(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6266971
(24)【登録日】2018年1月5日
(45)【発行日】2018年1月24日
(54)【発明の名称】汚染土壌又は汚染地下水の浄化方法
(51)【国際特許分類】
B09C 1/10 20060101AFI20180115BHJP
B09C 1/06 20060101ALI20180115BHJP
C02F 1/20 20060101ALI20180115BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20180115BHJP
E02D 3/10 20060101ALI20180115BHJP
【FI】
B09C1/10
B09C1/06
C02F1/20 A
C12N1/00 R
E02D3/10
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-257303(P2013-257303)
(22)【出願日】2013年12月12日
(65)【公開番号】特開2015-112556(P2015-112556A)
(43)【公開日】2015年6月22日
【審査請求日】2016年10月27日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第19回 地下水・土壌汚染とその防止対策に関する研究集会(平成25年6月14日) ウェブサイト 掲載アドレス http://www.shimadzu.co.jp/news/press/n00kbc0000003hl9.html http://www.shimadzu.co.jp/aboutus/company/soil/purification.html (平成25年10月9日掲載) 第16回 日本水環境学会シンポジウム(平成25年11月9日)
(73)【特許権者】
【識別番号】390023249
【氏名又は名称】国際航業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000785
【氏名又は名称】誠真IP特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 徹朗
(72)【発明者】
【氏名】瀬野 光太
(72)【発明者】
【氏名】三重野 俊彦
(72)【発明者】
【氏名】長曽 哲夫
【審査官】
大島 彰公
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−254992(JP,A)
【文献】
特開2002−301466(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2006/0110218(US,A1)
【文献】
特開平05−010083(JP,A)
【文献】
特開平07−265845(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B09C 1、
C02F 1、
C12N 1、
E02D 3
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機塩素化合物で汚染された土壌を浄化する土壌の浄化方法であって、
前記土壌を50〜70℃に加温して、前記土壌中に存在する微生物の共代謝を含む微生物分解により、前記土壌の難透水層に含まれる前記有機塩素化合物を該有機塩素化合物よりも塩素原子数が少なく沸点の低い低沸点有機塩素化合物への分解を促進するとともに、前記低沸点有機塩素化合物を気化させる加温工程と、
前記加温工程の後、前記土壌のうち前記難透水層の上方に位置する帯水層中の地下水を揚水して、前記加温工程において気化した後に地表に向かって上昇して前記地下水に溶け込んだ前記低沸点有機塩素化合物を回収する揚水工程と、
を備える土壌の浄化方法。
【請求項2】
前記加温工程において、前記土壌に通電することにより前記土壌を加温する請求項1に記載の土壌の浄化方法。
【請求項3】
前記加温工程では、前記土壌に電極を挿入することにより通電し、
前記電極の少なくとも一部は、前記難透水層の中に位置するように設けられる
請求項2に記載の土壌の浄化方法。
【請求項4】
前記揚水工程では、前記難透水層よりも上方に設けられた揚水装置を用いて前記帯水層中の地下水を揚水する
請求項1乃至3の何れか一項に記載の土壌の浄化方法。
【請求項5】
前記土壌中のガスを吸引して、前記加温工程において気化した前記低沸点有機塩素化合物を回収するガス吸引工程をさらに備える請求項1乃至4の何れか一項に記載の土壌の浄化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、有機塩素化合物で汚染された土壌又は地下水又はその両方を浄化する土壌又は地下水の浄化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
産業界において溶剤として広く用いられているテトラクロロエチレン(PCE)やトリクロロエチレン(TCE)等の塩素化エチレン類は、土壌及び地下水の汚染物質として知られる揮発性有機化合物(volatile organic compounds;VOC)の一種である。
【0003】
PCEやTCE等の汚染物質に汚染された土壌及び地下水の浄化方法としては、土壌中にガス態として含まれる汚染物質をガス吸引により回収したり(土壌ガス吸引法、
図10を参照)、地下水に溶出した汚染物質を揚水により回収する(地下水揚水法、
図11を参照)等、汚染物質そのものを物理的に回収する方法がある。また、別の方法としては、上記汚染物質を土壌及び地下水中に存在する微生物により無害な物質に分解する方法(バイオレメディエーション(微生物分解法)、
図12を参照)がある。
【0004】
土壌中の汚染物質そのものをガス吸引等により効率よく回収するための方法として、土壌を加温して汚染物質の気化を促進させる手法がある。
例えば特許文献1には、揮発性有機物質を含む土壌汚染物質で汚染された土壌を昇温させ、汚染土壌中の揮発性有機物質を気化させて汚染土壌から放出させることにより、揮発性有機物質を汚染土壌から分離させることで土壌を浄化することが記載されている。
【0005】
一方、土壌中に含まれるPCEやTCEを土壌中に存在する微生物により無害なエチレンにまで分解するためには、土壌中にDehalococcoides属細菌が存在している必要があるとされている。
例えば非特許文献1には、PCE及びTCEの脱塩素反応に寄与する嫌気性微生物としてDehalococcoides属細菌の他にもClostridium属細菌等が存在するが、これらのDehalococcoides属細菌以外の嫌気性微生物では、PCE及びTCEをcis−1,2−ジクロロエチレン(cis−DCE)までしか分解(脱塩素)できず、cis−DCEをさらに脱塩素して塩化ビニルモノマー(VCM)を経てエチレンまで分解可能な嫌気性微生物として確認されているのはDehalococcoides属細菌のみであることが記載されている。
また、非特許文献2には、上記Dehalococcoides属細菌がPCEやTCEをエチレンまで分解する活性は30℃付近で最大であり、30℃を超えると脱塩素活性が低下し、45℃程度で脱塩素活性が失われることが記載されている。
また、非特許文献3には、PCE及びTCEの脱塩素反応に寄与する上記Clostridium属細菌が、60℃〜70℃の温度域でも活性を有することが記載されている。
なお、
図10〜
図12に示す図は、非特許文献4及び5に基づいて作成した図である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−69391
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】片山新太著「有機塩素化合物の微生物分解」、地球環境Vol.15 No. 1、2010年発行、p.45-53
【非特許文献2】Kelly E. Fletcher他著「Effects of elevatedtemperature on Dehalococcoides dechlorination performance and DNA and RNAbiomarker abundance」Environ. Sci. Technol., Vol.45 No.2、2011年1月15日発行、p. 712-718
【非特許文献3】高木正道監修、平井輝生編「もう少し深く理解したい人のためのバイオテクノロジー」、地人書館、2007年4月発行、p.260-261
【非特許文献4】地盤環境技術研究会著「土壌汚染対策技術」、2003年9月発行、p.66、p.79
【非特許文献5】高木正道監修、平井輝生編「もう少し深く理解したい人のためのバイオテクノロジー」、地人書館、2007年4月発行、p.247
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
土壌加温による土壌浄化は、土壌温度を高くすればするほど、より高沸点の汚染物質も気化しやすくなるため効果的であると考えられる。例えば、VOCで汚染された土壌を浄化する場合、VOCの中でも主な汚染物質であるTCEの沸点は86.6℃であり、さらに高沸点のPCE(沸点:121.2℃)も混在しているため、少なくとも80℃程度に土壌を加温することが必要であると考えられる。しかしながら、土壌を80℃程度の高温に加温するためには、多くの加温井や大容量の電源装置、耐熱性の設備が必要となり浄化コストが高くなる。
一方、微生物分解による土壌及び地下水浄化は、大規模な装置の設置を必要としないため、低コストであり必要なエネルギーも小さいが、浄化に要する期間が長くなり、粘土層等に吸着した土壌に対しての効果は限定的であると考えられる。しかしながら、土壌加温により粘土層等の土壌粒子間に吸着したVOCの流動性が高まると微生物分解を受けやすくなるため、微生物分解による土壌浄化が促進する。
【0009】
このような実情に鑑み、本発明の少なくとも一実施形態は、有機塩素化合物により汚染された土壌又は地下水又はその両方を浄化する土壌又は地下水の浄化方法であって、コスト低下と効率化を両立し得る浄化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の少なくとも一実施形態に係る土壌又は地下水浄化方法は、土壌を50〜70℃に加温して、前記土壌中に存在する微生物の共代謝を含む微生物分解により、前記塩素化エチレン類(PCE又はTCE)を該有機塩素化合物よりも塩素原子数が少なく、沸点がTCEより低い塩素化エチレン類(例えば、沸点が60.1℃のcis-1,2ジクロロエチレン)に分解するとともに、前記有機塩素化合物を気化させる加温工程を備える。
【0011】
上述したように、専ら土壌加温により塩素化エチレン類を気化させることにより土壌又は地下水の浄化を行う場合、比較的高沸点のPCEやTCEの存在を考慮すると約80℃以上の温度が必要となる。一方、専ら微生物分解により土壌浄化を行う場合、上述したように、PCEやTCEをエチレンまで分解可能な微生物であるDehalococcoides属細菌の活性が30℃付近で最大となり、45℃程度で失われることを考慮すると、土壌温度は40℃程度よりも低い温度で行う必要があり、この温度帯では、土壌に吸着した塩素化エチレン類の流動性が大きくは高まらないため浄化に時間がかかる。このように、従来の知見によれば、PCEやTCEを土壌加温法により物理的に回収する場合には約80℃以上の高温域で、微生物分解法を促進する場合には約40℃以下の低温域にて、土壌の温度を管理すべきであると考えられていた。このような実情であるにも関わらず、本発明者らは、従来の知見に反して、浄化対象の土壌を50〜70℃に加温することで、PCEやTCEで汚染された土壌及び地下水を効率的に浄化できることを見出した。また、本発明者らによる鋭意検討の結果、従来の知見とは異なる上述の温度帯(50〜70℃)における土壌及び地下水の浄化メカニズムは次のように説明可能であることが分かった。
すなわち、塩素化エチレン類で汚染された土壌を50〜70℃に加温することでは、塩素化エチレン類のうち比較的沸点の高いPCE及びTCEについては、気化が不十分となり、ガス吸引でこれらの物質を十分に回収することができないと考えられる。また、微生物分解では、土壌を50〜70℃に加温すると、Clostridium属細菌等の嫌気性微生物の存在により、PCEやTCEを、塩素原子数がより少なく、沸点がより低いcis−DCEまでは分解は促進される一方で、Dehalococcoides属細菌の活性の喪失によりcis−DCEをエチレンまで分解できなくなると考えられる。しかしながら、土壌を50〜70℃に加温することで、土壌中に存在するVOC(PCE及びTCEを含む)の気化が促進される。また、土壌加温前に粘土層に吸着されており回収が困難であったVOC(PCE及びTCEを含む)も含めて、土壌中に存在するVOC(PCE及びTCEを含む)の流動性や地下水への溶出が加温により促進される。そして、VOC(PCE及びTCEを含む)と微生物との接触機会が増えるため微生物によるVOC(PCE及びTCEを含む)の分解が促進される。この際、土壌温度が50〜70℃であり、Dehalococcoides属細菌の活性は喪失されているので、PCEやTCEはVCMやエチレンまでは分解されず、Clostridium属細菌等の50〜70℃において活性を有する嫌気性微生物の共代謝によりcis−DCEまで分解される。cis−DCEの沸点は60.1℃であるので、土壌温度が50〜70℃であれば十分気化する。気化したVOCはガス吸引により回収する。このようにして、50〜70℃での土壌加温により土壌及び地下水浄化の促進が可能となる。
上記実施形態に係る土壌又は地下水の浄化方法は、本発明者らの上記知見に基づくものであり、PCEやTCE等の塩素化エチレン類で汚染された土壌を50〜70℃に加温することで、土壌中に存在する嫌気性微生物の共代謝を含む微生物分解により、該塩素化エチレン類よりも塩素原子数が少なく沸点の低いcis−DCE等の塩素化エチレン類への分解を促進し、分解生成物であるcis−DCE等の比較的沸点の低い塩素化エチレン類を効率的に気化させる。この方法では、土壌及び地下水汚染物質であるPCEやTCEを効果的にガス吸引により回収する場合の温度よりも低温の50〜70℃に土壌を加温すればよいので、より低コストで土壌浄化を行うことができる。また、土壌に吸着しているPCEやTCE等の土壌粒子間の移動性や地下水への溶出が促進するため、効率的に土壌浄化を行うことが可能となる。
【0012】
幾つかの実施形態では、前記加温工程において、前記土壌に通電することにより前記土壌を加温してもよい。
土壌を電気抵抗体としてこれに電圧をかけて通電することで、特に電気抵抗の低い粘土層等に優先的に電流が流れ加熱することができ、該部分に吸着したVOCの土壌浄化が可能となるため、粘土層やシルト層等の難透水層に有効な土壌浄化手法である。
【0013】
幾つかの実施形態では、前記土壌中のガスを吸引して、前記加温工程において気化した前記低沸点有機塩素化合物を回収するガス吸引工程をさらに備えてもよい。
加温工程で土壌を加温することにより、土壌中において有機塩素化合物の気化が促進されるとともに、土壌中に存在するガスが加圧される。したがって、上記実施形態のように加温工程において気化した有機塩素化合物をガス吸引することで、効率的に有機塩素化合物を回収できる。
【0014】
幾つかの実施形態では、前記加温工程の後、前記土壌中の地下水を揚水して、前記加温工程において、溶解又は、気化した後に前記地下水に溶け込んだ前記有機塩素化合物を回収する揚水工程をさらに備えてもよい。
通常、土壌に含まれる粘土層やシルト層等の難透水性の層では、地下水が透過しにくいため、難透水性の層に吸着した有機塩素化合物は地下水に溶出しにくい。そこで上記実施形態のように加温工程で土壌を加温することにより有機塩素化合物の流動性及び溶解度が上昇し、VOCの土壌間隙間の移動や地下水への溶出が促進される。また、加温工程で土壌を加温することにより気化した低沸点有機塩素化合物は、気化により比重が小さくなるため、地表へ向かって上昇しようとする。この際、気化した低沸点有機化合物の一部は、土壌中の地下水に溶解すると考えられる。したがって、上記実施形態のように地下水を揚水することで、加温工程において気化した後に地下水に溶け込んだ低沸点有機塩素化合物を効率的に回収できる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の少なくとも一実施形態によれば、有機塩素化合物により汚染された土壌又は地下水の浄化にあたり、コスト低下と効率化を両立し得る。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】一実施形態に係る土壌浄化方法を実施するための浄化装置の概要を示す図である。
【
図2】一実施形態に係る土壌浄化方法を実施するための浄化装置の概要を示す図である。
【
図3】一実施形態に係る土壌浄化方法における浄化対象の汚染サイトの地質構成の一例を示す図である。
【
図4】実施例において加温工程を行った時の土壌の温度変化を示すグラフである。
【
図5】実施例において土壌加温中の土壌ガス中のVOC濃度の測定結果を示すグラフである。
【
図6】実施例において土壌加温中の土壌ガス中のVOC濃度の測定結果を示すグラフである。
【
図7】実施例における土壌加温中の地下水中のVOC濃度の測定結果を示すグラフである。
【
図8】実施例における土壌加温中の地下水中のVOC濃度の測定結果を示すグラフである。
【
図9】実施例における土壌加温前及び土壌加温開始から6カ月後の土壌溶出量試験結果の比較を示す図である。
【
図10】従来技術である土壌ガス吸引法の処理の流れを示す図である。
【
図11】従来技術である地下水揚水法の処理の流れを示す図である。
【
図12】従来技術である微生物分解法の処理の流れを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、添付図面に従って本発明の実施形態について説明する。ただし、この実施形態に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対的配置等は、本発明の範囲をこれに限定する趣旨ではなく、単なる説明例にすぎない。
【0018】
まず、
図1〜
図3を用いて、一実施形態に係る土壌浄化方法について説明する。
図1及び
図2は、一実施形態に係る土壌浄化方法を実施するための浄化装置の概要を示す図であり、
図3は、一実施形態に係る土壌浄化方法における浄化対象の汚染サイトの地質構成の一例を示す図である。
【0019】
一実施形態に係る土壌浄化方法を実施するための浄化装置10は、土壌を加温するための複数の電極2と、電極2に電圧を印加するための電源装置3とを含む。
この浄化装置10を用いて一実施形態に係る加温工程を行うには、PCEやTCEを含む塩素化エチレン類で汚染された汚染サイトの土壌1の地盤に複数の電極2を挿入する。そして地盤に挿入した複数の電極2に電源装置10を用いて電圧を印加して、複数の電極2間に、土壌を抵抗体として電流を流す。このようにすることで、複数の電極2間の土壌においてジュール熱が発生し、土壌が加温される。ここで、複数の電極2に印加する電圧の大きさ(複数の電極2間に通電する電流の量)を調整することにより土壌温度が50〜70℃となるように制御する。このような浄化装置10を用いれば、電極2を土壌に挿入してその場で土壌加温することができ、原位置での土壌浄化が可能である。このため、土壌を掘削したり移送したり必要がなく、土壌の掘削や移送にコストをかけることなく土壌を浄化することができる。
土壌を所定の温度に加温するために必要な電源装置3及び電極2の種類や数は、適用する汚染サイトの規模(面積及び深さ)やVOCによる汚染度合いにもよるが、幾つかの実施形態では、複数の電極2の配置としては、
図2に示すように、複数の電極2のそれぞれが、一辺が約3.5mの三角形の頂点を構成するように配置する。
【0020】
ところで、
図3は、一実施形態に係る汚染サイトの土壌1の地質構成の一例である。
この汚染サイトの土壌1の地質は、深度の浅いほうから順に、埋土からなる不飽和帯、細砂〜中砂からなる飽和帯(帯水層)、シルトからなる難透水層、を含む。飽和帯(帯水層)とは、地下水で満たされている層であり、不飽和帯は地下水では満たされていない層である。不飽和帯には土壌中のガスも存在する。シルトは砂よりも径が細かく、難透水層を形成する。難透水層は地下水が入り込みにくく、難透水層を形成するシルトに吸着した塩素化エチレン類の流動性は低くは地下水に溶出し難い。一方、電気抵抗は相対的に小さいため、電気が流れやすい。
【0021】
一実施形態に係る加温工程において土壌を加温すると、土壌に吸着している塩素化エチレン類の気化が促進され、また地下水に溶け込んでいる塩素化エチレン類についても揮散が促進される。このとき、比較的沸点の低い塩素化エチレンであるcis−DCEやVCMが気化するのみならず、より高沸点のPCEやTCEも含めた塩素化エチレン類についても気化が促進する。そこで、幾つかの実施形態では、加温工程の後、加温工程において気化したcis−DCEやVCMを含むVOCをガス吸引により物理的に回収するガス吸引工程を行ってもよい。また、幾つかの実施形態に係る浄化装置10は、VOCを含む土壌中のガスを吸引してVOCを回収するように構成されたガス吸引装置4を備えていてもよい。
また、加温工程において気化したVOCは地下水よりも比重が小さいため、地下水が豊富に存在する飽和帯よりも深度が浅く、地表に近い不飽和帯に出てくる。また、地下水の温度上昇に伴いヘンリー定数も大きくなり、地下水から不飽和帯へのVOCの揮散もさかんとなる。そこで、幾つかの実施形態では、ガス吸引工程において、不飽和帯からVOCを含むガスを吸引してVOCを回収してもよい。また、幾つかの実施形態に係る浄化装置10は、不飽和帯からVOCを含むガスを吸引してVOCを回収するようにガス吸引井4を構成してもよい。なお、ガス吸引井4は、ガスを吸引するためのポンプ5を備えていてもよい。
【0022】
一方、一実施形態に係る加温工程で土壌を加温することにより気化したcis−DCEやVCM等のVOCは、気化により比重が小さくなるため、地表へ向かって上昇しようとする。この際、気化したVOCの一部は、帯水層の地下水に溶解すると考えられる。また、一実施形態に係る加温工程において土壌を加温すると、地下水の温度が上昇しVOCの溶解度も上昇するため、難透水層などに吸着したVOCの地下水への溶出が促進される。そこで、幾つかの実施形態では、加温工程の後、地下水に溶け込んだcis−DCEやVCMを含むVOCを回収する揚水工程をさらに備えてもよい。また、幾つかの実施形態に係る浄化装置10は、VOCを含む地下水を揚水してVOCを回収するように構成された揚水装置6を備えていてもよい。
なお、揚水装置6は、地下水を揚水するためのポンプ7を備えていてもよい。
【0023】
幾つかの実施形態では、上述のようにガス吸引や揚水により回収したVOCに対し、処理を施してもよい。VOC処理処理の方法としては、気化したVOCを活性炭に吸着させて捕集する方法や、VOCを含む水を曝気処理して除去する方法が挙げられる。なお、加温により水温が高くなっているため爆気処理による除去は効率的である。
【実施例】
【0024】
実施例として、一実施形態に係る土壌浄化方法を実施して、その土壌浄化の効果を確認した。
図2に示すように、塩素化エチレン類で汚染された土壌の6か所に電極井12を設けた。各電極井は、それぞれが一辺3.5mの三角形の頂点となるように配置し各電源装置を接続し、三相交流110Vの電圧を印加して通電することで、各電極井間の土壌を加温した。このようにして土壌を加温したときの土壌の温度変化の様子を
図4に示す。
土壌温度は、6本の電極で囲まれる加温領域の中央部に設けた温度観測井14において熱電対を用いて測定した。土壌ガス中のVOC濃度は、複数の電極井12のうちの一つにおいて分析用のガスを採取し、PCEやTCE等の各成分の濃度を測定した。このときの測定結果を
図5及び
図6に示す。
地下水は、土壌の加温領域の中央部に設けた地下水観測井16において地下水を採取して地下水に含まれるPCEやTCE等の各成分の濃度を測定した。地下水観測井16において、GL−2.0〜−9.5mの深度に設けたスクリーンにより、地下水を地下観測井16の内部に取り込むことで地下水を採取した。このときの測定結果を
図7及び
図8に示す。
【0025】
図4に示すように、GL−7.0m付近では、加温開始時に約20℃であり、加温開始後約40日後に40℃、加温開始後約70日後に60℃となった。その後、加温開始後約140日後付近まで、GL−7.0mでの土壌温度は60℃で保たれた。以降、本明細書において、特に断りがなければ、「土壌温度」は「GL−7.0mでの土壌温度」のことをいうこととする。
【0026】
(土壌ガス中のVOC濃度)
図5及び
図6は、土壌加温中の土壌ガス中のVOC濃度の測定結果を、各成分の組成比(%)で表したものである。
図5からわかるように、沸点が60℃よりも低い1,1−ジクロロエチレン(1,1−DCE)、VCM及びエチレンの濃度(組成比)は、土壌温度約45℃までの加温の途中でピークを経て減少傾向となった。このことから、これらの成分については、40℃の加温でも気化により十分に回収が可能であることが示唆される。
一方、沸点が60.1℃であるcis−DCEの濃度(組成比)は、土壌加温開始から徐々に増加し、一端土壌温度40℃付近で組成比30%とピークとなるが、その後加温を続けると、60℃付近で80%程度と大幅に組成比が上昇する。したがって、cis−DCEは土壌温度40℃では気化による回収は十分に行うことができず、cis−DCEを気化により十分に回収するためには、少なくとも60℃前後の温度が必要であることが確認された。
また、
図6に示されるように、主な汚染物質であるTCE(沸点:86.6℃)及びPCE(沸点:121.2℃)の濃度(組成比)については、土壌加温開始時にそれぞれ約0.02%、約0.08%であったのが、土壌温度60℃付近ではそれぞれ約0.2%、0.03%となった。このことから、TCE及びPCEについては、土壌温度を60℃に加温するまでに僅かな増加又はほとんど増加は見られず、60℃ではこれらの物質を気化により十分に回収することはできないことが確認された。
【0027】
(地下水中のVOC濃度)
図7は、土壌加温中の地下水中のVOC濃度の測定結果を、各成分ごとに表したものであり、
図8は土壌加温中の地下水中のVOC濃度の測定結果を、各成分ごとに、深度別に表したものである。なお、
図8(a)は土壌加温開始前の測定結果を示すグラフであり、
図8(b)は土壌加温開始67日後(土壌温度:約60℃)の測定結果を示すグラフである。
図7に示されるように、土壌加温開始時の地下水中のPCE、TCE及びcis−DCEの濃度は、それぞれN/D(検出限界未満)、N/D、約0.8mg/Lであり、地下水中においてPCE及びTCEの存在はほとんど確認できなかった。一方、土壌温度が40℃付近(加温開始後40日付近)になるとTCE及びPCEが検出され始め、その後土壌温度の上昇に伴って漸増した。
また、
図8(a)及び
図8(b)に示されるように、加温開始時に比べて、加温開始67日後(土壌温度:約60℃)では、PCE、TCE、cis−DCEの全ての成分について濃度(mg/L)が上昇している。これらのことから、土壌加温により、土壌中に吸着しているPCEやTCEの土壌間隙間での流動性が高まり地下水への溶出が促進したことが確認された。
このため、土壌から地下水へのPCE及びTCEの溶出の促進により、微生物分解に促進される環境になることが確認された。また、共代謝による脱塩素反応に寄与するClostiridium属細菌は60〜70℃でも活性を有するため、土壌を60℃付近に加温により溶解したPCEおよびTCEの微生物分解が効果的に進むと考えられる。これは、加温後に微生物分解性生物であるcis−DCEの濃度が上昇したことにも裏付けられる。
なお、土壌加温開始時に地下水中のPCE及びTCEの濃度がほぼ検出できなかったのは、本実施例における試験対象の土壌が、過去に酸化剤による酸化分解や、嫌気微生物によるバイオ浄化等の浄化対策を試みられたものであり、地下水に含まれるPCE及びTCEについてはこの際にほとんど除去されていることに起因するものと推察される。
【0028】
図9は、土壌加温前及び土壌加温開始から6カ月後の土壌溶出量試験結果の比較を示す図である。該試験においては、加温領域の中央部に設けられた地下水観測井16近傍においてボーリングにより深度別に土壌試料を採取し、土壌に含まれるVOC濃度の測定をした。
難透水性のシルト層において、たとえばGL−5.0m付近において、土壌加温前には約1mg/Lと多量に検出されていたcis−DCEの濃度が、6カ月後には約0.002mg/Lと大幅に低下した。また、TCEについては、土壌加温前には0.003mg/L程度検出されていたのに対し、加温開始後6カ月後には0.001mg/L以下に低下した。このことから、土壌を60℃程度に加温することにより地下水中のVOC濃度は大幅に低下することが確認された。すなわち、60℃程度に土壌を加温することよる浄化の効果が確認された。
【符号の説明】
【0029】
1 土壌
2 電極
3 電源装置
4 ガス吸引装置
5 ポンプ
6 揚水装置
7 ポンプ
10 浄化装置
12 電極井
14 温度観測井
16 地下水観測井