(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
この発明による補聴器は,概略的には,ユーザが音響信号として知覚することができる出力信号を提供する,またはそのような出力信号の提供に寄与する任意のシステムを意味するものとして理解され,ユーザの個々の聴覚損失を補償する,またはユーザの聴覚損失を補償するのに寄与する,または聴覚損失を補償することに寄与する手段を備えている。このようなシステムには,身体もしくは頭部に,特に耳の上もしくは耳の中に装着することができる補聴器,および完全にもしくは部分的に埋め込むことができる補聴器が含まれる。しかしながら,聴覚損失を補償することを主要目的としない装置,たとえば民生用電子機器(テレビ,ハイファイ・システム,携帯電話,MP3プレーヤなど)も,それが個々の聴覚損失を補償する手段(measures)を提供する場合には,補聴器システムと考えることもできる。
【0003】
本願の開示において,補聴器は,聴覚障害者によって耳の後ろまたは耳の中に装着されるように設計される,小さい,電池駆動の,小型電子機器として理解することができる。使用に先立ち,補聴器は処方にしたがって補聴器フィッタによって調整される。この処方は,いわゆるオージオグラムが得られる,聴覚障害者の裸耳聴能の聴覚テストに基づく。上記処方は,ユーザが聴覚欠損を蒙っている可聴周波数範囲の部分における周波数の音を増幅することによって補聴器が聴覚損失を緩和することになる設定に到達するように構築される。補聴器は,一または複数のマイクロフォン,電池,信号処理装置を含む小型電子回路,および音響出力トランスデューサを備えている。上記信号処理装置は好ましくはデジタル信号処理装置である。補聴器は,耳の後ろまたは耳の中へのフィッティングに適するケース内に収められる。
【0004】
本願の開示において,補聴器システムは,一つ(単一)の補聴器を備えるもの(いわゆるモノラル補聴器システム)であってもよいし,補聴器ユーザの各耳用の2つの補聴器を備えるもの(いわゆるバイノーラル補聴器システム)であってもよい。さらに補聴器システムは,外部装置,たとえば補聴器システムの他の装置と相互に作用するように構成されるソフトウエア・アプリケーションを備えるスマートフォンを含んでもよい。このように本願の開示において,用語「補聴器システム装置」(hearing aid system device)は,補聴器または外部装置を示す。
【0005】
解放空間(open space)において,音波は,一般に直線状にすなわち点から点に向けて直接に伝播する。硬質面は音波を反射する。反射波はエコーと呼ばれる。硬質面を有する空間において,点点間の音伝播は直接波とエコーの組み合わせになる。エコーは,長い経路のために直接波に比べて遅延することになる。複数の硬質面を有する空間において,点点間の伝播では,直接波および複数のエコーが,その一部は幾度もバウンドする。
【0006】
残響(reverberation)は,原音が提供された後の特定空間における音の持続性(the persistence)である。残響は,多数のエコーを生じさせる閉空間(enclosed space)に音が提供されて,音響エネルギーが壁や空気によって吸収されるようにしてゆっくりと減衰するときに生じる。これは,音源が停止し,他方において,反射が,その振幅が減少しつつも聞こえなくなるまで継続するときに最も顕著になる。残響はたて続けに到達する数千のエコーの集合体である(エコー間は0.01〜1ミリ秒)。集合エコーの音量は,時間の経過とともに,エコーが全く聞こえなくなるまでの間減衰する。
【0007】
多くの場合,最初の約100ミリ秒の残響は初期反射(the early reflections)を示し,残りの部分は遅延残響(the late reverberation)を示す。初期反射は一般に音声明瞭度(speech intelligibility)を高めるのに対し,遅延残響は一般的に有害であることが知られている。
【0008】
残響は,音声明瞭度,空間分離(spatial separation),ローカリゼーション(定位)(localization),認知負荷(cognitive load),聴取努力(listening effort)および聴取快適性(listening comfort)に有害な影響を有することが知られている。適度な量の残響は通常の聴力の聴取者による音声認識能力に影響を与えることはないが,聴覚障害を持つ聴取者および高齢者の聴取者には音声明瞭度に有害な影響がある。
【0009】
残響は,壁からの反射が直接音と干渉して,聴取快適性の低減と音声明瞭度の低下を生じさせる硬質面のある特段処理されていない部屋において特に問題となる。厳しい音響環境のいくつかの例としては,駅構内,ショッピングモールおよび食堂といった大きな公共空間のみならず,近代的なオープンキッチンのような小さい部屋も含まれる。上記問題は,複数の音響源が存在し,目標対干渉雑音比(the target-to-interferer noise ratio)が低下する場合に悪化する。
【0010】
残響の有害な影響は,一般レベルでは,二つのカテゴリ,すなわちオーバーラップ・マスキング(overlap-masking)とセルフ・マスキング(self-masking)とに分けることができる。オーバーラップ・マスキングは,先行する音素の残響エネルギーが次の音素にオーバーラップすることによって生じる。この影響は,高エネルギー声セグメント(たとえば母音)に先行する低エネルギーの子音に特に顕著である。付加的な残響エネルギーが,声道の閉鎖に関連するギャップおよび無音区間(たとえば,閉鎖停止)を埋める。この影響の例を挙げると,単語「キャブ」(cab)および「キャット」(cat)があり,高エネルギーの母音が低エネルギーの子音をマスクし,これが明瞭性の減少につながる子音の混乱(consonant confusion)をもたらす。セルフ・マスキングは,各音素内のエネルギーの内部スミアリング(内部滲み)(the internal smearing)によって生じる。この影響は,フォルマント遷移(the formant transitions)が平坦になる残響共鳴音(たとえば母音)において特に顕著である。一般には,上記セルフ・マスキングの影響は子音のオーバーラップ・マスキングに比べて実質的に小さい。
【0011】
通常の聴力を持つ人は,数人の干渉する話者やかなりの背景雑音のある状況であっても通常は会話についていくことができることが知られている。この状況は,カクテルパーティ環境として知られている。これとは逆に,聴覚に障害を持つ者は,このような状況において会話についていくことは通常は困難である。残響室内における聴覚についても同様である。
【0012】
空間的に離間した2つのマイクロフォンによって記録される信号を用いた室内残響を抑制する方法が,アレンその外(Allen et al.)による論文「会話信号から室内残響を除去するためのマルチ・マイクロフォン信号処理技術」(Multi-microphone signal-processing technique to remove room reverberation from speech signals),ジャーナル・アコースティック・ソサイエティ・アメリカ(Journal Acoustical Society America), vol. 62, no. 4, pp. 912-915, 1977年10月に開示されている。この方法によると,個々のマイクロフォン信号が短時間スペクトル(short-term spectra)に変換されかつ周波数帯域に分割され,その対応する出力が共整相され(co-phased)(遅延差が補償される),各周波数帯域の利得が,個々のマイクロフォン信号の短時間スペクトルの相互相関(cross correlation)に基づいて設定される。
【0013】
国際公開WO−A1−2012007183は,補聴器システムにおける信号処理方法を開示しており,この方法は,2つのオーディオ信号を時間−周波数領域に変換し,両耳間コヒーレンス(interaural coherence)を表す値を算出し,上記両耳間コヒーレンスに基づいて第1の利得を導出し,上記時間−周波数信号の増幅に上記第1の利得を適用し,上記補聴器におけるさらなる処理のために上記信号を時間領域に戻すように変換して補聴器システムのユーザの聴覚欠損を緩和するステップを含むものであり,上記両耳間コヒーレンスを表す値の関数として上記第1の利得値を決定する関係が,両耳間コヒーレンスを表す値についての3つの連続する範囲を含み,第1および第3の範囲おける最大傾斜(maximum slope)が第2の範囲における最大傾斜よりも小さく,上記第1の範囲が低い両耳間コヒーレンス値を含み,上記第3の範囲が高い両耳間コヒーレンス値を含み,上記第2の範囲がその間の両耳間コヒーレンス値を表す値を含むように,上記範囲(複数)が規定される。
【0014】
国際公開WO−A1−2011006496は,第1のマイクロフォンおよび第2のマイクロフォンを備える,処理ユニットを有する補聴器システムを開示しており,上記第1のマイクロフォンの出力が減算ノードの第1の入力に動作可能に接続され,かつ上記第2のマイクロフォンの出力が適応フィルタの入力に動作可能に接続されている。上記適応フィルタの出力は分岐し,第1の分岐において上記減算ノードの第2の入力に動作可能に接続され,第2の分岐において上記補聴器の残りの信号処理の入力に動作可能に接続される。上記減算ノードからの出力は上記適応フィルタの制御入力に動作可能に接続される。
【0015】
米国特許公開US−A1−20080212811は,第1のフィルタを有する第1の信号チャンネルと,第2のフィルタを有する第2の信号チャンネルとを備え,第1および第2のチャンネル入力を処理し,第1および第2のチャンネル出力をそれぞれ生成する信号処理システムを開示する。上記第1および第2のフィルタの少なくとも一方のフィルタ係数は,上記第1および第2のチャンネル出力の差を最小化するように調整される。結果として得られる信号処理システムの信号整合処理は,両耳間相関が低い周波数領域についてウィナー・フィルタを単独で使用するよりも広い領域の信号抑制をもたらし,所望の音声信号における干渉の影響を低減する点においてより効果的である。上記第1および第2の信号チャンネルにおけるフィルタリングは周波数領域において実行される。
【0016】
米国特許公開US−A1−20120328112は,バイノーラル補聴システムにおける残響の低減方法を開示する。これは,両耳聴覚装置のための低減残響バイノーラル出力信号を得るための方法を開発することによって行われている。はじめに左入力信号および右入力信号が提供される。2つの入力信号が結合されて参照信号が形成される。上記参照信号はスペクトル重み(spectral weights)を確認するために用いられ,またはこの重みが別のやり方で提供され,これらを用いて遅延残響が低減される。この目的のために,上記2つの入力信号はそれらに適用されるスペクトル重みを持つ。さらに,重み付け入力信号の信号成分についてのコヒーレンスが確認される。両方の重み付け入力信号の非コヒーレンス信号成分が減衰されて初期残響が低減される。
【0017】
従来技術の一般的な課題は,残響および雑音のバイノーラル抑制のための方法は,サウンド・アーティファクト(sound artifacts)に悩まされることである。これは,補聴器ユーザにとって音声明瞭度および聴取快適性を損なうおそれがある。
【0018】
したがってこの発明の目的は,残響の有害な影響を緩和することができる,補聴器における改善された処理方法を提供することである。
【0019】
この発明の他の目的は,残響の有害な影響を緩和するように構成される改善された手段を備える補聴器システムを提供することである。
【0020】
この発明のさらに他の目的は,補聴器ユーザにとっての聴取快適性を向上するように構成される方法および補聴器システムを提供することである。
【0021】
この発明のさらに他の目的は,バイノーラル補聴器システムにおける非相関雑音(uncorrelated noise)の抑制を改善するように構成される方法および補聴器システムを提供することである。
【0022】
最後に,他の目的は,相関雑音の改善された抑制を提供することである。
【実施例】
【0031】
発明者は,雑音抑制に関する補聴器システムの性能ならびにそれによる音声明瞭度および聴取快適性は,空間的に離された2つの入力トランスデューサからの2つの音響−電気入力信号を用いる雑音推定器(noise estimator)を組み込むことによって改善することができ,ここでこの雑音推定は,第2の入力信号から適応的にフィルタリングされた第1の入力信号(adaptively filtered first input signal)を減算することによって提供される差信号(difference signal)から導出され,これによって非常に正確な雑音推定を,後続の雑音抑制利得計算(算出)機および利得アプリケータにもたらすことができ,これによって雑音抑制が最適化されかつ処理アーティファクトが最小化されることを見いだした。
【0032】
さらに発明者は,複数の音響−電気入力信号から導出される雑音推定を,一(単一)の音響−電気入力信号を処理する雑音低減アルゴリズムへの制御入力として用いることによって,補聴器システムの性能を改善することができることを見いだした。このような雑音低減アルゴリズムの例には,スペクトル減算(spectral subtraction),ウィナー・フィルタリング(Wiener filtering),部分空間法(subspace methods)または統計的モデルに基づく方法(statistical-model based methods)が少なくとも含まれる。
【0033】
特に,発明者は,最小の処理アーティファクトを持つ,非常に効果的な残響の抑制を,時変適応フィルタ(time-varying adaptive filter)によってフィルタリングされた第1の音響−電気入力信号と第2の音響−電気入力信号の差信号から導出される雑音推定を用いるスペクトル減算雑音低減アルゴリズム(spectral subtraction noise reduction algorithm)によって,提供することができることを見いだした。
【0034】
これに加えて,発明者は,時変適応フィルタにおいてフィルタリングされた信号から導出される雑音推定は非常に正確であり,これによって広範囲の後続の雑音低減アルゴリズムから得られるサウンド・アーティファクトのかなりの低減を,たとえば雑音低減アルゴリズムにおける平滑化時間を最小化することによって提供することができることを見いだした。これは,遅延残響の抑制に特に重要であることが証明されている。
【0035】
さらに,発明者は,時変適応フィルタの制御に先験的(演繹的)知識を組み込む(incorporating a-priori knowledge)ことによって,ターゲットが特定の方向にとどまるときにターゲットに向けて空間的に焦点を合わせるように上記適応フィルタを制御することができるので,時変適応フィルタにおいてフィルタリングされた信号から導出される雑音推定は所与の音環境に特に適合することができることを見いだした。
【0036】
さらにまた発明者は,時変適応フィルタを用いて相関雑音および非相関雑音の両方のタイプの雑音を推定することで,簡単なやり方で相関雑音および非相関雑音の両方を抑制することができることを見いだした。
【0037】
発明者はまた,時変適応フィルタを用いて雑音推定を提供することによって,音声のような所望の音が検出されない期間に雑音推定が制限されることがもはや必要とされないことを見いだした。さらに,もはや音声が存在する期間に雑音推定を停止する必要がなく,これによって,音声が存在する期間に雑音が変動する状況であってさえも,特に残響の場所であってさえも,より正確な雑音推定を提供することができる。これに加えて,このタイプの雑音推定は音声能動検出手段(means for voice activity detection)を必要としない。
【0038】
最後に,発明者は,一セットの補聴器の一般的な性質に基づく雑音推定とは対照的に,この発明は個別に考慮された補聴器に依存する非相関および相関雑音の推定を提供することができることを見いだした。
【0039】
はじめに
図1を参照して,
図1はこの発明の一実施態様によるバイノーラル補聴器システムの一部である補聴器100をかなり概略的に示している。
【0040】
バイノーラル補聴器システムは,補聴器ユーザの第1の耳の中にフィットするように構成される第1の補聴器100と,上記補聴器ユーザの第2の耳の中にフィットするように構成される第2の補聴器(図示略)を備えている。以下において,第1の補聴器100を同側補聴器(ipse-lateral hearing aid)とも呼び,第2の補聴器を反対側補聴器(contra-lateral hearing aid)とも呼ぶことにする。
【0041】
補聴器100は第1の入力トランスデューサ101,バイノーラル補聴器システムの反対側補聴器と無線通信するように構成される誘導アンテナ102,時変適応フィルタ103,フィルタ推定器104,加算(合計)ユニット(summing unit)105,第1のパワースペクトル推定器106−aおよび第2のパワースペクトル推定器106−b,雑音抑制利得計算(算出)機107,雑音抑制利得乗算器108,遅延109,スイッチ110,個々の補聴器ユーザの聴覚欠損を緩和する出力信号を提供するデジタル信号処理装置111,ならびに音響出力トランスデューサ112を備えている。
【0042】
音響サウンド(アコースティック・サウンド)が第1の入力トランスデューサ101によってピックアップされる。第1の入力トランスデューサ101からのアナログ信号は第1のアナログ/デジタル変換器(図示略)において第1のデジタル・オーディオ信号120に変換される。
【0043】
第1のデジタル・オーディオ信号120は3つの部分に分けられる。第1のデジタル・オーディオ信号の第1の部分は遅延109に与えられて遅延された第1のデジタル・オーディオ信号121が提供され,これが加算ユニット105の第1の入力に与えられる。第1のデジタル・オーディオ信号の第2の部分122は雑音抑制利得乗算器108に与えられる。第1のデジタル・オーディオ信号の第3の部分はスイッチ110に与えられ,スイッチが第1のポジション128−aにあるときに,スイッチは上記第1のデジタル・オーディオ信号を反対側補聴器への送信のために誘導アンテナ102に与え,第2のポジション128−bにあるときには上記反対側補聴器からのデジタル・オーディオ信号を受信することができる。
【0044】
バイノーラル補聴器システムの反対側補聴器は,
図1に示す補聴器100と同様である。バイノーラル補聴器システムの反対側補聴器(図示略)から補聴器100の誘導アンテナ102に,第1の反対側デジタル・オーディオ信号123が送信される。
【0045】
上記第1の反対側デジタル・オーディオ信号123は,第1のデジタル・オーディオ信号が第1の補聴器100において提供されるやり方と同様のやり方で上記反対側補聴器において提供され,すなわち,音響サウンドが入力トランスデューサによってピックアップされ,上記入力トランスデューサからのアナログ信号がアナログ/デジタル変換器を用いて信号に変換され,これが上記反対側補聴器の誘導アンテナ102から第1(すなわち同側)補聴器100に無線送信され,これが第1の反対側デジタル・オーディオ信号123を示している。
【0046】
上記第1の反対側デジタル・オーディオ信号123は2つに分けられ,そのうち上記第1の反対側デジタル・オーディオ信号の第1の部分124は適応フィルタ103に与えられ,他方,第1の反対側デジタル・オーディオ信号の第2の部分125は適応フィルタ推定器104に提供される。
【0047】
時変適応フィルタ103はフィルタリングされた(フィルタ済)出力信号126を提供するもので,これが加算ユニット105の第2の(減算)入力に与えられ,これによって遅延された第1のデジタル・オーディオ信号の第1の部分121からフィルタリングされた出力信号126が減算されて差信号127が提供される。差信号127は2つに分けられ,フィルタ推定器104と第1のパワースペクトル推定器106−aの両方に与えられる。
【0048】
時間遅延109は,反対側デジタル・オーディオ信号123の相対遅延を補償するために第1のデジタル・オーディオ信号120に適用されるもので,この相対遅延はバイノーラル補聴器システムの同側および反対側補聴器の間の無線通信によるタイム・ラグに起因し,かつ音が反対側補聴器を経て同側補聴器に到達する場合に反対側デジタル・オーディオ信号123に生じうる音伝播時間遅延に起因する。他方,同側補聴器を経て反対側補聴器に到達する音を予測できるようにするために,上記適応フィルタの時間窓(time window)の長さが,無線伝送遅延に最大音伝播時間遅延を加えたものの2倍(twice the wireless transmission delay plus the maximum sound propagation time delay)に設定される。
【0049】
しかしながら,変形例では,少なくとも最も相関する音を適応フィルタによって予測できるようにする任意の遅延(any delay that allows at least most correlated sounds to be predicted by the adaptive filter)を適用することができる。
【0050】
図1の実施態様の変形例では,第1の補聴器の上記時間遅延109によって提供される時間遅延の大きさは選択することができ,または第1のデジタル・オーディオ信号120と第1の反対側デジタル・オーディオ信号123の間の時間遅延の計測値に基づいて自動的に調整することができる。この遅延は,第1の反対側デジタル・オーディオ信号123が反対側補聴器からのものであるかまたは補助装置からのものであるかに依存して変化し,かつ第1の補聴器100と上記補助装置との間の距離に依存して変化するからである。
【0051】
遅延された第1のデジタル・オーディオ信号の第1の部分121は2つに分けられ,上記加算手段105の第1の入力に与えられるのに加えて,上記遅延された第1のデジタル・オーディオ信号の第1の部分121は第2のパワースペクトル推定器106−bにも与えられる。
【0052】
ここで上記第1のパワースペクトル推定器106−aは,雑音推定(a noise estimate)として用いることができる第1のパワースペクトルを提供し,上記第2のパワースペクトル推定器106−bは信号プラス雑音推定(a signal-plus-noise estimate)として用いることができる第2のパワースペクトルを提供する。上記雑音推定および上記信号プラス雑音推定は雑音抑制利得計算機107に与えられ,ここで上記推定(複数)が適用されて周波数依存時変利得(frequency dependent time-varying gain)が提供され,これが利得乗算器108を用いて第1のデジタル・オーディオ信号の第2の部分122に適用される。
【0053】
以下において用語パワースペクトルと雑音推定とを置換可能に使用することができる。しかしながら,変形例において,雑音推定はパワースペクトルとして提供される必要はない。
【0054】
第1のパワースペクトル推定器106−aは雑音推定として用いることができるパワースペクトルを提供する。これは,発明者が,上記差信号127が任意の残響尾部のかなりの部分(a significant part of any reverberant tail)を含むことを見出したことを理由としている。
【0055】
第2のパワースペクトル推定器106−bは信号プラス雑音推定として用いることができるパワースペクトルを提供する。これは,第1のデジタル・オーディオ信号120が所望信号と雑音の両方を含むことを理由とする。
【0056】
図1の実施態様では,上記パワースペクトル推定器106−aおよび106−bによって提供されるパワースペクトルは,遅延された第1のデジタル・オーディオ信号121を第1の数の周波数帯域に分割する第1のフィルタ・バンク(図示略)と,上記差信号127を第2の数の周波数帯域に分割する第2のフィルタ・バンク(図示略)とを用いて算出される。
【0057】
各周波数帯の信号パワーはヒルベルト変換を用いて推定され,これによって短時間の平滑化(a smoothing of a short time duration)に基づいて正確な信号パワー推定を提供することができる。これは,ヒルベルト変換が実信号部と虚信号部の両方を提供するものであり,実信号部を信号パワー推定として直接に使用することができ,さらなる信号パワー推定の平滑化を全く必要としないかまたは必要とされてもわずかであるからである。
【0058】
正確な雑音推定を長時間の平滑化を必要とせずに提供できることがこの発明の特有の利点である。これは,主に差信号127を形成する加算ユニット105への入力の1つを提供するために時変適応フィルタ103を用いる結果であるが,ヒルベルト変換の使用に基づくパワー推定を組み合わせると効果がさらに顕著になる。しかしながら,ヒルベルト変換は必ずしも使用する必要はない。
【0059】
パワー推定を提供する多くの方法が,当業者にとって容易に利用可能である。
【0060】
図1の実施態様によると,ヒルベルト変換に基づいて導出されるパワー推定のほんの20ミリ秒の平滑化時間(smoothing time)が十分証明されており,変形例においては,上記平滑化時間は1から50ミリ秒の範囲とすることができる。この発明による雑音推定の速度および精度は,雑音推定を入力として提供する後続の雑音低減アルゴリズムによって生じる処理アーティファクトの有益な削減に関して,驚くほどに顕著で大きな影響を有することが分かった。
【0061】
これらの有益な効果は,バイノーラル補聴器システムのユーザが残響室にいるときに特に顕著であることが見出された。
【0062】
図1の実施態様の変形例では,上記パワースペクトル推定器106−aおよび106−bによって提供されるパワースペクトルは,フーリエ変換を使用して時変差信号(time-varying difference signal)127および遅延された第1のデジタル・オーディオ信号121を周波数領域に変換し,瞬間値(instantaneous value),時間平均(time-average),または周波数ビンのローパス・フィルタリング(low-pass filtering of the frequency bins)を用いてパワースペクトルを提供する。
【0063】
このように,この発明の重要な点は,後続の雑音低減アルゴリズムに用いるための雑音推定を提供するために,時変適応フィルタを使用することであり,基本的には,時変適応フィルタ103の出力から導出される信号のパワースペクトルを提供する任意の既知のやり方を使用することができる。すなわち,周波数フィルタ・バンクまたはフーリエ変換を,スペクトルを提供するために用いることができる。フィルタ・バンクを用いることによって,周波数領域への変換を必要とすることなくパワースペクトルを提供することができる。他方,スペクトルを提供するためにフーリエ変換を使用することによって,一般的に有利であると考えられる,より高い周波数分解能(higher frequency resolution)を提供できることに留意されたい。変形例において,高解像周波数スペクトルを提供するための,すべての既知の他の方法を使用することができる。
【0064】
発明者は,驚くべきことに,後続の雑音低減アルゴリズムによって生じる処理アーティファクトの低減に関して達成される利点が,上記時変適応フィルタ103から導出される差信号127のような時間領域信号が,パワースペクトルを提供するためにその後に周波数領域に変換されたとしても,維持されることを見出した。
【0065】
バイノーラル補聴器システムのための雑音低減アルゴリズムの既知の技術では,ノイズ推定は典型的には音声(speech)が存在するか否かの決定を含む。これは,特定の統計的信号特性たとえばパーセンタイルを評価することによって,または何らかの他の方法によって行われる。非常に多様な高度な雑音推定アルゴリズムが存在するが,それらのほとんどは,雑音が,音声のない期間中(during periods without speech)に推定されるだけであり,したがって,音声が存在する期間中に変化する雑音を推定するのには十分に適していないという事実に苦慮する。したがって,この発明によって提供される雑音推定アルゴリズムの特有の利点は,雑音推定が,音声が存在するかどうかに無関係であることを理解すべきである。
【0066】
雑音抑制利得乗算器108からの出力は補聴器システムの残りの部分,すなわちデジタル信号処理装置111および出力トランスデューサ112に与えられる。この実施態様では,補聴器システムの上記残りの部分は,聴覚障害を緩和するように構成される増幅手段を含む。変形例において,上記残りの部分は,追加的な雑音低減手段を含むこともできる。
【0067】
図1の実施態様のさらなる変形例では,上記利得乗算器は,音響−電気入力トランスデューサ,聴覚障害を緩和するように構成される増幅手段および電気−音響出力トランスデューサを含む,補聴器システムの主要信号経路中の任意の箇所に配置することができる。通常,主要信号経路は,音響−電気入力トランスデューサ,アナログ/デジタルおよびデジタル/アナログ変換器によって提供される入力信号の雑音低減手段も含む。したがって,雑音低減利得乗算器108によって適用される利得を,聴覚障害を緩和するように構成される上記増幅手段の前後の上記主要信号経路に適用することができる。
【0068】
図1の実施態様では,第1の入力トランスデューサ101によって第1のデジタル・オーディオ信号120が提供され,バイノーラル補聴器システムの反対側補聴器から第1の反対側デジタル・オーディオ信号123が提供される。
【0069】
しかしながら,変形例において,第1の反対側デジタル・オーディオ信号123を,第1の入力トランスデューサを持つ同じ補聴器内に収容される第2の入力トランスデューサからの第2のデジタル・オーディオ信号に置き換えることができる。たとえば乱風雑音(turbulent wind noise)の抑制のために,入力トランスデューサ(複数)の周りの乱気流によって生じる風雑音が未相関であることをもたらすために,入力トランスデューサ(複数)の空間的な分離を数センチメートルよりも大きくする必要はなく,これによってこの発明による雑音推定は,乱気流によって生じる風雑音を推定する目的またはマイクロフォン雑音を推定する目的に適切なものになる。
【0070】
他の変形例では,第1の反対側デジタル・オーディオ信号123を,リモート・コントロールのような補聴器システムの補助装置(auxiliary device)に収納された,またはスマートフォンのような外部装置(external device)に収容された第3の入力トランスデューサからの第3のデジタル・オーディオ信号によって置き換えることができる。特に遅延残響の抑制についての性能は,入力トランスデューサの空間分離を増加することで改善する。これは,遅延残響の相関が入力トランスデューサ(複数)の空間分離が増加することで減少するからである。したがって,補聴器システムの補助装置内または外部装置内に収納される第3の入力トランスデューサを持つことが有利とすることできる。これは,すなわち,別の人に上記装置を与えることによってまたはテーブルの上に上記装置を配置することによって,これらの装置を補聴器から比較的離して設けることができるからである。以下において,外部装置たとえばスマートフォンは,上記外部装置が補聴器システムと対話するように構成されて設けられるときには,補聴器システムの補助装置と考えることができる。
【0071】
さらに他の変形例では,第1のデジタル・オーディオ信号120および第1の反対側デジタル・オーディオ信号123の一方または両方が,補聴器の分野において既知の方法を用いて少なくとも2つの独立の入力トランスデューサ信号を結合する指向性システム(direction system)によって提供される。
【0072】
図1の実施態様では,上記時変適応フィルタ103はFIRタイプのものである。変形例において,上記フィルタをIIRタイプのもの,または基本的に任意の他のフィルタ・タイプのものとすることもできる。
図1の実施態様の特有の利点は,明確であるが,必要な処理パワーを十分に示すようなノイズ抑制の向上には必ずしも寄与しない周波数変換に基づく方法またはたとえばコヒーレンスのような計測値の算出を含む方法とは対照的に,上記適応フィルタが,2つのトランスデューサ信号間の相関信号部分を推定する高処理効率的な方法を提供することにある。
図1の実施態様では,上記時変適応フィルタ103は100タップ(100 taps)を含み,32kHzの速度によってサンプリングし,これはほんの3ミリ秒の時間窓に対応する。しかしながら,この短い時間窓は,第1の反対側デジタル・オーディオ信号123の非残響のまたは初期残響の信号部分を予測することを可能にするのに十分であるのに対し,残りの遅延残響信号部分の大部分を予測することはできない。したがって上記差信号127のパワースペクトルは,特に遅延残響を低減することに向けられた雑音パワースペクトルの非常に良好な推定である。
【0073】
図1の実施態様の変形例では,第1のデジタル・オーディオ信号120および第1の反対側デジタル・オーディオ信号123は,フィルタ・バンクを用いて複数の周波数帯域に分割される。この変形例は,それぞれの周波数帯域についての追加の時変適応フィルタ,フィルタ推定手段および加算ユニットを必要とするが,他方においてより正確な雑音推定および信号プラス雑音推定を提供することができる。
【0074】
図1の実施態様によると,フィルタ推定手段104は,差信号127および第1の反対側デジタル・オーディオ信号の第2の部分125に基づいて時変適応フィルタ103を制御する。フィルタ推定手段の動作は,「可変リーキーLMS適応アルゴリズム」(variable leaky LMS adaptive algorithm)に基づく。このアルゴリズムは,カメネットスキー(Kamenetsky)およびウィドロー(Widrow)による論文「可変リーキーLMS適応アルゴリズム」,信号,システムおよびコンピュータ,第38回アシロマ会議会議記録,vol.1, pp.125-128, 7-10,2004年11月7日〜10日,に最初に開示されたものである。
【0075】
発明者は,カメネットスキーおよびウィドローの論文の式(7)にしたがって,ステップ・サイズ・パラメータμおよび時変パラメータγ
kを慎重に選択し,適応フィルタ重みW
k(kは時間インデックス)を含むベクトルを更新することによって,標準的な雑音低減アルゴリズムへの入力として使用されるときに,信号処理アーティファクトを最小限に抑えて残響の非常に効率的な抑制を提供することができる雑音推定を,上記差信号127を用いてつくることができることを見いだした。カメネットスキーおよびウィドローによる論文は,所望出力と適応フィルタからの出力の間の差として派生される誤差信号を開示する。すなわち,
図1の実施態様によると,差信号127は誤差信号ε
kを表し,遅延された第1のデジタル・オーディオ信号121が所望信号を表し,フィルタリングされた出力信号126がフィルタ出力であり,第1の反対側デジタル・オーディオ信号123が入力信号ベクトルx
kを表す。以下の式が与えられる。
【0076】
【数1】
【0077】
本願の実施態様によると,差信号127は誤差信号として与えられ,反対側デジタル・オーディオ信号の第1の部分124は入力信号として用いられる。第1の反対側デジタル・オーディオ信号の第2の部分125は正規化(normalization)のために用いられ,これによって適応アルゴリズムの安定性を当業者に自明なやり方で向上することができる。
【0078】
図1の実施態様の特定の変形例では,適応フィルタについての先験的(演繹的)知識(a-priori knowledge)が適応アルゴリズムに組み込まれる。発明者は,最大事後確率(経験的(帰納的))最適化公式(a maximum a-posteriori optimization formulation)に基づく,いわゆる最大事後確率(最大経験的(帰納的))適応アルゴリズム(Maximum- a-posteriori adaptive algorithms)を用いて適応フィルタ103を制御することによって,雑音推定の速度および精度をさらに向上させることができることを見出した。
【0079】
このようなタイプの適応アルゴリズムに関するさらなる詳細については,ファン(Huang),ファンおよびラハルジャ(Rahardja)による論文「最大事後確率ベースの適応アルゴリム」(Maximum a Posteriori based adaptive algorithms),信号,システムおよびコンピュータ発行,ACSSC 2007,2007年11月4日〜7日,pp.1628 - 1632に見ることができる。
【0080】
図1の実施態様のさらに他の変形例では,基本的に,たとえばLMSまたはNLMSアルゴリズムといった任意の適応アルゴリムを用いることができ,かつ当業者に自明なやり方で実装することができる。
【0081】
図1の実施態様によると,雑音抑制利得計算機107は第2のパワースペクトル推定器106−bによって提供される信号プラス雑音推定と,第1のパワースペクトル推定器106−aによって提供される雑音推定とを用いて雑音を抑制する利得を計算(算出)し,これによって補聴器システム・ユーザにとっての聴取快適性および言語明瞭度が向上する。発明者は,一(単一)の入力トランスデューサだけからの入力信号に基づく雑音低減アルゴリムは,
図1の実施態様によって提供される信号プラス雑音推定および雑音推定を用いるときに,驚くほど良好な性能を発揮できることを見出した。
【0082】
特に発明者は,エフライム(Ephraim)およびマーラー(Malah)による論文「最小平均二乗誤差短時間スペクトル振幅推定器を用いた音声強調」(Speech enhancement using a minimum mean-square error short-time spectral amplitude estimator),音響,音声および信号処理におけるIEEEトランザクション,ASSP−32,no.6,1984年12月に開示されている短時間スペクトル減衰(short-time-spectral-attenuation)に基づく雑音抑制アルゴリズムの性能は,この発明による上記雑音および信号プラス雑音推定が用いられるとき,重み付けパラメータαについてほんの0.5の値を選択することによって向上することを見出した。
【0083】
カッペ(Cappe)による論文「エフライムとマーラーの雑音抑制機を用いた音楽雑音現象の除去」(Elimination of the musical noise phenomenon with the Ephraim and Malah noise suppressor)IEEE,音声および音処理のトランザクション2(2),pp.345-349,1994年4月の記載を用いて,上記エフライムおよびマーラーの論文に開示されているアルゴリズムは,以下に表すことができるスペクトル利得G(p,w
k)を提供する。
【0084】
【数2】
【0085】
ここでMは超幾何関数(hypergeometric function)であり,スペクトル利得G(p,w
k)は入力信号の各短時間スペクトル値(each short term spectrum value )X(p,w
k)に適用され,ここでpおよびw
kはそれぞれ時間および周波数のインデックス(indices)である。関数Mに関するさらなる詳細は,エフライムおよびマーラーの論文に見ることができ,そこに記載の式(7)〜(10)を参照されたい。
【0086】
先験的(演繹的)信号対雑音比(a priori signal-to-noise ratio)Rpriorは次のように決定することができる。
【0087】
【数3】
【0088】
ここでv(w
k)は雑音推定であり,x>0のときP[x]=x,そうでないときにP[x]=0であり,αは上に記述した重み付けパラメータである。
【0089】
この発明の変形例では,重み付けパラメータαは0.2から0.7の範囲から,好ましくは0.4から0.6の範囲から選択される値に設定することができ,これによって処理アーティファクトを著しく低減することができる。これらの値はカッペの論文において提案されている0.98の値よりもはるかに低いことに留意されたい。
【0090】
事後確率的信号対雑音比(a posteriori signal-to-noise ratio)は以下のように決定される。
【0091】
【数4】
【0092】
この発明によると,短時間スペクトル値が,遅延された第1のデジタル・オーディオ信号の第1の部分121に基づいてパワースペクトル推定器106−bによって決定され,スペクトル利得が第1のデジタル・オーディオ信号の第2の部分122に与えられ,これによって雑音が低減された第1のデジタル・オーディオ信号(noise reduced first digital audio signal)が提供される。上記スペクトル利得は,フィルタ・バンクを用いて複数の周波数帯域に分割された後に,またはたとえば高速フーリエ変換を用いて周波数領域に変換された後に,第1のデジタル・オーディオ信号の第2の部分122に与えられる。さらに別の変形例では,上記スペクトル利得は,上記スペクトル利得を組み込む整形フィルタ(shaping filter)を通して与えられる。本願の開示において,整形フィルタは,単一の広帯域入力および単一の広帯域出力(a single broadband input and a single broadband output)を備える時変フィルタとして理解される。このような整形フィルタは補聴器の分野においてよく知られており,たとえばジェームス M.ケイト(James M. Kates)の書籍「デジタル補聴器」(Digital hearing aids),ISBN978−1−59756−317−8の第8章,特に244−255頁を参照されたい。
【0093】
図1の実施態様では,雑音が低減された第1のデジタル・オーディオ信号は時間領域に戻され,その後に補聴器におけるさらなる処理に提供される。しかしながら,変形例では,上記雑音が低減された第1のデジタル・オーディオ信号は時間領域に戻るように変換されない。
【0094】
一般的には,短時間スペクトルに基づく雑音抑制アルゴリズムの多くは,短時間スペクトルの処理から生じる音声アーティファクトに起因する音声明瞭度の障害(impairments)に勝るように,雑音抑圧を通じて達成される音声明瞭度の改善をもたらすことは困難である,という課題に直面している。
【0095】
発明者は,特にエフライムおよびマーラーによって開示されたアルゴリズムの卓越した性能は,単一の音響−電気入力トランスデューサだけから雑音推定を導出するのとは対照的に,マイクロフォン(複数)のような空間的に分離された2つの音響−電気入力トランスデューサからの信号に基づいて
図1の実施態様による差信号127から導出される雑音推定を用いることによって,達成することができることを見出した。
【0096】
しかしながら,この発明の変形例では,基本的には任意の雑音抑制アルゴリム,たとえばウィナー・フィルタリング(Wiener Filtering),統計モデルに基づく方法(Statistical-Model-Based Methods)および部分空間法(Subspace methods)を用いることができる。
【0097】
この発明によるこれらの代替的な雑音抑制アルゴリムを実装することは当業者にとって問題はなく,これらの代替的な雑音抑制アルゴリズムについてのさらなる背景情報については,たとえばプリリポス・C・ロイゾー(Plilipos C. Loizou)の書籍「音声強調:理論と実践」(Speech Enhancement: Theory and Practice),CRCプレス,2007年,ISB:978−0−8493−5032−0に見ることができる。
【0098】
次に
図2を参照して,
図2は
図1と同様の補聴器200を模式的に示すもので,
図1とは,フィルタリングされた出力信号126が2つに分割され,その後に加算ユニット105と,上記パワースペクトル推定器106−aおよび106−bと同様に機能しかつフィルタリングされた出力信号126中に会話が検出されないときにだけ推定が実行される追加特徴を持つ第3のパワースペクトル推定器202の両方に与えられる点が異なる。会話の検出は様々なやり方で実行することができ,そのすべてが当業者によく知られている。したがって,第3のパワースペクトル推定器202は,上記第2のパワースペクトル推定器106−aによって提供される非相関雑音の推定とは対照的に,相関雑音の推定を提供する。これらの2つの雑音推定が加算手段203に入力されて,2つの雑音推定のレベルが足し合わされ,これによってより正確な雑音推定が提供され,これを雑音抑制利得計算機107の入力として用いることができる。
【0099】
図2の実施態様の変形例において,会話の検出を要することなく,たとえばフィルタリングされた出力信号の10%パーセンタイルを第3のパワースペクトル推定器202の入力として用いることで,上記相関雑音を推定することができる。
【0100】
さらに
図2の実施態様は,遅延された第1のデジタル・オーディオ信号121がフィルタ推定器201への入力としても用いられ,これによって時変適応フィルタの制御を,当業者にとって自明なやり方で向上させることができることが,
図1の実施態様と異なる。
【0101】
図2の実施態様の変形例において,相関雑音の推定またはフィルタ推定器201への追加入力を省略することができる。
【0102】
次に
図3を参照して,
図3はこの発明の一実施態様によるバイノーラル補聴器システム300をかなり模式的に示している。
【0103】
バイノーラル補聴器システム300は,左側補聴器301−Lおよび右側補聴器301−Rを備えている。それぞれの補聴器は少なくとも一つの音響−電気入力トランスデューサ(典型的にはマイクロフォン)101−Lおよび101−R,
図1の実施態様に開示されるすべての電子部品を備えるデジタル信号処理装置302−Lおよび302−R,誘導アンテナ102−Lおよび102−R,ならびに電気−音響出力トランスデューサ303−Lおよび303−Rを備えている。
【0104】
図3の実施態様の変形例では,それぞれのデジタル信号処理装置302−Lおよび302−Rは,
図2の実施態様に開示されるすべての電子部品を備えている。
【0105】
次に
図4を参照して,
図4はこの発明の一実施態様によるバイノーラル補聴器システム400をかなり模式的に示している。バイノーラル補聴器システム400は,補助装置401,第1の補聴器402および第2の補聴器403を備えている。
図4の実施態様の補聴器402および403は,これらの補聴器のうちの一つが外部装置401から反対側信号123を選択的に受信するように構成されている点を除いて,
図1の実施態様に開示されたものと同様,または
図2の実施態様に開示されたものと同様である。すなわち,補聴器ユーザは,反対側信号123を外部装置401から受信するか,または反対側補聴器から受信するかを選択的に決定することができる。
【0106】
図4の実施態様のさらなる変形例では,補聴器システム400はバイノーラル補聴器システムである必要がない。
【0107】
開示されたすべての実施態様の変形例では,誘導アンテナ102,102−L,および102−Rが誘導性のものである必要はなく,これ代えて2.4GHzで動作するように構成される遠場無線アンテナ(far-field radio antenna)とすることができる。しかしながら,基本的には,任意の適切な動作周波数を用いることができ,これらの全ては当業者によって容易に知られていよう。
【0108】
構造および手順の他の修正または変形は当業者にとって自明であろう。