特許第6261648号(P6261648)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6261648排気管フランジ部品用Ti含有フェライト系ステンレス鋼板および製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6261648
(24)【登録日】2017年12月22日
(45)【発行日】2018年1月17日
(54)【発明の名称】排気管フランジ部品用Ti含有フェライト系ステンレス鋼板および製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180104BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20180104BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20180104BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/38
   C21D8/02 D
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-98323(P2016-98323)
(22)【出願日】2016年5月16日
(65)【公開番号】特開2017-206723(P2017-206723A)
(43)【公開日】2017年11月24日
【審査請求日】2017年10月11日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】光永 聖二
(72)【発明者】
【氏名】蛭濱 修久
(72)【発明者】
【氏名】江原 靖弘
(72)【発明者】
【氏名】今川 一成
【審査官】 相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−140687(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/085005(WO,A1)
【文献】 特開2015−187290(JP,A)
【文献】 特許第6022097(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.003〜0.030%、Si:2.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.050%以下、S:0.040%以下、Cr:10.0〜19.0%、N:0.030%以下、Ti:0.07〜0.50%、Al:0.010〜0.20%、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、下記(1)式により定義されるK値が150以上であり、板面の硬さが170HV以下であり、板厚が5.0〜11.0mmである排気管フランジ部品用Ti含有フェライト系ステンレス鋼板。
K値=−0.07×Cr−6790×Free(C+N)−1.44×d+267 ……(1)
ここで、(1)式のCrの箇所には鋼中Cr含有量(質量%)の値が代入される。Free(C+N)は、鋼中に存在するCとNの合計含有量(質量%)から電解抽出法で回収される抽出残渣中に存在するCとNの合計含有量(質量%)を差し引いた値(質量%)である。dは、圧延方向および板厚方向に平行な断面(L断面)を研磨した観察面について、JIS G0551:2013の附属書Cに規定される直線試験線による切断法により求まる平均結晶粒径(μm)である。
【請求項2】
質量%で、さらにMo:1.50%以下を含有する化学組成を有する請求項1に記載の排気管フランジ部品用Ti含有フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項3】
質量%で、さらにB:0.0030%以下を含有する化学組成を有する請求項1または2に記載の排気管フランジ部品用Ti含有フェライト系ステンレス鋼板。
【請求項4】
前記化学組成を有する鋼のスラブを加熱炉で加熱したのち950〜1120℃の温度で炉から出し、粗圧延機により圧延して板厚20〜50mm、表面温度700〜850℃の中間スラブとし、次いで前記中間スラブに熱間圧延を施して板厚5.0〜11.0mmとしたのち表面温度650〜800℃にて巻き取ることにより熱延鋼板を得る工程、
前記熱延鋼板を800〜1100℃で焼鈍して、板面の硬さが170HV以下の熱延焼鈍鋼板を得る工程、
を有する請求項1〜3のいずれか1項に記載の排気管フランジ部品用Ti含有フェライト系ステンレス鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、排気管フランジ部品に加工するための、靱性に優れる厚ゲージのTi含有フェライト系ステンレス鋼板、およびその製造方法に関する。ここで、排気管フランジ部品は、排気管となる鋼管の端部に溶接接合されて、当該排気管と他の部材との締結機能を担うフランジ部を構成することになる鋼製部品である。
【背景技術】
【0002】
自動車排ガス流路は、エキゾーストマニホールド、フロントパイプ、マフラー、センターパイプなど、種々の部材で構成される。これらの排気管部材はフランジ部で締結される。図1に、フランジ部を有する排気管部材の外観を模式的に例示する。鋼管1の端部に、フランジ部品2が溶接接合され、排気管部材を構成している。排気管部材に使用するフランジ部品2を本明細書では特に「排気管フランジ部品」と呼んでいる。排気管フランジ部品の寸法形状は排気管の仕様に応じて多少異なるが、プレス金型による冷間鍛造によって製造されることが多い。排ガスが流れる中央部の大きい穴の他、ボルト締結に使用する穴を有し、切削加工も施されているのが一般的である。
【0003】
このような排気管フランジ部品には、従来、普通鋼が多用されていたが、近年、耐食性等の観点でステンレス鋼へのシフトが進んでいる。適用鋼種として、オーステナイト系ステンレス鋼より熱膨張係数が小さく材料コストも安い、フェライト単相系鋼種のニーズが大きい。耐食性、耐熱性等の材料特性面で自動車排ガス流路の排気管フランジ部品に適していると考えられるフェライト単相系鋼種の一つとして、Ti含有フェライト系ステンレス鋼が挙げられる。
【0004】
自動車排ガス流路の排気管フランジ部品に加工するためのステンレス鋼素材としては、厚ゲージ(例えば板厚5.0〜11.0mm)の鋼板が要求される場合が多い。しかし、一般にフェライト単相系鋼種は低温靱性が低い。特にTi含有フェライト系ステンレス鋼は、厚ゲージ鋼板からフランジ部品への加工時や、得られたフランジ部品に対して行われる厳しい衝撃テストにおいて、靱性不足の指摘対象となりやすい鋼種である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭60−228616号公報
【特許文献2】特開昭64−56822号公報
【特許文献3】特開2012−140688号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
Ti含有フェライト系ステンレス鋼板の靱性を向上させる方法として、特許文献1には、熱間圧延後に急冷を行い、450℃以下の温度で巻き取る手法が開示されている。特許文献2には、熱延仕上温度を組成に応じて高くし、巻取後に急水冷する手法が開示されている。しかし、これらの対策を講じても、板厚が厚くなると、排気管フランジ部品に適用するための靱性改善効果は十分でない。特許文献3には、570℃以上で巻き取ってコイルとし、コイル再外周の表面温度が550℃である時間を5分以上確保したのちに水槽に浸漬する手法が開示されている。しかし、鋼板の結晶粒径によっては、低温靱性の更なる向上が望まれる。
【0007】
排気管フランジ部品に加工するためには、冷間鍛造、穴開け、切削などが施される。従って、加工性が良好であることも重要である。
【0008】
本発明は、排気管フランジ部品の素材として好適な、靱性および加工性に優れるTi含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージ鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らの研究によれば、Ti含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージ鋼板の靱性は、フェライト相のマトリックス中に固溶しているC量およびN量を低減することによって向上するが、その向上の程度はフェライト結晶粒径に大きく影響されることがわかった。本発明はこのような知見に基づいて完成したものである。
【0010】
上記目的は、質量%で、C:0.003〜0.030%、Si:2.0%以下、Mn:2.0%以下、P:0.050%以下、S:0.040%以下、Cr:10.0〜19.0%、N:0.030%以下、Ti:0.07〜0.50%、Al:0.010〜0.20%であり、さらに必要に応じてMo:1.50%以下、B:0.0030%以下の1種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる化学組成を有し、下記(1)式により定義されるK値が150以上であり、板面の硬さが170HV以下であり、板厚が5.0〜11.0mmである排気管フランジ部品用Ti含有フェライト系ステンレス鋼板によって達成される。
K値=−0.07×Cr−6790×Free(C+N)−1.44×d+267 ……(1)
ここで、(1)式のCrの箇所には鋼中Cr含有量(質量%)の値が代入される。Free(C+N)は、鋼中に存在するCとNの合計含有量(質量%)から電解抽出法で回収される抽出残渣中に存在するCとNの合計含有量(質量%)を差し引いた値(質量%)である。dは、圧延方向および板厚方向に平行な断面(L断面)を研磨した観察面について、JIS G0551:2013の附属書Cに規定される直線試験線による切断法、すなわち、結晶粒内を横切る試験線の1結晶粒当たりの平均線分長により求まる平均結晶粒径(μm)である。
【0011】
「板面」とは、板厚方向端部の表面である。板面の硬さは、JIS Z2244:2009に従い、酸化スケールが除去されている板面に、HV30(試験力294.2N)で圧子を押し込む方法により求めることができる。
【0012】
上記の排気管フランジ部品用Ti含有フェライト系ステンレス鋼板は、前記化学組成を有する鋼のスラブを加熱炉で加熱したのち950〜1120℃の温度で炉から出し、粗圧延機により圧延して板厚20〜50mm、表面温度700〜850℃の中間スラブとし、次いで前記中間スラブに熱間圧延を施して板厚5.0〜11.0mmとしたのち表面温度650〜800℃にて巻き取ることにより熱延鋼板を得る工程、
前記熱延鋼板を800〜1100℃で焼鈍して、板面の硬さが170HV以下の熱延焼鈍鋼板を得る工程、
を有する製造方法によって得ることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、靱性および加工性に優れたTi含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージ鋼板を安定して実現することができる。この鋼板は、自動車排ガス流路の排気管に用いるフランジ部品の加工素材として極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】フランジ部を有する排気管部材の外観を模式的に例示した図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
〔化学組成〕
本発明では、以下に示す成分元素を含有するフェライト系ステンレス鋼を対象とする。鋼板の化学組成に関する「%」は、特に断らない限り質量%を意味する。
【0016】
Cは、鋼を硬質化させ、鋼板の靱性を低下させる要因となる。C含有量(固溶Cと化合物として存在するCのトータル量)は0.030%以下に制限される。0.020%以下とすることがより好ましく、0.015%以下に管理してもよい。過剰な低C化は製鋼への負荷を増大させ、コスト上昇となる。ここでは、C含有量0.003%以上の鋼板を対象とする。
【0017】
SiおよびMnは、脱酸剤として有効である他、耐高温酸化性を向上させる作用を有する。Siについては0.02%以上、Mnについては0.10%以上の含有量を確保することがより効果的である。これらの元素は、多量に含有すると鋼の脆化を招く要因となる。Si含有量は2.0%以下に制限され、1.0%以下とすることがより好ましい。Mn含有量も2.0%以下に制限され、1.0%以下とすることがより好ましい。
【0018】
PおよびSは、多量に含有すると耐食性低下などの要因となる。P含有量は0.050%まで許容でき、S含有量は0.040%まで許容できる。過剰な低P化、低S化は製鋼への負荷を増大させ不経済となる。通常、P含有量は0.010〜0.050%、S含有量は0.0005〜0.040%の範囲で調整すればよい。
【0019】
Crは、ステンレス鋼としての耐食性を確保するために重要である。耐高温酸化性の向上にも有効である。これらの作用を発揮させるために、10.0%以上のCr含有量が必要である。多量にCrを含有すると鋼が硬質化し、厚ゲージ鋼板の靱性改善に支障をきたす場合がある。ここではCr含有量が19.0%以下の鋼を対象とする。
【0020】
Nは、Cと同様、鋼板の靱性を低下させる要因となる。N含有量(固溶Nと化合物として存在するNのトータル量)は0.030%以下に制限される。0.020%以下とすることがより好ましく、0.015%以下に管理してもよい。過剰な低N化は製鋼への負荷を増大させ、コスト上昇となる。通常、N含有量は0.003%以上の範囲で調整すればよい。
【0021】
Tiは、C、Nと結合してTi炭窒化物を形成することによって、Cr炭窒化物の粒界偏析を抑制し、鋼の耐食性および耐高温酸化性を高く維持する上で極めて有効な元素である。Ti含有量は0.07%以上とする必要がある。0.09%以上とすることがより効果的であり、0.15%以上とすることが更に好ましい。Ti含有量が過大になると、鋼板の靱性低下を助長するので好ましくない。種々検討の結果、Ti含有量は0.50%以下に制限され、0.40%以下の範囲で含有させることがより望ましい。なお、本明細書において「炭窒化物」とは、C、Nの1種以上が金属元素と結合した化合物をいう。Ti炭窒化物の例だと、TiC、TiNおよびTi(C,N)がこれに該当する。
【0022】
Alは、脱酸剤として有効である。その作用を十分に得るために、0.010%以上のAl含有量となるように添加することが効果的である。多量のAl含有は靱性低下の要因となる。Al含有量は0.20%以下に制限される。
【0023】
Moは、耐食性の向上に有効であり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.01%以上のMo含有量とすることがより効果的である。多量のMo含有は靱性に悪影響を及ぼす場合がある。Mo含有量は0〜1.50%の範囲とする。
【0024】
Bは、2次加工性向上に有効であり、必要に応じて添加することができる。その場合、0.0010%以上の含有量を確保することがより効果的である。ただし、B含有量が0.0030%を超えるとCr2Bの生成により金属組織の均一性が損なわれ、加工性が低下する場合がある。B含有量は0〜0.0030%の範囲とする。
【0025】
〔K値〕
下記(1)式で表されるK値は、上記化学組成範囲のTi含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージ鋼板(板厚5.0〜11.0mm)におけるUノッチ衝撃試験片(衝撃方向が圧延方向と板厚方向に垂直な方向)を用いた20℃でのシャルピー衝撃値(J/cm2)を、鋼中Cr含有量、固溶C+N量、平均結晶粒径から精度良く推定する指標である。
K値=−0.07×Cr−6790×Free(C+N)−1.44×d+267 ……(1)
ここで、(1)式のCrの箇所には鋼中Cr含有量(質量%)の値が代入される。Free(C+N)は、鋼中に存在するCとNの合計含有量(質量%)から電解抽出法で回収される抽出残渣中に存在するCとNの合計含有量(質量%)を差し引いた値(質量%)である。dは、圧延方向および板厚方向に平行な断面(L断面)を研磨した観察面について、JIS G0551:2013の附属書Cに規定される直線試験線による切断法により求まる平均結晶粒径(μm)である。
【0026】
発明者らの詳細な検討によれば、厚ゲージTi含有フェライト系ステンレス鋼板の常温付近の靱性は、Cr含有量、固溶C+N量、およびフェライト平均結晶粒径の影響を大きく受けることがわかった。上記化学組成を満たし、かつK値が150以上となるようにCr含有量、固溶C+N量および平均結晶粒径が調整されていれば、厚ゲージ鋼板の素材を排気管フランジ部品に加工する場合や、得られた排気管フランジ部品を使用する場合などにおいて、靱性低下に起因するトラブルを防止するうえでの信頼性が十分に確保されることが確認された。従って本明細書では上記K値が150以上であることを要件とする。熱延焼鈍鋼板における固溶C+N量とフェライト平均結晶粒径は、後述の熱延条件によってコントロールすることができ、K値が150以上の熱延鋼板を作り分けることができる。
【0027】
上記(1)式のFree(C+N)は、固溶(C+N)濃度(質量%)に相当するものである。以下の方法でFree(C+N)を求めることができる。
〔Free(C+N)の求め方〕
10質量%のアセチルアセトン、1質量%のテトラメチルアンモニウムクロライド、89質量%のメチルアルコールからなる非水系電解液中で、鋼板から採取した質量既知のサンプルに、飽和甘汞基準電極(SCE)に対して−100mV〜400mVの電位を付与し、サンプルのマトリックス(金属素地)を全部溶解させたのち、未溶解物を含む液を孔径0.05μmのメンブレンフィルターにてろ過し、フィルターに残った固形分を抽出残渣として回収する。抽出残渣中のCおよびNを、Cについては赤外線吸収式−高周波燃焼法にて、Nについてはインパルス加熱融解−熱伝導度法にてそれぞれ分析し、抽出残渣中に存在するCとNの合計含有量Insol(C+N)(鋼中に占める質量%)を算出する。Free(C+N)(質量%)は下記(2)式によって求まる。
Free(C+N)=Total(C+N)−Insol(C+N) ……(2)
ここで、Total(C+N)は鋼中に存在するCとNの合計量(質量%)、Insol(C+N)は抽出残渣中に存在するCとNの合計含有量(質量%)である。
【0028】
〔硬さ〕
鋼板素材から排気管フランジ部品を製造する際には、プレス金型による冷間鍛造、穴開け、切削などの加工が施される。従って、排気管フランジ部品用の鋼板素材は十分に軟質化されていることが望ましい。種々検討の結果、板厚5.0〜11.0mmのTi含有フェライト系ステンレス鋼板を排気管フランジ部品に加工する場合、170HV以下の硬さに軟質化されていることが極めて効果的である。これより硬いと、フランジ部品の寸法精度が低下しやすい。場合によっては、フランジ部品への加工が不可能になることもある。過度に軟質化することは鋼板製造工程での負荷を増大させ不経済である。通常、130HV以上の範囲で調整すればよい。軟質化の処理は、熱延鋼板に後述の焼鈍を施すことによって行うことができる。ここでいう硬さは、鋼板の板面にHV30(試験力294.2N)にて圧子を押し込む方法により求めることができる。
【0029】
〔板厚〕
上述のように、自動車排ガス流路の排気管フランジ部品に適用するステンレス鋼素材としては、板厚5.0〜11.0mmの厚ゲージ鋼板のニーズが高い。一方、Ti含有フェライト系ステンレス鋼板の板厚が5.0mm以上になると、排気管フランジ部品を製造する際や、得られた排気管フランジ部品に厳しい衝撃テストを施す際などに、靱性不足の問題が顕在化しやすくなる。そこで、本発明では板厚5.0mm以上の鋼板を対象として、靱性改善を図ることとした。板厚5.5mm以上の鋼板を対象とすることが、より効果的である。板厚が11.0mm以下の範囲であれば、化学組成およびK値を上述の範囲に調整することによって、排気管フランジ部品への加工時や、その部品の使用時における靱性不足は顕著に改善されることが確認された。靱性に対する信頼性は、板厚を9.0mm以下に規定することにより一層向上する。
【0030】
〔製造方法〕
靱性および加工性に優れる上記の厚ゲージTi含有フェライト系ステンレス鋼板の製造方法を、以下に開示する。
【0031】
〔溶製〕
連続鋳造法によって鋳造スラブを製造する。造塊法によって鋳塊を作り、鍛造あるいは分塊圧延にてスラブを製造してもよい。スラブ厚さは200〜250mmとすることが好ましい。
【0032】
〔スラブ加熱〕
上記スラブを加熱炉に入れ、950℃以上の温度に加熱する。加熱時間(材料温度が950℃以上に保持される時間)は例えば50〜120分の範囲で設定することができる。950℃以上の温度に加熱することにより、鋳造時に生成した粗大なTiCがTi+Cに分解し、TiCがほぼ消失した組織状態を実現できる。TiNについては1150℃でもまだ完全には分解しないが、Nの完全固溶化には特にこだわる必要はない。材料の最高到達温度は1120℃以下の範囲で設定できるが、炉から出す際の材料温度(抽出温度)は後述の温度範囲に調整する必要がある。
【0033】
〔粗圧延〕
加熱後のスラブを抽出温度950〜1120℃にて炉から出し、粗圧延機により圧延する。抽出温度がこれより高いと、再結晶フェライト相の平均結晶粒径が粗大化しやすく、上述のK値が150以下である熱延鋼板を得ることが難しくなる。粗圧延は1パスまたは複数パスの圧延にて行い、板厚20〜50mmの中間スラブを製造する。その際、粗圧延によって得られる中間スラブの表面温度が700〜850℃となるようにコントロールすることが重要である。すなわち、少なくとも粗圧延の最終パス温度が700〜850℃の範囲となるように抽出温度および粗圧延パススケジュールを設定する。この温度範囲はTiCの再析出が生じる温度域に重なる。未固溶のTiCがほとんど残存していない状態から、粗圧延中にTiCを再析出させると、多くのサイトから微細なTiCが発生する。中間スラブ中には、これら数多くのTiCあるいは既に析出しているTiNを核として生成したTi炭窒化物が微細分散した状態となる。微細分散したTi炭窒化物は、ピン止め効果によってフェライト再結晶粒の粗大化を抑制する作用を発揮する。中間スラブの表面温度が850℃を超えるような高温で粗圧延を行うと、TiCが活発に再析出する温度より高温での粗圧延となるので、前記ピン止め効果が十分に発揮されず、粗大結晶粒が生成し、結晶粒微細化効果が不十分となる。一方、中間スラブの表面温度が700℃を下回ると、後述の仕上熱間圧延での変形抵抗が増大したり、巻取温度が低くなりすぎたりする要因となる。粗圧延の合計圧延率は80〜90%とすることが好ましい。
【0034】
〔仕上熱間圧延〕
上記中間スラブに対して巻取までの間に施す一連の熱間圧延を、ここでは「仕上熱間圧延」と呼ぶ。仕上熱間圧延は、リバース式圧延機を用いて行ってもよいし、タンデム式の連続圧延機を用いて行ってもよい。最終パス後の板厚が5.0〜11.0mmとなり、かつ後述の巻取温度が実現できるようにパススケジュールを設定する。仕上熱間圧延中にもピン止め効果によって再結晶粒の成長が抑制される。仕上熱間圧延の合計圧延率は例えば65〜85%とすることができる。
【0035】
〔巻取〕
仕上熱間圧延を終えた鋼板は、表面温度が650〜800℃である状態でコイル状に巻き取る。650℃より低温で巻き取ると、高温強度が上昇するため、正常な形でコイル状に巻き取れない状態が生じやすい。このような巻取異常が発生すると、巻きなおし工程を通板する必要があるため生産コスト上昇につながる。800℃より高温で巻き取ると動的な2次再結晶化が促進され、結晶粒粗大化が進行しやすい。この場合、K値の低下(すなわち靱性低下)につながる恐れがある。巻取後は、そのまま大気中で放冷すればよい。水冷等の冷却処理を行わなくても、上記のピン止め効果によってもたらされる効果は維持される。低温靱性改善は結晶粒微細化によるところが大きい。また、固溶C、Nの低減によるマトリックスの軟質化も低温靱性改善に寄与していると考えられる。それゆえ本発明の製造条件を満たすことにより靱性に優れるTi含有フェライト系ステンレス鋼の厚ゲージ熱延鋼板を提供することが可能となる。
【0036】
〔熱延板焼鈍〕
上記のようにして得られた熱延鋼板に焼鈍を施す。熱間圧延を終えたまま(いわゆる「as hot」)の熱延鋼板に施す焼鈍を「熱延板焼鈍」と呼ぶ。熱延板焼鈍によって得られた鋼板(その後に表面酸化スケールを除去した鋼板も含む。)を「熱延焼鈍鋼板」と呼ぶ。熱延板焼鈍は、800〜1100℃の温度範囲に加熱することによって行い、焼鈍後の鋼板における板面の硬さが170HV以下となるように、温度および焼鈍時間を調整する。焼鈍温度が800℃より低いと十分に再結晶化せず、フランジ部品を製作する際の打ち抜き性が悪化する。この場合、バリなどが発生しやすくなり、打ち抜き金型の寿命が大幅に短くなってしまう。1100℃より高いと結晶粒が粗大化しやすく、フランジ部品の品質低下の要因となる。170HV以下の熱延焼鈍鋼板を得るための適正な焼鈍条件は、予め予備実験により鋼の化学組成、板厚に応じて軟化挙動を把握しておくことによって、上記の焼鈍温度範囲内で容易に設定することができる。通常、800〜1100℃の範囲内に設定した焼鈍温度で均熱0〜5分の加熱を施すことによって良好な結果が得られる。ここで、均熱0分とは材料温度が所定の温度に到達したのち直ちに冷却する場合をいう。焼鈍後には酸洗を施して表面の酸化スケールを除去することが一般的である。この熱延板焼鈍は、厚ゲージの熱延鋼板を通板することができる連続焼鈍酸洗ラインにて行うことが効率的である。
【実施例】
【0037】
表1に示す鋼を溶製し、厚さ約200mmの連続鋳造スラブを得た。鋼の化学組成はいずれも本発明の規定を満たしている。各連続鋳造スラブを加熱炉に入れて、鋼種に応じて表2に記載のスラブ加熱温度で50〜100分間保持したのち炉から出し、直ちに粗圧延機による粗圧延を行った。抽出温度はスラブ加熱温度と同じとした。粗圧延は仕上目標板厚に応じて7〜9パスで行い、厚さ20〜50mmの中間スラブを作製した。粗圧延機の最終パス出側で中間スラブの表面温度を測定した。その温度を表2中に「中間スラブ温度」として表示してある。得られた中間スラブについて、直ちに6スタンドのミルを備える連続熱間圧延機あるいはコイラーファーネスを有する可逆式熱間圧延機により仕上熱間圧延を施し、その後、巻き取ってコイル状の熱延鋼板を得た。巻取温度は巻取機直前の板表面温度を測定することにより求めた。得られた熱延鋼板の板厚は表2に示してある。各熱延鋼板を連続焼鈍酸洗ラインに通板して、熱延板焼鈍および酸洗を施し、熱延焼鈍鋼板を得た。熱延板焼鈍条件は表2に示してある。
【0038】
【表1】
【0039】
各熱延焼鈍鋼板について、その鋼帯の長手方向両端付近および中央付近から試験用の板材サンプルを採取した。それら3枚の板材から、鋼帯幅方向(圧延直角方向)の両端部付近および中央付近から各種試験片を切り出し、1つの熱延焼鈍鋼板のコイルについて合計9箇所のサンプリング位置で以下の調査を行った。
【0040】
Free(C+N)、および平均結晶粒径dを上述の方法で求め、(1)式によりK値を算出した。Uノッチ衝撃試験片を作製し、JIS Z2242:2005に従い20℃でのシャルピー衝撃試験を行った。ハンマーによる衝撃付与方向(すなわちUノッチの深さ方向)は、圧延方向と板厚方向に垂直な方向(すなわち熱延焼鈍鋼帯の板幅方向)とした。上述の方法で板面の硬さを測定した。各熱延焼鈍鋼板とも、前記9箇所のサンプリング位置での測定結果には大きなバラツキは見られなかったが、ここでは評価結果を厳しく見積もる目的で、K値が最も低い値(すなわち最も低成績の値)となったサンプリング位置での各測定結果を、当該鋼板についての成績値として採用した。その結果を表2に示す。
【0041】
【表2】
【0042】
本発明に従ってK値が150以上となる条件で製造した鋼板(本発明例)は、いずれも20℃のUノッチ衝撃試験片による衝撃値が150J/cm2以上となり、良好な靱性を有している。また、焼鈍により170HV以下の軟質化が実現できた。従って、これらはいずれも、排気管フランジ部品への加工が十分に可能であり、得られたフランジも使用に際して十分な靱性を有していると判断される。また、連続ラインを用いた鋼帯の製造において、鋼帯全長にわたって安定して上記の優れた靱性改善効果が得られることが確認された。
【0043】
本発明例の上記鋼板を素材に用いて、排気管フランジ部品への加工を模擬した冷間鍛造試験、プレス穴開け試験、切削試験を実施した。その結果、いずれも靱性不足や軟質化不足に起因する製造上の障害は認められなかった。また、得られた冷間鍛造部品について、出願人が定めた非常に厳しい条件での落錘試験を行った。その結果、本発明例のいずれの鋼板から得た試験片においても、靱性不足に起因する割れ等のトラブルは発生しなかった。
【0044】
比較例であるNo.21、22、23、24、25、26、27、28はスラブ加熱温度、中間スラブ温度、巻取温度が本発明例から高めに外れていたためTiC等による析出物のピン止め効果が得られず、平均結晶粒径が大きくなり、その結果、靭性が低下した。No.29ではスラブ加熱温度、中間スラブ温度は本発明の条件を満たすが、巻取温度が低いために巻き取ったコイルの形状が悪くなった。また、鋼中のC、N含有量が高い割りにTi添加量が少ないので、Free(C+N)が高くなり、靭性が低下した。
【0045】
比較例の各鋼板を素材に用いて、上記と同様の条件で排気管フランジ部品への加工を模擬した冷間鍛造試験、プレス穴開け試験、切削試験を実施した。その結果、No.22について硬さは本発明範囲から僅かに高い程度であるが、靭性が低いため穴開け試験時にクラックが生じた。No.21、23、24、25、26、27、28、29については靭性が低く、硬さが大きいため、フランジ部品への製品化が困難である。
【符号の説明】
【0046】
1 鋼管
2 フランジ部品
図1