【実施例】
【0019】
この発明に従って、ホブ切りツールを、アークイオンプレーティング被覆機械で被覆した。基材を被覆チャンバに導入し、被覆チャンバを0.4Pa未満まで減圧し、基材をアルゴン雰囲気またはアルゴン/水素雰囲気でそれぞれ加熱し、エッチングして、この発明に従ったベース層と多層膜とからなる被膜システムを基材上に堆積させた。被膜堆積のために、たとえば原子パーセントで以下の元素組成:Al
52Cr
28B
20およびAl
50Cr
50、またはAl
52Cr
28B
20およびAl
70Cr
30、またはAl
70Cr
20B
10およびAl
50Cr
50、またはAl
70Cr
20B
10およびAl
70Cr
30をそれぞれ有するAl−Cr−B合金ターゲットおよびAl−Cr合金ターゲットを使用した。いくつかの場合では、まずAl−Cr−Nベース層を堆積させた後、多層Al−Cr−B−N膜を堆積させ、他の場合では、多層Al−Cr−B−N膜のみを堆積させた。ベース層の堆積のために、Al−Crターゲットからの材料のみを蒸着させた。被覆チャンバ内での基材の回転運動によってAl−Cr−B−Nナノ層およびAl−Cr−Nナノ層それぞれを互いに交互に重なって堆積させるために、Al−Cr−B合金ターゲットおよびAl−Cr合金ターゲットを、被覆機械内に戦略的に配置した。それに応じて、最も効率的なプロセスと、異なる層および/またはそれぞれのナノ層に関する所望の厚さ関係と、同時に適切な機械的特性とを得るために、Al−Cr−B−NターゲットおよびAl−Cr−Nターゲットの蒸着のためのアーク電流を選択した。
【0020】
発明者らは、Al−Cr−B−N被膜はAl−Cr−N被膜よりも低い圧縮応力を呈すること、およびAl−Cr−B−N被膜はある程度多孔質であることを発見した。さらに、Al−Cr−B−N被膜におけるホウ素含有量を増加させることにより、圧縮応力の減少が観察された。しかしながら、低すぎる圧縮応力は、機械加工作業における用途にとって不利になる場合もある。この理由により、発明者らは、膜における圧縮応力を増加させるために、基材にバイアス電圧を印加した。驚くべきことに、発明者らは、Al−Cr−B−N層の堆積中に少なくとも70Vの、好ましくは70Vよりも大きい基材バイアス電圧を印加することによって、特に高い密度(多孔性を回避)、並外れて低い熱伝導率係数、および好適な圧縮応力を同時に有する、特に興味深いAl−Cr−B−N層を生成できることを発見した。したがって、発明者らは、バイアス電圧およびホウ素含有量を調節することによって、密度、熱係数、および圧縮応力に関し、規定された用途にとって最も好適な特性を有するAl−Cr−B−N層を堆積できた。このため、たとえば、約2.0W/m・Kという非常に低い熱伝導率係数を呈するAl
52Cr
28B
20ターゲットから、Al−Cr−B−N層を堆積できた。
【0021】
発明者らはまた、この発明に従ったAl−Cr−Nベース層を堆積させることによって、基材バイアス電圧をより低い値U
Bias_lowからより高い値U
Bias_highへと変更することにより、特に良好な被膜の機械的特性および接着強度が得られることを発見した。基材バイアス電圧は、連続的にまたは段階的に増加可能である。
【0022】
この発明に従った被膜システムを堆積させるための被覆方法のさらなる一実施形態は、堆積中に基材バイアス電圧をより低いバイアス電圧からより高いバイアス電圧へと徐々にまたは段階的に、たとえば少なくとも2段階で変更する、ベース層の堆積を伴う。好ましくは、U
Bias_lowest≦4・U
Bias_highestである。
【0023】
この発明に従った被膜システムを用いて達成可能な、切削工具寿命の非常に印象的な向上を、例示的な切削試験の結果を提示することによってさらに示す。
【0024】
例示的な切削試験:
係数m
n=2.557mm、圧力角α
n0=17.5°、および直径d
a0=110mmを有する同期フライス加工用のPM−HSSホブ s390 ボーラー(Bohler)を、以下の3つの異なる被膜システムで被覆した:
− 比較被膜1:基本的に(Al
70Cr
30)Nからなる、従来技術に従った被膜システム;
− 比較被膜2:(Al
70Cr
30)N層およびAl−Cr−Si−W−N層を含有する多層被膜からなる、従来技術に従った被膜システム;ならびに
− この発明の被膜:本質的に窒素を含む雰囲気でAl
70Cr
30ターゲットから堆積された本質的にAl−Cr−Nのベース層と、本質的に互いに交互に重なって堆積されたAl−Cr−Nナノ層およびAl−Cr−B−Nナノ層から形成された多層膜とを有し、Al−Cr−Nナノ層はAl
70Cr
30ターゲットから堆積され、Al−Cr−B−Nナノ層は、Al−Cr−B−Nナノ層の堆積のために、本質的に窒素を含む雰囲気でAl
70Cr
20B
10ターゲットから堆積された、この発明に従った被膜システム。Al−Cr−B−Nナノ層の堆積のために、70Vよりも大きいバイアス電圧を基材に印加した。
【0025】
上述の比較被膜1、比較被膜2、およびこの発明の被膜で被覆された切削工具を、以下の切削条件による16MnCr5(硬度:160HB)のフライホブ切りによって試験した:
− 乾式
− V
c=240m/分
− f
a=4.8mm
− H
CU,max according to SPARTA=0.25mm
− 工具寿命基準:クレータ摩耗深さ(KT)またはフランク摩耗VB
max≧150μm。
【0026】
図1に示すように、この発明に従った被膜を使用することにより、確立された従来技術の被膜と比較して、切削性能を著しく向上させること、および工具寿命の恐るべき増大を達成することが可能である。
【0027】
熱伝導率、研磨摩耗抵抗、および硬度:
デービッド G.カーヒル(David G. Cahill)教授が、Rev. Sci. Instrum. 75, 5119 (2004)で発表した「時間領域熱反射のための層状構造における熱流の分析」(Analysis of heat flow in layered structures for time-domain thermoreflectance)という題の自身の論文で提案し、記載した測定手法によって、この発明の範囲内で、異なる被膜層の熱伝導率係数を測定した。
【0028】
加えて、DIN V ENV 1071に従ったタイプkaloMAX NTの研磨摩耗試験器を用いて、同じ被膜層の研磨摩耗係数を求めた。この方法によれば、ボールが、ゴム車輪を有するシャフトによって駆動され、試料に沿って滑動する。水平軸に対する試料ホルダーの角度とボールのサイズとが、ボールと試料表面との間の印加された負荷を決定する。スラリーがボールの中心に供給されて接触領域へと動かされ、ボールは試料にクレーターを研削する。クレーターの直径を測定することにより、除去された材料の量を計算し、また、負荷、摺動距離、および摩耗クレーターの体積から、摩耗係数を計算する。この測定手法は湿度および温度に極めて依存するため、室温20℃、湿度39%の気候制御室で、直径30mmのボール、粒径1μmの酸化アルミニウム粒子を含有するスラリーを使用して、100rpmの滑動速度で、試験を行なった。
【0029】
表1に、比較被膜1、比較被膜2、この発明の被膜、単層Al−Cr−B−N被膜、および単層Ti−Al−N被膜の熱伝導率係数、ビッカース硬度値、および研磨摩耗係数を示す。単層Al−Cr−B−N被膜は、本質的に窒素を含む雰囲気で、70Vよりも大きいバイアス電圧を用いて、原子パーセントでの元素組成が52:28:20であるAl−Cr−Bターゲットから堆積された。単層Ti−Al−N被膜は、本質的に窒素を含む雰囲気で、原子パーセントでの元素組成が50:50であるTi−Alターゲットから堆積された。
【0030】
表1で観察できるように、この発明の被膜は、膜特性の非常に良好な組合せを呈しており、それらの膜特性は、被膜構成が異なるにもかかわらず、単層Al−Cr−B−N被膜の膜特性に驚くほどよく似ている。
【0031】
にもかかわらず、多層Al−Cr−N/Al−Cr−B−N膜を含む、および/または多層Cr−Al−N/Cr−Al−B−N膜とCr−Al−Nベース層とを含む、この発明に従って堆積された被膜は、単層Al−Cr−B−N被膜よりも良好な切削性能を呈する。
【0032】
【表1】
【0033】
この発明の文脈では、個々のナノ層AおよびBの厚さは、好ましくは200nm以下、より好ましくは100nm以下である。
【0034】
できるだけ低い熱伝導率係数を有するホウ素含有層を生成するために、この発明に従った(Al
xCr
1−x−zB
z)N層における最も高いホウ素濃度は、5原子%未満であってもよいが、好ましくは2原子%以上であってもよい。この発明に従った低い熱伝導率係数を有する被膜は、速い切削速度(Vc>200m/分)での切削プロセス中の結果である高温にさらされる切削工具における熱負荷を減少させるために非常に有利である。この発明に従って生成された被膜のこの属性は、HSSホブなどの高速度鋼で作られた切削工具におけるクレータ摩耗を減少させるために特に有益である。なぜなら、クレータ摩耗は基本的に、高すぎる熱負荷に起因して、これらの種類の切削工具に生じるためである。
【0035】
この発明の文脈では、アルミニウムクロムホウ素窒化物(Al−Cr−B−N)ナノ層はAナノ層と呼ばれ、アルミニウムクロム窒化物(Al−Cr−N)ナノ層はBナノ層と呼ばれる。Aナノ層およびBナノ層はそれぞれ、アルミニウム、クロム、ホウ素および窒素、または、アルミニウム、クロムおよび窒素を本質的に含有している。しかしながら、Aナノ層およびBナノ層は少量の他の元素を含んでいてもよいが、これらのA層およびB層における少量の他の元素は、A層ではアルミニウム、クロムおよびホウ素の合計の、B層ではアルミニウムおよびクロムの合計の、原子パーセントでの総濃度の5%を上回ってはならない。
【0036】
多層膜を形成するAナノ層およびBナノ層が、Aナノ層およびBナノ層をそれぞれ生成するために、被覆される基材表面が被膜チャンバ内で、表面がAlCrB含有ターゲットおよびAlCr含有ターゲットに交互にさらされるような態様で回転されるように実行されたPVD反応性プロセスによって生成される場合、以下の事項が理解される:
− 前述のように本質的に式(Al
xCr
1−x−zB
z)Nおよび(Al
yCr
1−y)Nに対応する元素濃度を有するAナノ層とBナノ層との間には、アルミニウムクロムホウ素および窒素を含有するものの、ホウ素濃度がより低い領域があるかもしれず、十中八九、これらの領域におけるホウ素濃度は段階的である。この領域では、ホウ素濃度は3原子%未満であってもよい。しかしながら、この場合、式(Al
xCr
1−x−zB
z)Nにおけるz≧3%、好ましくはz≧5%という条件は、Aナノ層のホウ素含有量が最も多い領域で参照される。
【0037】
この発明に従った被膜システムのさらに好ましい一実施形態では、原子パーセントでのクロム含有量に対するアルミニウム含有量の比率は、アルミニウムクロムホウ素窒化物およびアルミニウムクロム窒化物をそれぞれ本質的に含有する、交互になったAナノ層およびBナノ層から形成された多層膜の厚さに沿って、一定に維持される。この発明の本実施形態に従った被膜システムが、同様にアルミニウムおよびクロムを含むベース層も含む場合、ベース層は、クロム含有量に対するアルミニウム含有量の比率が多層膜での比率と同じとなるように生成される。
【0038】
いくつかの切削作業にとっては、多層膜の厚さに対するベース層の厚さの比率(ベース層厚さ/多層膜厚さ)が約0.25以上、好ましくは約0.5以上であるこの発明に従った被膜システムで被覆された切削工具を使用することによって、非常に良好な切削性能も達成可能である。
【0039】
この発明に従った被膜システムのさらに好ましい一実施形態は、被膜システムの総厚に沿って、Aナノ層およびBナノ層で作られた2つ以上の多層膜を含む。
【0040】
2つ以上の多層膜を含むこの好ましい実施形態の好ましい一変形例では、被膜システムは切削工具の表面上に堆積され、被膜システムは、基材表面上に堆積されたアルミニウムクロム窒化物で作られたベース層と、ベース層上に堆積された多層構造膜とを含み、多層構造膜は、互いに交互に重なって堆積されたC層およびD層によって形成され、C層はホウ素を含有していないAlCrN層であり、D層は、交互になったAナノ層およびBナノ層で作られた多層膜である。
【0041】
この好ましい実施形態のもう1つの好ましい変形例では、被膜システムが堆積される切削工具の表面は、窒素が豊富なゾーンである。
【0042】
この発明に従った、被覆されるべき工具基材表面における窒素が豊富なゾーンの生成は、工具クレータ摩耗を減少させるために著しく寄与する。
【0043】
この発明に従った被膜システムを生成するための好ましい一方法はPVD法であり、PVD法では、Aナノ層およびBナノ層の生成のための元素であるアルミニウム、クロムおよびホウ素が、(Al
iCr
1−i)
1−jB
jおよび(Al
iCr
1−i)という原子パーセントでの元素組成をそれぞれ有するターゲットから生じ、式中、
− iは好ましくは50原子%以上80原子%以下であり、より好ましくはiは70原子%であり、
− jは好ましくは2原子%以上30原子%以下である。
【0044】
この発明に従った被膜システムで基材を被覆するには、特に高電力インパルス・マグネトロンスパッタリング(high power impulse magnetron sputtering :HIPIMS)手法を含むマグネトロンスパッタリングプロセスも好適である。
【0045】
さらに、粉末冶金によって作られたターゲットが、この発明に従った被膜システムの生成にとって特に好適である。
【0046】
特に、この発明に従った被膜システム、被覆された基材、被膜システムで基材を被覆するための方法の最も好ましい実施形態は、請求項1〜15に記載されている。