【文献】
TORU KUBO et al.,Serum Cardiac Troponin I is Related to Increased Left Ventricular Wall Thickness, Left Ventricular Dysfunction, and Male Gender in Hypertrophic Cardiomyopathy,Clinical Cardiology,2010年,Vol.33,No.2,E1-E7
【文献】
FRANCESCA MALLAMACI et al.,Diagnostic value of troponin T for alterations in left ventricular mass and function in dialysis patients,Kidney International,2002年,Vol.62,pp.1884-1890
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0018】
診断方法
したがって本発明は、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントおよび場合により1種類以上の他の心不全マーカーの濃度と、対照試料におけるこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度との比較に基づいて、対象において一般に心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する方法に関する。
【0019】
本発明のこの方法は、下記の段階を含むことができる:a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そしてc)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量、たとえば対照試料において確立したこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度と比較することにより、機能および/または構造の異常を診断する。
【0020】
したがって本発明は、対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する方法を提供し、この方法は下記の段階を含む:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、機能および/または構造の異常を診断する。
【0021】
一般に、その対象は心不全に罹患していない;すなわち、患者はその心筋に永久的な構造または機能の損傷を生じていない。好ましくは、対象は心不全のリスク因子を保有する。これらは当業者に既知であり、たとえば高血圧症および糖尿病を含む。同様に好ましくは、対象は心不全の顕性の徴候および/または症状を示していない。最も好ましくは、対象はLVHを示していない。
【0022】
好ましくは、対象は高血圧症、糖尿病、肥満症、メタボリックシンドローム、および/または喫煙歴を伴う(すなわち、喫煙歴をもつ)。特に好ましい態様において、対象は高
血圧症および/または糖尿病に罹患している。
【0023】
好ましくは、心不全および/または左心室肥大に先立つ心臓の構造および/または機能の異常は、左心室構造変化、中隔径増大、後壁径増大、および拡張期機能不全から選択される異常である。
【0024】
好ましくは、対象は雌性である。
したがって本発明は、特に、高血圧症、糖尿病、肥満症、メタボリックシンドロームに罹患しており、および/または喫煙歴をもつ対象において、心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常を診断する方法であって、下記の段階を含む方法に関する:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、機能および/または構造の異常を診断する;
その際、対象は、好ましくは左心室肥大を示しておらず、
その際、心不全および/または左心室肥大に先立つ心臓の構造および/または機能の異常は、左心室構造変化、中隔径増大、後壁径増大、および拡張期機能不全から選択される異常を含む。
【0025】
鑑別方法
他の態様において、本発明は、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントおよび場合により1種類以上の他の心不全マーカーの濃度と、対照試料におけるこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度との比較に基づいて、心不全を発症するリスク因子を保有するだけの対象と、リスク因子を保有するだけでなく心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を既に伴う対象とを鑑別する方法に関する。
【0026】
本発明のこの方法は、下記の段階を含むことができる:a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そしてc)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量、たとえば対照試料において確立したこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度と比較することにより、機能および/または構造の異常を評価する。
【0027】
したがって本発明は、心不全を発症するリスク因子を保有するだけの対象と、リスク因子を保有するだけでなく、左心室肥大に先立つ、および/または心不全に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常をも既に伴う対象とを鑑別する方法を提供し、この方法は下記の段階を含む:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、それらの対象(すなわち、心不全を発症するリスク因子を保有するだけの対象と、リスク因子を保有するだけでなく心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を既に伴う対象)を鑑別する。
【0028】
一般に、その対象(すなわち、リスク因子を保有する個体、ならびに/あるいは心不全
に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う個体)は心不全に罹患していない;すなわち、患者はその心筋に永久的な構造または機能の損傷を生じておらず、その健康を完全に回復できると予想され、ACC/AHA分類法の病期CまたはDに分類されない。心不全のリスク因子は当業者に既知であり、たとえば高血圧症および糖尿病を含む。同様に好ましくは、対象は心不全の顕性の徴候および/または症状を示していない。最も好ましくは、対象はLVHを示していない。
【0029】
好ましくは、心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の構造および/または機能の異常は、左心室構造変化、中隔径増大、後壁径増大、および拡張期機能不全から選択される異常である。
【0030】
したがって本発明はまた、心不全を発症するリスク因子を保有するだけの対象と、リスク因子を保有するだけでなく、心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常を既に伴う対象とを鑑別する方法であって、下記の段階を含む方法に関する:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、それらの対象を鑑別する;
その際、対象は、好ましくは左心室肥大を示しておらず、
その際、心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の構造および/または機能の異常は、左心室構造変化、中隔径増大、後壁径増大、および拡張期機能不全から選択される異常を含む。
【0031】
本発明はまた、対象が心不全に罹患するリスクを予測する方法および手段を提供する。好ましくは、対象は心不全を発症するリスク因子を保有し、好ましくは病期Aに分類される対象である。本発明は、好ましくは、左心室肥大(LVH)が顕性になる前に心不全のリスクを予測する方法および手段を提供する。
【0032】
本発明はまた、病期Bに入ろうとしている病期A(ACC/AHA分類法)の対象であって、その時点では左心室肥大が顕性でなく(すなわち、たとえば心エコー検査またはECGによって同定できない)、その後の数カ月または数年以内に左心室肥大へ進行するリスクが高い対象を診断する方法および手段を提供する。
【0033】
リスク因子を保有する個体は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常に向かう生理的変化、好ましくは左心室拡張期機能不全、または左心室駆出分画(LVEF)が保存された左心室拡張期機能不全を生じている可能性がある。心不全に先立つこれらの心臓の機能および/または構造の異常が本発明により診断される;それについてはより詳細に後記の節に説明する。
【0034】
リスク因子を保有する個体は、特に、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常に向かう生理的変化であってLVHが顕性でないもの、好ましくはLVHを伴わない心室構造変化、特にLVHを伴わない左心室拡張期機能不全を生じている可能性があるが、心筋、心外膜(epicardium)、心臓弁または冠循環の機能および/または構造の損傷を生じている可能性もある。心不全に先立つこれらの心臓の機能および/または構造の異常であって、ただしLVHが顕性でないものが、本発明の方法により診断される;それについてはより詳細に後記の節に説明する。
【0035】
他の態様において、本発明は、心臓の機能および/または構造の異常の早期診断の結果として抗高血圧症薬による処置についてこれらの対象を層別し、これによりLVHが顕性になる前に(特に、たとえば心エコー検査またはECGによってLVHを目視できるようになる前ですら)心不全を予測する方法および手段を提供する。
【0036】
対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴うならば、本発明の方法および手段によって直接かつ簡単に診断できる。特に本発明は、後記に定める対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常を、特に左心室肥大LVHが顕性になる前に有利に診断できる。したがって本発明はまた、心不全を発症するリスク因子(心不全を発症するリスク因子を保有する対象)と心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常とを鑑別する方法を提供する。
【0037】
本発明の方法および手段により、心不全を発症するリスク因子を保有する個体が心不全に罹患するリスクを予測できる。特に、本発明は左心室肥大(LVH)が顕性になる前に心不全のリスクを有利に予測できる。さらに本発明の方法は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の診断結果として、LVHが顕性になる前に心不全のリスクをもつ対象の療法を適応させることができる。
【0038】
本発明の他の方法には、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴うと同定された個体の療法を決定し、その療法をモニタリングする方法が含まれる。これらの態様は、本発明の全体を調べることによって明らかになるであろう。明確にするために、本発明の好ましい態様を含めて、独立請求項の形態で予め示した本発明の方法(心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断すること、ならびに心臓の機能および/または構造の異常を伴う個体とリスク因子を保有するだけの個体とを鑑別すること)に関してその原理を以下に示す。別に記載しなければ、これらの原理および態様は、本発明に属する他の方法にも適用される。
【0039】
一般的定義
心不全は、ニューヨーク心臓協会(NYHA)に従った機能分類体系に分類できる。NYHAクラスIの患者は、心血管疾患の明らかな症状を伴わないが、既に機能障害の客観的な証拠を伴う。身体活動は制限されず、通常の身体活動で過度の疲労、動悸、または呼吸困難(息切れ)を生じることはない。NYHAクラスIIの患者は、身体活動がわずかに制限される。その患者らは安静状態では快適であるが、通常の身体活動で過度の疲労、動悸、または呼吸困難を生じる。NYHAクラスIIIの患者は、顕著な身体活動制限を示す。その患者らは安静状態では快適であるが、通常より少ない活動で過度の疲労、動悸、または呼吸困難を生じる。NYHAクラスIVの患者は、不快感なしに何ら身体活動を行なうことができない。その患者らは安静状態で心不全の症状を示す。心不全、すなわち心臓の収縮期および/または拡張期の機能不全は、たとえば心エコー検査、血管造影、シンチグラフィー、または磁気共鳴イメージングによっても判定できる。この機能障害は前記に概説した心不全の症状(NYHAクラスII〜IV)を伴う可能性があるが、ある患者らは有意の症状を示さない場合がある(NYHA I)。
【0040】
本発明は、HF症候群の発症に関係する4病期を同定する、より最近の心不全ACC/AHA分類法(冒頭部分を参照)について述べる。最初の2病期(AおよびB)はHFではないことが明らかであるが、HFを発症するリスクをもつ患者をヘルスケア提供者が早期に同定するのを補助するためのものである。病期AおよびBの患者は、明らかにHF発症の素因をもつリスク因子を伴う者と定義するのが最も良い。次いで病期Cは、根底にある構造性心疾患に関連する現在または過去のHFの症状を伴う患者を表わす;病期Dは真に難治性のHFを伴う患者を表わし、その患者らは特別な進歩した処置方策、たとえば機械的循環支持、体液除去を促進する措置、連続的変力性注入、あるいは心臓移植または他
の革新的もしくは試験的外科措置を受けるか、あるいは終末期ケア、たとえばホスピスを受けるのが適切であろう。この分類法は、HFの発症には樹立したリスク因子および構造前提条件があること、またLVの機能不全または症状の出現前ですら療法介入を導入することにより集団のHFの罹病率および死亡率を低下させうることを認識している。
【0041】
種々の病期の定義は下記のとおりである(成人の慢性心不全の評価および管理のためのACC/AHA指針から採用; J. Am. Coll. Cardiol. 2001; 38; 2101-2113)。下記に
は、各病期に分類されるであろう個体の病態生理学的状態に関する病期および例の記載が含まれる。
【0042】
病期A:
定義:HFの発症と強く関連する状態の存在のため、HFを発症するリスクが高い患者。そのような患者は、心膜、心筋、冠循環または心臓弁の構造または機能の異常が同定されず、HFの徴候または症状を示したことがない。
【0043】
例:全身性高血圧症;冠動脈疾患;糖尿病;心臓毒薬療法歴またはアルコール中毒歴;リウマチ性発熱の個人歴;心筋障害の家族歴。
病期B:
定義:HFの発症と強く関連する構造性心疾患を発症しているが、HFの徴候または症状を示したことがない患者。
【0044】
例:左心室の肥大または線維症;左心室の拡張または収縮性低下;無症候性心臓弁膜症;以前の心筋梗塞。
病期C:
定義:根底にある構造性心疾患に関連する現在または以前のHFの症状を伴う患者。
【0045】
例:左心室収縮期機能不全による呼吸困難または疲労感;以前のHFの症状に対する処置を受けている無症候性患者。
病期D:
定義:最大限の薬物療法にもかかわらず進行した構造性心疾患および安静時にHFの顕著な症状を伴い、特別な介入を必要とする患者。
【0046】
例:HFのため頻繁に入院しているか、あるいは安全に退院できない患者;心臓移植を待っている入院患者;家庭で症状緩和のために連続的に静脈内支持を受けているか、あるいは機械的循環補助装置により支持されている患者;HFの管理のためにホスピス施設にいる患者。
【0047】
以上に詳述したACC/AHA病期A、B、CおよびDを、本発明に関して“病期A”、“病期B”、“病期C”、および“病期D”と呼ぶ。
本発明に関して、一般に心不全の発症と関連するリスク因子をもつけれども心膜、心筋、心臓弁または冠循環の構造または機能の異常が同定されない病期Aの対象は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常をもたない対象である。HFの発症と強く関連しかつ一般にそれに先立つ機能性および/または構造性心疾患を発症しているけれどもHFの徴候または症状を示したことがない病期Bの対象は、心筋、心外膜、心臓弁または冠循環の機能および/または構造の損傷をもつ対象である。本発明は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常(初期の病期B)を、またLVHに先立つもの(後期の病期B)ですら、有利に診断できる。本発明はまた、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常(初期の病期B)と、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の後期の異常(後期の病期B)とを鑑別できる。
【0048】
心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常
本発明の方法に関して、心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常を診断すべきである。本明細書中で用いる用語“異常”は、好ましくは“少なくとも1つの異常”を意味するものとする。したがって、本明細書に記載する方法に関して、1つの異常または1より多い異常を診断できる。
【0049】
用語“心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常”は、一般に心不全の前に起きる(すなわち、それらは一般に心不全に先立つ)ことが当技術分野で知られている、心筋の幾つかの病的状態に関する。心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常は、本発明の意味において、一般に心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の無症候性の異常である。心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常は、根底にある原因を除いた後に、または鍛錬運動により、消失する場合がある。心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常、特に心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の無症候性の異常は、心不全にまで進展する場合もある。
【0050】
本発明において用いる用語“心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常”は、心筋、心外膜、冠循環または心臓弁の機能および/または構造の変化、ならびに/あるいは機能および/または構造の損傷に関連し、心臓の機能異常および/または心臓の構造異常とみなすべきである。心臓の機能異常の例は、ポンピングまたは充満能の障害、しばしば収縮期または拡張期障害である。心臓の構造異常の例は、左心室の幾何学的形状の変化である。しばしば、心臓の構造および/または機能の異常/障害は根底にある原因が治療された場合は(たとえば、適切に処置された場合は)可逆性であり、心筋に対して心不全に典型的な構造または機能の永久的な損傷を残すことはない(すなわち、病期Bに分類された個体が病期Aに戻る可能性がある)。心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常をもつ個体は、心不全の徴候を示していない(したがって、その個体は好ましくは見掛け上は健康である)。
【0051】
心不全はしばしば左心室の幾何学的形状の変化で始まり、収縮期および拡張期の両方の機能が変化する可能性がある(左心室機能不全LVD)。LVDは収縮期LVDと拡張期LVDに下位分類される。LVDが進行して、心室壁が肥厚した左心室肥大(LVH)になる場合がある。
【0052】
左心室機能不全は心筋に対する負荷または傷害で始まり、一般に進行性プロセスであり、LVの幾何学的形状および構造の変化を生じる。心室は拡張および/または肥大して、より球状になる。このプロセスは一般に心臓リモデリングと呼ばれる。心室のサイズおよび構造のこの変化は、その(損傷を受けた)心臓の壁に対する血流負荷を増大させ、それの機械的性能を低下させる。さらに、これによって僧帽弁を通る逆流が増大して、リモデリングプロセスが持続または増悪する可能性もある。心臓リモデリングは一般に症状の発現(これには数カ月、または数年すらかかる場合がある)に先立って起き、症状が現われた後も継続し、実質的に症状の悪化に関与する。冠動脈疾患、糖尿病、高血圧症、または心房細動発生も、HFの進行に関与する可能性がある。
【0053】
本発明の方法に関して、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を、対象が左心室肥大に罹患する前ですら診断できる。したがって、本発明の方法は、心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の構造異常を診断できる。用語“左心室肥大”は当技術分野で周知である。左心室肥大に関する総説は、たとえばテキスト中に見ることができる(参照:Swamy Curr Cardiol Rep (2010) 12: 277-282)。LVHは、心電
図検査、心エコー検査、または心臓の磁気共鳴イメージング(MRI)により検出できる。好ましくは、LVHは心エコー検査により検出される。さらに、LVHの診断基準は当技術分野で周知である(Mancia et al., European Heart J. 2007, 28: 1462, Die Innere
Medizin: Referenzwerk fur den Facharzt - Wolfgang Gerok - 2007, page 293., Swamy Curr Cardiol Rep (2010) 12: 277-282)。
【0054】
LVHの診断には、好ましくは中隔径、左心室後壁厚および拡張終期径の測定が含まれ、左心室質量を当技術分野で既知の方程式に従って計算する。LVHを診断するための特に好ましい基準は、たとえば指針に示されている(Mancia et al., European Heart J. 2007, 28: 1462)。
【0055】
好ましくは、コーネル(Cornell)電圧基準、コーネル積基準、ソコロウ−リオン(Sokolow-Lyon)電圧基準、またはロムヒルト−エステス(Romhilt-Estes)採点方式を用いる(Mancia et al., European Heart J. 2007, 28: 1462)。
【0056】
本明細書中で用いる用語“左心室肥大”(“LVH”と略称)は、好ましくは心室壁の肥厚に関する。LVHは、好ましくは、心臓に対する作業負荷の慢性的な増大に対する応答である。LVHは動脈性高血圧症に罹患している患者にみられ、処置を必要とする疾患である。本発明に関して、心臓の機能および/または構造の異常は、一般に左心室肥大および/または心不全に先立って起きる。
【0057】
全身血管抵抗性の亢進に関連する後負荷増大に対する応答としての肥大は、ある点までは必然的かつ防御的である。その点を越えると、冠動脈拡張能の低下、左心室壁の力学的作用の抑制、および左心室拡張期充満パターンの異常を含めたさまざまな機能不全がLVHに随伴する。
【0058】
好ましくは、雄性対象は、左心室質量と体表面積の比が112g/m
2より大きければ、またはより好ましくはこの比が125g/m
2より大きければ、LVHを示している(したがって、好ましくはLVHに罹患している)。好ましくは、雌性対象は、左心室質量と体表面積の比が89g/m
2より大きければ、またはより好ましくはこの比が110g/m
2より大きければ、LVHを示している(したがって、好ましくはLVHに罹患している)(たとえば、Drazner MH, Dries DL, Peshock RM, Cooper RS, Klassen C, Kazi F., Willett D, Victor RG. Left ventricular hypertrophy is more prevalent in blacks
than whites in the general population: the Dallas Heart Study. Hypertension. 2005 46: 124 -129を参照)。
【0059】
本発明の方法に関して、用語LVDは求心性肥大または遠心性肥大をも含むことができる。
動脈性高血圧症の処置がLVHを退縮させるであろうということは知られている。抗高血圧症薬による処置がLVHを退縮させることが示された。退縮に伴って、左心室機能が通常は改善され、心血管罹病率が低下する。
【0060】
本発明は、本明細書の他の箇所に詳述した心不全発症に対する少なくとも1つのリスク因子を保有することが分かっており、かつ心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常状態に入っている対象に関する。機能および/または構造の異常は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期または後期の異常であってもよい。
【0061】
本発明のある態様において、個体は以前に病期Aに分類され、そして心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常状態(後期の病期B)に入っている。好ましい態様において、その個体は心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常状態(初期の病期B)に入ろうとしている。
【0062】
病期B
したがって本発明の方法は、一般に左心室肥大に先立つ、および一般に心不全に先立つ、心臓の機能および/または構造の何らかの異常を伴う個体を同定でき、これには進行した病期Bに典型的な進行した構造性心疾患を伴う者が含まれる。
【0063】
心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常状態に入っている個体は、心不全に先立って起きることが知られている下記の心臓の構造異常のうち1以上に罹患することにより、一般に心不全にまで進行する。下記のリストには、心臓の機能および/または構造の初期または後期の異常が含まれる。これらの個体は、好ましくはACC/AHA分類法のクラスBに属し、これには初期および後期の病期Bが含まれる:収縮期および拡張期不整;心室の幾何学的ゆがみ;左心室拡張;心臓リモデリング;左心室肥大;求心性肥大、左心室線維症;左心室収縮性低下;無症候性心臓弁疾患;限局性の壁運動異常、左心室収縮期機能不全、好ましくはLVEF≦50%;左心室の拡張期機能不全(DD)、好ましくはLV拡張終期充満圧の増大を伴わない異常な弛緩としての軽度のDD(E/A比低下<0.75)、またはLV拡張終期充満圧の増大を伴う異常な弛緩としての中等度もしくは偽正常”DD(E/A 0.75〜1.5,減速時間>140ミリ秒、および増大したLV拡張終期充満圧の他の2つのドップラー指数);駆出分画が保存された心筋機能不全、6分間歩行テストによる心機能不全、心臓カテーテル導入で検出できる心機能不全としてのDD;以前の心筋梗塞。
【0064】
好ましくは、本明細書に述べる心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常は、機能および/または構造の初期の異常(初期)である。好ましくは、心臓の機能および/または構造の初期の異常(初期)は、心不全および左心室肥大に先立って起きる。
【0065】
本発明に関して、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常を伴う個体(好ましくは、初期の病期B)は、一般に下記の心臓の機能および/または構造の異常のうち少なくとも1つに罹患している:心筋、心外膜、心臓弁または冠循環の機能および/または構造の損傷;ポンピングまたは充満能の障害、しばしば収縮期または拡張期障害;左心室の幾何学的形状の変化;心室の幾何学的ゆがみに関連する高血圧症;左心室構造変化に関連する高血圧症であって、発症しつつあるかまたは発症した左心室肥大を伴わないもの、好ましくは中隔径増大(または中隔拡張)に関連する高血圧症であって肥大を伴わないもの;後壁径増大に関連する高血圧症、求心性増大した心筋拡張に関連する高血圧症、遠心性増大した心筋拡張に関連する高血圧症、無症候性の拡張期左心室機能不全であって、左心室駆出分画(LVEF)が保存されたもの、特にLVEFが>50%のもの。
【0066】
好ましい態様において、心不全および/または左心室肥大に先立つ心臓の機能および/または構造の異常は、下記のものから選択される少なくとも1つの異常である:
・左心室構造変化、
・中隔径増大(および/または中隔拡張)、特に中隔径増大(または中隔拡張)に関連する高血圧症、
・後壁径増大、特に後壁径増大に関連する高血圧症、および
・拡張期機能不全、特に駆出分画が保存されたもの。
【0067】
好ましくは、拡張期機能不全は、左心室駆出分画(LVEF)が保存された、特にLVEFが>50%の、無症候性の拡張期左心室機能不全である。
したがって、心不全および/または左心室肥大に先立つ好ましい構造異常は、左心室構造変化、中隔径増大(および/または中隔拡張)、および後壁径増大から選択される。
【0068】
したがって、心不全に先立つ好ましい機能異常は、拡張期機能不全、特に駆出分画が保存された拡張期機能不全である。
好ましくは、中隔壁が11mmより厚ければ中隔径は増大している(および/または中
隔が拡張している)。より好ましくは中隔壁の厚さが11mmより大きく、ただし16mmより小さければ、または最も好ましくは厚さが12〜16mmであれば、中隔径は増大している(および/または中隔が拡張している)。
【0069】
好ましくは、後壁が11mmより厚ければ後壁径は増大している。より好ましくは後壁の厚さが11mmより大きく、ただし16mmより小さければ、または最も好ましくは厚さが12〜16mmであれば、後壁径は増大している。
【0070】
本発明の好ましい態様において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常(初期の病期B)をもつ患者は、心不全に罹患する下記のリスク因子を示す:喫煙歴、肥満症、メタボリックシンドローム、1型および2型糖尿病、動脈性高血圧症。したがって、対象は好ましくは高血圧症、糖尿病、肥満症、メタボリックシンドロームおよび/または喫煙歴を伴う(したがって、喫煙歴をもつ)。
【0071】
特に好ましい態様において、対象は高血圧症および/または糖尿病に罹患している。
拡張期機能不全
本発明の好ましい態様において、本方法は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常(初期の病期B)をもつ個体において、無症候性の拡張期機能不全を診断できる。その個体は、収縮期機能不全にも罹患している可能性がある。さらに、その個体は、左心室の形態変化を伴う可能性がある。好ましくは、拡張期機能不全に罹患している個体は、左心室駆出分画LVEFが低下してはいない(すなわち、その個体はLVEFが保存されている)。好ましい1態様において、拡張期機能不全に罹患している個体は収縮期機能不全に罹患していない。その個体は、特に左心室肥大LVHに罹患していない。
【0072】
本発明のよりさらに好ましい態様において、上の節に詳述したように、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常(初期の病期B)をもち、かつ拡張期機能不全に罹患している患者は、心不全に罹患する下記のリスク因子のうち少なくとも1つを示す:喫煙歴、肥満症、メタボリックシンドローム、1型および2型糖尿病、動脈性高血圧症、特に動脈性高血圧症。
【0073】
心不全
心不全は、心臓が十分な量の血液を全身に充満またはポンピングする能力を損なう、心臓の構造または機能の何らかの障害から生じる可能性がある状態である。心不全は慢性疾患である;それは特に急性心血管事象(心筋梗塞など)後に起きる可能性があり、あるいはそれはたとえば心筋組織の炎症性または変性性変化の結果として起きる可能性がある。
【0074】
心臓の機能および/または構造の異常ならびに心不全は、特にその状態が“軽度”であると考えられる場合は診断されないままであることがしばしばある。しかし、心不全を伴う患者は、その健康を完全には回復できないであろう。最良の療法を受けたとしても、心不全は約10%の年間死亡率を伴う。
【0075】
本明細書中で用いる用語“心不全”は、当業者に既知である顕性の心不全徴候を随伴する心臓の収縮期および/または拡張期の機能不全に関する。好ましくは、本明細書中に述べる心不全は慢性心不全でもある。本発明による心不全には、顕性および/または進行した心不全が含まれる。顕性心不全では、対象は当業者に既知である心不全の症状を示す。
【0076】
本明細書中で用いる用語“心不全”は、ACC/AHA分類法の病期CおよびDを表わす;これらの病期では、対象は心不全の典型的な症状を示し、すなわち対象は健康でないことが明らかである。心不全を伴い、病期CおよびDに分類される対象は、その心筋に永久的な不可逆性の構造および/または機能の変化を生じており、これらの変化の結果とし
て、完全な健康回復は不可能である。ACC/AHA分類法の病期C、またはさらにはDに達している対象は、病期B、またはさらにはAに戻る可能性はない。
【0077】
心不全に典型的な、心筋に対する永久的な構造または機能の損傷は当業者に知られており、さまざまな分子心臓学的リモデリングプロセス、たとえば間質性線維症、炎症、浸潤、瘢痕形成、アポトーシス、壊死を含む。
【0078】
間質性線維症のため硬化した心室壁は、拡張期機能不全における不適切な心室充満の原因である。心筋に対する永久的な構造または機能の損傷は、心筋細胞の機能不全または破壊により引き起こされる。心筋細胞およびそれらの構成要素が炎症または浸潤によって損傷を受ける可能性がある。毒素および薬理作用物質(たとえば、エタノール、コカイン、およびアンフェタミン類)は、細胞内損傷および酸化的ストレスを引き起こす。損傷の一般的な機序は、梗塞および瘢痕形成を引き起こす虚血である。心筋梗塞の後、死んだ心筋細胞は瘢痕組織で置き換えられ、心筋の機能に有害な作用を及ぼす。心エコー図上に、これは壁の運動の異常または不在として現われる。
【0079】
HFの発現(症状)は呼吸困難および疲労感ならびに体液貯留であり、これらは肺うっ血および末梢浮腫に至る可能性があり、身体検査における典型的な徴候は浮腫および水泡音である。HFに関する単一の診断試験はない;それは多くの場合、病歴および身体の慎重な検査に基づく臨床診断だからである。
【0080】
HFの臨床症候群は心膜、心筋、心内膜(endocardium)、または大血管の障害から生じ
る可能性があるが、HFを伴う大部分の患者はLV心筋機能の損傷を受けている。心不全は、たとえば正常なLVサイズおよび保存されたEFから、重篤な拡張および/または顕著に低下したEFにまで及ぶ、広域のLV機能異常を随伴する可能性がある。多くの患者において、収縮期および拡張期機能不全の異常が共存する。正常なEFをもつ患者は、低下したEFをもつ患者とは異なる自然病歴をもち、異なる処置方策を必要とする可能性がある。
【0081】
LVHについてみられる収縮期および拡張期の機能のさまざまな変異は、明らかにうっ血性心不全(CHF)にまで進行する可能性がある。
収縮期および拡張期心不全は、当業者に既知の方法、好ましくは心エコー検査、特に組織ドップラー心エコー検査(TD)により診断できる。
【0082】
一般に、収縮期心不全は、左心室駆出分画(LVEF)の低下によって顕性になる。本発明のある態様において、本明細書中で用いる心不全は、50%未満の左心室駆出分画(LVEF)または<15%の中壁分割短縮(midwall fractional shortening)(MFS)
を伴う。
【0083】
拡張期心不全(DHF)は、心不全患者全体の50%以上を占めると推定され、正常LVEF駆出分画を伴う心不全(HFNEF)とも呼ばれる。HFNEFの診断には下記の条件を満たすことが要求される:(i)心不全の徴候または症状;(ii)正常または軽度に異常な収縮期LV機能;(iii)拡張期LV機能不全の証拠。正常または軽度に異常な収縮期LV機能は、LVEF>50%とLV拡張終期指数(LV end-diastolic volume
index)(LVEDVI)<97mL/m
2の両方を意味する。拡張期LV機能不全は、
好ましくは組織ドップラー(TD)により診断され、その際、E/E’比>15は拡張期LV機能不全の診断証拠とみなされる(Eは初期僧帽弁流速であり;E’は初期TD延長速度である)。TDが拡張期LV機能不全を示唆するE/E’比(15>E/E’>8)を示せば、拡張期LV機能不全の診断証拠を得るために追加の非侵襲性調査が要求される(たとえば、外側僧帽弁輪(lateral mitral annulus)のドップラー、僧帽弁または肺静脈
のドップラー、LV質量指数または左心房体積指数のエコー測定、心房細動の心電図証拠)。拡張期LV機能不全に関するより詳細な情報については、欧州心臓学会、心不全および心エコー検査協会(Heart Failure and Echocardiography Associations of the European Society of Cardiology)による、正常な左心室駆出分画を伴う心不全の診断に関する
合意声明が参照される;European Heart Journal 2007, 28, 2359-2550。
【0084】
リスク因子
一般に、本発明の方法を実施する前に、各個体を心不全を発症するリスク因子について診断する。
【0085】
リスク因子は当業者に既知であり、下記を含む:高血圧症;年齢、収縮期および拡張期高血圧症;冠動脈疾患(CAD);たとえば心臓、脳、腎臓、血管の非顕性臓器損傷;肥満症、好ましくは肥満指数BMI<25kg/m
2と規定される肥満症;脂肪過多症;メタボリックシンドローム;1型または2型の糖尿病、特に2型糖尿病;ミクロアルブミン尿症を伴う1型糖尿病、喫煙;血管再生歴;心臓毒薬療法歴またはアルコール中毒歴;異脂肪血症;総コレステロール、総コレステロール/HDLコレステロール比、リウマチ性発熱の個人歴;心筋障害の家族歴。
【0086】
前記のリストがすべてではないことを理解すべきである。より徹底的なリスク因子引用は、2007 Guidelines for the Management of Arterial Hypertension, European Heart Journal (2007) 28, 1462-1536中にみられ、これをリスク因子に関して全体として本明細書に援用する;特に表1、2および3、ならびに
図1。
【0087】
個々のリスク因子は、CVDのリスクおよび致命的なアテローム硬化事象発症のリスクを含み、これはSCORE方式を用いて計算される;これは欧州高血圧症学会(European Society of Hypertension) (European Society of Hypertension Scientific Newsletter
2010, 11, No 48)から得られる。推奨される高血圧症のESC採点方式に従って、リス
ク因子の数およびレベルに基づいて異なるリスクグループを形成し(低、低〜中...)、それに従って療法を適応させる。European Society of Hypertensio Scientific Newsletter 2010, 11, No 48の記載内容を全体として本明細書に援用する。
【0088】
本明細書中で用いる用語“非顕性臓器損傷”は、臓器の病態生理学的状態(損傷)を表わす。この用語は当業者に知られている。非顕性臓器損傷は、さまざまな理由により、たとえば前記に詳述した心不全を生じるリスク因子により引き起こされる可能性がある;特に、動脈性高血圧症は臨床症状を発現せず、確立された診断方法を参照しなければ当業者が認識できない(たとえば、心臓肥大、軽度のアルブミン尿症、脈波伝播速度)。より詳細な非顕性臓器損傷の定義については、European Heart Journal (2007) 28, 1462-1536
が参照され、これをリスク因子に関して全体として本明細書に援用する;特にchapter 3.6;box 7を含む。
【0089】
前記のリストがすべてではないことを理解すべきである。さらに、各個体が1つのリスク因子、または2つもしくはそれ以上のリスク因子を示す可能性がある。たとえば、糖尿病は一般にCADおよび/または高血圧症を誘発することが知られている;冠動脈疾患は糖尿病の存在に関係なく、しばしば高血圧症に至る。
【0090】
前記に詳述した1つ以上のリスク因子を伴い、心不全の症状をもたない(見掛け上は健康)個体は、その個体において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常が診断されない場合、一般に好ましくはACC/AHAの病期Aに分類されるであろう。
【0091】
前記の基準は多様に解釈できるわけではなく、個体の分類は検査を実施する医師に応じ
て異なる可能性があるのを留意することが重要である。個体をACC/AHA分類法の病期A(ならびに、病期B、CおよびD)に分類するための第1基準は、患者の記述である(指針の元の刊行物から採用した前記のACC/AHA分類法の定義を参照)。元の刊行物を調べることによって明らかになるように、各病期のリスク因子/病態生理学的状態についての例は網羅的ではあり得ない。これは、本発明に関して、ある個体が保有するリスク因子がその指針に明白に引用されていない場合ですら、その個体は一般に好ましくはACC/AHAの病期Aに分類されるであろうということを意味する。
【0092】
本発明のある態様において、心不全を発症するリスク因子を保有する個体は、本発明による方法を実施する前にACC/AHAの病期Aに分類された個体である。病期Aに分類された個体は、ACC/AHAの病期Bに属する病態生理学的状態に向かう生理学的変化(すなわち、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常)を生じている可能性がある。本発明に関して、この状態は“心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常”(初期の病期B)と呼ばれ、“心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の後期の異常”(後期の病期B)とは異なる。好ましくは、その個体は明瞭な心不全の症状を示していない。その個体が左心室肥大を示していなければさらに好ましい(すなわち、その個体は見掛け上は健康である)。
【0093】
好ましくは、その個体は、心不全の、より好ましくは左心室肥大の、明瞭なまたは顕性の徴候を示してない(すなわち、その個体は見掛け上は健康である)ので、起きている可能性がある生理学的変化は、当技術分野で既知の方法(それらは面倒で経費が高く、かつ時間がかかる)で、または本発明の方法で、詳細な診断を実施しなければ診断されない。
【0094】
好ましくは、その対象は高血圧症、特に動脈性高血圧症に罹患している。本発明に関して、高血圧症に罹患している個体は“高血圧症の個体”と呼ばれるであろう。高血圧症は当業者に既知のいかなる形態の高血圧症であってもよい。限定ではない例には、その心血管リスクプロフィールのため指針の推奨に従った抗高血圧症薬物療法に適した対象、および既に抗高血圧症薬物療法を受けている対象が含まれる。これに関して、2007 Guidelines for the Management of Arterial Hypertension, European Heart Journal (2007) 28,
1462-1536、およびEuropean Society of Hypertension Scientific Newsletter 2010, 11 , No 48)が参照される。
【0095】
本発明の好ましい態様において、個体は動脈性高血圧症、収縮期および拡張期高血圧症に罹患している。高血圧症は、前記に述べた他の1以上のリスク因子を伴う可能性がある。したがって、心不全のリスク因子を保有する対象は、前記に述べた他の1以上のリスク因子を伴う高血圧症に罹患している可能性がある。しかし、その対象が高血圧症にだけ罹患していることも考慮される。
【0096】
本発明の他の好ましい態様において、個体は糖尿病、特に2型糖尿病に罹患している。本発明のさらに他の好ましい態様において、個体は肥満症に罹患している。本発明のさらに他の好ましい態様において、個体はメタボリックシンドロームに罹患している。本発明のさらに他の好ましい態様において、個体はEuropean Society of Hypertensionのリスクチャートに従った低い、中等度、高い、またはきわめて高いリスクを伴う。
【0097】
リスク因子の診断は、一般に当業者に既知の方法により行なわれる;一般に、心臓聴診、および/またはECG、および/または胸部X線撮影、および/または心エコー検査、組織ドップラー心エコー検査、冠動脈カテーテル導入、血圧の測定、脈波速度の測定、内膜(intina media)厚さの測定、糖尿病の判定、メタボリックシンドロームの判定、肥満指数の決定、喫煙習慣の判定、総コレステロールの測定、LDLコレステロールの測定、血糖値の測定、European Society of Hypertensionのリスクチャートに従った、ならびにGu
idelines for the Management of Arterial Hypertension, European Heart Journal (2007) 28, 1462-1536およびEuropean Society of Hypertension Scientific Newsletter 2010, 11 , No 48)に従った心血管リスクプロフィールの判定。
【0098】
好ましい態様において、前記に引用した1以上の追加の診断段階は、本発明の一部である;すなわち、これらの追加段階は、心臓性トロポニンまたはそのバリアントを心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の診断に利用する本発明の方法に加えて実施できる。これは本発明の他の方法にも適用される。
【0099】
したがって本発明は、当業者に既知の方法(単数または複数)による心不全を発症するリスク因子の診断、ならびにさらに少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントおよび場合により1種類以上の他の心不全マーカーの濃度と、対照試料におけるこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度との比較に基づいて、対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する方法に関する。
【0100】
本発明のこの方法は、下記の段階を含むことができる:a)当業者に既知の方法(単数または複数)により心不全を発症するリスク因子を診断する;b)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;c)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そしてd)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量、たとえば対照試料において確立したこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度と比較することにより、機能および/または構造の異常を評価する。
【0101】
したがって本発明は、対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する方法を提供し、この方法は下記の段階を含む:
a)当業者に既知の方法(単数または複数)により心不全を発症するリスク因子を診断する;
b)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
c)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
d)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、機能および/または構造の異常を評価する。
【0102】
当業者に既知の方法は下記のものである:心臓聴診、および/またはECG、および/または胸部X線撮影、および/または心エコー検査、組織ドップラー心エコー検査、冠動脈カテーテル導入、血圧の測定、脈波速度の測定、内膜厚さの測定、糖尿病の判定、メタボリックシンドロームの判定、肥満指数の決定、喫煙習慣の判定、総コレステロールの測定、LDLコレステロールの測定、血糖値の測定、European Society of Hypertensionのリスクチャートに従った、ならびにGuidelines for the Management of Arterial Hypertension, European Heart Journal (2007) 28, 1462-1536およびEuropean Society of Hypertension Scientific Newsletter 2010, 11 , No 48)に従った心血管リスクプロフィー
ルの判定。
【0103】
前記の方法において、段階a)と段階b)、または段階a)と段階b)〜d)を同時に(すなわち、同じ時点で)、または連続的に(すなわち、異なる時点で)実施できる。これらの段階を連続的に実施する場合、それらの段階間の時間間隔は対象の病態生理学的状態が変化する可能性があるのに十分なほど長くない。
【0104】
本発明によれば、心臓性トロポニンまたはそのバリアント、特にトロポニンTまたはそ
のバリアントの濃度の増大は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の指標となる。その対象は心不全を発症するリスク因子を保有し、好ましくは無症候性の対象であり、より好ましくは左心室機能不全(LVD)、より好ましくは拡張期左心室機能不全、よりさらに好ましくは左心室収縮期機能が保存された拡張期左心室機能不全に罹患している。特に、その個体はLVHを発症していない(すなわち、LVHは顕性ではない)。心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアント、またはトロポニンIもしくはそのバリアント、特にトロポニンTもしくはそのバリアントの濃度の低下は、心疾患が存在しないことの指標となる。
【0105】
上記によれば、≧(等しいか、またはより高い)約5.0pg/mL、好ましくは≧約6.0pg/mL、特に≧約7,0pg/mLのトロポニンT濃度は、増大したトロポニンT濃度であり、これは上記の節に述べたように、心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常の指標となる。さらに、約3.3pg/mLと等しいかまたはより高い、好ましくは約3.5pg/mLと等しいかまたはより高いトロポニンT濃度は、増大したトロポニンT濃度であり、これは上記の節に述べたように、心不全および/または左心室肥大に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の指標となる。
【0106】
さらに、好ましくは0.2〜9.0pg/mLと等しいかまたはより高い、あるいはより好ましくは約9pg/mLと等しいかまたはより高いトロポニンI濃度は、増大したトロポニンI濃度であり、これは上記の節に述べたように、心不全および/または左心室肥大に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の指標となる。上記濃度より低い心臓性トロポニン、好ましくはトロポニンTまたはIの濃度は、心不全および/または左心室肥大に先立つ心臓の機能および/または構造の異常が存在しないことの指標となる。
【0107】
本発明に関して実施した試験において、心臓性トロポニン、特にトロポニンTの量より少なくとも20%、またはより好ましくは少なくとも30%多い心臓性トロポニン、特にトロポニンTの増加は、心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常を診断するための指標となることが、予想外に見出された。本発明に関して用いる用語の説明によれば、“減少(低下)した”または“増加(増大)した”は、好ましくはある健康な個体/対象からの、および/または複数の健康な個体/対象からの試料中のマーカーの量/濃度に対して、好ましくは少なくとも10%、少なくとも20%、好ましくは少なくとも30%の増加(増大)または減少(低下)を表わす。実施例1に記載したグループ1〜3に属する対象には、基準量に対するNt−ProBNPの増加はみられなかった。
【0108】
本発明に関して実施した研究で、さらに、雌性対象に由来する試料における、健康な雌性対象(または健康な雌性対象のグループ)の試料中の心臓性トロポニン、特にトロポニンTの量より少なくとも30%、またはより好ましくは少なくとも50%多い心臓性トロポニン、特にトロポニンTの増加は、心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常を診断するための指標となることが、予想外に見出された。
【0109】
トロポニンTの量を測定する場合、カットオフとして用いられる基準量は、好ましくは2〜14pg/mlの範囲内である。よりさらに好ましくは、トロポニンについてカットオフとして用いられる基準量は3.2〜4pg/mlである。カットオフ量として使用できる特に好ましいトロポニンTの基準量は、好ましさが増大する順に3.2、3.4および4.2pg/mlである。カットオフとして使用できる好ましいトロポニンIの基準量は9.0pg/mlである。基準量より多い、対象の試料中、好ましくは血清または血漿中の心臓性トロポニンの量は、好ましくは心不全に先立つ、および/または左心室肥大に
先立つ、心臓の機能および/または構造の異常を診断するための指標となる。基準量より少ない、対象の試料中、好ましくは血清または血漿中の心臓性トロポニンの量は、好ましくはその対象が心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常をもたないことを示す。
【0110】
上記の数値は、実施例中で“方法”に詳述するように、Rocheの電気化学発光ELISAサンドイッチ試験Elecsys Troponin T hs(high sensitive、高感度)STAT(Short Turn Around Time、短ターンアラウンド時間)アッセイ法を用いて確立された。
【0111】
さらに、前記の各バイオマーカーは統計学的に互いに独立していることが見出された。
本発明は、心不全に対するリスク因子を保有する対象がリスク因子を保有するだけなのか、あるいはそのリスク因子が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常にまで進展しているかどうかを診断または評価できる方法に関する。
【0112】
前記に詳述した心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴い、心不全の症状をもたない(見掛け上は健康な)個体は、その個体に心不全が診断されない場合は、一般に好ましくはACC/AHAの病期Bに分類される。
【0113】
前記の基準は多様に解釈できるわけではなく、個体の分類は検査を実施する医師に応じて異なる可能性があるのを留意することが重要である。ACC/AHAの病期B(ならびに、病期A、CおよびD)の個体の分類に関する第1基準は、患者の記述である(指針の元の刊行物から採用した前記のACC/AHA分類法の定義を参照)。元の刊行物を調べることによって明らかになるように、各病期のリスク因子/病態生理学的状態についての例は網羅的ではあり得ない。これは、本発明によれば、ある個体が保有する心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常がその指針に明白に引用されていない場合ですら、その個体は一般に好ましくはACC/AHAの病期Bに分類されるであろうということを意味する。
【0114】
本発明に関して測定されるタンパク質は、対象の単一試料、または多様な試料、たとえば2、3、4もしくは5つの試料において測定できる。試料は、同一時点または異なる時点で得ることができる。たとえば、試料は患者の療法の前および/または途中および/または後に採集することができる。
【0115】
好ましくは、心臓性トロポニンはトロポニンTもしくはそのバリアントまたはトロポニンIもしくはそのバリアント、特にトロポニンTまたはそのバリアントである。
本発明の他の態様において、心臓性トロポニンから選択したマーカーのほかに少なくとも1種類のマーカー、すなわち少なくとも1種類の他の心不全マーカーを本発明の方法に使用する。この少なくとも1種類の心不全マーカーは、GDF−15およびそのバリアントならびにIGFBP7およびそのバリアントから選択される。本発明のある態様において、心臓性トロポニンはトロポニンTおよびそのバリアントならびにトロポニンIおよびそのバリアントから選択され、特に心臓性トロポニンはトロポニンTまたはそのバリアントである。本発明の1態様において、下記のマーカーを共に測定する:心臓性トロポニンはトロポニンTおよびそのバリアントならびにトロポニンIおよびそのバリアントから選択され、特に心臓性トロポニンはトロポニンTまたはそのバリアントである;GDF−15またはそのバリアント;ならびにIGFBP7またはそのバリアント。
【0116】
本明細書中で用いる用語“診断すること”は、ある対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴うかどうかを判定、同定、評価または分類することを意味する。用語“診断すること”は、心不全を発症するリスク因子を保有するだけの対象、また
は心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を既に伴う対象を鑑別することをも表わす。
【0117】
対象がACC/AHAの病期Aに分類された場合、その対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴っているか、あるいは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を発現しようとしているかを診断する方法は、当業者に知られている。この診断は一般に経費が高く、時間がかかり、医療の手腕および経験を必要とする。評価の方法は当業者に既知であり、一般に病歴を基礎とし、評価にはさらに診断装置/器具を用いる検査(心臓聴診、ECG、心エコー検査、胸部X線撮影、放射性核種イメージング、心室造影、CTスキャン、MRIおよび/または負荷試験、冠血管造影、超音波検査、冠動脈カテーテル導入)が含まれる。原因を判定するために必要に応じて他の試験を実施できる。処置は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の個々のタイプおよび重症度に依存する。
【0118】
たとえば、左心室肥大の予診は、通常は身体検査の結果に基づいて実施できる。聴診器で聴く心音が通常は特徴的である。心エコー検査はその診断を確定するための最良の方法である。心電図検査法(ECG)および胸部X線撮影法も役立つ。侵襲措置である心臓カテーテル導入は、外科処置を考慮している場合にのみ、心室腔内の圧力を測定するために実施される。
【0119】
前記に挙げた診断方法は、指示したマーカーの測定に基づく本発明の方法と共に、補足的/補助的に使用できる。
本発明に用いるマーカー(ペプチド)は、本発明の他の態様において、当業者に既知の一般的な診断方法によって確立した診断を確定するために、あるいはその逆のために使用することもできる。したがって、本発明はまた、本発明に用いるマーカーの濃度を測定し、これらを対照試料中のそのマーカーの濃度と比較し、そして技術水準に従った方法により得られた診断を確定し、または確定しないことによって、本発明に用いるマーカーの測定に基づくものではない診断または一部がそれに基づく診断を確定する方法に関する。
【0120】
確定
他の態様において、本発明は、対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を確定する方法であって、当業者に既知の方法(単数または複数)による心不全を発症するリスク因子の診断、ならびにさらに少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントおよび場合により1種類以上の他の心不全マーカーの濃度と対照試料におけるこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度との比較に基づく方法に関する。
【0121】
本発明のこの方法は、下記の段階を含むことができる:a)当業者に既知の方法(単数または複数)により心不全を発症するリスク因子を診断する;b)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;c)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そしてd)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量、たとえば対照試料において確立したこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度と比較することにより、機能および/または構造の異常を確定する。
【0122】
したがって本発明は、対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を確定する方法を提供し、この方法は下記の段階を含む:
a)当業者に既知の方法(単数または複数)により心不全を発症するリスク因子を診断する;
b)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
c)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
d)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、機能および/または構造の異常を確定する。
【0123】
当業者に既知の方法は一般に診断装置/器具を使用し、下記のものから選択される:経静脈心内膜心筋生検、心臓カテーテル導入、心臓聴診、ECG、心エコー検査、胸部X線撮影、放射性核種イメージング、心室造影、CTスキャン、MRIおよび/または負荷試験、冠血管造影、超音波検査。
【0124】
前記の方法において、段階a)と段階d)、または段階a)〜c)と段階d)を同時に(すなわち、同じ時点で)、または連続的に(すなわち、異なる時点で)実施できる。これらの段階を連続的に実施する場合、それらの段階間の時間間隔は対象の病態生理学的状態が変化する可能性があるのに十分なほど長くない。
【0125】
既に前記に述べたように、1より多い病的機序が対象の病的な左心室肥大の発生の原因である可能性がある。
リスク予測
他の態様において、本発明は、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントおよび場合により1種類以上の他の心不全マーカーの濃度と、対照試料におけるこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度との比較に基づいて、対象が心不全、または心不全に先立つそれぞれの心血管事象および腎事象に罹患するリスクを予測する方法を提供する。
【0126】
本発明のこの方法は、下記の段階を含むことができる:a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そしてc)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量、たとえば対照試料において確立したこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度と比較することにより、対象が心不全または心血管事象および腎事象に罹患するリスクを予測する。
【0127】
したがって本発明は、対象が心不全、または心不全に先立つそれぞれの心血管事象および腎事象に罹患するリスクを予測する方法を提供し、この方法は下記の段階を含む:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、それらの対象が心不全または心血管事象および腎事象に罹患するリスクを予測する。
【0128】
上記の予測方法は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する任意段階bb)を含むことができる。この段階bb)は、好ましくは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の初期にみられるものを含めて、前記に示したいずれかの心疾患を同定することができる。
【0129】
本発明の好ましい態様において、心不全に罹患するリスクを判定される個体は、LVHが顕性ではない個体である。
LVHの前に予測する方法
したがって、他の態様において本発明は、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントおよび場合により1種類以上の他の心不全マーカーの濃度と、対照試料におけるこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度との比較に基づいて、対象において左心室肥大(LVH)が顕性になる前に心不全のリスクを予測する方法を提供する。
【0130】
本発明のこの方法は、下記の段階を含むことができる:a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そしてc)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量、たとえば対照試料において確立したこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度と比較することにより、対象が心不全に罹患するリスクを予測する。
【0131】
したがって本発明は、対象において左心室肥大(LVH)が顕性になる前に心不全のリスクを予測する方法を提供し、この方法は下記の段階を含む:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、それらの対象が心不全に罹患するリスクを予測する。
【0132】
対象は、好ましくは心不全のリスク因子、たとえば高血圧症および糖尿病を保有する。同様に好ましくは、対象は心不全の顕性の徴候および/または症状を示していない。
拡張期機能不全
本発明の好ましい態様において、前記方法は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常(初期の病期B)をもち、かつ無症候性の拡張期機能不全に罹患している個体において、心不全に罹患するリスクを予測できる。その個体は、収縮期機能不全に罹患している可能性もある。さらに、その個体は、左心室に形態変化を伴っている可能性がある。好ましくは、拡張期機能不全に罹患している個体は左心室駆出分画LVEF低下を伴っていない(すなわち、その個体はLVEFが保存されている)。好ましい1態様において、拡張期機能不全に罹患している個体は収縮期機能不全に罹患していない。その個体は、特に左心室肥大LVHに罹患していない。
【0133】
上記方法のよりさらに好ましい態様において、上の節に詳述したように、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常(初期の病期B)をもち、および/または拡張期機能不全に罹患している患者は、心不全に罹患する下記のリスク因子を示す:喫煙歴、肥満症、メタボリックシンドローム、1型および2型糖尿病、動脈性高血圧症、特に動脈性高血圧症。
【0134】
拡張期機能不全を伴う対象における予測の場合、本発明による予測方法は、(無症候性)拡張期機能不全を診断する任意段階bb)を含むことができる。この段階bb)は、好ましくは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の初期にみられるものを含めて、前記に示した心臓の機能および/または構造の何らかの異常を同定することができる。
【0135】
拡張期機能不全を伴う個体はその拡張期機能不全の結果として心不全に罹患する素因をもつことが当技術分野で知られている。これはたとえば下記に発表されている; Med Clin
North Am. 2009 May; 93(3) :647-64; Am J Hypertens. 2001 Feb; 14(2). 106-13; Hypertension. 2002; 40: 136-14。
【0136】
初期の病期Bの予測
本発明の好ましい態様において、前記方法は、好ましくは心不全を発症するリスク因子をもつ個体(病期A)が、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常(病期B)および/または左心室肥大に先立つ異常に罹患するリスクを予測できる。上記方法の好ましい態様において、リスク因子をもつ個体が左心室機能不全、特に拡張期機能不全に罹患するリスクを予測する。好ましくは、拡張期機能不全に罹患している個体は左心室駆出分画LVEF低下を伴っていない(すなわち、その個体はLVEFが保存されている)。好ましい1態様において、拡張期機能不全に罹患している個体は収縮期機能不全に罹患していない。上記方法の他の好ましい態様において、左心室の構造変化を生じるリスクを予測する。特に、その個体がLVHに罹患する前にリスクを予測する(すなわち、好ましくは心不全を発症するリスク因子をもつ個体(病期A)が、一般に心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常(初期の病期B)、左心室肥大に先立つ異常(後期の病期B)に罹患するリスクを予測する)。
【0137】
上記方法のよりさらに好ましい態様において、上の節に詳述したように、心不全を発症するリスク因子をもつ(病期A)か、または心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う(病期B)個体は、心不全に罹患する下記のリスク因子を示す:喫煙歴、肥満症、メタボリックシンドローム、1型および2型糖尿病、動脈性高血圧症、特に動脈性高血圧症。
【0138】
拡張期機能不全を伴う対象における予測の場合、本発明による予測方法は、(無症候性)拡張期機能不全を診断する任意段階bb)を含むことができる。この段階bb)は、好ましくは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の初期にみられるものを含めて、前記に示した心臓の機能および/または構造の何らかの異常を同定することができる。
【0139】
雌性対象がLVHに罹患するリスクを予測する方法
本明細書中に示す定義および説明は、好ましくは下記にも適用される:
さらに、本発明は、雌性対象が左心室肥大に罹患するリスクを予測する方法に関連し、この方法は下記の段階を含む:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、それらの対象が左心室肥大に罹患するリスクを予測する。
【0140】
本発明の方法は、好ましくはエクスビボ方法である。さらにそれは、前記に明白に述べた段階に追加した段階を含むことができる。たとえば、追加段階は試料の前処理、またはその方法により得られた結果の評価に関するものであってもよい。前記方法は、手動で実施するか、あるいは自動化により支援することができる。好ましくは、それらの段階は全体または一部を自動化により、たとえば測定に適したロボット装置およびセンサー装置または前記の比較に基づくコンピューター処理比較により、支援することができる。より好ましくは、前記方法は全体が自動化方式で実施される。そのような場合、段階c)で確立する予後結果は、それをたとえば医療担当者が最終的な臨床予後の確立のための補助として使用できるように、適切な出力フォーマットで作成される。
【0141】
前記の本発明方法に関して、雌性対象がLVHに罹患するリスクが予測されるはずであ
る。本明細書中で用いる用語“リスクを予測する”は、好ましくは、本明細書中に述べる雌性対象が左心室肥大に罹患する確率を評価することを表わす。より好ましくは、ある時間ウィンドウ内で左心室肥大に罹患するリスク/確率を予測する。本発明の好ましい態様において、この予測ウィンドウは、好ましくは少なくとも6か月、少なくとも9か月、少なくとも1年、少なくとも2年、少なくとも3年、少なくとも4年、少なくとも5年、少なくとも10年、少なくとも15年の期間、またはいずれかの周期的範囲である。本発明の特に好ましい態様において、この予測ウィンドウは、好ましくは10年、またはより好ましくは5年の期間である。好ましくは、予測ウィンドウは被験試料を入手した時点から計算される。
【0142】
当業者に理解されるように、前記の予測は通常は被分析対象の100%について正確であることを意図するものではない。ただし、この用語はその評価が統計的に有意な部分の被分析対象について有効であることを要求する。ある部分が統計的に有意であるかどうかは、当業者が多様な周知の統計学的評価ツール、たとえば信頼区間の決定、p値の決定、スチューデントのt検定、マン−ホイットニー(Mann-Whitney)検定などを用いて、さらに苦労することなく判定できる。詳細はDowdy and Wearden, Statistics for Research, John Wiley & Sons, New York 1983中にみられる。好ましい信頼区間は少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、または少なくとも99%である。
【0143】
用語“予測する”は、好ましくは対象が左心室肥大(左心室肥大という用語は本明細書中の他の箇所に定義されており、したがってその定義を適用する)に罹患するリスクをもつかあるいはリスクをもたないかを評価することに関する。好ましくは、雌性のリスクが対象の集団における平均リスクと比較して高いリスクであるかまたは低いリスクであるかを評価すべきである。本明細書中で用いる用語“左心室肥大に罹患するリスクを予測する”は、本発明の方法により分析すべき対象を、左心室肥大に罹患するリスクをもつ対象のグループまたは左心室肥大に罹患するリスクをもたない対象のグループのいずれかに割り当てることを意味する。本発明に従って述べる左心室肥大に罹患するリスクをもつとは、好ましくは左心室肥大に罹患するリスクが高い(好ましくは、予測ウィンドウ内で)ことを意味する。好ましくは、そのリスクは雌性対象のコホート、特に心不全に罹患する少なくとも1つのリスク因子(好ましくは、その被験対象と同じリスク因子(単数または複数))を保有する対象のコホートにおける平均リスクと比較して高い。本発明に従って述べる左心室肥大に罹患するリスクをもたない対象は、好ましくは左心室肥大に罹患するリスクが低い(好ましくは、予測ウィンドウ内で)。好ましくは、そのリスクは雌性対象のコホート、特に心不全に罹患する少なくとも1つのリスク因子(好ましくは、その被験対象と同じリスク因子(単数または複数))を保有する対象のコホートにおける平均リスクと比較して低い。左心室肥大に罹患するリスクをもつ対象は、5年の予測ウィンドウ内で左心室肥大に罹患するリスクが、好ましくは10〜20%またはそれ以上、より好ましくは20%またはそれ以上である。左心室肥大に罹患するリスクをもたない対象は、好ましくは10年の予測ウィンドウ内で、左心室肥大に罹患するリスクが好ましくは10%未満、より好ましくは5%未満、またはそれ以下である。
【0144】
用語“対象”は、本明細書中の他の箇所に記載されている。したがってその定義を適用する。前記方法に従った対象は、雌性対象のはずである。
前記方法の好ましい態様において、検査すべき雌性対象は心不全に罹患する少なくとも1つの(したがって、1つまたは1つより多い)リスク因子を示す。特に、検査すべき雌性対象は、喫煙歴、肥満症、メタボリックシンドローム、1型および2型糖尿病、ならびに高血圧症、特に動脈性高血圧症からなる群から選択される少なくとも1つのリスク因子を示す。したがって雌性対象は、好ましくは高血圧症(特に動脈性高血圧症)、糖尿病、肥満症、メタボリックシンドロームおよび/または喫煙歴を伴う(したがって、対象は喫
煙歴をもつ)。特に好ましい態様において、心不全の少なくとも1つのリスク因子を保有する雌性対象は、高血圧症(特に動脈性高血圧症)および/または糖尿病に罹患している。
【0145】
用語“基準量”は、本明細書中の他の箇所に記載されている。したがってその定義を適用する。さらに、本明細書中で前記方法に関して用いる用語“基準量”または“基準値”は、LVHに罹患するリスクを予測できるポリペプチドの量を表わす。
【0146】
したがって、基準量は一般に、LVHに罹患するリスクをもつことが分かっている対象、またはLVHに罹患するリスクをもたないことが分かっている対象に由来するであろう。
【0147】
好ましくは、検査すべき雌性対象に由来する試料から測定した心臓性トロポニンまたはそのバリアントの量の増加は、その雌性対象がLVHに罹患するリスクをもつことを示す。同様に、検査すべき雌性対象に由来する試料から測定したGDF−15またはそのバリアントおよびIGFBP7またはそのバリアントの量の増加は、LVHに罹患するリスクの指標となる。好ましくは、基準量に対比して増加した量は、LVHに罹患するリスクの指標となる。
【0148】
たとえば、対照グループまたは対照集団において測定した心臓性トロポニンまたはそのバリアント、GDF−15またはそのバリアント、およびIGFBP7またはそのバリアントの量を用いて、カットオフ量または基準範囲を確立する。そのようなカットオフ量を超える量または基準範囲およびそれの高い方の端の外側の量を、増加しているとみなす。
【0149】
1態様において、固定されたカットオフ値を確立する。そのようなカットオフ値は目的とする診断質問に適合するように選択される。
前記方法に関して、用語“減少した”および“増加した”は、好ましくは対象の集団における平均量、特に中央量に対比して増加または減少している量を表わすことができる。好ましくは、その集団は健康な対象の集団である。
【0150】
好ましくは、雌性対象の試料において、LVHに罹患するリスクをもたない雌性対象(または雌性対象のグループ)の試料中の心臓性トロポニン、特にトロポニンTの量より少なくとも30%、またはより好ましくは少なくとも50%多い心臓性トロポニン、特にトロポニンTの量は、その雌性対象がLVHに罹患するリスクをもつことを示す。LVHに罹患するリスクをもたない対象は、好ましくは心不全に先立つ、および/または左心室肥大(この用語の定義については、他の箇所を参照)に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常をもたない対象である。その対象は、少なくとも1つの心不全のリスク因子を保有する可能性がある(したがって、本明細書中の他の箇所に記載した病期Aにある)。しかし、好ましくはLVHに罹患するリスクをもたない対象は健康な対象である。好ましくは、試料は血清または血漿の試料である。
【0151】
したがって、基準量は健康な雌性対象(またはそのグループ)に由来する。好ましくは、健康な雌性対象における量(または健康な雌性対象のグループにおける中央量)と比較して少なくとも30%、またはより好ましくは少なくとも50%の心臓性トロポニン(特にトロポニンT)の増加は、その対象が左心室肥大に罹患するリスクの指標となる。
【0152】
トロポニンTの量を測定する場合、カットオフとして用いられる基準量は、好ましくは2〜14pg/mlの範囲内である。よりさらに好ましくは、トロポニンTについてカットオフとして用いられる基準量は3.2〜4pg/mlである。カットオフ量として使用できる特に好ましいトロポニンTの基準量は、好ましさが増大する順に3.2、3.4お
よび4.2pg/mlである。カットオフ量として使用できる好ましいトロポニンIの基準量は0.2〜9.0pg/mlの範囲内である。カットオフ量として使用できるさらに好ましいトロポニンIの基準量は9.0pg/mlである。基準量より多い、雌性対象の試料、好ましくは血清または血漿中の心臓性トロポニンの量は、好ましくはその対象がLVHに罹患するリスクをもつことを示す。基準量より少ない、雌性対象の試料、好ましくは血清または血漿中の心臓性トロポニンの量は、好ましくはその対象がLVHに罹患するリスクをもたないことを示す。
【0153】
IGFBP7の量を測定する場合、カットオフとして用いられる基準量は、好ましくは33.3pgml〜46.2pg/mlの範囲内である。よりさらに好ましくは、IGFBP7についてカットオフとして用いられる基準量は42.6〜46.2pg/mlの範囲内である。カットオフ量として使用できる特に好ましいIGFBP7の基準量は、好ましさが増大する順に42.6pg/mlおよび46.2pg/mlである。
【0154】
本発明の方法および使用の態様において、GFBP7を心臓性トロポニンの代わりに単一のマーカーとして用いることもできる(したがって、TGFBP7が好ましくは心臓性トロポニンの代わりとなる)。
【0155】
他の態様において、本発明は、対象において心不全を診断する方法を提供し、この方法は下記の段階を含む:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、心不全を評価する。
【0156】
本発明の方法は、好ましくはインビトロ方法である。好ましくは、対象から得た試料において少なくとも1種類のマーカーの濃度を測定する。さらにそれは、前記に明白に述べた段階に追加した段階を含むことができる。たとえば、追加段階は試料の前処理、またはその方法により得られた結果の評価に関するものであってもよい。本発明の方法は、対象のモニタリング、確定、および下位分類にも使用できる。前記方法は、手動で実施するか、あるいは自動化により支援することができる。好ましくは、その対象の少なくとも1つの試料において少なくとも1種類の心臓性トロポニンの濃度を測定する段階、こうして前段階で測定したマーカー(単数または複数)の濃度を対照試料において確立したこのマーカーの濃度と比較する段階、および/または診断/鑑別/予測の段階は、全体または一部を自動化により、たとえば適切なロボット装置およびセンサー装置により支援することができる。
【0157】
当業者に理解されるように、そのような評価は通常は同定すべき対象のすべて(100%)について正確であることを意図するものではない。ただし、この用語は統計的に有意な部分の対象(たとえば、コホート試験のコホート)を同定できることを要求する。ある部分が統計的に有意であるかどうかは、当業者が多様な周知の統計学的評価ツール、たとえば信頼区間の決定、p値の決定、スチューデントのt検定、マン−ホイットニー検定などを用いて判定できる。詳細はDowdy and Wearden, Statistics for Research, John Wiley & Sons, New York 1983中にみられる。好ましい信頼区間は少なくとも90%、少なくとも95%、少なくとも97%、少なくとも98%、または少なくとも99%である。p値は、好ましくは0.1、0.05、0.01、0.005または0.0001である。より好ましくは、ある集団の少なくとも60%、少なくとも70%、少なくとも80%、または少なくとも90%の対象を本発明の方法によって適正に同定できる。
【0158】
用語“個体”、“対象”および“患者”は、本明細書中で互換性をもって使用でき、動物、好ましくは哺乳動物、より好ましくはヒトに関する。対象は雄性または雌性対象であってよい。対象は雌性対象であることが好ましい。
【0159】
本発明の前記方法によれば、対象はACC/AHA、病期Aに属し、HFを発症する1以上のリスク因子を示す対象のはずであると考えられる。さらに、対象はACC/AHA分類法の病期Bに入っているか、あるいは病期Bに入ろうとしている(初期の病期B)可能性がある。その対象はHFに関連することが知られている症状および/または身体徴候を示していないはずである(すなわち、その対象は見掛け上は健康である)。
【0160】
本発明の方法は、いわゆる“マーカー”または“分子マーカー”を利用する。これらの用語は当業者に既知であり、対象の身体に発現するポリペプチドまたはタンパク質を表わす。一方で、その発現または発現増大は、その対象に起きた、または起きつつある病態生理学的状態の結果である可能性があり、生理的に健康な対象において測定した“正常”値(場合によりゼロの可能性がある)に対比して増大した濃度は、その対象に起きつつある病態生理学的状態(または“疾患”)の指標となる。他方で、そのタンパク質は生理的に健康な対象においてある濃度で発現している可能性があり、その対象に起きた、または起きつつある病態生理学的状態の結果としてその発現が増大する。
【0161】
本発明に関して、測定されるマーカーはすべてこの第1グループに属し、すなわちそれらは対象が病態生理学的状態または疾患に罹患すれば発現するか、または正常より高い濃度で発現する。本発明に用いるすべてのマーカータイプおよびマーカー類は、当業者に既知である。
【0162】
本発明は心臓性トロポニンおよびそのバリアントを利用する。心筋梗塞MIに罹患している患者は心臓性トロポニン、好ましくはトロポニンTまたはI、最も好ましくはトロポニンTにより診断できることが知られている。心筋梗塞は心筋の壊死状態、すなわち細胞死により引き起こされると考えられる。心臓性トロポニンは細胞死に伴って放出されるので、MIの診断に使用できる。血液中のトロポニンTの濃度が増大すると、すなわち0.1ng/mlを超えると、急性心血管事象が推測され、その患者はそれに従って処置される。しかし、心臓性トロポニンは細胞死に先立つ病理状態、たとえば虚血に際しても放出される(少量)ことが知られている。
【0163】
用語“心臓性トロポニン”は、心臓の細胞、好ましくは心内膜下細胞に発現するすべてのトロポニンイソ型を表わす。これらのイソ型は、Anderson 1995, Circulation Research, vol. 76, no. 4: 681-686およびFerrieres 1998, Clinical Chemistry, 44: 487-493
に記載されるように、当技術分野で十分に特性解明されている。好ましくは、心臓性トロポニンはトロポニンTおよび/またはトロポニンI、最も好ましくはトロポニンTを表わす。トロポニンのイソ型は本発明の方法において一緒に、すなわち同時もしくは連続して、または個別に、すなわち他のイソ型を全く測定せずに、測定できることを理解すべきである。ヒトトロポニンTおよびヒトトロポニンIのアミノ酸配列は、Anderson, 前掲、およびFerrieres 1998, Clinical Chemistry, 44: 487-493に示されている。
【0164】
用語“心臓性トロポニン”には、前記の特定のトロポニンの、すなわちトロポニンIの、最も好ましくはトロポニンTの、バリアントも包含される。そのようなバリアントは、少なくとも特定の心臓性トロポニンと同じ本質的な生物学的特性および免疫学的特性をもつ。特に、それらが本明細書中で述べるものと同じ特異的アッセイ法により、たとえばその心臓性トロポニンを特異的に認識するポリクローナル抗体またはモノクローナル抗体を用いるELISAアッセイ法により検出されれば、同じ本質的な生物学的特性および免疫
学的特性を共有する。さらに、本発明に従って述べるバリアントは、少なくとも1つのアミノ酸の置換、欠失および/または付加のため異なるアミノ酸配列をもつはずであり、その際、そのバリアントのアミノ酸配列はなお、好ましくは特定のトロポニンのアミノ酸配列と少なくとも約50%、少なくとも約60%、少なくとも約70%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約92%、少なくとも約95%、少なくとも約97%、少なくとも約98%、または少なくとも約99%、同一であることを理解すべきである。バリアントは、対立遺伝子バリアント、または他のいずれかの種特異的なホモログ、パラログもしくはオルソログであってもよい。さらに、本明細書中に述べるバリアントには、特定の心臓性トロポニンまたは上記タイプのバリアントのフラグメントが含まれるが、ただしこれらのフラグメントが上記に述べた本質的な免疫学的特性および生物学的特性をもつ限りにおいてである。好ましくは、心臓性トロポニンのバリアントは、ヒトのトロポニンTまたはトロポニンIのものに匹敵する免疫学的特性(すなわち、エピトープ組成)をもつ。したがって、それらのバリアントは心臓性トロポニンの濃度を測定するために用いる前記の手段またはリガンドにより認識されるはずである。したがって、それらのバリアントは心臓性トロポニンの濃度を測定するために用いる前記の手段またはリガンドにより認識されるはずである。そのようなフラグメントは、たとえばトロポニンの分解生成物であってもよい。さらに、翻訳後修飾、たとえばリン酸化またはミリスチル化のため異なるバリアントが含まれる。好ましくは、トロポニンIおよびそのバリアントの生物学的特性は、インビボおよびインビトロでアクトミオシンATPaseを阻害する能力または血管形成を阻害する能力であり、これらはたとえばMoses et al. 1999 PNAS USA 96 (6): 2645-2650)により記載されたアッセイ法に基づいて検出できる。
好ましくは、心臓性トロポニンTおよびそのバリアントの生物学的特性は、トロポニンCおよびIと複合体を形成する能力、カルシウムイオンを結合する能力、またはトロポミオシンに結合する能力(好ましくは、トロポニンC、IおよびTの複合体、またはトロポニンC、トロポニンI、およびトロポニンTバリアントにより形成された複合体として存在する場合に)である。低濃度の循環型心臓性トロポニンがさまざまな状態の対象において検出される場合があることは知られているが、それらのそれぞれの役割および割合を理解するためにはさらに研究が必要である(Masson et al., Curr Heart Fail Rep (2010) 7: 15-21)。
【0165】
用語“増殖分化因子−15”または“GDF−15”は、トランスフォーミング増殖因子(TGF)−βサイトカインスーパーファミリーのメンバーであるポリペプチドに関する。用語ポリペプチド、ペプチドおよびタンパク質は、本明細書全体において互換性をもって用いられる。GDF−15は最初はマクロファージ阻害性サイトカイン−1としてクローン化され、のちに胎盤性トランスフォーミング増殖因子−β、胎盤性骨形態形成タンパク質、非ステロイド系抗炎症薬活性化遺伝子−1、および前立腺由来因子としても同定された(Bootcov 前掲; Hromas, 1997 Biochim Biophys Acta 1354: 40-44; Lawton 1997,
Gene 203: 17-26; Yokoyama-Kobayashi 1997, J Biochem (Tokyo), 122: 622-626; Paralkar 1998, J Biol Chem 273: 13760-13767)。他のTGF−β関連サイトカインと同様に、GDF−15は不活性の前駆タンパク質として合成され、それがジスルフィド結合したホモ二量体化を行なう。N末端プロペプチドのタンパク質開裂に際して、GDF−15は約28kDaの二量体タンパク質として分泌される(Bauskin 2000, Bmbo J 19: 2212-2220)。GDF−15のアミノ酸配列は、WO 99/06445、WO 00/70051、WO 2005/113585、Bottner 1999, Gene 237: 105-1 11 , Bootcov 前掲, Tan 前掲, Baek 2001, Mol Pharmacol 59: 901-908, Hromas 前掲, Paralkar 前掲, Morrish 1996, Placenta 17: 431-441、ま
たはYokoyama-Kobayashi 前掲に開示されている。本明細書中で用いるGDF−15には
、上記の特定のGDF−15ポリペプチドのバリアントも包含される。そのようなバリアントは、少なくとも特定のGDF−15ポリペプチドと同じ本質的な生物学的特性および免疫学的特性をもつ。特に、それらが本明細書中で述べるものと同じ特異的アッセイ法により、たとえばそのGDF−15ポリペプチドを特異的に認識するポリクローナル抗体ま
たはモノクローナル抗体を用いるELISAアッセイ法により検出されれば、同じ本質的な生物学的特性および免疫学的特性を共有する。好ましいアッセイ法は後記の実施例に記載されている。さらに、本発明に従って述べるバリアントは、少なくとも1つのアミノ酸の置換、欠失および/または付加のため異なるアミノ酸配列をもつはずであり、その際、そのバリアントのアミノ酸配列はなお、特定のGDF−15ポリペプチドのアミノ酸配列と、好ましくはヒトGDF−15のアミノ酸配列と、より好ましくは特定のGDF−15、たとえばヒトGDF−15の全長にわたって、少なくとも約50%、少なくとも約60%、少なくとも約70%、少なくとも約80%、少なくとも約85%、少なくとも約90%、少なくとも約92%、少なくとも約95%、少なくとも約97%、少なくとも約98%、または少なくとも約99%、同一であることを理解すべきである。2つのアミノ酸配列間の同一度は、当技術分野で周知のアルゴリズムにより判定できる。好ましくは、同一度は、2つの最適状態にアラインさせた配列を比較ウィンドウにわたって比較することにより判定すべきであり、その際、比較ウィンドウ内のアミノ酸配列のフラグメントは、最適アラインメントのために基準配列(付加または欠失を含まないもの)と比較して付加または欠失(たとえば、ギャップまたはオーバーハング)を含むことができる。両配列中に同一アミノ酸残基が現われる位置の数を測定して一致した位置の数を求め、この一致した位置の数を比較ウィンドウ内の位置の総数で割り、その商に100を掛けることによりパーセントを計算して、配列同一パーセントを求めることができる。比較のための配列の最適アラインメントは、下記により実施できる:Smith and Waterman Add. APL. Math. 2:482 (1981)の局所相同アルゴリズム、Needleman and Wunsch J. Mol. Biol. 48:443 (1970)の相同アラインメントアルゴリズム、Pearson and Lipman Proc. Natl. Acad. Sci. (USA) 85: 2444 (1988)の類似性検索法、これらのアルゴリズムのコンピューター化実行(GAP、BESTFIT、BLAST、PASTA、およびTFASTA:Wisconsin Genetics Software Package中, Genetics Computer Group (GCG), 575 Science Dr., Madison, WI)、または目視検査。比較のための2配列が同定されれば、好ましくはGAPおよび
BESTFITを用いてそれらの最適アラインメントを決定し、こうして同一度を判定する。好ましくは、ギャップ重みにつき5.00およびギャップ重み長さにつき0.30ののデフォルト値を用いる。前記に述べたバリアントは、対立遺伝子バリアント、または他のいずれかの種特異的なホモログ、パラログもしくはオルソログであってもよい。さらに、本明細書中に述べるバリアントには、特定のGDF−15ポリペプチドまたは上記タイプのバリアントのフラグメントが含まれるが、ただしこれらのフラグメントが上記に述べた本質的な免疫学的特性および生物学的特性をもつ限りにおいてである。そのようなフラグメントは、たとえばGDF−15ポリペプチドの分解生成物であってもよい。さらに、翻訳後修飾、たとえばリン酸化またはミリスチル化のため異なるバリアントが含まれる。
【0166】
インスリン様増殖因子結合タンパク質(IGFBP)系は、細胞の増殖および分化において重要な役割を果たす。それは2種類のリガンドであるIGF−IおよびIGF−II、2種類の受容体であるタイプ1およびタイプ2 IGF受容体、ならびに1995年の時点で6種類のIGF結合タンパク質(IGFBP)であるIGFBP−1〜−6から構成される(Jones, J.L, et al., Endocr. Rev. 16 (1 95) 3-34)。最近、IGFBPファ
ミリーは拡大されてIGFBP関連タンパク質(IGFBP−rP)を含み、これらはIGFBPと有意の構造類似性をもつ(Hwa, V., et al., Endocr. Rev 20 (1999) 761-787)。したがって、IGFBPスーパーファミリーには、IGFに対して高い親和性をもつ上記の6種類の一般的IGFBP、ならびにIGFBPの保存されたアミノ末端ドメインを共有するだけでなくIGFおよびインスリンに対してもある程度の親和性を示す少なくとも10種類のIGFBP−rPが含まれる。IGFBP−rPは一群のシステインリッチタンパク質であり、これらは細胞増殖、細胞の接着および移動、ならびに細胞外マトリックスの合成など、多様な細胞機能を制御する。さらに、これらのタンパク質は組織の増殖および分化、生殖、血管形成、創傷修復、炎症、線維形成、ならびに腫瘍形成などの生物学的プロセスに関与している可能性がある(Hwa, V., et al., Endocr. Rev 20 (1999) 76
1-787)。
【0167】
IGF結合タンパク質7(=IGFBP7)は、内皮細胞、血管平滑筋細胞、線維芽細胞、および上皮細胞により分泌されることが知られている30−kDaのモジュラー糖タンパク質である(Ono, Y., et al, Biochem Biophys Res Comm 202 (1994) 1490-1496)。
この文献中で、この分子はFSTL2;IBP 7;IGF結合タンパク質関連タンパク質I;IGFBP 7;IGFBP 7v;IGFBP rPl;IGFBP7;IGFBPRPl;インスリン様増殖因子結合タンパク質7;インスリン様増殖因子結合タンパク質7前駆体;MAC25;MAC25タンパク質;PGI2刺激因子;およびPSFまたはプロスタサイクリン刺激因子とも呼ばれている。ノーザンブロット試験により、この遺伝子は心臓、脳、胎盤、肝臓、骨格筋、および膵臓を含めたヒトの組織に広く発現することが明らかになった(Oh, Y., et al., J. Biol. Chem. 271 (1996) 30322-30325)。
【0168】
IGFBP7は、最初は、正常な軟膜細胞および乳房上皮細胞にそれらの対応する腫瘍細胞と比較して差示発現する遺伝子として同定され、髄膜腫関連cDNA(MAC25)と命名された(Burger, A.M., et al, Oncogene 16 (1998) 2459-2467)。発現したタンパ
ク質は、腫瘍由来接着因子(のちにアンギオモジュリンと改名された)(Sprenger, C.C.,
et al., Cancer Res 59 (1999) 2370-2375)およびプロスタサイクリン刺激因子(Akaogi,
., et al., Proc Natl Acad Sci USA 93 (1996) 8384-8389)として独立して精製された
。それはさらにT1A12、すなわち乳癌においてダウンレギュレートされる遺伝子として報告された(StCroix, B., et al., Science 289 (2000) 1197-1202)。
【0169】
IGFBP7の生物学的役割はまだ明瞭には確立していない。予備実験データは若干の議論の余地があり、IGFBP7の多様な作用、たとえば腫瘍抑制(Sprenger, C.C., et al.. Cancer Res 59 (1999) 2370-2375)、腫瘍増殖促進(Lopez-Bermejo, A., et al., J.
Clinical Endocrinology and Metabolism 88 (2003) 3401 -3408)、プロスタサイクリンの刺激(Akaogi, K., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA 93 (1996) 8384-8389)、ならびに血管形成(Yamauchi, T., et al., Biochem J. 303 (1994) 591-598)および老化(Lopez-Bermejo, A., et al., Endocrinology 141 (2000) 4072-4080)における関与に関係づけられている。
【0170】
IGFBP7 mRNAの差示発現が、心疾患、腎疾患、炎症性疾患(US 6,709,855, Scios Inc.)および人工血管疾患(US 2006/0,003,338)を含めたさまざまな疾患に罹患して
いる患者において測定された。
【0171】
IGFBP7のホルモン結合特性について多種多様なアッセイ法が記載され、それを試験するために使用されている。低親和性IGF結合が、競合アフィニティー架橋アッセイ法により分析された。組換えヒトmac25タンパク質はIGF−Iおよび−IIを特異的に結合する(Oh, Y., et al., J. Biol. Chem. 271 (1996) 20322-20325; Kim, H.S., et al., Proc. Natl. Acad. Sci USA94 (1997) 12981-12986.)。IGFBP活性はそのタ
ンパク質が放射性標識IGFに結合する能力をウェスタンブロット法で測定することによっても検出できる。
【0172】
循環IGFBP7の免疫学的測定が最近実施された。低レベルのこの被分析体がランダムにヒト血清中に検出され、インスリン抵抗性に関連して高い血清レベルがみられた(Lopez-Bermejo, A., et al., J. Clinical Endocrinology and Metabolism 88 (2003) 3401-3408, Lopez-Bermejo, A., et al., Diabetes 55 (2006) 2333-2339)。
【0173】
本発明のこの態様において本明細書中で用いる用語“基準量”または“基準値”は、ACC/AHA、クラスAに分類された各個体が、一般に心不全に先立つ心疾患を発症して
いるか、あるいは一般に心不全に先立つ心疾患を発症しようとしているかを診断できる、ポリペプチドの量を表わす。
【0174】
したがって、基準量は一般的に、一般に心不全に先立つ心疾患を発症していることおよび/または一般に心不全に先立つ心疾患を発症しようとしていることが分かっている対象に由来するであろう。本発明のある態様において、対象は、ACC/AHA、クラスAに分類される。
【0175】
“...の濃度を対照試料において確立された濃度と比較する”という表現は、いずれにしろ当業者に自明なものを、さらに説明するために用いられるにすぎない。対照試料は、内部または外部対照試料であってよい。1態様において、内部対照試料を用いる;すなわち、被験試料および同じ対象から採取した1以上の他の試料においてマーカーレベル(単数または複数)を評価して、そのマーカーのレベル(単数または複数)に何らかの変化があるかどうかを判定する。他の態様においては、外部対照試料を用いる。外部対照試料については、その個体に由来する試料中のあるマーカーの存在または濃度を、ある状態に罹患していることが分かっているかまたはそのリスクをもつことが分かっている個体;あるいはある状態をもたないことが分かっている個体、すなわち“正常な個体”におけるそれの存在または濃度と比較する。たとえば、患者試料におけるあるマーカーのレベルをHFの特定の疾病経過と関連することが分かっているレベルと比較することができる。通常、試料のマーカーレベルは診断と直接または間接的に相関し、そのマーカーレベルは、たとえばある個体がHFのリスクをもつかどうかを判定するために用いられる。あるいは、下記のために、試料のマーカーレベルを、たとえば心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常に罹患している患者の療法に対する応答に関連することが分かっているマーカーレベルと比較することができる;心不全、ならびに心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を発症するリスク因子の鑑別診断;心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の、特に初期の異常を処置するのに適切な薬物を選択するためのガイダンス;疾患進行のリスクの判定;あるいは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常をもつ患者の追跡。意図する診断用途に応じて、適切な対照試料を選択し、それにおいてそのマーカーについての対照値または基準値を確立する。1態様において、そのような対照試料は年齢が一致しかつ混乱させる疾患をもたない基準集団から得られることは、当業者に認識されるであろう。同様に当業者に自明のとおり、対照試料において確立される絶対マーカー値は使用するアッセイ法に依存するであろう。好ましくは、適切な基準集団からの十分に特性解明された100の個体からの試料を用いて対照(基準)値を確立する。同様に好ましくは、20、30、50、200、500または1000の個体からなるように基準集団を選択できる。健康な個体は対照値を確立するために好ましい集団である。
【0176】
ある個体に由来する試料から測定した心臓性トロポニンまたはそのバリアントについて増大した数値は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を示し、ある個体に由来する試料から測定したGDF−15またはそのバリアントおよびIGFBP7またはそのバリアントの増大した数値は、心不全の指標となる。対照グループまたは対照集団において測定した心臓性トロポニンまたはそのバリアント、GDF−15またはそのバリアント、およびIGFBP7またはそのバリアントについての数値を用いて、たとえばカットオフ値または基準範囲を確立する。そのようなカットオフ量を超える量または基準範囲およびそれの高い方の端の外側の量を、増加しているとみなす。
【0177】
1態様において、固定されたカットオフ値を確立する。そのようなカットオフ値は目的とする診断質問に適合するように選択される。
1態様において、対照グループまたは対照集団において測定した心臓性トロポニンまたはそのバリアント、GDF−15またはそのバリアント、およびIGFBP7またはその
バリアントについての数値を用いて、基準範囲を確立する。好ましい態様において、測定値が基準範囲の90%百分位数を超えれば、心臓性トロポニンまたはそのバリアント、GDF−15またはそのバリアント、およびIGFBP7またはそのバリアントの濃度を、増大しているとみなす。他の好ましい態様において、測定値が基準範囲の95%百分位数、96%百分位数、97%百分位数または99%百分位数を超えれば、心臓性トロポニンまたはそのバリアント、GDF−15またはそのバリアント、およびIGFBP7またはそのバリアントの濃度を、増大しているとみなす。
【0178】
1態様において、対照試料は内部対照試料であろう。この態様においては、被験個体から系列試料を入手してマーカーレベルを比較する。これは、たとえば療法の有効性を評価するのに有用な可能性がある。
【0179】
診断および/または予後試験の感度および特異度は、その試験法の分析の“質”だけでなく、異常な結果を構成するものの定義にも依存する。実際に、受信者動作特性(Receiver Operating Characteristic)曲線、または“ROC”曲線は、一般に“正常”集団およ
び“疾病”集団において、可変値をそれの相対頻度に対してプロットすることにより計算される。本発明のいずれか特定のマーカーについて、疾患をもつ対象およびもたない対象のマーカーレベルの分布はオーバーラップする可能性があるであろう。そのような状況では、ある検査が正常を疾患から100%の精度で絶対的に鑑別することはなく、オーバーラップの面積はその検査が正常を疾患から鑑別できない領域を示す。それより上では(または、その疾患に伴ってマーカーがどのように変化するかに応じて、それより下では)その検査値が異常とみなされ、それより下ではその検査値が正常とみなされる、閾値を選択する。ROC曲線下面積は、その検知された測定値がある状態を正確に同定できる確率の尺度である。検査結果が必ずしも厳密な数値を与えない場合ですら、ROC曲線を使用できる。結果をランク付けできる限り、ROC曲線を作成できる。たとえば、“疾病”試料についての検査結果を程度に従ってランク付けできる(たとえば、1=低、2=正常、および3=高)。このランク付けを“正常”集団における結果と相関させて、ROC曲線を作成することができる。これらの方法は当技術分野で周知である。たとえば、Hanley et al, Radiology 143: 29-36 (1982)を参照。
【0180】
特定の態様において、マーカーおよび/またはマーカーパネルは、少なくとも約70%の感度、より好ましくは少なくとも約80%の感度、よりさらに好ましくは少なくとも約85%の感度、よりさらに好ましくは少なくとも約90%の感度、最も好ましくは少なくとも約95%の感度を、少なくとも約70%の特異度、より好ましくは少なくとも約80%の特異度、よりさらに好ましくは少なくとも約85%の特異度、よりさらに好ましくは少なくとも約90%の特異度、最も好ましくは少なくとも約95%の特異度と合わせて示すように選択される。特に好ましい態様において、感度および特異度の両方が少なくとも約75%、よりさらに好ましくは少なくとも約80%、よりさらに好ましくは少なくとも約85%、よりさらに好ましくは少なくとも約90%、最も好ましくは少なくとも約95%である。これに関して、用語“約”はその測定値の±5%を表わす。
【0181】
他の態様において、正の尤度比、負の尤度比、オッズ比、またはハザード比を、ある検査がリスクを予測する能力または疾患を診断する能力の尺度として用いる。正の尤度比の場合、1の数値は正の結果が“罹患”グループと“対照”グループの両方の対象間で同等な可能性をもつことを示す;1より大きい数値は、正の結果が罹患グループにおいてより可能性が高いことを示す;1未満の数値は正の結果が対照グループにおいてより可能性が高いことを示す。負の尤度比の場合、1の数値は負の結果が“罹患”グループと“対照”グループの両方の対象間で同等な可能性をもつことを示す;1より大きい数値は、負の結果が被験グループにおいてより可能性が高いことを示す;1未満の数値は負の結果が対照グループにおいてより可能性が高いことを示す。特定の好ましい態様において、マーカー
および/またはマーカーパネルは、好ましくは少なくとも約1.5以上または約0.67未満、より好ましくは少なくとも約2以上または約0.5未満、よりさらに好ましくは少なくとも約5以上または約0.2未満、よりさらに好ましくは少なくとも約10以上または約0.1未満、最も好ましくは少なくとも約20以上または約0.05未満の正または負の尤度比を示すように選択される。これに関して、用語“約”はその測定値の±5%を表わす。
【0182】
オッズ比の場合、1の数値は正の結果が“罹患”グループと“対照”グループの両方の対象間で同等な可能性をもつことを示す;1より大きい数値は、正の結果が罹患グループにおいてより可能性が高いことを示す;1未満の数値は正の結果が対照グループにおいてより可能性が高いことを示す。特定の好ましい態様において、マーカーおよび/またはマーカーパネルは、好ましくは少なくとも約2以上または約0.5未満、より好ましくは少なくとも約3以上または約0.33未満、よりさらに好ましくは少なくとも約4以上または約0.25未満、よりさらに好ましくは少なくとも約5以上または約0.2未満、最も好ましくは少なくとも約10以上または約0.1未満のオッズ比を示すように選択される。これに関して、用語“約”はその測定値の±5%を表わす。
【0183】
ハザード比の場合、1の数値はエンドポイント(たとえば、死亡)の相対リスクが“罹患”グループと“対照”グループの両方の対象間で同等な可能性をもつことを示す;1より大きい数値は、そのリスクが罹患グループにおいてより可能性が高いことを示す;1未満の数値はそのリスクが対照グループにおいてより可能性が高いことを示す。特定の好ましい態様において、マーカーおよび/またはマーカーパネルは、好ましくは少なくとも約1.1以上または約0.91未満、より好ましくは少なくとも約1.25以上または約0.8未満、よりさらに好ましくは少なくとも約1.5以上または約0.67未満、よりさらに好ましくは少なくとも約2以上または約0.5未満、最も好ましくは少なくとも約2.5以上または約0.4未満のハザード比を示すように選択される。これに関して、用語“約”はその測定値の±5%を表わす。
【0184】
例示パネルを本明細書に記載したが、臨床的に有用な結果が得られる状態でこれらの例示パネルから1以上のマーカーを置き換え、追加または削除してもよい。パネルは、疾患の特異的マーカー(たとえば、細菌感染に際して増加または減少するが、他の疾患状態では増減しない)および/または非特異的マーカー(たとえば、原因に関係なく炎症のため増加または減少するマーカー;原因に関係なく血流遮断状態の変化のため増加または減少するマーカーなど)の両方を含むことができる。本明細書に記載する方法においてあるマーカーが個々には決定的ではない場合があるが、変化の特定の“フィンガープリント”パターンが疾患状態の特異的指標として実際に作用する可能性がある。前記に考察したように、その変化のパターンは単一試料から得ることができ、あるいは場合によりパネルの1以上のメンバーの一時的変化(またはパネル応答値の一時的変化)を考慮することができる。
【0185】
個体が健康であるか、またはある病態生理学的状態に罹患しているかの診断は、当業者に既知の確立された方法により行なわれる。それらの方法は、個体の病態生理学的状態に関連して異なる。
【0186】
目的とする診断を確立するためのアルゴリズムを、本明細書中で、参照した各態様について述べる節に示す。
したがって、本発明には、生理学的状態および/または病理学的状態および/または特定の病理学的状態の指標となる閾値レベルを決定する方法であって、データを収集し、それらのデータを統計的方法により分析して閾値レベルを確立する段階を含む方法も含まれる。
【0187】
本発明において、適切なマーカーは、心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントまたはトロポニンIもしくはそのバリアント、特にトロポニンTまたはそのバリアント;ならびに場合によりGDF−15またはそのバリアントおよびIGFBP7またはそのバリアントから選択される少なくとも1種類の他のマーカーである。
【0188】
本発明はまた、前記の段階に基づいて、前記に述べた対象の療法を決定する方法に関する。したがって、本発明の方法により、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う対象、あるいは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を発症しようとしている対象(この場合、対象はACC/AHA、病期Aに分類される)が受けるべき介入の種類または医薬もしくは医薬類を決定することができる。処置は、そのような心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を処置し、あるいは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常がそれ以上悪化するのを阻止するのを目的とすることができる。
【0189】
処置の決定
したがって、本発明は、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントおよび場合により1種類以上の他の心不全マーカーの濃度と、対照試料におけるこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度との比較に基づいて、対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の処置を決定する方法に関する。
【0190】
本発明のこの方法は、下記の段階を含むことができる:a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そしてc)こうして測定した濃度を基準量、たとえば対照試料において確立したこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度と比較する。
【0191】
好ましくは、療法の決定は測定した濃度を基準量と比較することにより行なわれる。
したがって本発明は、対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の処置を決定する方法を提供し、この方法は下記の段階を含む:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)こうして測定した濃度を基準量と比較することにより、対象の処置を決定する。
【0192】
好ましくは、処置を決定する前に、心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常を対象がもつかどうかを診断する。
一般に、対象は心不全に罹患しておらず、すなわち対象はその心筋に対する永久的な構造または機能の損傷を受けていない。好ましくは、対象は左心室肥大を規定するために用いられる基準未満の左心室質量指数をもつ。好ましくは、対象は心不全のリスク因子を保有する。これらは当業者に既知であり、たとえば高血圧症および糖尿病を含む。同様に好ましくは、対象は心不全の顕性の徴候および/または症状を示していない。
【0193】
対象は、一般に本発明の方法を実施する前にACC/AHA、病期Aに分類されている。
対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴うか、あるいは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を発症しようとしている(この場合、対象はACC/AHA、病期Aに分類される)かを診断する方法は当業者に知られている。こ
の診断は一般に経費が高く、時間がかかり、医療の手腕および経験を必要とする。したがって、機能および/または構造の初期の異常は診断されないままであることがしばしばある。評価の方法は当業者に既知であり、一般に病歴を基礎とし、評価にはさらに診断装置/器具を用いる検査(心臓聴診、ECG、心エコー検査、胸部X線撮影、放射性核種イメージング、心室造影、CTスキャン、MRIおよび/または負荷試験、冠血管造影、超音波検査、冠動脈カテーテル導入)が含まれる。原因を判定するために必要に応じて他の試験を実施できる。LVHおよび/または心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を検出するための感度には限界があるので、前記方法はやむを得ず適用される。処置は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の個々のタイプおよび重症度に依存する。LVHおよび/またはHFに進行する前に、あるいは他の主合併症の前に、適切な予防処置を開始できる。動脈性高血圧症または糖尿病を伴う対象において最初の構造異常が診断された結果、急速にLVHにまで進行する可能性のあるこれらの患者にはより集中的な薬物療法または薬物療法の適応およびより集中的なモニタリングが必要である。
【0194】
好ましい態様において、本発明は、心不全に先立つ、特にLVHに先立つ、心臓の機能および/または構造の初期の異常の診断結果に、療法を適応させる方法を提供する。療法の結果は、利尿薬およびカルシウムアンタゴニストに対比して、アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンギオテンシン−II−受容体遮断薬(ARB)、アルドステロンアンタゴニスト、ベータ遮断薬を優先した抗高血圧症薬物療法の変更である。したがって、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常が診断されれば、アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンギオテンシン−II−受容体遮断薬(ARB)、および/またはアルドステロンアンタゴニストの投与が優先して推奨される。
【0195】
本発明の他の態様において、前記に示した補足的/補助的方法を、前記段階に基づいて前記に述べた対象の処置を決定する方法に使用できる。これらの方法は本明細書中で後記にさらに説明され、その対象に採用すべき医薬もしくは医薬類、またはその対象が受けるべき他の療法を決定することができる。
【0196】
本発明はまた、心不全を発症するリスク因子を保有するけれども心不全の顕性徴候を示していない対象において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の初期の異常の処置を決定するための、心臓性トロポニンおよびそのバリアント、ならびに場合によりGDF−15またはそのバリアントおよびIGFBP7またはそのバリアントから選択される少なくとも1種類のマーカーの使用を包含する。
【0197】
本発明のある態様において、心臓性トロポニンはトロポニンTまたはそのバリアントおよびトロポニンIまたはそのバリアントから選択され、特に心臓性トロポニンはトロポニンTまたはそのバリアントである。本発明の1態様において、下記のマーカーを合わせて測定する:心臓性トロポニンはトロポニンTまたはそのバリアントおよびトロポニンIまたはそのバリアントから選択され、特に心臓性トロポニンはトロポニンTまたはそのバリアントである;GDF−15またはそのバリアント;およびIGFBP7またはそのバリアント。
【0198】
本明細書中で用いる用語“決定する”は、本発明による検査を受けた対象に特定の薬物療法または処置を施すべきかどうかを評価することを意味する。
療法、処置
本発明に関して用いる用語“療法”は、本発明による対象の処置のための、ライフスタイルの変更、食事療法計画、身体への介入、および適切な薬物の投与を包含する。対象は、左心室肥大に先立つ、および/または心不全に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常を伴うか、あるいは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を発症しようとしており、対象は好ましくはACC/AHA、病期Aに分類される。より好ましく
は、対象は動脈性高血圧症、収縮期および/または拡張期高血圧症、肥満症、メタボリックシンドローム、および/または糖尿病(好ましくは、2型糖尿病)を伴う。さらに他の好ましい態様において、個体はEuropean Society of Hypertensionのリスクチャートに従った低い、中等度、高い、またはきわめて高いリスクを伴う。
【0199】
心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の処置に適切な医薬は、当技術分野で周知である;たとえばHeart Disease, 2008, 8
th Edition, Eds. Braunwald, Elsevier Sounders, chapter 24 (心不全に関して)およびchapter 41 (高血圧症に関して)を参
照。これらの処置は本発明の一部である。好ましくは、そのような医薬の投与は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の症状および徴候が発現したものを処置することを目的とし、かつ心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常のそれ以上の進行、および/または心不全の発症を阻止することを目的とする。したがって、左心室肥大および/または心不全および/または左心室機能不全に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常、ならびに/あるいは心不全を処置することを目的とする医薬も考慮される。
【0200】
ライフスタイルの変更には、禁煙、アルコール摂取の低減、身体活動の増大、減量、ナトリウム(食塩)制限、体重管理、および健全な食事、魚油の常用、食塩制限が含まれる。
【0201】
療法には介入も含めることができる。本発明に関して好ましい介入のひとつは、利尿薬およびカルシウムアンタゴニストに対比して、アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンギオテンシン−II−受容体遮断薬(ARB)、アルドステロンアンタゴニスト、ベータ遮断薬を優先した抗高血圧症薬の投与である。好ましい態様において、本発明は、心不全に先立つ、および/または特にLVHにすら先立つ、心臓の機能および/または構造の初期の異常の診断結果に、療法を適応させる方法を提供する。療法の結果は、利尿薬およびカルシウムアンタゴニストに対比して、アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンギオテンシン−II−受容体遮断薬(ARB)、アルドステロンアンタゴニスト、ベータ遮断薬を優先した抗高血圧症薬物療法の変更である。
【0202】
心臓性トロポニンまたはそのバリアント、特にトロポニンTまたはそのバリアントのレベルにより、その対象が、左心室肥大に先立つ、および/または心不全に先立つ、心臓の機能および/または構造の異常をもつことが示された場合、下記の薬物のうち1種類以上を投与すべきである:
利尿薬、たとえばループ利尿薬、チアジドおよびチアジド様利尿薬、カリウム保持性利尿薬、I型ミネラルコルチコイド受容体アンタゴニスト、アルドステロン、炭酸アンヒドラーゼ阻害薬、バソプレシンアンタゴニスト;
ベータ遮断薬、たとえばプロプレノロール(proprenolol)、メトプロロール(metoprolol)、ビソプロロール(bisoprolol)、カルベジロール(carvedilol)、ブシンドロール(bucindolol)、ネビボロール(nebivolol);
カルシウムアンタゴニスト、たとえばジヒドロピリミジン類、ベラパミル(verapamil)、ジルチアゼム(diltiazem);
アドレナリンアゴニスト、たとえばドブタミン(dobutamine)、ドーパミン(dopamine
)、エピネフリン(epinephrine)、イソプロテレノール(isoprotenerol)、ノルエピネフリン(norepinephrine)、フェニレフリン(phenylephrine);
正の変力作用剤、たとえばジゴキシン(digoxin)、ジギトキシン(digitoxin);
ACE阻害薬、たとえばエナラプリル(Enalapril)、カプトプリル(Captopril)、ラ
ミプリル(Ramipril)、トランドラプリル(Trandolapril);
アンギオテンシン受容体アンタゴニスト、たとえばロサルタン(Losartan)、バルサル
タン(Valsartan)、イルベサルタン(Irbesartan)、カンデサルタン(Candesartan)、
テルミサルタン(Telmisartan)、エプロサルタン(Eprosartan);
アルドステロンアンタゴニスト、たとえばエプレロン(Eplerone)、スピロノラクトン
(Spironolactone)、カンレノン(Canrenone)、メキシレノン(Mexrenone)、プロレノン(Prorenone);
スタチン類、特にアトルバスタチン(Atorvastatin)、フルバスタチン(Fluvastatin)、ロバスタチン(Lovastatin)、プラバスタチン(Pravastatin)、ロスバスタチン(Rosuvastatin)、シンバスタチン(Simvastatin);
ヒダザリン(Hydazaline)および二硝酸イソソルビド(isosorbide dinitrate)。
【0203】
心臓性トロポニンまたはそのバリアント、特にトロポニンTまたはそのバリアントのレベルにより、その対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴うこと(初期の病期B)、より好ましくはLVHを示さないこと、よりさらに好ましくはLVHを伴わない拡張期機能不全を示さないことが示された場合、下記の薬物のうち1種類以上を投与すべきである:
ベータ遮断薬、たとえばプロプレノロール、メトプロロール、ビソプロロール、カルベジロール、ブシンドロール、ネビボロール;
アドレナリンアゴニスト、たとえばドブタミン、ドーパミン、エピネフリン、イソプロテレノール、ノルエピネフリン、フェニレフリン;
アルドステロンアンタゴニスト、たとえばエプレロン、スピロノラクトン、カンレノン、メキシレノン、プロレノン;
好ましい療法薬には下記のものが含まれる:
ACE阻害薬、たとえばエナラプリル、カプトプリル、ラミプリル、トランドラプリル;
アンギオテンシン受容体アンタゴニスト、たとえばロサルタン、バルサルタン、イルベサルタン、カンデサルタン、テルミサルタン、エプロサルタン。
【0204】
処置のモニタリング
さらに、本発明は、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの反復測定した濃度、ならびに場合により1種類以上の他の心不全マーカーの反復測定した濃度と、対照試料におけるこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度との比較に基づいて、対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の処置をモニタリングする方法を提供する。
【0205】
本発明のこの方法は、下記の段階を含むことができる:a)少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を、特定した時間間隔内で反復測定する;b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を反復測定する;c)段階a)で測定したそれらのマーカーの濃度を対照試料におけるそれの濃度と比較する;そしてd)上記に引用した1種類以上のマーカーにおいて測定した濃度の差に基づいて、その対象がその病態生理学的状態に変化を生じたかどうかを評価する。
【0206】
好ましくは、評価は、こうして測定した、段階a)および場合により段階b)で測定したそれらのマーカーの濃度を、対照試料におけるそれの濃度と比較することにより実施される。
【0207】
したがって本発明は、対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の処置をモニタリングする方法を提供し、この方法は下記の段階を含む:
a)少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)こうして測定した、段階a)で測定したそれらのマーカーの濃度を、対照試料にお
けるそれの濃度と比較することにより、その対象がその病態生理学的状態に変化を生じたかどうかを評価する。
【0208】
本発明の好ましい態様において、心臓性トロポニンおよび場合により1種類以上の他の心不全マーカーの測定は、反復して、すなわち少なくとも2回、好ましくは特定した時間間隔(単数または複数)内で実施される。
【0209】
一般に、対象は心不全に罹患しておらず、すなわち対象はその心筋に対する永久的な構造または機能の損傷を受けていない。好ましくは、対象は心不全のリスク因子を保有する。これらは当業者に既知であり、たとえば高血圧症および糖尿病を含む。同様に好ましくは、対象は心不全の顕性の徴候および/または症状を示していない。
【0210】
段階b)に示した濃度は、本明細書中で予め療法決定に関して引用した濃度であってもよく、またはその療法を開始する前に測定した濃度、あるいは両方であってもよい。
一般に、本発明の好ましい態様において、本発明のモニタリング方法を実施する前に、左心室肥大の療法を決定する方法を実施する。
【0211】
療法の適応
他の態様において、本発明は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常が診断された対象において、特にLVHが顕性ではない時点で、心不全のリスクの予測結果に療法を適応させる方法を提供する。心不全のリスクがある場合、療法の結果は、利尿薬およびカルシウムアンタゴニストに対比して、アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンギオテンシン−II−受容体遮断薬(ARB)、アルドステロンアンタゴニスト、ベータ遮断薬を優先した抗高血圧症薬物療法の変更である。本発明のこの方法は、左心室肥大および/または心不全に先立つ構造変化が診断された結果として病期Aおよび/または初期の病期BのHFを伴う対象の抗高血圧症療法を、利尿薬およびカルシウムアンタゴニストに対比して、アンギオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、アンギオテンシン−II−受容体遮断薬(ARB)、アルドステロンアンタゴニスト、ベータ遮断薬を優先したものに適応させることを提供する。有利には、左心室肥大および/または心不全にまでさらに進行するのを阻止できる。
【0212】
心臓性トロポニンまたはそのバリアント、ならびに場合によりGDF−15もしくはそのバリアントまたはIGFBP7もしくはそのバリアント、あるいは本明細書中に述べた他のいずれかのペプチドまたはポリペプチドの濃度の測定は、濃度または濃度を好ましくは半定量的または定量的に測定することに関する。測定は、直接または間接的に実施できる。直接測定は、ペプチドまたはポリペプチド自体から得られる信号であってその強度が試料中に存在するペプチドの分子数に直接的に相関する信号に基づいて、ペプチドまたはポリペプチドの濃度または濃度を測定することに関する。そのような信号−本明細書中で時には強度信号と呼ぶ−は、たとえばペプチドまたはポリペプチドの特異的な物理的または化学的特性の強度値を測定することにより得ることができる。間接測定には、二次成分(すなわち、ペプチドまたはポリペプチド自体ではない成分)または生物学的読出し系、たとえば測定可能な細胞応答、リガンド、標識、または酵素反応生成物から得られる信号の測定が含まれる。
【0213】
本発明の他の態様において、場合によっては後記の疾患の処置のために知られている他のいずれかの医薬または医薬の組合わせに加えて、ACE阻害薬、アンギオテンシン受容体遮断薬およびアルドステロンアンタゴニスト、または前記のいずれかの組合わせから選択される医薬の投与を受けている対象における、療法モニタリングおよび療法適応の方法が提供される。本発明のこの態様に従った方法は、場合によりACE阻害薬およびアンギオテンシン受容体遮断薬に加えて、また場合によっては心不全、ならびに/あるいは心不
全に先立つ心臓の構造および/または機能の異常の処置のために知られている他のいずれかの医薬に加えて、特にアルドステロンアンタゴニストの投与を決定することができる。
【0214】
1態様において、対象は心不全を伴い、特に対象はACC/AHA方式の病期Cに分類される。他の態様において、個体は心不全に先立つ心臓の構造および/または機能の異常を伴う。
【0215】
技術水準によれば、現在は、心不全のリスクをもつ患者をACE阻害薬およびアンギオテンシン受容体遮断薬で処置することが推奨されている。これには、ACC/AHA指針に従って病期AおよびBに分類された患者が含まれる。
【0216】
病期C(これは、以前または現在の心不全の症状をもつ構造性心疾患を伴う患者を含む)から開始する利尿薬が推奨され、これにはACC/AHA指針に従って選択された患者におけるアルドステロンアンタゴニストが含まれる。選択された患者には、中等度ないし重度の心不全および最近の代償障害の証拠を伴う者が含まれる(ACC/AHA指針を参照)。
【0217】
ACE阻害薬およびアンギオテンシン受容体遮断薬の効果は機能多型性により影響されることが認識されている(参照:McNamara, Heart Failure Clin 6 (2010), p 35-43, 特
に表1)。ACE阻害薬に対するアルドステロン回避(aldosterone escape)の優勢はACE
DD表現型で最大であることが示され(Mc Namara et al, p. 39)、これはアルドステロンアンタゴニストの使用の妥当性を支持する。
【0218】
心臓組織におけるコラーゲン形成に先立って炎症が起きる。レニン−アンギオテンシン−アルドステロン(RAAS)系の活性化により心不全患者に炎症が存在することは知られており、これは心不全におけるアルドステロンアンタゴニストの使用を支持する。アルドステロンアンタゴニストであるエプレロンが、PIIINPレベルにより示されるように心不全患者のコラーゲン形成を低下させることが、以前に示された(参照:G. Mak et al, JACC vol 54, no 18, 2009, p 1674-1682, 特に
図2)。これは、NYHAクラスII患者におけるアルドステロンアンタゴニストの使用を調べるために現在行なわれている研究によってさらに支持される(Mc Murray NEJM 362, 228 - 238, 2010, 特にp 236, “Areas
of uncertainty”)。ただし、これはアルドステロンが心臓におけるコラーゲン合成を促進し、適応不良な心臓リモデリングを促進することを指摘した最近の総説と一致する(KIM
Y.S., Current Treatment Options in Cardiovascular Medicine 11, 455 - 466, 2009,
特にp. 462, “ARAs”)。
【0219】
本発明者らは、心臓性トロポニンおよびそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントまたはトロポニンIもしくはそのバリアント、特にトロポニンTまたはそのバリアント、ならびにGDF−15またはそのバリアント、ならびに場合によりANP型およびBNP型ナトリウム利尿ペプチドおよびそのバリアントから選択されるナトリウム利尿ペプチド、好ましくはBNPもしくはそのバリアントまたはNT−proBNPもしくはそのバリアント、特にNT−proBNPまたはそのバリアントが、前記対象の処置の有効性に関する情報を与えることを見出した。一方で、これらの対象は心不全を伴う者であり、特にACC/AHA方式の病期Cに分類される。他方で、これらの対象は心不全に罹患するリスク因子をもち、好ましくはACC/AHA分類法の病期Aに分類され、あるいは心不全に先立つ心臓の構造および/または機能の異常を伴い、好ましくはACC/AHA分類法の病期Bに分類される。
【0220】
特に、GDF−1、NT−proBNPおよびトロポニンTの量を、顕性心不全を伴う患者97人において測定した。すべての患者がベータ遮断薬およびACE阻害薬療法を受
けており、59人の患者はアルドステロンアンタゴニストを投与されており、38人はアルドステロンアンタゴニストを投与されていなかった。前記マーカーの量を測定した後、NT−proBNPとGDF 15の比、およびトロポニンTとGDF−15の比を求めた。興味深いことに、アルドステロンアンタゴニストのグループにおけるこの比はアルドステロンアンタゴニストで処置されていない患者のグループの場合より高いことが見出された。したがって、ナトリウム利尿ペプチドまたは心臓性トロポニンと合わせたGDF−15の測定は、ACE阻害薬、アンギオテンシン受容体アンタゴニスト、またはアルドステロンアンタゴニスト(またはその組合わせ)で処置した患者の療法適応の決定を可能にするはずである。特に、その測定は、ACE阻害薬で処置した患者の療法適応の決定を可能にするはずである。前記の薬物療法、特にACE阻害薬は、時には有効性が低下して炎症のレベルを増大させる。この場合、アルドステロンアンタゴニストは炎症のレベルを低下させることができるので、後記に述べるアルドステロンアンタゴニストによる療法適応は有用であろう。後記に述べる方法は、療法適応が有益な可能性がある対象を同定できる。
【0221】
ACE阻害薬およびアンギオテンシン受容体遮断薬(ARB)は有効であることが大規模なランダム化試験で示されたが、現在は個々の患者においてこれらの薬物の有効性を診断するために利用できる方法がない。これは、腎疾患を伴う患者にこれらの薬物を適用するのと対照的である;その場合は、尿中アルブミンの減少を利用して処置の成功を評価できる。したがって、本明細書に記載する方法は、処置の不成功を診断するための方法を初めてもたらし、アルドステロン阻害薬またはアルドステロンの合成を阻害する将来の薬物を用いる処置を改善するためのガイダンスを提供する。
【0222】
本発明の1態様において、本発明による対象において開始した薬物療法をモニターする(すなわち、その薬物療法が有効であるかどうかを評価する)。
本発明の他の態様において、好ましくは薬物療法のモニタリングの結果に従って、薬物療法の適応の決定を行なう。特に好ましい態様において、アルドステロンアンタゴニストの投与が適切であるかどうかを判定する。1種類以上のアルドステロンシンセターゼ阻害薬の投与も考慮される;参照:Roumen L. et al J Medical Chemistry 2010, 53 1712 - 25。
【0223】
したがって、本発明はさらに、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントおよび場合により1種類以上の他の心不全マーカーの濃度と、対照試料におけるこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度との比較に基づいて、心不全を伴うか、あるいは左心室肥大に先立つ、および/または心不全に先立つ病期(心不全のリスク因子を含む)を伴う対象において開始した薬物療法をモニタリングする方法に関する。
【0224】
本発明のこの方法は、下記の段階を含むことができる:a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;b)その試料においてGDF−15またはそのバリアントの濃度を測定する;そしてc)こうして測定した濃度を、たとえば対照試料における基準量と比較することにより、その薬物療法をモニタリングする。
【0225】
好ましくは、モニタリングは測定した濃度を基準量と比較することにより行なわれる。
したがって本発明は、心不全を伴うか、あるいは左心室肥大および/または心不全に先立つ病期(心不全のリスク因子を含む)を伴う対象が受けている薬物療法をモニタリングする方法を提供し、この方法は下記の段階を含む:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンもしくはそのバリアント、および/またはナトリウム利尿ペプチドもしくはそのバリアントの濃度を測定する;
b)その試料においてGDF−15またはそのバリアントの濃度を測定する;
c)こうして測定した濃度を基準量と比較することにより薬物療法をモニタリングする。
【0226】
本発明はさらに、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントおよび場合により1種類以上の他の心不全マーカーの濃度と、対照試料におけるこのマーカーまたはこれらのマーカーの濃度との比較に基づいて、心不全または心不全に先立つ病期(心不全のリスク因子を含む)を伴う対象において開始した薬物療法の適応を決定する方法に関する。
【0227】
本発明のこの方法は、下記の段階を含むことができる:a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を反復測定する;b)その試料においてGDF−15またはそのバリアントの濃度を反復測定する;そしてc)こうして測定した濃度を基準量と比較することにより、その薬物療法の適応を決定する。
【0228】
好ましくは、適応の決定は測定した濃度を基準量と比較することにより行なわれる。
したがって本発明はまた、薬物療法を受けており、心不全または心不全に先立つ病期(心不全のリスク因子を含む)を伴う対象において、その薬物療法の適応を決定する方法を提供し、この方法は下記の段階を含む:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンもしくはそのバリアント、および/またはナトリウム利尿ペプチドもしくはそのバリアントの濃度を測定する;
b)その試料においてGDF−15またはそのバリアントの濃度を測定する;
c)こうして測定した濃度を基準量と比較することにより薬物療法の適応を決定する。
【0229】
本発明の好ましい態様において、心臓性トロポニンおよび場合により1種類以上の他の心不全マーカーの測定は、反復して、すなわち少なくとも2回、好ましくは特定した時間間隔(単数または複数)内で実施される。
【0230】
用語“対象”の定義は本明細書中の他の箇所に示されている。したがって、その定義を適用する。好ましくは、薬物療法の適応を決定する方法に関する対象、および薬物療法をモニタリングする方法に関する対象(両方法ともナトリウム利尿ペプチドおよび心臓性トロポニンと合わせてGDF−15の量を測定することに基づく)は、その方法を実施するための試料を入手する前の少なくとも2週間以内、またはより好ましくは4週間以内に、急性冠動脈症候群を示していてはならない。同様に好ましくは、対象は、その方法を実施するための試料を入手した時点で、急性炎症、特に全身性炎症応答症候群(systemic inflammatory response syndrome)(SIRS)を罹患していない。
【0231】
好ましくは、薬物療法はACE阻害薬、アンギオテンシン受容体遮断薬およびアルドステロンアンタゴニストから選択される。特に、薬物療法はACE阻害薬である。
これらのクラスの薬物の例は下記のものである:
ACE阻害薬:エナラプリル、カプトプリル、ラミプリル、トランドラプリル;好ましくはエナラプリル;
アンギオテンシン受容体遮断薬:ロサルタン、バルサルタン、イルベサルタン、カンデサルタン、テルミサルタン、エプロサルタン;好ましくはロサルタン;
アルドステロンアンタゴニスト:エプレレノン(Eplerenone)、スピロノラクトン、カンレノン、メキシレノン、プロレノン;好ましくはスピロノラクトン、より好ましくはエプレレノン。
【0232】
前記に述べたように、病期AおよびBにおけるACE阻害薬の推奨は炎症処置の必要性を示唆するが、多型性のため、これは必ずしもすべての症例に有効であるとは思われない。アルドステロンアンタゴニストはACC/AHA分類法の病期AおよびBに属する患者、好ましくはACE阻害薬およびアンギオテンシン受容体遮断薬が有効ではない症例にも有用であると考えられる。
【0233】
ACE阻害薬およびアンギオテンシン受容体遮断薬の有効性の欠如は、本発明の方法により同定できる。これは、一方では、心不全に罹患していないけれども心不全を発症するリスク因子をもつ対象、好ましくは病期Aに分類される対象に適用される;他方で、この方法は、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う対象、好ましくは病期Bに分類される対象に適用される。本発明の方法は、心臓の不可逆的な構造損傷(すなわち、心不全)を伴う対象、好ましくは病期Cに分類される対象にも役立つ。
【0234】
本発明に関して、ACE阻害薬、アンギオテンシン受容体遮断薬およびアルドステロンアンタゴニストの群からの医薬による処置の有効性は、心臓性トロポニンおよびそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントまたはトロポニンIもしくはそのバリアント、特にトロポニンTまたはそのバリアントの濃度を、GDF−15またはそのバリアントの濃度と合わせたものにより評価される。他の態様において、処置の有効性は、ナトリウム利尿ペプチド、好ましくはBNPまたはNT−proBNP、特にNT−proBNPの濃度を、GDF−15の濃度と合わせたものにより評価される。
【0235】
上記から明らかなように、対象における心臓性トロポニンの濃度の増大は、その対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴うか、あるいは既に心不全に罹患していることを示す。対象における心臓性トロポニンの濃度の増大は、その対象が冠動脈疾患に罹患していることを示す可能性もある;当業者に知られているように、この場合は心臓性トロポニンの濃度が健康な個体に対比して増大している可能性がある。
【0236】
対象におけるナトリウム利尿ペプチドの濃度の増大は、その対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の異常を伴うか、あるいは既に心不全に罹患していることを示す。対象におけるナトリウム利尿ペプチドの濃度の増大は、その対象が冠動脈疾患に罹患していることを示す可能性もある;当業者に知られているように、この場合はナトリウム利尿ペプチドの濃度が健康な個体に対比して増大している可能性がある。
【0237】
対象におけるGDF−15の濃度の増大は、心不全の指標となるだけでなく、その個体の心筋に起きている炎症プロセスをも示すことも上記から明らかである。したがって、GDF−15の濃度が健康な個体に対比して増大してないかまたはわずかに増大しているにすぎなければ、それは心筋に起きている炎症プロセスが無いかまたは少数であることの指標となる。これに対し、対象における増大した、または著しく増大したGDF−15またはそのバリアントの濃度は、その個体の心筋に炎症プロセスが起きていることを示す。
【0238】
当業者は、心臓性トロポニンまたはそのバリアントの各数値ならびにGDF−15およびそのバリアントの濃度から、療法モニタリングおよび/または療法適応に必要な情報を結論することができる。たとえば、わずかに増大した(健康な個体に対比して)心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンIもしくはそのバリアントまたはトロポニンIもしくはそのバリアント、特にトロポニンTまたはそのバリアントの濃度を、増大した、またはさらには著しく増大したGDF−15またはそのバリアントの濃度と合わせると、その対象は心不全に罹患していないけれどもその心筋にかなりの数の炎症プロセスが起きていることを示し、心不全を発症する危険性およびその薬物療法が有効ではないことを指摘し、適応が推奨される(療法適応の説明については、本明細書の他の箇所を参照されたい)。したがって、増大したレベル(または著しく増大したレベル)のGD
F−15を、わずかに増大したレベルの心臓性トロポニンと合わせると、その療法、特にACE阻害薬による療法を適応させるべきであることが示される。
【0239】
他方で、著しく増大した(健康な個体に対比して)心臓性トロポニン、好ましくはトロポニンIまたはトロポニンI、特にトロポニンT、またはそのバリアントの濃度を、ごくわずかに増大したGDF−15またはそのバリアントの濃度と合わせると、その対象は心不全に罹患しているけれども炎症プロセスは中等度であり、その薬物療法が有効であって適応の必要はないことが示される。したがって、著しく増大したレベルの心臓性トロポニンをわずかに増大したレベルのGDF−15と合わせると、療法の適応は必要なく、したがってその療法を継続できることが示される。
【0240】
前記に引用したマーカーの中間集合体があり、それらが医薬投与の種々の程度の有効性を示すことは当業者に自明である。
本発明のこの態様の好ましい態様において、心臓性トロポニン/GDF 15比を求める;心臓性トロポニンは、好ましくはトロポニンTまたはトロポニンI、特にトロポニンTである。これにより、各対象の処置に関してしばしばより深い情報を得ることができる。一般に、高い心臓性トロポニン/GDF−15比は、しばしば炎症プロセスを抑制する適切な薬物療法の指標となる。したがって、GDF−15の量に対する心臓性トロポニンの量の比が高いのは、好ましくは療法適応が必要ではなく、したがってその療法を継続できることを示す。したがって、GDF−15の量に対する心臓性トロポニンの量の比が低いのは、その療法を適応させるべきであることを示す。
【0241】
上記方法の好ましい態様において、GDF−15の量に対する心臓性トロポニンの量の比を求め、GDF−15の量に対する心臓性トロポニンの量の基準比と比較する。好ましくは、基準比は療法適応の必要がない対象、または療法を適応させるべき対象(したがって、療法適応が有益であろう対象)に由来する。
【0242】
好ましくは、基準比と比較して、被験対象に由来する試料においてGDF−15の量に対する心臓性トロポニンの量の比が高いのは、療法適応が必要ではなく、したがってその療法を継続できる(したがって、その療法を変更すべきではない)ことを示し、これに対し、基準比と比較して、被験対象に由来する試料においてGDF−15の量に対する心臓性トロポニンの量の比が低いのは、その療法を適応させるべきであることを示す。好ましい基準比を下記に述べる。
【0243】
本発明のよりさらに好ましい態様において、上記の心臓性トロポニン/GDF 15比を、個々の濃度と合わせて用いる。
一般に、≧(等しいか、またはより高い)約0.01、好ましくは約0.017のトロポニンT/GDF−15比は、その薬物療法が適切であって変更すべきではないことの指標となる。これに対し、<(より低い)約0.01、好ましくは約0.005のトロポニンT/GDF−15比は、その薬物療法が適切ではなく適応させるべきであることの指標となる。
【0244】
本発明の他の態様において、ナトリウム利尿ペプチド/GDF 15比を求める。ナトリウム利尿ペプチドは、好ましくはBNP型またはANP型ナトリウム利尿ペプチド、よりさらに好ましくはBNPまたはNT−proBNP、特にNT−proBNPである。
【0245】
上記方法の他の好ましい態様において、GDF−15の量に対するナトリウム利尿ペプチドの量の比を求め、GDF−15の量に対するナトリウム利尿ペプチドの量の基準比と比較する。好ましくは、基準比は療法適応の必要がない対象、または療法を適応させるべき対象(したがって、療法適応が有益であろう対象)に由来する。
【0246】
好ましくは、基準比と比較して、被験対象に由来する試料におけるGDF−15の量に対するナトリウム利尿ペプチドの量の比が高いのは、療法適応が必要ではなく、したがってその療法を継続できる(したがって、その療法を変更すべきではない)ことを示し、これに対し、基準比と比較して、被験対象に由来する試料におけるGDF−15の量に対するナトリウム利尿ペプチドの量の比が低いのは、その療法を適応させるべきであることを示す。好ましい基準比を下記に述べる。
【0247】
一般に、≧(等しいか、またはより高い)約0.8、好ましくは約1.9のNT−proBNP/GDF−15比は、その薬物療法が適切であって変更すべきではないことの指標となる。これに対し、<(より低い)約0.7、好ましくは約0.4のNT−proBNP/GDF−15比は、その薬物療法が適切ではなく適応させるべきであることの指標となる。
【0248】
薬物療法を受けており、かつ心不全または心不全に先立つ病期(心不全のリスク因子を含む)に罹患している対象においてその薬物療法をモニタリングする方法に関して、好ましくは下記を適用する:
好ましくは、心臓性トロポニン/GDF 15比を求める;心臓性トロポニンは、好ましくはトロポニンTまたはトロポニンI、特にトロポニンTである。これにより、各対象の処置に関してしばしばより深い情報を得ることができる。一般に、高い心臓性トロポニン/GDF−15比は、しばしば炎症プロセスを抑制する適切な薬物療法の指標となる。したがって、GDF−15の量に対する心臓性トロポニンの量の比が高いのは、好ましくはその療法が適切であり、したがってその療法を継続できることを示す。したがって、GDF−15の量に対する心臓性トロポニンの量の比が低いのは、その療法が適切ではないことを示す。
【0249】
上記方法の好ましい態様において、GDF−15の量に対する心臓性トロポニンの量の比を求め、GDF−15の量に対する心臓性トロポニンの量の基準比と比較する。好ましくは、基準比は療法が適切である対象、または療法が適切ではない対象に由来する。
【0250】
好ましくは、基準比と比較して、被験対象に由来する試料におけるGDF−15の量に対する心臓性トロポニンの量の比が高いのは、その療法が適切である(したがって、その療法を変更すべきではない)ことを示し、これに対し、基準比と比較して、被験対象に由来する試料におけるGDF−15の量に対する心臓性トロポニンの量の比が低いのは、その療法が適切ではないことを示す。好ましい基準比を下記に述べる。
【0251】
本発明のよりさらに好ましい態様において、上記の心臓性トロポニン/GDF 15比を、個々の濃度と合わせて用いる。
一般に、≧(等しいか、またはより高い)約0.01、好ましくは約0.017のトロポニンT/GDF−15比は、その薬物療法が適切であることの指標となる。これに対し、<(より低い)約0.01、好ましくは約0.005のトロポニンT/GDF−15比は、その薬物療法が適切ではないことの指標となる。
【0252】
本発明の他の態様において、ナトリウム利尿ペプチド/GDF 15比を求める。ナトリウム利尿ペプチドは、好ましくはBNP型またはANP型ナトリウム利尿ペプチド、よりさらに好ましくはBNPまたはNT−proBNP、特にNT−proBNPである。
【0253】
上記方法の好ましい態様において、GDF−15の量に対するナトリウム利尿ペプチドの量の比を求め、GDF−15の量に対するナトリウム利尿ペプチドの量の基準比と比較する。好ましくは、基準比は療法が適切である対象、または療法が適切ではない対象に由
来する。
【0254】
好ましくは、基準比と比較して、被験対象に由来する試料におけるGDF−15の量に対するナトリウム利尿ペプチドの量の比が高いのは、療法適応が適切であることを示し、これに対し、基準比と比較して、被験対象に由来する試料におけるGDF−15の量に対するナトリウム利尿ペプチドの量の比が低いのは、その療法が適切ではないことを示す。好ましい基準比を下記に述べる。
【0255】
一般に、約0.8、好ましくは約1.9と等しいか、またはそれより高いNT−proBNP/GDF−15比は、その薬物療法が適切であることの指標となる。これに対し、<(より低い)約0.7、好ましくは約0.4のNT−proBNP/GDF−15比は、その薬物療法が適切ではないことの指標となる。
【0256】
本発明の対象(心不全に罹患しており、ACC/AHA分類法の病期Cに分類される;あるいは心不全のリスク因子をもつか、あるいは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴い、好ましくはACC/AHA分類法の病期AまたはBに分類される)は既に上記状態の処置、一般にACE阻害薬、アンギオテンシン受容体遮断薬およびアルドステロンアンタゴニストから選択される薬物療法を受けていると理解すべきである。よりさらに好ましい態様において、対象はアルドステロンアンタゴニストの投与を受けていない。
【0257】
薬物療法の適応の決定に際して、好ましい態様はアルドステロンアンタゴニストの投与の決定、またはアルドステロンアンタゴニストの濃度の補充の決定、または別種もしくは追加のアルドステロンアンタゴニストの投与の決定である。
【0258】
したがって療法適応は、好ましくはi)アルドステロンアンタゴニストの投与、ii)アルドステロンアンタゴニストの濃度(特に、特に量)の補充、およびiii)別種もしくは追加のアルドステロンアンタゴニストの投与から選択される。本方法の実施前に(すなわち、試料を入手する前に)対象がアルドステロンアンタゴニストを投与されていないならば、好ましくはi)が推奨される。本方法の実施前に(すなわち、試料を入手する前に)対象がアルドステロンアンタゴニストを投与されていたならば、好ましくはii)またはiii)が推奨される。
【0259】
個体におけるGDF−15またはそのバリアントの濃度が、炎症プロセスが優勢であることを示す場合、心不全または心不全に先立つ病期を示す個体では、特に心臓性トロポニンの濃度を考慮して薬物療法を適応させるべきである。好ましくは、アルドステロンアンタゴニストの投与を開始すべきである。
【0260】
個体の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度が、その個体は心不全および心不全に先立つ病期に罹患していることを示す場合、特に炎症プロセスを示す個体または示さない個体のGDF−15またはそのバリアントの濃度を考慮して、炎症プロセスが優勢であることをGDF−15濃度が示せば、その薬物療法を適応させるべきであり、健康な個体に対比してGDF−15濃度が増大していないかまたはわずかしか増大しておらず、炎症プロセスが存在しないかまたは優勢ではないことを示せば、その薬物療法を適応させるべきではない。
【0261】
細胞間にコラーゲンが沈着する結果として左心室はより硬くなるので、心臓におけるコラーゲン合成が拡張期機能不全の理由であると考えられる。その結果、充満能が損なわれる。したがって、拡張期機能不全に罹患するリスクをもつ個体、または拡張期機能不全を発症しようとしている個体、または悪化する可能性のある拡張期機能不全に罹患している
個体を処置するには、アルドステロンアンタゴニストが特に適切であると思われる。
【0262】
本発明のこの態様に関して、用語“増加した”および“減少した”は、健康な対象における平均値に対するものである。これらの数値は当業者に既知であり、下記のとおりである:トロポニンTについては約2.0pg/mL、または約3pg/ml(または、検査
法の感度約2.0を考慮に入れると0.0pg/mL);GDF−15については約680pg/ml、好ましくは約580pg/mL、特に約500pg/mL;NT−proBNPについては約68pg/ml、好ましくは約37pg/mL、特に約18pg/mL。
【0263】
当業者に知られているように、健康な対象におけるNT−ProBNPの平均値は年齢と共に増大する(たとえば、18〜44歳では37pg/mL、55〜64歳では72pg/ml、65〜74歳では107pg/ml、75歳以上では211pg/ml)。当業者は、ナトリウム利尿ペプチドの量が増加しているかどうかを評価する際にはこれを考慮する。したがって、ある量のナトリウム利尿ペプチドが健康な個体からの試料中の量に対比してたとえば少なくとも20%増加しているかどうかは、当業者が容易に判定できる。
【0264】
GDF−15の場合は、本発明に関して用いる用語“増加した”および“減少した”は、健康な個体に対比して、少なくとも10%、好ましくは少なくとも20%の増加または減少を表わす;トロポニンTおよびNT−proBNPの場合は、本発明に関して用いる用語“増加した”および“減少した”は、健康な個体に対比して、少なくとも20%、好ましくは少なくとも30%の増加または減少を表わす。したがって、健康な対象からの試料中の量に対比して、あるいは心不全のリスク因子をもつけれども心不全に先立つ機能および/または構造の異常を伴わない対象(特に、病期Aの対象)からの試料中の量に対比して、好ましくは少なくとも20%、またはより好ましくは少なくとも30%の心臓性トロポニン、特にトロポニンTの増加は、心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、機能および/または構造の異常の診断の指標となる。さらに好ましくは、上記の量に対比して少なくとも50%の心臓性トロポニン、特にトロポニンTの増加は、心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、機能および/または構造の異常の診断の指標となる。好ましくは、被験対象と基準対象のリスク因子は同じである。
【0265】
健康な対象/個体は、好ましくは心不全のリスク因子を保有しない対象、特に正常血圧の対象である(たとえば、実施例1のグループ1を参照)。より好ましくは、その対象は、心不全のリスク因子を保有せず、かつ心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の機能および構造の異常をもたない対象である。健康な対象は、好ましくは心不全のリスク因子を保有するけれども、心不全に先立つ、および/またはLVHに先立つ、機能および/または構造の異常をもたない対象であることがさらに好ましい(たとえば、実施例1のグループ2を参照)。好ましくは、心不全のリスク因子を保有するけれども、心不全に先立つ、および/またはLVHに先立つ、機能および/または構造の異常をもたない対象は、病期Aの対象である。好ましくは、健康な対象が心不全のリスク因子を保有するならば、被験対象は同じリスク因子を保有する。
【0266】
好ましくは、健康な対象からの(または心不全のリスク因子を保有するけれども、心不全に先立つ機能および/または構造の異常をもたない対象(特に、病期Aの対象)からの)試料中の心臓性トロポニンの量と比較して減少しているかまたは本質的に同じである、被験対象からの試料中の心臓性トロポニンの量は、その対象が心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、機能および/または構造の異常を伴わないことを示す。
【0267】
トロポニンTについてカットオフ量として使用できる特に好ましい基準量は、好ましく
は3.3pg/ml、またはより好ましくは3.5pg/mlである。トロポニンIについてカットオフ量として使用できる特に好ましい基準量は、好ましくは9pg/mlである。好ましい基準範囲は0.2〜9pg/mlであろう。基準量より多い、対象からの試料中の、好ましくは血清または血漿試料中の心臓性トロポニンの量は、好ましくは、その対象が心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の構造または機能の異常に罹患していることを示す。基準量より少ない、対象からの試料中の、好ましくは血清または血漿試料中の心臓性トロポニンの量は、好ましくは、その対象が心不全に先立つ、および/または左心室肥大に先立つ、心臓の構造または機能の異常に罹患していないことを示す。
【0268】
IGFBP7についてカットオフ量として使用できる特に好ましい基準量は、好ましくは42.6pg/ml、またはより好ましくは46.2pg/mlである。好ましい基準範囲は33.3pg/ml〜46.2pg/mlである。
【0269】
用語“ナトリウム利尿ペプチド”は、同じ予測力価をもつ心房性ナトリウム利尿ペプチド(
Atrial
Natriuretic
Peptide)(ANP)型および脳ナトリウム利尿ペプチド(
Brain
Natriuretic
Peptide)(BNP)型ペプチドならびにそのバリアントを含む。本発明によるナトリウム利尿ペプチドは、ANP型およびBNP型ペプチドならびにそのバリアントを含む(たとえば、Bonow, 1996, Circulation 93: 1946-1950を参照)。ANP型ペプチドは、pre−proANP、proANP、NT−proAN、およびANPを含む。BNP型ペプチドは、pre−proBNP、proBNP、NT−proBNP、およびBNPを含む。プレプロ(pre−pro)ペプチド(pre−proBNPの場合は134アミノ酸)は短いシグナルペプチドを含み、それが酵素により開裂除去されてプロペプチド(proBNPの場合は108アミノ酸)を放出する。プロペプチドは、さらに開裂してN末端プロペプチド(NT−proペプチド;NT−proBNPの場合は76アミノ酸)と活性ホルモン(BNPの場合は32アミノ酸、ANPの場合は28アミノ酸)になる。好ましくは、本発明によるナトリウム利尿ペプチドは、NT−proANP、ANP、およびより好ましくはNT−proBNP、BNP、ならびにそのバリアントである。ANPおよびBNPは活性ホルモンであり、それらのそれぞれの不活性カウンターパートNT−proANPおよびNT−proBNPより短い半減期をもつ。BNPは血中で代謝され、これに対しNT−proBNPは血中を無傷分子として循環し、したがって腎臓により排出される。NT−proBNPのインビボ半減期は、BNPの半減期(20分)より120分長い(Smith 2000, J Endocrinol. 167: 239-46.)。予備分析によればNT−proBNPはより強靭であり、試料を容易に中央研究所へ輸送できる(Mueller 2004,
Clin Chem Lab Med 42: 942-4.)。血液試料を室温で数日間保存でき、あるいは回収率の損失なしに郵送または搬送できる。これに対し、BNPを室温または4℃で48時間で保存すると、少なくとも20%の濃度損失が生じる(Mueller 前掲; Wu 2004, Clin Chem 50: 867-73.)。したがって、目的とするタイムコースまたは特性に応じて、活性形態または不活性形態のいずれかのナトリウム利尿ペプチドの測定が有利な可能性がある。本発明による最も好ましいナトリウム利尿ペプチドは、NT−proBNPまたはそのバリアントである。前記に簡単に考察したように、本発明に従って述べるヒトNT−proBNPは、好ましくはヒトNT−proBNP分子のN末端部分に対応する長さの76アミノ酸を含むポリペプチドである。ヒトのBNPおよびNT−proBNPの構造は、既に先行技術文献、たとえばWO 02/089657、WO 02/083913、またはBonow 前掲に詳細に記載されている。好ましくは、本発明に用いるヒトNT−proBNPは、EP 0 648 228 Blに開示さ
れているヒトNT−proBNPである。これらの先行技術文献を、それらに開示されているNT−proBNPおよびそのバリアントの個々の配列に関して本明細書に援用する。本発明に従って述べるNT−proBNPは、さらに上記に考察したヒトNT−proBNPに対する対立遺伝子バリアントおよびその特定の配列の他のバリアントを包含する。詳細には、ヒトNT−proBNPに対して、好ましくはヒトNT−proBNPの全
長にわたって、アミノ酸レベルで少なくとも50%、60%、70%、80%、85%、90%、92%、95%、97%、98%、または99%同一であるバリアントポリペプチドが含まれる。2つのアミノ酸配列間の同一度は、当技術分野で周知のアルゴリズムにより判定できる。好ましくは、同一度は、2つの最適状態にアラインさせた配列を比較ウィンドウにわたって比較することにより判定すべきであり、その際、比較ウィンドウ内のアミノ酸配列のフラグメントは、最適アラインメントのために基準配列(付加または欠失を含まないもの)と比較して付加または欠失(たとえば、ギャップまたはオーバーハング)を含むことができる。両配列中に同一アミノ酸残基が現われる位置の数を測定して一致した位置の数を求め、この一致した位置の数を比較ウィンドウ内の位置の総数で割り、その商に100を掛けることによりパーセントを計算して、配列同一パーセントを求めることができる。比較のための配列の最適アラインメントは、下記により実施できる:Smith and Waterman Add. APL. Math. 2:482 (1981)の局所相同アルゴリズム、Needleman and Wunsch J. Mol. Biol. 48:443 (1970)の相同アラインメントアルゴリズム、Pearson and Lipman Proc. Natl. Acad. Sci. (USA) 85: 2444 (1988)の類似性検索法、これらのアルゴリズムのコンピューター化実行(GAP、BESTFIT、BLAST、PASTA、およびTFASTA:Wisconsin Genetics Software Package中, Genetics Computer Group
(GCG), 575 Science Dr., Madison, WI)、または目視検査。比較のための2配列が同定
されれば、好ましくはGAPおよびBESTFITを用いてそれらの最適アラインメントを決定し、こうして同一度を判定する。好ましくは、ギャップ重みにつき5.00およびギャップ重み長さにつき0.30ののデフォルト値を用いる。前記に述べたバリアントは、対立遺伝子バリアント、または他のいずれかの種特異的なホモログ、パラログもしくはオルソログであってもよい。実質的に類似し、同様に考慮されるものは、各全長ペプチドに対する診断手段またはリガンドによってなお認識されるタンパク質分解生成物である。同様に包含されるのは、ヒトNT−proBNPのアミノ酸配列と比較してアミノ酸の欠失、置換および/または付加をもつバリアントポリペプチドであるが、ただしそれらのポリペプチドがNT−proBNP特性をもつ限りにおいてである。本明細書中で述べるNT−proBNP特性は、免疫学的特性および/または生物学的特性である。好ましくは、NT−proBNPバリアントは、ヒトNT−proBNPのものに匹敵する免疫学的特性(すなわち、エピトープ組成)をもつ。したがって、それらのバリアントはナトリウム利尿ペプチドの量の測定のために用いる前記の手段またはリガンドにより認識されるはずである。NT−proBNPの生物学的特性および/または免疫学的特性は、Karlら(Karl 1999, Scand J Clin Lab Invest 230:177-181)、Yeoら(Yeo 2003, Clinica Chimica Acta 338:107-115)が記載したアッセイ法により検出できる。バリアントには、翻訳後修
飾されたペプチド、たとえばグリコシル化されたペプチドも含まれる。さらに、本発明によるバリアントは、試料を採集した後に、たとえば標識、特に放射性標識または蛍光標識をペプチドに共有結合または非共有結合させることにより修飾したペプチドまたはポリペプチドでもある。
【0270】
本発明のこの態様(すなわち、ACE阻害薬、アンギオテンシン受容体遮断薬およびアルドステロンアンタゴニストから選択される医薬の投与を受けている対象における、療法のモニタリング方法および療法適応方法)に関する対象は、本発明の主題である心臓の異常または疾患に罹患していない個体に関して引用したマーカーの濃度に影響を及ぼす疾患に罹患していてはならないことを理解すべきである。したがって、その対象は、心不全/心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を除いて、また心不全に罹患するリスク因子を除いて、臨床的に健康でなければならない。さらに、対象は糖尿病に罹患していてはならず、肝疾患を伴うべきではなく、妊娠していてはならず、かつ悪性疾患に罹患していてはならない。
【0271】
心臓性トロポニン(トロポニンTまたはそのバリアントおよびトロポニンIまたはそのバリアント)、NT−proBNPまたはそのバリアント、および−より低い程度で−G
DF−15またはそのバリアントについて本発明において引用した濃度を、腎機能障害に罹患している患者、好ましくは腎不全に罹患している患者、特に慢性および終末期の腎不全に罹患している患者には適用できないことは、当業者には自明である。本発明の好ましい態様において、腎機能障害に罹患している患者、好ましくは腎不全に罹患している患者、特に慢性および終末期の腎不全に罹患している患者は、本発明の方法には含まれない(本発明から除外される)。他の好ましい態様において、腎性高血圧症を伴う患者は本発明の方法には含まれない(本発明から除外される)。
【0272】
好ましくは、本明細書中で用いる“対象”は、腎機能障害に罹患している患者、好ましくは腎不全に罹患している患者、特に慢性および終末期の腎不全に罹患している患者、より好ましくは腎性高血圧症を伴う患者、最も好ましくはこの文中に述べる疾患および状態のうち1以上に罹患しているすべての患者を除外する。これに関して、“腎不全”は、60〜120ml/分の通常範囲より低い、好ましくは60ml/分未満である糸球体濾過率(GFR)障害とみなされる。慢性腎不全は、持続的な進行性の腎機能劣化であり、これは結果的にしばしば終末期腎不全になる。終末期腎不全は、GFRが約30ml/分の率にまで達した時点で診断される。GFRはクレアチニンクリアランスにより測定され、これは当業者に知られている。腎機能障害を伴う対象は、ペプチドのクリアランスが損なわれるため、前記に引用したものより高いトロポニンIおよびトロポニンTのレベルを示す。そのレベルは、腎障害の重症度に伴って変動する。
【0273】
腎障害の重症度は、以下に示すように種々のグレードに分類される:
0: ≧90ml/分
1: ≧90ml/分;ミクロアルブミン尿症を伴う
2: ≧60 〜 <90ml/分
3: ≧30 〜 <60ml/分
4: ≧15 〜 <30ml/分
5: <15ml/分
(出典: National Kidney Foundation, Am J. Kidney Dis 39 suppi 1, 2002; Clinical Practice Guidelines for chronic kidney diseaseに発表)。
【0274】
本明細書中に述べる対象は、好ましくは病期Aを脱して病期Bに入ろうとしているはずである(または、初期の病期Bに入っているはずである)。したがって、対象は、好ましくは心筋梗塞の病歴をもつはずはなく、特に心筋梗塞の病歴をもつことが分かっているはずはない。したがって、本明細書中で用いる用語“対象”は、好ましくは、心筋梗塞の病歴をもつことが分かっている対象を除外する。これは特に、本明細書中に述べる診断方法、鑑別方法、薬物療法のモニタリング方法、および予測方法に適用される。
【0275】
心筋梗塞(MI)の病歴をもたない対象は、好ましくは、過去に、すなわち被験試料を入手する前に、心筋梗塞に罹患しなかった(特に、心筋梗塞と診断されなかった)。用語“心筋梗塞”は当技術分野で周知である。本明細書中で用いるこの用語には、好ましくは、ST上昇型MI(STEMI)および非ST上昇型MI(NSTEMI)が含まれる。
【0276】
同様に好ましくは、本明細書中で用いる用語“対象”は、好ましくは、冠動脈疾患に罹患している対象を除外する。したがって、被験対象は、冠動脈疾患に罹患しているはずはない。これは特に、本明細書中に述べる診断方法、鑑別方法、薬物療法のモニタリング方法、および予測方法に適用される。
【0277】
用語“冠動脈疾患”(CAD;しばしば冠動脈性心疾患(CHD)とも呼ばれる)は当業者に知られている。この用語は、好ましくは、主冠動脈のうち少なくとも1つが狭くなり、これによって血管当たり50%以上の狭窄が起きた状態を表わす。CADに罹患して
いない対象は、主冠動脈の狭窄が50%未満である(したがって、閉塞は50%未満である)。冠動脈の閉塞度を評価する方法は当技術分野で周知であり、好ましくは閉塞度は冠動脈造影法により評価される。
【0278】
さらに、本発明の方法に関する被験対象は、ナトリウム利尿ペプチドのレベルが増大していないことが好ましい。これは特に、本明細書中に述べる診断方法、鑑別方法、薬物療法のモニタリング方法、および予測方法に適用される。好ましくは、対象は脳ナトリウム利尿ペプチドのレベルが増大していない。より好ましくは、対象はBNP型ナトリウム利尿ペプチドのレベルが増大していない。最も好ましくは、対象はNT−proBNPのレベルが増大していない。
【0279】
ナトリウム利尿ペプチド、特にNT−proBNPのレベルが増大していない対象は、健康な個体と対比して、より好ましくは心不全のリスク因子を保有するけれどもLVHおよび/または心不全に先立つ機能および/または構造の異常をもたない健康な対象(特に、病期Aの対象)からの試料中の量に対比して、好ましくは同じ心不全のリスク因子を保有し、かつLVHに先立つ、および/または心不全に先立つ、機能および/または構造の異常をもつ対象(特に、初期の病期Bの対象)からの試料中の量に対比して、好ましくはナトリウム利尿ペプチドの増加が20%未満である。より好ましくは、上記のレベルと比較して、対象はNT−proBNPのレベルが10%未満である。上記のレベルは血清レベルにも適用される。
【0280】
用語“試料”は、体液の試料、分離した細胞の試料、または組織もしくは臓器からの試料を表わす。体液の試料は周知の技術により得ることができ、好ましくは血液、血漿、血清、尿の試料、血液、血漿または血清の試料を含む。試料は測定すべきマーカーに依存することを理解すべきである。したがって、本明細書中に述べるポリペプチドを種々の試料において測定することが包含される。好ましくは、血清または血漿の試料中の心臓性トロポニンまたはそのバリアント、NT−proBNPまたはそのバリアント、GDF 15またはそのバリアント、およびIGFBP7またはそのバリアントを測定する。
【0281】
本発明によれば、ペプチドまたはポリペプチドの濃度の測定は、試料中のペプチドの濃度を測定するためのあらゆる既知手段により達成できる(用語“レベル”と“量”は、好ましくは本明細書中で互換性をもって用いられる)。それらの手段には、標識した分子を多様なサンドイッチ、競合、または他のアッセイ方式で利用できるイムノアッセイのデバイスおよび方法が含まれる。それらのアッセイ法では、ペプチドまたはポリペプチドの存在または不存在の指標となる信号が発生するであろう。さらにその信号強度を、好ましくは試料中に存在するポリペプチドの濃度に直接または間接的に(たとえば、反比例)相関させることができる。他の適切な方法は、そのペプチドまたはポリペプチドに特異的な物理的または化学的性質、たとえばそれの厳密な分子質量またはNMRスペクトルを測定することを含む。それらの方法は、好ましくはバイオセンサー、イムノアッセイに連携させた光学デバイス、バイオチップ、分析機器、たとえば質量分析計、NMR分析器、またはクロマトグラフィー装置を含む。さらに、方法にはマイクロプレートELISAに基づく方法、完全自動化またはロボット式イムノアッセイ法(たとえば、Elecsys(商標)分析器で得られる)、CBA(酵素コバルト結合アッセイ(
Cobalt
Binding
Assay);たとえば、Roche−Hitachi(商標)分析器で得られる)、およびラテックス凝集アッセイ法(たとえば、Roche−Hitachi(商標)分析器で得られる)が含まれる。
【0282】
好ましくは、ペプチドまたはポリペプチドの濃度の測定は下記の段階を含む:(a)その強度がペプチドまたはポリペプチドの濃度の指標となる細胞応答を誘発できる細胞を、そのペプチドまたはポリペプチドと、適宜な期間接触させる、(b)その細胞応答を測定
する。細胞応答を測定するために、試料または処理した試料を、好ましくは細胞培養物に添加し、内部または外部細胞応答を測定する。細胞応答には、測定可能なレポーター遺伝子の発現、または物質、たとえばペプチド、ポリペプチドもしくは小分子の分泌を含めることができる。その発現または物質は、ペプチドまたはポリペプチドの濃度に相関する強度信号を発生するはずである。
【0283】
同様に好ましくは、ペプチドまたはポリペプチドの濃度の測定は、試料中のペプチドまたはポリペプチドからの特異的強度信号を測定する段階を含む。前記のように、そのような信号は質量スペクトル中にペプチドもしくはポリペプチドに特異的なm/z変数で観察される信号強度、またはペプチドもしくはポリペプチドに特異的なNMRスペクトルであってもよい。
【0284】
ペプチドまたはポリペプチドの濃度の測定は、好ましくは下記の段階を含むことができる:(a)ペプチドを特異的リガンドと接触させる、(b)(場合により)結合していないリガンドを除去する、(c)結合したリガンドの濃度を測定する。結合したリガンドは強度信号を発生するであろう。本発明による結合には共有結合および非共有結合の両方が含まれる。本発明によるリガンドは、本明細書に記載するペプチドまたはポリペプチドに結合するいずれかの化合物、たとえばペプチド、ポリペプチド、核酸、または小分子であってもよい。好ましいリガンドには、抗体、核酸、ペプチドまたはポリペプチド、たとえば前記のペプチドまたはポリペプチドに対する受容体または結合パートナー、およびそのフラグメントであって前記ペプチドに対する結合ドメインを含むもの、ならびにアプタマー、たとえば核酸アプタマーまたはペプチドアプタマーが含まれる。そのようなリガンドを調製する方法は当技術分野で周知である。たとえば、適切な抗体またはアプタマーの同定および調製は業者も提供している。より高い親和性または特異性をもつそのようなリガンドの誘導体を開発する方法は、当業者に周知である。たとえば、核酸、ペプチドまたはポリペプチドにランダム変異を導入することができる。これらの誘導体を、次いで当技術分野で既知のスクリーニング法、たとえばファージディスプレーに従って、結合について試験することができる。本明細書に述べる抗体には、ポリクローナル抗体およびモノクローナル抗体の両方、ならびにそのフラグメント、たとえば抗原またはハプテンに結合できるFv、FabおよびF(ab)
2フラグメントが含まれる。本発明には、一本鎖抗体、および目的とする抗原特異性を示すヒト以外のドナー抗体のアミノ酸配列がヒト−アクセプター抗体の配列と結合したヒト化ハイブリッド抗体も含まれる。ドナー配列は、通常はドナーの少なくとも抗原結合アミノ酸残基を含むであろうが、ドナー抗体の他の構造および/または機能関連のアミノ酸残基も含むことができる。そのようなハイブリッドは、当技術分野で周知である幾つかの方法により調製できる。好ましくは、そのリガンドまたは作用剤は前記のペプチドまたはポリペプチドに特異的に結合する。本発明による特異的結合は、そのリガンドまたは作用物が、被験試料中に存在する他のペプチド、ポリペプチド、または物質に実質的に結合(それらと“交差反応”)すべきではないことを意味する。好ましくは、特異的に結合されるペプチドまたはポリペプチドは、他のいずれかの関連ペプチドまたはポリペプチドより少なくとも3倍高い、好ましくは少なくとも10倍高い、よりさらに好ましくは少なくとも50倍高い親和性で結合されるべきである。非特異的結合は、たとえばウェスタンブロットにおけるそれのサイズにより、または試料中における相対的に高いそれの存在度により、それがなお確実に識別および測定可能であれば許容できる。リガンドの結合は、当技術分野で既知のいずれかの方法により測定できる。好ましくは、その方法は半定量的または定量的である。適切な方法を以下に記載する。
【0285】
第1に、リガンドの結合は、直接的に、たとえばNMRまたは表面プラズモン共鳴により測定できる。
第2に、リガンドが目的のペプチドまたはポリペプチドの酵素活性の基質としても作用するならば、酵素反応生成物を測定してもよい(たとえば、ブロテアーゼの濃度は、開裂
した基質の濃度を、たとえばウェスタンブロット上で測定することにより測定できる)。あるいは、リガンドはそれ自体が酵素特性を示す場合があり、“リガンド/ペプチドまたはポリペプチド”複合体、すなわちそれぞれペプチドまたはポリペプチドが結合したリガンドを、強度信号の発生により検出できる適切な基質と接触させることができる。酵素反応生成物の測定のために、好ましくは基質の濃度を飽和させる。反応前に基質を検出可能な標識で標識化することもできる。好ましくは、適切な期間、試料を基質と接触させる。適切な期間とは、検出可能な、好ましくは測定可能な濃度の生成物が生成するのに必要な時間を表わす。生成物の濃度を測定する代わりに、一定の(たとえば、検出可能な)濃度の生成物が出現するのに必要な時間を測定してもよい。
【0286】
第3に、リガンドの検出および測定を可能にする標識にリガンドを共有結合または非共有結合によりカップリングさせてもよい。標識化は、直接法または間接法により実施できる。直接標識化は、標識をリガンドに直接カップリングさせる(共有結合または非共有結合により)ことを伴う。間接標識化は、二次リガンドを一次リガンドに結合させる(共有結合または非共有結合により)ことを伴う。二次リガンドは一次リガンドに結合すべきである。二次リガンドは適切な標識とカップリングさせてもよく、および/または二次リガンドに結合する三次リガンドの標的(受容体)であってもよい。信号を増強するために、二次、三次またはさらに高次のリガンドの使用がしばしば採用される。適切な二次およびさらに高次のリガンドには、抗体、二次抗体、および周知のストレプトアビジン−ビオチン系(Vector Laboratories,Inc.)を含めることができる。リガンドまたは基質に、当技術分野で既知である1以上のタグを“タグ付け”することもできる。その際、そのようなタグはより高次のリガンドに対する標的であってもよい。適切なタグには、ビオチン、ジゴキシゲニン、His−タグ、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ、FLAG、GFP、myc−タグ、インフルエンザAウイルスヘマグルチニン(HA)、マルトース結合タンパク質などが含まれる。ペプチドまたはポリペプチドの場合、タグは好ましくはN−末端および/またはC−末端にある。適切な標識は、適切な検出法により検出できるいずれかの標識である。一般的な標識には、金粒子、ラテックスビーズ、アクリダン(acridan)エステル、ルミノール、ルテニウム、酵素活性標識、放射性
標識、磁性標識(たとえば“磁性ビーズ”;常磁性標識および超常磁性標識を含む)、および蛍光標識が含まれる。酵素活性標識には、たとえば西洋わさびペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼ、ベータ−ガラクトシダーゼ、ルシフェラーゼ、およびその誘導体が含まれる。検出に適した基質には、ジアミノ−ベンジジン(DAB)、3,3’−5,5’−テトラメチルベンジジン、NBT−BCIP(4−ニトロブルーテトラゾリウムクロリドおよび5−ブロモ−4−クロロ−3−インドリル−ホスフェート;既製原液としてRoche Diagnosticsから入手できる)、CDP−Star(商標)(Amersham Biosciences)、ECF(商標)(Amersham Biosciences)が含まれる。適切な酵素−基質の組合わせは、着色した反応生成物、蛍光または化学発光を生じることができ、それを当技術分野で既知の方法に従って(たとえば、感光フィルムまたは適切なカメラシステムを用いて)測定できる。酵素反応の測定には前記の基準を同様に適用する。一般的な蛍光標識には、蛍光タンパク質(たとえば、GFPおよびそれの誘導体)、Cy3、Cy5、テキサスレッド、フルオレセイン、およびAlexa色素(たとえば、Alexa 568)が含まれる。他の蛍光標識を、たとえばMolecular Probes(オレゴン州)から入手できる。蛍光標識としての量子ドットの使用も考慮される。一般的な放射性標識には、
35S、
125I、
32P、
33Pなどが含まれる。放射性標識はいずれか既知の適切な方法、たとえば感光フィルムまたはホスホイメージャー(phosphr imager)により検出できる。本発明による適切な測定方法には、下記のものも含まれる:沈降法(特に免疫沈降法)、電気化学発光(電気的に発生する化学発光)、RIA(ラジオイムノアッセイ)、ELISA(酵素結合イムノソルベントアッセイ)、サンドイッチ酵素免疫検定、電気化学発光サンドイッチイムノアッセイ(electrochemiluminescence sandwich immunoassays、ECLIA)、解離増強
ランタニドフルオロイムノアッセイ(dissociation-enhanced lanthanide fluoro immuno assay 、DELFIA)、シンチレーション近接アッセイ(scintillation proximity assay、SPA)、タービジメトリー、ネフェロメトリー、ラテックス増強型のタービジメトリーもしくはネフェロメトリー、または固相免疫検定。当技術分野で既知のさらに他の方法(たとえば、電気泳動、2Dゲル電気泳動、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)、ウェスタンブロット法、および質量分析)を単独で、または前記の標識法その他の検出法と組み合わせて使用できる。
【0287】
ペプチドまたはポリペプチドの量は、好ましくは下記に従って測定することもできる:(a)前記に詳述したペプチドまたはポリペプチドに対するリガンドを含む固体支持体を、ペプチドまたはポリペプチドを含む試料と接触させ、そして(b)支持体に結合したペプチドまたはポリペプチドの量を測定する。好ましくは核酸、ペプチド、ポリペプチド、抗体およびアプタマーからなる群から選択されるリガンドは、好ましくは固体支持体上に固定化された形態で存在する。固体支持体を作成するための材料は当技術分野で周知であり、特に市販のカラム材料、ポリスチレンビーズ、ラテックスビーズ、磁性ビーズ、コロイド金属粒子、ガラスおよび/またはシリコンのチップおよび表面、ニトロセルロースストリップ、メンブレン、シート、デュラサイト(duracyte)類、反応トレーのウェルおよび壁、プラスチックチューブなどが含まれる。リガンドまたは作用剤を多様なキャリヤーに結合させることができる。周知のキャリヤーの例には、ガラス、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリカーボネート、デキストラン、ナイロン、アミロース類、天然および改質セルロース類、ポリアクリルアミド類、アガロース類、および磁鉄鉱が含まれる。本発明の目的に対して、キャリヤーの性質は可溶性または不溶性のいずれであってもよい。前記リガンドを固定/固定化するのに適切な方法は周知であり、イオン性、疎水性、共有結合性の相互作用などが含まれるが、これらに限定されない。“懸濁アレイ”を本発明によるアレイとして用いることも考慮される(Nolan 2002, Trends Biotechnol. 20(1): 9-12)。そのような懸濁アレイにおいて、キャリヤー、たとえばマイクロビーズまたはマイクロスフェアは懸濁状態で存在する。このアレイは、種々のリガンドを保有する標識されていてもよい種々のマイクロビーズまたはマイクロスフェアからなる。そのようなアレイを調製する方法、たとえば固相化学および光不安定保護基に基づくものが一般に知られている(US 5,744,305)。
【0288】
本明細書中で用いる用語“濃度”は、あるポリペプチドまたはペプチドの絶対濃度、そのポリペプチドまたはペプチドの相対濃度、およびそれらと相関するかまたはそれらから誘導できるいずれかの数値またはパラメーターを包含する。そのような数値またはパラメーターは、そのペプチドから直接測定により得られるすべての特異的な物理的または化学的特性からの強度信号値、たとえば質量スペクトルまたはNMRスペクトルにおける強度値を含む。さらに本明細書中の他の箇所に詳述した間接測定により得られるすべての数値またはパラメーター、たとえば生物学的読出し系から前記ペプチドに応答して測定された応答レベル、または特異的に結合したリガンドから得られる強度信号が包含される。上記の濃度またはパラメーターに相関する数値はあらゆる標準的数学操作によっても得られることを理解すべきである。
【0289】
本発明はさらに、本発明方法の実施に適応させた、下記のものを含むデバイスを包含する:
a)下記のペプチドの濃度を測定するための手段:
心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはトロポニンIまたはそのバリアント;
および場合により下記の手段のうち1以上:
炎症マーカー、好ましくはGDF−15もしくはそのバリアントの濃度を測定するための手段;および/またはIGFBP7もしくはそのバリアントの濃度を測定するための
手段;
b)段階a)で測定した濃度を対照試料中のそれらのマーカーの各濃度と比較し、これにより本発明の方法を実施するための手段。
【0290】
このデバイスは、本発明方法の実施に適応させてある。本発明の方法は、好ましくは下記を含む:
心不全および/または個々の発作および/または個々の慢性腎疾患を発症するリスク因子を保有する対象において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する;ならびに/あるいは
心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、その対象がリスク因子を保有するだけであるか、あるいはその対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を既に伴うかを鑑別する;ならびに/あるいは
心不全を発症するリスク因子を保有する対象が心不全に罹患するリスクを予測する。
【0291】
一般に、対象(すなわち、リスク因子を保有し、ならびに/あるいは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う個体)は、心不全に罹患していない;すなわち、その患者はその心筋に構造または機能の永久的な損傷を生じておらず、その健康を完全に回復できると予想され、ACC/AHA分類法の病期CまたはDに分類されされない。好ましくは、対象は心不全のリスク因子を保有する。これらは当業者に既知であり、たとえば高血圧症および糖尿病を含む。同様に好ましくは、対象は心不全の顕性の徴候および/または症状を示していない。
【0292】
本発明によるデバイスにより得られる結果に応じて、療法決定または療法適応を行なうことができる。たとえば、投与されている医薬の補充または濃度低下により療法を適応させることができる。したがって、このデバイスはその療法のモニタリングにも適応させることができる。
【0293】
本発明はまた、前記に示したデバイスまたはデバイス類を下記のために使用することに関する:
心不全および/または発作および/または慢性腎疾患を発症するリスク因子を保有する対象において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する;
心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、その対象がリスク因子を保有するだけであるか、あるいはその対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を既に伴うかを鑑別する;ならびに/あるいは
心不全を発症するリスク因子を保有する対象が心不全に罹患するリスクを予測する。
【0294】
一般に、対象(すなわち、リスク因子を保有し、ならびに/あるいは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う個体)は、心不全に罹患していない;すなわち、その患者はその心筋に構造または機能の永久的な損傷を生じておらず、その健康を完全に回復できると予想され、ACC/AHA分類法の病期CまたはDに分類されされない。好ましくは、対象は心不全のリスク因子を保有する。これらは当業者に既知であり、たとえば高血圧症および糖尿病を含む。同様に好ましくは、対象は心不全の顕性の徴候および/または症状を示していない。
【0295】
本発明によるデバイスの使用により得られる結果に応じて、療法決定または療法適応を行なうことができる。たとえば、投与されている医薬の補充または濃度低下により療法を適応させることができる。したがって、このデバイスはその療法のモニタリングにも使用できる。
【0296】
本明細書中で用いる用語“デバイス”は、ある系統の手段であって、予測を行なうこと
ができるように互いに作動可能な状態で連結した少なくとも1つの前記手段を含むものに関する。前記ポリペプチドのうち1以上の濃度を測定するための好ましい手段、および比較を行なうための手段は、本発明の方法に関して前記に開示されている。これらの手段を作動可能な状態で連結する方法は、そのデバイスに含まれる手段のタイプに依存するであろう。たとえば、ペプチドの濃度を自動的に測定するための手段を適用する場合、それらの自動的に作動する手段により得られるデータは、たとえば目的とする結果を得るためのコンピュータープログラムにより処理できる。好ましくは、そのような場合はそれらの手段は単一デバイスにより構成される。したがって、そのデバイスは、適用した試料中のペプチドまたはポリペプチドの濃度を測定するための分析ユニット、および得られたデータを評価のために処理するコンピューターユニットを含む。コンピューターユニットは、好ましくは、本明細書中の他の箇所に示したその基準濃度または基準値を記憶させたものを含むデータベース、およびポリペプチドについて測定した濃度と記憶させたデータベースの基準濃度との比較を実施するためのコンピューター実行アルゴリズムを含む。本明細書中で用いるコンピューター実行とは、コンピューターユニットに具体的に(tangibly)含まれるコンピューター可読プログラムコードを表わす。あるいは、ペプチドまたはポリペプチドの濃度を測定するために試験ストリップなどの手段を用いる場合、比較のための手段は、測定した濃度を基準濃度に割り当てる対照ストリップまたは対照表を含むことができる。試験ストリップは、好ましくは本明細書中に述べるペプチドまたはポリペプチドに特異的に結合するリガンドにカップリングしている。ストリップまたはデバイスは、好ましくはそのリガンドへの前記ペプチドまたはポリペプチドの結合を検出するための手段を含む。検出のための好ましい手段は、前記の本発明方法に関する態様に関して開示されている。そのような場合、そのシステムの利用者がマニュアルに示された指示および解釈によって濃度の測定結果とその診断値または予後値を結びつけるという点で、それらの手段は作動可能な状態で連結している。そのような態様では、それらの手段を個別のデバイスとして提示し、好ましくはキットとして一緒にパッケージすることができる。当業者はそれらの手段を連結する方法を容易に理解するであろう。好ましいデバイスは、専門臨床医の知識なしに利用できるもの、たとえば試料を装填するだけでよい試験ストリップまたはエレクトロニクスデバイスである。結果は、臨床医の解釈を必要とする生データの出力として得られる場合がある。しかし好ましくは、デバイスの出力は生データを処理したもの、すなわち評価したものであり、その解釈に臨床医を必要としない。他の好ましいデバイスは、本発明の方法に従って前記に述べた分析ユニット/デバイス(たとえば、心臓性トロポニン、IGFBP7またはGDF 15を特異的に認識するリガンドにカップリングしたバイオセンサー、アレイ、固体支持体、プラズモン表明共鳴デバイス、NMR分光計、質量分析計など)、および/または評価ユニット/デバイスを含む。
【0297】
本発明はまた、前記に示したデバイスを下記のために使用することに関する:心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断された対象の療法をモニタリングする。
【0298】
さらに本発明は、前記に述べた本発明方法の実施に適応させた、下記のものを含むキットに関する:
a)下記のペプチドの濃度を測定するための手段:
心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはトロポニンIまたはそのバリアント;
炎症マーカー、好ましくはGDF−15またはそのバリアント;IGFBP7またはそのバリアント;および
b)段階a)で測定した濃度を対照試料中のそれらのマーカーの各濃度と比較し、これにより本発明の方法を実施するための手段。
【0299】
キットは、前記に述べた本発明方法の実施に適応させてある。好ましくは、キットは本
発明の方法を実施するための指示を含む。
本発明の方法は、好ましくは下記を含む:
心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する;ならびに/あるいは
心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、その対象がリスク因子を保有するだけであるか、あるいはその対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を既に伴うかを鑑別する;ならびに/あるいは
心不全を発症するリスク因子を保有する対象が心不全に罹患するリスクを予測する。
【0300】
一般に、対象(すなわち、リスク因子を保有し、ならびに/あるいは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う個体)は、心不全に罹患していない;すなわち、その患者はその心筋に構造または機能の永久的な損傷を生じておらず、その健康を完全に回復できると予想され、ACC/AHA分類法の病期CまたはDに分類されされない。好ましくは、対象は心不全のリスク因子を保有する。これらは当業者に既知であり、たとえば高血圧症および糖尿病を含む。同様に好ましくは、対象は心不全の顕性の徴候および/または症状を示していない。
【0301】
本発明によるキットにより得られる結果に応じて、療法決定または療法適応を行なうことができる。たとえば、投与されている医薬の補充または濃度低下により療法を適応させることができる。したがって、キットはその療法のモニタリングにも適応させることができる。
【0302】
本発明はまた、前記に示したキットまたはキット類を下記のために使用することに関する:
心不全を発症する、および/または個々の発作を発症する、および/または個々の慢性腎疾患を発症するリスク因子を保有する対象において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する;
心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、その対象がリスク因子を保有するだけであるか、あるいはその対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を既に伴うかを鑑別する;ならびに/あるいは
心不全を発症するリスク因子を保有する対象が心不全に罹患するリスクを予測する。
【0303】
一般に、対象(すなわち、リスク因子を保有し、ならびに/あるいは心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う個体)は、心不全に罹患していない;すなわち、その患者はその心筋に構造または機能の永久的な損傷を生じておらず、その健康を完全に回復できると予想され、ACC/AHA分類法の病期CまたはDに分類されされない。好ましくは、対象は心不全のリスク因子を保有する。これらは当業者に既知であり、たとえば高血圧症および糖尿病を含む。同様に好ましくは、対象は心不全の顕性の徴候および/または症状を示していない。
【0304】
本発明によるキットの使用により得られる結果に応じて、療法決定または療法適応を行なうことができる。たとえば、投与されている医薬の補充または濃度低下により療法を適応させることができる。したがって、キットはその療法のモニタリングにも使用できる。
【0305】
本明細書中で用いる用語“キット”は、好ましくは個別に、または単一容器内で提供される、前記手段の集合体を表わす。同様に好ましくは、その容器は本発明の方法を実施するための指示を含む。
【0306】
本発明はまた、前記に詳述したキット、デバイスおよび手段を下記に示す目的のために使用することに関する:
対象の試料中の心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントおよび/またはトロポニンIもしくはそのバリアント;ならびに場合によりGDF−15またはそのバリアント;ならびに/あるいはIGFBP7またはそのバリアントの濃度を測定するキットまたはデバイスの使用;ならびに心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントおよび/またはトロポニンIもしくはそのバリアント;ならびに場合によりGDF−15またはそのバリアント;ならびに/あるいはIGFBP7またはそのバリアントの濃度を測定する手段の使用;ならびに心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントおよび/またはトロポニンIもしくはそのバリアント;ならびに場合によりGDF−15またはそのバリアント;ならびに/あるいはIGFBP7またはそのバリアントの濃度を、対照試料中のそれらのマーカーのうち少なくとも1種類の濃度と比較する手段の使用であって、下記のための使用:
心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する;ならびに/あるいは
心不全を発症するリスク因子を保有するけれども心不全の顕性徴候を示していない対象において、その対象がリスク因子を保有するだけであるか、あるいはその対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を既に伴うかを鑑別する;ならびに/あるいは
心不全を発症するリスク因子を保有する対象が心不全に罹患するリスクを予測する;
その際、すべての使用は、心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断することに基づく。
【0307】
本発明はまた、以下の抗体および手段を下記に示す目的のために使用することに関する:
心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントおよび/またはトロポニンIもしくはそのバリアントに対する抗体;ならびに場合によりGDF−15またはそのバリアントに対する抗体ならびに/あるいはIGFBP7またはそのバリアントに対する抗体;ならびに/あるいは心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントおよび/またはトロポニンIもしくはそのバリアントの濃度を測定する手段;ならびに場合によりGDF−15またはそのバリアントの濃度を測定する手段、ならびに/あるいはIGFBP7またはそのバリアントの濃度を測定する手段;ならびに/あるいは心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントおよび/またはトロポニンIもしくはそのバリアント;ならびに場合によりGDF−15またはそのバリアントならびに/あるいはIGFBP7またはそのバリアントの濃度を、対照試料中のそれらのマーカーのうち少なくとも1種類の濃度と比較する手段の使用であって、下記に用いる診断用組成物を調製するための使用:
心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する;ならびに/あるいは
心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、その対象がリスク因子を保有するだけであるか、あるいはその対象が心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を既に伴うかを鑑別する;ならびに/あるいは
心不全を発症するリスク因子を保有する対象が心不全に罹患するリスクを予測する;
その際、すべての使用は、心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断することに基づく。
【0308】
本発明はまた、以下の抗体および手段を下記に示す目的のために使用することに関する:
心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントおよび/またはトロポニンIもしくはそのバリアントに対する抗体;ならびに場合に
よりGDF−15またはそのバリアントに対する抗体ならびに/あるいはIGFBP7またはそのバリアントに対する抗体;ならびに/あるいは心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントおよび/またはトロポニンIもしくはそのバリアントの濃度を測定する手段;ならびに場合によりGDF−15またはそのバリアントの濃度を測定する手段、ならびに/あるいはIGFBP7またはそのバリアントの濃度を測定する手段;ならびに/あるいは心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントおよび/またはトロポニンIもしくはそのバリアント;ならびに場合によりGDF−15またはそのバリアントならびに/あるいはIGFBP7またはそのバリアントの濃度を、対照試料中のそれらのマーカーのうち少なくとも1種類の濃度と比較する手段の使用であって、下記のための使用:
心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する;ならびに/あるいは
心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、その対象がリスク因子を保有するだけであるか、あるいはその対象が心筋機能不全に罹患しているか、ならびに/あるいは心不全に先立つ心臓の構造機能および/または構造の異常を既に伴うかを鑑別する;ならびに/あるいは
心不全を発症するリスク因子を保有する対象が心不全に罹患するリスクを予測する;
その際、すべての使用は、心不全を発症するリスク因子を保有する対象において、心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断することに基づく。
【0309】
さらに、本発明は、心不全を発症するリスク因子を保有する雌性対象がLVHに罹患するリスクを予測するための、雌性対象の試料中の心臓性トロポニンまたはそのバリアント、好ましくはトロポニンTもしくはそのバリアントおよび/またはトロポニンIもしくはそのバリアントに特異的に結合する抗体;ならびに場合によりGDF−15またはそのバリアントに特異的に結合する抗体ならびに/あるいはIGFBP7またはそのバリアントに特異的に結合する抗体の使用に関する。
【0310】
一般に、前記に詳述した本発明の使用に関して述べた対象(すなわち、リスク因子を保有し、および/または心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う個体)は心不全に罹患していない;すなわち、その患者はその心筋に構造または機能の永久的な損傷を生じておらず、その健康を完全に回復できると予想され、ACC/AHA分類法の病期CまたはDに分類されされない。好ましくは、対象は心不全のリスク因子を保有する。これらは当業者に既知であり、たとえば高血圧症および糖尿病を含む。同様に好ましくは、対象は心不全の顕性の徴候および/または症状を示していない。
【0311】
前記に詳述した本発明の使用は、好ましくはインビトロ方法である。
前記に示した説明および定義は、必要に応じて変更を加えて、以下の項目に適用される。
【0312】
本発明の特に好ましい項目は下記のものである:
1.対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を診断する方法であって、下記の段階を含む方法:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、機能および/または構造の異常を診断する。
【0313】
2.対象は心不全に罹患しておらず、または心不全の症状を提示していない、項目1に
記載の方法。
3.心臓性トロポニンはトロポニンIもしくはTまたはそのバリアントである、項目1または2に記載の方法。
【0314】
4.対象は左心室機能不全に罹患している、項目1〜3のいずれか1つに記載の方法。
5.1種類以上の他の心不全マーカーは、GDF−15もしくはそのバリアント、および/またはIGFBP7もしくはそのバリアントから選択される、項目1〜4のいずれか1つに記載の方法。
【0315】
6.心不全を発症するリスク因子を保有するだけの対象と、リスク因子を保有するだけでなく心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を既に伴う対象とを鑑別する方法であって、下記の段階を含む方法:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、それらの対象を鑑別する。
【0316】
7.対象が心不全、または心不全に先立つ個々の心血管事象および腎事象に罹患するリスクを予測する方法であって、下記の段階を含む方法:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、それらの対象が左心室肥大に罹患するリスクを予測する。
【0317】
8.対象は左心室機能不全、好ましくは拡張期機能不全に罹患している、項目7に記載の方法。
9.対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の処置を決定する方法であって、下記の段階を含む方法:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンもしくはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;
c)こうして測定した濃度を基準量と比較することにより、その対象の処置を決定する。
【0318】
10.処置が下記の医薬のうち少なくとも1種類の投与である、項目9に記載の方法:利尿薬、カルシウムアンタゴニスト、アドレナリンアゴニスト、正の変力作用剤、スタチン類、ヒダザリンおよび二硝酸イソソルビド、好ましくはベータ遮断薬、アルドステロンアンタゴニスト、特にACE阻害薬、アンギオテンシン受容体アンタゴニスト。
【0319】
11.対象において心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常の処置をモニタリングする方法であって、下記の段階を含む方法:
a)少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)こうして段階a)で測定したマーカーの濃度を対照試料中のその濃度と比較することにより、その対象がその病態生理学的状態に変化を生じたかどうかを評価する。
【0320】
12.対象において心不全を診断する方法であって、下記の段階を含む方法:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンまたはそのバリアントの濃度を測定する;
b)場合により、その試料において1種類以上の他の心不全マーカーの濃度を測定する;そして
c)段階(a)で測定した濃度および場合により段階(b)で測定した濃度(単数または複数)を基準量と比較することにより、心不全を評価する。
【0321】
13.ある薬物療法を受けており、かつ心不全または心不全に先立つ病期(心不全のリスク因子を含む)に罹患している対象において、その薬物療法をモニタリングする方法であって、下記の段階を含む方法:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンもしくはそのバリアント、および/またはナトリウム利尿ペプチドもしくはそのバリアントの濃度を測定する;
b)試料において、GDF−15またはそのバリアントの濃度を測定する;そして
c)こうして測定した濃度を基準量と比較することにより、その薬物療法をモニタリングする。
【0322】
14.ある薬物療法を受けており、かつ心不全または心不全に先立つ病期(心不全のリスク因子を含む)に罹患している対象において、その薬物療法の適応を決定する方法であって、下記の段階を含む方法:
a)その対象から得た試料において、少なくとも1種類の心臓性トロポニンもしくはそのバリアント、および/またはナトリウム利尿ペプチドもしくはそのバリアントの濃度を測定する;
b)試料において、GDF−15またはそのバリアントの濃度を測定する;
c)こうして測定した濃度を基準量と比較することにより、その薬物療法の適応を決定する。
【0323】
15.薬物療法がACE阻害薬、アンギオテンシン受容体遮断薬およびアルドステロンアンタゴニストから選択される、項目13または14に記載の方法。
本明細書に引用したすべての参考文献を、それらの開示内容全体および本明細書中に詳細に述べた開示内容に関して本明細書に援用する。
【実施例】
【0324】
方法
トロポニンTは、Rocheの電気化学発光ELISAサンドイッチ試験Elecsys Troponin T hs(high sensitive、高感度)STAT(Short Turn Around Time、短ターンアラウンド時間)アッセイを用いて測定された。この試験には、特異
的にヒト心臓性トロポニンTタンパク質を指向する2種類のモノクローナル抗体を用いる。これらの抗体は、288個のアミノ酸からなるトロポニンTタンパク質の中央部分にある2つのエピトープ(アミノ酸位置125−131および136−147)を認識する。hs−TnTアッセイ法により、3〜10000pg/mLの範囲のトロポニンTレベルを測定できる。
【0325】
NT−proBNPは、Rocheの電気化学発光ELISAサンドイッチ試験Elecsys proBNP II STAT(短ターンアラウンド時間)アッセイを用いて測定された。この試験には、proBNP(1−108)のN末端部分(1−76)にあ
るエピトープ類を認識する2種類のモノクローナル抗体を用いる。
【0326】
血清および血漿試料中のGDF−15の濃度を測定するために、Elecsys基本型試験を用いた;R&D SystemsからのポリクローナルGDF−15アフィニティークロマトグラフィー精製ヤギ抗ヒトGDF−15 IgG抗体(AF957)を使用。各実験において、R&D Systemsからの組換えヒトGDF−15(957−GD/CF)を用いて標準曲線を作成した。新たなバッチまたは組換えGDF−15タンパク質についての結果を標準血漿試料において検査し、10%を超える偏差はいずれも、このアッセイについての調整係数の導入により補正された。同じ患者からの血清および血漿試料中のGDF−15測定は、最終的な希釈計数について補正した後は実質的に同一の結果を与えた。このアッセイの検出限界は200pg/mlであった。
【0327】
ヒト血清または血漿中のIGFBP7の検出のために、サンドイッチELISAを用いた。抗原の捕獲および検出のために、R&D Systemsからの抗IGFBP7ポリクローナル抗体(カタログ番号:AF 1334)の部分量を、それぞれビオチンおよびジゴキシゲニンとコンジュゲートさせた。
【0328】
ストレプトアビジンコートした96ウェルマイクロタイタープレートトを、100piのビオチニル化抗IGFBP7ポリクローナル抗体と共に、l×PBS溶液中1pg/mlで60分間インキュベートした。インキュベーション後、プレートをl×PBS+0.02% Tween−20で3回洗浄し、PBS+1% BSA(ウシ血清アルブミン)でブロックし、次いでl×PBS+0.02% Tween−20で再び3回洗浄した。次いでウェルを、標準抗原としての組換えIGFBP7系列希釈液と共に、またはそれぞれ患者もしくは対照個体からの希釈した血清または血漿試料(1:50)と共に、1.5時間インキュベートした。IGFBP7が結合した後、プレートをl×PBS+0.02% Tween−20で3回洗浄した。結合した1GFBP7の特異的検出のために、ウェルを100μlのジゴキシゲニル化抗IGFBP7ポリクローナル抗体と共に、l×PBS+1% BSA中1μg/mlで60分間インキュベートした。その後、プレートを3回洗浄して、結合していない抗体を除去した。次の段階で、ウェルを75mU/mlの抗ジゴキシゲニン−PODコンジュゲート(Roche Diagnostics GmbH,ドイツ,マンハイム,カタログNo.1633716)と共にl×PBS+1% BSA中で60分間インキュベートした。その後、プレートを同じ緩衝液で6回洗浄した。抗原−抗体複合体の検出のために、ウェルを100μlのABTS溶液(Roche Diagnostics GmbH,ドイツ,マンハイム,カタログNo.11685767)と共にインキュベートし、15分後に405および492nmでELISAリーダーにより光学濃度(OD)を測定した。
【0329】
実施例1:
トロポニンT、NT−proBNP、GDF 15およびIGFBP7を下記の個体集合体において測定した。患者のインフォームドコンセントを得た。
【0330】
グループ1:正常血圧対象,n=32;
グループ2:心不全に罹患するリスク因子を保有する高血圧症対象(病期A),n=47;
グループ3:心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う高血圧症対象(初期の病期B);対象はNT−proBNPレベルが増大しておらず、対象は左心室に構造変化を示し(中隔壁厚の増大(>11mm)、後壁厚の増大(>12mm)、または肥大もしくは求心性肥大の1期徴候)、ならびに/あるいは対象は収縮期機能不全(LVEF<50%)および/または少なくとも50%の駆出分画LVEFを保存した拡張期機能不全を示した,n=37。対象は左心室肥大に罹患していなかった;
グループ4:拡張型心筋障害(DCM)を伴う対象,n=29。
【0331】
グループ1〜3について、対象は腎機能障害を示していなかった。さらに、心筋梗塞および冠動脈疾患の病歴が分かっている患者をグループ1〜3から除外した。
左心室の幾何学的変化を心エコー検査により判定した(中隔壁厚(septum wall thickness)ST、後壁厚(posterial wall thickness)PWT、LVEF、LVEDD);機能変化(LVEDD)を心エコー検査により判定した。
【0332】
データは、グループ3の対象(心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う高血圧症対象)においてグループ1(正常血圧対象)およびグループ2(心不全に罹患するリスク因子を保有するだけ)の対象よりトロポニンTのレベルが高いことを示す。トロポニンTのレベルは、個体が心不全(DCM、グループ4)に進行する時点まで増大し続ける。
【0333】
データは、グループ3の対象(心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う高血圧症対象)においてグループ1(正常血圧対象)およびグループ2(心不全に罹患するリスク因子を保有するだけ)の対象よりGDF 15のレベルが高いことを示す。GDF 15のレベルは、個体が心不全(DCM、グループ4)に進行する時点まで増大し続ける。
【0334】
データは、グループ3の対象(心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う高血圧症対象)においてグループ1(正常血圧対象)およびグループ2(心不全に罹患するリスク因子を保有するだけ)の対象よりIGFBP7のレベルが高いことを示す。インスリン増殖因子結合タンパク質7のレベルは、個体が心不全、拡張型心筋障害(DCM、グループ4)に進行する時点まで増大し続ける。
【0335】
データは、NT−proBNPのレベルがグループ4の対象(拡張型心筋障害を伴う対象)のみにおいて増大したが、グループ1の対象(正常血圧対象)、グループ2の対象(心不全に罹患するリスク因子を保有する高血圧症対象)およびグループ3の対象(心不全に先立つ心臓の機能および/または構造の異常を伴う高血圧症対象)のNT−proBNPレベル間には差がみられなかったことを示す。
【0336】
トロポニンレベルは肥大が顕性になる前ですら初期の病期Bの対象を同定できることが、予想外に見出された;すなわち、それらの対象は心不全に罹患するリスク因子をもち、左心室に最初の構造変化を示すが、肥大を伴ってはいない。同様な診断情報がGDF−15およびIGFBP7により得られる。
【0337】
下記の表1、2、3および4にデータを示す。
図1、2、3および4は、それぞれ表1、2、3および4のデータをグラフで表わす。
【0338】
【表1】
【0339】
表1:患者グループにおけるトロポニンT濃度
【0340】
【表2】
【0341】
表2:患者グループにおけるGDF−15濃度
【0342】
【表3】
【0343】
表3:患者グループにおけるIGFBP7濃度
【0344】
【表4】
【0345】
表4:患者グループにおけるNt−ProBNP濃度
表1から分かるように、グループ3に属する患者のトロポニンTレベルは、グループ1および2に属する患者と比較して30%より大きく増大していた。したがって、少なくとも30%の増大は、LVHを伴わない患者において、LVHに先立つ、および/または心不全に先立つ、機能および/または構造の異常の存在の指標となる。
【0346】
これと対照的に、表4から分かるように、グループ3に属する患者のNt−ProBNPレベルは、グループ1および2に属する患者と比較して変化しないままである。したがって、LVHを伴わず、LVHに先立つ、および/または心不全に先立つ、機能および/または構造の異常を伴う患者は、健康な個体(グループ1)における基準量と比較して少なくとも20%増大したNt−ProBNPのレベルをもたない。
【0347】
表2および3に示すように、IGFBP7およびGDF−15の両方のレベルとも、グループ3に属する患者においてグループ1および2に属する患者と比較して少なくとも10%増大している。
【0348】
表3から分かるように、IGFBP7のレベルは、グループ1に属する健康な対象における基準量と対比してステージ3の患者において少なくとも20%増大している。
表5は、グループ1、2および3に属する対象における中隔および後壁の厚さの分布を示す。
【0349】
【表5】
【0350】
表5:中隔および後壁の厚さの分布
表5から分かるように、グループ3の対象は11mmを超える増大した中隔厚(平均値13.3mm,12〜16mm)および増大した後壁厚(平均値13.4mm)をもつ。グループ1および2に属する患者は、LVHに先立つ、および/または心不全に先立つ、構造変化を伴わず、中隔および後壁の厚さの平均値は9.5〜10.2であった。
【0351】
したがって、グループ3(初期の病期B)に属する患者は、11mmを超える増大した中隔厚(平均値13.3mm,12〜16mm)として、LVHおよび/または心不全に先立つ構造変化を示した。グループ2(病期A)およびグループ1(健康)に属する患者は、構造変化を伴わなかった;たとえば、11mmを超える増大した中隔厚はなかった。
【0352】
表6:グループ1、2および3の患者の特徴:性、年齢、およびLVH/HF発症に対する各種リスク因子の分布
【0353】
【表6】
【0354】
表6から分かるように、グループ2および3に属するすべての患者ならびに見掛け上は健康なグループ1の対象は、比較可能な平均年齢60歳であった。
HFの病期Aまたは初期の病期Bにある患者(グループ2および3)の半数は女性であり、それらのすべてが動脈性高血圧症を伴っていた。表6にみられるように、それらのうち20%は2型糖尿病を伴い、および/または空腹時血糖値が110mg/dL未満であった。
【0355】
【表7】
【0356】
表7:LVH/HF発症に対する各種リスク因子についてのカットオフの有効性
先の表1から分かるように、グループ3に属する患者のトロポニンTレベルは、グループ1および2に属する患者と比較して少なくとも20%より大きく(>3.3pg/ml)、30%(>3.5pg/ml)より大きく、よりさらに50%より大きく(>4.2pg/ml)増大していた。単一リスク因子を段階的に除外することにより、トロポニンTレベルは、初期の病期Bの患者では、各リスク因子を伴う病期Aの患者、すなわち正常血圧である見掛け上は健康な対象と比較して、少なくとも30%(>3.5pg/ml)
増大していたことが表7から分かる。
【0357】
動脈性高血圧症を伴う対象においてLVHおよび/または心不全に先立つ構造および/または機能の初期の変化を診断するための、3.3pg/ml、好ましくは3.5pg/ml、よりさらに好ましくは4.2pg/mlを超えるTnTレベルのカットオフの有効性が、各種リスク因子グループを段階的に除外することにより示された。
【0358】
したがって、他のリスク因子、たとえば2型糖尿病を伴うかまたは伴わない動脈性高血圧症患者において、少なくとも30%、好ましくは少なくとも50%の増大は、LVHに先立つ、および/または心不全に先立つ、機能および/または構造の異常の指標となる。
【0359】
【表8】
【0360】
表8:LVH/HF発症に対する各種リスク因子を伴う初期の病期Bの患者におけるトロポニンTレベル増大の確証
構造異常を伴う高血圧症の個体において、構造異常を伴わない高血圧症の個体(および正常血圧の個体)と対比して少なくとも20%のTnTレベル増大の有効性が、各種リスク因子のサブグループ(脂肪過多症、喫煙歴・・・)について示される。
【0361】
表8から分かるように、TnTレベルは構造変化を伴うかまたは伴わない動脈性高血圧症の女性患者を、男性患者より良好に鑑別する(少なくとも50%−対−少なくとも20
%)。
【0362】
したがって、増大したTnTレベルは、特に高血圧症の女性において、LVHおよび/または心不全に先立つ構造および/または機能の初期の変化の指標となる。
【0363】
【表9】
【0364】
表9:LVH/HF発症に対する各種リスク因子についてのカットオフの有効性
先の表1から分かるように、グループ3に属する患者のIGFBP7レベルは、グループ1および2に属する患者と比較して少なくとも10%より大きく、よりさらに少なくとも20%より大きく(>46.5pg/ml)増大していた。単一リスク因子を段階的に除外することにより、IGFBP7レベルは、初期の病期Bの患者では、各リスク因子を伴う病期Aの患者、すなわち正常血圧である見掛け上は健康な対象と比較して、少なくとも10%増大していたことが表9から分かる。
【0365】
したがって、他のリスク因子、たとえば脂肪過多症を伴うかまたは伴わない動脈性高血圧症患者において、少なくとも10%、好ましくは少なくとも20%の増大は、LVHに先立つ、および/または心不全に先立つ、機能および/または構造の異常の存在の指標となる。動脈性高血圧症を伴う対象においてLVHおよび/または心不全に先立つ構造および/または機能の初期の変化を診断するための、46.5pg/mlを超えるIGFBP7レベルのカットオフの有効性が、各種リスク因子グループを段階的に除外することにより示された。
【0366】
【表10】
【0367】
表10:各種リスク因子を伴う初期の病期Bの患者におけるIGFBP7レベル増大の確証
構造異常を伴う高血圧症の個体において、構造異常を伴わない高血圧症の個体(および正常血圧の個体)と対比して少なくとも10%のTnTレベル増大の 有効性が、各種リスク因子のサブグループ(リピド(lipids)、喫煙歴...)について示される。
【0368】
したがって、増大したIGFBP7レベルは、特に高血圧症の女性において、LVHおよび/または心不全に先立つ構造および/または機能の初期の変化の指標となった。
実施例2:
トロポニンT、NT−proBNPおよびGDF−15を下記の個体集合体において測定した。顕性心不全を伴う合計97人の患者を試験に参加させた;平均年齢60.9歳、男性52人、女性45人、LVEFは50%未満、正常クレアチニンレベルに表わされるように腎機能は正常であった。すべての患者がベータ遮断薬およびACE阻害薬療法を受けており、59人の患者はアルドステロンアンタゴニストを投与され、38人はアルドステロンアンタゴニストを投与されていなかった。患者をこの試験で指針(前記)に従って処置した。糖尿病またはメタボリックシンドロームに罹患している患者はおらず、さらに肝疾患または悪性疾患に罹患している患者はいなかった。
【0369】
アルドステロンアンタゴニストを投与されていない38人の患者(すべてがクラスC)は、下記の特徴を備えていた。
【0370】
【表11】
【0371】
表11:アルドステロンアンタゴニストを投与されていない38人の患者のマーカー濃度
アルドステロンアンタゴニストを投与されている患者(すべてがクラスC)は、下記の特徴を備えていた。
【0372】
【表12】
【0373】
表12:アルドステロンアンタゴニストを投与されている患者のマーカー濃度
アルドステロンアンタゴニストを投与されている患者は、アルドステロンアンタゴニストを投与されていない患者より重篤な心不全を伴っていた。ところが、比を求めると、GDF 15がアルドステロンアンタゴニストグループのNT−proBNPおよびGDF
15に対比して低いことが明らかになり、これはGDF 15がアルドステロンアンタゴニストの使用およびモニタリングに関する価値あるマーカーであることを示していた。
【0374】
前記のように、病期AおよびBにおけるACE阻害薬の推奨は抗炎症処置の必要性を示唆するが、多型性のためこれは必ずしもすべての症例において有効ではないと思われるので、低用量のアルドステロンアンタゴニストが病期AおよびBの心不全にも有用な可能性がある。NT−pro BNP/GDF 15比およびトロポニンT/GDF 15比は、この薬物の使用についてのガイダンスを提供する。言い換えると、すべての症例において、ACE阻害薬およびアンギオテンシン受容体遮断薬(ARB)が有効であることが大規模ランダム化試験で示されたが、現在は個々の患者においてこれらの薬物の有効性を診断する手段がない。これは、腎疾患患者におけるこれらの薬物の適用と対照的である;この場合は、尿中アルブミンの減少を利用して処置の成功を確認できる。したがって本発明方法は、処置の不成功を診断するための方法を初めてもたらし、アルドステロン阻害薬またはアルドステロンの合成を阻害する将来の薬物を用いる処置を改善するためのガイダンスを提供する。
【0375】
個別症例研究
安定樹立したクラスC心不全を伴う62歳の患者は、現在、ベータ遮断薬とACE阻害
薬の組合わせを投与されている。患者から得た血清試料中のGDF−15、NT−proBNPおよびトロポニンTを測定する。NT−pro BNP/GDF 15比は0.39、トロポニンT/GDF 15比は0.003である。療法が不適切であるため、患者はスピロノラクトン25mg/日の投与を開始する。3か月後、NT−pro BNP/GDF 15比は0.62、トロポニンT/GDF 15比は0.006である。療法がまだ不適切であるため、スピロノラクトンを50mg/日に増加する。再び3か月後、NT−pro BNP/GDF 15比は0.9、トロポニンT/GDF 15比は0.012であり、療法は適切であることが分かる。
【0376】
安定クラスC心不全を伴う48歳の女性患者は、ベータ遮断薬とACE阻害薬の標準療法を受けている。患者から得た血清試料中のGDF−15、NT−proBNPおよびトロポニンTを測定する。NT−pro BNP/GDF 15比は0.95、トロポニンT/GDF 15比は0.011である。これらの結果は、その患者がアルドステロンアンタゴニストによる療法を必要としないことを示す。その療法は9カ月前に開始したばかりなので、患者にACE阻害薬耐性の可能性を伝え、12カ月以内または心不全の症状が発現した時点で追跡来院するようにアドバイスする。
【0377】
安定心不全クラスCを伴う68歳の男性患者は、現在、ベータ遮断薬、ACE阻害薬および低用量のアルドステロンアンタゴニストの組合わせを投与されている。NT−pro
BNP/GDF 15比は0.95、トロポニンT/GDF 15比は0.012である。患者に、療法が適切であり、現在の処置計画を続行すること、12カ月以内または症状が悪化した時点で再び追跡来院することを伝える。
【0378】
安定タイプC心不全を伴う56歳の患者は、ベータ遮断薬、ACE阻害薬および25mg/日のスピロノラクトンによる療法を受けており、NT−pro BNP/GDF 14比は1,7、トロポニンT/GDF 15比は0.02である。患者に、スピロノラクトンを3ヶ月間停止する試みを実施し(停止の効果は著しく遅れて認識されるにすぎないので)、次いでスピロノラクトンの必要性を判定することができるとアドバイスする。スピロノラクトン停止の3ヶ月後、NT−pro BNP/GDF 15比は0.9、トロポニンT/GDF 14比は0.013である。スピロノラクトンを停止できると患者に伝える。