特許第6262598号(P6262598)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6262598AlN焼結体、AlN基板およびAlN基板の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6262598
(24)【登録日】2017年12月22日
(45)【発行日】2018年1月17日
(54)【発明の名称】AlN焼結体、AlN基板およびAlN基板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/581 20060101AFI20180104BHJP
   H01S 5/022 20060101ALI20180104BHJP
【FI】
   C04B35/581
   H01S5/022
【請求項の数】5
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-98505(P2014-98505)
(22)【出願日】2014年5月12日
(65)【公開番号】特開2015-214456(P2015-214456A)
(43)【公開日】2015年12月3日
【審査請求日】2017年1月24日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000220103
【氏名又は名称】株式会社アライドマテリアル
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】粟田 英章
(72)【発明者】
【氏名】吉田 克仁
(72)【発明者】
【氏名】曽我部 浩一
(72)【発明者】
【氏名】広瀬 義幸
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 靖
(72)【発明者】
【氏名】上西 昇
(72)【発明者】
【氏名】近藤 由佳
(72)【発明者】
【氏名】石津 定
(72)【発明者】
【氏名】山本 剛久
【審査官】 末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2013/008697(WO,A1)
【文献】 特開平11−278941(JP,A)
【文献】 特開2009−249221(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/581−35/582
H01S 5/022
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JSTChina/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
AlN結晶粒と、粒界相とを含み、
前記粒界相は、Yb23結晶相およびAlNdO3結晶相からなり、
前記粒界相のビッカース硬さが、前記AlN結晶粒のビッカース硬さよりも低い、AlN焼結体。
【請求項2】
前記粒界相は、YbおよびNdを含み、
前記AlN焼結体のうち前記Ybおよび前記Ndの合計が占める割合は、0.87質量%以上4.35質量%以下である、請求項1に記載のAlN焼結体。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載のAlN焼結体を備え、
前記AlN焼結体の表面に、表面粗さRaが0.015μm以下である主面を有する、AlN基板。
【請求項4】
熱伝導率が150W/(m・K)以上である、請求項3に記載のAlN基板。
【請求項5】
AlN粉末と、Yb23粉末Nd23粉末およびAl23粉末からなる焼結助剤とを混合して混合物を得る工程と、
前記混合物を成形して成形体を得る工程と、
前記成形体を熱処理してAlN焼結体を得る工程と、
前記AlN焼結体の表面を研磨して、表面粗さRaが0.015μm以下である主面を得る工程と、を備え、
前記混合物を得る工程において、前記混合物の固形分のうち前記Yb23粉末および前記Nd23粉末の合計が占める割合は、1質量%以上5質量%以下である、AlN基板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、AlN焼結体、AlN基板およびAlN基板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
窒化アルミニウム(AlN)焼結体からなるAlN基板は、非常に高い熱伝導率を有することから、特に放熱性が要求される半導体素子(たとえば半導体レーザ等の発光素子)の実装基板として利用されている。たとえば、特開2001−348275号公報(特許文献1)には、レーザダイオード搭載用のAlN基板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−348275号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
AlN基板を発光素子の実装基板として使用する場合、その表面を如何に平滑な表面とするかが重要である。表面粗さが大きいと接触熱抵抗が大きくなり、基板上に搭載される発光素子の信頼性が低下するからである。すなわち、発光素子が発する熱をAlN基板へと効率的に伝達することができず、熱の放散が不十分となり、発光素子が安定して発振、発光できない。
【0005】
従来、AlN基板の表面粗さを低減するために様々な提案がなされている。たとえば特許文献1は、焼結助剤としてイットリア(Y23)を用いて焼結されたAlN焼結体において、単位面積あたりのAlN結晶粒の数と、それを取り巻く粒界の長さとを規定することにより、表面粗さRaが0.05μm以下であるAlN基板を実現している。
【0006】
しかし近年、発光素子の高出力化に伴って、発光素子からAlN基板への熱伝達を更に効率化できる技術、すなわち表面粗さの更なる低減が求められている。そこで本発明者が、焼結助剤としてイットリアを用いて焼結されたAlN焼結体を研磨して表面粗さの低減を試みたところ、こうした焼結体では表面粗さに一定の限界があり、現状を超える熱伝達の効率化は困難であることが判明した。
【0007】
上記課題に鑑み、表面粗さが小さいAlN焼結体および熱伝達の効率に優れるAlN基板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様に係るAlN焼結体は、AlN結晶粒と、粒界相とを含み、該粒界相のビッカース硬さが、該AlN結晶粒のビッカース硬さよりも低い。
【0009】
本発明の一態様に係るAlN基板の製造方法は、AlN粉末と、Yb23粉末およびNd23粉末を含む焼結助剤とを混合して混合物を得る工程と、該混合物を成形して成形体を得る工程と、該成形体を熱処理してAlN焼結体を得る工程と、該AlN焼結体の表面を研磨して、表面粗さRaが0.015μm以下である主面を得る工程と、を備え、該混合物を得る工程において、該混合物の固形分のうち該Yb23粉末および該Nd23粉末の合計が占める割合は、1質量%以上5質量%以下である。
【発明の効果】
【0010】
上記によれば、表面粗さが小さいAlN焼結体および熱伝達の効率に優れるAlN基板を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の一態様に係るAlN焼結体の回折パターンの一例を示すXRDチャートである。
図2】本発明の一態様に係るAlN基板の構成の一例を示す模式図である。
図3】本発明の一態様に係るAlN基板の製造方法の概略を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0013】
[1]本発明の一態様に係るAlN焼結体は、AlN結晶粒と、粒界相とを含み、該粒界相のビッカース硬さが、該AlN結晶粒のビッカース硬さよりも低い。
【0014】
AlN焼結体の研磨加工において、表面粗さに限界を生ずる原因は、焼結体組織に含まれる粒界相の硬さにある。すなわち粒界相が、焼結体組織の大部分を占めるAlN結晶粒よりも硬く相対的に研磨され難いために、研磨面では粒界相が突出した状態で残り、平滑な面が得られないものと考えられる。そこで上記のように粒界相のビッカース硬さを、AlN結晶粒のビッカース硬さよりも低く規制する。これにより研磨面において粒界相が突出することを防止でき、表面粗さを低減できる。
【0015】
ここでAlN焼結体において、AlN結晶粒および粒界相の「ビッカース硬さ」は、たとえばマイクロビッカース硬度計により測定できる。
【0016】
[2]粒界相は、Yb23結晶相およびAlNdO3結晶相を含むことが好ましい。
一般にAlN焼結体は、AlN粉末および焼結助剤等を含む混合物を所定の形態に成形し、これを焼結することにより製造される。こうして得られた焼結体では、粒界相は焼結助剤に由来した成分を含有することとなる。焼結助剤としてイットリア(Y23)を使用すると、粒界相はY4Al29結晶相やYAlO3結晶相等から構成され、そのビッカース硬さは、AlN結晶粒のビッカース硬さを超えてしまう。
【0017】
他方、焼結助剤として酸化イッテルビウム(Yb23)および酸化ネオジム(Nd23)を用いると、粒界相はYb23結晶相およびAlNdO3結晶相を含み、そのビッカース硬さはAlN結晶粒のビッカース硬さよりも低くなりやすい。したがって、粒界相がYb23結晶相およびAlNdO3結晶相を含むことにより、表面粗さの更なる改善が可能である。
【0018】
なお粒界相に含まれる結晶相の種類は、AlN焼結体においてX線回折(X‐ray diffraction:XRD)を行なうことにより同定できる。
【0019】
[3]粒界相は、YbおよびNdを含み、上記AlN焼結体のうちYbおよびNdの合計が占める割合は、0.87質量%以上4.35質量%以下であることが好ましい。こうした粒界相はビッカース硬さが低いからである。
【0020】
[4]本発明の一態様に係るAlN基板は、上記[1]〜[3]のいずれか1つに記載のAlN焼結体を備え、AlN焼結体の表面に、表面粗さRaが0.015μm以下である主面を有する。
【0021】
上記[1]〜[3]のいずれか1つに記載のAlN焼結体では、粒界相の硬さがAlN結晶粒の硬さよりも低いため、研磨によって表面粗さRaを0.015μm以下にすることができる。そして表面粗さRaが0.015μm以下であるAlN基板は、接触熱抵抗が低く、熱伝達の効率に優れる。
【0022】
ここで「表面粗さRa」は、「JIS B0601:2013」に規定される「算術平均粗さRa」を示すものとする。
【0023】
[5]AlN基板の熱伝導率は150W/(m・K)以上であることが好ましい。
これにより発光素子からの熱を速やかに除去することができ、発光素子の信頼性を高められるからである。
【0024】
[6]本発明の一態様に係るAlN基板の製造方法は、AlN粉末と、Yb23粉末およびNd23粉末を含む焼結助剤とを混合して混合物を得る工程と、該混合物を成形して成形体を得る工程と、該成形体を熱処理してAlN焼結体を得る工程と、該AlN焼結体の表面を研磨して、表面粗さRaが0.015μm以下である主面を得る工程と、を備え、該混合物を得る工程において、該混合物の固形分のうち該Yb23粉末および該Nd23粉末の合計が占める割合は、1質量%以上5質量%以下である。
【0025】
当該製造方法によれば、表面粗さRaが0.015μm以下であるAlN基板を容易に製造することができる。
【0026】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の実施形態(以下「本実施形態」とも記す)についてより詳細に説明するが、本実施形態はこれらに限定されるものではない。
【0027】
<第1実施形態:AlN焼結体>
第1実施形態は、AlN焼結体である。本実施形態のAlN焼結体は、AlN結晶粒を主成分として含み、さらに残部として粒界相を含む。
【0028】
(ビッカース硬さ)
本実施形態のAlN焼結体では、粒界相のビッカース硬さがAlN結晶粒のビッカース硬さよりも低い。そのためAlN焼結体の研磨面において、粒界相が突出することを防止することができる。すなわち表面粗さRaの低減を実現できる。
【0029】
AlN結晶粒および粒界相のビッカース硬さは、マイクロビッカース硬度計を用いて測定することができる。マイクロビッカース硬度計とは、顕微鏡で試料を観察しながら、観察視野内の微小部位に圧子を押し込み、該微小部位のビッカース硬さを測定できる計測機器である。こうしたマイクロビッカース硬度計としては、たとえばマイクロビッカース硬さ試験機(型式「HM−124」、製造元「株式会社ミツトヨ」)等がある。
【0030】
本実施形態では、測定荷重は1gfとする。そして顕微鏡でAlN焼結体を観察し、AlN結晶粒または粒界相を選択して、圧子を押し込み、圧痕の表面積からビッカース硬さ(HV)を算出する。測定精度を高めるため、測定はAlN結晶粒および粒界相のそれぞれについて複数回(たとえば5回程度)行ない、複数回の平均値を以って、AlN結晶粒および粒界相のビッカース硬さを定めることが望ましい。
【0031】
AlN結晶粒および粒界相のビッカース硬さは、焼結条件や焼結助剤の組成等によって制御できる。AlN結晶粒のビッカース硬さは、たとえばHV500〜600程度である。また粒界相のビッカース硬さは、たとえばHV250〜500程度であり、好ましくはHV250〜400程度であり、より好ましくはHV250〜300程度である。
【0032】
(AlN結晶粒)
AlN結晶粒は焼結体組織の大部分(概ね90体積%以上)を構成するものである。AlN焼結体におけるAlN結晶粒の体積含有率は、好ましくは93体積%以上99.5体積%以下であり、より好ましくは95体積%以上99.5体積%以下であり、特に好ましくは96体積%以上99.5体積%以下である。AlN結晶粒の体積含有率が、上記範囲を占めることにより、高い熱伝導率が得られるからである。
【0033】
AlN焼結体におけるAlN結晶粒の体積含有率は、たとえば次のような方法で測定できる。まずAlN焼結体の表面を鏡面研磨して、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)を用いて研磨面の反射電子像を得る。このとき観察倍率は、たとえば1000〜3000倍程度であり、凡そ150個程度のAlN結晶粒が観察視野内に収まるように調整することが望ましい。次に反射電子像(観察視野画像)を2値化して、観察視野画像中のAlN結晶粒の占有面積を計測する。そしてAlN結晶粒の占有面積を観察視野画像中のAlN焼結体の面積で除することにより、AlN結晶粒の体積含有率を求めることができる。
【0034】
また焼結体の強度の観点から、AlN結晶粒の結晶粒径は、たとえば1〜10μm程度であり、好ましくは1〜5μm程度である。なお結晶粒径は、上記した体積含有率の測定の際に得られた焼結体組織の反射電子像において、AlN結晶粒に外接する円の直径(すなわち外接円相当径)を測定し、該直径を結晶粒径とみなすものとする。
【0035】
(粒界相)
粒界相は、AlN結晶粒とAlN結晶粒との間に形成される。粒界相は、通常、焼結助剤に由来する成分から構成される。焼結助剤としては、たとえばYb23、Nd23、Al23、Y23等を例示することができる。
【0036】
粒界相は、Yb23結晶相およびAlNdO3結晶相を含むことが好ましい。この両結晶相を同時に含む粒界相では、ビッカース硬さが低くなりやすいからである。他方、Y23に由来する成分は含まないことが好ましい。Y23に由来する成分としては、たとえばY4Al29結晶相、YAlO3結晶相等がある。粒界相がこれらの成分を含むと、ビッカース硬さが高くなりやすく、平滑な研磨面が得られないからである。
【0037】
粒界相に含まれる結晶相は、XRD法によって同定できる。すなわちAlN焼結体のXRDパターン(回折ピークの位置および強度)を計測し、JCPDS(Joint Committee on Powder Diffraction Standards)カードに記載されている化合物のXRDパターンと照合することにより、結晶相を同定できる。なお補助的に、電子線プローブマイクロアナライザ(Electron Probe Micro Analyzer:EPMA)による元素マッピングを併用して、粒界相において各結晶相成分が検出されることを確認してもよい。
【0038】
(YbおよびNdの総含有量)
AlN焼結体のうちYbおよびNdの合計が占める割合は、0.87質量%以上4.35質量%以下であることが好ましい。このような組成を有する粒界相は研磨されやすいため、表面粗さRaを低減できるからである。ここで各元素の含有量は、誘導結合プラズマ質量分析法(Inductively Coupled Plasma - Mass Spectrometry:ICP−MS)によって測定できる。AlN焼結体においてYbおよびNdの合計が占める割合は、より好ましくは1.21質量%以上4.35質量%以下であり、特に好ましくは1.21質量%以上2.00質量%以下である。これにより表面粗さRaをいっそう低減できるからである。
【0039】
また同様の観点から、AlN焼結体においてYbとNdとの質量比は、たとえばYb:Nd=1:(0.75〜0.79)程度であり、好ましくはYb:Nd=1:(0.75〜0.77)程度である。
【0040】
(AlN焼結体の密度)
AlN焼結体の密度は、アルキメデス法によって測定できる。すなわち試料(AlN焼結体)の質量から、試料を水中に浸漬した際の質量を差し引いて、試料の体積を求め、試料の質量を体積で除することにより、密度を算出する。AlN焼結体の密度は、好ましくは3.0g/cm3以上であり、より好ましくは3.2g/cm3以上であり、特に好ましくは3.3g/cm3以上である。密度が高いほど、好適な熱伝導率を発現しやすいからである。AlN焼結体の密度は、たとえば焼結助剤の添加量や焼結温度によって調整可能である。
【0041】
<第2実施形態:AlN基板>
第2実施形態はAlN基板である。図2を参照して、第2実施形態のAlN基板20は、第1実施形態のAlN焼結体20aを備え、表面粗さRaが0.015μm以下である主面MPを有する。AlN基板20は、第1実施形態のAlN焼結体20aを研磨加工して製造されるものである。したがって熱伝達の効率に優れることから、発光素子貼り付け用基板として好適である。基板の外形は特に制限されず用途に合わせて適宜変更すればよい。たとえば、その外形は矩形状あるいは円形状とすることができる。
【0042】
主面MPの表面粗さRaは、0.015μm以下である。これにより、発光素子の発する熱を効率的にAlN基板20へと伝達し、発光素子の信頼性を高めることができる。表面粗さRaは一般的な表面粗さ計で測定できる。表面粗さ計は接触式であってもよいし、非接触式(光学式)であってもよい。表面粗さRaは、より好ましくは0.012μm以下であり、特に好ましくは0.010μm以下である。表面粗さRaは小さいほど好ましく、理想的にはゼロであるが、生産性を考慮すると0.0005μm以上であることが好ましい。
【0043】
(熱伝導率)
AlN基板20の熱伝導率は、「JIS R1611:2010」に準拠して、レーザフラッシュ法により測定する。レーザフラッシュ法とは、一定温度に保持された平面状の試料(たとえばAlN基板)の表面にパルスレーザを照射して瞬間的に加熱し、試料裏面の経時的な温度変化を計測することにより、熱拡散率を測定する手法である。そして得られた熱拡散率に試料の比熱および密度を乗ずることにより熱伝導率を算出することができる。
【0044】
AlN基板20の熱伝導率は、150W/(m・K)以上であることが好ましい。これにより発光素子から伝達された熱を速やかに除去することができるからである。AlN基板20の熱伝導率は高いほど好ましい。したがってAlN基板20の熱伝導率は、より好ましくは160W/(m・K)以上であり、特に好ましくは170W/(m・K)以上である。熱伝導率の上限値は特に制限されないが、生産性を考慮すると、熱伝導率は285W/(m・K)以下であることが好ましい。
【0045】
<第3実施形態:AlN基板の製造方法>
本実施形態のAlN基板は以下に説明する方法によって製造することができる。図3は本実施形態のAlN基板の製造方法の概略を示すフローチャートである。図3に示すように、本実施形態の製造方法は、工程S101、工程S102、工程S103および工程S104を備えるものであり、まず第1実施形態のAlN焼結体を製造し(工程S101〜工程S103)、さらに当該AlN焼結体を研磨加工してAlN基板を製造する(工程S104)。以下、各工程について説明する。
【0046】
(工程S101)
工程S101では、AlN粉末と、Yb23粉末およびNd23粉末を含む焼結助剤とを混合して混合物を得る。
【0047】
工程S101では、AlN粉末と、Yb23粉末およびNd23粉末を含む焼結助剤とを使用する限り、これらの他に任意の成分を追加することができる。任意の成分としては、たとえば後述するバインダおよび溶剤の他、分散剤、可塑剤、離型剤等を例示できる。
【0048】
混合装置には、たとえばボールミルやアトライタ等を用いることができる。混合方式は乾式であってもよいし湿式であってもよいが、分散性を考慮すると湿式混合が好ましい。湿式混合における溶剤は特に制限されるものではない。たとえばエタノール、イソプロピルアルコール、ブタノール等の有機溶剤を使用することができる。混合時間は、概ね1〜12時間程度である。
【0049】
(AlN粉末)
焼結体の密度の観点から、AlN粉末の平均粒子径は、0.1〜5μm程度が好ましく、0.1〜3μm程度がより好ましい。なお平均粒子径は、レーザ回折散乱法により測定された値を示すものする。
【0050】
(焼結助剤)
本実施形態では、焼結助剤としてYb23粉末およびNd23粉末を使用する。これらの材料を使用することにより、ビッカース硬さの低い粒界相が得られるからである。分散性の観点から、Yb23粉末およびNd23粉末の平均粒子径は、0.1〜5μm程度が好ましく、0.1〜3μm程度がより好ましい。なお焼結助剤として、これらの他にたとえばAl23粉末等を併用してもよい。
【0051】
Yb23粉末およびNd23粉末の使用量は、Yb23粉末およびNd23粉末の合計が混合物の固形分のうち1質量%以上5質量%以下を占めるように設定される。これにより、Yb23結晶相およびAlNdO3結晶相を含む粒界相が形成されるからである。なおYb23粉末およびNd23粉末の合計は、好ましくは混合物の固形分のうち1.4質量%以上5質量%以下を占め、特に好ましくは1.4質量%以上2.3質量%以下を占める。より確実にYb23結晶相およびAlNdO3結晶相を含む粒界相を形成させるためである。
【0052】
また同様の観点から、Yb23粉末とNd23粉末との使用量の比(質量比)は、たとえばYb23粉末:Nd23粉末=1:(0.75〜0.79)程度であり、好ましくはYb23粉末:Nd23粉末=1:(0.75〜0.77)程度である。
【0053】
(バインダ)
バインダは特に限定されるものではなく、従来公知の材料を用いることができる。たとえばアクリル系、ポリビニルアルコール系(PVA系)、ポリビニルブチラール系、セルロース系等のバインダを使用することができる。バインダは2種以上を併用してもよい。
【0054】
(工程S102)
工程102では、混合物(スラリー)を成形して成形体(いわゆる「グリーンシート」)を得る。成形方法は特に限定されず、たとえば押出成形法、射出成形法、テープ成形法(ドクターブレード法等)によってスラリーから成形体を得ることができる。得られた成形体は自然乾燥してもよいし、スプレードライヤ等を用いて熱風乾燥してもよい。
【0055】
(工程S103)
工程S103では、成形体を熱処理してAlN焼結体を得る。工程S103は、通常、脱脂工程および焼結工程を含む。
【0056】
脱脂工程では、熱処理によってバインダ等の有機成分が除去される。熱処理温度は、使用するバインダの種類にもよるが、たとえば500〜900℃程度である。熱処理時間は、たとえば5〜15時間程度である。熱処理時の雰囲気は、酸素の残留を防止するとの観点から、アルゴン、窒素等の非酸化性雰囲気とすることが好ましい。
【0057】
焼結工程では、脱脂された成形体を1780℃以上1900℃以下の温度で焼結する。焼結温度が1780℃未満であると、焼結が不十分となり緻密な焼結体が得られない場合があるため好ましくない。また焼結温度が1900℃を超えると、AlN結晶粒が粗大化し、焼結体の靭性等が低下する場合があるため好ましくない。焼結温度は、より好ましくは1780℃以上1850℃以下である。焼結は大気圧下で行なってもよいし、加圧下で行なってもよい。加圧下で焼結する場合の圧力は概ね10気圧未満である。
【0058】
(工程S104)
工程S104では、AlN焼結体20aの表面を研磨して、表面粗さRaが0.015μm以下である主面MPを得る。研磨方法は特に制限されるものではなく、たとえば遊離砥粒や固定砥粒を用いた機械研磨、あるいは研磨液を用いた化学機械研磨等を行なうことができる。前述のように、本実施形態のAlN焼結体では、粒界相がAlN結晶粒よりも柔らかいため、研磨によって表面粗さRaを0.015μm以下とすることが可能である。
【0059】
以上、工程S101〜工程S104を実行することにより、表面粗さRaが0.015μm以下であり、熱伝達の効率に優れるAlN基板を製造することができる。
【実施例】
【0060】
以下、実施例を用いて本実施形態をより詳細に説明するが、本実施形態はこれらに限定されるものではない。
【0061】
<AlN焼結体の製造>
以下のように、製造条件No.1〜No.8を用いて、焼結体No.1A〜No.8Aを作製した。
【0062】
1.原料の混合
AlN粉末と、焼結助剤としてYb23粉末、Nd23粉末、Al23粉末およびY23粉末と、アクリル系およびPVA系のバインダとを準備した。
【0063】
上記原料を、バインダ(17質量%)、焼結助剤(表1に示す内訳および配合量)およびAlN粉末(残部)として配合し、さらに溶剤(エタノール)を加え、ボールミルを用いて6時間に亘って混合した(工程S101)。これにより混合物(スラリー)を得た。表1中、製造条件No.1〜No.3が製造方法の実施例に相当する。
【0064】
【表1】
【0065】
2.成形
スラリーを押出成形機に供給した。押出成形機の内部でスラリーの混練および真空脱泡を行ない、スラリーを加圧して口金から押し出してシート状の成形体(厚さ1.0mm)を得た(工程S102)。
【0066】
3.脱脂および焼結
成形体を自然乾燥させた後、成形体を窒素雰囲気中で700℃の温度で10時間に亘って熱処理して、有機成分を除去した。これにより脱脂体を得た。
【0067】
次に脱脂体を窒化硼素(BN)製の治具上に設置し、さらに治具と共にカーボン炉の内部に配置した。そして窒素雰囲気中、表1に示す焼結温度で15時間に亘って熱処理して、焼結体No.1A〜No.8Aを得た(工程S103)。焼結体No.1A〜No.8Aは、それぞれ製造条件No.1〜No.8と対応する。
【0068】
<AlN焼結体の評価>
4.密度の測定
AlN焼結体の密度を前述のようにアルキメデス法によって測定した。結果を表2に示す。表2中、焼結体No.1A〜No.5Aが、AlN焼結体の実施例に相当する。
【0069】
【表2】
【0070】
5.X線回折測定
X線回折装置を用いてAlN焼結体の結晶解析を行なった。特性X線はCuKα線とし、回折角2θおよび回折強度を測定した。そしてXRDパターンをJCPDカードデータと照合し、粒界相に含まれる結晶相を同定した。焼結体No.1AおよびNo.8AのXRDパターンを図1に示す。図1から分かるように、焼結助剤としてYb23およびNd23を用いた焼結体No.1Aでは、Yb23結晶相およびAlNdO3結晶相に由来するピークが観測された。他方、焼結助剤としてY23を用いた焼結体No.8Aでは、これらの結晶相に由来するピークは観測されず、Y4Al29結晶相およびYAlO3結晶相に由来するピークが観測された。各焼結体の解析結果を表2に示す。
【0071】
6.YbおよびNd含有量の測定
ICP−MS装置を用いて、各焼結体のYbおよびNd含有量を測定した。結果を表2に示す。
【0072】
7.ビッカース硬さの測定
マイクロビッカース硬さ試験機(型式「HM−124」、製造元「株式会社ミツトヨ」)を用い、測定荷重を1gfとして、各焼結体におけるAlN結晶粒および粒界相のビッカース硬さを測定した。結果を表2に示す。なお表2の「ビッカース硬さ」の欄に示す数値は、5つの測定点で得られたビッカース硬さの平均値である。
【0073】
<AlN基板の製造>
8.研磨加工
焼結体No.1A〜No.8Aの両主面を、遊離砥粒を用いて粗研磨した後、片側の主面をポリッシュして、縦70mm×横70mm×厚さ0.25mmである矩形状の基板No.1B〜No.8Bを得た。基板No.1B〜No.8Bは、それぞれ焼結体No.1A〜No.8Aと対応する。
【0074】
<AlN基板の評価>
9.表面粗さRaの測定
各基板の表面粗さRaを非接触式の表面粗さ測定装置(製品名「NewView」、製造元「ZYGO社」)を用いて測定した。結果を表2および表3に示す。表3中、基板No.1B〜No.3Bが、AlN基板の実施例に相当する。
【0075】
【表3】
【0076】
10.熱伝導率の測定
前述のようにレーザフラッシュ法により、各基板の熱伝導率を測定した。結果を表3に示す。
【0077】
11.レーザ発振の安定性の評価
スパッタリング法によって、各基板の主面上にニッケル(Ni)薄膜を形成した。そしてレーザダイオード(光出力:200mW、発振波長:1480nm)を搭載して、レーザダイオードモジュールを作製した。
【0078】
各レーザダイオードモジュールを連続動作させ、発振開始から1時間後の発振波長を、発振開始時の発振波長で除した値の百分率をレーザ発振の減衰率とした。そしてレーザ発振の安定性を次の「A」および「B」の2水準で評価した。結果を表3に示す。
【0079】
A:レーザ発振の減衰率が8%未満である
B:レーザ発振の減衰率が15%以上である。
【0080】
<結果と考察>
1.AlN焼結体について
表2より、粒界相のビッカース硬さがAlN結晶粒のビッカース硬さよりも低い焼結体は、かかる条件を満たさない焼結体に比して研磨後の表面粗さRaが小さい傾向にある。
【0081】
しかし焼結体の密度が低い場合、すなわち焼結体の密度が3.2g/cm3未満である場合においては、同様の傾向がみられていない。これは密度が低い場合に生じる焼結体中の空孔により表面粗さが大きくなったからである。したがって焼結体の密度は3.2g/cm3以上であることが望ましい。
【0082】
また表2より、粒界相のビッカース硬さがAlN結晶粒のビッカース硬さよりも低い焼結体(No.1A〜No.5A)では、粒界相にYb23結晶相およびAlNdO3結晶相の両方が含まれていることが分かる。これに対して、粒界相のビッカース硬さがAlN結晶粒のビッカース硬さよりも高い焼結体(No.6A〜No.8A)の粒界相は、Yb23結晶相またはAlNdO3結晶相のいずれか一方、あるいはイットリアに由来する成分を含むものであった。したがって粒界相は、Yb23結晶相およびAlNdO3結晶相の両方を含むことが好ましいといえる。
【0083】
また表2より、YbおよびNdの合計量が0.87質量%以上4.35質量%以下である焼結体No.1A〜No.3Aは、かかる条件を満たさない焼結体No.4AおよびNo.5Aに比して表面粗さRaを低減できている。したがって、AlN焼結体において、YbおよびNdの合計量の占める割合は、0.87質量%以上4.35質量%以下が好ましいといえる。
【0084】
2.AlN基板について
表3より、表面粗さRaが0.015μm以下である基板No.1B〜No.3Bを用いたレーザダイオードモジュールでは、安定したレーザ発振が確認できた。この理由は、表面粗さRaが0.015μm以下であることにより、接触熱抵抗が小さくなったからであると考えられる。
【0085】
3.AlN基板の製造方法について
表1〜表3より、原料の混合(すなわち工程S101)において、混合物の固形分のうちYb23粉末およびNd23粉末の合計が占める割合を1質量%以上5質量%以下とした製造条件No.1〜No.3では、粒界相のビッカース硬さがAlN結晶粒のビッカース硬さよりも低い焼結体が得られ、さらに当該焼結体を研磨して表面粗さRaが0.015μm以下であるAlN基板を製造することができた。
【0086】
以上、本実施形態および実施例について説明したが、上述した各実施形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0087】
今回開示された実施形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施形態ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0088】
20 AlN基板
20a AlN焼結体
MP 主面
図1
図2
図3