特許第6249456号(P6249456)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6249456藍藻においてプラスチック原料を生産する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6249456
(24)【登録日】2017年12月1日
(45)【発行日】2017年12月20日
(54)【発明の名称】藍藻においてプラスチック原料を生産する方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/13 20060101AFI20171211BHJP
   C12P 7/42 20060101ALI20171211BHJP
   C12P 7/46 20060101ALI20171211BHJP
   C12P 7/54 20060101ALI20171211BHJP
   C12P 7/56 20060101ALI20171211BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20171211BHJP
【FI】
   C12N1/13
   C12P7/42
   C12P7/46
   C12P7/54
   C12P7/56
   C12N15/00 AZNA
【請求項の数】9
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2015-560001(P2015-560001)
(86)(22)【出願日】2015年1月29日
(86)【国際出願番号】JP2015052457
(87)【国際公開番号】WO2015115520
(87)【国際公開日】20150806
【審査請求日】2016年7月29日
(31)【優先権主張番号】特願2014-15560(P2014-15560)
(32)【優先日】2014年1月30日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 http://www.jst.go.jp/pr/info/info984/besshi2.html(平成25年9月27日掲載)に発表
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100135909
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 和歌子
(72)【発明者】
【氏名】小山内 崇
(72)【発明者】
【氏名】平井 優美
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 和季
(72)【発明者】
【氏名】飯嶋 寛子
(72)【発明者】
【氏名】桑原 亜由子
【審査官】 布川 莉奈
(56)【参考文献】
【文献】 WANG, J., et al.,RNA-seq based identification and mutant validation of gene targets related to ethanol resistance in,Biotechnology for Biofuels,2012年,5:89,URL,http://www.biotechnologyforbiofuels.com/content/5/1/89
【文献】 小山内 崇ら,シグマ因子SigE 過剰発現によるシアノバクテリアバイオプラスチックの増産,第64回日本生物工学会大会(創立90周年記念大会)トピックス集,2012年11月 2日,pp.16-17,URL,http://www.sbj.or.jp/2012/wp-content/uploads/file/program/topics/topics2012-7.pdf
【文献】 PNAS,2004年,Vol. 101, No. 3,pp. 881-885
【文献】 Nippon Nogeikagaku Kaishi,1998年,Vol. 72, No. 4,pp. 528-531
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12N 1/00− 7/08
C12P 1/00−41/00
CAplus/MEDLINE/WPIDS/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリヒドロキシブタン酸、コハク酸、乳酸および酢酸からなる群より選択される有機酸の生産方法であって、kaiB遺伝子またはkaiC遺伝子である時計タンパク質遺伝子が過剰発現している藍藻を培養すること、および有機酸を採取することを含む、前記方法。
【請求項2】
藻がポリヒドロキシアルカン酸生産能を有する、請求項記載の方法。
【請求項3】
藍藻が、phaAB遺伝子とphaEC遺伝子を有する、請求項記載の方法。
【請求項4】
藍藻が、Synechocystis属に属する、請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
培養を窒素欠乏条件で行う、請求項のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
藍藻においてポリヒドロキシブタン酸、コハク酸、乳酸および酢酸からなる群より選択される有機酸生産能を増強する方法であって、藍藻においてkaiB遺伝子またはkaiC遺伝子である時計タンパク質遺伝子を過剰発現させることを含む、前記方法。
【請求項7】
藻がphaAB遺伝子とphaEC遺伝子を有する、請求項記載の方法。
【請求項8】
藍藻が、Synechocystis属に属する、請求項6または7に記載の方法。
【請求項9】
培養を窒素欠乏条件で行う、請求項のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時計タンパク質遺伝子を過剰発現させた藍藻、およびこれを用いて有機酸、特にプラスチック原料となる有機酸を生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリヒドロキシブタン酸(PHB)は、微生物が生産するバイオポリマーの一種であり、微生物により分解可能な熱可塑性樹脂として、医薬類、農薬類、医療材料、工業材料等の多方面での応用が期待される材料である。PHBは、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の一種でアセチルCoAから三段階の反応で合成されるポリエステルである。PHAを微生物により生産させる方法は、これまでに種々開示されている。例えば、特許文献1にはPHBの製造方法について開示されている。しかしながら、これらの何れの方法の場合も資化性炭素源として有機炭素源を必要とするという欠点があった。
【0003】
そこで、有機炭素源の還元物質を必要とすることなく微生物から効率的にPHAを生産させる方法が種々模索された。これまでに藍藻PHAに関する研究報告は数多くなされているが、局所的な酵素活性の増大は、PHA量の増加につながらないことが明らかとなっている(非特許文献1)。PHA量をより増加させるためには、炭素代謝を大きく改変し、PHAへの代謝フローを促進させる必要があるが、個々の代謝酵素改変では代謝全体の改変にはつながらないことも明らかとなっている。また、Anabaena属の藍藻において時計タンパク質遺伝子が糖異化を制御することが報告されているが、当該藍藻はPHA産生能がなく、PHAの生産に利用することは報告されていない(非特許文献2)。
【0004】
有機酸の中でも特にコハク酸や乳酸はプラスチックの原料として知られ、環境および経済の観点から生物による生産系の確立が求められている。コハク酸は主に石油から合成されているが、近年、バイオベースで生産するベンチャー企業が国外に設立され、安価で環境に優しいコハク酸生産技術は、社会実装に直結する。従来法では、植物由来の糖質を用いて、従属栄養細菌の発酵によってコハク酸を生産している。一方で、植物由来の糖質は、食糧との競合や天候不順、価格高騰など、安定供給に問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平1−222788号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】International Journal of Biological Macromolecules, 30, 2002, 97-104
【非特許文献2】The Journal of Biological Chemistry, vol. 286, 44, 2011, 38109-38114
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、光合成微生物である藍藻を用いて、二酸化炭素を利用することにより、有機酸を効率的に生産する系を構築し、有機酸の生産量を増加させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、藍藻において、時計タンパク質であるkaiABC遺伝子を過剰発現させることにより、有機酸の生産量を増加させることに成功した。
【0009】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)時計タンパク質遺伝子が過剰発現している藍藻。
(2)時計タンパク質遺伝子がkaiB遺伝子またはkaiC遺伝子である、(1)記載の藍藻。
(3)藍藻が、ポリヒドロキシアルカン酸生産能を有する、(1)または(2)記載の藍藻。
(4)藍藻が、phaAB遺伝子とphaEC遺伝子を有する、(1)〜(3)のいずれかに記載の藍藻。
(5)藍藻が、Synechocystis属に属する、(1)〜(4)のいずれかに記載の藍藻。
(6)有機酸の生産方法であって、時計タンパク質遺伝子が過剰発現している藍藻を培養すること、および有機酸を採取することを含む、前記方法。
(7)有機酸がポリヒドロキシアルカン酸であり、藍藻がポリヒドロキシアルカン酸生産能を有し、時計タンパク質遺伝子がkaiB遺伝子またはkaiC遺伝子である、(6)記載の方法。
(8)藍藻が、phaAB遺伝子とphaEC遺伝子を有する、(7)記載の方法。
(9)ポリヒドロキシアルカン酸が、ポリヒドロキシブタン酸である、(7)または(8)記載の方法。
(10)有機酸がコハク酸または乳酸であり、時計タンパク質遺伝子がkaiB遺伝子またはkaiC遺伝子である、(6)記載の方法。
(11)藍藻が、Synechocystis属に属する、(6)〜(10)のいずれかに記載の方法。
(12)培養を窒素欠乏条件で行う、(6)〜(11)のいずれかに記載の方法。
(13)藍藻において有機酸生産能を増強する方法であって、藍藻において時計タンパク質遺伝子を過剰発現させることを含む、前記方法。
(14)有機酸がポリヒドロキシアルカン酸であり、時計タンパク質遺伝子がkaiB遺伝子またはkaiC遺伝子であり、藍藻がphaAB遺伝子とphaEC遺伝子を有する、(13)記載の方法。
(15)ポリヒドロキシアルカン酸が、ポリヒドロキシブタン酸である、(14)記載の方法。
(16)有機酸がポリヒドロキシアルカン酸であり、時計タンパク質遺伝子がkaiB遺伝子またはkaiC遺伝子である、(13)記載の方法。
(17)藍藻が、Synechocystis属に属する、(13)〜(16)のいずれかに記載の方法。
(18)培養を窒素欠乏条件で行う、(13)〜(17)のいずれかに記載の方法。
【0010】
本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願2014-015560号の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、光合成微生物である藍藻を用いて、二酸化炭素を利用することにより、ポリヒドロキシアルカン酸、コハク酸および乳酸を含む有機酸を効率的に生産することが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、藍藻において時計タンパク質遺伝子を過剰発現させることを特徴とする。
【0013】
本発明で時計タンパク質とは、約24時間周期で変動する生理現象である概日リズムを生み出すタンパク質をいう。また、時計タンパク質遺伝子とは、時計タンパク質をコードする遺伝子をいい、藍藻の場合、狭義にはkaiA、kaiB、kaiCの3つの遺伝子およびその相同遺伝子を指す。kaiA遺伝子は、KaiCのリン酸化に関与する。kaiB遺伝子は、KaiCの脱リン酸化を促進する。kaiC遺伝子は、自己リン酸化および脱リン酸化する活性があり、リン酸化反応が24時間周期を刻むことが知られている。
【0014】
phaA遺伝子は、アセチルCoAからアセトアセチルCoAを合成するβ−ケトチオラーゼをコードする遺伝子をいう。phaB遺伝子は、アセトアセチルCoAから3−ヒドロキシブチリルCoAを合成するアセトアセチルCoA還元酵素をコードする遺伝子をいう。phaC遺伝子は、3−ヒドロキシブチリルCoAからPHBを合成するPHA合成酵素のサブユニットをコードする遺伝子をいう。phaE遺伝子は、3−ヒドロキシブチリルCoAからPHBを合成するPHA合成酵素のサブユニットをコードする遺伝子をいう。
【0015】
また、遺伝子を過剰発現させるとは、野生株に比較してmRNA量が増えていることを意味し、好ましくは、野生株に比較して2倍以上、より好ましくは3倍以上、さらに好ましくは5倍以上になっていることをさす。
【0016】
藍藻は、シアノバクテリア(藍色細菌)とも呼ばれる真正細菌の1群であり、光合成によって酸素を生み出すという特徴を有する。単細胞で浮遊するもの、少数細胞の集団を作るもの、糸状に細胞が並んだ構造を持つものなどがあり、特に制限されないが、単細胞のものが好ましい。
【0017】
本発明の有機酸とは、生体内に含まれる化合物の中で、特にカルボン酸を含み、または酸性を示す化合物を指し、ポリヒドロキシアルカン酸、コハク酸、乳酸または酢酸が例示できる。
【0018】
有機酸の生産量を増大させる観点からは、有機酸、好ましくはポリヒドロキシアルカン酸、コハク酸、乳酸または酢酸の生産能を有する藍藻を用いることが好ましい。
【0019】
ポリヒドロキシアルカン酸の生産量を増大させる観点からは、ポリヒドロキシアルカン酸、好ましくはポリヒドロキシブタン酸の生産能を有する藍藻を用いることが好ましい。したがって、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子、例えばphaAB遺伝子およびphaEC遺伝子を有する藍藻を用いることが好ましい。ポリヒドロキシアルカン酸の生産能を有する藍藻には、遺伝子改変や突然変異誘導等によりポリヒドロキシアルカン酸の生産能が付与された藍藻も包含される。したがって、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子、例えばphaAB遺伝子およびphaEC遺伝子を有する藍藻には、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子が導入された藍藻も包含される。
【0020】
コハク酸の生産量を増大させる観点からは、コハク酸の生産能を有する藍藻を用いることが好ましい。したがって、コハク酸合成酵素遺伝子、例えば乳酸脱水素酵素遺伝子(ddh、ldh)を有する藍藻を用いることが好ましい。ldhおよびddhは、乳酸とピルビン酸との相互変換を触媒する活性を有する酵素をコードする遺伝子をさす。コハク酸の生産能を有する藍藻には、遺伝子改変や突然変異誘導等によりコハク酸の生産能が付与された藍藻も包含される。したがって、コハク酸合成酵素遺伝子を有する藍藻には、コハク酸合成酵素遺伝子が導入された藍藻も包含される。
【0021】
乳酸の生産量を増大させる観点からは、乳酸の生産能を有する藍藻を用いることが好ましい。したがって、乳酸合成酵素遺伝子、例えば乳酸脱水素酵素遺伝子(ddh、ldh)を有する藍藻を用いることが好ましい。乳酸の生産能を有する藍藻には、遺伝子改変や突然変異誘導等により乳酸の生産能が付与された藍藻も包含される。したがって、乳酸合成酵素遺伝子を有する藍藻には、乳酸合成酵素遺伝子が導入された藍藻も包含される。
【0022】
酢酸の生産量を増大させる観点からは、酢酸の生産能を有する藍藻を用いることが好ましい。したがって、酢酸合成酵素遺伝子、例えばアセチルCoA合成酵素(acs)、酢酸キナーゼ(ackA)、アルデヒド脱水素酵素、アシルホスファターゼ遺伝子を有する藍藻を用いることが好ましい。酢酸の生産能を有する藍藻には、遺伝子改変や突然変異誘導等により酢酸の生産能が付与された藍藻も包含される。したがって、酢酸合成酵素遺伝子を有する藍藻には、酢酸合成酵素遺伝子が導入された藍藻も包含される。
【0023】
藍藻の具体例としては、Synechocystis属藍藻、Microcystis属藍藻、例えばMicrocystis aeruginosa、Arthrospira属藍藻、例えばArthrospira platensis、Cyanothece属藍藻、Anabaena属藍藻、Synechococcus属藍藻、Thermosynechococcus属藍藻、例えばThermosynechococcus elongats、Gloeobacter属藍藻、例えばGloeobacter violaceus、Acaryochloris属藍藻、例えばAcaryochloris marina、Nostoc属藍藻、例えばNostoc punctiforme、Trichodesmium属藍藻、Prochloron属藍藻、Prochlorococcus属藍藻などが挙げられる。
【0024】
このうち、少なくともSynechocystis属藍藻、例えばSynechocystis sp.PCC6803、Microcystis属藍藻、例えばMicrocystis aeruginosa、Arthrospira属藍藻、例えばArthrospira platensis、Synechococcus属藍藻、Cyanothece属藍藻、Nostoc属藍藻、例えばNostoc muscorumについては、ポリヒドロキシアルカン酸合成酵素遺伝子の存在が明らかとなっている。
【0025】
また、少なくともSynechocystis属藍藻、例えばSynechocystis sp.PCC6803、Microcystis属藍藻、例えばMicrocystis aeruginosa、Arthrospira属藍藻、例えばArthrospira platensis、Cyanothece属藍藻、Anabaena属藍藻、Synechococcus属藍藻、Thermosynechococcus属藍藻、例えばThermosynechococcus elongats、Gloeobacter属藍藻、例えばGloeobacter violaceus、Acaryochloris属藍藻、例えばAcaryochloris marina、Nostoc属藍藻、例えばNostoc punctiforme、Trichodesmium属藍藻、Prochloron属藍藻、Prochlorococcus属藍藻などについては、コハク酸合成酵素遺伝子の存在が明らかとなっている。
【0026】
また、少なくともSynechocystis属藍藻、例えばSynechocystis sp.PCC6803、Microcystis属藍藻、例えばMicrocystis aeruginosa、Arthrospira属藍藻、例えばArthrospira platensis、Cyanothece属藍藻、Anabaena属藍藻、Synechococcus属藍藻、Thermosynechococcus属藍藻、例えばThermosynechococcus elongats、Gloeobacter属藍藻、例えばGloeobacter violaceus、Acaryochloris属藍藻、例えばAcaryochloris marina、Nostoc属藍藻、例えばNostoc punctiforme、Trichodesmium属藍藻、Prochloron属藍藻、Prochlorococcus属藍藻などについては、乳酸合成酵素遺伝子の存在が明らかとなっている。
【0027】
また、少なくともSynechocystis属藍藻、例えばSynechocystis sp.PCC6803、Microcystis属藍藻、例えばMicrocystis aeruginosa、Arthrospira属藍藻、例えばArthrospira platensis、Cyanothece属藍藻、Anabaena属藍藻、Synechococcus属藍藻、Thermosynechococcus属藍藻、例えばThermosynechococcus elongats、Gloeobacter属藍藻、例えばGloeobacter violaceus、Acaryochloris属藍藻、例えばAcaryochloris marina、Nostoc属藍藻、例えばNostoc punctiforme、Trichodesmium属藍藻、Prochloron属藍藻、Prochlorococcus属藍藻などについては、酢酸合成酵素遺伝子の存在が明らかとなっている。
【0028】
藍藻では、時計遺伝子クラスターkaiABCが生物時計の遺伝子として知られている。時計遺伝子クラスターkaiABCは2つのオペロンkaiAおよびkaiBCより構成されている。kaiBCオペロンの発現は、時計タンパク質KaiAにより促進され、もう一つの時計タンパク質KaiCにより抑制される。これが、藍藻の生物時計におけるフィードバック制御であると考えられている。また、KaiCはリン酸化されることが知られており、このKaiCのリン酸化はKaiAによって促進されることが判明している。
【0029】
藍藻由来時計タンパク質遺伝子であるkaiA遺伝子の具体例として、Synechocystis sp.PCC6803由来のkaiA遺伝子の塩基配列を配列番号1に、アミノ酸配列を配列番号2に示す。藍藻由来時計タンパク質kaiB遺伝子の具体例として、Synechocystis sp.PCC6803由来のkaiB1遺伝子の塩基配列を配列番号3に、アミノ酸配列を配列番号4に、kaiB2遺伝子の塩基配列を配列番号5に、アミノ酸配列を配列番号6に、kaiB3遺伝子の塩基配列を配列番号7に、アミノ酸配列を配列番号8に示す。藍藻由来時計タンパク質kaiC遺伝子の具体例として、Synechocystis sp.PCC6803由来のkaiC1遺伝子の塩基配列を配列番号9に、アミノ酸配列を配列番号10に、kaiC2遺伝子の塩基配列を配列番号11に、アミノ酸配列を配列番号12に、kaiC3遺伝子の塩基配列を配列番号13に、アミノ酸配列を配列番号14に示す。
【0030】
上記のkaiA遺伝子、kaiB1遺伝子、kaiB2遺伝子、kaiB3遺伝子、kaiC1遺伝子、kaiC2遺伝子およびkaiC3遺伝子には、それぞれ配列番号1、3、5、7、9、11および13の塩基配列からなる遺伝子と機能的に同等の遺伝子も包含される。配列番号1、3、5、7、9、11または13の塩基配列からなる遺伝子と機能的に同等の遺伝子としては、それぞれ配列番号1、3、5、7、9、11または13の塩基配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上の相同性または同一性を有する塩基配列からなり、それぞれ時計タンパク質の活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。また、本発明においてkaiA遺伝子、kaiB1遺伝子、kaiB2遺伝子、kaiB3遺伝子、kaiC1遺伝子、kaiC2遺伝子およびkaiC3遺伝子には、そのホモログやオルソログも包含される。
【0031】
時計タンパク質KaiA、KaiB1、KaiB2、KaiB3、KaiC1、KaiC2およびkaiC3には、それぞれ配列番号2、4、6、8、10、12および14のアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等のタンパク質も包含される。配列番号2、4、6、8、10、12または14のアミノ酸配列からなるタンパク質と機能的に同等のタンパク質としては、それぞれ配列番号2、4、6、8、10、12または14のアミノ酸配列と70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上の相同性または同一性を有するアミノ酸配列からなり、時計タンパク質の活性を有するタンパク質が挙げられる。また、配列番号2、4、6、8、10、12または14のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列からなり、時計タンパク質の活性を有するタンパク質も包含される。欠失、置換、挿入または付加されるアミノ酸の数は、通常2〜10個、好ましくは2〜5個、より好ましくは2〜3個である。
【0032】
本明細書においては、kaiA遺伝子、kaiB1遺伝子、kaiB2遺伝子、kaiB3遺伝子、kaiC1遺伝子、kaiC2遺伝子およびkaiC3遺伝子をまとめてkaiABC遺伝子と称し、KaiA、KaiB1、KaiB2、KaiB3、KaiC1、KaiC2およびkaiC3をまとめてKaiABCと称する場合がある。
【0033】
kaiABC遺伝子をはじめ、目的遺伝子の塩基配列は公共のデータベース(GenBank、EMBL、DDBJ)より検索可能であり、例えば上記藍藻に由来するkaiABC遺伝子のうち、配列が未知の藍藻に由来するkaiABC遺伝子は、配列が既知の藍藻に由来するkaiABC遺伝子の情報を利用し、クローニングにより取得することができる。所望の遺伝子をクローニングにより取得する方法は、分子生物学の分野において周知である。例えば、遺伝子配列が既知の場合、制限エンドヌクレアーゼ消化により適したゲノムライブラリを作り、所望の遺伝子配列に相補的なプローブを用いてスクリーニングすることができる。配列が単離されたら、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)のような標準的増幅法を用いてDNAを増幅し、形質転換(遺伝子導入)に適した量のDNAを得ることができる。遺伝子のクローニングに用いるゲノムライブラリの作製、ハイブリダイゼーション、PCR、プラスミドDNAの調製、DNAの切断および連結、形質転換等の方法は、例えば、Molecular Cloning:A Laboratory Manual 第3版(Sambrook&Russell,Cold Spring Harbor Laboratory Press,2001)に記載されている。
【0034】
公知のkaiA遺伝子のSequenceIDの例を以下に示す:slr0756、cce_0424、PCC8801_4233、MAE31730、PCC7424_0601、SYNPCC7002_A0289、Cyan7425_0346、AM1_0994、tlr0481、NIES39_L01230、Synpcc7942_1218、syc0332_d、CYB_0490、CYA_1902、sync_2222、SynRCC307_1826、SYNW0548、Syncc9902_0547、SynWH7803_1966。
【0035】
公知のkaiB1遺伝子のSequenceIDの例を以下に示す:slr0757、MAE31740、PCC7424_0600、PCC8801_4232、cce_0423、Tery_3804、Ava_1017、alr2885、NIES39_L01220、Cyan7425_0347、tlr0482、Npun_R2887、AM1_0993、P9303_05431、SynWH7803_1965、Syncc9605_2125、Syncc9902_0548、SYNW0549、PMT1419、sync_2221。
【0036】
公知のkaiB2遺伝子のSequenceIDの例を以下に示す:sll1596、RPA0008、MAE31740、sll0486、MAE42960、PCC7424_3005、cce_0423、PCC7424_0600、PCC8801_4232、P9515_15041、CYA_1901、CYB_0489、Tery_3804、P9301_15291、PMM1343、P9215_15721、NIES39_L01220、Ava_1017、alr2885、slr0757。
【0037】
公知のkaiB3遺伝子のSequenceIDの例を以下に示す:sll0486、cce_4715、PCC8801_3933、PCC7424_3005、MAE42960、sll1596、Pro1424、CYA_1901、CYB_0489、tlr0482、MAE31740、P9515_15041、PMM1343、PMT9312_1441、P9211_13971、cce_0423、SynRCC307_1825、PCC7424_0600、PCC8801_4232、P9215_15721。
【0038】
公知のkaiC1遺伝子のSequenceIDの例を以下に示す:slr0758、PCC8801_4231、PCC7424_0599、cce_0422、MAE31750、SYNPCC7002_A0287、Ava_1016、alr2886、Tery_3805、Npun_R2886、Cyan7425_0348、AM1_0992、tlr0483、syc0334_d、Synpcc7942_1216、NIES39_L01210、CYB_0488、CYA_1900、SynRCC307_1824、Syncc9902_0549。
【0039】
公知のkaiC2遺伝子のSequenceIDの例を以下に示す:sll1595、RPA0009、CYB_0488、CYA_1900、tlr0483、AM1_0992、syc0334_d、Synpcc7942_1216、P9211_13961、Syncc9605_2124、MAE31750、SynWH7803_1964、SynRCC307_1824、P9303_05441、sync_2220、PMT1418、NATL1_17691、P9215_15711、SYNW0550、Pro1423。
【0040】
公知のkaiC3遺伝子のSequenceIDの例を以下に示す:slr1942、PCC7424_3006、PCC8801_3934、MAE39130、cce_4716、Tery_3805、Cyan7425_0348、tlr0483、syc0334_d、Synpcc7942_1216、AM1_0992、CYA_1900、PCC8801_4231、SYNPCC7002_A0287、slr0758、alr2886、CYB_0488、Ava_1016、MAE31750、PCC7424_0599。
【0041】
藍藻において時計タンパク質遺伝子を過剰発現させる方法としては、例えば時計タンパク質遺伝子が過剰発現するような変異を加える方法が挙げられ、当技術分野で公知の方法で実施することができ、特に制限されない。時計タンパク質遺伝子を過剰発現させる方法の具体例としては、時計タンパク質遺伝子を導入する方法、時計タンパク質遺伝子のプロモーターを当該遺伝子を過剰発現させるようなプロモーターと交換する方法、突然変異誘導による方法などが挙げられる。本発明において時計タンパク質遺伝子には、kaiA遺伝子、kaiB1遺伝子、kaiB2遺伝子、kaiB3遺伝子、kaiC1遺伝子、kaiC2遺伝子およびkaiC3遺伝子、ならびにkaiABCオペロンが包含される。時計タンパク質遺伝子を過剰発現させることには、kaiA遺伝子、kaiB1遺伝子、kaiB2遺伝子、kaiB3遺伝子、kaiC1遺伝子、kaiC2遺伝子およびkaiC3遺伝子のいずれか1つまたは複数(2つ、3つ、4つ、5つ、6つまたは7つ)を過剰発現させることが包含される。
【0042】
遺伝子導入は、時計タンパク質遺伝子またはその一部を適当なベクターに連結し、得られた組換えベクターを時計タンパク質遺伝子が発現し得るように宿主である藍藻中に導入することにより、または相同組換えによってゲノム上の任意の位置に時計タンパク質遺伝子またはその一部を挿入することにより実施できる。「一部」とは、宿主中に導入された場合に時計タンパク質遺伝子がコードするタンパク質を発現することができる時計タンパク質遺伝子の一部分を指す。導入する時計タンパク質遺伝子は、宿主である藍藻とは別の属や種に由来するものでもよいが、宿主である藍藻と同一の属や種に由来する遺伝子が好ましい。プロモーターの交換は、例えば、相同組換えによってゲノム上の時計タンパク質遺伝子プロモーターを目的のプロモーターと交換することにより実施できる。突然変異誘導による方法は、親株を紫外線照射、または変異誘発剤(例えば、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン、エチルメタンスルホン酸など)で処理した後、ポリヒドロキシアルカン酸を高生産する株を選抜することにより実施できる。
【0043】
遺伝子導入のために遺伝子を連結するベクターとしては、宿主細胞で複製可能なものであれば特に限定されず、例えば、プラスミド、ファージおよびコスミド等が挙げられる。染色体遺伝子との相同組換えによる遺伝子導入では、プラスミドを用いることなく、PCR等によって、遺伝子配列の両末端相同組換え部位の遺伝子配列と時計タンパク質遺伝子配列を含む線状の遺伝子配列を合成したものを用いることができる。本線状遺伝子は配列の両末端に宿主ゲノム上の遺伝子と相同配列を有し、本相同配列を介して宿主染色体中へ導入される。
【0044】
上記ベクターにおいては、挿入した時計タンパク質遺伝子が確実に発現されるようにするため、該遺伝子の上流に適当なプロモーターを連結することができる。使用するプロモーターは、二酸化炭素を炭素源とする培養において窒素欠乏条件で時計タンパク質を発現させるプロモーターであれば制限されず、宿主に応じて当業者が適宜選択すればよい。光合成系II反応中心タンパク質をコードする遺伝子のプロモーター、例えばpsbAIIのプロモーター、色素タンパク質フィコシアニンをコードする遺伝子cpcAのプロモーター、炭素同化酵素ルビスコサブユニットをコードする遺伝子rbcLのプロモーターなどが挙げられる。また、構成的プロモーターを用いてもよい。構成的プロモーターは、宿主細胞内外の刺激と関係なく一定のレベルで構造遺伝子を発現させるプロモーターをいう。構成的プロモーターの例としては、人工合成プロモーターtrc、などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0045】
ベクターには、プロモーターおよび目的の遺伝子に加えて、所望により選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)などが連結されていてもよい。また、導入する遺伝子配列は、選択マーカーを含んでいてもよい。選択マーカーの例としては、カナマイシン、スペクチノマイシン、クロラムフェニコール、ゲンタマイシンなどの薬剤耐性マーカーが挙げられるがこれに限定されない。
【0046】
遺伝子を連結させるには、公知のDNAリガーゼを用いる。好ましくは市販のライゲーションキット、例えばLigation high(東洋紡)やDNA Ligation Kit(タカラバイオ)を用いて、規定の条件にてライゲーション反応を行うことにより組換えベクターを得ることができる。また、これらのベクターを、必要であればボイル法、アルカリSDS法、磁性ビーズ法およびそれらの原理を使用した市販されているキット等により精製し、さらにエタノール沈殿法、ポリエチレングリコール沈殿法などの濃縮手段により濃縮することができる。
【0047】
遺伝子の導入は、藍藻とベクターまたはDNA断片とを接触させることにより実施できるが(自然形質転換)、接合法、エレクトロポレーション法等を用いてもよい。
【0048】
相同組換えによってゲノム上の任意の位置に目的の遺伝子を挿入する方法は、ゲノム上の配列と相同な配列に目的遺伝子をプロモーターとともに挿入し、このDNA断片を細胞内に導入して相同組換えを起こさせることにより実施できる。ゲノムへの導入の際には目的遺伝子と選択マーカー遺伝子を連結したDNA断片を用いると容易に相同組換えが起こった株を選抜することができる。また、薬剤耐性遺伝子と特定の条件下で致死的になる遺伝子を連結した遺伝子をゲノム上に上記の方法で相同組換えによって挿入し、その後、薬剤耐性遺伝子と特定の条件下で致死的になる遺伝子を置き換える形で目的遺伝子を相同組換えを利用して導入することもできる。
【0049】
上記で得られた時計タンパク質遺伝子が過剰発現している藍藻(例えば、形質転換藍藻および藍藻変異体)を、好ましくは窒素欠乏条件で培養することにより、有機酸、好ましくはポリヒドロキシアルカン酸、コハク酸、乳酸または酢酸を生産することができる。藍藻が光エネルギーと二酸化炭素を利用して光合成を行う場合には、二酸化炭素を炭素源として培養することができる。
【0050】
ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)は、ある種の微生物がその体内に蓄積することが知られているポリエステルであり、以下の化学式:
【0051】
【化1】
[式中、Rは同一でも異なっていてもよく、炭素数1〜14の直鎖または分岐鎖アルキル基であり、nは2以上の整数であり、好ましくは100以上の整数であり、好ましくは100000以下の整数である]で表すことができる。
【0052】
PHAは自然環境中で分解されることから生分解性プラスチックや生体適合性材料への応用が期待されている。PHAの具体例として、例えば、以下の化学式で表されるものが挙げられる。
【0053】
【化2】
【0054】
PHAのうち、ポリヒドロキシブタン酸(PHBおよびP(3HB)とも表される)は、微生物が生産するバイオポリマーとして知られ、微生物により分解可能な熱可塑性樹脂として、医薬類、農薬類、医療材料、工業材料等の多方面での応用が期待される材料である。ポリヒドロキシブタン酸(PHB)は、アセチルCoAから三段階の反応で合成されるポリエステルである。また、コハク酸や乳酸はプラスチックの原料として知られている。
【0055】
ポリヒドロキシブタン酸生産能を有する藍藻としては、Synechocystis属藍藻、例えば、Synechocystis sp.PCC6803、Synechococcus属藍藻、例えばSynechococcus sp.strain MA19、Nostoc属藍藻、例えばNostoc muscorumなどが挙げられる。
【0056】
コハク酸生産能を有する藍藻としては、Synechocystis属藍藻、例えば、Synechocystis sp.PCC6803、Microcystis属藍藻、例えばMicrocystis aeruginosa、Arthrospira属藍藻、例えばArthrospira platensis、Cyanothece属藍藻、Anabaena属藍藻、Synechococcus属藍藻、Thermosynechococcus属藍藻、例えばThermosynechococcus elongats、Gloeobacter属藍藻、例えばGloeobacter violaceus、Acaryochloris属藍藻、例えばAcaryochloris marina、Nostoc属藍藻、例えばNostoc punctiforme、Trichodesmium属藍藻、Prochloron属藍藻、Prochlorococcus属などが挙げられる。
【0057】
乳酸生産能を有する藍藻としては、少なくともSynechocystis属藍藻、例えばSynechocystis sp.PCC6803、Microcystis属藍藻、例えばMicrocystis aeruginosa、Arthrospira属藍藻、例えばArthrospira platensis、Cyanothece属藍藻、Anabaena属藍藻、Synechococcus属藍藻、Thermosynechococcus属藍藻、例えばThermosynechococcus elongats、Gloeobacter属藍藻、例えばGloeobacter violaceus、Acaryochloris属藍藻、例えばAcaryochloris marina、Nostoc属藍藻、例えばNostoc punctiforme、Trichodesmium属藍藻、Prochloron属藍藻、Prochlorococcus属藍藻などが挙げられる。
【0058】
酢酸生産能を有する藍藻としては、少なくともSynechocystis属藍藻、例えばSynechocystis sp.PCC6803、Microcystis属藍藻、例えばMicrocystis aeruginosa、Arthrospira属藍藻、例えばArthrospira platensis、Cyanothece属藍藻、Anabaena属藍藻、Synechococcus属藍藻、Thermosynechococcus属藍藻、例えばThermosynechococcus elongats、Gloeobacter属藍藻、例えばGloeobacter violaceus、Acaryochloris属藍藻、例えばAcaryochloris marina、Nostoc属藍藻、例えばNostoc punctiforme、Trichodesmium属藍藻、Prochloron属藍藻、Prochlorococcus属藍藻などが挙げられる。
【0059】
本発明の藍藻の培養方法は、特に制限されないが、好ましくは二酸化炭素を炭素源として、窒素欠乏条件で培養する。好気条件下では空気に二酸化炭素を混合することで二酸化炭素濃度を高めることができ、0.01〜10%に調整することが好ましい。培養に用いる培地は、当業者であれば適宜好適なものを選択できるが、例えば、BG−11培地、MDM培地、AO培地、ATCC培地、CRBIP培地、SP培地などを利用できる。一般に培養温度は20〜60℃、好ましくは25〜55℃であり、培養液のpHは6〜12、好ましくは7〜10である。培養時間は4〜168時間、好ましくは8〜48時間である。
【0060】
有機酸としてポリヒドロキシアルカン酸を生産する場合は、好ましくはkaiB遺伝子またはkaiC遺伝子が過剰発現している藍藻を培養することが好ましい。kaiB遺伝子またはkaiC遺伝子が過剰発現している藍藻には、kaiB遺伝子のみが過剰発現している藍藻、kaiC遺伝子のみが過剰発現している藍藻、kaiB遺伝子およびkaiC遺伝子が過剰発現している藍藻が包含される。特に、kaiB3遺伝子が過剰発現している藍藻およびkaiC3遺伝子が過剰発現している藍藻を培養することが好ましい。これら藍藻を、上記BG−11培地のような培地で、光照射下、通気条件(明好気条件)で培養する。光強度は20〜150マイクロモルフォトン(1平方メートル、1秒あたり)が好ましい。光照射下で培養を行い、その後光遮断下での培養に切り替え(明暗条件)て培養することも可能である。菌体内のPHA蓄積率を上げるためには、窒素欠乏条件、例えば分離した藍藻菌体を窒素源を制限した培養液、例えば、BG−11培地から硝酸ナトリウムを除いた培地にて培養を行うことが好ましい。このようにして藍藻菌体にPHAを生成蓄積させ、このPHAを培養物から採取する。
【0061】
有機酸としてコハク酸を生産する場合は、好ましくはkaiB遺伝子またはkaiC遺伝子が過剰発現している藍藻を培養することが好ましい。特に、kaiB3遺伝子が過剰発現している藍藻およびkaiC3遺伝子が過剰発現している藍藻を培養することが好ましい。これら藍藻を、上記BG−11培地のような培地で、明好気条件で培養した後、光を遮断し、例えば窒素ガスでの空気の置換により酸素が実質的に存在しない条件(暗嫌気条件)にすることで、細胞外にコハク酸を放出させ、このコハク酸を培養物から採取する。コハク酸が細胞外に放出されることから、その精製を低コストで実施できる。酸素が実質的に存在しない条件とは、酸素濃度が、例えば1%以下、好ましくは0.5%以下、より好ましくは0.2%以下の条件をいう。
【0062】
有機酸として乳酸を生産する場合は、好ましくはkaiB遺伝子またはkaiC遺伝子が過剰発現している藍藻を培養することが好ましい。特に、kaiB1遺伝子が過剰発現している藍藻、kaiB2遺伝子が過剰発現している藍藻、kaiB3遺伝子が過剰発現している藍藻、kaiC1遺伝子が過剰発現している藍藻、kaiC2遺伝子が過剰発現している藍藻、およびkaiC3遺伝子が過剰発現している藍藻を培養することが好ましい。これら藍藻を、上記BG−11培地のような培地で、明好気条件で培養した後、暗嫌気条件にすることで、細胞外に乳酸を放出させ、この乳酸を培養物から採取する。乳酸が細胞外に放出されることから、その精製を低コストで実施できる。
【0063】
有機酸として酢酸を生産する場合は、好ましくはkaiB遺伝子またはkaiC遺伝子が過剰発現している藍藻を培養することが好ましい。特に、kaiB2遺伝子が過剰発現している藍藻、kaiB3遺伝子が過剰発現している藍藻、kaiC1遺伝子が過剰発現している藍藻、kaiC2遺伝子が過剰発現している藍藻、およびkaiC3遺伝子が過剰発現している藍藻を培養することが好ましい。これら藍藻を、上記BG−11培地のような培地で、明好気条件で培養した後、暗嫌気条件にすることで、細胞外に乳酸を放出させ、この酢酸を培養物から採取する。酢酸が細胞外に放出されることから、その精製を低コストで実施できる。
【0064】
「培養物」は、例えば、培養した藍藻を含む培養液の他に、培養液の上清、培養細胞若しくは培養菌体、または、培養細胞若しくは培養菌体の破砕物等を包含する。有機酸が、例えば、菌体内または細胞内に生産される場合、培養後、菌体または細胞を破砕することにより単離できる。また、有機酸が、例えば、菌体外または細胞外に生産される場合、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により培養液から菌体または細胞を除去することで単離できる。その後、当技術分野で通常用いられる方法を、単独で、または、適宜組み合わせることによって、培養物から有機酸を精製することもできる。精製方法としては、特に制限されず、例えば、有機酸が可溶である有機溶剤に有機酸を溶解させて抽出する方法や、有機酸以外の菌体構成成分を可溶化等させて取り除くことにより有機酸を得る方法などが挙げられる。抽出溶媒としては、メタノール、エタノールなどのアルコール類、ヘキサン、アセトン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素などが挙げられる。例えば、有機酸を培養物から採取する方法として、G.Brauneggらの方法(European Journal of AppliedMicrobiology and Biotechnology 6,29−37(1978))や、M.Katoらの方法(Appl.Microbiol.Biotechnol.45:363−370(1996))を使用することができる。
【0065】
本発明により得られる藍藻の培養液1LあたりのPHA生産量は、好ましくは時計タンパク質過剰発現株では野生株の1.4〜2.0倍である。本発明により得られる藍藻の培養液1Lあたりのコハク酸生産量は、好ましくは時計タンパク質過剰発現株では野生株の1.2〜2.0倍である。本発明により得られる藍藻の培養液1Lあたりの乳酸生産量は、好ましくは時計タンパク質過剰発現株では野生株の1.2〜2.0倍である。本発明により得られる藍藻の培養液1Lあたりの酢酸生産量は、好ましくは時計タンパク質過剰発現株では野生株の1.2〜2.0倍である。
【0066】
したがって、本発明により有機酸、特にPHA、コハク酸、乳酸および酢酸を効率的に生産することが可能になる。
【0067】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0068】
(実施例1)時計タンパク質遺伝子過剰発現株の構築
単細胞性シアノバクテリア(単細胞性藍藻)、Synechocystis sp.PCC 6803(以下Synechocystis)細胞を用いて、7つの時計タンパク質遺伝子(kaiA、kaiB1、kaiB2、kaiB3、kaiC1、kaiC2、kaiC3)を過剰発現する株を構築した。Synechocystis sp.PCC 6803は、パスツール研究所(フランス)から入手可能である(http://www.pasteur.fr/ip/easysite/pasteur/en/research/collections/crbip/general-informations-concerning-the-collections/iv-the-open-collections/iv-iii-pasteur-culture-collection-of-cyanobacteria)。
【0069】
具体的には、遺伝子のORFに光合成系II反応中心タンパク質をコードするpsbAIIのプロモーターを付加し、ゲノム上の影響の少ない領域へ導入した。ベクターとして、pTKP2031Vを用いた(Osanai et al.2011 J.Biol.Chem.286;30962−30971)。具体的には、時計タンパク質過剰発現株を、以下のとおり作製した。
【0070】
時計タンパク質kaiA、kaiB1、kaiB2、kaiB3、kaiC1、kaiC2、kaiC3の各ORF領域を、SynechocystisのゲノムDNAを鋳型に、KODポリメラーゼ(東洋紡)とプライマー(下記表1参照)を用いてPCRで増幅した。得られた断片の末端をNdeIとHpaI(タカラバイオ)で切断し、Synechocystis用のベクターpTKP2031VのNdeI−HpaI領域に導入した。ライゲーションには、DNA Ligation kit(タカラバイオ)を用いた。完成したプラスミドの配列は、シークエンスで確認した。
【0071】
【表1】
【0072】
Synechocystisの形質転換は次の通りに行った。A730=2〜3の濃度のSynechocystisの野生株(GT株)の培養液200μlに、pTKP2031V−hik8を約100ng加え、BG−11プレート上の混合セルロースメンブレン(メルクミリポア)に塗布した。シアノバクテリア用インキュベータ内で1日培養した後、メンブレンを50μg/mlカナマイシンを含んだBG−11プレートに移し、約3週間培養した。得られたコロニーを、同濃度のカナマイシンを含んだBG−11プレートで3回植継ぎ、それぞれの過剰発現株を確立した。BG−11培地組成は以下のとおりである。
【0073】
【表2】
【0074】
以下、BG−11液体培地では、17.65mM NaNOを除き、3mM NHClを窒素源とした。アンモニア源を使い切らせるか、窒素源を除いた培地にフィルターで回収した細胞を再懸濁することにより、窒素欠乏条件とした。
【0075】
得られた各時計タンパク質過剰発現株と親株(GT)について、各時計タンパク質のmRNA量をリアルタイムPCRにより測定した。各時計タンパク質過剰発現株では、親株に比べて、各時計タンパク質のmRNA量が増加していた。
【0076】
(実施例2)ポリヒドロキシブタン酸(PHB)生産量の測定
実施例1で作製した各時計タンパク質過剰発現株(kaiAox、kaiB1ox、kaiB2ox、kaiB3ox、kaiC1ox、kaiC2ox、kaiC3ox)および野生株(GT)について、ポリヒドロキシブタン酸(PHB)の細胞内蓄積量を測定した。
【0077】
本実施例では、窒素源のない培地(BG−110)に3mM塩化アンモニウムを初期窒素源として加え、これを使い切らせることにより窒素欠乏状態にした。培養は全て、好気・明条件、30℃で行った。光強度は50〜80マイクロモルフォトン/msとした。また、好気培養では、1%COを混合した空気を培養液中に導入した。9日間培養した後、細胞を遠心分離により回収した。回収した細胞を、−80℃で3日間凍結乾燥し、その後クロロホルムに懸濁し、4日間70℃のインキュベートと約5分間の超音波破砕を計8回行った。この破砕液を濾過し、ヘキサン、クロロホルム、メタノール等を用いて抽出・精製し、得られたサンプルの重量をPHB量とした。
【0078】
培養液1LあたりのPHB量は、野生株(GT)では、約7mgであったのに対し、kaiB3およびkaiC3過剰発現株(kaiB3oxおよびkaiC3ox)ではそれぞれ約14mg、約10mgに増加することが分かった。
【0079】
(実施例3)コハク酸、乳酸および酢酸の生産量の測定
実施例1で作製した各時計タンパク質過剰発現株(kaiAox、kaiB1ox、kaiB2ox、kaiB3ox、kaiC1ox、kaiC2ox、kaiC3ox)および野生株(GT)について、コハク酸、乳酸および酢酸の生産量を測定した。
【0080】
コハク酸、乳酸、酢酸などの有機酸については、嫌気・暗条件での培養液中の量を測定した。まず、各藍藻株を、70mlの通常培地で好気・明条件、30℃で培養した。好気培養では、1%COを混合した空気を培養液中に導入した。3日間の培養の後、濁度がA730=20となるように、20mM Hepes−KOH(pH7.8)溶液10mlに細胞を濃縮、懸濁し、ガスクロマトグラフィー用のバイアル瓶に移した。バイアル瓶にブチルゴムで蓋をした後、2本の注射針をゴム栓に刺し、一方から窒素ガスを1時間導入した。その後、注射針を抜くことで、バイアル瓶中を嫌気状態にした。バイアル瓶をアルミホイルで包んで暗条件とし、30℃で3日間振盪した。培養液を遠心分離にかけることで細胞を分離し、上清を新しいチューブに移して、凍結乾燥によって内容物を固化させた。これを過塩素酸に懸濁し、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって、分析した。定量は、ブロモチモールブルーを用いたポストラベル法によって行った。
【0081】
測定1:
野生株のコハク酸、乳酸、酢酸の生産量はそれぞれ培養液1Lあたり約20mg、275mg、16mgであった。コハク酸については、kaiB3またはkaiC3の過剰発現によって、培養液1Lあたりの生産量が、それぞれ25mg、30mgに増加することが分かった。乳酸については、kaiB1、kaiB2、またはkaiC1の過剰発現で、それぞれ546mg、447mg、408mgに増加した。また、酢酸は、培養液1Lあたりの生産量が、kaiB3の過剰発現でそれぞれ、21mgに増加した。
【0082】
測定2:
野生株のコハク酸、乳酸、酢酸の生産量はそれぞれ培養液1Lあたり約13mg、5mg以下、167mgであった。コハク酸については、kaiB3またはkaiC3の過剰発現によって、培養液1Lあたりの生産量が、それぞれ19mg、26mgに増加することが分かった。乳酸については、kaiB1、kaiB2、またはkaiC1の過剰発現で、それぞれ16mg、10mg、12mgに増加した。また、酢酸は、培養液1Lあたりの生産量が、kaiB3、kaiC3の過剰発現でそれぞれ、266mg、279mgに増加した。
【0083】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]