特許第6248802号(P6248802)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6248802アルカリ土類金属および第4族元素を含むペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6248802
(24)【登録日】2017年12月1日
(45)【発行日】2017年12月20日
(54)【発明の名称】アルカリ土類金属および第4族元素を含むペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 23/04 20060101AFI20171211BHJP
【FI】
   C01G23/04 Z
【請求項の数】1
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2014-104058(P2014-104058)
(22)【出願日】2014年5月20日
(65)【公開番号】特開2015-166302(P2015-166302A)
(43)【公開日】2015年9月24日
【審査請求日】2017年2月8日
(31)【優先権主張番号】特願2014-27927(P2014-27927)
(32)【優先日】2014年2月17日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006231
【氏名又は名称】株式会社村田製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大地 宏明
【審査官】 山口 俊樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−149349(JP,A)
【文献】 特開2007−176789(JP,A)
【文献】 特開平07−025611(JP,A)
【文献】 特開2009−114015(JP,A)
【文献】 特開昭61−031345(JP,A)
【文献】 特開平03−159903(JP,A)
【文献】 特開平05−208860(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G1/00−23/08
25/00−47/00,
49/10−99/00
C01B13/00−13/36
C01F1/00−17/00
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クエン酸を含むアルカリ土類金属炭酸塩粉末、および第4族元素酸化物粉末を含む出発原料を準備すると共に、炭素原子主鎖と偶数個のカルボキシル基とを有し、かつ全てのカルボキシル基が、カルボキシル基対となっている有機酸Aと、前記有機酸Aの無水物である有機酸Bと、前記有機酸Aおよび前記有機酸Bのうち少なくとも1種類を含む重合体または共重合体である有機酸Cとの中から選ばれる少なくとも1種類の有機酸である第1の添加物とを準備する第1の工程と、
前記アルカリ土類金属炭酸塩粉末を含む第1の水系スラリーを作製し、前記第1の水系スラリー中における、アルカリ土類金属の溶出モル数を測定する第2の工程と、
前記第1の工程で準備した前記出発原料と、前記第2の工程において測定されたアルカリ土類金属の溶出モル数に対する、水中におけるカルボキシル基の数の比が2〜10となるように添加された前記第1の添加物とを含む、第2の水系スラリーを作製する第3の工程と、
前記第3の工程で作製した前記第2の水系スラリーを乾燥し、前記出発原料の混合粉末を得る第4の工程と、
前記第4の工程で得た前記出発原料の混合粉末を仮焼し、アルカリ土類金属および第4族元素を含むペロブスカイト構造を有する酸化物粉末を得る第5の工程と、
を備えることを特徴とする、アルカリ土類金属および第4族元素を含むペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、アルカリ土類金属および第4族元素を含むペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の製造方法をその技術対象としている。この発明は、特に固相反応法を用いてペロブスカイト構造を有する酸化物粉末を製造する際に問題となる、仮焼後粉末の1次粒子径のばらつきを低減するための、出発原料粉末の水系スラリーの改良に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アルカリ土類金属をAサイト元素として含み、第4族元素をBサイト元素として含むペロブスカイト構造を有する酸化物は、積層セラミックコンデンサの誘電体セラミック層を構成するセラミック材料の主成分として用いられている。そのようなペロブスカイト構造を有する酸化物の代表的なものとして、BaTiO3を挙げることができる。
【0003】
積層セラミックコンデンサの小型化および大容量化を図るためには、誘電体セラミック層の薄層化が有効である。そして、誘電体セラミック層の薄層化を図るためには、それに用いられるペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の1次粒子径のばらつきが小さいことが望まれる。ここで、1次粒子とは、外見上の幾何学的形態から判断した、粉体系を構成する最も基本的な単位粒子のことを指す。
【0004】
1次粒子径のばらつきが小さいペロブスカイト構造を有する酸化物粉末を容易に得る方法としては、水熱合成法や加水分解法が提案され、実用化されている。しかしながら、これらの方法では、酸化物粉末の製造のためのコストが高くなるという欠点を有している。そのため、ペロブスカイト構造を有する酸化物粉末は、一般的には出発原料を混合し、仮焼する固相反応法によって製造される。
【0005】
このような固相反応法により、微粒で均質なBaTiO3粉末を製造するための方法として、例えば特開2003−2739号公報(特許文献1)に記載のようなBaTiO3粉末の製造方法が提案されている。
【0006】
特許文献1に記載のBaTiO3粉末の製造方法は、出発原料として用意するBaCO3粉末およびTiO2粉末の比表面積を規定している。すなわち、BaCO3粉末として、比表面積が20m2/g以上のものが用いられ、TiO2粉末として、BaCO3粉末の比表面積に対するTiO2粉末の比表面積の比率が1以上のものが用いられている。
【0007】
特許文献1に記載のBaTiO3粉末の製造方法では、上記のBaCO3粉末およびTiO2粉末の混合粉末を仮焼することにより、微粒で正方晶の割合が高く、かつ均質なBaTiO3粉末を得ることができるとされている。
【0008】
また、上記のような高比表面積のBaCO3粉末を得るための方法としては、例えば特開2007−176789号公報(特許文献2)に記載のようなBaCO3粉末の製造方法が提案されている。
【0009】
特許文献2に記載のBaCO3粉末の製造方法では、クエン酸が添加された所定の濃度のBa(OH)2粉末の水系スラリーを撹拌しながら、スラリー中にCO2ガスを所定の条件で導入して、微粒のBaCO3粉末を得ている。
【0010】
特許文献2に記載のBaCO3粉末の製造方法では、比表面積が52m2/g以上の針状BaCO3を得ることができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2003−2739号公報
【特許文献2】特開2007−176789号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
特許文献2に記載のBaCO3粉末の製造方法では、反応により生成したBaCO3粒子のスラリーをろ過し、水洗した後、乾燥することにより、針状BaCO3粉末を得ている。この場合、クエン酸が針状BaCO3粉末の表面に必ず幾らかは付着して残留する。特許文献2では、針状BaCO3粉末にクエン酸が残留していることを、むしろ好ましい状態としている。
【0013】
一方、例えば特許文献1の製造方法のように、BaCO3粉末およびTiO2粉末を水中で混合して水系スラリーとした際には、クエン酸の残留量が多いほど、BaCO3粉末から水中へ溶出するBaイオンの量は増加する。
【0014】
水中へ溶出したBaイオンは、空気中のCO2ガスと結合し、水系スラリーの液面近傍で微小なBaCO3として不均質に再析出し、さらに凝集する。そのため、水系スラリーを乾燥して得られるBaCO3粉末およびTiO2粉末の混合粉末中のBaの均一性が低下する。
【0015】
BaTiO3の固相反応では、Ba/Ti比によりBaTiO3の合成、粒成長の度合いは大きく変化するため、Baの均一性が低下した混合粉末を仮焼した場合、混合粉末全体として均一な反応、粒成長が進まない。
【0016】
本件発明者は、製造過程でクエン酸を用いた場合、BaCO3粉末およびTiO2粉末の混合粉末を仮焼して得られるBaTiO3粉末は、上記のメカニズムにより、1次粒子径のばらつきが大きくなることを突き止めた。
【0017】
また、同様の問題には、Ba以外のアルカリ土類金属およびTi以外の第4族元素を含むペロブスカイト構造を有する酸化物粉末を製造する際にも遭遇し得る。
【0018】
そこで、この発明の目的は、上記の事柄に鑑み、仮焼後粉末の1次粒子径のばらつきを低減する、アルカリ土類金属および第4族元素を含むペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の製造方法を提供しようとすることである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本件発明者は、鋭意研究を重ねた結果、クエン酸を含むアルカリ土類金属炭酸塩粉末および第4族元素酸化物粉末の水系スラリーに特定の添加物を添加することにより、上記の課題を解決できることを見出し、この発明を為すに至った。
【0020】
すなわち、この発明では、アルカリ土類金属および第4族元素を含むペロブスカイト構造を有する酸化物粉末を製造する際に、出発原料の混合粉末を得るために作製する、出発原料粉末の水系スラリーについての改良が図られる。
【0021】
この発明に係るアルカリ土類金属および第4族元素を含むペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の製造方法は、以下の第1〜第5の工程を備える。
【0022】
第1の工程では、クエン酸を含むアルカリ土類金属炭酸塩粉末、および第4族元素酸化物粉末を含む出発原料と共に、第1の添加物を準備する。第1の添加物は、有機酸A〜Cの中から選ばれる少なくとも1種類の有機酸である。
【0023】
有機酸Aは、炭素原子主鎖と偶数個のカルボキシル基とを有し、かつ全てのカルボキシル基がカルボキシル基対となっているものである。ここで、カルボキシル基対とは、炭素原子主鎖において隣接する炭素原子がそれぞれ有しているカルボキシル基が、炭素原子主鎖を軸にして、同じ側に隣接して存在しており、対を成している状態を指す。
【0024】
有機酸Bは、有機酸Aの無水物である。有機酸Bは、水中では加水分解により有機酸Aと同等のものとなる。
【0025】
有機酸Cは、有機酸Aおよび有機酸Bのうち少なくとも1種類を含む重合体または共重合体である。
【0026】
第2の工程では、クエン酸を含むアルカリ土類金属炭酸塩粉末を含む第1の水系スラリーを作製し、第1の水系スラリー中における、アルカリ土類金属の溶出モル数を測定する。
【0027】
第3の工程では、第1の工程で準備した出発原料と、第1の添加物とを含む、第2の水系スラリーを作製する。その際、第1の添加物は、第2の工程において測定されたアルカリ土類金属の溶出モル数に対する、水中におけるカルボキシル基の数の比が2〜10となるように、第2の水系スラリー中に添加される。
【0028】
第4の工程では、第3の工程で作製した第2の水系スラリーを乾燥し、出発原料の混合粉末を得る。
【0029】
第5の工程では、第4の工程で得た出発原料の混合粉末を仮焼し、アルカリ土類金属および第4族元素を含むペロブスカイト構造を有する酸化物粉末を得る。
【発明の効果】
【0030】
上記のペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の製造方法では、第1の添加物を第2の水系スラリー中に添加することにより、第2の水系スラリー中におけるアルカリ土類金属炭酸塩の不均質な再析出および凝集による偏析が抑制される。
【0031】
すなわち、第2の水系スラリーを乾燥して得られるアルカリ土類金属炭酸塩粉末および第4族元素酸化物粉末の混合粉末中において、アルカリ土類金属の均一性が高く維持される。
【0032】
したがって、上記のペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の製造方法では、1次粒子径のばらつきが小さく、かつ微粒のペロブスカイト構造を有する酸化物粉末を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】出発原料の混合粉末中におけるアルカリ土類金属の均一性を評価する指標であるアルカリ土類金属均一領域についての説明図である。(A)は分析領域内の一辺が長さaの正方形の複数の区画における特性X線の強度の平均値SXiのばらつきσSXが、所定の値bより大きい場合を示す。(B)は特性X線の強度の平均値のばらつきσSXが、区画の場所によらず所定の値bより小さくなる区画の一辺の長さaの最小値amin(アルカリ土類金属均一領域)が見出された状態を示す。
図2】この発明の実施形態に係る積層セラミックコンデンサ1の正面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
−実施の形態−
以下にこの発明の実施形態を示して、この発明の特徴とするところをさらに詳しく説明する。
【0035】
<ペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の製造方法>
この発明に係るアルカリ土類金属および第4族元素を含むペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の製造方法は、以下の第1〜第5の工程を含む。各工程について、工程順に説明する。
【0036】
<第1の工程>
第1の工程は、ペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の、クエン酸を含む出発原料と共に、出発原料の水系スラリー中におけるアルカリ土類金属炭酸塩の不均質な再析出および凝集による偏析を抑制する第1の添加物を準備する工程である。
【0037】
ペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の出発原料として、前述の特許文献2に記載されているような、クエン酸を含む微粒のアルカリ土類金属炭酸塩粉末、および微粒の第4族元素酸化物粉末を準備する。
【0038】
具体的には、アルカリ土類金属炭酸塩粉末として、BaCO3粉末、CaCO3粉末、およびSrCO3粉末の中から選ばれる少なくとも1種類を準備する。また、第4族元素酸化物粉末として、TiO2粉末、ZrO2粉末およびHfO2粉末の中から選ばれる少なくとも1種類を準備する。
【0039】
なお、ペロブスカイト構造のAサイト元素の出発原料として、Bi、Mgおよび希土類元素の酸化物など、上記のアルカリ土類金属炭酸塩以外の化合物が含まれていてもよい。同様に、ペロブスカイト構造のBサイト元素の出発原料として、Sn、NbおよびTaの酸化物など、上記の第4族元素酸化物以外の化合物が含まれていてもよい。
【0040】
また、第1の添加物として、有機酸A〜Cの中から選ばれる少なくとも1種類の有機酸を準備する。有機酸Aは、炭素原子主鎖と偶数個のカルボキシル基とを有し、かつ全てのカルボキシル基がカルボキシル基対となっているものである。有機酸Bは、有機酸Aの無水物である。有機酸Bは、水中では加水分解により有機酸Aと同等のものとなる。有機酸Cは、有機酸Aおよび有機酸Bのうち少なくとも1種類を含む重合体または共重合体である。
【0041】
前述のように、カルボキシル基対とは、炭素原子主鎖において隣接する炭素原子がそれぞれ有しているカルボキシル基が、炭素原子主鎖を軸にして、同じ側に隣接して存在しており、対となっている状態を指す。有機酸が立体構造を有し、かつ有機酸がカルボキシル基対を複数有する場合、それぞれのカルボキシル基対が異なる平面上にあってもよい。このカルボキシル基対について、以下で具体的に説明する。
【0042】
炭素原子主鎖と偶数個のカルボキシル基とを有し、かつ全てのカルボキシル基がカルボキシル基対となっている有機酸Aとしては、マレイン酸、酒石酸、1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸などが挙げられる。
【0043】
例えば、マレイン酸は、下記の構造式(1)で表される。
【0044】
【化1】
【0045】
マレイン酸は、2つの炭素原子が二重結合により結合しており、いわゆるシス体となっている。この場合、2つの炭素原子が炭素原子主鎖を構成しており、それぞれの炭素原子が有しているカルボキシル基が、炭素原子主鎖を軸にして同じ側に2つ存在し、1つのカルボキシル基対を成している。
【0046】
なお、有機酸Aとしては、シス体に限らず、酒石酸のように炭素原子主鎖の結合が単結合で、2つのカルボキシル基が炭素原子主鎖を軸にして同じ側に存在し、対となり得るものであってもよい。
【0047】
また、1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸は、下記の構造式(2)で表される。
【0048】
【化2】
【0049】
1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸は、4つの炭素原子が結合して炭素原子主鎖を構成している。その炭素原子主鎖において、隣接する炭素原子がそれぞれ有しているカルボキシル基が、炭素原子主鎖を軸にして、一方側に隣接して2つ、他方側に隣接して2つ存在している。したがって、1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸は、炭素元素主鎖の一方側に1つ、他方側にもう1つの2つのカルボキシル基対を有している。
【0050】
有機酸Aの無水物である有機酸Bとしては、無水マレイン酸、1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸二無水物などが挙げられる。
【0051】
例えば、無水マレイン酸は、下記の構造式(3)で表される。
【0052】
【化3】
【0053】
無水マレイン酸は、マレイン酸の有するカルボキシル基対が、分子内で脱水縮合したものであるため、水に溶かすと加水分解して、構造式(1)で表されるマレイン酸となり、1つのカルボキシル基対を有するようになる。
【0054】
また、1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸二無水物は、下記の構造式(4)で表される。
【0055】
【化4】
【0056】
1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸二無水物も無水マレイン酸と同様に、水に溶かすと加水分解して、構造式(2)で表される1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸となり、2つのカルボキシル基対を有するようになる。
【0057】
すなわち、有機酸Bは、水中では加水分解により対応する有機酸Aと同等のものとなる。
【0058】
有機酸Aおよび有機酸Bのうち少なくとも1種類を含む重合体または共重合体である有機酸Cとしては、スチレン−無水マレイン酸共重合体や、オレフィン−無水マレイン酸共重合体などが挙げられる。
【0059】
例えば、スチレン−無水マレイン酸共重合体は、下記の構造式(5)で表される。
【0060】
【化5】
【0061】
スチレン−無水マレイン酸共重合体も無水マレイン酸と同様に、水に溶かすと加水分解して、無水マレイン酸の部分が構造式(1)で表されるマレイン酸となり、重合度に応じた数のカルボキシル基対を有するようになる。
【0062】
クエン酸を含む出発原料の水系スラリー中に第1の添加物を添加することにより、アルカリ土類金属炭酸塩の不均質な再析出および凝集による偏析が抑制されるメカニズムは明らかになっていないが、下記のように推定される。
【0063】
すなわち、アルカリ土類金属がクエン酸により水系スラリー中に溶出したとしても、偶数個のカルボキシル基が全てカルボキシル基対となっている第1の添加物が、多座配位子となってアルカリ土類金属イオンとキレート結合する。その結果、安定かつ分散性のよい、アルカリ土類金属と第1の添加物との錯体が形成される。
【0064】
そのため、アルカリ土類金属イオンが空気中のCO2ガスと結合することがなく、微小なアルカリ土類金属炭酸塩として不均質に再析出したり、さらに凝集したりすることが抑制されると考えられる。しかしながら、上記とは別のメカニズムによる可能性もある。
【0065】
<第2の工程>
第2の工程は、クエン酸を含むアルカリ土類金属炭酸塩粉末を水系スラリーとした場合に、どの程度のアルカリ土類金属が水系スラリー中に溶出するのかを、事前に測定する工程である。
【0066】
そのため、クエン酸を含むアルカリ土類金属炭酸塩粉末を含む第1の水系スラリーを作製し、第1の水系スラリー中における、アルカリ土類金属の溶出モル数を測定する。
【0067】
具体的には、第1の水系スラリーを作製した後、遠心分離およびフィルタリングなどによってアルカリ土類金属炭酸塩粉末を除去し、第1の水系スラリー中に溶出したアルカリ土類金属イオンのみを分析できる溶液サンプルを準備する。この溶液サンプルを、例えばICP−AES(誘導結合プラズマ発光分光分析法)により定量分析し、第1の水系スラリー中のアルカリ土類金属の溶出モル数を測定する。
【0068】
<第3の工程>
第3の工程は、出発原料の混合粉末を得るための水系スラリーを作製する工程である。
【0069】
具体的には、第1の工程で準備した出発原料と、第1の添加物とを含む、第2の水系スラリーを作製する。その際、第1の添加物は、第2の工程において測定されたアルカリ土類金属の溶出モル数に対する、水中におけるカルボキシル基の数の比が2〜10となるように、第2の水系スラリー中に添加される。第1の添加物として有機酸Bを用いる場合は、アルカリ土類金属の溶出モル数に対する、加水分解後の有機酸Aが有するカルボキシル基の数の比が2〜10となるように第2の水系スラリー中に添加される。
【0070】
第2の水系スラリーを作製するための混合方法に特別の制約はないが、PSZ(部分安定化ジルコニア)などのメディアを用いた混合方法の場合、ZrO2のコンタミネーションの可能性がある。そのため、そのようなコンタミネーションを見込んで、第4族元素のモル数に対するアルカリ土類金属のモル数の比を予め調整した上で、第2の水系スラリーを作製することが好ましい。また、上記の調整の精度を考慮して、ZrO2のコンタミネーションを避けたい場合には、高圧分散機のような、メディアレスの混合方法を用いてもよい。
【0071】
なお、第2の水系スラリーの調合時に、第2の水系スラリー中の出発原料の分散性を向上させるため、例えばポリカルボン酸系分散剤のような第2の添加物を添加してもよい。
【0072】
<第4の工程>
第4の工程は、第3の工程で作製した第2の水系スラリーを乾燥し、出発原料の混合粉末を得る工程である。
【0073】
乾燥方法に特別の制約はないが、噴霧乾燥のように、乾燥と同時に適切な大きさに粉末化できる方法で行なうことが好ましい。また、蒸発乾燥させて塊状になったものを、所定のサイズのメッシュなどを通すことにより、適切な大きさに造粒するようにしてもよい。
【0074】
<第5の工程>
第5の工程は、第4の工程で得た出発原料の混合粉末を仮焼し、アルカリ土類金属および第4族元素を含むペロブスカイト構造を有する酸化物粉末を得る工程である。
【0075】
仮焼方法に特別の制約はないが、昇温速度および仮焼温度での保持時間などを調整して、所望の1次粒径を有するペロブスカイト構造を有する酸化物粉末を得るようにする。仮焼後の酸化物粉末を、乾式粉砕機などを用いて解砕し、2次粒子をできるだけなくすようにすることが好ましい。
【0076】
−実験例−
次に、この発明を実験例に基づいて、より具体的に説明する。これらの実験例は、この発明に係るペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の製造方法の条件を規定する根拠を与えるためのものでもある。
【0077】
<ペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の製造方法>
前述の特許文献2に記載されているような、クエン酸を含む微粒のアルカリ土類金属炭酸塩粉末として、BaCO3粉末、CaCO3粉末、およびSrCO3粉末を準備した。それぞれの比表面積は、30m2/gであった。
【0078】
また、微粒の第4族元素酸化物粉末として、TiO2粉末およびZrO2粉末を準備した。それぞれの比表面積は、30m2/gであった。
【0079】
さらに、第1の添加物として、酒石酸、1,2,3,4−ブタンテトラカルボン酸、スチレン−無水マレイン酸共重合体を準備した。
【0080】
次に、上記のクエン酸を含むBaCO3粉末、CaCO3粉末、およびSrCO3粉末をそれぞれ20℃の水中に分散させ、6時間浸漬した第1の水系スラリーを作製した。これらの第1の水系スラリーを遠心分離機にかけ、さらに平均開口径が0.05μmである濾過材を用いたフィルタリングを行なった。上記のようにして、第1の水系スラリー中に溶出したBaイオン、CaイオンおよびSrイオンをそれぞれ分析できる溶液サンプルを準備した。
【0081】
これらの溶液サンプルを、ICP−AESにより定量分析し、第1の水系スラリー中のBa、CaおよびSrの溶出モル数を測定した。
【0082】
次に、上記のアルカリ土類金属炭酸塩粉末と第4族元素酸化物粉末とを、第4族元素に対するアルカリ土類金属の比が1.000であり、両者の合計が300gとなるように秤量した。秤量の誤差は、上記の第4族元素に対するアルカリ土類金属の比1.000を中心値として、±0.005内であった。
【0083】
次に、上記のペロブスカイト構造を有する酸化物粉末の出発原料と、第1の添加物と、ポリカルボン酸系分散剤(第2の添加物)と、φ2mmのPSZメディア1.5kgと、純水300mlとを、1lのポリポット内に調合した。
【0084】
この実験例におけるアルカリ土類金属炭酸塩および第4族元素酸化物の種類と、添加物の種類および添加量(アルカリ土類金属の溶出モル数に対する水中におけるカルボキシル基対の数の比)とを、下記の表1に示す。
【0085】
【表1】
【0086】
試料1〜7はこの発明の範囲内のものである。なお、表1の試料3では、第1の添加物が分散剤としても作用するため、第2の添加物は添加しなかった。また、試料8〜11は、この発明の範囲内のものである試料1〜7と比較評価するための、この発明の範囲外のものである。
【0087】
ここで、試料8〜10は第1の添加物を加えなかったものであり、試料11はカルボキシル基を奇数個有する有機酸であるクエン酸を加えたものである。この発明の範囲外のものである試料8〜11には、表1において、番号に*を付してある。
【0088】
次に、調合後のポリポットを150rpmで72時間回転させることにより出発原料を混合し、第2の水系スラリーを作製した。ポリポットから排出した第2の水系スラリーを、100℃のオーブンで蒸発乾燥させた。蒸発乾燥させて塊状になったものを解砕し、さらに♯60のメッシュを通して造粒して得られた出発原料の混合粉末の一部を、ペレット状に加圧成形した。
【0089】
次に、上記のようにして得られた出発原料の混合粉末のペレットを、FE−WDX(電界放射型波長分散X線分光法)により分析し、アルカリ土類金属の均一性を調べた。アルカリ土類金属の均一性は、アルカリ土類金属均一領域(Alkaline−Earth Metal Homogeneous Domain:以後、AEMHDと略称する)を指標とし、その大小によって評価した。このAEMHDの求め方は、特開2000−155089号公報の記載に準じたものであり、図1を参照して説明する。
【0090】
上記のペレットにおいて、アルカリ土類金属の均一性を評価する分析領域を、図1(A)のように一辺が長さaの正方形の複数の区画に区分する。分析領域に電子線を照射し、それぞれの区画から得られるアルカリ土類金属に由来する特性X線を測定する。図1(A)の分析領域の色の濃淡は、得られた特性X線の強度の違いを表しており、色が濃いほど特性X線の強度が強いことを示している。
【0091】
そして、それぞれの区画における特性X線の強度の平均値SXiを求めて、分析領域内のそれぞれの区画における特性X線の強度の平均値SXiのばらつきσSXを調べる。ばらつきσSXが所定の値bより大きい場合は、長さaの値を大きく設定し直し、ばらつきσSXが所定の値bより小さい場合でも、長さaの最小値を見出すため、長さaの値を小さく設定し直す。
【0092】
上記の操作を繰り返し、図1(B)のように特性X線の強度の平均値のばらつきσSXが、区画の場所によらず所定の値bより小さくなる長さaの最小値aminを求め、このaminの値をAEMHDとして定義した。すなわち、AEMHDの値が小さいほど、アルカリ土類金属の均一性が高いと言える。
【0093】
次に、出発原料の混合粉末を所定の条件でバッチ炉を用いて大気中で仮焼し、乾式粉砕機を用いて解砕して、試料1〜11のペロブスカイト構造を有する酸化物粉末を得た。
【0094】
仮焼後の試料1〜11の試料について、上記のAEMHDを測定し、仮焼前の出発原料の混合粉末での測定結果と、誤差範囲内で一致していることを確認した。
【0095】
次に、試料1〜11を、それぞれ変性アルコール中に分散させたものを試料台に滴下した後、乾燥させたものについて、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いて1次粒子径の分布を測定した。
【0096】
1次粒子は、前述のように、外見上の幾何学的形態から判断した、粉体系を構成する最も基本的な単位粒子として定義した。1次粒子径の分布は、所望の倍率で撮像したSEM観察画像について、1次粒子を100個以上抽出し、それらを画像解析することにより測定した。また、1次粒子径の分布のシャープさを、下記の数式(1)によって求められるDsの大小によって評価した。
【0097】
【数1】
【0098】
ここで、D10、D50およびD90は、累積粒子径分布において、微粒側から、それぞれ累積10%、累積50%、および累積90%の粒子径である。
【0099】
試料1〜11のAEMHDと、1次粒子径の分布とを下記の表2に示す。
【0100】
【表2】
【0101】
出発原料の種類が同じ試料であっても、第1の添加物を添加して製造した試料1は、第1の添加物を添加しなかった試料8に比べてAEMHDの値が小さい。このことは、試料6と試料9との比較、および試料7と試料10との比較においても同様である。
【0102】
また、有機酸の添加量が同じ試料であっても、第1の添加物を添加して製造した試料1は、カルボキシル基の数が奇数である有機酸を添加して製造した試料11に比べてAEMHDの値が小さい。このことは、試料2と試料11との比較においても同様である。
【0103】
すなわち、第1の添加物を添加して製造した試料は、出発原料の混合粉末中におけるアルカリ土類金属の均一性、言い換えると第4族元素に対するアルカリ土類金属の比の均一性が高くなっている。
【0104】
出発原料の混合粉末中における第4族元素に対するアルカリ土類金属の比の均一性が高い場合、混合粉末中を仮焼した際の固相反応および粒成長の進み方が均一となり、仮焼後の酸化物粉末のD10とD90との差が小さくなる。
【0105】
その結果、この発明の範囲内のものである試料1〜7は、D50が約200〜220nmの微粒でありながら、この発明の範囲外のものである試料8〜11に比べて1次粒子径の分布がシャープになっている。すなわち、この発明に係る製造方法によれば、1次粒子径のばらつきが小さく、かつ微粒のペロブスカイト構造を有する酸化物粉末を得ることができる。
【0106】
<積層セラミックコンデンサの製造>
上記で得られた試料1〜11のうち、試料1および8を用いて、以下の方法により図2に示すような積層セラミックコンデンサ1を作製した。
【0107】
試料1および8に対して、MgCO3、MnCO3、およびSiO2を添加したものを、ボールミルを用いて湿式混合し、均一に分散させた後、乾燥し、解砕処理を施してセラミック材料の原料粉末を得た。
【0108】
これらのセラミック材料の原料粉末に、ポリビニルブチラール系のバインダー、可塑剤およびエタノールなどの有機溶剤を加え、ボールミルにより湿式混合して、誘電体セラミック組成物を含むスラリーを得た。これらのスラリーを、ポリエチレンテレフタレートからなるキャリアフィルム上にシート状に成形して、セラミック材料のグリーンシートを得た。
【0109】
得られたグリーンシート上に、Niを導電性材料とする導電性ペーストを用いて内部電極パターンを印刷した。それらを互いに対向して複数の静電容量を構成するように積み重ね、さらにその上下面に内部電極パターンが形成されないグリーンシートを適当数積み重ねて熱圧着し、生のコンデンサ本体を得た。
【0110】
得られた生のコンデンサ本体を、大気中において、温度300℃で3時間保持して、バインダーを燃焼させた。バインダーを燃焼させた後のコンデンサ本体を、還元性雰囲気中において、温度1150〜1200℃で2時間保持して焼成し、焼結したコンデンサ本体2を得た。還元性雰囲気には、N2−H2−H2Oの混合ガスが用いられた。酸素分圧PO2は、上記の温度で内部電極4、5に含まれるNiが酸化しない10-11〜10-8MPaに設定された。
【0111】
焼結したコンデンサ本体の両端面6、7に、Cuを導電性材料とする導電性ペーストを塗布し、N2雰囲気中において、温度850〜900℃で焼き付けることにより、内部電極4、5と電気的に接続された外部電極8、9を形成した。
【0112】
以上の工程により、試料1および8に係る積層セラミックコンデンサ1を得た。
【0113】
このようにして得られた積層セラミックコンデンサ1の外形寸法は、幅が1.0mm、長さが2.0mm、および厚さが1.0mmであった。また、静電容量の取得に係る誘電体セラミック層3の数は85であり、1層当たりの対向電極面積は1.6mm2、誘電体セラミック層3の厚さは1.0μmであった。なお、誘電体セラミック層3の厚さは、国際公開第2012/096268号に記載されている方法に準じて測定した。
【0114】
<積層セラミックコンデンサの高温負荷信頼性の測定>
上記のようにして作製した試料1および8に係る積層セラミックコンデンサを、それぞれ100個ずつ準備した。
【0115】
それぞれの試料に係る100個の積層セラミックコンデンサについて、温度150℃で、電圧が10Vの直流電圧を印加した高温負荷試験を行ない、それらの抵抗値の経時変化を測定した。それぞれの試料に係る100個の積層セラミックコンデンサについて、抵抗値が1MΩ以下になった時間を故障時間とし、故障時間のワイブル解析から、それぞれの試料に係る積層セラミックコンデンサのMTTF(平均故障時間)を求めた。
【0116】
試料1および8の1次粒子径の分布と、上記で求めた積層セラミックコンデンサの高温負荷試験におけるMTTFとを下記の表3に示す。
【0117】
【表3】
【0118】
前述のように、試料1は、試料8に比べて1次粒子径の分布がシャープになっている。
【0119】
そのため、試料1に係る積層セラミックコンデンサは、試料8に係る積層セラミックコンデンサの2倍のMTTFを示し、優れた信頼性を有する。
【0120】
なお、この発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、誘電体セラミック層を構成するセラミック材料の組成などに関し、この発明の範囲内において、種々の応用、変形を加えることが可能である。
【符号の説明】
【0121】
1 積層セラミックコンデンサ
2 コンデンサ本体
3 誘電体セラミック層
4、5 内部電極
6、7 コンデンサ本体の両端面
8、9 外部電極
図1
図2