特許第6261853号(P6261853)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6261853
(24)【登録日】2017年12月22日
(45)【発行日】2018年1月17日
(54)【発明の名称】アースナット
(51)【国際特許分類】
   F16B 37/00 20060101AFI20180104BHJP
   F16B 25/04 20060101ALI20180104BHJP
   F16B 33/02 20060101ALI20180104BHJP
   F16B 37/14 20060101ALI20180104BHJP
   H01R 4/64 20060101ALI20180104BHJP
【FI】
   F16B37/00 F
   F16B25/04 A
   F16B25/04 B
   F16B33/02 Z
   F16B37/14 J
   H01R4/64 C
【請求項の数】9
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-256373(P2012-256373)
(22)【出願日】2012年11月22日
(65)【公開番号】特開2014-101990(P2014-101990A)
(43)【公開日】2014年6月5日
【審査請求日】2015年8月10日
【審判番号】不服2017-2194(P2017-2194/J1)
【審判請求日】2017年2月15日
(73)【特許権者】
【識別番号】593104132
【氏名又は名称】イワタボルト株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001416
【氏名又は名称】特許業務法人 信栄特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 喜英
(72)【発明者】
【氏名】田阪 賢太
【合議体】
【審判長】 中村 達之
【審判官】 平田 信勝
【審判官】 内田 博之
(56)【参考文献】
【文献】 実開平4−105618(JP,U)
【文献】 国際公開第03/098057(WO,A1)
【文献】 米国特許第4266590(US,A)
【文献】 米国特許第2870668(US,A)
【文献】 実開昭48−12458(JP,U)
【文献】 特開平6−99099(JP,A)
【文献】 特開2009−250318(JP,A)
【文献】 実開昭61−146611(JP,U)
【文献】 実開昭51−46868(JP,U)
【文献】 特開平11−62939(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16B 23/00-43/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピッチPでねじ山が形成されているボルトに係合されるねじ孔を備えたアースナットであって、
前記アースナットの前記ねじ孔に設けられた全てのねじ山について、前記アースナットの前記ねじ山のピッチPnはボルトのねじ山のピッチPよりも大きく、かつ、前記アースナットの前記ねじ山の角度θが60度よりも大きく形成されており、
前記アースナットの前記ねじ孔の軸方向の一部には、軸方向に延びる切り欠きが設けられ、前記アースナットの前記切り欠きに臨むねじ山の端面が切れ刃を形成している、アースナット。
【請求項2】
前記アースナットの前記ねじ山のピッチPnを、ボルトのねじ山のピッチPを用いてP+αと表したとき、
αが、0<α<0.1×Pを満足する、請求項1に記載のアースナット。
【請求項3】
前記アースナットの前記ねじ山の角度θ[度]を、60+βと表したとき、
βが、0β≦10を満足する、請求項1または2に記載のアースナット。
【請求項4】
前記アースナットに締め付けトルクが作用したときにボルトとの導通が確保される、請求項1から3のいずれか一項に記載のアースナット。
【請求項5】
前記切り欠きは軸方向の少なくとも一方側に設けられている、請求項1から4のいずれか一項に記載のアースナット。
【請求項6】
前記切り欠きは、ボルトの挿入側に設けられている、請求項5に記載のアースナット。
【請求項7】
前記切り欠きは、軸方向の両側に設けられている、請求項5または6に記載のアースナット。
【請求項8】
前記アースナットは袋付きナットである、請求項1から7のいずれか一項に記載のアースナット。
【請求項9】
ボルトと前記ねじ孔との隙間を埋めるシール材が設けられている、請求項1から7のいずれか一項に記載のアースナット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボルトとの間で導通状態を得ることができるアースナットに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1により、ねじ部の一部が外力によって縮径された変形部を備えたアースナットが知られている。このアースナットは、ボルトと噛み合う際に変形部がボルトの塗装膜を剥離し、アースナットとボルトとの間に導通状態が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004−36682号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、このようなアースナットでは、変形部がねじ部の一部分のみに設けられている。このため、ねじ部の変形部以外の部分でボルトとの接触が確保しにくく、ボルトとの締結力が弱かった。
【0005】
またこの変形部は、外力をねじ部の側面に加え、径を縮めることにより形成されている。このため変形部の形状にばらつきが生じやすい。したがって、変形部とボルトとの導通状態がばらつき、アースナットのアース性能がばらつく虞があった。
【0006】
そこで本発明は、締結力が大きく、かつ、確実にボルトと導通させることのできるアースナットを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決することのできる本発明のアースナットは、
ピッチPでねじ山が形成されているボルトに係合されるねじ孔を備えたアースナットであって、
前記ねじ孔に設けられた全てのねじ山について、前記ねじ山のピッチPnはボルトのねじ山のピッチPよりも大きく、かつ、前記ねじ山の角度θ[度]が60度よりも大きく形成されており、
前記ねじ孔の軸方向の一部には、軸方向に延びる切り欠きが設けられ、前記切り欠きに臨むねじ山の端面が切れ刃を形成している。
【0008】
本発明のアースナットにおいて、前記ねじ山のピッチPnを、ボルトのねじ山のピッチPを用いてPn=P+αと表したとき、
αが、0<α<0.1×Pを満足することが好ましい。
【0009】
本発明のアースナットにおいて、前記ねじ山の角度θを、θ=60+βと表したとき、
βが、0≦β≦10を満足することが好ましい。
【0010】
本発明のアースナットにおいて、前記アースナットに締め付けトルクが作用したときにボルトとの導通が確保されることが好ましい。
【0011】
本発明のアースナットにおいて、前記切り欠きは軸方向の少なくとも一方側に設けられていることが好ましい。
【0012】
本発明のアースナットにおいて、前記切り欠きは、ボルトの挿入側に設けられていることが好ましい。
【0013】
本発明のアースナットにおいて、前記切り欠きは、軸方向の両側に設けられていることが好ましい。
【0014】
本発明のアースナットにおいて、前記アースナットは袋付きナットであることが好ましい。
【0015】
本発明のアースナットにおいて、ボルトと前記ねじ孔との隙間を埋めるシール材が設けられていることが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明のアースナットによれば、締結力が大きく、確実にボルトとの間で導通状態を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本実施形態に係るアースナットの上面図である。
図2図1におけるII−II断面図である。
図3】アースナットとボルトとの係合箇所の断面図である。
図4】アースナットとボルトとによる電子部品の取付状態の一例を示す締結箇所の断面図である。
図5】締付けトルクと締結箇所における抵抗値との関係を示すグラフである。
図6】参考例に係るボルトの断面図である。
図7】アースナットの圧造工程を説明する断面図である。
図8】変形例に係るアースナットの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係るアースナットの実施の形態の例を、図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態に係るアースナットの上面図である。図2は、図1におけるII−II断面図である。図3は、アースナットとボルトとの係合箇所の断面図である。
【0019】
図1及び図2に示すように、本実施形態に係るアースナット11は、頭部12と、この頭部12の下方に設けられた座部13とを有している。
このアースナット11は、例えば、自動車の車体に電子部品を取り付けてアースをとる際に用いられる。アースナット11は、螺合されるボルトとの良好な導通状態を確保すべく、ボルトとの螺合時にボルトの防錆用の塗装膜を剥離する機能を有する。
【0020】
図1に示すように、アースナット11の頭部12は、例えば、レンチ等の工具が係合可能な平面視六角形状に形成されている。座部13は、この頭部12よりも外周側へ張り出す平面視円板状に形成されている。図2に示すように、頭部12には、座部13と反対側の上面12aにおける縁部に面取り部14が形成されている。また、座部13は、頭部12と反対側の面である座面13aにリング状に形成された下方へ突出する座面突起15を有している。
【0021】
アースナット11には、その中心に、ねじ山21を有するねじ孔22が形成されている。図3に示すように、このねじ孔22には、ピッチPでねじ山31が形成されたねじ部32を有するボルト33が係合可能である。このとき、ボルト33は、そのねじ部32が座部13側の挿入側からねじ孔22へねじ込まれる。
【0022】
アースナット11のねじ孔22に設けられた全てのねじ山21について、そのピッチPnが、ボルト33のねじ部32のねじ山31のピッチPよりも大きく形成されている。アースナット11のねじ山21のピッチPnは、ボルト33のねじ部32のねじ山31のピッチPを用いて、次式(1)で表される。
【0023】
Pn=P+α…(1)
【0024】
さらに、この式(1)におけるαは、次式(2)を満足する値とされている。
【0025】
0<α<0.1×P…(2)
【0026】
ピッチPの具体的な寸法について、例えば、アースナット11及びボルト33が、JISのM6のものであれば、P=1.0[mm]である。JISのM8のものであれば、P=1.25[mm]である。
【0027】
図3に示すように、アースナット11は、ねじ山21の角度θ[度]が、60度よりも大きく形成されている(θ>60)。つまり、アースナット11のねじ山21の角度θは、次式(3)で表される。
【0028】
θ=60+β…(3)
【0029】
さらに、この式(3)におけるβは、次式(4)を満足する値とされている。
【0030】
0≦β≦10…(4)
【0031】
なお、JISにおいて、ボルトおよびナットのねじ山の角度は、60度とされている。
【0032】
図2に示したように、本実施形態に係るアースナット11は、ねじ孔22の一部に、軸方向に延びる切り欠き25が設けられている。この切り欠き25は、ねじ孔22の軸方向におけるボルト33の挿入側(図2の下方)及び挿入側と反対側である反挿入側(図2の上方)の両側二箇所で、周方向へ間隔をあけた三箇所(図1参照)、の計六箇所に形成されている。なお、この切り欠き25の個数は、本例に限らず、いくつ形成しても良い。
【0033】
また、この切り欠き25に臨むねじ山21の端面は、ボルト33の塗装膜を剥離可能な切れ刃26を形成している。
【0034】
上記のようにして構成されるアースナット11は、そのねじ孔22にボルト33のねじ部32がねじ込まれることにより、アースナット11とボルト33とが螺合する。
【0035】
ここで、本実施形態に係るアースナット11は、ねじ山21のピッチPnがボルト33のねじ山31のピッチPよりも所定寸法αだけ大きくされている(Pn=P+α)。すると、アースナット11とボルト33とが係合したとき、互いのねじ孔22とねじ部32の軸方向に亘って、ねじ山21,31のピッチの差(Pn−P=α)が集積されることになる。
【0036】
この集積されたピッチは、ねじ孔22とねじ部32との係合部分の軸方向両側に作用し、軸方向両側にボルト33のねじ山31とアースナット11のねじ山21とが高い圧力で接触する高圧接触部Tが生じる。これにより、アースナット11のねじ孔22にボルト33のねじ部32をねじ込むと、高圧接触部Tによって大きな締結力およびプリベリングトルクを発生させることができる。
【0037】
また、アースナット11は、ねじ孔22の軸方向の両側に、切り欠き25が設けられ、この切り欠き25に臨むねじ山21の断面が切れ刃26とされている。ボルト33のねじ部32をねじ込むときに、前述のように、アースナット11のねじ孔22とボルト33のねじ部32との係合部分の軸方向の両側に高圧接触部Tが生じる。すると、切れ刃26がボルト33のねじ部32のねじ山31に食い込む。この状態で、アースナット11のねじ孔22にボルト33のねじ部32を更にねじ込むと、ボルト33の塗装膜が切れ刃26によって剥離される。このように、ボルト33の塗装膜が剥離されることで、アースナット11とボルト33とが確実に導通する。
【0038】
また、ねじ孔22に切り欠き25を形成しても、この切り欠き25は、ねじ孔22の軸方向の両側の一部に設けられているので、切り欠き25が軸方向に貫通して設けられている場合と比べて、アースナット11の強度が損なわれることもない。
【0039】
なお、ボルト33の塗装膜の剥離時には、切り欠き25に塗装膜の削り屑がたまる。これにより、剥離した塗装膜の削り屑がアースナット11のねじ山21とボルト33のねじ山31との間に食い込んで、アースナット11のねじ孔22やボルト33のねじ部32に傷が付くことが防止される。
【0040】
さらに本実施形態に係るアースナット11においては、切り欠き25が軸方向の両側に設けられている。これにより、ボルト33の挿入側においては、切れ刃26はボルト33の反進み側フランク面の塗装膜を剥離し、ボルト33の反挿入側においては、切れ刃26はボルト33の進み側フランク面の塗装膜を剥離することができる。これにより、更にフランク面の両側の塗装膜を剥離することができ、より確実にアースナット11とボルト33との導通を確保できる。
【0041】
なお、アースナット11にボルト33を係合させると、ボルト33のねじ山31の塗装膜が剥離されて金属層がむき出しになってしまう。そこで本実施形態に係るアースナット11は、ボルト33の挿入側と反対側に、アースナット11のねじ孔22とボルト33のねじ部32との隙間を埋める、例えば、ゴムや樹脂などのシール材43が設けられている。シール材43によってアースナット11のねじ孔22とボルト33のねじ部32との隙間を埋めることで、この隙間からの水の浸入を防ぐことができ、塗装膜が剥離されて金属が露出した部分を保護して錆びることを防止できる。
【0042】
次に、本実施形態に係るアースナット11を用いて、車体に電子部品を取り付けてアースをとる場合について説明する。
図4は、アースナットとボルトとによる電子部品の取付状態の一例を示す締結箇所の断面図である。
【0043】
図4に示すように、電子部品の取付片41を被取付部品である車体42に取り付けるには、取付片41を車体42の取り付け箇所に重ね合わせ、取付片41の取付孔41aと車体42の取付孔42aとを連通させる。そして、連通させた取付孔41a,42aにボルト33を挿通させ、このボルト33のねじ部32をアースナット11のねじ孔22にねじ込んで係合させる。
【0044】
このように、アースナット11にボルト33を係合させることで、取付片41を車体42に締結して取り付けることができる。
【0045】
そして、アースナット11にボルト33を係合させると、アースナット11の切れ刃26によってボルト33のねじ山31の塗装膜が剥離され、アースナット11とボルト33とが導通される。また、アースナット11とボルト33とで取付片41が車体42に締結されると、アースナット11の座面13aの座面突起15が取付片41の表面に食い込み、この取付片41の表面に設けられた塗装膜が剥離され、取付片41とアースナット11とが良好に導通される。
【0046】
また、アースナット11にボルト33が係合すると、互いのねじ山21,31が噛み合うねじ部分の全体に亘るピッチのずれ(Pn−P=α)が集積する。すると、ねじ孔22とねじ部32との係合部分の軸方向両側において、ボルト33のねじ山31とアースナット11のねじ山21とが高い圧力で接触する。つまり、ねじ孔22とねじ部32との係合箇所には、大きな締結力およびプリベリングトルクが発生する高圧接触部Tが生じる。したがって、取付片41と車体42との締結強度を損なうことなく、取付片41と車体42との確実な導通が確保される。
【0047】
また、アースナット11の座面13aが取付片41に接触するまで、アースナット11をボルトに係合させると、アースナット11の座面13aに設けられた座面突起15が取付片41に接触する。すると、座面突起15が取付片41に設けられた塗装膜を剥離させ、アースナット11と取付片41との間で導通が確保される。
【0048】
また本実施形態においては、ボルト33の頭部33aにおける車体42側の面である座面34に、アースナット11の座面突起15と同様な突起が形成されている。ボルト33の締結時に、この突起を車体42の表面に食い込ませ、車体42の表面の塗装膜を剥離させ、車体42とボルト33とを導通させている。なお、この他に、ボルト33の頭部33aを車体42に予め溶接等で固定し、導通されておいてもよい。
【0049】
これにより、取付片41は、アースナット11及びボルト33を介して車体42と繋がる導通回路Cで導通される。よって、取付片41を有する電子部品と車体42との間で良好に導通を確保できる。
【0050】
以上、説明したように、本実施形態に係るアースナット11によれば、係合するボルト33のねじ山31に対してねじ山21のピッチがずれていること、および、ボルト33のねじ山31に対してねじ山21の角度が大きい。これにより、ねじ山21,31同士が高い接触圧力で接触する高圧接触部Tが得られ、大きな締結力を作用させることができる。さらに、切り欠き25がねじ孔22の軸方向の両側の一部にのみ形成されているので、ねじ山21の強度が損なわれない。
【0051】
さらに、切り欠き25に臨むねじ山21の端面を切れ刃26として形成したこと、および、係合するボルト33に対してねじ山21のピッチがずれていることにより、ボルト33の塗装膜を確実に剥離することができる。これにより、ボルト33との導通を確実に確保することができる。
【0052】
これらにより、締結力が大きく、かつ、確実にボルト33と導通させることのできるアースナット11を提供することができる。
【0053】
特に、ねじ山21のピッチPnをボルト33のねじ山31のピッチPを用いてPn=P+αと表したとき、αが、0<α<0.1×Pを満足するようにねじ山21を形成している。これにより、このアースナット11を用いれば、締結強度を損なうことなくボルト33との確実な導通が確保される。
【0054】
このαの条件は、実験で求めたものであり、その実験では、αがこの範囲を外れると、ボルト33との締結力が弱すぎたりあるいはボルト33との導通が確保できなくなった。なお、このαの条件は、好ましくは、0.005×P≦α≦0.08×P、更に好ましくは、0.01×P≦α≦0.05×Pであり、αがこれらの範囲のとき、締結強度及び導通状態などの特性がより安定した。
【0055】
さらに、ねじ山21の角度θ[度]を、60+βと表したとき、βが、0≦β≦10を満足するようにねじ山21を形成している。これにより、このアースナット11を用いれば、ボルト33のねじ山31の塗装膜を良好に剥離させることができる。
【0056】
ここで、βが10度より大きいと、締結時にボルト33のねじ山31が削れてしまう。なお、βが小さすぎるとボルト33のねじ山31の塗装膜を剥離させにくいため、βの条件は、好ましくは、2.5≦β≦5、更に好ましくは、3≦β≦4である。βがこれらの範囲内であると、ボルト33の取り付け及び取り外しを複数回繰り返しても安定したプリベリングトルクが得られた。また、ボルト33のねじ山31の塗装膜が硬い場合には、βを大きく設定することが好ましい。
【0057】
また、ねじ孔22の軸方向の両側でねじ山21,31同士が強固に接触する高圧接触部Tが得られる本実施形態のアースナット11において、そのねじ孔22における両側に切れ刃26を設けている。したがって、これらの切れ刃26でボルト33のねじ山31の塗装膜を効率良く剥離できる。また、このように切り欠き25が、ねじ孔22における軸方向の両側に設けられていれば、ボルト33の進み側フランク面と反進み側フランク面の両方の面の塗装膜が剥離でき、より確実に導通させることができる。
【0058】
なお、本実施形態では、ねじ孔22における軸方向の両側に切り欠き25を形成したが、この切り欠き25は、ねじ孔22における軸方向の少なくとも一方側に設けられていれば、係合させたボルト33のねじ山31の塗装膜を、ねじ山21,31同士が強固に接触する高圧接触部Tで剥離させることができる。
【0059】
特に、切り欠き25がねじ孔22におけるボルト33の挿入側に設けられていれば、ボルト33の挿入側でボルト33と導通されるので、ボルト33との導通回路Cを短くでき、抵抗値を下げることができる。
【0060】
上述した本実施形態に係るアースナット11とは異なり、車体側に取り付ける溶接ボルトに切り欠きを形成して締結時における導通を得ることも考えられる。しかし、この場合、溶接ボルトに切り欠きを形成すると強度が低下してしまうため、アース用と締結用の二種類のボルトを用意する必要が生じる。このため、アース用と締結用のボルトを区別しながら車体に取り付けることは作業効率が良くない。したがって、本実施形態のように、切り欠き25を設けたアースナット11を用いると、単一種類の汎用品の溶接ボルトを用いることができるので好ましい。
【0061】
次に、締め付けトルクと抵抗値との関係について説明する。
図5は、締付けトルクと締結箇所における抵抗値との関係を示すグラフである。図6は、参考例に係るボルトの断面図である。図5の折れ線L1は特許文献1に示すアースナット、折れ線L2は参考例に係るボルト、折れ線L3は本実施形態に係るアースナット11を用いた場合の締付けトルクと抵抗値との関係を示している。
【0062】
ねじ部に外力を加えて縮径させた変形部によってボルトの塗膜を剥離するアースナット(特許文献1に示すアースナット)では、径方向内側に突出した変形部でしか締結力を作用させられず、変形部にボルトが到達するまで導通させることもできない(図5におけるL1で示す折れ線参照)。
【0063】
つまり、このアースナットは、変形部以外ではボルトに接触しにくく、大きな締結力を作用させにくい。このため、このアースナットは大きな締結力が求められる用途には採用できない。また、ボルトの塗装膜が削れた箇所にねじ山が接触しにくいため、良好な導通状態が得られにくい。
【0064】
また、図6に示すように、頭部33aの座面34に、アースナット11の座面突起15と同様な突起35を形成した参考例のボルト33Sでは、このボルト33Sをナットにある程度ねじ込んで挿入してからでないと座面34の突起35が被取付部品等の表面の塗装膜に接触せず、塗装膜を剥離できない。
【0065】
このため、このようなボルト33Sでは、締め付けトルクがある程度大きい領域でないと導通しないため抵抗値が下がらない(図5におけるL2で示す折れ線参照)。したがって、小さい締め付けトルクで用いたい場合では、この構造のボルト33Sは採用できない。また、締め付けが不十分な場合には導通が得られない虞がある。
【0066】
これに対して、本実施形態に係るアースナット11では、締め付けトルクが生じ始めると、ねじ山21,31同士が接触してボルト33のねじ山31の塗装膜の剥離が始まり、低い締め付けトルクから良好な導通状態が得られる(図5におけるL3で示す折れ線参照)。このため、本実施形態のアースナット11は、締め付けトルクがばらついても良好な導通状態が得られる。また、例えばアースナット11自体の強度が小さいので、低い締め付けトルクで使用せざるを得ない場合であっても、確実な導通を期待できる。
【0067】
また、上記のように、アースナット11に締め付けトルクが作用したときにボルト33との導通が確保されるので、アースナット11をボルト33に最後まで押し込む必要がない。つまり、ボルト33のねじ部32との接触長さが短くても、参考例のボルト33Sと比較し、確実に導通を確保できる。
【0068】
次に、本実施形態に係るアースナット11の製造方法について説明する。
図7は、アースナットの圧造工程を説明する断面図である。
【0069】
まず、アースナット11の材料である金属の線材を所定の長さに切断して中間体とする(切断工程)。
【0070】
次に、所定長さの線材からなる中間体を軸方向に圧縮してナットの形状に成形する(圧造工程)。この圧造工程では、図7に示すように、ナット成形凹部51を有する第1金型52と、切り欠き形成突起53を有する第2金型54を用いる。具体的には、第1金型52のナット成形凹部51に中間体50を入れ、この第1金型52に対して第2金型54をプレスして圧造する。すると、中間体50は、その外形がナット成形凹部51によって頭部12と座部13とを有するアースナット11の形状とされ、また、中心に孔部50aが形成されるとともに、孔部50aの軸方向の端部に切り欠き25が形成される。
【0071】
その後、中間体50の孔部50aの内周面に、タップでタッピングを施してねじ山21を有するねじ孔22を形成し、アースナット11を完成させる(ねじ立て工程)。
【0072】
なお、上述した実施形態に係るアースナット11とは異なり、ボルトに、ナットのねじ山の塗装面を削るための切り欠きを形成することも考えられる。このような切り欠きを有するボルトを製造するには、切り欠きが形成されるように線材を軸方向へ圧縮し、切り欠きを形成した線材からなるボルトの中間体の表面に、ねじ山が設けられた転造ダイスを押し付け、ねじ山が形成されたねじ部を有するボルトとすることが一般的である。しかし、このように切り欠きを有するボルトを製造すると、切り欠きに臨むねじ山の端面がなまってしまい、鋭利な切れ刃が形成されない。
【0073】
これに対して、本実施形態に係るアースナット11によれば、切り欠き25を形成した後にタップによってねじ山21を形成するので、切り欠き25に臨むねじ山21の断面が鋭利になる。このとき、タップとして切削タップを用いると、さらに切り欠き25に臨むねじ山21の断面を鋭利に形成することができる。したがって、この鋭利なねじ山21の断面からなる切れ刃26でボルトの塗装膜を確実に剥離することができる。しかも、切り欠き25を形成する前述の第1金型52及び第2金型54からなる圧造金型を用意すれば、既存のナットの製造方法および製造設備を流用してアースナット11を製造することができるので、極めて低コストでアースナット11を提供することができる。
【0074】
なお、上記実施形態では、上下に貫通するねじ孔22を有するアースナット11を例示して説明したが、アースナット11の形状は、上記のものに限定されない。
図8は、変形例に係るアースナットの断面図である。
【0075】
図8に示すものは、ボルトの挿入側と反対側が半球状の袋部11aで覆われた袋付きナットからなるアースナット11Aである。このアースナット11Aの場合も、ねじ孔22に設けられた全てのねじ山21について、ねじ山21のピッチPnがボルト33のねじ山31のピッチPよりも大きく、かつ、ねじ山21の角度θが60度よりも大きく形成されている。また、このアースナット11Aにおいても、ねじ孔22の軸方向の両側に切り欠き25が形成され、切り欠き25に臨むねじ山21の断面が鋭利な切れ刃26とされている。
【0076】
そして、このアースナット11Aの場合も、切り欠き25を設けて切れ刃26を形成したこと、および、係合するボルト33に対してねじ山21のピッチがずれていることにより、ボルト33の塗装膜を確実に剥離することができる。これにより、ボルト33との導通を確実に確保することができる。
【0077】
また、係合するボルト33に対してねじ山21のピッチがずれていること、および、ボルト33に対してねじ山21の角度が大きいことにより、ねじ山21,31同士の接触力が大きくなる高圧接触部Tが得られ、大きな締結力を作用させることができる。さらに、切り欠き25がねじ孔22の軸方向の両側の一部にのみ形成されているので、ねじ山21の強度が損なわれない。
【0078】
これらにより、締結力が大きく、かつ、確実にボルト33と導通させることのできるアースナット11Aを提供することができる。
【0079】
特に、このアースナット11Aでは、ボルト33の挿入側と反対側が袋部11aで覆われているので、ボルト33の挿入側と反対側から、ねじ孔22におけるボルト33のねじ部32との係合箇所へ水が浸入するのを防止することができ、切れ刃26で塗装膜が剥離されて金属が露出した部分を保護して錆びることを防止できる。
【0080】
なお、上記実施形態では、アースナット11,11Aのねじ孔22にボルト33を係合した際に切れ刃26によってボルト33のねじ山31の塗装膜を剥離する場合を例示したが、アースナット11,11Aの切れ刃26は、塗装膜以外のボルト33のねじ山31の付着物も除去できる。例えば、ボルト締結作業の周囲でスパッタ溶接を行った際に、意図せずにスパッタがボルトやナットに付着することがある。この場合でも、上記説明したアースナット11,11Aによれば、ボルト33を係合することで、付着したスパッタも切れ刃26で除去することができる。
【符号の説明】
【0081】
11,11A:アースナット、21,31:ねじ山、22:ねじ孔、25:切り欠き、26:切れ刃、33:ボルト、43:シール材、P,Pn:ピッチ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8