(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6264145
(24)【登録日】2018年1月5日
(45)【発行日】2018年1月24日
(54)【発明の名称】X線発生装置
(51)【国際特許分類】
H01J 35/16 20060101AFI20180115BHJP
H01J 35/08 20060101ALI20180115BHJP
H01J 35/06 20060101ALI20180115BHJP
【FI】
H01J35/16
H01J35/08 E
H01J35/08 F
H01J35/06 E
【請求項の数】4
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2014-68501(P2014-68501)
(22)【出願日】2014年3月28日
(65)【公開番号】特開2015-191795(P2015-191795A)
(43)【公開日】2015年11月2日
【審査請求日】2016年10月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100114030
【弁理士】
【氏名又は名称】鹿島 義雄
(72)【発明者】
【氏名】宮岡 明寛
【審査官】
右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭54−137993(JP,A)
【文献】
米国特許第02922904(US,A)
【文献】
特開2013−051153(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 35/16
H01J 35/06
H01J 35/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ターゲットが一体に形成されたX線照射窓を支持するためにターゲットの下側に張り出す内フランジ部が真空容器に設けられ、上記内フランジ部は真空容器内側に向いた上記ターゲットの下面を支持する構造とされ、電子源と、その電子源および真空容器に対してそれぞれに所定の電位差が付与された電極群が設けられ、真空容器内に形成される電界によって上記電子源からの電子を加速および集束して上記ターゲットに照射することにより、X線を発生して上記X線照射窓を介して外部に取り出すX線発生装置において、
上記X線照射窓を含む上記真空容器の一部が、連結部材を介して真空容器本体部に対して移動可能に連結されているとともに、
上記真空容器内には、上記電極群の最終段の電極と上記ターゲットとの間に、真空容器と同電位で、電子を透過させるための孔が形成されてなるアノードが、真空容器本体部に対して固定された状態で配置されていることを特徴とするX線発生装置。
【請求項2】
上記アノードは、上記ターゲットの直近に設けられていることを特徴とする請求項1に記載のX線発生装置。
【請求項3】
上記アノードは、少なくとも反射電子が衝突する可能性のある範囲に原子番号13以下の軽元素部材を用いることを特徴とする請求項1又は2に記載のX線発生装置。
【請求項4】
上記連結部材は、上記X線照射窓を含む真空容器の一部が、上記真空容器本体部に対して平行移動可能に連結する部材であり、上記真空容器の外部には、上記X線照射窓を含む真空容器の一部が当接し、その姿勢を上記真空容器本体部に対して平行移動状態に規制する規制部材が設けられていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載のX線発生装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は産業用X線検査装置や医療用X線検査装置、あるいはX線の回折や屈折を利用した各種のX線分析装置や測定装置などに用いられるX線発生装置に関し、より詳しくは、真空容器内でターゲットに電子を衝突させて発生したX線を、電子の進行方向に沿った方向を中心として真空容器外に取り出す透過型のX線発生装置に関する。
【背景技術】
【0002】
真空容器内でターゲットに電子を衝突させてX線を発生するタイプのX線発生装置は、電子の進行方向とは異なる方向にX線を取り出す反射型ターゲットを用いるものと、電子の進行方向とおおよそ同じ方向にX線を取り出す透過型ターゲットを用いるものがある。透過型ターゲットは、通常、薄膜で形成されるため、バルク材を使用できる反射型ターゲットに比して寿命が短い。この透過型ターゲットの寿命を延ばすために、ターゲット面内に複数のX線発生点を設定、つまりターゲット上への電子ビームの照射位置を変更できるように、様々な工夫がなされている。
【0003】
すなわち、透過型ターゲットを用いたX線発生装置のうち、
図4に示すような開放型のものでは、真空容器401内に電子源および電極群を備えたいわゆる電子銃402を収容し、真空容器401内を真空ポンプ403により随時真空引きできるように構成される。ターゲットを一体に形成したX線照射窓404を、電子銃402からの電子ビームBの軌道に対して偏心した位置にOリング405を用いて真空容器401に対して気密に保持された構造とし、そのX線照射窓404を回転させることで、比較的簡単にターゲット面内に複数のX線発生点を設けることができる。
【0004】
これに対し、
図5に示すような密閉型のものでは、ターゲットを一体に形成したX線照射窓504が真空容器501に対して溶接もしくはロウ付けにより気密に固定されるため、上記のように回転させることはできない。なお、この密閉型の構造では、電子銃502からの電子ビームBのターゲットに対する照射位置を変化させることができないため、以下に示すような対策が提案されている。
【0005】
その一つは、真空容器外側の周囲に沿って移動できるように永久磁石を配置し、その永久磁石の位置を変更することにより、当該永久磁石が真空容器内に形成される磁界を変化させ、これによって電子ビームの軌道を変化させてターゲットへの照射位置を変化させる技術である(例えば特許文献1参照)。
【0006】
他の一つは、真空容器を、電子銃が固定される本体部と、ターゲットを一体に形成したX線照射窓が固定されるターゲット保持部とを別部材で形成して、これらを連結体で相対変位可能に連結した構造とし、ターゲット保持部を電子銃からの電子ビームの軌道に対して任意の方向に傾斜させることにより、ターゲットに対する電子ビームの照射位置を変化させる技術である(例えば特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−043741号公報
【特許文献2】特開2011−113705号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
透過型ターゲットを用いたX線発生装置においてターゲット面内に複数のX線発生点を設けるための上記した従来の技術のうち、真空容器内における電子ビームの軌道を変化させる特許文献1に記載の技術では、X線発生点を変更するごとに、固定された真空容器に対してX線発生点の絶対位置が移動する。つまり、X線の焦点移動が生じる。
ここで、X線検査装置においては、焦点移動が生じると同一箇所にサンプルを置いても透視領域が変化する上、装置システムの各種パラメータの再構成や装置構成部品の位置調整など、様々な再調整が必要となるため好ましくない。
【0009】
したがって、このような不具合の発生を解消すべく、X線の焦点位置を一定に保つためには、ターゲット面上でのX線発生点の変更ごとに、真空容器の位置、つまりX線発生装置全体を微小に移動させる調整が必要となる。
【0010】
一方、真空容器内の電子ビーム軌道を固定し、その電子ビーム軌道に対してターゲットを一体に形成したX線照射窓(以下、ターゲット部材と称する)を含む真空容器の一部を移動させる特許文献2の技術では、見かけ上、上記のような焦点移動は生じないが、実際には以下に示すように、僅かではあるが、微小焦点X線発生装置においては看過できない焦点移動が生じる。
【0011】
すなわち、微小焦点X線発生装置を小型化する場合には、密閉型の真空容器に、複数の電極が作る電界により電子を静電的に集束させる電子集束系を用いることが多いが、この場合、通常は電子を加速するためのアノードを、X線を発生させるためのターゲット部材と兼用させている。つまりターゲット部材をアノードとして併用している。
特許文献2に開示されている技術のように、ターゲット部材を含む真空容器の一部を容器本体部に対して変位させると、真空容器内の内面の凹凸形状が変化することになり、真空容器内部の電界形状が変化する。この電界形状の変化に伴って電子ビームの軌道が変化し、X線発生点の絶対位置の移動、つまり焦点移動が生じる。したがって、特許文献2の技術によっても、X線の焦点位置を一定に保つためには、ターゲット面上でのX線発生点の変更ごとに、X線発生装置全体を微小に移動させる調整が必要となる。
【0012】
また、長時間に渡ってターゲット部材に電子ビームを照射すると、ターゲットは電子の衝突により多量の熱を発生するので、ターゲット部材近傍の温度が上昇して熱膨張する。真空容器の内部構造の中心軸と電子ビームの軌道とが不一致となる特許文献1の方式、あるいは電子ビームの軌道に対して真空容器の内部構造がターゲット部材近傍で非対称となる特許文献2の方式のいずれにおいても、その熱膨張に伴って真空容器内の電界形状が変化し、これに起因する経時的な焦点移動が生じる。つまり、装置の停止状態から電子を照射した場合、熱平衡に達するまでの間の熱膨張に応じて焦点移動が生じる。この熱膨張による焦点移動も以下のように問題となる。
【0013】
CT装置などで長時間撮影を行う場合、撮影中に焦点移動が生じると、得られるCT画像の画質が落ちるとともに装置性能にも影響する。例えばマイクロフォーカスX線発生装置においては、μmオーダーの焦点移動も好ましくない。
【0014】
本発明はこのような実情に鑑みてなされたもので、透過型ターゲットを用いたX線発生装置において、真空容器の真空状態を破ることがなく、密閉型の装置にも適用可能な構造のもとに、ターゲット面上に複数のX線発生点を設けることでターゲットの寿命を延ばすことができるとともに、X線発生点変更時の焦点移動が殆ど発生せず、長時間使用時の熱膨張に起因する焦点移動をも可及的に小さくすることのできるX線発生装置の提供をその課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の課題を解決するため、本発明のX線発生装置は、ターゲットが一体に形成されたX線照射窓を支持するため
にターゲットの下側に張り出す内フランジ部が真空容器に設けられ、上記内フランジ部は真空容器内側に向いた上記ターゲットの下面を支持する構造とされ、電子源と、その電子源および真空容器に対してそれぞれに所定の電位差が付与された電極群が設けられ、真空容器内に形成される電界によって上記電子源からの電子を加速および集束して上記ターゲットに照射することにより、X線を発生して上記X線照射窓を介して外部に取り出すX線発生装置において、上記X線照射窓を含む上記真空容器の一部が、連結部材を介して真空容器本体部に対して移動可能に連結されているとともに、上記真空容器内には、上記電極群の最終段の電極と上記ターゲットとの間に、真空容器と同電位で、電子を透過させるための孔が形成されてなるアノードが、真空容器本体部に対して固定された状態で配置されていること(請求項1)によって特徴づけられる。
【0016】
ここで、本発明においては、上記アノードは、上記ターゲットの直近に設けられている構成(請求項2)を好適に採用することができる。
【0017】
また、本発明においては、上記アノードは、少なくとも反射電子が衝突する可能性のある範囲に原子番号13以下の軽元素部材を用いる構成(請求項3)を採用することが望ましい。
【0018】
さらに、本発明においては、上記連結部材は、上記X線照射窓を含む真空容器の一部が、上記真空容器本体部に対して平行移動可能に連結される部材であり、上記真空容器の外部には、上記X線照射窓を含む真空容器の一部が当接し、その姿勢を上記真空容器本体部に対して平行移動状態に規制する規制部材が設けられている構成(請求項4)を採用することができる。
【0019】
本発明は、ターゲットが一体に形成されたX線照射窓を含む真空容器の一部を、連結部材により真空容器本体部に対して移動可能に連結することにより、電子ビーム軌道に対してターゲット側を移動させてその面内で複数のX線発生点を設けることを可能とし、そのターゲット並びにそれが一体に形成されたX線照射窓の前段に、これらと同電位のアノードを真空容器本体部側に固定して配置することで、X線照射窓を含む真空容器の一部の移動に伴う電界形状の変化、並びに長時間使用による昇温に伴う電界形状の変化を、それぞれ抑制しようとするものである。
【0020】
すなわち、本発明は、電子ビーム軌道を一定とし、その軌道に対してターゲット側を移動させることによって、ターゲット面内に複数のX線発生点を設けることを可能とする点では特許文献2の技術と同じであるが、特許文献2の技術では、アノードを構成するターゲット部材を含む真空容器の一部を容器本体部に対して変位させることにより、真空容器の内面形状の変化に伴って電界形状が変化し、それに起因する電子ビームの軌道変化によって焦点移動が生じるのに対し、本発明では、ターゲット部材の前段に、別途同電位のアノードを真空容器本体側に固定した状態で配置する。これにより、真空容器内の電界形状は、電子源と電極群、および本発明において追加配置したアノードによって決定され、ターゲット部材を含む真空容器の一部を移動させても真空容器内の電界形状は実質的に殆ど変化せず、電子ビーム軌道も変化しない。
【0021】
また、ターゲット側を移動させる本発明の構成においては、ターゲットに長時間電子ビームを照射することによる昇温に伴う熱膨張が、電子ビーム軌道に対して非対称に生じる点は特許文献2の場合と同じであるが、本発明ではターゲットの前段に同電位のアノードを真空容器本体側に固定して配置しており、そのアノードとターゲット間には電位差がないことから、電子ビーム軌道に影響を及ぼすほどの電界形状の変化は生じない。したがって長時間使用による焦点移動も、マイクロフォーカスX線発生装置において無視し得る程度の量となる。
【0022】
また、請求項2に係る発明のように、ターゲットと最終段の電極との間に真空容器本体部に対して固定して設けられるアノードは、ターゲットの直近に設けられることにより、ターゲット面上に集束される電子ビームスポットの径を小さくすることができるという利点がある。
【0023】
さらに、ターゲットに照射される電子ビームは、その一部が反射してアノードに衝突することでX線を発生し、これが産業用のX線装置などでは画質低下の原因となる。そこで、請求項3に係る発明のように、アノードの構成部材として、少なくとも反射電子が衝突する可能性のある範囲には、原子番号13以下の軽元素物質、例えばベリリウム、炭素、あるいはアルミニウムなどを用いることが望ましい。
【0024】
また、請求項4に係る発明のように、平行移動可能な連結部材と真空容器外に配置される規制部材による姿勢の規制により、真空容器の一部を真空容器本体部に対して平行移動させることでターゲット面上のX線発生点の移動を行うようにすると、電子ビーム軌道に対するターゲットの偏心量を、これを傾ける従来の提案技術に比して確実に大きくすることができるとともに、X線発生点の設定数をより多く設けることができ、その結果、より一層ターゲット寿命を延ばすことができる。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、ターゲットが一体に形成されたX線照射窓を含む真空容器の一部を、連結部材で真空容器本体部に対して移動可能に連結し、その移動により電子ビームによるターゲットの照射位置を変更可能とすることで、ターゲット面上に複数のX線発生点を設けてその寿命を延ばすとともに、電子ビームを加速および集束させるための電極群の最終段の電極とターゲットとの間に、当該ターゲットと同電位のアノードを容器本体部に対して固定して配置することにより、ターゲット並びにX線照射窓を含む真空容器の一部を移動させても、真空容器内の電界形状は変化せず、X線発生点の変更時におけるX線焦点の移動が実質的に生じなくなる。
【0026】
また、ターゲットと電極群の間にターゲットと同電位のアノードを設けることにより、長時間の使用によるターゲット近傍の真空容器の温度上昇に伴う熱膨張に起因する電界形状の変化についても抑制することができ、長時間使用によるX線焦点の移動を可及的に少なくすることができる。
【0027】
以上のことから、透過型ターゲットを用いた密閉型のX線発生装置に本発明を適用して、X線発生点変更時のX線焦点の移動と長時間使用時のX線焦点の経時的変化を、実用上無視できる程度に抑制し、ターゲット寿命を延ばすことができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図2】ターゲット移動状態での真空容器内の電界形状の説明図であって、(a)は
図1の状態、(b)は固定アノードなしの構造を示す。
【
図3】長時間使用時のターゲット近傍の電界形状の説明図であって、(a)は
図1の状態、(b)は固定アノードなしの構造を示す。
【
図4】開放型の真空容器を用いたX線発生装置の構造の説明図。
【
図5】密閉型の真空容器を用いたX線発生装置の構造の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を参照しつつ本発明の実施の形態について説明する。
図1は本発明の実施の形態の模式的断面図である。
【0030】
真空容器1は密閉型であり、その頂部に薄膜状のターゲット2がX線照射窓3と一体に形成されてなるターゲット部材4が固着されている。そしてこの真空容器1は、ターゲット部材4の配置位置を含む上側の一部が、下側の容器本体部1aに対して連結部材5で連結された容器可動部1bを構成している。連結部材5は、容器本体部1aに対して容器可動部1bを平行移動させる、換言すれば容器本体部1aの中心軸Oaに直交する方向に移動が可能な部材、例えば溶接ベローズで構成される。
【0031】
真空容器1の外側には、容器可動部1bの周囲を囲むようにストッパ1cが設けられている。このストッパ1cは、例えば円環状の部材であって、容器可動部1bの側面を押圧機構、例えば図示のように、ストッパ1cにねじ込まれる押圧ねじ1dなどで押圧することにより、容器可動部1bの反対側の側面をストッパ1cに密着させることで、容器可動部1bの位置と姿勢を規制し、容器本体部1aに対して一定の距離だけ平行移動させた状態とすることができる。ターゲット部材4は容器可動部1bの中心軸Ob上に設けられており、この容器可動部1bをストッパ1cに当接させることにより、ターゲット部材4の中心が容器本体部1aの中心軸Oaに対して規定の距離rだけ偏心した状態となる。
上記のストッパ1cは、本発明における規制部材である。また、容器可動部1bを平行移動させるための規制部材としては、上記構成に限られず、例えば容器可動部に設けた鍔状部材とそれを摺動可能に支える溝を有する支持部材などから構成してもよい。
【0032】
真空容器1の内部には、筒体6内に電子源7および3個の電極8,9,10を備えた電子銃11が容器本体部1aに下端部を固定された状態で、その中心軸Oaと同軸となるように収容されている。電子源7には熱電子を生じさせるべく加熱するための電力が供給されるとともに、この電子源7および各電極8,9,10にはそれぞれの役割に応じた負の高電圧が印加される。真空容器1とそれに固定されているターゲット部材4は電気的には接地されている。
すなわち、電子源7にはターゲットに対して電子を加速するための接地電位に対してマイナス数十kVからマイナス百数十kVの高電圧がかけられる。電極8は電子源7で発生した電子の拡散を抑制するためのグリッドとして機能し、電子源7に対してマイナス数Vからマイナス数百V程度の電圧がかけられる。電極9はグリッド(電極8)により抑えられた電子を引き出す引出し電極として機能し、電子源7に対してプラス数百Vからプラス千数百Vの電圧がかけられる。そして電極10は、引出し電極(電極9)により引き出された電子を、以下に示す固定アノード12との相互作用により集束する集束電極として機能するものであり、電子源7に対してプラス数百Vからプラス千数百Vの電圧がかけられる。
【0033】
上記の固定アノード12は、以上の各電極8,9,10のうち最終段の電極10とターゲット部材4との間に配置されている。この固定アノード12は、ターゲット部材4と同じく接地電位とされ、その中心に電子が通過するための貫通孔12aが形成されているとともに、支持部材13を介して容器本体部1aに固定されている。電子源7で発生した電子は、各電極8,9,10および固定アノード12によって真空容器1内に形成される電界により、静電的に加速および集束された電子ビームBとなり、容器本体部1aの中心軸Oaに沿った軌道で接地電位のターゲット部材4に照射され、これによってターゲット2から発生したX線がX線照射窓3を介して外部に取り出される。
【0034】
以上の実施の形態において、容器可動部1bをストッパ1cに当接させた状態では、ターゲット部材4の中心は容器本体部1aの中心軸Oaに沿った電子ビームBの軌道に対して距離rだけ偏心した状態となり、ターゲット部材4の中心から距離rだけ偏心した位置に電子ビームBが照射されることになる。容器可動部1bの移動方向を変化させることにより、ターゲット部材4の下面に一体形成されたターゲット2面上で半径rの弧上に複数のX線発生点を設けることができる。しかも、そのX線発生点の変更に際しては電子ビームBの軌道が変化しない。
【0035】
すなわち、
図1の実施の形態によれば、真空容器1内の電界形状は、
図2(a)に等電位線Lep1を示すように、筒体6および電極10と固定アノード12および支持部材13によって決まるため、容器可動部1bの位置を変化させても、真空容器1内の電界形状は変化しない。したがって、電子ビームBの軌道は容器可動部1bの移動によっても変化せず、X線発生点の絶対位置も移動しないため、焦点移動は生じない。
【0036】
これに対し、
図2(b)に固定アノード12および支持部材13を設けない場合の等電位線Lep2を示す。固定アノード12および支持部材13がない場合には、真空容器1内の電界形状は筒体6および電極10と、この構造においてアノードを形成するターゲット部材4を含む容器可動部1bによって決まるため、容器可動部1bの位置を移動させることによって真空容器1内の電界形状が変化し、これに伴って電子ビームBの軌道が変化し、X線発生点の絶対位置も移動して焦点が移動する。
【0037】
また、
図1の実施の形態によれば、長時間の使用によるターゲット部材4近傍の温度上昇に起因する焦点移動も、以下に示すように実質的に生じなくなる。
【0038】
真空容器1に対するターゲット部材4の固定構造は、真空容器1内部が真空引きされることにより、ターゲット部材4には真空容器1の内側に向けて常に力が作用することや、ターゲット部材4に対して被写体等を可及的に接近させることを可能とするため、ターゲット部材4の外側に構造物を設けないようにする必要があること、などの理由で、
図3(a)に示すように真空容器1(容器可動部1b)にターゲット部材4の下側に張り出す内フランジ部1eを設けて、ターゲット部材4の上面と真空容器1(容器可動部1b)の上面とを同一平面として、ターゲット部材4の下面を内フランジ部1eで支持する構造とするのが一般的である。容器可動部1bを移動させた状態では、その容器可動部1bが電子ビームBの軌道に対して偏心した状態となり、上記の内フランジ部1eをはじめとする真空容器1内部の凹凸形状が電子ビームBの軌道を中心として非対称となる。この状態で真空容器1の内部構造物が熱膨張すると、電子ビームBに対して非対称な凹凸の位置関係が変化する。
【0039】
図1の実施の形態では、ターゲット部材4と電極10間において容器本体部1aに対して固定された固定アノード12が設けられ、その固定アノード12と電極8,9,10等によって真空容器1の電界形状が決まるため、
図3(a)のように、長時間の使用によりターゲット部材4近傍の温度が上昇し、内フランジ部1eが二点鎖線で示すように熱膨張しても、真空容器1内の等電位線Lep1は殆ど変化しない。したがってこの場合の電子ビームBの軌道は実用的には無視し得る程度となり、長時間使用しても焦点移動は生じない。
【0040】
これに対し、固定アノード12がない場合には、
図3(b)に示すように、長時間の使用によりターゲット部材4近傍の温度が上昇し、内フランジ部1eが二点鎖線で示すように熱膨張すると、電子ビームBに対して実質的にアノードを構成する部材の凹凸が当該電子ビームBに対して非対称に移動することになって等電位線Lep2が変化する。つまり、電界形状が変化して電子ビームBの軌道が変化する。これにより、装置の停止状態からX線の発生を開始すると、X線発生点の絶対位置が経時的に変化し、焦点移動が生じる。
【0041】
ここで、
図1の実施の形態において、固定アノード12の上下方向への位置は特に限定されるものではないが、図のように固定アノード12をターゲット部材4の直近とすることが、ターゲット2面上への電子ビームBのスポット径を小さくする上で有用である。固定アノード12とターゲット部材4はどちらも接地されていて同電位であるから、仮に接触しても電気的な問題は発生しない。したがって、固定アノード12はできるかぎりターゲット部材に接近していることが望ましい。
【0042】
また、ターゲット2に照射される電子ビームBの一部は、反射して固定アノード12に衝突することでX線を発生するが、このX線は、例えば産業用のX線装置などでは画質低下の要因となるためできるだけ少ない方がよく、固定アノード12の少なくとも反射電子が衝突し得る範囲(表面のみでもよい)の材質は、X線発生量の少ない例えばベリリウムや炭素、アルミニウムなどの軽元素物質が望ましい。
【0043】
また、以上の実施の形態は、密閉型の真空容器を用いたX線発生装置に本発明を適用して、真空容器の真空状態を破ることなく複数のX線発生点を設けることを可能としながら、焦点移動の発生を抑制しているのであるが、本発明は、真空容器を密閉型とすることに限定されるものではなく、開放型の真空容器を用いたX線発生装置であっても、電極群により電子を静電的に加速および集束させるタイプであれば、本発明を適用することができる。
【符号の説明】
【0044】
1 真空容器
1a 容器本体部
1b 容器可動部
2 ターゲット
3 X線照射窓
4 ターゲット部材
5 連結部材
6 筒体
7 電子源
8 電極(グリッド)
9 電極(引出し電極)
10 電極(集束電極)
11 電子銃
12 固定アノード
12a 貫通孔
13 支持体