【実施例】
【0082】
以下、実施例により本発明を具体的に説明する。実施例に示されたものは、本発明の実施形態の一例であり、本発明はこれに限定されるものではない。
【0083】
以下の実施例では、ALSモデル動物としてSOD1
G93Aマウスを用いた。まず、The Jackson Laboratory(ME, USA)よりB6SJL-Tg(SOD1-G93A)1Gur/Jマウス(SOD1
G93Aマウス)及び野生型同系統マウスを購入し、これらを交配して産仔を得た。得られたSOD1
G93Aマウス及び野生型同腹仔(WTマウス)をさらに交配繁殖させ、出生したSOD1
G93Aマウスを実験に用いた。一部の実施例ではWTマウスも用いた。
SOD1
G93Aマウス及びWTマウスは、水道水とげっ歯類標準飼料ペレット(CRF-1、総カロリー中13.6%のカロリーが脂肪由来、3570kcal/kg、オリエンタル酵母工業株式会社)の自由摂取により飼育した。なお、SOD1
G93Aマウスの下肢機能が低下し、餌箱からの摂餌が困難になる18週齢以降は餌を床にも撒き、マウスが餌を食べられるように補助した。
【0084】
<実施例1>10週齢のSOD1G93AマウスとWTマウスの体重及び前肢筋力の比較
SOD1
G93Aマウスは、ヒトのALSと同様に、成熟期に運動神経細胞の選択的な死滅を生じるようになり、骨格筋萎縮や筋力の低下を呈して、やがて死にいたる。そこで、先ず10週齢のSOD1
G93Aマウスの体重及び前肢筋力をWTマウスと比較し、本週齢におけるALSの発症を確認した。
【0085】
1.材料及び方法
本実施例には10週齢のWTマウス及びSOD1
G93Aマウスを用い、体重及び前肢筋力を測定した。前肢筋力はラット・マウス簡易筋力測定器;200g計(小原医科産業株式会社)を用いて測定した。
【0086】
2.結果
各群の体重及び前肢筋力を表1に示す。
SOD1
G93AマウスではWTマウスと比較して平均体重が約1g少なく、前肢筋力が平均で約0.1N低く、有意に低値であった。このことから、SOD1
G93Aマウスは10週齢の時点で既に筋力が低下し、ALSを発症することを確認した。
【0087】
【表1】
数値は平均値 ± SE (例数)
*:P < 0.05. WTマウスとの比較 (Studentのt検定)
【0088】
<実施例2>リルゾールのSOD1G93Aマウスに対する作用
1.材料及び方法
既存のALS治療剤であるリルゾールは、SOD1
G93Aマウスの発症前である4週齢及び7週齢から投与したときに、延命効果を示したと報告されている(Amyotrophic Lateral Sclerosis (2009年)10巻、85-94頁、Annals of Neurollogy (1996年)39巻、147-157頁)。実施例1で、SOD1
G93Aマウスが10週齢においてALS症状である筋力低下を示すことを確認した。
本実施例では、SOD1
G93Aマウスを10週齢の時点で溶媒(生理食塩液)群及びリルゾール群の2群に分け、生理食塩液、又はリルゾール(シグマ・アルドリッチ、16 mg/kg)を死亡するまで腹腔内に1日1回投与し、各個体の生存期間を解析した。リルゾールの用量は先行報告に準じて設定した(Amyotrophic Lateral Sclerosis (2009年)10巻、85-94頁)。
【0089】
2.結果
各群の平均生存期間を表2に示す。
溶媒群とリルゾール群の平均生存期間は同程度であり、10週齢からの投与条件において、リルゾールの延命効果は認められなかった。
【0090】
【表2】
数値は平均値 ± SE (例数)
【0091】
<実施例3>ヒト由来グレリン(以下、ヒトグレリン)のSOD1G93Aマウスに対する作用(1):持続皮下投与時の骨格筋量、筋力及び生存期間に対する作用
実施例2でSOD1
G93Aマウスの10週齢よりリルゾールを投与しても生存期間の延長作用が見られないことを確認した。このようにSOD1
G93Aマウスが既にALS症状である筋力低下を示し、リルゾールが生存期間に対する効果を示さない条件において、ヒトグレリン(配列番号1)の作用について検討した。
【0092】
1.材料及び方法
実験には10週齢のSOD1
G93Aマウスを用い、溶媒群及びヒトグレリン群の2群を設けた。ヒトグレリン(50 μg/day、約2 mg/kg/day)を溶媒(生理食塩液)に溶解し投与液とした。投与液、又は生理食塩液を充填した浸透圧ポンプ(alzet(登録商標) MINI-OSMOTIC PUMP MODEL1004, DURECT Corporation)を背部皮下に埋め込み持続皮下投与した。10週齢より投与を開始し、生存していた個体に対して4週間毎に浸透圧ポンプを交換し、投与を継続した。
【0093】
体重及び餌重量を投与開始前及び8週間投与後に測定し、体重変化量及び摂餌量を算出した。投与8週後にマウス下半身の骨格筋量をX線CT(Latheta LCT-200、日立アロカメディカル株式会社)を用いて測定した。血漿中総コレステロール濃度は8週間投与後に尾静脈より採取した血液より分離した血漿を用いて、コレステロール E - テストワコー(和光純薬工業株式会社)により測定した。前肢筋力は、ラット・マウス簡易筋力測定器;200g計(小原医科産業株式会社)を用いて16週目に測定した。また、各個体の生存期間を解析した。
【0094】
2.結果
各群の8週間投与後の平均体重変化量、摂餌量、及び下半身骨格筋量を表3に示す。
ヒトグレリン群では溶媒群と比較して8週間投与後の体重変化量、摂餌量、及び下半身骨格筋量が有意に増加した。
【0095】
【表3】
数値は平均値 ± SE (例数)
*, **:P < 0.05, 0.01. 溶媒群との比較 (Studentのt検定)
【0096】
各群の8週間投与後の血漿中総コレステロール濃度を表4に示す。
溶媒群とヒトグレリン群の間に差はなかった。
【0097】
【表4】
数値は平均値 ± SE (例数)
【0098】
各群の6週間投与後の平均前肢筋力を表5に示す。
ヒトグレリン群では溶媒群に比べて前肢筋力が有意に強かったことから、筋力の低下が抑制されたことが示された。
【0099】
【表5】
数値は平均値 ± SE (例数)
**:P < 0.01. 溶媒群との比較 (Studentのt検定)
【0100】
次に各群の平均生存期間を表6に示す。
ヒトグレリン群では溶媒群に比べて生存期間が有意に延長し、平均生存日数は溶媒群と比べてヒトグレリン群で13.8%長かった。
【0101】
【表6】
数値は平均値 ± SE (例数)
**:P < 0.01. 溶媒群との比較 (ログランク検定)
【0102】
以上の結果より、SOD1
G93Aマウスが既に筋力低下を示し、リルゾールが生存期間に対して作用を示さない10週齢からヒトグレリンを持続皮下投与したとき、溶媒群に比べて体重及び摂餌量が増加し、血漿中総コレステロール濃度に影響しなかったが、前肢筋力の低下を抑制し、生存期間を延長させることが明らかとなった。このことから、既存のALS治療剤であるリルゾールが有効性を示さない条件においても、ヒトグレリンがALS症状の進展を抑制することが判明した。
【0103】
<実施例4>ヒトグレリンのSOD1G93Aマウスに対する作用(2):持続皮下投与時の運動神経細胞保護作用
実施例3でSOD1
G93Aマウスに対して10週齢よりヒトグレリンを投与することにより前肢筋力の低下を抑制し、生存期間を延長させることを確認した。ALSは運動神経細胞が死滅することにより筋肉が萎縮し、最終的には死に至る疾患なので、ヒトグレリンが運動神経細胞保護作用を有するかについて検討した。
【0104】
1.材料及び方法
実験には10週齢のSOD1
G93Aマウス及びWTマウスを用いた。SOD1
G93Aマウスを溶媒群及びヒトグレリン群の2群に分け、溶媒を投与したWTマウスをControl群とした。ヒトグレリン(50 μg/day、約2 mg/kg/day)を溶媒(生理食塩液)に溶解し投与液とした。投与液、又は生理食塩液を充填した浸透圧ポンプ(alzet(登録商標) MINI-OSMOTIC PUMP MODEL1004, DURECT Corporation)を背部皮下に埋め込み持続皮下投与した。10週齢より投与を開始し、4週後に浸透圧ポンプを交換して投与を継続した。投与開始から7週間後に解剖し、T9領域の脊髄を摘出した。ニッスル染色切片を作製し、組織学的に運動神経細胞数を同定した。各個体あたり隣接しない3枚の切片を用い、前角に存在する運動神経細胞数を計測した。測定値はControl群の運動神経細胞数の平均値を100%としたときの相対値として算出した。
【0105】
2.結果
Control群と比較したときの各群の運動神経細胞数相対値を表7に示す。
溶媒群ではControl群と比較して運動神経細胞数が約1/2で有意に少なかった。他方、ヒトグレリン群では溶媒群と比較して運動神経細胞数が有意に多かった。
【0106】
【表7】
数値は平均値 ± SE (例数)
*,
**:P < 0.05, 0.01. Control群との比較 (Dunnettの多重比較検定)
##:P < 0.01; 溶媒群との比較 (Studentのt検定)
【0107】
以上の結果より、SOD1
G93Aマウスにおいて、ヒトグレリン投与により運動神経細胞数の減少が抑制されること、即ち、運動神経細胞が保護されることが示された。
【0108】
<実施例5>ヒトグレリンのSOD1G93Aマウスに対する作用(3):反復皮下投与時の筋力及び生存期間に対する作用
実施例3及び実施例4でSOD1
G93Aマウスに対して10週齢よりヒトグレリンを持続皮下投与することにより、前肢筋力の低下が抑制され、生存期間が延長、並びに運動神経細胞が保護されることを確認した。
本実施例では、10週齢のSOD1
G93Aマウスにヒトグレリンを反復皮下投与したときの前肢筋力及び生存期間に対する作用を検討した。
【0109】
1.材料及び方法
実験には10週齢のSOD1
G93Aマウスを用い、溶媒群及びヒトグレリン群の2群を設けた。ヒトグレリン(1 mg/kg)又は溶媒(5%マンニトール溶液)を10週齢より死亡するまで皮下に1日2回投与した。体重及び餌重量を投与開始前及び8週間投与後に測定し、体重変化量及び摂餌量を算出した。前肢筋力はラット・マウス簡易筋力測定器;200g計(小原医科産業株式会社)を用いて投与開始前及び8週間投与後に測定した。また、各個体の生存期間を解析した。
【0110】
2.結果
各群の8週間投与後の平均体重変化量及び摂餌量を表8に示す。
ヒトグレリン群では溶媒群と比較して8週間投与後の体重変化量及び摂餌量が有意に増加した。
【0111】
【表8】
数値は平均値 ± SE (例数)
**:P < 0.01. 溶媒群との比較 (Studentのt検定)
【0112】
各群における10週齢から8週間投与後の前肢筋力の変化の平均値を表9に示す。ヒトグレリン群では溶媒群と比べて前肢筋力の低下が有意に抑制された。
【0113】
【表9】
数値は平均値 ± SE (例数)
**:P < 0.01. 溶媒群との比較(Studentのt検定)
【0114】
次に各群の平均生存期間を表10に示す。
ヒトグレリン群では溶媒群と比べて生存期間が有意に延長し、平均生存日数は溶媒群に比べ、ヒトグレリン群で21.8%長かった。
【0115】
【表10】
数値は平均値 ± SE (例数)
**:P < 0.01; 溶媒群との比較 (ログランク検定)
【0116】
以上の結果より、ヒトグレリンの反復皮下投与が持続皮下投与時と同様にSOD1
G93AマウスのALS病態進展を抑制することが示された。このことから、ヒトグレリンを反復皮下投与することによりヒトALS患者の病態進展を抑制し、治療効果を示す可能性が示された。
【0117】
<実施例6>ヒトグレリンのSOD1G93Aマウスに対する作用(4):制限給餌下での体重、骨格筋量、筋力及び運動神経細胞数に対する作用
実施例3及び実施例5でSOD1
G93Aマウスに対して10週齢よりヒトグレリンを持続皮下投与又は反復投与することにより、前肢筋力の低下が抑制され、生存期間が延長することを示した。また、実施例4でグレリンをSOD1
G93Aマウスに持続皮下投与すると運動神経細胞が保護されることを確認した。
本実施例ではSOD1
G93Aマウスの自由摂餌条件下での1日摂餌量の約90%とした制限給餌下でSOD1
G93Aマウスを飼育し、それ以上摂餌できない、即ち、グレリンの摂食亢進作用が発現しない条件でヒトグレリンを持続皮下投与したときの、体重、骨格筋量、筋力、運動神経細胞数、並びに骨格筋萎縮に関わるAtrogin1及びMuscle RING-finger protein-1(MuRF1)のmRNA発現に対する作用を検討した。
【0118】
1.材料及び方法
実験には10週齢のSOD1
G93Aマウス及びWTマウスを用いた。WTマウスを2群に分け、1群は自由摂餌条件で飼育し(WT-Control群)、もう1群はSOD1
G93Aマウスの自由摂餌条件下での1日摂餌量の約90%である2.8 〜 2.9gの餌を毎日摂取させた(WT-制限給餌群)。SOD1
G93Aマウスは溶媒群及びヒトグレリン群の2群に分け、いずれも1日当たり2.8 〜 2.9gの餌を与える制限給餌条件で飼育した(G93A-溶媒群、及びG93A-ヒトグレリン群)。
ヒトグレリン(50 μg/day、約2 mg/kg/day)を溶媒(生理食塩液)に溶解し投与液とした。投与液又は生理食塩液を充填した浸透圧ポンプ(alzet(登録商標) MINI-OSMOTIC PUMP MODEL1004, DURECT Corporation)を背部皮下に埋め込み持続皮下投与した。10週齢より投与を開始し、4週後に浸透圧ポンプを交換した。
投与開始日及び6週間後に体重を測定し、体重変化量を算出した。
前肢筋力はラット・マウス簡易筋力測定器;200g計(小原医科産業株式会社)を用いて投与開始7週間後に測定した。
【0119】
また、投与開始前(10週齢)及び7週後にマウス下半身の骨格筋量をX線CT(Latheta LCT-200、日立アロカメディカル株式会社)を用いて測定し、骨格筋量の変化量を求めた。
その後、マウスを解剖し、T9領域の脊髄を摘出した。ニッスル染色切片を作製し、組織学的に運動神経細胞数を同定した。各個体あたり隣接しない3枚の切片を用い、前角に存在する運動神経細胞数を測定した。測定値はWT-Control群の運動神経細胞数の平均値を100%としたときの相対値として算出した。
更に、腓腹筋を摘出し、mRNAを抽出後定量PCR法でAtrogin1及びMuRF1 mRNA発現量を測定した。測定値は、WT-Control群のmRNA発現量を100%としたときの相対値として算出した。
【0120】
2.結果
いずれの群においても、制限給餌したマウスの全例が、試験期間中与えた餌を全て摂取した。このことから、制限給餌させたWT-制限給餌群、G93A-溶媒群及びG93A-ヒトグレリン群の摂餌量は同じであったことを確認した。
各群のマウスの投与開始6週後の体重変化量、及び投与開始7週後の下半身骨格筋量を表11に示した。
自由摂餌させたWT-Control群では体重が増加したが、制限給餌すると、WTマウスでもSOD1
G93Aマウスでも体重は減少し、特に制限給餌したSOD1
G93Aマウスで減少が顕著であった。SOD1
G93Aマウスに溶媒を投与したとき(G93A−溶媒群)と比べて、ヒトグレリン群(G93A−ヒトグレリン群)ではその体重減少が有意に小さかった。同様に、自由摂餌させたWTマウスでは下半身骨格筋量も増加したが、制限給餌群では減少した。G93A−溶媒群と比べて、G93A−ヒトグレリン群では骨格筋の減少が有意に抑制された。このように、制限給餌によりグレリンの摂食亢進作用が発現しない条件下であっても、グレリンの投与によってSOD1
G93Aマウスの体重や骨格筋量の減少が抑制された。
【0121】
【表11】
( ):N数、
**:P < 0.01; WT-Control群との比較(Dunnettの多重比較検定)
#, ##: P < 0.05、0.01;G93A-溶媒群との比較(Studentのt検定)
【0122】
投与開始7週後の骨格筋におけるAtrogin1及びMuRF1のmRNA発現量を表12に示した。
WTマウスでは制限給餌下で飼育してもこれらの遺伝子発現に大きな変動はなかったが、制限給餌下で溶媒を投与したSOD1
G93Aマウス(G93A−溶媒群)では、自由摂食させたWTマウス(Control群)に比べて両遺伝子発現が有意に上昇した。
一方、制限給餌下でヒトグレリンを投与したSOD1
G93Aマウス(G93A−グレリン群)では、Atrogin1及びMuRF1 mRNAの発現が溶媒群に比べて有意に低かったことから、ヒトグレリン群では骨格筋萎縮が抑制されたことが示唆された。これは、表11で骨格筋量の減少がヒトグレリン群で少なかったことと一致する。
【0123】
【表12】
( ):N数、
*,**:P < 0.05, 0.01; WT-Control群との比較(Dunnettの多重比較検定)
##: P < 0.01;G93A-溶媒群との比較(Studentのt検定)
【0124】
このように、ヒトグレリンは制限給餌下においてもSOD1
G93Aマウスの骨格筋萎縮を抑制した。
次に、本条件でのマウスの前肢筋力及び脊髄運動神経細胞数を表13に示した。
WTマウスにおいては、制限給餌下で飼育しても前肢筋力や運動神経細胞数は自由摂餌群と同程度であった。制限給餌したSOD1
G93Aマウスでは、自由摂餌下のWT-Control群に比べて前肢筋力や運動神経細胞数が有意に低下し、ヒトグレリン投与群でも同様であった。このように、ヒトグレリンは制限給餌下では、運動神経細胞死や前肢筋力の低下を抑制しなかった。
【0125】
【表13】
( ):N数、
**:P < 0.01; WT-Control群との比較(Dunnetの多重比較検定)
【0126】
これらのことから、グレリンは制限給餌下においても、その摂食亢進作用と独立した作用によって、SOD1
G93Aマウスの体重減少や骨格筋萎縮を抑制した。
一方、運動神経細胞死や筋力の低下を抑制するためには、グレリンが摂食亢進を実現すること、換言すれば、グレリン投与によって摂食量が増加しうる個体に投与する必要があることが示された。即ち、グレリンは摂食亢進作用により全身のエネルギー状態を改善することによって間接的に運動神経細胞死を抑制し、ALS病態の進展を抑制することがわかった。
【0127】
<実施例7>16週齢のSOD1G93AマウスとWTマウスの体重及び前肢筋力の比較
実施例3、4及び5で、ヒトグレリンはSOD1
G93Aマウスが既に前肢筋力低下を示した10週齢からの投与で、摂餌量や体重を増加させ、運動神経細胞死や筋力の低下を抑制し、生存期間を延長させることを示した。
臨床では、患者がALSを発症後、臨床家による確定診断がなされて初めて治療が開始される。ALSの確定診断には半年から1年以上を要するので(ALS治療ガイドライン2002、日本神経学会治療ガイドライン)、治療開始までに症状が進展すると考えられる。
そこで、ヒトグレリンをSOD1
G93AマウスのALS病態がより進展した時期から投与したときの効果を検討することとした。そのために、本実施例では16週齢のSOD1
G93Aマウスの体重及び前肢筋力をWTマウスと比較した。
【0128】
1.材料及び方法
実験には16週齢のWTマウス及びSOD1
G93Aマウスを用い、体重及び前肢筋力を測定した。前肢筋力はラット・マウス簡易筋力測定器;200g計(小原医科産業株式会社)を用いて測定した。
【0129】
2.結果
各群の体重及び前肢筋力を表14に示す。
SOD1
G93AマウスではWTマウスと比較して平均体重が2g以上少なく、前肢筋力は平均で約0.5 N低値を示し、これらのWTマウスとの差は10週齢時(表1)に比べてより顕著であった。また、16週齢のSOD1
G93Aマウスの前肢筋力は10週齢のとき(0.91 N)と比べて低値であった(表1)。
【0130】
【表14】
数値は平均値 ± SE (例数)
*, **:P < 0.05、P < 0.01. WTマウスとの比較 (Studentのt検定)
【0131】
このように、16週齢のSOD1
G93Aマウスは同週齢のWTマウスや10週齢のSOD1
G93Aマウス(表1)と比較して前肢筋力が低かったことから、ALS病態がより進展した状態であることを確認した。
【0132】
<実施例8>ヒトグレリンのSOD1G93Aマウスに対する作用(5):16週齢より持続皮下投与したときの生存期間に対する作用
本実施例では、筋力低下が顕著でALS病態がより進展した16週齢のSOD1
G93Aマウスに対するヒトグレリンのALS病態進展抑制作用を、生存期間を指標に検討した。
【0133】
1.材料及び方法
実験には16週齢のSOD1
G93Aマウスを用い、溶媒群及びヒトグレリン群の2群を設けた。ヒトグレリン(50 μg/day、約2 mg/kg/day)を溶媒(生理食塩液)に溶解し投与液とした。投与液又は生理食塩液を充填した浸透圧ポンプ(alzet(登録商標) MINI-OSMOTIC PUMP MODEL1004,DURECT Corporation)を背部皮下に埋め込み持続皮下投与した。16週齢より投与を開始し、生存していた個体には4週間毎に浸透圧ポンプを交換し、投与を継続した。各個体の生存期間を解析した。
【0134】
2.結果
各群の平均生存期間を表15に示す。
ヒトグレリン群では溶媒群と比べて生存期間が有意に延長し、平均生存日数は、溶媒群に比べヒトグレリン群で17.6%長かった。
【0135】
【表15】
数値は平均値 ± SE (例数)
*: P < 0.05. 溶媒群との比較(ログランク検定)
【0136】
このように、SOD1
G93Aマウスにおいて筋力低下が顕著でALS病態がより進展した16週齢から投与を開始した場合にも、ヒトグレリンは溶媒群に比べて有意に生存期間を延長させた。
実施例2で示したように、既存のALS治療剤であるリルゾールは10週齢からの投与でも生存期間を延長させなかった。即ち、既存のALS治療剤と比べて、グレリンはSOD1
G93Aマウスの16週齢から投与した場合にも、生存期間を有意に延長させるという顕著な効果を示すことが判明した。
このことから、グレリンがALS病態進展を顕著に抑制し、治療効果を有することが示された。
【0137】
<実施例9>成長ホルモン分泌促進因子受容体作動薬であるGHRP-6及びアナモレリンのSOD1G93Aマウスに対する作用:反復皮下投与時の生存期間に対する作用
実施例5でSOD1
G93Aマウスに対して10週齢よりヒトグレリンを反復皮下投与することにより、生存期間が延長することを確認した。
本実施例では、10週齢のSOD1
G93Aマウスに成長ホルモン分泌促進因子受容体作動薬であるGHRP-6及びアナモレリンを反復皮下投与したときの生存期間に対する作用を検討した。
【0138】
1.材料及び方法
実験には10週齢のSOD1
G93Aマウスを用い、溶媒群、GHRP-6群及びアナモレリン群の3群を設けた。GHRP-6(1 mg/kg)、アナモレリン(1 mg/kg)又は溶媒(5%マンニトール溶液)を10週齢より死亡するまで皮下に1日2回投与した。体重及び餌重量を投与開始前及び5週間投与後に測定し、体重変化量及び摂餌量を算出した。また、各個体の生存期間を解析した。
【0139】
2.結果
各群の5週間投与後の平均体重変化量及び摂餌量を表16に示す。
GHRP-6群では溶媒群と比較して5週間投与後の体重変化量及び摂餌量が有意に増加した。また、アナモレリン群では溶媒群と比較して5週間投与後の体重変化量が有意に増加し、摂餌量が増加傾向を示した。
【0140】
【表16】
数値は平均値 ± SE (例数)
†, *, **:P < 0.1、P < 0.05、P < 0.01. 溶媒群との比較(Dunnetの多重比較検定)
【0141】
次に各群の平均生存期間を表17に示す。
GHRP-6群及びアナモレリン群では溶媒群と比べて生存期間が有意に延長した。
【0142】
【表17】
数値は平均値 ± SE (例数)
*:P < 0.05; 溶媒群との比較 (ウィルコクソン検定)
【0143】
以上の結果より、成長ホルモン分泌促進因子受容体作動薬であるGHRP-6及びアナモレリンの反復皮下投与がヒトグレリンと同様にSOD1
G93AマウスのALS病態進展を抑制することが示された。