特許第6261903号(P6261903)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6261903細胞シートの製造および移送のための細胞培養器具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6261903
(24)【登録日】2017年12月22日
(45)【発行日】2018年1月17日
(54)【発明の名称】細胞シートの製造および移送のための細胞培養器具
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20180104BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20180104BHJP
   C12N 5/071 20100101ALI20180104BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20180104BHJP
【FI】
   C12M3/00 A
   C12M1/00 C
   C12N5/071
   C12N1/00 B
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-161255(P2013-161255)
(22)【出願日】2013年8月2日
(65)【公開番号】特開2015-29462(P2015-29462A)
(43)【公開日】2015年2月16日
【審査請求日】2016年7月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002897
【氏名又は名称】大日本印刷株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591173198
【氏名又は名称】学校法人東京女子医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100125508
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 愛
(72)【発明者】
【氏名】黒田 正敏
(72)【発明者】
【氏名】土屋 勝則
(72)【発明者】
【氏名】鶴山 晋平
(72)【発明者】
【氏名】清水 達也
(72)【発明者】
【氏名】岡野 光夫
【審査官】 小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】 特表2012−523854(JP,A)
【文献】 国際公開第2004/073761(WO,A1)
【文献】 特開2004−261532(JP,A)
【文献】 実開平07−040744(JP,U)
【文献】 特開平08−112305(JP,A)
【文献】 国際公開第2003/105813(WO,A1)
【文献】 特開2007−075602(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00− 3/10
C12N 1/00− 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
刺激により細胞の接着性が変化する刺激応答性領域を有するシート状培養部を備える細胞培養器具であって、シート状培養部が分断部分で分断可能に構成されており、刺激応答性領域が分断部分を跨いでいる、前記細胞培養器具。
【請求項2】
シート状培養部が分断部分に切断線を有することにより分断可能に構成されており、刺激応答性領域が切断線を跨いでいる、請求項1記載の細胞培養器具。
【請求項3】
刺激応答性領域が、温度変化に応答して細胞接着性が変化する温度応答性ポリマー層が形成された領域である、請求項1または2記載の細胞培養器具。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の細胞培養器具と、該細胞培養器具の培養部を底部に配置することにより収容可能な容器とを含む、細胞シートの製造および移送のためのキット。
【請求項5】
細胞シートを製造および移送するための方法であって、
(a)請求項1〜3のいずれか1項記載の細胞培養器具のシート状培養部の刺激応答性領域の表面で細胞を培養し細胞シートを製造するステップ、
(b1)刺激応答性領域に刺激を印加して、刺激応答性領域の表面から細胞シートを剥離するステップ、
(b2)細胞培養器具の培養部上の細胞シートを、細胞培養器具とともに移動させるステップ、
(c)標的部位の上部で細胞培養器具のシート状培養部を分断部分で分断して引き抜くことにより、細胞シートを標的部位上に移すステップ、
を含む、前記方法(ただし前記標的部位が、ヒトの生体内の標的部位である場合を除く)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞シート、特にヒトおよび動物の疾病、傷病の治療に用いる細胞シートの製造、移送および積層操作を簡便に行うことができる基材、および同基材を用いた細胞シートの製造および移送方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から細胞生物学の分野では細胞培養が不可欠である。近年、幹細胞研究や再生医療研究が盛んになるに伴い、ますます細胞培養の技術開発の重要性が高まっている。
【0003】
細胞をシート状に培養し、トリプシンなどの酵素を使用せずに温度を低下させるだけで細胞をシート状に回収する「細胞シート工学」という技術が再生医療分野で注目されている。その際に使用されるのが、温度応答性ポリマーを結合させた温度応答性培養基材である。特許文献1には、温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養器具上において、細胞を温度応答性ポリマーの上限臨界溶解温度未満または下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度未満にすることにより酵素処理なくして培養細胞を剥離させる方法が記載されている。
【0004】
細胞シート工学によって得られる細胞シートは角膜や歯周組織などの再生医療で既に一定の治療効果も確認され欧州で既に臨床研究や治験が進められている。また、複数の種類からなる細胞シートを積層することによる三次元組織モデルの作製や血管組織を伴う成熟した組織を生体外で作製することも可能であり今後ますます本技術をベースにした研究や治療が期待される。
【0005】
このような細胞シートを、目的とする患部(移植部位)に移植するには、例えば、細胞シートの端部をピンセット等で摘んで、細胞シートを包装容器から取り出し、患部まで移送し、その患部に移植(貼付)するといった一連の操作が必要となるが、細胞シートは、絶対的な物理的強度が低く、皺、破れ、破損などが生じ易いことから、この一連の操作には高度な技術が要求され、かつ細心の注意を払う必要がある。
【0006】
そこで、細胞シートの強度を補うため、親水性PVDF膜、ニトロセルロース膜を用いた支持体やヒトフィブリノゲン等を足場とした支持体が知られ、さらに細胞シートを対象とした移動治具や運搬投与器具が提供されており、前述の温度応答性培養基材に対応した細胞シートのための支持体が市販されている。また、デバイスの回収面にゼラチンゲルなど(支持材)を固定し、細胞シートを生着させることを繰り返して積層化細胞シートを得るためのゼラチンスタンプも知られている。
【0007】
しかし、ゼラチンスタンプは作製に時間がかかる点や最後にゼラチンを溶解させる必要がある点が課題であった。またPVDF膜は、ゼラチン法に比べ簡便ではあるものの、移植や積層後に膜を除去する必要がある点が課題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許1972502号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、細胞シートを製造後、損傷させることなく簡便に移送することができ、かつ移送後に部材の除去の必要がない、細胞シートの製造および移送のための手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、刺激応答性領域を有する分断可能なシート状部材の、刺激応答性領域の表面で細胞を培養して細胞シートを製造し、刺激の印加により細胞シートを剥離し、標的部位の上部でシート状部材を分断して引き抜くことにより、細胞シートを損傷させることなく簡便に移送できることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)刺激により細胞の接着性が変化する刺激応答性領域を有するシート状培養部を備える細胞培養器具であって、シート状培養部が分断部分で分断可能に構成されており、刺激応答性領域が分断部分を跨いでいる、前記細胞培養器具。
(2)シート状培養部が分断部分に切断線を有することにより分断可能に構成されており、刺激応答性領域が切断線を跨いでいる、(1)記載の細胞培養器具。
(3)刺激応答性領域が、温度変化に応答して細胞接着性が変化する温度応答性ポリマー層が形成された領域である、(1)または(2)記載の細胞培養器具。
(4)(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞培養器具と、該細胞培養器具の培養部を底部に配置することにより収容可能な容器とを含む、細胞シートの製造および移送のためのキット。
(5)細胞シートを製造および移送するための方法であって、
(a)(1)〜(3)のいずれかに記載の細胞培養器具のシート状培養部の刺激応答性領域の表面で細胞を培養し細胞シートを製造するステップ、
(b1)刺激応答性領域に刺激を印加して、刺激応答性領域の表面から細胞シートを剥離するステップ、
(b2)細胞培養器具の培養部上の細胞シートを、細胞培養器具とともに移動させるステップ、
(c)標的部位の上部で細胞培養器具のシート状培養部を分断部分で分断して引き抜くことにより、細胞シートを標的部位上に移すステップ、
を含む、前記方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、細胞シートを製造後、損傷させることなく簡便に移送することが可能になり、細胞シートの積層体を簡便かつ迅速に製造することが可能になる。また、細胞シートの製造および移植も、一連の工程として簡便かつ迅速に実施できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の細胞シートの製造および移送方法の一例を側面図で示す概略図である。
図2】本発明の細胞シートの製造および移送方法の一例を上面図で示す概略図である。
図3】本発明の細胞培養器具の一例の側面図を示す概略図である。
図4】本発明の細胞培養器具の一例の上面図を示す概略図である。
図5】本発明の細胞培養器具の一例の上面図を示す概略図である。
図6】本発明の細胞培養器具に細胞シートを載せ置いた状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の細胞培養器具は、刺激により細胞の接着性が変化する刺激応答性領域を有するシート状培養部を備える。シート状培養部は、分断部分で分断可能に構成されている。そして、刺激応答性領域は、分断部分を跨いでいる。培養部を刺激により細胞の接着性が変化する刺激応答性材料で構成することにより刺激応答性領域を有する培養部としてもよく、あるいは、刺激により細胞の接着性が変化する刺激応答性ポリマー層を形成することにより刺激応答性領域を有する培養部としてもよい。好ましくは、刺激応答性領域は、刺激により細胞の接着性が変化する刺激応答性ポリマー層のパターンが形成された領域である。
【0015】
本発明の細胞培養器具を用いて、細胞シートの製造および移送を、例えば図1および図2に示すように、実施できる。図1および図2は、刺激応答性領域が、刺激応答性ポリマー層のパターンが形成された領域である実施形態を示すものである。
【0016】
まず、ステップ(a)において、本発明の細胞培養器具1のシート状培養部2の刺激応答性ポリマー層3の表面で細胞4を培養し細胞シート5を製造する。次に、ステップ(b1)において、刺激応答性ポリマー層3に刺激を印加して、刺激応答性ポリマー層の表面から細胞シート5を剥離する。ステップ(b2)において、細胞培養器具1の培養部2上の細胞シート5を、細胞培養器具とともに移動させ、ステップ(c)において、標的部位6の上部で細胞培養器具1の培養部2を分断部分7で分断して引き抜くことにより、細胞シート5を標的部位上に移す。
【0017】
なお、図1および2では、ステップ(b1)の後にステップ(b2)を行う態様を示しているが、ステップ(b1)と(b2)はいずれを先に実施してもよい。
【0018】
細胞培養器具は、細胞を培養して細胞シートを製造するためのシート状の培養部を少なくとも備えている。シート状の培養部は、好ましくは可撓性(柔軟性)を有するフィルムを含む。例えば柔軟性を有する素材や形状記憶素材などで培養部を構成することにより、平時には略平面状であり、力を加えることで曲面状に変化し、力を加えるのを止めると再度略平面状に戻るような培養部とすることができる。この場合、例えば移送時に力を加え、載せ置いた細胞シートを包み込むように曲面状にすることで、狭い間隙から細胞シートを移送することができる、移送時における標的部位以外との不用意な接触や外部からの衝撃から細胞シートを保護できるなどの利点を有する。シート状の培養部はまた、多孔質材料から構成されていてもよい。
【0019】
培養部を構成する材料は特に制限されず、金属、ガラス、セラミック、シリコン等の無機材料、ならびに公知または市販のプラスチックを適用できる。プラスチックとしては、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、直鎖状(線状)低密度ポリエチレンなどのポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−アクリル酸エチル共重合体、エチレン−アクリル酸共重合体、エチレン−メタクリル酸共重合体、エチレン−メチルメタクリル酸共重合体、エチレン−プロピレン共重合体、酸変性ポリオレフィン系樹脂、およびこれらの樹脂の混合物等を使用することができるが、これらに限定されるものではない。
【0020】
培養部は、透明なシートであることが好ましい。細胞培養器具の培養部の上部から標的部位を目視することができるため、標的部位の上部に細胞シートを正確に配置して、所望の位置に細胞シートを送達できるからである。
【0021】
培養部は、その表面が親水性であることが好ましい。例えば、培養部に親水性ポリマー層を形成することで、その表面を親水性とすることができる。あるいは親水性ポリマーで培養部を構成してもよい。親水性の表面に細胞シートを載せ置くことにより、細胞シートが滑動することができ、送達の際に、細胞シートが器具表面に付着するなどの原因で物理的に損傷することを防止できる。
【0022】
培養部の表面は、親水性であり、かつ細胞非接着性であることが好ましい。培養部表面のうち、刺激応答性ポリマー層が形成される領域以外の表面が細胞非接着性であれば、細胞を播種すると細胞は、刺激を印加する前は細胞接着性の表面である刺激応答性ポリマー層にのみ接着し、刺激応答性ポリマー層上で細胞シートが形成される。
【0023】
細胞接着性および細胞非接着性は、一の領域と他の領域における細胞の接着度合いの相対的な関係を示すものである。細胞接着性とは、細胞が接着しやすいことをいう。細胞接着性は、表面の化学的性質や物理的性質等によって細胞の接着や伸展が起こりやすいか否かで決定される。
【0024】
細胞接着性を判断する指標として、実際に細胞培養した際の細胞接着伸展率を用いることができる。細胞接着性の表面は、細胞接着伸展率が60%以上の表面であることが好ましく、細胞接着伸展率が80%以上の表面であることが更に好ましい。細胞接着伸展率が高いと、効率的に細胞を培養することができる。本発明における細胞接着伸展率は、播種密度が4000cells/cm以上30000cells/cm未満の範囲内で培養しようとする細胞を測定対象表面に播種し、37℃、CO濃度5%のインキュベータ内に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))と定義する。
【0025】
細胞の播種は、10%FBS入りDMEM培地に懸濁させて測定対象物上に播種し、その後、細胞ができるだけ均一に分布するよう、細胞が播種された測定対象物をゆっくりと振とうすることにより行うものである。さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。細胞接着伸展率の測定では、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いた箇所を測定箇所とする。
【0026】
一方、細胞非接着性とは、細胞が接着しにくい性質をいう。細胞非接着性は、表面の化学的性質や物理的性質等によって細胞の接着や伸展が起こりにくいか否かで決定される。細胞非接着性の表面は、上記で定義した細胞接着伸展率が60%未満の表面であることが好ましく、40%未満の表面であることがより好ましく、5%以下の表面であることが更に好ましく、2%以下の表面であることが最も好ましい。
【0027】
また、親水性表面の水接触角が典型的には48°以下、好ましくは40°以下、より好ましくは30°以下であれば、細胞非接着性と考えられる。なお、本発明において水接触角とは、23℃において測定される水接触角をさす。
【0028】
親水性ポリマーは、炭素成分を含み、ポリマーの主鎖もしくは側鎖に親水性の官能基を含むポリマーのことを指す。親水性ポリマーは、水溶性や水膨潤性を有する、炭素酸素結合を含む水溶性ポリマーであることが好ましい。親水性ポリマーは、恒常的に水溶性や水膨潤性を有するものであってもよいし、光、温度、pHなどの所定の刺激により水溶性や水膨潤性を示すものであってもよい。
【0029】
親水性ポリマーの具体例としては、ポリアルキレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリプロピレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリビニルアミン、ポリ酢酸ビニル、ポリアクリル酸、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド等のヒドロゲルポリマー、これらと他のモノマーとの共重合体や、グラフト重合体などが挙げられる。中でもポリアルキレングリコールは様々な分子量のものが市販されており、かつ生体適合性に優れているので好適に用いることができる。ポリアルキレングリコールの具体例としては、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリプロピレングリコール、エチレングリコールとプロピレングリコールのコポリマーなどが挙げられ、本発明においては親水性ポリマーとして、ポリエチレングリコールが特に好適に用いられる。
【0030】
細胞培養器具の培養部は、分断可能に構成されている。好ましくは培養部が切断線を有することにより、容易に分断可能に構成されている。切断線とは、例えば、いわゆるミシン目などの、断続的に切断され、外力によって線上に切断可能に形成された部位を意味する。切断線には、シート状の培養部に溝や切れ目が形成された部位も包含される(図3)。その場合、溝や切れ目は、シート状培養部のいずれの面に形成されていてもよい。切断線は、分断可能である限り、直線でもよいし、波線などの曲線でもよく、分岐していてもよい。なお、細胞シートを載せ置いた細胞培養器具の移送は、通常ピンセット等を用いて行われることから、分断可能とは、ピンセットなどを用いて外力を加えることによっても分断可能であることが好ましい。ミシン目、溝、および切れ目等は、使用者が分断部分を視認できるため、細胞シートを、分断部分を跨ぐように配置するときに作業が容易である点でも好ましい。
【0031】
切断線のパターンは、分断部分を跨ぐように刺激応答性ポリマー層を形成可能であれば、特に制限されない。好ましくは、シート状の培養部の中央に、培養部を二等分するような直線状の切断線を形成する(図1〜3)。培養部の中央に切断線を形成することにより、培養部に対し左右に外力を加える、すなわち左右に引っ張ることにより、容易に中央部分で培養部を分断することが可能であり、細胞シートを標的部位に容易に移すことができる。
【0032】
切断線のパターンは、培養部を3以上に分断するようなパターンであってもよい。例えば、図4に示すように、培養部の中央から放射線状に広がる3本の切断線を形成してもよい。このような切断線を有する培養部は、例えば3方向に引っ張ることにより、培養部を中央部から3つに分断することができ、培養部を引き抜くことで、細胞シートを中央部の下に配置された標的部位に移すことができる。
【0033】
分断部分は、分断後に保持部が完全に分断されて2以上のシートに分断されるように構成されていてもよいし、分断後に保持部が部分的に分断されるように構成されていてもよい。保持部が部分的に分断される場合は、分断箇所から細胞シートを標的部位に移すことが可能なように、分断部分は十分な長さを有するものとする。例えば、図5に示すように、保持部の中央に、保持部の幅の9割程度まで切断線を形成することにより分断部分を構成することができる。
【0034】
なお、切断線は、外力を加えて培養部を引き抜いたときに、細胞シートの下に培養部が残存しないようなパターンで形成することが好ましい。細胞シートの下に培養部が残存してしまうと、これを取り除く必要が生じるからである。
【0035】
シート状の培養部の大きさや形状は、その上で製造し移送しようとする細胞シートを載せ置くことが可能なように選択される。好ましくは、細胞シートの面積より少し大きい面積、例えば1.2〜3倍程度とすることできる。シート状の培養部の厚みは、分断部分で分断可能な厚みであれば特に制限されないが、通常5〜300μm、好ましくは50〜150μmである。この範囲より薄いとピンセットなどでの把持が困難となり、この範囲より厚いと切断線を設けることが困難となる。
【0036】
本発明の細胞培養器具の培養部は、刺激により細胞の接着性が変化する刺激応答性領域を有する。培養部を刺激により細胞の接着性が変化する材料で構成することにより刺激応答性領域を有する培養部としてもよく、あるいは、刺激により細胞の接着性が変化する刺激応答性ポリマー層を形成することにより刺激応答性領域を有する培養部としてもよい。いずれにしても、刺激応答性領域は、少なくとも分断部分を跨ぐように構成されている。培養部が刺激により細胞の接着性が変化する刺激応答性材料で構成されている場合は、分断部分を含めて培養部の全領域が刺激応答性領域となる。
【0037】
培養部が、刺激応答性ポリマー層が形成された刺激応答性領域を有する場合、培養部上において、好ましくは刺激応答性ポリマー層のパターンが、分断部分を跨ぐように形成される。培養部に親水性ポリマー層が形成されている場合は、刺激応答性ポリマー層は、親水性ポリマー層上に形成される。刺激応答性ポリマー層とは、所定の刺激によって表面の細胞の接着度合いが変化する、すなわち細胞接着性から細胞非接着性へと変化することが可能な刺激応答性ポリマーを含む層である。刺激応答性ポリマーとしては、温度応答性ポリマー、pH応答性ポリマー、イオン応答性ポリマー、光応答性ポリマーなどを挙げることができる。なかでも温度応答性ポリマーが、刺激の付与が容易であることから好ましい。
【0038】
温度応答性ポリマーとして、例えば、細胞を培養する温度では細胞接着性を示し、細胞を剥離する時の温度では細胞非接着性を示すものを用いるとよい。例えば、温度応答性ポリマーは、臨界溶解温度未満の温度では周囲の水に対する親和性が向上し、ポリマーが水を取り込んで膨潤して表面に細胞を接着しにくくする性質(細胞非接着性)を示し、同温度以上の温度ではポリマーから水が脱離することでポリマーが収縮して表面に細胞を接着しやすくする性質(細胞接着性)を示すものを用いるとよい。このような臨界溶解温度は、下限臨界溶解温度と呼ばれる。下限臨界溶解温度Tが0℃〜80℃、さらに好ましくは0℃〜50℃である温度応答性ポリマーを用いるとよい。
【0039】
本発明に好適に使用できる温度応答性ポリマーとして、具体的にはアクリル系ポリマーまたはメタクリル系ポリマーが挙げられ、より具体的にはポリ−N−イソプロピルアクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−n−プロピルアクリルアミド(T=21℃)、ポリ−N−n−プロピルメタクリルアミド(T=32℃)、ポリ−N−エトキシエチルアクリルアミド(T=約35℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(T=約28℃)、ポリ−N−テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(T=約35℃)、およびポリ−N,N−ジエチルアクリルアミド(T=32℃)等が挙げられる。また、これらのポリマーを形成するためのモノマーが2種以上組み合わされて重合された共重合体であってもよい。
【0040】
これらのポリマーを形成するためのモノマーとしては、放射線照射によって重合し得るモノマーを用いることができる。モノマーとしては例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N−(若しくはN,N−ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体、およびビニルエーテル誘導体等が挙げられ、これらの1種以上を使用してよい。モノマーが一種類単独で使用された場合、培養部上に形成されるポリマーはホモポリマーとなり、モノマーが複数種一緒に使用された場合、培養部上に形成されるポリマーはヘテロポリマーとなるが、どちらの形態も本発明に包含される。
【0041】
刺激応答性ポリマー層の膜厚としては、刺激応答性を発揮することができるものであれば特に限定されるものではなく、具体的には、0.5nm〜300nmの範囲内であることが好ましく、なかでも1nm〜100nmの範囲内であることが好ましい。また、刺激応答性ポリマー層の被覆量として、0.3〜6.0μg/cmであることが好ましい。
【0042】
刺激応答性ポリマー層の形成方法としては、特に限定されるものではない。具体的には、刺激応答性ポリマーを含む組成物をスピンコート等の公知の塗布方法を用いて基材上に塗布する。刺激応答性ポリマーのパターンを形成する場合は、フォトリソグラフィー法によりパターニングする方法や、グラビア印刷やフレキソ印刷、スクリーン印刷、インクジェット法などの公知のパターン塗布法を用いてパターン状に塗布する方法を使用できる。貫通孔(スルーホール)を有するメタルマスク等を介して、パターン状に刺激応答性ポリマー層を電子線や紫外線処理することによって作製してもよい。
【0043】
細胞培養器具の培養部に、上記のように刺激応答性ポリマー層のパターンを形成すると、播種した細胞は、その他の細胞非接着性領域には接着せず細胞接着性の刺激応答性ポリマー層にのみ接着し、刺激応答性ポリマー層のパターン形状と略同一または略相似形の細胞シートを形成することになる。そして、特定の刺激により刺激応答性ポリマー層を細胞非接着性に変化させることにより、形成された細胞シートを剥離することができる。
【0044】
したがって、培養部に形成する刺激応答性ポリマー層のパターンは、製造しようとする細胞シートの形状に基づいて決定され、特に制限されない。例えば、円形、楕円形、四角形を含む多角形等のパターンとすることができる。培養部全面を刺激応答性ポリマー層で被覆してもよい。
【0045】
培養部自体を刺激応答性材料で構成する場合は、上記のような刺激応答性ポリマー、好ましくは温度応答性ポリマーからなるシートで培養部を構成することができる。その場合、培養部を刺激応答性ポリマーのゲルシートで構成することが好ましい(例えば、WO2011/111562)。
【0046】
刺激応答性領域から剥離された細胞シートは、培養部の上部で培地中に遊離することから、細胞シートごと培養部を引き上げることにより、細胞シートを培養部に載せ置くことができる。細胞培養後に培地を除去して他の液体に細胞シートを遊離させてもよい。その場合、細胞シートを遊離させる液体はいかなる液体であってもよく、典型的には生理食塩水、PBS、ハンクス平衡塩液、細胞培養液などであるが、これに限定されない。また、細胞シートが遊離している培地などの液体を除去することにより、細胞シートを培養部に載せ置くこともできる。
【0047】
この方法であれば、細胞シートをシート状に保ったまま移送でき、かつ細胞シートに対する損傷も抑制できる点でも好ましい。さらに、細胞シートに皺ができるのを抑制できる。培養部を構成するシートとして、多孔質のものや貫通孔を有するものを用いると、細胞シートを載せた後に液体から引き上げる際に、培養部上の液体を廃液でき、細胞シートが液体と一緒に培養部から流れ落ちるのを防止できるため都合がよい。また、細胞シートの培養部上の位置を調節しやすく、剥離後の細胞シートが、分断部分を跨ぐように容易に載せ置くことができる。なお、刺激を印加することによる刺激応答性領域からの細胞シートの剥離は、培養部上の細胞シートを標的部位へ移動する前に実施してもよいし、標的部位に移動した後に実施してもよい。
【0048】
細胞培養器具は、培養部と連結されたハンドル部8をさらに備えていてもよい。ハンドル部は異なる部材であってもよいし、培養部と一体成型されていてもよい。ハンドル部の形状は、いかなる形状であってもよい。好ましくは、培養部を培養皿等の容器に入れたときに、ハンドル部が容器から出るように連結されている。ハンドル部を操作することで、培養皿中の培養部を操作することが可能になり、培養皿内の培地中に遊離した細胞シートを培養部に載せやすい。
【0049】
本発明の細胞培養器具と、その培養部を底部に配置することにより収容可能な培養皿等の容器9を、細胞シートの製造および移送のためのキットとして構成することもできる。細胞培養器具のサイズや形にあった容器を組み合わせてキットとすることで、細胞培養器具を容器内に配置した上で培地を加え、培地中の細胞培養器具の培養部へ細胞を播種して培養することにより細胞シートを製造し、その後細胞シートを剥離および移送する一連の工程を簡便に実施することができる。本発明のキットは、好ましくは、本発明の細胞シートの製造および移送の工程を記載した説明書をさらに含む。
【0050】
細胞シートを移送する標的部位は、生体内のものでも生体外のものでもよい。標的部位としては、別の細胞シート、および複数の細胞シートが積層された構造体が挙げられる。また、生体から採取された組織や器官、ならびに生体内の組織や器官も標的部位としてその表面に細胞シートを移送することができる。本発明の方法により、細胞シートやその積層体の上にさらに細胞シートを積層させる工程や、その他組織や器官の表面に細胞シートを移送する工程を簡便に実施できる。標的部位としての細胞シートや細胞シート積層体は、生体内のものでもよく生体外のものでもよい。
【0051】
細胞シートが載せ置かれた培養部を、標的部位の上部で分断して引き抜くことにより、換言すれば細胞シートに対してシート状培養部をスライドさせることにより、細胞シートを標的部位上に移すことができる。すなわち、培養部に外力を加えることにより培養部を分断することができる。培養部を完全に引き抜く前に、分断された部分から露出する細胞シートの一部を標的部位に接触させることが好ましい。細胞シートの一部を標的部位に接触させた後で、分断された培養部をそれぞれ引き抜くことにより、細胞シートと標的部位の接着力により、引き抜く際に細胞シートが培養部に引きずられるのを抑制でき、細胞シートの標的部位への送達をより容易に実施できる。また、細胞シートを目的の位置に正確に送達することができる。分断された培養部の引き抜きは、分断された部分のそれぞれを同時に引き抜いてもよいし、一つ一つ順番に引き抜いてもよい。
【0052】
本発明の細胞培養基材の培養部に播種して細胞シートを構成する細胞としては、生体に存在するあらゆる組織とそれに由来する細胞を用いることができる。具体的には、生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン、グリア細胞、繊維芽細胞、生体の代謝に関係する肝実質細胞、非肝実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、種々組織に存在する幹細胞、さらには骨髄細胞、ES細胞等を用いることができる。細胞は、1種類のみであってもよく、2種類以上用いるものであってもよい。細胞が由来する動物も特に限定されず、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジなどが含まれる。
【実施例】
【0053】
(細胞シート移送フィルム作製)
N−イソプロアクリルアミドを最終濃度40重量%になるようにイソプロプルアルコールに溶解させて塗工液を作製した。OPSフィルム(50μm厚、旭化成ケミカルズ)を準備した。フィルム表面に塗工液を塗布した後、40℃の熱風乾燥機内で10秒間乾燥させた。そして電子線を照射してN−イソプロアクリルアミドをグラフト重合させ、フィルム表面にポリ−N−イソプロアクリルアミドを固定化し、未固定化成分を除去するために洗浄し、OPSフィルム基材の表面に温度応答性ポリマー層を有するフィルムを作製した。
炭酸ガスレーザーカッター装置(レーザーワークス社VLS2.30)を用いて切断線を付与した。出力は10Wとした。切断線が中央部になるように四角形状に切り出し、35mmφのペトリディッシュ底面に配置した。
【0054】
(細胞シート準備)
上述の温度応答性フィルムを用いてマウス骨格筋芽細胞を5.0×10cells/cm播種し、一週間37℃、5%COで培養した。培養液は5%血清を含むDMEM(インビトロジェン)を用いた。1週間後、低温インキュベータで30分インキュベートし細胞シートを剥離した。
細胞シートが切断線上に配置されるように慎重に培養液のみを除去した。このようにして、移送フィルムの切断線上に細胞シートを配置した(図6)。
【0055】
(細胞シート移送)
8W齢のラットに吸入麻酔処理を実施し、皮下部を露出させ、上記の方法で作製した細胞シートを載せた移送フィルムをピンセットで持ち上げ移植先まで搬送した。皮下の直上で移送フィルムの切断線から左右反対方向にピンセット越しに力をかけ切断線を分離しながら、移植先の皮下部に細胞シートを中心部から落とすように移送した。細胞シートは中央部から皮下に接触し、切断線が裂かれると同時に細胞シートが皮下にしわなく移送されていることを目視で確認した。
【符号の説明】
【0056】
1:細胞培養器具
2:培養部
3:刺激応答性ポリマー層
4:細胞
5:細胞シート
6:標的部位
7:分断部分
8:ハンドル部
9:容器
図1
図2
図3
図4
図5
図6