(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
点火促進剤として、鉄粉、マンガン粉、バナジウム粉、マグネシウム粉、チタン粉、あるいはこれらの合金の粉末から選ばれる1種又は2種以上を、前記主原料の全量に対して外掛けで主原料の0.1〜1.5質量%、さらに添加した、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の溶射材料。
燃焼補助剤として、遷移金属酸化物を、前記主原料の全量に対して外掛けで0.3〜2.0質量%、さらに添加した、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の溶射材料。
前記燃焼補助材が酸化スカンジウム、酸化チタン、酸化バナジウム、酸化クロム、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化銅、過酸化リチウム、過酸化カルシウム、過酸化マグネシウム、過酸化ストロンチウム、過酸化バリウムから選ばれる1種又は2種以上である、請求項5に記載の溶射材料。
【背景技術】
【0002】
工業窯炉や溶融金属容器等においては、その使用に伴って、耐火物からなる内張り等に損傷が発生する。このような損傷に対しては、適宜、補修が実施される。例えば、製鉄所のコークス炉は、建設してから20年以上のものが多く、特に、炭化室の壁は補修を繰り返しながら操業を継続している。
【0003】
操業を継続しながら補修を実施する技術として溶射補修法がある。この溶射補修法には、例えば、プラズマ溶射、レーザ溶射、火炎溶射がある。しかしながら、これらの溶射法には大掛かりな装置が必要である。そのため、近年、比較的簡易な装置で実現可能な、金属の酸化発熱反応を利用した溶射法が利用されている。例えば、特許文献1〜6では、金属粉末(燃焼剤)と耐火性粉末の混合物である溶射材料を酸素で搬送し、高温の補修面に吹き付ける溶射方法についての記載がある。吹き付けられた混合物は、補修面からの受熱により起こる金属粉末の酸化発熱反応により耐火性組成物を形成するとともに溶融し、補修面に付着する。
【0004】
一般に、耐火物ライニングを補修する場合、補修によって形成される施工体と被施工部の補修される耐火物の熱膨張は近いほど好ましい。特にコークス炉や熱風炉等、建設後にれんがの積替え修理が実施されないまま数十年にわたって稼働し続ける窯炉においては、補修材が数ヵ月から数年にわたって施工部に残存し補修部を保護する効果が要求される。すなわち、熱膨張が被施工部の熱膨張と一致し、かつ緻密で高強度な施工体が要求される。ほとんどの場合、このような長期間にわたって操業する窯炉には700℃以上における熱膨張係数がほぼゼロの珪石れんがが使用されている。したがって、このような窯炉では、熱膨張が珪石れんがと一致する溶射材料を使用することがほとんどの場合、好ましい。
【0005】
加えて、溶射材料は溶射補修時に良好な作業性を示す必要がある。作業性が悪い場合、補修に要する時間が長時間になり、施工コストが上昇する。また、補修に要する時間が長時間になる結果、施工作業者は、高温で粉塵の多い環境に長時間曝されることになる。良好な作業性を実現するため、溶射材料には、例えば、点火のしやすさ、燃焼の継続しやすさ、付着率の高さ、発塵の少なさ等が求められる。さらに、自ら燃焼して補修する特性上、溶射材料には、施工中の予期せぬ爆発的燃焼(発火)や燃焼先端が燃焼源に向って逆流伝播する逆火現象の発生抑制が求められる。これらの現象は、作業者を危険に曝す上、現象が生じた後の装置の整備や復旧に多くの時間が必要になってしまう。
【0006】
以上のような要求特性をより高いレベルで満足させるために多くの発明が開示されている。例えば、特許文献1は、混合物として溶射する粒体の粒子径を、耐火性粒体(シリマナイト、ムライト、ジルコン、二酸化ケイ素、二酸化ジルコニウム、酸化アルミニウム、酸化マグネシウム等)の80%及び20%粒径の平均が酸化性粒体(シリコン、アルミニウム、マグネシウム、ジルコニウム等)の80%及び20%粒径の平均よりも大きく、耐火性粒体の粒径分布範囲率が1.2以上になるようにした溶射材料を開示している。この溶射材料によれば、信頼性及び堅牢性を向上させることができ、高い耐久性を有する耐火性溶着層が実現できるとされている。また、耐火性材料の少なくともいくつかを、ケルビン温度において、温度がその融点の0.7倍を越える前に着火させることで耐火性材料の結晶構造を改善し高品質の溶射耐火性溶着層が形成できるとされている。
【0007】
また、特許文献2は、耐火原料粉(マグネシア質粉3〜30質量%、シリカ質粉50〜90質量%)と金属Si粉5〜30質量%を含み、化学成分値で組成全体に占めるMgO成分を1〜25質量%とした溶射材料を開示している。さらに、特許文献3は、耐火原料粉(CaO含有量75質量%超のカルシア質粉2〜25質量%、シリカ質粉50〜90質量%)と金属Si粉5〜30質量%を含む溶射材料を開示している。これらの技術では、マグネシア質粉やカルシア質粉との反応によってシリカ質粉の溶融が促進され、付着性及び接着性が向上するとされている。
【0008】
また、特許文献4は、溶射材料として、耐火性添加材粒子と、金属粒子と、金属過酸化物含有粒子とからなる耐火性組成物生成用化学物質の粉状混合物を開示している。金属過酸化物含有粒子は、この金属過酸化物の生成に用いた塩基の酸化物と、該金属過酸化物の該金属の水酸化物及び炭酸塩のような分解生成物とを含有している。また、金属過酸化物含有粒子は、過酸化カルシウム含有量が0重量%より多くて多くとも75重量%及び又は過酸化マグネシウム含有量が0重量%より多くて多くとも30重量%である。この溶射材料によれば、溶射補修中の反応を段階的に制御することができ、発火や逆火を抑制できるとされている。
【0009】
また、特許文献5は、耐火性粉末(珪石れんがの2000μm以下の粉砕粉が主成分)と酸化性粉体である金属粉末(金属シリコン)とを含有する溶射材料を開示している。さらに、特許文献5は、結晶化促進剤としてナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩の1種又は複数を溶射材料に対して外掛けで0.3〜5重量%添加すること、及び着火促進剤として、発火点が300〜800℃の炭素系粉末(コークス粉、木炭粉、コーンスターチ粉等)又は金属粉末(鉄粉、マンガン粉、バナジウム粉等)を溶射材料に対して外掛けで0.3〜5重量%添加することを開示している。この溶射材料によれば、コークス炉の炭化室に使用されている珪石れんがと補修材の熱膨張率を近似させることができるため、長期間使用時のれんが面からの剥離損耗を抑制できるとされている。また、結晶化促進剤の添加により溶射と同時に結晶化させることができるため、溶射施工完了後の使用中に材料が膨張を伴って結晶化することを防止でき、れんがと補修材の接着強度低下を防止できるとされている。
【0010】
特許文献6は、結晶化促進剤としてリチウム塩を、溶射材料に対して外掛けで、酸化物換算で0.3〜1.0質量%添加すること、着火促進剤として金属粉末(鉄粉、マンガン粉、バナジウム粉等)を溶射材料に対して外掛けで1.5質量%未満添加すること、及び燃焼補助剤として金属酸化物(酸化スカンジウム、酸化チタン、酸化バナジウム、酸化クロム、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化銅)を溶射材料に対して外掛けで0.3〜2.0質量%添加することを開示している。この溶射材料によれば、分解時に吸熱して燃焼効率を低下させる硫酸リチウムのようなアルカリ金属塩を結晶化促進剤として添加していても、多量の着火促進剤を添加することなく点火性と燃焼継続性を安全に確保できるとされている。
【0011】
ところで、上述の溶射材料による補修対象の1つであるコークス炉炭化室は、コークスを押出す際に扉を開閉するため、その扉近くでは、例えば、900℃〜1300℃間で炉内温度が変動する。また、炭化室を補修する際には扉を長時間開放するため、炉内温度が400℃近くまで低下することもある。このような大きな温度変動に曝される部位では、被施工体である炉壁の熱膨張率と補修に使用される溶射施工体の熱膨張率が大きく異なると、温度変動によって溶射施工体が炉壁から剥離損耗してしまう。そのため、被施工体である炉壁の熱膨張率と同等の熱膨張率を有する溶射施工体を使用することにより耐用性を確保する必要がある。
【0012】
また、金属の酸化発熱反応を利用した溶射に使用される溶射材料は、金属粉末の酸化により生成される酸化物(結合相)や一部溶融した耐火性粉末がガラス質になっている。このような施工体に含まれるガラス質は、補修施工後の使用中に徐々に結晶化が進行する。この結晶化は膨張を伴うため、施工体が被施工体の補修面から剥離損耗してしまう。そのため、結晶化促進剤を添加し、溶射後速やかに結晶化させることが必要になる。
【0013】
結晶化を促進するために、溶射材料にアルカリ金属イオン源が添加される。このようなアルカリ金属イオン源には、特許文献5が開示するように、爆発等の危険性のない安全な化合物であり、工業的にも入手が容易なアルカリ金属塩が利用されている。しかしながら、アルカリ金属塩は分解時に吸熱するため、400℃程度に温度が低下した扉付近の補修では、アルカリ金属塩を含む溶射材料では、着火が困難であったり、着火した場合でも燃焼の継続が困難であったりする。
【0014】
これに対し、特許文献6は、受熱した際に金属シリコンへの酸素供給源となる燃焼補助剤(金属酸化物)を使用することで、耐用性を維持しつつ、着火促進剤を無添加又は少量の添加で、着火性及び燃焼継続性を確保する構成を開示している。また、特許文献6は、溶射層間の一体性の向上を目的に、CaO純度が90%以上である酸化カルシウム粉末及びMgO純度が90%以上である酸化マグネシウム粉末のうち1種類以上を、4.0質量%以下添加することを開示している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
上述した従来の溶射材料は、溶射材料に求められる上述のような特性のすべてを満足できるものではなく、十分に満足できるものではない。すなわち、特許文献1が開示する溶射材料は、酸化性粒体として金属シリコンを使用する場合、当該金属シリコンのみが燃焼材として機能するため、上述のような400℃程度に温度が低下した箇所の補修では着火し難く、また燃焼継続性も不足する可能性がある。
【0017】
また、特許文献2及び特許文献3が開示する溶射材料は、溶射層間の一体性の向上が期待できるが、1000℃以上での熱膨張が大きい。そのため、MgOやCaOの添加により溶射層間の一体性を向上させようとしても、添加量が多量になると十分な耐用性を確保することができなくなる。加えて、特許文献3が開示する溶射材料ではCaO成分の含有量が70%以上あるため、製造時や保管時に一部又は全部が炭酸化したり水酸化したりする可能性があり、炭酸化や水酸化する部分が微量であっても点火性や燃焼継続性を著しく低下させる。MgO成分が高い場合でも同様のことがいえる。
【0018】
特許文献4が開示する溶射材料においても、金属過酸化物含有粒子は水酸化物や炭酸塩を含んでおり、緻密質施工体が得られる添加量まで増量すると点火性や燃焼の継続性等の作業性に問題が生じる。
【0019】
特許文献5が開示する溶射材料は、アルカリ金属塩が分解時に吸熱するため、上述のような400℃程度に温度が低下した箇所の補修では、アルカリ金属塩を含む溶射材料では、着火が困難であったり、着火した場合でも燃焼の継続が困難であったりする。その結果、被施工体への溶射材料の付着率が低下し、施工効率が低下するという問題が発生する。また、被施工体表面において溶射材料の燃焼が継続し、結合相が十分に溶融した状態を実現できなければ、溶射層間の一体性が乏しくなるという問題も発生する。
【0020】
特許文献6が開示する溶射材料においても、CaOやMgOの利用で溶射層間の一体性は確保されるが、製造時や保管時に炭酸化や水酸化の可能性があり、点火性や燃焼継続性を著しく低下させる。
【0021】
本発明は、上記従来の事情を鑑みて提案されたものであって、熱膨張が珪石れんがと一致する緻密な施工体を形成することができ、かつ、作業性、安全性に優れる溶射材料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明は、耐火性粉末と燃焼剤である金属粉末とを含み、酸素とともに吹き付けて被補修面を補修する溶射法に使用する溶射材料を前提とする。そして、本発明に係る溶射材料は、耐火性粉末と金属粉末とウォラストナイト(CaO・SiO
2)とを主原料とし、ウォラストナイトを、主原料の全量に対して内掛けで0.1〜
5.0質量%含有する溶射材料である。
【0023】
上記主原料は、金属粉末として金属シリコン粉末を含むことができる。この場合、耐火性粉末は、主原料の全量に対して71.0〜89.9質量%、金属シリコン粉末は、主原料の全量に対して10〜20質量%とすることができる。
【0024】
また、結晶化促進剤として、リチウムを含有する珪酸塩又はリチウムを含有する珪酸塩鉱物を、さらに添加することもできる。この場合、添加量は、主原料の全量に対して外掛けで、Li
2O換算で0.2〜0.7質量%とすることが好ましい。リチウム含有珪酸塩としては、例えば、珪酸リチウムを使用することができる。また、リチウム含有珪酸塩鉱物としては、例えば、スポジュメン(LiAlSi
2O
6)、ペタライト(LiAlSi
4O
10)、ユークリプタイト(LiAlSiO
3)、レピドライト(LiKAl
2F
2Si
3O
9)等を使用することができる。これらのリチウム含有珪酸塩、リチウム含有珪酸塩鉱物は単体で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0025】
さらに、点火促進剤として、金属シリコン粉末の酸化反応に必要な初期の熱量を補助する機能を有する金属粉末を、主原料の全量に対して外掛けで0.1〜1.5質量%、さらに配合することができる。このような金属粉末としては、例えば、鉄粉、マンガン粉、バナジウム粉、マグネシウム粉、チタン粉、あるいはこれらの合金の粉末等を好適に使用することができる。これらの金属粉末は、単体で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0026】
また、燃焼補助剤として、溶射材料の燃焼中に酸素を供給して被施工体上で、燃焼剤である金属シリコン粉末を酸化させる機能を有する金属酸化物を、主原料の全量に対して外掛けで0.3〜2.0質量%、さらに配合することができる。このような金属酸化物としては、例えば、遷移金属酸化物、特に、第一遷移金属酸化物(酸化スカンジウム、酸化チタン、酸化バナジウム、酸化クロム、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化銅)やアルカリ土類金属過酸化物(過酸化リチウム、過酸化カルシウム、過酸化マグネシウム、過酸化ストロンチウム、過酸化バリウム)を好適に使用することができる。なお、これらの金属酸化物は、単体で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、主原料に含まれるウォラストナイトが緻密化に寄与し、CaO粉末のように炭酸カルシウムや消石灰に変化して点火性や燃焼継続性といった作業性を低下させることはない。その結果、緻密化を目的にCaO粉末を添加した従来の構成と比較して付着率が向上し、作業が効率化することができる。また、従来に比べて、耐用性、安全性が低下することもない。
【発明を実施するための形態】
【0029】
従来、CaO粉末は緻密化を目的に添加されることがあった。しかしながら、上述のように、CaO粉末は炭酸カルシウムや消石灰に変化し点火性や燃焼継続性といった作業性を低下させることが懸念された。そこで、本願発明者らは、溶射施工体の焼結促進による緻密化方法、及び施工体の鉱物組成と熱膨張の関係を鋭意研究し、CaOをウォラストナイトとして添加するという手法を発案した。そして、実際に、ウォラストナイト(Wollastonite:CaO・SiO
2)を適当量含有する場合に、施工体が緻密になり、しかもその施工体の熱膨張が珪石れんがから外れることがないかを検証した。その結果、施工体の熱膨張特性が珪石れんがの熱膨張特性から外れることなく施工体が緻密化するという知見を得た。本願発明者らは、以上のようにして得られた新たな知見に基づいて本発明に至った。
【0030】
本発明に係る溶射材料は、燃焼剤としての金属粉末と、耐火性粉末と、ウォラストナイトの混合物(以下、耐火性粉末と金属粉末と、ウォラストナイトとの混合物を主原料という。)から構成されており、さらに、特性を制御するために各種微量の添加物が加えられている。このように、CaOをウォラストナイトの形で添加することで、CaOが炭酸化や水酸化(水和)することがなく、点火性や燃焼継続性の低下を回避することができる。その結果、形成された施工体の熱膨張特性が珪石れんがの熱膨張特性から外れることがなく、また、施工時の熱による施工体の焼結が短時間に進行して緻密質施工体を得ることができ、かつ良好な作業性を長期間維持することができる。以下、本発明の原理について簡単に説明する。
【0031】
CaOは珪石れんがに一般的に使用される成分であり、珪石れんがの焼結に有効であることが知られている。珪石れんがはクオーツと石灰、場合によっては少量の粘土等からなるプレス成形体を乾燥し、1400℃程度で長時間焼成することによって得られる。焼成中にクオーツはクリストバライトに相転位し、その後安定なトリジマイトに変化する。トリジマイトはれんが内に部分的に形成されたCaO−SiO
2系の融液を介して溶解析出反応で成長する。すなわち、CaO−SiO
2系の融液組成が、トリジマイトに関してSiO
2が過飽和になりトリジマイトが析出する。また、トリジマイトを析出させる液相はクリストバライトに関してSiO
2が不飽和なので、クリストバライトが液相に溶解する反応が進行する。このような反応は焼成中のみならず、炉の稼働中も進行し続けると考えられている。このとき、CaOはある程度の量までは熱膨張に悪影響を及ぼさないため、珪石れんがの焼結助剤成分として適している。
【0032】
このような観点からSiO
2を主体とする溶射材料もCaOを含有することで、熱膨張に影響を及ぼさずに焼結による緻密化を促進できる可能性が容易に推定でき、CaO粉末を含有する溶射材料も種々提案されている。しかしながら、CaOは単体では活性であり、大気中の二酸化炭素と反応して炭酸カルシウムになったり、水分と反応して消石灰に変化したりする場合があった。これらが生成すると、その量が微量であっても溶射作業中に分解吸熱し、点火性や燃焼継続性といった作業性が低下していた。
【0033】
これに対して、CaOをウォラストナイトとして適当量添加することで、施工体が緻密になり、しかもその施工体の熱膨張は珪石れんがに近く好適であることが実験事実として分かった。ウォラストナイトの融点は1540℃であり融点が2850℃のCaOと比較してCaO−SiO2系の融液を形成しやすくなり、焼結を促進、緻密化に寄与しているものと考えられる。溶射は施工部が1700℃を超える高温に達した後、比較的急速に冷却されるが、その間に融液の形成と融液を介した適切な物質移動が生じていると考えられる。また、ウォラストナイトは比較的安定であるため炭酸塩や水和物を生じることがなく、作業性の低下が生じることもない。
【0034】
ウォラストナイトの添加量は、主原料の全量に対し内掛けで0.1〜9.0質量%(0.1質量%以上かつ9.0質量%以下)である。より好ましくは0.5〜5.0質量%(0.5質量%以上かつ5.0質量%以下)である。ここで、主原料の全量は、耐火性粉末と金属粉末とウォラストナイトからなる100質量%の混合物を意味する。
【0035】
添加量が0.1質量%より少ないと、十分な焼結促進効果を得ることができないため好ましくない。一方、添加量が9.0質量%より多いと、施工時の融液生成量が多くなりすぎ、施工体が流動することで狙いの施工形状を得にくくなるとともに、施工体組成変化の影響が強くなり珪石れんがとの熱膨張の乖離が許容範囲を超えるため好ましくない。
【0036】
使用するウォラストナイト粒子の成分は特に限定されないが、CaOが43〜53質量%(43質量%以上かつ53質量%以下)、SiO
2が47〜57質量%(47質量%以上かつ57質量%以下)のもので、フリーのCaOや炭酸カルシウム、水酸化カルシウムはそれぞれ5質量%未満のものが好ましい。また、ウォラストナイトの粒径は200μm以下であることが好ましい。粒径が200μmより大きいと反応性が乏しくなり、溶融促進の効果が低下する傾向にあるからである。
【0037】
以下、ウォラストナイト以外の成分について詳述する。
【0038】
(耐火性粉末)
上述のように、本発明に係る溶射材料は、耐火性粉末と金属粉末とウォラストナイトの混合物を主原料とする。当該耐火性粉末には、珪石、珪石れんが粉、溶融シリカ、シャモット、コージエライト等を用途に応じて用いることができる。特に限定されないが、耐火性粉末の最大粒子径は2.0mm以下であることが好ましい。最大粒子径が2.0mmより大きいと、施工時に大きい粒子が跳ね返るため被施工体への付着が困難となり、溶射効率が低下するからである。
【0039】
(金属粉末)
本発明に係る溶射材料では、燃焼剤としての金属粉末が配合される。燃焼剤は、燃焼後に上述の耐火性粉体を結合する結合相を形成する酸化物となる。例えば、補修対象である被施工体がシリカ主体である珪石れんがからなる場合、当該燃焼剤として金属シリコン粉末を使用することができる。
【0040】
主原料の全量に対して、金属シリコン粉末の添加量は10〜20質量%(10質量%以上かつ20質量%以下)であり、好ましくは13〜17質量%(13質量%以上かつ17質量%以下)である。
【0041】
添加量が10質量%より少ないと、燃焼反応が弱くなり燃焼の継続性と被施工体への付着が著しく悪化するため、溶射材料として成立しない。また、添加量が20質量%を超えると、燃焼による発熱量が多く高温になりすぎる。その結果、溶射した材料の粘性が低下して溶射した材料が被施工体から流れ落ちてしまい良好な施工体を得ることができなくなるため、溶射材料として成立しない。金属シリコン粉末に含まれる金属Si成分の質量割合(Si純度)は90%以上であることが好ましい。Si純度が低い場合、シリカの結晶化を阻害するアルミニウム等の元素が多く含まれることになるため好ましくない。なお、主原料の金属シリコン粉末及びウォラストナイト以外の残部は耐火性粉末である。
【0042】
金属粉末の粒子径は、溶射材料全体において、75μm以上が5質量%以下、20μm以下が3〜14質量%(3質量%以上かつ14質量%以下)、残部を20〜75μm(20μmより大きく、かつ75μm未満)とすることが好ましい。より好ましくは、75μm以上が3.0質量%以下、20μm以下が5〜12質量%(5質量%以上かつ12質量%以下)である。粒子径が75μm以上の金属粉末は、燃焼反応が弱く、配合量が多くなると燃焼継続性が低下するため、5質量%以下とすることが好ましい。20μm以下の金属粉末が3質量%未満である場合も、燃焼反応が弱くなり燃焼継続性が低下するため好ましくない。20μm以下の金属粉末が14質量%を超えると、粉体流動性が低下して脈動を引き起こして逆火の危険性が大きくなるため好ましくない。
【0043】
(結晶化促進剤)
本発明に係る溶射材料では、リチウムを含有する珪酸塩(以下、Li含有珪酸塩という。)又はリチウムを含有する珪酸塩鉱物(以下、Li含有珪酸塩鉱物という。)の結晶化促進剤を必要に応じて配合できる。結晶化促進剤を適当量添加することで、溶射後速やか(補修施工後の被施工体の冷却中)に結晶化させ、被施工体との膨張乖離に起因した施工体の被施工体から剥離を回避することができる。
【0044】
Li含有珪酸塩としては、例えば、珪酸リチウムを使用することができる。また、Li含有珪酸塩鉱物としては、例えば、スポジュメン(LiAlSi
2O
6)、ペタライト(LiAlSi
4O
10)、ユークリプタイト(LiAlSiO
3)、レピドライト(LiKAl
2F
2Si
3O
9)等を使用することができる。これらの中でも、スポジュメン、ペタライトは工業的に比較的安価に入手可能であり、経済的である。なお、これらの、Li含有珪酸塩、Li含有珪酸塩鉱物は単体で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0045】
結晶化促進剤を添加する場合の添加量は、酸化物(Li
2O)換算で、主原料の全量に対して外掛けで、0.2〜0.7質量%(0.2質量%以上かつ0.7質量%以下)である。添加量がLi
2O換算で0.2質量%未満であると、十分な結晶化促進効果が得られない。一方、添加量がLi
2O換算で0.7質量%を超えると、融液中のアルカリ濃度が高くなることで粘性が低下して溶射体が流下するため好ましくない。Liを含有する結晶化促進剤の粒径は特には限定されないが、溶射時に速やかに融解して結合相と混ざるためには最大粒子径が1.0mm以下とすることが望ましい。
【0046】
(点火促進剤)
本発明に係る溶射材料では、金属シリコン粉末の酸化反応に必要な初期の熱量を補助する機能を有する金属粉末の点火促進剤を必要に応じて配合できる。点火促進剤を配合することにより、被施工体温度が800℃以下の比較的低温である場合でも、溶射開始時の点火を促進することができる。
【0047】
このような金属粉末としては、例えば、鉄粉、マンガン粉、バナジウム粉、マグネシウム粉、チタン粉、あるいはこれらの合金の粉末等を好適に使用することができる。これらの金属粉末は、単体で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。点火促進剤は発火点が300〜800℃であれば使用できるが、発火点が400℃以下である鉄粉が最も好ましく使用できる。
【0048】
点火促進剤を添加する場合の添加量は、主原料の全量に対して外掛けで0.1〜1.5質量%(0.1質量%以上かつ1.5質量%以下)であることが好ましい。添加量が0.1質量%未満であると、点火促進剤の添加効果(点火促進効果)が十分得られなくなる。一方、添加量が1.5質量%より多いと、シリカの結晶化を阻害する上、爆発や逆火等の作業上の危険性が高まるため好ましくない。また、点火促進剤として金属粉末の粒子径は100μm以下であることが好ましい。粒子径が100μmより大きいと反応性が乏しくなり、点火促進の効果が得られなくなるからである。
【0049】
(燃焼補助剤)
本発明に係る溶射材料では、溶射材料の燃焼中に酸素を供給して、被施工体上で、燃焼剤である金属シリコン粉末を酸化させる機能を有する燃焼補助剤を必要に応じて配合することができる。燃焼補助剤は、金属シリコンに付着していると、被施工体に付着した際の受熱により酸素供給源となる金属酸化物の粉末からなる。
【0050】
このような金属酸化物としては、例えば、遷移金属酸化物、特に、第一遷移金属酸化物(酸化スカンジウム、酸化チタン、酸化バナジウム、酸化クロム、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化銅)を好適に使用することができる。これらの金属酸化物は、金属シリコンに付着していると、被施工体上における燃焼中に自身の酸化数を低下させることで金属シリコンを酸化する。燃焼剤である金属シリコン粉末が酸化されるため、被施工体上での燃焼が継続されることになる。なお、これらの金属酸化物は、単体で添加されてもよく、2種以上が組み合わされて添加されてもよい。金属シリコン粉末を効率よく酸化させる観点からは、酸化鉄(Fe
2O
3)が、金属シリコン粉末が酸化されて生成したシリカガラスに固溶した場合に酸素透過速度を上昇させる効果もあるため特に好適に使用できる。
【0051】
燃焼補助剤を添加する場合の添加量は、主原料の全量に対して外掛けで0.3〜2.0質量%(0.3質量%以上かつ2.0質量%以下)である。添加量が0.3質量%より少ないと燃焼剤の燃焼継続効果が少なくなる。また、添加量が2.0質量%より多いと、不純物が多くなり、組成が変化し過ぎて熱膨張特性等の設計特性が発揮できなくなるため好ましくない。また、金属酸化物粉末の粒子径は100μm以下であることが好ましい。粒子径が100μmより大きいと反応性が乏しくなり、燃焼の継続性を向上する効果が得られなくなる。
【0052】
(その他の添加物)
上述の各成分に加えて、本発明の効果を阻害しない範囲において、流動性改善や鉱物組成の調整を目的として、ヒュームドシリカや、マグネシウム、カルシウム、鉄から選択された元素の酸化物、炭化物、窒化物等を添加することもできる。
【実施例】
【0053】
以下に実施例及び比較例を提示して、本発明の溶射材料を説明する。
【0054】
表1、表2に示す配合割合で溶射材料を作成し、各溶射材料を使用した溶射施工により形成した施工体を評価した。各溶射材料で使用した耐火性粉末は珪石である。各溶射材料で使用した金属シリコン粉末のSi純度は97%である。各溶射材料で使用したウォラストナイトは組成がCaO45質量%、SiO
252質量%であり、粒子径は125μm以下である。なお、耐火性粉末の粒子径及び金属シリコン粉末の粒子径は、表1、表2中に示している。表1、表2において、「1000−2000」は、1000μmより大きく、かつ2000μm以下を意味する。「600−1000」は、600μmより大きく、かつ1000μm以下を意味する。「200−600」は、200μmより大きく、かつ600μm以下を意味する。「−200」は、200μm以下を意味する。また、「75−」は、75μm以上、を意味する。「20−75」は、20μmより大きく、かつ75μm未満を意味する。「−20μm」は、20μm以下を意味する。
【0055】
溶射施工は、各溶射材料4kgを、エジェクタ式の溶射装置を用いて、被溶射体に吹き付けることで実施した。搬送ガスは純度100%の酸素とし、流量は32Nm
3/hとした。材料供給速度は95〜105kg/hである。ランスは2mのものを使用し、先端ノズル径はφ14とした。被溶射体として、230×230×30mmのシャモットれんが(耐火度SK36)を炉の中に配置し、炉の中の雰囲気温度を約1000℃に加熱した後、炉を開放し、れんがの表面温度が約700℃に冷却されたときに、かまぼこ状に溶射施工を行った。
【0056】
評価は、各溶射材料による施工体に関して溶射作業性として、点火性、燃焼継続性、溶融度合い、付着率について行った。また、施工体物性として施工体の熱膨張率を測定し、珪石れんがの熱膨張率との一致に関して評価した。各評価の結果は、表1、表2中に記載している。
【0057】
点火性は、溶射施工開始時の点火性を、目視観察により評価した。「○」は速やかに点火し材料が付着し始めたことを示し、「△」は点火したものの燃焼が弱かったことを示している。
【0058】
燃焼継続性は、溶射施工時の燃焼継続性を、目視観察により評価した。「○」は失火の気配がなく燃焼時の光が強いまま燃焼が継続したことを示し、「△」は失火の気配がないものの燃焼時の光が弱かったことを示している。
【0059】
溶融度合いは、施工中の様子と切断面観察より評価した。「○」は施工中に垂れずに施工体中の溶射層間が緻密となって一体化し層間の判別が不明になっていたことを示し、「△」は施工体中に垂れなかったが施工体中の溶射層間が一体化していたものの層間の判別がついたことを示し、「×」は焼結促進不足に起因して溶射層間が一体化していなかったことを示し、「××」は溶融過多のため施工中に垂れてしまったことを示す。なお、「△」の評価のうち、過溶融気味であったものは「▲」で示している。
【0060】
付着率は、溶射試験後に被施工体に付着した材料を採取して重量を測定し、先端ノズルから吐出した溶射材料の重量に対する当該付着質量の割合を算出している。
【0061】
珪石れんがとの熱膨張の一致は、施工体が冷えた状態で、施工体から円柱状の試料を切出して当該試料の熱間線膨張率を測定し、当該熱間線膨張率と珪石れんがの熱間線膨張率とを400〜1300℃の範囲で比較し、その乖離具合をもって評価した。「○」は乖離が0.05%未満で実用上全く問題がないことを示し、「△」は乖離が0.05%以上0.10%未満で実用上問題のない程に一致することを示し、「×」は、0.10%以上乖離し実用上問題が懸念されることを示している。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
表1に示す各実施例は、珪石からなる耐火性粉末と金属シリコン粉末とウォラストナイトからなる主原料100質量%において、金属シリコン粉末の含有量が10〜20質量%であり、ウォラストナイトの含有量が、0.1〜9.0質量%である配合である。また、添加剤として、結晶化促進剤である粒子径が1.0mm以下のスポジュメン、点火促進剤である粒子径が100μm以下の鉄粉、燃焼補助剤である粒子径が100μm以下の酸化第二鉄(酸化鉄(III))粉末を、適宜、添加している。なお、スポジュメン、鉄粉、酸化第二鉄粉末の添加量は、主原料全量に対する外掛けで規定している。また、スポジュメンの配合量は、酸化物(Li
2O)換算で記載している。以下、各配合について簡単に説明する。
【0065】
実施例1〜実施例4及び実施例9〜実施例10は、ウォラストナイトの配合量をそれぞれ変更している。実施例5〜実施例8は、実施例4の配合において、スポジュメンの配合量、酸化第二鉄粉末の配合量、鉄粉の配合量、珪石の粒度配合をそれぞれ変更している。実施例11〜実施例12は、実施例1の配合において、耐火性粉末と金属シリコン粉末との配合割合をそれぞれ変更している。実施例13〜実施例14は、実施例10の配合において、耐火性粉末と金属シリコン粉末との配合割合をそれぞれ変更している。
【0066】
表1に示すように、いずれも点火性、燃焼継続性、溶融度合い、付着率、珪石れんがとの熱膨張の一致の各評価項目において、良好な結果が得られていることが理解できる。珪石れんがとの熱膨張の一致を示す一例として、
図1に、実施例4として示す溶射材料の熱膨張特性と珪石れんがの熱膨張特性とを示す。
図1において、横軸が温度に対応し、縦軸が線膨張率に対応する。また、
図1では、本発明に係る溶射材料の熱膨張特性を実線で示すとともに、珪石れんがの熱膨張特性を破線で示している。400〜1300℃の範囲において、良好な一致を示していることが理解できる。
【0067】
続いて、比較例について説明する。比較例1は、実施例1〜実施例4及び実施例9〜実施例10の配合との対比において、ウォラストナイトを添加していない(配合量ゼロ)配合である。この配合では、溶融不足になり緻密性が低下し、付着率も低下した。
【0068】
比較例2〜比較例5は、実施例1〜実施例4及び実施例9〜実施例10の配合との対比において、ウォラストナイトに代えてMgO質粉又はCaO質粉を添加した配合である。なお、MgO質粉は純度97%で粒子径が150μm以下のものを使用し、CaO質粉は純度97%で粒子径が125μm以下のものを使用している。これらの配合では、珪石れんがとの熱膨張の一致の評価項目において不一致であった。
【0069】
比較例6〜比較例9は、実施例1〜実施例4及び実施例9〜実施例10の配合との対比において、ウォラストナイトの配合量を変更している。比較例6及び比較例7はウォラストナイトの配合量が適正量より少ない場合であり、溶融不足になって緻密性が低下し、付着率も低下した。また、比較例8及び比較例9はウォラストナイトの配合量が適正量より多い場合であり、溶融過多となり垂れたような施工体になった。
【0070】
以上のように、溶射材料を、耐火性粉末と、燃焼剤としての金属粉末と、ウォラストナイトの混合物で構成することにより、熱膨張が珪石れんがと一致する緻密な施工体を形成することができる。また、ウォラストナイトは比較的安定であるため炭酸塩や水和物を生じることがなく、点火性や燃焼継続性を低下させることもない。その結果、作業時間が不要に長時間になることを抑制でき、施工コストの上昇を防止することができる。また、施工作業者が高温で粉塵の多い環境に曝される時間が不要に長時間になることもない。さらに、多量の点火促進剤を添加することなく点火性と燃焼継続性が確保できるため、安全性も確保することができる。加えて、溶射層間の一体性を向上させるために多量のMgOやCaOを添加する必要がなく、耐用性が低下することもない。