(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6258113
(24)【登録日】2017年12月15日
(45)【発行日】2018年1月10日
(54)【発明の名称】抗菌性チタン合金材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23F 1/26 20060101AFI20171227BHJP
A01P 3/00 20060101ALI20171227BHJP
A01N 59/16 20060101ALI20171227BHJP
A01N 59/20 20060101ALI20171227BHJP
A01N 25/08 20060101ALI20171227BHJP
A01K 75/00 20060101ALI20171227BHJP
C22C 14/00 20060101ALN20171227BHJP
【FI】
C23F1/26
A01P3/00
A01N59/16 A
A01N59/20 Z
A01N25/08
A01K75/00 B
A01K75/00 C
!C22C14/00 Z
【請求項の数】3
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-86746(P2014-86746)
(22)【出願日】2014年4月18日
(65)【公開番号】特開2015-206070(P2015-206070A)
(43)【公開日】2015年11月19日
【審査請求日】2016年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】特許業務法人梶・須原特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100146112
【弁理士】
【氏名又は名称】亀岡 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100167335
【弁理士】
【氏名又は名称】武仲 宏典
(74)【代理人】
【識別番号】100164998
【弁理士】
【氏名又は名称】坂谷 亨
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 順
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 俊樹
【審査官】
酒井 英夫
(56)【参考文献】
【文献】
特開2006−019024(JP,A)
【文献】
特開2010−121153(JP,A)
【文献】
特開平08−229107(JP,A)
【文献】
特開2000−052062(JP,A)
【文献】
特開2005−007430(JP,A)
【文献】
特開2005−021767(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23F 1/00−4/04
C23G 1/00−5/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗菌活性を有する金属元素を含有するチタン合金材を、フッ酸および硝酸を含む酸溶液に真空雰囲気又は不活性ガス雰囲気で浸漬させて、チタン合金材の表面に前記抗菌活性を有する金属元素を濃縮させた後、前記酸溶液処理されたチタン合金材を350〜800℃の温度範囲でかつ1〜120分の時間範囲で熱処理を行うことにより、前記酸溶液処理によりチタン合金材の表面に析出させた前記抗菌活性を有する金属元素をより強固にチタン合金材の表面に固着させることを特徴とする抗菌性チタン合金材の製造方法。
【請求項2】
前記抗菌活性を有する金属元素が、Ag、Cu、Niの1種または2種以上であることを特徴とする請求項1記載の抗菌性チタン合金材の製造方法。
【請求項3】
前記酸溶液に含まれるフッ酸と硝酸の質量比が、フッ酸濃度/硝酸濃度で0.002〜5であることを特徴とする請求項1または2記載の抗菌性チタン合金材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海洋で用いられる船舶、熱交換器、海洋構造物などの部品材料、或いは医療用材料などの、抗菌性に加えて、耐生物付着性或いは耐食性などが必要な部品の材料として好適に用いることができる抗菌性チタン合金材の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海洋で用いられる船舶、熱交換器、海洋構造物などは、長期間の使用により、その表面にフジツボ、イソギンチャク、カキやイガイ等の貝類など、様々な海洋生物が付着して美観を害することがあり、また、それが原因となって該当設備の特性が劣化してしまうことすらあり、従来から大きな問題となっていた。
【0003】
また、これら海洋で用いられる船舶、熱交換器、海洋構造物などは、海水に対する耐食性を備えていることが必須であり、それら部品材料として耐食性を有するチタン材が用いられることが多かった。しかしながら、チタン材の表面には、前記したような海洋生物が付着することがあり、海洋生物が付着しにくい対策が講じられることが求められている。
【0004】
一方、医療用材料の分野においても、人間の体液に対する耐食性の観点からチタン材が用いられることが多い。医療目的に用いられるインプラントや手術器具などには事前に滅菌処理がなされるが、手術中に外気に触れるため、細菌などとの接触の可能性もあり、その部品材料自体に抗菌性が求められている。
【0005】
そのような背景もあり、チタン材に、抗菌性、耐生物付着性、耐食性などを付与するための提案が、近年多々なされている。特許文献1に記載された提案は、船舶、海洋構造物、および海洋設備等の海洋装置の部品材料に用いられるチタン等に、海洋生物が付着することを防止しようとした提案で、チタン等の表面にメッキ等の方法で銀または銀合金の被覆層を形成している。また、特許文献2に記載された提案は、歯科用材料として用いられるチタン合金に関する提案で、合金元素として銀を20〜30質量%添加した抗菌性チタン合金が提案されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載された提案は、チタン材の表面に銀または銀合金でなる被覆層を形成するための工程数が多く煩雑であるため、生産性が悪く、その結果、生産コストも高くなってしまうという改善すべき課題が残る提案である。また、特許文献2に記載された提案は、合金材料として高価な銀を20〜30質量%と大量に含有させる必要があり、材料コストが非常に高くなってしまうという課題が残る提案である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2902396号公報
【特許文献2】特開2010−121153号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記従来の問題を解決せんとしてなされたもので、材料コストを低く抑えつつ、生産コストもあまりかけずに簡易な方法で、高い抗菌性を有するチタン合金材を製造することができる抗菌性チタン合金材の製造方法を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の抗菌性チタン合金材の製造方法は、抗菌活性を有する金属元素を含有するチタン合金材を、フッ酸および硝酸を含む酸溶液に浸漬させて、チタン合金材の表面に前記抗菌活性を有する金属元素を濃縮させることを特徴とする。
【0010】
また、前記抗菌活性を有する金属元素が、Ag、Cu、Niの1種または2種以上であることが好ましい。
【0011】
また、前記酸溶液に含まれるフッ酸と硝酸の質量比が、フッ酸濃度/硝酸濃度で0.002〜5であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の抗菌性チタン合金材の製造方法によると、チタン合金材の表面に抗菌活性を有する金属元素を濃縮させるだけで抗菌性チタン合金材を製造することができるため、抗菌活性を有する金属元素の含有量を極力低く抑えることが可能で、材料コストの低減を図ることができると共に、フッ酸および硝酸を含む酸溶液に浸漬させるという極めて簡易な方法で、抗菌性チタン合金材を製造することができるため生産コストも抑制することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
従来からの抗菌性チタン合金材は、抗菌活性を有するAgなどの高価な金属元素を多量に含有する材料コストに嵩む抗菌性チタン合金材であるか、或いは煩雑な工程を経て表面に被覆層を形成した生産コストに嵩む抗菌性チタン合金材であったため、本発明者らは、材料コスト、生産コストともに廉価な抗菌性チタン合金材を開発するために鋭意検討を行った。
【0014】
その結果、チタン合金材中に含まれる抗菌活性を有する金属元素の濃度が低い場合でも、そのチタン合金材をフッ酸および硝酸を含む酸溶液に浸漬させて処理することにより、チタン合金材の母材であるチタンを選択的に溶解させることで、表面の抗菌活性を有する金属元素の濃度を高めることができ、表面に被覆層を形成させる場合と同等に、材料自体の抗菌活性を向上できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
以下、本発明を実施形態に基づいて更に詳細に説明する。
【0016】
(抗菌性を有する金属元素)
抗菌性を有する金属元素としては、例えば、Ag、Cu、Ni、Zn、Pb、Zrなどを挙げることができるが、その効果の度合いや安全性という観点から、Ag、Cu、Niを、抗菌性を有する金属元素として選択することが好ましい。
【0017】
(チタン合金材)
前記した抗菌性を有する金属元素を含有するチタン合金材は、例えば、純チタンと比較的少量の抗菌活性を有するAg、Cu、Niなどの金属元素を、溶解、鋳造して鋳塊とし、熱間圧延した後、更に冷間圧延して薄板材に加工したり、鋳塊より鋳造加工して所望の形状に加工したりするという従来から公知の方法を用いて製造することができる。
【0018】
チタン合金材中に含まれる抗菌活性を有する金属元素は、後述する酸溶液への浸漬処理において、母材であるチタンが選択的に腐食されて溶出される結果、材料表面に析出、濃縮する。すなわち、チタン合金材表面の抗菌活性を有する金属元素の濃度を高めることができる。また、チタン合金材中に含まれる抗菌活性を有する金属元素の含有量がたとえ微量であっても、酸溶液によるチタンの溶出量を増やすことによって、材料表面に濃縮する抗菌活性を有する金属元素量を確保することができ、材料としての抗菌活性を高めることができる。
【0019】
しかし、チタン合金材中に含まれる抗菌活性を有する金属元素の含有量が極微量で少なすぎると、酸溶液による浸漬処理の際に溶出させるチタンの量が多くなり、歩留まりが低下すると共に、その処理に多大な時間を要することとなり好ましくない。一方、抗菌活性を有する金属元素の含有量が多すぎる場合、特にその金属元素がAgのような高価な元素である場合は著しいコスト高となって好ましくない。また、加工性が低下するため、部材を作製する上での歩留まりの低下が懸念される。
【0020】
本発明では、抗菌性チタン合金材を製造する前のチタン合金材中に含まれる抗菌活性を有する金属元素の含有量は特に規定しないが、以上説明したような観点から、前記チタン合金材中に含まれる抗菌活性を有する金属元素の含有量は、合計で0.01〜2.0質量%の範囲とすることが好ましい。より好ましい下限は0.03質量%、更に好ましい下限は0.05質量%であって、より好ましい上限は1.5質量%、更に好ましい上限は1.0質量%である。
【0021】
(酸溶液処理)
チタン合金材の表面に抗菌活性を有する金属元素を濃縮させる処理は、チタン合金材を、フッ酸および硝酸を含む酸溶液に浸漬させて行う。
【0022】
フッ酸は、チタン合金材から母材であるチタンを効率的に溶出させることに有用であるが、フッ酸のみでは、チタンの溶解のみが進行してしまうことになり、析出した抗菌活性を有する金属元素がチタン合金材表面より脱落して濃縮されない。
【0023】
酸溶液中にフッ酸と共に硝酸が存在すると、チタンの溶解と共に再不働態化が平行して進行し、析出した抗菌活性を有する金属元素がチタン合金材表面より脱落することなく、効率的に抗菌活性を有する金属元素のチタン合金材表面に濃縮する。
【0024】
抗菌活性を有する金属元素をチタン合金材表面に更に効率的に濃縮させるためには、酸溶液中のフッ酸濃度を0.05〜2.0質量%の範囲、硝酸濃度を0.1〜20質量%の範囲とすることが好ましく、酸溶液に含まれるフッ酸と硝酸の質量比は、フッ酸濃度/硝酸濃度で0.002〜5とすることが好ましい。チタン合金材の表面に抗菌活性を有する金属元素が濃縮した状態は、チタン合金材最表面に抗菌活性を有する金属元素の析出物が島状または層状に形成される状態、または抗菌活性を有する金属元素とチタンの混合層が形成される状態など、幾つかの状態があり、層状となる場合の厚さはおよそ10〜1000nmである。
【0025】
フッ酸濃度/硝酸濃度が0.002より小さい場合は、チタン合金材からのチタンの溶出が殆ど発生しないため、抗菌活性を有する金属元素のチタン合金材表面への濃縮が殆ど起こらない。一方、フッ酸濃度/硝酸濃度が5より大きい場合は、チタンの溶出のみが進行してしまい、析出した抗菌活性を有する金属元素が脱落する恐れがある。フッ酸濃度/硝酸濃度のより好ましい下限は0.01、更に好ましい下限は0.05であり、より好ましい上限は4、更に好ましい上限は3である。
【0026】
酸溶液での処理温度や処理時間はチタン合金材に含有される添加元素の種類や含有量に応じて調整することが好ましく、その適正範囲を一概に規定することはできないが、処理温度は10〜80℃の範囲、処理時間は1〜80時間の範囲の中で適宜調整することが推奨できる。
【0027】
(その他の製造工程)
尚、前記した酸溶液処理の後工程として、水洗工程、乾燥工程が付随した工程として存在しても良い。
【0028】
また、酸溶液処理によりチタン合金材の表面に析出させた抗菌活性を有する金属元素をより強固にチタン合金材の表面に固着させるためには、酸溶液処理を真空雰囲気や不活性ガス雰囲気で行うことが推奨される。その際の熱処理温度は350〜800℃の範囲とすることが好ましい。熱処理時間は低温側では比較的長めに、高温側では比較的短めに設定することが好ましく、目安としては1〜120分の範囲とするのが良い。
【実施例】
【0029】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0030】
(試験体の作製)
本発明の要件を満足する抗菌活性を有する金属元素を含有するチタン合金材として、Agを0.1質量%含有するTi−Ag合金材と、Cuを0.2質量%含有するTi−Cu合金材を作製した。それぞれの合金材を圧延して厚さ1.0mmの板材を作製し、その板材より50×50mmの試験片(試験体)を切り出した。
【0031】
また、比較のために、JIS1種の純チタンを圧延して厚さ1.0mmの板材を作製し、その板材より50×50mmの試験片(試験体)を切り出した。
【0032】
(酸溶液による処理)
フッ酸および硝酸を含む酸溶液として、0.25質量%フッ酸−1.5質量%硝酸酸溶液を作製し、純チタンで成る試験体、Ti−Ag合金で成る試験体、Ti−Cu合金で成る試験体を、それぞれ酸溶液に浸漬して酸溶液による処理を行った。その際、酸溶液の温度は30℃に保持し、30分間浸漬後、試験体を取り出し、水洗、乾燥を施した。尚、Ti−Ag合金で成る試験体と、Ti−Cu合金で成る試験体については、この酸溶液による処理を施さない試験体も準備した。
【0033】
(合金元素の濃縮状態の確認)
酸溶液による処理を施した試験体の合金元素(抗菌活性を有する金属元素)の濃縮状態の確認は、走査型電子顕微鏡/エネルギー分散型X線分析(SEM/EDX)装置を用いて行い、加速電圧を15kVとしてチタンと合金元素(AgまたはCu)の組成(原子%)を測定し、酸溶液処理前後で合金元素の組成(原子%)を比較し、「酸処理後の合金元素組成(原子%)/酸処理前の合金元素組成(原子%)」から合金元素の濃縮倍率を算出した。
【0034】
(抗菌活性の評価)
全ての試験体に対する抗菌活性の評価は、JIS Z 2801の抗菌試験(フィルム密着法)方法に従い、大腸菌を菌液として用いることにより行った。
【0035】
まず、各試験体に対し、オートクレーブ処理(121℃、20分)による滅菌処理を施した後、各試験体の表面に前記した菌液を滴下し、その上から40×40mmのポリエチレンフィルムで試験体を被覆して35℃で保温した。24時間の培養後に各試験体を別のシャーレに入れ、培地10mlを加えて生菌の洗い出しを行い、この洗い出し液を適宜希釈して評価液とし、評価液1mlと標準寒天培地(15〜20ml)とを混合して滅菌済シャーレに広げ、35℃で48時間培養した。培養後に発生したコロニー数を測定し、下式にて生菌数を計算し、下記する対照試料上の生菌数との増減値差より抗菌活性の評価を行った。
N=C×D×V/A
N:生菌数(試験片1cm
2あたり)
C:コロニー数(シャーレのコロニー数)
D:希釈倍率(使用した評価液の希釈倍率)
A:被覆フィルムの表面積(cm
2)
【0036】
尚、対照試料は50×50mmのポリエチレンフィルムとし、その対照試料の表面上に、各試験体と同様に菌液を滴下し、その上から対照試料を40×40mmのポリエチレンフィルムで被覆して35℃で保温し、24時間の培養後に前記した方法と同じ方法で生菌数を求めた。
【0037】
前記した対照試料の24時間培養後の生菌数(c)と各試験体の24時間培養後の生菌数(a)を用い、下記式より抗菌活性値を求め、2.0以上の試験体を抗菌性があると評価した。
抗菌活性値=log(c/a)
【0038】
表1に、各試験体(No.1〜5)の詳細構成と、前記試験で得られた合金元素の濃縮倍率、並びに抗菌活性値を示す。
【0039】
【表1】
【0040】
抗菌活性を有する金属元素を含有しない純チタン材で成る試験体No.1は、フッ酸および硝酸を含む酸溶液による酸処理を行っても抗菌活性を示さなかった。また、AgまたはCuを含有するチタン合金材でなる試験体であっても、酸溶液処理を行わない試験体No.2,4は、合金元素が濃縮していないため抗菌活性を示さなかった。
【0041】
一方、AgまたはCuを含有するチタン合金材に対し、酸溶液処理を施して表面にAgまたはCuを濃縮させた試験体No.3,5は、抗菌活性値が2.0以上の3.4と3.8となり、明らかに抗菌活性を有することが確認できた。