【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構省エネルギー革新技術開発事業/挑戦研究(事前研究一体型)/メゾスコピック材料を用いた電力光無損失変換技術の研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態について説明する。本発明のフィラメントは、
図2および
図3に示すように、金属材料により形成された基体10と、基体10の可視光反射率を赤外光反射率よりも低くするために、基体10を被覆する可視光反射率低下膜11とを備える。可視光反射率低下膜11の膜厚は、
図2のように可視光反射率低下膜11表面で反射した可視光12と、基体10で反射した可視光13とを干渉させて強度を低下させるように設定されている。可視光反射率低下膜11の、可視光に対する屈折率および消衰係数の少なくとも一方は、2.5以上である。
【0016】
本発明の可視光反射率低下膜11の膜厚は、可視光を干渉により低減させるように設定されているため、可視光より波長の長い赤外光の位相にはほとんど影響を与えない。よって、
図3のように可視光反射率低下膜11の表面で反射する赤外光14と、基体10で反射する赤外光15は干渉せず、強度がほとんど低下しない。したがって、フィラメントの可視光反射率を赤外光反射率よりも低くすることができる。
【0017】
また、可視光反射率低下膜11として、可視光に対する屈折率および消衰係数の少なくとも一方が2.5以上のものを用いることにより、可視光反射率低下膜11の表面の反射率を50%前後にすることができる。これにより、可視光反射率低下膜11表面で反射した可視光12の強度と、基体10で反射する可視光13の強度とがほぼ同等になり、ほぼ打ち消し合わせることができるため、フィラメントの可視光反射率を効果的に低減することができる。
【0018】
可視光反射率低下膜11の可視光に対する屈折率および消衰係数の少なくとも一方は、3.0以上である場合、可視光反射率低下膜11の反射率を50%に近づけることができるため、より好ましい。
【0019】
可視光反射率低下膜11の作用により、フィラメントの可視光領域の少なくとも一部の反射率が40%以下、赤外光領域の少なくとも一部の反射率が80%以上であることが好ましい。これにより、フィラメントの可視光放射の効率を従来よりも大幅に高めることができる。
【0020】
可視光反射率低下膜11は、Os、Re、Ru、W、Mo、SiC、および、WSi
2のうちのいずれかで形成された膜を含む構成にすることができる。これらの材料は、可視光に対する屈折率および消衰係数の少なくとも一方を2.5以上を達成することができる。ただし、可視光反射率低下膜11の材料は、可視光反射率低下膜11に接する基材10の材料とは異なる材料を用いる。
【0021】
基体10自体の反射率は、可視光領域の少なくとも一部および赤外光領域の少なくとも一部において90%以上であることが望ましい。フィラメントの赤外光領域の反射率を高め、可視光領域の反射率を低減するためである。特に、波長1000nmで、80%以上の反射率であることが望ましい。
【0022】
高反射率を実現するために、基体10は、表面が鏡面に加工されていることが望ましい。具体的には、基体の表面粗さは、中心線平均粗さRaが1μm以下、最大高さRmaxが10μm以下、および、十点平均粗さRzが10μm以下、のうちの少なくとも1つを満たすことが望ましい。
【0023】
また、基体10は、金属で形成された芯材の表面を、芯材よりも反射率の高い金属の層で被覆した構造にすることも可能である。これにより、基体の反射率を高めることができる。
【0024】
可視光反射率低下膜11は、基体10との間に配置された誘電体層をさらに含む構成であってもよい。この場合、誘電体層の可視光に対する屈折率は、2.5よりも小さくてもよい。可視光反射率低下膜11と誘電体層の合計膜厚が、可視光反射率低下膜11表面で反射する可視光と、基体10で反射する可視光を干渉させて、可視光強度を低下させるように設計されていればよい。
【0025】
基体(芯材)10を構成する材料としては、Ta、Os、Ir、Mo、Re、W、Ru、Nb、Cr、Zr、V、Rh、C、B
4C、SiC、ZrC、TaC、HfC、AlN、BN、ZrN、HfN、TiN、LaB
6、ZrB
2、HfB
2、のうちのいずれか、またはこれらの合金を用いることができる。
【0026】
また、基体(芯材)10は、予め高温加熱して、基体10を構成する材料の結晶粒成長を完了させ、その結晶粒成長を完了させた基体10を鏡面研磨したものを用いることが望ましい。これにより、基体10が、高温加熱された時に結晶粒が成長し表面が粗面化し、延いては赤外の反射率低下、並びに、可視光反射率防止膜11等の表面に配置される膜の高温時における破壊の原因となるのを防止することができる。
【0027】
基体(芯材)10に被覆する、芯材よりも反射率の高い金属の層は、2000K以上の融点を有する金属膜、金属の炭化物膜、窒化物膜、ホウ化物膜、酸化物膜、のいずれかで形成することも可能である。例えば、Ta、Os、Ir、Mo、Re、W、Ru、Nb、Cr、Zr、V、Rh、C、B4C、SiC、ZrC、TaC、HfC、AlN、BN、TiN、ZrN、HfN、LaB
6、ZrB2、HfB2、CaO、CeO2、MgO、ZrO
2、Y
2O
3、HfO
2、Lu2O
3、Yb
2O
3、ThO
2、のいずれかまたはこれらの混合体で形成された膜を含む構成とする。
【0028】
つぎに、可視光反射率が赤外光反射率よりも低い本発明のフィラメントが、高効率で可視光を放射できる原理について図面を用いて説明する。
【0029】
本発明のフィラメントは、理想的には、
図4に実線で示したように、波長700nm以下の可視光領域で、0%に近い低反射率を有し、赤外光領域で100%に近い反射率を有するものが望ましいが、現実的に入手可能な材料を用いて実現可能な反射率曲線は、
図5に示すように、波長500nmで反射率が40%以下の低反射率で、1000nm以上の長波長赤外光領域の反射率が80%以上の高反射率の示すものである。低反射率と高反射率の間の反射率の波長依存性は、
図4並びに
図5のように、短波長側から長波長側に向かって、反射率が単調に増加していることが望ましい。
図5のような反射率特性を有するフィラメントを3000 Kに加熱することで、従来実現されていた30 lm/Wの光束効率を50 lm/Wを超える値に増加させることが可能である。
【0030】
まずは、赤外光領域では高反射率で、可視光領域では低反射率のフィラメントが、電流供給等により加熱されることによって高効率に可視光を発する原理を、黒体放射におけるキルヒホッフの法則に基づいて、以下説明する。
【0031】
自然対流熱伝達の無い条件下(例えば真空中)における材料(ここではフィラメント)の入力エネルギーに対するエネルギー損失は平衡状態では以下の式(1)で与えられる。
(数1)
P(total)=P(conduction)+P(radiation) ・・・(1)
ここで、P(total)は、全入力エネルギー、P(conduction)は、フィラメントに電流を供給するリード線を経て損失されるエネルギー、P(radiation)は、フィラメントが、加熱された温度で外部空間に光を放射して損失するエネルギーである。
【0032】
フィラメントは、その温度が2500K以上の高温になると、リード線を経て損失されるエネルギーはわずか5%程度になり、残りの95%以上のエネルギーは、光放射によって外部にエネルギー損失されるため、入力電力の殆ど全てのエネルギーを光に代えることが出来る。しかしながら、従来の一般的なフィラメントから放射される放射光の内、可視光成分の割合はわずか10%程度で、大部分が赤外放射光成分であるため、そのままでは効率の良い可視光源とはならない。
【0033】
上記式(1)におけるP(radiation)の項は一般的に、下記式(2)で記述することができる。
【数2】
式(2)においてε(λ)は、各波長における放射率、αλ
-5/(exp(β/λT)−1)の項は、プランクの放射則を示す。α=3.747×10
8 Wμm
4/m
2、β=1.4387×10
4 μmK、である。また、ε(λ)は、キルヒホッフの法則によって反射率R(λ)と式(3)の関係にある。
(数3)
ε(λ)=1−R(λ) ・・・(3)
【0034】
式(2)と式(3)を関連付けて議論すると、仮に反射率が全ての波長に亘って1である材料は、式(3)よりε(λ)=0となり、ひいては、式(2)における積分値が0となるため放射による損失が起こらなくなる。この物理的意味は、P(total)=P(conduction)となるため、少量の入力エネルギーでも光放射による損失が無く、フィラメントが非常に高い温度まで達することを意味している。一方、反射率が全ての波長に亘って0である材料は、完全黒体とよばれ、(3)式よりε(λ)=1となる。この結果、(2)式における積分値は最大となり、ひいては、放射による損失量が最大となる。通常の材料は、放射率ε(λ)が0< ε(λ)<1の間に存在し、かつ、その波長依存性は、劇的に変化することは無い(波長λ、温度Tに対する緩慢な依存性は存在する)。そのため、赤外から可視光領域における光放射は、
図4の2点鎖線で示すように略可視から赤外光領域に亘って均一に起こる。なお、
図4では、議論を簡略化するため全波長領域でε(λ)=1として黒体放射スペクトルをプロットしている。
【0035】
一方、
図4に一点鎖線で示すように赤外光領域で略0%の放射率を有し、700nm以下の可視光領域で、略100%の放射率を有する材料を、真空中で加熱した熱放射は、以下の(4)式で表現出来る。
【数4】
【0036】
式(4)において、θ(λ−λ
0) は、長波長から可視光のある波長λ
0までは放射率が0であり、ある波長λ
0よりも短波長の領域では放射率が1である階段関数的振る舞いを示す関数である。得られる放射スペクトルは階段関数的な放射率と黒体放射スペクトルを畳み込んだ形状となり、計算の結果は、
図4の破線で示すスペクトルとなる。即ち、式(4)の物理的意味は、フィラメントへの入力エネルギーの小さい低温領域では輻射損失が抑えられており、式(4)のP(radiation)の項が0となるため、エネルギー損失がP(conduction)のみとなり、非常に効率良くフィラメント温度が上昇する。一方、フィラメント温度が高温になり、黒体放射スペクトルのピーク波長がλ
0より短くなるような温度領域になると、フィラメントに入力したエネルギーを
図4の破線で示したスペクトルのように可視光放射として損失するようになる。
【0037】
式(4)におけるθ(λ−λ
0)は、上述のように長波長から可視光のある波長λ
0までは放射率が0であり、ある波長λ
0よりも短波長の領域では放射率が1である材料である。このような材料は、式(3)のキルヒホッフの法則により、
図4に実線で示したように、波長λ
0以下で反射率が0で、波長λ
0よりも長波長領域で反射率が1となる。そこで本発明は、波長λ
0以下で反射率が0に近く、波長λ
0よりも長波長領域で1に近い反射率を有するフィラメントを作製することにより、赤外光の放射を抑制し、可視光を高効率で放射することができる。また、
図5に示すように波長λ
S=500nm以下の反射率が40%以下の低反射率で、波長500nmから反射率が単調に増加し、波長λ
L=1000nmよりも長波長の赤外光領域の反射率が80%以上の高反射率のフィラメントであっても、赤外光の放射を抑制し、可視光を高効率で放射することが可能であり、従来のタングステンフィラメントより効率を40%以上高めることができる。例えば、3000Kの加熱温度では、従来のタングステンフィラメントは36.7 lm/Wであるが、
図5の反射率特性を有するフィラメントは、51.5 lm/Wまで光束効率が向上する。これにより、高効率の白熱電球型光源を提供することが可能となる。
【0038】
また、光源用フィラメントは、2000K〜3000Kの高温になるため、本発明においても、2000K以上の高温で
図5に示すように波長500nm以下の反射率が40%以下の低反射率で、波長1000nmよりも長波長の赤外光領域の反射率が80%以上の高反射率を示す光源用フィラメントを提供する。
【0039】
本発明では、上述したように、基体10を可視光反射率低下膜11で被覆することにより、可視光反射率を赤外光反射率よりも低くする。以下、可視光反射率低下膜11および基体10の光学特性等についてさらに具体的に説明する。
【0040】
(1)可視光反射率低下膜11の屈折率並びに消衰係数
可視光反射率低下膜11は、
図2に示すように基板10で反射した可視光13と可視光反射率低下膜11の表面で反射した可視光12との干渉を利用して、可視光12と可視光13が打ち消し合うようにして、可視光反射率を低下させる。干渉の結果、可視光の反射光を0に近づけるために、可視光反射率低下膜11表面で反射した可視光12の電場強度が、基板10との界面で反射した可視光12の電場強度と略同程度であることが望ましい。そのため、可視光反射率低下膜11表面での可視光反射率が、略0.5程度であることが好ましい。これにより、可視光反射率低下膜11表面で、入射した可視光のうちの半分を反射し、残りの半分の可視光は、可視光反射率低下膜11内に入射させて基体10との界面で反射することができる。これにより、可視光反射率低下膜11の表面で反射した可視光12と基板10で反射した可視光13の電場強度が同等となるので、理論的にはほぼ完全に打ち消し合わせることが可能になる。
【0041】
可視光反射率低下膜11の表面の反射率Rは、式(5)で表される。
(数5)
R=[(n
0−n(λ))
2+k(λ)
2]/[(n
0+n(λ))
2+k(λ)
2]
・・・(5)
式(5)において、n
0は、真空の屈折率で1、nは、可視光反射率低下膜11の屈折率、kは可視光反射率低下膜11の消衰係数、λは、入射する可視光の波長である。
【0042】
上記式(5)を用いて、可視光について反射率R=0.5となる屈折率nを求めると、消衰係数kが0である場合には、略n=6となるが、自然界にはこのように高い屈折率を有し、かつ、消衰係数kが0である材料は存在しないので、実際には、消衰係数kの効果を考量して反射率の設計をおこなう。消衰係数を考量すると、可視光反射率低下膜11は、可視光に対する屈折率および消衰係数の少なくとも一方が、2.5以上であることが好ましく、3.0以上であることがより好ましい。
【0043】
比較例として、可視光反射率低下膜11の屈折率が2.5よりも低屈折率である場合の電場強度を
図6に示す。屈折率が2.5よりも小さい場合、可視光反射率低下膜11の表面の反射率が低くなるため、可視光反射率低下膜11の表面で反射した可視光12の電場強度が、基板10で反射した可視光13の電場強度よりも小さくなる。よって、可視光強度を低減することはできるが、打ち消すことはできないため、可視光反射率を低減する効果が低下する。
【0044】
(2)可視光反射率低下膜11の膜厚
可視光反射率低下膜11の膜厚Dは、基板10で反射した可視光13の位相が、可視光反射率低下膜11の表面で反射した可視光12に対してπラジアンずれる(すなわち反転する)ように設定する。
(数6)
D=(1/4)(λ/n
2) ・・・(6)
ただし、λは、真空中での可視光13の波長である。
【0045】
これにより、可視光反射率低下膜11の表面で反射した可視光12と、基板10で反射した可視光13とを干渉により打ち消し合わせることができる。よって、可視光反射率低下膜11の屈折率および、低下させたい可視光波長領域を考慮して、最適な膜厚Dを求める。一例として、視感度の一番高い555nmを選択して、可視光反射率低下膜厚みDを求めると、屈折率n=3とした場合、膜厚D=15.4 nmとなる。可視光反射率低下膜11として好適な上述の材料の屈折率は、
図7に示すような屈折率および消衰係数を有するため、WSi
2(屈折率20以上)を除き、可視光反射率低下膜11の好適な膜厚は、凡そ5〜30nmの範囲に存在する。
【0046】
一方、可視光反射率低下膜11の屈折率は、可視光領域と比較して赤外光領域の方が低いので、可視光反射率低下膜11の赤外光反射率は、可視光ほど高くない。よって、可視光反射率低下膜11の表面で反射した赤外光14と基体10で反射した赤外光15の電場強度も同等にはならない。また、上記膜厚Dは、可視光を干渉によりうち消し合わせるのに好適な膜厚であるため、可視光よりも波長が長い赤外光に対しては、膜厚が薄すぎ、吸収並びに位相をずらす作用をほとんど生じない。よって、
図3に示すように、可視光反射率低下膜11の表面で反射した赤外光14と、基体10で反射した赤外光15は打ち消しあわず、強め合う。これにより、赤外光の反射率は、可視光反射率低下膜11が配置されていても低下しない。
【0047】
(3)基体10の反射率
基体10は、可視光反射率低下膜11を透過してきた光を出来るだけ低減することなく反射することが望ましい。よって、上述したように、基体10の反射率は、可視光領域の少なくとも一部および赤外光領域の少なくとも一部において90%以上であることが望ましい。特に、波長1000 nmで80%以上の反射率であることが望ましい。
【0048】
以下、本発明の実施形態を具体的に説明する。
【0049】
(実施形態1)
実施形態1では、基体10は、芯材をWで構成し、芯材をWよりも反射率の高い金属(HfNまたはZrN)の層で被覆した構造とする。可視光反射率低下膜11としては、Os膜を用いる。
【0050】
基体10の芯材(W)は、材料金属の焼結や線引き等の公知の工程により作製される。基体の形状は、線材、棒材、薄板等所望の形状に形成する。
【0051】
焼結や線引き等の工程により製造された基体は、表面が粗面であるため、反射率が低い。よって、基体10の芯材の表面を研磨加工し、反射率を高める。具体的には、基体10の芯材(W)を予め高温加熱して結晶粒成長を完了させ、その結晶粒成長を完了させた芯材を複数種類のダイヤモンド研磨粒により研磨し、中心線平均粗さRaを1μm以下、最大高さ(Rmax)が10μm以下、および、十点平均粗さ(Rz)が10μm以下の少なくとも一つを満たす鏡面に加工する。なお、機械研磨加工に限らず、フィラメント表面の反射率を向上させることができれば他の方法を用いることももちろん可能である。例えば、湿式や乾式のエッチングや、線引き時や鍛造や圧延時に滑らかな型に接触させる方法等を採用できる。
【0052】
鏡面研磨されたW芯材は、
図8に示すように、波長2000nmより長い赤外光の反射率は、90%以上であるが、波長2000nm以下の反射率が低下する。そこで、本実施形態1では、高温耐熱性を有し、可視光領域まで反射率の高い金属膜(HfNまたはZrN等)を100 nm以上(
図8では1000 nm)W芯材の表面に成膜して被覆する。これにより、
図8に示すように、波長1000nm以上の赤外光の反射率が、80%以上の基体10を得ることができる。
【0053】
なお、反射率の高い金属膜(HfNまたはZrN等)の厚みは、100 nmより薄いと、下地のWまで光が透過してしまい、赤外光領域の反射率増大が図れないため、100nm以上であることが好ましい。
【0054】
HfNまたはZrNの成膜方法としては、電子ビーム蒸着法、スパッター法、CVD法、等種々の方法を用いることが可能である。また、成膜後、基体への密着性を高めるとともに、膜質(光学的特性等)を高めるために1500℃〜2500℃の温度範囲でアニーリング処理を行うことも可能である。
【0055】
次に、基体10(HfNまたはZrN)の上に、可視光反射率低下膜11としてOs膜を5〜20 nm成膜する。
図7に示すように、Os膜は、融点が3306Kと高く、かつ視感度の高い555nmの波長における屈折率が4.67と高い。Os膜の成膜方法としては、電子ビーム蒸着法、スパッター法、CVD法、等種々の方法を用いることが可能である。また、成膜後、基体10への密着性を高めるとともに、膜質(結晶性、光学的特性等)を高めるために1500℃〜2500℃の温度範囲でアニーリング処理を行うことも可能である。
【0056】
また、フィラメントの可視光反射率を最小にする可視光反射率低下膜(Os膜)11の膜厚を見つけるため、膜厚を5、13、20、50、200nmに変化させて複数のフィラメント試料を作製した。作成したフィラメント試料について、反射率をシミュレーションや実測で求めたところ、
図9に示すように、Os膜の膜厚13nmが可視光反射率を最小にすることが求められた。よって、本実施形態では、可視光反射率低下膜(Os膜)11の膜厚を13nmに設定する。
【0057】
図10に、HfN/W基体10を膜厚13nmのOs膜で被覆したフィラメント(Os/HfN/W)について、波動光学計算により求めた反射率、放射スペクトル、並びに視感度内における基体の放射スペクトルを示す。比較例として、Os/HfN膜を備えていない、Wのみのフィラメントの反射率、放射スペクトル、並びに視感度内における基体の放射スペクトルを
図11に示す。実施形態1の
図10の反射率を、比較例の
図11のWフィラメントの反射率と比較すると、可視光領域で反射率が大きく低下し、かつ赤外光領域で反射率が大きく増大していることがわかる。例えば、500 nmの波長では、Wフィラメントの状態では50%前後であった反射率が、Os/HfN膜で被覆することにより10%程度まで低下していることが分かる。また、1000 nmの波長では、W基体の状態では60%程度であった反射率が、Os/HfN膜で被覆することにより90%近くまで向上していることが分かる。その結果、従来のWフィラメントで実現可能な36.7 lm/W(加熱温度3000K)の可視光光束効率を、89.4 lm/Wまで、2.4倍以上向上させることができる。
【0058】
なお、基体10の芯材を被覆するHfN膜は、高温加熱時に酸化されやすいという性質を有するが、可視光反射率低下膜11は、HfNを被覆し、酸素に接触するのを防ぐため、HfN膜を保護する役割も果たしている。
【0059】
実施形態1では、可視光反射率低下膜11としてOs膜を用いる例について説明を行ったが、この他にも、
図7に示すような金属膜、炭化物膜、ホウ化物膜、または酸化物膜、のいずれかの単層膜、もしくは、これらの材料の単層膜を複数種類積層した多層膜、またはこれらの複合材料で形成された単層膜並びに多層膜で可視光反射率低下膜11を構成することもできる。
【0060】
(実施形態2)
実施形態2としては、可視光反射率低下膜11として金属Re膜を用いる場合について説明する。
【0061】
基体10の構成は、実施形態1と同じくHfN/Wである。金属Re膜の成膜方法および最適な膜厚を求める方法は、実施形態1のOs膜と同様に行った。これにより、Re膜の膜厚は、10nmに設定した。
【0062】
図12に、HfN/W基体10を膜厚10nmのRe膜で被覆したフィラメント(Re/HfN/W)について、波動光学計算により求めた反射率、放射スペクトル、並びに視感度内における基体の放射スペクトルを示す。
図12のように、Re/HfN/Wフィラメントは、
図11のWフィラメントと比較して、可視光領域で反射率が大きく低下し、かつ赤外光領域で反射率が大きく増大している。例えば、500 nmの波長では、Wフィラメントは50%前後であった反射率が、Re/HfN膜で被覆することにより25%程度まで低下していることがわかる。また、1000 nmの波長では、W基体の状態では60%程度であった反射率が、Re/HfN膜で被覆することにより80%近くまで向上していることが分かる。その結果、従来のWフィラメントで実現可能な36.7 lm/W(加熱温度3000K)の可視光光束効率を、64.8 lm/Wまで、80%以上向上させることができる。
【0063】
(実施形態3)
実施形態3として、
図7に示したタングステンシリサイド(WSi
2)を可視光反射率低下膜11として用いる場合について説明する。この材料(WSi
2)は、可視光に対する屈折率が、22.4と非常に大きいため、膜厚を1〜10nmに設定する。このため、膜厚を精密に制御可能な成膜方法(例えば、MBE(分子線蒸着)等)により成膜する。
【0064】
図13に、HfN/W基体10を膜厚4nmのWSi
2膜で被覆したフィラメント(WSi
2/HfN/W)について、波動光学計算により求めた反射率を示す。
図13から明らかなように、可視光領域の反射率が、波長 500 nm以下で低下している。
【0065】
この他に、
図14に示すように、WSi
2/HfN/Wフィラメントは、膜厚5〜10nm(
図14では、膜厚5、6、7、8、9、10nmを例示)のWSi
2膜で被覆したフィラメントを構成することによって、赤外光領域で狭帯域で反射率が低下する領域が、膜厚に依存して生じることがわかる。よって、この赤外光領域で、放射スペクトルが得られる。
【0066】
また、次の実施形態4で述べるように、可視光反射率低下膜(WSi
2)11と基体10との間に、誘電体層を配置する構成にすることも可能である。
【0067】
(実施形態4)
実施形態4として、可視光反射率低下膜11と基体10との間に、誘電体層を配置したフィラメントについて説明する。誘電体層の可視光に対する屈折率は、2.5よりも小さくてもよい。誘電体層を配置することにより、可視光反射率低下膜11を透過した光が基板10に到達する光路長を調節することができるため、可視光反射率低下膜11の膜厚制御が容易になる。この場合、可視光反射率低下膜11と誘電体層の合計膜厚の光路長で、可視光反射率低下膜11表面で反射する可視光と、基体10で反射する可視光を干渉させて可視光強度を低下させるように設計する。誘電体層は、可視光および赤外光を吸収率が低い材料で構成することが望ましい。
【0068】
ここでは、可視光反射率低下膜11として、膜厚3nmのOs膜を用い、可視光反射率低下膜11と基体10との間に配置する誘電体層としてHfO
2膜を用いる。基体10は、実施形態1と同様にHfN/Wを用いる。
【0069】
誘電体膜であるHfO
2膜の膜厚をそれぞれ5、10、20、30nmに変化させた4種類のフィラメント試料について、反射率をシミュレーションにより求めた。その結果を
図15のグラフに示す。
図15のように、いずれも可視光領域の反射率が40%以下まで大幅に低下し、赤外光領域では、80%以上の高い反射率膜厚依存性が見られる。特に、HfO
2膜の膜厚が30nmのフィラメントが、可視光反射率が最も低い。
【0070】
このHfO
2膜の膜厚が30nmのフィラメント(Os(3nm)/HfO
2(30nm)/HfN(1000nm)/W)について、波動光学計算により、反射率、放射スペクトル、並びに、視感度内における放射スペクトルを求めた。その結果を
図16に示す。
図16の反射率を、
図11のWフィラメントの反射率と比較すると、可視光領域で反射率が大きく低下し、かつ、近赤外光領域(800〜1100nm)で反射率が大きく増大していることがわかる。例えば、500 nmの可視光波長では、Wフィラメントの反射率は、
図11のように50%前後であるが、
図16のOs/HfO
2/HfN/Wフィラメントは、反射率が0%付近まで低下していることがわかる。また、1000 nmの波長では、
図11のWフィラメントは、60%程度の反射率であるが、
図16のOs/HfO
2/HfN/Wフィラメントは、80%まで反射率が向上している。その結果、従来のWフィラメントでは、36.7 lm/W(加熱温度3000K)の可視光光束効率を、Os/HfO
2/HfN/Wフィラメントでは、82.8 lm/Wまで2.3倍以上向上させることができる。
【0071】
(実施形態5)
実施形態5として、可視光反射率低下膜11と基体10との間に、誘電体層を配置したフィラメントの別の例について説明する。実施形態5のフィラメントは、可視光反射率低下膜11として膜厚20nmのSiC膜を用い、誘電体層として膜厚200nmのHfO
2膜を用いる。基体10はTaで構成されている。
【0072】
実施形態5のフィラメントについて、波動光学計算により、反射率、放射スペクトル、並びに、視感度内における放射スペクトルを求めた。その結果を
図17に示す。
図17の反射率は、波長400〜700nmの可視光領域において、反射率が大きく低下し、波長1000nm以上の近赤外および赤外光領域で反射率が高い。例えば、550 nmの可視光波長では、
図17のフィラメントは、反射率が0%付近まで低下している。また、1000 nmの波長では、
図17のフィラメントは、90%に近い反射率を有している。その結果、従来のWフィラメントでは、36.7 lm/W(加熱温度3000K)の可視光光束効率を、実施形態5のフィラメントでは、124.7 lm/Wまで約3.4倍に向上させることができる。
【0073】
(実施形態6)
実施形態6として、本発明のフィラメントを用いた光源について説明する。
【0074】
図18に、本実施形態の光源として、白熱電球の断面図を示す。白熱電球は、透光性気密容器2と、透光性気密容器2の内部に配置されたフィラメント3と、フィラメント3の両端に電気的に接続されると共にフィラメント3を支持する一対のリード線4、5と、フィラメント3を支持するアンカ6とを備えて構成される。リード線4、5とアンカ6は、透光性気密容器2内に配置された絶縁性のマウント7により支持されている。マウント7の基部は、透光性気密容器2の封止部8によって支持されている。封止部8には、封止金属(金属箔)114、115とリード棒16、17が配置されている。
【0075】
リード線4、5の下端は、金属箔の封止金属114、115に溶接されている。リード棒16、17の上端は、封止金属114、115に溶接され、下端は封止部8から外部に引き出されている。封止部8は、封止金属114、115とリード線4、5の下端部とリード棒16、17の上端部を、ピンチシール溶着(ガラスを溶かして押しつぶして封止)した構造である。これにより、リード棒16、17から、フィラメント3へ外部から電流を供給することができる。封止金属114、115を封止部に配置してピンチシール封止する理由は、本フィラメントを3000K以上の高温で使用した際に、透光性気密容器2が破損(ガラスが割れる)するのを防ぐためである。即ち、透光性気密容器2の材質が低熱膨張率であるのに対し、金属リード線4、5、並びに金属リード棒16、17が一般的に高熱膨張率であるため、高温動作時には大きな熱膨張の相違が生じるが、封止金属114、115は、その厚みならびに材質により、熱膨張の相違により生じる応力を緩和する。
【0076】
フィラメント3として、本発明のフィラメントを用いる。
図18では一例として、線材形状のフィラメントを螺旋状に巻き回しているが、フィラメント形状はこの形状に限らず、棒状や板状等の所望の形状にすることができる。また、透光性気密容器2の内部は、10
−3〜10
+7Paの圧力状態となっている。
【0077】
本発明のフィラメント3は、実施形態1〜4で述べたように赤外波長領域の反射率が高く、可視光領域の反射率が低いため、赤外光の放射を抑制することができる。よって、可視光の発光効率の高い光源、すなわち、可視光へのエネルギー変換効率の高い光源を得ることができる。これにより、安価で効率のよい省エネ型照明用電球を提供することができる。
【0078】
なお、本発明のフィラメント3は、気密容器2が10
−3Pa等の高真空状態では、可視光反射率低下膜11等の昇華が生じる場合もあるが、その場合には、気密容器2にAr等の不活性ガスを10
5〜10
7Pa程度の高圧力で封入して膜の昇華を抑えるようにすればよい。また、Ar等の不活性ガスに替えて、適宜、不活性ガスに数%程度の酸素ガス、窒素ガス、ハロゲンガス、炭素系ガス、またはこれらの混合ガスを利用することによっても膜の昇華を抑え、長寿命を図ることが可能となる。
【0079】
上述の実施形態6では、本発明のフィラメントを白熱電球のフィラメントとして用いることを説明したが、白熱電球以外に用いることも可能である。例えば、ヒーター用電線、溶接加工用電線、熱電子放出電子源(X線管や電子顕微鏡等)等として採用することができる。この場合も、赤外光放射の抑制作用により、少量の入力電力で、効率よく高温にフィラメントを加熱することができるため、エネルギー効率を向上させることができる。