(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6264985
(24)【登録日】2018年1月5日
(45)【発行日】2018年1月24日
(54)【発明の名称】製パン用油脂組成物及びパン類
(51)【国際特許分類】
A21D 2/16 20060101AFI20180115BHJP
A21D 8/04 20060101ALI20180115BHJP
A21D 13/00 20170101ALI20180115BHJP
A23D 7/00 20060101ALI20180115BHJP
【FI】
A21D2/16
A21D8/04
A21D13/00
A23D7/00 506
【請求項の数】4
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-62443(P2014-62443)
(22)【出願日】2014年3月25日
(65)【公開番号】特開2015-181434(P2015-181434A)
(43)【公開日】2015年10月22日
【審査請求日】2016年8月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100197022
【弁理士】
【氏名又は名称】谷水 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100102635
【弁理士】
【氏名又は名称】浅見 保男
(74)【代理人】
【識別番号】100105500
【弁理士】
【氏名又は名称】武山 吉孝
(72)【発明者】
【氏名】難波 真紀子
【審査官】
田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−039070(JP,A)
【文献】
特開2010−098993(JP,A)
【文献】
特公昭43−005701(JP,B1)
【文献】
田中憲彰,製パン・製菓技術の新動向 製パンにおける酵素とその役割,食品と科学, 1998年,Vol.40, No.4,p.103-106
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A21D 2/00−17/00
A23L 7/00−7/104
A23D 7/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
FSTA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
油脂100質量部に対して、ヘミセルラーゼ0.1〜0.3質量部、ジグリセリンモノ脂肪酸エステル1〜5質量部、プロピレングリコールモノ脂肪酸エステル1〜10質量部含有する製パン用油脂組成物。
【請求項2】
ヘミセルラーゼが真菌または細菌由来のヘミセルラーゼである請求項1に記載の製パン用油脂組成物。
【請求項3】
ジグリセリンモノ脂肪酸エステルとプロピレングリコールモノ脂肪酸エステルの質量比が1:5〜5:1である請求項1または2に記載の製パン用油脂組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の製パン用油脂組成物を小麦粉100質量部に対して0.1〜20質量部使用して焼成したパン類。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製パンに用いる油脂組成物及びこれを配合したパン類に関する。より詳しくは、小麦粉、水、イースト等の原料とともに使用してパン生地を調製、焼成して、パン類を製造するのに用いる製パン用油脂組成物及びこれを配合したパン類に関する。
【背景技術】
【0002】
食パンや菓子パン等のパン類は、ハード系と呼ばれるフランスパン等を除いて、生地の物性改良や焼成品の状態や食感改善や老化抑制のため、油脂を生地に練り込んでいる。一方、消費者の健康志向の高まりから、低カロリーな食品が望まれる傾向があるため、油脂の量を低下したものが望まれるようになってきた。
しかし、油脂の使用量を減らしてパンを製造すると、硬くなりやすく、引きと呼ばれる歯切れの悪い食感になり、さらにボリュームも小さくなる。このように、油脂はパン生地物性に密接に関わっているため、単純に使用量を減らしてパンを製造することは難しい。
油脂を使用しなくてもボリューム、食感に優れたパンを得る方法として、ペクチン、グルコースオキシダーゼ、バイタルグルテンを使用する方法(特許文献1)が知られているが、グルコースオキシダーゼやバイタルグルテンはパンの歯切れを低下させ、パンとしての食感として決して満足のいく品質のパンが得られていない。
また、無機物質からなる微粒子担体の表面に疎水性物質を付着した疎水性微細粒子を含有する食用油脂代替物を添加する方法(特許文献2)が知られているが、パンのソフトさを得るには十分とは言えず、また顕著なボリューム向上効果も得られないことから、パンの品質を改良する効果として十分ではない。
【0003】
さらに、パンをソフトにすると、クラムの軟化に従い保存時にパン表面にしわが発生しやすくなり、さらにボリュームが向上すると、保存時にパンが縮みやすくしわの発生や腰折れ(ケービング)と呼ばれる現象が生じ、外観上商品価値が著しく低下するという課題がある。
パンのしわおよび腰折れを防止する方法としてアルギン酸プロピレングリコールエステル粉末とグルコースオキシダーゼ粉末を所定の油脂に分散させる製パン用油脂組成物が知られているが(特許文献3)、パンの外観は良好でも、ソフト化やボリュームを向上させる効果はなかった。
また、歯切れよく、レンジアップした際のパン表面のシワ発生を抑制する油脂組成物として、ジグリセリンモノ脂肪酸エステル、モノグリセリンモノ脂肪酸エステルおよびプロピレングリコールモノ脂肪酸エステルを一定の比率で含有する油脂組成物が知られている(特許文献4)。しかし、歯切れは向上するが、しわや縮みの原因となるソフト化やボリューム向上といった効果はなく、またレンジアップした際にしわ防止の効果を発揮するが、常温にパンを放置した際の経時的なパンの縮みからくるしわの発生や腰折れ(ケービング)を抑制する効果は得られない。
さらに、アルギン酸プロピレングリコールエステルと食物繊維を使用することによりパン類に適度な弾力を付与してつぶれにくくする方法(特許文献5)が知られている。しかし、復元力が強く、つぶれにくくはなるが、ソフト化やボリューム向上といった効果はなく、製パンの品質改良という点で現代の消費者が求めるパン品質を得ることは出来なかった。
【0004】
なお、特許文献6には、ジグリセリンモノ脂肪酸エステルおよびプロピレングリコールモノ脂肪酸エステルとさらに2種類の乳化剤を組み合わせることでペーストリー類の食感を改良する方法が示されているが、ペーストリー類は油脂を層状に折り込む製法であり、本発明でいうパンとは全く異なった特性を備えた製法により焼成されるものである。そのため、生地の展延性および焼成後の食感に対する効果しかなく、パンに用いた際に油脂量を減らすと生地伸展性の低下を招き、ソフト化およびボリューム向上効果は得られない。
また、特許文献7には、好ましい物性のショートニングを作る方法としてプロピレングリコールやジグリセリンなどを常温で液体の油脂に配合する方法が示されているが、光沢がありなめらかなショートニングは得られるが、使用油脂量を減らす効果はない。さらに、パンに用いた場合のソフト化効果についても不十分であり、ボリュームも得られず、現在の消費者が求める品質には劣るものであった。
【0005】
以上のように、現代の消費者が求める健康志向に適した油脂量が少なくてもソフトで歯切れよくボリュームのあるパンが得られる方法は見出されておらず、またソフトでボリュームが向上するにも関わらず、パン焼成後に生じる表面のしわおよびケービングを防止し、外観を良好に保つことが出来る方法についても見出されていなかった。本発明はこの2つの課題に対して解決を図るものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−158325号公報
【特許文献2】特開2001−218550号公報
【特許文献3】特開2010−098993号公報
【特許文献4】特開2009−039070号公報
【特許文献5】特開2000−333590号公報
【特許文献6】特開2003−092986号公報
【特許文献7】特開2000−116323号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
油脂の使用量が少なくてもソフトで歯切れよくボリュームのあるパンが焼成でき、かつ焼成後に生じる表面のしわおよびケービングを防止し、外観に優れたパンを製造することができる製パン用油脂組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、油脂に対して、ヘミセルラーゼ、ジグリセリンモノ脂肪酸エステル、およびプロピレングリコールモノ脂肪酸エステルの各々を特定量含有する製パン用油脂組成物を使用すると、パン製造時に油脂の使用量を減らしてもソフトで歯切れよくボリュームのあるパンが焼成できることを見出した。さらに、この製パン用油脂組成物を使用すると、焼成後のパン表面のしわおよびケービングを防止し、外観に優れたパンを製造できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、以下(1)〜(4)である。
(1)油脂100質量部に対して、ヘミセルラーゼ0.
1〜0.
3質量部、ジグリセリンモノ脂肪酸エステル
1〜
5質量部、プロピレングリコールモノ脂肪酸エステル
1〜10質量部含有する製パン用油脂組成物。
(2)ヘミセルラーゼが真菌または細菌由来のヘミセルラーゼである前記の(1)に記載の製パン用油脂組成物。
(3)ジグリセリンモノ脂肪酸エステルとプロピレングリコールモノ脂肪酸エステルの質量比が1:5〜5:1である前記の(1)または(2)に記載の製パン用油脂組成物。
(4)前記の(1)〜(3)のいずれかに記載の製パン用油脂組成物を小麦粉100質量部に対して0.1〜20質量部使用して焼成したパン類。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、パン生地作成における油脂の使用量を質量基準で通常の80〜30%に減らすことができ、さらにソフトで歯切れよくボリュームのあるパンが焼成でき、かつ焼成後に生じる表面のしわおよびケービングを防止し、外観に優れたパンを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】本発明の実施例1の製パン用油脂組成物を使用して焼成したテーブルロール(右)と従来の製パン用油脂組成物を使用して焼成したテーブルロール(左)を比較した写真である。
【
図2】本発明の実施例1の製パン用油脂組成物を使用して焼成した白焼きパン(右)と従来の製パン用油脂組成物を使用して焼成した白焼きパン(左)を比較した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の製パン用油脂組成物は、油脂、ジグリセリンモノ脂肪酸エステル、およびプロピレングリコールモノ脂肪酸エステルを含有する。
【0012】
本発明に使用するヘミセルラーゼは、多糖類ヘミセルロースに作用してヘキソサンやペントースを生じさせる酵素である。キシランを加水分解するキシラナーゼ、アラバンを加水分解するアラバナーゼ、マンナンを加水分解するマンナーゼ等が含まれる。ヘミセルラーゼであればいずれを使用してもよいが、キシラナーゼが特に好ましい。本発明にて使用するヘミセルラーゼは真菌由来(例えば、トリコデルマ、メリピルス、ヒューミコラ、アスペルギルス、フザリウム)または細菌由来(例えば、バチルス)である。これらヘミセルラーゼを1種類単独もしくは2種類以上配合して使用してもよい。ヘミセルラーゼは油脂100質量部に対し、0.01〜0.8質量部であり、0.1〜0.3質量部が好ましい。0.01質量部未満であると、パン生地の伸展性が不十分となり、ソフトさ、ボリュームに欠けるパンになってしまう。また0.8質量部を超えると、パン生地にべたつきが発生し作業性が低下する。尚、含有量は、ヘミセルラーゼ活性として90000ugのものを用いた場合の値であり、活性値に換算して油脂100gあたり(0.01〜0.8)×90000u好ましくは、(0.1〜0.3)×90000uを目安として含有させるとよい。ヘミセルラーゼ活性は、基質(キシラン10mg/mL)1mLに0.1N酢酸緩衝液(pH4.5)3mLを加えたものを用いた場合、1分間に1μmolのキシロースに相当する還元糖量を遊離する酵素量を1uとした。
【0013】
本発明に使用するジグリセリンモノ脂肪酸エステルの脂肪酸としては、炭素数12〜24の脂肪酸を使用することができる。特に、生地の伸展性を良好にし、ソフトで歯切れよくボリュームの向上したパンを得るという観点から、ステアリン酸またはパルミチン酸を用いることが好ましい。これらジグリセリンモノ脂肪酸エステルを1種類単独もしくは2種類以上配合して使用してもよい。
ジグリセリンモノ脂肪酸エステルは油脂100質量部に対し、0.5〜10質量部であり、1〜5質量部が好ましい。0.5質量部未満であるとグルテン構造を改質する効果が低下することで生地伸展性が不十分となり、ソフトさと歯切れに欠けるパンになってしまう。また、10質量部を超えるとパン生地の粘弾性のバランスが崩れ、機械耐性のない生地になり作業性が低下する。
【0014】
本発明に使用するプロピレングリコール
モノ脂肪酸エステルの脂肪酸としては、炭素数12〜24の脂肪酸を使用することができる。特に、パン生地中での油脂分散性を向上し、ジグリセリンモノ脂肪酸エステルの効果を高めるとともに、焼成したパン内相のキメを細かくし、焼成後のパンの縮みを防止し、パン表面のしわおよびケービングを防止するという観点から、アラキジン酸またはベヘン酸を用いることが好ましく、ベヘン酸を用いることが特に好ましい。
プロピレングリコール
モノ脂肪酸エステルは油脂100質量部に対し、0.1〜10質量部であり、0.5〜5質量部が好ましい。0.1質量部未満であると油脂の分散性向上効果が低くパン内相のキメを細かくする効果が低下し、焼成後のパン表面にしわおよびケービングが発生する。また、10質量部を超えると、焼成したパンがねちゃつき、口溶けが低下するなど食感が低下する。
【0015】
本発明に使用するジグリセリンモノ脂肪酸エステルとプロピレングリコール
モノ脂肪酸エステルの質量比は1:5〜5:1であることが好ましく、さらに好ましくは1:3〜3:1である。ジグリセリンモノ脂肪酸エステルがプロピレングリコール
モノ脂肪酸エステルに対して5:1を超える割合で含有すると、パン内層のキメを細かくする効果がやや低下し、焼成後のパン表面にしわおよびケービングがやや発生しやすいという傾向が認められる。また、プロピレングリコール
モノ脂肪酸エステルがジグリセリンモノ脂肪酸エステルに対して5:1を超える割合で含有すると、焼成したパンの歯切れがやや悪くなり、食感がやや低下する傾向が認められる。
【0016】
(油脂組成物)
本発明の製パン用油脂組成物に使用する油脂としては、食用に適する油脂が使用でき、具体的には、牛脂、豚脂、魚油、パーム油、菜種油、コーン油、大豆油等の天然の動植物油脂、およびこれらの硬化油、極度硬化油、エステル交換油等が挙げられ、これらを目的に応じて適宜選択され、1種または2種以上組み合わせて用いられる。
【0017】
本発明は、油脂によって促されるパン生地の伸展性を、ヘミセルラーゼ、ジグリセリンモノ脂肪酸エステルを配合した油脂を使用することで、油脂の使用量が少なくても良好な生地伸展性が得られ、ソフトで歯切れよくボリュームのあるパンが得られることを見出した。
上記の本発明によって特有の効果が得られることについては、完全に解明されたわけではないが、次のような機構的によるものであると推測される。すなわち、ヘミセルラーゼが小麦粉中のグルテン間に存在するペントサンを分解することで、グルテン構造をリラックスさせる。ここでジグリセリンモノ脂肪酸エステルがグルテン構造を緻密にする。さらに共存するプロピレングリコールモノ脂肪酸エステルが協奏的に作用することによってパン生地中での油脂の分散性を向上し、ジグリセリンモノ脂肪酸エステルの効果をさらに高める。これらの作用が相乗的に働くことによって、焼成したパン内相のキメが細かくなり、焼成後のパンの縮みを防止され、パン表面のしわおよびケービングを防止されるのである。
【0018】
本発明における油脂組成物には、その他の添加剤として、糖アルコール、保存料、pH調整剤、色素、香料、乳化剤、酵素等を適宜使用してもよい。
【0019】
その他の添加剤としての乳化剤は、特に限定されないが、脂肪酸モノグリセリド、ショ糖脂肪酸エステル等が挙げられる。例えば飽和脂肪酸がついた脂肪酸モノグリセリドなどを求める食感やソフトさに応じて適宜使用することが好ましい。その他の添加剤としての乳化剤の配合量は、油脂100質量部に対し、0.1〜10質量部であり、0.5〜5質量部が好ましい。
【0020】
その他の添加剤としての酵素は、例えばα−アミラーゼなどを求める食感やソフトさに応じて適宜使用することが好ましい。その他の添加剤としての酵素の配合量は、油脂100質量部に対し、0.01〜5質量部であり、0.05〜2質量部が好ましい。
【0021】
糖アルコールとして、特に限定されないが、ソルビトール等が挙げられる。ソルビトール等の糖アルコールを配合すると、パン生地作成における油脂の使用量を低下することができる。その配合量は、油脂100質量部に対し、0.1〜20質量部であり、1〜15質量部が好ましい。
【0022】
本発明によって、油脂の使用量が少なくても油脂を通常量使用したパンよりソフトで歯切れよくボリュームのあるパンが焼成できる。その効果は、ヘミセルラーゼ、ジグリセリンモノ脂肪酸エステル、プロピレングリコールモノ脂肪酸エステルを一定量含有した油脂組成物を使用することにより、使用する油脂量が少なくても生地に十分な伸展性を付与できるからである。そのため必要に応じて様々な素材を併用し使用することが出来る。ただし、グルテン間の結合を強め、生地の伸展性を抑制するような素材、例えばグルコースオキシダーゼ、ステアロイル乳酸ナトリウムなどの併用については、十分な注意が必要である。
【0023】
パン生地を製造する際、小麦粉に水を添加して練り込んでいくとグルテンが作られ、生地に弾性がでてくる。通常、油脂を添加することでグルテンが細い伸展しやすい状態になるため、醗酵・焼成時に、生地が伸展しキメの細かいソフトで比容積の大きなパンが出来あがる。しかし、油脂量を少なくすると、グルテンがお互いに接着し、非常に太い糸状の物質になり、伸展性が悪い状態になる。そのため、醗酵・焼成時に生地が伸びにくく、キメの粗い、硬く、比容積の小さなパンが出来上がる。本発明の製パン用油脂組成物を使用すれば、通常よりも油脂量が少なくてもキメの細かいソフトで比容積の大きなパンが出来上がり、かつパン表面のしわおよびケービングが防止され、外観においても優れたパンを得ることが出来る。
【0024】
本発明において、ベーカリー製品調製時に添加する本発明の製パン用油脂組成物の量は、ベーカリー製品に使用する小麦粉100質量部に対して、通常使用する油脂量の80%〜30%にすることができる。つまり、小麦粉100質量部に対して、通常油脂を10質量部使用するパンであれば、本発明の製パン用油脂組成物であれば8〜3質量部でパンを製造することができ、かつ油脂を10質量部使用したパンに比べて本発明の製パン用油脂組成物を8〜3質量部使用したパンのほうがキメが細かくソフトで歯切れよくボリュームのあるパンが得られる。さらにパン表面のしわおよびケービングを防止し、外観に優れたパンを製造できる。
本発明の製パン用油脂組成物の使用量が、通常使用する油脂量に比べて80%を超えるとパン生地にベタツキが生じ、作業性が低下するとともに、焼成したパン表面にしわおよびケービングが発生する。また30%未満になると生地の伸展性に欠け製造ラインの機械適性が損なわれることで、ソフトさ、歯切れ、ボリュームに欠けたパンになる。
【0025】
本発明の製パン用油脂組成物は例えば以下のように製造することができる。まず、油脂および乳化剤を各成分の融点以上の温度で加熱し、均一溶解する。そこに加温した水およびソルビトールなどの水相成分を添加し均一撹拌し乳化液を得る。その後、ボテーター、パーフェクター、コンビネーターなどの試作機を用いて急冷捏和し、乳化液が40℃以下になったところで、油脂に分散させた酵素を比例注入し、酵素を均一分散させ、ついで30℃以下に急冷することで目的の製パン用油脂組成物を得る。
【0026】
本発明の油脂組成物を使用して製造するパン類としては、フィリングなどの詰め物をしたパンも含まれ、食パン、特殊パン、調理パン、菓子パンなどが挙げられる。具体的には、食パンとしては白パン、黒パン、フランスパン、バラエティーブレッド、ロール(テーブルロール、バンズ、バターロールなど)が挙げられる。特殊パンとしてはマフィンなど、調理パンとしてはホットドック、ハンバーガーなど、菓子パンとしてはジャムパン、あんパン、クリームパン、レーズンパン、メロンパンなどが挙げられる。
【0027】
本発明におけるベーカリー製品の原料としては、主原料としての小麦粉の他に、イースト、イーストフード、乳化剤、油脂類(ショートニング、ラード、マーガリン、バター、液状油等)、水、加工澱粉、乳製品、食塩、糖類、調味料(グルタミン酸ソーダ類や核酸類)、保存料、ビタミン、カルシウム等の強化剤、蛋白質、アミノ酸、化学膨張剤、フレーバー等が挙げられる。さらに、一般に原料として用いると老化しやすくなる、レーズン等の乾燥果実、小麦ふすま、全粒粉等を使用できる。
【実施例】
【0028】
次に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。
(実施例1)
表1の配合組成で以下の方法により製パン用油脂組成物を製造した。パーム硬化油(融点42℃。基準油脂分析試験法の「上昇融点」法に従い測定。以下の融点についても同様の方法で測定。)5kg、パーム油30kg、菜種硬化油15kg(融点36℃)、および菜種油49kgを配合した油相部に、ジグリセリンモノステアリン酸エステル4kg、プロピレングリコールモノベヘン酸エステル3kgを配合し、75℃にて加熱溶解した。そこに70℃に加温した水20kgを添加し乳化液を製造した。ついでマーガリン試作機を用いて急冷し、乳化液温度が40℃以下になった時点で菜種油1kgにヘミセルラーゼ(新日本化学工業(株)製、商品名「スミチームSNX」、Aspergillus niger由来のヘミセルラーゼ、)400gを分散させたものを比例注入し、均一に酵素を分散させた。さらに30℃以下に急冷し、本発明の製パン用油脂組成物を調製した。
【0029】
(実施例2〜7、比較例1〜7)
実施例1に準じて、表1に示す配合で実施例2〜7の本発明の製パン用油脂組成物を、また表2に示す配合で比較例1〜7の本発明でない製パン用油脂組成物の調製を行った。
上記の製パン用油脂組成物について、下記のパン製造方法1〜3に示す3通りの方法で、パン生地を作成、焼成した。
ここで、油脂の使用量は80%〜30%に減量し実施例1〜7、比較例1〜7の油脂を用いてパンを焼成した。それぞれのパン生地作成における油脂使用量は、下記に記載した「通常量」からの減量とし、表1、2には「通常量」のg数を100%としての質量比率で示した。
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】
【0032】
<パン製造方法1>菓子パン
強力粉700g、上白糖30g、イースト30g、イーストフード1g、水400gをミキサーボウルに投入し、低速2分、中速2分混捏し、捏ね上げ温度26℃の中種を28℃で2時間醗酵させた。醗酵させた中種をミキサーボウルに投入し、さらに強力粉300g、上白糖140g、脱脂粉乳30g、全卵60g、食塩16g、水180gを投入し、低速2分、中速4分混捏し、ここで製パン用油脂組成物を80g(通常量)投入し、さらに低速2分、中速4分混捏し、捏ね上げ温度28℃の生地を得た。フロアタイムを30分取った後、60gに分割し、次いでベンチタイムを25分取った後、モルダーに生地を通し、鉄板に並べた。さらに38℃、相対湿度85%のホイロに60分入れて最終醗酵を行った。最終醗酵後、上火200℃、下火200℃のオーブンに入れて、8分焼成しパンを得た。このパンを30分間室温で放冷した後、袋に入れた。
【0033】
<パン製造方法2>テーブルロール
強力粉700g、イースト30g、イーストフード1g、水420gをミキサーボウルに投入し、低速2分、中速2分混捏し、捏ね上げ温度26℃の中種を28℃で2時間醗酵させた。醗酵させた中種をミキサーボウルに投入し、さらに強力粉300g、上白糖140g、脱脂粉乳30g、全卵120g、食塩17g、水80gを投入し、低速2分、中速4分混捏し、ここで製パン用油脂組成物140g(通常量)投入し、さらに低速2分、中速4分混捏し、捏ね上げ温度28℃の生地を得た。フロアタイムを30分取った後、35gに分割し、次いでベンチタイムを15分取った後、テーブルロール成型にし鉄板に並べた。さらに38℃、相対湿度85%のホイロに55分入れて最終醗酵を行った。最終醗酵後、上火200℃、下火200℃のオーブンに入れて、8分焼成しパンを得た。このパンを20分間室温で放冷した後、袋に入れた。
【0034】
<パン製造方法3>白焼きパン
強力粉700g、イースト30g、イーストフード1g、水400gをミキサーボウルに投入し、低速2分、中速2分混捏し、捏ね上げ温度26℃の中種を28℃で2時間醗酵させた。醗酵させた中種をミキサーボウルに投入し、さらに強力粉300g、上白糖80g、液糖100g、食塩17g、水200gを投入し、低速2分、中速4分混捏し、ここで製パン用油脂組成物80g(通常量)投入し、さらに低速2分、中速4分混捏し、捏ね上げ温度28℃の生地を得た。フロアタイムを30分取った後、50gに分割し、次いでベンチタイムを20分取った後、ノット成型し鉄板に並べた。さらに38℃、相対湿度85%のホイロに60分入れて最終醗酵を行った。最終醗酵後、上火160℃、下火200℃のオーブンに入れて、9分焼成しパンを得た。このパンを30分間室温で放冷した後、袋に入れた。
【0035】
3通りの方法で、作成、焼成したパン類について、下記に示す評価方法でソフトさ、歯切れ、ボリュームの評価を行った。ここで評価の基準は、一般的に使用される油脂組成物〔日油(株)製、商品名「エミュ」(製品中の油脂量83質量%)〕を用いて焼成されたパンをコントロールとしての比較で評価した。
【0036】
<ソフトさ測定方法>
焼成後3日間20℃で保管したそれぞれのパン各10個を上部から1.5cm圧縮する際に必要な応力(N)を(株)山電製レオメーターで測定した。コントロールと比較して、有意にソフト(◎)、有意差はないがソフト(○)、有意差はないが硬い(△)、有意に硬い(×)とした。
【0037】
<官能(歯切れ)評価方法>
焼成後1日間20℃で保管したそれぞれのパンを15人のパネラーにて歯切れ感の評価を行なった。コントロールと比較して歯切れが良好(◎)、普通(○)、歯切れが少し悪い(△)、歯切れが明らかに悪い(×)、の評価項目を設け、最も人数の多かった項目をパンの歯切れ感とした。なお、同数の場合は両方の評価結果を記した。
【0038】
<ボリューム測定方法>
菜種置換法にてそれぞれのパン各10個の体積を測定し、以下の式にて比容積を算出した。
比容積=体積/パン質量
コントロールの比容積と比較して、有意に大きい(◎)、有意差はないが大きい(○)、有意差はないが小さい(△)、有意に小さい(×)とした。
【0039】
次に焼成後3日目のパン表面のしわについて目視にて評価し、表3〜表5にその結果を示した。しわが発生しやすいパン生地は、ケービングも発生しやすいことから、今回はしわでの評価を行うこととし、しわ発生抑制効果があればケービング発生抑制効果もあるとした。
図1にテーブルロール、
図2に白焼きパンの焼成したパンの外観を写真で示す。両図において、実施例1の製パン用油脂組成物を使用して焼成したパン(左)とコントロール(右)である。
【0040】
【表3】
【0041】
【表4】
【0042】
【表5】
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の製パン用油脂組成物は、製パン工場における汎用のパン類の製造、パン小売店の店舗内で製造する小規模製造等において利用することができる。
また、本発明の製パン用油脂組成物を小売りして、家庭用のホームベーカリー等で利用することもできる。