(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6247477
(24)【登録日】2017年11月24日
(45)【発行日】2017年12月13日
(54)【発明の名称】高周波焼入タッピンねじ
(51)【国際特許分類】
C23C 8/22 20060101AFI20171204BHJP
F16B 25/00 20060101ALI20171204BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20171204BHJP
C22C 38/02 20060101ALI20171204BHJP
C21D 1/06 20060101ALI20171204BHJP
C21D 1/10 20060101ALI20171204BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20171204BHJP
F16B 35/00 20060101ALI20171204BHJP
F16B 25/06 20060101ALI20171204BHJP
F16B 33/06 20060101ALI20171204BHJP
【FI】
C23C8/22
F16B25/00 Z
C22C38/00 301Z
C22C38/02
C21D1/06 A
C21D1/10 A
C21D9/00 B
F16B35/00 J
F16B25/06 A
F16B33/06 Z
【請求項の数】2
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2013-178755(P2013-178755)
(22)【出願日】2013年8月30日
(65)【公開番号】特開2014-62324(P2014-62324A)
(43)【公開日】2014年4月10日
【審査請求日】2016年7月29日
(31)【優先権主張番号】特願2012-192338(P2012-192338)
(32)【優先日】2012年8月31日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000227467
【氏名又は名称】日東精工株式会社
(72)【発明者】
【氏名】大槻 潔人
(72)【発明者】
【氏名】角間 康宣
【審査官】
萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2002/046479(WO,A1)
【文献】
特開2001−247937(JP,A)
【文献】
特開2008−144266(JP,A)
【文献】
特表2009−533635(JP,A)
【文献】
特開平01−036779(JP,A)
【文献】
特開2009−035171(JP,A)
【文献】
特開2008−298237(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00−12/02
C21D 1/02−1/18
C21D 9/00−9/50
C22C 38/00−38/60
F16B 23/00−43/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素含有量が0.06%以上、0.22%以下の低炭素鋼線材から頭部とねじ山が形成された軸部とを有するタッピンねじを圧造し、
ねじの表面から炭素を拡散させることにより炭素濃度が0.7%以上、1.0%以下の浸炭層を形成して当該浸炭層を焼入れ硬化し、
さらに軸部の先端部に高周波焼入れを施すことにより、表面硬度がHV650以上に硬化する一方、心部硬度はHV200以上、HV400以下に抑え、
前記軸部を横断面視略多角形状に成形し、その頂部に成形されたねじ山に高周波焼入れを施すことにより他のねじ山よりも高い硬度となるように硬化させてあること、
を特徴とする高周波焼入タッピンねじの製造方法。
【請求項2】
前記浸炭層には、炭素のほかに窒素が拡散させてあることを特徴とする請求項1に記載の高周波焼入れタッピンねじの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波焼入れ処理を施したタッピンねじに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、JIS(日本工業規格)B1055(非特許文献1)では、鋼製タッピンねじにおいては、表面硬度が450HV以上、心部硬度が200HV〜400HVとなるように推奨しており、そのための熱処理として、炭素鋼線材から成るタッピンねじに浸炭焼入れを施す方法が記されている。
【0003】
また、特開2004−3548号公報(特許文献1)に示すセルフタッピンねじは、炭素の含有率が0.3%以下の低炭素鋼線材から成るセルフタッピンねじに、浸炭窒化処理を施すことによって、表面硬度480HV以上、心部硬度320HV以下を実現している。
【0004】
また、特開2006−16648号公報(特許文献2)に示すタップ成形ボルトは、低炭素鋼線材から成るボルトの先端に対して、高周波焼入れ処理を施すことによって、表面硬度350HV以上、心部硬度350HV以下を実現している。
【0005】
また、特開2002−195918号公報(特許文献3)に示す耐熱ドリルねじは、炭素の含有率が0.3%を超える高炭素鋼線材から成るドリルねじの先端に対して、高周波焼入れ処理を施すことによって、表面硬度600HV以上を実現している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】JIS(日本工業規格)B1055
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2004−3548号公報
【特許文献2】特開2006−16648号公報
【特許文献3】特開2002−195918号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記非特許文献1、特許文献1及び2に示すものは、硬度被締結部材の一例としてオーステナイト系ステンレス鋼板(SUS304)にねじ込むことができない。オーステナイト系ステンレス鋼板に対してねじ山破壊が発生することなくねじ込むためには、タッピンねじの表面硬度が650HV以上必要となるが、これら従来のタッピンねじは、炭素濃度が低いため、表面硬度が650HV以上にならない。
【0009】
一方、上記特許文献3に示すものは、高炭素鋼線材に高周波焼入処理を施したものであり、表面硬度が十分に高められている。しなしながら、高炭素鋼線材では、タッピンねじに加工することが難しくなる。また、タッピンねじに加工できたとしても、心部硬度がなりすぎるので靭性が劣り、ねじ込みの際に軸部や首下丸み部が脆性破壊して破断する危険が潜んでいる。
【0010】
以上のように、硬さと靭性は相反する特性であり、これら双方を兼ね備えるタッピンねじは存在しなかった。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みて創成されたものであり、表面硬度及び靭性に優れており、高硬度被締結部材にセルフタップすることができる高周波焼入タッピンねじを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
炭素含有量が0.06%以上、0.22%以下の低炭素鋼線材から頭部とねじ山が形成された軸部とを有するタッピンねじを圧造し、ねじの表面から炭素を拡散させることにより炭素濃度が0.7%以上、1.0%以下の浸炭層を形成して当該浸炭層を焼入れ硬化し、さらに軸部の先端部に高周波焼入れを施すことにより、表面硬度がHV650以上に硬化する一方、心部硬度はHV200以上、HV400以下に抑え、
前記軸部を横断面視略多角形状に成形し、その頂部に成形されたねじ山に高周波焼入れを施すことにより他のねじ山よりも高い硬度となるように硬化させてあることを特徴とする高周波焼入れタッピンねじの製造方法による。
【0013】
また、前記浸炭層には、炭素のほかに窒素が拡散させてあることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の高周波焼入タッピンは、冷間圧造用の低炭素鋼線材から成るので、心部硬度は、柔軟な組織のままである。また、浸炭層の炭素濃度が0.7%以上、1.0%以下に設定されているので、首下丸み部の厚みが全て浸炭層にならずに、かつ高周波焼入れにより軸部の先端部の表面硬度がHV650以上を実現している。本発明の高周波焼入タッピンねじは、軸部の表面硬度及び首下丸み部の靭性に優れたものとなり、高硬度被締結部材にセルフタップすることが可能となる。さらに、線材が冷間圧造用低炭素鋼であるため、加工性・コスト面にも優れている。
【0016】
なお、浸炭層に窒素を拡散させることにより、浸炭層が硬化しやすくなる。
【0017】
なお、軸部の断面形状が多角形の場合、その頂部に高周波焼入処理が施されているときは、当該断面形状に特化した熱処理となる。なぜならば、軸部の断面形状は、多角形状(特に、三角形状)であるほうが、ねじ込み性能に優れることが知られている。このような形状の場合、頂部は、ねじ込み時に被締結部材に形成された下穴の内壁に最も強く接触する。そこで、高周波焼入れにより頂部が最も硬化させてある。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の高周波焼入タッピンねじの全体を示す斜視図である。
【
図2】高周波焼入れタッピンねじの製造工程を示すフローである。
【
図3】本発明の高周波焼入タッピンねじの要部を示す縦断面図である。
【
図4】本発明の高周波焼入タッピンねじの硬度分布を示すグラフである。
【
図5】本発明の高周波焼入タッピンねじの先端部の焼入れ状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。
図1において、1は、高周波焼入タッピンねじであり、高硬度被締結部材の一例であるオーステナイト系ステンレス鋼板にねじ込むものである。この被締結部材には予め下穴が形成されており、この下穴に対して雌ねじを成形しながらねじ込む。この高周波焼入タッピンねじ1は、炭素含有量が0.06%以上、0.22%以下の冷間圧造用低炭素鋼線材から成り、一般的なタッピンねじの加工と同様に、圧造工程と転造工程によって成形される。前記圧造工程は、圧造加工機(通称、ヘッダー)を用いて、冷間圧造用低炭素鋼線材を一定の長さに切断し、切断された線材の一端を固定した状態で反対側をパンチと呼ばれる金型で打ち込むことによって、頭部2及び十字穴3と、軸部4とを成形する。前記転造工程は、転造加工機(通称、ローリング)を用いて、転造ダイスと呼ばれる金型を軸部に押付けながら転がすことによって、ダイス面のねじ山5が軸部に写り、軸部4にねじ山5を成形する。
【0020】
図2に示すように、圧造加工後の前記タッピンねじには、一次焼入れとして浸炭焼入れが施される。浸炭焼入れは、冷間圧造用低炭素鋼線材で成るタッピンねじ1の表面に浸炭層を形成してこれを焼入れ硬化するものである。この浸炭層の炭素濃度は、0.7%以上、1.0%以下に設定されている。なお、一次焼入れは、浸炭焼入れに限定されるものではなく、真空浸炭焼入れや、炭素のほかに窒素を浸炭層に含有させた浸炭窒化焼入れであってもよい。
【0021】
また、
図3に示すように、首下丸み部6とは、頭部2と軸部4との連結部分である。また、首下丸み部6の厚みtとは、十字穴3の内壁と、首下丸み部6との距離が最も短くなる位置と定義する。この首下丸み部6の厚みtは、頭部2で最も厚みが薄い部分であり、ここを全て浸炭層にして硬化してしまうと、脆性破壊により、頭部2が軸部4から破断してしまう危険が生じる。そこで、このような危険を回避するための構成として、前記浸炭層の深さは、首下丸み部6の厚みtが全て浸炭層にならない範囲で設定されている。
【0022】
さらに、浸炭焼入れ後のタッピンねじ1には、首下丸み部6の硬度を下げて靭性を与えることを目的として、焼戻し処理が施される。この焼戻し処理では、首下丸み部6の硬度が、400HV以下となるように焼戻し温度が設定される。設定温度が400℃以上〜650℃未満の高温焼戻し処理であれば、首下丸み部6の硬度は、確実に400HV以下となり、靭性を有するものとなる。なお、線材の特性や首下丸み部6の厚みtの設定によっては、200℃以上〜400℃未満の中温焼戻し、あるいは180℃以上〜200℃未満の低温焼戻しであっても、硬度が400HV以下となり、所望の靭性を備えることもある。
【0023】
軸部4の心部硬度は、日本工業規格B1055(タッピンねじ)によれば、200HV以上、400HV以下とすることが規定されており、本発明のタッピンねじ1では、この心部硬度を実現するために、炭素含有量が0.06%以上、0.22%以下の冷間圧造用低炭素鋼線材を用いている。炭素含有率が0.06%以上の冷間圧造用低炭素鋼線材では、浸炭焼入れにより心部硬度が200HV以上となる一方、炭素含有率が0.22%以下の冷間圧造用低炭素鋼線材では、心部硬度が400HV以下に抑えることができる。なお、心部硬度の測定位値は、ねじの先端から十分離れた平行ねじ部を、軸線に対して直角に切断した横断面の谷底と軸心のほぼ中間点とする。
いる。
【0024】
続いて、前記一次焼入れ後のタッピンねじ1には、二次焼入れして、軸部4の先端部に高周波焼入処理が施されている。具体的には、軸部4の先端から数え、完全ねじ山となるねじ山の第1山目から第3山目に高周波焼入れを施す。高周波焼入処理では、ドーナツ型コイル、ヘアピン型コイル等の高周波加熱コイル7に、タッピンねじの軸部4の先端部のみを挿入する。この状態で、コイル7に交流を流すと、コイル7内部に電磁誘導による磁力が発生すると同時に、軸部4の先端部に渦電流が発生する。この渦電流は軸部4の先端部の表面のみに集まるので、当該表面を電流が流れていることになる。電流が発生すると、誘導加熱により、軸部の持つ電気抵抗によりジュール熱が発生する。軸部4の表面は、前記浸炭焼入処理によって浸炭層になっているため、当該ジュール熱によりオーステナイト変態する。続いて、これを冷却してマルテンサイト変態させることによって靭性が増す。このように、高周波焼入れ処理を軸部4の先端部のみに施すことで、首下丸み部6の靭性を低下させることなく、軸部4の先端部の表面硬度だけが高くなる。特に、軸部4の先端から数えて完全ねじ山となるねじ山5の第1山目に高周波焼入れを施して最も硬化させることが好ましい。
【0025】
本発明の高周波焼入タッピンねじ1によれば、浸炭焼入れにおいて浸炭層の炭素濃度が0.7%以上に設定されている。この臨界的意義は、高周波焼入れにより650HV以上を実現可能な炭素濃度である。さらに、浸炭層の炭素濃度は1.0%以下に設定されている。この臨界的意義は、首下丸み部6の厚みtを全て浸炭層にさせないための炭素濃度である。このように設定された浸炭層が形成された軸部2に、高周波焼入れを施した場合の硬度分布を、
図4に示す。
図4の横軸に示す表面からの距離とは、軸部2の縦断面において、ねじ山5の頂部を最表面とし、この頂部からから軸部2の中心線に向かって伸ばした垂線上を測定したものである。これによれば、硬度はねじの表面から心部に向かって徐々に降下しており、このため、本発明の高周波焼入タッピンねじ1は、オーステナイト系ステンレス鋼板に対してねじ山5が潰れることなくねじ込むことができる。一方、浸炭層の硬度が表面から心部に向かって横ばいの分布になるような高周波焼入タッピン1ねじでは、表面硬度が十分に高められていたとしても、浸炭層とそれ以外の部分との硬度差が大きいため、ねじ山が潰れてしまう。つまり、表面硬度が高いものが全てオーステナイト系ステンレス鋼板にねじ込めるのではないので、本発明の高周波焼入タッピン1のような硬度分布になっていることが好ましい。
【0026】
特に、
図5に示すように、軸部4の断面形状が多角形の場合、その頂部(ハッチング部分)のねじ山5に高周波焼入処理が施されているときは、当該断面形状に特化した熱処理となる。なぜならば、軸部4の断面形状は、多角形状(特に、三角形状)であるほうが、ねじ込み性能に優れることが知られている。このような形状の場合、頂部は、ねじ込み時に被締結部材に形成された下穴の内壁に最も強く接触する。そこで、頂部のみに高周波焼入処理を施して硬化させてある。このような局所的硬化処理は、高周波焼入処理に代えてレーザ焼入れ処理でも実現できる。
【符号の説明】
【0027】
1 高周波焼入タッピンねじ
2 頭部
3 十字穴
4 軸部
5 ねじ山
6 首下丸み部
7 高周波加熱コイル