特許第6259296号(P6259296)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ TMTマシナリー株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6259296-紡糸装置 図000004
  • 特許6259296-紡糸装置 図000005
  • 特許6259296-紡糸装置 図000006
  • 特許6259296-紡糸装置 図000007
  • 特許6259296-紡糸装置 図000008
  • 特許6259296-紡糸装置 図000009
  • 特許6259296-紡糸装置 図000010
  • 特許6259296-紡糸装置 図000011
  • 特許6259296-紡糸装置 図000012
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6259296
(24)【登録日】2017年12月15日
(45)【発行日】2018年1月10日
(54)【発明の名称】紡糸装置
(51)【国際特許分類】
   D01D 5/092 20060101AFI20171227BHJP
   D01D 5/253 20060101ALI20171227BHJP
【FI】
   D01D5/092 103
   D01D5/253
【請求項の数】2
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-13678(P2014-13678)
(22)【出願日】2014年1月28日
(65)【公開番号】特開2015-140498(P2015-140498A)
(43)【公開日】2015年8月3日
【審査請求日】2016年9月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】502455511
【氏名又は名称】TMTマシナリー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】特許業務法人梶・須原特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山下 恭裕
(72)【発明者】
【氏名】今井 琢磨
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 寛治
【審査官】 小石 真弓
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−084275(JP,A)
【文献】 特開平08−325850(JP,A)
【文献】 特開平11−279825(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01D 1/00−13/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
200デニール以下のマルチフィラメント糸を紡糸するための紡糸装置であって、
前記マルチフィラメント糸を形成するための非円形断面の貫通孔を有する口金が組み込まれた紡糸パックが挿入された紡糸ビームと、
前記紡糸ビームの下方に配置され、上下方向に延び、周囲から冷却空気が圧送される冷却筒と、を備え、
前記紡糸ビームと前記冷却筒の上端との間に、外気と連通させる隙間が設けられ
前記紡糸ビームと前記冷却筒との間に配置され、上面又は下面のうちいずれか一方の面に前記隙間を形成するための溝が形成された溝形成部材、をさらに備えていることを特徴とする紡糸装置。
【請求項2】
前記隙間の上下方向の長さが10mm以下であることを特徴とする請求項1に記載の紡糸装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルチフィラメント糸を紡糸するための紡糸装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1に記載の溶融紡糸装置では、紡糸ビームの下方に糸条冷却装置が設けられている。紡糸ビームには複数個の紡糸パックが挿入され、紡糸パックには口金が組み込まれ、口金には貫通孔が形成されている。そして、貫通孔からマルチフィラメント糸を形成するための複数のフィラメントが下方に紡出される。糸条冷却装置は、口金のほぼ真下に配置された冷却筒を備えている。冷却筒の内部には、上下方向に延びた糸走行空間が形成されている。糸走行空間の側壁はフィルタとなっており、糸走行空間にはフィルタを介して冷却空気が圧送される。これにより、紡糸パックから紡出された複数のフィラメントは、冷却筒の糸走行空間を通過する際に、糸走行空間に圧送される冷却空気によって冷却される。
【0003】
特許文献2には、種々の非円形のノズル(特許文献1の口金の貫通孔に対応する)からフィラメントを紡出させることで、種々の非円形の断面形状を有するフィラメントを紡出することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011−252260号公報
【特許文献2】特開平7−268777号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、特許文献1に記載の溶融紡糸装置において、口金の貫通孔の断面形状を、特許文献2に記載されているような非円形の断面形状のものとすることで、非円形断面のフィラメントによって構成されるマルチフィラメント糸の紡糸を行うことも可能である。特許文献2に記載されているような非円形の貫通孔からフィラメントを紡出させた場合、紡出された直後のフィラメントは流動性が高く、冷却固化されるまでの間に自身の表面張力によって変形して円形断面に近づく。そのため、最終的なフィラメントの断面形状を紡出された状態に近い形状にするためには、紡出されたフィラメントをできるだけ早く冷却固化させることが好ましい。
【0006】
ここで、比較的細い(例えば、200デニール以下の)マルチフィラメント糸を紡糸するための溶融紡糸装置では、特許文献1に記載されているように、紡出されたフィラメントを冷却するための糸条冷却装置として、円周方向から冷却風を吹き込む冷却筒を備えた糸条冷却装置も使用されている。
【0007】
特許文献1に記載の溶融紡糸装置において、上記冷却空気による紡出されたフィラメントの冷却を早めるためには、例えば、糸条冷却装置を紡糸パックの口金に近づけることが考えられる。しかしながら、糸条冷却装置には、内部空間の紡糸ビーム側の壁を形成する部分や圧空のシール部材、さらに高温の紡糸ビームの熱を遮断する断熱部材などが存在し、糸走行空間のこれらの部材によって形成される部分からは冷却空気は吹き出されない。すなわち、特許文献1では、糸条冷却装置をどれだけ紡糸ビームに近づけても、少なくとも上記部材の厚み分は、冷却筒が口金から離れていることになる。
【0008】
あるいは、上記冷却空気による紡出されたフィラメントの冷却を早めるために、特許文献1に記載の溶融紡糸装置において、糸条冷却装置を、冷却筒の糸走行空間を形成する壁から、この壁と直交する方向に対して口金側に傾いた方向に冷却空気が噴き出すようにすることが考えられる。しかしながら、この場合には、冷却空気が口金に当たり、口金の表面温度が低下してしまう。口金の表面温度が低下すると、貫通孔から紡出されるフィラメントの品質が低下してしまう虞がある。
【0009】
本発明の目的は、紡出されたフィラメントの冷却を早めることができ、且つ、紡糸パックに組み込まれた口金の表面温度を下げてしまうことがない、200デニール以下のマルチフィラメント糸を紡糸するための溶融紡糸装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
第1の発明に係る紡糸装置は、200デニール以下のマルチフィラメント糸を紡糸するための紡糸装置であって、前記マルチフィラメント糸を形成するための非円形断面の貫通孔を有する口金が組み込まれた紡糸パックが挿入された紡糸ビームと、前記紡糸ビームの下方に配置され、上下方向に延び、周囲から冷却空気が圧送される冷却筒と、を備え、前記紡糸ビームと前記冷却筒の上端との間に、外気と連通させる隙間が設けられ、前記紡糸ビームと前記冷却筒との間に配置され、上面又は下面のうちいずれか一方の面に前記隙間を形成するための溝が形成された溝形成部材、をさらに備えている
【0011】
口金の貫通孔から紡出された直後の非円形断面のフィラメントは流動性があるため、冷却固化されるまでの間に自身の表面張力によって円形断面に近づく。そのため、最終的なフィラメントの断面形状を、紡出されたときの形状に近いものとするためには、紡出されたフィラメントをできるだけ早く冷却固化することが好ましい。本発明では、紡出されたフィラメントが、冷却筒に導入される前に、紡糸ビームと冷却筒の上端との間に設けられた隙間から流れ込んだ外気によって冷却される。これにより、紡出されたフィラメントの冷却を早めることができ、且つ、フィラメントが変形して円形断面に近づく前に冷却固化することができる。その結果、最終的なフィラメントの断面形状を紡出された直後の形状に近づけることができる。
【0012】
また、紡糸ビームと冷却筒の上端と間の隙間から流れ込む外気の流れは、フィラメントの走行に伴って発生する随伴流によって生じるものであるため、流入と同時にフィラメントの走行方向に曲がり、口金面に向かう流れは生じない。また、上記隙間から流入する空気の流れはそれほど流速の大きなものではない。また、上記隙間から流れ込むのは外気であるため、それほど温度も低くない。したがって、上記隙間から流れ込んだ外気によって、フィラメントに糸揺れが生じたり、口金の表面が冷えたりすることもない。
【0013】
また、口金表面には貫通孔からポリマーと共に吐出されるモノマーや酸化劣化したポリマーなどが付着し、フィラメントの紡出を継続すると、口金の表面の、貫通孔の周囲の部分にモノマーや酸化劣化したポリマーなどが徐々に堆積する。本発明では、紡糸ビームと冷却筒の上端との間の隙間から流れ込む外気の流れによって、口金の表面の、貫通孔の周囲の部分に付着したモノマーや酸化劣化したポリマーなどが、紡出されるフィラメントに悪影響を及ぼす程度の大きさに成長する前に脱落する。これにより、口金の清掃の頻度を少なくすることができる。
また、紡糸ビームと冷却筒の上端と間の、外気を流れ込ませるための隙間の上下方向の長さが変わると、上記隙間から流れ込む外気の量が変わる。その結果、フィラメントが外気によってどの程度冷却されるかが変わり、最終的なフィラメントの断面形状が変わってしまう。そのため、紡糸ビームと冷却筒の上端と間の上記隙間の上下方向の長さには、高い精度が要求される。本発明では、紡糸ビームと冷却筒との間に、紡糸ビームの下面と冷却筒の上面とに接触するように溝形成部材を配置すると、紡糸ビームと冷却筒の上端との間に、上下方向の長さが、上記溝の深さとほぼ同じ長さの、外気を流れ込ませるための隙間が形成される。また、上記溝は、機械加工などによって精度よく形成することができる。よって、本発明では、紡糸ビームと冷却筒との間の上記隙間の上下方向の長さの精度を高くすることができる。
また、本発明では、外気が溝によって形成される上記隙間によって整流されるため、流れ込む外気を安定させることができる。これにより、流れ込む外気の流れの変動による糸品質のばらつきを抑えることができる。
【0014】
第2の発明に係る紡糸装置は、第1の発明に係る紡糸装置において、前記隙間の上下方向の長さが10mm以下である。
【0015】
上述の通り、紡糸ビームと冷却筒の上端と間の隙間から流れ込む外気は、それほど流速が大きなものでもそれほど温度の低いものでもないが、この隙間の上下方向の長さが大きすぎると、上記隙間から流れ込んだ大量の外気によって口金の表面が冷えたり、外気の流れにより糸揺れが生じたりする虞がある。本発明では、上記隙間の上下方向の長さが10mm以下であるので、上記隙間から流れ込んだ外気によって、口金の表面が冷えたり、糸揺れが生じたりするのを防止することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、紡出されたフィラメントの冷却を早めることができ、フィラメントの断面形状が変形して円形断面に近づく前に冷却固化することができる。その結果、最終的なフィラメントの断面形状を紡出された直後の形状に近づけることができる。また、上記隙間から流れ込んだ外気によって、フィラメントに糸揺れが生じたり、口金の表面が冷えたりすることもない。また、紡糸ビームと冷却筒の上端との間の隙間から流れ込む外気の流れによって、口金の表面の、貫通孔の周囲の部分に付着したモノマーや酸化劣化したポリマーなどが、紡出されるフィラメントに悪影響を及ぼす程度の大きさに成長する前に脱落する。これにより、口金の清掃の頻度を少なくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の実施の形態に係る溶融紡糸装置の概略構成図である。
図2図1の部分拡大図である。
図3】(a)が口金表面の一例を示す図であり、(b)が口金表面の別の一例を示す図であり、(c)が口金表面に形成された貫通孔を拡大した図である。
図4図2のIV−IV線断面図である。
図5図2のV−V線断面図である。
図6】マルチフィラメント糸を構成するフィラメントの断面形状を示す図である。
図7】(a)が実施例に係るマルチフィラメント糸の断面であり、(b)が比較例に係るマルチフィラメント糸の断面である。
図8】一変形例における図2相当の図である。
図9】別の一変形例における図5相当の図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の好適な実施の形態について説明する。
【0022】
図1に示すように、本実施の形態に係る溶融紡糸装置1は、紡糸ビーム2、糸冷却装置3及び給油装置4を備えている。溶融紡糸装置1は、衣料用のマルチフィラメント糸等、比較的細い(例えば、200デニール以下)マルチフィラメント糸を紡糸するためのものである。
【0023】
紡糸ビーム2は、図1図2に示すように、複数のパックハウジング11を備えている。各パックハウジング11には、紡糸パック12が配置されている。複数の紡糸パック12は、図1の紙面垂直方向に沿って千鳥状に2列に配列されている。紡糸パック12には、マルチフィラメント糸を形成するフィラメントYとなる、加熱溶融されたポリエステルなどのポリマーが、図示されていない配管等から圧送されてくる。紡糸パック12の下端部には、口金13が組み込まれている。紡糸ビーム2で分配、計量された溶融ポリマーは、紡糸パック12に圧送されてフィルタなどで異物を除去された後口金13に形成された複数の貫通孔13a(本発明の貫通孔、図3参照)から複数のフィラメントYとして紡出される。
【0024】
複数の貫通孔13aは、図3(a)に示すように、直線に沿って配置されている。あるいは、複数の貫通孔13aは、図3(b)に示すように、円周上に配置されていてもよい。また、各貫通孔13aは、図3(c)に示すように、中心部から互いに120度ずつずれた方向に枝分かれして延びた3つの枝分かれ部13a1を有している。そして、複数の貫通孔13aが図3(a)に示すように格子状に配列される場合には、各貫通孔13a1は全て同じ向きに配置されている。一方、複数の貫通孔13aが図3(b)のように円に沿って配列されている場合には、各貫通孔13a1は、3つの枝分かれ部13a1のうち1つの枝分かれ部13a1が図3(b)のように円の径方向外側を向くように配置されている。なお、貫通孔13a1は、図3(a)、(b)で示したのと異なる向きに配置されていてもよい。
【0025】
糸冷却装置3は、紡糸ビーム2の下方に配置されている。糸冷却装置3は、図4に示すように、複数の冷却筒21と冷却空気供給箱22とを備えている。複数の冷却筒21は、複数の紡糸パック12の口金13に対応して、千鳥状に配列され、対応する口金13のほぼ真下に配置されている。冷却筒21は、上下方向に延びた略円筒形状の部材であり、内部に上下方向の両端が開口した糸走行空間31が形成されている。また、冷却筒21の糸走行空間31の側壁を形成する部分は、フィルタ32となっている。フィルタ32は、冷却空気供給箱22の後述する冷却筒収容空間41から糸走行空間31に流れ込む冷却空気の整流を行う。
【0026】
冷却空気供給箱22は、冷却筒21の糸走行空間31に冷却空気を供給するためのものである。冷却空気供給箱22は、略直方体形状を有しており、内部に冷却筒収容空間41が形成されている。複数の冷却筒21は、冷却筒収容空間41に収容されている。各冷却筒21の上端部及び下端部には、シール部材23が設けられ、シール部材23によって糸走行空間31と冷却筒収容空間41との間がシールされている。また冷却筒収容空間41には、ダクト45が接続されている。冷却筒収容空間41には、ダクト45から冷却空気W1が圧送される。冷却筒収容空間41に圧送された冷却空気W1は、フィルタ32を介して複数の冷却筒21の糸走行空間31に圧送される。そして、糸走行空間31に圧送された冷却空気W1によって、糸走行空間31を走行するフィラメントYが冷却される。ここで、冷却空気W1の温度は、糸走行空間31に流れ込む段階で、例えば21〜23℃程度となっている。
【0027】
紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間には、溝形成部材50が配置されている。溝形成部材50は、板状の部材であり、その上面が紡糸ビーム2の下面と接触し、その下面が、複数の冷却筒21の上面を含む糸冷却装置3の上面と接触している。また、溝形成部材50には、複数の口金13及び複数の冷却筒21と上下に重なる部分に、複数の貫通孔51が形成されている。これにより、口金13の複数の貫通孔13aと冷却筒21の糸走行空間31とは、貫通孔51を介して連通している。
【0028】
また、溝形成部材50の下面には、複数の溝52が形成されている。複数の溝52は、図5の上下方向に配列されているとともに、それぞれが図1の左右方向に延びて溝形成部材50の側面と貫通孔51とを接続している。ただし、一部の溝52は、複数の貫通孔51の左右方向に重なる部分同士を接続している。そして、この溝52によって、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間に、口金13に形成された複数の貫通孔13a、冷却筒21の糸走行空間31、及び貫通孔51に外気を流れ込ませるための隙間が形成される。ここで、溝52の深さFは、2〜3mm程度となっている。これにより、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間の、外気を流れ込ませるための隙間の上下方向の長さも、溝52の深さFと同じく2〜3mm程度となっている。
【0029】
また、溝形成部材50には、その長手方向(図5の上下方向)における両端部に、それぞれ、3つのボルト孔53が形成されている。そして、溝形成部材50は、ボルト53に挿通されたボルト(図示省略)によって、紡糸ビーム2又は糸冷却装置3と接合されている。
【0030】
給油装置4は、糸冷却装置3の下方に配置されている。給油装置4は、糸冷却装置3によって冷却された複数のフィラメントYに油剤を付与する。そして、油剤が付与された複数のフィラメントYは、この後、交絡されるなどして1本のマルチフィラメント糸となる。そして、このマルチフィラメント糸が、図示しない巻取装置によってボビンに巻き取られる。
【0031】
以上に説明した溶融紡糸装置1では、上述したように、口金13の貫通孔13aから複数のフィラメントYが紡出され、紡出された複数のフィラメントYは、冷却筒21の糸走行空間31を通過する際に、糸走行空間31に流れ込んだ冷却空気W1によって冷却される。このとき、複数のフィラメントYは、貫通孔13aの形状とほぼ同じ断面形状で紡出されるが、紡出された直後には、流動性を有するため、フィラメントYは、図6に示すように、冷却固化するまでの間に自身の表面張力によって円形断面に近づく。ここで、フィラメントYの断面形状の異形度(円形断面からどれだけ遠いか)を示す指標として、M値が知られている。M値は、フィラメントYの内接円半径をA、外接円半径をBとしたときに、B/Aによって得られる値である。あるいは、1−(A/B)によって得られる値をM値とすることもある。そして、いずれの場合にも、M値が大きいほど、フィラメントYの断面形状が円形断面から遠いことを示している。
【0032】
最終的なフィラメントYのM値は、上述の通り、貫通孔13aから紡出されたときのフィラメントYのM値と、紡出されたフィラメントYが冷却固化するまでにかかる時間によって決まる。そして、溶融紡糸装置1において、M値を大きい断面形状を有する複数のフィラメントYによって形成されるマルチフィラメント糸を紡糸するためには、口金13を、貫通孔13aの枝分かれ部13a1の長さCを、枝分かれ部13a1の幅Dで除した値Eが大きいものとする、あるいは、紡出されたフィラメントYを早く冷却固化させる必要がある。
【0033】
本実施の形態では、上述したように、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間に溝形成部材50が配置され、溝形成部材50の上面に複数の溝52が形成されているため、溝52を介して、冷却筒21の上方に配置された貫通孔51に外気W2が流れ込む。これにより、紡出されたフィラメントYは、冷却空気W1によって冷却されるよりも前に、外気W2によって冷却される。その結果、冷却空気W1のみによってフィラメントYを冷却する場合よりも、フィラメントYの冷却を早めることができ、最終的なフィラメントYのM値を大きくすることができる。
【0034】
また、本実施の形態では、溝52を介して貫通孔51に流れ込む外気W2の流れは、走行するフィラメントYの周囲に生じる随伴流によって生じるものであるため、冷却筒21において糸走行空間31に圧送される冷却空気W1に比べて流速は小さい。また、外気W2の温度は、高温の紡糸ビーム2の下面の空気の温度(例えば、40〜50℃程度)であり、フィラメントYを冷却するためのものとしてダクト45から圧送されてくる冷却空気W1の温度(例えば、21〜23℃程度)ほど低くはない。したがって、紡出されたフィラメントYは、外気W2により、冷えやすい断面の角の部分が先に冷却固化され、その後、糸走行空間31を走行する際に、冷却空気W1によって、残りの部分が冷却固化される。したがって、冷却空気W1によってのみフィラメントYを冷却する場合よりも、最終的なフィラメントYの断面の角の部分を鋭くすることができる。
【0035】
ここで、仮に、溝52を介して貫通孔51に流れ込む外気W2が、流速が大きく、温度が低いものであるとすると、外気W2の流れによってフィラメントYに糸揺れが生じたり、流れ込んだ外気W2が口金13(貫通孔13aを形成する部材)に達して、口金13の表面が冷えたりする虞がある。そのため、従来は、これらの問題が発生しないようにするために、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間に隙間を設けずに、これらの間を密閉シールすることが好ましいと考えられていた。
【0036】
しかしながら、実際には、溝52を介して貫通孔51に流れ込む外気W2は、フィラメントYの走行に伴って発生する随伴流によって生じるものであるため、貫通孔51に流入すると同時に、フィラメントの走行方向である下方に曲がる。そのため、溝52を介して貫通孔51に流れ込む外気W2は、口金13の表面に向かって流れることがない。また、外気W2は、上述の通り、冷却空気W1に比べて流速が小さく、冷却空気W1ほど温度も低くない。したがって、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間に、外気W2を流れ込ませるための隙間を設けても、流れ込んだ外気W2によって、走行するフィラメントYに糸揺れが生じたり、口金13の表面が冷えたりすることはない。
【0037】
ただし、溝52の深さFが大きすぎる(外気W2を流れ込ませるための上記隙間の上下方向の長さが長すぎる)と、溝52を介して貫通孔51に流れ込む外気W2の量が多くなる。そのため、外気W2の流速がそれほど大きくなく、外気W2の温度がそれほど低くないとしても、フィラメントYに糸揺れが生じたり、口金13の表面が冷えたりする虞はある。
【0038】
そこで、本実施の形態では、溝52の深さF(外気W2を流れ込ませるための上記隙間の上下方向の長さ)を2〜3mm程度としている。これにより、外気W2が流れ込むことによってフィラメントYに糸揺れが生じたり、口金13の表面が冷えたりするのを確実に防止することができる。
【0039】
また、フィラメントYが外気W2によってどの程度冷却されるか(フィラメントYにどの程度外気W2が当たるか)に応じて、最終的なフィラメントYの断面形状(M値、断面の角の形状等)が決まる。そのため、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間の、外気を流れ込ませるための隙間の上下方向の長さは高い精度が要求される。本実施の形態では上述の通り、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間に、溝形成部材50を配置し、溝形成部材50に複数の溝52を形成することによって、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間に、外気を流れ込ませるための隙間を形成している。一方、溝52は、機械加工などにより精度よく形成することができる。したがって、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間の、外気を流れ込ませるための隙間の、上下方向の長さの精度を高くすることができる。
【0040】
また、本実施の形態では、溝形成部材50に複数の溝52が形成されていることによって、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間に、外気を流れ込ませるための隙間が形成されているため、この隙間を介して貫通孔51に流れ込む外気W2は、溝52によって整流される。これにより、貫通孔51に流れ込む外気W2の流れが安定し、外気W2の流れの変動による糸品質のばらつきを抑えることができる。
【0041】
また、紡糸パック12では、時間の経過とともに、ポリマーの濾過を行うための濾過部に異物が蓄積する、その結果、紡出されるフィラメントに糸切れが生じやすくなったり、パック内部の圧力が上昇して耐圧に近づいたりする。そこで、溶融紡糸装置1では、定期的に紡糸パック12の交換を行う。そして、溶融紡糸装置1から取り外された紡糸パック12において、口金13等の部品を再利用する。口金13を再利用する場合には、口金13を洗浄して、口金13に付着したポリマー等を除去することになる。しかしながら、口金13を、上記値Eが大きい貫通孔13aを有するものとした場合には、貫通孔13aの枝分かれ部13a1の幅Dが狭く、貫通孔13a内に付着したポリマー等を除去しにくくなる。
【0042】
これに対して、本実施の形態では、上述したように、紡出されたフィラメントYを、冷却空気W1のみによって冷却する場合よりも、冷却を早めることができ、最終的なフィラメントYのM値を大きくすることができるため、溶融紡糸装置1において、M値の大きい断面形状を有する複数のフィラメントYによって形成されるマルチフィラメント糸を紡糸する場合であっても、上記Eの値の小さい貫通孔13aが形成された口金13を使用することができる。この場合には、貫通孔13aの幅Dが大きいため、口金13を洗浄する際に、貫通孔13aの内部に付着したポリマー等の除去を行いやすい。
【0043】
また、本実施の形態では、口金13の表面の、貫通孔13aの周囲の部分に、ポリマーと共に貫通孔13aから吐出されるモノマーや酸化劣化したポリマーなどが付着し、フィラメントYの紡出を継続すると、貫通孔13aの周囲にモノマーや酸化劣化したポリマーなどが徐々に堆積する。そのため、定期的に口金13を清掃するなどして、口金13の表面に堆積したモノマーや酸化劣化したポリマー等を除去する必要がある。
【0044】
これに対して、本実施の形態では、溝52を介して貫通孔51に流れ込む外気W2の流れによって、口金13の表面の、貫通孔13aの周囲の部分に付着したモノマーや酸化劣化したポリマーなどが、紡出されるフィラメントYに悪影響を及ぼす程度の大きさに成長する前に脱落する。これにより、口金13の清掃の頻度を少なくすることができる。
【実施例】
【0045】
次に、本発明の実施例について説明する。図7(a)は、48本のフィラメントYによって構成される150デニールのマルチフィラメント糸を紡糸するための溶融紡糸装置1によって紡糸したマルチフィラメント糸の断面の一例(実施例)である。また、表1は、このマルチフィラメント糸を形成する48本のフィラメントYのうち11本のフィラメントYの断面の内接円半径A、外接円半径B及びM値を示している。なお、表1のNo.1〜11は、フィラメントYを区別するための番号である。また、表1のM値は、上述のB/Aによって算出したものである。
【0046】
【表1】
【0047】
図7(b)は、図7(a)に示すマルチフィラメント糸の紡糸を行ったのと同じ溶融紡糸装置1において、溝形成部材50の代わりに、貫通孔51は形成されているが溝52は形成が形成されていない部材を配置した溶融紡糸装置において紡糸したマルチフィラメント糸の断面の一例(比較例)である。また、表2は、このマルチフィラメント糸を形成する48本のフィラメントYのうち11本のフィラメントYの断面の内接円半径A、外接円半径B及びM値を示している。なお、表2のNo.1〜11は、フィラメントYを区別するための番号である。また、表2のM値も、上述のB/Aによって算出したものである。
【0048】
【表2】
【0049】
表1と表2とを比較すれば、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間に外気を流れ込ませるための隙間が形成されている場合のほうが、フィラメントYのM値が大きくなることがわかる。また、図7(a)と図7(b)とを比較すると、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間に外気を流れ込ませるための隙間が形成されている場合のほうが、フィラメントYの断面である略三角形の辺の部分のふくらみが小さい(M値が大きい)ことがわかる。また、図7(a)と図7(b)とを比較すると、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間に、外気を流れ込ませるための隙間が形成されている場合のほうが、フィラメントYの断面である略三角形の角が鋭くなっていることがわかる。
【0050】
次に、本実施の形態に種々の変更を加えた変形例について説明する。
【0051】
上述の実施の形態では、溝形成部材50の下面に複数の溝52が形成されていたが、これには限られない。例えば、図8(a)に示すように、溝形成部材50の上面に複数の溝52が形成されていてもよい。あるいは、溝形成部材50の上面及び下面の両方に溝52が形成されていてもよい。
【0052】
また、上述の実施の形態では、溝形成部材50の複数の溝52が一方向に延びていたが、これには限られない。複数溝52は、互いに交差する2方向にあるいは3方向以上に延びていてもよい。
【0053】
また、別の一変形例では、図9に示すように、溝形成部材50の下面に、各貫通孔51をそれぞれ取り囲むように配置された複数の突出部56が形成されている。これにより、溝形成部材50の下面の複数の突出部56の間には、貫通孔51の径方向に沿って延びた複数の溝57が形成されている。また、溝形成部材50には、その外周に沿って複数のボルト孔58が形成されている。また、溝形成部材50の下面のボルト孔58と重なる部分には、複数のボス59が設けられている。複数のボス59は、略円筒形状の部材であり、突出部56とほぼ同じ高さを有している。そして、溝形成部材50と、その上方に配置された紡糸ビーム2(図2参照)又は、溝形成部材50と、その下方に配置された糸冷却装置3(図2参照)とは、ボルト孔58及びボス59に挿通されたボルト(図示省略)によって固定されている。ここで、ボス59が設けられているのは、溝形成部材50と紡糸ビーム2、又は、溝形成部材50と糸冷却装置3とをボルトで固定する際に、溝形成部材50が変形してしまうのを防止するためである。
【0054】
また、上述の実施の形態では、溝52が形成された溝形成部材50を、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間に配置したが、これには限られない。例えば、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間にスペーサを配置することで、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間にスペーサの高さに応じた、外気を流れ込ませるための隙間を形成するようにしてもよい。あるいは、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間にスペーサ等を配置せずに、溶融紡糸装置1の組み立てを行う作業者が、紡糸ビーム2と糸冷却装置3とをボルトなどで固定する際に、これらの間の、外気W2を流れ込ませるための隙間の上下方向の長さを測定しつつ、紡糸ビーム2と糸冷却装置3の位置調整を行うことで、上記隙間の上下方向の長さを所望の長さとしてもよい。
【0055】
また、上述の実施の形態では、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間の、外気を流れ込ませるための隙間の上下方向の長さが2〜3mm程度であったがこれには限られない。例えば、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間の、外気を流れ込ませるための隙間の上下方向の長さを10mm以下とすれば、流れ込む外気W2によって、フィラメントYが糸揺れしたり、口金13の表面が冷えたりすることはない。さらには、紡糸ビーム2や糸冷却装置3の構造によっては、紡糸ビーム2と糸冷却装置3との間の、外気を流れ込ませるための隙間の上下方向の長さを10mmよりも大きくしてもよい。
【0056】
また、上述の実施の形態では、溝形成部材50の上面及び下面が、それぞれ、紡糸ビーム2及び糸冷却装置に接触していたが、これには限られない。溝形成部材50と紡糸ビーム2との間、あるいは、溝形成部材50と糸冷却装置との間に断熱部材が配置されていてもよい。
【0057】
また、上述の実施の形態では、口金13の貫通孔13aが、中心部から互いに120度ずつずれた方向に枝分かれした3つの枝分かれ部13a1を有するものであったが、貫通孔13aの形状はこれには限られない。貫通孔13aは、上記3つの枝分かれ部13a1の長さや形状が互いに異なっているもの、4つ以上の枝分かれ部を有するもの、多角形など、別の非円形の形状を有するものであってもよい。
【符号の説明】
【0058】
1 溶融紡糸装置
2 紡糸ビーム
3 糸冷却装置
13a 貫通孔
21 冷却筒
50 溝形成部材
52 溝
57 溝
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9