特許第6248076号(P6248076)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6248076
(24)【登録日】2017年11月24日
(45)【発行日】2017年12月13日
(54)【発明の名称】車両用制動装置
(51)【国際特許分類】
   B60T 7/22 20060101AFI20171204BHJP
   B60T 7/12 20060101ALI20171204BHJP
   B60T 17/18 20060101ALI20171204BHJP
【FI】
   B60T7/22
   B60T7/12 D
   B60T17/18
【請求項の数】2
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2015-155021(P2015-155021)
(22)【出願日】2015年8月5日
(65)【公開番号】特開2017-30657(P2017-30657A)
(43)【公開日】2017年2月9日
【審査請求日】2016年5月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000005326
【氏名又は名称】本田技研工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】特許業務法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】大舘 正太郎
【審査官】 保田 亨介
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−178904(JP,A)
【文献】 特開2015−047980(JP,A)
【文献】 特開2007−145313(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60T 7/22
B60T 7/12
B60T 17/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
自車両を制動するための制動要求に基づく制動力を発生する制動力発生部と、
自車両の車速情報及び加減速度に係る情報を取得する情報取得部と、
自車両の衝突有無を判定する衝突判定部と、
自車両の衝突有りの判定が前記衝突判定部により下された場合に、運転者の制動操作に関わらず、前記車速情報に応じた減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力を前記制動力発生部に発生させる緊急制動制御を行う制動制御部と、
前記緊急制動制御の実行に関与する前記車速情報の異常診断を行う異常診断部と、を備え、
前記制動制御部は、自車両の衝突有りの判定が前記衝突判定部により下され、かつ、前記車速情報が異常である旨の判定が前記異常診断部により下された場合に、異常値である車速情報に応じた減速度として、衝突直前の正常値である車速情報に応じた減速度と比べて低い固定値を設定し、当該設定した固定値の減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力を用いて緊急制動制御を行う
ことを特徴とする車両用制動装置。
【請求項2】
請求項1に記載の車両用制動装置であって、
前記制動制御部は、自車両の衝突有りの判定が前記衝突判定部により下され、かつ、前記車速情報が異常である旨の判定が前記異常診断部により下された場合に、前記設定した固定値の減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力を用いた前記緊急制動制御を、所定時間が経過するまで継続して行う
ことを特徴とする車両用制動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両を制動するための車両用制動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、車両を制動するための車両用制動装置の一例が開示されている。特許文献1に係る車両用制動装置は、自車両の衝突を検出する衝突センサと、自車両の車速を検出する車速センサとを備え、衝突センサにより自車両の衝突が検出された場合に、当該衝突の検出後に車速センサにより検出された車速に基づいて、自動的に制動力を発生させる時間である自動制動時間を制御して、ブレーキ制御装置を作動させる。
【0003】
特許文献1に係る車両用制動装置によれば、衝突後の車速に基づいて自動制動時間(緊急制動時間)を制御するため、緊急制動時間を衝突形態に応じた時間長に設定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012−1091号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に係る車両用制動装置では、自車両の衝突時において、例えば、車速情報を取得できない(ただし、車速情報を用いない緊急制動の遂行には支障がない)など、緊急制動機能が部分的に異常状態に陥るケースを想定していない。そのため、自車両が衝突事故に遭遇し、かつ、緊急制動機能が部分的に異常状態に陥った場合に、適切な緊急制動制御を行うことができないおそれがあった。
【0006】
本発明は、前記の実情に鑑みてなされたものであり、自車両が衝突事故に遭遇し、かつ緊急制動機能が部分的に異常状態に陥った場合であっても、自車両の緊急制動制御を可及的に遂行可能な車両用制動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、(1)に係る発明は、自車両を制動するための制動要求に基づく制動力を発生する制動力発生部と、自車両の車速情報及び加減速度に係る情報を取得する情報取得部と、自車両の衝突有無を判定する衝突判定部と、自車両の衝突有りの判定が前記衝突判定部により下された場合に、運転者の制動操作に関わらず、前記車速情報に応じた減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力を前記制動力発生部に発生させる緊急制動制御を行う制動制御部と、前記緊急制動制御の実行に関与する前記車速情報の異常診断を行う異常診断部と、を備える。
前記制動制御部は、自車両の衝突有りの判定が前記衝突判定部により下され、かつ、前記車速情報が異常である旨の判定が前記異常診断部により下された場合に、異常値である車速情報に応じた減速度として、衝突直前の正常値である車速情報に応じた減速度と比べて低い固定値を設定し、当該設定した固定値の減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力を用いて緊急制動制御を行うことを最も主要な特徴とする。
【0008】
仮に、自車両の衝突有りの判定が下され、かつ、緊急制動制御の実行に関与する車速情報が異常である旨の判定が下された場合に、緊急制動制御の実行を停止させると、衝突後の自車両は、運転者の制動操作に基づく制動制御によって停車することになる。ところが、車速情報が異常であるケースにおいて、緊急制動制御機能の全てが即時に不能になることは稀である。また、一般の運転者は、衝突後の制動操作に不慣れであり、衝突時の衝撃によって、運転者による制動操作が不能となる事態も想定される。
一方、自車両の衝突有りの判定が下され、かつ、車速情報が異常である旨の判定が下された場合に、緊急制動制御に係る制動力を、車速情報が正常ある際の緊急制動要求に基づく制動力と同等に維持させると、例えば、過剰な制動力が生じて自車両の乗員に違和感を抱かせることが懸念される。
【0009】
そこで、(1)に係る発明では、制動制御部は、自車両の衝突有りの判定が下され、かつ、緊急制動制御の実行に関与する車速情報が異常である旨の判定が下された場合に、異常値である車速情報に応じた減速度として、衝突直前の正常値である車速情報に応じた減速度と比べて低い固定値を設定し、当該設定した固定値の減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力を用いて緊急制動制御を行うこととした。
【0010】
(1)に係る発明によれば、自車両が衝突事故に遭遇し、かつ緊急制動機能が部分的に異常状態に陥り、さらに、正規の車速情報を取得できないケースであっても、自車両の緊急制動制御を可及的に維持することができる。
また、異常値である車速情報に応じた減速度として、衝突直前の正常値である車速情報に応じた減速度と比べて低い固定値を設定し、当該設定した固定値の減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力を用いて緊急制動制御を行うため、乗員に不安感・不信感を抱かせることなく、車両を確実に停止させることができる。
【0014】
また、(2)に係る発明は、(1)に記載の車両用制動装置であって、前記制動制御部は、自車両の衝突有りの判定が前記衝突判定部により下され、かつ、前記車速情報が異常である旨の判定が前記異常診断部により下された場合に、前記設定した固定値の減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力を用いた前記緊急制動制御を、所定時間が経過するまで継続して行うことを特徴とする。
【0015】
一般に、緊急制動制御の終了時期は、例えば、衝突後の自車両が停車したか否かを車速情報を参照することで判定し、衝突後の自車両が停車した旨の判定が下されたタイミングを、緊急制動制御の終了時期として採用する。ここで、正規の車速情報を取得できないケースでは、緊急制動制御の終了時期を、いかにして設定するかが問題となる。
そこで、(2)に係る発明では、制動制御部は、自車両の衝突有りの判定が衝突判定部により下され、かつ、車速情報が異常である旨の判定が異常診断部により下された場合に、前記設定した固定値の減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力を用いた緊急制動制御を、所定時間が経過するまで継続して行うこととした。ここで、前記所定時間としては、固定値の減速度に従う緊急制動要求に基づく減少された制動力を用いた緊急制動制御が行われることによって自車両が停車するに至ることを考慮した時間長が適宜設定される。
【0016】
(2)に係る発明によれば、(1)に係る発明の効果に加えて、正規の車速情報を取得できないケースであっても、緊急制動制御の終了時期を適切に設定することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る車両用制動装置によれば、自車両が衝突事故に遭遇し、かつ緊急制動機能が部分的に異常状態に陥った場合であっても、自車両の緊急制動制御を可及的に遂行することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の実施形態に係る車両用制動装置の概要を表す構成図である。
図2】車両用制動装置が有するESB−ECU及びVSA−ECUの周辺構成を表すブロック図である。
図3】車両用制動装置の動作説明に供するフローチャート図である。
図4】自車両が衝突した際に用いる緊急制動特性線図を、緊急制動機能部材の正常時及び異常時で対比して表す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態に係る車両用制動装置10について、図面を参照しながら詳細に説明する。
なお、以下に示す図において、共通の機能を有する部材間、又は、相互に対応する機能を有する部材間には、原則として共通の参照符号を付するものとする。また、説明の便宜のため、部材のサイズ及び形状は、変形又は誇張して模式的に表す場合がある。
【0020】
〔本発明の実施形態に係る車両用制動装置10の概要〕
本発明の実施形態に係る車両用制動装置10は、油圧系統を媒介して制動力を発生させる既存のブレーキシステムに加えて、電気系統を媒介して制動力を発生させる、バイ・ワイヤ(By Wire)式のブレーキシステムを備えている。
【0021】
車両用制動装置10は、図1に示すように、疑似制動液圧発生装置14と、電動サーボブレーキ装置(ESB装置)16と、車両挙動安定化支援装置(VSA装置)18と、などを備えて構成されている。疑似制動液圧発生装置14、ESB装置16、VSA装置18は、図1に示すように、ブレーキ液を通流させる配管チューブ22a〜22fを介して相互に連通接続されている。
【0022】
疑似制動液圧発生装置14は、運転者がブレーキペダル12を介して入力操作した踏力を疑似制動液圧に変換する。疑似制動液圧発生装置14は、図1に示すように、マスタシリンダ34、常開型の第1及び第2マスタカットバルブ60a,60b、一対の制動液圧センサPm,Pp、並びにストロークシミュレータ64を備えて構成されている。
【0023】
マスタシリンダ34は、ブレーキペダル12を介して入力操作される運転者の踏力を、疑似制動液圧に変換することにより、ブレーキペダル12の操作に応じた疑似制動液圧を発生させる。
【0024】
第1及び第2マスタカットバルブ60a,60bは、マスタシリンダ34及びESB装置16の間を連通接続する配管チューブ22a,22dに介在するようにそれぞれ設けられている。第1及び第2マスタカットバルブ60a,60bは、車両用制動装置10の正常作動時において、図1に示すように、励磁制御(配管チューブ22a,22dを遮断)される。これにより、マスタシリンダ34と、四つの各車輪を制動するためのディスクブレーキ機構30a〜30d(ホイールシリンダ32FR,32RL,32RR,32FLを含む)との間の連通を遮断することで、ESB装置16が発生する制動液圧を用いてディスクブレーキ機構30a〜30dを作動させる。
なお、以下の説明において、ホイールシリンダ32FR,32RL,32RR,32FLを総称するときは、ホイールシリンダ32と呼ぶことにする。
【0025】
一対の制動液圧センサPm,Ppは、マスタシリンダ34及びESB装置16の間を連通接続する配管チューブ22a,22dに介在するようにそれぞれ設けられている。制動液圧センサPmは、マスタシリンダ34で発生した疑似制動液圧を検出する機能を有する。また、制動液圧センサPpは、第2マスタカットバルブ60bの下流側の制動液圧を検出する機能を有する。
【0026】
ストロークシミュレータ64は、配管チューブ22dから分岐される分岐配管22gを介して、マスタシリンダ34に連通接続されている。分岐配管22gには、分岐配管22gを開放又は遮断する常閉型のストロークシミュレータバルブ62が設けられている。ストロークシミュレータバルブ62は、車両用制動装置10の正常作動時において、図1に示すように、励磁制御(分岐配管22gを開放)される。これにより、ストロークシミュレータ64は、分岐配管22gが開放された状態でマスタシリンダ34で生じた疑似制動液圧を弾発的に吸収することにより、運転者によるブレーキペダル12の制動操作に対して疑似的な反力を創り出す役割を果たす。
【0027】
ESB装置16は、マスタシリンダ34で発生した疑似制動液圧に応じて、又は、マスタシリンダ34で発生した疑似制動液圧とは無関係に、制動液圧を発生させる機能を有する。ESB装置16は、図1に示すように、制動モータ73や、第1及び第2のスレーブピストン88a,88bなどを備えて構成されている。第1及び第2のスレーブピストン88a,88bは、制動モータ73の回転駆動力を受けて制動液圧を発生させる役割を果たす。
【0028】
VSA装置18は、制動操作時における車輪のロックを防ぐABS機能、加速時等における車輪の空転を防ぐTCS(トラクション・コントロール・システム)機能、旋回時の横すべり等を抑制する機能、及び、自車両の衝突時に、運転者の制動操作に関わらず緊急制動制御を行う機能(詳しくは後記する)を有する。こうした諸機能を実現するために、VSA装置18は、ESB装置16で発生した制動液圧を調整することにより、車両の挙動安定化を支援する。
ESB装置16及びVSA装置18は、本発明の“制動力発生部”に相当する。
【0029】
詳しく述べると、VSA装置18は、ESB装置16のスレーブシリンダ35で発生した制動液圧を検出する制動液圧センサPh、制動液を加圧するための加圧ポンプ136、加圧ポンプ136を駆動するためのポンプモータ(加圧モータ)135や、レギュレータバルブ116、第1インバルブ120、第2インバルブ124、第1アウトバルブ128、第2アウトバルブ130、リザーバ132、サクションバルブ142などを備えて構成されている。
【0030】
VSA装置18の作動によってVSA制動液圧を調圧するには、次の手順を採用すればよい。VSA装置18は、まず、その給液経路に設けられた常閉型のサクションバルブ142を励磁し開弁した状態で、ポンプモータ(加圧モータ)135を用いて加圧ポンプ136を駆動する。すると、サクションバルブ142を介して吸入され加圧ポンプ136により加圧された制動液が、レギュレータバルブ116、第1インバルブ120、及び第2インバルブ124にそれぞれ供給される。
【0031】
VSA装置18は、レギュレータバルブ116を励磁してその開度を調整することで、VSA制動液圧を目標液圧に調圧すると共に、目標液圧に調圧した制動液を、開弁した第1インバルブ120及び第2インバルブ124をそれぞれ介してホイールシリンダ32FR,32RL,32RR,32FLに供給する。これにより、VSA装置18は、運転者がブレーキペダル12を操作していない状態でも、四輪の制動力を各車輪毎の目標液圧に応じた制動力に制御する。
【0032】
また、例えば、制動中に右前輪(FR)がロック傾向(スリップ傾向)に陥ったとする。かかるケースにおいて、VSA装置18の作動によって右前輪(FR)に係るVSA制動液圧を調圧するには、次の手順を採用すればよい。
すなわち、VSA装置18は、まず、右前輪(FR)に係る液圧経路に設けられた常開型の第1インバルブ120を励磁して閉弁すると共に、常開型の第1アウトバルブ128を励磁して開弁する。これにより、右前輪(FR)のホイールシリンダ32FRに作用している制動液圧を、リザーバ132に逃がすことで所定の圧力まで減圧する。その後、第1アウトバルブ128を消磁して閉弁する。これにより、右前輪(FR)のホイールシリンダ32FRに作用している制動液圧を保持する。
その結果、右前輪(FR)のロック傾向が解消に向かうと、第1インバルブ120を消磁して開弁すると共に、第1アウトバルブ128を消磁して閉弁する。これにより、VSA装置18の上流側に位置するESB装置16からの(必要に応じて加圧ポンプ136により加圧された)制動液圧が、右前輪(FR)のホイールシリンダ32FRに作用して所定の圧力まで増圧される。
この増圧によって右前輪(FR)が再びロック傾向に陥った場合には、前記した減圧→保持→増圧の手順を繰り返す。これにより、VSA装置18は、右前輪(FR)がロック状態(スリップ状態)に陥る事態を抑制しながら、制動距離を短縮するABS制動制御を行うことができる。
なお、上記では右前輪(FR)がロック傾向に陥ったケースでのABS制動制御を例示して説明したが、右前輪(FR)以外の車輪がロック傾向に陥ったケースでも、VSA装置18は、前記に準じた手順を用いてABS制動制御を行うことができる。
【0033】
図1におけるその他の要素については、本発明とは直接的な関係がないので、その説明を省略する。
【0034】
〔車両用制動装置10の基本動作〕
次に、車両用制動装置10の基本動作について説明する。
車両用制動装置10では、ESB装置16の制御を行う後記のESB−ECU29(図2参照)の正常作動時において、運転者がブレーキペダル12を制動操作すると、いわゆるバイ・ワイヤ式のブレーキシステムがアクティブになる。
【0035】
具体的には、正常作動時の車両用制動装置10では、運転者がブレーキペダル12を制動操作すると、図1に示すように、第1及び第2マスタカットバルブ60a,60bが遮断される一方、ストロークシミュレータバルブ62が開放された状態で、ESB装置16が発生する制動液圧を用いてディスクブレーキ機構30a〜30dが作動する。
【0036】
このとき、制動液は、マスタシリンダ34からストロークシミュレータバルブ62を介してストロークシミュレータ64に流れ込む。このため、第1及び第2マスタカットバルブ60a,60bが遮断されていても、マスタシリンダ34からストロークシミュレータ64への制動液の流れが生じるため、ブレーキペダル12にストロークが生じる。
【0037】
一方、車両用制動装置10では、例えばESB装置16が異常状態に陥った際において、運転者がブレーキペダル12を制動操作すると、既存の油圧式のブレーキシステムがアクティブになる。具体的には、異常時の車両用制動装置10では、運転者がブレーキペダル12を制動操作すると、第1及び第2マスタカットバルブ60a,60bをそれぞれ開放状態とし、かつ、ストロークシミュレータバルブ62を遮断状態として、マスタシリンダ34で発生する制動液圧をディスクブレーキ機構30a〜30dのホイールシリンダ32FR,32RL,32RR,32FLに伝達して、ディスクブレーキ機構30a〜30dが作動する。
【0038】
〔車両用制動装置10が有するESB−ECU29及びVSA−ECU31の周辺構成〕
次に、本発明の実施形態に係る車両用制動装置10が有するESB−ECU29及びVSA−ECU31の周辺構成について、図2を参照して説明する。図2は、車両用制動装置10が有するESB−ECU29及びVSA−ECU31の周辺構成を表す説明図である。
【0039】
ESB−ECU29及びVSA−ECU31の各間は、図2に示すように、例えばCAN通信媒体37を介して、相互に情報通信可能に接続されている。
【0040】
CAN通信媒体37とは、車載機器間の情報通信の用途に汎用される多重化されたシリアル通信網である。CAN通信媒体37は、優れたデータ転送速度及びエラー検出能力を有する。ただし、本発明の実施形態で用いる“情報通信媒体”としては、CAN通信媒体37に限定されない。本発明の実施形態で用いる“情報通信媒体”として、例えば“FlexRay(登録商標)”などを採用してもよい。
【0041】
〔ESB−ECU29の構成〕
ESB−ECU29には、図2に示すように、入力系統として、イグニッションキースイッチ(以下“IGキースイッチ”と省略する。)121、車速センサ123、ブレーキペダルセンサ125、ホールセンサ127、及び、制動液圧センサPm,Ppがそれぞれ接続されている。
【0042】
IGキースイッチ121は、車両に搭載された電装部品の各部に、車載バッテリ(不図示)を介して電源を供給する際に操作されるスイッチである。IGキースイッチ121がオン操作されると、ESB−ECU29、及びVSA−ECU31に電源が供給されて、ESB−ECU29、及びVSA−ECU31が起動される。
【0043】
車速センサ123は、車両の走行速度(車速)Vを検出する機能を有する。車速センサ123で検出された車速Vに係る情報は、ESB−ECU29へと送られる。
【0044】
ブレーキペダルセンサ125は、運転者によるブレーキペダル12の操作量(ストローク量)及びトルクを検出する機能を有する。ブレーキペダルセンサ125で検出されたブレーキペダル12の操作量及びトルクに係る情報は、ESB−ECU29へと送られる。
【0045】
ホールセンサ127は、制動モータ73の回転角度(スレーブピストン88a,88bの軸線方向における現在位置情報)を検出する機能を有する。ホールセンサ127で検出された制動モータ73の回転角度に係る情報は、ESB−ECU29へと送られる。
【0046】
制動液圧センサPm,Ppは、制動液圧系統における第1マスタカットバルブ60aの上流側液圧、第2マスタカットバルブ60bの下流側液圧をそれぞれ検出する機能を有する。制動液圧センサPm,Ppで検出された制動液圧系統における各部の液圧情報は、ESB−ECU29へと送られる。
【0047】
一方、ESB−ECU29には、図2に示すように、出力系統として、前記制動モータ73、及び、前記の第1及び第2マスタカットバルブ60a,60b、ストロークシミュレータバルブ62がそれぞれ接続されている。
【0048】
ESB−ECU29は、図2に示すように、第1の情報取得部71、及び、第1の制動制御部77を備えて構成されている。
【0049】
第1の情報取得部71は、IGキースイッチ121のオン・オフ操作に係る情報、車速センサ123で検出される車速Vに係る情報、ブレーキペダルセンサ125で検出されるブレーキペダル12の操作量及び制動トルクに係る情報、ホールセンサ127で検出される制動モータ73の回転角度情報、及び、制動液圧センサPm,Ppで検出される各部の制動液圧に係る情報などを取得する機能を有する。
【0050】
また、第1の情報取得部71は、VSA−ECU31からCAN通信媒体37を介して送られてくる、自車両の衝突有無に係る衝突情報、及び制動液圧センサPhで検出される液圧情報を取得する機能を有する。
【0051】
第1の制動制御部77は、基本的には、第1の情報取得部71で取得される制動操作に係る情報や各部の制動液圧に係る情報などに基づいて、ESB装置16で発生する制動液圧が、制動操作に応じた目標制動液圧に追従するように、ホイールシリンダ32に与える制動液圧を制御する機能を有する。
【0052】
なお、第1の制動制御部77は、自車両が衝突した旨の衝突情報を受信した場合でも、車両用制動装置10が正常に作動している際には、第1及び第2マスタカットバルブ60a,60bを閉止させ、マスタシリンダ34とスレーブシリンダ35間の制動液の流通を遮断すると共に、ストロークシミュレータバルブ62を開放させるように制御する。
【0053】
前記ESB−ECU29は、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)などを備えたマイクロコンピュータにより構成される。このマイクロコンピュータは、ROMに記憶されているプログラムやデータを読み出して実行し、ESB−ECU29が有する、自車両の衝突有無に係る衝突情報を含む各種の情報取得機能、ホイールシリンダ32に与える制動液圧制御機能を含む各種機能に係る実行制御を行うように動作する。
【0054】
〔VSA−ECU31の構成〕
VSA−ECU31には、図2に示すように、車輪速度センサ150、アクセルペダルセンサ151、ヨーレイトセンサ152、Gセンサ153、操舵角センサ155、及び、制動液圧センサPhがそれぞれ接続されている。
【0055】
車輪速度センサ150a〜150dは、各車輪毎の回転速度(車輪速度)をそれぞれ検出する機能を有する。車輪速度センサ150a〜150dでそれぞれ検出される各車輪毎の回転速度に係る情報は、VSA−ECU31へと送られる。
【0056】
アクセルペダルセンサ151は、運転者によるアクセルペダルの操作量(ストローク量)を検出する機能を有する。アクセルペダルセンサ151で検出されたアクセルペダルの操作量に係る情報は、VSA−ECU31へと送られる。
【0057】
ヨーレイトセンサ152は、自車両に発生しているヨーレイトを検出する機能を有する。ヨーレイトセンサ152で検出されたヨーレイトに係る情報は、VSA−ECU31へと送られる。
【0058】
Gセンサ153は、自車両に発生している前後G(前後加減速度)及び横G(横加減速度)をそれぞれ検出する機能を有する。Gセンサ153で検出された自車両の加減速度に係る情報(自車両の加減速度の絶対値)は、VSA−ECU31へと送られる。
【0059】
操舵角センサ155は、ステアリングの操舵量や操舵方向を検出する機能を有する。操舵角センサ155で検出されたステアリングの操舵角に係る情報は、VSA−ECU31へと送られる。
【0060】
制動液圧センサPhは、制動液圧系統のうちVSA装置18の給液経路における制動液圧を検出する機能を有する。制動液圧センサPhで検出されたVSA装置18の給液経路における液圧情報は、ESB−ECU29へと送られる。
【0061】
一方、VSA−ECU31には、図2に示すように、出力系統として、前記ポンプモータ(加圧モータ)135が接続されている。
【0062】
VSA−ECU31は、第2の情報取得部(情報取得部)161、衝突判定部163、異常診断部165、及び、第2の制動制御部(制動制御部)167を備えて構成されている。
【0063】
第2の情報取得部161は、車輪速度センサ150a〜150dでそれぞれ検出される各車輪毎の回転速度(車輪速)に係る情報、アクセルペダルセンサ151で検出されるアクセルペダル(不図示)の加減速操作量に係る情報、ヨーレイトセンサ152で検出される車両に発生しているヨーレイトに係る情報、Gセンサ153で検出される車両に発生している前後G及び横Gに係る情報、操舵角センサ155で検出されるステアリング操舵角に係る情報、及び、制動液圧センサPhで検出されるVSA装置18の給液経路における液圧情報をそれぞれ取得する機能を有する。
【0064】
また、第2の情報取得部161は、ESB−ECU29からCAN通信媒体37を介して送られてくる、車速Vに係る情報、及びブレーキペダル12の操作量に係る情報を取得する機能を有する。
【0065】
衝突判定部163は、Gセンサ153で検出される自車両の加減速度に係る情報に基づいて、自車両の衝突有無に係る判定を行う機能を有する。衝突判定部163は、Gセンサ153で検出された自車両の加減速度の絶対値が、予め定められる衝突判定閾値を超えた場合に、自車両が衝突した旨の判定を下す。なお、前記衝突判定閾値は、自車両に装備されるエアバッグ装置(不図示)の展開要否を判定する際に用いる閾値と共通の値に設定される。
衝突判定部163で下された自車両の衝突有無に係る判定結果の情報は、第2の制動制御部167において、緊急制動制御の実行要否を判定する際などに適宜参照される。
【0066】
異常診断部165は、緊急制動制御の実行に関与する緊急制動機能部材の異常診断を行う機能を有する。緊急制動機能部材としては、例えば、VSA−ECU31、CAN通信媒体37、車速センサ123、車輪速度センサ150、ヨーレイトセンサ152、Gセンサ153、ポンプモータ135、第2の情報取得部161、第2の制動制御部167などを例示することができる。異常診断部165は、前記した緊急制動機能部材のうちいずれかが異常状態に陥ってる場合に、緊急制動機能部材が異常である旨の判定を下す。詳しく述べると、異常診断部165は、例えば、車速Vに係る情報を取得できない場合(CAN通信媒体37の異常・車速センサ123の異常等による)、各車輪毎の回転速度に係る情報やヨーレイトに係る情報が異常値をとる場合に、緊急制動機能部材が異常である旨の判定を下す。
異常診断部165で下された緊急制動機能部材が異常か否かに係る判定結果の情報は、第2の制動制御部167において、緊急制動制御の際に用いる制動力の大きさを設定する際に参照される。
【0067】
第2の制動制御部167は、基本的には、衝突判定部163による自車両の衝突有無に係る判定結果の情報に基づいて、緊急制動制御の実行要否を判定すると共に、この判定の結果、緊急制動制御の実行要の判定が下された場合に、自車両が衝突した際に用いる緊急制動特性(図4参照)に基づくVSA装置18による制動液圧調整機能の発揮によって、各車輪毎の緊急制動制御を行う。ここで、緊急制動特性に基づく制動液圧調整機能の発揮により行われる緊急制動制御とは、本発明の「自車両の衝突有りの判定が衝突判定部163により下された場合に、運転者の制動操作に関わらず、緊急制動要求に基づく制動力を制動力発生部(VSA装置18)に発生させる緊急制動制御」に相当する。
【0068】
また、第2の制動制御部167は、異常診断部165による判定の結果、いずれかの車輪がスリップ状態に陥っている旨の判定が下された場合に、同車輪のスリップ状態を収束させるように前記ABS制動制御を行う。
【0069】
さらに、第2の制動制御部167は、自車両の衝突有りの判定が衝突判定部163により下され、かつ、第2の情報取得部161によりESB−ECU29からCAN通信媒体37を介して取得される車速Vに係る情報(車速情報)が異常である旨の判定が異常診断部165により下された場合に、緊急制動要求に基づく制動力を、前記緊急制動機能部材が正常状態にある際の衝突直前の車速情報に応じた緊急制動要求に基づく制動力と比べて減少させるように動作する。
第2の制動制御部167は、本発明の“制動制御部”に相当する。
【0070】
前記VSA−ECU31は、CPU、ROM、RAMなどを備えたマイクロコンピュータにより構成される。このマイクロコンピュータは、ROMに記憶されているプログラムやデータを読み出して実行し、VSA−ECU31が有する、車速Vに係る情報、車輪速度に係る情報、ヨーレイトに係る情報、前後G及び横Gに係る情報を含む各種の情報を取得する機能、自車両の衝突有無に係る判定を行う機能、緊急制動機能部材の異常診断を行う機能、自車両の衝突時に運転者の制動操作に関わらずVSA装置18による緊急制動制御を実行する機能、自車両の衝突時に、緊急制動機能部材が異常であるか否かに応じて、緊急制動制御の際に用いる制動力の大きさを切り替え設定する機能を含む各種機能に係る制御を行う。
【0071】
〔フローチャートに基づく車両用制動装置10の動作説明〕
次に、本発明の実施形態に係る車両用制動装置10の動作について、図3及び図4を参照して説明する。図3は、車両用制動装置10の動作説明に供するフローチャート図である。図4は、自車両が衝突した際に用いる緊急制動特性線図を、緊急制動機能部材の正常時及び異常時で対比して表す説明図である。
【0072】
図3に示すステップS11において、VSA−ECU31の第2の情報取得部161は、Gセンサ153により検出される前後G及び横Gに係る情報、及び、車速センサ123により検出される車速Vに係る情報を含む各種情報を取得する。
【0073】
ステップS12において、VSA−ECU31の衝突判定部163は、ステップS11で取得した前後G及び横Gに係る情報に基づいて、自車両の衝突有無に係る判定を行う。
【0074】
ステップS12の判定の結果、自車両の衝突無しの判定が下されると(ステップS12の“No”)、VSA−ECU31は、処理の流れをステップS11に戻し、自車両の衝突有りの判定が下されるまで、ステップS11〜S12のループ処理を繰り返す。
一方、ステップS12の判定の結果、自車両の衝突有りの判定が下されると(ステップS12の“Yes”)、VSA−ECU31は、処理の流れを時分割並列処理(ステップS13、及び緊急制動制御に係るステップS19)へと進ませる。時分割並列処理では、VSA−ECU31は、ステップS13〜S18に係るループ処理(緊急制動制御中の異常診断処理)と、ステップS19〜ステップS22に係るループ処理(緊急制動制御処理)とを、みかけ上同時に行う。
【0075】
ステップS13において、VSA−ECU31の第2の情報取得部161は、各車輪毎の車輪速に係る情報、ヨーレイトに係る情報、及び、ESB−ECU29からCAN通信媒体37を介して送られてくる車速Vに係る情報を取得する。
【0076】
ステップS14において、VSA−ECU31の異常診断部165は、CAN通信媒体37、車速センサ123、車輪速度センサ150、ヨーレイトセンサ152を含む緊急制動機能部材の異常診断を行う。
【0077】
ステップS15において、VSA−ECU31の異常診断部165は、前記緊急制動機能部材のうちいずれかが異常状態に陥っているか否かに係る判定を行う。
【0078】
ステップS15の判定の結果、前記緊急制動機能部材の全てが正常である(異常でない)旨の判定が下されると(ステップS15の“No”)、VSA−ECU31は、処理の流れをステップS13に戻し、前記緊急制動機能部材のうちいずれかが異常状態に陥っている旨の判定が下される(ステップS15の“Yes”)まで、ステップS13〜S15のループ処理を繰り返す。
【0079】
ステップS16において、VSA−ECU31の第2の制動制御部167は、緊急制動要求に基づく制動力を、前記緊急制動機能部材の全てが正常状態にある際の衝突直前の車速情報に応じた緊急制動要求に基づく制動力と比べて減少させる制動力更新要求を発行する。
【0080】
ステップS17において、VSA−ECU31の異常診断部165は、車速Vに係る情報(車速情報)が異常か否かに係る判定を行う。
【0081】
ステップS17の判定の結果、車速Vに係る情報(車速情報)が正常である(異常でない)旨の判定が下されると(ステップS17の“No”)、VSA−ECU31は、処理の流れをステップS14に戻し、以降の処理を順次実行させる。一方、ステップS17の判定の結果、車速Vに係る情報(車速情報)が異常(CAN通信媒体37の異常・車速センサ123の異常等による)である旨の判定が下されると(ステップS17の“Yes”)、VSA−ECU31は、処理の流れを次のステップS18に進ませる。
【0082】
ステップS18において、VSA−ECU31の第2の制動制御部167は、緊急制動制御の終了条件を、衝突時点(ただし、緊急制動制御開始時点でも構わない)から所定時間T1が経過するまでに更新する終了条件更新要求を発行する。その後、VSA−ECU31は、処理の流れをステップS13に戻し、以降の処理を順次実行させる。
【0083】
さて一方、ステップS19において、VSA−ECU31の第2の制動制御部167は、緊急制動機能部材の正常時における緊急制動特性(図4参照)に基づいて、そのときの車速Vに応じた減速度を実現可能な所定の制動力を用いた緊急制動制御を行う。ここで、図4に示す緊急制動特性では、車速閾値Vth以下の車速領域において、衝突時の車速に関わらず所定の減速度を維持する特性を示す一方、車速閾値Vthを超える車速領域において、車速Vの変化に対応する推奨減速度の関係で表された特性を示す。
【0084】
ステップS20において、VSA−ECU31の第2の制動制御部167は、制動力更新要求が発行されているか否かを判定する。
【0085】
ステップS20の判定の結果、制動力更新要求が発行されていない旨の判定が下されると(ステップS20の“No”)、VSA−ECU31は、処理の流れをステップS19に戻し、制動力更新要求が発行された旨の判定が下されるまで、ステップS19の、緊急制動機能部材の正常時における緊急制動特性に基づく緊急制動制御に係る処理を繰り返す。
【0086】
一方、ステップS20の判定の結果、制動力更新要求が発行された旨の判定が下された旨の判定が下されると(ステップS20の“Yes”)、VSA−ECU31は、処理の流れを次のステップS21へと進ませる。
【0087】
ステップS21において、VSA−ECU31の第2の制動制御部167は、緊急制動要求に基づく制動力を、前記緊急制動機能部材の全てが正常状態にある際の衝突直前の車速情報に応じた緊急制動要求に基づく制動力と比べて減少させる制動力更新処理を行う。具体的には、VSA−ECU31の第2の制動制御部167は、緊急制動要求に基づく制動力を、緊急制動機能部材の正常時における緊急制動特性(図4参照)に基づく車速Vに応じた減速度を実現可能な所定の制動力から、緊急制動機能部材の異常時における緊急制動特性(図4参照)に基づく減速度を実現可能な所定の制動力に減少させる。
【0088】
ステップS22において、VSA−ECU31は、緊急制動制御に係る終了条件を充足したか否かを判定する。ここで、緊急制動機能部材の正常時における緊急制動制御に係る終了条件としては、例えば、自車両が停車(車速Vが0km/h)し、かつ、衝突時点(ただし、緊急制動制御開始時点でも構わない)から所定時間T0が経過したことを採用すればよい。こうした終了条件を充足した後では、緊急制動制御を終了しても何らの支障も生じないと推察されるからである。
また、車速Vに係る情報(車速情報)の異常時における緊急制動制御に係る終了条件は、衝突時点(ただし、緊急制動制御開始時点でも構わない)から所定時間T1が経過したことが採用される。ここで、所定時間T1としては、減少された制動力を用いた緊急制動制御が行われることによって自車両が停車するに至ることを考慮した時間長を適宜設定すればよい。
【0089】
ステップS22の判定の結果、緊急制動制御に係る終了条件を充足しない(緊急制動機能部材の正常時において、自車両が停車していないか又は衝突時点から所定時間T0が経過していない/車速Vに係る情報(車速情報)の異常時において、衝突時点から所定時間T1が経過していない)旨の判定が下されると(ステップS22の“No”)、VSA−ECU31は、処理の流れをステップS19に戻し、緊急制動制御に係る終了条件を充足した旨の判定が下されるまで、ステップS19の緊急制動制御に係る処理を繰り返す。
【0090】
一方、ステップS22の判定の結果、緊急制動制御に係る終了条件を充足した(緊急制動機能部材の正常時において、自車両が停車し、かつ、衝突時点から所定時間T0が経過した/車速Vに係る情報(車速情報)の異常時において、衝突時点から所定時間T1が経過した)旨の判定が下されると(ステップS22の“Yes”)、VSA−ECU31は、処理の流れを次のステップS23へと進ませる。
【0091】
ステップS23において、VSA−ECU31は、緊急制動制御に係る処理を終了させた後、一連の処理の流れを終了させる。
【0092】
〔本発明の実施形態に係る車両用制動装置10の作用効果〕
次に、本発明の実施形態に係る車両用制動装置10の作用効果について説明する。
第1の観点(請求項1に対応)に基づく車両用制動装置10は、自車両を制動するための制動要求(運転者による制動操作に従う制動要求、及び、VSA装置18の制御に従う緊急制動要求の両者を含む)に基づく制動力を発生するVSA装置(制動力発生部)18と、自車両の車速情報及び加減速度に係る情報を取得する第2の情報取得部(情報取得部)161と、自車両の衝突有無を判定する衝突判定部163と、自車両の衝突有りの判定が衝突判定部163により下された場合に、運転者の制動操作に関わらず、車速情報に応じた減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力をVSA装置18に発生させる緊急制動制御を行う第2の制動制御部(制動制御部)167と、緊急制動制御の実行に関与する車速情報の異常診断を行う異常診断部165と、を備える。
第2の制動制御部(制動制御部)167は、自車両の衝突有りの判定が衝突判定部163により下され、かつ、車速情報が異常である旨の判定が異常診断部165により下された場合に、異常値である車速情報に応じた減速度として、衝突直前の正常値である車速情報に応じた減速度と比べて低い固定値を設定し、当該設定した固定値の減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力を用いて緊急制動制御を行う。
【0093】
仮に、自車両の衝突有りの判定が下され、かつ、緊急制動制御の実行に関与する車速情報が異常である旨の判定が下された場合に、緊急制動制御の実行を停止させると、衝突後の自車両は、運転者の制動操作に基づく制動制御によって停車することになる。ところが、車速情報が異常であるケースにおいて、緊急制動制御機能の全てが即時に不能になることは稀である。また、一般の運転者は、衝突後の制動操作に不慣れであり、衝突時の衝撃によって、運転者による制動操作が不能となることも想定される。
一方、自車両の衝突有りの判定が下され、かつ、車速情報が異常である旨の判定が下された場合に、緊急制動制御に係る制動力を、車速情報が正常ある際の緊急制動要求に基づく制動力と同等に維持させると、例えば、過剰な制動力が生じて自車両の乗員に違和感を抱かせることが懸念される。
【0094】
そこで、第1の観点に基づく車両用制動装置10では、第2の制動制御部(制動制御部)167は、自車両の衝突有りの判定が下され、かつ、緊急制動制御の実行に関与する車速情報が異常である旨の判定が下された場合に、異常値である車速情報に応じた減速度として、衝突直前の正常値である車速情報に応じた減速度と比べて低い固定値を設定し、当該設定した固定値の減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力を用いて緊急制動制御を行うこととした。
【0095】
第1の観点に基づく車両用制動装置10によれば、自車両が衝突事故に遭遇し、かつ緊急制動機能が部分的に異常状態に陥り、さらに、正規の車速情報を取得できないケースであっても、自車両の乗員に違和感を抱かせることなく、自車両の緊急制動制御を可及的に維持することができる。
【0099】
また、第2の観点(請求項2に対応)に基づく車両用制動装置10は、第1の観点に基づく車両用制動装置10であって、第2の制動制御部(制動制御部)167は、自車両の衝突有りの判定が衝突判定部163により下され、かつ、車速情報が異常である旨の判定が異常診断部165により下された場合に、前記設定した固定値の減速度に従う緊急制動要求に基づく制動力を用いた前記緊急制動制御を、所定時間T1が経過するまで継続して行う。
【0100】
一般に、緊急制動制御の終了時期は、例えば、衝突後の自車両が停車したか否かを車速情報を参照することで判定し、衝突後の自車両が停車した旨の判定が下されたタイミングを、緊急制動制御の終了時期として採用する。ここで、正規の車速情報を取得できないケースでは、緊急制動制御の終了時期を、いかにして設定するかが問題となる。
そこで、第2の観点に基づく車両用制動装置10では、第2の制動制御部(制動制御部)167は、自車両の衝突有りの判定が衝突判定部163により下され、かつ、車速情報が異常である旨の判定が異常診断部165により下された場合に、前記設定した固定値の減速度に従う緊急制動要求に基づく減少した制動力を用いた緊急制動制御を、所定時間T1が経過するまで継続して行うこととした。
【0101】
第2の観点に基づく車両用制動装置10によれば、第1の観点に基づく車両用制動装置10の効果に加えて、正規の車速情報を取得できないケースであっても、緊急制動制御の終了時期を適切に設定することができる。
【0102】
〔その他の実施形態〕
以上説明した複数の実施形態は、本発明の具現化の例を示したものである。したがって、これらによって本発明の技術的範囲が限定的に解釈されることがあってはならない。本発明はその要旨又はその主要な特徴から逸脱することなく、様々な形態で実施することができるからである。
【0103】
例えば、本発明に係る実施形態において、VSA−ECU31は、自車両の衝突有りの判定が下されると、処理の流れを時分割並列処理(緊急制動制御中の異常診断処理、及び緊急制動制御処理)に移行させる例をあげて説明したが、本発明はこの例に限定されない。前記時分割並列処理に代えて、相互に連携動作する複数のCPUを有するVSA−ECU31を用いて、複数のCPUのそれぞれに、緊急制動制御中の異常診断処理、緊急制動制御処理を実行させる構成を採用してもよい。
【0104】
また、本発明に係る実施形態において、VSA−ECU31は、CAN通信媒体37、車速センサ123、車輪速度センサ150、ヨーレイトセンサ152を含む緊急制動機能部材の異常診断を行い、これら緊急制動機能部材のうちいずれかが異常状態に陥っている旨の判定が下された場合に、緊急制動要求に基づく制動力を、前記緊急制動機能部材の全てが正常状態にある際の衝突直前の車速情報に応じた緊急制動要求に基づく制動力と比べて減少させる例をあげて説明した。
【0105】
前記緊急制動機能部材のうち、例えば車輪速度センサ150が異常状態に陥ると、VSA−ECU31は、ABS機能の遂行によって制動操作時における車輪のロックを防ぐ制御を行うことが困難になる。この点、本発明に係る実施形態では、車輪速度センサ150が異常状態に陥ると、緊急制動要求に基づく制動力を、前記緊急制動機能部材の全てが正常状態にある際の衝突直前の車速情報に応じた緊急制動要求に基づく制動力と比べて減少させるように動作する。
そのため、本発明の実施形態に係る車両用制動装置10によれば、車輪速度センサ150が異常状態に陥った場合に、制動操作時に車輪のロックが生じる事態を抑制する効果を期待することができる。
【0106】
また、前記緊急制動機能部材のうち、例えばヨーレイトセンサ152が異常状態に陥ると、VSA−ECU31は、AYC(アクティブ・ヨー・コントロール)機能の遂行によって自車両の挙動を安定化させる制御を行うことが困難になる。この点、本発明に係る実施形態では、ヨーレイトセンサ152が異常状態に陥ると、各車輪への制動力の配分比を直前の状態に維持したままで、緊急制動要求に基づく制動力を、前記緊急制動機能部材の全てが正常状態にある際の衝突直前の車速情報に応じた緊急制動要求に基づく制動力と比べて減少させるように動作する。
そのため、本発明の実施形態に係る車両用制動装置10によれば、ヨーレイトセンサ152が異常状態に陥った場合に、車両の挙動が急変する事態を抑制する効果を期待することができる。
【0107】
また、本発明に係る実施形態において、VSA装置18は、単独で緊急制動制御を実行する例をあげて説明したが、本発明はこの例に限定されない。VSA装置18及びESB装置16が連携して緊急制動制御を実行する態様を採用してもよい。
【符号の説明】
【0108】
10 車両用制動装置
16 ESB装置(制動力発生部)
18 VSA装置(制動力発生部)
161 第2の情報取得部(情報取得部)
163 衝突判定部
165 異常診断部
167 第2の制動制御部(制動制御部)
図1
図2
図3
図4