(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6247639
(24)【登録日】2017年11月24日
(45)【発行日】2017年12月13日
(54)【発明の名称】経鼻インフルエンザワクチン組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 39/145 20060101AFI20171204BHJP
A61K 9/72 20060101ALI20171204BHJP
A61K 47/32 20060101ALI20171204BHJP
A61P 31/16 20060101ALI20171204BHJP
【FI】
A61K39/145
A61K9/72
A61K47/32
A61P31/16
【請求項の数】8
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-554202(P2014-554202)
(86)(22)【出願日】2013年10月23日
(86)【国際出願番号】JP2013078721
(87)【国際公開番号】WO2014103488
(87)【国際公開日】20140703
【審査請求日】2016年6月10日
(31)【優先権主張番号】特願2012-287900(P2012-287900)
(32)【優先日】2012年12月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】591222245
【氏名又は名称】国立感染症研究所長
(73)【特許権者】
【識別番号】390002705
【氏名又は名称】東興薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100126778
【弁理士】
【氏名又は名称】品川 永敏
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 忠樹
(72)【発明者】
【氏名】相内 章
(72)【発明者】
【氏名】上下 泰造
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 隆
【審査官】
馬場 亮人
(56)【参考文献】
【文献】
特表2012−521965(JP,A)
【文献】
特開平03−038529(JP,A)
【文献】
国際公開第2007/123193(WO,A1)
【文献】
Vaccine,1990,Vol.8,No.6,p.573-576
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/145
A61K 9/72
A61K 47/32
A61P 31/16
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(i)インフルエンザウイルス不活化全粒子、および(ii)噴霧性能を付加するために外部からせん断力を与えて処理したカルボキシビニルポリマーを含有するゲル基剤を含み、
アジュバントを含まないことを特徴とする経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【請求項2】
(i)のインフルエンザウイルス不活化全粒子が1種のワクチンウイルス株当り1〜500μgHA/mLである請求項1に記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【請求項3】
0.1w/v%から1.0w/v%のカルボキシビニルポリマーを含有する、請求項1または2に記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【請求項4】
噴霧性能としての、(1)製剤粒度分布範囲、(2)噴霧密度均一性、および/または(3)噴射角度制御を付加するために、外部からせん断力を与えて処理したカルボキシビニルポリマーを含有するスプレー投与ゲル基剤を用いた請求項1〜3のいずれかに記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【請求項5】
0.5w/v%から2.0w/v%のカルボキシビニルポリマーを含有するゲル基剤を用い、噴霧性能としての、(1)製剤粒度分布範囲、(2)噴霧密度均一性、および/または(3)噴射角度制御を付加するために外部からせん断力を与えて処理し、スプレー投与ゲル基剤を得た後、インフルエンザウイルス不活化全粒子を含むウイルス原液とストレスを与えることなく短時間で均一に混和して得られる、請求項1〜4のいずれかに記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【請求項6】
カルボキシビニルポリマーを含有する基剤に外部からせん断力を与えて、(1)製剤粒度分布において製剤平均粒子径が30μmから80μmの範囲、粒度分布が10μmから100μmの範囲に80%以上であり、(2)噴霧密度が偏りのない均等なフルコーンとなり、(3)噴射角度が30°から70°の範囲に制御した噴霧性能を付加されたスプレー投与ゲル基剤を用いて製造する請求項1〜5のいずれかに記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【請求項7】
カルボキシビニルポリマーを含有する基剤に外部からせん断力を与えて、(1)製剤粒度分布において製剤平均粒子径が40μmから70μmの範囲、粒度分布が10μmから100μmの範囲に90%以上であり、(2)噴霧密度が偏りのない均等なフルコーンとなり、(3)噴射角度が40°から60°の範囲に制御した噴霧性能を付加されたスプレー投与ゲル基剤を用いて製造する請求項1〜5のいずれかに記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【請求項8】
ポンプ機能を有しないスプレー可能なデバイスを用いて噴霧投与を可能とするために、(1)製剤粒度分布範囲、(2)噴霧密度均一性、(3)噴射角度制御を付加するために外部からせん断力を与えて処理したカルボキシビニルポリマーを含有するスプレー投与ゲル基剤を用いた請求項1〜7のいずれかに記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザはインフルエンザウイルスによる急性呼吸器感染症であり、特に冬季においては毎年のように流行する。また世界的な大流行となる場合もあり、重症化して死に至る場合も少なくない。インフルエンザに対しては、インフルエンザワクチンを接種することで、一定の予防効果があることが知られており、流行時期の前に広くその接種が行われている。
【0003】
インフルエンザワクチンは、日本においては、インフルエンザウイルス抗原の不活化タンパク質成分を皮下接種するもののみが認可されており、現在、このスプリットワクチンが季節性インフルエンザワクチンとして用いられている。このような皮下接種型ワクチンは、肺炎などのインフルエンザの重症化予防には有効性が高いが、インフルエンザウイルスの感染部位である上気道粘膜における抗体誘導能が低く、感染防御効果は十分とは言えない。また注射投与による痛みや接種局所の炎症などによる副作用が観察されるという問題点もある。
【0004】
このような問題点から現在までに多種多様な側面から多くの試みがなされており、新たなワクチン接種方法として、経鼻投与型ワクチンが着目されている。しかしながら、現在汎用されているスプリットワクチンをそのまま経鼻投与した場合においては、インフルエンザウイルスに対する良好な免疫応答を誘導できないことが実験動物およびヒトで報告されている。
【0005】
このような中、大腸菌易熱性毒素をアジュバントに用いた世界初のスプリットワクチンの経鼻投与型インフルエンザワクチンがスイスで認可され、2000年10月から販売されていたが[Berna Biotech社(スイス)製・商品名Nasalflu]、アジュバントの毒性のため、2004年2月に臨床使用が中止されている。また、特許文献1でもアジュバントを含む経鼻投与型インフルエンザワクチンが開示されており、アジュバントを含むことで免疫誘導能が向上することが示されているが、実用化に向けては用いたアジュバントの毒性が懸念される。
【0006】
また、経鼻投与に際しても、複雑な鼻腔内の構造に対して、広範囲にインフルエンザワクチンを行き渡らせ、長く展着・滞留することが求められており、特許文献2に示される基剤でのスプレー方式で投与することなどが必要となる。
【0007】
以上のように、皮下や筋肉内等へ接種する従来のインフルエンザワクチンから、次世代インフルエンザワクチンとしての経鼻投与型ワクチンの開発と実用化が切望されてはいるが、免疫誘導能を向上させるために用いられるアジュバントの毒性を如何に抑えるかなど、実用化に向けては種々問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】WO2010/114169
【特許文献2】WO2007/123193
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、以前に認可され用いられていたインフルエンザウイルス不活化全粒子ワクチンを抗原として用いて、アジュバントを用いることなく、より少ない抗原量で有効かつ副作用反応の少ない経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物およびその製造方法並びにインフルエンザの予防方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記問題点に鑑み、鋭意検討した結果、噴霧性能を付加するために外部からせん断力を与えて処理したカルボキシビニルポリマーからなる経鼻粘膜スプレー投与ゲル基剤をインフルエンザウイルス不活化全粒子ワクチンと組合せることにより、アジュバントを用いることなく、ヒトに対して免疫誘導能を高められることを見出し、本発明を完成するに至った。即ち、本願発明は、以下に示す通りである。
【0011】
[1](i)インフルエンザウイルス不活化全粒子、および(ii)噴霧性能を付加するために外部からせん断力を与えて処理したカルボキシビニルポリマーを含有するゲル基剤を含み、
アジュバントを含まないことを特徴とする経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【0012】
[2](i)のインフルエンザウイルス不活化全粒子が1種のワクチンウイルス株当り1〜500μgHA/mLである[1]に記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【0013】
[3]0.1w/v%から1.0w/v%のカルボキシビニルポリマーを含有する、[1]または[2]に記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【0014】
[4]噴霧性能としての、(1)製剤粒度分布範囲、(2)噴霧密度均一性、および/または(3)噴射角度制御を付加するために、外部からせん断力を与えて処理したカルボキシビニルポリマーを含有するスプレー投与ゲル基剤を用いた[1]〜[3]のいずれかに記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【0015】
[5]0.5w/v%から2.0w/v%のカルボキシビニルポリマーを含有するゲル基剤を用い、噴霧性能としての、(1)製剤粒度分布範囲、(2)噴霧密度均一性、および/または(3)噴射角度制御を付加するために外部からせん断力を与えて処理し、スプレー投与ゲル基剤を得た後、インフルエンザウイルス不活化全粒子を含むウイルス原液とストレスを与えることなく短時間で均一に混和して得られる、[1]〜[4]のいずれかに記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【0016】
[6]カルボキシビニルポリマーを含有する基剤に外部からせん断力を与えて、(1)製剤粒度分布において製剤平均粒子径が30μmから80μmの範囲、粒度分布が10μmから100μmの範囲に80%以上であり、(2)噴霧密度が偏りのない均等なフルコーンとなり、(3)噴射角度が30°から70°の範囲に制御した噴霧性能を付加されたスプレー投与ゲル基剤を用いて製造する[1]〜[5]のいずれかに記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【0017】
[7]カルボキシビニルポリマーを含有する基剤に外部からせん断力を与えて、(1)製剤粒度分布において製剤平均粒子径が40μmから70μmの範囲、粒度分布が10μmから100μmの範囲に90%以上であり、(2)噴霧密度が偏りのない均等なフルコーンとなり、(3)噴射角度が40°から60°の範囲に制御した噴霧性能を付加されたスプレー投与ゲル基剤を用いて製造する[1]〜[5]のいずれかに記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【0018】
[8]ポンプ機能を有しないスプレー可能なデバイスを用いて噴霧投与を可能とするために、(1)製剤粒度分布範囲、(2)噴霧密度均一性、(3)噴射角度制御を付加するために外部からせん断力を与えて処理したカルボキシビニルポリマーを含有するスプレー投与ゲル基剤を用いた[1]〜[7]のいずれかに記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物。
【0019】
[9][1]〜[8]のいずれかに記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物を、それを必要とする対象に、各鼻孔から鼻腔内粘膜に粘稠な製剤を噴霧可能とするデバイスを用いて投与することを含むインフルエンザの予防方法。
【0020】
[10]インフルエンザを予防するための、[1]〜[8]のいずれかに記載の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物の使用。
【発明の効果】
【0021】
本発明によると、インフルエンザウイルス不活化全粒子を有効成分とし、アジュバントを用いることなく、より少ない抗原量で有効な免疫応答を誘導し、かつ、アジュバントを用いることがないことから副作用の少ない経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物を提供することが可能となり、インフルエンザの流行に的確に対処することができる。
本発明の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物は、噴霧性能を付加するために外部からせん断力を与えて処理したカルボキシビニルポリマーからなる経鼻粘膜スプレー投与ゲル基剤を含有するため、鼻腔粘膜に広く長く展着・滞留することにより、より少ない抗原量で有効な免疫応答を誘導可能とする。
本発明の経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物の製造方法によると、ストレスを与えることなく短時間で処理できるためウイルス不活化全粒子の抗原性を良好に維持することができ、有効な免疫応答を誘導し、かつ、副作用の少ない経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物を提供することができる。
なお、本発明においては、免疫増強剤であるアジュバントを含まないが、インフルエンザウイルスワクチンとアジュバントからなる組成物と同等、またはより強い上気道粘膜及び全身の免疫誘導を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、噴霧性能を付加するために外部からせん断力を与えて処理したカルボキシビニルポリマーからなる経鼻粘膜スプレー投与ゲル基剤とインフルエンザウイルス不活化全粒子含有するアジュバントを用いないことを特徴とする経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物を提供する。
【0023】
本発明で用いる「噴霧性能を付加するために外部からせん断力を与えて処理したカルボキシビニルポリマーを含有するゲル基剤」とは、例えばWO2007/123193に開示されている「皮膚・粘膜付着剤を含有するゲル基剤」を意味し、カルボキシビニルポリマーを含有し、ジェランガムを適宜含有し、外部からせん断力を与えて粘度を調整した基剤である。かかる基剤は外部からせん断力を与えることで種々粘度に調整でき、噴霧容器からの噴射角度、噴射密度を目的に適するように管理できることを特徴とする。また、途上国での多人数への接種およびパンデミックへの備えとしては、WO2007/123193およびWO2007/123207に記載されているような、マルチドーズ噴霧容器として上方排圧エアレス式噴霧容器を用いることで、噴霧容器の投与がいずれの角度または角度の範囲でも容器内残量なく使用することができ、その目的を達成することができる。本発明においては、かかるスプレー投与ゲル基剤を用いることにより、インフルエンザウイルス不活化全粒子の鼻腔粘膜での展着性が広範囲に長時間、向上することにより、ワクチンの免疫原性が高められるものである。
【0024】
経鼻粘膜スプレー投与用基剤の原料となるカルボキシビニルポリマーは、アクリル酸を主成分として重合して得られる親水性ポリマーであり、水性ゲル剤を調製するために通常用いられる医薬品添加物を限定なく使用することができる。
噴霧性能を付加するために外部からせん断力を与えて処理したカルボキシビニルポリマーを含有するゲル基剤の含量は、カルボキシビニルポリマーの含量に換算して、0.1〜1.0%w/vであり、好ましくは0.3〜0.7w/v%である。
【0025】
本発明のワクチンは、抗原としてインフルエンザウイルス不活化抗原粒子を含有することを特徴とする。本発明において用いられるインフルエンザウイルス不活化全粒子とは、インフルエンザウイルスを培養して得られたウイルス浮遊液からウイルスの形態を保持したままで精製されたウイルス粒子をいう。したがって、本発明のインフルエンザワクチンは、サブビリオンを含むスプリットワクチン、及び精製HA又はNAを含むサブユニットワクチンを除くワクチンを意味し、全粒子ワクチンとも呼ばれる。
【0026】
前記インフルエンザウイルス不活化全粒子は、界面活性剤及びエーテル類の非存在下にウイルス浮遊液から精製されたものが好ましい。経鼻粘膜スプレー投与ゲル基剤との混合のために精製または濃縮された不活化インフルエンザウイルス全粒子を含むウイルス液をウイルス原液と称する。本発明のワクチンは、インフルエンザウイルス不活化全粒子の濃度が1種のワクチンウイルス株当り1〜500μgHA/mL(HA換算)であることが好ましく、20〜250μgHA/mL(HA換算)がより好ましい。前記濃度は、HAタンパク質の濃度を測定することにより得られる。
【0027】
本発明において、インフルエンザウイルスは、現在知られているすべての型および亜型、及び将来単離、同定される型および亜型をも含む。さらに加えて、これまでにヒトでの流行が観察されておらず、今後ヒトへの感染を有効に防止するという観点からは、インフルエンザウイルスA型のH1及びH3を除くH1〜16(すなわち、H2及びH4〜16)から選ばれる亜型とN1〜9から選ばれる亜型との組合せからなる亜型が好ましい。これらの亜型は、新型インフルエンザウイルスとも称される。前記亜型は、H5、7及び9から選ばれる亜型とN1〜9から選ばれる亜型との組合せがより好ましい。インフルエンザウイルスは、同一の亜型に属する1種の株であってもよく、同一の亜型に属する2種以上の株であってもよく、別の亜型に属する2種以上の株であってもよい。
【0028】
また、インフルエンザウイルスは、感染動物または患者から単離された株であっても、遺伝子工学的に培養細胞で樹立された組換えウイルスであってもよい。インフルエンザウイルスの培養方法は、鶏卵の尿膜腔内にウイルスを接種して培養してもよく、培養細胞に感染させて培養してもよい。
【0029】
アジュバントとは、免疫応答の強化や抑制等の調節活性を有する物質の総称であり、抗原の免疫原性を高めるためにワクチンに添加される免疫増強剤であり、これまでに多くの物質が検討されている。一方、アジュバントを用いることでワクチンの免疫効果は向上する反面、炎症等の副作用が生じる得る欠点もある。当然、経鼻投与型ワクチンのアジュバントとしても、いくつかの候補が上げられるが、広く安全性が認められているアジュバントがないために、有効性・安全性が確立されているアジュバントを含有する経鼻投与型ワクチンは未だ認可されていない。
【0030】
本発明者は、前記のように優れた噴霧性能を有する鼻腔粘膜展着率の高い経鼻粘膜スプレー投与ゲル基剤を、前記全粒子ワクチンに対して用いることにより、アジュバントを用いることなくより少ない抗原量で有効かつ副作用の少ないワクチンが得られ、粘稠性の高いゲル基剤でも噴霧可能とするデバイスと組み合わせることにより、噴霧された製剤平均粒子径が30μmから80μmの範囲(好ましくは、40μmから70μmの範囲)の適切な範囲、粒度分布が10μmから100μmの範囲に80%以上(好ましくは、10μmから100μmの範囲に90%)であり、鼻腔内の必要な部位に投与できるようにデバイスからの噴射角度を30°から70°の範囲(好ましくは、40°から60°の範囲)にし、噴射密度をフルコーン均等に鼻腔内に噴霧投与を可能にした経鼻粘膜スプレー投与型インフルエンザワクチン組成物を見出し、その製法並びにそれを用いた予防方法を発見することにより本発明に至った。
【0031】
本発明のワクチンは、インフルエンザウイルス不活化全粒子及び経鼻粘膜スプレー投与ゲル基剤以外に、さらに医薬品として許容されうる担体を含んでいてもよい。前記担体としては、ワクチンおよび鼻腔内投与型製剤の製造に通常用いられる担体を使用することができ、具体的には、食塩水、緩衝化食塩水、デキストロース、水、グリセリン、等張水性緩衝液およびそれらの組合せが挙げられる。また、これに保存剤(例、チメロサール)、等張化剤、pH調整剤、界面活性剤および不活化剤(例、ホルマリン)等が適宜配合される。
【0032】
本発明のワクチンは、鼻腔内へ噴霧投与するものである。
本発明のワクチンを用いて、インフルエンザを予防またはその症状を軽減することができる。
【0033】
ワクチンの投与方法としては、マルチドーズスプレー点鼻容器または両鼻孔に対してポンプ機能を有しないスプレー可能なデバイス、一般的にはポンプ機能を有しないスプレー可能な使い捨てデバイスを用いることができる。
投与量は、対象の年齢、性別、体重等を考慮して決められるが、抗原として、1種のワクチンウイルス株当り通常1〜150μg HA、好ましくは5〜50μg HAを1回または2回以上投与することができる。好ましくは複数回の投与であり、この場合、1〜4週間の間隔をあけて投与することが好ましい。
【実施例】
【0034】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0035】
以下に示す方法にて、ゲル基剤および3種のウイルス原液を調製し、両者を以下のように混合して、実施例としてインフルエンザワクチン組成物を調製した。
【0036】
〔ゲル基剤の製造〕
ゲル基剤例1
【0037】
〔不活化インフルエンザウイルス全粒子を含むウイルス原液の製造〕
ウイルス原液例1
【0038】
ウイルス原液例2
【0039】
ウイルス原液例3
【0040】
〔ゲル基剤とウイルス原液の混合〕
上記のゲル基剤例1とウイルス原液例1〜3をそれぞれ(1:1)の比率で混合撹拌し、均質なインフルエンザワクチン組成物実施例1、実施例2および実施例3を得た。各実施例で得られた組成物の組成およびその物性値/噴霧性能を下表に示す。この混合撹拌はウイルス不活化全粒子抗原にストレスを与えることなく、緩やかな混合撹拌で短時間に達成できる。得られたインフルエンザワクチン組成物の成分分量及び物性値並びに適切なデバイスを用いて噴霧した場合の付加された噴霧性能を示す。
実施例1
【0041】
実施例2
【0042】
実施例3
【0043】
ゲル基剤を含まないインフルエンザワクチン組成物を、上記実施例で用いた不活化全粒子抗原を適宜用いて、下表に示す組成にて調製し、比較例1〜4とした。
比較例1
【0044】
比較例2
【0045】
比較例3
【0046】
比較例4
【0047】
免疫応答の解析試験(1)
実施例1および比較例1で調製されたインフルエンザワクチン組成物を適切な使い捨てデバイスにて、それぞれ成人ボランテア4名ずつに3週間間隔で計2回、片鼻0.25mLを経鼻噴霧接種(両鼻孔合計で45μgHA)した。
継時的に採血と鼻腔洗浄液の回収を行い、ワクチン株に対する中和抗体価を測定し評価した。結果を実施例1については表1に、比較例1については表2に示した。
【表1】
【表2】
実施例1ワクチン(ウイルス原液+スプレー投与ゲル基剤)と比較例1ワクチン(ゲル基剤を含まない不活化スプリットインフルエンザウイルス抗原組成物)を比較すると、比較例1ワクチンにおいては、血清中和抗体価は3/4において抗体価の上昇が認められていないが、実施例1ワクチンにおいては4/4において抗体価の上昇を認めており、その程度も有意であることが示された。鼻腔洗浄液の中和抗体価の上昇は実施例1と比較例1においてともに全例に認められているが、その程度は実施例1の方が大きいと確認できた。
【0048】
免疫応答の解析試験(2)
実施例2および比較例2で調製されたインフルエンザワクチン組成物を適切な使い捨てデバイスにて、それぞれ成人ボランテア、実施例2:25名、比較例2:24名ずつに3週間間隔で2回、更に約半年後に追加して計3回、片鼻0.25mLを経鼻噴霧接種(両鼻孔合計で45μgHA)した。
3回接種3週後に採血と鼻腔洗浄液の回収を行い、ワクチン株に対する中和抗体価を測定し評価した。結果を表3に示した。
【表3】
実施例2ワクチン(ウイルス原液+スプレー投与ゲル基剤)と比較例2ワクチン(ウイルス原液のみ)を比較すると、スプレー投与ゲル基剤を含む実施例2ワクチンの方が比較例2ワクチンと比較して、その応答は明らかに高い上昇率を認めた。
初めてインフルエンザウイルス抗原に接触するナイーブな状態にあるヒト(幼児・小児)における免疫応答は誘導されにくいとされており、ナイーブな個体における免疫応答は、多くの健康成人が接触したことがない、高病原性鳥インフルエンザウイルス(H5N1株)のワクチンに対する抗体応答を検討することによって推定できると考えられる。
上記結果が示すとおり、ナイーブな被験者でも、実施例2ワクチン(ウイルス原液+スプレー投与ゲル基剤)の経鼻接種を3回行うことにより、血清および鼻腔洗浄液中に高いレベルの中和抗体価が誘導されることが発見された。
【0049】
免疫応答の解析試験(3)
実施例3、比較例3および比較例4で調製されたインフルエンザワクチン組成物を適切な使い捨てデバイスおよび皮下接種にて、それぞれ成人ボランテア、実施例3−経鼻接種:26名、比較例3−経鼻接種:25名ずつに3週間間隔で2回、片鼻0.25mLを経鼻噴霧接種(両鼻孔合計で15μgHA/株/0.5mL)並びに比較例4(現行ワクチン)−皮下接種:38名に1回、0.5mLを皮下接種(15μgHA/株/0.5mL)した。
1回接種又は2回接種3週後に採血と鼻腔洗浄液の回収を行い、ワクチン株に対する中和抗体価を測定し評価した。結果を表4に示した。
【表4】
実施例3ワクチン(ウイルス原液+スプレー投与ゲル基剤)の経鼻接種と比較例3ワクチン(ウイルス原液のみ)の経鼻接種および比較例4ワクチン(現在日本で使用されている皮下接種ワクチン)の皮下接種を比較すると、スプレー投与ゲル基剤を含む実施例3ワクチンの経鼻接種の方が比較例3ワクチンの経鼻接種および比較例4ワクチンの皮下接種(現行ワクチン)と比較して、その応答は明らかに高い上昇率を認めた。