(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1及び2において、増粘剤として例示されている材料を含有しても、コーティングの増粘効果は十分ではなく、コーティング用組成物をマイクロニードルの針先に塗付する際に、コーティング組成物中に、投与に必要な生理活性物質を十分な量を保持させることが困難であることが見出された。
【0006】
そこで、本発明の目的は、十分な粘度を有するマイクロニードルコーティング用組成物、及びこの組成物から形成されるコーティング層を備えるマイクロニードルデバイスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のマイクロニードルコーティング用組成物は、生理活性物質(但し、日本脳炎ワクチン抗原を除く。)、塩基性アミノ酸及び酸を含有し、塩基性アミノ酸1モルに対する酸のモル数が、酸の価数をNとしたときに、1/(N+1)を超え2未満である。
【0008】
塩基性アミノ酸1モルに対する酸のモル数が上記範囲であることにより、塩基性アミノ酸を高濃度(例えば、20%w/w以上)に水系溶液中に溶解させることが可能になり、高粘度の組成物が得られ、マイクロニードルにコーティングする際に、所望の形状、厚さに制御することが可能となる。このため、マイクロニードル上に、投与に必要な生理活性物質を十分な量保持させることが可能になる。なお、塩基性アミノ酸1モルに対する酸のモル数が1/(N+1)以下であると、コーティング用組成物中の酸の含有量が低く、塩基性アミノ酸を溶解させることができない。一方、塩基性アミノ酸1モルに対する酸のモル数が2以上であると、コーティング用組成物中の塩基性アミノ酸の含有量が低下するため、生理活性物質の安定性が低下する。よって、塩基性アミノ酸1モルに対する酸のモル数が上記範囲であることにより、含有する生理活性物質を安定に存在させることが可能となる。
【0009】
マイクロニードルコーティング用組成物において、酸は、融点が40℃以上の酸であることが好ましく、リン酸、乳酸、安息香酸、マレイン酸、クエン酸、酒石酸、コハク酸、アスコルビン酸及びアスパラギン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸であることがより好ましく、リン酸、クエン酸及び酒石酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸であることがさらに好ましい。このような酸を用いることにより、より多くの塩基性アミノ酸をコーティング用組成物に溶解させることができる。また、コーティング用組成物中の塩基性アミノ酸の濃度を高めることができ、含有する生理活性物質の安定性を更に向上させることができる。
【0010】
マイクロニードルコーティング用組成物において、塩基性アミノ酸は、アルギニンであることが好ましい。塩基性アミノ酸としてアルギニンを用いることにより、コーティング用組成物中の生理活性物質の安定性を顕著に向上させることができる。
【0011】
マイクロニードルコーティング用組成物において、塩基性アミノ酸の濃度が、マイクロニードルコーティング用組成物の全質量を基準として、20%w/w以上であることが好ましい。塩基性アミノ酸の含有量が20%w/w以上であることにより、マイクロニードルコーティング用組成物中の生理活性物質の安定性を向上させることができる。
【0012】
25℃におけるマイクロニードルコーティング用組成物の粘度は、100〜45000mPa・sであることが好ましい。粘度をこのような範囲とすることにより、マイクロニードルに組成物をコーティングする際に液ダレを最小限にとどめ、製造の歩留まりを向上させることができる。
【0013】
本発明はまた、マイクロニードル上に、上記マイクロニードルコーティング用組成物から形成されるコーティング層を備える、マイクロニードルデバイスを提供する。ここで、コーティング層は、マイクロニードルの先端部分に形成されていることが好ましく、マイクロニードルの先端部分にのみ形成されていることがより好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、十分な粘度を有するマイクロニードルコーティング用組成物が提供される。このマイクロニードルコーティング用組成物を適用することで薬物の生理活性物質を安定化させたマイクロニードルデバイスを得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しながら、好適な実施形態を説明する。なお、図面の説明において同一要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。また、図面は理解を容易にするため一部を誇張して描いており、寸法比率は説明のものとは必ずしも一致しない。
【0017】
図1は、マイクロニードルデバイスの一実施形態を示す斜視図である。
図1に示すマイクロニードルデバイス1は、基板2と、基板2上に二次元状に配置された複数のマイクロニードル3と、マイクロニードル3上に形成されたコーティング層5とを備えている。コーティング層5は、本発明のマイクロニードルコーティング用組成物から形成されるものであり、その揮発成分の少なくとも一部が除去されていることが好ましい。
【0018】
基板2は、マイクロニードル3を支持するための土台である。基板2の面積は、0.5〜10cm
2であることが好ましく、より好ましくは1〜5cm
2、さらに好ましくは1〜3cm
2である。この基板2を数個つなげることで所望の大きさの基板を構成するようにしてもよい。
【0019】
マイクロニードル3は微小構造であり、その高さ(長さ)は、好ましくは50〜600μmである。ここで、マイクロニードル3の長さを50μm以上とすることにより、マイクロニードルコーティング用組成物に含まれる生理活性物質(日本脳炎ワクチン抗原を除く。以下、単に「生理活性物質」というときは、日本脳炎ワクチン抗原を除く生理活性物質を意味する。)の投与が確実になる。また、マイクロニードル3の長さを600μm以下とすることにより、マイクロニードルが神経に接触するのを回避して、痛みの可能性を確実に減少させるとともに、出血の可能性を確実に回避することができるようになる。また、マイクロニードル3の長さが500μm以下であると、皮内に入るべき量の生理活性物質を効率良く投与することができ、基底膜を穿孔させずに投与することも可能である。マイクロニードル3の長さは、300〜500μmであることが特に好ましい。
【0020】
ここで、マイクロニードル3とは、凸状構造物であって、広い意味での針形状、又は針形状を含む構造物を意味する。もっとも、マイクロニードルは、鋭い先端を有する針形状のものに限定されるものではなく、先の尖っていない形状のものであってもよい。マイクロニードル3が円錐状構造である場合には、その基底における直径は50〜200μm程度であることが好ましい。本実施形態ではマイクロニードル3は円錐状であるが、四角錐などの多角錐状や、別の形状のマイクロニードルであってもよい。
【0021】
マイクロニードル3は、典型的には、針の横列について1ミリメートル(mm)当たり約1〜10本の密度となるように間隔を空けて設けられる。一般に、隣接する横列は横列内の針の空間に対して実質的に等しい距離だけ互いに離れており、1cm
2当たり100〜10000本の針密度を有する。100本以上の針密度があると、効率良く皮膚を穿孔することができる。一方、10000本を超える針密度では、マイクロニードル3の強度を保つことが難しくなる。マイクロニードル3の密度は、好ましくは200〜5000本、より好ましくは300〜2000本、さらに好ましくは400〜850本である。
【0022】
基板2又はマイクロニードル3の材質としては、シリコン、二酸化ケイ素、セラミック、金属(ステンレス、チタン、ニッケル、モリブテン、クロム、コバルト等)及び合成又は天然の樹脂素材等が挙げられるが、マイクロニードルの抗原性及び材質の単価を考慮すると、ポリ乳酸、ポリグリコリド、ポリ乳酸−co−ポリグリコリド、プルラン、カプロノラクトン、ポリウレタン、ポリ無水物等の生分解性ポリマーや、非分解性ポリマーであるポリカーボネート、ポリメタクリル酸、エチレンビニルアセテート、ポリテトラフルオロエチレン、ポリオキシメチレン等の合成又は天然の樹脂素材が特に好ましい。また、多糖類であるヒアルロン酸、ヒアルロン酸ナトリウム、プルラン、デキストラン、デキストリン又はコンドロイチン硫酸等も好適である。
【0023】
基板2又はマイクロニードル3の製法としては、シリコン基板を用いたウエットエッチング加工又はドライエッチング加工、金属若しくは樹脂を用いた精密機械加工(放電加工、レーザー加工、ダイシング加工、ホットエンボス加工、射出成型加工等)、機械切削加工等が挙げられる。これらの加工法により、基板2とマイクロニードル3は一体に成型される。マイクロニードル3を中空にする方法としては、マイクロニードル3を作製後、レーザー等で2次加工する方法が挙げられる。
【0024】
マイクロニードルデバイス1は、マイクロニードル3上にコーティング層5を備えているが、コーティング層5は、マイクロニードルコーティング用組成物を塗付することにより形成されることが好ましい。塗付方法としては、噴霧コーティング及び浸漬コーティング等が挙げられ、浸漬コーティングが好ましい。なお、
図1では、全てのマイクロニードル3にコーティング層5が形成されているが、コーティング層5は複数存在するマイクロニードル3の一部だけに形成されていてもよい。
図1ではまた、コーティング層5はマイクロニードル3の先端部分だけに形成されているが、マイクロニードル3の全体を覆うように形成されていてもよい。さらには、コーティング層5は基板2の上に形成されていてもよい。
【0025】
図3(a)、(b)及び(c)は、マイクロニードルデバイス1の製造方法の一実施形態を示す図である。この方法では、まず、
図3(a)に示すように、マイクロニードルコーティング用組成物10をマスク版11上でヘラ12により矢印A方向に掃引する。これにより、開口部13にマイクロニードルコーティング用組成物10が充填される。続いて、
図3(b)に示すように、マスク版11の開口部13にマイクロニードル3を挿入する。その後、
図3(c)に示すように、マスク版11の開口部13からマイクロニードル3を引き出す。これにより、マイクロニードル3上にマイクロニードルコーティング用組成物10を付着させる。なお、マイクロニードルコーティング用組成物10は基板2上に付着させてもよい。その後、風乾、真空乾燥、又はそれらの組み合わせ等の方法により、マイクロニードル3上のマイクロニードルコーティング用組成物10の揮発成分を除去する。これにより、マイクロニードル3上にコーティング層5が強固に付着し、典型的にはガラス質又は固形状になり、マイクロニードルデバイス1が製造される。コーティング層5の水分含有量は通常、コーティング層5の全量基準で55質量%以下、好ましくは30質量%以下、より好ましくは10質量%以下である。上記方法により、付着したマイクロニードルコーティング用組成物10の液ダレが防止されるが、液ダレとは、針先からコーティング組成物が垂れてくることを指し、
図3(c)ではH部分が長くなることを意味する。
【0026】
マイクロニードル3上に付着しているコーティング層5の高さHは、
図3(b)に示すクリアランス(ギャップ)Cで調整される。このクリアランスCは、マイクロニードル3の基底からマスク版11表面までの距離(基板2の厚みは関与しない)で定義され、マスク版11のテンションとマイクロニードル3の長さに応じて設定される。クリアランスCの距離の範囲は、好ましくは、0〜500μmである。クリアランスCの距離が0の場合には、マイクロニードルコーティング用組成物10がマイクロニードル3の全体に対して塗付されることを意味する。マイクロニードル3上に付着しているマイクロニードルコーティング用組成物10の高さHはマイクロニードル3の高さによって変動するが、0〜500μmとすることができ、通常10〜500μmであり、好ましくは30〜300μm程度で、特に好ましくは40〜250μm程度である。マイクロニードルコーティング用組成物10中の生理活性物質を有効に用いるためには、マイクロニードルの一部分、すなわちニードルの先端部分に集中的に存在させた方が好ましく、また、皮膚に対する刺激及び薬物の皮膚への移行率の観点からも、先端から200μmまでに存在させることが好ましい。マイクロニードルコーティング用組成物10は塩基性アミノ酸を高濃度(例えば、20%w/w以上)に水系溶液中に溶解させることができ、高い粘度を有することから、マイクロニードルの一部分にコーティング層5を形成することが可能となる。このような形でマイクロニードル3上に保持されたマイクロニードルコーティング用組成物10は、揮発成分が除去された後、マイクロニードル3の先端部分で、好ましくは略球状又は涙滴状のコーティング層5を形成することができ、マイクロニードル3を皮膚へ穿刺させたときに同時に皮内へ挿入される。
【0027】
マイクロニードル3上に付着しているコーティング層5の乾燥後の厚さは50μm未満であることが好ましく、より好ましくは40μm未満、さらに好ましくは1〜30μmである。一般に、マイクロニードル上に付着しているコーティング層5の厚さは、乾燥後にマイクロニードル3の表面にわたって測定される平均の厚さである。マイクロニードル3上に付着しているコーティング層5の厚さは、マイクロニードルコーティング用組成物10の複数の被膜を適用することにより増大させること、すなわち、マイクロニードルコーティング用組成物10を付着させた後に付着工程を繰り返すことで増大させることができる。
【0028】
マイクロニードルコーティング用組成物10をマイクロニードル3に付着させる際には、装置の設置環境の温湿度は、一定に制御されることが好ましい。また、マイクロニードルコーティング用組成物10が水を含有する場合は、必要に応じて、水を充満させることもできる。これにより、マイクロニードルコーティング用組成物10中の水の蒸散を極力防ぐことができる。
【0029】
図2は
図1のII−II線断面図である。
図2に示すように、マイクロニードルデバイス1は、基板2と、基板2上に設けられた、マイクロニードル3と、マイクロニードル3上に設けられたコーティング層5と、を備えるものである。マイクロニードル上に付着しているコーティング層5は、生理活性物質、塩基性アミノ酸及び酸を含有するものであり、例えば上述した工程を経て製造することができる。
【0030】
マイクロニードルコーティング用組成物10は、生理活性物質、塩基性アミノ酸及び酸を含有し、塩基性アミノ酸1モルに対する酸のモル数が、酸の価数をNとしたときに1/(N+1)を超え2未満である。塩基性アミノ酸1モルに対する酸のモル数は、1/N以上1以下であることが好ましい。
【0031】
本発明に用いられる生理活性物質は、医薬分野におけるすべての治療に用いられる薬物を含む。例えば、予防薬(抗原)、抗生物質、抗ウイルス剤のような抗感染薬、鎮痛薬、鎮痛複合薬、麻酔薬、食欲減退薬、抗関節炎薬、抗喘息薬、抗痙攣薬、抗うつ薬、抗糖尿病薬、下痢止め、抗ヒスタミン薬、抗炎症薬、抗偏頭痛薬、乗り物酔い防止剤、抗おう吐薬、抗腫瘍薬、抗パーキンソン病薬、かゆみ止め、抗精神病薬、解熱薬、胃腸及び尿路を含む鎮痙薬、抗コリン作動薬、交感神経作用薬、キサンチン誘導体類、カルシウムチャンネル遮断薬を含めた心血管製剤、ベータ遮断薬、ベータ−アゴニスト、抗不整脈薬、抗高血圧薬、ACE阻害剤、利尿薬、全身、冠状、末梢及び脳血管を含む血管拡張薬、中枢神経系刺激薬、咳き薬及び風邪薬、うっ血除去薬、診断薬、ホルモン類、催眠薬、免疫抑制薬、筋弛緩薬、副交感神経遮断薬、副交感神経作用薬、プロスタグランジン、蛋白質、ペプチド、ポリペプチド、精神刺激薬、鎮静薬及びトランキライザー等が挙げられる。
【0032】
上記抗原は、特に限定されず、ポリヌクレオチド(DNAワクチン、RNAワクチン)、ペプチド抗原、タンパク質ベースのワクチンなどが考えられる。具体的に述べるとタンパク質、多糖、オリゴ糖、リポタンパク質、弱毒化もしくは不活化された、サイトメガロウイルス、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、ヒトパピローマウイルス、風疹ウイルス及び水痘帯状疱疹のようなウイルス、弱毒化もしくは不活化された、百日咳菌、破傷風菌、ジフテリア菌、グループA連鎖球菌属、レジオネラ・ニューモフィラ菌、髄膜炎菌、緑膿菌、肺炎連鎖球菌、梅毒トレポネーマ及びコレラ菌のような細菌、並びにそれらの混合物の形態の抗原を包含する。抗原には、抗原性作用物質を含有する多数の商業的に入手可能なワクチンも含まれ、インフルエンザワクチン、ライム病ワクチン、狂犬病ワクチン、麻疹ワクチン、流行性耳下腺炎ワクチン、水痘ワクチン、天然痘ワクチン、肝炎ワクチン、百日咳ワクチン及びジフテリアワクチン、さらには、癌、動脈硬化、神経疾患、アルツハイマー等のワクチン療法で使用される抗原も包含する。また、抗原は、抗原性(感作性)を有するアレルゲン物質であってもよく、多種多様な金属、化学物質がそれにあたる。例えば、アトピー性皮膚炎の抗原を明らかにするアレルギー検査及び治療の場合は、ホコリ、不活化ダニ等のハウスダスト、各種の花粉などが使用されてもよい。また、T細胞性介在性の自己免疫疾患又は症状に関連する炎症性T細胞により認識される抗原も含まれる。
【0033】
マイクロニードルコーティング用組成物10中の生理活性物質の濃度は、マイクロニードルコーティング用組成物10の全質量を基準として、0.01〜50%w/wであることが好ましく、0.1〜40%w/wであることがより好ましい。生理活性物質の濃度が0.01%w/w以上であると、皮膚への投与の際、有効量の生理活性物質を皮内に放出させることができ、十分な薬効が発揮される。
【0034】
塩基性アミノ酸としては、特に限定されないが、リジン、ヒスチジン、アルギニン、オルニチン、カルニチン等から1種又は2種以上が挙げられ、そのフリー体が好ましい。中でも、上記酸の選択性がより広範になるという点から、リジン、ヒスチジン及びアルギニンからなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましく、アルギニンであることがより好ましい。
【0035】
マイクロニードルコーティング用組成物10中の塩基性アミノ酸の濃度はマイクロニードルコーティング用組成物10の全質量を基準として、粘度の点から、20%w/w以上であることが好ましく、30%w/w以上であることがより好ましく、40%w/w以上であることがさらに好ましい。塩基性アミノ酸の含有量が20%w/w以上であることにより、マイクロニードルコーティング用組成物10中の生理活性物質の安定性を向上させることができる。また、塩基性アミノ酸の濃度が70%w/w以下であることにより、マイクロニードル3に塗付するときの取扱いが容易となる。
【0036】
マイクロニードルコーティング用組成物10をマイクロニードル3に塗付し、揮発成分を除去した後に得られるコーティング層5の塩基性アミノ酸の濃度は、コーティング層5の全質量を基準として、40%w/w以上であることが好ましい。また、マイクロニードルコーティング用組成物10中の塩基性アミノ酸の濃度とコーティング層5の塩基性アミノ酸の濃度との比(コーティング層5の塩基性アミノ酸の濃度/マイクロニードルコーティング用組成物10中の塩基性アミノ酸の濃度)は4.5以下であることが好ましく、3以下であることがより好ましく、2以下であることがさらに好ましい。上記比が4.5以下であることにより、マイクロニードルコーティング用組成物10をマイクロニードル3へ塗付しやすくなり、コーティング層5中の生理活性物質の安定性を向上させることができる。
【0037】
マイクロニードルコーティング用組成物10中の酸としては、融点が40℃以上の酸であることが好ましい。このような酸を使用することにより、マイクロニードルコーティング用組成物10中に塩基性アミノ酸を高濃度(例えば、20%w/w以上)で存在させることができ、マイクロニードルコーティング用組成物10中の生理活性物質の安定性を向上させることができる。中でも、リン酸、乳酸、安息香酸、マレイン酸、クエン酸、酒石酸、コハク酸、アスコルビン酸及びアスパラギン酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸であることが好ましく、リン酸、クエン酸及び酒石酸からなる群より選ばれる少なくとも1種の酸であることがより好ましい。マイクロニードルコーティング用組成物10中の酸の濃度は、マイクロニードルコーティング用組成物10の全質量を基準として、5〜50%w/wであることが好ましく、10〜30%w/wであることがより好ましい。塩基性アミノ酸と酸の組み合わせは、乾燥後に非晶質の状態になる。さらに、塩基性アミノ酸と酸は低分子であるため、マイクロニードル3を皮膚へ穿刺させたとき、コーティング層5の速やかな溶解が期待される。
【0038】
マイクロニードルコーティング用組成物10は、上記生理活性物質、塩基性アミノ酸、酸の他、精製水、生理食塩水、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液、クエン酸−リン酸緩衝液、トリス‐塩酸緩衝液、グリシン−水酸化ナトリウム緩衝液等の緩衝液などの水系溶液を含有していてもよい。これら水系溶液の含有量は、マイクロニードルコーティング用組成物10の全質量を基準として、5〜75質量%が好ましい。75質量%を超えると、コーティングの際に十分な粘度が得られない傾向があり、5質量%未満であると組成物を溶解させることが困難となる傾向がある。
【0039】
マイクロニードルコーティング用組成物10は、上記塩基性アミノ酸とともにリジンの薬学的に許容できる塩を含有していてもよい。リジンの薬学的に許容できる塩を含有することにより、さらに生理活性物質の安定性を向上させることができる。
【0040】
リジンの薬学的に許容できる塩としては、塩酸塩が好ましい。リジン塩酸塩の濃度は、マイクロニードルコーティング用組成物10の全質量を基準として、0.1〜20%w/wであってもよい。20%w/wを超えると、リジン塩酸塩が溶解できない場合があり、0.1%w/w未満であると生理活性物質の安定性が不十分となる場合がある。
【0041】
また、マイクロニードルコーティング用組成物10の任意成分として、さらに、高分子担体(粘度付与剤)を含んでもよい。高分子担体としては、ポリエチレンオキサイド、ポリヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリメチルセルロース、デキストラン、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、プルラン、カルメロースナトリウム、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸、デキストラン、アラビアゴム等が挙げられる。なお、高分子担体として用いられるポリエチレングリコールの重量平均分子量は、600を超え、500000以下であることが好ましい。
【0042】
高分子担体としては、生理活性物質と相容性(均一に交わる性質)の高い担体が好ましく、ヒドロキシプロピルセルロース、デキストラン、ポリビニルアルコール、プルランなどが特に好ましい。
【0043】
マイクロニードルコーティング用組成物10の高分子担体の含有量は、マイクロニードルコーティング用組成物10の全質量を基準として、0.005〜30質量%であり、好ましくは0.01〜20質量%であり、より好ましくは0.05〜10質量%である。また、この高分子担体は、液ダレすることのないようある程度の粘性が必要である場合があり、粘度として室温(25℃)で100〜100000mPa・sであることが好ましい。より好ましい粘度は、500〜60000mPa・sである。
【0044】
上記の他、マイクロニードルコーティング用組成物10には、必要に応じて溶解補助剤又は吸収促進剤として、炭酸プロピレン、クロタミトン、L−メントール、ハッカ油、リモネン、ジイソプロピルアジペート等や、薬効補助剤として、サリチル酸メチル、サリチル酸グリコール、L−メントール、チモール、ハッカ油、ノニル酸ワニリルアミド、トウガラシエキス等が添加されていてもよい。
【0045】
さらに、必要に応じて、安定化剤、抗酸化剤、乳化剤、界面活性剤、塩類等の化合物が添加されても良い。界面活性剤としては、非イオン界面活性剤、イオン界面活性剤(カチオン、アニオン、両性)のいずれでもよいが、安全性の面から通常医薬品基剤に用いられる非イオン界面活性剤が望ましい。これらの化合物としては、例えば、ショ糖脂肪酸エステルなどの糖アルコール脂肪酸エステル、プロピレングリコール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンヒマシ油、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油が挙げられる。
【0046】
他の既知の製剤補助物質は、それらがマイクロニードルコーティング用組成物10の溶解性及び粘度向上の効果、並びに乾燥されたマイクロニードル3上に付着しているマイクロニードルコーティング用組成物10の性状及び物性に有害な影響を及ぼさない限り、マイクロニードルコーティング用組成物10に添加されていてもよい。
【0047】
マイクロニードルコーティング用組成物10には、塗付後のマイクロニードル3上で液ダレすることのないよう、ある程度の粘性が必要である。本発明においては塩基性アミノ酸に酸を付加させることにより、マイクロニードルコーティング用組成物10中に高濃度(例えば、20%w/w以上)配合することが可能となり、粘度を向上させることができる。粘度は、具体的には100〜45000mPa・s程度であり、コーティング組成物の粘度がこの範囲にあることにより、マイクロニードル3の材質に依存することなく、所望量のマイクロニードルコーティング用組成物10を一度に付着させ、マイクロニードル3の先端部分に集中的に存在させることが可能となる。さらに、このような粘度とすることにより、マイクロニードル3の先端部分に、略球状又は涙滴状のコーティング層5を形成することができ、生理活性物質を十分な量保持させることが可能となる。
【0048】
マイクロニードルコーティング用組成物10の25℃における粘度が45000mPa・s以下の場合、せん断応力の上昇をもたらし物質間の剥離への抵抗を大きくする。このため、dip(浸漬)法にて薬液を塗付する場合、マイクロニードルからの解離に抵抗する個体の性質(凝集性)が強くなり、より多くのコーティング組成物をマイクロニードル上に保持することが可能になる。一方、45000mPa・sを超えると、マイクロニードル上に付着しているコーティング組成物中の生理活性物質の含量が減少に転じ、経済的に好ましくない。コーティング組成物の粘度が100mPa・s以上の場合、凝集性が強いため、コーティング組成物をマイクロニードル上に保持することが可能になる。このような特徴から、マイクロニードルコーティング用組成物10の25℃における粘度は、100〜45000mPa・sであることが好ましく、300〜35000mPa・sであることがより好ましく、500〜30000mPa・sであることがさらに好ましく、600〜15000mPa・sであることが特に好ましい。
【実施例】
【0049】
以下、本発明の実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲での種々の変更が可能である。
【0050】
<アルギニンと酸の混合物の水に対する溶解性>
アルギニンと表1〜3に示す酸(N価)を、アルギニン:酸=N:1の比率で混合し、精製水を加え20%w/wのアルギニン−酸の希薄液を調製した後、凍結乾燥によって水分を蒸発させ凍結乾燥固体を作製した。この凍結乾燥固体に、アルギニンと酸の混合物(Arg+酸):水=7:3の比率で精製水を添加して、アルギニンと酸の混合物(Arg+酸)の高濃度溶液を調製した。表中、「溶解性」はその結果を示し、完全溶解し高濃度溶液の調製が可能であったものを「○」、一部溶解したものを「△」とした。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
【表3】
【0054】
<配合比によるアルギニンと酸の混合物の水に対する溶解性と粘度特性>
アルギニンと酸を表4、5に示すモル比で混合し、精製水を加え20%w/wのアルギニン−酸の希薄液を調製した後、凍結乾燥によって水分を蒸発させ凍結乾燥固体を作製した。この凍結乾燥固体に、アルギニンと酸の混合物(Arg+酸):水=7:3の比率で精製水を添加して、アルギニンと酸の混合物(Arg+酸)の高濃度溶液を調製した。表中、「溶解性」はその結果を示し、完全溶解し高濃度溶液の調製が可能であったものを「○」、一部溶解したものを「△」、ほとんど溶解しなかったものを「×」とした。また、表中、「粘度」は微量サンプル粘度計(VROC、RheoSense社製)を用いて測定したものであり、単位は「mPa・s」である。
また、上記アルギニンと酸の混合物(Arg+酸、アルギニン:リン酸=2:1、アルギニン:クエン酸=3:1、アルギニン:酒石酸=2:1)の高濃度溶液をマイクロニードル(高さ約500μm、密度640本/cm
2、四角錐形状)に塗付し、顕微鏡(VH−8000、KEYENCE社製)を用いて、マイクロニードルの針先を観察した。観察の結果、コーティング層がマイクロニードルの先端部分に形成されていることが確認され、アルギニンと酸の混合物が針先塗付に適したものであることが判明した。
なお、飽和アルギニン水溶液(15質量%アルギニン)の25℃における粘度はわずか1.7mPa・sであり、飽和アルギニン水溶液をマイクロニードルに塗付すると、液ダレしてしまい、マイクロニードルの先端部分にコーティング層を形成することはできなかった。
【0055】
【表4】
【0056】
【表5】
【0057】
<塩基性アミノ酸と酸の混合物の水に対する溶解性>
塩基性アミノ酸として、ヒスチジン(His)及びリジン(Lys)を用いた。上記アルギニンと酸の混合物(Arg+酸)の高濃度溶液の調製手順に従い、塩基性アミノ酸と酸を1:1のモル比で混合し、ヒスチジンと酸の混合物(His+酸)の高濃度溶液及びリジンと酸の混合物(Lys+酸)の高濃度溶液を調製した。表6、7中、「溶解性」はその結果を示し、「○」は完全溶解し高濃度溶液の調製が可能であることを示す。
【0058】
【表6】
【0059】
【表7】
【0060】
<生理活性物質の安定性評価>
以下の手順により、アルギニン(塩基性アミノ酸)及び酸を含有する水溶液に対する生理活性物質の安定性評価試験を行った。
まず、アルギニンと酸とを特定のモル比で混合し、この混合物の濃度が55.6%w/wとなるように水を加え、コーティング組成物を調製した。次に、生理活性物質であるインスリン(IRI)500μg/mL、ヒト成長ホルモン(hGH)5mg/mLの水溶液を、上記混合水溶液と生理活性物質の水溶液の質量比が9:1となるようにそれぞれ添加し、上記混合物の濃度が50%w/wの生理活性物質含有コーティング組成物を得た。次に、マイクロニードル(高さ約500μm、密度640本/cm
2、四角錐形状)1枚当たり、IRIが2.5ng、hGHが10ngとなるように、この生理活性物質含有コーティング組成物を塗付した後、37℃で30分間乾燥することによって、生理活性物質が塗付されたマイクロニードルデバイスを作製した。本マイクロニードルデバイスを、アルミ包材に包装し、50℃の条件下で1週間保管することによって、生理活性物質の安定性評価を行った。
【0061】
生理活性物質の安定性評価試験は、AIA(全自動エンザイムイムノアッセイ装置、東ソー株式会社製)を用いて行い、試験開始前における生理活性物質の初期含量を100質量%とし、1週間後の相対含量を測定することによって評価した。
図4は、アルギニンと酸とを特定のモル比で含む水溶液中でのインスリンの安定性を示すグラフである。
図5は、アルギニンと酸とを特定のモル比で含む水溶液中での成長ホルモンの安定性を示すグラフである。酸としては、リン酸(3価)、酒石酸(2価)、及び乳酸(1価)をそれぞれ用いた。