(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6265984
(24)【登録日】2018年1月5日
(45)【発行日】2018年1月24日
(54)【発明の名称】眼科インプラント用の広角光学系
(51)【国際特許分類】
A61F 2/16 20060101AFI20180115BHJP
【FI】
A61F2/16
【請求項の数】9
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2015-523447(P2015-523447)
(86)(22)【出願日】2013年7月18日
(65)【公表番号】特表2015-522383(P2015-522383A)
(43)【公表日】2015年8月6日
(86)【国際出願番号】EP2013002139
(87)【国際公開番号】WO2014015964
(87)【国際公開日】20140130
【審査請求日】2016年3月25日
(31)【優先権主張番号】102012106653.1
(32)【優先日】2012年7月23日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】509305321
【氏名又は名称】カールスルーアー・インスティトゥート・フュア・テヒノロギー
【氏名又は名称原語表記】Karlsruher Institut fuer Technologie
(74)【代理人】
【識別番号】100114890
【弁理士】
【氏名又は名称】アインゼル・フェリックス=ラインハルト
(74)【代理人】
【識別番号】100099483
【弁理士】
【氏名又は名称】久野 琢也
(72)【発明者】
【氏名】インゴ ズィーバー
(72)【発明者】
【氏名】ヘルムート グート
(72)【発明者】
【氏名】ゲオアク ブレットハウアー
(72)【発明者】
【氏名】ウルリヒ ゲーゲンバッハ
(72)【発明者】
【氏名】ルドルフ エフ. グートホフ
【審査官】
川島 徹
(56)【参考文献】
【文献】
特開2004−216158(JP,A)
【文献】
特表2010−525884(JP,A)
【文献】
特表2009−504291(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 2/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
眼内の眼科インプラント用の広角光学系であって、
網膜から背離した側である遠位に、光軸(5)を中心に回転対称的に配置されるレンズシステム(2)であって、様々な光学的な屈折率の材料からなる互いに相補的な形状を有する少なくとも2つのレンズ(8〜12)が互いの輪郭により面状に重なり合うように位置するレンズシステム(2)と、
眼の内部に向かって前記網膜に面した近位に配置される後置レンズ(4)と、
該後置レンズ(4)の周囲に載置されている光学的な出力結合構造(6)であって、前記光軸(5)に対する40°超〜90°超の入射角で眼内に入射した光線の伝播を前記網膜の周辺領域に向けて変向するように形成されている出力結合構造(6)と、
を備えることを特徴とする、眼内の眼科インプラント用の広角光学系。
【請求項2】
付加的な機械的に移動可能なレンズ組み合わせ(3)及び/又は焦点距離が調節可能なレンズ体を備える、請求項1記載の広角光学系。
【請求項3】
眼の内部に向かって近位に配置される後置レンズ(4)及び/又は前記移動可能なレンズ組み合わせ(3)及び/又は前記焦点距離が調節可能なレンズ体は、環状に周囲を取り巻くように延びる境界面を有し、該境界面上に前記光学的な出力結合構造(6)が載置されている、請求項2記載の広角光学系。
【請求項4】
前記出力結合構造(6)は、周方向に非一定の構造断面を有する、請求項1から3までのいずれか1項記載の広角光学系。
【請求項5】
前記出力結合構造(6)は、複数のリングセグメントからなり、該リングセグメントは、相俟って、前記周囲を取り巻くように延びる境界面を完全に又は部分的に覆う、請求項1から4までのいずれか1項記載の広角光学系。
【請求項6】
前記出力結合構造(6)は、少なくとも1つのリングプリズム及び/又は複数のリングプリズムセグメントにより形成される、請求項1から5までのいずれか1項記載の広角光学系。
【請求項7】
眼の内部に向かって近位に配置されるレンズ及び前記出力結合構造(6)は、互いに異なる屈折率を有する、請求項1から6までのいずれか1項記載の広角光学系。
【請求項8】
前記出力結合構造(6)は、全体的又は部分的に形状結合を介して前記周囲を取り巻くように延びる境界面に隣接する、請求項1から7までのいずれか1項記載の広角光学系。
【請求項9】
前記出力結合構造(6)は、全体的又は部分的に非接触にかつ/又は相対可動に前記周囲を取り巻くように延びる境界面に隣接する、請求項1から7までのいずれか1項記載の広角光学系。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、請求項1記載の眼科インプラント用の広角光学系に関する。
【0002】
広角光学系は、好ましくは遠近調節能力を回復する眼科インプラントの構成要素である。広角光学系は、高い角度アクセプタンス(Winkelakzeptanz)と出力結合構造(Auskopplungsstruktur)とを有する光学系を備えている。広角光学系は、遠近調節システムの光学的な調節機構を必ずしも備えていない。光学的な調節機構及び場合によっては別体の出射面又は出射構成要素とともに、広角光学系は、1つの光学システムを形成している。
【0003】
眼科インプラントは、眼科学において視力の回復及び維持のために用いられる。単純なインプラントは、例えば人工の眼のレンズである。人工の眼のレンズは、例えば白内障で生体固有の眼のレンズが混濁した場合にこれに置換される。この種のレンズは、単一のレンズを有している。2以上の並列に調整される固定の焦点距離を有する二焦点又は多焦点レンズも、眼科学において公知である。この場合、患者は欲求に応じて、トレーニング期後、状況に起因して、常時提供されている複数の焦点距離の1つに、画像鮮鋭度がより高くなるように集中することになる。一般に、人工の眼のレンズはワンピースである。すなわち複数のレンズを有するレンズシステムではない。
【0004】
特に近年、調節可能なレンズシステムも公知である。調節可能なレンズシステムでは、その形状に関して調節可能な個別レンズ又は調節可能なレンズシステムが使用される。
【0005】
例えば下記文献[1]は、遠近調節能力を回復する人工のシステムを開示している。このシステムは、毛様体筋によらずに調節可能な光学システムを有し、この光学システムは、光を屈折する境界面の可変の曲率若しくは可変の屈折率分布を有する能動光学要素、又は不変の光学特性を有する可動の受動光学要素、又は単数若しくは複数の能動光学要素及び/又は受動光学要素の組み合わせである。
【0006】
さらに下記文献[2]には、略円筒状のハウジング内に多数のレンズを有する眼のインプラントが公知である。このインプラントは、触覚要素を介して眼内に装着される。インプラントは、光軸周りにセンタリングされている好ましくは円筒状の構造だけでなく、円筒体側面の光不透過性も特徴としている。
【0007】
前述したような、ヒトのレンズの代わりに又はヒトのレンズに対して付加的に眼内に挿入される複雑に構成された光学システムは、大抵の場合、その幾何学的な周辺条件及び光学的な周辺条件、例えば眼内の寸法により必要な小型化に基づいて、潜在的な患者の視野を著しく制限してしまう。これにより、上述の眼のインプラントは、光学式の測定技術及び/又はレンズ分野において公知の光学系とは根本的に相違する。天然のヒトの眼は、鉛直方向に約130°、水平方向に約180°の視野を有している。このことは、特に、複雑な構造体を挿入すると、患者の周辺部の視力を鉛直方向及び水平方向において著しく損ねてしまうことにつながる。こうして、例えば文献[1]において提案されるような人工の遠近調節システムの場合、最大で80°という制限された視野を覚悟せねばならない。このことは、いわゆるトンネル視(Tunnelblick)に至る。しかし、周辺部の視力というのは、空間におけるヒトの方向感覚、薄明薄暮時及び暗闇時の方向感覚及び側方からの刺激作用時の反応能力にとって不可欠なものである。
【0008】
従来慣用の広角システム、及び従来慣用の広角システムを含む光学システム単独では、ヒトの眼内に装着するには不適である。これは、その意義が、対象物平面内の広角範囲を画像平面(フィルム、カメラチップ)内の所定の小さな範囲に結像することにあるからである。
【0009】
このことから出発して、本発明の課題は、構造上の理由あるいは設計に起因した理由から患者の視野を制限してしまう眼内の眼科インプラント用の広角光学系を、中央の視野の視力を制限することなく、同時にインプラント装着者の周辺部の視力も保証するように形成することである。
【0010】
上記課題は、請求項1に記載の特徴を有する広角光学系により解決される。請求項1を引用する従属請求項には、好ましい態様が記載されている。
【0011】
上記課題を解決するために、眼内の眼科インプラント用の光学システムの広角光学系であって、光軸を中心に回転対称的に配置される少なくとも1つのレンズシステムであって、それぞれ異なる材料からなる好ましくは面状に重なり合うように位置する少なくとも2つのレンズを有するレンズシステムと、光軸にしたがって整列された屈折力調整用のシステムと、出力結合構造とを備える広角光学系が提案される。
【0012】
光学システムは、それぞれ遠位の光学的な出射面及び近位の光学的な出射面により形成される、遠位の、すなわちレティナから背離した側と、レティナに面した近位の側とを有している。好ましくは、光学システム内で、広角光学系のレンズシステムは遠位側に、出力結合構造は近位側に配置されている。好ましくは、レンズシステムの第1のレンズは、遠位の出射面と、眼の、房水で満たされた前眼房に向かう連結面とを形成する。光学システムの近位の出射面は、硝子体に直接隣接し、好ましくは出射窓により形成される。出射窓は、任意選択的に後置レンズ(Nachsatzlinse)の光学レンズとして形成され、それ自体眼の硝子体に向かうレンズシステムの近位の終端レンズを形成している。出射窓は、好ましくは光学システムのハウジングの一体的な構成要素である。
【0013】
光線の屈折は、屈折率がそれぞれ異なるそれぞれ2つの区分間の境界面において実施される。したがって、眼内に入射した光線の最初の屈折は、眼の湾曲した角膜の外面において実施され、角膜内面と前眼房内の房水との間での屈折が続き、次にそこからレンズシステムの遠位のレンズの遠位の出射面への移行部での屈折が続く。
【0014】
重要な特徴は、特に遠位の出射面の領域におけるレンズシステムに関する。レンズシステムは、遠位の出射面を通して入射した光線が、周辺部の視野の把握のためにも、80°〜90°又は80°〜95°、好ましくは80°〜85°の範囲の比較的大きな入射角であっても、出射面により屈折され、2つのレンズ間の移行部における全反射なしにレンズシステム内を伝えられるように設計されている。好ましくは、出射面は、平面に形成されている。この場合、眼に当たる光線は、入射角が90°であるとき、出射面に対して平行に配向されているものの、天然の球面の角膜表面の領域に当たり、この領域でも屈折される。レンズシステムは、角膜領域における前述の最初の光の屈折によって初めて、平面の出射面でも80°超〜90°超の入射角も受容できるようになる。
【0015】
加えて、レンズシステムの複数のレンズは、様々な屈折率を有する。屈折率は、レンズシステムのレンズ毎にそれぞれ隣接するレンズに向かって遠位の出射面から段階的に変化、好ましくは交番する。
【0016】
光学システムの可変の屈折力の光学系は、好ましくは不活性ガスで満たされた容積内に設けられた、機械的に移動可能なレンズ組み合わせ(例えば可動レンズ)及び/又は焦点距離が調節可能なレンズ体からなる。
【0017】
ガスと光学要素(レンズ、出射窓又はその他の光学的な固体)との間の境界面は、それぞれ、光学システムの焦点距離の調整のために必要な屈折率の明確な変化を意味している。高い角度アクセプタンスの光学系は、好ましくは屈折率が交番する連続するレンズにより、光学的な境界面に当たる光線が全反射を起こす臨界的な角度を下回るように形成されている。
【0018】
さらに広角光学系の重要な特徴は、別体の光学構成要素として光線、特に40°超〜90°超の入射角からの光線の伝播を網膜(レティナ)の周辺領域に向けて変向する出力結合構造である。
【0019】
加えて、好ましい態様は、環状に周囲を取り巻くように延びる境界面を、光学システムを近位方向で終端させるレンズ上に有しており、境界面上には、環状の光学的な出力結合構造が載置されており、好ましくは光学的品質を有している。出力結合構造は、好ましくはリングプリズム(Ringprisma)として形成されており、それ自体好ましくは可変の屈折力調節の近位の光学系(例えば可動レンズ)の周りに配置されている。出力結合構造及びリングプリズムの概念は、本発明の範囲内で、一定の又は変化する構造断面又はプリズム断面を有する1つの閉じられたリングエレメントの他に、周囲を取り巻くように延びる境界面全体の代わりに、ある特定の境界面部分しか覆っていない複数のリングセグメント(部分リングプリズム)も含んでいる。例えば境界面に、例えば水平方向には180°の視野を可能にする一方、鉛直方向には130°の視野のみを可能にするそれぞれ異なる構造断面又はプリズム断面を有する出力結合構造、リングプリズム又は複数の様々なリングセグメントが配置されていてもよい。
【0020】
出力結合構造は、構造上の理由あるいは設計に起因した理由から患者の視野を制限する眼科インプラントの広角アクセプタンスを向上させ、天然のヒトの眼の領域に移植し、ひいてはインプラント装着者の周辺部の視力を保証又は拡大するために用いられる。
【0021】
出力結合構造により、好ましくは、眼により把握可能な画像範囲は、分解能が高い中央の領域と、分解能が低い周辺の縁部領域とに分割され、これにより網膜の光学的な分解能に適合される。天然のヒトの眼は、鉛直方向に約130°、水平方向に約180°、すなわち眼のレンズの対称線あるいは眼の向きを中心に鉛直方向に約±65°、水平方向に約±90°の視野(視界)を有している。
【0022】
トンネル視は、ハウジングにより包囲された眼科インプラントの視野を、さらなる措置なしには、特により大きな視野角の光線が網膜に当たらないか、当たったとしても不十分に当たるにすぎないために制限してしまう。
【0023】
特に、比較的大きな入射角、特に主視線方向(眼の向きあるいは眼内の広角光学系の対称線に等しい)に対して特に60°超の比較的大きな入射角で眼に入射する光線は、眼内の光学系により伝えられないか、又は上述の制限された投影範囲内で網膜に結像される。
【0024】
出力結合構造、特に上述のリングプリズムを有する出力結合構造により、視野は、好ましくは上述の両部分領域に分割される。このことは、中央の中心視野と中心視野の周辺に配置される周辺視野との間での視野の天然の分割に対応している。中心視は、眼のレンズの対称線あるいは眼の向きを中心とする極めて限られた視野角の鮮明な視覚的印象を提供する。このとき、ヒトの眼の場合、中心窩(注視点)という網膜上の中央の領域、すなわち最も鮮明に見える領域に、5°未満(典型的には1〜2°)の視野が結像されるにすぎない。この中心視に対して、周辺視は、結像可能な視野の残りの角度範囲内の、注視点の外側の不鮮明な視覚的印象を提供する。さらにヒトのレティナは、中心窩の外側ではその縁部領域に至るまでその構造に基づいて対象物運動に関して極めて効率的であり、中心窩と比較して遙かに強い明暗の感度を有し、それゆえ薄明薄暮時及び暗闇時の視力のために必要とされる。つまり周辺視は、ある情景全体の一次的な印象の提供、対象物運動の検出及び暗所視を担っている。
【0025】
ヒトの周辺視では、広角範囲から眼に入る情報は、やはりレティナの周辺領域に結像されねばならない。これは、レティナの外側領域にしか、周辺視に必要な感覚細胞が存在しないからである。
【0026】
硝子体に向かう出力結合構造の形状及び屈折率の差は、好ましくは網膜の周辺領域への、通過する光線の反射の少ないさらなる変向を引き起こす。
【0027】
一態様において、形状結合(formschluessig:形状による束縛)を介して境界面に載置されており、境界面上に好ましくは固定もされているリングプリズムが設けられている。リングプリズムが近位側の可動レンズ上に配置されている場合、可動レンズは、リングプリズムとともに、好ましくは近位のハウジング側の出射窓に対して、かつ硝子体への移行部に向かって移動する。
【0028】
択一的な態様において、近位側の可動レンズ(択一的にはレンズシステム又は可変の屈折力を有するレンズ)に対する相対運動可能なリングプリズムが設けられている。リングプリズムは、何らかの形態の結合を介して可動レンズに結合されているのではなく、好ましくは例えばハウジング側の出射窓の一体的な構成部分である。しかし、リングプリズムは、完全に又は部分的に近位の可動レンズの周囲を取り巻くように延びる境界面を包囲している。可動レンズとリングプリズムとの間の可動性は、移動とともに変化し、網膜により把握可能な視野を生じる。
【0029】
したがって、広角光学系の特徴は、インプラントの所定の寸法に合わせて設計された、様々な光学材料及び屈折力のそれぞれ異なる屈折光学レンズと、好ましくは光学系を半径方向で包囲し、それぞれの解剖学的構造に適合可能なプリズム状の出力結合構造とを含んでいる。本発明の範囲内には、例えば患者固有の解剖学的構造と、インプラントの光学系に対する要求とに応じて、出力結合構造の個別のセグメントしか使用されないことも含まれる。
【0030】
広角光学系を備える複雑なインプラントの装着者には、ヒトの天然のレンズにより提供されているような周辺視が保証されている。これにより、インプラント設計に基づいて視野の構造に起因した制限により惹起される上述のトンネル視は、解消され、患者には、空間における方向感覚、情景全体の把握、側方からの刺激作用に対する反応可能性及び薄明薄暮時及び光量が少ないときの視認を可能にする。広角光学系は、インプラント装着者の安全性及び生活の質の向上に資する。広角光学系の重要な技術的特徴、利点及び作用効果をまとめると以下のようになる。
【0031】
網膜により把握可能な視野を拡大させる複数の光学構成要素の組み合わせ
発生する収差の補償が可能な個々の光学構成要素の配置
レティナの周辺部における結像を保証する、光学システムの周囲を少なくとも部分的に取り巻くように延び、比較的大きな視野角から光学システムに入る光線を出力結合兼拡開するプリズム状の構造。出力結合構造は、インプラント装着者の解剖学的な所与の条件に適合可能である。
【0032】
以下に、本発明について、軸方向で移動可能な可動レンズと組み合わされて、任意選択的には個々の又はすべての上述の構成とも付加的に組み合わせ可能又は拡張可能な一実施の形態を参照しながら説明する。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】広角光学系と可動レンズとを備える光学システムの一実施の形態の断面図である。
【
図2】調整可能な屈折力を有する光学システムを有するヒトの眼の概略的なモデルに基づいて、天然のヒトのレンズの代わりに人工の遠近調節システムの一設計形態における広角光学系(j)乃至(r)との比較において、従来慣用の光学系(a)乃至(i)における算出された光線経路を示す図である。
【0034】
図1は、人工の遠近調節システムの実施の形態についての眼科インプラント用の広角光学系と可動レンズとを備える光学システムの断面図である。光学システムの屈折力調節は、図示の実施の形態では、1つの共通の光軸5を有する3レンズシステムであって、高い角度アクセプタンスを有するレンズシステム2と、可動レンズ3と、後置レンズ4とを有する3レンズシステムにより実施される。本実施の形態では両凹の可動レンズ3は、光軸に沿ってレンズシステム2及び後置レンズ4に対して相対的に可動である。後置レンズは、光学システム、ひいては眼科インプラントの患者固有の基本屈折力を保証し、収差の補償を可能にし、かつ眼の硝子体に向かう遠近調節システムのための近位の出射窓として用いられる。図示の光学システムは、レンズシステム2とともに、所望の遠近調節状態を調整するために必要な3レンズ光学システムの角度アクセプタンスを向上させる光学構成要素と、可動レンズ3の周囲の境界面7上に載置され、網膜に向かう広角範囲の出力結合及び拡開に用いられる出力結合構造6とを有している。
【0035】
レンズシステム2は、面状に重なり合うように位置し、好ましくは互いに固定もされている5つの個別レンズ8,9,10,11,12を有して、光学システム全体の角度アクセプタンスが向上するように設計されている。このために、個別レンズは、例えば以下のように構成されている。第1のレンズ8は、波長632.8nmにおいて屈折率1.716を有するガラス(Schott社(在マインツ)のN−KZFS8、下記文献[3]参照)からなる平凹のレンズである。平面のレンズ面は、遠位側の出射面として用いられる。第2のレンズ9は、波長632.8nmにおいて屈折率1.567を有する色補正バリウムクラウンガラス(Schott社(在マインツ)のN−BAK4、下記文献[3]参照)からなる凸凹のレンズである。本実施の形態において、最初の両レンズ8,9は、それらの輪郭により形状結合するように重なり合っており、組み合わされて1つの複合レンズを形成している。この複合レンズの近位側には、第3のレンズ10として両凸のレンズが形状結合するように当接している。第3のレンズ10は、波長632.8nmにおいて屈折率1.845を有するガラス(Schott社(在マインツ)のN−LASF9、下記文献[3]参照)からなっている。第3のレンズ10とともに、波長632.8nmにおいて屈折率1.457を有するガラス(Schott社(在マインツ)のLithosil−Q、下記文献[3]参照)からなる両凹の第4のレンズ11が、やはり複合レンズを形成している。この複合レンズの近位のレンズ面には、形状結合するように第5の両凸のレンズ12が接続している。レンズシステム2は、波長632.8nmにおいて屈折率1.508を有するポリメチルメタクリレート(PMMA、Acrylic−2、下記文献[3]参照)からなる第5の両凸のレンズ12により、移動レンズに向かって近位で終端している。
【0036】
この場合、レンズシステムは、角度アクセプタンスを向上させるために、様々な屈折率と、適合された曲率とを有する材料から構成されており、これにより材料移行部における全反射を回避することができる。本実施の形態では、このために交互に高い屈折率と低い屈折率とを選択してある。レンズ及び構成要素の最低個数並びに材料選択は、レンズシステム及び角度アクセプタンスに課される最低要求による。
【0037】
プリズム状の出力結合構造6は、図示の実施の形態では、閉じたリング構造として選択されている。出力結合構造6の材料は、眼科インプラントのハウジングの材料に合わせて定められてもよい。本実施の形態では、材料としてPMMAが選択されている。
【0038】
図2a乃至
図2rは、ヒトの天然のレンズの代わりに、人工の遠近調節システムの一設計形態において、調整可能な屈折力を有する光学システムを有するヒトの眼の概略モデルを基に、算出された光線経路の対比を示している。図は、光線経路13を略示しており、一列ずつ入射角(半視野角)と、光軸5と、眼球の代わりに角膜15及び網膜16により再現された眼内の光学システム14とを示している。屈折力が調整可能な光学系として、本実施の形態では3レンズ光学系のモデルが作成されている。左欄(
図2a乃至
図2i)には、広角光学系なしの光線経路の算出結果を示し、右欄(
図2j乃至
図2r)には、広角光学系ありの光線経路の算出結果を示してある。
【0039】
半視野角範囲0°〜85°の光線が、10°毎に70°までと、85°とにおいて算出されている。半視野角は、角膜15に入射する光線13の、光軸5に対する入射角に相当する。半視野角は、それぞれの画像対に、すなわち一列ずつ、
図2a乃至
図2rに表示してある。光線経路は、左から右に延びている。図の左欄(広角光学系なし)に示す算出された光線経路から、40°以下の半視野角で角膜に当たる光線しか、そもそも網膜に伝えられないことが判る。より大きな入射角で光学システムに当たる光線は、光学境界面で全反射され、より具体的に言えば、50°の入射角では、第3のレンズに対する境界面、さらには既に第1のレンズの境界面において全反射されてしまう。このことは、入射角が40°より大きい範囲の情報が網膜に到達せず、網膜上の、全体として限られた領域のみが検出のために利用されることになるので、前述のトンネル視に至る。
【0040】
図の右欄には、広角光学系と組み合わされた屈折力変化のための同じ光学的な作用原理を示してある。角度アクセプタンス、すなわち入射した光線が広角光学系により網膜に伝えられる最大の入射角は、広角光学系だけで40°から85°に高められる。その際、光線により、図の左欄と比較して特に、球面のレティナ(網膜)上の明らかに大きな領域もカバーされる。このことは、眼のインプラントの装着者によって主観的に前述のトンネル視としてもはや認識されないか、又は認識されたとしても明らかに軽減された程度にしか認識されない。
【0041】
文献
[1]国際公開第2007/020184号パンフレット
[2]国際公開第00/38593号パンフレット
[3]www.filmetrics.de/refractive-index-database
Filmetrics,Inc社の屈折率データバンク
【符号の説明】
【0042】
2 レンズシステム
3 可動レンズ
4 後置レンズ
5 光軸
6 出力結合構造
7 境界面
8 N−KZFS8からなるレンズ
9 N−BAK4からなるレンズ
10 N−LASF9からなるレンズ
11 Lithosil−Qからなるレンズ
12 PMMAからなるレンズ
13 光線
14 光学システム
15 角膜
16 網膜