(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
車両の操舵系をアシスト制御するモータとステアリングシャフトとが減速機構により接続され、前記ステアリングシャフトのステアリングシャフト角度を検出する第1角度センサと前記モータのモータ軸角度を検出する第2角度センサを有する車両用舵角検出装置において、
前記減速機構を含む非線形要素の静的特性及び動特性を繰り返し学習しながら静的特性マップ及び動特性マップを更新し、前記静的特性マップ及び前記動特性マップを用いて前記ステアリングシャフト角度及び前記モータ軸角度を相互に推定することを特徴とする車両用舵角検出装置。
前記第1角度センサの実測角度、前記第2角度センサの実測角度、前記モータのモータトルク及びモータ角速度に基づく初期値が、予め格納されている各特性ノミナル値の近似値範囲外であるときに前記静的特性の学習及び前記動特性の学習を実施する請求項1に記載の車両用舵角検出装置。
前記第1角度センサの実測角度、前記第2角度センサの実測角度、前記モータトルクに基づく初期値が、予め格納されている遅れ特性ノミナル値の近似値範囲外であるときに遅れ特性の学習を実施する請求項3に記載の車両用舵角検出装置。
前記ステアリングシャフト角度及び前記モータ軸角度の推定値と、前記第1角度センサ及び前記第2角度センサの実測値との各偏差を算出し、前記各偏差が前記静的特性マップ及び前記動特性マップの各許容範囲内の場合に前記更新を行うようになっている請求項1乃至4のいずれかに記載の車両用舵角検出装置。
前記各偏差が前記各許容範囲外となった回数が前記所定回数を超えた場合に、前記第1角度センサ及び前記第2角度センサの各2重系の検出値の判定を行うようになっている請求項8に記載の車両用舵角検出装置。
前記判定で、前記第1角度センサ及び前記第2角度センサの各2重系の検出値が同一の場合に前記非線形要素の異常と判定し、異なる場合にセンサ系の異常と判定する請求項9に記載の車両用舵角検出装置。
請求項9に記載の車両用舵角検出装置を搭載し、一方のセンサ系の推定角度の異常が判定されたとき、他方のセンサ系の推定角度を用いて前記アシスト制御を継続するようになっている電動パワーステアリング装置。
【背景技術】
【0003】
車両の操舵系にモータの回転力で操舵補助力(アシストトルク)を付与する電動パワーステアリング装置は、モータの駆動力を減速機構を介してギア又はベルト等の伝達機構により、ステアリングシャフト或いはラック軸に操舵補助力を付与し、アシスト制御するようになっている。かかる従来の電動パワーステアリング装置(EPS)は、アシストトルクを正確に発生させるため、モータ電流のフィードバック制御を行っている。フィードバック制御は、操舵補助指令値(電流指令値)とモータ電流検出値との差が小さくなるようにモータ印加電圧を調整するものであり、モータ印加電圧の調整は、一般的にPWM(パルス幅変調)制御のデューティの調整で行っている。
【0004】
電動パワーステアリング装置の一般的な構成を
図1に示して説明すると、ハンドル(ステアリングホイール)1のステアリングシャフト(コラム軸、ハンドル軸)2は減速機構を構成する減速ギア(ウォームギアとウォーム)3、ユニバーサルジョイント4a及び4b、ピニオンラック機構5、タイロッド6a,6bを経て、更にハブユニット7a,7bを介して操向車輪8L,8Rに連結されている。また、ステアリングシャフト2にはトーションバーが介挿されており、車両用舵角検出装置として、トーションバーの捩れ角によりハンドル1の操舵角θを検出する舵角センサ14、操舵トルクThを検出するトルクセンサ10が設けられており、ハンドル1の操舵力を補助するモータ20が減速ギア3を介してステアリングシャフト2に連結されている。電動パワーステアリング装置を制御するコントロールユニット(ECU)30には、バッテリ13から電力が供給されると共に、イグニションキー11を経てイグニションキー信号が入力される。コントロールユニット30は、トルクセンサ10で検出された操舵トルクThと車速センサ12で検出された車速Velとに基づいてアシスト制御指令の電流指令値の演算を行い、電流指令値に補償等を施した電圧制御値Vrefによってモータ20に供給する電流を制御する。なお、車速VelはCAN(Controller Area Network)等から受信することも可能である。
【0005】
コントロールユニット30には、車両の各種情報を授受するCAN(Controller Area Network)40が接続されており、車速VelはCAN40から受信することも可能である。また、コントロールユニット30には、CAN40以外の通信、アナログ/ディジタル信号、電波等を授受する非CAN41も接続可能である。
【0006】
コントロールユニット30は主としてCPU(MPUやMCU等も含む)で構成されるが、そのCPU内部においてプログラムで実行される一般的な機能を示すと
図2のようになる。
【0007】
図2を参照してコントロールユニット30を説明すると、トルクセンサ10で検出された操舵トルクTh及び車速センサ12で検出された(若しくはCAN40からの)車速Velは、電流指令値Iref1を演算する電流指令値演算部31に入力される。電流指令値演算部31は、入力された操舵トルクTh及び車速Velに基づいてアシストマップ等を用いて、モータ20に供給する電流の制御目標値である電流指令値Iref1を演算する。電流指令値Iref1は加算部32Aを経て電流制限部33に入力され、最大電流を制限された電流指令値Irefmが減算部32Bに入力され、フィードバックされているモータ電流Imとの偏差I(=Irefm−Im)が演算され、その偏差Iが操舵動作の特性改善のためのPI制御等の電流制御部35に入力される。電流制御部35で特性改善された電圧制御値VrefがPWM制御部36に入力され、更にインバータ37を介してモータ20がPWM駆動される。モータ20のモータ電流Imはモータ電流検出器38で検出され、減算部32Bにフィードバックされる。インバータ37は、半導体スイッチング素子としてのFETのブリッジ回路で構成されている。
【0008】
モータ20には車両用舵角検出装置として、レゾルバ等の回転センサ21が連結されており、回転センサ21からモータ回転角度θが出力される。
【0009】
また、加算部32Aには補償信号生成部34からの補償信号CMが加算されており、補償信号CMの加算によって操舵システム系の特性補償を行い、収れん性や慣性特性等を改善するようになっている。補償信号生成部34は、セルフアライニングトルク(SAT)343と慣性342を加算部344で加算し、その加算結果に更に収れん性341を加算部345で加算し、加算部345の加算結果を補償信号CMとしている。
【0010】
上述のような電動パワーステアリング装置においては、近年、信頼性向上や機能冗長化等の要求から、トルクセンサや角度センサを多重化して搭載する場合がある。しかし、コスト低減の要求も同様にあるため、単純にセンサを多重化することは容易ではない。そのため、現状搭載されている限られたセンサを最大限利用して、センサ同士を監視・診断できるような手法が望ましい。また、電動パワーステアリング装置のステアリングシャフトとモータ軸の間は、ウォームギア等の減速機構を介して接続されている。
【0011】
また、角度センサを多重化した場合、つまりステアリングシャフト及びモータ軸にそれぞれ角度センサを2系統搭載し、1系統が故障した場合、残ったもう1系統でバックアップすることが考えられる。しかし、一般的に減速機構を含む機構系や操舵系は、摩擦やバックラッシュ、モータ出力軸の弾性カップリング、ウォームホイールとウォームのギア面への予圧、減速機構部の潤滑グリース等の非線形要素を持つため、ステアリングシャフトとモータ軸の角度は相違し、角度誤差が生じる。そのため、一方の角度センサが故障しても、直ちに他方の角度センサでバックアップ(異常時の代用)することができない。
【0012】
従来技術として、WO 2004/022414(特許文献1)は、電気機械式操舵系を有する車両のためのトルクを測定するための方法を開示しており、トルクセンサのバックアップ用として考えられている。全体構成としては、駆動操舵機構に接続された入力軸部及び出力軸部と、サーボモータを有するトーションバーを介して接続されている操舵手段とを備えた電気機械式操舵装置である。その構成は、駆動用操舵機構の入力軸部及び出力軸部の間の相対回転変位から、トルク検出を行う電気機械式操舵装置(ディジタル回路もしくはアナログ回路)であるが、舵角(δ)センサの出力とサーボモータの回転角度の2入力で、仮想トルクを検出するセンサを形成しており、仮想トルクから操舵トルクが決定される。
【0013】
また、特開2005−274484号公報(特許文献2)では、舵角センサを複数(3個)搭載して冗長系を構成している。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、減速機構を含む機構系や操舵系の摩擦やバックラッシュ、モータ出力軸の弾性カップリング、ウォームホイールとウォームのギア面への予圧、ギア部の潤滑グリース、ギア面の当たり具合(撓み)等の非線形要素を必要に応じて学習しながら、モータ軸の角度とステアリングシャフト(ピニオン側)の角度を2重系で高精度に推定し、両方の角度センサの推定角度を利用して、一方が異常(以下、「故障」を含む)となった場合、他方の角度センサでバックアップしてアシスト制御を継続することを特徴としている。双方の角度センサのバックアップ論理は共通であり、学習により同定した非線形補償の補償値マップはEEPROMなどの不揮発性メモリに格納しておくことで、エンジン再始動後においても、即時に角度センサをバックアップすることが可能である。
【0025】
また、製品出荷時に、経験等に基づくノミナル値をEEPROMなどの不揮発性メモリに初期値として格納しておき、イグニションキーをONしたときの実際の補償値がノミナル値の近似値範囲を超えた場合(学習が必要な場合)に、静的特性学習、動特性学習、遅れ特性学習を行う。ノミナル値は、車両の仕向け先(輸出国や地域等)の環境(主には現地の気候による温度や湿度データ)に適応するように、予めチューニングをされたデータが入力されている。
【0026】
更に、本発明では、複数回の学習を経て、推定値と実測値の誤差が所定の許容範囲に収まらない場合は、2重系センサの情報が同一か異なっているかによって、角度センサ系若しくは非線形要素(例えば減速機構)の異常であるかを判定する。また、各センサからの検出信号の受信毎にタイムスタンプを付与することによって正確な同期をとり、角度誤差を抑制し、舵角検出が成立する操舵速度を高くするようにしても良い(例えば特開2014−210471号)。タイムスタンプは、ステアリングシャフトに取付けられた角度センサの検出周期(例えば500μs)と、モータ軸に取付けられたレゾルバやMRセンサ等の検出周期(例えば250μs)とが異なる場合に、両者の同期をとって検出精度を上げる上で特に有効である。
【0027】
以下に、本発明の実施形態を図面を参照して説明する。
【0028】
本発明では
図3に示すように、ハンドル(ステアリングホイール)60で操舵されるステアリングシャフト61のトーションバー62に対して、ステアリングシャフト61のハンドル側に2重系のハンドル側角度センサ63と、ステアリングシャフト61のピニオン側に2重系のピニオン側角度センサ64とを設けており、ピニオン側角度センサ64からはピニオン軸角度(ステアリングシャフト角度)Apが出力される。ステアリングシャフト61はウォームギア等の減速機構65を介してモータ66に接続され、モータ66には、モータ軸角度Amを検出する2重系のモータ軸角度センサ67(例えばレゾルバ、MRセンサ)及びモータ電流Imを検出するモータ電流検出器(図示せず)が設けられている。なお、モータ軸と減速機構65の連結部には、非線形特性を有する弾性カップリング(図示せず)が設けられている。
【0029】
本発明では、ステアリングシャフト(ピニオン側)61とモータ軸にそれぞれ2つずつ2重系の角度センサ(64,67)を搭載し、片方の角度センサが異常となった場合、一方の角度センサの検出角度を利用して、他方の角度センサをバックアップすること並びにアシスト制御を継続することを考える。ピニオン側角度センサ64からのピニオン軸角度Ap、モータ軸角度センサ67からのモータ軸角度Am、モータ電流検出器からのモータ電流Imはコントロールユニット(ECU)100に入力される。
【0030】
なお、ハンドル側角度センサ63からも検出角度が出力されるが、本発明には直接的に関連していないので、説明を省略する。以下では、ピニオン側角度センサ64をステアリングシャフト角度センサとし、ピニオン軸角度Apをステアリングシャフト角度として説明する。
【0031】
ステアリングシャフト61とモータ66の回転軸は、ウォームとウォームギア等で成る減速機構65を介して接続されているが、減速機構65を含む機構系や操舵系は多くの非線形要素を含んでいる。即ち、機構系や操舵系は、摩擦やバックラッシュを含むと共に、モータ出力軸の弾性カップリング、ウォームホイールとウォームのギア面への予圧、ギア部の潤滑グリース、ギア面の当たり具合(撓み)等の非線形要素を含むため、一方の角度センサが異常となった時に、他方の角度センサの検出値を単純に置き換えるだけではバックアップできない。そこで、本発明では、減速機構65を含む機構系や操舵系の非線形要素を繰り返し学習することにより、互いに他方の角度センサの出力角度を推定する。このような機能を実施するコントロールユニット(ECU)100の構成例を
図4に示す。
【0032】
モータ電流Imはモータトルク演算部110に入力され、演算されたモータトルクTmは非線形要素の非線形学習論理部130に入力され、モータ軸角度Amはモータ角速度演算部120に入力され、演算されたモータ角速度ωmは非線形要素の非線形学習論理部130に入力される。また、非線形要素の非線形学習論理部130で演算された角度補償値MPは、ステアリングシャフト角度推定部180及びモータ軸角度推定部190に入力される。ピニオン側のステアリングシャフト角度Apは非線形要素の非線形学習論理部130に入力されると共に、モータ軸角度推定部190に入力される。また、モータ軸角度Amはモータ角速度演算部120に入力されると共に、非線形要素の非線形学習論理部130及びステアリングシャフト角度推定部180に入力される。ステアリングシャフト角度推定部180からはステアリングシャフト推定角度SSeが出力され、モータ軸角度推定部190からはモータ軸推定角度MSeが出力される。
【0033】
次に、センサの異常診断(故障診断を含む)とバックアップ(アシスト制御継続)の関係を、各場合に分けて説明する。
(1)異常診断及びバックアップを行う場合:
この場合には、角度センサを2重系とし、推定した推定角度が必要である。
(1−1).ステアリングシャフト角度の場合
センサ構成は、ステアリングシャフトの角度センサを2重系(ピニオン側角度センサ64−1(ステアリングシャフト角度Ap1),64−2(ステアリングシャフト角度Ap2))とし、ステアリングシャフト推定角度SSeを用いる。異常診断は、ステアリングシャフト角度Ap1及びAp2、ステアリングシャフト推定角度SSeの3つで多数決により行い、例えばピニオン側角度センサ64−1(ステアリングシャフト角度Ap1)が異常となった場合、ピニオン側角度センサ64−2のステアリングシャフト角度Ap2を用いてバックアップ(アシスト制御継続)する。
(1−2).モータ軸角度の場合
センサ構成は、モータ軸の角度センサを2重系(モータ軸角度センサ67−1(モータ軸角度Am1),67−2(モータ軸角度Am2))とし、モータ軸推定角度MSeを用いる。異常診断は、モータ軸角度Am1及びAm2、モータ軸推定角度MSeの3つで多数決により行い、例えばモータ軸角度センサ67−1(モータ軸角度Am1)が異常となった場合、モータ軸角度センサ67−2のモータ軸角度Am2を用いてバックアップ(アシスト制御継続)する。
(2)異常診断のみの場合:
この場合にはバックアップはなく、1つの角度センサと推定した推定角度が必要である。
(2−1).ステアリングシャフト角度の場合
センサ構成は、ステアリングシャフトのステアリングシャフト角度センサ64(ステアリングシャフト角度Ap)とステアリングシャフト推定角度SSeであり、異常診断は、ステアリングシャフト角度Apとステアリングシャフト推定角度SSeを比較して行い、ステアリングシャフト角度センサ64が異常となった場合には、アシスト制御を停止する。
(2−2).モータ軸角度の場合
センサ構成は、モータ軸のモータ軸角度センサ67(モータ軸角度Am)とモータ軸推定角度MSeであり、異常診断は、モータ軸角度Amとモータ軸推定角度MSeを比較して行い、モータ軸角度センサ67が異常となった場合には、アシスト制御を停止する。
【0034】
図5は、非線形要素の非線形学習論理部130及びステアリングシャフト角度推定部180、モータ軸角度推定部190の詳細構成例を示しており、非線形要素の非線形学習論理部130は、補償値CMsを演算する静的特性補償部140と、補償値CMdを演算する動特性補償部150と、補償値CMs及びCMdを加算して角度補償値MPを出力する加算部131とで構成されている。
図5に示すように角度推定は大きく分けて、静的特性補償と動特性補償の2つに分けることができる。静的特性補償は、ハンドルを保舵した時の静特性の角度補償と、車を運転していて、交差点で一旦停止後、安全確認してゆっくり右折若しくは左折するような場合のように、5[deg/s]以下のハンドルをゆっくり回す緩慢操舵時の動特性の角度補償である。モータトルクTm(若しくはローパスフィルタ(LPF)を経たノイズ除去済みモータトルクTma)を入力とする静的特性マップにより静的特性の補償値CMsを演算する。また、動特性補償は、人が飛び出して来て急ハンドルを切った場合のように、ハンドルがある速度(50[deg/s])以上で操舵された場合の角度補償であり、モータ角速度ωmを入力とする動特性マップによる動特性の補償値CMyに、モータトルクTm(ノイズ除去済みモータトルクTma)に応じた遅れ時間を考慮して動特性全体の補償値CMdを演算する。
【0035】
静的特性補償部140は、モータトルクTmを入力するLPF141と、LPF141からの高周波ノイズを除去されたノイズ除去済みモータトルクTmaを入力して、補償値CMsを出力する非線形要素の静的特性マップ(学習完了)142とで構成されている。LPF141は、誤学習を防止するために必要である。モータトルクTmはモータに流れている電流そのものであり、モータ電流にはリップル電流分、ホワイトノイズ、高調波等が混入されているので、LPF処理を行わないと、ノイズの大きい部分(ピーク)をサンプリング(例えば250μs毎)してしまい、静的特性マップ142が歪んでしまう場合もある。そのため、カットオフ周波数20〜30HzのLPFを採用している。
【0036】
また、動特性補償部150は、モータ角速度ωmを入力して補償値CMyを出力する非線形要素の動特性マップ151と、非線形要素の動特性マップ151から出力される補償値CMy及びLPF141からのノイズ除去済みモータトルクTmaを入力して、補償値CMdを出力する非線形要素の遅れ特性マップ(学習完了)152とで構成されている。補償値CMs及びCMdは加算部131で加算され、加算値が、最終的な角度補償値MP(学習中は補償値マップ)として出力される。
【0037】
角度補償値MPはステアリングシャフト角度推定部180の減算部181に減算入力されると共に、モータ軸角度推定部190の加算部191に入力される。減算部181は、モータ軸角度Amから角度補償値MPを減算してステアリングシャフト推定角度SSeを出力し、加算部191は、ステアリングシャフト角度Apと角度補償値MPを加算してモータ軸推定角度MSeを出力する。角度補償値MPは静的特性補償部140及び動特性補償部150の角度の差であり、静的特性補償部140及び動特性補償部150には、モータ基準とするモータトルクTm及びモータ角速度ωmがそれぞれ入力されているので、角度補償値MPは、ステアリングシャフト角度推定部180に減算要素として入力されると共に、モータ軸角度推定部190に加算要素として入力される。
【0038】
その後、ステアリングシャフト推定角度SSe及びモータ軸推定角度MSeと各実測値との誤差(絶対値)が許容範囲ε以内であるか否かを診断し、許容範囲ε以内となるまで学習を繰り返し、許容範囲ε以内となった時点で学習は終了となる。即ち、下記数1に従って診断を行い、数1が成立すれば学習を終了し、数1が成立しない場合には所定回数(例えば2回)だけ学習を繰り返す。数1では、ステアリングシャフト推定角度SSeとステアリングシャフト角度Apとの差の絶対値が許容範囲ε1以内であるかを判定すると共に、モータ軸推定角度MSeとモータ軸角度Amとの差の絶対値が許容範囲ε2以内であるかを判定する。繰り返し学習することで推定角度の精度を高めることができ、周囲の環境変化(温度や湿気など)や機構部品の経年変化などにも対応することができる。なお、許容範囲は、ε1=ε2であっても良い。
(数1)
|SSe−Ap|≦ε1
|MSe−Am|≦ε2
なお、学習を繰り返しても、数1の両方又は一方が成立しない場合には、非線形要素若しくはセンサ系のいずれか一方が異常(故障)であると判定する。
【0039】
非線形要素の静的特性マップ142は
図6に示すように、モータトルクTmがTm1(=0)から正負方向に大きくなるに従って、角度誤差である補償値(CMs)がそれぞれ徐々に非線形に大きくなる特性であり、モータトルクTm1(=0)近辺において急激に大きく増加減する。非線形要素の動特性マップ151は
図7に示すように、モータ角速度ωmが0から正負方向に大きくなるに従って、それぞれ角度誤差である補償値(CMy)が徐々に非線形に大きくなる特性であり、モータ角速度−ωm1〜+ωm2の範囲(例えば50[deg/s])、つまり0近辺においてほぼ平坦な特性になっており、平坦部分は静的特性でカバーできる。温度が高くなると粘性が低下するので、補償値は全体的に低下する。
【0040】
また、非線形要素の遅れ特性マップ152は
図8に示すように、LPF141からのモータトルクTmaが大きくなるに従って、位相誤差である補償値(CMd)が徐々に非線形に小さくなる特性であり、モータトルクTma1(0)近辺において急激に大きく減少し、最終的にはほぼ0に収束する。遅れ特性マップ152の温度特性も、温度が高くなると粘性が低下するので、補償値は全体的に低下する。
【0041】
各特性マップ(142,151,152)の学習は、マップの作成に対応する。マップは横軸(モータトルクTm,モータ角速度ωm、モータトルクTma)に対して、広範囲(例えば一方(正側)のラックエンド近傍から他方(負側)のラックエンド近傍まで)で学習した方が、誤差が小さくなる。つまり、特定のポイント(例えば
図6において、ポイントs
5(Tm1=0,CMs5=0)付近)のみで学習しても意味がない。マップのポイント数は、マイコンのRAMやROMの容量やCPUの演算速度に依存するので断定できないが、横軸に対して、ある程度の範囲を網羅したときに学習完了としている。
図6〜
図8の例では、いずれも横軸を10分割して、11ポイント学習できたら完了としている。
【0042】
なお、学習は特性変化が大きい領域で、できるだけ密に行い、変化の小さい領域では粗に行う。
【0043】
電動パワーステアリング装置の各部の角度推定には、減速機構65を含む機構系や操舵系の摩擦やバックラッシュ等の上述した全ての非線形要素を補償する必要があり、補償のためには少なくとも静的特性の学習を行い、静的特性の学習の後に動特性の学習を実施することが望ましく、更に遅れの学習を行うようにすることもできる。
【0044】
また、製品出荷時には学習データを取得できないので、
図9〜
図11に示すような経験等に基づいた各特性のノミナル値を、EEPROM等の不揮発性メモリに予め格納しておき、破線で示すノミナル値の近似値範囲の外のときに、各学習を実施するようにする。ノミナル値は、車両の仕向け先(輸出国や地域等)の環境(主には現地の気候による温度や湿度データ)に適応するように、予めチューニングしたデータを採用する。
図9は非線形要素の静的特性マップのノミナル値(ns
0〜ns
10)の設定例を示す線図であり、破線は学習の必要の有無を判定する近似値範囲を示している。
図10は、非線形要素の動特性マップのノミナル値(ny
0〜ny
10)の設定例を示す線図であり、破線は学習の必要の有無を判定する近似値範囲を示している。また、
図11は、非線形要素の遅れ特性マップのノミナル値(nd
0〜nd
10)の設定例を示す線図であり、破線は学習の必要の有無を判定する近似値範囲を示している。
【0045】
本実施形態では、静的特性の学習の後に動特性の学習を行い、更に遅れの学習を行い、これら学習結果に基づいて角度推定を行う全体の動作例を、
図12のフローチャートを参照して説明する。
【0046】
先ず始めにイグニションキーがONされると角度検出及びモータトルクの演算を行い(ステップS1)、演算された静的特性の補償値が
図9に示すノミナル値の近似値範囲内にあるか否かを判定する(ステップS2)。
図9の例では補償値A1及びA2が範囲外であり、補償値B1及びB2が範囲内である。補償値が近似値範囲外であると判定された場合に、非線形要素の静的特性マップ142の学習を行い(ステップS10)、学習完了となるまで継続する(ステップS20)。電動パワーステアリング装置のモータトルク領域に対して十分に静的特性マップが学習できたとき(例えば
図6)に、学習完了となる。非線形要素の静的特性マップ142の学習完了後、非線形要素の動特性マップ151の学習(ステップS30)と非線形要素の遅れ特性マップ152の学習(ステップS50)を並行して実施する。
【0047】
非線形要素の動特性マップ151の学習(ステップS30)及び非線形要素の遅れ特性マップ152の学習(ステップS50)についても、それぞれ
図10及び
図11に示すノミナル値の近似値範囲の内外を判定し、各特性の補償値が近似値範囲の外のときに学習を実施するが、この判定を省いて学習を行うようにしても良い。
図12のフローチャートでは、図の煩雑を回避するために、近似値範囲の判定動作を省略している。
【0048】
通常は非線形要素の動特性マップ151の学習後に非線形要素の遅れ特性マップ152の学習を行う。非線形要素の動特性マップ151の学習(ステップS30)は学習完了となる(例えば
図7)まで継続され(ステップS40)、非線形要素の遅れ特性マップ152の学習(ステップS50)は学習完了となる(例えば
図8)まで継続される(ステップS60)。電動パワーステアリング装置のモータ角速度ωの領域に対して、十分に動特性マップが学習できたら学習完了となり、モータトルクTmaの領域に対して、十分に遅れ特性マップが学習できたら学習完了となる。
【0049】
そして、全てのマップの学習、つまり非線形要素の動特性マップ151の学習及び非線形要素の遅れ特性マップ152の学習が完了したとき(ステップS70)、補償値マップが作成されるので、静的特性補償部140からの補償値CMs及び動特性補償部150からの補償値CMdを加算部131で加算して角度補償値MPを演算し、角度補償値MPに基づいて推定角度を推定する(ステップS71)。ステアリングシャフト推定角度SSeは、モータ軸角度Amから角度補償値MPを減算することによって求められ、モータ軸推定角度MSeは、ステアリングシャフト角度Apと角度補償値MPを加算することによって求められる。その後、推定角度と実測値の誤差(絶対値)が許容範囲εであるか否かを、上記数1に従って診断し(ステップS72)、許容範囲ε以内であれば学習は終了となり、許容範囲εよりも大きい場合には、N回目(例えば3回目)であるか否かを判定し(ステップS80)、N回目に満たない場合には上記ステップS10にリターンして上記動作を繰り返す。
【0050】
上記ステップS80において、N回目と判定された場合には非線形要素若しくはセンサ系が異常であると判定する(ステップS81)。なお、上記ステップS80の繰り返し回数Nの設定は適宜変更可能である。
【0051】
繰り返し学習することでステアリングシャフト推定角度SSe及びモータ軸推定角度MSeの精度を高めることができると共に、温度等の周囲の環境変化や機構部品の経年劣化等にも対応することができる。繰り返し学習することで温度等の環境変化にも対応しているが、温度センサを別途設けて、検出温度に応じて各マップの値を補正するようにしても良い。
【0052】
上記各学習に必要な入力信号は、モータトルクTm、モータ角加速度αm、モータ角速度ωm、モータ軸角度Am、ステアリングシャフト角度Apである。
【0053】
次に、上記ステップS10における非線形要素の静的特性マップ142の学習について説明する。
【0054】
非線形要素の静的特性マップ142は
図6に示すように、横軸がモータトルクTmであり、縦軸がモータ軸角度Am及びステアリングシャフト角度Apの角度偏差である補償値CMsである。非線形要素の静的特性マップ142の構成は、例えば
図13に示すように静的特性学習判定部143及び静的特性学習論理部144で構成されている。
【0055】
モータ角速度ωmは静的特性学習判定部143に入力され、静的特性学習判定部143は後述の判定に従って学習判定信号LD1を出力する(ON/OFF)。また、静的特性学習論理部144は、減算部144−1、加算平均部144−1及び144−2、非線形要素の静的性マップ作成部144−4で構成されている。LPF141からのノイズを除去されたノイズ除去済みモータトルクTmaは加算平均部144−2に入力され、ステアリングシャフト角度Ap及びモータ軸角度Amは減算部144−1に入力され、その角度誤差が加算平均部144−3に入力される。学習判定信号LD1は静的特性学習論理部144に入力され、加算平均部144−1及び144−2で求められた加算平均値MN1及びMN2は非線形要素の静的特性マップ作成部144−4に入力される。
【0056】
このような構成において、その動作例(静的特性マップ学習)を
図14のフローチャートを参照して説明する。
【0057】
静的特性学習論理部144の静的特性学習は、ハンドルが保舵状態若しくは5[deg/s]以下の緩慢操舵(モータ角速度ωmがほぼゼロの状態)となった時、つまり静的特性学習判定部143が、モータ角速度ωmがほぼゼロの状態になったことを判定して学習判定信号LD1をONし、学習判定信号LD1のONが静的特性学習論理部144に入力された時に、学習が始まる(ステップS11)。学習が開始されると、ステアリングシャフト角度Ap及びモータ軸角度Amの偏差Dpが減算部144−1で算出され(ステップS12)、偏差Dpは加算平均部144−3に入力され、加算平均部144−3で加算平均値MN2が算出される(ステップS13)。また、LPF141からのノイズ除去済みモータトルクTmaも加算平均部144−2に入力され、加算平均部144−2で加算平均値MN1が算出される(ステップS14)。加算平均値MN1及びMN2の算出順番は逆であっても良い。加算平均値MN1及びMN2は非線形要素の静的特性マップ作成部144−4(
図5の非線形要素の静的特性マップ142に対応)に入力され、実測値と推定値の誤差が
図15の許容範囲(網掛け部)内に収まっているか否かを、逐次最小二乗法等の計算を用いて判定し(ステップS14)、誤差が許容範囲内に収まっている場合には、非線形要素の静的特性マップ144−4を更新する(ステップS15)。
【0058】
実測値と推定値の誤差が許容範囲内に収まらない場合には、その回数が所定回数N1(例えば5回)を超えるまで、ステップS11にリターンして上記動作を繰り返す(ステップS16)。もし、N1回の学習を経ても、実測値と推定値の誤差が許容範囲内に収まらない場合は、2重系の各角度センサの情報が同じであるか否か、つまり2重系のステアリングシャフト角度センサ64の検出値が同じであるか、2重系のモータ軸角度センサ67の検出値が同じであるかを判定し(ステップS17)、各2重系角度センサの検出値が同じであればセンサ系に異常はないので、非線形要素の異常と判定する(ステップS17A)。そして、各2重系角度センサの検出値が同じでない場合には、センサ系の異常と判定する(ステップS17B)。
【0059】
このように保舵状態若しくは緩慢操舵が一定時間継続されたとき、逐次最小二乗法等の計算を用いて非線形要素の静的特性マップ142が更新され、電動パワーステアリング装置のモータトルク領域に対して十分に静的特性マップが学習できたときに、学習完了とする。
【0060】
次に、
図12のステップS30における動特性マップの学習について説明する。
【0061】
動特性マップは
図7に示すように、横軸がモータ角速度ωmであり、縦軸がモータ軸角度Ams(静的特性補償後)及びステアリングシャフト角度Apの角度偏差である補償値CMyである。非線形要素の動特性マップ151の構成は、例えば
図16である。
【0062】
モータ角加速度αmは動特性学習判定部145に入力され、モータトルクTmはLPF141を経て動特性学習判定部145に入力されると共に、非線形要素の静的特性マップ146−1に入力される。動特性学習判定部145は、所定条件(モータ角加速度αmがほぼゼロであり、モータトルクTm(Tma)がある程度大きい状態)で学習判定信号LD2を出力する(ON/OFF)。また、動特性学習論理部146は、非線形要素の静的特性マップ146−1、加算部146−2、減算部146−3、加算平均部146−4及び144−5、非線形要素の動特性マップ作成部146−6(
図5の非線形要素の動特性マップ151に対応)で構成されている。モータ角速度ωmは加算平均部146−4に入力され、ステアリングシャフト角度Apは減算部146−3に加算入力され、モータ軸角度Amは加算部146−2に入力される。加算部146−2には非線形要素の静的特性マップ146−1からの補償値CMsが入力され、その加算値(静的特性補償後のモータ軸角度)Amsが減算部146−3に減算入力される。減算部146−3で算出された偏差Dm(=Ap−Ams)は加算平均部146−5に入力される。学習判定信号LD2は動特性学習論理部146に入力され、加算平均部146−4及び146−5で求められた加算平均値MN3及びMN4は、非線形要素の動特性マップ作成部146−6に入力される。
【0063】
このような構成において、その動作例(動特性マップ学習)を
図17のフローチャートを参照して説明する。
【0064】
動特性学習論理部146の動特性学習は、モータ角加速度αmがほぼゼロであり、ウォームギアとモータギアが堅く噛み合っている状態(LPF141からのノイズ除去済みモータトルクTmaがある程度大きい状態)の時に、学習判定信号LD2をONして動特性学習論理部146に入力し、この時から学習が始まる(ステップS31)。学習が開始されると、LPF141からのノイズ除去済みモータトルクTmaが非線形要素の静的特性マップ146−1に入力され、静的特性補償が実施される(ステップS32)。静的特性補償の補償値CMsは加算部146−2に入力され、静的特性補償後のモータ軸角度Amとの加算値Amsが求められ、加算値Amsが減算部146−3に減算入力される。減算部146−3で、ステアリングシャフト角度Apとの偏差Dm(=Ap−Ams)が算出され(ステップS33)、偏差Dmが加算平均部146−5に入力され、加算平均部146−5で加算平均値MN4が算出される(ステップS34)。また、モータ角速度ωmも加算平均部146−4に入力され、加算平均部146−4で加算平均値MN3が算出される(ステップS35)。加算平均値MN3及びMN4の算出順番は逆であっても良い。加算平均値MN3及びMN4は非線形要素の動特性マップ作成部146−6に入力され、実測値と推定値の誤差が
図18の許容範囲(網掛け部)内に収まっているか否かを、逐次最小二乗法等の計算を用いて判定し(ステップS35)、許容範囲内に収まっている場合には、非線形要素の動特性マップ146−6を更新する(ステップS36)。
【0065】
実測値と推定値の誤差が許容範囲内に収まらない場合には、その回数が所定回数N2(例えば5回)を超えるまで、ステップS31にリターンして上記動作を繰り返す(ステップS37)。もし、N2回の学習を経ても、実測値と推定値の誤差が許容範囲内に収まらない場合は、2重系の角度センサの検出値が同じであるか否か、つまり2重系のステアリングシャフト角度センサ64の検出値が同じであるか、2重系のモータ軸角度センサ67の検出値が同じであるかを判定し(ステップS38)、各2重系角度センサの検出値が同じであればセンサ系に異常はないので、非線形要素の異常と判定する(ステップS38A)。そして、各2重系角度センサの検出値が同じでない場合には、センサ系の異常と判定する(ステップS38B)。
【0066】
このように、電動パワーステアリング装置のモータ角速度領域に対して十分に動特性マップが学習できたら、学習完了とする。
図18の黒点が学習された補償値CMyを示している。
【0067】
次に、
図12のステップS50における遅れ特性マップの学習について説明する。
【0068】
遅れ特性マップは
図8に示すように、横軸がモータトルクTmaであり、縦軸がモータ軸角度Ams(静的特性補償後)及びステアリングシャフト角度Apの位相偏差である補償値CMdである。遅れ特性マップの構成は、例えば
図19である。
【0069】
LPF141を経たノイズ除去済みモータトルクTmは遅れ特性学習判定部147に入力されると共に、非線形要素の静的特性マップ148−1に入力される。遅れ特性学習判定部147からは所定条件(モータトルクTm(Tma)が所定値以下に小さくなった時)で学習判定信号LD3が出力され(ON/OFF)、学習判定信号LD3は遅れ特性学習論理部148に入力される。
【0070】
遅れ特性学習論理部148は、非線形要素の静的特性マップ148−1(
図16の146−1)、加算部148−2、減算部148−3、加算平均部148−4、マルチ遅延部148−4、相互相関部148−6、非線形要素の遅れ特性マップ作成部148−7で構成されている。モータトルクTmは加算平均部148−5に入力され、モータ角速度ωmはマルチ遅延部148−4に入力され、そのマルチ遅延出力MDは相互相関部148−6に入力される。また、ステアリングシャフト角度Apは減算部148−3に加算入力され、モータ軸角度Amは加算部148−2に入力される。加算部148−2には非線形要素の静的特性マップ148−1からの補償値CMsが入力され、その加算値(静的特性補償後のモータ軸角度)Amsが減算部148−3に減算入力される。減算部148−3で算出された偏差Ddは、相互相関部148−6に入力される。相互相関部148−6は、マルチ遅延部148−4からのマルチ遅延出力MD及び偏差Ddに基づいて相互相関処理を行い、相関が一番高い遅れ時間を探索する。相互相関は、2つの入力信号の類似性を解析するため、一定の解析時間が必要となる。
【0071】
図21はマルチ遅延部148−4の動作例を示しており、マルチ遅延部148−4はモータ角速度ωmの入力に対して、各遅延器(Z
−1)により所定遅延時間ずつ遅れたマルチ遅延モータ角速度ωd0、ωd1、・・・ωd10を出力する。マルチ遅延部148−4から出力されたマルチ遅延モータ角速度MD(ωd0〜ωd10)は、ピニオン軸角度(静的特性補償後)Ddと共に相互相関部148−6に入力され、相互相関部148−6は
図22に示すように参照信号としてのピニオン軸角度Ddとマルチ遅延部148−4からのマルチ遅延モータ角速度MD(ωd0〜ωd10)の相関関数を計算し、相関の一番大きいマルチ遅延器の遅延時間をマップに反映させる。
【0072】
学習判定信号LD3は遅れ特性学習論理部1468入力され、加算平均部148−5で求められた加算平均値MN5、相互相関部148−6の出力である相互相関値MLも非線形要素の遅れ特性マップ作成部148−7に入力される。
【0073】
このような構成において、その動作例を
図23のフローチャートを参照して説明する。
【0074】
モータトルクTma(又はTm)が小さい領域は、バックラッシュの影響が大きく遅れ時間が大きい。一方、モータトルクTma(又はTm)が大きい領域は、ウォームとモータとの間のギア同士がしっかり噛み合っており、遅れ時間が小さくなる。従って、遅れ特性学習論理部148の遅れ特性学習は、上記条件に従い、モータトルクTma(又はTm)が所定値以下に小さくなった時に、学習判定信号LD3をONして遅れ特性学習論理部148に入力し、この時から学習が始まる(ステップS51)。
【0075】
学習が開始されると、LPF141からのノイズ除去済みモータトルクTmaが非線形要素の静的特性マップ148−1に入力され、非線形要素の静的特性マップ148−1による静的特性補償が実施される(ステップS52)。静的特性補償の補償値CMsは加算部148−2に入力され、モータ軸角度Amとの加算値(静的特性補償後のモータ軸角度)Amsが減算部148−3に減算入力され、減算部148−3でステアリングシャフト角度Apとの偏差Ddが算出され(ステップS53)、偏差Ddが相互相関部148−6に入力される。また、モータ角速度ωmはマルチ遅延部148−4に入力され、遅延時間の異なる複数のマルチ遅延モータ角速度MD(ωd0〜ωd10)を計算し(ステップS54A)、そのマルチ遅延モータ角速度MDが相互相関部148−6に入力されて相互相関処理を行う(ステップS54B)。相互相関部148−6は遅延量が異なる複数のマルチ遅延モータ角速度から相関が一番大きい遅れ時間を探索し、相関係数MLを出力する。
【0076】
また、LPF141からのモータトルクTmは加算平均部148−5に入力され、加算平均値MN5が算出される(ステップS54C)。加算平均値MN5と、相関係数MLの算出順番は逆であっても良い。加算平均値MN5及び相関係数MLは非線形要素の遅れ特性マップ作成部148−7に入力され、実測値と推定値の誤差が
図20の許容範囲(網掛け部)内に収まっているか否かを、逐次最小二乗法等の計算を用いて判定し(ステップS55)、許容範囲内に収まっている場合には、非線形要素の遅れ特性マップ148−7を更新する(ステップS56)。
【0077】
実測値と推定値の誤差が許容範囲内に収まらない場合には、その回数が所定回数N3(例えば5回)を超えるまで、ステップS51にリターンして上記動作を繰り返す(ステップS57)。もし、N3回の学習を経ても、実測値と推定値の誤差が許容範囲内に収まらない場合は、2重系の角度センサの検出値が同じであるか否か、つまり2重系のステアリングシャフト角度センサ64の検出値が同じであるか、2重系のモータ軸角度センサ67の検出値が同じであるかを判定し(ステップS58)、各2重系角度センサの検出値が同じであればセンサ系に異常はないので、非線形要素の異常を判定する(ステップS58A)。そして、各2重系角度センサの検出値が同じでない場合には、センサ系の異常と判定する(ステップS58B)。
【0078】
このように、電動パワーステアリング装置のモータトルク領域に対して十分に遅れ特性マップが学習できたら、学習完了とする。
図20の黒点が学習された補償値CMdを示している。
【0079】
なお、
図5の静的特性マップ142は
図13の静的特性マップ作成部144−4に対応するものであり、
図5の動特性マップ151は
図16の動特性マップ作成部146−6に対応するものであり、
図5の遅れ特性マップ152は
図19の遅れ特性マップ作成部148−7に対応するものである。
図5はそれぞれ学習が完了したマップであり、
図13、
図16、
図19は学習中のマップであり、この意味から別々の参照符号を付している。
【0080】
次に、本発明(第1実施形態)の効果を、
図24を参照して説明する。
【0081】
横軸は時間であり、縦軸は角度誤差(モータ軸角度とステアリングシャフト角度の差分)を示している。時点t0から時点t1の区間は、ハンドル中心で左右に操舵する状態を示している。時点t1から時点t2の区間は、ハンドルを左側エンド付近まで切り、左右に操舵する状態を示している。また、時点t2から時点t3の区間は、ハンドルを右側エンド付近まで切り、左右に操舵する状態を示し、時点t3以降はハンドルを中心に戻す状態を示している。
図24(A)に示すように、補償が全くない場合は角度差分が大きい(2.5°)が、
図24(B)に示すように、静的特性補償によって、速度の遅いハンドルの動きに対して、角度差分は減少している(0.75°)。さらに、動特性補償を付加することにより、
図24(C)に示すように、速度の速いハンドルの動きに対しても角度差分を減少させることができる(0.25°)。
【0082】
上述の第1実施形態では、
図5に示すように静的特性、動特性及び遅れ特性について補償しているが、
図25に示す構成で静的特性の補償のみを行うようにしても良い(第2実施形態)。
【0083】
補償値CMsを演算する静的特性補償部140は、モータトルクTmを入力するローパスフィルタ(LPF)141と、LPF141からの高周波ノイズを除去されたノイズ除去済みモータトルクTmaを入力して、補償値CMs(学習中は補償値マップ)を出力する非線形要素の静的特性マップ(学習完了)142とで構成されている。
【0084】
第1実施形態と同様に、補償値CMsは減算部181に減算入力されると共に、加算部191に加算入力される。減算部181はステアリングシャフト推定角度SSeを出力し、加算部191はモータ軸推定角度MSeを出力する。その後、ステアリングシャフト推定角度SSe及びモータ軸推定角度MSeと各実測値との誤差(絶対値)が許容範囲ε以内であるか否かを前記数1に従って診断し、許容範囲ε以内となるまで学習を繰り返し、許容範囲ε以内となった時点で学習は終了となる。
【0085】
非線形要素の静的特性マップ142は
図6に示すように、モータトルクTmがTm1(=0)から正負方向に大きくなるに従って、角度誤差である補償値(CMs)がそれぞれ徐々に非線形に大きくなる特性であり、モータトルクTm1(=0)近辺において急激に大きく増加減する。
【0086】
非線形要素の静的特性マップ142の学習は、マップの作成に対応する。マップは横軸(モータトルクTm)に対して、広範囲(例えば一方(正側)のラックエンド近傍から他方(負側)のラックエンド近傍まで)で学習した方が、誤差が小さくなる。つまり、特定のポイント(例えば
図6において、ポイントs
5(Tm1=0,CMs=0)付近)のみで学習しても意味がない。マップのポイント数は、マイコンのRAMやROMの容量やCPUの演算速度に依存するので断定できないが、横軸に対して、ある程度の範囲を網羅したときに学習完了としている。
【0087】
静的特性の学習及び学習結果に基づいて角度推定を行う全体の動作例を、
図26のフローチャートを参照して説明する。この場合にも、補償値が
図9に示すノミナル値の近似値範囲の外であることを判定して、学習を開始するようにしても良い。
【0088】
先ず始めに非線形要素の静的特性マップ142の学習を行い(ステップS10)、学習完了となるまで継続する(ステップS101)。電動パワーステアリング装置のモータトルク領域に対して十分に静的特性マップが学習できたとき(例えば
図6)に、学習完了となる。非線形要素の静的特性マップ142の学習完了により補償値マップが作成されるので、静的特性補償部140からの補償値CMsに基づいて推定角度を推定する(ステップS102)。ステアリングシャフト推定角度SSeは、モータ軸角度Amから補償値CMsを減算することによって求められ、モータ軸推定角度MSeは、ステアリングシャフト角度Apと補償値CMsを加算することによって求められる。その後、推定角度と実測値の誤差(絶対値)が許容範囲εであるか否かを、上記数1に従って診断し(ステップS103)、許容範囲ε以内であれば学習は終了となり、許容範囲εよりも大きい場合には、例えば3回目であるか否かを判定し(ステップS104)、2回目内の場合には上記ステップS10にリターンして上記動作を繰り返す。
【0089】
上記ステップS104において、3回目と判定された場合には非線形要素若しくはセンサ系が異常であると判定する(ステップS105)。なお、上記ステップS104の繰り返し回数の設定は適宜変更可能である。
【0090】
繰り返し学習することでステアリングシャフト推定角度SSe及びモータ軸推定角度MSeの精度を高めることができると共に、温度等の周囲の環境変化や機構部品の経年劣化等にも対応することができる。繰り返し学習することで温度等の環境変化にも対応しているが、温度センサを別途設けて、検出温度に応じて各マップの値を補正するようにしても良い。上記ステップS10における非線形要素の静的特性マップ142の学習動作は、
図14と同様である。
【0091】
次に、第2実施形態の効果を、
図27を参照して説明する。
【0092】
時点t0から時点t1の区間は、ハンドル中心で左右に操舵する状態を示している。時点t1から時点t2の区間は、ハンドルを左側エンド付近まで切り、左右に操舵する状態を示している。また、時点t2から時点t3の区間は、ハンドルを右側エンド付近まで切り、左右に操舵する状態を示し、時点t3以降はハンドルを中心に戻す状態を示している。
図27(A)に示すように、補償が全くない場合は角度誤差が大きいが(2.5°)、
図27(B)に示すように、静的特性補償によって、速度の遅いハンドルの動きに対して、角度誤差は減少している(0.75°)。
【0093】
図28は、静的特性及び動特性(遅れ特性なし)の補償を行う第3実施形態の構成例を示しており、非線形要素の非線形学習論理部130は、補償値CMsを演算する静的特性補償部140と、補償値CMyを演算する動特性補償部150と、補償値CMs及びCMyを加算して角度補償値MPを出力する加算部131とで構成されている。静的特性補償部140は、モータトルクTmを入力するローパスフィルタ(LPF)141と、LPF141からの高周波ノイズを除去されたノイズ除去済みモータトルクTmaを入力して、補償値CMsを出力する非線形要素の静的特性マップ(学習完了)142とで構成されている。また、動特性補償部150は、モータ角速度ωmを入力して補償値CMyを出力する非線形要素の動特性マップ151で構成されている。補償値CMs及びCMyは加算部131で加算され、加算値が、最終的な角度補償値MP(学習中は補償値マップ)として出力される。
【0094】
角度補償値MPは減算部181に減算入力されると共に、モータ軸角度推定部190の加算部191に加算入力される。減算部181はステアリングシャフト推定角度SSeを出力し、加算部191はモータ軸推定角度MSeを出力する。ステアリングシャフト推定角度SSe及びモータ軸推定角度MSeと各実測値との誤差(絶対値)が許容範囲ε以内であるか否かを前記数1に従って診断し、許容範囲ε以内となるまで学習を繰り返し、許容範囲ε以内となった時点で学習は終了となる。
【0095】
なお、学習を繰り返しても、数1の両方又は一方が成立しない場合には、操舵系若しくはセンサ系のいずれか一方が故障乃至異常であると判定する。非線形要素の静的特性マップ142は
図6に示す特性であり、非線形要素の動特性マップ151は
図7に示す特性である。
【0096】
各特性マップ(142,151)の学習は、マップの作成に対応し、電動パワーステアリング装置の各部の角度推定には、減速機構65を含む機構系や操舵系の摩擦やバックラッシュ等の非線形要素を補償する必要があり、補償のためには少なくとも静的特性の学習を行い、静的特性の学習の後に動特性の学習をすることが望ましい。
【0097】
ここでは、静的特性の学習の後に動特性の学習を行い、これら学習結果に基づいて角度推定を行う全体の動作例(第3実施形態)を、
図29のフローチャートを参照して説明する。この場合にも、補償値が
図9及び
図10に示す各ノミナル値の近似値範囲の外であることを判定して、各学習を開始するようにしても良い。
【0098】
先ず始めに非線形要素の静的特性マップ142の学習を行い(ステップS10)、学習完了となるまで継続する(ステップS20)。電動パワーステアリング装置のモータトルク領域に対して十分に静的特性マップが学習できたとき(例えば
図6)に、学習完了となる。非線形要素の静的特性マップ142の学習完了後、非線形要素の特性マップ151の学習(ステップS30)を実施する。非線形要素の動特性マップ151の学習(ステップS30)は学習完了となる(例えば
図7)まで継続される(ステップS40)。電動パワーステアリング装置のモータ角速度領域に対して、十分に動特性マップが学習できたら学習完了となる。
【0099】
そして、非線形要素の動特性マップ151の学習が完了したとき、補償値マップが作成されるので、静的特性補償部140からの補償値CMs及び動特性補償部150からの補償値CMyを加算部131で加算して角度補償値MPを演算し、角度補償値MPに基づいて推定角度を推定する(ステップS110)。ステアリングシャフト推定角度SSeは、モータ軸角度Amから角度補償値MPを減算することによって求められ、モータ軸推定角度MSeは、ステアリングシャフト角度Apと角度補償値MPを加算することによって求められる。その後、推定角度と実測値の誤差(絶対値)が許容範囲εであるか否かを、上記数1に従って診断し(ステップS111)、許容範囲ε以内であれば学習は終了となり、許容範囲εよりも大きい場合には、例えば3回目であるか否かを判定し(ステップS112)、2回目内の場合には上記ステップS10にリターンして上記動作を繰り返す。
【0100】
上記ステップS112において、3回目と判定された場合には操舵系若しくはセンサ系が故障していると判定する(ステップS113)。なお、上記ステップS112の繰り返し回数の設定は適宜変更可能である。
【0101】
繰り返し学習することでステアリングシャフト推定角度SSe及びモータ軸推定角度MSeの精度を高めることができると共に、温度等の周囲の環境変化や機構部品の経年劣化等にも対応することができる。繰り返し学習することで温度等の環境変化にも対応しているが、温度センサを別途設けて、検出温度に応じて各マップの値を補正するようにしても良い。
【0102】
上記ステップS10における非線形要素の静的特性マップ142の学習動作は
図14と同様であり、上記ステップS30における非線形要素の動特性マップ151の学習動作は
図17と同様である。
【0103】
なお、上述の実施形態ではコラム式の電動パワーステアリング装置について説明したが、下流式の電動パワーステアリング装置についても同様に適用することが可能である。