(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6265757
(24)【登録日】2018年1月5日
(45)【発行日】2018年1月24日
(54)【発明の名称】Alめっき鋼線製造装置および製造法
(51)【国際特許分類】
C23C 2/12 20060101AFI20180115BHJP
C23C 2/38 20060101ALI20180115BHJP
C23C 2/00 20060101ALI20180115BHJP
【FI】
C23C2/12
C23C2/38
C23C2/00
【請求項の数】6
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2014-11753(P2014-11753)
(22)【出願日】2014年1月24日
(65)【公開番号】特開2015-137423(P2015-137423A)
(43)【公開日】2015年7月30日
【審査請求日】2016年12月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(74)【代理人】
【識別番号】100076130
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 憲治
(72)【発明者】
【氏名】三尾野 忠昭
(72)【発明者】
【氏名】守田 幸弘
(72)【発明者】
【氏名】服部 保徳
(72)【発明者】
【氏名】清水 剛
【審査官】
池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−208263(JP,A)
【文献】
特開平04−036447(JP,A)
【文献】
特開2000−282206(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 2/00−2/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
芯線径D0が0.05〜1.0mmの鋼線を溶融Alめっき浴に浸漬したのち気相空間にライン速度100m/min以上で連続的に引き上げる方法により鋼線表面に溶融Alめっきを施すめっき装置において、鋼線が引き上げられる浴面位置を「めっき浴立ち上がり部」と呼び、平均浴面高さを基準とした高さを「浴面基準高さ」と呼ぶとき、
めっき浴立ち上がり部を含む浴面部分およびその浴面が接する気相空間を大気環境から仕切る遮蔽体(ただし引き上げられる鋼線が通過する開口部を備える)を有し、
前記遮蔽体内部のめっき浴立ち上がり部を含むめっき浴面の一部分およびめっき浴立ち上がり部から引き上げられた鋼線の浴面基準高さが20mm未満の領域の一部分に不活性ガスを吹き付けるノズルと、前記遮蔽体内部の気相空間に水蒸気含有ガスを導入する管路と、その水蒸気含有ガスの水蒸気含有量を調整するための水蒸気量調整機構を有する、
Alめっき鋼線製造装置。
【請求項2】
芯線径D0が0.05〜1.0mmの鋼線を溶融Alめっき浴に浸漬したのち気相空間にライン速度100m/min以上で連続的に引き上げる方法により鋼線表面に溶融Alめっきを施すめっき装置において、鋼線が引き上げられる浴面位置を「めっき浴立ち上がり部」と呼び、平均浴面高さを基準とした高さを「浴面基準高さ」と呼ぶとき、
前記気相空間が大気に開放されており、
めっき浴立ち上がり部を含むめっき浴面の一部分およびめっき浴立ち上がり部から引き上げられた鋼線の浴面基準高さが20mm未満の領域の一部分に不活性ガスを吹き付けるノズルと、引き上げられた鋼線のめっき金属が未凝固である浴面基準高さ20mm位置以上の高さ領域のうち少なくとも一部の高さ領域の鋼線表面に水蒸気含有ガスを当てるための吐出口を持つガス管路と、その水蒸気含有ガスの水蒸気含有量を調整するための水蒸気量調整機構を有する、
Alめっき鋼線製造装置。
【請求項3】
前記ノズルは、引き上げられた鋼線の浴面基準高さ20mm以上の部分に前記ノズルからの不活性ガス吐出流が当たらないように不活性ガス吐出方向が調整されている請求項1または2に記載のAlめっき鋼線製造装置。
【請求項4】
前記水蒸気含有ガスは、不活性ガスと水蒸気の混合ガスである請求項1〜3のいずれか1項に記載のAlめっき鋼線製造装置。
【請求項5】
請求項1に記載のAlめっき鋼線製造装置を用いて鋼線表面に溶融Alめっきを施すに際し、
引き上げられる鋼線に随伴してめっき浴が持ち上がることにより形成されるメニスカスの浴面基準高さhが5mm以下となるように、前記不活性ガスを吹き付け流量をコントロールするとともに、
浴面基準高さ20mm以上の高さ領域において、引き上げられた鋼線のめっき金属が未凝固である部分の表面に接触する、酸素濃度500ppm未満である雰囲気ガスの露点が−10℃以上となるように、前記水蒸気含有ガスにより遮蔽体内部に供給される水蒸気量をコントロールする、
表面性状の良好なAlめっき鋼線の製造法。
【請求項6】
引き上げる鋼線のライン速度を100〜400m/minの範囲でコントロールする請求項5に記載の表面性状の良好なAlめっき鋼線の製造法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼線の表面をAlで被覆する技術であって、特に細径の鋼芯線に薄いAlめっき層を効率的に形成するのに適したAlめっき鋼線の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のワイヤーハーネス用素線をはじめとする各種導線には、従来、銅素線が使用されている。しかし、鉄スクラップとともにリサイクルする上で、銅材の混入は好ましくない。このためリサイクル性の観点からは、鉄スクラップとともに溶解可能で且つ導電性が比較的良好なアルミニウム線の適用が有利となる。
【0003】
また、ワイヤーハーネスを構成する各導線は「かしめ加工」によって端子に締結されることが多く、かしめ部で容易に破断することがないように、個々の素線にはある程度の強度が要求され、また、かしめ締結部での引抜強度が要求される。現状の信号用ワイヤーハーネス素線には、銅素線の場合は直径約0.2mm以上、アルミニウム素線の場合には直径1mm以上の線径を確保することが必要とされる。
【0004】
一方、高強度・高耐食性が要求される用途において、鋼線を芯線とするAlめっき鋼線が知られている(特許文献1、2)。特許文献1には漁網ロープ用、送電線の補強用、海底光ファイバーケーブル補強用等のワイヤーに使用するAlめっき鋼線が記載されている。特許文献1の実施例に開示されている鋼線は線径2〜13mmと太いものであり、Alめっきの目的は耐食性改善である。特許文献2のAlめっき線材は高強度ボルト用であり、その
図2には7mm径のものが示されている。
【0005】
Alめっき鋼線は、芯材である「鋼」に高強度を負担させることができる。その反面、鋼は、銅やアルミニウムに比べ導電性に劣ることから、電力を供給するためのケーブルや直流電流を主体とした信号用ケーブルに使用するためのAlめっき鋼線においては、Alめっき層の厚さを鋼芯線に対して十分に厚くする必要がある。そのような要求に対応すべく、本出願人はこれまでにワイヤーハーネス素線に適した細径の鋼芯線の表面に厚いAlめっき層を形成させる技術を案出し、特許文献3、4に開示した。
【0006】
しかし近年、デジタル技術の進展により、信号の伝達を高周波によって行う場合が増えてきた。それに伴い高周波信号を伝送する用途で使われる導線のニーズも増大することが予想される。自動車用ワイヤーハーネスの素線用途においても、高周波信号の伝送に合致したものが求められるようになっている。
【0007】
高周波電流は導体の表層部を流れる性質があることから(表皮効果)、高周波用の導線においては表層部の導電性が良好であることが要求される。この点、Alめっき鋼線は導線の表層部が導電性の良いアルミニウムで構成されているため、機械的強度と高周波電流の導電性を両立させやすい材料であると言える。ただし、特許文献3、4に開示したような厚いAlめっき層を有するAlめっき鋼線は、高周波電流の表皮効果を考慮した場合にAl部分の断面積が過剰である。そこで、薄いAlめっき層を形成した細径のAlめっき鋼線を溶融Alめっき法によって製造すれば、高周波信号用途ワイヤーハーネス素線に適した線材が比較的低コストで提供できるものと考えられた。
【0008】
しかしながら、特許文献3、4などに開示された従来の溶融Alめっき鋼線製造技術を利用した場合、例えば直径0.05〜0.3mm程度の細径の鋼芯線の表面に例えば厚さ15μm程度の薄いAlめっき層を溶融めっき法で効率良く均一に形成することは容易ではないことがわかった。工業的な生産ではライン速度が重視されるが、ライン速度を上げると長手方向のめっき層厚さ分布が不均一になりやすく、これが工業的生産の実用化を阻む要因となる。
【0009】
そこで本出願人は、細径の鋼芯線の表面に薄いAlめっき層を形成させるために有効な手法を開発し、特許文献5に開示した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平3−219025号公報
【特許文献2】特開2004−360022号公報
【特許文献3】特開2009−179865号公報
【特許文献4】特開2009−187912号公報
【特許文献5】特開2011−208263号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
特許文献5に開示の手法によれば、めっき浴から引き上げられる鋼線に随伴してめっき浴が持ち上がることにより形成されるメニスカスが巨大化することを防止でき、巨大なメニスカスが生じたときに問題となる鋼線表面への粗大な異物(主としてアルミニウム塊)の付着を安定して防止することができる。しかし発明者らのその後の調査によると、特許文献5の手法では、特に高いライン速度による操業時に、
図7(a)に示すような鋼線長手方向の線径ムラが生じやすいという問題が浮上した。
【0012】
本発明は、巨大なメニスカスの生成防止と、上記のような鋼線長手方向の線径ムラを同時に解消する技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
発明者らは詳細な検討の結果、特にライン速度が高いときに生じやすい
図7(a)に示すような鋼線長手方向の線径ムラは、浴面から引き上げられた鋼線の表面上を未凝固のめっき金属が垂れ落ちることに起因することが明らかとなった。そして、このような垂れ落ち現象は、未凝固のめっき金属が付着している鋼線の表面を酸化性雰囲気に曝すことによって極めて効果的に防止できることがわかった。本発明では、その酸化性雰囲気を作るために、露点の高い水蒸気含有ガスを用いる。ただし、単にめっき浴から引き上げられる鋼線が通る気相空間を酸化性雰囲気にするだけでは、巨大なメニスカスが生成して
図6に示すようなアルミニウム塊などの異物が鋼線表面に付着しやすくなる。種々検討の結果、鋼線が引き上げられる浴面位置に不活性ガスを吹き付ける手法を採用することによって上記目的が達成できる。
【0014】
すなわち、本発明では、芯線径D
0が0.05〜1.0mmの鋼線を溶融Alめっき浴に浸漬したのち気相空間にライン速度100m/min以上で連続的に引き上げる方法により鋼線表面に溶融Alめっきを施すめっき装置において、鋼線が引き上げられる浴面位置を「めっき浴立ち上がり部」と
呼び、平均浴面高さを基準とした高さを「浴面基準高さ」と呼ぶとき、
めっき浴立ち上がり部を含む浴面部分およびその浴面が接する気相空間を大気環境から仕切る遮蔽体(ただし引き上げられる鋼線が通過する開口部を備える)を有し、
前記遮蔽体内部のめっき浴立ち上がり部
を含むめっき浴面の一部分およびめっき浴立ち上がり部から引き上げられた鋼線の浴面基準高さが20mm未満の領域の一部分に不活性ガスを吹き付けるノズルと、前記遮蔽体内部の気相空間に水蒸気含有ガスを導入する
管路と、その水蒸気含有ガスの水蒸気含有量を調整するための水蒸気量調整機構を有する、
Alめっき鋼線製造装置が提供される。
【0015】
また、上記のような遮蔽体を設けずに、前記気相空間を大気開放とすることもできる。その場合は、めっき浴立ち上がり部
を含むめっき浴面の一部分およびめっき浴立ち上がり部から引き上げられた鋼線の浴面基準高さが20mm未満の領域の一部分に不活性ガスを吹き付けるノズルと、引き上げられた鋼線のめっき金属が未凝固である浴面基準高さ20mm位置以上の高さ領域のうち少なくとも一部の高さ領域の鋼線表面に水蒸気含有ガスを当てるための吐出口を持つガス管路とを有するAlめっき鋼線製造装置が提供される。
前記芯線径D
0は0.1〜1.0mmの比較的汎用性の高い線径範囲とすることができる一方、D
0が0.05mm以上0.30mm未満の極めて細い鋼芯線を適用することもできる。
【0016】
めっき浴立ち上がり部に不活性ガスを吹き付けるノズルは、引き上げられた鋼線の浴面基準高さ20mm以上の部分に前記ノズルからの不活性ガス吐出流が当たらないように不活性ガス吐出方向が調整されていることが好ましい。
【0017】
上記の遮蔽体を設ける場合のAlめっき鋼線の製造法として、
引き上げられる鋼線に随伴してめっき浴が持ち上がることにより形成されるメニスカスの浴面基準高さhが5mm以下となるように、前記不活性ガスを吹き付け流量をコントロールするとともに、
引き上げられた鋼線の浴面基準高さ20mm以上の範囲におけるめっき金属が未凝固である部分の表面に接触する雰囲気中の酸素濃度が500ppm未満である領域の露点が−10℃以上となるように、前記水蒸気含有ガスにより前記遮蔽体内部に供給される水蒸気量をコントロールする、
表面性状の良好なAlめっき鋼線の製造法が提供される。引き上げる鋼線のライン速度を100〜400m/minの範囲でコントロールすることが好適である。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、細径の鋼芯線の周囲に比較的薄目付のAlめっき層を形成したAlめっき鋼線において、巨大メニスカスの形成に起因した粗大な異物の付着と、ライン速度が大きい場合に問題となりやすい未凝固のめっき金属の垂れ落ちに起因した長手方向の線径ムラを一挙に解消することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明に使用できる溶融Alめっき鋼線製造装置の構成の一例を模式的に示した図。
【
図2】めっき浴中から引き上げられる鋼線に平行な断面を模式的に示した図。
【
図3】めっき浴立ち上がり部に不活性ガスを吹き付けない場合のメニスカス発生状況を例示した図面代用写真。
【
図4】めっき浴立ち上がり部に不活性ガスを吹き付けた場合のメニスカス発生状況を例示した図面代用写真。
【
図5】めっき浴立ち上がり部に
図4の例よりも多量の不活性ガスを吹き付けた場合のメニスカス発生状況を例示した図面代用写真。
【
図6】アルミニウム塊が付着した溶融Alめっき後の鋼線の外観写真。
【
図7】線径ムラが発生した溶融Alめっき鋼線の外観(a)、および線径ムラのない溶融Alめっき鋼線の外観(b)を例示した図面代用写真。
【発明を実施するための形態】
【0020】
図1に、本発明に使用できる溶融Alめっき鋼線製造装置の構成の一例を模式的に示す。めっき浴槽50の中に溶融Alめっき浴1が収容されている。送出装置51から送り出された鋼線3は矢印方向に連続的に搬送されて、溶融Alめっき浴1の中を通過した後、浴面10から鉛直上方へと引き上げられ、遮蔽体4によって大気環境2から仕切られた気相空間8の中を通過する。遮蔽体4の上部には鋼線3が通過する開口部7がある。引き上げ過程で鋼線表面のめっき金属が凝固して溶融Alめっき鋼線となり、巻取装置52によって巻き取られる。
【0021】
遮蔽体4の内部の気相空間8には、鋼線3が引き上げられる浴面位置(めっき浴立ち上がり部5)に不活性ガスを吹き付けるためのノズル61が配置されている。その不活性ガスは不活性ガス供給装置57から管路56を通ってノズル61に供給される。管路56の途中または不活性ガス供給装置57の内部にガス流量調整機構(図示せず)が設けられ、ノズル61から吐出される不活性ガスの流量を調整することができるようになっている。ノズル61から吐出された不活性ガスは、めっき浴立ち上がり部5を含むめっき浴面6の一部分およびめっき浴立ち上がり部5から引き上げられた鋼線3の浴面基準高さが20mm未満の領域の一部分に直接当たり、それらの部分の酸素濃度が低く保たれる。不活性ガスとしては窒素ガス、アルゴンガス、ヘリウムガス等が挙げられる。
【0022】
さらに遮蔽体4の内部の気相空間8には、水蒸気含有ガスを導入するための吐出口72を有する管路73が設置されている。その水蒸気含有ガスは水蒸気含有ガス供給装置74から管路73を通って吐出口72から遮蔽体4の内部の気相空間に導入される。管路73の途中または水蒸気含有ガス供給装置74の内部に水蒸気量調整機構(図示せず)が設けられ、吐出口72から吐出されるガスの水蒸気含有量を調整することができるようになっている。
【0023】
遮蔽体4内の気相空間8を通って引き上げられた鋼線3は、引き上げられる過程で冷却され、めっき層が凝固する。引き上げ過程には必要に応じて冷却装置53が設置され、ガスや液体ミストの吹き付けなどにより強制冷却することができる。また、送出装置51とめっき浴1の間に熱処理装置を挿入することができる。熱処理雰囲気としては例えば還元性ガス雰囲気(H
2−N
2混合ガスなど)が採用できる。熱処理装置からめっき浴1に浸漬されるまでの区間に大気から遮蔽するためのスナウトを設ける場合もある。さらに、前工程でプレめっきや伸線などを行う場合には、それら前工程の装置と当該めっき装置を直列に配置して連続ラインを構築することができる。
【0024】
遮蔽体4を設けず、めっき浴立ち上がり部5から鉛直方向に引き上げられた鋼線3がすぐに大気環境2に曝されるようなライン構成とすることもできる。その場合は、平均浴面高さを基準とした高さを「浴面基準高さ」と呼ぶとき、引き上げられた鋼線のめっき金属が未凝固である部分の浴面基準高さ20mm位置以上の高さ領域のうち少なくとも一部の高さ領域の鋼線表面に水蒸気含有ガスを当てるための吐出口72を持つガス管路を設ける。ただしこの場合、ノズル61からの不活性ガス吐出流が直接当たる浴面10の一部分を除き、浴面10は高濃度(約21%)の酸素を有する空気に触れることになるので、めっき浴面10上には酸化物の膜が形成されやすく、それが鋼線3とともに引き上げられてめっき表面の性状を劣化させる要因となることがある。したがって、表面性状の良いAlめっき鋼線をより安定して製造するためには、遮蔽体4を適用することが有利となる。
【0025】
溶融Alめっき浴1は、Si含有量を0〜12質量%とすることができる。すなわち、Si含有量が0〜1質量%のいわゆる純Alめっき浴を適用することができる他、Si含有量が12質量%以下のAlめっき浴を適用することもできる。Siを添加することにより鋼芯線とAlめっき層の間に生成する脆いFe−Al系合金層の成長を抑制することができ、伸線加工性の向上に有効となる。またSi添加により融点が低下するので、製造が容易となる。ただし、Si含有量が増加するとAlめっき層自体の加工性が低下する。また導電性低下にも繋がる。したがって、Alめっき浴1にSiを含有させる場合は12質量%以下の範囲で行うこと望ましい。なお、浴中には例えばFe、Cr、Ni、Zn、Cu等の不純物元素が不可避的に混入する場合がある。
【0026】
めっきに供する鋼線3としては、直径0.05〜1.0mmの鋼線が対象となる。0.05mmより細径のものはライン中で破断しやすく、製造性に劣る。また、めっき付着量の制御も難しい。一方、直径が1.0mmを超える鋼芯線は、高周波を伝送する信号ケーブルの素線としては無駄が多く、また、伸線加工により細径に加工するとしても伸線加工の負荷が過大となり好ましくない。直径0.05mm以上0.30mm未満の細径の鋼芯線を適用することがより好ましい。
【0027】
具体的には例えば、溶融Alめっきを行う直前に、還元性ガス雰囲気中(例えばH
2−N
2混合ガス中)で加熱処理を施して、鋼の表面を活性化した状態の鋼線を適用することができる他、表面にZnめっき、Niめっき、Cuめっきなどを施した鋼線を適用することができる。これらのうちZnめっきやCuめっきを施した鋼線は、還元性ガス雰囲気中での加熱を省略して、直接溶融Alめっき浴に送給することができる。Niめっき鋼線の場合は、還元性ガス雰囲気中での加熱を行った後に溶融Alめっきに供することがより好ましい。
【0028】
上記のZnめっき鋼線は主として溶融Znめっき法または電気Znめっき法により得ることができ、Niめっき鋼線は電気Niめっき法により得ることができる。これらのプレめっき鋼線は、プレめっき後に伸線加工を行って線径を適正化しておくことができる。溶融Alめっき浴に供する段階において、Znめっき鋼線のZnめっき平均厚さは0.3〜25μmとすることが好ましく、Niめっき鋼線のNiめっき平均厚さは0.5〜5.0μmとすることが好ましい。Niめっき鋼線を使用すると、鋼芯線と溶融Alめっき層の界面に生じる脆いFe−Al合金層の厚さが薄くなり、加工性向上に有利となる。なお、Znめっき層やNiめっき層は、溶融Alめっき浴中で、その全部または大部分が溶融Alと反応する。このため、溶融Alめっき鋼線の断面においてこれらのプレめっき層は観測されないことが多い。
【0029】
鋼芯線の鋼材としては、用途に応じて炭素鋼やステンレス鋼など、種々のものが適用できる。
炭素鋼は炭素(C)を0.02質量%以上含有する鋼材である。例えばJIS G3560の硬鋼線材、JIS G3505の軟鋼線材の規格に示されるものなどが例示できるが、それに限定されるものではない。
ステンレス鋼はクロム(Cr)を10質量%以上含有する合金鋼である。例えばJIS G4309に規定されているオーステナイト系、フェライト系、マルテンサイト系の鋼材などを挙げることができる。具体的には、SUS301、SUS304などの一般的にオーステナイト相が準安定であるとされるステンレス鋼、SUS305、SUS310、SUS316などの安定オーステナイト系ステンレス鋼、SUS405、SUS410、SUS429、SUS430、SUS434、SUS436、SUS444、SUS447などのフェライト系ステンレス鋼、SUS403、SUS410、SUS416、SUS420、SUS431、SUS440などのマルテンサイト系ステンレス鋼、SUS200番台に分類されるCr−Ni−Mn系のステンレス鋼などが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0030】
高周波電流の表皮効果を考慮すると、良好な導電性を担うAlめっき層はかなり薄くても良いと考えられる。ただし、めっき付着量が過小になると「不めっき」等のめっき欠陥が形成されやすくなり、高周波の伝送性に悪影響を及ぼす恐れがあるので好ましくない。また、溶融Alめっき鋼線の線径を整えるために伸線加工を施すことを想定すると、溶融めっき後にはある程度余裕のあるめっき層厚さを有していることが望まれる。種々検討の結果、下記(1)式で表される平均径差δが0.010mm以上となるようにAlめっき層厚さが確保されていることが好ましい。
平均径差δ=D
A−D
0 …(1)
δの上限については、通常、δは0.060mm以下であることが好ましく、0.050mm以下がより好ましい。
【0031】
ここで、D
0は鋼芯線の径(芯線径)、D
Aは引き上げられた溶融Alめっき鋼線の長手方向平均線径である。このD
0は溶融めっきに供する鋼線における鋼芯線の部分の直径を線材長手方向に平均したものを意味する。前処理としてZnめっきやNiめっきなどのプレめっきを施した鋼線を溶融Alめっきに供する場合は、前処理のめっき層を除いた鋼芯線の部分の径によって定められる。なお、本明細書でいう線材の「直径」(単に「径」ということもある)は、線材の長手方向に垂直な断面において最も長い部分の径(長径)を意味する。
【0032】
図2に、めっき浴中から引き上げられる鋼線に平行な断面を模式的に示す。鋼線3がめっき浴1から気相空間8へと引き上げられる際には、鋼線3に随伴してめっき浴1が持ち上がることによりメニスカス70が形成される。操業中、浴面10は波立ち等により完全な水平状態とはならないが、本明細書では浴面10の高さ方向の平均位置からメニスカス70の上端までの高さhを「メニスカスの浴面基準高さ」と呼ぶ。形成されるメニスカスの大きさはライン速度およびめっき浴立ち上がり部近傍の酸素濃度に依存する。ライン速度が大きいほどhは大きくなる。また、めっき浴立ち上がり部近傍の酸素濃度が高くなるほどhは大きくなる。酸素濃度が高くなるとAlめっき浴の表面が酸化されやすくなり、それによってその部分の溶融Alの粘性が高くなるためにメニスカス70が発達しやすいものと考えられる。メニスカス70が巨大化するとアルミニウム塊などの異物が鋼線表面に付着しやすくなり、表面性状を劣化させる要因となる。
図6に、アルミニウム塊が付着した溶融Alめっき後の鋼線の外観写真を例示する。
【0033】
発明者らの研究によると、メニスカス70の成長を抑制するためには、めっき浴立ち上がり部付近の浴面が接触する気相空間の酸素濃度を低減することが極めて効果的であることがわかった。そのための手法として本発明ではめっき浴立ち上がり部に不活性ガスを吹き付ける。不活性ガスは窒素、または希ガス(アルゴン、ヘリウム等)の非酸化性ガスであるが、できるだけ酸素濃度が低いものを適用することが望ましい。発明者らの調査によれば、めっき浴立ち上がり部に吹き付けているノズルからの不活性ガス吐出流の内部における酸素濃度が300ppm以下であることが必要であり、100ppm以下であることがより好ましい。ライン速度が大きくなるとメニスカスも成長しやすいが、不活性ガスの流量を増大することによってメニスカスの成長を抑制することができる。メニスカスの浴面基準高さhが5mm以下に抑制されていれば、異物付着の問題は解消することがわかった。
【0034】
図3〜
図5に、めっき浴立ち上がり部に吹き付ける不活性ガス(窒素)の流量を変えた場合のメニスカス発生状況を表す写真を例示する。鋼線の向こう側に見える開口部が不活性ガス吹きつけ
ノズル61の吐出口である。鋼芯線の径は0.2mm、ライン速度は160m/minで共通である。
図3は不活性ガスの吹き付けを止めた場合である。めっき浴立ち上がり部の浴面は酸化雰囲気となっていることから、巨大なメニスカスが形成されている。
図4は不活性ガスの吹き付けを行った場合である。メニスカスの成長が抑制されていることがわかる。
図5は不活性ガスの吹き付け量をさらに増大させた場合である。メニスカスのサイズは非常に小さくなっている。
【0035】
溶融めっき後の未凝固のめっき金属が付着している段階の鋼線表面に接触する気相空間8の雰囲気は、
図7(a)に示すような鋼線長手方向の線径ムラの発生に大きく影響する。この種の線径ムラは、浴面から引き上げられた鋼線の表面上を未凝固のめっき金属が垂れ落ちることに起因するものである。この垂れ落ち現象は、引き上げられる鋼線表面上の未凝固のめっき金属が接触する雰囲気を酸化性雰囲気とすることにより、顕著に抑制される。本出願人は、特願2013−060383号(以下「先願」という)において、上記の酸化性雰囲気を酸素含有ガスとする手法を開示した。雰囲気中の酸素は未凝固のめっき金属表面に迅速に酸化皮膜を形成し、その酸化膜が未凝固のめっき金属の垂れ落ちを抑制すると考えられる。
【0036】
先願の手法を実現するためには、めっき浴から鋼線を引き上げる気相空間を大気開放とするか、あるいは遮蔽体を設けてその内部空間に酸素含有ガスを導入することが必要となる。一方で、めっき浴立ち上がり部で形成されるメニスカスのサイズを小さく安定化させ、かつアルミニウム塊などの異物巻き上げを防止するためには、めっき浴立ち上がり部に吹き付ける不活性ガス中の酸素濃度をできるだけ低くすることが望まれる。気相空間を大気開放とすることや、遮蔽体内部に酸素含有ガスを導入することは、めっき浴立ち上がり部に吹き付ける不活性ガス中の酸素濃度を安定して低く維持する観点からはマイナス要因であり、厳しい条件管理が要求される。
【0037】
そこで発明者らはさらに研究を進めたところ、引き上げられる鋼線表面上の未凝固のめっき金属が接触する雰囲気を酸化性雰囲気とするための別の手法として、露点を高くする手法が有効であることを見出した。浴面基準高さ20mm以上の範囲におけるめっき金属が未凝固である部分の表面に接触する雰囲気中の酸素濃度が500ppm未満であっても、露点を−10℃以上とすることにより、めっき金属の垂れ落ち現象を効果的に抑止できるのである。
【0038】
本発明の手法によれば、めっき浴立ち上がり部は、不活性ガスの吹き付けによって、酸素濃度が低く(300ppm以下)、かつ露点も低い(−10℃より低露点)状態となるが、少なくとも浴面基準高さ20mm位置から、それより上方の任意高さ位置までの区間において、露点が−10℃以上、より好ましくは−1℃以上の雰囲気に接触させる。それよりさらに上方に未凝固領域がある場合は、その領域の酸素濃度を500ppm以上とすればよい。すなわち、浴面基準高さ20mm以上の範囲におけるめっき金属が未凝固である部分の表面に接触する雰囲気中の酸素濃度が500ppm未満である領域の露点が、−10℃以上、より好ましくは−1℃以上となるように、前記水蒸気含有ガスにより気相空間に供給される水蒸気量をコントロールする。少なくとも浴面基準高さ20mm位置から100mm位置までの区間の鋼線表面を、露点が−10℃以上、より好ましくは−1℃以上の雰囲気に接触させることがより効果的である。例えば、少なくとも浴面基準高さ20mm位置から500mm位置までの区間の鋼線表面が接触する雰囲気を、露点が−10℃以上、より好ましくは−1℃以上の雰囲気に維持する、といった管理を行えばよい。
【0039】
また、鋼線のライン速度が大きくなるとめっき金属の持ち上げ量が増加するため、垂れ落ちが生じやすくなる。種々検討の結果、ライン速度を100〜400m/minとすることが好ましい。
【実施例】
【0040】
図1に示した構成の溶融Alめっき鋼線製造装置により種々の条件で溶融Alめっき鋼線を製造した。不活性ガスとして窒素を使用し、めっき浴立ち上がり部5からの距離が約5mmの位置に不活性ガス吐出ノズル61の吐出口を設置した。また、遮蔽体4の内部に水蒸気含有ガスを導入するための管路を設けた。水蒸気含有ガス中の水蒸気量、および水蒸気含有ガスの吐出流量によって遮蔽体4内部の露点を調整した。水蒸気含有ガス中の水蒸気量を調整するための水蒸気量調整機構では、以下のようにして水蒸気量を調整した。乾燥窒素ガスをキャリアガスとして用い、その窒素ガスを2経路に分流し、双方の流量を制御しながら、1つの経路では温度を制御した水槽に窒素ガスをバブリングさせて水蒸気を含有させ、もう1つの経路には乾燥窒素ガスをそのまま流し、双方の経路からのガスを合流させることにより所定の水蒸気含有量に調整した。一部の例(表1のNo.25)では遮蔽体4を設置せずに気相空間8を大気開放とした。その場合、上記の水蒸気量調整機構にて生成させた水蒸気含有ガスの吐出流を直接、浴から引き上げられる鋼線の浴面基準高さ20mm以上の高さ位置の一部に当てた。
【0041】
溶融Alめっきに供する鋼線として、表1に示す各種線径の鋼線を使用した。このうちZnめっき鋼線は、直径1.0mmの溶融Znめっき硬鋼線(JIS素材規格;27A)をドローイングにより伸線加工して所定の直径としたものであり、その表面には平均厚さ2〜4μmのZnめっき層を有している。芯材である鋼の組成は、質量%でC:0.24〜0.31%、Si:0.15〜0.35%、Mn:0.3〜0.6%、P:0.030%以下、S:0.030%以下、残部Feおよび不可避的不純物の範囲内にある。
【0042】
浴面基準高さ20mmの鋼線通過位置近傍の雰囲気ガスをパイプにより連続的に採取し、その位置での露点および酸素濃度を測定した。また参考のためにめっき浴立ち上がり部5の近傍の不活性ガス吐出流内部の露点を上記と同様の方法で測定した。ここで使用した製造設備においては、浴面基準高さ20mmでの露点が−10℃以上となるようにコントロールした場合、それより高い位置の遮蔽体4内部の露点も−10℃以上に維持されることが別途実験により確かめられている。この遮蔽体4を使用した場合、少なくとも浴面基準高さ20mmから500mmまでの範囲において、鋼線の表面を露点が−10℃以上の雰囲気に接触させることができる。そして、浴面基準高さ20mm未満の部分を除き、露点が−10℃を下回る高さ位置で鋼線が接触する雰囲気の酸素濃度は常に500ppm以上となる。
【0043】
溶融めっき中にメニスカスの形成を観察し、メニスカスの浴面基準高さhが5mm以下であるものを○(巨大メニスカス形成防止;良好)、それ以外を×(巨大メニスカス形成防止;不良)と評価した。また、得られた溶融Alめっき鋼線の外観を観察し、浴面から引き上げられた鋼線の表面上を未凝固のめっき金属が垂れ落ちることに起因する
図7(a)のような線径ムラの発生が認められなかったものを○(線径ムラ防止;良好)、認められたものを×(線径ムラ防止;不良)と評価した。
鋼線の種類、溶融Alめっき条件、上記評価結果を表1に示す。
【0044】
【表1】
【0045】
表1からわかるように、不活性ガスの吹き付けを行い、かつ浴面基準高さ20mm以上の気相空間の露点を高くした本発明例のものは、種々のライン速度において巨大メニスカスの発生防止とめっき金属の垂れ落ちに起因する線径ムラの防止を両立することができた。
【0046】
これに対し、No.1〜4は浴面高さ20mm以上の領域において酸素濃度と露点がいずれも低過ぎたことにより線径ムラが発生した。No.26は不活性ガスの吹き付け量が少なすぎ、またNo.27は不活性ガスの吹き付けを行わなかったため、これらはいずれもメニスカスの巨大化を防止できなかった。
【0047】
参考のため、本出願人が特願2013−060383(先願)の表1に開示した例について、浴面から約20mm高さの露点測定値を併記したものを表2に示す。雰囲気の露点は低いが、酸素濃度を500ppm以上と高くすることにより金属の垂れ落ちに起因する線径ムラは防止できている。なお、先願表1のNo.1〜30は、それぞれ下記表2のNo.101〜130に対応している。
【0048】
【表2】
【符号の説明】
【0049】
1 溶融Alめっき浴
2 大気環境
3 鋼線
4 遮蔽体
5 めっき浴立ち上がり部
6 遮蔽体内部の浴面部分
7 開口部
8 気相空間
10 浴面
50 めっき浴槽
51 送出装置
52 巻取装置
53 冷却装置
56 不活性ガス供給管
57 不活性ガス供給装置
58 リール
61 不活性ガス吐出ノズル
70 メニスカス
72 水蒸気含有ガス吐出口
73 水蒸気含有ガス供給管
74 水蒸気含有ガス供給装置