(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
基材の表面に形成された、第4族、第5族、第6族、Al、Siからなる群から選択される1種以上の元素の窒化物、炭窒化物、または炭化物からなる厚さ1μm以上の中間層の上に、形成されることを特徴とする請求項1ないし請求項3のいずれか一項に記載の硬質皮膜。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特に鋼材を熱間加工する際には、大気中で当該鋼材の表面に鉄酸化物(スケール)が生成するため金型等の摩耗が激しく、前記特許文献1,2に開示された硬質皮膜よりもさらなる長寿命化が要求されている。
【0005】
本発明は前記問題点に鑑みてなされたものであり、治工具類等の基材表面に形成され、熱間加工時等における耐摩耗性に優れた硬質皮膜およびその形成方法、ならびに鋼板熱間成型用金型を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記課題を解決するために、本発明に係る硬質皮膜は、炭化タングステンを基として耐摩耗性に優れ、組成が、W
1-x-yC
xM
y(0.01≦y≦0.2、0.50≦x/(1−x−y)≦4.0、MはCo
,Fe,Cuから選択される1種以上)で規定されることを特徴とする。
【0007】
このように、炭化タングステンに所定の金属元素を添加し、かつ炭素とタングステンの原子比を規定することにより、特に高温下において、鉄等の金属酸化物に対する耐摩耗性に優れた硬質皮膜になる。
【0008】
本発明に係る硬質皮膜は、基材の表面に形成された、第4族、第5族、第6族、Al、Siからなる群から選択される1種以上の元素の窒化物、炭窒化物、または炭化物からなる厚さ1μm以上の中間層の上に形成されることが好ましい。
【0009】
あるいは、本発明に係る硬質皮膜は、第4族、第5族、第6族、Al、Siからなる群から選択される1種以上の元素からなる厚さ50nm以上の金属層を下地として形成されることが好ましい。特に、前記中間層がCrNからなり、かつ前記中間層の上に形成された前記金属層がCrからなることが好ましい。また、本発明に係る硬質皮膜は、前記中間層または前記金属層の上に、W、C、およびCo,Ni,Fe,Cuから選択される1種以上からなる膜と第4族、第5族、第6族、Al、Siからなる群から選択される1種以上の元素の炭化物からなる膜とを交互に積層してなる多層膜をさらに積層した上に形成されることが好まし
く、前記組成が、W1-x-yCxMy(0.01≦y≦0.2、0.50≦x/(1−x−y)≦4.0、MはCo,Ni,Fe,Cuから選択される1種以上)で規定される。
【0010】
このように、所定の金属膜またはその窒化物や炭化物の膜を下地に設けることで、密着性よく形成された硬質皮膜となる。
【0011】
本発明に係る鋼板熱間成型用金型は、表面に前記硬質皮膜を形成されていることを特徴とする。
【0012】
このように、所定の組成の硬質皮膜を表面に備えることにより、耐摩耗性に優れた金型になり、高張力鋼材等の高強度の鋼材の熱間加工に適用されても、長寿命化を図ることができる。
【0013】
本発明に係る硬質皮膜の形成方法は、W、C、および前記組成における金属元素Mからなるターゲットを用いて、カソード型アークイオンプレーティング法で成膜して、前記本発明に係る硬質皮膜を形成することを特徴とする。
【0014】
このように、カソード型アークイオンプレーティング法を適用することにより、成膜速度が速く、所望の厚さの硬質皮膜を生産性よく形成することができ、また、炭素および比較的融点の低い金属を含有するターゲットを用いることにより、炭化タングステンを基とする材料からなるターゲットであってもアーク放電が安定する。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る硬質皮膜によれば、治工具類の表面に形成されて、加工時等における耐摩耗性が優れたものとなる。また、本発明に係る硬質皮膜の形成方法によれば、生産性よく、安定して硬質皮膜を形成できる。また、本発明に係る鋼板熱間成型用金型によれば、表面の硬質皮膜の優れた耐摩耗性により寿命が長いため、使用可能な回数が多くなる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0018】
〔硬質皮膜〕
本発明に係る硬質皮膜は、超硬合金等からなる基材の表面に被覆して、耐摩耗性を要する工具類全般に適用し得る。本発明に係る硬質皮膜は、特に、鋼材、中でも加工し難い高張力鋼(ハイテン鋼)材の熱間加工用の鋼板熱間成型用金型等において効果を奏する。鋼材の熱間加工においては、高温の大気雰囲気で被加工材(鋼材)の表面に鉄酸化物(スケール)が生成して、金型等の摩耗が著しい。このような加工においても耐摩耗性を付与するために、硬質皮膜は、炭化タングステン(タングステンカーバイト、WC)を基とし、以下の組成で規定される。
W
1-x-yC
xM
y (0.01≦y≦0.2、0.50≦x/(1−x−y)≦4.0、MはCo,Ni,Fe,Cuから選択される1種以上)
【0019】
(Wに対するCの比0.50以上4.0以下)
炭化タングステンは化学式WCで表されるように、WとCが1:1で結合した炭化物である。したがって、Wに対するCの原子量の比x/(1−x−y)が1から解離しているほど、硬質皮膜におけるWCの結晶の割合が減少し、不足すると硬質皮膜の耐摩耗性が低下する。ただし、硬質皮膜においてWよりもCの方が多い場合(x/(1−x−y)>1)には、Wと結合せずに析出したC(遊離C)が硬質皮膜の摩耗係数を低減する効果を有し、x/(1−x−y)が1.7以下まではこの効果が高い。しかし、x/(1−x−y)が2.3を超えてCが増大すると、耐摩耗性が低下するようになり、2.8を超えると耐摩耗性が顕著に低下し、4.0を超えると耐摩耗性が不足する。したがって、硬質皮膜は、x/(1−x−y)が4.0以下とし、2.8以下であることが好ましく、2.3以下であることがより好ましく、1.7以下であることがさらに好ましく、1.2以下であることが最も好ましい。反対に、硬質皮膜においてWの方が多い場合(x/(1−x−y)<1)には、x/(1−x−y)が0.50未満になると、WCの結晶が不足して耐摩耗性が不足する。したがって、硬質皮膜は、x/(1−x−y)が0.50以上とし、0.7以上であることが好ましく、0.8以上であることがさらに好ましい。
【0020】
(Co,Ni,Fe,Cuから選択される1種以上:原子比0.01以上0.2以下)
本発明に係る硬質皮膜に添加される金属元素Mは、Co,Ni,Fe,Cuから少なくとも1種が選択される。これらの元素は、WCに添加されるとその靭性を高くして、その結果、耐摩耗性が向上する。特にCoは、靭性を高くする効果が高いので好ましい。前記効果を得るために、硬質皮膜における金属元素Mの含有率(組成W
1-x-yC
xM
yのy)は、原子比0.01(1at%)以上とし、0.02以上であることが好ましい。一方、硬質皮膜は、金属元素Mが過剰に添加されると硬さが低下し、耐摩耗性が低下するため、金属元素Mの含有率は、原子比0.2(20at%)以下とし、0.1以下であることが好ましく、0.05以下であることがさらに好ましい。なお、Coは、硬質皮膜に添加されていてもX線回折でピークが観察されないことから、WC中に固溶していると推測される。
【0021】
〔鋼板熱間成型用金型〕
本発明に係る鋼板熱間成型用金型は、成形した基材に前記の硬質皮膜を被覆してなる。さらに、
図1〜4に示すように、本発明に係る鋼板熱間成型用金型10は、基材1上に、硬質皮膜2の下地として、後記の単層または2層以上で構成される密着層3,3A,3B,3Cのいずれかが形成されていることが好ましい。すなわち、鋼板熱間成型用金型10は、基材1上に、密着層3(3A,3B,3C)と硬質皮膜2とを後記するように連続して成膜してなる積層皮膜を備える。
【0022】
(基材)
基材1は、鋼板熱間成型用金型に一般に適用される、超硬合金、金属炭化物を有する鉄基合金、サーメット、高速度工具鋼、金型用鋼(SKD)等が挙げられ、金型等の所望の形状に成形される。
【0023】
(硬質皮膜)
硬質皮膜2は、前記の本発明に係る硬質皮膜であり、表面に形成されていることで、鋼板熱間成型用金型に高い耐摩耗性が付与される。硬質皮膜2の厚さは特に限定されないが、1〜10μmの範囲であることが好ましい。硬質皮膜2は、耐摩耗性を高くするために厚い方が好ましいが、厚過ぎると当該硬質皮膜2の残留応力等により剥離する虞がある。
【0024】
(密着層)
本発明に係る硬質皮膜2は安定性が高く、すなわち反応性が低いため、基材1の材料によっては、例えば金型用鋼のような鉄基基材に対しては、十分な密着性が得られない場合がある。そこで、鋼板熱間成型用金型10は、硬質皮膜2と基材1の両方に対して親和性の高い材料からなる膜を、密着層3(3A,3B,3C)として、基材1と硬質皮膜2の間に備えることが好ましい。このような材料として、第4族(Ti,Zr,Hf)、第5族(V,Nb,Ta)、第6族(Cr,Mo,W)、Al、Siからなる群から選択される1種以上の元素(金属または合金)、あるいは、前記1種以上の元素の窒化物、炭窒化物、または炭化物が挙げられる。
【0025】
中間層31は、第4族、第5族、第6族、Al、Siからなる群から選択される1種以上の元素の窒化物、炭窒化物、または炭化物からなり、密着層3として硬質皮膜2の下地に形成される(
図1参照)。十分な密着性を得るために、中間層31は、厚さ1μm以上とし、5μm以上であることが好ましく、10μm以上であることがさらに好ましい。また、中間層31は、厚さが15μmを超えても密着性がそれ以上に向上しないので、生産性の観点から厚さが15μm以下であることが好ましい。中間層31の材料としては、CrN,TiN,(Ti,Al)N,(Al,Cr)N,(Al,Ti,Cr)N,TiC,TiCN等が挙げられ、基材1が鉄基基材の場合には、特にCrNが好ましい。
【0026】
金属層32は、第4族、第5族、第6族、Al、Siからなる群から選択される1種以上の元素からなり、密着層3Aとして硬質皮膜2に形成される(
図2参照)。十分な密着性を得るために、金属層32は、厚さ50nm以上とする。一方、金属層32は、過剰に厚いと外力に対して塑性変形することから、厚さ5μm以下であることが好ましい。基材1が鉄基基材の場合には、Crで金属層32が形成されることが特に好ましい。
【0027】
中間層31および金属層32は、これら2層を積層して密着層3Bとして硬質皮膜2の下地に備えてもよく、このような構成により密着性がいっそう向上する。この場合は、
図3に示すように、基材1の側から中間層31、金属層32、硬質皮膜2の順に積層する。中間層31と金属層32の各材料の組み合わせは特に規定されないが、例えば、中間層31がTiNであれば、TiNに含有されるTiを金属層32に適用することで、中間層31と金属層32との密着性が高くなるので好ましい。また、後記の硬質皮膜の形成方法にて説明するように、各層31,32の成膜にTiターゲットを共用することができるので、生産性上でも好ましい。特に、基材1が鉄基基材の場合には、鉄基基材への高い密着性が得られるCrNで形成された中間層31とCrで形成された金属層32とを組み合わせて積層することが好ましい。
【0028】
中間層31または金属層32の上に、W、C、およびCo,Ni,Fe,Cuから選択される1種以上からなる膜(WC系膜と称する)と第4族、第5族、第6族、Al、Siからなる群から選択される1種以上の元素の炭化物からなる膜(金属炭化物膜と称する)とを交互に積層してなる多層膜33(
図4参照)をさらに備えて密着層とし、その上に硬質皮膜2を形成してもよい。このような構成により、硬質皮膜2の基材1への密着性がいっそう向上する。さらに、
図4に示すように、中間層31、金属層32、多層膜33の順に積層した密着層3Cとすることが好ましい。なお、多層膜33における最下層および最上層には、それぞれWC系膜、金属炭化物膜のいずれが形成されてもよい。多層膜33は、十分な密着性を得るために、WC系膜、金属炭化物膜のそれぞれの単層での厚さが5〜50nmであることが好ましく、全体の厚さが0.1μm以上であることが好ましい。一方、多層膜33は、厚さが2μmを超えると、厚くなるにしたがい密着性が却って低下するので、厚さが2μm以下であることが好ましく、1μm以下であることがより好ましい。
【0029】
多層膜33と中間層31や金属層32との各材料の組み合わせは特に規定されないが、例えば、中間層31がTiN、金属層32がTiであれば、TiCを金属炭化物膜に適用することで、後記の硬質皮膜の形成方法にて説明するように、中間層31、金属層32、および多層膜33の金属炭化物膜の成膜にTiターゲットを共用することができるので、生産性上好ましい。また、特に、基材1が鉄基基材の場合には、中間層31がCrNで形成され、かつ金属層32がCrで形成されていることが好ましく、さらに多層膜33の金属炭化物膜がCrCで形成されていることが好ましい。このような構成により、鉄基基材への高い密着性を得られ、また、前記したように、層31,32および多層膜33の金属炭化物膜の成膜にCrターゲットを共用することができるので、生産性上好ましい。
【0030】
多層膜33のWC系膜の組成は、硬質皮膜2の組成W
1-x-yC
xM
yの範囲(0.01≦y≦0.2、0.50≦x/(1−x−y)≦4.0、MはCo,Ni,Fe,Cuから選択される1種以上)であることが好ましく、ただし、硬質皮膜2と同一の組成比でなくてよい。また、例えば、硬質皮膜2がWC−Co(金属元素MがCo)からなる場合に、多層膜33のWC系膜がWC−Niであってもよいが、後記の硬質皮膜の形成方法にて説明するように、ターゲットを共用することができるように、多層膜33のWC系膜にもWC−Coが適用されることが好ましい。
【0031】
〔硬質皮膜の形成方法〕
本発明に係る硬質皮膜は、公知の気相成膜法、例えば物理気相成長法(PVD)の一種であるスパッタリング法で成膜することができる。スパッタリング法を適用する場合には、W−Co合金等のWと金属元素Mの合金からなるターゲット(蒸発源)を、Ar等のキャリアガスにCH
4等の炭化水素を混合した雰囲気で放電することで、組成W
1-x-yC
xM
yの硬質皮膜を成膜することができる。しかしながら、スパッタリング法は成膜速度が低く、金型等の工具の硬質皮膜のようなある程度の厚さに成膜するには、生産性に劣る。そこで、本発明に係る硬質皮膜の形成方法は、カソード型アークイオンプレーティング法を適用する。
【0032】
カソード型アークイオンプレーティング(AIP)法(以下、単にAIP法という。)はスパッタリング法と同じくPVDの一種であり、大電流でターゲットを溶解、蒸発させる方式により、スパッタリング法に比べて成膜速度が高速である。ただし、Wは高融点であるため、AIP法のターゲットに適用すると、蒸発速度が低速で、AIP法本来の成膜速度で成膜されなかったり、アーク放電が困難になる等、ターゲット材料として不適である。そこで、本発明に係る硬質皮膜の形成方法においては、W,C,M(Mは、Co,Ni,Fe,Cuから選択される1種以上)からなるターゲットを用いる。例えば、Coを含有するWC系合金(WC−Co合金)からなるターゲットは、アーク方式であっても容易に放電し、高速で成膜することができる。Co以外に、Ni,Fe,Cuを含有するWC系合金ターゲットを用いることもできる。ただし、WCの結晶粒径が大きいと、均一なアーク放電が起こり難いため、WCの平均粒径が10μm以下の超硬合金ターゲットを使用することが好ましい。このような材料として、例えばJIS−V種が挙げられる。
【0033】
硬質皮膜の組成の調整は、前記のWC系合金ターゲットの組成により、必要に応じてCH
4等の炭化水素をAr等のキャリアガスに添加すればよい。なお、CH
4等を添加しない場合、成膜した膜は、Cの原子比がWC系合金ターゲットよりも小さくなる傾向がある。一方、AIP法では、通常、WC系合金ターゲットのW,Mの組成比がほぼ、成膜した膜の組成比になるので、硬質皮膜のW,Mの組成比に対応したターゲットを使用する。
【0034】
このような方法による硬質皮膜の形成は、例えば
図5に示すカソード型アークイオンプレーティング装置(特許第4950499号公報参照)や、特許文献1の
図1に示すような成膜装置で行うことができる。
図5に示すように、カソード型アークイオンプレーティング装置は、チャンバーと、基材を載置して回転可能なステージ(テーブル)と、ステージに接続されるバイアス電源と、ターゲットに接続されるアーク電源と、平板状のターゲットの周囲を囲んで磁界を印加するための磁石と、図示しないヒーターと、を備える。また、チャンバーは、真空排気する排気口と、雰囲気ガス(キャリアガス、またはキャリアガス+成膜ガス)を供給する供給口とを有し、アース電位に接続されている。なお、
図5においては、カソード型アークイオンプレーティング装置は、簡略化してターゲットを1つ装着しているが、特に高さ方向に複数のターゲットを装着することが好ましく、回転するステージと併せて、複雑な形状に成形された基材の表面全体に硬質皮膜を均一に形成し易い。
【0035】
前記したように、基材の材料によっては、硬質皮膜を成膜する前に、下地として中間層や金属層等の密着層を形成することが好ましい。中間層、金属層、および多層膜(WC系膜、金属炭化物膜)は、スパッタリング法や、硬質皮膜と同じAIP法で成膜することができる。このとき、複数のターゲットを装着して切替可能な成膜装置を使用すれば、密着層(中間層、金属層、多層膜)と硬質皮膜を連続して形成することができる。
【0036】
密着層の各膜を成膜するには、当該膜を形成する材料からなるターゲットを用いてもよいが、例えば、中間層としてCrN膜を成膜するには、Crからなるターゲットを用いて、窒素(N
2)雰囲気、またはAr+N
2雰囲気等で行うことができる。また、例えばTiC膜を成膜するには、Tiからなるターゲットを用いて、Ar+CH
4雰囲気等で行えばよい。一方、金属層を成膜するには、当該金属層の材料からなる金属ターゲットを用いて、キャリアガスのみを供給すればよい。したがって、中間層および金属層を積層して密着層を形成する場合には(
図3参照)、例えば、TiC膜とTi膜、CrN膜とCr膜をそれぞれ組み合わせることで、ターゲットを共用することができる。さらに、多層膜を形成する場合には(
図4参照)、その下の金属層等と金属炭化物膜とでターゲットを共用するために、例えばCrN膜やCr膜とCrC膜とを組み合わせることができる。また、多層膜のWC系膜を成膜するには、前記の硬質皮膜の成膜と同様に、Ar雰囲気、Ar+CH
4雰囲気のいずれでも行うことができるが、金属炭化物膜と交互に成膜を繰り返して多層膜を形成するために、Ar+CH
4雰囲気で、WC系合金ターゲットと金属炭化物膜用の金属ターゲットとを交互に放電することが好ましい。このWC系合金ターゲットは、硬質皮膜の成膜にも用いることができる。
【0037】
以上、本発明に係る硬質皮膜およびその形成方法、ならびに鋼板熱間成型用金型について、本発明を実施するための形態について説明したが、以下に、本発明の効果を確認した実施例を、本発明の要件を満たさない比較例と比較して説明する。なお、本発明はこの実施例および前記形態に限定されるものではなく、これらの記載に基づいて種々変更、改変等したものも本発明の趣旨に含まれることはいうまでもない。
【実施例1】
【0038】
〔供試材の作製〕
(皮膜の形成)
SK61製のボール(直径10mm、鏡面仕上げ)を基材として、この基材の表面に表1に示す組成の皮膜をAIP法で形成した。チャンバー内のヒーターで基材の温度を400℃に加熱し、Ar雰囲気でチャンバー内の圧力を0.6Paに調整した後、500Vの電圧を印加してArイオンによる5分間のクリーニングを基材表面に行った。次に、N
2を導入して圧力を1.33Paに調整し、アース電位に対して基材がマイナス電位となるように50Vのバイアス電圧を基材に印加し、Crターゲットにアーク放電を開始し、基材の表面に厚さ約3μmのCrN膜を形成した。その後、N
2を排気し、ArまたはAr+CH
4を導入して圧力を2.7Paに調整し、アース電位に対して基材がマイナス電位となるように50Vのバイアス電圧を基材に印加し、ターゲットを切り替えてアーク放電を開始し、CrN膜を形成した基材の表面に厚さ7μmの皮膜を形成して供試材とした(供試材No.4〜25)。前記成膜においては、Coの含有率の異なるWC−Co合金、WC−Ni合金、WC−Fe合金、WC−Cu合金の各種超硬合金製ターゲットを使用し、ArとCH
4の混合比を変えて導入した。また、比較例として、表1の供試材No.1〜3の組成に対応した金属ターゲットを使用して、前記クリーニング後にN
2を導入して、基材の表面に厚さ7μmの皮膜を形成した(供試材No.1〜3)。
【0039】
(皮膜の組成測定)
得られた供試材は、形成した皮膜の組成をオージェ電子分光法(AES)により測定し、表1に示す。
【0040】
〔評価〕
(耐摩耗性)
供試材についてボールオンプレート型往復摺動試験を行って、皮膜の摩耗量を観察した。プレートとして、酸化処理を行って表面に酸化スケール(主たる組成がFe
2O
3およびFe
3O
4)を生成した鋼板(0.25C−1.4Mn−0.35Si残部Fe)を用いた。供試材を、室温において、前記鋼板表面で、垂直荷重5Nで、摺動速度:0.1m/s、摺動幅:30mmで往復して、摺動距離72mを摺動させた。試験後、供試材の摺動面を観察して、皮膜が摩耗した領域の直径から面積を測定して摩耗量とし、表1に示す。耐摩耗性の合格基準は、摩耗量が0.40μm
2未満とする。また、皮膜のC/W比がほぼ1である供試材No.4〜10について、摩耗量のCo含有率(原子比)依存性のグラフを
図6に、皮膜のCo原子比が0.05である供試材No.7,11〜22について、摩耗量のC/W比依存性のグラフを
図7に、それぞれ表す。
【0041】
【表1】
【0042】
表1および
図6に示すように、WCからなる皮膜を形成した供試材No.4は、特許文献1に開示された供試材No.3と同等の耐摩耗性であったが、Coを添加した本発明に係る硬質皮膜を形成した実施例である供試材No.5〜9,14〜21は、優れた耐摩耗性を示した。しかし、Coの原子比が0.05を超えると耐摩耗性が低下し始め、Coが過剰な供試材No.10は、Coを添加していない供試材No.4と同程度まで低下した。
【0043】
表1および
図7に示すように、Coが一定量(原子比0.05)の皮膜について比較すると、Cを含有しないW−Co合金からなる皮膜を形成した供試材No.11は、耐摩耗性が極めて低かった。また、Cの含有率がWに対して少なくC/W比が不足した供試材No.12,13も、耐摩耗性が不十分であった。これに対して、Cを所定の範囲で含有する本発明に係る硬質皮膜を形成した実施例である供試材No.14〜21は、優れた耐摩耗性を示し、特にC/W比が0.8〜1.2の範囲(供試材No.7,16,17)で優れていた。しかし、さらにC/W比が高くなると耐摩耗性が低下し始め、C/W比が過剰な供試材No.22は耐摩耗性が不十分であった。
【0044】
表1に示すように、Ni,Fe,Cuを添加した本発明に係る硬質皮膜を形成した実施例である供試材No.23〜25は、Coを添加した実施例と同様に、優れた耐摩耗性を示した。ただし、金属元素(Co,Ni,Fe,Cu)とCの含有率が同じである供試材No.19を含めて比較すると、CoまたはNiを選択したものが特に優れていた。
【実施例2】
【0045】
本発明に係る硬質皮膜について、AIP法とスパッタリング法の2通りの成膜方法による生産性等を比較した。実施例1と同じ基材について、表面をクリーニング後、Ar+CH
4を導入して、表2に示すターゲットと成膜方法で、基材の表面に厚さ3μmの皮膜を形成した。供試材No.26〜29(AIP法)については、実施例1と同じ条件である。供試材No.30〜32(スパッタリング法)については、チャンバー内の圧力を0.6Paに調整して成膜した。それぞれ成膜に要した時間を計測し、成膜速度を算出して表2に示す。また、実施例1と同様に、形成した皮膜の組成をAESにより測定し、表2に示す。
【0046】
【表2】
【0047】
表2に示すように、本発明に係る形成方法であるAIP法でWC−Co合金からなるターゲットを使用した供試材No.28,29は、アーク放電が安定し、成膜速度が高速で、本発明に係る硬質皮膜を形成することができた。これに対して、高融点のWターゲットを使用した供試材No.26は、アーク放電が極めて不安定であり、成膜することができなかった。また、Wよりは低いものの同じく高融点のWCターゲットを使用した供試材No.27も、アーク放電が不安定で、成膜速度が供試材No.28,29よりも大幅に遅くなった。
【0048】
一方、スパッタリング法を適用した供試材No.30〜32は、高融点のWターゲットやWCターゲットを用いても良好に皮膜を形成することができたが、成膜速度がAIP法を適用した供試材No.28,29の半分以下と遅かった。
【実施例3】
【0049】
〔供試材の作製〕
本発明に係る硬質皮膜について、密着層の有無および材料による密着性を比較した。SKD11(HRC60)製の厚板(40mm×40mm×10mm)を基材として、その表面(上面)に、AIP法で表3に示す密着層と、厚さ7μmのWC−Coからなる本発明に係る硬質皮膜とを連続して形成した。密着層の厚さは、中間層が10μm、金属層が0.5μm、多層膜が1μmである。さらに多層膜について、WC系膜(WC−Co膜)、金属炭化物膜(CrC膜、TiC膜)のそれぞれの単層での厚さを約30nmとした。なお、供試材No.33については、密着層を形成せず、基材表面のクリーニング後に、直接に硬質皮膜を形成した。基材表面のクリーニングおよび硬質皮膜の成膜の条件は実施例1と同様である。また、中間層の成膜は、実施例1におけるCrN膜と同様にCr等の金属または合金のターゲットを用いて雰囲気ガスにN
2やAr+CH
4を供給し、金属層の成膜は、金属ターゲットを用いて雰囲気ガスにArを供給した。多層膜の成膜は、硬質皮膜の成膜時と同じAr+CH
4を供給して、CrまたはTiのターゲットと硬質皮膜と同じWC−Coターゲットとを交互に放電させた。また、作製した供試材について、実施例1と同様に、形成した硬質皮膜の組成をAESにより測定したところ、W
0.475C
0.475Co
0.05であった。硬質皮膜のこの組成は、ターゲットおよび雰囲気等の成膜条件が共通する多層膜のWC−Co膜も同一であると推測される。
【0050】
〔評価〕
(密着性)
供試材についてスクラッチ試験を行って、硬質皮膜に剥離が発生した荷重で硬質皮膜の密着性を評価した。スクラッチ試験は、先端の半径が200μmのダイヤモンド圧子を、供試材の硬質皮膜の表面に、荷重領域0〜80N、荷重増加速度100N/分、移動速度10mm/分で摺動させた。硬質皮膜に剥離が発生した荷重を密着力として表3に示す。
【0051】
【表3】
【0052】
表3に示すように、密着層が形成されていない供試材No.33に対して、中間層および金属層の少なくとも1層を密着層として形成された供試材No.34〜53は、高い密着性を示した。特に、中間層または金属層のみの単層構造よりも、中間層と金属層、あるいは中間層または金属層と多層膜との2層からなる密着層が形成された供試材No.40〜49が高く、さらに中間層、金属層、および多層膜の3層からなる密着層が形成された供試材No.50〜53がより高い密着性を示した。そして、これらの中でも金属層とこれを形成する金属の窒化物からなる中間層とを組み合わせた供試材No.40,46,47,50,53が比較的高い密着性を示した。また、基材表面にCr膜を形成された供試材No.34,48、CrN膜を形成された供試材No.35,40〜45,49,50は、鉄基基材(SKD11)との相性がよく、中でもCrN膜とCr膜が積層して形成された供試材No.40は優れた密着性を示し、さらに多層膜を形成された供試材No.50は最も優れた密着性を示した。