【文献】
大塚耕司,海洋深層水利用の現状と展望,日本舶用機関学会誌,日本,日本マリンエンジニアリング学会,1998年,Vol.33, No.2,p.140-148
【文献】
平成24年度広島湾内産かきの重金属試験結果,平成24年度 広島市衛生研究所年報,日本,広島市衛生研究所,2013年,Vol.32
【文献】
大矢英紀、倉本早苗、尾西一,カキ体内のノロウイルス浄化に関する調査研究,石川県保健環境センター研究報告書,日本,2008年11月,45号,50−52頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
銅含量が可食部100gあたり1000μg未満であり、カドミウム含量が可食部100gあたり70μg未満であり、鉄含量が可食部100gあたり5000μg以上であることを特徴とするカキ。
銅含量が可食部100gあたり1000μg未満であり、カドミウム含量が可食部100gあたり70μg未満であり、マグネシウム含量が可食部100gあたり70000μg以上であることを特徴とするカキ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記の特許文献に記載された養殖方法は、いずれも海域の表層水を用いて養殖するものである。このような海域の表層水を用いて養殖する場合には、次のような懸念がある。
すなわち、養殖海域がウイルスや細菌により、通年周期で汚染されることがある。例えば、ノロウイルスに最も汚染される時期は、人のノロウイルス感染症の流行がピークとなる12月後半〜3月上旬である。ノロウイルスに感染した人の嘔吐物、糞便が確実に浄化処理施設で殺菌されないまま海に排水され、このような汚染された海水を体内循環させるカキは、海水中のノロウイルスを体内に取り込み、汚染されることになる。また夏場の豪雨や台風後には河川の汚泥が海域に流れ込み、海水が土壌由来の一般細菌や大腸菌群などの細菌によって高濃度に汚染され、結果的にカキの汚染濃度が増加してしまう。
このような汚染されたカキを浄化するには一般的に畜養(無給餌で紫外線殺菌された海水や人工海水を用いて、カキを海水中で処理する)による浄化が採用されているが、例えばノロウイルスのように、カキの中腸腺内の微細組織に取り込まれ、完全な浄化(カキ体内からの排出)がなされないものもある。要するに、一度でも海域に出されたカキには、排出することが困難なウイルスのリスクが生じてしまうことになる。
また、イワガキの旬を迎える夏の時期には貝毒の海域汚染が高まり、生食用カキの流通、消費を阻む原因となっている。
【0005】
したがって、本発明は、上記の問題点を解決し、一度も海域に出すことがなく、ウイルスフリーのカキであって畜養による浄化が不要なカキを作ると共に、一年を通して旬の時期と同じ状態のカキを作ることができる、カキの陸上養殖方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明者らは、上記課題を解決するため、鋭意検討し、深層海洋水を含む海水を用いて微細藻類を培養し、カキの陸上養殖を行うことにより、上記の課題が解決できることを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は、
(1)カキの幼生を、海洋深層水を含む海水中で培養した微細藻類を給餌し、海洋深層水を含む海水を用いて水槽中で成貝まで育成する、カキの陸上養殖方法。
(2)前記カキの幼生が、一度も海域に出していないカキの幼生である、上記(1)に記載のカキの陸上養殖方法。
(3)前記一度も海域に出していないカキの幼生が、水槽中で受精し、孵化したものである上記(2)に記載のカキの陸上養殖方法。
(4)採苗を水槽中の海洋深層水中で行う、上記(1)〜(3)のいずれかに記載のカキの陸上養殖方法。
(5)銅含量が可食部100gあたり1000μg未満であり、カドミウム含量が可食部100gあたり70μg未満であり、鉄含量が可食部100gあたり5000μg以上であることを特徴とするカキ。
(6)銅含量が可食部100gあたり1000μg未満であり、カドミウム含量が可食部100gあたり70μg未満であり、マグネシウム含量が可食部100gあたり70000μg以上であることを特徴とするカキ。
(7)ノロウイルスフリーである(5)または(6)に記載のカキ。
なお、陸上養殖方法に係るカキの育成の条件としては、海洋深層水を含む海水使用し、水槽中のカキに対し、海水温10℃〜30℃、好ましくは10℃〜25℃で、5ヶ月〜18ヶ月間、ロープまたはワイヤに採苗器(カルチ)を縦または横に吊るした垂下式にて、あるいは、粉砕した貝殻に付着させたカキ、もしくはフレキシブルな基質上に付着させ殻長3cm程度まで育成して剥離したカキを網や籠に収容して、海洋深層水を含む海水をかけ流し、または一定時間止水、かけ流しの繰り返しで養殖を行うことが好ましい。また、水槽中の海洋深層水を含む海水のかけ流し量は、水槽の容積に相当する海洋深層水の量を一日あたり、0.5〜5.0回転する量とすることが好ましい。
また、本発明における養殖方法では、カキの成育状態に応じて、育成条件を変えることが好ましく、稚貝に対しては、当初の海洋深層水の海水温を15〜28℃として育成し、成貝に対しては、海洋深層水を含む海水の海水温を10〜25℃として育成することが好ましい。さらに、産卵のため、生殖腺をコントロールする場合には13℃〜30℃として、高めの温度で育成することが好ましい。
稚貝に対して海洋深層水の海水温を15〜28℃として育成する期間は、4ヶ月〜15ヶ月であり、成貝に対して10℃〜25℃として育成する期間は1ヶ月〜5ヶ月であることが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
清浄な海洋深層水を含む海水でカキを養殖するため、本発明のカキの陸上養殖方法で育成されたカキは、少なくともノロウイルス・A型肝炎ウイルス・E型肝炎ウイルス・サポウイルス・ロタウイルスなどの人の排泄物由来のウイルス及びカキヘルペスウイルス・ボナミア・貝毒などの海域由来の人・カキへの疾病となるものの汚染が原則無く、極めて安全性が高く、カキ自体が原因で人体に影響を与えるウイルス、微生物、細菌類の原則含まれていない、鮮度の高いカキを、旬の時期にかかわらず、一年をとおして提供することができる。また、本発明によりミネラル分の含量が高く、かつ、重金属の含量が低いカキが得られる。また、本発明によりミネラル分の含量が高く、重金属の含量が低く、かつ、ノロウイルスフリーのカキが得られる。ノロウイルスフリーとは、本明細書の実施例記載のリアルタイムPCRによりノロウイルスが検出されないカキを指す。
また、通常海域では1年から2年かかり成貝に育つが、水温コントロールによりその期間を短縮することができる。
さらに、本発明で養殖したカキは海域で養殖されたカキと比較し、栄養価が高い、または同等のカキが提供できる。
なお、本発明の陸上養殖では、海域とは異なり毒性を有するプランクトンによる汚染もないことから、これらのプランクトン摂餌によって引き起こされるカキの体内での貝毒の蓄積が起こらず、いわゆる貝毒に関しても高い安全性が確保できる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の陸上養殖方法は、海洋深層水を含む海水を用いて微細藻類を培養し、得られた微細藻類を給餌する工程と、前記工程で得られた微細藻類を給餌しつつ、カキを海洋深層水を含む海水で満たされた水槽中で成貝まで成育する工程とから構成される。具体的には、カキの成長過程に応じた適切な種類の微細藻類を、適切な量だけ海洋深層水を含む海水中で培養し、カキに安定的に給餌することと、カキを育成させるために好適な海水温を確保することなど育成環境を整備することとが必要となる。
【0010】
本発明は、海洋深層水を含む海水をカキの飼育水として用い、更に海洋深層水を含む海水でカキの餌となる微細藻類を培養し、カキに給餌し、水温コントロールなどの飼育環境をコントロールすることにより、ウイルスフリーカキの陸上養殖を行うものである。
本発明で微細藻類の培養およびカキの育成に用いる海水に含まれる海洋深層水は、200m〜700mの深度からくみ出された海水であって、シュウ酸態窒素、リン酸態リン、ケイ素などの無機栄養塩類を含み、人間の排水や化学物質などで汚染された河川水の影響を受けないため、人体に危害を加える可能性のある病原性細菌やウイルスなどの微生物が存在せず、しかも化学的にも清浄であるという特徴を有している。これに加えて、深層海水中に生息する植物プランクトンは光合成もできないため、海水表層から深層へ沈んだ無機物質は消費されずに深層水中に蓄積されている。そのため、海洋深層水にはカキの餌となる植物プランクトンを増やす無機栄養塩が豊富に含まれており、その特性が海洋深層水の「無機富栄養性」と呼ばれている。
【0011】
このような海洋深層水としては、富山県入善町、沖縄県久米島町、高知県室戸市を始めとして全世界には数多くの海洋深層水取水施設が知られており、既存の取水施設に限らずいずれの施設で取水される海洋深層水も使用することができる。このような海洋深層水はいずれも前述のように清浄性・無機富栄養性に優れており、これらの海洋深層水のいずれかを養殖・畜養施設など実際に養殖・畜養を行う場所などを考慮して、適宜選択して使用することができる。また、複数の産地の海洋深層水を混合して用いてもよい。使用にあたっては、改めて殺菌、ろ過などの必要がなく、採取した海洋深層水をそのまま、利用することができる。本発明で用いる海洋深層水を含む海水は、海洋深層水を含んだ海水であればよいが、育成を良好に行うためには、海洋深層水を50%以上含むことが好ましく、70%以上含むことがより好ましく、90%以上含むことがさらに好ましい。また、海洋深層水のみを用いることも好ましい。この場合の海洋深層水のみとは、海洋深層水に加えて通常含まれる不純物が含まれることを排除するものではない。海洋深層水を含む海水は、海洋深層水に対して、海水を適宜混合して得ることができる。海洋深層水に混合する海水としては、人工海水や、殺菌した表層海水、200m〜700mの深度よりさらに深い場所からくみ上げられた海水等が挙げられる。また、海洋深層水の無機富栄養性等の性質に影響を及ぼさない範囲であれば、真水を加えてもよい。
【0012】
本発明で採用されるカキの育成では、カキが入っている水槽に海洋深層水を含む海水を導入し、海洋深層水を含む海水をかけ流すことにより行うものである。ここでいう、かけ流しとは、一度水槽に導入した海洋深層水を含む海水を循環させず水槽の排水口から排水するというものであるが、これに限らず、海洋深層水を含む海水を、排水口から排水せずに、水槽から溢れ出させることもできる。また、随時かけ流しても、給餌中のみ止水しても、また海水中の溶存酸素濃度と有機物であるカキの糞の量により、水量のコントロールを行っても良い。
【0013】
このかけ流しに必要な海洋深層水を含む海水の量は、水槽の容量に対する、水槽に導入されるとともに排出される海洋深層水を含む海水の量として表されるものである。すなわち、1日あたり、水槽に導入される海洋深層水を含む海水の全量を、水槽の量で除した値を回転する量として表すと、かけ流す海洋深層水を含む海水の量としては、一日あたり、0.5〜5.0回転する量であることが好ましい。なお、このかけ流し量としては、成育するカキの状態に応じて、適宜変更することが好ましく、幼生時は、1.0〜2.0回転する量、稚貝時は、1.0〜2.5回転する量、成貝時は2.0〜3.0回転する量であることが、それぞれ好ましい。海洋深層水を含む海水の供給量が、これらの範囲であると、安定した量の海洋深層水を含む海水を供給することができ、カキに対するストレスもなく、良い水環境を維持することができる。
また、かけ流しを0回転、すなわち、海洋深層水を含む海水の流入がなくてもカキの育成という点で、限られた時間内であれば差し支えないが、水槽の汚染を考慮すると、水槽中の汚染を流し出せる程度の流入量を確保しておくことが好ましく、このようなかけ流し量としては、1.0倍以上の量とすることが好ましい。
【0014】
なお、海水の導入量および排出量を一定に制御するには、給水に伴って水位が上昇し、一定水位に達した時点でサイフォン作用によって排出が始まり、水位が下がると排出が停止する事を繰り返させることや、また、オーバーフローなどの簡便な方法を採用してもよい。
また、導入する海洋深層水は、清浄性を十分に活用するため、基本的には海洋深層水に手を加える必要はなくそのまま利用することができる。
一方、かけ流した後の、給餌した残りの微細藻類やカキの糞などの有機物を含んだ排水は、ろ過などの処理をしての再利用や、ナマコの養殖や藻場再生などの二次利用に用いることもできる。
【0015】
本発明で養殖の対象となるカキは、国産マガキ、国産イワガキ、海外産と種類を問わず、これらの人工種苗を入手できれば活用が可能である。
また、本発明により成貝に成長したカキの卵を受精させ、人工種苗を得ることができ、受精ないし採苗も海洋深層水を含む海水中で行うことができる。
なお、上述のようにカキの育成における採苗としては、通常の海水中で行ったようなものや市販されているものなどを用いても、その後、清浄な海洋深層水を含む海水中で育成されることより、カキの汚染のおそれが極めてないことから、受精ないし採苗は必ずしも海洋深層水を含む海水中で行わなくても差し支えはないが、受精ないし採苗も海洋深層水を含む海水中で行うことが、汚染の影響を完全に排除できることから好ましい。
なお、本発明でいう、「一度も海域に出していないカキの幼生」とは、いわゆる、水槽中で受精し、孵化したもので、採苗が当該水槽中で行われたもので、海域で採苗されたものではないこと、あるいは、この採苗された後に海域に漬けられたものではないことを意味する。
【0016】
本発明のカキの陸上養殖を行うにあたって、海洋深層水を含む海水の温度は10℃〜30℃、好ましくは10℃〜25℃程度で、5〜18ヶ月程度育成することが好ましく、浮遊幼生期、稚貝期は成長が旺盛となり始め、代謝活性が高位に継続する15℃〜25℃で、4〜15ヶ月、成貝期は身入りを良好な状態に保つ低温10℃〜15℃で、1〜5ヶ月程度それぞれ育成することがより好ましい。
生殖腺をコントロールし、受精させるための放卵期は13℃〜28℃、好ましくは20℃〜28℃の高温とすることが好ましく、放卵後の静養期は13℃〜18℃とすることが好ましく、放卵期25℃、静養期15℃が最も好ましい。
なお、放卵期とするには、カキの育成において、10℃以上の温度となった日平均温度を積算して、600℃に達すると生殖腺が成熟して産卵可能となり、放卵には23℃以上となる必要があることが知られている。したがって、そのような積算時間となるように水温を加減することにより、任意な時期に放卵期、すなわち放卵前の旬のカキを得ることができるとともに、放卵により新たな幼生を得、採苗を経て、養殖に供することができる。
なお、水温を加減する際には、静養期に軟体部が栄養を蓄え充分に身入りした段階で、20〜30℃とすることが好ましい。このように、海水温を調整することにより、産卵期に導くことができ、産卵前の旬のカキを得ることができる。また、産卵期のカキを産卵させ、次世代のカキの養殖に用いることもできる。
【0017】
後述する培養で得られる微細藻類の給餌方法は、1日に、1回から5回一定量を海水中に投入する間歇的なバッチ給餌方式か、または一定時間に一定量が海水中に連続的に投入される点滴方式で行うことが好ましい。海水中の微細藻類濃度が常に一定範囲の密度に保たれる点滴方式が、カキの成長にはより好ましい方式である。
【0018】
カキの成育を良好に保つ飼育密度は、カキが1個体当たり毎時間5〜10万細胞程度の藻類を摂取できているように回転数を設定することが好ましい。
回転数を上げれば、流失する餌料が増加するため、培養して準備する餌料の微細藻類量が膨大となるほか、カキが摂取できる利用率が低下する。
また、回転数をどこまで引き下げられるかは、酸素供給量と関係する。たとえば、通常海水中(温度20℃)には1リットル当たり8ml程度の酸素が溶存しているが、出荷サイズのカキの軟体部重量が10gとすれば、1時間当たり2mlの酸素を消費するため、500個体を2tの海水中に収容した際は1日あたり2回転〜5回転が好ましい。ちなみに2tの海水中に含まれる16リットルの酸素が4リットルまで消費されるまでは酸素不足とはならず、止水条件下では12時間は酸素が保証されている。
これらは水温が20℃時の算出だが、水温が25℃の時には酸素消費量が40%増加し、15℃では20%低下するため、水温に応じた算出を行う必要がある。
【0019】
また、水槽中のカキの数は、カキの各成育段階において、各カキに対して、微細藻類の餌と、酸素とが十分に行き渡るような数にすることが必要であり、例えば、3,000Lの水槽に対して、成貝として、1000個くらいが適当であるが、このカキの数は海水中の溶存酸素濃度、pHなどにより、増減することも可能であり、生産性の面でも考慮される事項である。
【0020】
カキを成育する水槽には、酸素の供給と撹拌のため、エアレーションを行うことが好ましく、エアレーションの強度は、酸素を均一に補給し、均質に海水が循環する環境が作られるように、エアレーション装置を用いて、海水の滞留が起こらないように調整する。
【0021】
本発明におけるカキの養殖は、海洋深層水を含む海水を用いる点と、培養した微細藻類を給餌する点とを除き、海域で行われている通常のカキ養殖と同様にして行うことができる。
すなわち、養殖の工程としては、採苗、抑制、本垂下、直吊育成、および収穫がある。
(1)採苗は、カキの幼生を海中から採取するもので、排卵(産卵)期に放出された海水中の大量の卵を、カルチまたはコレクターと呼ばれる貝殻(例えば、ホタテ貝など)を沈めて、カルチに付着させる工程である。この工程は、前述のように、海洋深層水を含む海水を用いずに採苗してもよいが、海洋深層水を含む海水の水槽中で行うことが好ましい。
このようにして採苗され、カルチに付着した幼生、すなわち、一度も海域に出していないカキの幼生は、稚貝へと成長する。
(2)抑制は、稚貝を鍛える工程で、一般には、潮の満ち引きを利用して、潮が満ちたときには海のプランクトンを食べさせ、潮が引いた時には、陽にあて、貝を開け閉めさせることで、稚貝を鍛え、弱い貝を脱落させることで、次の工程にいくカキの斃死率を減らすために行われるものである。カルチに付着した幼生が成長して稚貝となったとき、カルチを1.5〜3cm程度の間隔があくように、重ねてロープやワイヤに通して下垂連を作り、これを抑制棚と呼ばれる棚に吊り下げて、上述のようにして抑制を行うことになる。
この工程は、本発明の陸上養殖方法においては、清浄性の高い海洋深層水を含む海水を利用するため、必ずしも必要な工程ではないが、過剰な餌料摂取を控え、またストレスを与え、身のしまりを良くするため、水槽中の海洋深層水を含む海水の水位を調整して干出を与えることによって抑制工程を設けることができる。
(3)本垂下は、抑制を終えた稚貝の付着したカルチを、1枚1枚の間隔を15cm程度に開けるように「通しかえ」をした上で、通しかえをしたロープやワイヤ(垂下連)を筏から養殖海域に吊り下げ、育成を行う工程である。本発明の育成方法でも、カキの成長を阻害しないため、カルチの間隔を広げ、通しかえを行い、海洋深層水を含む海水が満たされた水槽中に吊り下げて養殖を行う。養殖に際しては、微細藻類の給餌を行う。
(4)直吊育成は、本垂下を終えたカキを、収穫の時期まで成長を続けさせる工程で、一般には、海面近くの高温のため、生育が遅れたり、斃死するのを避けたり、有害な生物(ムラサキイガイ、フジツボなど)の付着を防止するために、垂下連を深く吊り下げることもあるが、本発明の育成方法では、海水温の調整ができ、また、カキに付着するような有害生物も存在しないことから、あえて、垂下連の位置を変えて育成を続けるようなことはなく、(3)の本垂下のままで、そのままカキの育成を続けることができる。
(5)収穫は、一般に、クレーンのついたカキ漁用の漁船により、垂下連をクレーンで吊り上げることで行われ、その後、高圧水流による洗浄、研磨機や手仕事によるフジツボなどの除去、選別、浄化滅菌などが行われ出荷されることになるが、本発明の陸上養殖方法では、得られたカキは清浄であり、フジツボなどの除去も必要なく、浄化滅菌やウイルスなどを除去するための畜養なども不要となる。また、海上の養殖では、抑制、本下垂、および、直吊育成を行う場合に、それぞれの条件にあった海域に垂下連を吊り下げた筏を移動することになるが、本発明の陸上養殖では、水槽の環境を整えることができるので、移動させることはなく、水槽中で育成できる。その結果、必要充分量の餌料を摂取出来るという点で、身入りに優れたカキを得ることができる。さらに、本発明の陸上養殖方法では、通常の海域による養殖に比べて、工程の削減ができるとともに、各工程を行うにあたっても労力が低減されることがわかる。
【0022】
なお、カキの養殖にあっては、一般に、垂下連を用いた養殖法が採用されているが、これに代えて、いわゆる「シングルシード」方式で養殖することもできる。この方法は、垂下連を用いた方法が、垂下連のカルチ1つ1つに多数のカキが生育している状態に対して、1個ずつバラバラの状態でカキを育成する方法であり、卵を採取し、孵化した幼生を貝殻粉末やフレキシブルな基質に付着させて採苗し、その後育成して稚貝を得る。次いで、ある程度生育した稚貝を、カゴに入れ、成貝になるまで育成を続けることにより行われる。この養殖方法では、カルチ養殖のように密殖させないことから、餌であるプランクトンがむらなく全てのカキに廻るため、安定した品質のカキを歩留まりよく得られる点で優れた方式である。この養殖方式も当然に本発明の陸上養殖方法に採用することができ、下垂連を用いないことから、好ましい養殖形態であるともいえるものである。このようなシングルシードの養殖法としては、例えば、カルチを用いて育成により、稚貝となった時点で、これらの稚貝をカルチより外し、カゴなどに入れ、個々のカキの状態として成貝まで、育成することができる。
【0023】
次に、育成を行うために給餌する微細藻類の培養について、説明する。
深層海水中では、太陽光が到達しないため植物プランクトンは成育できない。一方、表層域で生育した動・植物プランクトンの死骸などの有機質が深層へ沈み、分解・消化した無機物質は深層水中に蓄積されている。したがって、海洋深層水にはカキの餌となる植物プランクトン(微細藻類)を増やす無機栄養塩類が豊富にふくまれているが、カキの餌となる植物プランクトン自体は存在しない。そのため、海洋深層水を利用した養殖には、植物プランクトンを培養するか、または市販の餌を購入することが必要となる。
【0024】
カキの餌となる微細藻類の培養について考慮すると、平均的な大きさの100gのカキ1個体(殻含む)に1日当たりに必要な微細藻類は、培養密度100万細胞/mlのキートセラス グラシリス(
Chaetoceros gracilis)の場合、1リットルを投与しなければならない。3,000個の中規模養殖の場合、3,000リットル/日が必要となるため、可能な限り含有細胞数が多い、例えば1,000万細胞/ml以上の密度に達する安定培養がどうしても必要となる。
さらに、微細藻類の細胞が増殖し続ける対数増殖期が、細胞の活性化が図られているカキにとってもよりフレッシュな良い状態の餌になるため、この対数増殖期の微細藻類の安定培養が必要となる。そこで、これらを満たすための微細藻類の培養には、豊富な無機栄養塩類と、光合成をさせるために十分な量の光の照射または日照と、様々な外的微生物のコンタミネーション(汚染)から守る清浄な海水とが必須となる。
このことからみて、海洋深層水を含む海水は、豊富な無機栄養塩類を含み、ウイルスや細菌などの微生物を含まない清浄な海水である点で、微細藻類の培養には適した媒体(培養液)である。本発明では、カキを海洋深層水を含む海水で培養することに加えて、カキの餌として、海洋深層水を含む海水中で培養した微細藻類を用いることで、汚染が少なく、極めて安全性の高いカキの提供を実現した。微細藻類の培養は、海洋深層水を含む海水中に微細藻類を接種し、光を照射しつつ培養することができる。培養後の微細藻類の細胞数は、顕微鏡下でトーマの血球計算盤により計測した。
【0025】
培養装置としては、通常の空気供給装置や光照射装置などを備えた培養装置を使用することができる。本発明における微細藻類の培養には、海洋深層水を含む海水を使用し、例えば、3Lフラスコで1,000万細胞の元種を、海水温8℃〜25℃、光の照射は、光量子密度50〜140μmol/m
2/s、エアー量5L/minにて1日〜7日培養し、その後、30L〜1,000Lの培養器に入れ、海水温8〜25℃、光量子密度140〜1,400μmol/m
2/s、エアー量3〜80L/minで、拡大培養を行うことが好ましい。培養にあっては、海洋深層水は無機栄養塩に富むため、そのまま使用することができ、無機塩類の添加はあえて必要としないが、無機塩類および二酸化炭素ガスなどを添加することにより、増殖を促すこともできる。なお、海水温が35℃を超すと、微細藻類は死滅するおそれがある。
【0026】
さらに、光の照射には、明暗周期を有する条件下での照射や、暗条件下において、特定時間、あるいは周期的に光を照射すること、あるいは光を照射し続けることなどがあり、培養の状況に応じて適宜選択することができる。
また、海洋深層水を含む海水で培養を開始した後、必要に応じて、メタ珪酸ナトリウムのような、いわゆる施肥を追加して用い、培養速度を高めることもできる。また、施肥としては、培養藻類の生育に応じたものが好ましいが、一般に、複合アミノ酸、複合ビタミンなども用いることができ、添加量としては、海水1Lあたり0.3〜1.0ml程度とすることが好ましい。
【0027】
培養に供する微細藻類の種類は、カキの成長に応じ、カキが取り込める微細藻類の大きさと微生物への汚染耐性、また大量生産の経済性を考慮した以下の内容が好ましい。
(a)浮遊幼生期:
キートセラス グラシリス(
Chaetoceros gracilis)
キートセラス セラトスポラム(
Chaetoceros ceratosporum)
キートセラス カルシトランス(
Chaetoceros calcitrans)
(b)稚貝期:
キートセラス セラトスポラム(
Chaetoceros ceratosporum)
イソクリシス ガルバーナ タヒチ(
Isochrysis galbana tahiti)
(c)成貝期:
テトラセルミス株(
Tetraselmis sp)
フェオダクチラム(
Phaedactylum)
【0028】
このようにして得られた微細藻類は、カキの成育状態にあわせて、水槽中に添加する量を調整し、給餌することができる。
【0029】
以上のようにして養殖されたカキはミネラル分などの栄養分の含量が高く、かつ、重金属の含量が低いカキとなる。また、本発明によりミネラル分の含量が高く、重金属の含量が低く、かつ、ノロウイルスフリーのカキが得られる。ノロウイルスフリーとは、本明細書の実施例記載のリアルタイムPCRによりノロウイルスが検出されないカキを指す。
特に、(1)銅含量が可食部100gあたり1000μg未満であり、カドミウム含量が可食部100gあたり70μg未満であり、鉄含量が可食部100gあたり5000μg以上であることを特徴とするカキについては、本発明に係るカキの陸上養殖方法により実現可能である。したがって、例えば市場において(1)のようなカキが発見された場合は、本発明にかかるカキの陸上養殖方法により製造されたものと考えられる。
また、(2)銅含量が可食部100gあたり1000μg未満であり、カドミウム含量が可食部100gあたり70μg未満であり、マグネシウム含量が可食部100gあたり70000μg以上であることを特徴とするカキについても、本発明に係るカキの陸上養殖方法により実現可能である。したがって、例えば市場において(2)のようなカキが発見された場合は、本発明にかかるカキの陸上養殖方法により製造されたものと考えられる。
さらに、(3)銅含量が可食部100gあたり1000μg未満であり、カドミウム含量が可食部100gあたり70μg未満であり、鉄含量が可食部100gあたり5000μg以上であり、かつ、ノロウイルスフリーであることを特徴とするカキについては、本発明に係るカキの陸上養殖方法により実現可能である。したがって、例えば市場において(3)のようなカキが発見された場合は、本発明にかかるカキの陸上養殖方法により製造されたものと考えられる。
また、(4)銅含量が可食部100gあたり1000μg未満であり、カドミウム含量が可食部100gあたり70μg未満であり、マグネシウム含量が可食部100gあたり70000μg以上であり、かつ、ノロウイルスフリーであることを特徴とするカキについても、本発明に係るカキの陸上養殖方法により実現可能である。したがって、例えば市場において(4)のようなカキが発見された場合は、本発明にかかるカキの陸上養殖方法により製造されたものと考えられる。
【実施例】
【0030】
次に、実験結果により本発明をより詳しく説明する。
まず、実験1として、病原性ウイルスや細菌を含まない清浄、かつ富栄養性に富んだ海洋深層水を使用して、カキの餌となる微細藻類の培養方法を検討する。
培養は、微生物フリーの清浄海水である海洋深層水を用いて、室内に設置した培養棚(蛍光灯とエアレーション設置)で、はじめは3Lのフラスコに培養密度1,000万細胞/mlの元種5mlを入れ、光の照射をしながら、5ml/minでエアレーションを行い、海水温8〜18℃で培養を開始した。培養開始後1日〜2日で色のつき始めた頃に、施肥1.5mlを滴下した。光の照射は、蛍光灯で行い、エアレーションは常に最大量(5ml/min)にした。
元種としては、キートセラス グラシリス(
Chaetoceros gracilis)およびイソクリシス ガルバーナ タヒチ(
Isochrysis galbana tahiti)の珪藻類やハプト藻類を用いて、まず2種類の微細藻類に対して、同様に培養を行った。
また、施肥としては、市販の栄養塩(KW21:複合アミノ酸と複合ビタミンの混液)を用い、3Lフラスコに対し、KW21を1.5ml程度添加した。
なお、光の照射は、光量子密度50〜140μmol/m
2/sとなるように蛍光灯により側面10〜20cmの距離から培養期間中連続して照射した。
室内で培養する3Lの元種から調達する植え継ぎ用の微細藻類を補強するため、30Lのパンライト水槽(円形の光が透過する透明な水槽)も用いた。
これらの培養密度が1,000万細胞/mlに増殖した段階で、微細藻類を3〜30L採取して、ビニールハウス内の500Lパンライト水槽中の海洋深層水500Lに植え継ぎ、自然光下で培養し、日産30〜60Lの投与用微細藻類を確保した。
微細藻類の種類と季節・天候に応じた日光の照射量にもよるが、本実験によると、夏季(2014年7月)で平均3日〜5日、冬季(2014年12月)で平均4日〜5日の培養期間により、500Lの海洋深層水がカキに給餌する際に最適な10万細胞/ml後半から100万細胞/mlに達した。夏季に行った場合と冬季に行った場合の培養密度の増加についてそれぞれ
図1および
図2に示した。なお、冬季の培養では夏季のような高水温とならないので、7日目まで緩慢な増殖となり、好適な餌料として利用できた。
【0031】
ついで、元種として、キートセラス セラトスポラム(
Chaetoceros ceratosporum)およびテトラセルミス株(
Tetraselmis sp)を用い、同様にして培養を行い、それぞれ、細胞密度10万〜100万細胞/ml程度の微細藻類の培養液を得た。培養した微細藻類は、カキの成長に応じて、給餌に用いた。
【0032】
次に、得られた微細藻類を用いて給餌を行い、カキの育成を行った。育成に際しては、2種類の給餌方法を採用し、給餌方法の相違による生育状態を調べる実験を行った。給餌のための微細藻類は、カキの成長に応じて、それぞれ、キートセラス グラシリス(
Chaetoceros gracilis)、キートセラス セラトスポラム(
Chaetoceros ceratosporum)、イソクリシス ガルバーナ タヒチ(
Isochrysis galbana tahiti)およびテトラセルミス株(
Tetraselmis sp)を用いた。
(1)摂餌実験
まず、得られた微細藻類をカキが摂取できるか否かについて検討した。
実験では、4Lの容器に海洋深層水とカキの稚貝を10個入れ、給餌後の海水の透明性を経時的に検討した。結果を
図3に示した。
図3によると、はじめは茶色く色ついていた微細藻類(C.グラシリス)の濃度が高い海水が、時間の経過とともにカキが摂食することで透明となっていることがわかる。この結果から、カキはほぼ3時間で海水中の微細藻類を食べつくしていることがわかる。次いで、この実験の結果に基づき、次のような確認実験を行った。
実験は、密度229万細胞/mlのキートセラス グラシリス(
Chaetoceros gracilis)を、200Lのサンボックスに入れた兵庫県室津産のカキ22個に対し給餌し、給餌開始から3時間後まで、1時間おきに海水中の微細藻類密度を測定した。この3時間は止水し、その後600ml/minの給水をかけ流しで行い、24時間で4.32回転に設定した。更に給水後も海水中の微細藻類密度を給水開始後1、4、9、21時間後に測定した(給餌開始から、それぞれ、4、7、12および24時間)。微細藻類密度の測定はそれぞれのサンプリング時に4回(n1〜n4)行い、平均値を求めた。結果を表1および
図4に示した。
【表1】
図4の写真は、表1の状況を示したものである。22個のカキが入っている200Lのサンボックスに、給餌したとき、はじめは高濃度の微細藻類により褐色となっていた飼育水槽の海水は、時間の経過に伴って褐色の程度が薄くなり、カキの摂食により透明になる過程を示したものである。なお、3時間の止水条件検討に際しては上記の予備的な実験(
図3)の写真に示した給餌実験より、海水中の微細藻類は、ほぼ3時間でほとんど摂食されてしまうことがわかったことに基づくものであるためである。
【0033】
次に、育成する際に、給餌方法の相違が及ぼす影響について検討した。
(2)1日2回、間歇的に給餌するバッチ式の給餌
200L水槽に180Lの海洋深層水を入れ、その中にカキの稚貝、約50個(下垂連で2連)を、海洋深層水をかけ流して(2.5の回転量)育成した。1日2回、朝と夕方に10万細胞/mlの微細藻類を、30Lずつ合計60Lを給餌した。その際には微細藻類が流失しないよう飼育水槽の水量を180Lから150Lまで減らしてから給餌し、18ヶ月間をかけて育成し成貝とした。
与える餌は、上記の4種類の微細藻類を培養し、最も適切な濃度に培養されたもの、を選別するとともに、成長段階に応じて選択し、バッチ式の給餌および以下の点滴方式の給餌ともに、同じ種類の微細藻類を給餌した。
給餌に際して、海洋深層水は止水し、飼育水槽内の微細藻類がほとんど摂食される3時間経過後にかけ流しを再開した。3時間で海水中の微細藻類がカキに完食され、海水は無色透明となった。
(3)連続的に投入される点滴方式による給餌
200L水槽に180Lの海洋深層水を入れ、その中にカキの稚貝、約50個(下垂連で2連)を育成した。水槽に付随した点滴投入装置に設けた樽(タンク)に約10万細胞/mlの微細藻類60Lを入れ、ここから50ml/分の速度で滴下して給餌するとともに、海洋深層水のかけ流しを行った(2.5の回転量)。微細藻類の給餌は朝に行い、給餌に際しては、10:00〜翌6:00まで海洋深層水をかけ流す状態で微細藻類を滴下し、6:00から10:00までの間は、点滴投入装置が空となる無給餌の状態とした。
このようなことを繰り返し、18ヶ月間をかけて育成し成貝へとした。無給餌の状態とした後、3時間で海水中の微細藻類はカキに摂食、またはかけ流しにより排水され、海水は無色透明となった。
【0034】
18ヶ月後の生育結果をそれぞれ
図5に示した。
図5によると、写真右側に示してある(3)の点滴方式による給餌が、写真左側のバッチ式の給餌(2)によるものより、殻高、殻長、殻幅、重量共に生育が良い結果となっていることがわかる。
【0035】
以上のことから点滴方式による給餌を行い、育成して得られた、陸上養殖カキについて、通常の海域で養殖されたカキと比較し、陸上養殖カキの優位性について検討した。
【0036】
養殖実験に使用した幼貝は愛媛県宇和島にて人工種苗(採苗)の岩カキである。本発明の陸上養殖により得られたカキ(a)について、同時期に採苗し、その後同海域へ沈めて海域養殖したカキ(b)との外観を示す写真を
図6に示した。
図6によると、つぎのことがわかる。
まず、外観は、本発明の陸上養殖で得られたカキは、海域養殖のカキに比べて、殻へのフジツボなど付着もみられず、きれいなものであり、外観にすぐれることがわかる。また、成長の面からみて、本発明の陸上養殖のカキは海域養殖のカキに比べ、成長が早く、殻高、殻長、殻幅のいずれでも、海域養殖のカキを上回っていることがわかる。さらに、海域養殖のカキに比べ、身入りもよく、カキのむき身自体も大きいことがわかる。これらのことから、陸上養殖によるカキは、従来の海域糧食のカキに比べて、同一の期間内に大きく成長させることができ、また、海域養殖のカキのような大きさの成貝であれば、海域養殖の場合よりも短期間で成育できることがわかる。このように、本発明の陸上養殖のカキは、海域養殖に比べ、生育は良好で旬なカキを、年間を通して提供できることなど、陸上養殖ができた利点は大きいものといえる。
【0037】
次に、得られた本発明の陸上養殖カキと通常の海域養殖カキについて、清浄性と栄養価について検討した。
カキの清浄性、すなわち、ウイルスや細菌による汚染の有無については、以下のようにして検討した。
海域養殖カキとしては、いわゆる「生食用」として流通している、収穫後に畜養を行い、ウイルスや細菌を低減ないし除去したカキを用い、これと本発明の陸上養殖により収穫されたそのままのカキとを対比した。カキのウイルスとしては、代表的であり、除去が困難とされるノロウイルスについて行い、また、細菌類の検査は、食品衛生法で定められたカキの生食用規格基準に定められた菌類である、細菌数、大腸菌数、腸炎ビブリオとについて測定するとともに、カキの状態、すなわち、鮮度に関して、臭気の有無などの性状についても検査した。
これらの分析は、一般財団法人 宮城県公衆衛生協会に依頼し、ノロウイルスはリアルタイムPCR法、細菌数は標準寒天培地法、大腸菌はECブイヨン発酵管法、腸炎ビブリオはアルカリヘプトン水培養法、性状は5点法により、それぞれ分析した結果である(検体は合計で可食部250gを用いた。)。なお、ノロウイルスの検出においては、10コピー以上が陽性と判断される。結果を、表2に示した。
【表2】
なお、ノロウイルスの検出に用いたリアルタイムPCR法の手順は以下のとおりである。
(1)試料:1試験あたりカキ3個を使用
(2)前処理:
試料カキ3個からハサミ等を用いて中腸腺を取り出し、その1個ずつをそれぞれ5ml容細胞破砕チューブに入れた。
該細胞破砕チューブに中腸腺と等量のDistilled Waterおよびステンレスビーズを2個入れ、細胞破砕装置(TOMY社製 Micro Smash)で4000rpm、1分間細胞破砕処理した。
破砕処理した試料を10000rpm、20分間冷却遠心し、その上清200μlを核酸抽出に用いた。
(3)核酸(RNA)抽出
MagNA Pure Total NA Isolation Kit(ロシュ社製)を用いて、MagNA Pure LC(ロシュ社製 自動核酸抽出機)によりRNAを抽出した。これをRNA抽出液とした。
(4)逆転写反応
以下の条件で逆転写反応を行った。
Distilled Water7.15μl、Random Primer1.1μl、及びRNA抽出液11μlを逆転写反応液1とした。
PCRチューブ内で逆転写反応液1を混合後、サーマルサイクラーにおいて、37℃、30分間置き、ついで75℃、5分間置いた後、直ちに4℃に冷却した。
続いて、5×RTバッファー(GIBCO社製)4.4μl、0.1MDTT(GIBCO社製)2.2μl、20mM dNTP(ニッポンジーン社製)0.55μl、RNase inhibitor1.1μl、及びMMLV RTase1.1μlからなる反応液2を、上記PCRチューブに9.35μlずつ添加し、サーマルサイクラーで37℃で60分間反応させ、次いで99℃で5分間加熱し、直ちに4℃に冷却した。これをcDNAとした。
(5)リアルタイムPCR
以下の表記載の反応液を調製した。
反応液調整後、厚生労働省通知平成15年11月5日付け食安監発第1105001号と同条件にて、測定および解析を行った。
【表3】
【0038】
以上のことから次のことがわかる。
すなわち、本発明の陸上養殖で得られたカキは、食品衛生法で定められたカキの生食用規格基準の細菌検査は検出限界以下であり、ノロウイルス検査の結果も10コピー/well未満という、「生食用」の規格を満足するものであった。
しかも、本発明の陸上養殖されたカキには、ノロウイルスは検出されていないのに対して通常の海域養殖によるカキには、畜養され、ノロウイルスが除去されているとしても、1.5コピー/wellという量のノロウイルスが検出された。これは、養殖の過程で、海域がノロウイルスに汚染されたことからカキの中腸腺にとりこまれてしまったこと、すなわちカキの汚染が起こったことを示している。これに対して、本発明の陸上養殖では、海洋深層水を用いるため、ノロウイルスに曝されるような機会はなく、ウイルスによる汚染のない清浄性が高い、いわゆるウイルスフリーのカキが得られていることがわかる。
さらに、検査員5名による性状(臭い)の官能検査の結果も共に正常であり、陸上養殖のカキは海域養殖のカキ同様、カキの風味を損なうことなく成長し、鮮度も維持されており、海域養殖のカキと変わるところはなかった。
【0039】
次に、得られたカキの栄養価について検討した。
栄養価の検討は、カキに含まれるミネラル成分の量を分析することにより行い、分析に用いたカキは、本発明の陸上養殖カキおよび海域養殖カキとも、収穫後のものを直ちに分析に供した。分析は、国立大学法人東北大学大学院農学研究科栄養学研究室に依頼し、原子吸光光度計にて分析を行ったものである。検体数は、いずれも同一条件で養殖した6個で、成分の量はこれらの平均値として示されている。ミネラル成分としては、それぞれ、(a)ナトリウム、(b)カリウム、(c)カルシウム、(d)マグネシウム、(e)鉄、(f)亜鉛、(g)銅および(h)カドミウムについて分析した。結果を
図7に示した。なお、(h)のカドミウムは、栄養成分というよりは、むしろ、有害物質の蓄積という観点から分析したものである。
図7によると、本発明の陸上養殖したカキは、通常の海域養殖されたカキに比べて、栄養成分分析の結果ミネラル7成分においては、湿重量におけるカキ1個あたりに含まれる各成分の濃度は、海域養殖のそれを上回るかまたは同等のカキに育っており、かつ人体に有害で、二枚貝の中腸腺に蓄積するカドミウムの値は海域養殖のそれを下回る結果となり、本発明の陸上養殖カキの方が、カドミウムのような有害物質に対する汚染も少ないものであることがわかる。
また、本発明の陸上養殖によるこれらの栄養価の高いカキを実際に食した場合には、海域養殖で得られる旬のカキに比べても、見劣りするところがなく、同等もしくはそれ以上の旨みを有している。
本発明に係る陸上養殖方法では、カキを海洋深層水を含む海水中で成貝まで育成するだけでなく、海洋深層水を含む海水中で培養した微細藻類を給餌することで、カキの汚染を顕著に抑制しうるとともに、カキが痩せてしまうといったことも抑制しうる。これにより、ウイルス、細菌汚染、重金属汚染が非常に少ないと同時に、ミネラル分を豊富に含むカキを得ることができる。したがって、本発明に係る陸上養殖方法によって、以下の(1)〜(3)のようなカキが得られる。
(1)銅含量が可食部100gあたり1000μg未満であり、カドミウム含量が可食部100gあたり70μg未満であり、鉄含量が可食部100gあたり5000μg以上であることを特徴とするカキ。
(2)銅含量が可食部100gあたり1000μg未満であり、カドミウム含量が可食部100gあたり70μg未満であり、マグネシウム含量が可食部100gあたり70000μg以上であることを特徴とするカキ。
(3)ノロウイルスフリーである(1)または(2)のカキ。