(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、これらの技術を用いても、引張強さが1200MPaを超える鋼材においては十分に遅れ破壊を抑制することができず、依然として、遅れ破壊はボルトやPC鋼棒等の高強度化の障害となっている。
【0009】
特に、特許文献2に記載されているようなめっき処理を行う方法では、コストが余分にかかることに加えて、めっき処理やその前処理の際に水素が発生し、鋼材がその水素を吸蔵してしまうという問題がある。
【0010】
また、特許文献3に記載されているようなショットピーニング処理を行う場合、鋼材の耐食性が低下し、結果的に耐遅れ破壊特性を十分に向上できないという問題がある。
【0011】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、引張強さ1200MPa以上を有し、かつ耐遅れ破壊特性に優れた高強度機械構造用鋼部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記の課題に関して鋭意研究を行った結果、次の(1)〜(4)の知見を得た。
(1)遅れ破壊を抑制するためには、鋼材の表面粗さを低くすることが重要である。
(2)ショットピーニング処理では、鋼材の表面に圧縮残留応力が導入されるため、疲労強度は向上するものの、同時に、転位などの欠陥が増加し、表面粗さも高くなるため、耐遅れ破壊特性を十分に高めることはできない。
(3)特定の条件で、気中キャビテーション・ショットレス・ピーニングを行うことによって、表面の粗さを低く保ちつつ、圧縮残留応力を導入できる。
(4)鋼材が焼戻しマルテンサイト組織を有する場合、上記キャビテーション・ショットレス・ピーニングによって導入される塑性変形が、その後の工程において開放されにくいため、ピーニング処理の効果を十分に発揮させることができる。
【0013】
そこで、発明者らは、上記の知見をもとに検討を重ねた結果、極めて高い引張強さと優れた耐遅れ破壊特性という、相反する性質を兼ね備え、さらには冷間鍛造性にも優れる機械構造用鋼部材を製造し得る方法を見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
すなわち、本発明の要旨構成は、次のとおりである。
(1)鋼部材に対して、
850℃以上の温度での焼入れ処理と、
400℃以下の温度での焼戻し処理と、
ピーニング処理とを施す機械構造用鋼部材の製造方法であって、
前記鋼部材が、
質量%で、
C :0.25%以上、0.70%以下、
Si:0.05%以上、2.00%以下、
Mn:0.10%以上、1.00%以下、
P :0.030%以下、
S :0.030%以下、
Cr:2.00%以下、
Mo:1.00%以下、
Al:0.005%以上、0.050%以下、および
N :0.001%以上、0.050%以下、を含有し
残部Feおよび不可避不純物からなり、
前記焼戻し処理後の鋼部材が、焼戻しマルテンサイト組織を有し、かつ、引張強さ1200MPa以上であり、
前記ピーニングが、外ノズルおよび内ノズルを備える2重ノズルを用いて、下記の条件で、大気中において前記鋼部材の表面へ水を噴射することによって行われる気中キャビテーション・ショットレス・ピーニングであり、
該気中キャビテーション・ショットレス・ピーニングを施した鋼部材表面の表面粗さRtが5.00μm以下であることを特徴とする、機械構造用鋼部材の製造方法。
記
前記内ノズルの内径r
1:0.5〜2mm
前記内ノズルから噴射される水の圧力p
1:8〜40MPa
前記外ノズルの内径r
2:10〜30mm
前記外ノズルから噴射される水の圧力p
2:0.03〜0.5MPa
前記2重ノズルの先端と前記鋼部材表面の間の距離d:10〜60mm
【0015】
(2)前記鋼部材が、更に、質量%で、
Nb:0.5%以下、
Ti:0.5%以下、
V :0.5%以下、
Zr:0.5%以下、および
W :0.5%以下のうちから選択される一種または二種以上を含有することを特徴とする前記(1)記載の機械構造用鋼部材の製造方法。
【0016】
(3)前記鋼部材が、更に、質量%で、
Ni:2.0%以下を含有することを特徴とする前記(1)または(2)に記載の機械構造用鋼部材の製造方法。
【0017】
(4)前記鋼部材が、更に、質量%で、
B :0.0030%以下を含有することを特徴とする前記(1)乃至(3)のいずれかに記載の機械構造用鋼部材の製造方法.
【0018】
(5)前記鋼部材が、更に、質量%で、
Ca:0.010%以下を含有することを特徴とする前記(1)乃至(4)のいずれかに記載の機械構造用鋼部材の製造方法。
【0019】
(6)前記鋼部材が、更に、質量%で、
Pb:0.1%以下および
Bi:0.1%以下のうちから選択される一種または二種を含有することを特徴とする前記(1)乃至(5)のいずれかに記載の機械構造用鋼部材の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、極めて高い引張強さと優れた耐遅れ破壊特性という、相反する性質を兼ね備え、さらには冷間鍛造性にも優れる機械構造用鋼部材を製造することができる。本発明の方法によって得られる機械構造用鋼部材は、その優れた特性により、各種機械部品用の素材として極めて有用である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
次に、本発明を実施する方法について具体的に説明する。
まず、本発明において、鋼の成分組成を上記のように限定する理由を説明する。なお、成分に関する「%」表示は、特に断らない限り「質量%」を意味するものとする。
【0023】
C:0.25%以上、0.70%以下
Cは、機械部品として必要な強度を確保する上で重要な元素である。また、Cは焼入れ性を向上させる元素であり、焼戻マルテンサイト相を主相とする組織の形成に寄与する。このような効果を得るためには、鋼が0.25%以上のCを含有する必要がある。C含有量が0.25%未満では、部品として十分な強度を得ることが難しい。一方、Cが多すぎると、鋼材が過度に硬くなり、鍛造性や被削性が低下するので、C含有量は0.70%以下とする必要がある。このため、C含有量は0.25%以上、0.70%以下とする。なお、C含有量を0.25%以上、0.65%以下とすることが好ましい。
【0024】
Si:0.05%以上、2.00%以下
Siは、強度向上に有用なだけでなく、焼き戻し軟化抵抗を向上させ、硬度を維持するために有効な元素である。このような効果を得るためには、鋼が0.05%以上のSiを含有する必要がある。一方、Si含有量が2.00%を超えると、鋼材の変形抵抗が増して鍛造性が劣化することに加え、浸炭時の粒界酸化を助長し、面疲労強度を低下させる。したがって、Si含有量は0.05%以上、2.00%以下とする。なお、Si含有量を0.10%以上、1.80%以下とすることが好ましく、0.15%以上、1.00%以下とすることがより好ましい。
【0025】
Mn:0.10%以上、1.00%以下
Mnは、焼入れ性を向上させ、その結果として鋼の強度を増加させる作用を有する元素である。このような効果を得るためには、鋼が0.10%以上のMnを含有する必要がある。一方、Mn含有量が1.00%を超えると、偏析が顕著となり、材質が不均一となって冷間加工性が低下する。また、過剰のMnは、浸炭時の粒界酸化を助長し、面疲労強度を低下させる。したがって、Mn含有量は0.10%以上、1.00%以下とする。なお、Mn含有量を0.30%以上、0.90%以下とすることが好ましく、0.50%以上、0.85%以下とすることがより好ましい。
【0026】
P :0.030%以下
Pは、鋼中に不可避的に混入し、結晶粒界に偏析して靭性を低下させる。したがって、その含有量は極力低くすることが好ましいが、0.030%以下であれば許容される。そのため、本発明ではP含有量を0.030%以下とする。好ましくは0.020%以下、より好ましくは0.015%以下である。なお、下限については限定されないが、工業的には0%超である。また、過度の低P化は精錬時間の増加やコストの上昇を招くため、0.001%以上とすることが好ましい。
【0027】
S:0.030%以下
Sは、本発明のような機械構造用鋼では、Mnと硫化物を形成し、部品の疲労強度、靭性を低下させる作用がある。したがって、その含有量は極力低くすることが好ましいが、0.030%以下であれば許容される。そのため、本発明ではS含有量を0.030%以下とする。なお、下限については限定されないが、工業的には0%超である。また、過度の低S化は精錬時間の増加やコストの上昇を招くため、0.0003%以上とすることが好ましい。また、Mnの硫化物は、被削性を向上させる作用も有するので、S含有量は前記許容範囲内で適宜調整することが可能である。以上の観点から、S含有量を0.0005%以上、0.025%とすることがより好ましく、0.001%以上、0.020%以下とすることがさらに好ましい。
【0028】
Cr:2.00%以下
Crは、鋼の強度および靭性の向上に有効な元素である。また、焼入れ性を向上させる効果も有する。このような効果を得るためには、鋼が0.60%以上のCrを含有することが好ましい。しかし、Cr含有量があまりに多くなると、鋼が硬くなりすぎて被削性および加工性が劣化する。そのため、Cr含有量は2.00%以下とする必要がある。なお、Cr含有量を0.80%以上、1.80%以下とすることがより好ましい。
【0029】
Mo:1.00%以下
Moは、焼入れ性を向上させる効果を有することに加え、靭性の向上に有効な元素である。さらに、SiやAl、Cr、Mnといった元素の粒界酸化に伴う浸炭異常層の生成を抑制する上でも有効である。しかし、Mo含有量が1.00%を超えると、その効果が飽和するだけでなく、素材硬さが増して被削性や冷間鍛造性、靭性が低下する。また、Moは高価な元素であるため、過度の添加は製造コストの上昇を招く。そのため、Mo含有量は1.00%以下とする。好ましいMo含有量は0.70%以下、より好ましくは0.50%以下である。下限については限定されないが、上記のような効果を得るためには、0.10%以上であることが好ましく、0.13%以上であることがより好ましい。
【0030】
Al:0.005%以上、0.050%以下
Alは、鋼の脱酸に有効な元素であり、鋼材の品質を向上させる効果がある。このような効果を得るためには、鋼が0.005%以上のAlを含有する必要がある。一方、Al含有量があまりに多くなると、粗大なAl
2O
3非金属介在物がクラスター状に生成することに加え、浸炭時の粒界酸化を助長し、面疲労強度を低下させる。そのため、Al含有量は0.050%以下とする。なお、Al含有量は0.007〜0.040%であることが好ましく、0.010〜0.035%であることがより好ましい。
【0031】
N:0.001%以上、0.050%以下
Nは、Alと窒化物を形成し、浸炭時の旧γ粒の粗大化を抑制する効果がある。この効果を得るためには、0.001%以上のNが必要となる。一方、N含有量が0.050%を超えると、粗大な窒化物が生成して被削性や面疲労強度が低下するとともに、素材の硬さ、変形抵抗が増大して、冷間加工性が低下する。このため、N含有量は0.001%以上、0.050%以下とする。なお、N含有量は0.002%以上、0.030%以下とすることが好ましい。
【0032】
本発明における基本成分は、上記の通りであり、残部はFeおよび上述した元素以外の不可避的不純物である。かかる不可避的不純物は、原料、製造設備等から不可避的に混入する不純物であり、例えば、0.0015%以下のMgなどが挙げられる。
【0033】
以上、本発明の基本成分について説明したが、本発明で使用される鋼材には、必要に応じて、以下に述べる元素をさらに含有させることができる。
【0034】
Nb:0.5%以下、Ti:0.5%以下、V:0.5%以下、Zr:0.5%以下、およびW:0.5%以下のうちから選択される一種または二種以上
Nb、Ti、V、Zr、およびWはいずれも、炭素および窒素に対する高い親和性を有する元素であり、微細な析出物を生成することで、γ粒の粗大化を抑制する効果がある。この効果を得るために、上記元素のうちから選択される一種または二種以上を、それぞれ0.5%以下の濃度で鋼材に含有させることができる。これらの各元素の含有量は0.3%以下であることがより好ましく、0.2%以下であることがさらに好ましい。下限については特に限定されないが、0.01%以上とすることが好ましい。
【0035】
Ni:2.0%以下
Niは、鋼材の耐食性を向上させるのに有効な元素である。また、Niは、靭性の向上にも有効に作用する。従って、Ni含有量は0.1%以上とすることが好ましく、0.3%以上とすることがより好ましい。しかし、Ni含有量が2.0%を超えると、効果が飽和し、コストがかさむ。そのため、Ni含有量は2.0%以下とすることが好ましく、1.5%以下とすることがより好ましい。
【0036】
B:0.0030%以下
Bは、鋼材の焼入れ性を高める作用があり、しかも結晶粒界に偏析することで粒界を強化し、靭性を大幅に高める作用がある。これらの作用は0.0010%超添加することで発現する。しかし、Bの添加効果は、含有量が0.0030%を超えると飽和するばかりでなく、B含有量があまりに多くなるとB窒化物が生成し易くなり、冷間加工性および熱間加工性が低下する。好ましいB含有量は0.0020%以下の範囲である。
【0037】
Ca:0.010%以下
Caは、硫化物の展伸を抑制して耐衝撃特性を向上させる効果がある。この効果を得るためには、Ca含有量を0.0005%以上とすることが好ましく、0.0008%以上とすることがより好ましい。一方、Ca含有量が0.010%を超えると、粗大な酸化物が生成し強度が低下する。そのため、Ca含有量は0.010%以下とすることが好ましい。なお、Ca含有量は0.0030%以下とすることがより好ましく、0.0020%以下とすることがさらに好ましい。
【0038】
Pb:0.1%以下およびBi:0.1%以下のうちから選択される一種または二種
PbおよびBiはいずれも、鋼材の被削性を向上させる元素であり、必要に応じて含有させることができる。しかし、含有量があまりに多くなると強度が低下するので、いずれも0.1%以下とすることが好ましい。なお、Pb、Biの各含有量は0.02%以上とすることがより好ましく、0.03%以上とすることがさらに好ましい。また、各含有量は0.07%以下とすることがより好ましく、0.06%以下とすることがさらに好ましい。
【0039】
・ 焼入れ、焼戻し条件
本発明においては、鋼部材を850℃以上の温度での焼入れし、400℃以下の温度での焼戻しすることが重要である。焼入れ温度が850℃に満たない場合、加熱された際のγ粒径が十分に大きくならないため、焼入れ不十分となり、十分な硬さが得られない。また、焼戻し温度が400℃を超えると鋼部材が軟質化し、十分な強度が得られない。
【0040】
・ 焼戻しマルテンサイト組織を有し、かつ、引張強さ1200MPa以上
本発明では、上記成分組成を有する鋼部材に対して、850℃以上の温度での焼入れ処理と、400℃以下の温度での焼戻し処理とを行って、焼戻しマルテンサイト組織を有し、かつ、引張強さ1200MPa以上である鋼部材を得る。引張強さ1200MPa未満の鋼部材の場合、強度が低く、そもそも遅れ破壊が問題となる場合が少ない。そのため、本発明では鋼部材の引張強さを1200MPa以上とする。鋼部材の引張強さは、1250MPa以上であることが好ましく、1300MPa以上であることがより好ましい。
【0041】
また、焼戻しマルテンサイト組織は加工硬化しやすく、すべり系が限定されているという特徴を有している。そのため、後述する気中キャビテーション・ショットレス・ピーニングを施した際に導入される塑性変形が、その後の工程において開放されににくいため、ピーニングの効果を有効に発揮させることができる。
【0042】
・ 気中キャビテーション・ショットレス・ピーニング
次に、本発明で使用するキャビテーション・ショットレス・ピーニング(以下、「CSP」と記す)について説明する。
金属材料の表面に圧縮残留応力を付与する方法としては、特許文献3に記載されているようなショットピーニングが広く用いられてきた。ショットピーニングは、ショットと呼ばれる金属球などを金属材料の表面に投射して、その衝突のエネルギーを利用して金属材料を塑性変形させ、圧縮残留応力を付与するという方法である。
【0043】
これに対して、本発明で使用するCSPは、高速水噴流を噴射してキャビテーション気泡を発生させ、そのキャビテーション気泡が金属材料の表面で崩壊する際の衝撃力によって金属表面に圧縮残留応力を付与するというものである。キャビテーションを利用し、ショットを用いないため、キャビテーション・ショットレス・ピーニングと呼ばれる(「キャビテーション・ピーニング」ともいう)。また、CSPでは、圧縮残留応力を付与するだけでなく、金属内部に蓄積されている転位を減少させることも可能である。
【0044】
CSPには、処理を水中で行う「水中CSP」と、処理を大気中で行う「気中CSP」とが存在する。水中CSPでは、
図6に示すような装置を使用して、ノズル3′から被処理材1′へ向けて高速水噴流を噴射し、キャビテーションを発生させる。このとき、ノズル3′と被処理材1′の両者は、ともに水槽2′内に保持された水に浸漬されている。水中CSPに使用されるノズル3′は、
図7に示すように先端に小さい孔を有しており、この孔から高圧の水が噴射される。
【0045】
これに対して、本発明では、気中CSPを用いることが重要である。本発明の気中CSPに使用することのできる装置の例を
図1に示す。図中、1は被処理物、3は2重ノズルであり、ともに加工用水槽2の内部に設置されている。2重ノズル3は、
図2に示すように外ノズル3aと内ノズル3bとを備えており、それぞれから独立して水を噴射することができる。
【0046】
処理に用いる水は貯水槽4に収容されており、ポンプ5によって外ノズル3aへ、ポンプ6によって内ノズル3bへ、それぞれ送られる。使用するポンプの種類は特に限定されず、所定の圧力が得られるものであれば、各種公知のポンプから選択して用いることができるが、ポンプ5としてはタービンポンプやプランジャーポンプを用いることが好ましく、ポンプ6としてはプランジャーポンプを用いることが、より高圧の噴射水を得るために好ましい。
【0047】
気中CSPでは、大気中において被処理材の表面へ水が噴射される。ここで、「大気中において」とは、
図1に示したように、被処理材1と2重ノズル3の両者が大気中に設置された状態であることを意味する。このようにCSP処理を大気中で行う気中CSPでは、被処理物を水に浸漬して処理を行う水中CSPに比べて被処理物の大きさの制約を受けにくく、また、処理時間も短縮できる。
【0048】
水中CSPでは、ほぼ静止状態にある水中に、ノズルから高速水噴流を噴射することによってキャビテーションを発生させている。これに対して、気中CSPでは、キャビテーションを発生させるために、大気中に低圧(低速)の水噴流を形成し、その内部に高圧(高速)の水噴流を噴射する必要がある。そのため、上述のように高圧水用の外ノズルと低圧水用の内ノズルを備えた2重ノズルが用いられる。
【0049】
2重ノズルの形状は特に限定されないが、水流を均一にし、安定してキャビテーションを発生させるためには、外ノズルと内ノズルの断面形状をともに円とし、両者を同心円状に配置することが好ましい。
【0050】
本発明の気中CSPにおいては、外ノズルおよび内ノズルの内径、両者から噴射される水の圧力、ならびに2重ノズルの先端と被処理剤表面の間の距離(スタンドオフ距離)が、下記の条件を満たすように処理を実施する。
記
前記内ノズルの内径r
1:0.5〜2mm
前記内ノズルから噴射される水の圧力p
1:8〜40MPa
前記外ノズルの内径r
2:10〜30mm
前記外ノズルから噴射される水の圧力p
2:0.03〜0.5MPa
前記2重ノズルの先端と前記鋼部材表面の間の距離d:10〜60mm
【0051】
上記条件を採用することにより、気中で正常にキャビテーションを形成できるだけでなく、所定の成分組成と組織を有する機械構造用鋼部材の耐遅れ破壊特性を効果的に向上させることが可能となる。
【0052】
以下に、上記条件の限定理由を説明する。
・ 内ノズルの内径r
1:0.5〜2mm
内ノズル、すなわち高圧水用ノズルの内径r
1が大きすぎると、被処理材表面でのキャビテーション気泡の崩壊が十分でないため、必要なピーニング効果を得ることができない。そのため、本発明では内ノズルの内径r
1を2mm以下とする。より好ましくは、1.5mm以下である。
【0053】
一方、内ノズルの内径r
1が0.5mmに満たない場合、内ノズルから噴射される水量が減少するため、被処理材表面でのキャビテーション気泡の発生量が減少する。そのため、本発明では内ノズルの内径r
1を0.5mm以上とする。より好ましくは、0.7mm以上である。
【0054】
・ 外ノズルの内径r
2:10〜30mm
外ノズル、すなわち低圧水用ノズルの直径r
2が大きすぎる場合、必然的に低圧水の噴射量が多くなり、高圧水によって生じるキャビテーション崩壊による衝撃と干渉してしまい、結果的に被処理材表面の欠陥を減少させることができない。そのため、本発明では外ノズルの内径r
2を30mm以下とした。より好ましくは、23mm以下である。
【0055】
一方、低圧水でキャビテーション気泡の衝突面を十分に囲うことで、低圧水の衝突応力により被加工面が加工され、キャビテーション気泡の圧潰能力が増大し、加工能力を高める効果がある。この際、低圧水を噴射する外ノズルの内径r
2を10mm以上とすることで、低圧水の量を十分に確保する必要がある。そのため、本発明では外ノズルの内径r
2を10mm以上とする。より好ましくは、15mm以上である。
【0056】
・ 内ノズルから噴射される水の圧力p
1:8〜40MPa
内ノズルから噴射される高圧水の圧力p
1が8MPaに満たない場合、部材の表面でのキャビテーションの崩壊が生じにくくなり、十分なピーニング効果を得ることができない。一方、p
1が大きすぎると、キャビテーションの崩壊による衝撃によって部材の表面が粗くなり、欠陥が多くなることで、かえって遅れ破壊が生じやすくなる。そのため、本発明ではp
1を8〜40MPaとすることが重要である。なお、p
1を10〜35MPaとすることがより好ましい。
【0057】
・ 外ノズルから噴射される水の圧力p
2:0.03〜0.5MPa
外ノズルから噴射される低圧水の圧力p
2が0.03MPaに満たない場合、内ノズルから噴射される高圧水を十分に包囲できないため、キャビテーションを十分に発生させることができない。一方、p
2が0.5MPaを超えると、低圧水による噴流が、高圧水によるキャビテーション噴流と干渉してしまい、被処理材表面でのキャビテーション崩壊を阻害する。そのため、本発明ではp
2を0.03〜0.5MPaとすることが重要である。なお、p
2を0.05〜0.4MPaとすることがより好ましい。
【0058】
・ 2重ノズルの先端と鋼部材表面の間の距離d:10〜60mm
2重ノズルと、被処理材である鋼部材表面との間の距離(以下、「スタンドオフ距離」と呼ぶ)の適正値は、噴射される高圧水および低圧水の圧力によって変化する。上記高圧水および低圧水の圧力条件においては、10〜60mmがスタンドオフ距離の適正値である。スタンドオフ距離を前記範囲とすることにより、被処理部材表面においてキャビテーションを効果的に崩壊させることができ、圧縮残留応力を付与するとともに表面を平滑化することができる。なお、スタンドオフ距離を25〜35mmとすることがより好ましい。
【0059】
なお、大気中に開放された鋼部材表面に上記の2重ノズルから水を噴射するにあたっては、噴射により発生する水柱の軸と鋼部材表面とが垂直となるようにすることが好ましい。これは、水柱の軸と鋼部材とが垂直でない場合、キャビテーション圧潰にともなう鋼部材表面の塑性加工の程度が減少するためである。
【0060】
・気中キャビテーション・ショットレス・ピーニングを施した鋼部材表面の表面粗さRtが5.00μm以下
鋼部材表面に対して気中CSPを施すことにより、表面の粗さを低く保ちつつ、圧縮残留応力を導入でき、鋼部材の耐遅れ破壊特性を向上させることができる。ここで、気中CSP処理が施された鋼部材表面の表面粗さRtは5.00μmを超えると、耐遅れ破壊特性が向上しない。よって、気中CSP処理が施された鋼部材表面の表面粗さRtは5.00μm以下とする。
【0061】
なお、表面粗さRtの値は、上述した条件での気中CSP処理を施すことにより低下するが、気中CSP処理前の段階において表面粗さRtが大きすぎると、気中CSP処理後の表面粗さRtを5.00μm以下とすることができない。よって、気中CSP処理後の表面粗さRtが5.00μm以下となるように、気中CSP処理前の表面粗さを適宜調整しておく。
【0062】
次に、被処理材として機械構造用クロムモリブデン鋼SCM435Hを用いた実験に基づいて、本発明をさらに詳細に説明する。
・ 試験片の作成
表1に示す化学組成を有するSCM435H鋼を真空溶解炉で溶製し、小型鋼塊(150kg)を得た。次に、得られた鋼塊に対して1200℃で60分間の均熱処理を施した後、150mm角に鍛伸した。さらに、得られた鍛片をダミービレットに溶接し、1100℃の加熱均熱後、圧延して直径75mmの棒鋼を製造した。得られた圧延棒鋼を、860℃で1hr保持し、60℃の油に焼入れした後、350℃で2hr保持し、引張強さ1600MPaの焼入れ−焼戻し材とした。
【0064】
上記のようにして得た焼入れ−焼戻し材の、1/4D(Dは棒鋼の直径)となる位置から、圧延方向に平行に、試験片を採取した。試験片の形状と寸法は、
図3に示す通りである。試験片の平行部表面は研削仕上げとした。
【0065】
ピーニングを行っていない加工ままの未処理材、本発明の気中CSPを施した気中CSP材、および水中CSPを施した水中CSP材の、3種の試験片を作成し、それぞれについて、定荷重遅れ破壊試験を実施した。定荷重遅れ破壊試験においては、試験液として、塩酸と酢酸ナトリウムの水溶液であるpH1の緩衝溶液を使用した。25℃に保った前記水溶液中に試験片を浸漬し、500〜900MPaの荷重を負荷した状態で、最長100Hr保持した。
【0066】
気中CSPは、
図1、2に示した装置を用いて実施した。2重ノズルとして、内径1mmの内ノズルの周囲に、内径20mmの外ノズルを同心円状に配置したものを使用した。内ノズルと外ノズルから噴射される水の圧力は、それぞれ20MPa、0.05MPaとした。スタンドオフ距離は30mmとし、ノズルからの噴射水による水柱の軸が試験片の被処理面に対し垂直(90°)となるように水噴流を噴射した。
【0067】
気中CSPの被処理面は、試験片の平行部の表裏面および両側面の4面とした。この際、表裏面に対して気中CSPを行うにあたっては、2重ノズルからの噴射水による水柱の軸が試験片の平行部の幅方向中央にあたるように2重ノズルおよび試験片を配置した。両側面に対して気中CSPを行うにあたっては、2重ノズルからの噴射水による水柱の軸が試験片の平行部の厚み方向中央にあたるように2重ノズルおよび試験片を配置した。各面に対する気中CSP処理を一様に行うため、走査速度0.4mm/sにてノズルを試験片の平行部長手方向に走査させ、これを各面に対して5回繰り返した。
【0068】
また、水中CSPは、
図6、7に示した装置を用いて実施した。水で満たした水槽2′内に試験片とノズルを配置し、試験片の被処理面に対して垂直(90°)に水噴流を噴射した。被処理面は、試験片の平行部の表裏面および両側面の4面とした。水噴流は、表裏面については平行部の幅方向中央に、両側面については平行部の厚み方向中央に向けて噴射した。ノズルの内径は2mm、圧力は30MPa、スタンドオフ距離は196mmとした。走査速度は1mm/sで平行部の長手方向に1回の走査を行い、その他の条件は上記気中CSPと同様とした。
【0069】
なお、水中CSPの加工範囲は直径約60mmであり、これが1mm/sで移動するので、試験片上における固定点は1分間処理される。また、水中CSPを用いて0.2mm/sの走査速度で処理した場合には、試験片上における固定点は5分間処理される。一方、気中CSPの加工範囲は直径約20mmであり、0.4mm/sの走査速度で5回処理した場合には、試験片上における固定点は4分10秒間処理されることになる。水中CSPで0.2mm/sの走査速度で処理した場合は、表面粗さRaが0.64μmとなり、水中CSPで走査速度1mm/sで処理した場合の表面粗さRa0.62μmよりも大きく、走査速度0.4mm/sでの気中CSP後のRa0.58μmよりも大きかった。表面粗さの増大により水素を吸蔵する断面積が増大すると考えられるため、水中CSPでは、処理後の表面粗さRaが気中CSP処理を行った場合よりも大きくなりすぎないように、1mm/sの走査速度とした。
【0070】
定荷重遅れ破壊試験に先だって、上記3種の試験片、すなわち、未処理材、気中CSP材、および水中CSP材の表面を、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した。得られたSEM像を
図4に示す。なお、図中の数字は、粗さ曲線の最大断面高さRtである。ピーニングを行っていない未処理材のRtが8.26μmであったのに対して、水中CSP材ではRt5.13μm、気中CSP材ではRt4.87μmであった。この結果より、CSPを施すことによって、被処理材の表面を平滑にできること、および水中CSPよりも気中CSPの方が平滑化の効果が高いことがわかる。CSP処理においては、キャビテーション気泡が崩壊する際の衝撃力によって被処理材の表面が塑性変形し、その結果的、表面が平滑となったものと考えられる。
【0071】
次に、上記3つの試験片について、定荷重遅れ破壊試験を行った。荷重と破断時間との関係を
図5に示す。CSPを施した試験片では、未処理のものに比べて耐遅れ破壊特性が向上しており、特に、気中CSP材は水中CSP材よりも優れた特性を示した。
【0072】
CSP処理により、圧縮残留応力が付与されたことに加え、遅れ破壊の起点となる金属内部の欠陥が減少した結果、耐遅れ破壊特性が向上したものと考えられる。また、CSP処理が施された金属は、表面が平滑になっているため、遅れ破壊の原因である水素を発生させる腐食反応が生じにくい。特に、気中CSP処理材では、先に述べたように水中CSP材よりも表面が平滑であるため、耐遅れ破壊特性の向上効果が大きかったものと考えられる。
【0073】
以上のように、鋼材の耐遅れ破壊特性を向上させるためには、適切な条件で気中CSPを行うことによって、鋼材表面を平滑に保ちつつ、圧縮残留応力を付与することが重要である。圧縮残留応力の付与方法として一般的に用いられているショットピーニングでは、表面粗さが高くなるため、耐遅れ破壊特性を十分に高めることはできない。
【実施例】
【0074】
次に、実施例に基づいて本発明を具体的に説明する。以下の実施例は、本発明の好適な一例を示すものであり、本発明は、該実施例によって何ら限定されるものではない。本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、そのような態様も本発明の技術的範囲に含まれる。
【0075】
表2に示す成分組成を有する鋳片を、連続鋳造により製造した。得られた鋳片に対して、1200℃で60分間の均熱処理を施した後、150mm角に鍛伸した。さらに、得られた鍛片をダミービレットに溶接し、1100℃の加熱均熱後、圧延して直径75mmの棒鋼を製造した。得られた圧延棒鋼を、2時間かけて760℃に昇温し、2時間保持した後に10℃/hで600℃まで徐冷した。
【0076】
・ 冷間鍛造性試験
上述のようにして得た棒鋼から冷間鍛造用試験片を採取して、冷間鍛造性試験を行った。試験片は、直径8mm、高さ12mmの円柱状で、棒鋼の1/4D(Dは棒鋼の直径)となる位置から、圧延方向に平行に採取した。
【0077】
上記試験片をプレス機で軸方向に圧縮する据込圧縮試験を行い、圧下率65%の圧縮加工を施した際の割れ発生の有無に基づいて冷間鍛造性を評価した。なお、各鋼材について、端面拘束圧縮試験法による5回の試験を実施し、その際、一回でも割れが観察されたものは不良(×)、割れが観察されなかったものは良好(○)とした。
【0078】
・ 焼入れ、焼戻し
次に、上記圧延棒鋼を860℃で1hr保持し、60℃の油に焼入れした後、350℃で2hr保持し、焼入れ−焼戻し材とした。前記焼入れ−焼戻し材の、1/4Dとなる位置から、圧延方向に平行に、試験片を採取した。試験片の形状と寸法は、
図3に示した通りである。試験片の平行部表面は研削仕上げとした。
【0079】
・ ピーニング処理
上記試験片に対して、
図1、2の装置を用いて、表3−1および表3−2に示す条件で、気中CSPを行った。ノズルは同心円状の2重ノズルとした。気中CSPを施すにあたっての試験片への水噴流の噴射位置、2重ノズルの走査方法は、上述のSCM435Hを用いた実験の場合と同様である。また、一部の試料については、比較のために、
図6、7の装置を用いた水中CSP処理を施した。水中CSPを施すにあたっての試験片への水噴流の噴射位置、ノズルの走査方法は、上述のSCM435Hを用いた実験の場合と同様である。
【0080】
なお、前述したように、気中CSPを用いて走査速度0.4mm/sで5回処理した場合と、水中CSPを用いて走査速度1mm/sで処理した場合の試験片上の各点における処理時間は、それぞれ4分10秒間と1分間であり、水中CSPによる場合の方が処理時間が短いが、水中CSPでこれよりも走査速度を遅くすると、気中CSPで処理するものに対して表面粗さが大きくなりすぎる。水中CSP処理材の表面粗さが気中CSP処理材の表面粗さに対して大きくなりすぎないように、水中CSPでは走査速度を1mm/sとした。
【0081】
ピーニング処理後の各試験片について、以下に述べる方法により、引張強さ、表面粗さ、および下限界応力を測定した。
・ 引張強さσ
B
引張強さσ
Bは、インストロン社製5985を使用して測定した。引張速度は、5mm/minとした。
【0082】
・ 表面粗さRt
表面粗さ(粗さ曲線の最大断面高さ)Rtは、ACCRETECH社製SRRFCOM2000SD3を使用して、JIS B 0601に準拠して、試験片の幅方向に、基準長さ1mmとして測定した。
【0083】
・ 下限界応力
耐遅れ破壊特性の指標として、定荷重遅れ破壊試験において100時間経過しても破断しない最大の応力(下限界応力)を測定した。試験は、塩酸と酢酸ナトリウムの水溶液であるpH1の緩衝溶液を試験液として用い、溶液温度25℃、試験時間100hrの条件で実施した。
【0084】
【表2】
【0085】
【表3-1】
【0086】
【表3-2】
【0087】
測定結果を表3−1、表3−2に示した。本発明の条件を満たすNo.1〜25の発明例はいずれも、冷間鍛造性に優れるとともに、高い引張強さと耐遅れ破壊特性を兼ね備えていた。これに対し、水中CSPを行ったNo.40、41の比較例は、発明例に比べ耐遅れ破壊特性が劣っていた。また、気中CSPを使用したものであっても、鋼材の成分組成やCSP条件が本発明の範囲から外れているNo.26〜39の比較例では、冷間鍛造性と耐遅れ破壊特性のいずれか、または両方が劣っていた。