特許第6251552号(P6251552)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6251552糖尿病指標値推定システム及び糖尿病指標値推定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6251552
(24)【登録日】2017年12月1日
(45)【発行日】2017年12月20日
(54)【発明の名称】糖尿病指標値推定システム及び糖尿病指標値推定方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/497 20060101AFI20171211BHJP
   G01N 33/66 20060101ALI20171211BHJP
【FI】
   G01N33/497 Z
   G01N33/66 D
   G01N33/66 A
【請求項の数】6
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-241983(P2013-241983)
(22)【出願日】2013年11月22日
(65)【公開番号】特開2015-102381(P2015-102381A)
(43)【公開日】2015年6月4日
【審査請求日】2016年8月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】392026693
【氏名又は名称】株式会社NTTドコモ
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100121980
【弁理士】
【氏名又は名称】沖山 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100128107
【弁理士】
【氏名又は名称】深石 賢治
(72)【発明者】
【氏名】豊岡 継泰
(72)【発明者】
【氏名】檜山 聡
【審査官】 草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−079601(JP,A)
【文献】 特開2007−155385(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/038959(WO,A1)
【文献】 特開2004−333504(JP,A)
【文献】 特開2002−031615(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/164836(WO,A1)
【文献】 特開2010−054489(JP,A)
【文献】 特開昭63−246673(JP,A)
【文献】 C Wang、他2名,A Study on Breath Acetone in Diabetic Patients Using a Cavity Ringdown Breath Analyzer: Exploring. Correlations of Breath Acetone With Blood Glucose and Glycohemoglobin A1C,IEEE Sensors Journal ,2010年,Vol.10,No.1,Page.54-63
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者から放出されるアセトンの濃度値を入力するアセトン濃度入力手段と、
前記被検者の種別を示す情報を入力する被検者種別入力手段と、
前記被検者種別入力手段によって入力された前記被検者の種別を示す情報に基づいて、予め記憶した、被検者の種別に応じた複数の、アセトンの濃度値と血中糖尿病指標値との関係を示す検量線から何れかの検量線を選択し、選択した検量線及び前記アセトン濃度入力手段によって入力された前記濃度値から、前記被検者の血中糖尿病指標値を推定する指標値推定手段と、
前記指標値推定手段によって推定された指標値を出力する出力手段と、
を備え
前記被検者種別入力手段は、前記被検者の種別を示す情報として、当該被検者の糖尿病に対する治療を示す情報を入力し、
前記被検者の糖尿病に対する治療を示す情報は、糖尿病に対する治療の有無、食事療法のみの治療か否か、糖尿病治療薬を服用しているか否か、服用している糖尿病治療薬の種類の数、及び服用している糖尿病治療薬の種類の何れかを示す情報を含む、糖尿病指標値推定システム。
【請求項2】
前記被検者の糖尿病に対する治療を示す情報は、服用している糖尿病治療薬の種類の数、及び服用している糖尿病治療薬の種類を示す情報を含み、
前記指標値推定手段は、前記服用している糖尿病治療薬の種類の数に基づいて検量線を選択し、前記服用している糖尿病治療薬の種類に応じて、予め記憶した補正基準に基づいて、前記アセトン濃度入力手段によって入力された前記濃度値を補正し、補正した濃度値から、前記被検者の血中糖尿病指標値を推定する、請求項に記載の糖尿病指標値推定システム。
【請求項3】
前記被検者から放出されるアセトンの濃度値を測定するアセトン濃度測定手段を更に備える請求項1又は2に記載の糖尿病指標値推定システム。
【請求項4】
前記アセトン濃度入力手段は、前記被検者から放出されるアセトンの濃度値として、当該被検者の呼気、粘膜及び皮膚の何れか1つ以上から発せられたガス成分に基づいて測定されたアセトンの濃度値を入力する請求項1〜の何れか一項に記載の糖尿病指標値推定システム。
【請求項5】
前記指標値推定手段は、前記被検者の血中糖尿病指標値として、当該被検者の血中グルコース濃度、又は血中HbA1c濃度を推定する請求項1〜の何れか一項に記載の糖尿病指標値推定システム。
【請求項6】
糖尿病指標値推定システムの動作方法である糖尿病指標値推定方法であって、
被検者から放出されるアセトンの濃度値を入力するアセトン濃度入力ステップと、
前記被検者の種別を示す情報を入力する被検者種別入力ステップと、
前記被検者種別入力ステップにおいて入力された前記被検者の種別を示す情報に基づいて、予め記憶した、被検者の種別に応じた複数の、アセトンの濃度値と血中糖尿病指標値との関係を示す検量線から何れかの検量線を選択し、選択した検量線及び前記アセトン濃度入力ステップにおいて入力された前記濃度値から、前記被検者の血中糖尿病指標値を推定する指標値推定ステップと、
前記指標値推定ステップにおいて推定された指標値を出力する出力ステップと、
を含み、
前記被検者種別入力ステップにおいて、前記被検者の種別を示す情報として、当該被検者の糖尿病に対する治療を示す情報を入力し、
前記被検者の糖尿病に対する治療を示す情報は、糖尿病に対する治療の有無、食事療法のみの治療か否か、糖尿病治療薬を服用しているか否か、服用している糖尿病治療薬の種類の数、及び服用している糖尿病治療薬の種類の何れかを示す情報を含む、糖尿病指標値推定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検者の血中糖尿病指標値を推定する糖尿病指標値推定システム及び糖尿病指標値推定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病はインスリン作用の低下により、慢性的に高血糖になる代謝症候群の一つである。日本国内で糖尿病の疑いのある人は890万人にのぼるといわれ(平成19年の国民健康・栄養調査、厚生労働省)、糖尿病は生活習慣病の一つとしても広く知られている。糖尿病の症状を表わす主な指標値として血糖値(血中グルコース濃度)及び血中HbA1c濃度があり、採血によって測定することが一般的である。しかし、採血には痛みを伴ったり、感染症に罹るリスクが伴ったりするため、採血を行わずに上記の指標値を測定する技術が望まれている。例えば、特許文献1では、近赤外光を生体に照射し、得られた光学スペクトルから血糖値を推定する装置が開示されている。
【0003】
一方、生体から放出されるガス成分に含まれているアセトンは、体脂肪の燃焼及び分解に伴って生成される代謝産物の一つであり、血中に産出された後、肺や皮膚を通じて呼気ガスや皮膚ガスとして体外に排出されている。糖尿病ではない健常人の場合、まず糖がエネルギーとして消費された後、脂肪がエネルギーとして使用される。糖尿病患者は糖の代謝に異常があり、糖が残っていても脂肪がエネルギーとして用いられるため、総じてアセトン濃度が高い傾向にあることが知られている。アセトンは非侵襲的に糖尿病の有無や、コントロールの成否をモニタする指標として期待されており、アセトン濃度と血糖値の相関性が検証されている。
【0004】
非特許文献1では、糖尿病患者の呼気アセトン濃度と上記の指標値との相関性を検証した結果が開示されている。血中グルコース濃度又は血中HbA1c濃度の大小に応じて糖尿病患者を4つ(グルコース濃度40〜100mg/dlの低血糖値、101〜150mg/dlの境界血糖値、151〜200mg/dlの高血糖値、201〜419mg/dlの超高血糖値)又は3つ(HbA1c濃度5.9〜6.9%の標準値、7.0〜9.9%の高値、10〜13%の超高値)のグループに分けて、各グループにおける糖尿病患者の平均呼気アセトン濃度を算出すると、指標値の高いグループほど平均呼気アセトン濃度が高い傾向を示す、正の相関があることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開第2011/013694号
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】C. Wang, et al., IEEE Sensors J. vol.10, pp.54-63, 2010.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した文献に基づく従来技術では、いずれも採血を行うことなく指標値を推定することができるものの、その推定精度に問題があった。特許文献1による方法では、血糖値の変化に対する光学スペクトルの変化が小さいため、測定環境光や皮膚状態などの影響を受けやすく、測定誤差が大きくなりやすいという問題があった。非特許文献1による方法では、指標値を3ないしは4段階の大小による大雑把な推定しかできない、という問題があった。
【0008】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、採血を行わずに精度良く糖尿病指標値を推定することができる糖尿病指標値推定システム及び糖尿病指標値推定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の目的を達成するために、本発明に係る糖尿病指標値推定システムは、被検者から放出されるアセトンの濃度値を入力するアセトン濃度入力手段と、被検者の種別を示す情報を入力する被検者種別入力手段と、被検者種別入力手段によって入力された被検者の種別を示す情報に基づいて、予め記憶した、被検者の種別に応じた複数の、アセトンの濃度値と血中糖尿病指標値との関係を示す検量線から何れかの検量線を選択し、選択した検量線及びアセトン濃度入力手段によって入力された濃度値から、被検者の血中糖尿病指標値を推定する指標値推定手段と、指標値推定手段によって推定された指標値を出力する出力手段と、を備える。
【0010】
本発明に係る糖尿病指標値推定システムでは、被検者から放出されるアセトンの濃度値が用いられて、被検者の血中糖尿病指標値が推定される。これにより、採血を行わずに指標値を推定することができる。また、本発明に係る糖尿病指標値推定システムでは、被検者の種別に基づいて選択された検量線が用いられて指標値が推定される。これにより、被検者の種別に応じた適切な指標値の推定が行われるため、精度良く指標値を推定することができる。即ち、本発明に係る糖尿病指標値推定システムによれば、採血を行わずに精度良く糖尿病指標値を推定することができる。
【0011】
被検者種別入力手段は、被検者の種別を示す情報として、当該被検者の糖尿病に対する治療を示す情報を入力する。また、より具体的には、被検者の糖尿病に対する治療を示す情報は、糖尿病に対する治療の有無、食事療法のみの治療か否か、糖尿病治療薬を服用しているか否か、服用している糖尿病治療薬の種類の数、及び服用している糖尿病治療薬の種類の何れかを示す情報を含む。この構成によれば、適切かつ確実に精度良く糖尿病指標値を推定することができる。
【0012】
更には、被検者の糖尿病に対する治療を示す情報は、服用している糖尿病治療薬の種類の数、及び服用している糖尿病治療薬の種類を示す情報を含み、指標値推定手段は、服用している糖尿病治療薬の種類の数に基づいて検量線を選択し、服用している糖尿病治療薬の種類に応じて、予め記憶した補正基準に基づいて、アセトン濃度入力手段によって入力された濃度値を補正し、補正した濃度値から、被検者の血中糖尿病指標値を推定する、こととしてもよい。この構成によれば、被検者が服用している糖尿病治療薬の種類の数及び当該種類に応じて、適切かつ確実に精度良く糖尿病指標値を推定することができる。
【0013】
糖尿病指標値推定システムは、被検者から放出されるアセトンの濃度値を測定するアセトン濃度測定手段を更に備えることとしてもよい。この構成によれば、確実にアセトンの濃度値を入力することができ、確実に本発明を実施することができる。
【0014】
アセトン濃度入力手段は、被検者から放出されるアセトンの濃度値として、当該被検者の呼気、粘膜及び皮膚の何れか1つ以上から発せられたガス成分に基づいて測定されたアセトンの濃度値を入力することとしてもよい。この構成によれば、糖尿病指標値を推定するのに適したアセトンの濃度値を入力することができ、適切に糖尿病指標値を推定することができる。
【0015】
指標値推定手段は、被検者の血中糖尿病指標値として、当該被検者の血中グルコース濃度、又は血中HbA1c濃度を推定することとしてもよい。この構成によれば、適切かつ確実に糖尿病指標値を推定することができる。
【0016】
ところで、本発明は、上記のように糖尿病指標値推定システムの発明として記述できる他に、以下のように糖尿病指標値推定方法の発明としても記述することができる。これはカテゴリが異なるだけで、実質的に同一の発明であり、同様の作用及び効果を奏する。
【0017】
即ち、本発明に係る糖尿病指標値推定方法は、糖尿病指標値推定システムの動作方法である糖尿病指標値推定方法であって、被検者から放出されるアセトンの濃度値を入力するアセトン濃度入力ステップと、被検者の種別を示す情報を入力する被検者種別入力ステップと、被検者種別入力ステップにおいて入力された被検者の種別を示す情報に基づいて、予め記憶した、被検者の種別に応じた複数の、アセトンの濃度値と血中糖尿病指標値との関係を示す検量線から何れかの検量線を選択し、選択した検量線及びアセトン濃度入力ステップにおいて入力された濃度値から、被検者の血中糖尿病指標値を推定する指標値推定ステップと、指標値推定ステップにおいて推定された指標値を出力する出力ステップと、を含み、被検者種別入力ステップにおいて、被検者の種別を示す情報として、当該被検者の糖尿病に対する治療を示す情報を入力し、被検者の糖尿病に対する治療を示す情報は、糖尿病に対する治療の有無、食事療法のみの治療か否か、糖尿病治療薬を服用しているか否か、服用している糖尿病治療薬の種類の数、及び服用している糖尿病治療薬の種類の何れかを示す情報を含む
【発明の効果】
【0018】
本発明では、被検者から放出されるアセトンの濃度値が用いられて、被検者の血中糖尿病指標値が推定される。これにより、採血を行わずに指標値を推定することができる。また、本発明では、被検者の種別に基づいて選択された検量線が用いられて指標値が推定される。これにより、被検者の種別に応じた適切な指標値の推定が行われるため、精度良く指標値を推定することができる。即ち、本発明によれば、採血を行わずに精度良く糖尿病指標値を推定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の実施形態に係る糖尿病指標値推定システムの構成を示す図である。
図2】糖尿病全被検者の呼気アセトン濃度と血中グルコース濃度との関係性を示すグラフである。
図3】糖尿病全被検者の呼気アセトン濃度と血中HbA1c濃度との関係性を示すグラフである。
図4】非糖尿病被検者及び食事療法のみの糖尿病被検者の呼気アセトン濃度と血中グルコース濃度との関係性を示すグラフである。
図5】食事療法のみの糖尿病被検者の呼気アセトン濃度と血中HbA1c濃度との関係性を示すグラフである。
図6】一種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度測定値と血中グルコース濃度との関係性を示すグラフである。
図7】一種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度補正値と血中グルコース濃度との関係性を示すグラフである。
図8】一種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度測定値と血中HbA1c濃度との関係性を示すグラフである。
図9】一種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度補正値と血中HbA1c濃度との関係性を示すグラフである。
図10】複数種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度測定値と血中グルコース濃度との関係性を示すグラフである。
図11】複数種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度補正値と血中グルコース濃度との関係性を示すグラフである。
図12】複数種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度測定値と血中HbA1c濃度との関係性を示すグラフである。
図13】複数種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度補正値と血中HbA1c濃度との関係性を示すグラフである。
図14】本発明の実施形態に係る糖尿病指標値推定システムに含まれる糖尿病指標値推定装置のハードウェア構成を示す図である。
図15】本発明の実施形態に係る糖尿病指標値推定システムで実行される処理(糖尿病指標値推定方法)を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面と共に本発明に係る糖尿病指標値推定システム及び糖尿病指標値推定方法の実施形態について詳細に説明する。なお、図面の説明においては同一要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。
【0021】
図1に本実施形態に係る糖尿病指標値推定システム1を示す。糖尿病指標値推定システム1は、被検者から放出されるアセトンの濃度値から、当該被検者の血中糖尿病指標値(血液に含まれる特定の成分の物理量)を推定するシステムである。糖尿病指標値推定システム1によって推定される糖尿病指標値は、具体的には、血糖値(血中グルコース濃度)及び血中HbA1c濃度である。
【0022】
図1に示すように糖尿病指標値推定システム1は、糖尿病指標値推定装置10と、アセトン測定装置20とを含んで構成されている。糖尿病指標値推定装置10とアセトン測定装置20とは、ネットワーク30を介して互いに情報の送受信を行うことができる。ネットワーク30は、例えば、移動体通信網あるいはインターネットを含んで構成されている。なお、図1では、アセトン測定装置20が、ネットワーク30に直接接続されているが、通信端末装置を介してネットワーク30に接続されていてもよい。即ち、アセトン測定装置20による測定結果を示す情報が、通信端末装置を介してネットワーク30に出力され、糖尿病指標値推定装置10に伝達されてもよい。
【0023】
ここで、通信端末装置とは、例えば、糖尿病指標値推定システム1のユーザ(被検者)が所持する携帯電話のような持ち運び可能な電子機器である。通信端末装置は、携帯電話以外でもよく、例えば、スマートフォン、タブレット型コンピュータ、パーソナルデジタルアシスタント(PDA)、携帯型パーソナルコンピュータ、パームトップコンピュータ、ラップトップコンピュータ等でもよい。また、通信端末装置は、必ずしも上記のものに限定されない。アセトン測定装置20と通信端末装置との間の通信は、無線LAN(ローカルエリアネットワーク)、若しくはBluetooth(登録商標)及びZigBee(登録商標)等の近距離無線通信により行われてもよい。また、当該通信は、それ以外にもUSB(ユニバーサルシリアルバス)や音声ケーブルなどのような有線通信を用いて行われてもよい。
【0024】
糖尿病指標値推定装置10は、アセトン測定装置20から受信した情報に基づいて情報処理を行うことにより、当該被検者の血中糖尿病指標値を推定する装置である。糖尿病指標値推定装置10は、具体的には、サーバ装置、ワークステーション、パーソナルコンピュータ及び携帯端末等の情報処理装置に相当する。なお、本実施形態では、糖尿病指標値推定装置10は一つの装置で実現されているが、複数の情報処理装置(例えば、携帯端末とサーバ装置等)がネットワークにより互いに接続されて構成される情報処理システムにより実現されていてもよい。糖尿病指標値推定装置10の本実施形態に係る機能については、後述する。
【0025】
アセトン測定装置20は、被検者である生体から放出されるガス成分に含まれているアセトンの濃度値を測定する装置である。即ち、アセトン測定装置20は、アセトン濃度測定手段に相当する。具体的には、アセトン測定装置20は、被検者の呼気を検出して、検出した呼気からアセトンを検出して、アセトンの濃度値を算出(測定)するセンサ部を備えている。なお、アセトンの濃度値の測定機能(アセトン測定装置20のハードウェア構成)については、従来のものを用いることができる。アセトンの濃度値の測定は、例えば、被検者のアセトン測定装置20が備える操作部に対する操作をトリガとして行われる。あるいは、アセトンの濃度値の測定は、予め設定された時刻に自動的に行われてもよい。アセトンの濃度値の測定は、起床直後の朝食摂取前に行うのが最も望ましい。但し、それ以外の任意のタイミングで測定されてもよい。測定されたアセトンの濃度値は、例えば、従来のアセトン測定器と同様にppm単位の数値である(但し、これ以外の単位であってもよい)。アセトン測定装置20は、算出したアセトンの濃度値を示す情報を、ネットワーク30を介して糖尿病指標値推定装置10に送信する。
【0026】
また、アセトン測定装置20は、アセトンの濃度値の送信に応じて、糖尿病指標値推定装置10から推定結果を受信する。アセトン測定装置20は、例えば、表示部を備えており、受信した推定結果や操作部を通じて行われた操作結果を当該表示部に表示させてもよい。
【0027】
アセトン測定装置20としては、被検者が体に密着できるタイプ、ユーザが持ち運ぶことができるタイプ、家庭等に据え置きするタイプ等の様々な形態の装置を用いることができる。例えば、アセトン測定装置20は、自宅や外出先等でも手軽に測定できるポータブル型の測定器(例えば、T. Toyooka et al., J. Breath Res., vol.7, 036005, 2013)とすることができる。また、アセトン測定装置20は、それ以外でも、他の半導体式ガスセンサやガスクロマトグラフィー装置、イオン移動度分光分析装置等であってもよい。
【0028】
なお、上記では、アセトンの濃度値は、被検者の呼気から検出することとしているが、呼気だけでなく、皮膚や粘膜から自然に放出される皮膚アセトンであってもよい。また、皮膚アセトンの放出部位は特に限定されず、皮膚アセトンが放出されている部位であればどこでもよい。なお、呼気アセトン濃度と皮膚アセトン濃度との間には相関があることが知られている(例えば、C. Turner et al., Rapid Commun. Mass Spectrom., vol.22, pp.526-532,2008)。
【0029】
引き続いて、糖尿病指標値推定装置10の機能について詳細に説明する。図1に示すように、糖尿病指標値推定装置10は、アセトン濃度入力部11と、被検者種別入力部12と、指標値推定部13と、出力部14とを備えて構成される。
【0030】
アセトン濃度入力部11は、糖尿病指標値の算出対象となる被検者から放出されるアセトンの濃度値を入力するアセトン濃度入力手段である。アセトン濃度入力部11は、アセトンの濃度値を示す情報をアセトン測定装置20から受信することで、被検者から放出されるアセトンの濃度値を入力する。アセトン濃度入力部11は、アセトンの濃度値を示す情報と合わせてそれに関連した情報(被検者を特定する情報である被検者識別子や測定時刻)もアセトン測定装置20から受信することとしてもよい。また、アセトン濃度入力部11は、受信したアセトンの濃度値を示す情報を、糖尿病指標値推定装置10が備えるデータベースに被検者識別子に対応付けて記憶しておき、指標値の推定の際に読み出して利用することとしてもよい。アセトン濃度入力部11は、入力したアセトンの濃度値を指標値推定部13に出力する。
【0031】
被検者種別入力部12は、糖尿病指標値の算出対象となる被検者の種別を示す情報を入力する被検者種別入力手段である。被検者の種別を示す情報は、例えば、当該被検者の糖尿病に対する治療を示す情報である。被検者の糖尿病に対する治療を示す情報は、具体的には、糖尿病に対する治療の有無、食事療法のみの治療か否か、糖尿病治療薬を服用しているか否か、服用している糖尿病治療薬の種類の数、及び服用している糖尿病治療薬の種類の何れかを示す情報を含む。本実施形態では、上記の情報を全て含む。服用している糖尿病治療薬の種類の数は、例えば、服用している糖尿病治療薬の種類が一種類であるか、複数種類であるかの別を示すものである。糖尿病治療薬の種類には、例えば、ピオグリタゾン塩酸塩(アクトス)、グリメピリド(アマリール)、シタグリプチンリン酸塩水和物(グラクティブ、シャヌビア)、アログリプチン安息香酸塩(ネシーナ)、ボグリボース(ベイスン)、エパルレスタット(キネダック)等の経口薬と、ノボリン(中間型インスリン)、ノボラピット(超速攻型インスリン)、ランタス(持効型インスリン)、ノボリン30R(混合型インスリン)等のインスリン注射薬とが含まれる。
【0032】
糖尿病指標値推定装置10は、例えば、上記の情報を被検者が用いている通信端末装置等から受信し、被検者識別子に対応付けて自身が備えるデータベースに格納しておく。上記の情報(後述する被検者のグループ分けをするための情報)の被検者からの送信は、被検者自身の自己申告に基づいて行われてもよいし、医師や看護師等の第三者の判断に基づいて行われてもよい。被検者種別入力部12は、当該情報を読み出すことによって被検者の種別を示す情報を入力する。なお、データベースは、上記の情報以外にも、例えば、被検者の性別、年齢、身長、体重、BMI(Body Mass Index)、体脂肪率、持病、電子カルテ、投薬履歴、電子スケジューラ、飲食履歴等の情報を記憶してもよい。また、記憶内容もこれらに限定されない。
【0033】
被検者種別入力部12は、データベースから情報を読み出す以外でも、被検者が用いている通信端末装置又はアセトン測定装置20から情報を受信することで、被検者の種別を示す情報を入力することとしてもよい。また、被検者の種別を示す情報は、上記の情報に限られず、例えば、個々の被検者を特定する情報である被検者識別子を被検者の種別を示す情報としてもよい。被検者種別入力部12は、入力した被検者の種別を示す情報を指標値推定部13に出力する。
【0034】
指標値推定部13は、アセトン濃度入力部11及び被検者種別入力部12から入力された情報を用いて、被検者の血中糖尿病指標値を推定する指標値推定手段である。推定される指標値は、例えば、上述したように血中グルコース濃度又は血中HbA1c濃度である。また、これらの両方を推定してもよい。血中グルコース濃度は、通常、糖尿病指標値として用いられる際と同様にmg/dl単位の数値として推定される。血中HbA1c濃度は、通常、糖尿病指標値として用いられる際と同様に%単位の数値として推定される。但し、上記以外の単位の数値として推定されてもよい。指標値推定部13は、予め、被検者の種別に応じた複数の、アセトンの濃度値と血中糖尿病指標値との関係を示す検量線を、糖尿病指標値推定装置10が備えるデータベースに格納しておく等により記憶しておく。検量線は、例えば、アセトンの濃度値を変数として、指標値を出力値とした関数(例えば、直線で示される一次関数)である。
【0035】
具体的には、予め、被検者の種別に応じて複数のグループを設定しておく。本実施形態では、(I)非糖尿病被検者、(II)食事療法のみを行っている糖尿病被検者、(III)一種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者、及び(IV)複数種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の4つのグループを設定しておく。指標値推定部13は、当該グループ毎に、アセトンの濃度値と指標値との関係を示す検量線を記憶しておく。検量線は、指標値(血中グルコース濃度及び血中HbA1c濃度)毎に用意される。検量線は、予め用意された各グループの被検者のアセトンの濃度値と指標値とのサンプルデータの解析を行うことによって作成することができる。なお、サンプルデータの解析は、糖尿病指標値推定装置10において行われてもよいし、別の装置で行われてもよい。別の装置で解析が行われた場合には、解析によって得られた検量線の情報が、当該別の装置から糖尿病指標値推定装置10に送信される。
【0036】
指標値推定部13は、被検者種別入力部12から入力された被検者の種別を示す情報に基づいて、予め記憶した複数の検量線から何れかの検量線を選択する。具体的には、指標値推定部13は、被検者の種別に対応するグループに対応付けられて記憶されている検量線を選択する。指標値推定部13は、選択した検量線及びアセトン濃度入力部11から入力された濃度値から指標値を推定する。具体的には、指標値推定部13は、濃度値を検量線に入力して、検量線からの出力値を指標値の推定値とする。
【0037】
指標値推定部13は、服用している糖尿病治療薬の種類の数に基づいて検量線を選択した場合には、服用している糖尿病治療薬の種類に応じて、予め記憶した補正基準に基づいて、アセトン濃度入力部11から入力された濃度値を補正し、補正した濃度値から、被検者の血中糖尿病指標値を推定することとしてもよい。例えば、指標値推定部13は、上記の補正基準として、糖尿病治療薬の種類毎に補正倍率の情報を保持しておく。指標値推定部13は、アセトン濃度入力部11から入力された濃度値を、服用している糖尿病治療薬の種類に応じた補正倍率の値として、その値を検量線に入力することで指標値を推定する。補正倍率は、予め用意された、服用している糖尿病治療薬毎の被検者のアセトンの濃度値と指標値とのサンプルデータの解析を行うことによって作成することができる。
【0038】
ここで、指標値の推定について、具体例を用いて詳細に説明する。まず、図2及び図3のグラフに、糖尿病全被検者77名の呼気アセトン濃度と血中グルコース濃度及び血中HbA1c濃度との関係性を示す。当該グラフにおいて、横軸が呼気アセトン濃度、縦軸が血中グルコース濃度又は血中HbA1c濃度を示し、グラフ中のRは、相関係数の値である(以下、同様である)。これらの図に示されるように、糖尿病全被検者の呼気アセトン濃度と血中グルコース濃度との関係、及び呼気アセトン濃度と血中HbA1c濃度との関係は相関性が低い。従って、呼気アセトン濃度から血中グルコース濃度及び血中HbA1c濃度を推定するのは一見困難である。しかし、本実施形態のように推定を行うことで、精度良い推定が可能となる。
【0039】
以下、本実施形態による指標値の推定の具体例を示す。
I.非糖尿病被検者の場合
図4のグラフに、非糖尿病被検者グループの呼気アセトン濃度と血中グルコース濃度との関係性を示す。本発明者は、全被検者の中から非糖尿病被検者のみを抽出してグループ化することで、呼気アセトン濃度と血中グルコース濃度との間に、負の一次相関関係があることを見出した。前述の通り、体内では糖がエネルギーとして消費された後、脂肪がエネルギーとして消費されるため、血糖値が高い状態、即ち体内に糖が多い状態では呼気アセトン濃度が低い傾向にあり、このような負の一次相関関係になるものと推測される。つまり、非糖尿病被検者の血中グルコース濃度を呼気アセトン濃度から推定するには、図4に示す検量線(指標値推定部13において非糖尿病被検者のグループに対応付けて記憶された検量線)に呼気アセトン濃度の測定値(アセトン濃度入力部11から入力された濃度値)を代入すればよい。例えば、呼気アセトン濃度の測定結果が0.7ppmである被検者の血中グルコース濃度は、検量線から91mg/dlと推定される。血液検査に基づく血中グルコース濃度の測定結果は90mg/dlであったため、精度良く血中グルコース濃度を推定できていることが分かる。
【0040】
II.食事療法のみを行っている糖尿病被検者の場合
図4のグラフに、食事療法のみを行っている糖尿病被検者グループの呼気アセトン濃度と血中グルコース濃度との関係性を示す。本発明者は、全被検者の中から食事療法のみを行っている糖尿病被検者のみを抽出してグループ化することで、呼気アセトン濃度と血中グルコース濃度との間に、正の一次相関関係があることを見出した。前述の通り、糖尿病被検者には糖の代謝に異常があるため、脂肪がエネルギーとして用いられやすく、糖尿病が進行して血糖値が高い状態にあるときほど、呼気アセトン濃度が高くなる傾向にあり、非糖尿病被検者とは逆の正の一次相関関係になるものと推測される。つまり、非糖尿病被検者の場合と同様に、食事療法のみを行っている糖尿病被検者の血中グルコース濃度を呼気アセトン濃度から推定するには、図4に示す検量線(指標値推定部13において食事療法のみを行っている糖尿病被検者のグループに対応付けて記憶された検量線)に呼気アセトン濃度の測定値(アセトン濃度入力部11から入力された濃度値)を代入すればよい。例えば、呼気アセトン濃度の測定結果が1ppmである被検者の血中グルコース濃度は、検量線から155mg/dlと推定される。血液検査に基づく血中グルコース濃度の測定結果は150mg/dlであったため、精度良く血中グルコース濃度を推定できていることが分かる。
【0041】
なお、血中グルコース濃度と同様、血中HbA1c濃度も呼気アセトン濃度から推定が可能である。図5のグラフに、食事療法のみを行っている糖尿病被検者グループの呼気アセトン濃度と血中HbA1c濃度との関係性を示す。本発明者は、全被検者の中から食事療法のみを行っている糖尿病被検者のみを抽出してグループ化することで、呼気アセトン濃度と血中HbA1c濃度との間に、正の一次相関関係があることを見出した。つまり、食事療法のみを行っている糖尿病被検者の血中HbA1c濃度を呼気アセトン濃度から推定するには、図5に示す検量線(指標値推定部13において食事療法のみを行っている糖尿病被検者のグループに対応付けて記憶された検量線)に呼気アセトン濃度の測定値(アセトン濃度入力部11から入力された濃度値)を代入すればよい。例えば、呼気アセトン濃度の測定結果が0.4ppmである被検者の血中HbA1c濃度は、検量線から5.4%と推定される。血液検査に基づく血中HbA1c濃度の測定結果は5.2%であったため、精度良く血中HbA1c濃度を推定できていることが分かる。
【0042】
III.一種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の場合
図6のグラフに、一種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度測定値と血中グルコース濃度との関係性を示す。ここで、服用している糖尿病治療薬は、グリメピリド、アログリプチン安息香酸塩、シタグリプチンリン酸塩水和物、ボグリボース、ノボリン、ノボリン30R、ノボラピット、ランタスの何れかである。図より、呼気アセトン濃度測定値と血中グルコース濃度の相関性は低く、呼気アセトン濃度測定値から血中グルコース濃度を推定することは困難であることが分かる。これは、服用した治療薬の影響で、呼気アセトン濃度が変化したことに起因している。
【0043】
そのため、本発明者は、服用している治療薬別に呼気アセトン濃度への影響を求めることで、測定値の補正が行えることを見出した。例えば、グリメピリドを服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度は0.4倍で補正するのが好ましい。その他には、シタグリプチンリン酸塩水和物:0.5倍、ノボラピット:6.8倍、ノボリン:2.5倍、ランタス:2倍で補正するのが好ましい。上記補正倍率に従って呼気アセトン濃度測定値を補正した後の検量線を図7のグラフに示す。例えば、ノボラピットを服用していて、呼気アセトン濃度の測定値(アセトン濃度入力部11から入力された濃度値)が0.3ppmの被検者は、補正倍率6.8倍をかけて2.04ppmとし、図7に示す検量線(指標値推定部13において一種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者のグループに対応付けて記憶された検量線)に代入して血中グルコース濃度を求めると211mg/dlと推定される。血液検査に基づく血中グルコース濃度の測定結果は229mg/dlであったため、精度良く血中グルコース濃度を推定できていることが分かる。
【0044】
図8のグラフに、一種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度測定値と血中HbA1c濃度との関係性を示す。血中グルコース濃度と同様、呼気アセトン濃度測定値と血中HbA1c濃度の相関性は低く、呼気アセトン濃度測定値から血中HbA1c濃度を推定することは困難であることが分かる。本発明者は、服用している治療薬別に呼気アセトン濃度への影響を求めることで、測定値の補正が行えることを見出した。例えば、グリメピリド:0.5倍、シタグリプチンリン酸塩水和物:0.5倍、ノボラピット:6.8倍、ノボリン:3倍、ランタス:8倍で補正するのが好ましい。上記補正倍率に従って呼気アセトン濃度測定値を補正した後の検量線を図9のグラフに示す。例えば、シタグリプチンリン酸塩水和物を服用していて、呼気アセトン濃度の測定値(アセトン濃度入力部11から入力された濃度値)が0.6ppmの被検者は、補正倍率0.5倍をかけて0.3ppmとし、図9に示す検量線(指標値推定部13において一種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者のグループに対応付けて記憶された検量線)に代入して血中HbA1c濃度を求めると6.5%と推定される。血液検査に基づく血中HbA1c濃度の測定結果は6.8%であったため、精度良く血中HbA1c濃度を推定できていることが分かる。
【0045】
IV.複数種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の場合
図10のグラフに、複数種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度測定値と血中グルコース濃度との関係性を示す。ここで、服用している糖尿病治療薬は、ピオグリタゾン塩酸塩、グリメピリド、シタグリプチンリン酸塩水和物、アログリプチン安息香酸塩、ボグリボース、エパルレスタット、ノボリン、ノボラピット、ノボリン30Rの何れか複数である。この例でも同様にアセトン濃度を補正することによって、血中グルコース濃度の推定が可能となる。例えば、グリメピリド:2.4倍、シタグリプチンリン酸塩水和物:1.3倍、アログリプチン安息香酸塩:1.5倍、ボグリボース0.7倍、エパルレスタット1.6倍、ノボラピット:1.2倍、ノボリン30R:2倍で補正するのが好ましい。上記補正倍率に従って呼気アセトン濃度測定値を補正した後の検量線を図11に示す。例えば、グリメピリド、アログリプチン安息香酸塩、エパルレスタットを服用していて、呼気アセトン濃度(アセトン濃度入力部11から入力された濃度値)が0.7ppmの被検者は、補正倍率2.4×1.5×1.6=5.76倍をかけて4.03ppmとし、図11に示す検量線(指標値推定部13において複数種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者のグループに対応付けて記憶された検量線)に代入して血中グルコース濃度を求めると214mg/dlと推定される。血液検査に基づく血中グルコース濃度の測定結果は252mg/dlであったため、精度良く血中グルコース濃度を推定できていることが分かる。
【0046】
図12のグラフに、複数種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の呼気アセトン濃度測定値と血中HbA1c濃度との関係性を示す。結果を見ると、呼気アセトン濃度測定値と血中HbA1c濃度の相関性は低く、呼気アセトン濃度測定値から血中HbA1c濃度を推定することは困難であることが分かる。この例でも同様にアセトン濃度の補正を行うことによって、血中HbA1c濃度の推定が可能となる。例えば、グリメピリド:1.4倍、シタグリプチンリン酸塩水和物:6倍、アログリプチン安息香酸塩:2.7倍、ボグリボース0.1倍、エパルレスタット:3倍、ノボラピット:5倍、ノボリン30R:1.5倍で補正するのが好ましい。上記補正倍率に従って呼気アセトン濃度測定値を補正した後の検量線を図13に示す。例えば、グリメピリドとシタグリプチンリン酸塩水和物を服用していて、呼気アセトン濃度の測定値(アセトン濃度入力部11から入力された濃度値)が0.3ppmの被検者は、補正倍率1.4×6=8.4倍をかけて2.52ppmとし、図13に示す検量線(指標値推定部13において複数種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者のグループに対応付けて記憶された検量線)に代入して血中HbA1c濃度を求めると7.5%と推定される。血液検査に基づく血中HbA1c濃度の測定結果は7.8%であったため、精度良く血中HbA1c濃度を推定できていることが分かる。
【0047】
なお、上記のIII、IVにて補正する薬の種類や、補正倍率を含む補正方法は、上記の例に限定されず、被検者群の違いや測定条件の違いに応じて変化し得る。指標値推定部13は、推定した被検者の血中糖尿病指標値を出力部14に出力する。
【0048】
出力部14は、指標値推定部13によって推定された指標値を出力する出力手段である。具体的には、出力部14は、指標値推定部13から入力された指標値を、ネットワーク30を介してアセトン測定装置20に送信することで出力を行う。アセトン測定装置20は、例えば、当該指標値を受信して表示する。被検者は、この表示を参照することで指標値を把握することができる、また、出力部14は、アセトン測定装置20以外の装置に指標値を送信することとしてもよい。例えば、出力部14は、通信端末装置に送信されてもよい。また、糖尿病指標値推定装置10にディスプレイ等の表示装置が備えられている場合には、出力部14は、当該表示装置に指標値を出力してもよい。これにより、糖尿病指標値推定装置10において指標値の表示をすることができる。以上が、糖尿病指標値推定装置10の機能である。
【0049】
図14に本実施形態に係る糖尿病指標値推定システム1に含まれる糖尿病指標値推定装置10のハードウェア構成を示す。図14に示すように糖尿病指標値推定装置10は、CPU(Central Processing Unit)101、主記憶装置であるRAM(RandomAccess Memory)102及びROM(Read Only Memory)103、通信を行うための通信モジュール104、並びにハードディスク等の補助記憶装置105等のハードウェアを備えるコンピュータを含むものとして構成される。これらの構成要素がプログラム等により動作することにより、上述した糖尿病指標値推定装置10の機能が発揮される。以上が、本実施形態に係る糖尿病指標値推定システム1の構成である。
【0050】
引き続いて、図15のフローチャートを用いて、本実施形態に係る糖尿病指標値推定システム1で実行される処理(糖尿病指標値推定システム1の動作方法)である糖尿病指標値推定方法を説明する。本処理では、まず、アセトン測定装置20によって、被検者から放出されるガス成分に含まれているアセトンの濃度値が測定される(S01、アセトン濃度測定ステップ)。測定されたアセトンの濃度値は、ネットワーク30を介して、アセトン測定装置20から糖尿病指標値推定装置10に送信される。
【0051】
糖尿病指標値推定装置10では、アセトン濃度入力部11によって、アセトンの濃度値が受信されて入力される(S02、アセトン濃度入力ステップ)。入力されたアセトンの濃度値は、アセトン濃度入力部11から指標値推定部13に出力される。続いて、被検者種別入力部12によって、被検者の種別を示す情報が入力される(S03、被検者種別入力ステップ)。ここで入力される被検者の種別を示す情報は、S02において入力されたアセトンの濃度値に係る被検者に関する情報である。被検者種別入力部12による被検者の種別を示す情報の入力は、例えば、上述したように糖尿病指標値推定装置10が備えるデータベースから情報を読み出すことにより行われる。被検者の種別を示す情報は、被検者種別入力部12から指標値推定部13に出力される。
【0052】
続いて、指標値推定部13によって、被検者種別入力部12から入力された被検者の種別を示す情報に基づいて、当該被検者は糖尿病に罹っているか否かが判断される(S04、指標値推定ステップ)。ここで、被検者は糖尿病に罹っていると判断された場合(S04のYES)、指標値推定部13によって、被検者の種別を示す情報に基づいて、当該被検者は食事療法のみか否かが判断される(S05、指標値推定ステップ)。ここで、被検者は食事療法のみではない(治療薬を服用している)と判断された場合(S05のNO)、指標値推定部13によって、被検者が服用している糖尿病治療薬の種類に応じて予め記憶された補正倍率に基づいて、アセトンの濃度値が補正される(S06、指標値推定ステップ)。
【0053】
S04において、被検者は糖尿病に罹っていないと判断された場合(S04のNO)、S05において、被検者は食事療法のみであると判断された場合(S05のYES)、及びS06においてアセトンの補正値が算出された後、続いて、指標値推定部13によって、被検者の種別に応じた検量線が選択される(S07、指標値推定ステップ)。この選択は、上述したように例えば、(I)非糖尿病被検者、(II)食事療法のみを行っている糖尿病被検者、(III)一種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者、及び(IV)複数種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の4つのグループ(種別)に応じて行われる。
【0054】
続いて、指標値推定部13によって、選択された検量線にアセトンの濃度値が入力されて、被検者の血中糖尿病指標値が推定される(S08、指標値推定ステップ)。ここで、検量線に入力されるアセトンの濃度値は、S06において濃度値の補正が行われている場合は当該補正値である。また、S06において濃度値の補正が行われていない場合(S06の処理を経由していない場合)は、S02において入力された濃度値である。推定された指標値は、指標値推定部13から出力部14に出力される。
【0055】
続いて、出力部14によって当該指標値の出力が行われる(S09、出力ステップ)。具体的には、例えば、当該指標値は、ネットワーク30を介したアセトン測定装置20に送信される。アセトン測定装置20では、当該指標値が受信されて表示される。この表示を参照することで、被検者は当該指標値を把握することができる。以上が、本実施形態に係る糖尿病指標値推定システム1で実行される処理である。
【0056】
上述したように本実施形態では、簡便かつ非侵襲的な採取及び測定が可能な、被検者から放出されるアセトンの濃度値が用いられて、被検者の血中糖尿病指標値が推定される。これにより、採血を行わずに指標値を推定することができる。また、本実施形態では、被検者の種別に基づいて選択された検量線が用いられて指標値が推定される。これにより、被検者の種別に応じた適切な指標値の推定が行われるため、精度良く指標値を推定することができる。即ち、本実施形態によれば、被検者の種別毎に予め定められる検量線さえ一旦求められれば、それ以降は採血を行わずに精度良く糖尿病指標値を推定することができる。
【0057】
また、本実施形態のように被検者の種別を示す情報は、当該被検者の糖尿病に対する治療を示す情報としてもよい。また、より具体的には、被検者の種別を示す情報は、本実施形態のように糖尿病に対する治療の有無、食事療法のみの治療か否か、糖尿病治療薬を服用しているか否か、服用している糖尿病治療薬の種類の数、及び服用している糖尿病治療薬の種類の情報を含むこととし、(I)非糖尿病被検者、(II)食事療法のみを行っている糖尿病被検者、(III)一種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者、及び(IV)複数種類の糖尿病治療薬を服用している糖尿病被検者の4つのグループに分けられるようにしてもよい。この構成により、適切かつ確実に精度良く糖尿病指標値を推定することができる。但し、上記の一部の情報のみを用いてもよいし、どのような情報を被検者の種別とするかは、任意に設定してもよい。
【0058】
また、本実施形態のように、服用している糖尿病治療薬の種類の数に基づいて検量線を選択した場合には、服用している糖尿病治療薬の種類に応じて、アセトンの濃度値を補正することとしてもよい。この構成によれば、被検者が服用している糖尿病治療薬の種類の数及び当該種類に応じて、適切かつ確実に精度良く糖尿病指標値を推定することができる。また、この構成によれば、服用している糖尿病治療薬の種類の数(本実施形態では、一種類か複数種類かの別)毎に検量線を用意及び保持すればよいため、糖尿病治療薬の種類毎に検量線を用意及び保持する必要がない。なお、本実施形態では、補正基準を、服用している糖尿病治療薬の種類に応じた補正倍率の値としているが、指標値を推定する上でアセトンの濃度値を適切に補正するものであれば、補正倍率の値以外のものが用いられてもよい。
【0059】
また、本実施形態のように、糖尿病指標値推定システム1には、アセトンの濃度値を測定するアセトン測定装置20が含まれていてもよい。この構成によれば、確実にアセトンの濃度値を入力することができ、確実に本発明を実施することができる。但し、糖尿病指標値推定システム1には、必ずしもアセトン測定装置20が含まれている必要はない。その場合、糖尿病指標値推定システム1は、被検者のアセトンの濃度値を外部から取得できる構成となっていればよい。
【0060】
また、本実施形態のように、指標値の推定に用いられるアセトンの濃度値は、被検者の呼気、粘膜及び皮膚の何れか1つ以上から発せられたガス成分に基づいて測定されたものとするのがよい。この構成によれば、糖尿病指標値を推定するのに適したアセトンの濃度値を入力することができ、適切に指標値を推定することができる。
【0061】
また、本実施形態では、糖尿病指標値として、被検者の血中グルコース濃度、又は血中HbA1c濃度を推定することとしていた。この構成によれば、適切かつ確実に糖尿病指標値を推定することができる。但し、被検者の血中糖尿病指標値となるものであれば、上記以外の値が推定されてもよい。
【0062】
引き続いて、本実施形態の変形例について説明する。上述した実施形態では、糖尿病の有無及び糖尿病治療の違い等に応じて被検者をグループ分けし、グループ毎にアセトンの濃度値と指標値との関係を示す検量線を用いていた。しかしながら、被検者一人一人、即ち、個人毎の検量線を用意しておき、それを用いて指標値を推定してもよい。その場合、被検者の種別を示す情報は、被検者個人を特定する情報となる。
【0063】
また、上述した実施形態では、服用している糖尿病治療薬の種類の数で被検者のグループ分けを行ったが、更に細分化し、服用している糖尿病治療薬の種類毎に被検者のグループ分けを行ってもよい。その場合、服用している糖尿病治療薬の種類毎に検量線を用意しておき、それを用いて指標値を推定する。例えば、グリメピリドのみを服用している被検者だけで検量線を求めておき、それを用いて指標値を推定したり、ピオグリタゾン塩酸塩とボグリボースとを両方服用している被検者のみで検量線を求めておき、それを用いて指標値を推定したりしてもよい。
【0064】
また、上述した実施形態では、糖尿病指標値推定装置10とアセトン測定装置20とは、別体として構成されていたが、それらが一体として構成されていてもよい。即ち、アセトン測定装置に、アセトンの濃度値を基に指標値を推定する機能が付加されていてもよい。また、糖尿病指標値推定装置10は、必ずしもネットワーク30を介してアセトンの濃度値を入力する構成を取らなくてもよい。例えば、糖尿病指標値推定装置10に対するユーザの操作によってアセトンの濃度値を入力することとしてもよい。
【0065】
また、上述した実施形態及び変形例については、互いに矛盾しない限り、必要に応じて組み合わせて用いられてもよい。
【符号の説明】
【0066】
1…糖尿病指標値推定システム、10…糖尿病指標値推定装置、11…アセトン濃度入力部、12…被検者種別入力部、13…指標値推定部、14…出力部、101…CPU、102…RAM、103…ROM、104…通信モジュール、105…補助記憶装置、20…アセトン測定装置、30…ネットワーク。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15