【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 〔発行者名〕 一般社団法人日本鉄鋼協会 〔刊行物名〕 日本鉄鋼協会第165回春季講演大会予稿集 材料とプロセスVol.26(2013)No.1 第314頁 〔発行年月日〕 平成25年3月1日 〔集会名〕 日本鉄鋼協会第165回春季講演大会 〔開催日〕 平成25年3月28日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
従来、歯車や軸受部品,シャフトその他の機械部品等にあっては、機械的特性を良好とする上で結晶粒を微細に保つことが望ましいと考えられ、また実行されてきた。
例えば上記の歯車や軸受部品等の高い表面硬度が求められる機械部品では、一般にSCR420等のJIS鋼種を部品形状に加工した後、浸炭焼入れを施し表面硬化処理して使用しているが、その際、従来にあっては結晶粒をできるだけ微細にする方向で研究が行われてきた。
具体的には、上記部品を浸炭処理すると、特に高温で浸炭処理すると表層の結晶粒が粗大化し易い。
そこで従来にあっては、表層で結晶粒が粗大化するのを防ぐための様々な研究が行われ提案されてきた。
【0003】
浸炭処理前の製造工程でAlNやNb(C,N)といった窒化物粒子をピン止め粒子として析出分散させ、粒界をピン止めする技術は結晶粒の粗大化を抑制する技術の一つとしてよく知られた技術で、例えば下記特許文献1,特許文献2等にこの種の技術が開示されている。
【0004】
この浸炭処理前の製造工程でAlN等の窒化物粒子をピン止め粒子として析出分散させる技術にあっては、AlN等の窒化物粒子(ピン止め粒子)を十分に析出させるために、予め鋼中にN及びAlやNbを多く添加しておく。
【0005】
この場合、浸炭処理の際に表層での結晶粒粗大化が抑制されるのと同時に、鋼中に析出するAlN等の窒化物粒子によるピン止め作用で、部品内部の結晶粒も微細に保たれる。
このようにして表層の結晶粒の粗大化が抑制され、また部品内部の結晶粒が微細化した部品、つまり表層も内部も結晶粒が微細である部品は、従来では機械的特性、特に疲労特性が良好であると考えられてきた。
【0006】
しかしながら結晶粒が微細であれば疲労特性が良いとする考え方は実際には正しくなく、疲労特性に関し入力の種類によって適した結晶粒度が異なること、具体的には低荷重の入力(低荷重の入力の場合、破断に到るまでの入力の繰返し回数は多い。即ち入力付加のサイクルが高サイクルである)に対しては結晶粒が微細である方が良く、逆に高荷重の入力(高荷重の入力の場合、破断に到るまでの入力の繰返し数は少ない。即ち入力付加のサイクルが低サイクルである)に対しては結晶粒が粗い方が却って疲労特性が良好であることが、本発明者らの研究により判明した。
【0007】
つまり浸炭前製造工程で窒化物粒子を多く析出させる技術にあっては、表層も内部も結晶粒が微細であるため、高荷重の入力に対する疲労特性は不十分なものとなる。また結晶粒を微細に保つと部品内部の焼入れ性が低くなる。
その他、浸炭前製造工程でAlN等の窒化物粒子を多く析出させて結晶粒粗大化を抑制する技術にあっては、窒化物粒子の析出によって部品の内部硬さの増大をもたらして加工性を悪化させてしまう。
【0008】
更に同技術にあっては、たとえ浸炭前製造工程で鋼にAlN等を十分量析出させたとしても、真空下での高温浸炭処理では処理中に表層で脱窒を起す問題があり、而して脱窒を起すと窒化物粒子の固溶が進んで減少するために、その部分から結晶粒の粗大化が生じてしまう問題もある。
【0009】
そこで浸炭処理中における脱窒及び脱窒による結晶粒粗大化を防ぐ目的で、また窒素供給により表層で窒化物粒子を形成して微細粒安定性を保障する目的で、真空浸炭処理中(加熱による昇温期を含む)に処理炉内にNH
3等の窒化性ガスを導入する技術も知られている。
下記特許文献3にこの種の技術が開示されている。
しかしながらこの特許文献3に記載のものは、単に窒化性ガスを導入することを開示するのみで、部品表層及び部品内部間の窒化物粒子の量的関係や、結晶粒度の関係等については何等開示していない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
以上のように、従来低荷重,高荷重何れの入力に対しても高い疲労特性を備えた浸炭部品が提供されていない中で、本発明は、低荷重の入力及び高荷重の入力の何れにも優れた疲労特性を有する浸炭部品及びその製造方法を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
而して請求項1は浸炭部品に関するもので、質量%でC:0.10〜0.40%,Si:0.05〜2.00%,Mn:0.30〜2.00%,Cr:0.30〜3.00%,N:0.025%以下、窒化によりピン止め粒子を形成するピン止め粒子形成元素として、Al:0.020〜0.100%,Nb:0.01〜0.20%,Ti:0.005〜0.20%のうちの1種若しくは2種以上を含有し、残部Fe及び不可避的不純物の組成を有する鋼を部品形状に加工し、浸炭処理して成る浸炭部品であって、表面から50μm以内の部品表層の結晶粒度番号が5番より上で、表面から3mm以上の部品内部の結晶粒度番号が5番以下であることを特徴とする。
【0013】
請求項2のものは、請求項1において、前記鋼が質量%でMo:0.80%以下を更に含有する組成であることを特徴とする。
【0014】
請求項3は浸炭部品の製造方法に関するもので、質量%でC:0.10〜0.40%,Si:0.05〜2.00%,Mn:0.30〜2.00%,Cr:0.30〜3.00%,N:0.025%以下、窒化によりピン止め粒子を形成するピン止め粒子形成元素として、Al:0.020〜0.100%,Nb:0.01〜0.20%,Ti:0.005〜0.20%のうちの1種若しくは2種以上を含有し、残部Fe及び不可避的不純物の組成を有する鋼を部品形状に加工した後、処理炉内でA
3点以上の温度に加熱して保持し、減圧状態の下で浸炭性ガスにて真空浸炭処理し、該真空浸炭処理に際して部品表面から50μm以内の表層においてはAlの窒化物AlN,Nbの窒化物NbN,Tiの窒化物TiNの1種若しくは2種以上から成る窒化物粒子の総量V(質量%)が、浸炭処理中に以下の式(1)の値以上を維持するように、浸炭処理中に前記処理炉内に窒化性ガスを導入して窒化雰囲気制御し、また表面から3mm以上の部品内部においては前記窒化物粒子の総量Vが、浸炭処理中に以下の式(1)未満となるように前記鋼のNの含有量を定め、以て部品表層の結晶粒度番号が5番を超え、部品内部の結晶粒度番号が5番以下である浸炭部品を得ることを特徴とする。
(3.33×10
-5×C+7.33×10
-5)×T−(3.58×10
-2×C+7.37×10
-2)・・・式(1)
(但し式(1)中、Cは前記鋼の表層のC濃度(質量%)を表し、Tは処理温度(K)を表す)
【0015】
請求項4の製造方法は、請求項3において、前記鋼が質量%でMo:0.80%以下を更に含有する組成であることを特徴とする。
【0016】
以上のように本発明の浸炭部品は、表面から50μm以内の部品表層の結晶粒を、表面から3mm以上の部品内部の結晶粒よりも微細化し、部品表層の結晶粒度番号を5番より上、また部品内部の結晶粒度番号を5番以下となしたものである。
【0017】
浸炭処理されて使用される機械部品、例えば自動車用の機械構造部品であるギヤへの入力には、低荷重の入力と、高荷重の入力とが有り得る。
具体的には、自動車の定常走行時におけるギヤとギヤとの接触に伴う入力は前者である。
ギヤにはまた、自動車が道路の縁石に乗り上がったりその他の突起に乗り上がったりしたときに急激に加わる入力もある。この種の入力は後者の高荷重の入力に該当する。
【0018】
本発明者は浸炭部品の結晶粒の粒度と疲労特性との関係を研究する中で、それらの関係は結晶粒度が細かくなれば一律に疲労特性が良くなるといったものではなく、入力の種類によって結晶粒度と疲労特性との関係が異なること、具体的には低荷重の入力の下では部品表層の結晶粒度の高い方が疲労特性が良く、逆に高荷重の入力の下では部品内部の結晶粒度の低い方が、つまり結晶粒が粗い方が疲労特性が良いこと、更に結晶粒度5番を境として、これよりも表層の結晶粒度の高いものが低荷重の入力に対し疲労特性が高く、部品内部の結晶粒度が結晶粒度5番よりも低いものが高荷重の入力に対し疲労特性が良いとの知見を得た。
本発明の浸炭部品はこのような知見の下に発明されたものである。
【0019】
前述したように、従来にあっては疲労特性に関し結晶粒が細かい方が望ましいと一律に考えられており、種類の異なった入力の何れに対しても疲労特性を良くするために、部品表層の結晶粒度を細かく、部品内部の結晶粒度をこれよりも粗くするとの考えも無かったし、当然にこれを実現した浸炭部品も提供されてはいない。
【0020】
ここにおいて本発明は、上記の知見に基づいて浸炭部品における部品表層の結晶粒度を5番を超える微細な結晶粒度となし、一方部品内部については5番以下の粗い結晶粒度となしたもので、かかる本発明の浸炭部品にあっては、低荷重の入力に対しても、また高荷重の入力に対しても疲労特性を良好となすことができる。
【0021】
請求項3は請求項1,2の浸炭部品を製造する方法に関するもので、この製造方法では、浸炭処理炉内に窒化性ガスを導入して部品表層にNを浸入拡散せしめ、これによりAl,Nb,Tiの窒化物を表層に多く析出させて、そのピン止め効果により表層の結晶粒の粒成長を抑制し、表層の結晶粒を微細に保持する。
この請求項3において式(1)は、結晶粒粗大化を抑制するのに必要な最小限の窒化物粒子(ピン止め粒子)の総量を表している。
結晶粒の粒成長は窒化物粒子即ちピン止め粒子によって抑制される。
その結晶粒の粒成長は、鋼の温度が高くなると生じ易くなる。従ってピン止め粒子としての窒化物粒子の総量は、温度が高くなるのに連れて多くが必要である。
即ち結晶粒の粒成長抑制のために必要な窒化物粒子の総量は温度の関数となる。
【0022】
これに加えて、本発明者等は浸炭部品を製造する際の真空浸炭処理のプロセスにおいて、結晶粒が粒成長する温度即ち結晶粒粗大化温度と鋼中のC濃度との間に密接な関係があり、C濃度が高いほど結晶粒粗大化温度が低下すること、即ち結晶粒が粒成長し易くなることを突き止めた。
従って結晶粒の粒成長抑制のために必要な窒化物粒子の総量は、鋼中のC濃度が高いほど多くが必要である。
つまり結晶粒の粒成長抑制に必要な窒化物粒子の総量は、温度TとC濃度との関数であることを知得した。
【0023】
後に明らかにされるように、結晶粒成長の抑制に必要な最小限の窒化物粒子の量は種々の試験、研究の結果上記式(1)で表されることを見出した。
従って、式(1)で表される量を上回る量で鋼中(鋼の表面から深さ0.05mmまでの表層)に窒化物粒子を析出させておけば、結晶粒成長を抑制することができる。即ち部品表層の結晶粒を微細に保持することができる。より詳しくは表層の結晶粒度を5番より上の細かな結晶粒に保持することができる。
本発明の製造方法において、鋼の表層においてはAlの窒化物AlN,Nbの窒化物NbN,Tiの窒化物TiNの1種若しくは2種以上から成る析出窒化物粒子の総量Vが式(1)の値以上を維持するように浸炭処理中に炉内に窒化性ガスを導入する、とはこのことを意味している。
【0024】
ここでVは実際に鋼中に析出している窒化物粒子の総量で、このVの値は、浸炭処理時において鋼中に含まれるNの量とAl,Nb,Tiの量(但し介在物,晶出物となっているものを除く)、及びAlとN,NbとN,TiとNのそれぞれの溶解度積に基づいて求めることができる。
本発明ではAlとNとの溶解度積を表す式として
log([Al]
S×[N]
S)=1.03−6770/T・・・式(2)
を用いる。この式(2)はW.C.Leslieの式として知られた式(W.C.Leslie,R.L.Rickett,C.L.Dotson and W.C.Walton:Trans.ASM,46(1954),1470.)である。AlとNとの溶解度積を表す式としては、このW.C.Leslieの式が広く用いられている。
【0025】
またNbとNとの溶解度積を表す式として
log([Nb]
S×[N]
S)=2.89−8500/T・・・式(3)
を用いる(成田貴一,小山伸二:鉄と鋼,52(1966),788)。
更にTiとNとの溶解度積を表す式として
log([Ti]
S×[N]
S)=5.03−17800/T・・・式(4)
を用いる(有川正康,成田貴一:鉄と鋼,38(1952),739)。
【0026】
以下にこれら溶解度積の式を用いた、Vの具体的な求め方を説明する。
[Al]
T,[Nb]
T,[Ti]
T,[N]
T:各元素の全量(介在物,晶出物は除く)
[Al]
S,[Nb]
S,[Ti]
S,[N]
S:各元素の固溶量
[Al]
P,[Nb]
P,[Ti]
P,:各元素の析出量
【数1】
:窒化物AlN,NbN,TiNそれぞれにおけるN析出量
[AlN],[NbN],[TiN]:各窒化物析出量
M
Al,M
Nb,M
Ti,M
N:各元素の原子量
logK
AlN=log([Al]
S×[N]
S),logK
NbN=log([Nb]
S×[N]
S),logK
TiN=log([Ti]
S×[N]
S)=b−a/T
としたとき、
各窒化物中の元素量の関係から
【数2】
各元素の収支から
(エ) [Al]
S+[Al]
P=[Al]
T
(オ) [Nb]
S+[Nb]
P=[Nb]
T
(カ) [Ti]
S+[Ti]
P=[Ti]
T
【数3】
各析出物中の原子量比の関係より
【数4】
【0027】
溶解度積の関係より
(サ) [Al]
S×[N]
S=K
AlN
(シ) [Nb]
S×[N]
S=K
NbN
(ス) [Ti]
S×[N]
S=K
TiN
(エ),(ク),(サ)より
【数5】
(オ),(ケ),(シ)より
【数6】
(カ),(コ),(ス)より
【数7】
【0028】
(キ)に(セ),(ソ),(タ)を代入すると、
[N]
S+M
N/M
Al×{[Al]
T−K
AlN/[N]
S}+M
N/M
Nb×{[Nb]
T−K
NbN/[N]
S}+M
N/M
Ti×{[Ti]
T−K
TiN/[N]
S}=[N]
T
[N]
S2+(M
N/M
Al×[Al]
T+M
N/M
Nb×[Nb]
T+M
N/M
Ti×[Ti]
T−[N]
T)×[N]
S−(M
N/M
Al×K
AlN+M
N/M
Nb×K
NbN+M
N/M
Ti×K
TiN)=0
ここで
X=(M
N/M
Al×[Al]
T+M
N/M
Nb×[Nb]
T+M
N/M
Ti×[Ti]
T−[N]
T)
Y=−(M
N/M
Al×K
AlN+M
N/M
Nb×K
NbN+M
N/M
Ti×K
TiN)
と置くと、
[N]
S2+X・[N]
S+Y=0
【数8】
【数9】
【0029】
(ア)に(ク)を代入し、さらにこれに(サ)'を代入すると、
図20(A)に示すように式(5)が得られる。
同様にして
図20(B),(C)に示す式(6),式(7)が得られる。
そして下記式(8)で示すようにAlN,NbN,TiNの総量Vが鋼中(鋼の表層)の窒化物粒子の総量として求まる。
V=[AlN]+[NbN]+[TiN]・・・式(8)
尚、Al,Nb,Tiの添加量が少ないために式(サ)′,(シ)′,(ス)′において、Al,Nb,TiをZとして固溶量[Z]
S>全量[Z]
Tとの結果が生じた場合は、固溶量[Z]
S=添加量[Z]
Tとして式(セ),(ソ),(タ)以降を再計算する。
【0030】
以上のように請求項3の製造方法に従い、真空浸炭の処理中において、部品表層のC濃度と処理温度とで定まる式(1)の値、即ち結晶粒成長を抑制するのに必要な最小量の窒化物粒子の量を表す式(1)の値を上回るように、窒化物粒子を部品表層に析出させておくことで、部品表層の結晶粒が粗大化してしまうのを抑制することができる。
換言すれば、窒化物粒子を上記の量で析出させるのに必要な量で窒化性ガスを熱処理炉に導入することで部品表層の結晶粒粗大化を抑制することが可能となる。
【0031】
一方において請求項3の製造方法では、表面から3mm以上の部品内部での窒化物粒子の総量Vが浸炭処理中に式(1)未満となるように、鋼中にNを予め小量で含有させておく。
このことによって、部品内部においてはその結晶粒度を粒度番号5番以下の粗い結晶粒度となしておくことができる。
即ちこの請求項3の製造方法によって、部品表層の結晶粒度が粒度番号5番を超える微細な結晶粒度であり、部品内部の結晶粒度が粒度番号5番以下の粗い結晶粒度である、請求項1及び請求項2の浸炭部品を良好に製造することができる。
【0032】
本発明の請求項3の製造方法では、鋼の溶解段階では小量のNを鋼に含有させておき、真空浸炭の際に窒化性ガス導入により窒化物粒子をピン止め粒子として表層に形成させることで、表層の結晶粒粗大化を抑制して表層の結晶粒を微細に保つ一方、部品内部においては鋼のN量を少なくしておくことで結晶粒を粒成長させ、粗大化することで部品内部の結晶粒度を5番以下の粗いものとする。
このため本発明の製造方法では、浸炭前の鋼の製造工程において多くの窒化物粒子を鋼中に分散析出させておかなくても良いため、鋼の加工性の悪化を防ぐことができる。
また真空浸炭処理中に表層からの脱窒を起すことで、そこから粒成長を起してしまう問題も解決することが可能である。
【0033】
更に浸炭処理中において、必要な適正量でアンモニア等の窒化性ガスを供給することが可能であり、窒化性ガスの導入量が不十分であることによって、脱窒や粒成長を起してしまうのを抑制することが可能であるとともに、逆に窒化性ガスの供給量が過剰であることによって、処理炉の炉材に大きなダメージを与えてしまったり、腐食を助長してしまったりする問題を解決することが可能である。
更に高価なアンモニアガス等の使用量を少なくでき、窒化性ガスに要するコストを低減することが可能である。
尚本発明の製造方法においては、窒化性ガスの導入量を変化させることで部品表層のN濃度がどの様に変動するか、その関係を予め知っておくことで、窒化性ガスの導入量を適正に制御することができる。
【0034】
本発明の浸炭部品及び浸炭部品の製造方法にあっては、鋼にMo:0.80%以下を更に含有させておくことができる(請求項2,請求項4)。
【0035】
次に本発明における鋼の化学成分の限定理由を以下に説明する。
C:0.10〜0.40%
Cは部品の芯部強度を確保するために、0.10%以上必要であるが、多すぎると芯部の靭性を劣化させるので、0.40%を上限とする。
【0036】
Si:0.05〜2.00%
Siは脱酸のために0.05%以上を必要とするが、2.00%を超えると鍛造時に割れ等が発生して冷間加工性、温間加工性を非常に劣化するので、上限を2.00%とする。
【0037】
Mn:0.30〜2.00%
MnはMnS等の介在物形態制御を図ると共に焼入性を確保するために必要な元素であり、そのためには0.30%以上必要である。しかし、多すぎると冷間加工性や温間加工性、更に機械加工性、特に被削性の劣化をもたらすので、2.00%を上限とする。
【0038】
Cr:0.30〜3.00%
Crは強度或いは靭性を向上させる元素であり、0.30%以上含有させる。但し過剰に添加すると加工性の劣化を招くとともにコスト高をもたらすため、上限を3.00%とする。
【0039】
N:0.025%以下
NはAlやNb或いはTiと結合してピン止め粒子としての窒化物粒子を形成し、真空浸炭処理時に結晶粒成長を抑制するために有用な元素で、予め鋼中に0.025%以下の量で含有させておく。望ましくは0.005%以上含有させておく。
【0040】
Al:0.020〜0.100%,Nb:0.01〜0.20%,Ti:0.005〜0.20%
Al,Nb,Tiは浸炭処理時に結晶が粒成長するのを抑制するのに有効な元素であり、そのためにAl:0.020〜0.100%,Nb:0.01〜0.20%,Ti:0.005〜0.20%のうちの1種又は2種以上を添加する。
但し多すぎると加工性を劣化させたり、粗大な窒化物生成をするため、上記の範囲内で各元素を添加する。
【0041】
Mo:0.80%以下
Moは強度を向上させる元素であり、必要に応じてこれを添加する。但し0.80%を超えて過剰に添加すると加工性の劣化を招くとともにコスト高をもたらすので、上限を0.80%以下とする。
Moの好ましい添加量は0.01〜0.30%である。
【0042】
尚、鋼の溶解に際してP:<0.030%,S:<0.030%が不可避的不純物として含まれてしまうことがあるのに加えて、特に電気炉を用いた溶解では、Cu,NiがそれぞれCu:<0.30%,Ni:<0.25%のレベルで鋼中に含まれてしまうことがある。本発明においてこのようなレベルで含まれて来るCu,Niもまた不可避的な不純物成分である。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【
図1】結晶粒粗大化の有無を調査するための浸炭処理条件を示した図である。
【
図2】0.2%Cにおける窒化物粒子量と処理温度との関係を表した図である。
【
図3】0.6%Cにおける窒化物粒子量と処理温度との関係を表した図である。
【
図4】0.8%Cにおける窒化物粒子量と処理温度との関係を表した図である。
【
図5】式(1)の傾きa及び切片bについてC濃度依存性を示した図である。
【
図6】析出N量及び析出Q量と溶解度積の関係を示した図である。
【
図7】実施形態における真空浸炭処理の処理条件を示した図である。
【
図8】
図7の処理条件で浸炭処理を行ったときの表層C濃度の変化を示した図である。
【
図9】表3のNo.1での表層及び内部の窒化物粒子量の変化を示したグラフである。
【
図10】表3のNo.2での表層及び内部の窒化物粒子量の変化を示したグラフである。
【
図11】表3のNo.3での表層及び内部の窒化物粒子量の変化を示した図である。
【
図12】表3のNo.4での表層及び内部の窒化物粒子量の変化を示した図である。
【
図13】表3のNo.5での表層及び内部の窒化物粒子量の変化を示した図である。
【
図14】表3のNo.6での表層及び内部の窒化物粒子量の変化を示した図である。
【
図15】表3のNo.7での表層及び内部の窒化物粒子量の変化を示した図である。
【
図16】表3のNo.8での表層及び内部の窒化物粒子量の変化を示した図である。
【
図17】4点曲げ試験用の試験片の形状を示した図である。
【
図18】(A)10
2回疲労荷重と内部結晶粒度番号の関係を示した図である。(B)10
6回疲労荷重と表層結晶粒度番号の関係を示した図である。
【
図19】表層及び内部における結晶粒度の組合せと疲労特性との関係を示した図である。
【
図20】AlN,NbN,TiNの各析出量を表した式である。
【発明を実施するための形態】
【0044】
次に本発明の実施形態を以下に説明する。
[I](式(1)の導出試験)
表1に示すように種々のAl,Ti,Nb,N量を有するJIS SCR420鋼において、形状がφ25×100mmの試験片を用い、
図1に示すように種々の温度で1hrのガス浸炭を行って表層C濃度を0.2〜0.8%Cまで変化させ、結晶粒粗大化の有無を調査した。
尚、用いた浸炭ガスその他の浸炭処理条件は以下とした。
滴注式ガス浸炭炉を用い、滴注液CH
3OH:600ml/h,調整ガス:C
3H
8,N
2、処理時間120minとした。
またC濃度の測定は、試験片表面から0.05mmの旋削屑を採取し、JIS G 1211-3に準拠して燃焼分析にてC定量を行った。
また結晶粒粗大化の有無は、JIS G 0551の結晶粒度試験方法に準拠して判定した。
ここで表1に示す鋼は、鋼に含有されているN量の変化によって表層N濃度が0.008〜0.025%まで変化している。
尚表1の鋼において、P:≦0.030%,S:≦0.030%,Cu:≦0.30%,Ni:≦0.25%で含まれている場合は、これを不純物として表示を省いている。
【0046】
また介在物Al
2O
3として析出しているOは表示を省略し、更にAlについては残りのAlをピン止め粒子としての窒化物粒子形成用に有効な量としてこれをs-Alとして表示している。
更にTi添加鋼であるk,lについては、モル比でN量以下のTiはTiNとして晶出し、ピン止め粒子形成に寄与しないことから、残りのTiを表1中余剰Tiとして表示している。
【0047】
因みにTiNとして晶出する分を含めて、実際に当初の鋼中に含まれているTiはkがTi:0.049%であり、lがTi:0.051%である。
またNについてはkがN:0.010%でlがN:0.009%である。
【0048】
図2は0.2%(質量%。以下同じ)Cにおいて、
図3は0.6%Cにおいて、更に
図4は0.8%Cにおいて、それぞれ横軸に窒化物粒子量(質量%)を、縦軸に処理温度(K)をとって、結晶粒が粗大化するのを抑制する最小の窒化物粒子量と処理温度との関係を求めたものである。
これらの図において、図中右上りの直線は結晶粒が粗大化する領域と粗大化抑制される領域との境界を表している。
図2,
図3及び
図4の結果から、鋼中C濃度が高くなるほど結晶粒粗大化温度が低下していることが見て取れる。
従ってC濃度が高くなるほど、結晶粒粗大化抑制のためにより多くの窒化物粒子(ピン止め粒子)を生成し析出させておくことが必要である。
【0049】
図2,
図3,
図4中、右上りの斜めの直線は窒化物粒子量をVとして、V=a×T+bで表される。
ここでaは直線の傾き、bは切片である。
つまり各C濃度において、結晶粒粗大化の有無は下記式
V=a×T+b
で整理でき、0.2%C,0.6%C,0.8%Cではそれぞれ以下の式となる。
V=8.00×10
−5×T−8.08×10
−2(0.2%C)
V=9.31×10
−5×T−9.53×10
−2(0.6%C)
V=1.00×10
−4×T−1.02×10
−1(0.8%C)
0.2%C,0.6%C,0.8%Cそれぞれの直線の傾きa,切片bからa,bのC濃度依存性を求めると、
図5にも示しているように
a=3.33×10
−5×C+7.33×10
−5
b=−3.58×10
−2×C−7.37×10
−2
となる。
【0050】
即ち結晶粒粗大化防止のために必要な最小の窒化物粒子量は
(3.33×10
−5×C+7.33×10
−5)×T−(3.58×10
−2×C+7.37×10
−2)・・・式(1)
にて表すことができる。
従って実際の鋼中(鋼の表層)の窒化物粒子の析出量Vが以下の式
V≧(式(1)の値)
を満たすことで、即ちそのようなVを浸炭処理中維持することで、結晶粒粗大化を防ぐことができ、結晶粒を微細に保持することができる。
【0051】
尚Al,Nb,TiのそれぞれとNとの結合により析出する窒化物粒子の量と、各元素とNとの溶解度積との関係は
図6に示すようになる。
図中Aは溶解度積を表す曲線で、BはAl等QとNとの窒化物におけるQ量(質量%)とN量(質量%)との関係(比率)を表している。
例えばAlとNとの窒化物を例にとった場合、曲線Aと直線Bとの交点P
0とP
1(P
1は鋼中に含有されるAl量を横軸(x軸)の値x
1とし、N量を縦軸(y軸)の値y
1として(x
1,y
1)で特定される座標値)とを結ぶ線分のx軸成分が析出Al量となり、y軸成分が析出N量となる。
尚、曲線Aよりも下の領域がAl,Nの固溶領域となる。
【0052】
[II](効果確認試験)
表2に示す組成の各種鋼を真空溶製して950〜1250℃にてφ30mmまで熱間鍛造し、910℃×1hrの焼準を施した後、φ25×100mmの試験片及び
図17に示す曲げ試験片(4点曲げ試験片)10を作製し、真空浸炭処理を行った。
尚[I]の試験片についても同様にして作製している。
尚表1について述べたのと同様に、表2において、P:≦0.030%,S:≦0.030%,Cu:≦0.30%,Ni:≦0.25%で含まれている場合は、これを不純物として表示を省いている。
また介在物Al
2O
3として析出しているOは表示を省略し、更にAlについては残りのAlをピン止め粒子としての窒化物粒子形成用に有効な量としてこれをs-Alとして表示している。
更にTi添加鋼であるrについては、モル比でN量以下のTiはTiNとして晶出し、ピン止め粒子形成に寄与しないことから、残りのTiを表2中余剰Tiとして表示している。
【0053】
因みにrにおいてTiNとして晶出する分を含めて、実際に当初の鋼中に含まれているTiはTi:0.042%であり、Nについては0.008%である。
【0055】
ここでの真空浸炭処理は次のような条件の下で行った。
即ち炉容積400Lの処理炉を用い、炉内を真空引きして1500Paの減圧状態とし、1273〜1323Kの範囲内で処理温度を種々変化させて真空浸炭処理を行った。
ここで処理Aと、処理Dと、処理Fでは、窒化性ガスの導入の有無を含む浸炭条件を
図7に示すように異ならせてある。
【0056】
これらの浸炭処理中、処理の進行途中の種々のタイミングで試験片を処理炉から取り出して急冷し、試験片表面から0.05mm(表層分析用),3mm(内部分析用)までの深さの旋削屑を採取し、燃焼分析にて試験片(部品)表層と試験片内部(部品内部)それぞれについてCの定量とNの定量とを行った。
ここでCの定量はJIS G 1211-3に準拠して行い、Nの定量についてはJIS G 1228-5に準拠して行った。
これらの結果が表3及び表4に示してある。
【0059】
また表3及び表4の結果に基づいて、表層C濃度の変化が
図8に、No.1についての1323K(1050℃)の処理温度の下での表層及び内部の窒化物粒子量の変化が
図9に、No.2についての1323K(1050℃)の処理温度の下での表層及び内部の窒化物粒子量の変化が
図10に、No.3についての1273K(1000℃)の処理温度の下での表層及び内部の窒化物粒子量の変化が
図11に示してある。
【0060】
更にNo.4についての1323K(1050℃)の処理温度の下での表層及び内部の窒化物粒子量の変化が
図12に、No.5についての1323K(1050℃)の処理温度の下での表層及び内部の窒化物粒子量の変化が
図13に、No.6についての1323K(1050℃)の処理温度の下での表層及び内部の窒化物粒子量の変化が
図14に、No.7についての1323K(1050℃)の処理温度の下での表層及び内部の窒化物粒子量の変化が
図15に、No.8についての1323K(1050℃)の処理温度の下での表層及び内部の窒化物粒子量の変化が
図16にそれぞれ示してある。
【0061】
図8に示しているように、鋼の表層のC濃度は、浸炭期に浸炭ガスとしてC
3H
8を作用させることで急激に高くなっている。
尚、ここでは処理温度の低いものについては浸炭期の長さを長くしてある。
このように鋼の表層のC濃度は浸炭処理の進行に伴って変化する。従って結晶粒成長抑制のための窒化物粒子の必要量も、これに応じて浸炭処理中に変動する。
【0062】
図9〜
図16中の曲線S1は浸炭処理の進行に伴う表層の式(1)の値の変化を、また曲線S2は内部の式(1)の値の変化をそれぞれ表している。
曲線S1は表層において結晶粒粗大化が生じるか粗大化抑制されるかの境界、つまりしきい値を表す曲線であり、また曲線S2は内部において結晶粒粗大化が生じるか粗大化抑制されるかの境界のしきい値を示す曲線である。
これらの図に示しているように、表層における窒化物粒子の量が、浸炭処理の全期間を通じて式(1)で表される曲線S1を上回っている処理例においては、表5の平均結晶粒度の欄に示しているように何れも浸炭処理後における表層の結晶粒が結晶粒度5超を維持できている。
逆に内部における窒化物粒子の量が、浸炭処理の全期間を通じて若しくは一時的に式(1)で表される曲線S2を下回っている処理例においては、何れも浸炭処理後における内部の結晶粒が結晶粒度5以下を維持できている。
【0063】
[III](疲労試験)
上記浸炭処理を施した
図17の曲げ試験片10を用いて4点曲げ試験を行い、疲労特性を評価した。
曲げ試験片10は、
図17に示しているように軸方向中間部にくびれ部12を有している。
ここでは試験片10を2個所の支持部14において下側から支持した状態で、2個所の入力部16において曲げ試験片10に対し下向きに荷重を加えて試験片10を曲げ変形させ、その後荷重を取り除いて形状を元に戻した後再び荷重を負荷することを繰り返した。ここでは最小/最大応力比0.1の片振り疲労試験を行い、それぞれ曲げの繰返し数が10
2回,10
6回で疲労破断する最大荷重を求めて曲げ疲労特性を評価した。
その結果が表5に併せて示してある。
【0065】
図19は、表層及び内部ともに結晶粒の粗い試料(表5のNo.1),表層の結晶粒が微細で内部の結晶粒が粗い試料(No.3)、及び表層,内部ともに結晶粒が微細な試料(No.5)について、入力荷重を変えて
図17の4点曲げ試験により疲労試験を行ったときの結果を示している。
尚試料No.1では表層の結晶粒度番号が1.1で、内部の結晶粒度番号が1.0である。
また試料No.3では表層の結晶粒度番号が8.9で、内部の結晶粒度番号が2.8であり、更に試料No.5では表層の結晶粒度番号が7.2で、内部の結晶粒度番号が6.9である。
【0066】
図19に示す結果から、表層及び内部ともに結晶粒が微細である試料No.5については、低荷重の入力に対しては疲労特性が良好である反面、高荷重の入力に対しては疲労特性が不十分であること、一方表層及び内部ともに結晶粒の粗大な試料No.1については、高荷重の入力に対しては疲労特性が良好であるものの、低荷重の入力に対しては疲労特性が不十分であること、これに対して表層の結晶粒が微細で内部の結晶粒が粗大である試料No.3については、低荷重の入力に対しても、また高荷重の入力に対しても疲労特性が良好であること、即ち試料No.1と試料No.5とのそれぞれの長所を備えていることが見て取れる。
【0067】
図18は、表5のNo.1〜No.8の疲労試験の結果を図化したものである。図中(A)が高荷重で入力を加えたときの疲労試験の結果を、(B)が低荷重で入力を加えたときの疲労試験の結果をそれぞれ示している。
図18(B)に示しているように、繰返し数10
6回で破断するような低荷重の入力の下では表層の結晶粒度番号と疲労特性との間に明確な相関があり、表層の結晶粒度番号が大であるほど、特に結晶粒度5番超で疲労特性が明らかに良好である。
一方
図18(A)に示しているように、繰返し数10
2回で、即ち、早い段階で破断するような高荷重の入力の下においても、内部の結晶粒度番号と疲労特性との間に明確な相関がある。但しこの場合には内部の結晶粒度番号が小で、結晶粒が粗い方が、特に粒度番号5番以下で疲労特性が良好となっている。
【0068】
以上本発明の実施形態を詳述したがこれはあくまで一例示であり、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲において種々変更を加えた態様で実施可能である。