(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6267500
(24)【登録日】2018年1月5日
(45)【発行日】2018年1月24日
(54)【発明の名称】ホップ香気を強調し、かつ渋味を低減した発酵麦芽飲料およびその製法
(51)【国際特許分類】
C12C 3/00 20060101AFI20180115BHJP
【FI】
C12C3/00
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-251207(P2013-251207)
(22)【出願日】2013年12月4日
(65)【公開番号】特開2015-107078(P2015-107078A)
(43)【公開日】2015年6月11日
【審査請求日】2016年10月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】311002447
【氏名又は名称】キリン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091982
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 浩之
(74)【代理人】
【識別番号】100091487
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 行孝
(74)【代理人】
【識別番号】100082991
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 泰和
(74)【代理人】
【識別番号】100105153
【弁理士】
【氏名又は名称】朝倉 悟
(74)【代理人】
【識別番号】100117787
【弁理士】
【氏名又は名称】勝沼 宏仁
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【弁理士】
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100126099
【弁理士】
【氏名又は名称】反町 洋
(72)【発明者】
【氏名】村 上 敦 司
(72)【発明者】
【氏名】川 崎 由美子
(72)【発明者】
【氏名】野 呂 葉 子
【審査官】
北田 祐介
(56)【参考文献】
【文献】
特開2013−132275(JP,A)
【文献】
特開2013−132274(JP,A)
【文献】
特開2013−132272(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12C 3/00−3/12
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
MEDLINE/CAplus/FSTA/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料としてホップを用いて発酵麦芽飲料を製造する方法であって、
前記ホップが、酵母の存在下において予め加熱処理に供されたものであり、
前記ホップが、前記方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後に、その原料混合物に添加される、方法。
【請求項2】
前記酵母が、食用乾燥酵母またはビール回収酵母である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記加熱処理が、40〜75℃の温度で行われる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記加熱処理が、1〜60分間行われる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記加熱処理が、温度管理された水浴中で行われるものである、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
麦汁煮沸工程、麦汁静置工程、麦汁冷却工程および発酵工程を含んでなり、ホップが麦汁冷却工程の後に添加される、請求項1〜5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
ホップが、麦汁冷却工程の後、かつ、発酵工程の直前に添加される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
ホップが、ブラボー種、マンダリアバーバリア種、ヒュールメロン種、ハラタウブラン種、シトラ種およびギャラクシー種からなる群から選択される1種以上のものである、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホップ香気を有する発酵麦芽飲料およびその製法に関する。
【背景技術】
【0002】
ホップはビールに爽快な苦味と香りを付与する。ホップに由来する香りはビールのキャラクター形成に大きな影響を与えている。香気特徴を表現する言葉として、フローラル、スパイシー、シトラス、フルーティー、ホッピー、スパイシー、マスカット等が一般的に用いられている(非特許文献1〜5)。
【0003】
ホップの使用方法によってホップ香気の強弱を制御することができる。通常ホップは、煮沸中の麦汁に添加するが、よりホップ香気を強調するために、煮沸終了直前、あるいはワーループールタンク静置中に添加し、できるだけ熱を加えないことで実現できる。以上の仕込み工程中でのホップ使用は、「ケトルホッピング」とも言われている。
【0004】
さらにホップ香気を強調した場合は、「ドライホッピング」と言われる発酵中の低温の若ビールにホップを添加する方法もある(非特許文献6)。このドライホッピングしたビールは、ホップの香味を極端に強調できる一方で、ケトルホッピングしたビールに比べ香味は、刺激感が強くかつ粗い官能評価上の印象を与える。
【0005】
「ドライホッピング」によるホップ香気の強調、ならびに荒々しさの少ない「ケトルホッピング」の長所を合わせ持つ発酵麦芽飲料の製法として、添加前のホップを65℃以上90℃未満の温度で1分間以上60分間未満という条件下で予め加熱処理し、得られたホップを、前記方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後に原料混合物に添加する方法が開発されている(特許文献1〜3)。しかしながら、この方法では、用いるホップの品種によっては、ビール中の苦味成分であるイソα酸が高濃度で含まれていないにもかかわらず、得られる飲料が渋味を呈し、嗜好性を著しく損じることがある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】T. Kishimoto et al., J. Agric. Food Chem., 54, 8855-8861, 2006
【非特許文献2】G. T. Eyres et al., J. Agric. Food Chem., 55, 6252-6261, 2007
【非特許文献3】V. E. Peacock, et al., J. Agric. Food Chem., 28, 774-777, 1980
【非特許文献4】K. C. Lam et al., J. Agric. Food Chem, 34, 763-770, 1986
【非特許文献5】V. E. Peacock et al., J. Agric. Food Chem., 29, 1265-1269, 1981
【非特許文献6】「醸造物の成分」(財団法人日本醸造協会:平成11年12月10日発行)、p.259〜261
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2013−132272号公報
【特許文献2】特開2013−132274号公報
【特許文献3】特開2013−132275号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、ホップ香気が強調され、かつ渋味が低減された発酵麦芽飲料、およびその製法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、ホップを酵母の存在下において加熱処理した後、得られるホップを冷却後の原料混合物に添加することにより、ホップ香気が強調され、かつ渋味が低減された発酵麦芽飲料が得られることを見出した。本発明はこの知見に基づくものである。
【0010】
すなわち、本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)原料としてホップを用いて発酵麦芽飲料を製造する方法であって、
前記ホップが、酵母の存在下において予め加熱処理に供されたものであり、
前記ホップが、前記方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後に、その原料混合物に添加される、方法。
(2)前記酵母が、食用乾燥酵母またはビール回収酵母である、前記(1)の方法。
(3)前記加熱処理が、40〜75℃の温度で行われる、前記(1)または(2)の方法。
(4)前記加熱処理が、1〜60分間行われる、前記(1)〜(3)のいずれかの方法。
(5)前記加熱処理が、温度管理された水浴中で行われるものである、前記(1)〜(4)のいずれかの方法。
(6)麦汁煮沸工程、麦汁静置工程、麦汁冷却工程および発酵工程を含んでなり、ホップが麦汁冷却工程の後に添加される、前記(1)〜(5)のいずれかの方法。
(7)ホップが、麦汁冷却工程の後、かつ、発酵工程の直前に添加される、前記(6)の方法。
(8)ホップが、ブラボー種、マンダリアバーバリア種、ヒュールメロン種、ハラタウブラン種、シトラ種およびギャラクシー種からなる群から選択される1種以上のものである、前記(1)〜(7)のいずれかの方法。
(9)前記(1)〜(8)のいずれかの方法によって製造される、発酵麦芽飲料。
(10)リナロールの濃度が70ppb以上である、前記(9)の発酵麦芽飲料。
(11)下記の表1:
【表1】
に示す条件下での逆相クロマトグラフィーにおいて保持時間24〜26分に検出される全てのピーク(該逆相クロマトグラフィーは、前記発酵麦芽飲料10mlに1mlの3N塩酸を加え、そこに20mlのイソオクタンを加えて振とうした後に得られるイソオクタン有機溶媒層から10mlを採取し、その溶媒を蒸発させた後に残る固体に、内部標準物質としてβフェニルカルコン12mgを加えたリン酸メタノール溶液(リン酸:メタノール=40ml:400ml)を1ml加え、溶解したものを分析用試料とするものである)を、渋味指標成分としたときに、前記逆相クロマトグラフィーにおける前記渋味指標成分のピーク面積が、内部標準物質であるβフェニルカルコンのピーク面積の0.041倍以下である、前記(9)または(10)の発酵麦芽飲料。
【0011】
本発明によれば、ホップ香気が強調され、かつ渋味が低減された発酵麦芽飲料が提供される。この発酵麦芽飲料は、「ドライホッピング」製法および「ケトルホッピング」製法の短所が解消され、それぞれの長所を合わせ持つだけでなく、渋味が低減された発酵麦芽飲料である。
【0012】
本発明による方法は、原料としてホップを用いて発酵麦芽飲料を製造する方法であり、該方法では、原料として添加するホップが酵母の存在下において予め加熱処理されたものであり、かつ、ホップの添加が、ホップに余分な熱が加わらないよう、加熱操作を伴う工程が全て終了した後に行われる。
【0013】
本発明において「発酵麦芽飲料」とは、炭素源、窒素源および水などを原料として酵母により発酵させた飲料であって、原料として少なくとも麦芽を使用した飲料を意味する。
このような発酵麦芽飲料としては、ビール、発泡酒、リキュール(例えば、酒税法上、「リキュール(発泡性)(1)」に分類される飲料)などが挙げられる。本発明による発酵麦芽飲料は、好ましくは、原料として少なくとも水、ホップ、および麦芽を使用した発酵麦芽飲料とされる。
【0014】
ホップの加熱処理に用いられる酵母は、食品としての安全性が確認されている酵母であればよく、例えば、サッカロミセス・セレビシエ(
Saccharomyces cerevisiae)、サッカロミセス・カールスベルゲンシス(
Saccharomyces carlsbergensis)、サッカロミセス・ジアスタティクス(
Saccharomyces diastaticus)、ブレタノミセス・インテルメジウス(
Brettanomyces intermedius)などの酵母であってよい。また、ホップ加熱処理用酵母としては、食用乾燥酵母やビール回収酵母なども好適に用いられる。ホップ加熱処理用酵母は、発酵麦芽飲料の製造における発酵工程で用いられる酵母と同じものであってもよく、あるいは、異なるものであってもよい。
【0015】
ホップ加熱処理用酵母の添加量は特に制限されるものではないが、例えば、ホップの重量に対して1〜100質量%、好ましくは10〜50質量%、より好ましくは25〜40質量%とすることができる。
【0016】
ホップの加熱処理は、酵母の存在下において適切な条件下で行われる。その具体的な条件は特に制限されるものではないが、例えば、40〜90℃の温度で1〜60分間とすることができる。
【0017】
本発明の好ましい実施態様によれば、ホップの加熱処理の条件として、温度は40〜75℃とされ、より好ましくは50〜70℃とされる。また、処理時間は、好ましくは1〜60分間とされ、より好ましくは10〜30分間とされる。
【0018】
本発明の一つの実施態様によれば、上述の酵母の存在下におけるホップの加熱処理は、互いに条件の異なる第一の加熱処理と第二の加熱処理に分けて行われる。例えば、最初に行う第一の加熱処理は、65〜75℃の温度で1〜20分間という条件下で行い、次に行う第二の加熱処理は、40〜55℃の温度で10〜30分間という条件下で行うことができる。
【0019】
ホップの加熱処理は、温度管理された水浴中で行なうことができる。例えば、ホップの加熱処理は、ホップおよび酵母の混合物に十分な量(例えば、ホップの重量に対して約20倍の重量)の水を加え、この水の温度を、上記の温度に上記の時間保持し、その後、直ちに室温(例えば約15〜25℃)まで冷却し、そのまま保存することにより行うことができる。また、上述の第一の加熱処理と第二の加熱処理を続けて行う場合には、ホップおよび酵母の混合物に十分な量の水を加え、この水の温度を、第一の加熱処理のための温度に調整して上記の時間保持し、その後、第二の加熱処理のための温度まで冷却してそのまま上記の時間保持し、その後、直ちに室温(例えば約15〜25℃)まで冷却し、そのまま保存することにより行うことができる。さらに、ホップの加熱処理は、水中のホップおよび酵母の混合物を攪拌しながら行うことが望ましい。このような攪拌は、公知の攪拌装置を用いることにより、当業者であれば適切に行うことができる。
【0020】
本発明に用いられるホップ(Humulus lupulus L.)は、クワ科に属する多年生植物である。ホップの種類は多く、例えば、ブラボー、マンダリアバーバリア、ヒュールメロン、ハラタウブラン、シトラ、ギャラクシー、ブリオン(Bullion)、ブリューワーズゴールド(Brewers Gold)、カスケード(Cascade)、チヌーク(Chinook)、クラスター(Cluster)、イーストケントゴールディング(East Kent Golding)、ファグルス(Fuggles)、ハレトウ(Hallertau)、マウントフッド(Mount Hood)、ノーザンブリューワー(Northan Brewer)、ペーレ(Perle)、ザーツ(Saaz)、スティリアン(Styrian)、テットナンガー(Tettnanger)、ウィラメット(Willamette)、ヘルスブルッカー(Hersbrucker)等が挙げられる。
【0021】
本発明に用いられるホップとしては、上記のいずれの品種も好ましく用いることができる。また、これらのホップ品種は、2種以上を混合して用いてもよい。特に、本発明による渋味低減効果は、渋味を呈しやすいホップ品種を用いる場合に有利である。従って、本発明の好ましい実施態様によれば、ホップは、ブラボー種、マンダリアバーバリア種、ヒュールメロン種、ハラタウブラン種、シトラ種またはギャラクシー種のものとされ、さらに好ましくは、ブラボー種、マンダリアバーバリア種、ハラタウブラン種、シトラ種またはギャラクシー種のものとされる。
【0022】
本発明に用いられるホップとしては、ホップの毬花(雌花)、毬果(未受精の雌花が成熟したもの)、葉、茎および苞等の各部位(好ましくはルプリンを含む毬花)を、そのまま、または圧縮若しくは粉砕した後に、使用することができる。
【0023】
本発明による方法では、上述の酵母の存在下における加熱処理を経たホップは、該方法に含まれる加熱操作を伴う全ての工程が終了し、加熱された原料混合物が冷却された後に、その原料混合物に添加される。これにより、ホップに余分な熱が加わることを回避できる。ここで用いる「加熱操作」との用語は、自然な温度変化ではなく、加熱することを目的とした人為的な操作を意味するものであり、例えば、発酵工程における酵母の生理作用による発熱などは含まない。よって、例えば、上記の加熱操作を伴う工程には、麦汁煮沸工程は含まれるが、発酵工程は含まれない。また、「加熱された原料混合物が冷却された後」とは、加熱された原料混合物(例えば麦汁)が、放置されるか、あるいは積極的な冷却手段に供され、酵母による発酵工程の温度またはそれ以下の温度まで冷却された後を意味する。
【0024】
本発明の好ましい実施態様によれば、本発明による方法は、麦汁煮沸工程、麦汁静置工程、麦汁冷却工程および発酵工程を含んでなる。これらの工程は、通常の発酵麦芽飲料の製造において典型的に用いられる工程である。この実施態様では、予め加熱処理されたホップは、麦汁冷却工程の後に添加されることが好ましく、さらに好ましくは、麦汁冷却工程の後、かつ、発酵工程の直前に添加され、さらに好ましくは原料混合物(発酵前液)への酵母添加の直前またはこれと同時に添加される。
【0025】
ホップの添加量は、通常の発酵麦芽飲料の製造に用いられる量であればよく、特に制限されない。また、ホップは、上述の加熱処理によりその密度が変化するが、この密度の変化を考慮してホップの添加量を決定することが望ましい。本発明の好ましい実施態様によれば、ホップの添加量は、発酵工程における発酵前液の容量に対して、加熱処理前のホップの重量として1〜4g/Lとなるように調整される。
【0026】
本発明の一つの実施態様によれば、本発明による方法は、少なくとも水、麦芽、およびホップを含んでなる発酵前液を発酵させることにより実施することができる。すなわち、麦芽等の醸造原料から調製された麦汁(発酵前液)に発酵用ビール酵母を添加して発酵を行い、所望により発酵液を低温にて貯蔵した後、ろ過工程により酵母を除去することにより、発酵麦芽飲料を製造することができる。ここで、ホップは、上述の酵母の存在下における加熱処理を経たもののみを使用し、上述した通りの時期および量で添加することが好ましい。
【0027】
本発明による発酵麦芽飲料の製造方法では、ホップ、麦芽以外に、米、とうもろこし、こうりゃん、馬鈴薯、でんぷん、糖類(例えば、液糖)等の酒税法で定める副原料や、タンパク質分解物、酵母エキス等の窒素源、香料、色素、起泡・泡持ち向上剤、水質調整剤、発酵助成剤等のその他の添加物を醸造原料として使用することができる。また、未発芽の麦類(例えば、未発芽大麦(エキス化したものを含む)、未発芽小麦(エキス化したものを含む))を醸造原料として使用してもよい。得られた発酵麦芽飲料は、(i)減圧若しくは常圧で蒸留してアルコールおよび低沸点成分を除去するか、あるいは(ii)逆浸透(RO)膜にてアルコールおよび低分子成分を除去することによって、非アルコール発酵麦芽飲料とすることもできる。
【0028】
本発明の方法によって得られる発酵麦芽飲料は、ホップ香気が強調され、かつ渋味が低減されたものである。そして、後述の実施例において、この発酵麦芽飲料について、香気成分であるリナロール(Linalool)の定量および渋味指標成分の定量がなされ、これら成分の好適な濃度が見出されている。従って、本発明のさらなる態様によれば、リナロール(Linalool)および渋味指標成分を所定の含有量で含有する発酵麦芽飲料が提供される。
【0029】
本明細書において「渋味指標成分」とは、後述の実施例に記載する逆相クロマトグラフィーにおいて、375nmの検出波長により保持時間24〜26分に検出される全てのピークを意味する。よって、渋味指標成分のピーク面積は、これらのピークの面積の総和である。
【0030】
一つの実施態様では、本発明による発酵麦芽飲料におけるリナロールの濃度は70ppb以上とされる。リナロール濃度の上昇に伴って好ましいホップの香気が強くなるため、リナロール濃度の上限は特に限定されない。本発明の好ましい実施態様によれば、リナロール濃度の上限は700ppbとされ、より好ましくは600ppbとされる。本明細書に用いられる「ppb」は、質量/容量(w/v)の濃度を表す。
【0031】
一つの実施態様では、本発明による発酵麦芽飲料において、前記逆相クロマトグラフィーにおける前記渋味指標成分のピーク面積が、内部標準物質であるβフェニルカルコンのピーク面積の0.041倍以下とされる。渋味指標成分濃度の下降に伴って望ましくない渋味が弱くなるため、渋味指標成分濃度の下限は特に限定されず、0であってもよい。よって、好ましい実施態様によれば、本発明による発酵麦芽飲料は、渋味指標成分を含まないものとされる。
【0032】
本発明による発酵麦芽飲料中のリナロールの含有量は、質量分析計付きガスクロマトグラフィー(GC/MS)により測定することができる。このGC/MS分析は、後述の実施例に記載の手順によって行うことができる。
【0033】
本発明による発酵麦芽飲料中の渋味指標成分の含有量は、後述の実施例に記載する逆相クロマトグラフィーによって測定することができる。
【実施例】
【0034】
以下の例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0035】
実施例1:ビール製造におけるホップの処理条件の検討
本実施例では、ホップに酵母を添加して加熱処理を加え、得られたホップを用いて製造したビールについて官能評価を行い、ホップの適切な前処理条件を検討した。
【0036】
(1)各種試飲サンプルの調製
仕込時の麦芽使用比率を67%とし、副原料(米、コーングリッツおよびコーンスターチ)を使用比率33%として調製した麦汁糖度12〜14度の仕込麦汁を調製した。電気ヒーターを用いて一定強度で60分間煮沸を行ったところ、蒸発率は10%であった。その後、麦汁を90℃で60分間静置させた。濾紙により濾過を行った後に、氷水中で麦汁を冷却した。その後、得られた発酵前液にビール酵母を添加して1週間主発酵を行い、その後さらに4日間後発酵を行うことにより、試飲サンプルを得た。
【0037】
ホップは、次のように前処理し、上記発酵前液に添加した。ホップの品種は、アメリカ産ブラボー種(Steiner社より購入)を使用した。ホップは、20倍量の蒸留水中に添加した後、そこに食用乾燥酵母またはビール回収酵母を添加し、65℃で10分間、恒温水槽で処理し、直ちに氷水中で50℃まで冷却した。その後、50℃で20分間保持した後、15℃まで冷却した。ホップの添加時期は、酵母添加の直前とした。また、ブラボー種以外のホップ品種として、マンダリアバーバリア種(HVG社製)、ヒュールメロン種(HVG社製)、ハラタウブラン種(HVG社製)、アメリカ産のシトラ種(Barthグループ社製)、オーストラリア産ギャラクシー種(Barthグループ社製)を用いた。得られたホップは、2〜4g/Lの濃度となるように添加した。
【0038】
食用乾燥酵母(以下、単に「乾燥酵母」という)としては、キリン協和フーズ株式会社製の乾燥酵母を用いた。使用量は、ホップ3gに対して1gとした。
【0039】
ビール回収酵母(以下、単に「回収酵母」という)としては、通常のビール製造で得られる主発酵タンクまたは貯蔵タンクから回収した酵母を使用した。タンクから回収した酵母は、100倍量の65℃の水で10分間洗浄し、室温まで冷却した後に回収された沈殿を回収酵母として用いた。使用量は、ホップ3gに対して1gとした。
【0040】
さらに、対照サンプルとして、乾燥酵母または回収酵母で処理せずにホップのみを加えたものを作製した。つまり、ホップ3gに水60mlを加え、65℃で10分間処理した後、直ちに氷水中で50℃まで冷却した後に50℃で20分間保持し、15℃まで冷却した後に、酵母添加前の原料液に添加し、対照サンプルを作製した。
【0041】
(2)各種試飲サンプルの官能評価
添加するホップの添加前の処理の効果を調べるために、得られた試飲サンプルを対象として3名のパネルによる官能評価を行った。
【0042】
(3)試飲用サンプルの質量分析計付きガスクロマトグラフィー(GC/MS)によるホップ香気成分の分析による指標成分濃度の算出
サンプル中の香気成分をC18固相カラムで抽出し、ジクロロメタン溶出画分をGC/MSに供した。定量は内部標準法を用いた。内部標準物質にはボルネオール(Borneol)を用い、試料中25ppbになるよう添加した。定量値は、ppbを単位とする濃度として算出した。GC/MSにおけるホップ香気成分の分析条件は以下のとおりである。
【0043】
【表2】
【0044】
(4)試飲用サンプルの高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による渋味指標成分内標比の算出
HPLC分析のための試料を調製するため、試飲サンプル10mlに1mlの3N塩酸を加えた後、20mlのイソオクタンを加え、振とうした後に静置した。得られた溶液は、水溶層とイソオクタンから成る有機溶媒層の2層に分離し、イソオクタン有機溶媒層から10mlを採取した。採取した有機溶媒層の液体を、窒素ガス噴霧下で完全に乾燥させて固化した。これに、内部標準物質として、βフェニルカルコン12mgを加えたリン酸メタノール溶液(リン酸:メタノール=40ml:400ml)を1ml加え、溶解したものをHPLC分析用試料とした。HPLCの分析条件は、以下の通りである。
【0045】
【表3】
【0046】
カラムは、HPLC用逆相カラム(Nucleosil 100-5, C18;4.0×250mm;Agilent Technologies社製)とした。上記の条件下において保持時間24〜26分で溶出され、かつ、375nmに吸収を示す渋味指標成分を、375nmの吸光度によって定量した。渋味指標成分の定量値は、そのピーク面積の総和を、内部標準物質βフェニルカルコンのピーク面積でそれぞれ除した値として求めた。
【0047】
(5)官能評価および成分分析の結果
試飲サンプルの官能評価および成分分析の結果を表4に示す。表4に示される各処理区では、酵母の存在下でのホップの前処理は、攪拌しながら行った。
【表4】
【0048】
表4に示されるように、いずれのホップ品種の官能評価においても、対照サンプルは強い渋味を呈したのに対し、乾燥酵母処理区および回収酵母処理区のサンプルでは、渋味の大幅な低減が見られた。一方で、これら酵母処理区のサンプルは、全てのホップ品種において、対照サンプルと同様に強いホップ香気を維持していた。
【0049】
酵母処理区のサンプルの渋味指標成分の値は、全てのホップ品種において対照よりも低かった。例えば、ブラボー種では、対照が0.076であるのに対し、乾燥酵母処理区では0.012、回収酵母処理区では0.014であった。他の品種でも同様の差が見られた。また、各対照サンプルの渋味指標成分の値を100%としたときの酵母処理区の相対値は、10〜30%であった。この結果は、上記の官能評価結果と一致するものであった。一方で、香気指標成分のリナロール(Linalool)の濃度は、対照サンプルと酵母処理区のサンプルとの間でほとんど差は無く、酵母処理区のサンプルにおいて十分に強い香気強度が維持されていることが確認された。この結果も、上記の官能評価結果と一致するものであった。
【0050】
(6)処理温度の違いによる効果の確認
酵母の存在下でのホップの加熱処理の際の温度と渋味低減効果との関連を調べた。表5に、3gのブラボー種ホップおよび乾燥酵母を使用した試験の詳細と結果を示した。
【0051】
【表5】
【0052】
試験区Aでは40℃で30分間、試験区Bでは50℃で30分間処理した。試験区Cでは、表4の条件と同様、65℃で10分間処理した後、直ちに氷水中で50℃まで冷却し、その後、50℃で20分間保持した。試験区Dでは、75℃で10分間処理した後、直ちに氷水中で50℃まで冷却し、その後、50℃で20分間保持した。これらの試験区では、ホップに酵母を添加した後、攪拌せずに静置した。
【0053】
その結果、いずれの試験区でも渋味が低減されており、渋味指標成分も0.03〜0.04と低い値を示した。香気指標成分のリナロール(Linalool)は、いずれの試験区でも70ppb以上の十分に強い香気強度が維持されていることを確認した。