特許第6266354号(P6266354)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6266354-電気電子部品用銅合金 図000005
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6266354
(24)【登録日】2018年1月5日
(45)【発行日】2018年1月24日
(54)【発明の名称】電気電子部品用銅合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 9/00 20060101AFI20180115BHJP
   C22C 9/02 20060101ALI20180115BHJP
   C22C 9/04 20060101ALI20180115BHJP
   C22F 1/08 20060101ALN20180115BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20180115BHJP
【FI】
   C22C9/00
   C22C9/02
   C22C9/04
   !C22F1/08 B
   !C22F1/00 602
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 624
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 650A
   !C22F1/00 661A
   !C22F1/00 681
   !C22F1/00 682
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 694A
【請求項の数】2
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-5470(P2014-5470)
(22)【出願日】2014年1月15日
(65)【公開番号】特開2015-132008(P2015-132008A)
(43)【公開日】2015年7月23日
【審査請求日】2016年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100100974
【弁理士】
【氏名又は名称】香本 薫
(72)【発明者】
【氏名】隅野 裕也
【審査官】 神野 将志
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−204060(JP,A)
【文献】 特開2008−248355(JP,A)
【文献】 特開2012−097327(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/031841(WO,A1)
【文献】 特開2012−214882(JP,A)
【文献】 特開2013−173986(JP,A)
【文献】 特開2008−081762(JP,A)
【文献】 特開2008−266787(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00−9/10
C22F 1/00、1/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cr:0.15〜0.4質量%、Ti:0.005〜0.15質量%、Si:0.01〜0.05質量%を含有し、S,O,CがそれぞれS:0.005質量%以下、O:0.005質量%以下及びC:0.004質量%以下に規制され、かつS,O,Cの合計が0.007質量%以下に規制され、残部がCu及び不可避的不純物からなり、160℃で1000時間保持後の応力緩和率が20%以下であることを特徴とする電気電子部品用銅合金。
【請求項2】
Cr:0.15〜0.4質量%、Ti:0.005〜0.15質量%、Si:0.01〜0.025質量%を含有し、さらにZn,Sn,Mgの1種以上を総量で0.001〜1.0質量%含有し、S,O,CがそれぞれS:0.005質量%以下、O:0.005質量%以下及びC:0.004質量%以下に規制され、かつS,O,Cの合計が0.007質量%以下に規制され、残部がCu及び不可避的不純物からなり、160℃で1000時間保持後の応力緩和率が20%以下であることを特徴とする電気電子部品用銅合金。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐応力緩和特性及びSnめっきの耐熱剥離特性に優れる高強度、高導電率の電気電子部品用銅合金、より具体的には電気電子部品用Cu−Cr−Ti−Si系合金に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車に搭載される電装品の端子に用いる銅合金として、導電率、強度、耐応力緩和特性、曲げ加工性、Snめっきの耐熱剥離性等の特性のバランスがよいCu−Ni−Si系合金が多く用いられている。Cu−Ni−Si系合金の導電率は通常30〜50%IACS程度である。
一方、自動車の軽量化トレンドにより、端子の薄肉化、及び小型化要求が強くなり、強度、耐応力緩和特性、曲げ加工性等の特性において、Cu−Ni−Si系合金のレベルを保ちつつ、更に導電率を高めた銅合金が求められている。
【0003】
このような要求に対し、Cu−Cr−Ti−Si系合金が提案されている(特許文献1参照)。特許文献1に記載されたCu−Cr−Ti−Si系合金は、Cr:0.10〜0.50質量%、Ti:0.005〜0.50質量%及びSi:0.005〜0.20質量%を含有し、O:150ppm以下及びH:5ppm以下に規制され、残部がCu及び不可避的不純物からなる。この銅合金は、導電率65%IACS以上、0.2%耐力460MPa以上、180℃で24時間保持(150℃で1000時間保持相当)後の応力緩和率20%以下の特性を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012−214882号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載されたCu−Cr−Ti−Si系合金は、Cu−Ni−Si系合金より導電率の高い領域で用いる嵌合型端子等の材料として使用が始まっているが、自動車のエンジンルーム近傍など、特に高温環境下での端子の接触信頼性を確保するため、耐応力緩和特性をさらに向上させることが求められている。
従って、本発明は、Cu−Cr−Ti−Si系合金の耐応力緩和特性を向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
銅鉱石より電気分解して製造する高純度銅地金は10年程前は200〜300円/kgであったが、最近の銅の需要増大や鉱山会社の合併による価格制御などにより、高純度銅地金の価格が800〜1000円/kgに高騰している。また、資源の有効活用・リサイクル率の向上の社会的要求にも応えるため、従来から使用されていた伸銅工場内で発生するスクラップ以外に、低純度銅地金や、顧客で発生するリードフレームや端子打抜きスクラップ、市場の電線スクラップ、エアコンスクラップ等の溶解原料への配合比率が高くなっている。
【0007】
低純度銅地金にはS,O,Pb,Biなどの不純物が比較的多く、スクラップには圧延油、プレス潤滑油、酸化銅等が付着している。このような低純度地金やスクラップの溶解原料への配合割合が高くなっていることで、銅合金中のS,C,O等の不純物元素の含有率が高くなる傾向がある(圧延油、潤滑油にはS,Oが多く含まれる)。
一方、Cu−Cr−Ti−Si系合金は、主要添加元素としてS,C,Oと化合物を形成しやすいCr,Ti,Siを含有する。溶解原料に持ち込まれるS,C,Oは、Cr,Ti,Siと結合して硫化物、炭化物、酸化物を生成し、銅合金母材に固溶又は析出して耐応力緩和特性を高めるCr,Ti,Siを消費する。言い換えれば、Cr,Ti,Siを消費するS,C,Oを低減することにより、Cu−Cr−Ti−Si系合金の耐応力緩和特性が一層向上する可能性がある。
【0008】
本発明者は、このような考え方に基づき、Cu−Cr−Ti−Si系合金中のS,C,Oを低減し、その結果、Cu−Cr−Ti−Si系合金の耐応力緩和特性を向上させることができた。
本発明に係る電気電子部品用銅合金は、Cr:0.15〜0.4質量%、Ti:0.005〜0.15質量%、Si:0.01〜0.05質量%を含有し、S,O,CがそれぞれS:0.005質量%以下、O:0.005質量%以下及びC:0.004質量%以下に規制され、かつS,O,Cの合計が0.007質量%以下に規制され、残部がCu及び不可避的不純物からなり、160℃で1000時間保持後の応力緩和率が20%以下であることを特徴とする。この銅合金は、必要に応じて、さらにZn,Sn,Mgの1種以上を総量で0.001〜1.0質量%含有する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、電気電子部品用銅合金(Cu−Cr−Ti−Si系合金)中のS,O,Cの合計含有量を低減することにより、同合金の強度、導電率及び曲げ加工性等の特性を落とすことなく、耐応力緩和特性を向上させることができる。本発明に係る電気電子部品用銅合金は、160℃で1000時間保持後の応力緩和率20%以下の特性を有し、例えば嵌合型端子等に用いた場合、自動車のエンジンルーム近傍など、特に高温環境下での端子の接触信頼性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例No.1の供試材の顕微鏡組織写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明に係る電気電子部品用銅合金(Cu−Cr−Ti−Si系合金)について、より具体的に説明する。
[Cu−Cr−Ti−Si系合金の化学組成]
Cr:0.15〜0.4質量%
Crは、Cr単体で、又はSi,Tiと共にCr−Si、Cr−Ti、Cr−Si−Tiなどの化合物を形成し、析出硬化によって銅合金の強度を向上させる。この析出により、Cu母相中のCr、Si及びTiの固溶量が減少し銅合金の導電率が高まる。Crの含有量が0.15質量%未満では、析出による強度の増加が十分でなく、耐応力緩和特性も向上しない。一方、Crの含有量が0.4質量%を超えると、析出物が粗大化する原因となり、耐応力緩和特性及び曲げ加工性が低下する。従って、Crの含有量は0.15〜0.4質量%の範囲とし、下限は、好ましくは0.25質量%、さらに好ましくは0.27質量%、上限は、好ましくは0.35質量%、さらに好ましくは0.30質量%とする。
【0012】
Ti:0.005〜0.15質量%
Tiは、Cu母材中に固溶して銅合金の耐熱性及び応力緩和特性を向上させる作用がある。また、Tiは、Cr,Siと共に析出物を形成し、析出硬化によって銅合金の強度を向上させる。この析出により、Cu母相中のCr、Si及びTiの固溶量が減少し銅合金の導電率が高まる。Tiの含有量が0.005質量%未満では、銅合金の耐熱性が低く焼鈍工程で軟化し高強度が得にくい。また、銅合金の耐応力緩和特性を向上させることができない。一方、Tiの含有量が0.150質量%を超えると、Cu母相中のTiの固溶量が増加して、導電率の低下を招く。従って、Tiの含有量は0.005〜0.150質量%の範囲とし、下限は、好ましくは0.030質量%、さらに好ましくは0.050質量%、上限は,好ましくは0.130質量%、さらに好ましくは0.100質量%とする。
【0013】
Si:0.01〜0.05質量%
Siは、Cr,Tiと共にCr−Si、Cr−Si−Ti化合物を形成して、析出硬化によって銅合金の強度を増加させる。この析出により、Cu母相中のCr、Si及びTiの固溶量が減少し導電率が高まる。Siの含有量が0.01質量%未満では、Cr−Si析出物又はCr−Si−Ti析出物による強度の向上が十分ではない。一方、Siの含有量が0.05質量%を超えると、Cu母相中のSiの固溶量が増加し導電率が低下する。また、Cr−Si析出物が粗大化し、曲げ加工性及び耐応力緩和特性が低下する。従って、Siの含有量は0.01〜0.05質量%の範囲とし、下限は、好ましくは0.15質量%,さらに好ましくは0.02質量%、上限は、好ましくは0.03質量%、さらに好ましくは0.025質量%とする。
【0014】
S:0.005質量%以下
O:0.005質量%以下
C:0.004質量%以下
S,O,Cの合計(S+O+C):0.007質量%以下
不可避的不純物のうちS,O,Cはそれぞれ、本発明に係る銅合金(Cu−Cr−Ti−Si系合金)の必須元素であるCr,Ti,Siと次のような化合物(硫化物、酸化物、炭化物、及びこれらの複合化合物)を形成し、サブミクロン乃至10μm程度の直径の介在物としてCu母相中に存在する。これらの介在物は強度、耐応力緩和特性の向上に寄与せず、また、これらの介在物の形成によりCr,Ti,Siが消費されるため、Cr,Ti,Siを含む金属間化合物の析出量及びCu母相中に固溶するTiの量が減少する。
硫化物:Ti−S(TiS,TiS,TiS等)、Cr−S(Cr等)、Si−S(SiS等)、及びTi,Cr,Siの2種以上を含む複合硫化物。
酸化物:Ti−O(TiO,TiO,Ti等)、Cr−O(Cr,CrO,CrO等)、Si−O(SiO等)、及びTi,Cr,Siを2種以上含む複合酸化物。
炭化物:Ti−C(TiC等)、Cr−C(Cr23、Cr、Cr等)、Si−C(SiC等)、及びTi,Cr,Siを2種以上含む複合炭化物。
複合化合物:Ti−C−S−O、Cr−Ti−S−O、Cr−Ti−Si−S−O、Cr−C−O、Si−S−O等。
【0015】
S,O,CによるCr,Ti,Siの消費を抑えて、本発明に係る銅合金が本来有する優れた耐応力緩和特性を発揮させるには、Sの含有量を0.005質量%以下、Oの含有量を0.005質量%以下、Cの含有量を0.004質量%以下とし、かつS,O,Cの合計含有量を0.007質量%以下とする必要がある。S,Oの含有量は、好ましくはいずれも0.003質量%以下、さらに好ましくはいずれも0.001質量%以下、Cの含有量は、好ましくは0.002質量%以下、さらに好ましくは0.001質量%以下とする。また、S,O,Cの合計含有量は、好ましくは0.005質量%以下、さらに好ましくは0.003質量%以下とする。
【0016】
Zn:0.001〜1.0質量%
Sn:0.001〜1.0質量%
Mg:0.001〜0.05質量%
Zn,Sn,Mgの合計(Zn+Sn+Mg):1.0質量%以下
Znは、電子部品の接合に用いるSnめっき又ははんだの耐熱剥離性を改善するために有効な元素である。Sn,Mgは、冷間圧延による加工硬化特性を向上させ、銅合金の強度の増加、及び応力緩和特性の向上に有効である。しかし、Zn,Sn,Mgの含有量が、いずれも0.001質量%未満ではその効果が少なく、一方、Zn,Snの含有量が1.0質量%を超え、又はMgの含有量が0.05質量%を超えると、銅合金の導電率が低下する。また、Zn,Sn,Mgの含有量の合計が1.0質量%を超えると、銅合金の導電率が低下する。従って、本発明に係る銅合金に対し、Zn,Snは0.001〜1.0質量%の範囲で、Mgは0.001〜0.05質量%の範囲で、必要に応じて単独で又は2種以上組み合わせて添加するものとし、その合計含有量は1.0質量%以下とする。
【0017】
Zn含有量の下限は、好ましくは0.01質量%、さらに好ましくは0.1質量%、上限は、好ましくは0.8質量%、さらに好ましくは0.6質量%である。Sn含有量の下限は、好ましくは0.01質量、さらに好ましくは0.1質量%、上限は、好ましくは0.8質量%、さらに好ましくは0.6質量%である。Mg含有量の下限は、好ましくは0.005質量%、さらに好ましくは0.01質量%、上限は、好ましくは0.04質量%、さらに好ましくは0.035質量%である。Zn,Sn,Mgの含有量の合計の上限値は、好ましくは0.8質量%、さらに好ましくは0.6質量%である。
【0018】
不可避的不純物
本発明に係る銅合金(Cu−Cr−Ti−Si系合金)は、不可避的不純物としてAl,Fe,Ni,As,Sb,B,Pb,V,Zr,Mo,Mn,Hf,Ta,Bi,Ag,In及びCoの1種以上を含むことがある。Cu−Cr−Ti−Si系合金において、Al,Fe,Ni,As,Sb,B,Pb,V,Zr,Mo,Mn,Hf,Ta,Bi,Ag,In及びCoは、特に添加しない限り(つまり不可避的不純物として)、通常、合計で0.1質量%以下の範囲内にあり、その範囲内であれば特性上の問題は生じない。なお、これらの元素の合計含有量が0.1質量%を超える場合、耐応力緩和特性や曲げ加工性を劣化させたり、導電率を低下させる可能性がでてくる。
【0019】
不可避的不純物のうちHは、鋳塊内部のガス気泡(以下、ブローホール)の発生源となり鋳塊品質を低下させる。また、ブローホールは、熱間圧延時の内部割れを引き起こし熱間加工性を低下させる。このため、Hの含有量は0.0002質量%以下の範囲とする。Hの含有量は、0.00015質量%以下であることが好ましく、さらに好ましくは0.0001質量%以下である。
【0020】
[製造方法]
(溶解鋳造工程)
銅合金中のS,O,Cの含有量は溶解鋳造工程で決まる。銅合金中のS,O,C含有量を低く抑えるため、例えば以下の手順で溶解及び鋳造を行う。
(1)銅地金、各種スクラップを配合して溶解炉に装入し、木炭、黒鉛粒を散布し、低露点のArガス、窒素ガス等を炉内に流しながら、1150〜1250℃程度の溶湯を作製する。
(2)溶湯をサンプリングし、S,O,Cの含有量を計測する。
【0021】
(3)溶湯中のS含有量を減少させるため、Ti,Cr,Siより硫化物を形成しやすいCa,Mg(Ca,Mgは、硫化物の標準生成自由エネルギー−温度図においてTi,Cr,Siより下に位置する)を溶湯に微量添加し、予備脱硫を行う。予備脱硫後、溶湯をサンプリングしてS含有量を確認する。
(4)溶湯中のC含有量を減少させるため、これらの元素より炭化物を形成しやすいZr,Al等を溶湯に微量添加して予備脱炭を行う。予備脱炭後にCが溶湯中に侵入するのを防止するため、溶湯表面を被覆する木炭、黒鉛粒のサイズを大きくし、溶湯との接触面積を小さくしておく。また、木炭、黒鉛粒の散布量を減らし、Arガスや窒素ガスの流量を多くし、炉のシール効果を高める。
【0022】
(5)上記(3),(4)の対応をすることでO含有量も減少させることができる。しかし、溶湯のO含有量が0.0003質量%未満に低下すると、雰囲気から溶湯にHが入りやすくなるため、O含有量が0.0003質量%未満にならないようにする。Hは、炉内雰囲気、原料に付着する水分からも溶湯に持ち込まれるので、露点の低いArガスや窒素ガスを使用する、装入原料を乾燥させる、赤熱した木炭、黒鉛粒を使用する等の注意が必要である。
なお、硫化物、炭化物、酸化物はいずれもCu溶湯より密度が小さいので、溶湯を静置すると、溶湯表面にスラグとして浮上しやすい。溶湯表面に浮上したスラグを除去することが望ましい。
(6)以上の手順で溶湯を準備した上で、Cr,Ti,Si等の合金元素を溶湯に添加する。特にCrとTiは酸化しやすいので、最後に添加するのが望ましい。鋳造中のCrとTiの滅失のデータを予め取っておき、この滅失量を補うCrとTiを溶湯に含有させておくことが望ましい。
【0023】
(7)溶湯をサンプリングし、成分が目標範囲内であることを確認後、鋳造を開始する。炉から鋳型まで樋で溶湯を導いて鋳造する場合は、樋での酸化を防止するために樋を流れる溶湯表面を木炭、黒鉛粒等でカバーし、更にArガス又は窒素ガスでシールしながら鋳造する。また、樋の上面に蓋を設置して密閉構造としたり、あるいは樋の長さを短くする対策も有効である。
(8)炉内の溶湯表面に浮いた酸化物、硫化物、炭化物等のスラグが鋳塊に取り込まれないよう、炉内の底の方の溶湯から優先的に鋳造する。例えば炉内や樋に仕切り板などを設置し、炉の上部の溶湯が流出しにくくする。
(9)鋳造時の溶湯温度は、鋳型に注湯される直前の位置で1120〜1250℃程度とするのがよい。
【0024】
(加工熱処理工程)
その後、鋳塊を800〜1000℃で0.5時間以上均熱処理後、加工率60%以上の熱間圧延を行い、700℃以上の温度から焼き入れる。続いて、冷間圧延と熱処理を繰り返して、所望の厚みを有する銅合金板(又は条)に仕上げる。熱処理は、Cr単体、Cr−Si、Cr−Si−Tiなどの化合物を形成するための時効析出処理が目的であり、400〜550℃で0.5時間以上の条件で実施する。この熱処理の温度として、熱処理後の強度を高くしたい場合は400〜475℃で完全には再結晶しない条件(冷間圧延による繊維組織が残存する条件)、導電率を高くしたい場合は475℃を超え550℃の範囲を選定すればよい。なお、強度を高くしたい場合、熱処理後の耐力ができるだけ高く、かつ伸びが10%以上となる温度を選択するのが適切である。熱処理後の銅合金板表面の顕微鏡組織写真(実施例のNo.4)を図1に示す。図1に示すように、再結晶組織ではなく、圧延方向に沿った繊維状の加工組織が観察される。
【0025】
1回目の熱処理(時効析出処理)の前、700℃以上の温度に銅合金板を短時間加熱することにより再結晶を伴う溶体化処理を行なってもよい。この溶体化処理を行う場合、1回目の熱処理に入るまでの工程を例示すると、熱間圧延→溶体化処理→冷間圧延→熱処理、又は、熱間圧延→冷間圧延→溶体化処理→冷間圧延→熱処理となる。
加工熱処理工程は、熱処理(時効析出処理)で終了してもよいが、熱処理(時効析出処理)後さらに冷間圧延し、又は熱処理(時効析出処理)後冷間圧延し、さらに再結晶しない条件で低温焼鈍を行うこともできる。
なお、以上述べた加工熱処理工程及びその条件は、従来のものと変わりがない。
【実施例1】
【0026】
以下、本発明の規定を満たす実施例を、本発明の規定を満たさない比較例と比較し、本発明の効果について説明する。
電気銅地金、潤滑油が付着した無酸素銅打抜き後のスクラップ、電線屑、及び合金元素地金・中間合金を配合し、表1,2に示す種々の合金成分を有する銅合金(No.1〜30)を溶製し、ブックモールドに鋳造して、厚さ70mmの鋳塊を得た。銅合金の溶製にあたっては、発明の詳細な説明の[製造方法]に記載した溶解鋳造工程の手順に従い、銅合金のS,C,O含有量を低減させた。ただし、一部の銅合金については、S,C,O含有量の低減後、続いて以下の操作を加えて、S,C,O含有量を調整した(増加させた)。S含有量は、予め作製したCu−1.2質量%S合金及びCu−0.4質量%S合金を配合することにより調整した。C含有量は、溶湯の表面に細かい粒度の黒鉛粉末を散布することにより調整した。O含有量は溶湯表面に亜酸化銅(CuO)粉末を散布することにより調整した。
【0027】
【表1】
【0028】
【表2】
【0029】
この鋳塊を950℃で1時間均熱処理後、熱間圧延して板厚を18mmとし、700℃以上の温度から焼入れを行った。次に、焼き入れ後の銅合金板の両面を厚さ1mm程度研磨して、表面の酸化スケールを除去した。その後、銅合金板を冷間圧延加工により、厚さ0.64mmに成形した。次いで、各銅合金板(冷間圧延材)からそれぞれ複数枚の板を切り取り、各板に対しそれぞれ異なる熱処理温度(400℃〜500℃の範囲内の20℃おきの温度)で各2時間の熱処理(時効析出処理)を行った。これにより、No.1〜30の銅合金について、それぞれ異なる温度で熱処理(時効析出処理)した複数枚の銅合金板(熱処理材)を得た。
なお、表1,2に記載されていない元素(不可避的不純物)の含有量は、いずれも検出限界以下であった。先に挙げたAl,Fe,Ni,As,Sb,B,Pb,V,Zr,Mo,Mn,Hf,Ta,Bi,Ag,In及びCoが含まれているとしても、その合計含有量は極めて微量である。
【0030】
No.1〜30の銅合金について得られたそれぞれ複数枚の銅合金板(熱処理材)を供試材とし、以下の試験方法により機械的特性(0.2%耐力)を測定した。
【0031】
(機械的特性の測定)
各供試材から、圧延方向が長手方向となるように、JIS2241に規定されたJIS5号試験片を作成した。この試験片を用い、JISZ2241に規定された引張試験を行い、伸びと、0.2%耐力(永久伸び0.2%に相当する引張強さ)を測定した。No.1〜30の各銅合金について、伸びが10%を超える供試材を選定し、さらにその中で最も耐力が大きい供試材を1つ選定した。選定した供試材の耐力値を表1,2に示す。0.2%耐力が460N/mm以上であったものを合格と評価した。
【0032】
No.1〜30の各銅合金について、機械的特性の測定試験で選定された供試材を用い、下記要領で、導電率及び応力緩和率を測定し、さらにS,C,O含有量の分析を行った。その結果を表1,2に示す。
【0033】
(導電率の測定)
導電率の測定は、JISH0505に規定されている非鉄金属材料導電率測定法に準拠し、ダブルブリッジを用いた四端子法で体積抵抗率を測定することにより行った。そして、測定された体積抵抗率を、万国標準軟銅(International Annealed Copper Standard)の体積抵抗率1.7241×10−8Ω・mで除し、百分率で表すことにより、導電率を求めた。Sn,Mg,Znの1種又は2種以上を含むNo.5,6,13〜15,26の銅合金については、導電率が55%IACS以上であったものを合格と評価し、その他については導電率が65%IACS以上であったものを合格と評価した。
【0034】
(応力緩和率の測定)
各供試材から、圧延方向が長手方向となるように、幅10mm、長さ90mmの短冊状試験片を作成した。この試験片を用い、日本伸銅協会技術標準「銅及び銅合金薄板条の曲げによる応力緩和試験方法」(JCBA−T309:2004)の片持ち梁方式に準拠して、応力緩和率を測定した。まず、試験片の一端を剛体試験台に固定し、固定端から一定距離(スパン長さ)の位置で試験片に10mmのたわみを与えて、固定端に試験材の0.2%耐力の80%に相当する表面応力を付加した。前記スパン長さは、前記技術標準の式に基づいて決定した。なお、この測定方法は、特許文献1に記載された測定方法と同一である。
【0035】
このように剛体試験台に固定した試験片を、一定温度に加熱したオーブン中に所定時間保持した後に取り出し、たわみ量d(=10mm)を取り去ったときの永久歪みδを測定し、下記数式により応力緩和率RSを測定した。加熱条件は、例えば社団法人自動車技術会のJASOにおいて、150℃で1000時間保持の条件が規定されているが、自動車用端子材の耐応力緩和特性に対する要求の高度化に合わせ、より厳しい160℃で1000時間保持の条件で応力緩和率を測定した。応力緩和率が20%以下のものを合格と評価した。
応力緩和率RS=(δ/d)×100
【0036】
(S,C,O含有量の分析)
Sの分析には、株式会社堀場製作所製の炭素・硫黄分析装置EMIA−610を用いた。測定は、JISH1070に準拠し、燃焼−赤外線吸収法(積分法)にて行った。この装置は、セラミックスボートに測定する試料を1.0g載せ、O気流中にて1,350℃で燃焼させる。この時、試料中のSは、二酸化硫黄(SO)に変換され、O気流で搬送され非分散赤外線検出器にて分析される。
Cの分析にも同じ装置を用いた。測定は、JISG1211−3に準拠し、燃焼−赤外線吸収法(積分法)にて行った。燃焼温度は、Cの場合は1,200℃で行い、試料中のCは二酸化炭素(CO)、一酸化炭素(CO)に変換される。
【0037】
Oの分析は、株式会社堀場製作所製EMGA−650Aを用いた。測定は、JISH1067に準拠し、不活性ガス融解赤外線吸収法にて行った。この装置は、脱ガスしたカーボンるつぼに試料を0.5g入れ、ジュール熱で約3,000℃にて試料を溶融させる。この時、試料より発生するOは、カーボンるつぼのCと結合してCOに変換され、非分散赤外線検出器で分析される。
Hの分析には、LECOコーポレーション製RH−402を用いた。試料1.0gをN雰囲気にて溶融し、このとき試料より発生するHを、Nとともに熱伝導度検出器に送り、Nとの熱伝導度差からH含有量を測定する。
【0038】
本発明の規定を満たす実施例No.1〜15は、応力緩和率が20%以下で耐応力緩和特性が優れ、導電率及び0.2%耐力が高い。
一方、No.16,17はCr含有量が過剰で、いずれも応力緩和率が20%を超える。No.22,23はCr含有量が不足し、いずれも0.2%耐力が低く、応力緩和率が20%を超える。
No.18,20はTi含有量が少なく、いずれも応力緩和率が20%を超え、No.20は0.2%耐力も低い。No.19,21はTi含有量が過剰で、いずれも導電率が低い。
【0039】
No.24はSi含有量が過剰で、導電率が低く、応力緩和率が20%を超える。
No.26はSn,Mg,Znの合計含有量が過剰で、導電率が低い。
No.25,27〜30はS,O,C含有量のいずれかが過剰、又はS,O,Cの合計含有量が過剰で、応力緩和率が20%を超える。
【実施例2】
【0040】
電気銅地金、潤滑油が付着した端子打抜き後のスクラップ、電線屑、及び合金元素地金・中間合金を配合して厚さ220mm、幅550mm、長さ5000mmの鋳塊を2個作製した。一方の鋳塊については、発明の詳細な説明の[製造方法]において述べた手順により溶湯を処理した。他方の鋳塊については、従来の一般的な溶湯の処理方法を踏襲するにとどめ、S,C,O含有量を大きく低減させる処理は行わなかった。
【0041】
【表3】
【0042】
このようにして作製した銅合金鋳塊(No.31,32)を950℃で2時間均熱処理後、熱間圧延して板厚20mmとし、全長に渡り700℃以上の温度から焼入れを行った。次に、焼き入れ後の銅合金板の両面を各厚さ1mm程度面削して、表面の酸化スケールを除去した。その後、銅合金板を冷間圧延加工により、厚さ0.60mmに成形した。次いで、各銅合金板(冷間圧延材)からそれぞれ複数枚の板を切り取り、各板に対しそれぞれ異なる熱処理温度(400℃〜480℃の範囲内の20℃おきの温度)で各3時間の熱処理(時効析出処理)を行った。これにより、表3に示すNo.31,32の銅合金について、それぞれ異なる温度で熱処理(時効析出処理)した複数枚の銅合金板(熱処理材)を得た。
なお、表3に記載されていない元素(不可避的不純物)の含有量は、いずれも検出限界以下であり、Al,Fe,Ni,As,Sb,B,Pb,V,Zr,Mo,Mn,Hf,Ta,Bi,Ag,In及びCoが含まれているとしても、その合計含有量は極めて微量である。
【0043】
No.31,32の銅合金について得られたそれぞれ複数枚の銅合金板(熱処理材)を供試材とし、機械的特性(0.2%耐力)を測定した。No.31,32の各銅合金について、実施例1と同様に、伸びが10%を超える供試材を選定し、さらにその中で最も耐力が大きい供試材を1つ選定した。選定した供試材を用いて、導電率及び応力緩和率を測定し、さらにS,C,O含有量の分析を行った。その結果を表3に示す。
本発明の規定を満たす実施例No.31は、応力緩和率が20%以下で耐応力緩和特性が優れ、導電率及び0.2%耐力が高い。
一方、No.32は、各合金元素の含有量がNo.31とほぼ一致するが、Sの含有量、及びS,O,Cの合計含有量が過剰で、No.31に比べて0.2%耐力が劣り、応力緩和率が20%を超える。これは、Cr,Ti,Siの硫化物、酸化物,炭化物等が多く生成したためと考えられる。
図1