特許第6258139号(P6258139)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6258139
(24)【登録日】2017年12月15日
(45)【発行日】2018年1月10日
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
   B22F 7/00 20060101AFI20171227BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20171227BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20171227BHJP
   C22C 1/08 20060101ALI20171227BHJP
   F16C 33/12 20060101ALI20171227BHJP
   C22C 19/03 20060101ALI20171227BHJP
   B22F 7/04 20060101ALN20171227BHJP
【FI】
   B22F7/00 B
   C22C38/00 304
   C22C33/02 A
   C22C33/02 101
   C22C1/08 F
   F16C33/12 B
   C22C19/03 Z
   !B22F7/04 A
   !B22F7/04 H
【請求項の数】7
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2014-140087(P2014-140087)
(22)【出願日】2014年7月7日
(65)【公開番号】特開2016-17195(P2016-17195A)
(43)【公開日】2016年2月1日
【審査請求日】2016年10月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100084227
【弁理士】
【氏名又は名称】今崎 一司
(74)【代理人】
【識別番号】100174182
【弁理士】
【氏名又は名称】古田 広人
(72)【発明者】
【氏名】岩田 英樹
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 康志
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−303914(JP,A)
【文献】 欧州特許出願公開第02765319(EP,A1)
【文献】 特開平10−088203(JP,A)
【文献】 特開平01−225749(JP,A)
【文献】 米国特許第02291734(US,A)
【文献】 特開昭56−156702(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00− 8/00
F16C 33/00
C22C 1/08
C22C 19/00
C22C 33/00
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
裏金層と摺動層とからなり、前記摺動層は、前記裏金層の表面に形成された多孔質焼結層と該多孔質焼結層の空孔部及び表面に含浸被覆された樹脂組成物とからなる摺動部材において、
前記多孔質焼結層は、断面視において前記裏金層の表面に複数個積層された粒状の鋼相と、前記粒状の鋼相どうし及び前記粒状の鋼相と前記裏金層とをつなぐバインダとして機能するNi−P合金相と、からなり、
前記粒状の鋼相は、炭素の含有量が0.8〜1.3質量%の炭素鋼であるとともに、組織がフェライト相と、パーライト相とセメンタイト相との混合相と、からなり、
前記断面視において複数個積層された粒状の鋼相のうち、前記多孔質焼結層の摺動面側に配置された摺動面側鋼相粒群では、前記粒状の鋼相の組織中の前記フェライト相の平均面積率が10%以下である一方、前記多孔質焼結層の前記裏金層との界面側に配置された界面側鋼相粒群では、前記粒状の鋼相の組織中の前記フェライト相の平均面積率が20%以上であることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記粒状の鋼相の平均粒径は、45〜180μmであることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記粒状の鋼相の表面には、前記Ni−P合金相のNi成分が拡散していることを特徴とする請求項1又は請求項2記載の摺動部材。
【請求項4】
前記界面側鋼相粒群では、前記粒状の鋼相の表面における前記フェライト相の面積率が50%以上であるものが、前記粒状の鋼相の全体に対する体積割合で50%以上であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項5】
前記Ni−P合金相の組成は、9〜13質量%のPと残部Niおよび不可避不純物からなることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項6】
前記Ni−P合金相の組成は、9〜13質量%のP、及び選択成分として1〜4質量%のB、1〜12質量%のSi、1〜12質量%のCr、1〜3質量%のFe、0.5〜5質量%のSn、0.5〜5質量%のCuから選択される1種以上を含有し、残部Niおよび不可避不純物からなることを特徴とする請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項7】
前記多孔質焼結層における前記Ni−P合金相の割合は、前記多孔質焼結層の100質量部に対して前記Ni−P合金相が5〜30質量部であることを特徴とする請求項1乃至請求項6のいずれかに記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性及び耐摩耗性が高く、且つ、摺動層の樹脂組成物と多孔質焼結層との接合が強い摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、燃料噴射ポンプ用の摺動部材には、5〜25%程度の気孔率を有する焼結銅系材料が用いられている。この摺動部材は、摺動部材の内部に存在する気孔を介して、液体燃料を円筒形状の摺動部材の外周面側から内周面(摺動面)側に供給することにより、内周面(摺動面)に液体燃料の流体潤滑膜を形成し、高速回転する軸を支承するようになっている。このような焼結銅系材料は、燃料中に含まれる有機酸、硫黄成分による銅合金の腐食が起こり、この銅系腐食生成物が燃料に混入する問題がある。このため、耐食性を高めるためにNi、Al、Znを含有させた焼結銅系摺動材料が提案されている(例えば、特許文献1〜3参照)。
【0003】
また、従来、鋼裏金の表面に銅めっき層を介して銅合金からなる多孔質焼結層を設け、更に、多孔質焼結層の空孔部および表面に樹脂組成物を含浸被覆した複層の摺動材料からなる摺動部材が用いられている(例えば、特許文献4、5参照)。そして、このような複層摺動材料を燃料噴射ポンプ用の摺動部材に適用したものが提案されている(例えば、特許文献6参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−180162号公報
【特許文献2】特開2013−217493号公報
【特許文献3】特開2013−237898号公報
【特許文献4】特開2002−61653号公報
【特許文献5】特開2001−355634号公報
【特許文献6】特開2013−83304号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、特許文献1〜3の焼結銅系摺動材料は、Ni、Al、Znを含有させて耐食性を高めてはいるが、燃料中に含まれる有機酸、硫黄成分による銅合金の腐食を完全には防止できない。また、特許文献1〜3の焼結銅系摺動材料は、摺動部材の内部全体に気孔を形成するために強度が低く、特に特許文献6に示すようなコモンレール方式の燃料噴射ポンプ等に用いられる摺動部材としては負荷能力が不十分である。
【0006】
一方、特許文献4〜6の複層摺動材料では、鋼裏金の構成を有するので強度は高いが、銅合金からなる多孔質焼結層は、燃料あるいは潤滑油中に含まれる有機酸や硫黄成分で銅合金の腐食が起こる。また、特許文献4〜6の複層摺動材料では、摺動部材として使用中に、多孔質焼結層の表面に被覆した樹脂組成物が摩耗し、摺動面となる表面に銅合金からなる多孔質焼結層が露出する場合や、使用前に、予め複層摺動材料の表面に切削加工を施して、摺動面となる表面に銅合金からなる多孔質焼結層を露出させた状態とした後に摺動部材として使用する場合がある。しかしながら、特許文献4〜6の複層摺動材料は、銅合金からなる多孔質焼結層の強度が十分ではないため、良好な耐摩耗性を有さない。さらに、特許文献4〜6のような銅めっき層を鋼裏金の表面に設けることなく、単に炭素鋼の粉末を鋼裏金の表面に散布し焼結して多孔質焼結層を形成し、該多孔質焼結層に樹脂組成物を含浸、被覆した摺動材料は、摺動層の樹脂組成物と多孔質焼結層との界面での接合が弱くなることが判明した。
【0007】
本発明は、上記した事情に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、耐食性及び耐摩耗性が高く、且つ、摺動層の樹脂組成物と多孔質焼結層との接合が強い摺動部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記した目的を達成するために、請求項1に係る発明においては、裏金層と摺動層とからなり、前記摺動層は、前記裏金層の表面に形成された多孔質焼結層と該多孔質焼結層の空孔部及び表面に含浸被覆された樹脂組成物とからなる摺動部材において、前記多孔質焼結層は、断面視において前記裏金層の表面に複数個積層された粒状の鋼相と、前記粒状の鋼相どうし及び前記粒状の鋼相と前記裏金層とをつなぐバインダとして機能するNi−P合金相と、からなり、前記粒状の鋼相は、炭素の含有量が0.8〜1.3質量%の炭素鋼であるとともに、組織がフェライト相と、パーライト相とセメンタイト相との混合相と、からなり、前記断面視において複数個積層された粒状の鋼相のうち、前記多孔質焼結層の摺動面側に配置された摺動面側鋼相粒群では、前記粒状の鋼相の組織中の前記フェライト相の平均面積率が10%以下である一方、前記多孔質焼結層の前記裏金層との界面側に配置された界面側鋼相粒群では、前記粒状の鋼相の組織中の前記フェライト相の平均面積率が20%以上であることを特徴とする。
【0009】
請求項2に係る発明においては、請求項1記載の摺動部材において、前記粒状の鋼相の平均粒径は、45〜180μmであることを特徴とする。
【0010】
請求項3に係る発明においては、請求項1又は請求項2記載の摺動部材において、前記粒状の鋼相の表面には、前記Ni−P合金相のNi成分が拡散していることを特徴とする。
【0011】
請求項4に係る発明においては、請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の摺動部材において、前記界面側鋼相粒群では、前記粒状の鋼相の表面における前記フェライト相の面積率が50%以上であるものが、前記粒状の鋼相の全体に対する体積割合で50%以上であることを特徴とする。
【0012】
請求項5に係る発明においては、請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動部材において、前記Ni−P合金相の組成は、9〜13質量%のPと残部Niおよび不可避不純物からなることを特徴とする。
【0013】
請求項6に係る発明においては、請求項1乃至請求項4のいずれかに記載の摺動部材において、前記Ni−P合金相の組成は、9〜13質量%のP、及び選択成分として1〜4質量%のB、1〜12質量%のSi、1〜12質量%のCr、1〜3質量%のFe、0.5〜5質量%のSn、0.5〜5質量%のCuから選択される1種以上を含有し、残部Niおよび不可避不純物からなることを特徴とする。
【0014】
請求項7に係る発明においては、請求項1乃至請求項6のいずれかに記載の摺動部材において、前記多孔質焼結層における前記Ni−P合金相の割合は、前記多孔質焼結層の100質量部に対して前記Ni−P合金相が5〜30質量部であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
請求項1に係る発明においては、摺動層を構成する多孔質焼結層は、断面視において裏金層の表面に複数個積層された粒状の鋼相と、粒状の鋼相どうし及び粒状の鋼相と裏金層とをつなぐバインダとして機能するNi−P合金相と、からなり、有機酸や硫黄成分に対する耐食性が高い。また、鋼相は、炭素の含有量が0.8〜1.3質量%の炭素鋼であるとともに、組織がフェライト相と、パーライト相とセメンタイト相の混合相と、からなるが、炭素の含有量が0.8質量%未満の炭素鋼を用いる場合には、多孔質焼結層の強度が低く、摺動部材の耐摩耗性が不十分となる。一方、炭素の含有量が1.3質量%を超える炭素鋼を用いる場合には、後述する界面側鋼相粒群の鋼相の組織中のフェライト相の平均面積率が20%未満になりやすい。
【0016】
また、断面視において複数個積層された粒状の鋼相のうち、多孔質焼結層の摺動面側に配置された摺動面側鋼相粒群では、粒状の鋼相の組織中のフェライト相の平均面積率が10%以下であることで、多孔質焼結層の耐摩耗性が高くなる。詳しくは、摺動部材が使用され、多孔質焼結層の表面に被覆した樹脂組成物が摩耗した場合には、摺動面に摺動面側鋼相粒群の粒状の鋼相が露出するようになるが、摺動面側鋼相粒群の粒状の鋼相は、組織中のフェライト相の平均面積率が10%以下であり、硬い鋼相であることから、摺動層の耐摩耗性が高くなる。なお、摺動面側鋼相粒群の粒状の鋼相の組織中のフェライト相の平均面積率が10%を超えると、摺動層の耐摩耗性を高める効果が低下する。一方、多孔質焼結層の裏金層との界面側に配置された界面側鋼相粒群では、粒状の鋼相の組織中のフェライト相の平均面積率が20%以上であることで、摺動層の樹脂組成物と界面側鋼相粒群の鋼相との界面での熱膨張量の差が小さく、その界面でのせん断が起き難くなり、摺動層の樹脂組成物と粒状の鋼相との接合を強くすることができ、同時に、Ni−P合金相と界面側鋼相粒群の鋼相との界面でのせん断が起き難くなり、多孔質焼結層の強度を高めることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】裏金層の表面に摺動層を形成した摺動部材の断面を示す模式図である。
図2】摺動面側鋼相粒群の粒状の鋼相の組織を示す拡大図である。
図3】界面側鋼相粒群の粒状の鋼相の組織を示す拡大図である。
図4】別実施形態の界面側鋼相粒群の粒状の鋼相の組織を示す拡大図である。
図5】別実施形態の摺動層を形成した摺動部材の断面を示す模式図である。
図6】裏金層の表面に粉末散布した状態の断面を示す模式図である。
図7】従来の摺動部材を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本実施形態に係る摺動部材1について、図1乃至図3を参照して説明する。図1は、裏金層2の表面にNi−P合金相7と粒状の鋼相6とからなる多孔質焼結層4と樹脂組成物5とからなる摺動層3を形成した摺動部材1の断面を示す模式図である。図2は、摺動面側鋼相粒群6UGの粒状の鋼相6Uの組織を示す拡大図である。図3は、界面側鋼相粒群6LGの粒状の鋼相6Lの組織を示す拡大図である。
【0019】
図1に示すように、摺動部材1は、裏金層2と摺動層3とからなり、摺動層3は、裏金層2上に形成された多孔質焼結層4と該多孔質焼結層の空孔部および表面に含浸被覆された樹脂組成物5とからなる。また、多孔質焼結層4は、粒状の鋼相6とNi−P合金相7とからなる。この粒状の鋼相6は、摺動部材1の摺動面に対して垂直方向の断面視において、裏金層2の表面に複数個(図1では2個)積層されている。また、Ni−P合金相7は、鋼相6の粒どうし、あるいは、鋼相6の粒と裏金層2の表面とをつなぐバインダとして機能し、鋼相6の粒どうし、あるいは、鋼相6の粒と裏金層2の表面とは、Ni−P合金相7を介して接合している。なお、鋼相6の粒どうし、あるいは、鋼相6の粒と裏金層2の表面とは、直接、接触、あるいは、焼結により接合している部分が形成されていてもよい。また、鋼相6の粒は、表面の一部がNi−P合金相7により覆われていない部分が形成されているが、鋼相6の粒の表面の全てがNi−P合金相7により覆われていてもよい。ただし、多孔質焼結層4の摺動面側に配置された鋼相6Uは、粒の表面のうち摺動面側の表面がNi−P合金相7により覆われないようにすることが好ましい。また、多孔質焼結層4は、樹脂組成物5を含浸させるための空孔を有し、その空孔率は10〜60%である。より好ましくは、空孔率は20〜40%である。
【0020】
粒状の鋼相6の組成は、炭素成分を0.8質量%〜1.3質量%含有する炭素鋼であり、一般市販されるアトマイズ法による粒状の過共析鋼を用いることができる。このような炭素鋼を用いることで、有機酸や硫黄成分に対する耐食性は、従来の銅合金を用いるよりも優れている。なお、粒状の鋼相6の組成は、前記炭素成分を含有し、さらに、1.3質量%以下のSi、1.3質量%以下のMn、0.05質量%以下のP、0.05質量%以下のSのいずれか1種以上を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成であってもよい。また、鋼相6の組織は、フェライト相9と、パーライト相とセメンタイト相との混合相10と、からなるが、微細な析出物(走査電子顕微鏡を用い1000倍で組織観察を行っても検出できない析出物相)を含むことは許容される。また、粒状の鋼相6は、その表面(Ni−P合金相7との界面となる表面)に、Ni−P合金相7の成分との反応相が形成されていてもよい。そして、このような粒状の鋼相6とNi−P合金相7とから多孔質焼結層4が構成されていることで、有機酸や硫黄成分に対する耐食性に優れている。
【0021】
また、粒状の鋼相6の組織は、フェライト相9と、パーライト相とセメンタイト相との混合相10と、からなるが、摺動部材1の断面視において裏金層2上に複数個積層された鋼相6のうち、多孔質焼結層4の摺動面側に配置された摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uは、組織中のフェライト相9の平均面積率が10%以下となっており、一方、多孔質焼結層4の裏金層2との界面側に配置された界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lは、組織中のフェライト相9の平均面積率が20%以上となっている。なお、摺動部材1の摺動面に対して垂直方向の断面視において、多孔質焼結層4の表面側(摺動部材1の摺動面側の多孔質焼結層4の表面であって、図1において上側)に配置された複数の鋼相6のうち、鋼相6の粒の表面が、最も上側に位置している鋼相6の粒の表面(摺動面に最も近い表面の頂部)を基準点Pとし、この基準点Pを通り摺動面に対して平行な仮想線(図1の破線で示す線)を多孔質焼結層4の表面Fとする。上記した摺動面側鋼相粒群6UGは、多孔質焼結層4の粒状の鋼相6のうち、多孔質焼結層の表面Fから裏金層2の界面側に向かって鋼相6の粒の平均粒径の値の半分に相当する深さD1の範囲内に鋼相6の断面の少なくとも一部が含まれる鋼相6Uの集まりである。また、界面側鋼相粒群6LGは、多孔質焼結層4の粒状の鋼相6のうち、摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uより裏金層2との界面側に配置された鋼相6Lの集まりであって、摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uを除く鋼相6Lの集まりである。
【0022】
なお、多孔質焼結層4における粒状の鋼相6は、平均粒径が45〜180μmであればよい。このような平均粒径の鋼相6を用いることで、多孔質焼結層4には、樹脂組成物5を含浸させるために好適な空孔が形成される。鋼相6の平均粒径が45μm未満であると、多孔質焼結層4に形成される各空孔部のサイズが小さくなり、樹脂組成物5を含浸させ難くなる。一方、鋼相6の平均粒径が180μmを超えると、界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lの組織中のフェライト相9の割合が少なくなる場合がある。
【0023】
Ni−P合金相7の組成は、9〜13質量%のPと残部Niおよび不可避不純物からなる。このNi−P合金相7の組成は、Ni−P合金の融点が低くなる組成範囲である。なお、Ni−P合金相7の組成は、10〜12質量%のPと残部Niおよび不可避不純物からなることがより望ましい。裏金層2上に多孔質焼結層4を焼結するときの昇温過程では、後述するが、多孔質焼結層4のNi−P合金相7成分の全てを液相化させて、Ni成分を鋼相6の表面に拡散させる。このNi成分の鋼相6の表面への拡散は、鋼相6の組織中のフェライト相9の形成に関係している。また、Ni−P合金相7の組成において、Pの含有量が9質量%未満、あるいは13質量%を超えると、Ni−P合金の融点が高くなる。これにより、焼結時、Ni−P合金の液相の発生量が減少し、Ni成分が鋼相6の表面に拡散し難くなり、鋼相6の組織中にフェライト相9が形成され難くなる。
【0024】
なお、Ni−P合金相7は、前記組成に、さらに、選択成分として1〜4質量%のB、1〜12質量%のSi、1〜12質量%のCr、1〜3質量%のFe、0.5〜5質量%のSn、0.5〜5質量%のCuから選択される1種以上を含有させて、Ni−P合金相7の強度を調整してもよい。このように、Ni−P合金相7は、これらの選択成分を含有しても、鋼相6の組織中のフェライト相9の形成には影響しない。なお、選択成分の中でCu成分をNi−P合金相7に含有させる場合、Ni−P合金相7の耐食性に影響を及ぼさないようにするため、その含有量は5質量%以下にする必要がある。また、これら選択成分を含有するNi−P合金相7は、Ni素地部が必須成分であるP及び選択成分であるB、Si、Cr、Fe、Sn、Cuを固溶した形態の組織が好ましいが、Ni素地部が含有成分による2次相(析出物、晶出物)を含んだ形態の組織であってもよい。
【0025】
多孔質焼結層4におけるNi−P合金相7の割合は、多孔質焼結層4の100質量部に対してNi−P合金相7が5〜30質量部であり、より好ましくは、10〜20質量部である。このNi−P合金相7の割合は、鋼相6の粒どうし、あるいは、鋼相6の粒と裏金層2の表面とを結びつけるバインダとなる形態の多孔質焼結層4を形成するために好適な範囲である。Ni−P合金相7の割合が5質量部未満であると、多孔質焼結層4の強度や、多孔質焼結層4と裏金層2との接合が不十分となる。一方、Ni−P合金相7の割合が30質量部を超えると、焼結時、空孔となるべき部分がNi−P合金の液相で充填されてしまうので、多孔質焼結層4の空孔率が小さくなりすぎるようになり、また、摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uの組織中のフェライト相9の割合が多くなってしまう。
【0026】
樹脂組成物5は、多孔質焼結層4の空孔部および表面に含浸被覆される。図2及び図3に示すように、樹脂組成物5は、多孔質焼結層4の粒状の鋼相6の表面、あるいは、Ni−P合金相7の表面と接している。樹脂組成物5としては、一般的な摺動用の樹脂組成物を用いることができる。具体的には、フッ素樹脂、ポリエーテルエーテルケトン、 ポリアミド、ポリイミド、ポリアミドイミド、ポリベンゾイミダゾール、エポキシ、フェノール、ポリアセタール、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリオレフィン、ポリフェニレンサルファイドのいずれか一種以上の樹脂に、さらに、固体潤滑剤としてグラファイト、グラフェン、フッ化黒鉛、二硫化モリブデン、フッ素樹脂、ポリエチレン、ポリオレフィン、窒化ホウ素、二硫化錫のいずれか一種以上を含む樹脂組成物を用いることができる。また、樹脂組成物5には、さらに充填剤として、粒状、あるいは、繊維状の金属、金属化合物、セラミック、無機化合物、有機化合物のいずれか一種以上を含有させることができる。なお、樹脂組成物5を構成する樹脂、固体潤滑剤、充填剤は、ここで例示したものに限定されない。
【0027】
図2に示すように、摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uの組織は、フェライト相9と、パーライト相とセメンタイト相との混合相10と、からなり、摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uは、組織中のフェライト相9の平均面積率が10%以下となっている。また、図2に示すように、摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uは、粒の表面のうち摺動面側の表面がNi−P合金相7により覆われていないが、該摺動面側の表面付近では、組織中のフェライト相9が特に少なくなっている。一方、鋼相6Uは、粒の表面のうち裏金層2側の表面がバインダであるNi−P合金相7と接するが、裏金層2側の表面付近では、組織中のフェライト相9が多くなっている。
【0028】
図3に示すように、界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lの組織は、フェライト相9と、パーライト相とセメンタイト相の混合相10と、からなり、界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lは、組織中のフェライト相9の平均面積率が20%以上となっている。鋼相6Lにおけるフェライト相9は、炭素成分の含有量が最大で0.02質量%と少なく、純鉄に近い組成の相である。一方、鋼相6Lにおけるパーライト相とセメンタイト相との混合相10は、フェライト相と鉄炭化物であるセメンタイト相(FeC)とが薄い板状に交互に並んで形成されるラメラ組織の相であるパーライト相と、鉄炭化物であるセメンタイト相と、が混在した相である。また、パーライト相とセメンタイト相との混合相10は、フェライト相9よりも炭素成分の量が多く、フェライト相9よりも硬い相である。そして、図3に示すように、樹脂組成物5あるいはNi−P合金相7との界面となる鋼相6Lの表面付近の組織中には、鋼相6Lの粒の中心部における組織中よりも多くのフェライト相9が形成されている。なお、本発明におけるフェライト相9は、前記したパーライト相を構成するフェライト相を含まない。また、パーライト相とセメンタイト相との混合相10は、ベイナイト相、ソルバイト相、トールースタイト相、マルテンサイト相を含んでいてもよい。
【0029】
なお、図2に示す摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uの組織、及び図3に示す界面鋼相粒群6LGの鋼相6Lの組織は、一例であり、図2図3に示す組織には限定されない。鋼相6U及び鋼相6Lは、粒の表面の全体がNi−P合金相7により覆われた形態でもよく、また、組織中にフェライト相9が均一に分布した形態であってもよい。
【0030】
本実施形態では、電子顕微鏡を用いて摺動部材1の厚さ方向に対して平行方向に切断された複数個所(例えば、3箇所)の断面組織を倍率500倍で電子像を撮影し、その画像を一般的な画像解析手法(解析ソフト:Image−Pro Plus(Version4.5);(株)プラネトロン製)を用いて、まず、段落0021で説明した摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uと界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lとの区分けを行う。次に、同手法を用い、摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uの組織中のフェライト相9の平均面積率、および、界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lの組織中のフェライト相9の平均面積率を測定する。
【0031】
また、多孔質焼結層4の鋼相6には、Ni−P合金相7のNi成分が拡散していることで、摺動層3の樹脂組成物5あるいはNi−P合金相7との接合を強くすることができる。多孔質焼結層4のNi−P合金相7から鋼相6に拡散したNi成分は極微量であるが、EPMA(エレクトロンプローブマイクロアナライザー)測定により確認される。また、鋼相6の組織中のNi成分は、鋼相6の表面付近のフェライト相9に固溶された形態で存在しており、樹脂組成物5あるいはNi−P合金相7との界面となる鋼相6の表面から内部へ向かって次第にNi成分の濃度が減少していることが確認できる。なお、鋼相6の組織中には、NiP(金属間化合物)の相が形成されていない。
【0032】
図4は、別実施形態の界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lの組織を示す拡大図である。この鋼相6Lは、図3に示した鋼相6Lよりも、粒の表面付近でフェライト相9が特に多く形成されている。界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lは、図4に示すように、粒の表面でのフェライト相9の面積率が50%以上であるものが、界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lの全体に対する体積割合で50%以上になっていることで、さらに、摺動層3の樹脂組成物5あるいはNi−P合金相7との接合を強くすることができる。
【0033】
なお、鋼相6Lの粒の表面におけるフェライト相9の面積率は、直接、測定はできないが、電子顕微鏡を用いて摺動部材1の厚さ方向に対して平行方向に切断された複数個所(例えば、3箇所)の断面組織を倍率500倍で電子像を撮影し、その画像を一般的な画像解析手法(解析ソフト:Image−Pro Plus(Version4.5);(株)プラネトロン製)を用いて、画像中の各鋼相6Lの輪郭線の全長に対するフェライト相9による輪郭線の長さの割合(鋼相6Lの外周である輪郭線のうちフェライト相9に相当する部分の長さの割合)を測定することにより確認できる。次に、画像中の界面側鋼相粒群6LGの全鋼相6Lの面積の和(A1)と、粒の表面におけるフェライト相9の面積率が50%以上であった鋼相6Lの面積の和(A2)を測定し、その比(A2/A1)を算出することで、界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lの全体積に対して粒の表面でのフェライト相9の面積率が50%以上であった鋼相6Lの体積割合(体積率)を確認することができる。
【0034】
図5は、別実施形態の多孔質焼結層4を形成した摺動部材1の断面を示す模式図である。この多孔質焼結層4では、図5に示すように、摺動部材1の摺動面に対して垂直方向の断面視において、粒状の鋼相6が、裏金層2の表面に3個積層されており、図1に示した多孔質焼結層4よりも多くの粒状の鋼相6が、裏金層2の表面に積層されている。なお、粒状の鋼相6は、裏金層2の表面に4個以上積層されてもよい。
【0035】
次に、従来の摺動部材11における摺動層13の樹脂組成物15と多孔質焼結層14との接合について、図7を参照して説明する。図7は、従来の裏金層12上に組織がパーライト相とセメンタイト相とからなる炭素鋼(過共析鋼)粉末を焼結し、多孔質焼結層14を形成した摺動部材11を示す模式図である。焼結後の多孔質焼結層14の組織は、パーライト相とセメンタイト相とからなる。
【0036】
摺動層13の樹脂組成物15との界面となる多孔質焼結層14の表面(炭素鋼の表面)は、パーライト相とセメンタイト相からなるので、摺動層13の樹脂組成物15との接合が弱い。図7に示すように、そのような多孔質焼結層14を摺動部材11として用いた場合、局部的に摺動層13の樹脂組成物15と多孔質焼結層14との界面でせん断が起こる場合がある。これは、摺動部材11が使用される温度が上昇すると、多孔質焼結層14よりも摺動層13の樹脂組成物15の熱膨張量が大きいので、摺動層13の樹脂組成物15と多孔質焼結層14との界面でせん断応力が発生するためである。
【0037】
具体的には、多孔質焼結層14におけるセメンタイト相およびパーライト相の熱膨張係数は、摺動部材11の樹脂組成物15の熱膨張係数よりも小さい。このため、摺動部材11の温度が上昇したとき、摺動層13の樹脂組成物15と多孔質焼結層14との熱膨張量の差によるせん断力で、摺動層13の樹脂組成物15と多孔質焼結層14との界面でせん断が起こり易い。これに対し、本実施形態では、摺動層3の樹脂組成物5との界面となる多孔質焼結層4の鋼相6は、図7に示した従来の摺動部材11と同じく、組織がパーライト相とセメンタイト相とからなる炭素鋼(過共析鋼)粉末を用いるが、焼結後の多孔質焼結層4の鋼相6の組織は、フェライト相9と、パーライト相とセメンタイト相との混合相10と、からなる。この鋼相6は、Ni−P合金相7をバインダとし裏金層2の表面に複数個積層されているが、多孔質焼結層4の裏金層2との界面側に配置された界面側鋼相粒群6LGでは、粒状の鋼相6Lの組織中のフェライト相9の平均面積率が20%以上となっていることで、摺動層3の樹脂組成物5と界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lの界面での熱膨張量の差が小さく、その界面でのせん断が起き難くなり、摺動層3の樹脂組成物5と粒状の鋼相6Lとの接合を強くすることができる。また、Ni−P合金相7と界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lとの接合が強くなり、多孔質焼結層4の強度を高めることができる。
【0038】
なお、段落0028に記載したが、セメンタイト相は鉄炭化物(FeC)であり、パーライト相は、このセメンタイトを含むために、熱膨張係数が小さいが、フェライト相9は、炭素成分の含有量が最大で0.02質量%と少なく純鉄に近い組成の相であり、セメンタイト相やパーライト相に比べて熱膨張係数が大きく、摺動層3の樹脂組成物5との熱膨張係数の差が小さい。このため、摺動層3の樹脂組成物5との界面となる鋼相6Lの粒の表面に露出するフェライト相9の部分は、鋼相6Lの粒の表面と樹脂組成物5との界面での熱膨張量の差により発生するせん断力が低くなるので接合が強くなる。また、鋼相6Lのフェライト相9は、パーライト相とセメンタイト相との混合相10と比べてNi−P合金相7との接合が強いため、多孔質焼結層4の強度が高くなる。
【0039】
一方、多孔質焼結層4の摺動面側に配置された摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uは、組織中のフェライト相9の平均面積率が10%以下となっている。摺動部材1が使用され、多孔質焼結層4の表面に被覆した樹脂組成物5が摩耗すると、多孔質焼結層4の摺動面側に配置された摺動面側鋼相粒群6UGの粒状の鋼相6Uが露出するようになるが、鋼相6Uは、組織中のフェライト相9の平均面積率が10%以下になっていることで十分な硬さを有することから、摺動部材1の摺動層3の耐摩耗性が高くなる。なお、界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lは、組織中のフェライト相9の平均面積率が20%以上であるため、摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uに比べて硬さが低くなるが、摺動面に露出することはなく、摺動層3の耐摩耗性には影響しない。
【0040】
次に、本実施形態に係る摺動部材1の作製方法について説明する。まず、炭素成分を0.8〜1.3質量%含有する炭素鋼のアトマイズ粉末とNi−P合金のアトマイズ粉末との混合粉を準備する。この混合粉の準備時には、多孔質焼結層4のNi−P合金相7となる成分を、Ni−P合金の粉末の形態で含ませる必要がある。また、Ni−P合金相7に、B、Si、Cr、Fe、Sn、Cu等の選択成分を含有させる場合には、それら選択成分を含んだNi−P合金のアトマイズ粉末と炭素鋼のアトマイズ粉末との混合粉を準備する必要がある。また、Ni−P合金の粉末は、炭素鋼の粉末(鋼相6)の平均粒径に対して10〜30%の平均粒径であるものを用いる必要がある。なお、混合粉におけるNi−P合金の粉末の割合は、混合粉の100質量部に対してNi−P合金の粉末を5〜30質量部とすることが好ましい。
【0041】
そして、室温で、準備した混合粉を裏金上に散布し、粉末散布層を形成する。図6には、粉末散布層の焼結前の状態を示す。図6に示すように、粉末散布層中では、炭素鋼の粉末6p(鋼相6)は、裏金層2の表面に複数個(図6では2個)積層されている。Ni−P合金の粉末7pは、炭素鋼の粉末6p(鋼相6)の平均粒径に対して10〜30%の平均粒径であるものを用いると、炭素鋼の粉末6p(鋼相6)どうしの間の隙間や炭素鋼の粉末6p(鋼相6)と裏金層2の表面の間の隙間に多く存在するようになり、多孔質焼結層4の表面となる粉末散布層の表面付近では、粉末散布層の内部に比べてNi―P合金の粉末7pが少なくなる。これは、混合粉を裏金層2の表面に散布している際に、粉末散布層の表面付近に散布されたNi−P合金の粉末7pが、重力や散布時の振動の影響を受けて炭素鋼の粉末6p(鋼相6)どうしの間の隙間を通り、裏金層2の表面との界面側へ向かって流動しやいように、炭素鋼の粉末6pの平均粒径とNi−P合金の粉末7pの平均粒径とを選択しているからである。
【0042】
次に、粉末散布層を加圧することなく焼結炉を用いて、930〜1000℃の還元雰囲気中で焼結する。なお、裏金層2は、従来から一般的な炭素鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、フェライト系ステンレス鋼、Ni合金等の板や条を用いることができるが、これらに限定されないで他の組成の金属の裏金を用いてもよい。焼結時において、昇温途中の880℃になると、9〜13質量%のPと残部Niの組成からなるNi−P合金の粒が溶融を始める。その液相は、炭素鋼(鋼相6)の粒どうしや、炭素鋼(鋼相6)の粒と裏金層2の表面との間で流動し、裏金層2の表面上に多孔質焼結層4の形成が開始される。9〜13質量%のPと残部Ni の組成からなるNi−P合金の粒は、950℃で完全に液相となる。なお、Pの含有量範囲を少なくした10〜12質量%のPと残部Niの組成からなるNi−P合金の粒は、930℃で完全に液相となる。
【0043】
焼結温度は、Ni−P合金の粒が、完全に溶融する温度以上に設定されている。また、Ni−P合金の組成は、後述するが、炭素鋼(鋼相6)の組織が完全オーステナイト相となる温度(A3変態点)以上で、完全に溶融する組成になされている。
【0044】
炭素成分を0.8〜1.3質量%含有する炭素鋼の焼結前の組織は、パーライト相とセメンタイト相との混合相10とからなる組織であるが、焼結時の昇温過程で727℃(A1変態点)になると、これら組織は、オーステナイト相への変態を始め、900℃では完全にオーステナイト相からなる組織となる。このオーステナイト相は、パーライト相やセメンタイト相よりもFe原子間の隙間(距離)が大きくなるので、多孔質焼結層4におけるNi−P合金相7のNi原子が、この隙間に侵入する拡散が起こり易い状態となる。上記したように、Ni−P合金の組成は、鋼相6の組織が完全オーステナイト相となる温度(A3変態点)以上で、完全に溶融する組成になされており、焼結温度は、Ni−P合金の粒が、完全に溶融する温度以上に設定されている。これは、液相状態のNi−P合金相7中のNi原子は、固相状態のNi−P合金相7中のNi原子よりも、鋼相6の表面におけるオーステナイト相中への拡散が起こり易いからである。
【0045】
なお、Ni原子の拡散は、鋼相6とNi−P合金相7との接触部のみで起こるのではなく、Ni原子は、この接触部から鋼相6とNi−P合金相7とが直接、接触しない部分である鋼相6の表面(摺動層3の樹脂組成物5と接することになる鋼相6の表面)へも拡散する。
【0046】
焼結時、Ni−P合金が完全に液相状態となり、且つ、鋼相6が完全オーステナイト組織の状態となることが組み合わさって、鋼相6の表面にNi原子が拡散する。このNi原子は、オーステナイト相に固溶される結果、オーステナイト相のFe原子間の隙間に固溶されていた炭素原子が、鋼相6の内部側(粒の中心部側)へ追い出されるように拡散する。なお、液相状態にあったNi原子は、鋼相6の表面におけるオーステナイト相へ拡散し、固溶されるのと同時に固相となるので、Ni原子が鋼相6の極表面付近にしか拡散しない。
【0047】
焼結後の冷却過程で727℃(A1変態点)以下になると、オーステナイト相であったが鋼相6の組織は、フェライト相9と、パーライト相とセメンタイト相の混合相10とからなる組織となる。鋼相6の組織中にフェライト相が現れるのは、前記したように鋼相6の組織がオーステナイト相であったときに、Ni原子が拡散して炭素原子の濃度が低くなった部位が鋼相6のオーステナイト相組織中に部分的に形成され、この炭素原子の濃度が低くなった部位のオーステナイト相が、冷却過程で727℃(A1変態点)以下になると、フェライト相とパーライト相に変態したと考える。以上の機構により、鋼相6は、炭素成分の含有量が0.8質量%〜1.3質量%である過共析鋼(通常は、パーライト相とセメンタイト相とからなる組織)を用いるが、焼結後の組織は、フェライト相9と、パーライト相とセメンタイト相との混合相10と、からなる組織となる。
【0048】
また、図6に示すように、焼結前の粉末散布層の表面側では、焼結後にNi−P合金相7となるNi−P合金の粉末7pの割合を少なくすることで、焼結中に、炭素鋼の粉末6p(鋼相6)に対するNi−P合金中のNi原子の拡散が、粉末散布層の表面側に積層された炭素鋼の粉末6p(鋼相6U)に対しては起き難くなり、粉末散布層の裏金層3との界面側に積層された炭素鋼の粉末6p(鋼相6L)に対しては起きやすくなっている。このため、焼結後の多孔質焼結層4では、断面視において複数個積層された鋼相6のうち、多孔質焼結層4の摺動面側に配置された摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uは、組織中のフェライト相9の平均面積率が10%以下と少なくなるのに対し、多孔質焼結層4の裏金層2との界面側に配置された界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lは、組織中のフェライト相9の平均面積率が20%以上と多くなっている。
【0049】
また、多孔質焼結層4の摺動面側に配置された摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uは、多孔質焼結層4の裏金層2との界面側に配置された界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lに比べて拡散するNi原子の量が少ないが、特に、鋼相6Uの粒の表面のうち摺動面側の表面には、Ni原子が拡散しないか、僅かに拡散する程度である。また、多孔質焼結層4の摺動面側に配置された鋼相6Uは、粒の表面のうち摺動面側の表面がNi−P合金相7により覆われないようにすることで、多孔質焼結層4の摺動面側の表面を、粒状の鋼相6Uの表面によって形成することができる。
【0050】
また、界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lとして、粒の表面でのフェライト相9の面積率が50%以上であるものが、界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lの全体に対する体積割合で50%以上とする場合には、段落0040に記載した混合粉の準備にて、炭素鋼の粉末(鋼相6)として、本発明範囲の中では炭素成分が少ない炭素鋼(例えば、炭素の含有量が0.8質量%〜1.1質量%である炭素鋼の粉末)を用いたり、多孔質焼結層4におけるNi−P合金相7の割合を25〜30%質量部と多くしたり、あるいは、段落0042に記載した焼結温度や加熱時間等の調整によって、鋼相6Lの粒の表面へのNi原子が拡散する量が多くなるようにすれば、焼結後の鋼相6Lの組織中のフェライト相9の平均面積率を高くすることができる。
【0051】
上記のように裏金層2の表面上に多孔質焼結層4が形成された部材には、予め準備された樹脂組成物5(有機溶剤にて希釈してもよい)が、多孔質焼結層4の空孔部を充填し、多孔質焼結層4の表面を被覆するように含浸される。そして、この部材は、樹脂組成物5の乾燥、焼成のための加熱が施され、裏金層2の表面上に多孔質焼結層4と樹脂組成物5とからなる摺動層3が形成される。なお、樹脂組成物5としては、段落0026に記載した樹脂組成物を用いることができる。また、本発明の摺動部材1は、予め、摺動面に切削加工や研削加工等を施して、摺動面に多孔質焼結層4の摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uを露出させることもできる。、
【0052】
なお、本実施形態の鋼相6には、アトマイズ法によって製造された粒状の炭素鋼の粉末を素材として用いることが望ましい。炭素鋼のアトマイズ粉末は、結晶組織に歪(原子空孔)が導入されている。この歪は、炭素鋼の結晶組織で本来、Fe原子が存在すべき部位にFe原子が存在しない原子レベルの隙間が形成されている欠陥部である。焼結時の昇温過程で鋼相6(炭素鋼)における結晶の歪は、徐々に鋼相6の表面側へ移動して消滅するが、この歪と置き換わるようにNi―P合金相7のNi原子が、鋼相6の表面側の結晶中で歪があった部位へ拡散するようになる。一方、塊状の鋳鋼を機械粉砕した粉砕粉を用いた場合、粉砕粉は、アトマイズ粉末よりも結晶の歪が非常に少ないので、鋼相6の表面へのNi原子の拡散が起こり難い。
【0053】
また、本実施形態では、上記のように炭素鋼のアトマイズ粉末とNi−P合金のアトマイズ粉末との混合粉を用いたが、鋼相とNi―P合金相との成分を予め合金化したFe−Ni−P−C系合金のアトマイズ粉を用いた場合、多孔質焼結層はFe−Ni合金相の素地に、遊離セメンタイト相(FeC)やFe−P化合物相(FeP,FeP)やNi―P化合物相(NiP)が混在した組織となり、多孔質焼結層の強度が低くなる。また、Ni粉末とFe−P−C系合金粉末との混合粉を用いた場合、焼結時には、粉末組成のNi成分の一部が液相化するのみで、液相の発生量が少なく、鋼相の表面へのNi原子の拡散が殆ど起こらない。このため、鋼相の組織中にフェライト相形成されない。また、この液相はNiPを主体とするので、焼結後のNi相と鋼相との界面にNiP相(金属間化合物)が介在するように形成される。このNiP相は、硬質であるが脆く、多孔質焼結層の強度が低くなる。
【0054】
また、本実施形態における多孔質焼結層4のNi−P合金相7の組成としてB、Si、Cr、Fe、Sn、Cu等の選択成分を含有させる場合、前述したように、これら選択成分を含むNi−P合金のアトマイズ粉末と炭素鋼のアトマイズ粉末との混合粉を準備し、裏金上で焼結する。この実施形態とは異なり、混合粉にB、Si、Cr、Fe、Sn、Cu等の選択成分の単独の粉末、あるいは、これら選択成分どうしの合金の粉末の形態で含有させる場合、焼結後の多孔質焼結層4の粒状の鋼相6どうし、あるいは、鋼相6と裏金とを接合するバインダ部は、Ni−P合金相と、選択成分からなる相と、Ni−P合金相と選択成分の相との間に形成される反応相と、によって構成されるようになり、多孔質焼結層の強度が低くなる。特に、Sn成分は、前記混合粉に純Sn粉末、あるいは、Sn基合金の形態で含ませることは避けるべきである。純Sn、Sn基合金は融点が低く、焼結時の昇温過程における極初期の232℃程度で液相となるが、液相となったSn原子と鋼相の表面のFe原子とが反応し、Ni−P合金相と鋼相との界面にFeSn相やFeSn相(金属間化合物)が介在するように形成され、鋼相の組織中にフェライト相が形成されなくなる。さらに、このFeSn相やFeSn相は、硬質であるが脆く、Ni−P合金相と鋼相との接合が非常に弱くなる。
【0055】
また、本実施形態では、多孔質焼結層4における摺動面側鋼相粒群6UGの鋼相6Uと界面側鋼相粒群6LGの鋼相6Lとは、同じ組成の炭素鋼(過共析鋼)粉末を用いながらも、組織中のフェライト相9の割合を異なるようにしているので、摺動部材1を安価に製造することができる。これに対し、予め、炭素成分の含有量が異なり、組織中のフェライト相の割合が異なる2種類の組成の炭素鋼(亜共析鋼)粉末を、別々に、裏金層上に散布した場合には、多孔質焼結層の厚さの寸法精度が悪くなり、また、散布の工程の増加によって摺動部材が高価となる。
【符号の説明】
【0056】
1 摺動部材
2 裏金層
3 摺動層
4 多孔質焼結層
5 樹脂組成物
6 鋼相
6U 鋼相(摺動面側鋼相粒群の鋼相)
6L 鋼相(界面側鋼相粒群の鋼相)
6UG 摺動面側鋼相粒群
6LG 界面側鋼相粒群
7 Ni−P合金相
9 フェライト相
10 パーライト相とセメンタイト相との混合相
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7