(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
鋼管の母材が、質量%にて、C:0.001〜0.02%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.1〜1.5%、P:0.01〜0.04%、S:0.0001〜0.01%、Cr:10〜20%、N:0.001〜0.03%、NbあるいはTiの一種以上を0.1〜0.8%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物から成り、板厚全体におけるEBSP法により測定される{111}<112>と{111}<011>方位の面積率の総和が40%以上であり、平均r値が1.5以上、45°方向のr値が1.0以上であるステンレス鋼板からなり、
鋼管のYR(引張強度/0.2%耐力)が1.1以上、溶接された鋼管突き合わせ部の板厚全体におけるEBSP法により測定される{110}<011>と{211}<011>方位の面積率の総和が30%以上であることを特徴とする加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼管。
鋼管の母材が、さらに質量%にて、B:0.0002〜0.005%、Al:0.003〜0.5%、Cu:0.01〜2.0%、V:0.05〜1.0%、Mo:0.2〜3%、Ni:0.1〜2.0%、W:0.1〜3.0%、Zr:0.05〜0.30%、Sn:0.01〜0.50%、Sb:0.01〜0.50%、Co:0.05〜0.50%、Mg:0.0002〜0.0100%、Ca:0.0001〜0.0030%、Ta:0.01〜0.10%、Ga:0.0002〜0.1%、REM:0.001〜0.05%の1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼管。
質量%にて、C:0.001〜0.02%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.1〜1.5%、P:0.01〜0.04%、S:0.0001〜0.01%、Cr:10〜20%、N:0.001〜0.03%、Nbを0.1〜0.8%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物から成り、板厚全体におけるEBSP法により測定される{111}<112>と{111}<011>方位の面積率の総和が40%以上であり、平均r値が1.5以上、45°方向のr値が1.0以上であることを特徴とする加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼板。
さらに質量%にて、B:0.0002〜0.005%、Al:0.003〜0.5%、Cu:0.01〜2.0%、V:0.05〜1.0%、Mo:0.2〜3%、Ni:0.1〜2.0%、W:0.1〜3.0%、Zr:0.05〜0.30%、Sn:0.01〜0.50%、Sb:0.01〜0.50%、Co:0.05〜0.50%、Mg:0.0002〜0.0100%、Ca:0.0001〜0.0030%、Ta:0.01〜0.10%、Ga:0.0002〜0.1%、REM:0.001〜0.05%の1種以上を含有することを特徴とする請求項5に記載の加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼板。
仕上冷延時の組織、すなわち熱延板焼鈍組織、あるいは中間焼鈍組織の表層〜t/4部の結晶粒径が50μm以下かつ、再結晶率が80%以上であることを特徴とする請求項7または請求項8に記載の加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【背景技術】
【0002】
自動車のエキゾーストマニホールド、コンバーター、フロントパイプおよびマフラーなどの排気系部材には、高温強度や耐酸化性が要求されるため、Crを含有した耐熱鋼が使用されている。これら排気系部材の使用環境温度は年々高温化しており、Cr、Mo、Nbなどの合金添加量を増加させて高温強度や熱疲労特性などを高める必要が生じ、現状ではSUS429系(14%Cr−Nb,Si添加鋼)やSUS444系(18%Cr−Nb,Mo添加鋼)が主に使用されている。一方、これらの部材は、鋼板からプレス加工されるか、鋼板を所定のサイズ(径)の鋼管に造管した後に目的の形状に成形される。そのため、部材を構成する素材鋼板および鋼管の加工性が求められる。ここで、鋼板については深絞り性が重視され、鋼管については曲げ性が重視される。特にエキゾーストマニホールドについては熱効率や軽量化の観点から、近年その形状が複雑化、多様化しており、上記のような高合金成分で通常得られる程度の絞り性や曲げ性を有する鋼板および鋼管では、加工時に割れや皺等が生じる場合が生じてきた。
【0003】
耐熱フェライト系ステンレス鋼板および鋼管の加工性に関する問題を解決するために、いくつかの工夫がなされてきた。特に鋼板の深絞り性については、r値がその指標となり、結晶方位を制御することによって高r値材を得る技術が開示されている。ここで、r値とは、冷延焼鈍板からJIS13号B引張試験片を採取して圧延方向、圧延方向と45°方向、圧延方向と90°方向に14.4%歪みを付与した後に(1)式および(2)式を用いて平均r値(r
m)が算出される。
r=ln(W
0/W)/ln(t
0/t) (1)
ここで、W
0は引張前の板幅、Wは引張後の板幅、t
0は引張前の板厚、tは引張後の板厚である。
r
m=(r
0+2r
45+r
90)/4 (2)
ここで、r
0は圧延方向のr値、r
45は圧延方向と45°方向のr値、r
90は圧延方向と直角方向のr値である。
【0004】
耐熱フェライト系ステンレス鋼板の中で、板厚が比較的厚い材料(例えば、板厚が1〜3mm程度)では、製造工程における冷延圧下率が高く付与できないことから、r値向上のために種々の技術が開示されている。特許文献1には、14〜19%Cr、0.5〜2.0%Mo、0.3〜1.0%Nbを含有するCr含有耐熱鋼板において、板厚中心領域部のX線強度比{111}/({100}+{211})を2以上に規定した鋼およびその製造方法が開示されている。この製造方法は、熱延板焼鈍を900〜1000℃とし、その際の冷却速度を300℃まで30℃/sec以上とするもので、冷間圧延前の組織および析出物をコントロールして製品板の{111}集合組織を発達させ高r値鋼板を得るものである。特許文献2および3には、9〜35%Cr、0.15〜0.80%Nbを含有するフェライト系ステンレス鋼板において、析出物のサイズと量ならびに板厚1/4深さにおける結晶方位を規定した鋼が開示されている。この製造方法は、製造過程において450〜750℃で20hr以下の析出処理、あるいは700〜850℃で25hrの析出処理を施すものである。また、特許文献4には10〜20%Cr、0.2〜2.0%Mo、0.05〜0.6%Nb添加鋼に対して、最表層から板厚の1/4領域における{111}+{554}と{100}+{110}の比率を規定した技術が開示されている。ここでは、熱延板焼鈍を省略し直径が300mm以上の大径ロールを使用して冷延されることで上記組織が得られている。これらは、板厚中心領域部のみ、板厚1/4部のみあるいは表層から板厚1/4部までの結晶方位を制御するものでありr値を高める技術とされているが、局所的な結晶方位の制御では鋼板の成形において割れ等の不具合が生じることがあった。また、これらの素材を用いて鋼管を製造し曲げ加工した際には効果的ではなかった。
【0005】
特許文献5には、13.0〜20.0%Cr、0.1〜3.0%Mo、0.30〜1.0%Nbを含有するフェライト系ステンレス冷延鋼板および熱延鋼板において、表層からt/4部、t/4〜t/2部(ここで、tは板厚)の{111}方位および{011}方位の面積率を規定する加工性に優れた鋼板が開示されている。高r値を得る結晶方位{111}について着目されているが、ここでも表層からt/4部とt/4〜t/2における{111}方位粒の面積率がそれぞれ20%以上と40%以上で異なっていることから、上記のように板材成形、更には鋼管成形においては十分な加工性を示さない。
【0006】
特許文献6には、曲げ半径がフェライト系ステンレス鋼管の直径の1.2倍以下である鋼管の曲げ成形に対して、減肉抑制と部品断面形状確保を両立するステンレス鋼管が開示されている。ここでは、曲げ管用鋼板の引張強さ(500MPa以下)、全伸び(25%以上)、平均r値(1.3以上)が規定され、厳しい曲げに対しても割れが発生しないとされている。一般的に鋼管の曲げは長手方向が圧延方向になるが、曲げ部では幅方向(鋼管の円周方向)や圧延方向と45°方向の材料流動が生じるため、単純に平均r値だけでは曲げ性が十分確保できない場合があった。曲げ性が十分確保できないとは、具体的には曲げ部の背側の減肉および腹側の増肉が過大になることである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
背景技術に記載の技術を検討したところ以下の課題が明らかになった。曲げ加工においては板厚方向に歪み分布が発生するため、前述の特許文献4のような板厚方向に限定された結晶方位制御は有効ではないとともに、造管における溶接によって溶接部の結晶方位が母材と異なることに起因することが判明した。また、特許文献5、6に記載しているような造管溶接部の曲げ性能を考えた場合、その曲げ性は溶接部の結晶方位に依存することが本発明では判明し、有効な結晶方位を溶接組織で得るためには、{111}方位の中でもより限定した結晶方位に制御する必要があることがわかった。加えて、鋼管はERW、TIG、レーザー等の溶接によって製管されるが、特許文献6では溶接部特性について検討されていないため、溶接線が曲げ背側に位置するような曲げ加工の際に、有用ではなかった。本発明の目的は、成分及び製造方法を規定し、鋼板および鋼管の結晶方位をより厳密に制御することで、上記の問題点を解決し、加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼板、鋼管を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明者ら耐熱フェライト系ステンレス鋼板および鋼管の加工性に関して、鋼組成、製造過程における組織、結晶方位形成についての詳細な研究を行った。更に、鋼管に対しては、特に曲げ性が重視されるが、溶接部の組織、結晶方位形成と曲げ性に関する詳細な検討を行った。
【0010】
上記課題を解決する本発明の要旨は、
(1)鋼管の母材が、質量%にて、C:0.001〜0.02%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.1〜1.5%、P:0.01〜0.04%、S:0.0001〜0.01%、Cr:10〜20%、N:0.001〜0.03%、NbあるいはTiの一種以上を0.1〜0.8%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物から成り、板厚全体におけるEBSP法により測定される{111}<112>と{111}<011>方位の面積率の総和が40%以上であり、平均r値が1.5以上、45°方向のr値が1.0以上であるステンレス鋼板からなり、鋼管のYR(引張強度/0.2%耐力)が1.1以上、溶接された鋼管突き合わせ部の板厚全体におけるEBSP法により測定される{110}<011>と{211}<011>方位の面積率の総和が30%以上であることを特徴とする加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼管。
(2)鋼管の母材が、さらに質量%にて、B:0.0002〜0.005%、Al:0.003〜0.5%、Cu:0.01〜2.0%、V:0.05〜1.0%、Mo:0.2〜3%、Ni:0.1〜2.0%、W:0.1〜3.0%、Zr:0.05〜0.30%、Sn:0.01〜0.50%、Sb:0.01〜0.50%、Co:0.05〜0.50%、Mg:0.0002〜0.0100%、Ca:0.0001〜0.0030%、Ta:0.01〜0.10%、Ga:0.0002〜0.1%、REM:0.001〜0.05%の1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼管。
(3)前記鋼管が、電縫溶接鋼管であることを特徴とする(1)又は(2)に記載の加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼管。
(4)(1)又は(2)に鋼管の母材として記載されているステンレス鋼板を、電縫溶接にて造管する
排気部品用フェライト系ステンレス鋼管の製造方法であって、鋼管のYR(引張強度/0.2%耐力)が1.1以上であり、前記溶接された鋼管突き合わせ部の板厚全体におけるEBSP法により測定される{110}<011>と{211}<011>方位の面積率の総和が30%以上であることを特徴とする加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼管の製造方法
。
(5)質量%にて、C:0.001〜0.02%、Si:0.1〜1.5%、Mn:0.1〜1.5%、P:0.01〜0.04%、S:0.0001〜0.01%、Cr:10〜20%、N:0.001〜0.03%、Nbを0.1〜0.8%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物から成り、板厚全体におけるEBSP法により測定される{111}<112>と{111}<011>方位の面積率の総和が40%以上であり、平均r値が1.5以上、45°方向のr値が1.0以上であることを特徴とする加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼板。
(
6)さらに質量%にて、B:0.0002〜0.005%、Al:0.003〜0.5%、Cu:0.01〜2.0%、V:0.05〜1.0%、Mo:0.2〜3%、Ni:0.1〜2.0%、W:0.1〜3.0%、Zr:0.05〜0.30%、Sn:0.01〜0.50%、Sb:0.01〜0.30%、Co:0.05〜0.50%、Mg:0.0002〜0.0100%、Ca:0.0001〜0.0030%、Ta:0.01〜0.10%、Ga:0.0002〜0.1%、REM:0.001〜0.05%の1種以上を含有することを特徴とする(
5)に記載の加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼板。
(
7)(
5)または(
6)に記載のステンレス鋼板を製造するに際し、熱延板焼鈍において加熱速度を20℃/sec以上として950〜1030℃に加熱後、30℃/sec以上の冷却速度で冷却し、圧下率80%未満で仕上冷延した後、冷延板焼鈍温度を1030〜1100℃とすることを特徴とする加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
(
8)(
5)または(
6)に記載のステンレス鋼板を製造するに際し、熱延板焼鈍において加熱速度を20℃/sec以上として950〜1030℃に加熱後、30℃/sec以上の冷却速度で冷却し、圧下率50%未満で冷延した後、中間焼鈍において加熱速度を20℃/secとして930〜980℃に加熱、30
℃/sec以上の冷却速度で冷却し、圧下率75%未満で仕上圧延した後、冷延板焼鈍温度を1030〜1100℃とすることを特徴とする加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
(
9)仕上冷延時の組織、すなわち熱延板焼鈍組織、あるいは中間焼鈍組織の表層〜t/4部の結晶粒径が50μm以下かつ、再結晶率が80%以上であることを特徴とする(
7)または(
8)に記載の加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
(
10)熱延板焼鈍を省略し、直径が400mm以上のロール径を有する圧延機を用いて40%以上の圧下率で冷延することを特徴とする(
7)または(
8)に記載の加工性に優れた排気部品用フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば加工性に優れた耐熱フェライト系ステンレス鋼板および鋼管を特別な新規設備を必要とせず、効率的に提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明の限定理由について説明する。
Cは、靭性、耐食性および耐酸化性を劣化させる他、固溶Cは{111}集合組織の発達を阻害するため、その含有量は少ないほど良いため、上限を0.02%とした。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がる他、溶接部の{110}<011>方位形成を阻害するため、下限を0.001%とした。更に、製造コストと耐食性を考慮すると0.002〜0.01%が望ましい。
【0014】
Siは、脱酸元素として添加される場合がある他、耐酸化性と高温強度を向上させる元素である。Siを添加することで、鋼中の酸素量が低減し、{111}方位の発達に寄与する他、溶接部の{110}<011>と{211}<011>方位形成を促す効果があるため、0.1%以上添加する。Siを0.5%超含有すると前記集合組織の発達が顕著である。0.8%以上が更に好適である。また、一方、1.5%超のSi添加により著しく硬質化し、鋼管の曲げ性が劣化するため、上限を1.5%とした。鋼板製造時の靭性や酸洗性を考慮すると、Siの上限を1.2%とするのが好ましい。0.1〜1.2%が望ましい。さらに望ましくは、0.5超、1.0%であり、0.8%〜1.2%である。
【0015】
Mnは、高温においてMnCr
2O
4やMnOを形成し、スケール密着性を向上させる。この効果は、0.1%以上で発現することから、下限を0.1%とした。一方、Mnを1.5%超含有すると、酸化増量を増加させるため異常酸化が生じ易くなる他、溶接部の{110}<011>と{211}<011>方位形成が抑制され、鋼管曲げ性の低下をもたらすことから上限を1.5%とした。鋼板製造時の靭性や酸洗性を考慮すると0.1〜1.0%が望ましい。鋼管溶接部の酸化物起因の偏平割れを考慮すると更に望ましくは0.1〜0.6%が良い。
【0016】
Pは、Si同様に固溶強化元素であるため、材質および靭性の観点からその含有量は少ないほど良く、上限を0.04%とした。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.01%とした。更に、製造コストと耐酸化性を考慮すると0.015〜0.03%が望ましい。
【0017】
Sは、材質、耐食性および耐酸化性の観点から少ないほど良いため、上限を0.01%とした。特に、過度な添加はTiやMnと化合物を生成させ鋼管曲げの際に介在物起点で割れが生じる他、溶融部のメタルフローに影響して溶接部の{110}<011>と{211}<011>方位形成が抑制される。但し、過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため、下限を0.0001%とした。更に、製造コストと耐食性を考慮すると0.0005〜0.0050%が望ましい。
【0018】
Crは、排気部品で最重要特性となる高温強度および耐酸化性を確保する他、溶接部の{110}<011>と{211}<011>方位形成を促す効果があるため10%以上の添加が必要であるが、20%超の添加は靱性劣化により製造性が悪くなる他、特に鋼管溶接部の脆性割れや曲げ性不良が生じる。よって、Crの範囲は10〜20%とした。鋼板製造時の熱延板靭性の観点から10〜18%が望ましい。更にコストの観点から、10〜14%未満が望ましい。
【0019】
Nは、Cと同様に低温靭性、加工性、耐酸化性を劣化させるため、その含有量は少ないほど良いため、上限を0.03%とした。但し、過度の低下は精錬コストの増加に繋がる他、溶接部の{110}<011>方位形成を阻害するため、下限を0.001%とした。更に、コストおよび靭性を考慮すると0.005〜0.02%が望ましい。
【0020】
TiあるいはNbは、一種以上をそれぞれ0.1〜0.8%含有する。これらの元素は、CやNと結合して炭窒化物を形成し、製品板の{111}方位を発達させ、r値の向上並びに鋼管曲げ性の向上を促進する。また、特にNbについては、高温域における固溶強化および析出強化能が高いため、高温強度や熱疲労特性を向上させる。これらの効果は0.1%以上から生じるため、下限を0.1%とする。一方、0.8%超の添加は、鋼板製造段階の靭性の著しい劣化をもたらすとともに、粗大な炭窒化物の形成やLaves相と呼ばれる粗大な金属間化合物の形成をもたらし、集合組織の発達抑制およびr値の低下につながる。また、溶接部の{110}<011>と{211}<011>方位形成が抑制されるため、上限を0.8%とした。更に、溶接部の粒界腐食性、コストおよび製造性を考慮すると0.15〜0.55%が望ましい。
【0021】
本発明は、さらに以下の元素を選択的に含有すると好ましい。
【0022】
Bは、粒界に偏析することで粒界強度を向上させ、2次加工性、低温靭性を向上させる元素であるとともに、中温域の高温強度を向上させるため必要に応じて添加する。また、溶接部の{110}<011>と{211}<011>方位形成を促す効果があるため、下限を0.0002%とした。0.005%超の添加によりCr
2B等のB化合物が生成し、粒界腐食性や疲労特性を劣化させる他、{011}方位粒の増加をもたらして鋼板を低r値化させるため、上限を0.005%とした。更に、溶接性や製造性を考慮すると、0.0003〜0.001%が望ましい。
【0023】
Alは、脱酸元素として添加される場合がある他、高温強度や耐酸化性を向上させるため、必要に応じて添加する。また、TiNやLaves相の析出サイトとなり微細析出に寄与し、低温靭性の向上に寄与する。その作用は0.003%から発現するため、下限を0.003%とした。また、0.5%以上の添加は、伸びの低下や溶接性および表面品質の劣化をもたらす他、粗大なAl酸化物形成により、低温靭性の低下をもたらす他、溶融部のメタルフローに影響して溶接部の{110}<011>と{211}<011>方位形成が抑制されるため、上限を0.5%とした。更に、精錬コストを考慮する0.01〜0.1%が望ましい。
【0024】
Cuは、耐食性を向上させるとともに、ε−Cu析出によって特に中温域での高温強度を上げる元素である他、溶接部の{110}<011>と{211}<011>方位形成を促す効果があるため、必要に応じて添加する。この効果は0.01%以上の添加により発現することから、下限を0.01%とした。一方、過度な添加は硬質化による靭性低下、延性低下をもたらすことから、上限を2.0%とした。更に、耐酸化性や製造性を考慮すると0.01〜1.5%未満が望ましい。
【0025】
Vは、CやNと結合して耐食性や耐熱性を向上する観点から、必要に応じて0.05%以上添加することができる。但し、1.0%超の添加により、粗大な炭窒化物が形成して靭性が低下する他、r値の低下をもたらすため上限を1.0%とした。更に、製造性やコストを考慮すると、0.05〜0.2%が望ましい。
【0026】
Moは、耐食性を向上させる元素であり、特に隙間構造を有する場合には隙間腐食を抑制する元素である。Moが3.0%を越えると著しく成形性が劣化したり、製造性が悪くなる他、{111}集合組織の発達を阻害するため、Moの上限を3.0%とした。Mo含有による上記効果は0.2%以上で発現するため、下限を0.2%とした。更に、{111}方位を先鋭に発達させることと、合金コストと生産性を考慮すると0.4〜2.0%が望ましい。
【0027】
Niは、靭性と耐食性を向上させる元素であるため、必要に応じて添加する。靭性への寄与は0.1%以上で発現するため、下限を0.1%とした。一方、2.0%超の添加によりオーステナイト相が生成し、低r値化する他、鋼管曲げ性が著しく劣化するため上限を2.0%とした。更に、コストを考慮すると、0.1〜0.5%が望ましい。
【0028】
Wは、高温強度を上げるために必要に応じて添加する元素であり、その作用は0.1%から発現するため、下限を0.1%とした。但し、過度な添加は靭性劣化や伸びの低下をもたらす。また、Laves相が生成しすぎて{011}方位粒が生成し易くなり、r値の低下をもたらすために、上限を3.0%とした。更に、製造コストと製造性を考慮すると、0.1〜2.0%が望ましい。
【0029】
Zrは、耐酸化性を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。その作用は0.05%以上で発現するため、下限を0.05%とした。但し、0.30%超の添加は、靭性や酸洗性などの製造性を著しく劣化させる他、Zrと炭素および窒素の化合物が粗大化して熱延焼鈍板組織を粗粒化させて低r値するため、上限を0.30%とした。更に、製造コストを考慮すると、0.05〜0.20%が望ましい。
【0030】
SnおよびSbは、粒界に偏析して高温強度を上げるために必要に応じて添加する元素であり、その作用は0.01%から発現するため、下限を0.01%とした。但し、0.50%超の添加によりSn偏析、Sb偏析が生じて、溶接部の{110}<011>と{211}<011>方位形成が抑制されるとともに鋼管溶接部の低温靭性が低下するため、上限を0.50%とした。更に、高温特性と製造コストおよび靭性を考慮すると、0.01〜0.30%が望ましい。
【0031】
Coは高温強度を向上させる元素であり、必要に応じて0.05%以上添加する。但し、過度な添加は靭性や加工性を劣化させるため、上限を0.50%とした。更に、製造コストを考慮すると、0.05〜0.30%が望ましい。
【0032】
Mgは、溶鋼中でAlとともにMg酸化物を形成し脱酸剤として作用する他、微細晶出したMg酸化物が核となり、NbやTi系析出物が微細析出する。これらが熱延工程で微細析出すると、熱延工程および熱延板焼鈍工程において、微細析出物が再結晶核となり非常に微細な再結晶組織が得られ、集合組織の発達に寄与するとともに、靭性向上にも寄与する。この作用が発現するのは0.0002%からであるため、下限を0.0002%とした。但し、過度な添加は、耐酸化性の劣化や溶接性の低下などをもたらすため、上限を0.0100%とした。更に、精錬コストを考慮すると、0.0003〜0.0020%が望ましい。
【0033】
Caは、脱硫元素として有効な元素であるため、含有させてもよい。この効果を得るため、Ca含有量は0.0001%以上であることが好ましい。一方、Ca含有量が0.0030%を超えると、粗大なCaSが生成し、靭性および耐食性を劣化させる。そのため、Ca含有量は0.0030%以下とする。なお、Ca含有量は、精錬コストおよび製造性を考慮すると、0.0003%以上であることがより好ましく、0.0020%以下であることが好ましい。
【0034】
Taは、CおよびNと結合して靭性の向上に寄与するため、含有させてもよい。前記効果を得るため、Ta含有量は、0.01%以上であることが好ましい。一方、Taの含有量が0.10%を超えると、コスト増になる他、製造性を著しく劣化させる。そのため、Taの含有量は、0.10%以下とする。なお、精錬コストおよび製造性を考慮すると、Taの含有量は、0.02%以上であることがより好ましく、0.08%以下であることが好ましい。
【0035】
Gaは、耐食性向上および水素脆化抑制のため、含有させてもよい。前記効果を得るため、Ga含有量は0.1%以下とする。一方、硫化物および水素化物形成の観点から、Ga含有量は、0.0002%以上であることが好ましい。なお、製造性およびコストの観点、ならびに、延性および靭性の観点から、Ga含有量は、0.0005%以上であることがより好ましく、0.020%以下であることが好ましい。
【0036】
REMは、種々の析出物の微細化による靭性向上および耐酸化性の向上の観点から、含有させてもよい。前記効果を得るため、REM含有量は、0.001%以上であることが好ましい。一方、REM含有量が0.05%を超えると、鋳造性が著しく低くなり、かつ、<011>方位の発達を抑制する。そのため、REM含有量は0.05%以下とする。なお、精錬コストおよび製造性を考慮すると、REM含有量は、0.003%以上であることがより好ましく、0.01%以下であることが好ましい。
REM(希土類元素)は、一般的な定義に従い、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。これらは単独で用いてもよいし、混合物として用いてもよい。
【0037】
鋼板および鋼管の加工性について、特に鋼管の曲げ加工性の観点から鋼板段階の結晶方位の観点から詳細に検討した。鋼管の曲げ加工は、回転ひき曲げ等の手法によって初期の径を一定にした状態で所定の形状に曲げが成される。曲げ性が悪いものは所定の角度まで達する前に、外面部にネッキングや割れが発生する。一般にこの曲げ性は素管および素板の伸びが支配的と考えられてきたが、本発明では素材の結晶方位分布に起因するr値、ならびに管溶接部の結晶方位分布が大きく影響することが判明した。前述のように、鋼板の加工性については、局所的な集合組織も反映されるため、r値を向上させる{111}方位の増加、r値を低下させる{100}方位の低減を板厚方向の特定部位で達成することにより得られる。しかしながら、本発明では特に鋼管の曲げ性を課題としており、この場合、板厚方向全体に歪み分布が生じることから、板厚方向全体の結晶方位分布を規定する。具体的には、r値を向上させる{111}<011>方位と{111}<112>方位の板厚全体に占める面積率が40%以上とする。
【0038】
図1に{111}<011>方位と{111}<112>方位の板厚全体に占める面積率と鋼板のr値ならびに鋼管の曲げ性の関係を示す。結晶方位の面積率については、種々の鋼板のC断面(板幅と平行な断面)について、リガク製SEM−EBSP(Electron Back Scattering Pattern)装置を用いて結晶粒単位の方位を測定した。この際、測定ステップを3μmとし、板厚1.2mmについて連続的に全厚測定した後、付属の結晶方位解析ソフトで各結晶方位の比率を算出した。また、鋼板のr値については、前記手法により実施し、圧延方向と0°方向、45°方向ならびに90°方向のr値を求めた後に平均r値を算出した。
【0039】
更に、同鋼板からφ42.7×1.2mm厚の電縫溶接管を製造した後、電縫溶接管の母材部が曲げ外周部となるように配置してR40の90°曲げを回転引き曲げにより行い、曲げ外周部の最小板厚を測定し、素管板厚との比率から母材部減肉率を求めた。一般的な排気部品では減肉率が20%超になると、高温の排気ガスに曝された際に、熱疲労破壊の起点になる等信頼性が低下するため、減肉率の合格基準を20%以下とする。
【0040】
図1(a)(b)は横軸をいずれも{111}<011>方位と{111}<112>方位の板厚全体に占める面積率とし、
図1(a)は縦軸が平均r値、
図1(b)は縦軸が45°方向のr値である。
図1(a)(b)いずれも、曲げ部の減肉率が●は20%
以下、○は20%
超である。
【0041】
図1(a)より、{111}<112>方位と{111}<011>方位の比率が増加すると平均r値が向上し、当該方位比率を40%以上とすることで平均r値を1.5以上とすることができ、これにより鋼管曲げ加工時の減肉率を20%以下にすることができる。
【0042】
しかしながら、平均r値が1.5以上でも減肉率が20%超になる場合があり、r値の異方性を詳細に調べた結果、45°方向のr値が減肉率に大きく影響し、これを1.0以上とする必要があることが判明した。鋼管の曲げ加工時に曲げ外周部は板厚減少が生じるが、曲げ部の材料流入は素材鋼板の圧延方向に対して45°方向に材料が流入することが本検討で明らかとなった。45°方向のr値が1.0以上と高い場合には減肉部に45°方向から材料流入が生じ易く、減肉が抑制されると考えられる。
図1(b)から明らかなように、{111}<112>方位と{111}<011>方位比率を40%以上とすることにより45°方向のr値を1.0以上とすることができ、鋼管曲げ加工時の減肉率も20%以下となっている。平均r値を1.5以上とするとともに、45°方向r値についても確実に1.0以上とするための製造方法については、後に詳述する。
【0043】
ステンレス鋼板を電縫鋼管等の鋼管に2次成形する場合、ロール成形等によって歪みが付与され、加工硬化する。過度に加工硬化すると、鋼管の曲げ性が劣化するが、従来知見としては鋼管の伸び(破断伸び)が重視されていた。しかしながら、本発明では、鋼管の引張強度と0.2%耐力の比率であるYRが極めて重要であることを知見した。
図2に同一成分で種々の製法により製造した電縫鋼管に対して引張試験と曲げ試験を行い、鋼管のYRと曲げ部の最大減肉率について調べた結果を示す。ここで引張試験はJIS11号試験片を使用し、鋼管長手方向に引張試験を行い、0.2%耐力と引張強度を求め、鋼管のYR(引張強度/0.2%耐力)を算出した。鋼管のYRが1.1以上である鋼管は厳しい曲げ加工においても最大減肉率が20%未満となり良好な曲げ性を示す。これは、曲げ加工時の加工硬化が影響しており、YRが高い方が曲げ変形が厳しい鋼管外面部において均一な変形が生じ、局部変形が生じ難いことが減肉率の低減に寄与すると考えられる。
【0044】
以上より、本発明においては素材の全厚における{111}<112>と{111}<011>の面積率を40%以上とすることにより、鋼板の平均r値が1.5以上、45°方向のr値を1.0以上とすることができ、さらに加えて鋼管のYRを1.1以上とすることによって、鋼管の曲げ加工において曲げ外周部の減肉率を20%以下とすることができ、優れた加工性を有する排気部品用フェライト系ステンレス鋼管を得ることが可能となる。
【0045】
以上記載した技術は、曲げ加工時の曲げ外周部が母材になる場合について、曲げ外周部の減肉を防止するための技術である。一方、部品加工に際しては溶接部が曲げ外周部になる場合もある。その際には、溶接部の結晶方位が曲げ性の支配要因となる。本発明では溶接部、特に電縫溶接部の結晶方位分布と曲げ性についての検討を行い新たな知見を得た。電縫溶接時には成形加工され突き合わされた板端部が高周波誘導加熱により局部的に加熱され、その後アップセット量の調整により加圧され接合される。ここで突き合わせ部では高温で加圧されるため、素材の結晶方位は変化し、{110}<011>方位と{211}<011>方位が主体となる。{110}方位は0°方向(鋼管長手方向)のr値を向上させるが45°方向と90°方向(鋼管周方向)のr値を低下させる。一方、{211}<011>方位は、0°方向(鋼管長手方向)と90°方向(鋼管周方向)のr値を低下させるが、45°方向のr値を向上させる。
【0046】
溶接された鋼管突き合わせ部の板厚全体における{110}<011>と{211}<011>方位比率の総和を種々変化させて鋼管を製造し、鋼管突き合わせ部を曲げ外周部として、曲げ加工時の減肉率評価を行った。結果を
図3に示す。これより、溶接された鋼管突き合わせ部の板厚全体における{110}<011>と{211}<011>方位比率の総和が30%以上である場合、突き合わせ部が曲げ外周部に位置したとしても、曲げ外周部の減肉率が20%未満になり優れた曲げ性を示す。なお、鋼管突き合わせ部とは、溶接突き合わせからHAZ部までを指す。
【0047】
鋼管の曲げは主として0°方向(鋼管長手方向)に変形が進行するが、{110}<011>の存在により0°方向(鋼管長手方向)の板厚減少が抑制される。また、本発明では種々の曲げ実験と解析を行った結果、曲げ時には鋼管外面の減肉箇所に対して45°方向からの塑性流動が生じることを見出した。即ち、45°方向のr値が高い場合に最減肉部の板厚減少を抑制する効果があり、{211}<011>方位の存在は、曲げ性改善に有効であることを知見した。
【0048】
尚、溶接管の製造における溶接方法は、電縫溶接以外にレーザー溶接やTIG溶接が知られているが、レーザー溶接やTIG溶接では溶接部に粗大な柱状晶組織が形成され、{110}<011>と{211}<011>結晶方位は発達しないため、これら方位比率の総和を30%以上とすることは難しい。それに対して、電縫溶接であれば、これら方位比率の総和を30%以上とすることができる。従って、本発明の鋼管製造の際の溶接方法は電縫溶接が望ましい。また、電縫溶接条件については溶接欠陥が生じない範囲で選択すれば良いが、アップセット量が過小であると溶接部のメタルフローが小さく、{110}<011>と{211}<011>結晶方位が発達しないことがあるため、アップセット量が1.5mm以上になるようにスクイズ量や溶接入熱を調整することが望ましい。
【0049】
本発明では、上記の集合組織や材質の他に製造方法に関して、熱延板焼鈍条件、冷延条件および冷延板焼鈍条件の影響について、以下の検討を行った。
【0050】
スラブを出発材として所定の板厚に熱延された熱延板は、熱延板焼鈍が施される。冷延焼鈍後に{111}<011>方位と{111}<112>の面積率が40%を超える結晶方位を得るためには、熱延板焼鈍条件が重要となる。NbやMo等の合金元素が多量に添加される鋼では、炭窒化物の他にLaves相と呼ばれるFe,Nb,Moを主体とする金属間化合物が加熱段階で生成する。加熱中にこれらが多量に析出すると、再結晶が遅延して再結晶集合組織の発達が遅れてしまう。これを防止するためには、熱延板焼鈍において加熱速度を20℃/sec以上として950〜1030℃に加熱後、30℃/sec以上の冷却速度で冷却する。析出物および再結晶組織等を考慮すると、熱延板焼鈍における加熱温度は950以上1000℃以下、加熱速度は30℃/sec以上、冷却速度は35℃/sec以上が望ましい。さらに望ましい加熱温度は、980℃超、1000℃未満である。
【0051】
冷間圧延途中に中間焼鈍を行わずに1回の冷延工程で製造するフェライト系ステンレス鋼板(以下、1回の冷延工程を「仕上冷延」ともいう。)において、r値を向上されるためには、通常であれば冷延工程における圧下率を高くすることが常識的な技術であるが、本発明では45°方向のr値を1.0以上とするため圧下率を80%未満とする。更に、冷延後の焼鈍に際しては、加熱温度を1030〜1100℃として、再結晶を促進して加工性を向上させる集合組織の発達を促す。再結晶集合組織の発達や加工肌荒れ等を考慮すると、仕上冷延圧下率は60〜80%未満、焼鈍温度は1040〜1070℃が望ましい。
【0052】
生産性を考慮すると前述のように1回の冷延工程で製造することが望ましいが、本発明では中間焼鈍を付与する2回冷延工程で製造しても構わない。この際、熱延板焼鈍条件や最終の冷延板焼鈍条件は前述の1回冷延工程の場合と同じである。中間焼鈍を付与する前の1回目(前段)冷延工程においては圧下率を50%未満、中間焼鈍後の2回目(後段)冷延工程(仕上冷延)の圧下率は75%未満とする。これは過度に冷延圧下率を高くすると45°方向のr値が低下するためであり、望ましくは、1回目(前段)冷延工程においては圧下率を30〜50%未満、中間焼鈍後の2回目(後段)の仕上冷延工程の圧下率は60〜75%未満とする。また、本発明では中間焼鈍における加熱速度を20℃/sec以上、加熱温度を930〜980℃、冷却速度を30℃/sec以上と規定する。加熱速度と冷却速度については、熱延板焼鈍における技術と同じであり、焼鈍時の靭性や鋼板形状を考慮すると加熱速度は30℃/sec以上、冷却速度は35℃/sec以上が望ましい。また、加熱温度については、本発明が対象とする耐熱フェライト系ステンレス鋼の場合、通常1000℃以上で焼鈍されるが、r値向上のために中間焼鈍段階で微細組織を得るとともに、集合組織発達に寄与する析出物を粗大に残留させるために、低温焼鈍とする。加熱の安定性や鋼板形状および酸洗性等を考慮すると、930〜950℃が望ましい。
【0053】
本発明では、前述のように、素材の全厚にわたって{111}<112>と{111}<011>の面積率が40%を超える組織を得ることが必要である。そのためには、本発明に規定する成分組成の鋼板を用いるとともに、仕上冷延の際の剪断変形を抑制することが必須であるとの知見を得た。そして、そのためには仕上冷延前の組織、すなわち熱延板焼鈍組織、あるいは中間焼鈍組織の表層〜t/4部の再結晶率が80%以上かつ、結晶粒径が50μm以下であることが重要であると判明した。通常、冷延の際には板表層に近い部分ほどロールから受ける剪断応力により剪断変形が導入される。この剪断変形した剪断帯と呼ばれる部分からはランダム方位の再結晶粒が生成されるため、{111}<011>方位と{111}<112>方位の面積率は低下する。剪断帯の導入を抑制するには再結晶組織の微細化が有効である。本発明では表層〜t/4の組織を80%以上再結晶させつつ、その再結晶粒を50μm以下とした組織に対し、前述の製造条件で製造することで、{111}<011>方位と{111}<112>方位の面積率が40%以上となるとの知見を得た。望ましくは表層〜t/4の再結晶率90%以上、結晶粒径40μm以下である。また、上記本発明の熱延板焼鈍条件、冷延中間焼鈍条件を用いて焼鈍を行うことにより、表層〜t/4の組織を80%以上再結晶させつつ、その再結晶粒を50μm以下とすることができる。
【0054】
本発明ではさらに、熱延板焼鈍を省略することも剪断変形の抑制に効果が大きいとの知見を得ている。これは、熱延板焼鈍を省略し敢えて再結晶させないことで、軟質な再結晶組織への剪断帯導入を抑制するためである。ただし、硬質な熱延まま組織であってもステンレスへの圧延に利用される直径100mm程度の通常の径のロールによる圧延では、剪断変形の抑制は不十分である。これは、熱延まま材に対し、直径400mm以上のロール径を有する圧延機を用いて40%以上の圧下率で冷延することで解決可能である。
【0055】
すなわち、素材の全厚にわたって{111}<011>方位と{111}<112>の面積率が40%を超える組織を得るには、熱延板焼鈍、中間焼鈍によって仕上圧延に供する際の表層〜t/4の再結晶組織を微細化する方法か、熱延板焼鈍の省略と、400mm以上の大径ロールによる冷延の二つを組み合わせた方法のどちらかで製造することが有効である。
【0056】
上記本発明の鋼板を用いて本発明の排気部品用フェライト系ステンレス鋼管を製造するに際しては、電縫溶接によって造管すると好ましい。本発明の成分を含有する鋼板を用いて電縫溶接によって造管することにより、鋼管のYRを1.1以上とすることができる。また、本発明の成分を含有する鋼板を用いて、本発明の熱延・冷延条件で鋼板を製造し、さらに電縫溶接によって造管することにより、溶接された鋼管突き合わせ部の板厚全体における{110}<011>と{211}<011>方位比率の総和を30%以上とすることができる。
【0057】
なお、スラブ厚さ、熱延板厚などは適宜設計すれば良い。また、冷間圧延においては、圧下率、ロール粗度、ロール径、圧延油、圧延パス回数、圧延速度、圧延温度などは適宜選択すれば良い。焼鈍は、必要であれば水素ガスあるいは窒素ガスなどの無酸化雰囲気で焼鈍する光輝焼鈍でも大気中で焼鈍しても構わない。更に、焼鈍後に調質圧延や形状矯正のためのテンションレベラー工程を通板しても構わない。
【実施例】
【0058】
表1−1、表1−2に示す成分組成の鋼を溶製しスラブに鋳造し、スラブを熱間圧延して、5.0mm厚の熱延板とした。その後、熱延板を連続焼鈍処理した後、酸洗し、中間焼鈍なしで1.2mm厚まで冷間圧延し、連続焼鈍−酸洗を施して製品板とした。熱延板焼鈍における加熱温度は950〜1000℃未満、加熱速度は30℃/sec以上、冷却速度は35℃/sec以上とした。また、冷延板焼鈍温度は、1050℃とした。このようにして得られた冷延焼鈍板に対して、先述したr値測定ならびに結晶方位強度測定を行った。また、これら鋼板を素材として電縫溶接管(φ42.7)を製造し、先述した引張試験を行って鋼管のYRを評価するとともに、溶接部の結晶方位強度測定を行った。
【0059】
更に、R40の90°曲げを回転引き曲げにより行い、曲げ外周部の最小板厚を測定し、素管板厚との比率から最大減肉率を求めた。なお、曲げ試験の際には溶接線は横に来るようにし、腹と背が母材となるようにした場合と、溶接線が背に来るようにし、背が溶接部腹が母材になるようにした場合について曲げ性を評価した。この時、二つの場合の実験においてどちらも最大限肉率が20%以下となれば合格(○)、いずれか又は両方が20%超となれば不合格(×)とした。
【0060】
【表1-1】
【0061】
【表1-2】
【0062】
上述のように、表1−1、1−2に示したものの製造方法は、いずれも本発明の好適な方法を用いている。そして、本発明で規定する成分組成を有する鋼(表1−1の鋼No.A1〜A19)は、成分含有量か本発明から外れる比較例(表1−2の鋼No.B1〜B20)に比べて板厚全体における{111}<112>と{111}<011>方位比率の総和が40%以上と高いため、平均r値が1.5以上、45°方向のr値が1.0以上であり、加工性に優れている。また、鋼管のYR(引張強度/0.2%耐力)が1.1以上、溶接部の板厚全体における{110}<011>と{211}<011>方位比率の総和が30%以上であるため、鋼管の曲げ性評価結果がいずれも「○」となり、回転引き曲げ時の最大減肉率が20%以下と加工性に優れた鋼管が得られている。
【0063】
表2−1の鋼No.に記載された鋼No.の鋼板成分を表1−1から選択し、表2−1、表2−2に記載するように製造条件を種々変化させた場合の特性を示す。なお、表2−2のNo.24はTIG溶接管(φ42.7)、それ以外は電縫溶接管(ERW)(φ42.7)である。鋼板と鋼管の品質評価方法は上記表1に示す場合と同様である。
【0064】
【表2-1】
【0065】
【表2-2】
【0066】
表2−1、表2−2に示す本発明例は、いずれも成分含有量及び製造方法が本発明範囲内であり、鋼板の品質、鋼管の品質ともに良好な結果が得られた。それに対して本発明で規定される製造条件から外れる比較例の場合、鋼板又は鋼管の溶接部における結晶方位強度の和が本発明外となり、鋼管曲げ加工時の減肉率が大きくなる。