(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
スラスト面にコーティング層を形成したスクロール部材を量産する場合、均一なコーティング層を形成するのが難しいという問題があった。特に、羽根の側面にコーティング層が形成されてしまうと、相手方のスクロール部材の羽根との間に隙間ができてしまい、シール性がかえって悪化してしまうという問題があった。
【0005】
これに対し本発明は、スクロール式流体機械においてスクロール部材間のシール性を向上させる技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、スラスト面を有する平板と、前記スラスト面上に形成された渦巻き状の羽根と、前記スラスト面上に形成されたコーティング層と、前記スラスト面の前記羽根の周辺において前記コーティング層が形成されていない空隙部とを有するスクロール部材を提供する。
【0007】
前記羽根の渦巻きのうち、より外部の第1領域周辺の空隙部が、より内部の第2領域周辺の空隙部より狭くてもよい。
【0008】
前記コーティング層が、前記スラスト面の法線方向に段差形状を有してもよい。
【0009】
前記スラスト面のうち、前記羽根の渦巻きの内部には前記コーティング層が形成されていなくてもよい。
【0010】
また、本発明は、第1スラスト面を有する第1平板および当該第1スラスト面上に形成された渦巻き状の第1羽根を有する第1スクロール部材と、第2スラスト面を有する第2平板および当該第2スラスト面上に形成され、前記第1羽根と圧縮室を形成する渦巻き状の第2羽根を有し、前記第1スクロール部材に対して相対的に旋回する第2スクロール部材と、前記第1スラスト面に形成されたコーティング層と、前記第1スラスト面の前記第1羽根の周辺において前記コーティング層が形成されていない空隙部とを有するスクロール式流体機械を提供する。
【0011】
前記コーティング層が、前記第1スラスト面の法線方向に段差形状を有してもよい。
【0012】
前記段差形状における凸部の前記スラスト面に平行な方向の大きさが、前記スクロール部材の旋回半径以下であってもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、スクロール式流体機械において、羽根の周囲にもコーティング層を形成する構成と比較してスクロール部材間のシール性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1は、一実施形態に係るスクロール式流体機械1の構造を例示する断面図である。この例で、スクロール式流体機械1は、自動車用空調機に適用される圧縮機(スクロールコンプレッサ)である。スクロール式流体機械1は、ハウジング2、シャフト3、可動スクロール部材4、および固定スクロール部材5を有する。
【0016】
ハウジング2は、自動車のエンジン(図示略)に固定される。ハウジング2の内部は、可動スクロール部材4と固定スクロール部材5とが位置する圧縮室S1と、固定スクロール部材5よりも図示右方側に形成された排出室S2とに区画される。圧縮室S1には冷媒などのガス(流体)を吸入させるための吸入孔(図示略)が設けられている。排出室S2にはガスを排出する排出孔(図示略)が設けられている。
【0017】
シャフト3は、エンジンの駆動力を可動スクロール部材4に伝達する。シャフト3は、ハウジング2内において回転することができる。シャフト3は、小径部31、大径部32、およびクランクピン33を有する。小径部31は、エンジンの駆動力を受ける。シャフト3の軸心は図において水平方向に延びている。大径部32は軸心方向において小径部31と直結している。クランクピン33は軸心方向において大径部32と直結している。クランクピン33は、シャフト3の回転軸に対し偏心した位置に設けられている。
【0018】
可動スクロール部材4および固定スクロール部材5は、圧縮室を形成する。可動スクロール部材4および固定スクロール部材5は、相対的に公転(旋回)する。具体的には、固定スクロール部材5がハウジング2に対し固定されており、可動スクロール部材4が固定スクロール部材5に対して公転(旋回)する。ここで、「公転」とは、ある部材が他の部材の周りで円を描くように移動することをいう。
【0019】
可動スクロール部材4は、鏡板41および羽根(ラップ)42を有する。鏡板41は、所定の直径(例えば150mm)の円盤状の平板である。羽根42は、鏡板41のスラスト面上に形成されている。可動スクロール部材4のスラスト面とは、固定スクロール部材5と対向する面をいう。羽根42はスラスト面に垂直な方向に延びている。スラスト面に垂直な方向から見ると、羽根42は渦巻き形状(詳細には、例えばインボリュート曲線に沿った形状)を有している。
【0020】
固定スクロール部材5は、鏡板51および羽根52を有する。鏡板51は、所定の直径(例えば150mm)の円盤状の平板である。羽根52は、鏡板51のスラスト面上に形成されている。固定スクロール部材5のスラスト面とは、可動スクロール部材4と対向する面をいう。羽根52はスラスト面に垂直な方向に延びている。スラスト面に垂直な方向から見ると、羽根52は渦巻き形状を有している。
【0021】
羽根42および羽根52が噛み合い、圧縮室S1が形成される。すなわち、圧縮室S1は、羽根42、羽根52、鏡板41、および鏡板51によって囲まれた空間である。
【0022】
エンジンの駆動力によりシャフト3は回転する。シャフト3の回転によりクランクピン33は回転軸の周りを公転(旋回)する。クランクピン33は、この回転力を可動スクロール部材4に伝達する。すなわち、可動スクロール部材4は、シャフト3の回転に伴って固定スクロール部材5に対して公転(旋回)する。
【0023】
スクロール式流体機械1はさらに、軸受6、偏心ブシュ7、および軸受8を有する。軸受6は、大径部32を支持する。偏心ブシュ7は、クランクピン33を支持する。偏心ブシュ7は、内周面部7aおよび外周面部7bを有する。軸方向から見たとき、内周面部7aおよび外周面部7bの円の中心はずれて、すなわち両者は偏心している。内周面部7aはクランクピン33と摺動する。外周面部7bは可動スクロール部材4と摺動する。
【0024】
可動スクロール部材4の鏡板41には、羽根42とは反対側の面にリング状のボス43が形成されている。ボス43の内周面には、軸受8が設けられている。軸受8は、偏心ブシュ7を支持している。軸受8が可動スクロール部材4と一体になって小径部31の周りを公転すると、偏心ブシュ7の外周面部7bが軸受8の内面と摺動する。可動スクロール部材4の鏡板41とハウジング2との間には、可動スクロール部材4が、クランクピン33を通る回転軸を中心に自転することを防止する機構が設けられている。ここで、「自転」とは、ある部材が、その部材の内部にある回転軸を中心として回転することをいう。
【0025】
固定スクロール部材5の鏡板51の中央には圧縮室S1から排出室S2へ冷媒を流入させるための孔53が設けられている。孔53は薄板状のリード弁10により開閉される。
【0026】
圧縮室S1には、吸気口(図示略)から冷媒が吸入される。可動スクロール部材4の回転運動に伴って圧縮室S1の容積が減少すると、圧縮室S1に吸入された冷媒は圧縮される。圧縮された冷媒は、孔53及びリード弁10を通過して排出室S2へと流入する。排出室S2に流入した冷媒は、ハウジング2に設けられた排出孔より排出される。
【0027】
図2は、可動スクロール部材4の構造を示す模式図である。
図2(A)はスラスト面に垂直な方向(すなわちシャフト3の軸方向)から見た図を、
図2(B)は
図2(A)のII−II断面図を示す。鏡板41のスラスト面には、コーティング層44が形成されている。コーティング層44は、スラスト面のシール性を向上させるため、または摺動特性を改善するための層である。コーティング層44は、例えば、バインダ樹脂および固体潤滑剤を有する。バインダ樹脂としては、例えば、ポリアミドイミド系樹脂、ポリイミド系樹脂、PEEK(ポリエーテルエーテルケトン)、これらの樹脂のジイソシアネート変性、BPDA変性、またはスルホン変性樹脂、ポリアミド樹脂、エポキシ樹脂、もしくはフェノール樹脂のいずれか1種以上が用いられる。固体潤滑剤としては、例えば、グラファイト、カーボン、二硫化モリブデン、ポリテトラフルオロエチレン、窒化ホウ素、二硫化タングステン、フッ素系樹脂、軟質金属(例えばSn、Biなど)のいずれか1種以上が用いられる。なお、コーティング層44は、バインダ樹脂および固体潤滑剤に加えて、または代えて、硬質物などの添加物を含んでいてもよい。あるいは、コーティング層44は、固体潤滑剤だけまたはバインダ樹脂だけで形成されてもよい。
【0028】
可動スクロール部材4の基材(コーティング層44を除いた部分)は、例えば鋳鉄で形成される。あるいは、可動スクロール部材4の基材は、アルミニウム、ステンレス鋼、セラミックなど各種の材料に対して、鋳造、焼結、鍛造、切削、プレス、溶接、表面処理などの各種の加工処理を施すことで形成されてもよい。コーティング層44は、固体潤滑剤をバインダ樹脂に分散させて調整した前駆体溶液を、可動スクロールの形状に整形した基材上に塗布、乾燥、および焼成することにより形成される。前駆体溶液は、例えば、スプレー法、ロール転写法、タンブリング法、浸漬法、はけ塗り法、印刷法(パッド印刷やスクリーン印刷)などにより塗布される。
【0029】
羽根42は、
図2に示されるように、渦巻き形状を有する。この渦巻きにおける羽根42と羽根42との間隔は、例えば50mm以下、または20mm以下である。
【0030】
この例で、コーティング層44は、スラスト面に垂直な方向から見たときに、羽根42の周辺には形成されていない。すなわち、鏡板41のスラスト面において、羽根42の周辺には、コーティング層44が形成されていない部分が形成されている。この部分を「空隙部45」という。すなわち空隙部45とは、鏡板41のスラスト面の、羽根42の周辺部分のうち、コーティング層44が形成されておらず基材が露出している部分をいう。空隙部45を設ける理由は以下のとおりである。
【0031】
図3Aは、比較例に係る可動スクロール部材と相手側の羽根との噛み合わせを示す図である。比較例は、スラスト面の羽根42の周辺において空隙部を設けずにコーティング層を形成する設計により製造された可動スクロール部材を示している。設計としては空隙がゼロであっても、量産の際の公差(ばらつき)により、羽根42の側面にコーティング層44が形成されてしまう製品が一定割合、製造される。羽根42の側面にコーティング層44が形成された可動スクロール部材が、相手方の固定スクロール部材5の羽根52に対して傾いて当たると、羽根42の側面に形成されたコーティング層44により、羽根42と羽根52との隙間が大きく空いてしまう。すなわち、可動スクロール部材4と固定スクロール部材5とのシール性が悪化してしまう。なお図では固定スクロール部材5が傾いているように描かれているが実際には可動スクロール部材4が傾いている。
【0032】
図3Bは、本実施形態に係る可動スクロール部材と相手側の羽根との噛み合わせを示す図である。スラスト面の羽根42の周辺には空隙部45が設けられている。空隙部45の幅は、製造時のコーティング層44の公差よりも大きい。なお、空隙部45の「幅」とは、鏡板41の放射方向(径方向)における空隙部45の長さをいう。空隙部45の幅Bは、例えば、0.1〜1mmである。
【0033】
空隙部45が設けられていることにより、羽根42の側面にはコーティング層44が形成されていない。したがって、相手方の可動スクロール部材4の羽根42が傾いて当たったとしても、羽根52と羽根42との隙間は
図3Aの比較例よりも狭い。すなわち、可動スクロール部材4と固定スクロール部材5とのシール性が改善している。
【0034】
図4は、コーティング層44の断面構造を示す模式図である。コーティング層44は、いわゆるステップランド形状を有する。ステップランド形状とは、スラスト面に垂直な方向において高さの差すなわち段差を有する形状をいう。ステップランド形状は、コーティング層44の表面に侵入した異物を排出しやすくする目的で形成されている。すなわち、コーティング層44の表面に侵入した異物は、ステップランド形状における2つのランド(凸部)間の溝(凹部)を通って、例えば潤滑油と一緒に排出される。また、この溝(凹部)で潤滑油を保持することができるとともに、流体潤滑領域が拡大し、フリクションを低減できるという効果もある。
【0035】
この例で、コーティング層44は、第1層441および第2層442の2層構造を有する。第1層441は、スラスト面(空隙部45に相当する部分を除く)において均一に形成されている。第2層442は、第1層441を基準としてスラスト面の上方向に突出している。第2層442により、ランド(アイランド)形状が形成される。
【0036】
図5は、スラスト面に垂直な方向から見たコーティング層44の構造を示す模式図である。この例で、第2層442によるランド部は四角形の形状を有する。これら複数のランド部は、格子状すなわちマトリクス状に配置されている。
【0037】
図6は、スラスト面に垂直な方向から見たコーティング層44の構造の別の例を示す模式図である。この例で、第2層442によるランド部は円形の形状を有する。これら複数のランド部は、千鳥状すなわち互い違いに配置されている。
【0038】
ここで、異物排出性を向上させる観点から、1つのランド部のサイズ、すなわちスラスト面に水平な方向の最大長さは、2つのスクロール部材の相対的な旋回直径以下であることが好ましい。例えば、
図5の例における四角形の対角線の長さまたは
図6の例における円の直径は、可動スクロール4の旋回直径以下であることが好ましい。なお、ステップランド形状における段差は、例えば1〜50μmであり、好ましくは1〜20μmである。また、コーティング層44の厚さは、例えば1〜50μmであり、好ましくは1〜20μmである。ステップランド形状は、例えば、パッド印刷やスクリーン印刷により形成される。
【0039】
このように、コーティング層44に段差を有する構造を採用することにより、異物を排出しやすくすることができる。コーティング層44の表面に侵入する異物の一つに、コーティング層44の樹脂の摩耗粉がある。摩耗粉が体積すると、焼付きが起こったり、相手材が片当たりしたりする問題が起こる可能性がある。しかし、本実施形態においては、コーティング層44がステップランド形状を有することにより、異物を排出しやすくし、これらの問題が起こる可能性を低減することができる。
【0040】
本発明は上述の実施形態に限定されるものではなく、種々の変形実施が可能である。以下、変形例をいくつか説明する。以下の変形例のうち2つ以上のものが組み合わせて用いられてもよい。
【0041】
図7は、コーティング層44の断面構造の別の例を示す図である。
図7(A)の例では、コーティング層44は2層構造ではなく、単層構造である。基材が露出している部分がステップ部(溝部)であり、コーティング層44が形成されている部分がランド部である。
図7(B)の例では、コーティング層44は2層構造であるが、第1層441はスラスト面に均一に形成されているわけではなく、2次元的なパターンを有する。すなわち、ステップ部は2段形状になっている。
【0042】
空隙部45の幅は、羽根42のすべての部分において均一でなくてもよい。例えば、羽根42の渦巻きのより外側の領域における空隙部が、より内側の領域における空隙部よりも狭くてもよい。
【0043】
図8は、スラスト面に垂直な方向から見たコーティング層44の形状の別の例を示す図である。この例では、羽根42の渦巻きの内側にはコーティング層44が形成されておらず、スラスト面のうち羽根42の渦巻きの最外周の外側にのみコーティング層44が形成されている。すなわち、渦巻きの内側はすべて空隙部45となっており、渦巻きの最外周の外側の空隙部よりも幅が広い。一般に、羽根42の渦巻きの内側のように複雑な形状をしている部分に均一なコーティング層を形成することは難しい。
図8の例によれば、羽根42の渦巻きの内部にまでコーティング層44を形成する場合と比較して、より製造コストを低減することができる。
【0044】
コーティング層44のステップランド形状におけるランド部の、スラスト面に垂直な方向から見た形状およびその配置は、
図5および
図6で例示したものに限定されない。ランド部は、四角形以外の多角形や、楕円形等でもよい。また、その配置も、格子状および千鳥状に限られず、例えばランダム配置であってもよい。
【0045】
コーティング層44のステップランド形状におけるランド部のスラスト面に垂直な断面形状は四角形に限定されない。理想的な四角形の角にアールを持たせた形状や、表面が円弧状の形状を有していてもよい。
【0046】
本実施形態に係る可動スクロール部材5が用いられるスクロール式流体機械1は、
図1で例示したものに限定されない。本実施形態に係る可動スクロール部材5は、例えば、いわゆる高圧チャンバ式のスクロールコンプレッサに適用されてもよい。高圧チャンバ式のスクロールコンプレッサとは、ハウジングが、少なくとも旋回スクロール部材を収容するチャンバを有する構造のコンプレッサをいう。高圧チャンバ式のスクロールコンプレッサにおいては、低圧チャンバ式のスクロールコンプレッサと比較すると、スラスト面にかかる負荷が高く、片当たりや異物の問題が発生しやすいという問題が起こりやすい。すなわち、本実施形態に係る可動スクロール部材5は、高圧チャンバ式のスクロールコンプレッサに好適である。
【0047】
また、本実施形態に係る可動スクロール部材5は、エアーコンプレッサ、ポンプ等、コンプレッサ以外の流体機械に適用されてもよい。
【0048】
実施形態では可動スクロール部材4のスラスト面にコーティング層44および空隙部45を形成する例を説明したが、固定スクロール部材5のスラスト面にコーティング層および空隙部を形成してもよい。要は、可動スクロール部材4および固定スクロール部材5の少なくとも一方のスラスト面に、コーティング層および空隙部が形成されればよい。