特許第6254368号(P6254368)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6254368内燃機関用ピストンおよびそのピン穴の加工方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6254368
(24)【登録日】2017年12月8日
(45)【発行日】2017年12月27日
(54)【発明の名称】内燃機関用ピストンおよびそのピン穴の加工方法
(51)【国際特許分類】
   F02F 3/00 20060101AFI20171218BHJP
   F16J 1/16 20060101ALI20171218BHJP
【FI】
   F02F3/00 G
   F02F3/00 J
   F02F3/00 K
   F16J1/16
【請求項の数】16
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-117273(P2013-117273)
(22)【出願日】2013年6月3日
(65)【公開番号】特開2014-234778(P2014-234778A)
(43)【公開日】2014年12月15日
【審査請求日】2016年4月28日
(73)【特許権者】
【識別番号】000101950
【氏名又は名称】マーレエンジンコンポーネンツジャパン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000154129
【氏名又は名称】株式会社不二製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100078145
【弁理士】
【氏名又は名称】松村 修
(74)【代理人】
【識別番号】100076059
【弁理士】
【氏名又は名称】逢坂 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100086564
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々木 聖孝
(72)【発明者】
【氏名】大岩 力
(72)【発明者】
【氏名】今井 明宏
(72)【発明者】
【氏名】大澤 克幸
(72)【発明者】
【氏名】石渡 正人
【審査官】 櫻田 正紀
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−103513(JP,A)
【文献】 実開平06−014620(JP,U)
【文献】 特開2001−041099(JP,A)
【文献】 特表2007−504411(JP,A)
【文献】 特開平07−188738(JP,A)
【文献】 特開2003−013800(JP,A)
【文献】 実開平07−008543(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 3/00−3/28,
F16J 1/16−1/24,7/00−10/04,
C21D 7/00−7/13
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コネクティングロッドにピストンピンを介して連結するピストンであって、前記ピストンピンを挿通するピン穴を形成したピンボスを備えるピストンにおいて、
アルミニウムシリコン合金によって鋳造し、前記ピン穴の内の少なくともこのピストン中心側の部分をピストン中心側の方が大径のテーパ穴とし、しかも前記ピン穴の内表面にディンプル加工を施して該ディンプル加工による凹部を潤滑油の油溜りとするとともに、前記ディンプル加工によって前記アルミニウムシリコン合金のピストン母材中の初晶シリコンを微細化して前記ピン穴の内表面に沿って形成された微細層を備える内燃機関用ピストン。
【請求項2】
前記ピン穴の内のこのピストン中心側の部分を中心側の方が大径のテーパ穴とするとともに、前記ピン穴のピストン外周側の部分を外周側の方が大径のテーパ穴とし、しかも前記ピン穴の中間部をストレートなピン穴とした請求項1に記載の内燃機関用ピストン。
【請求項3】
前記テーパ穴が20分以下の傾斜を有する請求項1または2に記載の内燃機関用ピストン。
【請求項4】
前記テーパ穴が複数のテーパ角度を有するテーパ穴を段階的に組合わせて成る請求項1または2に記載の内燃機関用ピストン。
【請求項5】
前記ディンプル加工が球形粒子を前記ピン穴の内表面に噴射して施される請求項1に記載の内燃機関用ピストン。
【請求項6】
前記ディンプル加工のための球形粒子の噴射によってピストン母材中の初晶シリコンであってピン穴内表面および近傍の初晶シリコンが微細化されて微細層が形成される請求項5に記載の内燃機関用ピストン。
【請求項7】
前記ピン穴の係止リング溝の近傍では、マスキングを施し球形粒子を直接当てない請求項3または4に記載の内燃機関用ピストン。
【請求項8】
コネクティングロッドにピストンピンを介して連結するピストンであって、前記ピストンピンを挿通するピン穴を形成したピンボスを備えるピストンにおいて、
アルミニウムシリコン合金によって鋳造し、前記ピン穴の内の少なくともこのピストン頂面側であってピストンピンの変形によって高い圧力を受ける中心側に前記ピストンピンを逃げるリリーフ部を形成し、しかも前記ピン穴の内表面にディンプル加工を施して該ディンプル加工による凹部を潤滑油の油溜まりとするとともに、前記ディンプル加工によって前記アルミニウムシリコン合金のピストン母材中の初晶シリコンを微細化して前記ピストン穴の内表面に沿って形成された微細層を備える内燃機関用ピストン。
【請求項9】
前記ディンプル加工が球形粒子を前記ピン穴の内表面に噴射して施される請求項8に記載の内燃機関用ピストン。
【請求項10】
前記ピン穴の係止リング溝の近傍では、前記ディンプル加工がなされない請求項8に記載の内燃機関用ピストン。
【請求項11】
コネクティングロッドにピストンピンを介して連結するピストンであって、前記ピストンピンを挿通するピン穴を形成したピンボスを備えるピストンにおいて、
アルミニウムシリコン合金によって鋳造し、前記ピン穴の内の少なくともこのピストン中心側の部分をピストン中心側の方が大径のテーパ穴になるようにテーパ加工を施すとともに、前記ピン穴の内表面にディンプル加工を施して該ディンプル加工による凹部を潤滑油の油溜まりとするとともに、前記ディンプル加工によって前記アルミニウムシリコン合金のピストン母材中の初晶シリコンを微細化して前記ピン穴の内表面に沿って微細層を形成するようにした内燃機関用ピストンのピン穴の加工方法。
【請求項12】
前記ピン穴の係止リングの溝の近傍では、直接施されたマスクによって前記ディンプル加工が行なわれないようにした請求項11に記載の内燃機関用ピストンのピン穴の加工方法。
【請求項13】
前記ピン穴よりも小さな開口を側部に有する遮蔽体を前記ピストンに被せ、前記小さな開口を通して斜めに球形粒子を噴射し、前記小さな開口によって前記ピン穴の係止リングの溝の近傍では、前記ディンプル加工が行なわれないようにした請求項11に記載の内燃機関用ピストンのピン穴の加工方法。
【請求項14】
コネクティングロッドにピストンピンを介して連結するピストンであって、前記ピストンピンを挿通するピン穴を形成したピンボスを備えるピストンにおいて、
アルミニウムシリコン合金によって鋳造し、前記ピン穴の内の少なくともこのピストンの頂面側であってピストン中心側に前記ピストンピンを逃げるリリーフ部を形成するとともに、前記ピン穴の内表面にディンプル加工を施して該ディンプル加工によってアルミニウムシリコン合金のピストン母材中の初晶シリコンを微細化して前記ピン穴の内表面に沿って微細層を形成するようにした内燃機関用ピストンのピン穴の加工方法。
【請求項15】
前記ピン穴の係止リングの溝の近傍では、直接施されたマスクによって前記ディンプル加工が行なわれないようにした請求項14に記載の内燃機関用ピストンのピン穴の加工方法。
【請求項16】
前記ピン穴よりも小さな開口を側部に有する遮蔽体を前記ピストンに被せ、前記小さな開口を通して斜めに球形粒子を噴射し、前記小さな開口によって前記ピン穴の係止リング溝の近傍では、前記ディンプル加工が行なわれないようにした請求項14に記載の内燃機関用ピストンのピン穴の加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は内燃機関用ピストンおよびそのピン穴の加工方法に係り、とくにコネクティングロッドにピストンピンを介して連結するピストンであって、ピストンピンを挿通するピン穴を形成したピンボスを備える内燃機関用ピストン、およびそのピン穴の加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関は、シリンダ内における燃焼に伴うガス膨張の圧力をピストンによって受け、ピストンピンによって連結されたコネクティングロッドを介してクランクシャフトのクランク部に伝達し、これによってピストンの直線運動をクランクシャフトの回転運動に変換して出力するようにしている。このときに、ピストンのピンボスのピン穴の内表面であって燃焼室側のピストン中心寄りの部分には、機械的に大きな負荷がかかる。とくに内燃機関の高出力化と小型化の要求によって、ピン穴の部分に大きな負荷がかかり、ピン穴亀裂リスクが増している。
【0003】
一方で、ピストンの耐熱性を改善するために、アルミニウムシリコン合金を鋳造してピストンを製作することが行なわれている。ところがアルミニウムシリコン合金は、初晶シリコンが大きく成長した鋳造組織になり易い性質を持っており、この状態で塑成加工や切削加工を施すと、初晶シリコンとアルミニウムマトリックスの境界面等で亀裂が入り、機械的性質が低下する恐れがある。とくにピストンの場合には、ピン穴の部分に亀裂を生じ易い問題がある。
【0004】
また、ピストンの小型化と高出力化とに伴って、ピストンピンを受けるピン穴の内表面の面積が筒内圧荷重に対し小さくなり、このためにピストンピンの外周面と接触するピン穴の部分の面圧が上昇し、カジリが発生し易くなる問題もある。一方、燃焼室口元応力緩和のためにピン穴のピストン外周側をテーパ状にすることが試みられているが、このような対策を行なうとピン穴テーパ形状起点の面圧がさらに上昇することになる。従ってピストンピンのピン穴に対するカジリの発生がより生じ易くなる問題がある。
【0005】
また実開昭61−53541号公報においては、燃焼圧を受けてピストンピンが変形する際、ピン穴の局部的な応力の集中を緩和するために、ピストンに形成されたピンボスのピン穴の内表面を、機関の爆発力による集中応力を平均化するためにピストン中心側に向かって多段テーパ状に形成している。このような構成によっても、同様にピン穴のストレート部分の面積が小さくなって面圧が高くなることにより、ピストンピンとピン穴との間でのカジリの発生がより顕著になる。
【0006】
ピストンのピン穴の部分を補強する別の対策は、銅−アルミニウム合金等の高強度の合金材料から成るブシュを予め別に作製しておき、ピン穴に挿入するものである。しかしこのピン穴ブシュによる補強は、ピストンの高コスト化に繋がる欠点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】実開昭61−53541号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本願発明の課題は、内燃機関の高出力化による負荷の増大および小型化に伴うピストンピン径の縮小のため、ピストンピンとピン穴間の面圧が上昇し、それにより発生する亀裂およびカジリを防止するようにした内燃機関用ピストンを提供することである。
【0009】
本願発明の別の課題は、ピストンピンとピン穴との間での油膜切れの抑制、および十分な油を確保するために潤滑がより完全に行なわれるようにした内燃機関用ピストンを提供することである。
【0010】
本願発明のさらに別の課題は、ピン穴のピストン中心側端部あるいはピストン外周側端部における応力の集中、あるいは応力の集中に伴う亀裂の発生が防止されるようにした内燃機関用ピストンを提供することである。
【0011】
本願発明のさらに別の課題は、ピストンピンとピン穴との間のカジリの発生が抑制されるようにした内燃機関用ピストンを製造が容易且つ安価に提供することである。
【0012】
本願発明の上記の課題および別の課題は、以下に述べる本願発明の技術的思想、およびその実施の形態によって明らかにされる。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本願の主要な発明は、コネクティングロッドにピストンピンを介して連結するピストンであって、前記ピストンピンを挿通するピン穴を形成したピンボスを備えるピストンにおいて、
アルミニウムシリコン合金によって鋳造し、前記ピン穴の内の少なくともこのピストン中心側の部分をピストン中心側の方が大径のテーパ穴とし、しかも前記ピン穴の内表面にディンプル加工を施して該ディンプル加工による凹部を潤滑油の油溜りとするとともに、前記ディンプル加工によって前記アルミニウムシリコン合金のピストン母材中の初晶シリコンを微細化して前記ピン穴の内表面に沿って形成された微細層を備える内燃機関用ピストンに関するものである。
【0014】
ここで、前記ピン穴の内のこのピストン中心側の部分を中心側の方が大径のテーパ穴とするとともに、前記ピン穴のピストン外周側の部分を外周側の方が大径のテーパ穴とし、しかも前記ピン穴の中間部をストレートなピン穴としてよい。また前記テーパ穴が20分以下の傾斜を有してよい。また前記テーパ穴が複数のテーパ角度を段階的に組合わせて成るようにしてよい。また前記ディンプル加工が球形粒子を前記ピン穴の内表面に噴射して施されてよい。また前記ディンプル加工のための球形粒子の噴射によってピストン母材中の初晶シリコンであってピン穴内表面近傍の初晶シリコンが微細化されて微細層が形成されてよい。また前記ピン穴の係止リング溝の近傍では、前記ディンプル加工がなされないようにしてよい。
【0015】
次に別の主要な発明は、コネクティングロッドにピストンピンを介して連結するピストンであって、前記ピストンピンを挿通するピン穴を形成したピンボスを備えるピストンにおいて、
アルミニウムシリコン合金によって鋳造し、前記ピン穴の内の少なくともこのピストン頂面側であってピストンピンの変形によって高い圧力を受ける中心側に前記ピストンピンを逃げるリリーフ部を形成し、しかも前記ピン穴の内表面にディンプル加工を施して該ディンプル加工による凹部を潤滑油の油溜まりとするとともに、前記ディンプル加工によって前記アルミニウムシリコン合金のピストン母材中の初晶シリコンを微細化して前記ピストン穴の内表面に沿って形成された微細層を備える内燃機関用ピストンに関するものである。
【0016】
ここで、前記ディンプル加工が球形粒子を前記ピン穴の内表面に噴射して施されてよい。また前記ピン穴の係止リング溝の近傍では、前記ディンプル加工がなされないようにしてよい。
【0017】
加工方法に関する主要発明は、コネクティングロッドにピストンピンを介して連結するピストンであって、前記ピストンピンを挿通するピン穴を形成したピンボスを備えるピストンにおいて、
アルミニウムシリコン合金によって鋳造し、前記ピン穴の内の少なくともこのピストン中心側の部分をピストン中心側の方が大径のテーパ穴になるようにテーパ加工を施すとともに、前記ピン穴の内表面にディンプル加工を施して該ディンプル加工による凹部を潤滑油の油溜まりとするとともに、前記ディンプル加工によって前記アルミニウムシリコン合金のピストン母材中の初晶シリコンを微細化して前記ピン穴の内表面に沿って微細層を形成するようにした内燃機関用ピストンのピン穴の加工方法に関するものである。
【0018】
ここで、前記ピン穴の係止リング溝の近傍では、直接施されたマスクによって前記ディンプル加工が行なわれないようにしてよい。また前記ピン穴よりも小さな開口を側部に有する遮蔽体を前記ピストンに被せ、前記小さな開口を通して斜めに球形粒子を噴射し、前記小さな開口によって前記ピン穴の係止リング溝の近傍では、前記ディンプル加工が行なわれないようにしてよい。
【0019】
加工方法に関する別の主要発明は、コネクティングロッドにピストンピンを介して連結するピストンであって、前記ピストンピンを挿通するピン穴を形成したピンボスを備えるピストンにおいて、
アルミニウムシリコン合金によって鋳造し、前記ピン穴の内の少なくともこのピストンの頂面側であってピストン中心側に前記ピストンピンを逃げるリリーフ部を形成するとともに、前記ピン穴の内表面にディンプル加工を施して該ディンプル加工によってアルミニウムシリコン合金のピストン母材中の初晶シリコンを微細化して前記ピン穴の内表面に沿って微細層を形成するようにした内燃機関用ピストンのピン穴の加工方法に関するものである。
【0020】
ここで、前記ピン穴の係止リング溝の近傍では、直接施されたマスクによって前記ディンプル加工が行なわれないようにしてよい。また前記ピン穴よりも小さな開口を側部に有する遮蔽体を前記ピストンに被せ、前記小さな開口を通して斜めに球形粒子を噴射し、前記小さな開口によって前記ピン穴の係止リング溝の近傍では、前記ディンプル加工が行なわれないようにしてよい。
【発明の効果】
【0021】
本願の主要な発明は、アルミニウムシリコン合金によって鋳造された内燃機関用ピストンにおいて、ピン穴の内の少なくともこのピストン中心側の部分をピストン中心側の方が大径のテーパ穴とするか、リリーフ部を形成し、しかもピン穴の内表面にディンプル加工を施して該ディンプル加工による凹部を潤滑油の油溜まりとするとともに、上記ディンプル加工によってピストン母材中の初晶シリコンを微細化してピン穴内表面を微細層によって強化したものである。
【0022】
従ってこのような構成によると、ピン穴がテーパ穴から構成されるために、燃焼圧に伴うピストンピンの変形によってピン穴の内表面に局部的な応力の集中が生ずることが解消され、ピン穴内表面の耐圧性が向上するようになる。しかもディンプル加工による凹部から成る油溜まりによって潤滑油が確実に保持されるために、ピストンピンとピン穴との間での潤滑不良を回避してカジリを抑制することが可能になる。またディンプル加工によって形成される初晶シリコンの微細化による微細層で、ピン穴の内表面が強化される。従ってとくに内燃機関の高出力化と小型化とによって、ピン穴の内表面の面積が小さくなる傾向の下において、ピストンピンとピン穴との間の良好な連結構造、とくに潤滑構造を達成することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の一実施の形態に係るピストンの外観斜視図である。
図2】同ピストンの縦断面図である。
図3】ピン穴の軸線を含む面に沿った同ピストンの縦断面図である。
図4】ピン穴の部分の拡大縦断面図である。
図5】ディンプル加工によるピン穴表面の粗さの測定点を示すピストンのピンボス部分の要部断面図とその説明図である。
図6】ピン穴の内表面の構造を示す拡大断面図である。
図7】ピン穴の表面のSEMによる撮影画像である。
図8】ディンプル加工したピン穴の断面のミクロ組織の画像である。
図9】ピン穴の強度改善の結果を示すグラフである。
図10】ピストンの耐久試験の結果を示すグラフである。
図11】ピン穴の加工を行なうためのピストンの取付け構造を示す縦断面図である。
図12】ピン穴の加工の工程を順を追って説明する工程図である。
図13】別の実施の形態の内燃機関用ピストンの縦断面図である。
図14】同ピストンのピン穴の中心軸に沿う断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下本願発明を図示の実施の形態によって説明する。
【0025】
図1図3は、第1の実施の形態のピストンの全体の構成を示すものである。このピストンは、例えばシリコンを10〜20%含有するアルミニウムシリコン合金によって鋳造されたピストンであって、直噴型ディーゼルエンジンに用いられるものである。ピストンはその上面が平坦な面になっており、この平坦な面のほぼ中央部に、燃焼室10が凹部によって形成されている。そしてこのピストンの外周面上には、上から順に3本のリング溝11、12、13が形成されている。これらのリング溝には、ピストンリングあるいはオイルリングが装着されるようになっている。またとくに図2に示すように、ピストンの内部であってリング溝11、12、13の内側で、しかも燃焼室10の斜め下方には、このピストンの内部を円周方向に貫通するように冷却用空洞14が形成されている。冷却用空洞14には下側からオイルが噴射されて循環することにより、運転時における温度上昇を抑えるようになっている。
【0026】
次にこのピストンのコネクティングロッドとの連結構造のための構成について説明する。ピストンの下側の部分には、このピストンの軸線と直交するように一対のピンボス18が形成されている。ピンボス18には、その中心部を貫通するようにピン穴20が形成されている。このピン穴20には、図3において鎖線で示すピストンピン21が挿入されるようになっている。ピストンピン21はこのピストンとコネクティングロッド22とを連結するものである。そしてピン穴20に挿入されたピストンピン21が脱落しないように、係止リング溝24が形成され、この係止リング溝24に装着される係止リングによってピストンピン21の軸線方向の移動を押さえるようにしている。
【0027】
次に上記ピストンピン21が挿入されるピン穴20の内表面の構成について図4により説明する。ピン穴20は、その軸線方向の中間の部分がストレート部26から構成されるとともに、ピストン中心側の部分がテーパ部27になっている。またピストン外周側の部分がテーパ部28から構成されている。ピストン中心側のテーパ部27は、それぞれ異なる角度を持つ3つのテーパを段階的に組合わせたテーパ部となっている。またピストン外周側のテーパ部28は、3つのテーパを段階的に組合わせた構造になっている。一般にテーパ角は、20分以内の角度であって、しかも2〜4段階の傾斜角で順次段階的に変化させ、傾斜角が0度のストレート部26と連続されるような値に設定することが好適である。
【0028】
しかもピン穴20の内表面には、図6に示すようなディンプル加工による凹部33と、ディンプル加工による初晶シリコンの微細化による微細層とが形成されている。この凹部33は、後述するマイクロピーニング処理によって形成される。また微細層34は、アルミニウムとともに合金を形成する初晶シリコンを球形粒子の噴射によって物理的に微細化してピン穴20の内表面に沿って形成されている。しかもここでは、とくに図4に示すように、ピン穴20の外周側の端部にはディンプル加工が施されないようにしている。すなわちディンプル加工時に、予めピン穴20の内表面であって外周側の部分にポリウレタン、硬質ゴム、POM樹脂等から成るマスク32を被せておき、この状態で噴射加工を行なうことによって、マスク32が被された部分以外のピン穴20の内表面にディンプル加工による凹部33が無数に形成されるようにしている。図6に示される凹部33が潤滑油の保持のための油溜まりとなり、これによってピストンピン21とピン穴20との間のより良好な潤滑を達成するようにしている。しかもマスク32によって係止リング溝24への球形粒子の噴射が回避されるために、係止リング溝24のエッジがだれることがない。
【0029】
ここでマイクロピーニング処理は、次のような条件で行なう。
【0030】
球形粒子の噴射角度:20〜60度(ピン穴20の表面に対する角度)
噴射圧力:0.20〜1.0MPa
投射物質:球形粒子(粒度分布の中心径20〜200μm)
投射時間:5〜40秒
ピン穴20表面の粗さ:Ra0.5〜5.0μm
マイクロピーニング処理において、同じサイズの球形粒子を利用して、噴射圧力を増減させたときのピン穴20の内表面の表面粗さは、表1のように変化する。なお表1の上面、下面、2つの側面の測定点は、図5に対応している。噴射圧力が高い場合には、そのディンプル加工の効果も期待できる。しかるに噴射圧力を高くすると、粗さの範囲が大きくなって、ピストンピン21との間の嵌合精度がばらつくようになる。これに対して噴射圧力が低い場合には、全面で安定した表面粗さとなるが、処理しないピン穴表面粗さと比較した場合の変化が非常に小さいために、処理効果が期待できない。ピン穴の嵌合精度を保証可能であって、しかもピン穴の内表面の全面で均一な表面粗さとなる投射材の選定と噴射圧力の調整とを適正に行なわなければならない。中心径が20〜200μmの球形粒子を用いた場合には、上記の噴射圧は、0.20〜1.0MPaの値になる。この値よりも大きいと、粗さの範囲(Ra)が大きくなってピストンピンとの嵌合精度がばらつくようになる。これに対して上記の範囲よりも小さい場合には、処理効果が現れない問題がある。
【0031】
【表1】
【0032】
図6はピストンのピン穴20の内表面に、マイクロピーニング処理を行なったときのイメージ図であってこれによってピン穴の内表面に多数の凹部33から成る油溜まりが形成され、潤滑性が改善される。また上記マイクロピーニング処理によって、このピストンの母材中の初晶シリコンが微細化されることになり微細層34が形成される。この微細層34は、物理的に形成されるものであって、その厚さは10〜50μm程度になる。図7はこのような加工が施されたピン穴の内表面のSEMによる画像を示している。また図8はこのような処理を行なったピン穴の断面のミクロ組織を示している。
【0033】
図9は、上述のようなマイクロピーニング処理と、ピン穴20の内表面のプロファイル形状との組合わせによる強度の増加を示している。ピン穴がストレートであって未処理の場合を100%としたときに、後述する第2の実施の形態のサイドリリーフ形状のピン穴によると、105%に強度が増大する。またピン穴をテーパあるいはバレルのプロファイル形状にした場合には、110%の強度となる。これに対してストレート形状にマイクロピーニング処理を施した場合には、120%の強度となる。またサイドリリーフ形状(実施の形態2)とマイクロピーニング処理との組合わせの場合には、125%の値を示す。さらにはテーパあるいはバレルのプロファイル形状のピン穴にさらにマイクロピーニング処理を施すと、130%の強度になり、強度が30%改善されることになる。このような結果から、ストレートなピン穴に処理を施すことによって、サイドリリーフやテーパ、バレル形状のプロファイルによるピン穴の補強の場合よりも強度が向上することが確認される。またテーパやバレルのプロファイルにマイクロピーニング処理を追加することによって、さらにピン穴の強度が増加し、ブシュ入りのピストンの代替となる。
【0034】
図10は、実験による耐久試験の結果を示している。この試験は4気筒のエンジンの1番目の気筒と3番目の気筒にマイクロピーニング処理を施したピストンを組込み、2番目の気筒と4番目の気筒に未処理のピストンを組込むようにしている。そしてピン穴上面とピストンピンとの接触面積を減らし、あるいはまた燃焼爆発時の発生筒内圧力を増大させる等して過酷な条件とし、ピン穴に亀裂が発生し易い状態で試験運転を行なった結果である。この結果によれば、図10から明らかな如く、マイクロピーニング処理を施すことによって亀裂発生時間が2倍以上伸びることが確認された。
【0035】
図11は、上記のような油溜まりを形成するためのマイクロピーニング処理による加工装置に対するピストンの取付けを示している。この装置はインデックステーブル36を備えている。インデックステーブル36はその円周方向に60度間隔で、6箇所にピストンの保持部が設けられている。各保持部には、取付け台37が設けられるとともに、この取付け台37の突出保持部38によってピストンを保持している。突出保持部38の上端側の形状は、コネクティングロッド22の形状とほぼ同様であって、両側のピンボス18間に突出保持部38が挿入されて取付け台37上にピストンが保持されるようになっている。そして上から逆カップ状をなす遮蔽体41を被せる。この遮蔽体41の両側には円形の開口42が形成されている。この開口42の大きさと、噴射ノズル46による噴射角度との相対的な位置関係によって、ピン穴20の内表面に対するディンプル加工の領域を設定することが可能になる。
【0036】
図12はディンプル加工のためのマイクロピーニング処理の一連の工程を示しており、上方から遮蔽体41が降りてきて取付け台37上に取付けられたピストンに対してこの遮蔽体41が被せられる。そして工程2において、噴射アーム45の先端に取付けられた噴射ノズル46が斜め30度の角度から球形状の微粒子を噴射し、これによってピストンのピン穴20の内表面に噴射加工を行なう。このときに遮蔽体41の開口42によって、ピン穴20のピストン外周側部分の加工が抑制されて係止リング溝24の部分への微粒子の噴射が阻止される。従ってマスク32を被せることなく遮蔽体41によってディンプル加工の加工領域を設定できるようになる。
【0037】
マイクロピーニング処理が終わったならば、工程3に示すように、空気だけを噴射するガンが下降し、これによってピストンのピン穴20の内表面に溜まった微粒子を吹飛ばして除去する。この後に工程4において遮蔽体41が上昇する。そして工程5において、インデックステーブル36が60度回転し、次のピストンの加工が行なわれる。
【0038】
このように本実施の形態のピストンは、そのピン穴20のピストン中心側とピストン外周側とにそれぞれテーパ部27、28を備えるとともに、係止リング溝24が形成されている外周側の近傍を除いてピン穴20の内表面にディンプル加工による凹部33が形成され油溜まりとなり、さらに初晶シリコンの微細化による微細層34が形成されている。従って局部的な応力の集中に伴うピン穴20の損傷が回避されるとともに、ピストンピン21とピン穴20との間での良好な潤滑が確保される。
【0039】
シリンダ内における燃焼爆発によって図3に示すピストンはその上面が下方に向って燃焼圧を受ける。この燃焼圧に伴う力Fがピストンピン21の両端をピンボス18を介して下方に押す。ピストンピン21の中間部はコネクティングロッド22によって支えられ、反力としてFを生ずるため、ピストンピン21はその両端側の部分が下方であって中間部分が上方になるように湾曲して変形する。このようなピストンピン21の変形に伴って、ピン穴20の中心側の部分はそのピストン上端側の部分が高い圧縮応力を受け、またピン穴20のピストン外周側の部分がその端部において大きな圧縮応力を受ける。このようなピストンピン21の受ける応力の状態は、クランクシャフトによってピストンを上昇させてシリンダ内の吸気を圧縮するときも同様である。
【0040】
本実施の形態のピストンは、とくにピン穴20のピストン中心側のテーパ部27とピストン外周側のテーパ部28とによって、上述のピストンピン21の変形に伴う応力の集中を緩和することになり、ピン穴20が形成されたピンボス18の破壊を防止する。とくにこのような破壊の防止の効果は、内燃機関が高出力化されるとともに小型化された場合に大きなメリットをもたらす。
【0041】
しかもピストンの小型化に伴うピン穴20の内表面の面積の減少と、そして内燃機関の高出力化に伴うピン穴20の内表面の面圧の増加による潤滑不良を、ディンプル加工によって形成された凹部33から成る油溜まりが保持する潤滑油によって解消するようにしている。従ってピン穴20の内表面、とくにテーパ状になっていないストレート部26の平均的な面圧が高くなってカジリが発生し易くなっても、上記ディンプル加工による油溜まりに保持された潤滑油によってカジリの発生を回避することが可能になる。従って小型で高出力の内燃機関によるピストンピン21とピン穴20との間のカジリの問題を効果的に解消することが可能になる。
【0042】
またこのようなピン穴20に対するディンプル加工による凹部33の形成は、ピン穴20の内表面に圧縮残留応力を発生させ、表面硬さも向上する。これによってピン穴20それ自体の強度が増加する利点をもたらす。さらにこのようなディンプル加工は、ピストン母材中の初晶シリコンであってピン穴20内表面近傍の初晶シリコンを微細化して、ピン穴20の内表面近傍に微細層を形成することになり、ピストンを構成するアルミニウム合金中の加工表面に露出している初晶シリコンを微細化することでピン穴22の強度向上に貢献する。従ってこのような初晶シリコンの微細化により、ピン穴20の内表面の強度の増大をもたらす。この結果ピン穴20の亀裂防止が図られるようになる。またこの亀裂防止対策は、ピン穴補強用ブシュに比較して低コストで実現できる利点がある。
【0043】
次に別の実施の形態を図13および図14によって説明する。この実施の形態は、ピストンのピン穴20のピストン中心側の部分とピストン外周側の部分とにそれぞれテーパ部27、28を形成する代わりに、ピン穴20のピストン中心側の部分にリリーフ部52を形成したものである。すなわち、ピストンピン21の変形は、とくに図3に示したように、通常の運転時においては中心部が頂面側の方に突出し、両端側が下方に変位するような湾曲した「く」の字状の変形を行なう。同時にピストンピン21が中空の場合には偏平に押潰したように変形してピン穴20に対して局部的に大きな圧力を及ぼす。従って上記のピストンピン21の変形に伴って接触するピン穴20の部分にリリーフ部52を形成することによって、ピン穴20の局部的な一部の部分が押潰されるように変形するピストンピン21に押されて圧縮応力を受けたり、ピン穴20の内表面の損傷が起こったりするのを回避する。従って上記のようなピストンピン21によって局部的な応力が加えられる部分にリリーフ部52を形成し、このリリーフ部52によって応力の緩和を図るようにしている。しかもここでは、ピン穴20の内表面の部分であって係止リング溝24の近傍を除く部分に図6に示すようなディンプル加工面を形成している。このようなディンプル加工面においては、小さな凹部33が無数に形成され、このような凹部33が油溜まりとなって潤滑剤の保持が行なわれる。また初晶シリコンの微細層34から成る補強層によってピン穴20の内表面が補強強化されている。すなわちこの実施の形態は、テーパ部27、28に代えてリリーフ部52を形成したものである。また他の構成については、上記第1の実施の形態と同様の構成になっている。また係止リング溝24の近傍において、ピン穴20の内表面にディンプル加工を施さないようにする構成についても、上記第1の実施の形態と同様であって、直接マスク32を施す(図4)か、遮蔽体41の開口42(図11)によって行なう。
【0044】
以上本願発明を図示の実施の形態によって説明したが、本願発明は上記実施の形態によって限定されることなく、本願発明の技術的思想の範囲内において各種の変更が可能である。例えば上記実施の形態におけるピン穴20の形状や、その内表面に形成されるディンプル加工による凹部33の大きさ、あるいはその数等については、用いられる内燃機関の出力等に応じて各種の変更が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本願発明は、内燃機関とくに直噴型ディーゼルエンジンにおけるシリンダの内部に組込まれるピストンとして利用することができる。
【符号の説明】
【0046】
10 燃焼室
11〜13 リング溝
14 冷却用空洞
18 ピンボス
20 ピン穴
21 ピストンピン
22 コネクティングロッド
24 係止リング溝
26 ストレート部
27 中心側テーパ部
28 外周側テーパ部
32 マスク
33 凹部(ディンプル加工面)
34 微細層
36 インデックステーブル
37 取付け台
38 突出保持部
41 遮蔽体
42 開口
45 噴射アーム
46 噴射ノズル
47 空気噴射用ノズル
52 リリーフ部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14