(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
先行する第1の電極と、当該第1の電極から溶接進行方向とは反対方向に離れて配置される第2の電極とを用いて、平板と立板とを突き合わせた継ぎ目に対する隅肉溶接を行うタンデムアーク溶接方法であって、
前記第1の電極と前記第2の電極との間に予め定められた極間距離を設け、
前記第2の電極を、前記平板上で前記溶接進行方向に対して垂直な方向へ、前記立板との距離が前記第1の電極と当該立板との距離よりも長くなるようにずらして配置し、
前記第1の電極と前記平板とのなす第1の角度を、前記第2の電極と当該平板とのなす第2の角度よりも小さくして、
前記平板と前記立板とを突き合わせた前記継ぎ目を自然開先として、前記第1の電極の狙い位置を、当該継ぎ目における当該立板の端部のうち、当該平板と接していない側の端部直下に配置し、前記第2の電極の狙い位置を、当該第1の電極の狙い位置よりも1mm以上10mm以下の距離をずらして配置すること
を特徴とするタンデムアーク溶接方法。
先行する第1の電極と、当該第1の電極から溶接進行方向とは反対方向に離れて配置される第2の電極とを用いて、平板と立板とを突き合わせた継ぎ目に対する隅肉溶接を行うタンデムアーク溶接装置であって、
前記第1の電極と前記第2の電極との間に予め定められた極間距離を設けるとともに、当該第2の電極は、前記平板上で前記溶接進行方向に対して垂直な方向へ、前記立板との距離が当該第1の電極と当該立板との距離よりも長くなるようにずらして配置され、当該第1の電極と当該平板とのなす第1の角度は、当該第2の電極と当該平板とのなす第2の角度よりも小さくなるように設けられ、
前記平板と前記立板とを突き合わせた前記継ぎ目を自然開先として、前記第1の電極の狙い位置は、当該継ぎ目における当該立板の端部のうち、当該平板と接していない側の端部直下に配置され、前記第2の電極の狙い位置は、当該第1の電極の狙い位置よりも1mm以上10mm以下の距離をずらして配置されること
を特徴とするタンデムアーク溶接装置。
先行する第1の電極と、当該第1の電極から溶接進行方向とは反対方向に離れて配置される第2の電極とを用いて、平板と立板とを突き合わせた継ぎ目に対する隅肉溶接を行うタンデムアーク溶接システムであって、
前記第1の電極と前記第2の電極との間を予め定められた距離に保持する距離保持手段と、
前記第2の電極を、前記平板上で前記溶接進行方向に対して垂直な方向へ、前記立板との距離が前記第1の電極と当該立板との距離よりも長くなるようにずらして配置する配置手段と、
前記第1の電極と前記平板とのなす第1の角度を、前記第2の電極と当該平板とのなす第2の角度よりも小さくなるように保持する角度保持手段とを備え、
前記平板と前記立板とを突き合わせた前記継ぎ目を自然開先として、前記第1の電極の狙い位置は、当該継ぎ目における当該立板の端部のうち、当該平板と接していない側の端部直下に配置され、前記第2の電極の狙い位置は、当該第1の電極の狙い位置よりも1mm以上10mm以下の距離をずらして配置されること
を特徴とするタンデムアーク溶接システム。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
<システム構成>
まず、本実施の形態に係るタンデムアーク溶接システム1について説明する。
図1は、本実施の形態に係るタンデムアーク溶接システム1の概略構成の一例を示す図である。ここで、タンデムアーク溶接とは、2つの独立した電極(先行極および後行極)を配置し、先行極と後行極との間を予め定められた間隔に保ちながら、それぞれ独立した溶接条件にて制御し溶接する溶接方法である。
【0016】
図1に示すように、本実施の形態に係るタンデムアーク溶接システム1は、溶接ロボット10と、ロボットコントローラ20と、溶接電源30a、溶接電源30bと、送給装置40a、送給装置40bとを備えている。そして、タンデムアーク溶接システム1は、先行極13および後行極14により、平板と立板とを突き合わせた継ぎ目部分に対して隅肉溶接を行う。ここで、隅肉溶接の対象となる平板としては、例えばデッキプレートが用いられ、隅肉溶接の対象となる立板としては、例えばUトラフが用いられる。また、本実施の形態では、第1の電極の一例として、先行極13を用いている。また、第2の電極の一例として、後行極14を用いている。
【0017】
溶接ロボット10は、電極からアークを出し、その熱で溶接の対象である母材を溶接する。ここで、溶接ロボット10は、電極を保持する溶接トーチとして、溶接トーチ11および溶接トーチ12という2つの溶接トーチを有している。そして、溶接ロボット10は、溶接トーチ11および溶接トーチ12を上下左右に移動または回転させて、溶接を行う。
【0018】
また、溶接トーチ11および溶接トーチ12はそれぞれ、その先端に電極を保持している。ここで、溶接トーチ11が保持する電極であり、溶接進行方向の前方に配置されて先行する電極を先行極13とする。また、溶接トーチ12が保持する電極であり、先行極13から溶接進行方向とは反対方向に予め定められた距離を設けて配置される電極を後行極14とする。先行極13および後行極14は、消耗電極として作用する溶接材料(以降溶接ワイヤと称する)を、コンタクトチップと呼ばれる円筒形の導体の先端から一定の突出し長さ(例えば、15〜30mm)で突き出したものとする。
【0019】
さらに、溶接トーチ11および溶接トーチ12は、シールドガスを噴出する機構を備えたものであっても良い。シールドガスは、主に溶融金属やアーク等を大気から保護するためのものであり、例えば、100%CO
2、100Ar、ArにCO
2を混合させたもの等を用いればよい。特に、100%CO
2を用いた場合には溶け込み効果が大きく好ましい。また、シールドガス不良を防止する観点から、ガス流量の上限は40リットル/min、下限は15リットル/minであることが好ましい。
【0020】
ロボットコントローラ20は、溶接ロボット10の動作を制御する。ここで、ロボットコントローラ20は、予め溶接ロボット10の動作パターン、溶接開始位置、溶接終了位置、溶接条件等を定めたティーチングデータを保持し、溶接ロボット10に対してこれらを指示して溶接ロボット10の動作を制御する。また、ロボットコントローラ20は、溶接作業中、溶接トーチをウィービングさせた時の突出し長さの変化(電流の変化)を検出し、溶接トーチ11および溶接トーチ12の位置を制御する。本実施の形態において、距離保持手段、配置手段、角度保持手段の一例として、ロボットコントローラ20を用いている。
【0021】
溶接電源30a、溶接電源30bは、電極に電力を供給する。ここで、溶接電源30aが先行極13に電力を供給し、溶接電源30bが後行極14に電力を供給することで、先行極13および後行極14にてアークが発生する。
【0022】
送給装置40a、送給装置40bは、溶接作業の進行に合わせて溶接トーチ11および溶接トーチ12に溶接ワイヤを送る。ここで、送給装置40aは、先行極13を保持する溶接トーチ11に対して溶接ワイヤを送り、送給装置40bは、後行極14を保持する溶接トーチ12に対して溶接ワイヤを送る。
【0023】
そして、一般的なタンデムアーク溶接では、電極を傾ける角度(以下、トーチ角度と称する)は2つの電極で同じであるが、本実施の形態では、2つの電極のトーチ角度を異ならせ、後行極14を先行極13よりも立てるように配置するものとする。
また、後行極14は、先行極13に続いて先行極13の溶接箇所と同じ箇所を溶接するのではなく、先行極13の溶接箇所からずれた位置で溶接を行うものとする。付言すると、後行極14の狙い位置は、後行極14と立板との距離が先行極13と立板との距離よりも長くなるように、平板上で溶接進行方向に対して垂直な方向へ先行極13の狙い位置から一定距離ずらして設定される。
【0024】
<トーチ角度および狙い位置>
次に、トーチ角度および各電極の狙い位置について詳細に説明する。
図2は、先行極13および後行極14のトーチ角度、狙い位置の一例を説明するための図である。
図2に示すように、本実施の形態では、平板21に対して立板22が設けられ、両部材の継ぎ目に対して隅肉溶接が行われる。ここで、溶接は、紙面に垂直な方向に進行するものとする。また、平板21と立板22とはθ1の角度をなすように重ねられており、θ1は90度よりも小さく、通常、両部材の継ぎ目には自然開先の隙間が発生する。
【0025】
そして、図示のように、先行極13と平板21とのなす角度(トーチ角度)をθ2、後行極14と平板21とのなす角度(トーチ角度)をθ3とすると、先行極13および後行極14は、θ3の方がθ2よりも大きくなるように(即ち、θ2の方がθ3よりも小さくなるように)配置される。本実施の形態では、第1の角度の一例として、トーチ角度θ2を用いている。また、第2の角度の一例として、トーチ角度θ3を用いている。
【0026】
一般的なタンデムアーク溶接では、溶着量を増やして作業時間を短縮する目的で2つの電極を用いるため、先行極13および後行極14のトーチ角度を同じ大きさにして配置される。このように先行極13および後行極14のトーチ角度を同じにし、後行極14のトーチ姿勢を先行極13に合わせた状態で、
図2のような母材に対する隅肉溶接を行った場合には、平板21におけるビードのなじみが悪くなる。ビードとは、1回のパスによって作られた溶融金属であり、パスとは、各種の溶接継手に沿って行う一回の溶接操作である。即ち、母材にビードの端部が溶着せずに、単に重なっただけの状態になるオーバーラップや、ビードが蛇行するビード蛇行等のビード外観不良が発生し易くなる。
【0027】
そこで、本実施の形態に係るタンデムアーク溶接システム1では、先行極13は溶け込みを確保する役割を有し、後行極14は良好なビード外観を確保する役割を有するものとして、後行極14を先行極13よりも立てた状態で隅肉溶接を行う。即ち、
図2に示すように、後行極14のトーチ角度θ3を先行極13のトーチ角度θ2よりも大きくすることにより、先行極13により確保した溶接ワイヤの溶け込みを維持しながら、ビードのなじみが悪くなるのを抑制してビード外観も維持されることとなる。
【0028】
ここで、本実施の形態では、先行極13のトーチ角度の上限は50度、下限は10度とすることが好ましい。また、後行極14のトーチ角度の上限は70度、下限は35度とすることが好ましい。そして、後行極14のトーチ角度の方が先行極13のトーチ角度よりも大きくなるように、両者の差について、上限は60度、下限は10度とすることが好ましい。
先行極13のトーチ角度が10〜50度の範囲内であれば、溶け込みを十分に確保でき、溶接中に飛散するスパッタも低減される。また、後行極14のトーチ角度が35〜70度の範囲内であれば、ビード形状がより良好になり、スパッタも低減される。さらに、ビード形状を良好に保つには、先行極13のトーチ角度と後行極14のトーチ角度との差が10〜60度の範囲内であれば良い。
【0029】
次に、先行極13の狙い位置は、
図2に示すように、開先における立板22の端部のうち、平板21と接していない側の端部を溶接可能な位置(例えば、端部直下)にあることが好ましい。
また、後行極14の狙い位置は、平板21上で溶接進行方向に対して垂直な方向へ、先行極13の狙い位置から距離L1ずれるように設定されるものとする。ここで、本実施の形態では、狙い位置のずれの距離L1の上限は10mm、下限は1mmとすることが好ましい。距離L1が1mmを下回ると、ビード形状が凸状になり易くなり、スパッタも発生し易くなる。また、距離L1が10mmを上回ると、溶融金属の範囲が広くなり、のど厚(溶融金属の断面の厚さ)が不足し易くなり、スパッタも発生し易くなる。そのため、本実施の形態では、スパッタを低減し、より適正な溶け込みと良好なビード形状とを得るために、先行極13および後行極14の狙い位置は1〜10mmずれていることが好ましい。
【0030】
<極間距離>
次に、溶接進行方向に沿った先行極13と後行極14との間の距離(以下、極間距離と称する)について説明する。
図3は、極間距離の一例を説明するための図である。
図3に示す例では、極間距離はL2であり、後行極14は、先行極13から後方に距離L2離れて配置される。また、
図2で説明したように、後行極14の狙い位置は、先行極13の狙い位置から距離L1ずれるように設定されている。
【0031】
ここで、後行極14が先行極13に近づくほど、互いのアークが干渉し合い、ビード形状が悪くなったり、スパッタが多く発生したりしてしまう。そのため、極間距離は一定の長さを保つ必要がある。一方、極間距離を長くすると、先行極13により溶融した金属が固まった状態で後行極14による溶接が行われることとなり、オーバーラップが発生し易くなり、スパッタも発生し易くなる。そのため、本実施の形態では、スパッタを低減し、より適正な溶け込みと良好なビード形状とを得るために、極間距離の上限は60mm、下限は10mmとすることが好ましい。
【0032】
<前進角および後退角>
また、先行極13および後行極14について、トーチ角度を設けるとともに、各電極を溶接進行方向に対して傾斜させて、前進角や後退角を付けることとしても良い。
図4(a)(b)は、前進角および後退角の一例を説明するための図である。
図4(a)に示す例では、先行極13の前進角がαになるように、先行極13を溶接進行方向の反対側に向かって傾斜させている。また、
図4(b)に示す例では、先行極13の後退角がβになるように、先行極13を溶接進行方向に向かって傾斜させている。
【0033】
一般に、電極に前進角を付けることで、アークにより直接母材を削ることなく、溶融プール熱により溶け込みを出すことが可能となる。そのため、溶け落ちが発生しづらくなり、また、ビードのなじみが良く、ビード形状が良好となる。一方、電極に後退角を付けることで、ビード形状が凸状になり易くなるが、より多くの溶け込みを確保することが可能となる。
【0034】
そして、本実施の形態では、スパッタを低減し、より適正な溶け込みと良好なビード形状とを得るために、先行極13について、前進角の上限は30度、後退角の上限は25度として、その範囲内で先行極13を傾けることが好ましい。また、後行極14について、前進角の上限は40度、後退角の上限は10度として、その範囲内で後行極14を傾けることが好ましい。
【0035】
<溶接条件>
次に、本実施の形態において溶接を行う際の条件について説明する。
まず、溶接作業中の先行極13と母材との間の溶接電流は、上限を500アンペア(電流の単位:A)、下限を300Aとすることが好ましい。上述したように、先行極13は、溶け込みを確保する役割を有するが、溶接電流が300Aを下回ると、十分な溶け込みを得られない場合がある。一方、溶接電流が500Aを上回ると、過度な溶け込みにより、溶け落ちが発生し易くなる。また、先行極13の溶接電流に対応する溶接電圧としては、上限を45ボルト(電圧の単位:V)、下限を25Vとすることが好ましい。
【0036】
また、溶接作業中の後行極14と母材との間の溶接電流は、上限を400A、下限を250Aとすることが好ましい。上述したように、後行極14は、良好なビード外観を確保する役割を有するが、溶接電流が250Aを下回ると、溶着量が足らず、ビード形状が凸状になり易くなる。一方、溶接電流が450Aを上回ると、溶着量過多となり、平板21に溶融金属が垂れて、ビード外観が不良になり易くなる。また、後行極14の溶接電流に対応する溶接電圧としては、上限を45V、下限を25Vとすることが好ましい。
【0037】
溶接トーチ11および溶接トーチ12が動作する際の速度である溶接速度は、上限を100cm/min、下限を40cm/minとすることが好ましい。溶接速度が速くなり、100cm/minを上回ると、オーバーラップや、アークによって掘られた溝に溶接ワイヤが供給されず溝となって残るアンダーカットが発生し易くなる。一方、溶接速度が遅くなり、40cm/minを下回ると、溶着量過多となり、平板21に溶融金属が垂れて、ビード外観が不良になり易くなる。
【0038】
溶接電源30a、溶接電源30bの特性は、特に問わず、直流電源でも交流電源でも良い。ただし、汎用的な観点から、定電圧特性を持つ溶接電源が好ましい。
また、立板22、平板21の材質は問わず、プライマー等の塗料が塗装されていても良い。さらに、立板22の板厚は特に問わないが、一般的に使用される板厚範囲は6〜12mmであるため、上限を12mm、下限を6mmとすることが好ましい。
【0039】
送給装置40a、送給装置40bにより送られる溶接ワイヤは、特に限定されず、母材の材質や溶接形態等によって選択され、例えば、ソリッドワイヤやフラックス入りワイヤが使用される。また、先行極13、後行極14はともに同じ材料でも良いし、異なる材料であっても良い。さらに、溶接ワイヤの材質も問わず、例えば、軟鋼でも良いし、ステンレスやアルミニウム、チタンといった材質でも良い。
また、溶接ワイヤの径も特に問わないが、本実施の形態において好ましくは、上限は1.6mm、下限は1.0mmである。
【0040】
溶接時における電極の突出し長さは、上限を30mm、下限を15mmとすることが好ましい。突出し長さが30mmを上回ると、溶け込み深さが得られなくなる可能性が高まる。また、突出し長さが15mmを下回ると、溶接電流が大きくなり、過度な溶け込みにより溶け落ちが発生し易くなる。
【0041】
<実施例>
次に、本発明の実施例について、本発明の範囲から外れる比較例と対比して説明する。尚、この実施例および比較例は、上述した数値限定の根拠を与えるものでもある。
【0042】
図5は、実施例および比較例において、溶接ワイヤとして用いられたソリッドワイヤおよびフラックス入りワイヤの化学組成を示す図である。ソリッドワイヤ、フラックス入りワイヤはそれぞれ、「S」、「F」の記号で表すこととし、
図5に示す化学組成を有するものが用いられている。例えば、ソリッドワイヤには、Cが0.05%(wt%:質量パーセント濃度)、Siが0.50%、Mnが1.40%、Sが0.010%、Pが0.010%、Tiが0.10%含まれている。
【0043】
次に、
図6は、実施例および比較例における立板22の板厚および溶接条件を示す図である。立板22としては、板厚が6、8、9、12mmのものが用いられ、各板厚に応じて、溶接電流、溶接電圧、溶接速度の各条件が設定された。例えば、立板22の板厚が6mmの場合には、先行極13の溶接電流を350A、後行極14の溶接電流を280A、先行極13の溶接電圧を28V、後行極14の溶接電圧を29V、溶接速度を60cm/minとして、溶接が行われた。
【0044】
次に、実施例および比較例における試験結果について説明する。
図7は、実施例における各種条件を示す図であり、
図8は、実施例および比較例における各種条件を示す図である。
図7および
図8に示す例では、実施例としてNo.TP1〜TP41が示されており、比較例としてNo.TP42〜TP51が示されている。
【0045】
「板厚」は、立板22の板厚を示し、上述したように、実施例および比較例では、立板22の板厚として、6、8、9、12mmのものを用いた。
「立板―平板間角度」は、立板22が傾斜していることにより発生する平板21との間の角度である。実施例および比較例では、平板21と立板22との継ぎ目部分は自然開先のものを用いており、平板21と立板22との間の角度を12度または17度とした。
「溶接ワイヤ」は、F(フラックス入りワイヤ)またはS(ソリッドワイヤ)を示し、「シールドガス」は、CO
2または80Ar+20CO
2を示す。
【0046】
「極間」は、先行極13と後行極14との間の極間距離であり、
図3における距離L2を示す。実施例では10〜70mmの範囲で値を変えており、比較例では0mm、45mm、または60mmとして試験を行った。
「トーチ角度」は、先行極13および後行極14のそれぞれにおいて、先行極13では
図2に示すθ2の角度、後行極14では
図2に示すθ3の角度を示す。また、トーチ角度の角度差は、後行極14のトーチ角度θ3から先行極13のトーチ角度θ2を減算した値である。実施例では、先行極13のトーチ角度θ2を5〜60度の範囲、後行極14のトーチ角度θ3を30〜80度の範囲とし、角度差を5〜70度の範囲とした。また、比較例では、先行極13のトーチ角度θ2を35度または50度、後行極14のトーチ角度θ3を35度または50度とし、角度差を、−15度、0度、または15度とした。
【0047】
「前後進角」は、先行極13および後行極14のそれぞれにおける前進角、後退角を示す。例えば、「−25」のようにマイナスの値の場合、後退角として25度が設定されていることとなる。実施例では、先行極13の角度を−30〜35度の範囲、即ち後退角30度から前進角35度までの範囲とし、後行極14の角度を−20〜50度の範囲、即ち後退角20度から前進角50度までの範囲とした。また、比較例では、先行極13の角度を0度または20度、後行極14の角度を0度、20度または30度とした。
【0048】
「狙い位置」は、後行極14の狙い位置における、先行極13の狙い位置からのずれであり、
図2における距離L1を示す。例えば、「−5」の場合には、後行極14と立板との距離が先行極13と立板22との距離よりも長くなるように、後行極14の狙い位置が先行極13の狙い位置よりも平板21上で溶接進行方向に対して垂直な方向へ5mmずれていることとなる。実施例では1〜11mmの範囲で値を変えており、比較例では0mmまたは5mmとして試験を行った。
【0049】
また、
図9は、実施例における評価結果を示す図であり、
図10は、実施例および比較例における評価結果を示す図である。
図9に示す例では、
図7に示すNo.TP1〜TP29の各テストNoに応じて試験結果が示されており、
図10に示す例では、
図8に示すNo.TP30〜TP51の各テストNoに応じて試験結果が示されている。また、評価結果としては、溶接後の状態について、「ビード外観」、「内部欠陥」、「溶け込み」、「スパッタ量」の4項目で評価された結果について示されている。
【0050】
「ビード外観」は、試験実施者が溶接終了後のビードを目視で確認した結果を示す。ここで、ビード蛇行やオーバーラップ等のビード形状不良がある場合は「×」が記録されている。一方、ピット(ビードの表面に生じた小さなくぼみ穴)がなく、ビード表面の凹凸が2mmを下回り、適正な隅肉サイズおよびのど厚でビード形状に不良がない場合は、最適なビード形状として「○」が記録されている。また、道路橋示方書に従い、ピットが1mにつき3個以内、アンダーカットが0.5mm以下、隅肉サイズおよびのど厚が溶接長さの10%の範囲で誤差が1mm以内、ビード表面の凹凸が2〜3mm、といういずれかの条件に該当する場合には、より良好な結果ではないが許容範囲内であるとして「△」が記録されている。
【0051】
「内部欠陥」は、日本工業規格JIS Z 3104−1995で定められる放射線透過試験に準拠した方法にて確認された結果を示す。内部欠陥としては、例えば、溶接部の割れや溶け込み不良、溶融金属中に気泡が発生する気孔欠陥、溶融スラグ(溶接部に生じる非金属物質)が浮上せずに溶融金属の中にスラグが残るスラグ巻き込み等が該当する。ここで、欠陥が確認された場合は「×」、欠陥が確認されなかった場合は「○」が記録されている。
【0052】
「溶け込み」は、試験実施者が溶融金属の断面を観察し、立板22の板厚を100%とした場合の板厚に対する溶け込み深さの割合(溶け込み率)を測定した結果を示す。上述したように、道路橋示方書には、立板22の板厚の75%以上の溶け込みを確保することが記載されているため、溶け込み率が75%を下回る場合は「×」、75〜80%の場合は「○」、80%を超える場合はさらに改善できたと判断して「◎」が記録されている。
【0053】
「スパッタ量」は、発生したスパッタの全質量を測定した結果を示す。ここで、スパッタの測定は、400mmの溶接を行い、立板22および平板21に付着したスパッタ全てを採取し、採取したスパッタの全質量を測定して行われた。このスパッタ量(mg/400mm)について、従来の溶接法のスパッタ量120〜140mg/400mmを基準として、140mg/400mmを上回ると、従来のスパッタ量よりも多いとして「×」と記録されている。また、スパッタ量が120〜140mg/400mmである場合は、従来と同等であり「△」、スパッタ量が100〜120mg/400mmである場合は「○」と記録されている。さらに、スパッタ量が100mg/400mmを下回ると、さらに改善できたと判断して「◎」が記録されている。
【0054】
そして、実施例であるNo.TP1〜TP29では、4つの評価項目、即ち「ビード外観」、「内部欠陥」、「溶け込み」、「スパッタ量」の項目について、全て「○」または「◎」となり、より良好な結果を示している。また、実施例であるNo.TP30〜TP41では、4つの評価項目のうち、「×」は含まれていないが、少なくともいずれかが「△」となり、より良好とはいえないが許容される結果を示している。一方、比較例であるNo.TP42〜TP51では、4つの評価項目のうちの少なくともいずれかが「×」となり、良好ではない結果を示している。
【0055】
まず、溶接ワイヤについて、No.TP1〜TP18、TP21〜TP29ではフラックス入りワイヤを用い、No.TP19、20ではソリッドワイヤを用いており、どちらの溶接ワイヤを用いてもより良好な結果を示している。また、シールドガスについて、No.TP19では80Ar+20CO
2を用い、No.TP1〜18、TP20〜29ではCO
2を用いており、どちらのシールドガスを用いてもより良好な結果を示している。
【0056】
また、先行極13と後行極14との間の極間距離について、実施例No.TP1〜TP29では、10〜60mmの範囲で値を変えており、より良好な結果を示している。一方、比較例のNo.TP42のように、極間距離を0mmした場合に、トーチ角度、前後進角、狙い位置のずれ等のその他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、良好ではない結果を示している。そのため、極間距離の好ましい下限は、10mmであるといえる。また、実施例のNo.TP35のように、極間距離を70mmとした場合に、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、より良好とはいえない許容範囲内の結果を示している。そのため、極間距離の好ましい上限は、60mmであるといえる。
【0057】
次に、トーチ角度について、先行極13のトーチ角度として、実施例No.TP1〜TP29では、10〜50度の範囲で値を変えており、より良好な結果を示している。一方、実施例のNo.TP31のように、先行極13のトーチ角度を5度とした場合に、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、より良好とはいえない許容範囲内の結果を示している。そのため、先行極13のトーチ角度の好ましい下限は、10度であるといえる。また、実施例のNo.TP33のように、先行極13のトーチ角度を60度とした場合に、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、より良好とはいえない許容範囲内の結果を示している。そのため、先行極13のトーチ角度の好ましい上限は、50度であるといえる。
【0058】
また、後行極14のトーチ角度として、実施例No.TP1〜TP29では、35〜70度の範囲で値を変えており、より良好な結果を示している。一方、実施例のNo.TP34のように、後行極14のトーチ角度を30度とした場合に、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、より良好とはいえない許容範囲内の結果を示している。そのため、後行極14のトーチ角度の好ましい下限は、35度であるといえる。また、実施例のNo.TP32のように、後行極14のトーチ角度を80度とした場合に、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、より良好とはいえない許容範囲内の結果を示している。そのため、後行極14のトーチ角度の好ましい上限は、70度であるといえる。
【0059】
また、後行極14のトーチ角度から先行極13のトーチ角度を減算した角度差として、実施例No.TP1〜TP29では、10〜60度の範囲で値を変えており、より良好な結果を示している。一方、実施例のNo.TP37のように、角度差を5度とした場合に、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、より良好とはいえない許容範囲内の結果を示している。そのため、角度差の好ましい下限は、10度であるといえる。また、上述したように、先行極13のトーチ角度の好ましい下限が10度で、後行極14のトーチ角度の好ましい上限が70度であることを考慮すると、角度差の好ましい上限は、両者の差である60度であるといえる。なお、比較例No.TP43〜TP50では、角度差を0度または−15度としており、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、良好ではない結果を示している。
【0060】
次に、先行極13の前進角について、実施例No.TP1〜TP29では、−25〜30度の範囲で値を変えており、より良好な結果を示している。一方、実施例のNo.TP38のように、前進角を−30度(即ち、後退角を30度)とした場合に、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、より良好とはいえない許容範囲内の結果を示している。そのため、先行極13の前進角の好ましい下限は、−25度(即ち、後退角として25度)であるといえる。また、実施例のNo.TP39のように、前進角を35度とした場合に、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、より良好とはいえない許容範囲内の結果を示している。そのため、先行極13の前進角の好ましい上限は、30度であるといえる。
【0061】
また、後行極14の前進角について、実施例No.TP1〜TP29では、−10〜40度の範囲で値を変えており、より良好な結果を示している。一方、実施例のNo.TP40のように、前進角を−20度(即ち、後退角を20度)とした場合に、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、より良好とはいえない許容範囲内の結果を示している。そのため、後行極14の前進角の好ましい下限は、−10度(即ち、後退角として10度)であるといえる。また、実施例のNo.TP41のように、前進角を50度とした場合に、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、より良好とはいえない許容範囲内の結果を示している。そのため、後行極14の前進角の好ましい上限は、40度であるといえる。
【0062】
次に、先行極13からの後行極14の狙い位置のずれについて、実施例No.TP1〜TP29では、−1〜−10mmの範囲で値を変えており、より良好な結果を示している。一方、比較例のNo.51のように、ずれを0mmとした場合に、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、良好ではない結果を示している。そのため、後行極14の狙い位置のずれの好ましい下限は、1mmであるといえる。また、実施例のNo.30のように、ずれを11mmとした場合に、その他の条件の値は実施例No.TP1〜TP29の値の範囲内であるが、より良好とはいえない許容範囲内の結果を示している。そのため、後行極14の狙い位置のずれの好ましい上限は、10mmであるといえる。
【0063】
このように、極間距離、トーチ角度、トーチ角度の角度差、前進角および後進角、狙い位置のずれを調整することにより、より良好な結果、またはより良好とはいえないが許容範囲内の結果が得られ、適正な溶け込みおよび良好なビード外観が得られることとなる。さらに、好ましい範囲内の値に設定して溶接を行うことで、より適正な溶け込みおよび良好なビード外観が得られることとなる。
【0064】
また、比較例として図示していないが、開先を加工し、例えば開先角度を50度にした場合には、一般的なタンデムアーク溶接として2つの電極のトーチ角度を等しくして溶接を行えば、良好な結果が得られる。さらに、開先加工により、例えば開先角度を50度にして、本実施の形態に係るタンデムアーク溶接システム1を用いる場合には、溶接電圧等の溶接条件を調整することで、良好な結果を得ることも可能である。
【0065】
以上説明したように、本実施の形態に係るタンデムアーク溶接システム1は、先行極13と、先行極13との間に予め定められた極間距離が設けられた後行極14とを備えている。そして、先行極13および後行極14は、先行極13と平板21とのなすトーチ角度が、後行極14と平板21とのなすトーチ角度よりも小さくなるように配置され、後行極14の狙い位置は、先行極13の狙い位置よりもずらして設定される。このような構成にすることにより、開先加工をしていない自然開先に対して隅肉溶接が行われる場合であっても、適正な溶け込みと良好なビード外観とが得られることとなる。
【0066】
また、本実施の形態では、平板21と立板22とを突き合わせた継ぎ目部分が自然開先のものを用いることとしたが、このような構成に限られるものではない。例えば、手間をかけず短い作業時間で開先を加工し、自然開先から開先角度を少し広げたような場合についても、本実施の形態に係るタンデムアーク溶接システム1により、溶け込みおよびビード外観について良好な結果が得られるといえる。
【0067】
さらに、本実施の形態に係るタンデムアーク溶接システム1は、単体の溶接ロボット10に2つの溶接トーチを持たせる構成としたが、このような構成に限られるものではない。例えば、複数の溶接ロボットのそれぞれに溶接トーチを持たせても良い。また、台車等に溶接トーチを設置して台車を動かすことで溶接を行うこととしても良い。この場合、電極が設置された台車は、距離保持手段、配置手段、角度保持手段の一例として用いられる。
【0068】
以上、本発明を実施の形態を用いて説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施の形態には限定されない。本発明の精神および範囲から逸脱することなく様々に変更したり代替態様を採用したりすることが可能なことは、当業者に明らかである。