(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6261904
(24)【登録日】2017年12月22日
(45)【発行日】2018年1月17日
(54)【発明の名称】細胞シート移送のための方法および器具
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20180104BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20180104BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20180104BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20180104BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12M1/00 C
C12N5/071
C12N1/00 B
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-161279(P2013-161279)
(22)【出願日】2013年8月2日
(65)【公開番号】特開2015-29464(P2015-29464A)
(43)【公開日】2015年2月16日
【審査請求日】2016年7月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002897
【氏名又は名称】大日本印刷株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】591173198
【氏名又は名称】学校法人東京女子医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100125508
【弁理士】
【氏名又は名称】藤井 愛
(72)【発明者】
【氏名】黒田 正敏
(72)【発明者】
【氏名】鶴山 晋平
(72)【発明者】
【氏名】清水 達也
(72)【発明者】
【氏名】岡野 光夫
【審査官】
小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】
特表2012−523854(JP,A)
【文献】
国際公開第2004/073761(WO,A1)
【文献】
実開平07−040744(JP,U)
【文献】
特開平08−112305(JP,A)
【文献】
国際公開第2003/105813(WO,A1)
【文献】
特開2007−075602(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00− 3/10
C12N 1/00− 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞シートを移送する方法であって、
(a)細胞シートを載せ置くためのシート状の保持部を備え、該保持部が分断部分で分断可能に構成されている器具の保持部に、分断部分を跨ぐように細胞シートを載せ置くステップ、
(b)保持部に載せ置いた細胞シートを、器具とともに移動させるステップ、
(c)標的部位の上部で保持部を分断して引き抜くことにより、細胞シートを標的部位上に移すステップ、
を含む、前記方法(ただし前記標的部位が、ヒトの生体内の標的部位である場合を除く)。
【請求項2】
保持部が分断部分に切断線を有することにより、分断可能に構成されており、工程(a)において、切断線を跨ぐように細胞シートを載せる、請求項1記載の方法。
【請求項3】
保持部が可撓性を有するフィルムからなり、細胞シートを載せ置く側の表面が親水性である、請求項2記載の方法。
【請求項4】
細胞シートを移送するための器具であって、細胞シートを載せ置くためのシート状の保持部を備え、該保持部が分断部分で分断可能であり、分断部分を跨ぐように細胞シートを載せ置くことが可能なように構成されている、前記器具。
【請求項5】
細胞シート移植用製品であって、
請求項4記載の器具と、器具の保持部に分断部分を跨ぐように載せ置かれた細胞シートとを備えた前記製品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞シート、特にヒトおよび動物の疾病、傷病の治療に用いる細胞シートの移送および積層操作を簡便に行うことができる器具、および、同器具を用いた細胞シートの移送方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から細胞生物学の分野では細胞培養が不可欠である。近年、幹細胞研究や再生医療研究が盛んになるに伴い、ますます細胞培養の技術開発の重要性が高まっている。
【0003】
細胞をシート状に培養し、トリプシンなどの酵素を使用せずに温度を低下させるだけで細胞をシート状に回収する「細胞シート工学」という技術が再生医療分野で注目されている。その際に使用されるのが、温度応答性ポリマーを結合させた温度応答性培養基材である。特許文献1には、温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養基材上において、細胞を温度応答性ポリマーの上限臨界溶解温度未満または下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度未満にすることにより酵素処理なくして培養細胞を剥離させる方法が記載されている。
【0004】
細胞シート工学によって得られる細胞シートは角膜や歯周組織などの再生医療で既に一定の治療効果も確認され欧州で既に臨床研究や治験が進められている。また、複数の種類からなる細胞シートを積層することによる三次元組織モデルの作製や血管組織を伴う成熟した組織を生体外で作製することも可能であり今後ますます本技術をベースにした研究や治療が期待される。
【0005】
このような細胞シートを、目的とする患部(移植部位)に移植するには、例えば、細胞シートの端部をピンセット等で摘んで、細胞シートを包装容器から取り出し、患部まで移送し、その患部に移植(貼付)するといった一連の操作が必要となるが、細胞シートは、絶対的な物理的強度が低く、皺、破れ、破損などが生じ易いことから、この一連の操作には高度な技術が要求され、かつ細心の注意を払う必要がある。
【0006】
そこで、細胞シートの強度を補うため、親水性PVDF膜、ニトロセルロース膜を用いた支持体やヒトフィブリノゲン等を足場とした支持体が知られ、さらに細胞シートを対象とした移動治具や運搬投与器具が提供されており、前述の温度応答性培養基材に対応した細胞シートのための支持体が市販されている。また、デバイスの回収面にゼラチンゲルなど(支持材)を固定し、細胞シートを生着させることを繰り返して積層化細胞シートを得るためのゼラチンスタンプも知られている。
【0007】
しかし、ゼラチンスタンプは作製に時間がかかる点や最後にゼラチンを溶解させる必要がある点が課題であった。またPVDF膜は、ゼラチン法に比べ簡便ではあるものの、移植や積層後に膜を除去する必要がある点が課題であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特許1972502号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、細胞シートを損傷させることなく簡便に移送することができ、かつ移送後に部材の除去の必要がない、細胞シートの移送手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、分断可能なシート状部材に、分断部分を跨ぐように細胞シートを載せ置き、細胞シートをシート状部材とともに移動させて、標的部位の上部でシート状部材を分断して引き抜くことにより、細胞シートを損傷させることなく簡便に移送できることを見出した。
【0011】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
(1)細胞シートを移送する方法であって、
(a)細胞シートを載せ置くためのシート状の保持部を備え、該保持部が分断部分で分断可能に構成されている器具の保持部に、分断部分を跨ぐように細胞シートを載せ置くステップ、
(b)保持部に載せ置いた細胞シートを、器具とともに移動させるステップ、
(c)標的部位の上部で保持部を分断して引き抜くことにより、細胞シートを標的部位上に移すステップ、
を含む、前記方法。
(2)保持部の分断部分に切断線を有することにより、分断可能に構成されており、工程(a)において、切断線を跨ぐように細胞シートを載せる、(1)記載の方法。
(3)保持部が可撓性を有するフィルムからなり、細胞シートを載せ置く側の表面が親水性である、(2)記載の方法。
(4)細胞シートを移送するための器具であって、細胞シートを載せ置くためのシート状の保持部を備え、該保持部が分断部分で分断可能であり、分断部分を跨ぐように細胞シートを載せ置くことが可能なように構成されている、前記器具。
(5)細胞シート移植用製品であって、(4)記載の器具と、器具の保持部に分断部分を跨ぐように載せ置かれた細胞シートとを備えた前記製品。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、細胞シートを損傷させることなく簡便に移送することが可能になり、細胞シートの積層体を簡便かつ迅速に製造することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の細胞シート移送方法の一例を側面図で示す概略図である。
【
図2】本発明の細胞シート移送方法の一例を上面図で示す概略図である。
【
図3】本発明の細胞シート移送器具の一例の側面図を示す概略図である。
【
図4】本発明の細胞シート移送器具の一例の上面図を示す概略図である。
【
図5】本発明の細胞シート移送器具の一例の上面図を示す概略図である。
【
図6】本発明の細胞シート移送器具の一例の上面図を示す概略図である。
【
図7】本発明の細胞シート移送器具に細胞シートを載せ置いた状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の細胞シートの移送方法は、例えば
図1および
図2に示すように、
(a)細胞シート1を載せ置くためのシート状の保持部2を備え、該保持部が分断部分3で分断可能に構成されている器具4の保持部に、分断部分を跨ぐように細胞シート1を載せ置くステップ、
(b)保持部に載せ置いた細胞シート1を、器具4とともに移動させるステップ、
(c)標的部位5の上部で保持部を分断して引き抜くことにより、細胞シート1を標的部位上に移すステップ、
を含む。
【0015】
本発明の細胞シート移送方法では、細胞シートを載せ置くためのシート状の保持部を備え、該保持部が分断可能に構成されている細胞シート移送用器具を用いる。細胞シート移送用器具は、分断部分を跨ぐように細胞シートを載せ置くことが可能なように構成されている。
【0016】
細胞シート移送用器具は、細胞シートを保持するシート状の保持部を少なくとも備えている。シート状の保持部は、好ましくは可撓性(柔軟性)を有するフィルムを含む。例えば柔軟性を有する素材や形状記憶素材などで保持部を構成することにより、平時には略平面状であり、力を加えることで曲面状に変化し、力を加えるのを止めると再度略平面状に戻るような保持部とすることができる。この場合、例えば移送時に力を加え、載せ置いた細胞シートを包み込むように曲面状にすることで、狭い間隙から細胞シートを移送することができる、移送時における標的部位以外との不用意な接触や外部からの衝撃から細胞シートを保護できるなどの利点を有する。シート状の保持部はまた、多孔質材料から構成されていてもよい。
【0017】
保持部を構成する材料は特に制限されず、金属、ガラス、セラミック、シリコン等の無機材料、ならびに公知または市販のプラスチックを適用できる。プラスチックとしては、低密度ポリエチレン、中密度ポリエチレン、高密度ポリエチレン、直鎖状(線状)低密度ポリエチレンなどのポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂、エチレン−酢酸ビニル共重合体、エチレン−アクリル酸エチル共重合体、エチレン−アクリル酸共重合体、エチレン−メタクリル酸共重合体、エチレン−メチルメタクリル酸共重合体、エチレン−プロピレン共重合体、酸変性ポリオレフィン系樹脂、およびこれらの樹脂の混合物等を使用することができるが、これらに限定されるものではない。
【0018】
保持部は、透明なシートであることが好ましい。細胞シート移送用器具の保持部の上部から標的部位を目視することができるため、標的部位の上部に細胞シートを正確に配置して、所望の位置に細胞シートを送達できるからである。
【0019】
保持部は、その表面の少なくとも一部が親水性であることが好ましい。例えば、保持部の少なくとも一部に親水性ポリマーの層を配置することで、その表面を親水性とすることができる。あるいは親水性ポリマーで保持部を構成してもよい。親水性の表面に細胞シートを載せ置くことにより、細胞シートが滑動することができ、送達の際に、細胞シートが器具表面に付着するなどの原因で物理的に損傷することを防止できる。
【0020】
親水性の表面は、細胞非接着性であることが好ましい。細胞接着性を判断する指標として、実際に細胞培養した際の細胞接着伸展率を用いることができる。細胞非接着性の表面は、細胞接着伸展率が60%未満の表面であることが好ましく、40%未満の表面であることがより好ましく、5%以下の表面であることが更に好ましく、2%以下の表面であることが最も好ましい。細胞接着伸展率は、播種密度が4000cells/cm
2以上30000cells/cm
2未満の範囲内で培養しようとする細胞を測定対象表面に播種し、37℃、CO
2濃度5%のインキュベータ内に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))と定義する。
【0021】
また、親水性表面の水接触角が典型的には48°以下、好ましくは40°以下、より好ましくは30°以下であれば、細胞非接着性と考えられる。なお、本発明において水接触角とは、23℃において測定される水接触角をさす。
【0022】
親水性ポリマーは、炭素成分を含み、ポリマーの主鎖もしくは側鎖に親水性の官能基を含むポリマーのことを指す。親水性ポリマーは、水溶性や水膨潤性を有する、炭素酸素結合を含む水溶性ポリマーであることが好ましい。親水性ポリマーは、恒常的に水溶性や水膨潤性を有するものであってもよいし、光、温度、pHなどの所定の刺激により水溶性や水膨潤性を示すものであってもよい。
【0023】
親水性ポリマーの具体例としては、ポリアルキレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリプロピレングリコール、ポリビニルアルコール、ポリエチレンイミン、ポリアリルアミン、ポリビニルアミン、ポリ酢酸ビニル、ポリアクリル酸、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリ−N−イソプロピルアクリルアミド等のヒドロゲルポリマー、これらと他のモノマーとの共重合体や、グラフト重合体などが挙げられる。中でもポリアルキレングリコールは様々な分子量のものが市販されており、かつ生体適合性に優れているので好適に用いることができる。ポリアルキレングリコールの具体例としては、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリプロピレングリコール、エチレングリコールとプロピレングリコールのコポリマーなどが挙げられ、本発明においては親水性ポリマーとして、ポリエチレングリコールが特に好適に用いられる。
【0024】
細胞シート移送用器具の保持部は、分断部分で分断可能に構成されている。好ましくは保持部が切断線を有することにより、容易に分断可能に構成されている。切断線とは、例えば、いわゆるミシン目などの、断続的に切断され、外力によって線上に切断可能に形成された部位を意味する。切断線には、シート状の保持部に溝や切れ目が形成された部位も包含される(
図3)。その場合、溝や切れ目は、シート状保持部のいずれの面に形成されていてもよい。切断線は、分断可能である限り、直線でもよいし、波線などの曲線でもよく、分岐していてもよい。
【0025】
分断可能に構成としては、切断線以外にも、シート状の保持部に細長い孔を形成する構成(
図4)などが考えられ、分断部分を跨ぐように細胞シートを載せ置くことが可能な限り特に制限されない。細長い孔を形成する場合、孔の形状は、細胞シートが零れ落ちないような幅であるが、外力によって分断可能なように、保持部全体に対して十分な長さを有することが好ましい。このような保持部に形成された孔は、排液孔としても機能しうる。なお、細胞シートを載せ置いた器具の移送は、通常ピンセット等を用いて行われることから、分断可能とは、ピンセットなどを用いて外力を加えることによっても分断可能であることが好ましい。ミシン目、溝、切れ目、および細長い孔等は、使用者が分断部分を視認できるため、細胞シートを、分断部分を跨ぐように配置するときに作業が容易である点でも好ましい。
【0026】
切断線のパターンは、分断部分を跨ぐように細胞シートを載せ置くことが可能であれば、特に制限されない。好ましくは、シート状の保持部の中央に、保持部を二等分するような直線状の切断線を形成する(
図1〜3)。保持部の中央に切断線を形成することにより、保持部に対し左右に外力を加える、すなわち左右に引っ張ることにより、容易に中央部分で保持部を分断することが可能であり、細胞シートを標的部位に容易に移すことができる。
【0027】
切断線のパターンは、保持部を3以上に分断するようなパターンであってもよい。例えば、
図5に示すように、保持部の中央から放射線状に広がる3本の切断線を形成してもよい。このような切断線を有する保持部は、例えば3方向に引っ張ることにより、保持部を中央部から3つに分断することができ、保持部を引き抜くことで、細胞シートを中央部の下に配置された標的部位に移すことができる。
【0028】
分断部分は、分断後に保持部が完全に分断されて2以上のシートに分断されるように構成されていてもよいし、分断後に保持部が部分的に分断されるように構成されていてもよい。保持部が部分的に分断される場合は、分断箇所から細胞シートを標的部位に移すことが可能なように、分断部分は十分な長さを有するものとする。例えば、
図6に示すように、保持部の中央に、保持部の幅の9割程度まで切断線を形成することにより分断部分を構成することができる。なお、切断線は、外力を加えて保持部を引き抜いたときに、細胞シートの下に保持部が残存しないようなパターンで形成することが好ましい。細胞シートの下に保持部が残存してしまうと、これを取り除く必要が生じるからである。
【0029】
シート状の保持部の大きさや形状は、移送しようとする細胞シートを載せ置くことが可能なように選択される。好ましくは、細胞シートの面積より少し大きい面積、例えば1.2〜3倍程度とすることできる。シート状の保持部の厚みは、分断部分で分断可能な厚みであれば特に制限されないが、通常5〜300μm、好ましくは50〜150μmである。この範囲より薄いとピンセットなどでの把持が困難となり、この範囲より厚いと切断線を設けることが困難となる。
【0030】
細胞シート移送用器具は、保持部と連結されたハンドル部6をさらに備えていてもよい。ハンドル部は異なる部材であってもよいし、保持部と一体成型されていてもよい。ハンドル部の形状は、いかなる形状であってもよい。好ましくは、保持部を培養皿等の容器に入れたときに、ハンドル部が容器から出るように連結されている。ハンドル部を操作することで、培養皿中の保持部を操作することが可能になり、培養皿内の培地中に遊離した細胞シートを保持部に載せやすい。
【0031】
細胞シートを器具の保持部に載せ置く方法は、特に制限されず、ピンセット等で載せ置く方法や、液体中に遊離している細胞シートの下に保持部を差し入れて、細胞シートごと保持部を引き上げることにより載せ置く方法などがある。細胞シートは、通常、培養皿に細胞を接着させて培地中で培養することにより製造される。そして、細胞シートが形成されたら、酵素処理により、または温度応答性ポリマーを結合させた培養皿で培養した場合は温度変化により、細胞シートを培養皿から剥離することにより回収される。したがって、細胞シートは、移送前の状態において、培地などの液体中に遊離している場合が多い。したがって、液体中に遊離している細胞シートの下に保持部を差し入れて、細胞シートごと保持部を引き上げることにより載せ置く方法がより好適である。培地を除去して他の液体に細胞シートを遊離させてもよい。その場合、細胞シートを遊離させる液体はいかなる液体であってもよく、典型的には生理食塩水、PBS、ハンクス平衡塩液、細胞培養液などであるが、これに限定されない。あるいは、液体中に遊離している細胞シートの下に保持部を差し入れた後、液体を除去することにより、細胞シートを保持部に載せ置くこともできる。
【0032】
また、この方法であれば、細胞シートをシート状に保ったまま移送でき、かつ細胞シートに対する損傷も抑制できる点でも好ましい。さらに、細胞シートに皺ができるのを抑制できる。保持部を構成するシートとして、多孔質のものや貫通孔を有するものを用いると、細胞シートを載せ置いた後に液体から引き上げる際に、保持部上の液体を廃液でき、細胞シートが液体と一緒に保持部から流れ落ちるのを防止できるため都合がよい。また、細胞シートの保持部上の位置を調節しやすく、細胞シートを、分断部分を跨ぐように容易に載せ置くことができる。
【0033】
続いて細胞シートを載せ置いた器具を標的部位に移動させる。標的部位は、生体内のものでも生体外のものでもよい。標的部位としては、別の細胞シート、および複数の細胞シートが積層された構造体が挙げられる。また、生体から採取された組織や器官、ならびに生体内の組織や器官も標的部位としてその表面に細胞シートを移送することができる。本発明の方法により、細胞シートやその積層体の上にさらに細胞シートを積層させる工程や、その他組織や器官の表面に細胞シートを移送する工程を簡便に実施できる。標的部位としての細胞シートや細胞シート積層体は、生体内のものでもよく生体外のものでもよい。
【0034】
細胞シートを載せ置いた器具を標的部位に移動させた後、標的部位の上部で保持部を分断して引き抜くことにより、換言すれば細胞シートに対してシート状保持部をスライドさせることにより、細胞シートを標的部位上に移すことができる。すなわち、保持部を標的部位の上部に移動させ、外力を加えることにより保持部を分断することができる。保持部を完全に引き抜く前に、分断された部分から露出する細胞シートの一部を標的部位に接触させることが好ましい。細胞シートの一部を標的部位に接触させた後で、分断された保持部をそれぞれ引き抜くことにより、細胞シートと標的部位の接着力により、引き抜く際に細胞シートが保持部に引きずられるのを抑制でき、細胞シートの標的部位への送達をより容易に実施できる。また、細胞シートを目的の位置に正確に送達することができる。分断された保持部の引き抜きは、分断された部分のそれぞれを同時に引き抜いてもよいし、一つ一つ順番に引き抜いてもよい。
【0035】
本発明はまた、上記細胞シート移送用器具の保持部に、分断部分を跨ぐように細胞シートを載せ置いた細胞シート移植用製品に関する。当該細胞シート移植用製品を、標的部位の上部に持っていき、上述のように、保持部に外力を加えることにより分断して引き抜くことにより、細胞シートを標的部位に送達することができる。細胞シート移植用製品は、細胞シートと器具とが一緒になった状態で、かつ一定期間保存可能な状態で、包装されていることが好ましい。
【0036】
細胞シートを構成する細胞としては、生体に存在するあらゆる組織とそれに由来する細胞を用いることができる。具体的には、生体内の各組織、臓器を構成する上皮細胞や内皮細胞、収縮性を示す骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、神経系を構成するニューロン、グリア細胞、繊維芽細胞、生体の代謝に関係する肝実質細胞、非肝実質細胞や脂肪細胞、分化能を有する細胞として、種々組織に存在する幹細胞、さらには骨髄細胞、ES細胞等を用いることができる。細胞は、1種類のみであってもよく、2種類以上用いるものであってもよい。細胞が由来する動物も特に限定されず、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジなどが含まれる。
【0037】
細胞シートは、通常、可撓性(柔軟性)を有しているが、これに限らず、例えば、やや硬質なものであってもよい。細胞シートはいわゆる温度応答性ポリマーで基材表面を被覆した細胞培養基材(例えば、特許1972502号参照)上で培養されて剥離されたものでもよいが、これ以外の手法で得られたものであってもよい。
【実施例】
【0038】
(細胞シート移送フィルム作製)
50μm厚のOPSフィルム(旭化成ケミカルズ社)に、炭酸ガスレーザーカッター装置(レーザーワークス社VLS2.30)を用いて切断線を付与した。出力は10Wとした。切断線が中央部になるように四角形状に切り出し、35mmφのペトリディッシュ底面に配置した。
【0039】
(細胞シート準備)
市販の温度応答性培養皿を用いてマウス骨格筋芽細胞を5.0×10
6cells/cm
2播種し、一週間37℃、5%CO
2で培養した。培養液は5%血清を含むDMEM(インビトロジェン)を用いた。1週間後、低温インキュベータで30分インキュベートし細胞シートを剥離した。得られた細胞シートを細胞培養液とともにディスポーザブルピペットで回収し、上記の方法で作製した移送フィルムの入ったペトリディッシュに移し変え、細胞シートが切断線上に配置されるように慎重に培養液のみを除去した。このようにして、移送フィルムの切断線上に細胞シートを配置した(
図7)。
【0040】
(細胞シート移送)
8W齢のラットに吸入麻酔処理を実施し、皮下部を露出させ、上記の方法で作製した細胞シートを載せた移送フィルムをピンセットで持ち上げ移植先まで搬送した。皮下の直上で移送フィルムの切断線から左右反対方向にピンセット越しに力をかけ切断線を分離しながら、移植先の皮下部に細胞シートを中心部から落とすように移送した。細胞シートは中央部から皮下に接触し、切断線が裂かれると同時に細胞シートが皮下にしわなく移送されていることを目視で確認した。
【符号の説明】
【0041】
1:細胞シート
2:保持部
3:分断部分
4:器具
5:標的部位
6:ハンドル部