(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6261618
(24)【登録日】2017年12月22日
(45)【発行日】2018年1月17日
(54)【発明の名称】チタン素材および窒素固溶チタン粉末材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
B22F 1/00 20060101AFI20180104BHJP
B22F 3/20 20060101ALI20180104BHJP
【FI】
B22F1/00 G
B22F1/00 R
B22F3/20 C
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2015-558769(P2015-558769)
(86)(22)【出願日】2014年12月26日
(86)【国際出願番号】JP2014084530
(87)【国際公開番号】WO2015111361
(87)【国際公開日】20150730
【審査請求日】2016年4月18日
(31)【優先権主張番号】特願2014-11362(P2014-11362)
(32)【優先日】2014年1月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504100802
【氏名又は名称】近藤 勝義
(73)【特許権者】
【識別番号】390000996
【氏名又は名称】株式会社ハイレックスコーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】110001586
【氏名又は名称】特許業務法人アイミー国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】近藤 勝義
【審査官】
酒井 英夫
(56)【参考文献】
【文献】
特開平04−218634(JP,A)
【文献】
特開2009−280842(JP,A)
【文献】
特開2012−255192(JP,A)
【文献】
近藤勝義ら,軽元素によるチタン焼結材料の高強度・高延性発現機構,粉体粉末冶金協会講演概要集,2013年 5月27日,平成25年度春季大会,p.124
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00−9/30,
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン粉末粒子からなるチタン粉末材料を用意する工程と、
前記チタン粉末材料を、400℃〜600℃の温度範囲で窒素を含む雰囲気中で10分〜2時間加熱し、前記チタン粉末粒子のマトリクス中に窒素原子を固溶させる工程とを備え、
前記チタン粉末粒子の窒素含有量は、質量基準で、0.1%〜0.65%であることを特徴とする、窒素固溶チタン粉末材料の製造方法。
【請求項2】
前記窒素原子をチタン粉末粒子のマトリクス中に固溶するための加熱処理を、管状式加熱炉または回転式ロータリーキルン炉で行う、請求項1に記載の窒素固溶チタン粉末材料の製造方法。
【請求項3】
チタン粉末粒子からなるチタン粉末材料を所定の形状に成形して焼結したチタン素材であって、
前記各チタン粉末粒子のマトリクス中に窒素原子が固溶しており、
前記各チタン粉末粒子の窒素含有量は、質量基準で、0.1%〜0.65%であり、
破断伸びが10%以上である、チタン素材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、チタン粉末材料及びチタン素材に関し、特に窒素を固溶させた高強度チタン粉末材料、チタン素材およびそれらの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チタンは、鋼の約1/2の低比重を有する軽量素材であり、耐腐食性や強度に優れた特徴を有することから、軽量化ニーズが強い航空機、鉄道車両、二輪車、自動車などの部品や、家電製品や建築用部材に利用されている。また、優れた耐腐食性の観点から、医療用素材としても利用されている。
【0003】
しかしながら、チタンは、鉄鋼材料やアルミニウム合金と比較して、素材コストが高いために利用対象が限定されている。特に、チタン合金は、1000MPaを超える高い引張強さを有するものの、延性(破断伸び)が十分ではなく、また常温または低温域での塑性加工性に乏しいといった課題がある。他方、純チタンは、常温にて25%を超える高い破断伸びを有しており、低温域での塑性加工性にも優れているものの、引張強さが400〜600MPa程度と低い点が課題である。
【0004】
チタンに対する高強度と高延性の両立、および素材コストの低減に関する要求は極めて強いことから、これまでに様々な検討が行われてきた。特に、低コスト化の観点から、バナジウム、スカンジウム、ニオブなどの高価な元素ではなく、酸素や窒素といった比較的安価な元素による高強度化が従来技術として多く検討されてきた。
【0005】
例えば、日本金属学会誌第72巻第12号(2008)949−954頁(非特許文献1)に「チタンの引張変形挙動および変形組織発達に及ぼす窒素の影響」と題して、チタン合金の合金元素として窒素を利用することが記載されている。具体的には、スポンジチタンおよびTiN粉末を所定の組成となるように秤量し、アーク溶解することで種々の窒素濃度を有するTi−N合金を作製することが記載されている。この場合、窒素原子がTiのマトリクス中に均一に固溶すれば、高強度と高延性の両立が可能となる。
【0006】
他の方法として、Ti溶湯にTiN粒子を添加し、凝固した際に窒素原子をTiのマトリクス中に固溶させる技術もある。この場合でも、窒素原子がTiのマトリクス中に均一に固溶すれば、高強度と高延性の両立が可能となる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】日本金属学会誌第72巻第12号(2008)949−954頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の溶解製法(特に、Ti溶湯にTiN粒子を添加する方法)では、窒素原子の拡散が著しいために、窒素原子が溶湯の上部に濃化し、その結果、大型インゴットでは窒素の均一分散が困難となり、延性を著しく低下させてしまう。
【0009】
本発明の目的は、Ti粉末粒子のマトリクス中に窒素原子を均一に拡散して固溶させることのできる窒素固溶チタン粉末材料の製造方法を提供することである。
【0010】
本発明の他の目的は、窒素原子をTi粉末粒子のマトリクス中に均一に拡散して固溶させることにより、高強度および高延性を兼ね備えたチタン粉末材料およびチタン素材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に従った窒素固溶チタン粉末材料の製造方法は、チタン粉末粒子からなるチタン粉末材料を、窒素を含む雰囲気中で加熱してチタン粉末粒子のマトリクス中に窒素原子を固溶させることを特徴とする。窒素原子をチタン粉末粒子のマトリクス中に固溶するための加熱温度は、好ましくは、400℃以上800℃以下である。
【0012】
上記の方法によって製造された窒素固溶チタン粉末材料において、各チタン粉末粒子の窒素含有量は、好ましくは、質量基準で0.1%〜0.65%である。なお、参考のために、日本工業規格(JIS)で規定する4種類の純チタンの窒素含有量は、以下のとおりである。
【0013】
JIS H 4600 1種:0.03質量%以下
JIS H 4600 2種:0.03質量%以下
JIS H 4600 3種:0.05質量%以下
JIS H 4600 4種:0.05質量%以下
【0014】
チタン素材は、上記の窒素固溶チタン粉末材料を用いて所定の形状に成形したものである。一つの実施形態では、チタン素材は純Ti粉末押出材であり、押出材全体に対する窒素含有量が、質量基準で、0.1%〜0.65%であり、破断伸びが10%以上である。
【0015】
窒素固溶チタン粉末材料を固化させてチタン素材とする方法としては、例えば、圧粉成形・焼結、熱間押出加工、熱間圧延加工、溶射、金属射出成形、粉末積層造形等が利用される。
【0016】
上記の特徴的な構成の作用効果または技術的意義については、以下の項目で説明する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図2】示差熱重量分析装置による測定データを示す図である。
【
図3】窒素固溶化熱処理を行った場合のTiの回折ピークの変化を示す図である。
【
図4】結晶方位解析(SEM−EBSD)による測定結果を示す図である。
【
図6】熱処理時間と、窒素量および酸素量との関係を示す図である。
【
図7】窒素含有量とマイクロビッカース硬さHvとの関係を示す図である。
【
図8】酸素ガス流量比率と、窒素量および酸素量との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1は、この発明の特徴を模式的に示した図である。まず、この
図1を用いて発明の概要を説明し、その後により詳しいデータ等を説明する。
【0019】
[チタン粉末材料の準備]
多数のチタン粉末粒子からなるチタン粉末材料を準備する。ここで「チタン粉末粒子」とは、純チタン粉末粒子またチタン合金粉末粒子のいずれであってもよい。
【0020】
[固溶化熱処理]
チタン粉末粒子からなるチタン粉末材料を、窒素を含む雰囲気中で加熱して保持することにより、窒素原子を各チタン粉末粒子のマトリクス中に均一に拡散して固溶させ、最終的に目的とする窒素固溶チタン粉末材料を得る。
【0021】
加熱条件は、例えば、以下の通りである。
加熱雰囲気:100vol.%N
2ガス
ガス流量:5L/min.
加熱温度:400〜600℃
保持時間:1〜2hr.
【0022】
上記の固溶化熱処理により、窒素原子は各チタン粉末粒子のマトリクス中に均一に拡散し、固溶する。上記の加熱過程において、チタン粉末同士の焼結現象は進行しないため、管状式加熱炉(非回転式)または回転式ロータリーキルン炉のいずれを用いてもよい。
【0023】
上記のようにして得た窒素固溶チタン粉末材料の固化には、例えば、圧粉成形・焼結、熱間押出加工、熱間圧延加工、溶射、金属射出成形、粉末積層造形等が利用される。
【0024】
[示差熱重量分析装置(TG−DTA)による検証]
純Ti原料粉末を炉内に入れ、窒素ガスを150mL/min.の流量で流入させた状態で常温から800℃(1073K)まで昇温させたところ、400℃(673K)付近から重量増加が確認され、その後は温度上昇に伴って重量が顕著に増加した。その結果を
図2に示す。
図2中、TG(Thermogravimetry)は重量変化を示し、DTA(Differential Thermal Analysis)は発熱・吸熱挙動を示す。
【0025】
[窒素及び酸素含有量の測定]
管状加熱炉内で窒素ガスを5L/min.の流量で流入させた状態で、400℃(673K)、500℃(773K)、600℃(873K)の各温度で純Ti粉末を1時間加熱した後の窒素含有量および酸素含有量を測定した。その結果を表1に示す。
【0027】
表1から明らかなように、加熱温度の増加と共に、窒素含有量は増大した。しかしながら、酸素含有量はほとんど変化していないことから、加熱過程でのTi粉末の酸化は抑制された。
【0028】
表1の結果は、示差熱重量分析装置(TG−DTA)の結果とよく一致しており、Ti粉末のマトリクス中へ窒素原子を固溶させるには、加熱温度を400℃(673K)以上とするのが望ましい。ただし、加熱温度が800℃を超えると、Ti粉末同士が部分的に焼結するため、800℃以下の加熱温度が望ましい。
【0029】
[回折ピークによる検証]
図3は、窒素固溶化熱処理を行った場合のTiの回折ピークの変化を示す図である。具体的には、管状加熱炉内で窒素ガスを5L/min.の流量で流入させた状態で、600℃(873K)にて純Ti粉末を1時間、および2時間加熱した後のTi粉末のXRD(X線回折)分析を行った。
【0030】
図3から明らかなように、純チタン原料粉末に対して窒素固溶化熱処理を行うと、Tiの回折ピークが低角度側にシフトしていることが認められる。これらのピークのシフトは、Tiの素地(マトリクス)中に窒素原子が固溶したことを示すものである。
【0031】
上記の試料について酸素含有量および窒素含有量を測定し、その結果を表2に示す。
【0033】
表2の結果から明らかなように、酸素量はほぼ変化せず、窒素量が加熱時間の増加と共に増大していることが認められる。
【0034】
[結晶方位解析(SEM−EBSD)による検証]
各Ti粉末を放電プラズマ焼結により成形固化し、熱間押出加工を施して直径φ7mmの押出材を作製した。
【0035】
放電プラズマ焼結に際しては、真空雰囲気で800℃×30分間加熱し、その過程で30MPaの圧力を付与した。
【0036】
熱間押出加工に際しては、上記の焼結体をアルゴンガス雰囲気中で1000℃×5分間加熱し、直ちに押出比37の条件で押出加工を行い、直径φ7mmの押出材を作製した。
【0037】
結晶方位解析(SEM−EBSD)により結晶粒径を測定した結果、窒素含有量が増加すると共に、結晶粒が減少すること、言い換えれば、結晶粒の微細化が進行することを確認した。その結果を
図4に示す。これは、固溶した窒素原子の一部がTiの結晶粒界に拡散・濃化し、ソリュートドラッグ(solute drag)効果により結晶粒の粗大化を抑制したためである。
【0038】
[強度の測定]
1時間の窒素固溶化熱処理を行って窒素含有量が0.290質量%になった「1hr加熱Ti粉末」、2時間の窒素固溶化熱処理を行って窒素含有量が0.479質量%になった「2hr加熱Ti粉末」、および窒素固溶化熱処理を行っていない「原料Ti粉末」(窒素含有量は0.018質量%)を用いた押出材について、強度を測定した。その結果を
図5および表3に示す。
【0040】
図5および表3から明らかなように、窒素固溶化熱処理を行ったTi粉末では、窒素原子の固溶による強度増加が確認された。また、伸びは減少するものの、10%を超えており、Ti素材として高い延性を有することが認められた。
【0041】
他方、3時間の窒素固溶化熱処理を行った「3hr加熱Ti粉末」(窒素含有量;0.668質量%、酸素含有量;0.265質量%)を用いた押出材では、引張強さ(UTS)が1264MPa、0.2%耐力(YS)が1204MPaと増加するが、伸びが1.2%と著しく低下した。したがって、窒素含有量の好ましい上限値は0.65質量%である。また、強度向上の観点から、窒素含有量の好ましい下限値は0.1質量%である。
【0042】
[熱処理時間と窒素量および酸素量との関係]
純Ti粉末(平均粒子径;28μm、純度>95%)を出発原料とし、管状炉内に窒素ガス(ガス流量;3L/min.)を流入させた状態でTi原料粉末を投入し、600℃にて10分〜180分の窒素固溶加熱処理を行った。得られた各Ti粉末に含まれる窒素量および酸素量と、熱処理時間との関係を測定し、その結果を
図6および表4に示す。
【0044】
図6および表4から明らかなように、窒素含有量は熱処理時間に対してほぼ直線的に増加しており、Ti粉末に含まれる窒素量は熱処理時間によって制御できることが認められる。他方、酸素含有量は増加することなくほぼ一定であり、熱処理過程で酸化しないことを確認した。このように、本製法によれば、目的とする窒素量を含むTi粉末を作製することができる。
【0045】
[窒素含有量とマイクロビッカース硬さHvとの関係]
表4に記載の窒素含有Ti粉末を、放電プラズマ焼結(SPS)装置を用いて、加熱及び加圧して焼結体(直径40mm、厚み10mm)を作製した。
【0046】
放電プラズマ焼結の条件は、以下の通りであった。
温度:1000℃
加圧力:30MPa
焼結時間:30分
真空度:6Pa
【0047】
この焼結体のマイクロビッカース硬さ(荷重50g)を測定した。その結果を
図7および表5に示す。
【0049】
図7および表5から明らかなように、Ti粉末中の窒素含有量の増加と共に、ビッカース硬さはほぼ直線的に増加しており、Ti粉末に窒素原子が固溶することにより焼結体の硬度が著しく増加していることが認められた。
【0050】
[酸素ガス流量比率と窒素量及び酸素量との関係]
純Ti粉末(平均粒子径;28μm、純度>95%)を出発原料とし、管状炉内に窒素ガスと酸素ガスとの混合比を変えて流入させた状態で、Ti原料粉末を投入し、600℃にて60分の加熱処理を行った。得られた各Ti粉末に含まれる窒素量、酸素量を測定した。その結果を
図8および表6に示す。
【0052】
図8および表6から明らかなように、酸素ガスの比率が10vol.%以下の条件では、酸素量は顕著に増加せず、窒素原子のみTi粉末のマトリクス中に固溶することが認められる。他方、酸素ガスの比率が15vol.%を超えると、酸素量も増加しており、Ti粉末のマトリクス中に窒素と酸素の両原子を固溶できることがわかる。このように本製法によれば、熱処理雰囲気中の窒素ガス量と酸素ガス量の混合比率を調整することにより、窒素原子のみならず、酸素原子も固溶するTi粉末を作製することができる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、窒素をマトリクス中に均一に拡散して固溶し、適正な延性を維持する高強度窒素固溶チタン粉末材料およびチタン素材を得るのに有利に利用され得る。