特許第6250470号(P6250470)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6250470
(24)【登録日】2017年12月1日
(45)【発行日】2017年12月20日
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20171211BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20171211BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20171211BHJP
   C23C 14/06 20060101ALN20171211BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   B23C5/16
   B23B51/00 J
   !C23C14/06 A
【請求項の数】3
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2014-91848(P2014-91848)
(22)【出願日】2014年4月25日
(65)【公開番号】特開2015-208808(P2015-208808A)
(43)【公開日】2015年11月24日
【審査請求日】2016年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】阿部 麻衣子
(72)【発明者】
【氏名】山本 兼司
【審査官】 亀田 貴志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−183545(JP,A)
【文献】 特開2007−313636(JP,A)
【文献】 特開2006−231512(JP,A)
【文献】 特開2011−235414(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16
C23C 14/06
DWPI(Derwent Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材表面に硬質皮膜が被覆された切削工具であって、前記硬質皮膜の表面における二乗平均平方根傾斜RΔqが0.060°以下であり、前記硬質皮膜の表面における算術平均粗さRaが、0.030μm以上、0.30μm以下であり、前記硬質皮膜の表面における最大高さ粗さRzが、0.20μm以上、3.5μm以下であることを特徴とする切削工具。
【請求項2】
前記基材が、炭化タングステン基超硬合金、サーメット合金、高速度工具鋼、合金工具鋼のいずれかからなるものである請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記硬質皮膜が、Ti、Cr、Alの少なくともいずれかの元素を含有する窒化物、炭窒化物または酸化物からなるものである請求項1又は2に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チップ、ドリル、エンドミル等の切削工具に関する。より詳細には、耐摩耗性と耐高温潤滑性を向上させることのできる切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、超硬合金、サーメット、高速度工具鋼または合金工具鋼等を基材とする治工具の耐摩耗性を向上させることを目的に、TiNやTiCN、TiAlN等の硬質皮膜をコーティングすることが行なわれている。
【0003】
近年では、被削材の高硬度化や切削速度の高速度化に伴い、更に耐摩耗性の高められた硬質皮膜が要求されている。こうしたことから、Ti、Cr、Alの少なくともいずれかの元素を含有する窒化物や酸化物を硬質皮膜として適用することも試みられている。この様な硬質皮膜は、高硬度であり、耐酸化性にも優れることから、切削工具、金型あるいは機械部品の表面にコーティングされて耐摩耗性皮膜として使用されている。
【0004】
しかしながら、こうした硬質皮膜は各種被削材に対する摩擦係数が高いことから、摺動環境下において焼付き(いわゆる「かじり」)が生じ易いという欠点がある。こうした欠点は、湿式潤滑剤を用いた環境下においても同様に生じる。
【0005】
硬質皮膜の材質ではなく、その表面性状に着目して耐摩耗性の向上を図る技術も提案されている。こうした技術として、例えば特許文献1には、硬質皮膜表面の算術平均粗さRaを0.05μm以下と平滑化することによって、表面欠陥を減少し、耐かじり性と耐酸化性を向上させることによって、耐摩耗性を向上させる技術が提案されている。こうした技術は、切削工具の分野においても、同様に表面性状による耐摩耗性向上が期待されるが、算術平均粗さRaを0.05μm以下に制御するだけでは、耐摩耗性改善効果は十分ではないのが実情である。
【0006】
特に、鋳鉄などの高硬度部材を被削材として高速切削するには、これまでよりも耐摩耗性が更に改善された切削工具の実現が必要となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−99735号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記のような事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、硬質皮膜の表面性状を工夫して、耐摩耗性を更に向上させ、鋳鉄等の高硬度部材を被削材とした場合でも、これを高速切削する上で有用な切削工具を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決し得た本発明の切削工具とは、基材表面に硬質皮膜が被覆された切削工具であって、前記硬質皮膜の表面における二乗平均平方根傾斜RΔqが0.060°以下であることを特徴とする。
【0010】
本発明の切削工具においては、硬質皮膜の表面における算術平均粗さRaが、0.030μm以上、0.30μm以下であることが好ましい。また硬質皮膜の表面における最大高さ粗さRzが、0.20μm以上、3.5μm以下であることも好ましい。
【0011】
本発明の切削工具で用いる前記基材としては、炭化タングステン基超硬合金、サーメット合金、高速度工具鋼、合金工具鋼のいずれかが挙げられる。また、前記硬質皮膜としては、Ti、Cr、Alの少なくともいずれかの元素を含有する窒化物、炭窒化物または酸化物が好ましいものとして挙げられる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、硬質皮膜の表面における二乗平均平方根傾斜RΔqを0.060°以下とすることによって、耐摩耗性を更に改善した切削工具が実現できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者らは、硬質皮膜表面の形状と耐摩耗性との関係について検討した。これまで、硬質皮膜の表面性状が耐摩耗性に与える影響は、高さ方向のパラメータ(例えば、前述の算術平均粗さRa)が大きいとして考えられてきた。しかしながら、本発明者らが検討したところによれば、こうした高さ方向のパラメータよりも、硬質皮膜表面に存在する突起の傾きの方が、耐摩耗性に与える影響が大きいことが明らかになった。
【0014】
即ち、本発明の切削工具は、硬質皮膜の表面における二乗平均平方根傾斜RΔqが0.060°以下であることを特徴とする。この二乗平均平方根傾斜RΔqは、JIS B 0601(2013)に記載の通り、硬質皮膜表面の粗さ曲線(輪郭曲線)における突起の傾きを規定したものである。
【0015】
二乗平均平方根傾斜RΔqの値が大きくなると、表面に平行方向に発生する摩擦力が大きくなると共に、凝着が生じやすくなって皮膜が破壊されやすくなる。二乗平均平方根傾斜RΔqの値を小さくすることによって、切削抵抗を減少させてフランク摩耗を抑制して、耐摩耗性の向上を図ることができる。上記の効果を発揮させるためには、二乗平均平方根傾斜RΔqは0.060°以下とする必要がある。この二乗平均平方根傾斜RΔqは、好ましくは0.020°以下であり、より好ましくは0.010°以下である。二乗平均平方根傾斜RΔqの下限は、製造性等を考慮すれば、0.001°程度以上である。二乗平均平方根傾斜RΔqの定義、測定方法はJIS B 0601(2013)に基づく。
【0016】
硬質皮膜の機能をより発揮させるためには、高さ方向の表面性状パラメータも適切に調整することも有用である。こうしたことから、硬質皮膜の表面(輪郭曲線)における算術平均粗さRa(JIS B 0601(2013))を制御することも、工具摩耗量を抑制する上で有効である。こうした観点から、硬質皮膜の表面における算術平均粗さRaは、0.30μm以下とすることが好ましく、より好ましくは0.25μm以下である。しかしながら、硬質皮膜の表面における算術平均粗さRaが小さくなりすぎると、被削材との接触面積が大きくなることで、切削時の摩擦が大きくなって摩耗が進行しやすくなる。こうした観点から、算術平均粗さRaは0.030μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.050μm以上である。算術平均粗さRaの定義、測定方法はJIS B 0601(2013)に基づく。
【0017】
上記算術平均粗さRaを調整するのと同様の観点から、硬質皮膜の表面(輪郭曲線)における最大高さ粗さRz(JIS B 0601(2013))を制御することも、工具摩耗量を抑制する上で有効である。硬質皮膜の表面における算術平均粗さRaを規定したのと同様の観点から、最大高さ粗さRzは3.5μm以下であることが好ましく、より好ましくは2.0μm以下である。しかしながら、硬質皮膜の表面における最大高さ粗さRzが小さくなりすぎると、被削材との接触面積が大きくなることで、切削時の摩擦が大きくなって摩耗が進行しやすくなる。こうした観点から、最大高さ粗さRzは0.20μm以上であることが好ましく、より好ましくは0.50μm以上である。最大高さ粗さRzの定義、測定方法はJIS B 0601(2013)に基づく。
【0018】
硬質皮膜を形成する基材としては、例えばWC−Co系合金、WC−TiC−Co系合金、WC−TiC−TaC(NbC)−Co系合金、WC−TaC(NbC)−Co系合金等の炭化タングステン基超硬合金;例えばTiC−Ni−Mo系合金、TiC−TiN−Ni−Mo系合金等のサーメット合金;例えばJIS G 4403(2006)に規定されるSKH51やSKD61等の高速度工具鋼;例えばJIS G 4404(2006)に規定されるSKS11やSKD1等の合金工具鋼;等が挙げられる。
【0019】
本発明で用いる硬質皮膜の種類としては、特に限定されるものではなく、従来公知の硬質皮膜であればよく、要するにその表面性状が上記した要件を満足していればよい。耐摩耗性を考慮した好ましい硬質皮膜としては、例えばTi、Cr、Alの少なくともいずれかの元素を含有する窒化物、炭窒化物または酸化物からなるものが挙げられる。具体的には、AlTiN、TiCrAlN、TiCrAlCN、TiCrAlO、AlCrN、Al23等が、耐摩耗性および耐高温潤滑性に優れた硬質皮膜として有効である。
【0020】
硬質皮膜は、単層で成形してもよいが、必要によって、構成元素が同じで組成の異なる2以上の皮膜を積層した皮膜や、構成元素が異なる2以上の皮膜を積層した皮膜のいずれであってもよい。
【0021】
硬質皮膜の厚さ(前記積層した皮膜の場合は合計厚さ)は、用途によって異なるが、0.5μm以上、20μm以下程度であることが好ましい。この厚さ(膜厚)が、0.5μm未満では、薄すぎて優れた耐摩耗性が十分に発揮され難くなる。一方、膜厚が20μmを超えると、切削中に膜の欠損や剥離が発生しやすくなる。膜厚は、より好ましくは1μm以上であり、更に好ましくは2μm以上である。また、膜厚のより好ましい上限は15μm以下であり、更に好ましくは10μm以下である。
【0022】
硬質皮膜は、物理的気相成長法(PVD法:Physical vapor deposition process)や化学的気相成長法(CVD法:Chemical vapor deposition process)等、公知の方法を用いて基材表面に被覆できる。これらの方法のうち、硬質皮膜の基材との密着性等の観点から、PVD法を用いて製造することが好ましい。具体的には、固体蒸発源として用いるターゲットを蒸発またはイオン化させ、窒素、炭化水素または酸素を含むガス中で、被処理体(基材)上に成膜する、例えばアークイオンプレーティング(AIP:Arc Ion Plating)法等のイオンプレーティング法やスパッタリング法等の反応性PVD法が有効である。
【0023】
アークイオンプレーティング法で成膜するときの好ましい条件としては、例えば下記の条件が挙げられる。
全圧力:0.5Pa以上、4Pa以下
印加電流(放電電流):100〜200A
成膜時の基材温度:300℃以上、800℃以下
【0024】
上記二乗平均平方根傾斜RΔqを、適切な範囲に調整するには、上記で形成した硬質皮膜表面、または硬質皮膜を形成する前の基材表面を、投射型の研磨装置を用い、投射圧や投射時間、および投射材の投射方向等を調整しつつ研磨すれば良い。例えば、投射材の投射方向を調整しつつ投射圧を高くしたり、投射時間を長くすれば、上記二乗平均平方根傾斜RΔqを小さくできる。
【0025】
また上記算術平均粗さRaや最大高さ粗さRzを適切な範囲に調整するには、二乗平均平方根傾斜RΔqを調整する場合と同様に、上記で形成した硬質皮膜表面を、投射型の研磨装置を用い、投射圧や投射時間、および投射材の投射方向等を調整すれば良い。また投射材の粒径を調整することによっても表面粗さを調整できる。例えば、投射材の粒径が大きいと、算術平均粗さRaや最大高さ粗さRzは大きくなる傾向がある。
【0026】
本発明の切削工具は、優れた耐摩耗性を発揮し、湿式環境下での高速旋削加工用の切削工具として特に有用である。
【実施例】
【0027】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0028】
下記表1に示す組成および構造の皮膜を、複数の蒸発源を有するAIP装置にて形成した。このとき基材として、SNGA120408およびSNMA120408の2種類の切削用インサート(超硬合金製切削用チップ)、並びに鏡面仕上げした表面粗さ調査用の超硬合金製試験片(13mm×13mm×5mm厚さ)を用いた。
【0029】
【表1】
【0030】
これらの基材をエタノール中にて超音波脱脂洗浄し、AIP装置に導入した。装置内の圧力を5×10-3Paとなるまで排気した後、基材を500℃まで加熱し、Arイオンによるエッチングを5分間実施した。その後、窒素ガスまたは酸素ガスを4Paまで導入し、アーク蒸発源(ターゲット径:100mm)を放電電流150Aで運転し、AlTiN膜、AlTiN(基材側)+TiCrAlN(表面側)の積層膜、およびTiCrAlO膜を、夫々基材上に厚さ約10μmで形成して切削工具とした。
【0031】
基材の逃げ面を成膜し、表面性状を調整するための研磨処理を行なった後、下記の方法で表面パラメータの計測を行なうと共に、耐摩耗性を測定した。尚、上記研磨処理に際しては、投射型の研磨装置を用い、投射圧や投射時間、および投射材の粒径や投射方向等を調整して表面性状を調整した。
【0032】
(表面パラメータの計測)
得られた各切削工具について(試験No.1〜12)、表面パラメータの計測は、触針式の表面粗さ計(DekTak6M)を使用し、表面粗さ調査用の超硬合金製試験片を用いて行なった。この計測に際して、走査長さを1mmとし、水平方向の測定点数を3点とし、測定した表面曲線からうねり成分を除去した粗さ曲線からJIS B 0601(2013)に準拠して、二乗平均平方根傾斜RΔq、算術平均粗さRa、および最大高さ粗さRzを算出した。これを表面の任意の3点で測定し、その平均値を採用した。
【0033】
(耐摩耗性の測定)
耐摩耗性に関しては、上記超硬合金製切削用チップに成膜したサンプル(試験No.1〜12)を用いて、下記の条件で切削試験を行ない、逃げ面摩耗幅を測定して評価した。具体的な基準として、逃げ面摩耗幅が300μm以下のものを耐摩耗性に優れると評価した。尚、逃げ面摩耗幅は好ましくは300μm未満であり、より好ましくは250μm以下であり、更に好ましくは200μm以下であり、より更に好ましくは100μm以下である。
【0034】
(切削試験条件)
被削材料:FCP500(球状黒鉛鋳鉄品:JIS G 5502(2001)):熱
処理する前の状態のもの(生材)
切削速度:300m/分
送り:0.25mm/回転
切り込み深さ:2mm
潤滑:ウエット(エマルジョン)
切削時間:6分
評価条件:フランク摩耗幅(逃げ面摩耗幅)で評価
【0035】
その結果(表面性状、逃げ面摩耗幅)を下記表2に示す。尚、この結果は、硬質皮膜の厚さを10μmに固定し、組成の異なる皮膜を形成、切削性能に及ぼす表面性状の影響について調査したものである。
【0036】
【表2】
【0037】
これらの結果から、次のように考察できる。即ち、試験No.2〜4、8〜12は、表面パラメータ(Ra、Rz、RΔq)が本発明で規定する範囲および好ましい範囲を満足しているので、良好な耐摩耗性を発揮していることが分かる。
【0038】
尚、試験No.5は、二乗平均平方根傾斜RΔqが本発明で規定する範囲であることによって、耐摩耗性は良好となっているが(逃げ面摩耗幅は300μm)、算術平均粗さRaおよび最大高さ粗さRzが好ましい下限よりも小さくなっている例である。また試験No.7は、二乗平均平方根傾斜RΔqが本発明で規定する範囲であることによって、耐摩耗性は良好となっているが(逃げ面摩耗幅は300μm)、算術平均粗さRaおよび最大高さ粗さRzが好ましい上限よりも大きくなっている例である。
【0039】
試験No.5および試験No.7と、試験No.2〜4、8〜12とを比較すると、逃げ面摩耗幅をより低減させるには、算術平均粗さRaと最大高さ粗さRzが推奨される範囲内にあるのが良いことが分かる。
【0040】
これらに対し、試験No.1、6は、硬質皮膜の表面における二乗平均平方根傾斜RΔqが0.060°を超えており、逃げ面摩耗幅が大きくなっている。特に、算術平均粗さRaおよび最大高さ粗さRzが好ましい範囲を満足していても、二乗平均平方根傾斜RΔqが本発明で規定する範囲を外れると、耐摩耗性が劣化している。
【0041】
試験No.1〜12の結果から、皮膜の組成によらず、本発明で規定する表面性状とすれば、優れた耐摩耗性を確保できることが分かる。