(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
更に、Cu:0%超、0.5%以下、Ni:0%超、1.0%以下およびSn:0%超、0.5%以下よりなる群から選ばれる1種または2種以上を含有する請求項1に記載のボルト用鋼。
更に、V:0%超、0.5%以下、W:0%超、0.5%以下、Zr:0%超、0.3%以下、Mg:0%超、0.01%以下およびCa:0%超、0.01%以下よりなる群から選ばれる1種または2種以上を含有する請求項1〜3のいずれかに記載のボルト用鋼。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、冷間鍛造性と耐遅れ破壊性を両立できるボルト用鋼を実現すべく、特に化学成分組成を適切に制御するという観点から検討した。その結果、Si含有量を比較的高くして結晶粒界に析出する析出物をできるだけ少なくすると共に、化学成分組成を適切に調整してやれば、上記目的に適うボルト用鋼が実現できることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
本発明に係るボルト用鋼の化学成分組成の設定範囲を規定した理由は、下記の通りである。
【0014】
C:0.20〜0.40%
Cは鋼の強度を確保するために有効な元素である。目標とする引張強度:1100MPa以上を確保するため、Cは0.20%以上含有させる必要がある。好ましい下限は0.23%以上であり、より好ましい下限は0.25%以上である。しかしながら、C含有量が過剰になると、冷間鍛造性と耐遅れ破壊性が劣化するため、その上限を0.40%以下とした。好ましい上限は0.35%以下であり、より好ましい上限は0.32%以下である。
【0015】
Si:1.5〜2.5%
Siは脱酸剤として作用すると共に、鋼の強度を確保するために有効な元素である。また、後述するG値に影響を与える粗大なセメンタイトの析出を抑制し、耐遅れ破壊性を向上させる作用も発揮する。これらの効果を有効に発揮させるためには、Siは1.5%以上含有させる必要がある。好ましい下限は1.6%以上であり、より好ましい下限は1.7%以上である。一方、Si含有量が過剰になると、冷間鍛造性が劣化するため、その上限を2.5%以下とする必要がある。好ましい上限は2.2%以下であり、より好ましい上限は2.0%以下である。
【0016】
Mn:0.20〜1.5%
Mnは鋼の強度を確保すると共に、Sと化合物を形成し、耐遅れ破壊性を劣化させるFeSの生成を抑制する作用を発揮するのに有効な元素である。これらの効果を発揮させるためには、Mnは0.20%以上含有させる必要がある。好ましい下限は0.30%以上であり、より好ましい下限は0.40%以上である。一方、Mn含有量が過剰になると、耐遅れ破壊性が劣化するため、その上限を1.5%以下とする必要がある。好ましい上限は1.3%以下であり、より好ましい上限は1.1%以下である。
【0017】
P:0%超、0.03%以下
Pは結晶粒界に濃化することで鋼の靭延性を低下させ、耐遅れ破壊性を劣化させる不純物元素である。Pの含有量を0.03%以下とすることで、耐遅れ破壊性が大きく向上する。好ましくは0.015%以下であり、より好ましくは0.010%以下である。Pの含有量は少なければ少ないほど好ましいが、ゼロとするのは製造上困難であり、0.003%程度は含有される。
【0018】
S:0%超、0.03%以下
SもPと同様、結晶粒界上に濃化することで鋼の靭延性を低下させ、耐遅れ破壊性を劣化させる不純物元素である。Sの含有量を0.03%以下とすることで、耐遅れ破壊性が大きく向上する。好ましくは0.015%以下であり、より好ましくは0.010%以下である。Sの含有量は少なければ少ないほど好ましいが、ゼロとするのは製造上困難であり、0.003%程度は含有される。
【0019】
Cr:0.05〜1.5%
Crは鋼の耐食性を向上させると共に、耐遅れ破壊性を確保するために有効な元素である。これらの効果を発揮させるためには、Crは0.05%以上含有させる必要がある。好ましい下限は0.10%以上であり、より好ましい下限は0.20%以上である。一方、Cr含有量が過剰になると、粗大な炭化物が生成し冷間鍛造性が劣化すると共に、コスト増を招くため、その上限を1.5%以下とする必要がある。好ましい上限は1.3%以下であり、より好ましい上限は1.0%以下である。
【0020】
Al:0.01〜0.10%
Alは脱酸剤として作用すると共に、窒化物を形成して結晶粒の微細化や冷間鍛造性を向上させるために有効な元素である。これらの効果を発揮させるためには、Alは0.01%以上含有させる必要がある。好ましい下限は0.03%以上であり、より好ましい下限は0.04%以上である。一方、Al含有量が過剰になると、粗大な窒化物を生成し冷間鍛造性が劣化するため、その上限を0.10%以下とする必要がある。好ましい上限は0.08%以下であり、より好ましい上限は0.06%以下である。
【0021】
B:0.0003〜0.01%
Bは鋼の焼入れ性を向上させると共に、旧オーステナイト結晶粒界上に分散することでPやS等の粒界偏析元素の濃化を抑制し、結晶粒界を清浄化することで耐遅れ破壊性を向上させるために有効な元素である。これらの効果を発揮させるためには、Bは0.0003%以上含有させる必要がある。好ましい下限は0.0008%以上であり、より好ましい下限は0.001%以上である。一方、B含有量が過剰になると、粗大な化合物を生成し耐遅れ破壊性が劣化するため、その上限を0.01%以下とした。好ましい上限は0.005%以下であり、より好ましい上限は0.003%以下である。
【0022】
N:0.002〜0.020%
Nは、Al、TiおよびNbと窒化物を形成し、結晶粒を微細化させるために有効な元素である。こうした効果を発揮させるためには、Nは0.002%以上含有させる必要がある。好ましい下限は0.003%以上であり、より好ましい下限は0.0035%以上である。一方、N含有量が過剰になると、化合物を形成しないで固溶状態となっているN量が増加し、冷間鍛造性が低下するため、上限を0.020%以下とした。好ましい上限は0.010%以下であり、より好ましい上限は0.008%以下である。
【0023】
Ti:0.02〜0.10%およびNb:0.02〜0.10%よりなる群から選ばれる1種または2種
TiとNbは、Nと窒化物を形成し、結晶粒を微細化させるのに有効な元素である。また、TiやNbの窒化物を形成することで、Bの窒化物が形成しにくくなり、フリーのBが増えることで鋼の焼入れ性が向上する。これらの効果を発揮させるためには、TiおよびNbの少なくとも1種を、0.02%以上含有させる必要がある。好ましい下限はいずれも0.03%以上であり、より好ましい下限は0.04%以上である。一方、Ti含有量およびNb含有量が過剰になると、粗大な炭窒化物が形成され、冷間鍛造性や耐遅れ破壊性が劣化する。こうした観点から、それらの上限をいずれも0.10%以下とした。好ましい上限はいずれも0.08%以下であり、より好ましい上限は0.06%以下である。
【0024】
本発明に係るボルト用鋼の基本成分は上記の通りであり、残部は実質的に鉄である。但し、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる不可避的不純物が鋼中に含まれることは当然に許容される。また本発明のボルト用鋼には、必要に応じて、以下の元素を含有させることも有効である。
【0025】
Cu:0%超、0.5%以下、Ni:0%超、1.0%以下およびSn:0%超、0.5%以下よりなる群から選ばれる1種または2種以上
Cu、NiおよびSnは、鋼の耐食性を向上させると共に、耐遅れ破壊性を向上させるのに有効な元素である。これらの元素は、その含有量が増加するにつれてその効果が増大するが、それぞれの元素が過剰になると、下記のような不都合が生じる。即ち、Cu含有量が過剰になると、上記効果が飽和すると共に、熱間延性が低下して鋼の生産性が低下する。また、冷間加工性の低下や靭性の低下を招くことにもなる。こうした観点から、Cuを含有させるときの上限は0.5%以下であることが好ましい。より好ましい上限は0.4%以下であり、更に好ましい上限は0.35%以下である。
【0026】
また、Ni含有量が過剰になると上記効果が飽和して製造コストの増加を招く。こうした観点から、Niを含有させるときの上限は1.0%以下であることが好ましい。より好ましい上限は0.8%以下であり、更に好ましい上限は0.7%以下である。更に、Sn含有量が過剰になると上記効果が飽和して製造コストの増加を招く。こうした観点から、Snを含有させるときの上限は0.5%以下であることが好ましい。より好ましい上限は0.4%以下であり、更に好ましい上限は0.3%以下である。
【0027】
尚、上記の効果を発揮させるためには、Cu含有量の下限は0.03%以上であることが好ましい。より好ましい下限は0.1%以上であり、更に好ましい下限は0.15%以上である。また、Niを含有させるときの好ましい下限は0.1%以上であり、より好ましい下限は0.2%以上であり、更に好ましい下限は0.3%以上である。Snについては、好ましい下限は0.03%以上であり、より好ましい下限は0.1%以上であり、更に好ましい下限は0.15%以上である。
【0028】
Mo:0%超、1.5%以下
Moは鋼の強度を高めると共に、鋼中に微細な析出物を形成して耐遅れ破壊性を向上させるのに有効な元素である。これらの効果は、その含有量が増加するにつれて増大するが、Mo含有量が過剰になると製造コストを劣化させるため、その上限は1.5%以下とすることが好ましい。より好ましい上限は1.2%以下であり、更に好ましい上限は1.1%以下である。尚、上記の効果を発揮させるためには、Moを含有させるときの下限は0.03%以上であることが好ましい。より好ましい下限は0.10%以上であり、更に好ましい下限は0.15%以上である。
【0029】
V:0%超、0.5%以下、W:0%超、0.5%以下、Zr:0%超、0.3%以下、Mg:0%超、0.01%以下およびCa:0%超、0.01%以下よりなる群から選ばれる1種または2種以上
V、W、Zr、MgおよびCaは、炭窒化物を形成し、焼入れ加熱時のオーステナイト結晶粒の粗大化を防止し、靭延性を向上させ、耐遅れ破壊性を向上させるのに有効である。これらの元素は、その含有量が増加するにつれてその効果が増大するが、それぞれの元素が過剰になると、下記のような不都合が生じる。即ち、V含有量が過剰になると上記効果が飽和して製造コストの増加を招く。こうした観点から、Vを含有させるときの上限は0.5%以下とすることが好ましい。より好ましい上限は0.3%以下であり、更に好ましい上限は0.2%以下である。
【0030】
W含有量が過剰になると上記効果が飽和して製造コストの増加を招く。こうした観点から、Wを含有させるときの上限は0.5%以下とすることが好ましい。より好ましい上限は0.3%以下であり、更に好ましい上限は0.2%以下である。またZr含有量が過剰になると上記効果が飽和して製造コストの増加を招く。こうした観点から、Zrを含有させるときの上限は0.3%以下とすることが好ましい。より好ましい上限は0.2%以下であり、更に好ましい上限は0.1%以下である。
【0031】
Mg含有量が過剰になると上記効果が飽和して製造コストの増加を招く。こうした観点から、Mgを含有させるときの上限は0.01%以下とすることが好ましい。より好ましい上限は0.007%以下であり、更に好ましい上限は0.005%以下である。Ca含有量が過剰になると上記効果が飽和して製造コストの増加を招く。こうした観点から、Caを含有させるときの上限は0.01%以下とすることが好ましい。より好ましい上限は0.007%以下であり、更に好ましい上限は0.005%以下である。
【0032】
尚、上記の効果を発揮させるためには、V含有量の下限は0.01%以上であることが好ましい。より好ましい下限は0.03%以上であり、更に好ましい下限は0.05%以上である。Wを含有させるときの好ましい下限は0.01%以上であり、より好ましい下限は0.03%以上であり、更に好ましい下限は0.05%以上である。Zrを含有させるときの好ましい下限を0.01%以上であり、より好ましい下限は0.03%以上であり、更に好ましい下限は0.05%以上である。
【0033】
Mgを含有させるときの好ましい下限は0.0003%以上であり、より好ましい下限は0.0005%以上であり、更に好ましい下限は0.001%以上である。Caを含有させるときの好ましい下限は0.0003%以上であり、より好ましい下限は0.0005%以上であり、更に好ましい下限は0.001%以上である。
【0034】
上記の様な化学成分組成を有するボルト用鋼は、圧延前のビレット再加熱時に950℃以上に加熱(以下、この温度を「ビレット再加熱温度」と呼ぶ)し、800〜1000℃の温度域で線材または棒鋼形状に仕上げ圧延した後、3℃/秒以下の平均冷却速度で600℃以下の温度まで冷却することにより、圧延後の組織が基本的にフェライトとパーライトの混合組織となる。上記条件について説明する。但し、本発明のボルト用鋼は、圧延後の組織が、必ずしもフェライトとパーライトの混合組織である必要はない。
【0035】
ビレット再加熱温度:950℃以上
ビレット再加熱では、結晶粒微細化に有効なTiやNbの炭化物、窒化物および炭窒化物(以下、これを「炭・窒化物」と呼ぶ)を、オーステナイトに固溶させる必要があり、そのためにはビレットの再加熱温度を950℃以上にすることが好ましい。この温度が950℃未満になると炭・窒化物の固溶が不十分となり、後の熱間圧延で微細なTiやNbの炭・窒化物が生成しにくくなり、焼入れ時の結晶粒微細化の効果が減少する。この温度は、より好ましくは1000℃以上である。但し、ビレットの再加熱温度が1400℃を超えると鋼の溶解温度に近くなるため、1400℃以下とすることが好ましく、より好ましくは1300℃以下、更に好ましくは1250℃以下である。
【0036】
仕上げ圧延温度:800〜1000℃
圧延では、ビレット再加熱時に固溶させたTiやNbを微細な炭・窒化物として鋼中に析出させる必要がある。そのためには、仕上げ圧延温度を1000℃以下とすることが好ましい。より好ましくは950℃以下である。仕上げ圧延温度が1000℃よりも高くなると、TiやNbの炭・窒化物が析出しにくくなるため、焼入れ時の結晶粒微細化の効果が減少する。
【0037】
一方、仕上げ圧延温度が低くなり過ぎると、圧延荷重の増加や表面疵の発生増大があり、非現実的となるため、その下限は800℃以上とすることが好ましい。より好ましくは850℃以上である。ここで、仕上げ圧延温度は、最終圧延パス前または圧延ロール群前の放射温度計で測定可能な表面の平均温度とした。
【0038】
仕上げ圧延後の平均冷却速度:3℃/秒以下
仕上げ圧延後の冷却では、後のボルト加工での成形性を向上させるため、組織をフェライト+パーライトの混合組織にすることが好ましい。そのためには、仕上げ圧延後の平均冷却速度を3℃/秒以下とし、この冷却速度で少なくとも600℃まで冷却することが好ましい。平均冷却速度が3℃/秒より速くなると、ベイトナイトやマルテンサイトが生成するため、ボルト成形性が大幅に劣化する。平均冷却速度は、より好ましくは2℃/秒以下であり、更に好ましくは1℃/秒以下である。
【0039】
本発明のボルト用鋼では、熱間圧延時にベイナイトやマルテンサイトが生成したときには、球状化焼鈍処理を実施してもよい。
【0040】
ボルト形状に成形加工した後、焼入れおよび焼戻し処理を行ない、組織を焼戻しマルテンサイトとすることによって、所定の引張強さを確保できると共に、優れた耐遅れ破壊性を有するものとなる。このときの焼入れおよび焼戻し処理の適正な条件は、下記の通りである。
【0041】
焼入れ時の加熱では、安定的にオーステナイト化処理するために、加熱温度(以下、この温度を「焼入れ温度」と呼ぶことがある)を850℃以上とすることが好ましい。しかしながら、950℃を超えるような高温で加熱すると、TiやNbの炭・窒化物が溶解することによりピンニング効果が減少し、結晶粒が粗大化して、耐遅れ破壊性が劣化する場合がある。従って、結晶粒粗大化を防止するため、焼入れ温度は950℃以下とすることが好ましい。尚、焼入れ温度のより好ましい上限は930℃以下であり、更に好ましくは920℃以下である。また、焼入れ温度のより好ましい下限は870℃以上であり、更に好ましくは880℃以上である。
【0042】
焼入れしたままのボルトは、靭性および延性が低く、そのままの状態ではボルト製品として使用に耐えられないので、焼戻し処理を施す必要がある。そのためには、少なくとも300℃以上の温度で焼戻し処理することが有効である。
【0043】
また、本発明で得られるボルトは、表面に窒化処理層を有していないものであるが、ボルト軸部のオーステナイト結晶粒界上に析出する厚さ50nm以上の析出物の割合を60%以下にすることで、耐遅れ破壊性を更に向上させることができる。即ち、下記(1)式において、左辺の値、即ち(L/L0)×100の値をG値としたときに、このG値が60以下となる。上記のような化学成分組成を有し、下記(1)式の関係を満足するボルトは、耐遅れ破壊性が優れたものとなる。このG値は、より好ましくは50以下であり、更に好ましくは40以下である。G値の下限は低ければ低いほど望ましいが、通常10以上である。尚、ボルト軸部のオーステナイト結晶粒界上に析出する「析出物」は、主にセメンタイトであるが、これに限らず、Cr、Ti、Nb、Al、V等を含む炭化物や炭窒化物等も含まれる。
(L/L0)×100≦60 ・・・(1)
但し、L:オーステナイト結晶粒界に析出した厚さ50nm以上の析出物の合計長さ、
L0:オーステナイト結晶粒界の長さ、を示す。
【0044】
またオーステナイト結晶粒界上の析出物を低減するためには、焼戻し温度が重要であり、焼戻し温度を、下記(2)式で表される温度T(℃)以下とすることで、G値を60以下にすることができる。
T(℃)=68.2×Ln[Si]+480 ・・・(2)
但し、Lnは自然対数を示し、[Si]は鋼中の質量%でのSi含有量を示す。
【0045】
上記のような条件にて焼入れおよび焼戻ししたボルトでは、オーステナイト結晶粒(即ち、旧オーステナイト結晶粒)は、微細化するほど耐遅れ破壊性が向上するので好ましい。こうした観点から、ボルト軸部でのオーステナイト結晶粒は、JIS G 0551:2006で規定される結晶粒度番号で8以上とすることが好ましい。この結晶粒度番号は、より好ましくは9以上であり、更に好ましくは10以上である。
【0046】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前記、後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0047】
下記表1、2に示す化学成分組成の鋼種A〜L、A1〜R1の鋼材を溶製した後、ビレット再加熱温度:1000℃、仕上げ圧延温度:850℃の条件で圧延を行ない、直径:14mmφの線材とした。このとき、仕上げ圧延後の平均冷却速度は2℃/秒とし、600℃まで冷却した。各線材の圧延後の組織を後記表3、4に併記する。前記圧延素材を塩酸浴、硫酸浴に浸漬することで脱スケール処理を行ない、石灰被膜処理後、伸線、球状化焼鈍を実施し、更に脱スケールおよび被膜処理後、仕上げ伸線を実施した。このときの球状化焼鈍条件は、均熱温度:760℃、均熱時間:5時間、均熱後の冷却速度:13℃/時、抽出温度:685℃とした。尚、表1、2において、「−」で表した箇所は無添加であること、「tr.」は測定限界未満であることを、それぞれ意味する。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
【0050】
得られた鋼線から多段フォーマーを用いて、M12mm×1.25Pmm、長さ:100mmLのフランジボルトを冷間圧造で作製した。尚、Mは軸部の直径、Pはピッチを意味する。そして、フランジ部の割れの有無により冷間鍛造性を評価した。冷間鍛造性は、割れが生じないときにはOK、割れが生じたときにはNGと評価した。
【0051】
その後、下記表3、4に示す条件で焼入れおよび焼戻しを実施した。その他の焼入れ焼戻し条件については、焼入れの加熱時間:20分、焼入れの炉内雰囲気:大気、焼入れの冷却条件:油冷25℃、焼戻しの加熱時間:45分とした。
【0052】
焼入れおよび焼戻しを行なったボルトについて、以下の要領で、軸部の結晶粒度、引張強さ、耐食性、耐遅れ破壊性、およびG値を評価した。
【0053】
(1)オーステナイト結晶粒度の測定
ボルトの軸部を、ボルトの軸に対して垂直な断面で切断後、軸部の直径をDとしたときのD/4位置の任意の0.039mm
2の領域を、光学顕微鏡で観察し(倍率:400倍)、JIS G 0551(2006)に規定の「鋼−結晶粒度の顕微鏡試験方法」に従って旧オーステナイト結晶粒度番号を測定した。ボルトの軸に対して垂直な断面を、以下では「横断面」と呼ぶ。測定は4視野について行ない、これらの平均値をオーステナイト結晶粒度番号とした。尚、冷間鍛造性が不合格となったものについては、この測定は行なわなかった。
【0054】
(2)引張強さの測定
ボルトの引張強さは、JIS B 1051:2009に従って引張試験を行って求め、引張強さが1100MPa以上のものを合格とした。尚、冷間鍛造性が不合格となったものについては、この測定は行なわなかった。
【0055】
(3)耐食性の評価
耐食性は、15%HCl水溶液にボルトを30分浸漬した際の浸漬前後の腐食減量(質量%)によって評価した。この腐食減量が、0.05質量%未満のものを合格と評価した。尚、冷間鍛造性が不合格となったもの、または引張強さが1100MPa未満になったものについては、この評価は行なわなかった。
腐食減量=[(酸浸漬前の質量−酸浸漬後の質量)/酸浸漬前の質量]×100
【0056】
(4)耐遅れ破壊性の評価
耐遅れ破壊性は、ボルトを冶具に降伏点狙いで締め付けた後、(a)冶具ごと1%HClに15分浸漬、(b)大気中で24時間暴露、(c)破断有無の確認、を1サイクルとし、これを10サイクル繰り返すことで評価した。ボルトは1水準に対し10本ずつ評価し、1本も破断しなかったものはOKとし、1本でも破断したものはNGとした。尚、冷間鍛造性が不合格となったもの、または引張強さが1100MPa未満になったものについては、この評価は行なわなかった。
【0057】
(5)G値の測定
焼入れおよび焼戻し後のボルトに対し、オーステナイト結晶粒界に析出した析出物の観察を下記の通り行なった。
【0058】
析出物の観察
オーステナイト結晶粒界に析出した析出物の観察は、上記ボルトの軸部を横断面で切断後、集束イオンビーム加工装置(FIB:Focused Ion Beam Process、日立製作所製:商品名「FB−2000A」)により薄膜試験片を作製した。次いで、透過型電子顕微鏡(日立製作所製:商品名「FEMS−2100F」)を用いて1試料につき3枚ずつ、倍率:15万倍でオーステナイト結晶粒界を撮影し、画像解析で、結晶粒界に析出した析出物の長さと厚さを算出した。尚、析出物の厚さは、オーステナイト結晶粒界に対して垂直方向の長さを意味する。
【0059】
そして、オーステナイト結晶粒界に析出した厚さ50nm以上の析出物の合計長さ(L)をオーステナイト結晶粒界の長さ(L0)で除し、百分率で表すことにより、オーステナイト粒界上の析出物の占有率(G値)を求めた。3枚の写真についてそれぞれG値を求め、その平均値を下記表3、4に記載した。
【0060】
これらの結果を、焼入れおよび焼戻し条件、前記(2)式で求められるT(℃)と共に、下記表3、4に併記する。
【0061】
【表3】
【0062】
【表4】
【0063】
これらの結果から、次のように考察できる。試験No.1〜14は、本発明で規定する要件を満足する発明例であり、冷間鍛造性に優れ、高い強度と共に、優れた耐遅れ破壊性を発揮していることが分かる。
【0064】
これに対し、試験No.15〜33のものは、本発明で規定するいずれかの要件を満足しない例であり、いずれかの特性が劣化している。即ち、試験No.15は、焼戻し温度が高くなって、G値が大きくなっており、耐遅れ破壊性が劣化した。試験No.16は、C含有量が少ない鋼種A1を用いており、引張強さで1100MPa以上を確保することが出来なかった。試験No.17はC含有量が多すぎる鋼種B1を用いており、靭延性が低下し、耐遅れ破壊性が劣化した。
【0065】
試験No.18は、Si含有量が少ない鋼種C1を用いており、粗大な析出物が多く析出してG値が大きくなると共に、耐遅れ破壊性が劣化した。試験No.19は、Si含有量が多い鋼種D1を用いており、冷間鍛造性が劣化した。
【0066】
試験No.20は、Mn含有量が少ない鋼種E1を用いており、硫化鉄(FeS)が多く生成し、耐遅れ破壊性が劣化した。試験No.21は、Mn含有量が多い鋼種F1を用いており、靭延性が低下し、耐遅れ破壊性が劣化した。
【0067】
試験No.22は、P含有量が多い鋼種G1を用いており、結晶粒界上に濃化し、靭延性が低下したことで耐遅れ破壊性が劣化した。試験No.23は、S含有量が多い鋼種H1を用いており、試験No.22の場合と同様に結晶粒界上に濃化し、靭延性が低下したことで耐遅れ破壊性が劣化した。
【0068】
試験No.24は、Cr含有量が少ない鋼種I1を用いており、耐食性が低下すると共に耐遅れ破壊性が劣化した。試験No.25は、Cr含有量が多い鋼種J1を用いており、粗大な析出物が生成し、冷間鍛造性が劣化した。
【0069】
試験No.26、28は、Ti含有量が少ない鋼種K1およびNb含有量が少ない鋼種M1を用いており、結晶粒が粗大化し、耐遅れ破壊性が劣化した。試験No.27はTi含有量が多い鋼種L1を用いており、粗大な炭窒化物が生成し、冷間鍛造性が劣化した。試験No.29は、Nb含有量が多い鋼種N1を用いており、粗大な炭窒化物が生成し、冷間鍛造性が劣化した。
【0070】
試験No.30は、Al含有量が少ない鋼種O1を用いており、圧延時にフェライト結晶粒が粗大化し、冷間鍛造性が劣化した。試験No.31は、Al含有量が多い鋼種P1を用いており、粗大な窒化物が生成し、冷間鍛造性が劣化した。
【0071】
試験No.32は、N含有量が少ない鋼種Q1を用いており、窒化物が十分に形成されず、結晶粒が粗大化することが予想され、冷間鍛造性が劣化した。試験No.33は、Nが多い鋼種R1を用いており、固溶状態のN量が増加することが予想され、冷間鍛造性が劣化した。