特許第6253265号(P6253265)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6253265
(24)【登録日】2017年12月8日
(45)【発行日】2017年12月27日
(54)【発明の名称】食道上皮幹細胞の単離方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/074 20100101AFI20171218BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20171218BHJP
【FI】
   C12N5/074
   C12Q1/02
【請求項の数】10
【全頁数】30
(21)【出願番号】特願2013-118652(P2013-118652)
(22)【出願日】2013年6月5日
(65)【公開番号】特開2014-233281(P2014-233281A)
(43)【公開日】2014年12月15日
【審査請求日】2016年4月15日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ▲1▼ 発行者名 Nature Publishing Group 刊行物名 NATURE CELL BIOLOGY,Vol15,p511〜518,2013 発行年月日 平成25年4月7日 ▲2▼ 集会名 公益財団法人千里ライフサイエンス振興財団 平成24年度 セミナー 主催者名 公益財団法人千里ライフサイエンス振興財団 開催日 平成25年1月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】500409219
【氏名又は名称】学校法人関西医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】上野 博夫
【審査官】 千葉 直紀
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/168930(WO,A1)
【文献】 特開2013−081783(JP,A)
【文献】 特開2012−254081(JP,A)
【文献】 日本癌学会総会記事, 2004, Vol. 63, pp. 187, P-0528
【文献】 Proc.Natl.Acad.Sci.USA, 1999, Vol. 96, pp. 8551-8556
【文献】 TISSUE ENGINEERING PartB, 2011, Vol. 17, No. 1, pp. 25-31
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)〜(4)の工程を含む、Bmi1、5型ケラチンおよび14型ケラチンを発現する食道上皮幹細胞の単離方法:
(1)動物から採取した食道組織を、ディスパーゼで処理して食道上皮細胞を回収する工程、
(2)工程(1)で得られた食道上皮細胞を、ゲルマトリックスに包埋する工程、
(3)上皮増殖因子を含む細胞培養培地と食道上皮細胞を含むゲルマトリックスを接触させて、食道上皮細胞を培養する工程、および
(4)工程(3)で増殖した細胞を採取する工程。
【請求項2】
上記工程(1)と工程(2)の間に、ディスパーゼ処理した食道上皮細胞をさらにキレートバッファーで処理する工程を含む、請求項1に記載の単離方法。
【請求項3】
上記動物が、発癌因子に曝露された動物である、請求項1または2に記載の単離方法。
【請求項4】
下記(a)〜(d)の工程を含む、単離されたBmi1、5型ケラチンおよび14型ケラチンを発現する食道上皮幹細胞を使用する抗癌物質のスクリーニング方法:
(a)発癌因子に曝露された動物から採取された食道組織を、ディスパーゼで処理して食道上皮細胞を回収する工程、
(b)工程(a)で得られた食道上皮細胞を、ゲルマトリックスに包埋する工程、
(c)被験物質存在下で、上皮増殖因子を含む細胞培養培地と、食道上皮細胞を含むゲルマトリックスを接触させて、食道上皮細胞を培養する工程、
(d)食道上皮細胞の死滅または増殖抑制を指標として、被験物質を抗癌物質であると決定する工程。
【請求項5】
工程(a)と工程(b)の間に、ディスパーゼ処理した食道上皮細胞をさらにキレートバッファーで処理する工程を含む、請求項に記載の抗癌物質のスクリーニング方法。
【請求項6】
下記(i)〜(iv)の工程を含む、単離されたBmi1、5型ケラチンおよび14型ケラチンを発現する食道上皮幹細胞を使用する発癌因子のスクリーニング方法:
(i)被験因子に曝露された動物から採取された食道組織を、ディスパーゼで処理して食道上皮細胞を回収する工程、
(ii)工程(i)で得られた食道上皮細胞を、ゲルマトリックスに包埋する工程、
(iii)上皮増殖因子を含む細胞培養培地と、食道上皮細胞を含むゲルマトリックスと接触させて、細胞を培養する工程、および
(iv)培養された組織に含まれる食道上皮細胞の異型度を指標として、被験因子を発癌因子であると決定する工程。
【請求項7】
工程(i)と工程(ii)の間に、ディスパーゼ処理した食道上皮細胞をさらにキレートバッファーで処理する工程を含む、請求項に記載の抗癌物質のスクリーニング方法。
【請求項8】
動物の食道組織より単離されたBmi1、5型ケラチンおよび14型ケラチンを発現する食道上皮幹細胞。
【請求項9】
上記動物が、発癌因子に曝露された動物である、請求項に記載の食道上皮幹細胞。
【請求項10】
請求項またはに記載の食道上皮幹細胞を培養することによって得られる細胞塊。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食道上皮幹細胞の単離方法、当該細胞を用いた抗癌物質のスクリーニング方法および発癌因子のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食道は、口腔と胃をつなぐ長い管腔状の臓器であり、その壁は重層偏平上皮からなる粘膜層、粘膜下層、筋層および外膜からなる。
【0003】
食道癌は我が国では発症率、死亡率ともに臓器別で6、7位の位置にある発症頻度の高い悪性腫瘍であるが、発症原因となるウイルスや病原体など、あるいは喫煙等の明確なリスクファクターが明らかとなり、また分子標的療法などが開発されつつある他臓器のがんと比べても対策が遅れつつある疾患である。
【0004】
食道癌は、重層偏平上皮を発生母地とする上皮性の悪性腫瘍であるが、食道の重層偏平上皮のターンオーバーが、どのように制御されているのかは、十分な解明がなされていない。
【0005】
したがって、食道上皮組織の細胞増殖機構のさらなる解明は、食道癌の効率的な治療法を確立する上でも、非常に重要である。
【0006】
特許文献1には、中胚葉由来の腸管粘膜上皮、胃粘膜上皮および膵腺管上皮の幹細胞の培養方法が記載されている。しかしながら外胚葉由来の重層扁平上皮からなる舌上皮幹細胞の採取例および培養例は示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】WO2010/090513
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述の通り、食道上皮幹細胞の単離方法は、未だ確立していない。食道上皮組織のホメオスタシスの解析および発癌機序を解明するためには、食道上皮幹細胞の単離方法を確立することが急務である。
【0009】
本発明の目的は、動物の食道組織から、食道上皮幹細胞を単離する方法を提供することにある。さらには、当該単離方法を応用することにより、食道癌に有効な抗癌物質のスクリーニング方法、および、食道癌を引き起こす畏れのある発癌因子を同定するためのスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記の課題を解決するために研究を重ねた結果、タンパク分解酵素を使用して、動物の食道組織から食道上皮細胞を採取し、この食道上皮細胞をゲルマトリックスに包埋し上皮増殖因子を含む培地を用いて培養することにより、食道上皮幹細胞を選択的に単離することができることを見出した。
【0011】
さらに、発癌因子に曝露された動物から単離した食道上皮幹細胞が扁平上皮癌に進行する可能性のある異型性を示す細胞に変化することを見出し、これから単離した食道上皮幹細胞が食道癌幹細胞であると考えられる。
【0012】
本発明は、これらの知見に基づいて完成したものであり、例えば次の項に記載の主題を包含する:
項1.下記(1)〜(4)の工程を含む、食道上皮幹細胞の単離方法:
(1)動物から採取した食道組織を、プロテアーゼで処理して食道上皮細胞を回収する工程、
(2)工程(1)で得られた食道上皮細胞を、ゲルマトリックスに包埋する工程、
(3)上皮増殖因子を含む細胞培養培地と食道上皮細胞を含むゲルマトリックスを接触させて、食道上皮細胞を培養する工程、および
(4)工程(3)で増殖した細胞を採取する工程。
項2.上記工程(1)と工程(2)の間に、プロテアーゼ処理した食道上皮細胞をさらにキレートバッファーで処理する工程を含む、項1に記載の単離方法。
項3.上記プロテアーゼがディスパーゼである、項1または2に記載の単離方法。
項4.上記動物が、発癌因子に曝露された動物である、項1〜3のいずれか一項に記載の単離方法。
項5.下記(a)〜(d)の工程を含む、抗癌物質のスクリーニング方法:
(a)発癌因子に曝露された動物から採取された食道組織を、プロテアーゼで処理して食道上皮細胞を回収する工程、
(b)工程(a)で得られた食道上皮細胞を、ゲルマトリックスに包埋する工程、
(c)被験物質存在下で、上皮増殖因子を含む細胞培養培地と、食道上皮細胞を含むゲルマトリックスを接触させて、食道上皮細胞を培養する工程、
(d)食道上皮細胞の死滅または増殖抑制を指標として、被験物質を抗癌物質であると決定する工程。
項6.工程(a)と工程(b)の間に、プロテアーゼ処理した食道上皮細胞をさらにキレートバッファーで処理する工程を含む、項5に記載の抗癌物質のスクリーニング方法。
項7.上記プロテアーゼがディスパーゼである、項5または6に記載の抗癌物質のスクリーニング方法。
項8.下記(i)〜(iv)の工程を含む、発癌因子のスクリーニング方法:
(i)被験因子に曝露された動物から採取された食道組織を、プロテアーゼで処理して食道上皮細胞を回収する工程、
(ii)工程(i)で得られた食道上皮細胞を、ゲルマトリックスに包埋する工程、
(iii)上皮増殖因子を含む細胞培養培地と、食道上皮細胞を含むゲルマトリックスと接触させて、細胞を培養する工程、および
(iv)培養された組織に含まれる食道上皮細胞の異型度を指標として、被験物質を発癌因子であると決定する工程。
項9.工程(i)と工程(ii)の間に、プロテアーゼ処理した舌上皮細胞をさらにキレートバッファーで処理する工程を含む、項8に記載の抗癌物質のスクリーニング方法。
項10.上記プロテアーゼがディスパーゼである、項8または9に記載の方法。
項11.動物の食道組織より単離されたBmil、5型ケラチンおよび14型ケラチンからなる群から選択される少なくとも一つを発現する食道上皮幹細胞。
項12.上記動物が、発癌因子に曝露された動物である、項11に記載の食道上皮幹細胞。
項13.項11または12に記載の食道上皮幹細胞を培養することによって得られる細胞塊。
項14.項1に記載の工程(1)によって得られる、動物の食道組織より単離されたBmil、5型ケラチンおよび14型ケラチンからなる群から選択される少なくとも一つを発現する食道上皮幹細胞。
項15.項1に記載の単離方法によって得られる、動物の食道組織より単離されたBmil、5型ケラチンおよび14型ケラチンからなる群から選択される少なくとも一つを発現する食道上皮幹細胞。
項16.上記動物が、発癌因子に曝露された動物である、項14または15に記載の食道上皮幹細胞。
項17.項14〜16のいずれか一項に記載の食道上皮幹細胞を培養することによって得られる細胞塊。
【発明の効果】
【0013】
本発明の単離方法によれば、動物の食道組織から食道上皮幹細胞を単離することができる。
【0014】
また、本発明の単離方法で単離された食道上皮幹細胞はゲルマトリックス内にて立体的に増殖し、1個の幹細胞由来の球形細胞塊を形成することができる。さらに、本発明の単離方法で単離された食道上皮幹細胞から形成された細胞塊には、角化が認められることから、本発明の単離方法で単離された食道上皮幹細胞は、in vivo同様に分化可能な細胞である。
【0015】
また、本発明の単離方法を応用することで、抗癌物質および発癌因子をスクリーニングすることができる。発癌因子に曝露された動物の食道組織を用い、これから単離された食道上皮幹細胞を培養する際に、抗癌物質と思われる被験物質を添加しておくことにより、食道癌に有効な抗癌物質をスクリーニングすることができる。
【0016】
また、材料として用いる動物の組織として、発癌因子と思われる被験因子に曝露させた動物から単離した食道上皮幹細胞を培養し、培養中に現れる異型性を示す細胞塊の異型度を指標とすることにより食道癌を誘発しうる発癌因子をスクリーニングすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】A.Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウスにタモキシフェンを投与した後の、食道組織の経時的な蛍光色の変化を示す。B.蛍光色が緑から別の色に変化した細胞の陽性率を経時的にカウントしたグラフを示す。
図2】A.プロテアーゼ処理によって、マウス食道上皮から採取された食道上皮細胞の位相差顕微鏡像を示す。B.本発明の単離方法によって採取された食道上皮幹細胞の増殖と上皮組織形成までの経時的変化を示す。三次元培養することにより球状の細胞塊が形成される。
図3】食道上皮幹細胞の培養により得られた細胞塊のHE染色像(A)、5型サイトケラチン抗体による免疫染色像(B)、14型サイトケラチン抗体による免疫染色像(C)、Ki-67抗体による免疫染色像を示す。
図4】A.食道上皮幹細胞の培養により得られた細胞塊のHE染色像を示す。B.食道上皮幹細胞の培養により得られた細胞塊の電子顕微鏡写真を示す。
図5】A.タモキシフェンを投与したBmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウスから採取した食道上皮幹細胞を培養し、形成された細胞塊の蛍光像を示す。短矢印は、緑色の蛍光を発現する細胞、長矢印は青色または赤色に蛍光色が変化した細胞を示す。B.Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウスから採取した食道上皮幹細胞を培養し、培養後4日目にタモキシフェンを投与し、細胞塊の蛍光分布を経時的に観察した像を示す。短矢印は赤色に蛍光色が変化した部分、長矢印は黄色に蛍光色が変化した部分をします。
図6】A.Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウスから採取した舌上皮幹細胞を培養して得られた細胞塊を移植した際のスケジュールを示す。B.移植後の組織の1週間後のHE染色像、蛍光顕微鏡像並びにKi-67、5型ケラチンおよび14型ケラチンの免疫染色像と2週間後のHE染色像、5型ケラチンおよび14型ケラチンの免疫染色像を示す。C.移植後にタモキシフェンを投与した移植組織の蛍光顕微鏡像を示す。
図7】A. マウスに発癌物質である4-nitroquinoline-1-oxide (4NQO)を投与した際のスケジュールを示す。B. 4NQOを投与したマウスの食道の組織像を示す。左図は過形成を起こした組織像であり、右は腫瘍化し、扁平上皮癌となった組織像である。
図8】in vitroで舌上皮幹細胞を増殖させる際のサイトカイン依存性について検討した。EGF、NogginおよびR-Spondin1の3種を添加した群をE+N+R群、EGFおよびNogginの2種を添加した群をE+N群、EGFおよびR-Spondin1の2種を添加したE+R群、EGFのみを添加したE alone群、NogginおよびR-Spondin1の2種を添加したN+R群、Nogginのみを添加したN alone群、R-Spondin1のみを添加したR alone群のデータを示す。
図9】A. マウスに発癌物質である4-nitroquinoline-1-oxide (4NQO)を投与した際のスケジュールを示す。B. 4NQOを投与したマウスの舌の組織像を示す。左図は過形成を起こした組織像であり、右は腫瘍化し、扁平上皮癌となった組織像である。
図10】4NQOを投与した後に、舌上皮幹細胞を単離し、その細胞を培養して細胞塊の形態の変化を観察した。A.位相差顕微鏡像を示す。矢印は、異常な形状となった細胞塊を指す。B.HE染色像を示す。矢印は、異常な形状となった細胞塊を指す。アスタリスクは、異型性を呈する細胞塊を示す。
図11】異型性を示した細胞塊の強拡大画像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の単離方法は、下記(1)〜(4)の4工程を含むことを特徴とする;
(1)食道上皮細胞の回収工程、
(2)食道上皮細胞をゲルマトリックスに包埋する工程、
(3)食道上皮幹細胞の培養工程、および
(4)細胞の採取工程。
【0019】
以下、これらの各工程について説明する。
(1)食道上皮細胞の回収工程
食道組織を採取する動物としては、霊長目、齧歯目、ウサギ目、ネコ目、偶蹄目、奇蹄目等の哺乳動物の他、キジ目、カモ目に属する鳥類が含まれる。哺乳動物として好ましくは、ヒト、サル、イヌ、ウシ、ヒツジ、ブタ、ウマ、ウサギ、マウス、ラット、モルモット又はハムスター等が挙げられる。より好ましくはヒト、マウス、ラット、ブタ、ヒツジであり、最も好ましくはヒトおよびマウスである。
【0020】
これらの動物は、健常な動物であっても、癌等の腫瘍性疾患、またはその他の上皮性疾患に罹患している動物であってもよい。また、遺伝子ノックアウト動物、遺伝子ノックイン動物、トランスジェニック動物等の遺伝子組換え動物、または病変組織を移植された動物等であってもよい。
【0021】
動物の食道の背面から、ハサミやメス等を使って組織を採取し、その組織を例えば1〜3mm程度の大きさの組織片にミンスする。
【0022】
ミンスした組織片を、例えば100〜1000μM、好ましくは300〜800μMのジチオスレイトール(DTT)を添加したバッファーまたは生理食塩水で、1〜5回程度、より好ましくは3〜5回程度洗浄する。使用するバッファーは、pH6.8〜7.5程度で、浸透圧が動物細胞内と等張のものであれば制限されないが、PBSが好ましい。この洗浄工程は、0〜4℃程度で、おおよそ5〜40分以内に行うことが好ましい。
【0023】
次に採取した組織をタンパク分解酵素で処理して、食道上皮層を粘膜固有層から剥離する。
【0024】
タンパク分解酵素としては、トリプシン、コラゲナーゼ、ディスパーゼ等を使用することができる。好ましくは、ディスパーゼである。
【0025】
タンパク分解酵素は、重量で秤量するタンパク分解酵素の場合には、50〜150 mgの組織に対して、終濃度で0.1〜5%(w/v)、好ましくは0.2〜1%(w/v)の酵素液を1 ml程度使用すればよい。また、タンパク分解酵素を酵素活性で秤量する場合には、50〜150 mgの組織に対して、終濃度で1〜100 units/ml、好ましくは30〜80 units/ml、の酵素液を1ml程度使用すればよい。
【0026】
本発明に用いるタンパク分解酵素液として好ましくは、1〜100 units/mlのディスパーゼを添加したPBSである。
【0027】
タンパク分解酵素液に、DTT添加バッファーで洗浄した組織片を入れ、例えば28〜37℃、好ましくは、34〜37℃でインキュベーションする。インキュベーション時間は、例えば15〜120分程度であり、より好ましくは45〜90分程度である。
【0028】
インキュベーション終了後、タンパク分解酵素による消化を停止するため組織片を氷冷したPBSで2〜5回程度洗浄する。
【0029】
続いて、必要に応じて組織片をキレートバッファーで処理することができる。
【0030】
「キレートバッファー」とは、金属イオンをキレートする作用を有するキレート剤を含むバッファーをいう。
【0031】
キレートバッファーに添加するバッファー成分は、pH6.8〜7.5程度で、浸透圧が動物細胞内と等張のものであれば制限されないが、リン酸水素二ナトリウム、塩化ナトリウム、リン酸二水素カリウム、塩化カリウム等を含むことが好ましい。リン酸水素二ナトリウムは例えば3〜8.5 mMの範囲で、塩化ナトリウムは例えば90〜150 mMの範囲で、リン酸二水素カリウムは例えば1〜10 mMの範囲で、塩化カリウムは例えば1〜5 mMの範囲で含まれており、pH7.2〜7.5であることが好ましい。
【0032】
キレート剤として好ましくは、クエン酸塩、エチレンジアミン四酢酸塩等が挙げられる。より好ましくはクエン酸塩である。
【0033】
クエン酸塩としては、ナトリウム塩やカリウム塩等のアルカリ金属塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩またはアンモニウム塩等が挙げられるが、好ましくはナトリウム塩である。ナトリウム塩として好ましくはクエン酸二ナトリウムまたはクエン酸三ナトリウムであり、より好ましくはクエン酸三ナトリウムである。これらは、無水物であっても水和物であってもよいが、水溶性の点から水和物が好ましい。
【0034】
クエン酸塩は、キレートバッファーに終濃度で10〜100 mM、より好ましくは20〜50 mMの範囲で添加することができる。
【0035】
エチレンジアミン四酢酸塩として好ましくは、ナトリウム塩または、カリウム塩が挙げられる。より好ましくは、エチレンジアミン四酢酸二ナトリウム、エチレンジアミン四酢酸四ナトリウムまたはこれらの混合物である。これらは、バッファーのpHに応じて使い分ければよい。
【0036】
エチレンジアミン四酢酸塩の濃度は、100〜5,000μM程度が好ましい。
【0037】
キレートバッファーには、キレート剤の他、糖アルコール、糖類、チオール基安定化剤等含むことができる。
【0038】
糖アルコールとしては、イソマルチトール、エリスリトール、キシリトール、グリセロール、ソルビトール、パラチニット、マルチトール、マルトテトライトール、マルトトリイトール、マンニトール、ラクチトール等を例示することができる。好ましくは、グリセロール、ソルビトールまたはマンニトールであり、より好ましくは、ソルビトールである。
【0039】
糖アルコールを構成する糖は、D体またはL体のどちらでもよいが、好ましくはD体である。
【0040】
糖アルコールは、キレートバッファーに終濃度で10〜100 mM、より好ましくは30〜60 mMの範囲で添加することができる。
【0041】
糖類としては、アラビノース、ガラクトース、キシロース、グルコース、ソルボース、フルクトース、ラムノース、N−アセチルグルコサミン等の単糖類;イソトレハロース、シュクロース、トレハルロース、トレハロース、ネオトレハロース、パラチノース、マルトース、メリビオース、ラクチュロース、ラクトース等の二糖類を例示することができる。好ましくはシュクロース、トレハロース、パラチノース、マルトースまたはラクトースであり、より好ましくはシュクロースである。
【0042】
糖類は、D体またはL体のどちらでもよいが、好ましくはD体である。
【0043】
糖類は、キレートバッファーに終濃度で10〜100 mM、より好ましくは30〜60 mMの範囲で添加することができる。
【0044】
チオール基安定化剤としては、β−メルカプトエタノールまたはDTTを使用することができる。使用量は、0.1〜2 mM程度が好ましい。
【0045】
キレートバッファーの溶媒としては、イオン交換水、超純水等の水が好ましい。
【0046】
本発明に用いるキレートバッファーとしては、10〜100 mMのクエン酸三ナトリウム、10〜100 mMのD-ソルビトール、10〜100 mMのシュクロース、3〜8.5 mMのリン酸水素二ナトリウム、90〜150 mMの塩化ナトリウム、1〜10 mMのリン酸二水素カリウム、1〜5 mMの塩化カリウムおよび0.1〜2 mM のDTTを含み、pH7.2〜7.5のものが最も好ましい。
【0047】
キレートバッファーによる処理は、始めに採取した組織片500〜1000 mgに対してキレートバッファーを例えば10〜20 ml加え、2〜5℃で5〜20分程度、より好ましくは10〜15分程度、10〜100 r.p.m.、より好ましくは30〜70 r.p.m.で緩やかにスターラーで撹拌しながらインキュベーションすることにより行うことができる。
【0048】
インキュベーション終了後の細胞と組織残渣を含むキレートバッファーを、例えば滅菌された70μmメッシュで濾過し、濾液を回収することにより食道上皮幹細胞を含む食道上皮細胞を回収することができる。さらに、メッシュ上の残渣を新しいチューブに入れて、氷冷した10〜20 mlのキレートバッファーを加え、20回程度激しく転倒混和することによって、残渣に残っていた食道上皮幹細胞を含む細胞を浮遊させることができる。これを、滅菌された70μmメッシュで濾過し、濾液を回収することにより上記残渣からさらに食道上皮幹細胞を含む食道上皮細胞を回収することができる。
【0049】
必要に応じて回収した細胞を濃縮することができる。濃縮は、800〜1,200 r.p.m程度で5〜15分程度遠心し、上清を除去することにより行うことができる。
【0050】
食道組織を採取してから、食道上皮幹細胞を含む食道上皮細胞を回収するまでの操作は、例えば1〜3時間以内に行うことが好ましい。
【0051】
(2)食道上皮細胞をゲルマトリックスに包埋する工程
次に、上記「1.(1)食道上皮組織の回収工程」で回収した食道上皮細胞をゲルマトリックスに包埋し培養するが、この培養は、回収した細胞をそのまま、または濃縮したものを用いてもよい。さらに、回収した細胞から選別したBim1陽性細胞を用いてもよい。Bim1陽性細胞の選別方法は、後述する「1.(4)細胞の採取工程」の項で説明する。
【0052】
回収または必要に応じて濃縮または選別された食道上皮細胞の培養は、二次元または三次元培養によって行うことができる。食道上皮細胞を、一つの細胞から複数の細胞に効率よく増殖させるためには、三次元培養がより好ましい。
【0053】
三次元培養法は、動物の食道組織から上記「1.(1)」に記載の方法に従って採取した食道上皮細胞をゲルマトリックスに包埋し、当該細胞を含むゲルマトリックスを細胞培養培地と接触させて行うことができる。
【0054】
ゲルマトリックスとして用いられる基材としては、多糖類、タンパク質、合成ポリマーハイドロゲルまたはペプチドハイドロゲル等を含むものが挙げられる。これらは、単独で用いてもよいが、2種以上を組み合わることが好ましい。
【0055】
多糖類として好ましくは、デキストラン、アルギン酸、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン等が挙げられる。
【0056】
デキストランをゲルマトリックスの基材として使用する場合には、例えば、デキストランをマレイミド等で修飾し、ポリエチレングリコール、チオールクロスリンカー等を使用して常法に従って重合させることができる。
【0057】
アルギン酸をゲルマトリックスの基材として使用する場合には、例えば塩化カルシウム等の重合剤を使用して常法に従って重合させることができる。
【0058】
ヒアルロン酸をゲルマトリックスの基材として用いる場合には、例えばヒアルロン酸にチオール基を導入し、ヘパラン硫酸プロテオグリカンとともに、チオールクロスリンカーを使用して常法にしたがって重合させることができる。
【0059】
タンパク質としては、コラーゲン、エラスチン、エンタクチン(ニドゲン)、フィブロネクチン、ラミニン等の哺乳類組織の細胞外マトリックスに含まれるものが挙げられる。また、ゲルマトリックスを直接支持するものではないが、TGF-β、FGF、組織プラスミノーゲンアクチベーター因子等の増殖因子を含んでいてもよい。
【0060】
コラーゲンとしては、I、II、IIIまたはIV型コラーゲンを使用することができ、より好ましくは、I、IIIまたはIV型コラーゲンであり、さらに好ましくはIまたはIV型コラーゲンである。またコラーゲンの一部は酵素消化または加水分解されていてもよい。コラーゲンをゲルマトリックスの基材として使用する場合には、例えば水酸化ナトリウムおよび/または炭酸ナトリウムを使用して常法に従って重合させることができる。コラーゲンは、単独で用いてもよいが、エンタクチン、ラミニンおよび/またはヘパラン硫酸プロテオグリカン等と組み合わせて使用することがより好ましい。
【0061】
合成ポリマーとしては、ポリエチレングリコール、ポリビニルアルコール、またはこれらの共重合体等を例示することができる。
【0062】
ポリエチレングリコールをゲルマトリックスの基材として使用する場合には、末端がアクリル基および/またはメタクリル基のものを使用し、連鎖重合や逐次重合等の常法に従って重合させることができる。
【0063】
ポリビニルアルコールをゲルマトリックスの基材として使用する場合には、ポリビニルアルコールをマレイミド等で修飾し、ポリエチレングリコール、チオールクロスリンカー等を使用して常法に従って重合させることができる。
【0064】
ペプチドハイドロゲル(日本ベクトン・デッキンソン)は、1%前後の精製人工ペプチドと水からなり、自己重合反応により重合させることができる。
【0065】
ゲルマトリックスは、市販のものを使用することもできる。例えば、三次元培養用生体模倣ゲル3-D Life Hydrogelシリーズ(CELLENDES)、ヒアルロン酸ハイドロゲル(Glycosan Biosystems)、アルギン酸三次元培養キット(PGリサーチ)、コラーゲンゲル培養キット(新田ゼラチン)、BDマトリゲルTMマトリックス(日本ベクトン・デッキンソン)、BD TM Pure TM Matrixペプチドハイドロゲル(日本ベクトン・デッキンソン)等が挙げられる。特に、BDマトリゲルTMマトリックスは、ラミニン、エンタクチン、IV型コラーゲンおよびヘパラン硫酸プロテオグリカンを含むことから好ましい。
【0066】
なお‘TM’は登録商標を指す(以下、同じ)。
【0067】
上記「1.(1)」に記載の方法により食道組織から回収された食道上皮細胞は、回収から12時間以内、好ましくは6時間以内、さらに好ましくは3時間以内にゲルマトリックスに包埋される。
【0068】
包埋する際の細胞は、必要に応じて重合剤やチオールクロスリンカーを添加したゲルマトリックス溶液に0.1〜5×104個/μl、好ましくは0.5〜1×104個/μl程度となるように懸濁され、例えば24ウェルプレートの1ウェルあたり、10〜250μl程度、より好ましくは、100〜200μl程度分注される。分注量はウェルの大きさに応じて適宜調整すればよい。
【0069】
包埋は、細胞存在下、上記ゲルマトリックス溶液を重合させることにより行われる。
【0070】
ゲルマトリックスの重合は、4〜37℃、より好ましくは25〜37℃、さらに好ましくは35〜37℃で行うことができる。重合時間は、30〜60分、好ましくは20〜40分行うことができる。
【0071】
(3)食道上皮細胞の培養工程
細胞培養培地は、基本培地にL-グルタミン、上皮増殖因子、リン酸化酵素インヒビター、トランスフェリン、B-27TM サプリメント(ライフテクノロジーズ)、N-acetyl cysteine、抗生物質等を添加して調製することができる。
【0072】
基本培地は、特に制限されないが、DMEM、DMEM/F12、アドバンスドDMEM/F12、RPMI1640、アドバンスドRPMI1640等を使用することができる。好ましくは、DMEM/F12またはアドバンスドDMEM/F12であり、より好ましくはドバンスドDMEM/F12である。また基本培地には、ウシ胎仔血清等の血清を添加しない方がよい。
【0073】
基本培地にL-グルタミンが予め添加されている場合には、L-グルタミンを加える必要はないが、添加されていない場合には、L-グルタミンを添加することが好ましい。添加量は、L-グルタミンとして1〜3mM程度となるように添加することができる。また、L-グルタミンに代えて、GlutaMAXTM等の市販のグルタミンサプリメントを使用することができる。この場合には、サプリメントの終濃度がメーカー推奨濃度の1×程度となるように添加すればよい。
【0074】
上皮増殖因子(EGF)は哺乳類から精製されたものでもよく、また遺伝子組換え技術によって得られたものを使用してもよい。EGFはヒト、サル、マウス、ラット、ウシ等の哺乳動物由来のものが好ましく、より好ましくは、ヒトまたはマウスである。細胞培養培地には、増殖因子としてEGFを含むことができ、好ましくは増殖因子としてEGFを必須成分として含み、さらに好ましくは増殖因子としてEGFのみを含む。添加されるEGF濃度は、細胞培養培地に対する終濃度で1〜300 ng/ml、好ましくは10〜200 ng/ml、より好ましくは25〜100 ng/mlである。
【0075】
リン酸化酵素インヒビターとしては、ROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)インヒビターを添加することができる。ROCKインヒビターとしては、好ましくは、(R)-(+)-trans-N-(4-pyridyl)-4-(1-aminoethyl)-cyclohexanecarboxamide・2HCl・H2O(Y-27632)、1-(5-イソキノリニルスルホニル) ホモピペラジン 二塩酸塩(ファスジルまたはHA1077)および(S)-(+)-2-メチル-1-[(4-メチル-5-イソキノリニル)スルホニル]-ヘキサヒドロ-1H-1,4-ジアゼピン二塩酸塩(H-1152)を使用することができ、より好ましくはY-27632である。添加されるROCKインヒビター濃度は、細胞培養培地に対する終濃度で0.1〜100μM、好ましくは1〜50μM、より好ましくは5〜20μMである。
【0076】
トランスフェリンとしては、ホロタイプのものが好ましく、N-2サプリメント(例えばライフテクノロジーズ社製)として供給されているものを使用することができる。N-2サプリメントは、細胞培養培地に対する終濃度で、例えばメーカー推奨濃度の0.5×〜2×となるように添加することができる。より好ましくは、1×濃度である。
【0077】
B-27TM サプリメントは、細胞培養培地に対する終濃度で、例えばメーカー推奨濃度の0.5×〜2×となるように添加することができる。より好ましくは、1×濃度程度である。
【0078】
N-acetyl cysteineは、細胞培養培地に対する終濃度で、0.5〜2μM程度となるように添加することができる。
【0079】
細胞培養培地には、さらに抗生物質を添加することができる。抗生物質は、ペニシリン、ストレプトマイシンまたはこれらの混合液を常法に従って添加することができる。
【0080】
また、本発明では、細胞培養培地に必要に応じて、骨形性因子(BMP)アンタゴニスト、Wntアゴニスト、線維芽細胞増殖因子(FGF)等のサイトカインを添加することもできる。
【0081】
BMPアンタゴニストとしては、Noggin、DAN若しくはDAN様タンパク質(Cerberus)またはGremlinを使用することができ、より好ましくは、Noggin である。BMPアンタゴニストは哺乳類から精製されたものでもよく、また遺伝子組換え技術によって得られたものを使用してもよい。BMPアンタゴニストはヒト、サル、マウス、ラット、ウシ等の哺乳動物由来のものが好ましく、より好ましくは、ヒトまたはマウスである。添加されるBMPアンタゴニスト濃度は、細胞培養培地に対する終濃度で1〜500 ng/ml、好ましくは10〜300 ng/ml、より好ましくは50〜200 ng/mlである。
【0082】
Wntアゴニストとしては、Wnt-1/Int-1、Wnt-2/Irp(Int-1関連タンパク質)、Wnt-2b/13、Wnt-3/Int-4、Wnt-3a、Wnt-4、Wnt-5a、Wnt-5b、Wnt-6、Wnt-7a、Wnt-7b、Wnt-8a/8d、Wnt-8b、Wnt-9a/14、Wnt-9b/14b/15、Wnt-10a、Wnt-10b/12、Wnt-11、Wnt-16、R-スポンジン1、R-スポンジン2、R-スポンジン3またはR-スポンジン-4を使用することができ、好ましくはWnt-3a、Wnt-7aまたはR-スポンジン1、より好ましくはR-スポンジン1を使用することができる。
【0083】
Wntアゴニストはヒト、サル、マウス、ラット、ウシ等の哺乳動物由来のものが好ましく、より好ましくは、ヒトまたはマウスである。添加されるWntアゴニスト濃度は、細胞培養培地に対する終濃度で1〜3000 ng/ml、好ましくは100〜2000 ng/ml、より好ましくは500〜1500 ng/mlである。
【0084】
FGFとしては、bFGFファミリーの何れのメンバーも使用することができ、ヒト、サル、マウス、ラット、ウシ等の哺乳動物由来のものが好ましく、より好ましくは、ヒトまたはマウスである。添加されるFGF濃度は、細胞培養培地に対する終濃度で1〜3000 ng/ml、好ましくは100〜2000 ng/ml、より好ましくは500〜1500 ng/mlである。
【0085】
本発明に使用する細胞培養培地としては、基本培地としてアドバンスドDMEM/F12を使用し、増殖因子として1〜300 ng/mlのEGFを必須成分として含み、かつ1×GlutaMAXTM、0.1〜100μMのY-27632、0.5〜2×のN-2サプリメント、0.5〜2×のB-27TM サプリメントおよび0.5〜2μMのN-acetyl cysteineを含むものが好ましい。
【0086】
細胞培養培地と食道上皮細胞を含むゲルマトリックスとを接触させる方法としては、食道上皮細胞を含むゲルマトリックスに細胞培養培地を重層する方法;食道上皮細胞を含むゲルマトリックスの一部または全部を細胞培養培地に浸漬する方法;食道上皮細胞を含むゲルマトリックスと細胞培養培地をセルロースフィルター等を介して接触させる方法等が挙げられる。好ましくは、重層する方法である。
【0087】
食道上皮細胞を含むゲルマトリックスに細胞培養培地を重層する場合、例えば24ウェルプレートを使用して食道上皮細胞を含むゲルマトリックスを重合させた場合には、1ウェル当たり、300〜1000μl、好ましくは500〜800μlを重層することができる。培地量はウェルの大きさに応じて適宜調整すればよい。培地交換は、ゲルマトリックスに重層された部分を除去し、新たな細胞培養培地を重層することにより行うことができる。培地交換は、2〜7日に一度の頻度で行うことができ、好ましくは3〜5日に一度である。
【0088】
食道上皮細胞の培養は、汎用されるCO2インキュベータで行うことができ、温度は37℃前後、CO2濃度は5%前後である。
【0089】
上記条件で培養された食道上皮細胞は、培養開始2日目頃から増殖を開始し、培養開始後15〜40日程度培養することができる。
【0090】
(4)細胞の採取工程
「食道上皮幹細胞」とは、正常であるか否かを問わず動物の食道上皮組織由来の自己複製能力(self-renewal capacity)及び多分化能性(multipotency)を合わせもつ細胞をいう。多分化能性とは、同じ細胞系譜(lineage)または異なる細胞系譜(lineage)の一種又は複数種の細胞に分化する能力をいう。
【0091】
食道上皮幹細胞は、自己複製能力を有し、in vivoにおいて重層扁平上皮細胞に分化・成熟して、食道上皮を形成するだけでなく、味蕾細胞に分化する性質も有する。分化した細胞は、自己複製能力すなわち増殖能力を失う。
【0092】
したがって、上記「1.(3)食道上皮細胞の培養工程」で培養した食道上皮細胞が食道上皮幹細胞であるか否かの選別は、当該上記「1.(3)食道上皮細胞の培養工程」に記載する方法にしたがって培養することによって行うことができる。具体的には、上記培養条件下で、食道上皮細胞を10〜60日間程度、より好ましくは12〜30日程度培養し、その時点で増殖能力を有する細胞は食道上皮幹細胞であると判断される。上記「1.(1)の工程で採取された食道上皮細胞の中で増殖力のない細胞は、3〜7日程度で死滅するため、好ましくは7日以上生存した細胞の中から、増殖能力を有する細胞を採取すればよい。
【0093】
上記「1.(3)食道上皮細胞の培養工程」で培養した食道上皮幹細胞は、ゲルマトリックス内に包埋された状態で三次元的に増殖し、分化もするので、増殖能力のある上皮幹細胞と分化した食道上皮細胞を含む細胞塊を形成する。
【0094】
したがって、当該細胞塊をディスパーゼ等を用いてゲルマトリックスから回収し、細胞塊をほぐした後、増殖能力を有する細胞を採取することにより、食道上皮幹細胞を選別することができる。
【0095】
増殖能力を有する細胞の採取は、Hoechst33342等のビスベンズイミド等の蛍光色素を使用して、セルソーター等で分画採取を行うことで達成できる。紫外線で励起し、波長405nmの蛍光を検出することができるフィルターおよび波長600nmの蛍光を検出することができるフィルターを用いて細胞を検出し、S/G2期の分画、およびG0/G1期の分画よりも暗い蛍光を発するか、全く蛍光を発しない分画(side population分画)の細胞を採取すればよい。
【0096】
また「食道上皮幹細胞」とは、正常であるか否かを問わず、Bmil、5型ケラチンおよび14型ケラチンからなる群から選択される少なくとも一つを発現する細胞であるということもできる。好ましくはBmi1および5型ケラチンまたは14型ケラチンを発現する細胞、より好ましくはBmi1、5型ケラチンおよび14型ケラチンを発現する細胞である。
【0097】
成熟するにしたがってBmi1、5型ケラチンおよび/または14型ケラチンの発現は抑制される。
【0098】
したがって、上記「1.(1)」の工程で採取された食道上皮細胞の中から、または上記「1.(3)」に記載の方法で培養された細胞塊の中から、Bmil、5型ケラチンおよび14型ケラチンからなる群から選択される少なくとも一つを発現する細胞を食道上皮幹細胞として同定することができる。
【0099】
さらに、上記タンパク質を発現する細胞は、これらのタンパク質に対する抗体を使用して例えば磁性ビーズやセルソーター等を用いる常法によって選別し採取することもできる。
【0100】
また、動物が例えばマウスである場合には、食道組織を採取する動物としてCreリコンビネース等の遺伝子をノックインした遺伝子組換えマウスを使用して、食道上皮幹細胞を選別することができる。
【0101】
例えば、遺伝子組換えマウスは、次の方法により取得することができる。
【0102】
Bmi1 mRNAの3’非翻訳領域に相当する遺伝子座にエストロゲン受容体結合Creリコンビネース等の塩基配列を有する核酸を組み込んだノックインマウス(Bmi1CreER/+等)を作製し、別途、Rosa26領域に、レインボーマウスコンストラクト(CAGプロモーターの下流にCreリコンビネースの標的配列であるloxp、loxN、lox2272等の配列に挟まれたGFP cDNA配列、CYP cDNA配列、OFP cDNA配列を有し、さらにその下流にRFP cDNA配列を有する)をノックインされたRosa26レインボーマウス(Rosa26rbw/+マウス、Red-Horse, K. et al., Nature 464, p549-553, 2010およびRinkevich. et al., Nature 476, p409-413, 2011参照)を作製する。この二種類の遺伝子組換えマウスを掛け合わせてBmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウス、Bmi1CreER/ CreER /Rosa26rbw/+マウス、Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/rbwマウスBmi1CreER/CreER /Rosa26rbw/rbwマウス等を取得する。このマウスは、食道上皮幹細胞等のBmi1発現細胞にGFPを発現するが、タモキシフェン等のエストロゲン化合物の投与により、Rosa26に挿入したloxp、loxN、lox2272等の配列の間が欠失し、CFP(青)、OFP(オレンジ)またはRFP(赤)のいずれかの蛍光を発現するようになる。
【0103】
したがって、食道組織を回収する前のBmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウス、Bmi1CreER/CreER/Rosa26rbw/+マウス、Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/rbwマウスBmi1CreER/CreER/Rosa26rbw/rbwマウス等にタモキシフェン等のエストロゲン誘導体を投与してから上記「1.(1)」に記載の方法にしたがって細胞を回収し、回収された細胞を蛍光顕微鏡下で観察する。エストロゲン誘導体の投与によりBim1発現細胞は、緑から青、オレンジまたは赤の蛍光色に変化することから、蛍光色が変化した細胞を食道上皮幹細胞であると同定することができ、セルソーター等を使用することにより、これらの蛍光色が変化した細胞を採取することができる。この場合のタモキシフェン等のエストロゲン誘導体は、100〜500mg/kg(体重)程度を組織採取の直前から5日程前に投与すればよい。
【0104】
また、エストロゲン誘導体を投与されたBmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウス、Bmi1CreER/CreER/Rosa26rbw/+マウス、Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/rbwマウスBmi1CreER/CreER/Rosa26rbw/rbwマウス等から上記「1.(1)」の工程にしたがって採取した食道上皮細胞を上記「1.(2)」および「1.(3)」の工程にしたがって2〜4日程度培養してから回収し、セルソーター等により、蛍光色が緑から別の色に変化した細胞を食道上皮幹細胞として選別することもできる。
【0105】
2.動物の食道組織から単離された食道上皮幹細胞および当該細胞を培養することによって得られる細胞塊
(1)動物の食道組織から単離された食道上皮幹細胞
「動物の食道組織から単離された食道上皮幹細胞」とは、動物の食道組織から単離された食道上皮幹細胞をいい、好ましくは、Bmi1、5型ケラチンおよび14型ケラチンからなる群から選択される少なくとも一つを発現し、より好ましくはBmi1および5型ケラチンまたは14型ケラチンを発現し、最も好ましくはBmi1、5型ケラチンおよび14型ケラチンを発現し、増殖能を有する細胞をいう。
【0106】
食道上皮幹細胞の単離方法は、特に制限されないが、好ましくは、上記「1.(1)」の工程または上記「1.(1)」、「1.(2)」および「1.(3)」の工程を組み合わせた方法が好ましい。また必要に応じて、上記工程「1.(4)」の工程を組み合わせてもよい。
【0107】
(2)動物の食道組織から単離された食道上皮幹細胞を培養して得られる細胞塊
「動物の食道組織から単離された食道上皮幹細胞を培養して得られる細胞塊」とは、上記「2.(1)」に定義される食道上皮幹細胞を培養することにより得られる細胞塊をいう。1つの細胞塊は、1、2、または3個程度の食道上皮幹細胞から増殖したものであることが好ましい。
【0108】
また、細胞塊は、2〜30日間程度、より好ましくは5〜10日間 程度、さらに好ましくは7日程度、in vitroで培養された細胞塊が好ましい。
【0109】
動物の食道組織から単離された食道上皮幹細胞の培養方法は、特に制限されないが、上記「1.(2)」および「1.(3)」に記載の方法で培養された細胞塊が好ましい。
【0110】
細胞塊は、食道上皮幹細胞、または食道上皮幹細胞および食道上皮幹細胞から扁平上皮細胞等に分化した細胞が含まれる。1細胞塊あたりの細胞数は、おおよそ1×104〜1×107個、好ましくはおおよそ1×105〜5×106個である。
【0111】
3.発癌因子
食道上皮幹細胞は、発癌因子に曝露された動物から単離することもできる。
【0112】
「発癌因子」とは、細胞中のDNAに損傷を与え、細胞に正常な細胞増殖制御から逸脱した増殖能を獲得させ、さらには浸潤能および/または転移能を獲得させ得る因子をいう。発癌因子としては、キナクリンマスタード等のアルキル化剤;シクロスポリン等のカルシニューリン阻害剤;4−(メチルニトロソアミン)−1−(3−ピリジル)−1−ブタノン(NNK)、ジメチルニトロソアミン、ニトロソピロリジン、N’−ニトロソノルニコチン等のN-ニトロソ化合物;ベンゾ[a]ピレン、ベンツ[a]アントラセン等の多環芳香族炭化水素;PhIP等のヘテロサイクリックアミン;2−ナフチルアミン、ベンジジン、アミノビフェニル、ニトロビフェニル等の芳香族アミン;ベンゼン;4−ニトロキノリン−1−オキシド等の窒素酸化物;カドミウム、ニッケル、アルミニウム、ポロニウム210等の金属粒子;ヒドラジン;アクリルアミド;アクリロニトリル;ウレタン;コールタール;アスベスト;ホルムアルデヒド、アセトアルデヒドアクロレイン等のアルデヒド化合物;アフラトキシン等のカビ毒素等の化学的発癌因子;放射線、紫外線、熱、フリーラジカル、摩擦等の物理的発癌因子;EBウイルス、ヒトパピローマウイルス等の生物学的因子、飲酒行為並びに喫煙行為等の国際がん研究機関(IARC)発がん性リスク一覧に掲載される因子が挙げられる。
【0113】
本発明における発癌因子には、既に発癌性が確認されている因子の他、未だ発癌との因果関係が明瞭でない物質が含まれる。
【0114】
発癌因子の曝露には、環境曝露および強制曝露が含まれる。ただし、強制曝露を行う場合には、対象動物からヒトが除かれる。
【0115】
化学的発癌因子の強制曝露は、その化学的発癌因子を経口的または経気的に曝露することによって行うことができる。
【0116】
経口的に曝露する場合には、化学的因子を飲料水に0.1 〜500,000 ppmとなるように添加して、摂取させることができる。また、他の曝露態様としては、化学的発癌因子を0.001〜1,000μg/kg(体重)となるように、経口摂取させることもできる。いずれの方法を採用する場合であっても、動物に1〜1,000日程度、より好ましくは1〜100日程度継続して、または断続的に化学的発癌因子を経口摂取させることができる。
【0117】
経気的に曝露する場合には、吸入実験装置等の中に動物を入れ、化学的発癌因子を粒子状、粉じん状、ヒューム状、ミスト状、スモークなどのエアロゾル状等にして装置内に0.001〜1,000 ppm程度となるように充填することによって行うことができる。装置内での動物の飼育は、1日10分〜24時間、1〜1,000日程度、より好ましくは1〜100日程度継続して、または断続的に行うことができる。
【0118】
例えば、マウスの発癌因子の強制曝露の例として、4−ニトロキノリン−1−オキシドを使用する場合には、10〜200μg/mlとなるように飲料水に混合し、10〜20週間摂水させる方法が挙げられる。
【0119】
物理的発癌因子への動物の曝露は、電離放射線であれば、積算被爆量が0.001〜10 Gy程度、波長280〜400 nm程度の紫外線であれば、紫外線強度が0.35〜1 mW/cm2/sec程度となるように食道上皮に照射することで行うことができる。
【0120】
生物学的発癌因子への動物の曝露は、その動物に細菌またはウイルス等の微生物を感染が成立する微生物量で動物と接触させることにより、経口的または経気的に感染させることにより行うことができる。
【0121】
4.抗癌物質のスクリーニング方法
発癌因子に曝露された動物から採取された食道組織から、プロテアーゼで処理して得られた食道上皮細胞を使用することで、食道癌の治療に有効な抗癌物質をスクリーニングすることもできる。
【0122】
当該方法は、下記(a)〜(d)の工程を行うことで実施することができる;
(a)発癌物質に曝露された動物からの食道上皮細胞の回収工程、
(b)ゲルマトリックスに包埋する工程、
(c)被験物質存在下で食道上皮細胞を培養する工程、および
(d)被験物質を抗癌物質であると決定する工程。
【0123】
以下、これらの各工程について説明する。
(a)発癌物質に曝露された動物からの食道上皮細胞の回収工程
発癌因子に環境で曝露された動物、または上記「3.」で述べた発癌因子に強制曝露された動物の食道組織を用いて、上記「1.」に記載する方法において、「1.(3)」の工程を抗癌物質となりうる被験物質の存在下で実施することで、食道癌に有効な抗癌物質をスクリーニングすることができる。
【0124】
ここで、被験物質には、食道癌若しくは扁平上皮癌、または他の器官の悪性腫瘍に対して既に有効性が実証されている抗腫瘍薬の他、まだその抗癌作用が実証されていない物質が含まれる。
【0125】
また、採取される食道組織には、既に過形成、良性腫瘍または癌の病態を示す組織が含まれる。
【0126】
(b)ゲルマトリックスに包埋する工程
上記「1.(2)」に記載する方法にしたがって行うことができる。
【0127】
(c)被験物質存在下で食道上皮細胞を培養する工程
被験物質存在下での食道上皮細胞の培養は、上記「1.(3)」に記載の方法にしたがって行えばよく、その際に被験物質を培地に添加しておくことにより、被験物質存在下で食道上皮細胞を培養することができる。
【0128】
被験物質の細胞培養培地への添加量は、その被験物質のIC50を指標に適宜設定することができ、例えば、0.001〜5,000μM程度加えることができる。被験物質は、段階的に濃度を変えて食道上皮細胞と接触させることが好ましい。また、被験物質と食道上皮細胞との接触は、食道上皮細胞を含むゲルマトリックスと細胞増殖培地を接触させた日から開始してもよいが、好ましくは、ゲルマトリックスに包埋された食道上皮細胞の培養開始後2〜5日目に開始することが好ましい。被験物質と食道上皮細胞との接触は、1〜7日間、好ましくは2〜5日間行うことが好ましい。
【0129】
また対照食道上皮細胞として、被験物質と接触させた食道上皮細胞と同じ期間、被験物質と接触させずに培養した食道上皮細胞を使用することができる。
【0130】
(d)被験物質を抗癌物質であると決定する工程
被験物質が抗癌物質であるとの決定は、被験物質と食道上皮細胞との接触培養が終了した時点、または終了から1〜5日後に、食道上皮細胞の死滅または増殖抑制を指標として決定することによって行うことができる。
【0131】
食道上皮細胞の死滅は、常法にしたがって評価することができ、位相差顕微鏡化で細胞の濃縮または、破裂を指標にして評価することができる。
【0132】
また別の方法としては、被験物質と接触させた食道上皮細胞の細胞塊を回収し、ディスパーゼ等で細胞塊をほぐして細胞浮遊液を得た後、プロピジニウムイオダイド(PI)染色等を行ってフローサイトメーター等で死滅細胞を検出してもよい。
【0133】
さらに別の方法としては、被験物質と接触させた食道上皮細胞の細胞塊の中でアポトーシスを誘導した細胞数をカウントして定量的に死滅細胞数を評価することもできる。
【0134】
アポトーシス誘導細胞の評価は、HE染色による核の濃縮の評価またはTUNEL法若しくはAnnexin Vの結合等によって評価することができる。より好ましくは、TUNEL法またはAnnexin Vの結合による検出である。TUNEL法は、光学顕微鏡を用いて組織切片上で行ってもよいし、フローサイトメーターを使用して検出することもできる。また、Annexin Vによる検出は、蛍光標識Annexin Vを使用してフローサイトメーター等を用いて評価することができる。
【0135】
被験物質が抗癌物質であるか否かの決定は、死細胞率を求め、被験物質に曝露された細胞塊の死細胞率と対照食道上皮細胞の死細胞率を比較することで行うことができる。
【0136】
PI染色とフローサイトメーターを使用して死細胞率を求める場合には、フローサイトメーターに付属の解析ソフトによって算出される死細胞の分画比率を死細胞率とすることができる。
【0137】
組織切片のHE染色、またはTUNEL法を利用する場合には、死細胞率は、3〜10個程度の細胞塊について、1つの細胞塊当たりの総細胞数と死細胞数(HE染色の場合は核が濃縮した細胞数、またはTUNEL法陽性細胞数)をそれぞれカウントし、1つの細胞塊当たりの死細胞数を1つの細胞塊あたりの総細胞数で除した値を求め、その値に100を乗じることによって求めることができる(下記数1)。カウントした細胞塊での死細胞率を平均し、被験物質に曝露された細胞塊の死細胞率と対照食道上皮細胞の死細胞率とを比較する。
【0138】
【数1】
【0139】
TUNEL法またはAnnexin Vによって蛍光標識された細胞をフローサイトメーターを利用して検出する場合には、培養された細胞塊をゲルマトリックスから回収し、TUNEL染色、または蛍光標識Annexin V等を使用して蛍光標識することができる。この蛍光を、フローサイトメーターで検出し、例えば1×106個の細胞の中で、TUNEL染色、またはAnnexin Vによって蛍光色素が標識された細胞数をカウントし、死細胞率として求めることができる。
【0140】
上記いずれの方法で評価した場合であっても、被験物質に曝露された細胞塊の死細胞率が、対照食道上皮細胞の死滅細胞率よりも、約10%以上、好ましくは約20%以上、より好ましくは約30%以上増加した被験物質を、抗癌物質であると決定することができる。
【0141】
食道上皮細胞の増殖抑制の評価は、常法にしたがって、細胞塊を回収して細胞塊をほぐして、血球計算板等で1ウェル当たりの細胞数をカウントするか、ゲルマトリクス内の細胞を回収した後MTTアッセイ等により細胞数を対照食道上皮細胞と比較することによって行うことができる。
【0142】
細胞の増殖が抑制されたか否かの評価は、上記いずれの方法を採用するとしても、対照食道上皮細胞と比較して、被験物質に曝露された細胞塊の細胞数が約70%以下、好ましくは約50%以下、より好ましくは約30%以下であった被験物質を抗癌物質であると決定することができる。
【0143】
また、食道上皮細胞の増殖抑制の評価はフローサイトメーターを使用して行うこともできる。ゲルマトリクス内の細胞を回収した後PI染色等で核染色し、フィローサイトメーターで、S/G2期およびG0/G1期の細胞の割合を計測する。対照食道上皮細胞と比較して、被験物質に曝露された細胞塊のS/G2期の割合が、約70%以下、好ましくは約50%以下、より好ましくは約30%以下であった被験物質を抗癌物質であると決定することができる。
【0144】
5.発癌因子のスクリーニング方法
被験因子に曝露された動物から採取した食道組織から単離された食道上皮細胞を使用して、当該被験因子が発癌因子であるか否かを決定することができる。
【0145】
当該方法は、下記(i)〜(iv)の工程を行うことで実施することができる;
(i)被験因子に曝露された動物から食道上皮細胞を回収する工程、
(ii)食道上皮細胞を、ゲルマトリックスに包埋する工程、
(iii)細胞を培養する工程、および
(iv)被験物質が発癌因子であると決定する工程。
【0146】
以下、これらの各工程について説明する。
(i)被験因子に曝露された動物から食道上皮細胞を回収する工程
被験因子には、公知となっている上記「3.」に記載した発現物質の他、未だに発癌との因果関係が明らかとなっていない化学物質等の化学的因子、電磁波等の物理的因子、微生物等の生物学的因子も含まれる。
【0147】
曝露には、環境曝露および強制曝露が含まれる。ただし、強制曝露を行う場合には、対象動物からヒトが除かれる。
【0148】
化学的被験因子への強制曝露は、その化学的被験因子を経口的または経気的に曝露することによって行うことができる。
【0149】
経口的に曝露する場合には、化学的因子を飲料水に0.1 〜500,000 ppmとなるように添加して、摂取させることができる。また、他の曝露態様としては、化学的被験因子を0.001〜1,000μg/kg(体重)となるように、経口摂取させることもできる。いずれの方法を採用する場合であっても、動物に1〜1,000日程度継続して、または断続的に化学的被験因子を経口摂取させる。
【0150】
経気的に曝露する場合には、吸入実験装置等の中に動物をいれ、化学的被験因子を粒子状、粉じん状、ヒューム状、ミスト状、スモークなどのエアロゾル状等にして装置内に0.001〜1,000 ppm程度となるように充填することによって行うことができる。装置内での動物の飼育は、1日10分〜24時間、1〜1,000日程度、好ましくは1〜100日程度継続して、または断続的に行うことができる。
【0151】
物理的被験因子への曝露は、動物に放射線、光等の電磁波を照射することによって行うことができる。照射量は、当該電磁波の照射後1日目〜1ヶ月程度以内に組織の潰瘍等の急性症状が現れない程度の電磁波を照射すればよい。また、照射は、1回限りでもよいし、継続して1〜1,000回程度、好ましくは1〜100回程度行ってもよい。
【0152】
生物学的被験因子への曝露は、当該微生物の感染が成立する程度の微生物量を動物に接触させればよい。接触方法は、当該微生物の感染に適する経路を選択すればよい。
【0153】
上記方法によって、被験因子に曝露された動物からの食道組織の採取および食道上皮細胞の回収は、上記「1.(1)」に記載の方法にしたがって行うことができる。
【0154】
(ii)食道上皮細胞を、ゲルマトリックスに包埋する工程
被験因子に曝露された動物からの食道上皮細胞の回収と培養は、上記「5.(1)」で回収された食道上皮細胞のゲルマトリックスへの包埋は、上記「1.(2)」に記載の方法に従って行うことができる。培養期間は、2〜20日程度が好ましく、より好ましくは10〜20日程度である。この方法によって得られる細胞塊を、以下被験因子曝露細胞塊と呼ぶ。
【0155】
この場合、対照細胞塊として、被験因子に曝露されなかった健常動物から上記「1.(1)」に記載の方法に従って採取した食道上皮細胞を、被験因子に曝露された動物から回収した食道上皮細胞と同じ期間、上記「1.(2)」に記載の方法で培養した細胞塊を使用することができる。
【0156】
(iii)細胞を培養する工程
上記「5.(ii)」の工程でゲルマトリックスに包埋された食道上皮細胞は、上記「1.(3)」に記載の方法にしたがって培養することができる。
【0157】
(iv)被験物質が発癌因子であると決定する工程
被験因子曝露細胞塊と対照細胞塊について、例えば、組織の異型度を指標として評価することにより、被験因子が発癌因子であると決定することができる。
【0158】
異型度は、上記「5.(iii)」で得られた細胞塊を10%中性緩衝ホルマリン等で固定しパラフィン包埋後にHE染色等を施すことにより、光学顕微鏡下で、細胞の様子、組織構造から以下の異型度I〜IVに分類することができる。
【0159】
正常:細胞核、細胞質、組織構造に異常が認められない。
【0160】
異型度I:対照細胞塊の最外周の細胞層に存在する細胞よりも、細胞核が肥大した細胞が存在するが、該細胞が、球状に形成された細胞塊の最外周層の細胞から中心部に存在する角化した細胞層までの厚みを1とした場合、最外周から1/3程度の細胞層にとどまっている。
【0161】
異型度II:対照細胞塊の最外周の細胞層に存在する細胞よりも、細胞核が肥大した細胞が存在し、該細胞が、球状に形成された細胞塊の最外周層の細胞から中心部に存在する角化した細胞層までの厚みを1とした場合、最外周から2/3程度の細胞層にまで達している。
【0162】
異型度III;対照細胞塊の最外周の細胞層に存在する細胞よりも、細胞核が肥大した細胞が存在し、該細胞が、中心部の角化層に達している。
【0163】
異型度IV:細胞内を肥大化した細胞核が占め、核内のクロマチンが凝集して見える、いわゆる癌細胞の形態をした細胞が出現している。
【0164】
上記癌細胞の同定は、病理組織診断において扁平上皮癌細胞に採用されている診断基準を用いて行うことができる。
【0165】
さらに、上記「5.(3)」の培養で得られた対照細胞塊、被験因子曝露細胞塊それぞれについて3〜10個程度の細胞塊を観察し、正常または異型度1〜4に分類される細胞塊の数をカウントする。次に異型度インデックスを求める。正常のスコアを「1」、異型度1のスコアを「2」、異型度2のスコアを「3」、異型度3のスコアを「4」、異型度4のスコアを「5」として、各異型度に分類された細胞塊数にスコアの値を乗じ、そのすべての値を加算して合計を求め、その合計値をカウントした細胞塊数で除した、1細胞塊当たりのスコア平均値を、異型度インデックスとする(下記数2)。対照細胞塊よりも被験因子曝露細胞塊の異型度インデックスが約10%以上、より好ましくは30%以上高値を示した被験因子を発癌因子として決定することができる。
【0166】
【数2】
【0167】
また、被験因子が発癌因子であると決定する別の方法として、HE染色による光学顕微鏡下での観察に代えて、腫瘍マーカーであるSCC(Squamous cell carcinoma)抗原を免疫染色することによって、癌細胞の存在を顕微鏡下で評価する方法が挙げられる。
【0168】
SCC抗原には、中性のSCCA1と酸性のSCCA2が存在するが、SCCA2を検出することがより好ましい。
【0169】
対照細胞塊および被験因子曝露細胞塊について、HE染色と同様に、パラフィン包埋切片を作成した後、常法に従って一次抗体として抗SCC抗原抗体を使用して免疫染色し、続いて核染色を行った後、抗SCC抗原抗体のラベリングインデックスを算出する。
【0170】
抗SCC抗原抗体のラベリングインデックスは、3〜10個程度の細胞塊について総細胞数とSCC抗原の陽性細胞をそれぞれカウントし、1つの細胞塊当たりのSCCの陽性細胞数を1つの細胞塊あたりの総細胞数で除した値を求め、その値に100を乗じることによって求めることができる(下記数3)。カウントした細胞塊での抗SCC抗原抗体のラベリングインデックスを平均し、被験因子曝露細胞塊の当該ラベリングインデックスの値が、対照細胞塊のラベリングインデックスよりも、約10%以上、より好ましくは約30%以上高値となった被験因子を発癌因子として決定することができる。
【0171】
【数3】
【0172】
被験因子の発癌性を評価する場合、異型度を指標とする評価方法およびSCCを指標とする評価方法のどちらを採用してもよいが、異型性を示す細胞であっても必ずしもSCC抗原が陽性になるとは限らないため、異型度インデックスを指標とする方がより好ましい。
【0173】
より悪性度の高い癌を惹起する発癌因子をスクリーニングする場合には、SCC抗原を指標とする方が、好ましい場合もある。悪性度とは、転移能、周辺組織への浸潤能が高いことを示す。
【0174】
6.動物の食道組織から単離された食道上皮幹細胞または該細胞を培養して得られる細胞塊の動物への移植
本発明の動物の食道組織から単離された食道上皮幹細胞または該細胞を培養して得られる細胞塊は、動物の組織等に再移植することができる。
【0175】
動物の食道組織から単離された食道上皮幹細胞をそのまま移植することもできるが、移植後の細胞の生存率の点から、該細胞を培養して得られる細胞塊を移植することが好ましい。
【0176】
移植される細胞塊は、培養開始から2〜10日目程度培養して1細胞塊当たりおおよそ1×106個程度の細胞数となった細胞塊を、例えば1〜10mm2程度の重層扁平上皮欠損部当たり、10〜1,000個程度のPBS等に浮遊させて移植することができる。
【0177】
移植部位は、粘膜固有層、筋層等の上皮基底部よりも下層の組織に移植することが好ましい。
【実施例】
【0178】
以下に、本発明の実施例を示すが、本発明の態様は実施例に限定して解釈されるものではない。
1.実験例:Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウスの作製
実験に先だって、食道上皮幹細胞に発現するBmi1遺伝子の3’非翻訳領域にCreリコンビネースカセット(IRES配列の下流に、Creリコンビネースとエストロゲン受容体の融合タンパク質であるCreERの配列を有する)を組み込まれたノックインマウス(Bmi1CreER/+マウス、Sangiorgi, E. et al., Nat. Genet.40(7), p915-920, 2008参照)と、Rosa26領域に、レインボーマウスコンストラクト(CAGプロモーターの下流にCreリコンビネースの標的配列であるloxp、loxN、lox2272配列に挟まれたGFP cDNA配列、CYP cDNA配列、OFP cDNA配列を有し、さらにその下流にRFP cDNA配列を有する)をノックインされたRosa26レインボーマウス(Rosa26rbw/+マウス、Red-Horse, K. et al., Nature 464, p549-553, 2010およびRinkevich. et al., Nature 476, p409-413, 2011参照)を交配させて、Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウスを得た。
【0179】
このマウスは、Bmi1を発現する細胞において、Bmi1の発現コントロールにしたがってCreERを発現するが、発現されたCreERは細胞質に存在している。このマウスにタモキシフェンを投与することにより、タモキシフェンがCreERのエストロゲン受容体配列に結合し、CreERが核移行する。核へ移行したCreERのCreリコンビネースがRosa26領域に挿入されたloxp、loxN、lox2272配列を認識し、loxp、loxN、lox2272配列に挟まれたDNA領域を切り出す。
【0180】
CreリコンビネースにDNAを切り取られる前の細胞では、Rosa26領域に挿入されたGFPによって細胞が緑の蛍光を発現するが、CreリコンビネースにDNAを切り取られると、GFPの発現がなくなり、代わってCFP(青)、OFP(オレンジ)またはRFP(赤)のいずれかの蛍光を発現するようになる。どの蛍光が発現するかは、DNAの切り取られ方で決まる。
【0181】
つまり、タモキシフェンの投与により、細胞の蛍光色が緑から他の色に変わるということは、Bmi1を発現する食道上皮幹細胞であるか、若しくは当該食道上皮幹細胞に由来する細胞であることを意味する。
【0182】
2.実験例2:食道上皮幹細胞の同定
成獣のBmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウス(6週令以降)に、マウスの体重40g当たり8〜10mgのタモキシフェンを投与すると、3日後から食道上皮基底層の直上に緑から別の色(赤、または青)に変わった細胞が観察された(図1A)。この細胞がBmilを発現する食道上皮幹細胞であると考えられる。また、細胞が増殖する様子を経時的に観察すると、赤い細胞は徐々にその数を増し食道上皮上部に向かっていく様子が観察された。
【0183】
また、Bmi1陽性細胞の数をカウントしたところ、経時的にその数が増加していた(図1B)。
【0184】
このことから、Bmilを発現する細胞は、分裂して増殖するとともに、分化および成熟していることがわかる。つまり、Bmilを発現する細胞が食道上皮幹細胞であることが示された。
【0185】
3.実施例1:マウス食道上皮細胞の採取
Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウスを安楽死させた後、マウスの食道を、解剖用ハサミを用いて取り出し、眼科用ハサミを用いておおよそ2 mm程度の組織片に切断した。
【0186】
得られた組織片を500 μMのジチオスレイトール(DTT)を加えたPBSを使用して数回洗浄したあと、50 units/mlのディスパーゼ (Becton Dickinson Bioscience, Bedford, MA) を加えた PBSに組織片を浮遊させ、37℃で60分インキュベーションし、上皮層と粘膜固有層を剥離した。
【0187】
さらにディスパーゼ処理後の組織片を氷冷PBSにて2回洗浄後、氷冷した10 mlのキレートバッファー(27 mM クエン酸三ナトリウム、5 mM リン酸水素二ナトリウム、94 mM 塩化ナトリウム、8 mM リン酸二水素カリウム、1.5 mM 塩化カリウム、0.5 mM DTT、55 mM D-ソルビトール、44 mM シュクロース、pH7.3)に浸しスターラーでゆっくり撹拌しながら4℃ にて10 分処理した。組織片から剥離した細胞を70μm のメッシュ(70 μm メッシュサイズ、#REF352350; BD Falcon、Bedford、MA)を通して残渣を除去し、メッシュを通過した細胞を回収した。メッシュ上に残った残渣を新たな50mlコーニングチューブに移し、20mlの氷冷キレートバッファー を入れてキャップをし、20回手で激しく転倒混和した。再びバッファー内に剥離した細胞を70 μm のメッシュに通し、通過した細胞を再度回収した。
【0188】
回収した細胞を1本のコニカルチューブにまとめた。
【0189】
回収した細胞の位相差顕微鏡像を図2Aに示す。
4.実施例2:マウス食道上皮細胞の培養とin vitro組織形成
上記の方法によって得られた食道上皮細胞を0.5〜1 × 104 cells/μl の細胞密度でMatrigel(登録商標)(BDベクトン・ディッキンソン社)に懸濁し、24ウェルプレートの底面に薄く延ばした。37℃、5分間インキュベーションしゲルを重合させた後、750μl の上皮培養メディウム(Advanced DMEM/F-12、1×N-2、1×B-27、1μM N-acethyl cysteine(sigma)、1×GlutaMAX (登録商標)(Life Technologies)、50 ng/ml rmEGF (Peprotech)、100 ng/ml rmNoggin (Peprotech)、1000 ng/ml rhR-Spondin1-hFc、10μM Y-27632 (Sigma) )を重層した。上皮培養メディウムは4日おきに新しいものと交換した。
【0190】
ここで、rhR-Spondin1-hFcは、富塚ら(2005 Science, vol309, pp. 1256-1259, supplement)から供与されたヒトR-Spondin1 cDNAを元に、上野ら(2003 Nat Immunol, vol4; pp. 457-463)の方法にしたがって調製した。
【0191】
上記の方法によって培養した細胞は、三次元的に増殖することができた。その経時的な増殖の様子を、位相差顕微鏡下で観察した。図2Bに示すように経時的に細胞の増殖が認められ、1つの食道上皮幹細胞から、球形の組織が形成された。また、その構造は、同心円状の層状を呈する真珠状構造を示していることから、重層扁平上皮組織であると考えられた。
【0192】
また、実施例1で回収された細胞には、分化した上皮細胞も含まれるが、分化した細胞は増殖能を有さないため、この実験により増殖し細胞塊を形成した細胞は、食道上皮幹細胞由来であることが示唆された。
【0193】
5.実施例3:細胞塊の組織学的評価
さらに、形成された細胞塊の組織像を光学顕微鏡レベルおよび電子顕微鏡レベルで評価した。
(1)光学顕微鏡レベルの評価
細胞塊を4% パラホルムアルデヒドで固定し、パラフィン包埋切片を作成したあと、HE染色または免疫染色を行った。
【0194】
免疫染色は、常法に従い、一次抗体として抗5型ケラチン抗体(Covance, Denver, PA)、抗14型ケラチン抗体(Covance, Denver, PA)、または抗Ki-67を使用し、二次抗体としては、ペルオキシダーゼ標識抗ウサギイムノグロブリン抗体を使用し、DABを基質として発色させた。
【0195】
HE染色の結果、球形組織の最外周位に増殖細胞が存在し、供給されたケラチン角化上皮細胞層は内側に向かって成長し、細胞層から剥離した死細胞が球体の中央部に蓄積していることが示された(図3A)。
【0196】
また、免疫染色の結果、5型ケラチンおよび14型ケラチンは、細胞塊の最外層の細胞に強く発現されており、内側に向かってその発現が弱くなることが示された(図3B、C)。また、増殖能力を有する細胞のマーカーであるKi-67は、細胞塊の最外周の層に存在する細胞の一部で陽性となった(図3D)。このことから、実施例1の方法で得られた細胞には、増殖能を有し扁平上皮に成熟することができる食道上皮幹細胞が含まれ、この食道上皮幹細胞は細胞塊の最外層に存在することが裏付けられた。
【0197】
正常の食道上皮組織において、糸状乳頭間窩底部に存在する未熟な上皮細胞は、5型ケラチンおよび14型ケラチンを強く発現するが、成熟に伴って細胞が糸状乳頭上部に移動するにつれて、その発現が低下することが知られている。
【0198】
よって、上記細胞塊も、球形組織の最外周に増殖能を有する食道上皮幹細胞が存在し、組織の中心に行くにしたがって、細胞の成熟度が上がっていることが示された。
【0199】
これらの結果から、実施例1で得られた食道上皮細胞に含まれる食道上皮幹細胞は、単に増殖するだけでなく、一定の方向に向かって成熟し、死滅することが示された。
【0200】
この増殖は、生体内での食道上皮細胞の増殖、分化、成熟の過程を再現しているものと考えられた。
【0201】
(2)電子顕微鏡レベルでの評価
実施例2で形成された細胞塊を、2.5% グルタールアルデヒド加0.1Mリン酸バッファー(pH7.4)で固定した後、1%四酸化オスミウムで後固定した。その後常法にしたがって酢酸ウラニル染色、エポキシ樹脂包埋し超薄切切片を作製した。
【0202】
図4に、実施例2で得られた細胞塊のHE染色像と電子顕微鏡像を示した。細胞塊の中心に近い角質層を電子顕微鏡で拡大観察したところ、同心円状の整った層状構造が観察された(図4A右)。また、細胞層と角質層の境界付近を電子顕微鏡で拡大観察したところ、まだアポトーシスを起こしていない細胞層に、アポトーシスを起こして濃縮した核を有する細胞層が重なり、細胞塊中心部へ向かって徐々に細胞が薄くなる像が観察された(図4B右)。
【0203】
この像は、正常食道上皮組織の角化の過程を同様であり、培養によって形成された細胞塊においても、ケラチン角化上皮細胞層が形成されていることが示された。
【0204】
以上詳述したように、これらの実験から、実施例1の方法によって細胞を回収し、実施例2の方法によって培養することにより、正常食道上皮細胞と同等の性質を有する重層扁平上皮組織に分化しうる細胞塊を得ることができることが示された。
【0205】
6.実施例4:形成された組織のモノクロナリティの検討
次に、実施例2で得られた球状の細胞塊が単一の食道上皮幹細胞から形成されたか否かを検討した。
(1)タモキシフェン投与Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウスから分離した食道上皮細胞の培養
マウスの体重40g当たり8〜10 mgのタモキシフェン(Sigma)となるように1回投与し、タモキシフェン投与後7日目のBmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウスの食道から実施例1と同様に食道上皮幹細胞を回収し、実施例2と同様に培養を行った。
【0206】
この結果、図5Aに示すように、形成されたコロニーは、それぞれ緑(短矢印)、青(長矢印)、赤(長矢印)、オレンジのいずれかの単色の蛍光を発現していた。
【0207】
この結果は、形成される細胞塊は、それぞれ単一の食道上皮幹細胞から形成されていることを示している。
【0208】
なお、緑の蛍光を発する細胞塊は、食道上皮幹細胞以外由来の細胞、またはタモキシフェンが効かなかった細胞であると考えられる。
【0209】
(2)Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウスから採取した食道上皮幹細胞へのタモキシフェン投与
次に、Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウスの食道から実施例1と同様に食道上皮細胞を採取し、実施例2と同様の培養を開始した、培養を開始した4日目に4-hydroxytamoxifenを終濃度40 ng/mlとなるように添加し、Bmi1陽性細胞がどのように変化するかを観察した。
【0210】
この結果、タモキシフェン投与後1日から、オレンジ(長矢印)または赤(短矢印)の蛍光を発する細胞が出現し、その細胞が、経時的に増加していく像が観察された(図5B)。
【0211】
このことから、培養開始後4日目には、1つの食道上皮幹細胞から分裂した、Bmilを発現する複数の食道上皮幹細胞が存在し、それらはその後混じり合うことなく分化、成熟を続けることが示された。
【0212】
これらの結果は、実施例2に示す培養方法により得られる細胞塊は、Bmi1陽性細胞すなわち食道上皮幹細胞に由来していることが裏付けられた。
【0213】
以上の結果は、実施例2の培養方法によって得られる細胞塊は、単一の食道上皮幹細胞が増殖し、形成された細胞塊であることを示している。
【0214】
7.実施例5:培養により得られた細胞塊の移植実験
実施例2にしたがって培養された細胞塊が、in vivoにおいて扁平上皮組織を再構築できることを証明するため、実施例2と同様の方法によって得られた細胞塊をゲルマトリックスから回収し、マウスの舌筋層に移植する実験を行った。移植に舌筋を選択した理由は、マウスの食道が薄いため、食道筋層に細胞塊を移植することが困難なためである。
【0215】
Bmi1CreER/+/Rosa26rbw/+マウスから、実施例1の方法に従って約1万個の食道上皮細胞を回収し、実施例2の方法に従って培養することで、約500個の細胞塊が得られた。この細胞塊を培養7日目にC57BL/6Jマウスの舌筋に注入した。実験プロトコールを図9Aに示す。
【0216】
移植後1週間目に移植部位を採取して組織像を観察したところ、筋層内に円形の真珠状の組織像を呈する組織塊が出現していた(図9B)。この真珠状の組織を蛍光顕微鏡で観察したところ、GFPの発現が認められたことから、この組織塊が移植した細胞塊由来であることがわかった。
【0217】
またKi-67の免疫染色により、GFPを発現する細胞の最外周に増殖期の細胞が存在することが示された。さらに5型ケラチンおよび14型ケラチンの免疫染色により、GFP陽性の細胞塊の外周に5型ケラチンおよび14型ケラチンの強い発現があることが示された。
【0218】
さらに組織塊を移植後2週間目に免疫染色した場合でも、5型ケラチンおよび14型ケラチンの発現が認められた。
【0219】
これらの実験により、実施例1および2の方法によって得られる細胞塊は、in vivoにおいても増殖能力を有し、さらに重層扁平上皮に分化成熟することができることが示された。
【0220】
さらに、移植後7日目にタモキシフェン(Sigma)をマウスの体重40g当たり8〜10 mgを1回投与し、その後3日目に蛍光を観察したところ、緑からオレンジに色が変わった細胞が検出された(図9C)。このことからも、実施例1および2の方法によって、食道上皮幹細胞を単離することができることがわかる。
【0221】
また、in vivoにおいて移植された細胞塊は最低1ヶ月増殖することができることから、移植された細胞塊は、in vivoのニッチ環境を利用してさらに増殖および生存可能であることが判明した。
【0222】
これらの結果は、実施例1及び2の方法によって得られる細胞または細胞塊が、正常の扁平上皮組織をin vivoで再構築できる可能性があることを示している。
【0223】
8.実験例3:4-nitroquinoline-1-oxide (4NQO)による食道上皮がんの誘導
4NQO の投与により、食道癌を誘発することができることを確認するため、100μg/ml 濃度の4NQOをマウスの飲料水に添加して、16週間投与した(図7A)。
【0224】
投与開始から24週後に組織を採取し組織像を観察したところ、図7B真ん中の図に示すような扁平上皮の過形成や図7B右の図のような、扁平上皮癌が認められた。
【0225】
これらのデータは、食道上皮を採取する前に発癌物質に動物を曝露しておくことにより、将来癌になる可能性のある食道上皮幹細胞を単離できることを示している。
【0226】
9.参考実施例1:舌上皮幹細胞のサイトカイン依存性の検討
参考実施例として舌上皮幹細胞を使用した実験結果を示す。
【0227】
実施例2では、舌上皮幹細胞の培養にあたり、EGF、NogginおよびR-Spondin 1の3種のサイトカインを培地に添加している。
【0228】
ここで、この3種のサイトカインを組み合わせることが必須であるか否かを検討した。
【0229】
検討は、以下の7種の組み合わせのサイトカインを添加した培地を使用して、実施例1の方法に従って得られた舌上皮幹細胞からの細胞塊の形成割合をカウントした。
【0230】
具体的には、実施例1にしたがって回収した舌上皮細胞を、24ウェルプレートの1ウェル当たり、50μlのMatrigelに0.5〜1×104個の細胞が包埋されるように細胞を播き、出現した細胞塊の数を3ウェル分数えて細胞塊の形成割合を算出した。
【0231】
EGF、NogginおよびR-Spondin1の3種を添加するE+N+R群、
EGFおよびNogginの2種を添加するE+N群
EGFおよびR-Spondin1の2種を添加するE+R群
EGFのみを添加するE alone群
NogginおよびR-Spondin1の2種を添加するN+R群
Nogginのみを添加するN alone群
R-Spondin1のみを添加するR alone群
それぞれのサイトカインの添加量は、rmEGFが50 ng/ml、rmNogginが100 ng/ml、rhR-Sondin1-hFcが1000ng/mlである。
【0232】
図8に示すように、細胞塊の形成率は、E+N+R群でやや高い傾向を示したが、E+N+R群、E+N群、E+R群およびE alone群の間で、有意差は認められなかった。
【0233】
これに対して、EGFを含まないN+R群、N alone群およびR alone群は、いずれも細胞塊の形成率が顕著に低かった。
【0234】
このことから、舌上皮幹細胞の増殖およびその成熟には、EGFが必須であり、NogginおよびR-Spondin1は必要がないことが示された。
【0235】
この結果は、腺上皮細胞を培養したWO2010/090513に記載の結果とは異なるものである。
【0236】
10.参考実施例2:舌上皮幹細胞培養法を用いた発癌実験
発癌物質が舌上皮幹細胞に対してどのような影響を及ぼすか検討するために、マウスに発癌物質を投与した後に、舌上皮幹細胞を採取し、その細胞を実施例2の方法に従って培養して増殖形態の変化を観察した。
【0237】
発癌物質として、4-nitroquinoline-1-oxide (4NQO) (Wako)を使用し、100μg/mlの濃度となるようにマウスの飲料水に混ぜ16週間投与し、その後8週間休薬した後舌組織を採取した(図9A)。実施例1の方法に従って、舌上皮幹細胞を採取し、実施例2と同様に培養した。
【0238】
図9Bに、4NQO処理後の舌組織像を示す。図9B左図は、過形成を示した部位の組織像であり、右図は扁平上皮癌の組織像である。4NQO処理によって発癌したことが示された。
【0239】
また図10Aに示すように、発癌物質を投与したマウスの舌から採取した舌上皮幹細胞を培養し位相差顕微鏡で観察したところ、図1Bに示す細胞塊と同様の球状の細胞塊の他、異型性を示す細胞塊が認められた(矢印)。また、当該細胞塊をHE染色で観察したところ、発癌物質を投与された舌上皮幹細胞から得られた細胞塊は、図2Aのような最外周の細胞が密で、細胞塊の中心へ向かうほど細胞数が減少する、いわゆる重層扁平上皮構造を形成できない細胞塊が認められた(図10B、*)。また、細胞塊が異型性を呈したり、同心円状構造が崩れた細胞塊(異型度III)も認められた(図10B、矢印)。
【0240】
さらに図11には、異型性を示した細胞塊の強拡大像を示した。細胞塊の一部の細胞が、不規則に増殖して、中心分に達していることがわかる(異型度III)。正常であれば、細胞塊の周りの細胞が増殖能を有しているため、細胞塊の最外周の細胞密度がもっとも高いが、この細胞塊では、最外周の細胞密度よりも、細胞が不規則に増殖した箇所の方が細胞密度が高くなっている。したがって、正常の舌上皮幹細胞とは異なる増殖形態を示す細胞が培養中に出現していることを示している。
【0241】
これらの結果から、本発明の舌上皮幹細胞培養法は、in vivoで発癌物質に曝露された細胞の性質、例えば癌幹細胞の性質をin vitroで評価できることが示された。
【0242】
したがって、本発明の舌上皮幹細胞の単離方法は、発癌機序の解明や、抗がん物質のスクリーニングに応用できることが期待される。
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図11