料科学」、幸田成靖 訳、丸善株式会社、1985年、p.273に記載の下記式(1):
Ac3(℃)=910−203√[C]−15.2[Ni]+44.7[Si]+104[V]+31.5[Mo]−(30[Mn]+11[Cr]+20[Cu]−700[P]−400[Al]−400[Ti])・・・(1)
を用いて求めることができる。
ここで、上記式(1)中の[元素記号]は、各元素の含有量(質量%)を表す。
【0034】
また、焼鈍加熱温度が930℃を超える場合、オーステナイト粒径が過度に粗大化し、曲げ性が劣化することがある。そのため焼鈍加熱温度の範囲は、Ac3点+50℃以上930℃以下とする。尚、Ac3点+50℃以上930℃以下で保持する時間が、30s未満の場合はオーステナイト変態が十分に進行しないために、未変態オーステナイト分率が十分に得られず、またフェライトが最終組織に残存するために引張強度が不足する。1200sを超える場合は熱処理コストが増大し、生産性が著しく悪化する。そのため、保持時間は30s以上1200s以下とする。
【0035】
・450℃以上550℃以下まで15℃/s以上の平均冷却速度で急冷
冷却の工程では、焼鈍時に生成したオーステナイトを、冷却中にフェライトやベイナイト、マルテンサイトに変態させることなく、未変態オーステナイトとすることが重要である。冷却停止温度を450℃以上とすれば、マルテンサイト変態を抑制することができる。また、冷却停止温度が550℃を超える場合、めっき処理後の表面性状が悪化する。一方、冷却速度が15℃/s未満の場合、冷却中にフェライト変態またはベイナイト変態が進行するために引張強度の低下を招くばかりでなく、未変態オーステナイトが著しく減少する。また、フェライトが生成した場合、曲げ変形時にマルテンサイト/フェライト界面で破壊が生じ、曲げ性が劣化する。好ましい冷却速度は30℃/s以上である。
【0036】
・急冷終了から30s以内に溶融亜鉛めっき浴へ浸漬
冷却停止後、長時間保持すると、ベイナイト変態またはマルテンサイト変態が進行するために、めっき浴浸漬時の未変態オーステナイトが減少する。そのため、急冷終了から30s以内に溶融亜鉛めっき浴へ浸漬することが必要となる。好ましくは15s以内、より好ましくは10s以内である。
【0037】
・530℃以上570℃以下で10s以上60s以下の合金化処理
本発明の鋼板を製造するにあたり、合金化処理は必ずしも必要ではないが、上記した条件で合金化処理を行うことで、更に曲げ性を高めることができる。本発明では、鋼鈑表層部にZnを固溶させることで鋼板表層部のベイナイト変態を促進し、曲げ性を高めている。一般に合金化処理は、450℃以上600℃以下で60s以下の時間で行われるが、特に530℃以上570℃以下で10s以上の保持を行うことで、Znが固溶した鋼板表層部においてベイナイト変態を大きく進行させることができ、結果としてマルテンサイトの微細化を達成することができる。合金化処理温度が530℃未満では拡散速度が十分でなく、一方、570℃を超えると変態の駆動力が不足するため、前記温度範囲外ではZnが固溶した鋼板表層部においてもベイナイト変態は十分に進行せず、マルテンサイトが微細化しない。処理時間が、10s未満では鋼板表層部でのベイナイト変態がマルテンサイトの微細化に十分ではなく、60sを超えると鋼板内部でも過度にベイナイト変態が進行し引張強度が低下する。
【0038】
・室温まで10℃/s以上30℃/s以下の平均冷却速度で冷却
平均冷却速度が10℃/s未満であると、軟質なベイナイトまたはフェライトが過度に生成し、引張強度1180MPa以上を満足できない。また、平均冷却速度が30℃/sを超えると、Znが固溶した鋼板表層部においても過度にマルテンサイトが生成し、鋼板表層部を十分に軟質化することができない。
【実施例】
【0039】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0040】
表1に示すA〜Kの各成分組成を有する鋼を溶製し、厚さ120mmのインゴットを作製し、このインゴットを用いて熱間圧延を行い、厚さ2.8mmとした。これを酸洗した後、厚さ1.4mmになるまで冷間圧延して供試材とし、表2に示す各条件で供試材に熱処理およびめっき処理を施した。
【0041】
得られた各鋼板(供試材)を用いて、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に5μm以上の鋼板表層部におけるZnの固溶量(鋼板のZnの固溶量)、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmでの鋼板表層部と、鋼板中央部における夫々のビッカース硬さ(ビッカース硬さ)、マルテンサイト+ベイナイトと、その他の相の夫々の面積率(各相の面積率)、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmまでの鋼板表層部に存在するマルテンサイトの平均結晶粒径(鋼板表層部のマルテンサイトの平均結晶粒径)を測定により求めた。また、引張強度(TS)、限界曲げ半径(R)についても測定した。これらの測定方法については以下に示す。
【0042】
(鋼板のZnの固溶量)
まず、供試材となる各鋼板を鏡面研磨した。続いて、EPMA(電子線マイクロアナライザ)により、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に5μmの鋼板表層部におけるZnの固溶量、鋼板中央部(板厚中央部)におけるZnの固溶量を、夫々10点毎に測定し平均値を求めた。尚、参照データとしては純Znを用いた。めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に5μmの鋼板表層部におけるZnの固溶量の平均値から、母地中央部(板厚中央部)におけるZnの固溶量の平均値を差し引いた値が、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に5μm以上の鋼板表層部におけるZnの固溶量であると判断した。
【0043】
(ビッカース硬さ)
まず、供試材となる各鋼板を鏡面研磨し、荷重25g(試験力:0.245N)のビッカース試験機により、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmでの鋼板表層部と、鋼板中央部(板厚1/2部)における夫々の部位において、5点測定を行って平均値を算出し、前記夫々の部位でのビッカース硬さを求めた。
【0044】
(各相の面積率)
各相の面積率については、供試材となる各鋼板を鏡面研磨し、その表面を3%ナイタール液で腐食して金属組織を顕出させた後、光学顕微鏡を用いて板厚1/2部の組織を観察し、白く観察される領域の内、ラス状部分をマルテンサイトまたはベイナイト、ポリゴナルな部分をフェライトとし、茶褐色にみえる領域をマルテンサイトとして定義した。尚、残留オーステナイトもマルテンサイトとの混成組織として存在する可能性があるが、本発明において生成すると考えられる残留オーステナイトは極少量であり、特性に影響しないと考えられることから、マルテンサイトと区別していない。これらの結果から、マルテンサイト+ベイナイトの面積率、その他の相の面積率を求めた。
【0045】
(鋼板表層部のマルテンサイトの平均結晶粒径)
めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmまでの鋼板表層部に存在するマルテンサイトの平均結晶粒径については、供試材となる各鋼板を鏡面研磨し、その表面をナイタール液で腐食して金属組織を顕出させた後、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmまでの鋼板表層部を、概略40μm×15μm領域1視野について倍率2000倍の走査型電子顕微鏡(SEM)像を観察し、灰色に観察される部分をマルテンサイトと定義して、JIS G 0551に記載の方法で、マルテンサイトの結晶粒度を測定し、粒度番号から平均結晶粒径を算出した。
【0046】
(引張強度)
供試材となる各鋼板を用い、圧延方向と直角方向に長軸をとってJIS Z 2201に記載の5号試験片を作製し、JIS Z 2241に従って測定を行うことで引張強度(TS)を求めた。
【0047】
(限界曲げ半径)
供試材となる各鋼板を用い、圧延方向と直角方向に長軸をとって幅30mm×長さ35mmの試験片を作成し、JIS Z 2248に準拠したVブロック法で曲げ試験を行い、その時の曲げ半径を0〜5mmまで種々変化させ、材料が破断せずに曲げ加工ができる最小の曲げ半径を求め、これを限界曲げ半径(R)とした。本実施例では、得られた限界曲げ半径(R)と鋼板の板厚(t)からR/tを算出した。
【0048】
測定結果を表3に示す。本実施例では、引張強度(TS)が1180MPa以上であり、且つ、限界曲げ半径(R)と鋼板の板厚(t)から求めたR/tが1.5以下のものを、○で合格、引張強度(TS)が1180MPa以上であり、且つ、限界曲げ半径(R)と鋼板の板厚(t)から求めたR/tが1.0以下のものを、◎で合格とし、強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板であると判定した。一方、引張強度(TS)が1180MPa未満、および/または、限界曲げ半径(R)と鋼板の板厚(t)から求めたR/tが1.5超のものを、×で不合格と判定した。尚、表1〜3の各項目に下線を付したものは、本発明の要件、推奨する製造条件、特性等を満足していないことを示す。
【0049】
【表1】
【0050】
【表2】
【0051】
【表3】
【0052】
No.1〜3,12〜21は、全て本発明の要件を満足する発明例であり、引張強度(TS)が1180MPa以上であり、且つ限界曲げ半径(R)と鋼板の板厚(t)から求めたR/tが1.5以下で○、或いは、引張強度(TS)が1180MPa以上であり、且つ限界曲げ半径(R)と鋼板の板厚(t)から求めたR/tが1.0以下で◎、という結果を得ることができた。これらは全て強度−曲げ性バランスに優れた溶融亜鉛めっき鋼板もしくは合金化溶融亜鉛めっき鋼板であるということができる。
【0053】
これらの中でも、No.3、15、19、21は、めっき層と鋼板の界面から母地深さ方向に15μmまでの鋼板表層部に存在するマルテンサイトの平均結晶粒径が3μm以下という要件も満足しており、引張強度(TS)が1180MPa以上であり、且つ限界曲げ半径(R)と鋼板の板厚(t)から求めたR/tが1.0以下で◎という特に優れた結果を得ることができた。
【0054】
これに対し、No.4〜11は、本発明の要件のうちいずれかの要件を満足しない比較例であり、引張強度(TS)が1180MPa未満、および/または、限界曲げ半径(R)と鋼板の板厚(t)から求めたR/tが1.5超であり×という結果であった。