特許第6266399号(P6266399)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6266399
(24)【登録日】2018年1月5日
(45)【発行日】2018年1月24日
(54)【発明の名称】中性子捕捉療法装置
(51)【国際特許分類】
   A61N 5/10 20060101AFI20180115BHJP
   G21K 1/02 20060101ALI20180115BHJP
   G21K 1/00 20060101ALI20180115BHJP
   G21K 5/02 20060101ALI20180115BHJP
   H05H 13/00 20060101ALI20180115BHJP
   H01J 27/14 20060101ALN20180115BHJP
【FI】
   A61N5/10 H
   G21K1/02 R
   G21K1/00 N
   G21K5/02 N
   H05H13/00
   !H01J27/14
【請求項の数】2
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2014-63262(P2014-63262)
(22)【出願日】2014年3月26日
(65)【公開番号】特開2015-181861(P2015-181861A)
(43)【公開日】2015年10月22日
【審査請求日】2016年8月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100162640
【弁理士】
【氏名又は名称】柳 康樹
(72)【発明者】
【氏名】衞藤 晴彦
【審査官】 松浦 陽
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−287419(JP,A)
【文献】 特開2012−119062(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/039579(WO,A2)
【文献】 特開2011−034888(JP,A)
【文献】 特開2009−189725(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61N 5/10
G21K 1/00
G21K 1/02
G21K 5/02
H05H 13/00
H01J 27/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
負イオンを生成する負イオン源と、
前記負イオンの生成を促進する促進物質を前記負イオン源に供給する促進物質供給部と、
前記負イオン源から取り出された前記負イオンを加速して荷電粒子線を出射する粒子加速部と、
前記粒子加速部から出射された前記荷電粒子線が照射されて中性子を生成する中性子生成部と、を備え、
前記中性子生成部は、前記荷電粒子線が照射され前記中性子を生成するターゲットと、前記ターゲットで発生した前記中性子を減速させる減速材と、前記中性子における中性子照射範囲を拡大しつつ、前記中性子照射範囲における前記中性子の線量分布を均一化させる拡散部と、被照射体における照射目標に合わせて前記中性子照射範囲を設定するコリメータと、を有し、
前記減速材は、前記コリメータよりも上流側に配置されると共に、前記中性子の照射軸に対して直交する方向から見た場合に前記コリメータよりも大きく、
前記拡散部は、前記減速材と前記コリメータとの間に配置され、前記照射軸に対して直交する方向から見た場合に前記コリメータよりも小さく、且つ、前記コリメータが有する前記中性子を通過させる開口よりも大きい、中性子捕捉療法装置。
【請求項2】
前記拡散部は、前記コリメータに隣接して配置される請求項1に記載の中性子捕捉療法装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中性子線を被照射体に照射する中性子捕捉療法システムに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、照射精度の向上を図ることを可能とした中性子線照射装置が記載されている。この中性子線照射装置は、減速装置においてターゲットにイオンビームを照射して中性子を発生させ、発生した中性子を減速させた後に患者へ照射する。中性子を照射するとき、患者は、減速装置に対して相対的に移動可能に設けられた載置台に載置される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−189725号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されたような中性子線照射装置を利用した中性子捕捉療法では、患者の患部に所定量の中性子を照射する必要があり、照射時間中は患者の体位を一定に保持している。しかし、照射時間は、長い場合には数十分に亘る場合があり、この間、患者の体位を一定に保持することは患者にとって負担が大きかった。
【0005】
そこで、本発明の目的は、中性子捕捉療法における治療時間を短縮可能な中性子照射装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一形態に係る中性子捕捉療法装置は、負イオンを生成する負イオン源と、負イオンの生成を促進する促進物質を負イオン源に供給する促進物質供給部と、負イオン源から取り出された負イオンを加速して荷電粒子線を出射する粒子加速部と、粒子加速部から出射された荷電粒子線が照射されて中性子を生成する中性子生成部と、を備える。
【0007】
この中性子捕捉療法装置は、負イオン源において生成された負イオンを粒子加速部で加速し、粒子加速部から荷電粒子線を出射する。この荷電粒子線が中性子生成部に照射されて中性子が発生する。ここで、負イオン源には、促進物質供給部から負イオンの生成を促進する促進物質が供給されているため、負イオン源において生成される負イオンの量が増加し、負イオン源から引き出されるビーム電流量が増加する。粒子加速部に供給される負イオンのビーム電流量が増加すると、粒子加速部から出射される荷電粒子線のビーム電流量も増加する。そして、中性子生成部に照射される荷電粒子線のビーム電流量が増加すると、中性子生成部において生成される中性子フラックスが増加する。この中性子フラックスの増加によれば、単位時間あたりに生成される中性子フラックスが増加するため、所定量の中性子を照射するために要する時間が短縮化される。従って、中性子捕捉療法における治療時間を短縮することができる。
【0008】
中性子生成部は、荷電粒子線が照射され中性子を生成するターゲットと、中性子における中性子照射範囲を拡大する拡散部と、を有することとしてもよい。この拡散部によれば中性子照射範囲が拡大される。より詳細には、所望の中性子量を照射範囲な範囲が拡大される。従って、一度の照射で比較的大きい患部に対して中性子を照射することが可能になるので、中性子捕捉療法における治療時間を更に短縮することができる。
【0009】
中性子生成部は、被照射体における照射目標に合わせて中性子照射範囲を設定するコリメータを更に有し、拡散部は、コリメータに隣接して配置されることとしてもよい。この構成によれば、被照射体における照射目標に適合した中性子照射範囲の設定と拡大とを行うことが可能になる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の中性子捕捉療法装置よれば、治療時間を短縮できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、中性子捕捉療法装置を概略的に示す図である。
図2図2は、本実施系形態に係る負イオン源装置を示す図である。
図3図3は、本実施系形態に係る負イオン源装置から出力される負イオンのビーム電流量と、比較例に係る負イオン源装置から出力される負イオンのビーム電流量と、を示すグラフである。
図4図4は、拡散板を有する中性子生成部における中性子フラックスの分布と、拡散板を有しない比較例に係る中性子生成部における中性子フラックスの分布とを示すコンター図である。
図5図5は、拡散板を有する中性子生成部における中性子フラックスの分布と、拡散板を有しない比較例に係る中性子生成部における中性子フラックスの分布とを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施形態について図面を参照して説明するが、以下の本実施形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明を以下の内容に限定する趣旨ではない。説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0013】
まず、負イオン源装置100を備える中性子捕捉療法装置1の概要について図1を参照しつつ説明する。中性子捕捉療法装置1は、ホウ素中性子捕捉療法(BNCT:Boron Neutron Capture Therapy)を用いたがん治療などを行うために用いられる装置であり、ホウ素(10B)が投与された患者50の腫瘍へ中性子線Nを照射する。中性子捕捉療法装置1は、負イオン源装置100及びサイクロトロン2を有する陽子加速装置E1と、ビームダクト3、四極電磁石4及び走査電磁石5を有する陽子ビーム輸送装置E2と、中性子生成部としての中性子照射装置20とを備えている。
【0014】
中性子捕捉療法装置1は、粒子加速部としてのサイクロトロン2を備える。サイクロトロン2は、負イオン源装置100で生成された負イオン(陰イオンともいう)を加速して、荷電粒子線Rを作り出す加速器である。このサイクロトロン2は、例えば、ビーム半径40mm、60kW(=30MeV×2mA)の荷電粒子線Rを生成する能力を有している。中性子捕捉療法装置1は、加速器として、サイクロトロン2に限られず、シンクロトロン、シンクロサイクロトロン、ライナックなどを用いてもよい。
【0015】
サイクロトロン2から出射された荷電粒子線Rは、ビームダクト3を通り、ターゲット6へ向かって進行する。このビームダクト3に沿って複数の四極電磁石4及び走査電磁石5が設けられている。走査電磁石5は、荷電粒子線Rを走査し、ターゲット6に対する荷電粒子線Rの照射位置を制御する。
【0016】
中性子捕捉療法装置1は、制御部Sを備える。制御部Sは、CPU、ROM、RAM等を有する電子制御ユニットであり、中性子捕捉療法装置1を総合的に制御する。
【0017】
制御部Sは、ターゲット6に照射される荷電粒子線Rの電流値(すなわち、電荷、照射線量率)をリアルタイムで測定する電流モニタMに接続されており、その測定結果に応じて中性子捕捉療法装置1の各部の制御を行う。電流モニタMとしては、例えば、荷電粒子線Rに影響を与えずに測定可能な非破壊型のDCCT(Direct Current Current Transformer)を用いることができる。
【0018】
中性子照射装置20は、サイクロトロン2から出射された荷電粒子線Rが照射されて、患者50の照射される中性子線Nを発生させる。中性子照射装置20は、ターゲット6と、遮蔽体7と、減速材8と、コリメータ9と、中性子線量測定装置10と、拡散板11とを有している。
【0019】
ターゲット6は、荷電粒子線Rの照射を受けて中性子線Nを生成する。ターゲット6は、例えば、直径160mmの円板状を呈する。ターゲット6は、例えば、ベリリウム(Be)、リチウム(Li)、タンタル(Ta)、又はタングステン(W)で形成してもよい。ターゲット6は、板状(固体)に限られず、液状であってもよい。
【0020】
遮蔽体7は、発生した中性子線Nや、当該中性子線Nの発生に伴って生じたガンマ線等が、中性子捕捉療法装置1の外部へ放出されないように遮蔽する。減速材8は、中性子線Nを減速(中性子線Nのエネルギーを減衰)させる機能を有する。減速材8は、第1の減速材8Aと第2の減速材8Bとが積層されて構成されている。第1の減速材8Aは、中性子線Nに含まれる速中性子を主に減速させる。第2の減速材8Bは、中性子線Nに含まれる熱外中性子を主に減速させる。
【0021】
コリメータ9は、中性子線Nの照射野(中性子線Nの進行方向に直交する平面における照射範囲)を成形するものであり、中性子線Nが通過する開口9aを有している。ターゲット6で発生した中性子線Nは、減速材8を通り抜けた後、一部がコリメータ9の開口9aを通過する一方で、残部がコリメータ9の開口9aを確定する周辺部により遮蔽される。その結果、コリメータ9を通過した中性子線Nは、開口9aの形状に対応した形状に成形される。
【0022】
中性子線量測定装置10は、治療台51上の患者50に照射される中性子線Nの線量及び線量分布を測定する装置である。
【0023】
拡散部としての拡散板11は、中性子線Nの照射範囲を空間的に拡大するものであり、コリメータ9の近傍に配置されている。より詳細には、拡散板11は、第2の減速材8Bとコリメータ9との間に配置されている。拡散板11は、コリメータ9の開口9aと同程度の外径を有する円盤状の金属板である。拡散板11には、原子核による中性子の散乱を発生し得る材料を用いることができ、例えば、ステンレス鋼材(SUS材)等が用いられる。
【0024】
続いて、負イオン源装置100の構成について、図2を参照しつつ説明する。負イオン源装置100は、負イオン源102と、真空ボックス104とを備える。負イオン源102と真空ボックス104とは、絶縁フランジ106によって接続されている。
【0025】
負イオン源102は、チャンバ108と、磁石110と、プラズマ生成部112と、セシウム導入部114と、プラズマ電極116とを有する。
【0026】
チャンバ108は、円筒状を呈する本体部108aと、本体部108aの一端側に設けられた蓋部108bとを有する。本体部108aは、チャンバ108の側壁をなしている。本体部108aの両端には、外方に向けて突出する鍔部108c,108dがそれぞれ設けられている。蓋部108bは、本体部108aの一端側に位置する鍔部108cに着脱自在に取り付けられており、本体部108aの一端を開放又は閉塞する。チャンバ108は、絶縁フランジ106を介して連結された真空ボックス104と連通している。そして、この真空ボックス104には真空ポンプ(不図示)が接続されている。従って、チャンバ108、真空ボックス104、真空ポンプの流れでチャンバ108、真空ボックス104の内部が真空引きされる。
【0027】
磁石110は、チャンバ108内で生成されたプラズマをチャンバ108に閉じ込める機能を有する。磁石110は、本体部108aの外周面側に複数配置されている。より詳しくは、磁石110は、本体部108aの外周面とは離間した状態でチャンバ108の外周側に位置する。磁石110と本体部108aの外周面との間には、図示しない冷却路が設けられている。磁石110又は本体部108aの壁部を冷却するために、当該冷却路内には水などの冷媒が循環される。なお、磁石110は、本体部108aの外周面とは離間せずに、本体部108aの外周面に密着させてもよい。
【0028】
プラズマ生成部112は、本体部112aと、本体部112aの端面から外方(チャンバ108の他端側、プラズマ電極116側)に延びる一対のフィラメント112bとを有する。本体部112aは、蓋部108bの内壁面に取り付けられている。本体部112aには、図示しない直流電源が接続されている。当該直流電源は、フィラメント112bに電圧及び電流を印加し、フィラメント112bを発熱させると共に、フィラメント112bとチャンバ108(本体部108a)との間に電位差を生じさせる。
【0029】
セシウム導入部114は、蓋部108bを貫通するように蓋部108bに設けられている。セシウム導入部114の先端は、チャンバ108内に位置している。セシウム導入部114には、促進物質供給部としてのセシウム供給源118が接続されており、本実施形態では、セシウムが気体(蒸気)の状態でチャンバ108に供給される。
【0030】
プラズマ電極116は、本体部108aの他端側に位置する鍔部108dに設けられた絶縁フランジ120と、真空ボックス104側の絶縁フランジ106との間に配置されている。プラズマ電極116は、電圧が可変の電源(図示せず)に接続されている。当該電源を制御してプラズマ電極116に印加される電圧の大きさを制御することにより、チャンバ108内のプラズマ分布を制御し、チャンバ108から引き出される負イオンの量を制御する。プラズマ電極116は、チャンバ108内で生成された負イオンをチャンバ108外(本実施形態では真空ボックス104側)に引き出すことが可能な貫通孔116aを有している。プラズマ電極116は、プラズマからの入熱により、例えば250℃程度に発熱する。
【0031】
プラズマ電極116の近傍には、ガス供給源122に接続された配管116bが設けられている。すなわち、配管116bは、チャンバ108の他端側に位置している。ガス供給源122は、原料ガス源(水素ガス源)及び不活性ガス源(アルゴンガス源)を含む。すなわち、ガス供給源122の原料ガスや不活性ガスは、配管116bを通じて本体部108aの他端側からチャンバ108内に供給される。
【0032】
真空ボックス104は、チャンバ108のうち負イオンビームが引き出される下流側(チャンバ108の他端側)に位置している。真空ボックス104は、チャンバ108と同様に、内部を真空状態に保持可能である。真空ボックス104内には、引出電極等の電極124、負イオンビームのビーム量を計測するファラデーカップ(図示せず)、負イオンビームの軌道を変化させるステアリングコイル(図示せず)等が配置されている。
【0033】
上記の負イオン源装置100において、負イオンを生成する際には、まずチャンバ108及び真空ボックス104内を真空ポンプにより真空引きする。次に、ガス供給源122により原料ガス(水素ガス)をチャンバ108内に供給すると共に、セシウム供給源118により促進物質(セシウムガス)をチャンバ108内に供給する。セシウム供給源118によるセシウムの供給量は、引き出したい負イオンビームのビーム量に応じて調整してもよい。セシウムが付着した物質の表面においては仕事関数が低下するので、セシウムは、負イオンの生成を促進する機能を有する。
【0034】
次に、プラズマ生成部112に電流を流し、プラズマ生成部112とチャンバ108との間に電圧が印加される。電流が流れることにより加熱されたフィラメント112bとチャンバ108との間に電圧が印加されることにより、フィラメント112bからチャンバ108へ熱電子が放出され、アーク放電が起きる。当該熱電子は、チャンバ108内に充満している水素ガスと衝突して電子を弾き出し、当該水素ガスをプラズマ化させる。
【0035】
プラズマ中に存在する電子のうち高速電子と低速電子とが、磁石によって弁別される。低速電子又はプラズマ電極116表面の電子と、プラズマ中の水素分子、水素原子、又は水素イオンと、が反応することにより、負イオンが生成される。こうして生成された負イオンは、プラズマ電極116の開口部を通じてチャンバ108の外に引き出され、真空ボックス104を介してサイクロトロン2に導入される。
【0036】
ところで、サイクロトロン2とターゲット6とを組み合わせた加速器中性子源を用いたホウ素中性子捕捉療法(以下、BNCT)システムでは、負イオン源装置100から引き出される負水素イオン(以下「H」ともいう)ビーム量が約7mAであり、サイクロトロン2から出力される陽子ビーム電流量が約lmAであると仮定すると、治療に必要な中性子線照射時間が最大で1時間程度になる。このように、中性子線照射時間は加速器中性子源から得られる中性子線量によって決定され、この中性子線量はサイクロトロン2から出力可能な陽子ビームとしての荷電粒子線Rの電流量により決定される。そして、荷電粒子線Rの電流量は、サイクロトロン2に供給される負イオンのビーム電流量により決定される。
【0037】
換言すると、サイクロトロン2からの荷電粒子線Rの電流量は、負イオン源102から引き出される負水素イオンのビーム電流量によって決定される。従って、負イオン源装置100から出力可能なHのビーム電流量を増加させることができれば、患者50への中性子照射時間を短縮でき、患者50への負担を低減させることができる。また、加速器中性子源から得られる中性子線量を増大できれば、拡散板11を用いることによって照射領域(照射野)を拡大し、且つ中性子線量の分布の均一化を図ることが可能になる。従って、均一化された中性子線を広い領域に照射する腫瘍の治療を行うことが可能となる。
【0038】
より具体的には、単に照射領域を拡大するならばコリメータ9の開口を調整することで達成可能である。しかし、コリメータ9の開口の調整のみでは照射野の中央付近における中性子線量に対して、照射野の外側の中性子線量が低くなるので(図5参照)効率的な治療を行い難い。一方、中性子捕捉療法装置1によれば、拡散板11を備えているので、照射野中央の中性子線を照射野の外側へ拡散させて、照射野の外側における線量を増加させることが可能になる。従って、中性子捕捉療法装置1によれば、中性子線の照射野を拡大しつつ、照射野における中性子線量を均一化することができる。そして、中性子捕捉療法装置1では拡散板11の配置により照射野中央部の中性子線量が減少するものの、出射される負イオンの量を増加させることが可能な負イオン源装置100を備えているため、照射野全体の中性子線量を底上げして照射野中央の線量の減少を補うことができる。
【0039】
そこで中性子捕捉療法装置1は、負イオン源102において生成された負イオンをサイクロトロン2で加速し、サイクロトロン2から荷電粒子線Rを出力する。この荷電粒子線Rが中性子照射装置20に照射されて中性子線Nが発生する。そして、負イオン源102には、セシウム供給源118から負イオンの生成を促進するセシウムが供給されているため、負イオン源102において生成される負イオンの量が増加し、負イオン源装置100から引き出されるビーム電流量が増加する。サイクロトロン2に供給される負イオンのビーム電流量が増加すると、サイクロトロン2から出射される荷電粒子線Rの電流量も増加する。そして、中性子照射装置20に照射される荷電粒子線Rの電流量が増加すると、中性子照射装置20において生成される中性子フラックスが増加する。この、中性子フラックスの増加によれば、単位時間あたりに生成される中性子フラックスが増加するため、所定量の中性子を照射するために要する時間が短縮化される。従って、中性子捕捉療法における治療時間を短縮することができる。ひいては、患者50の負担を軽減することが可能になる。
【0040】
また、中性子照射装置20は、ターゲット6と、拡散板11と、を有している。この拡散板11によれば中性子照射範囲が拡大しつつ、照射範囲における線量分布が均一化される。より詳細には、均一化された所望の線量分布を有する中性子線を照射範囲な範囲が拡大される。すなわち、中性子量の増大により、拡散板11による中性子量の減少を治療において問題のない量に留めて中性子線を空間的に拡げて照射面積を増大させ、且つ照射野における中性子線量の均一化を図ることができる。従って、一度の照射で比較的大きい患部に対して均一化された線量分布を有する中性子線を照射することが可能になるので、中性子捕捉療法における治療時間を更に短縮することができる。
【0041】
また、中性子照射装置20は、患者50における患部の形状に合わせて中性子照射範囲を設定するコリメータ9を更に有し、拡散板11は、コリメータ9に隣接して配置されている。この構成によれば、患者50における照射目標である患部の形状に適合した中性子照射範囲の設定と拡大とを行うことが可能になる。
【0042】
要するに、中性子捕捉療法装置1によれば、負イオン源装置100で生成された水素イオンの高電流ビームがサイクロトロン2に入射され、所定のエネルギーまで加速された後、荷電変換を経て陽子ビームとしてサイクロトロン2から射出される。この陽子ビームは、中性子照射装置20に入射し中性子を発生させ、発生した中性子は照射系を構成する減速材8により減速されると共にコリメータ9により照射範囲が成形され、患者50の患部に照射される。ここで、コリメータ9の上流または下流に拡散板11を設置すると、照射野中央の中性子量は拡散板11により減少するが、中性子線が空間的に拡がることにより、照射野外側の中性子量が増大し、照射野中央の中性子量と照射野外側の中性子量との差が減少する。照射野中央の中性子量の減少分は、負イオン源装置100から出射される水素イオンのビームが高電流化されて中性子照射装置20で発生する中性子が増大することで、補うことができる。すなわち、中性子捕捉療法装置1では、大電流化が可能な負イオン源装置100を備えているため、照射時間の短縮化によって患者50の負担が軽減し、且つ拡散板11の設置による中性子フラックスの低下を補いつつ中性子照射範囲を拡大するという効果を両立させることができる。
【0043】
続いて、実施例1について説明する。この実施例1では、本実施形態に係る負イオン源装置100から出力される負イオンのビーム電流量と、比較例に係る負イオン源装置から出力される負イオンのビーム電流量とを実測した。図3は、アークパワーを横軸に示し、負イオンのビーム電流量を縦軸に示したグラフである。アークパワーとは、例えば負イオン源102において、フィラメント112bとチャンバ108との間に生成される電位差とアーク放電電流との積である。
【0044】
図3におけるプロットP1〜P5は、比較例に係る負イオン源装置から出力された負イオンのビーム電流量を示している。すなわち、これらプロットP1〜P5では、負イオン源装置にセシウムは供給されていない。さらに、プロットP1は負イオン源装置に供給された水素ガスの流量が3sccmであり、プロットP2は負イオン源装置に供給された水素ガスの流量が5sccmであり、プロットP3は負イオン源装置に供給された水素ガスの流量が8sccmであり、プロットP4は負イオン源装置に供給された水素ガスの流量が10sccmであり、プロットP5は負イオン源装置に供給された水素ガスの流量が12sccmである。
【0045】
プロットP1〜P5を確認すると、比較例に係る負イオン源装置に供給されるアークパワーが増大するに従って、負イオン源装置から出力される負イオンのビーム電流量が増大することが確認できた。しかし、アークパワーが増大するに従って、アークパワーの増分に対する負イオンのビーム電流量の増分が減少しつつあるように見受けられた。従って、セシウムを供給しない比較例に係る負イオン源装置であっても、供給されるアークパワー及び水素ガスの流量を増大することにより負イオンのビーム電流量を増大させ得るが、実用的な観点から増大させ得るビーム電流量には限度があることが確認された。
【0046】
一方、図3におけるプロットP6は、負イオン源装置100から出力された負イオンのビーム電流量を示している。すなわち、プロットP6は、負イオン源102にセシウムを供給した場合のビーム電流量を示している。このプロットP6では、水素ガスの流量を5sccm〜7sccmとした。
【0047】
プロットP6を確認すると、比較例と同様に、負イオン源102に供給されるアークパワーが増大するに従って、負イオン源102から出力される負イオンのビーム電流量が増大することが確認できた。また、単位電力当たりのビーム電流量は明らかに増大していることが分かった。例えば、アークパワーが1.5kWであるとき、セシウムを供給しない場合には、ビーム電流量が5mA程度であるのに対し、セシウムを供給した場合にはビーム電流量が8mA程度であった。すなわち、セシウムを供給することにより、負イオン源102に供給される単位電力量当たりの負イオンのビーム電流量は1.5倍程度に増大することが確認できた。さらに、1.5kW〜3.0kWの範囲では、比較例に係る負イオン源装置のようにアークパワーの増分に対して負イオンのビーム電流量の増分が徐々に減少するといった状態は確認されなかった。また、アークパワーを約3.0kWとした場合には、16mA程度のビーム電流量を得られることが確認できた。
【0048】
このように、負イオン源102にセシウムを供給することにより、単位電力量当たりの負イオンのビーム電流量を増大させることができることが確認できた。換言すると、負イオン源102では、同じビーム電流量を得る場合であっても、負イオン源102に供給すべきアークパワーの電力量を小さくできる。従って、過大な電力量の印加によるフィラメント102b等へのダメージが軽減され、負イオン源102の保守に要する時間と労力とが低減され、中性子捕捉療法装置1を効率よく稼働させ得ることが確認できた。
【0049】
続いて、実施例2について説明する。この実施例2では、拡散板11の効果を確認した。より詳細には、拡散板11を有する中性子照射装置20、及び拡散板11を有しない比較例に係る中性子生成部の中性子線フラックスの空間分布を計算により確認した。
【0050】
図4の(a)部に示すコンター図は、拡散板11を有する中性子照射装置20における中性子フラックスの分布を示している。図4の(b)部に示すコンター図は、拡散板11を有しない中性子生成部における中性子フラックスの分布を示している。図4の(a)部及び(b)部では、色の濃度が濃いところほど中性子フラックスが高いことを示している。また、図4の(a)部において、領域A1は、拡散板11が配置された領域を示している。拡散板11は、ステンレス鋼材(SUS材)からなる円板とした。また、図4の(a)部及び(b)部において、領域A2は被照射体としての人体を模擬したファントム領域を示している。また、図中におけるX方向はコリメータ9の開口の中心軸線に沿った方向であり、Y方向はX方向に直交する方向である。
【0051】
図4の(a)部と(b)部とを比較すると、X方向において拡散板11が配置された範囲(x:−3cm〜+3cm)では、拡散板11を配置しない場合に比べて、拡散板11を配置した場合には中性子フラックスが減少していることが確認できた。
【0052】
次に、拡散板11による中性子照射範囲の拡大の効果をより具体的に確認するために、図4の(a)部と(b)部におけるラインLに沿った中性子フラックスの分布を確認した。図5に、図4の(a)部と(b)部におけるラインLに沿った中性子フラックスの分布を示す。図5の横軸は、図5の(a)部と(b)部の縦軸(X方向に沿った位置)を示し、図5の縦軸は中性子フラックスの大きさを示している。そして、グラフG1は、拡散板11を有する中性子照射装置20における中性子フラックスの分布(すなわち図4の(a)部の場合の中性子フラックスの分布)を示し、グラフG2は、拡散板11をしない中性子生成部における中性子フラックスの分布(すなわち図4の(b)部の場合の中性子フラックスの分布)を示している。
【0053】
グラフG1を確認すると、拡散板11が配置された範囲A3において中性子フラックスの大きさが減少していることが確認できた。また、グラフG1の裾野部A4,A5において中性子フラックスが増大していた。より詳細には、X方向における+10〜+15cmの範囲(裾野部A5)及び−10〜−15cmの範囲(裾野部A4)において、拡散板がない場合と比較して中性子フラックスの大きさが最大で10倍程度大きくなっていることが確認できた。換言すると、中性子フラックスの分布において、最大値と最小値との差が小さくなり、中性子フラックスの分布が均一化される傾向にあることが確認できた。従って、拡散板11を配置することにより、中性子における中性子照射範囲が拡大できることが確認できた。更に、拡散板11の形状や設置位置を最適化することにより、中性子フラックスが均一である領域を大面積化できる可能性があることが確認できた。
【0054】
本発明は、前述した実施形態に限定されず、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能である。
【0055】
例えば、拡散板11は、コリメータ9に対して下流側に配置されていてもよい。また、拡散板11の形状や寸法は、患者50の患部の形状に応じて適宜設計してよい。
【符号の説明】
【0056】
1…中性子捕捉療法装置、2…サイクロトロン(粒子加速部)、6…ターゲット、9…コリメータ、11…拡散板(拡散部)、20…中性子照射装置(中性子生成部)、100…負イオン源装置、102…負イオン源、108…チャンバ、108a…本体部、108b…蓋部、110…磁石、112…プラズマ生成部、112b…フィラメント、116…プラズマ電極、116a…貫通孔、118…セシウム供給源(促進物質供給部)、122…ガス供給源。
図1
図2
図3
図4
図5